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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-24
(45)【発行日】2024-10-02
(54)【発明の名称】サキサグリプチンの安定化方法
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/403 20060101AFI20240925BHJP
   A61K 47/32 20060101ALI20240925BHJP
   A61K 47/38 20060101ALI20240925BHJP
   A61K 9/14 20060101ALI20240925BHJP
   A61P 3/10 20060101ALI20240925BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20240925BHJP
【FI】
A61K31/403
A61K47/32
A61K47/38
A61K9/14
A61P3/10
A61P43/00 111
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2020093422
(22)【出願日】2020-05-28
(65)【公開番号】P2020196705
(43)【公開日】2020-12-10
【審査請求日】2023-04-07
(31)【優先権主張番号】62/855,473
(32)【優先日】2019-05-31
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000209049
【氏名又は名称】沢井製薬株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000408
【氏名又は名称】弁理士法人高橋・林アンドパートナーズ
(72)【発明者】
【氏名】夏目 文音
(72)【発明者】
【氏名】伊豆井 航
(72)【発明者】
【氏名】野沢 健児
【審査官】高橋 樹理
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2015/014438(WO,A1)
【文献】国際公開第2014/193528(WO,A1)
【文献】中国特許出願公開第105078971(CN,A)
【文献】国際公開第2013/179307(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
サキサグリプチン水和物を最終濃度1.3%(w/w)となるように0.1M 塩酸に加えてサキサグリプチンの塩酸溶液を調製し、ポリビニルピロリドン、ポリビニルアルコール、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒプロメロース及びメチルセルロースからなる群から選択される1つのポリマーとを前記サキサグリプチンの塩酸溶液に溶解し、pHを調整していない状態のpHより高く且つ4.0未満に調整して、溶液を調製し、
前記溶液を乾燥させて、サキサグリプチンと、前記ポリマーとを含む粉末を得ることを含み、
前記ポリビニルピロリドン、ポリビニルアルコール、ヒプロメロース及びメチルセルロースからなる群から選択される1つのポリマーを、前記サキサグリプチン水和物に対して1.0倍以下の重量で、前記サキサグリプチンの塩酸溶液に溶解する、又は
前記ヒドロキシプロピルセルロースを、前記サキサグリプチン水和物に対して5.0倍未満の重量で、前記サキサグリプチンの塩酸溶液に溶解する、サキサグリプチンの安定化方法。
【請求項2】
前記ヒドロキシプロピルセルロースを、前記サキサグリプチン又はその医薬的に許容される塩若しくはその水和物に対して3.0倍以下の重量で、前記サキサグリプチンの塩酸溶液に溶解する、請求項1に記載のサキサグリプチンの安定化方法。
【請求項3】
前記溶液のpHを2.0より高く且つ3.2以下に調整する請求項1又は2に記載のサキサグリプチンの安定化方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、サキサグリプチン又はその医薬的に許容される塩若しくはその水和物を安定化させる方法及び安定化させたサキサグリプチン又はその医薬的に許容される塩若しくはその水和物を含む粉末に関する。
【背景技術】
【0002】
摂食後に早期に、膵臓からのインスリン放出を誘導するグルカゴン様ペプチド-1(GLP-1)が分泌され、膵臓のβ細胞を刺激してインスリン分泌を増強させる。一方、血漿中及び腸毛細管内皮細胞に存在するジペプチジルペプチダーゼ-4(DPP4)は、GLP-1の分解酵素であり、GLP-1を不活性化する。サキサグリプチン((1S,3S,5S)-2-[(2S)-2-Amino-2-(3-hydroxytricyclo[3.3.1.13,7]dec-1-yl)acetyl]-2-azabicyclo[3.1.0]hexane-3-carbonitrile)は、DPP4を阻害することにより、活性型GLP-1の血中濃度を上昇させる2型糖尿病治療剤として知られている。
【0003】
サキサグリプチンは、分子内環化傾向がある不安定な化合物であることが知られている。サキサグリプチンの環化反応は、サキサグリプチン含有製剤の製造工程や一般的に用いられる賦形剤との接触により加速されることが知られている(特許文献1)。この問題を解決するために、特許文献1においては、充填剤、結合剤、崩壊剤及び滑沢剤を含む錠剤コア、ポリビニルアルコール(PVA)ベースのポリマーを含むインナーシールコーティング層、インナーシールコーティング層上に配置され、サキサグリプチン及びPVAベースのポリマーを含み、塩酸によりpH2に調整された第2コーティング層を含むサキサグリプチン含有製剤が記載されているが、十分に安定な製剤は得られていない(非特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特許第4901727号公報
【非特許文献】
【0005】
【文献】オングリザ錠2.5mg オングリザ錠5mg 医薬品製造販売承認申請書添付資料
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、類縁物質の生成が抑制された安定なサキサグリプチン又はその医薬的に許容される塩若しくはその水和物の安定化方法を提供することを目的の一つとする。また、本発明は、類縁物質の生成が抑制された安定なサキサグリプチン又はその医薬的に許容される塩若しくはその水和物を含む粉末を提供することを目的の一つとする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の一実施形態によると、サキサグリプチン又はその医薬的に許容される塩若しくはその水和物と、ポリビニルピロリドン、ポリビニルアルコール、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒプロメロース及びメチルセルロースからなる群から選択される1つのポリマーとを溶媒に溶解し、pHを調整していない状態のpHより高く且つ4.0未満に調整して、溶液を調製し、溶液を乾燥させて、サキサグリプチン又はその医薬的に許容される塩若しくはその水和物と、ポリマーとを含む粉末を得る、サキサグリプチンの安定化方法が提供される。
【0008】
ポリマーを、サキサグリプチン又はその医薬的に許容される塩若しくはその水和物に対して1.0倍以下の重量で、溶媒に溶解してもよい。
【0009】
ヒドロキシプロピルセルロースを、サキサグリプチン又はその医薬的に許容される塩若しくはその水和物に対して5.0倍未満の重量で、溶媒に溶解してもよい。
【0010】
ヒドロキシプロピルセルロースを、サキサグリプチン又はその医薬的に許容される塩若しくはその水和物に対して3.0倍以下の重量で、溶媒に溶解してもよい。
【0011】
溶液のpHを2.0より高く且つ3.2以下に調整してもよい。
【0012】
また、本発明の一実施形態によると、サキサグリプチン又はその医薬的に許容される塩若しくはその水和物と、ポリビニルピロリドン、ポリビニルアルコール、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒプロメロース及びメチルセルロースからなる群から選択される1つのポリマーとを溶媒に溶解し、pHを調整していない状態のpHより高く且つ4.0未満に調整して、溶液を調製し、
溶液を乾燥させて得た、サキサグリプチン又はその医薬的に許容される塩若しくはその水和物と、ポリマーとを含む粉末が提供される。
【0013】
ポリマーを、サキサグリプチン又はその医薬的に許容される塩若しくはその水和物に対して1.0倍以下の重量で、溶媒に溶解してもよい。
【0014】
ヒドロキシプロピルセルロースを、サキサグリプチン又はその医薬的に許容される塩若しくはその水和物に対して5.0倍未満の重量で、溶媒に溶解してもよい。
【0015】
ヒドロキシプロピルセルロースを、サキサグリプチン又はその医薬的に許容される塩若しくはその水和物に対して3.0倍以下の重量で、溶媒に溶解してもよい。
【0016】
溶液のpHを2.0より高く且つ3.2以下に調整してもよい。
【発明の効果】
【0017】
本発明の一実施形態によると、類縁物質の生成が抑制された安定なサキサグリプチン又はその医薬的に許容される塩若しくはその水和物の安定化方法が提供される。また、本発明の一実施形態によると、類縁物質の生成が抑制された安定なサキサグリプチン又はその医薬的に許容される塩若しくはその水和物を含む粉末が提供される。
【発明を実施するための形態】
【0018】
[サキサグリプチンの安定化方法]
本発明の一実施形態に係るサキサグリプチンの安定化方法は、サキサグリプチン又はその医薬的に許容される塩若しくはその水和物と、特定のポリマーとを溶媒に溶解し、pHを調整して溶液を調製し、溶液を乾燥させて、サキサグリプチン又はその医薬的に許容される塩若しくはその水和物と、ポリマーとを含む粉末を得ることにより実施することができる。一実施形態において、サキサグリプチンとして、サキサグリプチン水和物が好ましい。なお、溶媒としては、例えば、0.1Mの塩酸を用いることができるが、これに限定されるものではない。
【0019】
本実施形態において、ポリビニルピロリドン、ポリビニルアルコール、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒプロメロース及びメチルセルロースからなる群から選択される1つのポリマーを用いることができる。特に好ましくは、ヒドロキシプロピルセルロースを用いることができる。一方、ポリマーであっても、ポリビニルアルコールとポリエチレングリコールのグラフトコポリマー、ポリビニルアルコール・アクリル酸・メタクリル酸メチル共重合体及びポリエチレングリコールを用いると、類縁物質量が増加して好ましくない。
【0020】
一実施形態において、ポリマーを、サキサグリプチン又はその医薬的に許容される塩若しくはその水和物に対して1.0倍以下の重量で、溶媒に溶解する。ポリマーとしてヒドロキシプロピルセルロースを選択する場合は、サキサグリプチン又はその医薬的に許容される塩若しくはその水和物に対して5.0倍未満の重量で、溶媒に溶解してもよい。また、ヒドロキシプロピルセルロースを、サキサグリプチン又はその医薬的に許容される塩若しくはその水和物に対して3.0倍以下の重量で、溶媒に溶解することが好ましい。
【0021】
一実施形態において、サキサグリプチン又はその医薬的に許容される塩若しくはその水和物と、特定のポリマーとを溶媒に溶解して、pHを調整していない状態のpHより高く且つ4.0未満に調整する。好ましくは、溶液のpHを2.0より高く且つ3.2以下に調整する。特に好ましくは、溶液のpHを3.0に調整する。本発明者らが検討した結果、サキサグリプチン又はその医薬的に許容される塩若しくはその水和物と、特定のポリマーとを溶媒に溶解して溶液を調製した場合よりも、pHを高く調整することにより、サキサグリプチンの安定性が高まることが明らかとなった。ただし、pHが4.0以上では、サキサグリプチンの安定性が低下することが明らかとなった。
【0022】
[サキサグリプチンを含む粉末]
本発明の一実施形態において、上述した安定化方法を適用したサキサグリプチンを含む粉末を得ることができる。本実施形態に係るサキサグリプチンを含む粉末は、上述したように、サキサグリプチン又はその医薬的に許容される塩若しくはその水和物と、特定のポリマーとを溶媒に溶解し、pHを調整して溶液を調製し、溶液を乾燥させて製造することができる。
【0023】
本発明の一実施形態に係るサキサグリプチンを含む粉末を用いて、サキサグリプチン含有製剤を製造することができる。例えば、サキサグリプチンを含む粉末を用いてサキサグリプチンを含む素錠、又はサキサグリプチンを含む素錠の表面にコーティング層を有するコーティング錠としてもよい。または、一実施形態において、サキサグリプチン含有製剤は、サキサグリプチンを含むコーティング層を有するコーティング錠である。
【0024】
一実施形態において、サキサグリプチン含有製剤は、1錠あたり、サキサグリプチンを2.5mg又は5mg含むことができるが、本発明はこれに限定されず、治療効果が得られる範囲で任意に変更可能である。
【0025】
一実施形態において、サキサグリプチン含有製剤が、サキサグリプチンを含む素錠、もしくはサキサグリプチンを含む素錠の表面にコーティング層を有するコーティング錠である場合、上述したサキサグリプチン又はその医薬的に許容される塩若しくはその水和物とポリマーを含む溶液又は分散液を加熱乾燥、スプレードライもしくは凍結乾燥し、得られた組成物の粉末と他の添加剤を混合し、打錠してもよい。このとき、上述したpHの範囲に溶液を調整することにより、サキサグリプチンを安定化することができる。
【0026】
一実施形態において、サキサグリプチン含有製剤が、サキサグリプチンを含む素錠、もしくはサキサグリプチンを含む素錠の表面にコーティング層を有するコーティング錠である場合、サキサグリプチンを含むコーティング層を有する顆粒と他の添加剤を混合し、打錠してもよい。他の添加剤として上述したポリマーを含んでもよい。一実施形態において、他の添加剤は、ヒドロキシプロピルセルロースを含んでもよい。
【0027】
一実施形態において、サキサグリプチン含有製剤がサキサグリプチンを含むコーティング層を有するコーティング錠である場合、錠剤コアは、活性成分を含まないプラセボ錠であってもよく、活性成分を含む徐放性錠又は即放性錠であってもよい。錠剤コアに含まれる活性成分は、サキサグリプチン以外の糖尿病治療薬もしくはその医薬的に許容される塩若しくはその水和物又は1以上の組み合わせから選択されてもよい。
【0028】
一実施形態において、コーティング層は複数の層を含んでもよく、速放性コーティングもしくは徐放性コーティングの何れでもよく、サキサグリプチン含有製剤に用いられる公知のコーティング用の添加剤を含んでもよい。一実施形態において、コーティング層は、上述したポリマーを含んでもよい。一実施形態において、コーティング層は、ヒドロキシプロピルセルロースを含んでもよい。コーティング層は、複数の層を含む場合、何れかの層にサキサグリプチンを含む。
【0029】
上述した実施形態のサキサグリプチン含有製剤は、公知の製造方法を用いて製造することができる。
【実施例
【0030】
[試験例1~7]
試験例1~7として、添加剤との組合せによるサキサグリプチン水和物の安定性について評価した。添加剤として、ヒドロキシプロピルセルロース(HPC)SL、ポリビニルピロリドン(PVP)K90、ヒドロキシプロピルメチルセルロース(HPMC)TC-5M、ポリビニルアルコール(PVA)EG-05 PW、ポリビニルアルコールとポリエチレングリコールのグラフトコポリマー(コリコートIR)、ポリビニルアルコール・アクリル酸・メタクリル酸メチル共重合体(ポバコートType F)、又はポリエチレングリコール(PEG)6000を用いた。
【0031】
サキサグリプチン水和物と、表1に示した各添加剤を表1に示した配合比率で混合した。得られた粉末をガラス瓶に1gずつ分取し、60℃、60%RHの開放条件下、又は60℃、密栓条件下で10日間保存後、高速液体クロマトグラフィ(HPLC)を用いて類縁物質量を測定した。
【0032】
表1に、総類縁物質量及び個々最大類縁物質量を示す。参考例1として、サキサグリプチン水和物のみ(添加剤なし)の結果も掲載する。表1において、配合比率、総類縁物質量及び個々最大類縁物質量は、%で示される。
【表1】
【0033】
表1の結果から、ほとんどの添加剤が、サキサグリプチンの分解反応を促進することが示された。
【0034】
[試験例8~27]
溶液状態のサキサグリプチンに対して、添加剤としてポリマーを用いた場合の類縁物質の生成量に与える影響について検討した。サキサグリプチン水和物を最終濃度1.3%(w/w)となるように0.1M 塩酸に加えた。サキサグリプチンの塩酸溶液に、PVP、PVA、HPC、HPMC、メチルセルロース(MC)を最終濃度4%(w/w)となるようにそれぞれ加えて、撹拌溶解した。得られた溶液に1N NaOHを加え、表2に記載したpHとなるように調整した。プラスチックシャーレに5gずつ分注し、棚式乾燥機を用いて乾燥した。得られた乾燥物中の類縁物質量を、HPLCを用いて測定した。
【0035】
総類縁物質量を表2に示す。
【表2】
【0036】
表2の結果より、上記のポリマーを添加し、且つ、pHを調整した試験例においては、類縁物質の生成が顕著に抑制されることが明らかとなった。pH2.0~3.0付近では安定性が良く、pHが4.0以上では類縁物質が顕著に増加することが明らかとなった。さらに、pH3前後に調整することにより、pH2前後に調整した試験例よりも類縁物質の生成抑制効果が高くなることが示された。試験例によって示された上記のポリマーの添加とpH調整との相乗効果は、予想し得ない驚くべき効果である。
【0037】
[試験例28~37]
PVAを含む試験例28~32とHPCを含む試験例33~37について、類縁物質の生成量に与える影響について検討した。サキサグリプチン水和物を最終濃度1.3%(w/w)となるように0.1M 塩酸に加えた。得られた溶液に1N NaOHを加え、pH3に調整した。pHを調整したサキサグリプチンの塩酸溶液に、サキサグリプチン水和物に対する重量比が0.5倍、0.8倍、1.0倍、3.0倍及び5.0倍となるようにPVA又はHPCをそれぞれ加えて、撹拌溶解した。プラスチックシャーレに5gずつ分注し、棚式乾燥機を用いて乾燥した。得られた乾燥物中の類縁物質量を、HPLCを用いて測定した。
【0038】
総類縁物質量を表3に示す。参考例2として、サキサグリプチン水和物のみ(添加剤なし)の結果も掲載する。
【表3】
【0039】
表3の結果より、HPCを添加した粉末は、サキサグリプチンに対する含有量比がPVAを添加した粉末よりも広い範囲で安定であることが示された。