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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-24
(45)【発行日】2024-10-02
(54)【発明の名称】潤滑油の診断方法、装置およびシステム
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/30 20060101AFI20240925BHJP
   G01N 21/27 20060101ALI20240925BHJP
   C10M 169/04 20060101ALI20240925BHJP
【FI】
G01N33/30
G01N21/27 Z
C10M169/04
【請求項の数】 15
(21)【出願番号】P 2021013882
(22)【出願日】2021-01-29
(65)【公開番号】P2022117273
(43)【公開日】2022-08-10
【審査請求日】2023-06-14
(73)【特許権者】
【識別番号】000005108
【氏名又は名称】株式会社日立製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110001689
【氏名又は名称】青稜弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】小島 恭子
【審査官】黒田 浩一
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2019/082486(WO,A1)
【文献】米国特許第04744870(US,A)
【文献】特開2020-186941(JP,A)
【文献】特開平05-093713(JP,A)
【文献】国際公開第2016/114302(WO,A1)
【文献】特開2000-338101(JP,A)
【文献】特開2009-036106(JP,A)
【文献】XIANG Yaling et al.,Voltammetric Determination of Dinonyl Diphenylamine and Butylated Hydroxytoluene in Mineral and Synthetic Oil,Analytical Letters,2016年,Vol.49,No.10-12,Page1526-1536
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/30
G01N 21/27
C10M 169/04
G01N 27/27
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
機械で使用される酸化防止剤を含む潤滑油の診断方法であって,
酸化防止剤を含む潤滑油について予め別途求めた,ボルタンメトリー法に基づく酸化防止剤の濃度測定結果である第1の結果と,予め別途求めた,光学式センサによる色の測定結果である第2の結果と,に基づいて第1の結果と第2の結果との関係を示す情報を準備し,
前記情報に基づいて,前記機械で使用される酸化防止剤を含む潤滑油を電気化学測定で測定した結果に基づく第1のデータと,前記機械で使用される酸化防止剤を含む潤滑油を光学式測定で測定した結果に基づく第2のデータを,変換可能とし,
前記第1の結果と第2の結果との関係を示す情報を予め相関データとして記憶しておき,
前記第1のデータとして,ボルタンメトリー法によって求めた酸化防止剤の濃度測定結果を得,
前記第2のデータとして,光学式センサによる色の測定結果を得,
前記相関データに基づいて,前記第1のデータを色の測定結果に変換して第3のデータを得ること,および,前記第2のデータを酸化防止剤の濃度測定結果に変換して第4のデータを得ること,の少なくとも一つを実行し,
前記第1のデータと前記第4のデータの両方を用いて時系列データを得ること,および,前記第2のデータと前記第3のデータの両方を用いて時系列データを得ること,の少なくとも一つを実行することを特徴とする,
潤滑油の診断方法。
【請求項2】
前記酸化防止剤は,
フェノール系酸化防止剤,アミン系酸化防止剤,リン系酸化防止剤,ZDDP,の中から選ばれた,1つ以上の酸化防止剤であることを特徴とする,
請求項1に記載の,潤滑油の診断方法。
【請求項3】
前記光学式センサによる色の測定は,
潤滑油の光透過率より,潤滑油の色座標を求める光学式測定であることを特徴とする,
請求項1記載の潤滑油の診断方法。
【請求項4】
前記第2の結果として,
潤滑油の色座標B値あるいはΔE値を用いることを特徴とする,
請求項1記載の潤滑油の診断方法。
【請求項5】
前記潤滑油は,前記機械の回転部品で使用される,
請求項1記載の潤滑油の診断方法。
【請求項6】
機械で使用される酸化防止剤を含む潤滑油の診断装置であって,
酸化防止剤を含む潤滑油について予め別途求めた,ボルタンメトリー法に基づく酸化防止剤の濃度測定結果である第1の結果と,予め別途求めた,光学式センサによる色の測定結果である第2の結果と,に基づいて第1の結果と第2の結果との関係を示す情報を記録した相関データベースと,
前記情報に基づいて,前記機械で使用される酸化防止剤を含む潤滑油を電気化学測定で測定した結果に基づく第1のデータと,前記機械で使用される酸化防止剤を含む潤滑油を光学式測定で測定した結果に基づく第2のデータを,変換するデータ変換部と,を有することを特徴とし,
前記第1のデータは,ボルタンメトリー法に基づく酸化防止剤の濃度測定結果であり,
前記第2のデータは,光学式センサによる色の測定結果であり,
前記データ変換部は,前記相関データベースに基づいて,前記第1のデータを色の測定結果に変換して第3のデータを得ること,および,前記第2のデータを酸化防止剤の濃度測定結果に変換して第4のデータを得ること,の少なくとも一つを実行し,
さらに,前記第1のデータと前記第4のデータの両方を用いて時系列データを得ること,および,前記第2のデータと前記第3のデータの両方を用いて時系列データを得ること,の少なくとも一つを実行する診断部を有する,
潤滑油の診断装置。
【請求項7】
前記酸化防止剤は,
フェノール系酸化防止剤,アミン系酸化防止剤,リン系酸化防止剤,ZDDP,の中から選ばれた,1つ以上の酸化防止剤であることを特徴とする,
請求項6に記載の,潤滑油の診断装置。
【請求項8】
前記光学式センサによる色の測定は,
潤滑油の光透過率より,潤滑油の色座標を求める光学式測定であることを特徴とする,
請求項6記載の潤滑油の診断装置。
【請求項9】
前記第2の結果として,
潤滑油の色座標B値あるいはΔE値を用いることを特徴とする,
請求項6記載の潤滑油の診断装置。
【請求項10】
前記潤滑油は,前記機械の回転部品で使用される,
請求項6記載の潤滑油の診断装置。
【請求項11】
機械で使用される酸化防止剤を含む潤滑油の診断システムであって,
前記潤滑油の色情報を取得する光学式センサと,
前記潤滑油の酸化防止剤の量をボルタンメトリー法によって求めた酸化防止剤定量結果を記憶する酸化防止剤濃度データベースと,
前記色情報から前記酸化防止剤の量を導出するデータ変換部と,
前記データ変換部が参照する相関データベースを備え,
前記相関データベースは,
酸化防止剤を含む潤滑油について,予めボルタンメトリー法によって求めた酸化防止剤定量結果である第1の結果と,予め光学式センサによる光学式測定によって求めた潤滑油の色情報である第2の結果との関係を示す情報であり,
前記データ変換部は,前記光学式センサで取得した色情報を,前記相関データベースを参照して酸化防止剤定量結果に変換し,
前記酸化防止剤濃度データベースに記憶した酸化防止剤定量結果と前記データ変換部で変換した酸化防止剤定量結果を用いて,酸化防止剤の量に関する時系列データを得る,
潤滑油の診断システム。
【請求項12】
前記酸化防止剤は,
フェノール系酸化防止剤,アミン系酸化防止剤,リン系酸化防止剤,ZDDP,の中から選ばれた,1つ以上の酸化防止剤であることを特徴とする,
請求項11に記載の,潤滑油の診断システム。
【請求項13】
前記光学式センサは,
機械で使用される潤滑油を透過した光より,潤滑油の色座標を求める光学式センサであることを特徴とする,
請求項11記載の潤滑油の診断システム。
【請求項14】
前記第2の結果として,
潤滑油の色座標B値またはΔE値を用いることを特徴とする,
請求項11記載の潤滑油の診断システム。
【請求項15】
前記潤滑油は,前記機械の回転部品で使用される,
請求項11記載の潤滑油の診断システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は,潤滑油,および潤滑油を使用する機械の診断方法および診断システム等に係り,特に,潤滑油の余寿命診断に関わる。
【背景技術】
【0002】
たとえば大型回転機械の保全・保守を行う上で,軸受,歯車などの回転部品で使用される潤滑油の性状診断は重要な技術である。大型回転機械の例として,例えば,風力発電機の増速機,空気圧縮機,船舶,発電タービンなどがある。
【0003】
潤滑油は,使用目的により,エンジン油,タービン油,油圧作動油,軸受油,摺動面油,ギヤ油,圧縮機油,切削油,などの種類がある。
【0004】
図1は各種潤滑油に添加される添加剤の一覧を示したものである。図に示すように,各種潤滑油が要求性能を満たすよう,いろいろな添加剤が配合される。
【0005】
近年の機械の状態監視は,機械のライフサイクルコストが最小になるような戦略を取ることが多い。発電タービンなどの大型機械は潤滑油を大量に使用し,潤滑油交換は,機械を停止して行うために,発電ロス,製造停止などの負の側面がある上に,新油購入・配送費用,オイル交換作業費用,廃油費用などが必要となるため,潤滑油をできるだけ長く使用することが望まれる。
【0006】
潤滑油の性状診断では,大別すると,(1)潤滑油の経時的な酸化劣化と,(2)水,塵埃や摩耗粉などの外部混入物による汚染の2種類を診断する。
【0007】
(1)の潤滑油の酸化劣化としては,基油の酸化による劣化,添加剤の消耗による劣化などがある。潤滑油の酸化劣化により,耐摩耗性の低下,粘度および粘度指数の変化,防錆性の低下,防食性の低下などが起こる。結果として,増速機の摩耗や材料疲労が促進されることがある。
【0008】
潤滑油をできるだけ長く使用したい一方で,異常な劣化や汚染がある場合には速やかにオイル交換と機器の点検を行う必要があり,オイルの余寿命診断技術として,ボルタンメトリーを用いた診断方法が良く知られている。ボルタンメトリーとは,電気化学分析法の一種であり,測定するオイルにかける電位を変化させ,それに応答して変化する電流を計測する方法である。
【0009】
潤滑油診断では,電極電位を連続的に変化させ,油中の化学反応によって流れる電流値を測定する,リニアスイープボルタンメトリーが用いられる。この方法を,以下,ボルタンメトリー法と称する。潤滑油をボルタンメトリー法で測定すると,潤滑油中に含まれる,酸化防止剤が然るべき電位の時に電気化学的に反応し,その際に電流が流れる。
【0010】
酸化防止剤には,フェノール系,アミン系,ZDDP(ジアルキルジチオりん酸亜鉛)などの種類があり,種類ごとに,反応する電位が異なる。また,ボルタンメトリー法は,毎度一定量のオイルサンプルを使用して測定するため,電気化学反応が起こる時の電流値は,潤滑油中のそれぞれの酸化防止剤の濃度に比例する。したがって,電位と電流値がわかると,酸化防止剤の種類と濃度が判る。この方法により,潤滑油中の酸化防止剤の残存濃度を求め,潤滑油の余寿命を求めることができる。この技術を用いた診断方法として,ASTM D6810 RULER(商標)(Remaining Useful Life Evaluation Routine, RULER)が知られている。
【0011】
(2)の潤滑油の汚染は,水,塵埃,回転部品から生じる摩耗粉などによって起こる。水混入は,潤滑油の粘度変化による潤滑性能低下,金属部品の腐食,錆,材料劣化の原因となる。塵埃は,そのものが致命的な故障の原因となることは少ないが,金属摩耗粉増加の原因となることがある。摩耗粉は,大きさによって,機械の致命的な故障原因となることが知られている。
【0012】
増速機など回転機械の潤滑油は,予め定められた周期で微量を採取し,分析センタなどに送付して,粘度,汚染度,全酸価,金属濃度などの分析を行い,性状監視を行うことがある。また,風力発電機に設置されたセンサ群(例えば,出力,発電機回転数,発電量,油温,油圧,加速度などのセンサ)による状態監視が行われる。
【0013】
従来,潤滑油の性状診断技術としては,例えば,特許文献1に記載のものがある。特許文献1には,潤滑油の劣化の指標となる,潤滑油中の添加剤の減少(消耗度)は,光学式センサによって計測される色度より求められることが示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【文献】特開2020-12690号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
潤滑油には,潤滑性能を維持するために種々の添加剤が含まれる。例えば,潤滑条件が過酷で,接触部分の圧力が高い場合や,すべり速度が小さかったり,油の粘度が低すぎたりする場合は,摩擦面の間の潤滑油の膜が薄くなり,摩擦抵抗が大きくなり摩耗が起こる。この状態を境界潤滑と呼び,極端な場合には焼付が起こる。このような境界潤滑の状態で摩擦や摩耗を減少させる働きをするのが添加剤であり,例えば,油性剤,摩耗防止剤,極圧添加剤(極圧剤)があり,これらを総称して耐荷重添加剤と呼ぶこともある。また,他の添加剤として,例えば酸化防止剤や消泡剤のようなものもある。添加剤は潤滑油に対して所定の割合(濃度)含まれていることが,所望の潤滑性能の維持のために必要である。
【0016】
また,潤滑油は,機械に最適な潤滑膜を形成するための基油と,潤滑性能,極圧性,防錆性,消泡性などの機能を向上させるための添加剤から構成される。とりわけ,基油の酸化による潤滑性の低下や潤滑油の酸性度上昇による錆,腐食リスク上昇を防ぐための,酸化防止剤は,ほぼ全ての潤滑油に含まれている。酸化防止剤の濃度が所定濃度以下になると,潤滑油の粘度や酸性度が急上昇するという問題がある。
【0017】
このような,潤滑油中の,耐荷重添加剤や酸化防止剤の消耗について,機械の使用中に監視を行い,潤滑油の余寿命を求め,潤滑油の状態が良好な場合は潤滑油交換を行わずに機械の運転を継続し,潤滑油の状態が芳しくない場合は潤滑油を早めに交換するというように,潤滑油の交換周期を最適化する必要がある。
【0018】
先に述べたように,潤滑油の余寿命診断としては,ボルタンメトリー法により,潤滑油中の酸化防止剤の電気化学反応時に流れる電流値と電気化学反応が起こる電圧値の組み合わせにより,酸化防止剤の残存量を計測する方法があった。
【0019】
しかし,添加剤の開発が進み,酸化防止剤の種類が増え,酸化防止剤の構造が複雑となっているため,フェノール系,アミン系,ZDDP,といった,従来の分類では評価しにくい場合がある。また,最近,洋上風力発電機などのような大型機械では,各種オイルセンサや加速度センサなどを機械に実装し,常時オンライン監視を行うことで,機械の維持コストが低減でき,かつ,機械の稼働率が上がることが認識されてきたが,ボルタンメトリー法を,オンラインで計測可能な方法が無いことが課題となっていた。
【0020】
風力発電機には,高レベルで安定した稼動と発電量,20年から25年の長期使用に耐える信頼性が要求される。そのため,故障などの異常が発生する前の段階での異常を検知する予兆診断の機能を備え,ダウンタイムの削減が要求される。また,増速機のような高価な部品が使用されることからも,予兆診断によって故障を未然に防ぐことが要求される。そのためには,現場において高精度で潤滑油の状態を知る必要がある。
【0021】
潤滑油は,添加剤の消耗によって潤滑性能が低下するため,定期的に交換する必要がある。しかし,潤滑油の交換のために,停止させる必要があるので,発電量ロスが生じる。また,潤滑油の交換には,新油費用,廃油費用,作業員の費用などが必要になり,潤滑油交換コストが高額であることが課題となっていた。
【0022】
本発明の目的は,風力発電機やガスタービンなどの機械の潤滑油の,信頼性が高い余寿命診断技術を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0023】
本発明の好ましい一側面は,機械で使用される添加剤を含む潤滑油の診断方法であって,予め別途求めた,電気化学測定による結果である第1の結果と,予め別途求めた,光学式測定による結果である第2の結果と,に基づいて第1の結果と第2の結果との関係を示す情報を準備し,前記情報に基づいて,前記機械で使用される添加剤を含む潤滑油を電気化学測定で測定した結果に基づく第1のデータと,前記機械で使用される添加剤を含む潤滑油を光学式測定で測定した結果に基づく第2のデータを,変換可能とすることを特徴とする,潤滑油の診断方法である。
【0024】
本発明の好ましい他の一側面は,機械で使用される添加剤を含む潤滑油の診断装置であって,予め別途求めた,電気化学測定による結果である第1の結果と,予め別途求めた,光学式測定による結果である第2の結果と,に基づいて第1の結果と第2の結果との関係を示す情報を記録した相関データベースと,前記情報に基づいて,前記機械で使用される添加剤を含む潤滑油を電気化学測定で測定した結果に基づく第1のデータと,前記機械で使用される添加剤を含む潤滑油を光学式測定で測定した結果に基づく第2のデータを,変換するデータ変換部と,を有することを特徴とする,潤滑油の診断装置である。
【0025】
本発明の好ましい他の一側面は,機械で使用される添加剤を含む潤滑油の診断システムであって,前記潤滑油の色情報を取得する光学式センサと,前記潤滑油の添加剤の量を電気化学測定によって求めた添加剤定量結果を記憶する添加剤濃度データベースと,前記色情報から前記添加剤の量を導出するデータ変換部と,前記データ変換部が参照する相関データベースを備え,前記相関データベースは,予め電気化学測定によって求めた添加剤定量結果である第1の結果と,予め光学式測定によって求めた潤滑油の色情報である第2の結果との関係を示す情報である,潤滑油の診断システムである。
【発明の効果】
【0026】
本発明によれば,風力発電機やガスタービンなどの機械の潤滑油の,信頼性が高い余寿命診断技術を提供することができる。上記した以外の課題,構成及び効果は,以下の実施形態の説明により明らかにされる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
図1】各種潤滑剤に対する添加剤の種類を示す表図。
図2】風力発電機の概略全体構成図。
図3】ボルタンメトリー法で得られる電圧と電流の関係を示すグラフ図。
図4】潤滑油の使用に伴う酸化防止剤BHTの減少を示すグラフ図。
図5】潤滑油の使用に伴う酸化防止剤DPAの減少を示すグラフ図。
図6】潤滑油中の酸化防止剤BHT濃度と潤滑油の色との関係を示すグラフ図。
図7】実施例の潤滑油用センサを備えた回転機械の構成図。
図8】実施例の潤滑油用センサを備えた回転機械の潤滑油流路の構成図。
図9】潤滑油診断フロー図。
図10】中央サーバ240が保存するプログラムとデータ構成を示す機能ブロック図。
図11】実施例の潤滑油中酸化防止剤BHTの減少を示すグラフ図。
図12】実施例の潤滑油中酸化防止剤DPAの減少を示すグラフ図。
図13】実施例の潤滑油中の酸化防止剤BHT濃度と潤滑油の色との関係を示すグラフ図。
図14】実施例の潤滑油中の酸化防止剤DPA濃度と潤滑油の色との関係を示すグラフ図。
図15】実施例の余寿命診断を示すグラフ図。
図16】実施例の余寿命診断を示すグラフ図。
【発明を実施するための形態】
【0028】
たとえば風力発電機などの機器は,高レベルで安定した稼動を長期に継続する必要があるため,長期に渡って潤滑油の性状監視を行う必要がある。従来知られているボルタンメトリー法で潤滑油の性状監視を行っていた設備では,時系列的な測定データの連続性を保証するため,ボルタンメトリー法を継続使用しなければならない。このため、例えば特許文献1に記載の光学式センサによって遠隔からの潤滑油の性状監視が可能であっても,測定方法を切り替えることができなかった。
【0029】
実施例で説明する典型的な態様では,予め,同一種類の潤滑油の新油および使用劣化油を用いて作成した,ボルタンメトリー法の結果と,潤滑油の新油及び使用劣化油の色座標との相関を表す検量線に基づき,潤滑油の色座標を計測可能な光学式センサのデータを用いて,潤滑油の余寿命診断を行う。これにより,ボルタンメトリー法から光学式の遠隔監視に測定方法を切り替えても,ボルタンメトリー法の結果に基づくデータと色座標に基づくデータを相互に換算可能となる。このため,データの連続性が保証できるので,信頼性が高い余寿命診断技術を提供することができる。
【0030】
風力発電機では,構成要素間の機械的な摩擦係数を低減するために潤滑油等を使用している。以下の実施例では,風力発電機の潤滑油を例として潤滑油の余寿命診断技術を説明する。実施例で説明される一例は,増速機と発電機とを有する風力発電機から情報を収集し,収集された情報に基づいて風力発電機の異常を判断する風力発電機の診断システムである。このシステムでは,風力発電機の状態を監視するため,増速機に供給される潤滑油の性状をセンサ情報として出力するセンサと,センサ情報毎に定められた基準値を記憶する記憶部とを有する。
【0031】
<1.風力発電機の基本構成>
図2に,監視対象の機械の一例として,ダウンウインド型の風力発電機の概略全体構成図を示す。図2では,ナセル3内に配される各機器を点線にて示している。図2に示すように,風力発電機1は,風を受けて回転するブレード5,ブレード5を支持するハブ4,ナセル3,及びナセル3を水平面内に回動可能に支持するタワー2を備える。
【0032】
ナセル3内に,ハブ4に接続されハブ4と共に回転する主軸31,主軸31に連結されるシュリンクディスク32,シュリンクディスク32を介して主軸31に接続され回転速度を増速する増速機33,及び,カップリング38を介して増速機33により増速された回転速度で回転子を回転させて発電運転する発電機34を備えている。
【0033】
ブレード5の回転エネルギーを発電機34に伝達する部位は,動力伝達部と呼ばれ,主軸31,シュリンクディスク32,増速機33及びカップリング38が動力伝達部に含まれる。そして,増速機33及び発電機34は,メインフレーム35上に保持されている。また,メインフレーム35上には,動力伝達部の潤滑用に潤滑油を貯留する潤滑油タンク37が一つまたは複数設置されている。また,ナセル3内には,ナセル隔壁30よりも風上側にラジエータ36が配置されている。外気を用いてラジエータ36で冷却された冷却水を発電機34や増速機33に循環させて発電機34や増速機33を冷却している。図2には,いわゆるダウンウインド型風車を例に説明したが,本実施の形態は,アップウインド型風車に適応できることは言うまでもない。
【0034】
風力発電機では,多くの回転機械で潤滑油が使用されている。たとえば,図2において,主軸31,増速機33,発電機34,図示しないヨー,ピッチなどの軸受には潤滑油が供給される。風速に応じてブレードのピッチ角を変え出力を制御するのがブレードのピッチ制御であり,無駄なく風を受けるために風車の向きを風向きに追従させるナセルの方位制御がヨー制御である。
【0035】
このような動力伝達部に加え,ヨー制御やピッチ制御を行うための回転機械を含む回転機械については潤滑油を強制循環により供給する必要がある。潤滑油は回転機械の回転部分の摩擦を低減し,部品の磨耗や破損,あるいはエネルギーロスを防止する。しかし,潤滑油の経時的な劣化による潤滑性能の低下や,摩耗粒子,塵埃などの潤滑油への混入による汚染が起こると,摩擦係数が増加し,風力発電機の故障リスクが増大する。
【0036】
風力発電機が故障すると,故障部品交換のコスト・停電中の発電収入減など,多大なロスコストが発生するため,余寿命予測・予兆検知による早期部品手配,停電期間短縮などの対策が望まれている。特に,重要部品である増速機は,潤滑油の性能が低下すると故障リスクが増大するため,潤滑油の余寿命や交換時期を可能な限り早期に推定するための技術が重要である。
【0037】
<2.潤滑油の余寿命評価手法>
潤滑油等の余寿命評価手法として,油中の酸化防止剤残存量を,酸化防止剤の電気化学反応を利用して求める,ボルタンメトリー法がある。この方法では,全てのサンプルは,全く同じ量を用いて計測を行う。酸化防止剤として,フェノール系の酸化防止剤であるBHT(tert-ButylHydroxyToluene)と,アミン系の酸化防止剤であるジフェニルアミン(DiPhenylAmine, DPA)を含有し,合成油PAO(ポリアルファオレフィン)を基油とするギヤ油の余寿命評価手法を説明する。
【0038】
最初に,新油を用いて,BHTの反応電圧(反応電位)とその時の電流値,および,ジフェニルアミン(DPA)の反応電圧(反応電位)とその時の電流値を測定した。それぞれの電流値を初期値(100%)とした。使用油中の酸化防止剤の残存量は,使用油計測時の,BHT反応時の電流値,ジフェニルアミン反応時の電流値をそれぞれ求め,新油の電流値に対する相対値(%)を求める。ここで,フェノール系酸化防止剤の閾値を初期値の30%,アミン系酸化防止剤の閾値を初期値の40%としたとき,いずれかの酸化防止剤が閾値に達したら交換を推奨する,とする。
【0039】
図3を用いて、ボルタンメトリー法による潤滑油の余寿命評価について,さらに説明する。図3は,BHTとDPAを含む潤滑油を,ボルタンメトリー法によって分析した結果の例である。電圧を徐々に上げていくと,電位AでDPAの反応電流が観測され,電位BでBHTの反応電流が観測された。
【0040】
図3で,a-b-c-d-e-fを結んだ曲線は,新油の測定結果である。また,a-g-h-i-j-kを結んだ曲線は,2年使用した潤滑油の測定結果である。新油中のDPAの量は,a-b-cの面積に相当し,新油中のBHTの量は,d-e-fの面積に相当する。これを,それぞれ,100%と規格化し,新油中のDPA,BHTの量に対する使用油中のDPA,BHTの量を,a-g-hの面積,i-j-kの面積から求め,使用油中の酸化防止剤の残存量を求めることができる。
【0041】
図4は,ボルタンメトリー法によって分析した,潤滑油の使用に伴う酸化防止剤BHTの減少を示すグラフ図である。
図5は,ボルタンメトリー法によって分析した,潤滑油の使用に伴う酸化防止剤DPAの減少を示すグラフ図である。
【0042】
例えば,通年稼働の機械で1年使用したギヤ油(A)中のBHTが70%,DPAが80%であった。このギヤ油中の酸化防止剤は,使用時間に比例して減少することが判っているので,図4および図5に示すように,BHTが2.5年,DPAが3.5年で閾値に達すると予測された。このため,ギヤ油(A)の余寿命は,1.5年と診断された。
【0043】
しかし,ボルタンメトリー法で計測できるオンラインセンサがないため,潤滑油を機械から採取し,オンサイトまたはラボで分析装置を使用して計測しなければならない。このため,たとえば,洋上風車などでは,潤滑油採取のために運転を止めて,作業者が潤滑油を採取する必要があるため,頻繁な採取ができず,劣化が異常に進行するなど,潤滑油に異常が起こっても見逃す可能性がある。
【0044】
一方で,潤滑油は,添加剤の消耗などの劣化により,着色することが知られ,例えば,ASTMカラースケールのような色による診断法がある。また,潤滑油の色をRGBなどの色座標として出力が可能な,光学式センサがある。潤滑油を使用する機械に光学式センサを設置すれば,潤滑油の色を,オンラインで常時計測することが可能である。
【0045】
発明者の検討の結果,ボルタンメトリー法によって求めた,使用ギヤ油中の酸化防止剤残存量と,光学式に求めた,使用ギヤ油の色指標との間に,相関があることが判明した。
【0046】
以下で,ボルタンメトリー法によって求めた酸化防止剤の残存量と,光学式センサの計測データに基づき求められる色度データを用いて作成した検量線により,潤滑油中の酸化防止剤の濃度を測定する例を説明する。
【0047】
図6は,ボルタンメトリー法で求めた潤滑油中の酸化防止剤濃度と,光学式センサで測定した潤滑油の色との関係を示すグラフ図である。光学式センサで求める潤滑油の色は,RGBの組み合わせから構成される色空間で計算される色差(ΔE)で表示している。
【0048】
ΔEの定義は,
ΔE=(R+G+B1/2
であり,R,G,B,は,加法混合における光の三原色(Red, Green, Blue)を意味し,色座標の数値表示では,(R,G,B)と表現する。光の三原色の波長については,Rが610から750nm,Gが500から560nm,Bが435から485nmである。
【0049】
また,R,G,B,のうちの,最大値と最小値の差をMCDと定義し,診断に用いることがある。一般に潤滑油の場合は,
MCD=R-B
であることが多い。
【0050】
なお,24bpp(24 bit per pixel, ピクセルあたり24ビット)でエンコードされたRGB色度は,赤・緑・青の輝度を示す3つの8ビット符号の整数(0から255まで)で表わされる。たとえば,(0, 0, 0)は黒,(255, 255, 255)は白,(255, 0, 0)は赤,(0, 255, 0)は緑,(0, 0, 255)は青,をそれぞれ示す。なお,色度の表示としては,RGB表色系の他に,XYZ表色系,L表色系,L表色系等々多くの種類があり,これらは数学的に変換されて各種の表色系に展開することができるので,他の表色系で色度を表示しても良い。潤滑油の色を,色度で数値化しておくと,色度値を変換することにより,元の潤滑油の色を,コンピュータや監視システムのモニタまたはディスプレイ上に表示させることが可能である。
【0051】
図6は,潤滑油のΔEと,BHT残存量(%)との相関を示す検量線である。同一種のギヤ油を,同じ仕様の2MW風車で定格発電に使用し,定期的に採取した潤滑油(A,B,C)について,ボルタンメトリー法と色座標化の計測を実施したところ,ΔEとボルタンメトリー法で求めたBHT残存量(%)との間には,高い相関があった。
【0052】
ここで,図6に示したような,ボルタンメトリーから求めた酸化防止剤残存濃度Cと,潤滑油の色の指標(ΔE,B値,MCDなど)との関係については,以下のように,関数式として表すことができる。
C=f(ΔE) …(1)
あるいは、
C=f(B) …(2)
【0053】
潤滑油には複数の酸化防止剤が含まれる場合がある。この場合は,それぞれの酸化防止剤について,閾値を設定し,最も早く閾値に達する酸化防止剤を潤滑油の指標とする。ボルタンメトリー法によって求めた,その酸化防止剤の残存量と,光学式センサによって求めた色座標指標との相関を,潤滑油の余寿命診断の検量線とする。
【0054】
潤滑油の,ボルタンメトリー法の測定結果と色座標の関係を示す検量線は,潤滑油の劣化加速試験として知られている,種々の酸化試験によって,強制的に酸化劣化させた潤滑油を用いても作成可能である。酸化防止剤の種類と初期濃度が同じであっても,基油の種類や他の添加剤の種類や濃度が異なると,機械での使用に伴う劣化による色の変化の度合いが異なることがある。このため,潤滑油の劣化度と色度の関係を示す検量線は,油種ごとに作成する必要がある。
【0055】
潤滑油の色は,酸化劣化で変化するが,水や微粒子,摩耗粉などが油中に多量に混入した場合にも,変化する。ここで,潤滑油の酸化劣化を「劣化」,水,微粒子,摩耗粉などが外部から混入する事象を「汚染」,と定義する。このような,劣化と汚染について,たとえば,潤滑油の色の指標である,ΔEとMCDのグラフ上で,劣化のみが進行しているサンプルなのか,劣化だけでなく,ある程度以上の汚染が起こっているサンプルなのか,を診断することができる。
【0056】
潤滑油診断としては,上記汚染が起こった場合には,例えば,水の混入は機械の腐食や錆の原因となり,微粒子や摩耗粉は,歯車,軸受の破損の原因となることから,速やかに潤滑油交換と機械の点検を行うべき,という診断結果となる。潤滑油の余寿命診断は,汚染が無い,あるいは軽微な場合に実施することとなる。
【0057】
風車の増速機のように,潤滑油を使用する部品に,潤滑油の性状を計測するための光学式センサを設置し,センサデータと,ボルタンメトリー法と潤滑油の色との相関から予め求めた検量線を用いて,酸化防止剤の残存量を求め,潤滑油の余寿命を求めることができる。
【0058】
このように,増速機の潤滑油中に設置された光学式センサによって潤滑油の色を検出し,その色情報に基づいて潤滑油の劣化と汚染の異常度合いの程度をリアルタイムに判別し,その判別結果に応じて増速機が故障に至る前の適切なタイミングで詳細な潤滑油分析のための潤滑油採取を促す。
【0059】
光学式センサの色情報と潤滑油の異常度合い(不純物濃度や酸化の程度等)の関係,潤滑油の色とボルタンメトリー法で求めた酸化防止剤の残存量との関係については,予め実験的に求めておき,データベースとして記憶しておく。これにより,適正な潤滑油交換やフィルタ交換,あるいは部品の交換などを行うことで故障を未然に防止することができ,また修理等の対応処理を迅速に行うことで風力発電機を効率的に管理できる。
【0060】
以下,本発明の実施の形態について,図面を用いて詳細に説明する。ただし,本発明は以下に示す実施の形態の記載内容に限定して解釈されるものではない。本発明の思想ないし趣旨から逸脱しない範囲で,その具体的構成を変更し得ることは当業者であれば容易に理解される。
【0061】
以下に説明する発明の構成において,同一部分又は同様な機能を有する部分には同一の符号を異なる図面間で共通して用い,重複する説明は省略することがある。
【0062】
同一あるいは同様な機能を有する要素が複数ある場合には,同一の符号に異なる添字を付して説明する場合がある。ただし,複数の要素を区別する必要がない場合には,添字を省略して説明する場合がある。
【0063】
本明細書における「第1」,「第2」,「第3」などの表記は,構成要素を識別するために付するものであり,必ずしも,数,順序,もしくはその内容を限定するものではない。また,構成要素の識別のための番号は文脈毎に用いられ,一つの文脈で用いた番号が,他の文脈で必ずしも同一の構成を示すとは限らない。また,ある番号で識別された構成要素が,他の番号で識別された構成要素の機能を兼ねることを妨げるものではない。
【0064】
図面等において示す各構成の位置,大きさ,形状,範囲などは,発明の理解を容易にするため,実際の位置,大きさ,形状,範囲などを表していない場合がある。このため,本発明は,必ずしも,図面等に開示された位置,大きさ,形状,範囲などに限定されない。
【0065】
以下の実施例では,増速機と発電機とを有する風力発電機,および,風力発電機から情報を収集し,収集された情報に基づいて風力発電機の異常を判断する風力発電機の診断システムであって,増速機に供給される潤滑油の色をセンサで計測,診断する際に,色情報と,ボルタンメトリー法によって予め求めた酸化防止剤の残存量との相関を用いて,より正確なセンサ診断を行う例を説明する。
【0066】
実施例では,風力発電機の機械的駆動部に供給される潤滑油の監視するため,増速機の潤滑油中に設置された光学式センサを含む種々のセンサで潤滑油性状,回転機械の状態を把握するための増速機の加速度を検出し,そのセンサ情報(潤滑油の物理化学的な状態を示す数値)に基づいて潤滑油の異常度合いの程度,回転機械の状態をリアルタイムに判別する。
【0067】
そして,判別結果に応じて増速機が故障に至る前の適切なタイミングで詳細な潤滑油分析のための潤滑油採取,潤滑油交換,フィルタ交換,部品交換を促す風力発電機の診断システムである。このシステムは,入力装置,処理装置,記憶装置,および出力装置を備える。記憶装置は,ボルタンメトリー法によって予め求めた,潤滑油の酸化防止剤の濃度と光学式センサのデータである色度との相対関係を記憶し,処理装置は,潤滑油の色度を計測する光学式センサデータに基づいて,潤滑油の色度特性より求められる潤滑油中の添加剤濃度が所定閾値以下(基準値)となる時間を推測する。
【0068】
また,実施例は,処理装置,記憶装置,入力装置,および出力装置を備えたサーバを用いる,光学式潤滑油センサを用いた風力発電機診断システムおよび方法である。この方法では,まず,潤滑油の性状を把握するため,風力発電機の潤滑油の色度データを取得する第1のステップ,サンプルに含まれる酸化防止剤の濃度を測定する第2のステップ,測定した添加剤の濃度を,記憶装置に時系列に格納して添加剤濃度データとする第3のステップ,処理装置が添加剤濃度データを処理することにより,添加剤の濃度が所定閾値となる時間を推測する第4のステップを実行する。
【0069】
(1.システム全体構成)
図7に,潤滑油診断を行う機械の一例として,潤滑油供給系統を有する風力発電機の潤滑油の監視システムの概略図を示す。図7には説明のため,図2の風力発電機1のナセル3部分を抽出して示している。ナセル3内部には,主軸31,増速機33,発電機34,図示しないヨー,ピッチなどの軸受があり,これらには潤滑油タンク37から潤滑油が供給される。
【0070】
図7に示すように,風力発電機1は通常複数が同一敷地内に設置され,これらをまとめてファーム200aなどと呼ぶ。それぞれの風力発電機1には,潤滑油の供給系統に各種センサ(図示せず)が設置され,潤滑油の状態を反映したセンサ信号は,ナセル3内のサーバ210に集約される。また,各風力発電機1のサーバ210から得られるセンサ信号は,ファームごとに配置される集約サーバ220に送られる。集約サーバ220からのデータは,ネットワーク230を介して中央サーバ240へ送られる。中央サーバ240へは,他のファーム200bや200cからのデータも送られる。また,中央サーバ240は,集約サーバ220やサーバ210を介して,各風力発電機1に指示を送ることができる。
【0071】
(2.センサ配置)
図8は,潤滑油用センサを備えた回転機械の概念図である。潤滑油は,ポンプなどの潤滑油供給デバイス301から回転機械302に供給される。潤滑油供給デバイス301は,潤滑油タンク37に接続されて潤滑油の供給を受ける。回転機械302は,例えば増速機33その他の機械的な接触が生じる部位の他,ヨー・ピッチ制御を行うための動力伝達部を含んでよい。
【0072】
センサ群304は潤滑油の状態を検知するために潤滑油の流路等に配置される。実施例1では,回転機械302の潤滑油の排油口に接続する潤滑油の流路から分岐した流路(分岐ライン)に測定部303を設け,この測定部303に潤滑油の一部を導入して,測定部303にセンサ群304を設置している。分岐ラインは,潤滑油の劣化状態をモニタするために,潤滑油経路の末端付近に設けるのが良い。測定部303を潤滑油のメインの流路(循環ライン)に設けていないのは測定部303における潤滑油の流速を潤滑油の状態を検知するのに適した流速に調整するためである。このように,循環ラインから分岐して循環ラインと並列に配置された分岐ラインを用い,分岐ラインの屈曲形状や太さを調節することで,油圧を調整することもできる。
【0073】
回転機械302から排出した潤滑油はオイルフィルタ305を経由して潤滑油タンク37に戻る。オイルフィルタ305のメッシュ径は,5から50μmである。
【0074】
潤滑油の流路に沿った位置関係を表す際に,上流,下流という表現を用いることがある。潤滑油は上流から下流に向けて相対的に移動する。図8の場合には,潤滑油供給デバイス301が上流にあり,オイルフィルタ305が下流にあり,測定部303はその間に配置されている。なお,各要素の配置は図8の構成に限定されず,例えば後述のように,潤滑油タンク37を回転機械302と測定部303の間に配置してもよい。
【0075】
センサ群304は,潤滑油の各種のパラメータを測定する。例えば,物理量としては,光学式センサによる色度の他,温度,油圧などがある。光学式センサに代えてあるいは追加して潤滑油の誘電率,導電率などの電気特性を測定するセンサを備えても良い。温度,油圧等は,公知のセンサを用いて測定することができる。これらのパラメータの時間的な変化に基づいて,潤滑油の状態を評価することができる。これらの温度などのセンサは必須ではないが,潤滑油の状態をより詳しく検知するために設けるのが好ましい。
【0076】
実施例では,センサ群304には,可視光源と受光素子を備えた,光学式センサが含まれる。光学式センサは,潤滑油の可視光透過率を計測し,潤滑油の色度情報(R,G,Bの値)を出力する。取得した色度データより,潤滑油中の残存添加剤量を求め,劣化度診断と余寿命診断を行う。センサデータによる診断では,光学式センサによるセンサデータまたは光学式センサと他の一つまたは複数の種類のセンサデータに基づいて診断を行う。
【0077】
潤滑油は,使用により酸化防止剤が消耗して品質が劣化し,初期の機能を果たさなくなる。このため,品質の劣化状況に応じて,交換等のメンテナンスを行う必要がある。このようなメンテナンスのタイミングを知るために,センサ群304で収集し得るデータを,遠隔地でモニタできるようにすることは,保守管理の効率上有用である。センサ群304で収集したデータは,例えばナセル3内のサーバ210に集められ,その後ファーム200内でデータを集約する集約サーバ220を経て,複数ファームのデータを集約する中央サーバ240に送られる。
【0078】
また,集約されるデータとしては,潤滑油に関するデータだけでなく,風力発電機の稼動状況を示すデータを含めてもよい。例えば,風力発電機1の振動を検知する加速度センサ(大きいほど潤滑油の劣化速度大),風車出力値(大きいほど潤滑油の劣化速度大),実稼働時間(長いほど潤滑油の劣化速度大),機械温度(高いほど潤滑油の劣化速度大),軸の回転速度(速いほど潤滑油の劣化速度大),潤滑油の温度(高いほど潤滑油の劣化速度大)等である。これらは,風力発電機の各所に設置された公知の構成のセンサや,装置の制御信号から収集することができる。
【0079】
(3.潤滑油診断のフロー)
図9は,実施例による潤滑油診断処理を示すフロー図である。図9で示す処理は,図7のサーバ210,集約サーバ220,中央サーバ240のいずれかのコントロール下で行われる。以下の例では中央サーバ240が行うものとする。計算や制御等の機能は,サーバの記憶装置に格納されたソフトウェアがプロセッサによって実行されることで,定められた処理を他のハードウェアと協働して実現される。なお,ソフトウェアで構成した機能と同等の機能は,FPGA(Field Programmable Gate Array),ASIC(Application Specific Integrated Circuit)などのハードウェアでも実現できる。
【0080】
中央サーバ240が制御を行う場合,配下に複数の風力発電機1を持つため,以下の処理は風力発電機ごとに行うものとする。この処理は基本的に繰り返し処理であり,開始タイミングはタイマーなどで設定され,例えば,毎日0時に処理を開始する(S601)。また,中央サーバ240が,オペレータの指示により任意のタイミングで行うこともできる。
【0081】
処理S602では,中央サーバ240は,潤滑油の交換時期をチェックする。交換時期の初期値は,例えば潤滑油が設計温度で動作しているという前提で,余寿命を初期設定する。この交換時期は,実測データに基づいて,後に処理S610で更新され得る。
【0082】
潤滑油の交換時期であった場合には,処理S603で潤滑油交換を行う。潤滑油交換は通常は,作業員による作業となるため,中央サーバ240は交換を行うべき時期と対象を作業員に指示するための表示や通知を行う。
【0083】
潤滑油の交換時期でない場合には,処理S604で,中央サーバ240は潤滑油の性状をセンサデータにより診断する。センサデータとしては光学式センサで得られる潤滑油の色度情報に加えて,温度,油圧,潤滑油に含まれる粒子の濃度等を用いることができる。センサ群304で測定されたデータは,中央サーバ240に送られ,例えば中央サーバが,センサから得られたパラメータを事前に定めた基準値と比較することにより,潤滑油の特性を評価する。中央サーバには,図6に示したような,色度とボルタンメトリー法によって求めた酸化防止剤濃度の相関,潤滑油中の酸化防止剤が消耗(添加剤が分解して酸化生成物を生成)した際のR,G,Bの各値の変化,潤滑油中に摩耗粉が生成した際のR,G,Bの各値の変化を予め記憶させておき,センサデータとの比較に用いるものとする。この基準値には,予め定められた閾値の他,予め定められた単位時間当たりのセンサ情報の変化量を用いることができる。
【0084】
図10は,中央サーバ240が保存するプログラムとデータ構成を示す。中央サーバ240は,一般的なサーバ同様に入力装置1001、出力装置1002、処理装置1003および記憶装置1004を備える。図10では,記憶装置1004に記憶されたプログラムとデータ構成を示している。
【0085】
中央サーバ240の記憶装置1004は,色度(ΔEやB)とボルタンメトリー法によって求めた酸化防止剤濃度の相関関係を予め実験的に求めたうえで記憶する相関データベース(DB)241,ボルタンメトリー法で測定された実機(例えば風力発電機)の潤滑油の酸化防止剤濃度DB242,光学式センサで取得したセンサデータを時系列的に記憶した色度DB243,をデータとして記憶している。
【0086】
相関DB241は,例えば式(1)や式(2)で示した関数,あるいは図6に示したデータを記憶していてもよい。データ変換プログラム244は,相関DB241に記憶された情報を用いて,色度DB243のデータをボルタンメトリー法によって求められる酸化防止剤濃度に換算することができる。データ変換プログラム244によって得られた変換データ245は,酸化防止剤濃度DB242のデータと連続性があるから,異なる2つの測定方法を連続した一連の時系列データとして用いることができる。
【0087】
また,記憶装置1004は,図9で示した潤滑油診断処理の全体を制御する診断プログラム246を備えている。
【0088】
図9に戻り,処理S605,S606で診断の結果が異常であれば,処理S603で潤滑油交換を行う。潤滑油交換は具体的には,潤滑油の交換を管理する担当者に交換が必要な旨を通知することにより行う。異常がなければ,処理S609を行う。
【0089】
処理S605では,例えば,光学式センサのR,G,B,のすべての値が所定の閾値よりも低下している場合には汚染異常有りと判断する。このような判定では,潤滑油の黒変を検出している。ただし,汚染異常については従来のセンサのデータも合わせて用いてもよい。
【0090】
S606では,たとえば図6に示す添加剤濃度と色度の相関を用いて,光学式センサで測定した色度により求められる添加剤濃度が所定の閾値よりも低下した場合に添加剤劣化度異常有りと判断する。なお,色度により添加剤濃度を求めることなく,色度が所定の閾値よりも小さくなった場合に添加剤劣化度異常有りと判断することも可能である。
【0091】
処理S609では,中央サーバ240に色度測定データなどを入力し,色度測定データは色度DB243に時系列的に保存される。
【0092】
風力発電機の予防的保全,計画的な保守という観点からすれば,異常有りと判断される前に,潤滑油に含まれる酸化防止剤の濃度の推移に基づき潤滑油の劣化について予兆診断を行うことが望ましい。
【0093】
以上のように,ボルタンメトリー法によって求めた酸化防止剤濃度測定結果と光学式センサによって計測した潤滑油の色情報を用いて,潤滑油正常の時系列的なデータを得ることができ,潤滑油の余寿命を知ることにより,潤滑油の寿命を早期検出できる。このため,適切な潤滑油交換等のメンテナンスにより,風力発電機の異常を未然に防止することができる。また,潤滑油の交換周期を最適化することも可能である。また,酸化防止剤濃度を簡易な方法により測定することができ,光学式センサをナセル内に設置すれば潤滑油中の酸化防止剤の消耗をオンライン遠隔監視することも可能となる。
【0094】
(4.潤滑油の余寿命診断)
本実施例では図9の交換時期推定および更新の処理S610で,ボルタンメトリー法によって,風車で使用した潤滑油中の酸化防止剤の消耗速度を求め,また,同じ潤滑油サンプルについて,光学式センサによって個々の色座標を求め,酸化防止剤の濃度と,色座標との相関から得られる情報を基に,潤滑油の色計測から酸化防止剤濃度を求め,さらには潤滑油の余寿命を求めた例を示す。
【0095】
同じ型番製品の潤滑油について,新油(A)と,風車で1年使用したサンプル(B),2年使用したサンプル(C),3年使用したサンプル(D),を入手した。
【0096】
この潤滑油には,フェノール系酸化防止剤BHTと,アミン系酸化防止剤DPHが含まれている。サンプル(A)~(D)について,ボルタンメトリー法によって,図11図12に示すような,酸化防止剤の経時減少傾向を確認した。
【0097】
図11に示すように,この潤滑油は,BHTについては新油の濃度の20%が閾値として設定される。
図12に示すように,DPAについては新油の濃度の40%が閾値として設定される。BHTかDPAのいずれかが閾値を下回ったらオイル交換を推奨することになっていた。すなわち,使用開始時から,BHT,または,DPAのいずれかの濃度が閾値に達する時点までが,この潤滑油の寿命となる。
【0098】
図11および図12より,BHTについては,3年経過時点で閾値に達し,DPAについては3年経過時点では閾値に未達で,傾向を線形近似することにより,4年経過時点で閾値に達することが判明した。したがって,この潤滑油はDPAよりも早く消耗するBHTを監視すればよいことが判明した。
【0099】
一方で,サンプル(A)~(D)について,例えば特許文献1で開示される光学式センサをもちいて,色計測を行った。この時,新油(A)の色座標を,(255, 255, 255)と規格化した。それぞれの色座標よりΔE値を求めた。
【0100】
図13は,電気化学測定(ボルタンメトリ法)によって求めた酸化防止剤定量結果(第一の結果)と,予め求めた,光学式測定によって求めた潤滑油診断結果(第二の結果)とから求めた,第一の結果と第二の結果との相関関数(例えば式(1)の関係)に基づく,ΔE値と酸化防止剤残存濃度Cの関係を示すグラフである。図13に示すような,BHT濃度とΔE値の関係が明らかになった。
【0101】
図13より,BHTが新油値の20%になるときに,ΔE値は200となることが判明した。このように,図13を検量線として用いれば,光学式センサで計測した潤滑油の色座標より,ボルタンメトリーで求めた酸化防止剤の濃度を求めることができることが判明した。図10の相関DB241には,たとえば図13に示す検量線が記憶されている。
【0102】
このように,相関DB241を用いることで,処理S610では,相関DB241を利用して,予め求めた,電気化学測定(ボルタンメトリ法)によって求めた酸化防止剤定量結果(第一の結果)に基づくデータと,予め求めた,光学式測定によって求めた潤滑油診断結果(第二の結果)に基づくデータに互換性を持たせることができる。
【0103】
本実施例では,風車増速機から潤滑油を採取し,風車の外で光学式センサを用いて潤滑油の色を計測し,予めボルタンメトリー法によって求めた,潤滑油中の酸化防止剤の濃度と色との相関を表す式(1)や式(2)を用いて,潤滑油の色から酸化防止剤濃度を求めた例を示す。この潤滑油には,アミン系酸化防止剤DPAのみが含まれていた。
【0104】
図14に,酸化試験によって強制的に劣化させた5種の潤滑油サンプル中のDPA濃度と,5種の潤滑油サンプルの色指標ΔEとの関係を示す。この潤滑油では,アミン系酸化防止剤DPAの濃度が30%以下になったら潤滑油交換を推奨することになっている。図14より,DPA濃度が30%以下となるのは,ΔEが150以下の時であり,図14を用いて,使用した潤滑油の余寿命診断を行った。
【0105】
図15は,実施例の余寿命診断の原理を示すグラフ図である。本実施例では,風車において新油から2年経過までの期間1501はボルタンメトリー法によりDPA濃度を測定しデータ1502を得ている。2年~4年目は,光学式センサを用いて潤滑油の色を測定し,データ変換プログラム244により色情報を,相関DB241を利用して変換し,ほぼリアルタイムのDPA濃度1503を得ることができる。図15に示すように,データ1502とDPA濃度1503から,関数近似や外挿などの周知の手法を用いて,DPA濃度が初期値の30%を下回るまでの余寿命1504は0.5年であると予測できる。
【0106】
判明した余寿命は,処理S611で例えばディスプレイに表示されてユーザに示される。また処理S612で光学式センサ出力を潤滑油の色情報に相当する色に変換して表示してもよい。
【0107】
図15では,光学式センサに基づく色情報データをボルタンメトリー法に基づく添加剤濃度に変換している。逆に,図6の検量線を用いて,ボルタンメトリー法に基づく添加剤濃度を光学式センサに基づく色情報データに変換することもできる。
【0108】
図16は,風車において新油から2年経過までの期間1501はボルタンメトリー法によりDPA濃度を測定し,DPA濃度をΔEに変換してデータ1602を得ている。2年~4年目は,光学式センサを用いて潤滑油の色を測定して,ほぼリアルタイムのΔEデータ1603を得ることができる。
【0109】
以上のように本実施例では,ボルタンメトリー法によるデータと,光学式測定法により得た色情報によるデータを相互に変換可能であるため,より長期間に渡って同じ基準に基づいた潤滑油の性状監視が可能になる。よって,潤滑油性状の時間的な変化を示すデータに基づいて,より正確な余寿命診断が可能となる。
【0110】
上述の実施例では,回転機械として風力発電機を例にとり説明したが,原子力発電機,火力発電機,ギヤードモータ,鉄道車両車輪フランジ,空気圧縮機,変圧器,可動プラント機械,大型ポンプ機械などの回転機械の潤滑油の添加剤の劣化診断にも本実施例は適用できる。
【0111】
また,本実施例による潤滑油の余寿命診断は,機械内の潤滑油に光学式センサを設置しての遠隔監視に適用可能であるし,潤滑油を採取して,機械の外や実験室で,光学式センサによる計測を行うことも可能である。さらには,光学式センサは,潤滑油の色座標を計測できる装置を代わりに用いることも可能である。
【符号の説明】
【0112】
中央サーバ240、入力装置1001、出力装置1002、処理装置1003、記憶装置1004、相関データベースDB241、酸化防止剤濃度DB242、色度DB243、データ変換プログラム244、変換データ245、診断プログラム
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