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特許7560944膵島様細胞構造体及びそれを調製する方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-25
(45)【発行日】2024-10-03
(54)【発明の名称】膵島様細胞構造体及びそれを調製する方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/071 20100101AFI20240926BHJP
   A61K 35/39 20150101ALI20240926BHJP
   A61P 3/10 20060101ALI20240926BHJP
   C12N 5/074 20100101ALI20240926BHJP
   C12Q 1/02 20060101ALI20240926BHJP
【FI】
C12N5/071
A61K35/39
A61P3/10
C12N5/074
C12Q1/02
【請求項の数】 7
【外国語出願】
(21)【出願番号】P 2019182785
(22)【出願日】2019-10-03
(62)【分割の表示】P 2016539196の分割
【原出願日】2014-12-16
(65)【公開番号】P2020014477
(43)【公開日】2020-01-30
【審査請求日】2019-11-05
【審判番号】
【審判請求日】2022-12-19
(31)【優先権主張番号】13197368.7
(32)【優先日】2013-12-16
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(73)【特許権者】
【識別番号】597075904
【氏名又は名称】フレゼニウス メディカル ケア ドイッチェランド ゲゼルシャフト ミット ベシュレンクテル ハフツング
(74)【代理人】
【識別番号】100094569
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 伸一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100103610
【弁理士】
【氏名又は名称】▲吉▼田 和彦
(74)【代理人】
【識別番号】100109070
【弁理士】
【氏名又は名称】須田 洋之
(74)【代理人】
【識別番号】100119013
【弁理士】
【氏名又は名称】山崎 一夫
(74)【代理人】
【識別番号】100123777
【弁理士】
【氏名又は名称】市川 さつき
(74)【代理人】
【識別番号】100111796
【弁理士】
【氏名又は名称】服部 博信
(74)【代理人】
【識別番号】100123766
【弁理士】
【氏名又は名称】松田 七重
(74)【代理人】
【識別番号】100136249
【弁理士】
【氏名又は名称】星野 貴光
(72)【発明者】
【氏名】テッタ チーロ
(72)【発明者】
【氏名】カムッシ ジョヴァンニ
(72)【発明者】
【氏名】ギュンティ サーラ
(72)【発明者】
【氏名】ナヴァッロ タブレロス ビクトル マヌエル
【合議体】
【審判長】福井 悟
【審判官】深草 亜子
【審判官】荒木 英則
(56)【参考文献】
【文献】中国特許出願公開第102517248(CN,A)
【文献】国際公開第2007/039986(WO,A1)
【文献】特表2003-523323(JP,A)
【文献】特開2009-005612(JP,A)
【文献】特開平10-267914(JP,A)
【文献】特表2005-514944(JP,A)
【文献】特表2012-516685(JP,A)
【文献】国際公開第2002/101030(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2006/246582(US,A1)
【文献】特表2011-500665(JP,A)
【文献】特表2007-500003(JP,A)
【文献】Stem Cells,2006,Vol.24,No.12,pp.2840-2850
【文献】PLoS One,2011,Vol.6,Issue6,e20615(pp.1-12)
【文献】Endocrine Reviews,2007,Vol.28,pp.84-116
【文献】Islets,2009,Vol.1,No.2,pp.129-136
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N1/00-7/08
C12N15/00-15/90
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
プロタミンの可溶性塩及びポリリジンから選ばれるポリカチオン性物質を含む第1の分化液体細胞培養培地中でヒト肝幹細胞(HLSC)を培養する工程を含む方法によって得られた、人工的に成長させたスフェロイド膵島様細胞構造体であって、
ヒト肝幹細胞(HLSC)に由来する分化細胞を含み、
直径が50μm~250μmであり、
膵臓ホルモンであるインスリン、グルカゴン、膵臓ポリペプチド、ソマトスタチン及びグレリンをタンパク質レベルで発現することにより特徴付けられ、かつ
前記分化細胞が、少なくともマーカーであるPDX-1及びNgN3を発現することにより更に特徴付けられる、人工的に成長させたスフェロイド膵島様細胞構造体。
【請求項2】
直径が50μm~200μmである、請求項1に記載の人工的に成長させたスフェロイド膵島様細胞構造体。
【請求項3】
前記分化細胞がC-ペプチド、Glut-2、コラーゲンIV、ヴォンヴィレブランド因子からなる群から選択されるマーカー、それらの任意の組合せ又はそれら全てを発現する、請求項1又は2に記載の人工的に成長させたスフェロイド膵島様細胞構造体。
【請求項4】
膵島移植による糖尿病の治療に使用するための医薬の製造のための、請求項1~のいずれか一項に記載のスフェロイド膵島様細胞構造体の使用。
【請求項5】
膵島細胞による1つ若しくは複数の膵臓ホルモンの発現を促進することが可能な物質を同定するため、又は膵島細胞に対して細胞傷害効果を及ぼすことが可能な物質を同定するためのin vitroスクリーニング法における請求項1~のいずれか一項に記載のスフェロイド膵島様細胞構造体の使用。
【請求項6】
被験体において血中グルコースレベルを低下させるための医薬の製造のための、請求項1~のいずれか一項に記載のスフェロイド膵島様細胞構造体の使用。
【請求項7】
被験体(但し、ヒトを除く)に請求項1~のいずれか一項に記載のスフェロイド膵島様細胞構造体を移植する工程を含む、前記被験体において血中グルコースレベルを低下させる方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は幹細胞分化の分野に関する。特に、本発明は幹細胞を膵島様細胞構造体へと分化させる方法及びそれにより得られる膵島様細胞構造体に関する。
【背景技術】
【0002】
1型糖尿病は多大な社会経済的影響を伴う疾患であり、治療しなければ死亡の原因となる。1型糖尿病は膵臓インスリン産生細胞(β細胞)の自己免疫破壊によって引き起こされ、消耗性の細小血管及び大血管の合併症の発症と関連する。
【0003】
膵臓移植及び膵島移植はどちらも膵島機能を回復させ、長期糖尿病性合併症を潜在的に低減させることが示されているが、ドナー不足及び免疫抑制の必要性の両方によって制限される。これに関連して、幹細胞は1型糖尿病(T1DM)治癒の要件を満たすことを可能とする特性を有し得るため、有望なインスリン産生細胞の生成源である。第一に、幹細胞は免疫抑制療法を用いる必要なしにβ細胞機能の回復及び自己免疫の再発予防の両方を可能とすることができる。第二に、その潜在的に無制限の自己再生能のために幹細胞は広く使用することができる。
【0004】
特定の培養条件下でヒト胚性幹細胞(非特許文献1、非特許文献2、非特許文献3)、ヒト脂肪組織由来幹細胞(非特許文献4、非特許文献5)、骨髄に由来するネスチン陽性細胞(非特許文献6)、ヒト羊水及び歯髄から単離された幹細胞(非特許文献7)、並びにヒト臍帯血由来間葉系幹細胞(非特許文献8)から膵島様構造体を生成するin vitro方法が従来技術に開示されている。
【0005】
しかしながら、in vitroでヒト胚性幹細胞に由来する膵島様構造体は未成熟であるため、成熟機能的膵島とするには3ヶ月~4ヶ月の更なるin vivo分化期間が必要とされることが見出されている(非特許文献1、非特許文献2)。さらに、ヒト胚性幹細胞からのインスリン分泌細胞の3Dのin vitro生成を報告し、300mg/dlから200mg/dlへと血糖を低下させる安定した傾向を示している一研究では、インスリンを別として、膵島内で通常産生される他のホルモン(グルカゴン、膵臓ポリペプチド(PP)、ソマトスタチン及びグレリン)のタンパク質発現は実証されていない(非特許文献3)。
【0006】
in vitroでヒト脂肪組織由来幹細胞(非特許文献4、非特許文献5)から生成したインスリン産生細胞、骨髄に由来するネスチン陽性細胞(非特許文献6)、ヒト羊水及び歯髄から単離された幹細胞(非特許文献7)は、in vitroでグルコース刺激に応答してヒトインスリンを放出することが示されている。しかしながら、グルカゴン、PP及びグレリンの発現は実証されていない。
【0007】
ヒト臍帯血由来間葉系幹細胞(CB-MSC)から生成したインスリン産生細胞はインスリン、C-ペプチド、グルカゴン及び膵臓ポリペプチドを発現し、in vitroでグルコース刺激に応答してC-ペプチドを放出することが示されている。しかしながら、著者らは移植の60日後のグルコースチャレンジ後に低レベルのC-ペプチドを検出し、移植CB-MSC由来膵臓内胚葉細胞の機能的内分泌細胞へのin vivo分化しか示していないため、かかる細胞が実験的糖尿病において血中グルコースを低減する能力は実証されていない(非特許文献8)。
【0008】
ヒト肝幹細胞(HLSC)を膵島細胞へと分化させる方法は、非特許文献9及び特許文献1に開示されている。
【0009】
非特許文献9では、HLSCは高グルコース含量(23mM)を含むDMEM中で1ヶ月間培養し、続いて10mMニコチンアミドの存在下で5日~7日間培養した場合に、伸長形態が膵島に形態学的に類似した小さなスフェロイド細胞クラスターへと変化することが示された。かかるスフェロイド細胞クラスターのヒトインスリン及びGlut2を陽性染色し、インスリン含有顆粒に特異的な亜鉛キレート剤ジチゾンで陽性染色されたため、膵島様構造体へのHLSCの分化が示唆された。このような素晴らしい結果にもかかわらず、分化プロトコルは低効率(特に、生成する構造体の量及びその生成に必要とされる時間の両方が挙げられる)により限られていた。さらに、大規模な培養の後であっても、この構造体はヒト膵臓構造体に極めて類似したサイズ及び形態までは完全に成長しなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【文献】国際公開第2006/126236号
【非特許文献】
【0011】
【文献】Kroon E他、Nat Biotechnol.2008; 26(4): 443-52
【文献】Rezania A他、Diabetes. 2012; 61(8): 2016-29
【文献】Bose B他、Cell Biol Int. 2012; 36(11): 1013-20
【文献】Mohamad Buang ML他、Arch Med Res. 2012; 43(1): 83-8
【文献】Chandra V他、PLoS One. 2011; 6(6):e20615
【文献】Milanesi A他、J Endocrinol. 2011; 209(2); 193-201
【文献】Carnevale G他、Dig Liver Dis. 2013; 45(8): 669-76
【文献】Prabakar KR他、Cell Transplant. 2012; 21(6): 1321-39
【文献】Herrera MB他、Stem Cells. 2006; 24(12):2840-50
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明者らは従来技術の欠点を克服するために、添付の特許請求の範囲に規定されるスフェロイド膵島様細胞構造体を調製する新たな方法を提供している。特許請求の範囲の内容は本明細書と不可分の一体をなす。
【課題を解決するための手段】
【0013】
従来技術と比較すると、本発明による方法はより単純、迅速かつ効率的であるだけでなく、サイズ及び形態の両方の点で天然ヒト膵島構造体によりよく似た構造体をもたらすものでもある。本発明による方法は有利なことに、天然のヒト膵島に匹敵する直径を有し、ヒト膵島によって通常産生される全てのホルモン(すなわちインスリン、グルカゴン、PP、ソマトスタチン及びグレリン)をタンパク質レベルで発現する、より多数の膵島様細胞構造体の生成をもたらす。さらに、ストレプトゾトシン誘導糖尿病SCIDマウスの腎被膜下への移植後に、本発明の方法によって得ることができる膵島様細胞構造体は、きわめて早期(13日以内)に血中グルコースレベルを低減すると同時に、ヒトC-ペプチドを増大させることが可能である。本発明者らの知る限りにおいて、このような天然ヒト膵島構造体との構造的特徴の強い類似性は、本発明の方法を用いて生成される膵島様細胞構造体を独自のものとする。実際に、単一の単離幹細胞型に由来する膵島様構造体におけるこのようなin vitro特徴及びin vivo特徴の組合せは以前の研究では示されていなかった。本発明の方法によって得ることができる膵島様細胞構造体は、その特徴のために基礎研究、薬物スクリーニング及び再生医療等の様々な用途における使用に特に好適である。
【0014】
このため第1の態様では、本発明は、ポリカチオン性物質を含む第1の分化液体細胞培養培地中で単離成体幹細胞を培養する工程を含む、人工的に成長させたスフェロイド膵島様細胞構造体を調製する方法を提供する。
【0015】
実際、本発明者らは驚くべきことに、単離成体幹細胞をポリカチオン性物質の存在下の液体細胞培養培地中で培養すると、ごく早期(すなわち約2日~4日後)に凝集し、サイズ及び形態の両方の点で天然の膵島細胞構造体とよく似ており、ヒト膵島によって通常産生されるホルモン(すなわちインスリン、グルカゴン、PP、ソマトスタチン及びグレリン)を発現することが可能なスフェロイド膵島様細胞構造体へと分化することを見出した。
【0016】
本発明の方法に使用される成体幹細胞は成体哺乳動物幹細胞であるのが好ましい。したがって、哺乳動物細胞の成長を維持することが可能な任意の液体細胞培養培地が本発明の方法への使用に好適である。好ましい実施の形態では、液体細胞培養培地は血清富化細胞培養培地である。血清富化DMEM又はRPMIが非限定的な例として挙げられる。細胞培養培地中の血清濃度は5%~20%の範囲内に含まれるのが好ましい。液体細胞培養培地はまた、例えばグルコース及びグルタミン等の1つ又は複数の炭素源を含むのが好ましい。好ましいグルコース濃度は6mM~25mMの範囲内である。好ましいグルタミン濃度は0.5mM~3mMの範囲内である。
【0017】
本明細書との関連で、「成体幹細胞」という表現は胚盤胞の内部細胞塊から単離される「胚性幹細胞」とは対照的に、成体組織から単離される幹細胞を意味することを意図したものである。成体幹細胞は「体性幹細胞」としても知られる。
【0018】
所与の濃度で成体幹細胞の凝集及び膵島細胞への分化を促進することが可能であり、その濃度で細胞に対して非細胞傷害性である任意のポリカチオン性物質を本発明の方法に使用することができる。本発明の方法への使用に好適なポリカチオン性物質の説明のための非限定的な例はポリリジン及びプロタミンである。
【0019】
臨床用途に好適であることから好ましいポリカチオン性物質であるプロタミンは、例えばプロタミン硫酸塩又はプロタミン塩酸塩等の可溶性塩の形態で、好ましくは5mM~20mMの範囲の濃度で培地に添加することが好ましい。
【0020】
別の好ましい実施の形態では、本発明の方法は、第1の分化液体細胞培養培地を、ポリカチオン性物質を含まない第2の分化液体細胞培養培地に取り替えるとともに、細胞を該第2の培地中で培養する工程を更に含む。哺乳動物細胞の成長を維持することが可能な任意の液体細胞培養培地が第2の分化液体細胞培養培地としての使用に好適である。好ましい実施の形態によると、第1の工程において使用された同じ液体細胞培養培地を、それがポリカチオン性物質を含有しない限りにおいて第2の工程にも用いられる。この工程の目的は第1の工程中に形成される膵島様細胞構造体の完全な成熟、並びに細胞数及び構造体数の両方の点での増大をもたらすことである。第2の分化液体細胞培養培地中での培養は好ましくは少なくとも2日間、より好ましくは少なくとも10日間、更により好ましくは約10日~14日間にわたって行われる。
【0021】
上述のように、第1の分化液体細胞培養培地におけるポリカチオン性物質の存在は、天然のヒト膵島構造体によく似た膵島様構造体と類似したスフェロイド細胞クラスターの形成を加速するという点で本発明の重要な要素である。
【0022】
実際に、以下の実施例において説明されるように、グルコースの存在下及び非存在下の両方でのDMEM又はRPMIベースの分化培地(下記表2及び表3を参照されたい)へのHLSCの曝露は、4日間の培養期間後に膵島様構造体の形成をもたらさなかった。一方、グルコースの存在下及び非存在下の両方でのDMEM又はRPMIベースの培地へのプロタミンの添加は、4日間の培養期間後に膵島様構造体の形成をもたらした(図11)。HLSCに由来する構造体の直径は、ヒト膵島について報告されているものに匹敵し(非特許文献5)、大部分が50um~150umに含まれ、平均膵島容積は109±19uM(平均±SD)である(図12)。
【0023】
対照的に、グルコースは膵島様構造体の形成に影響を及ぼさなかったが(図13A)、構造体における内分泌特異化(specification)(NgN3発現)の誘導並びにインスリン及びグルカゴンの両方の発現の増大において重要な役割を果たす(図13B)。
【0024】
本発明の別の好ましい実施の形態によると、膵島様細胞構造体へと分化する成体幹細胞は成体ヒト肝幹細胞(HLSC)である。好ましいヒト肝幹細胞は、国際公開第2006/126219号に開示される間葉系及び胚性幹細胞マーカーの両方を発現するヒト非卵形肝幹細胞(HLSC)である。この細胞系列は、成体組織から単離され、肝細胞マーカーを発現し、多分化能及び再生特性を有する非卵形ヒト肝多能性前駆細胞系列であることを特に特徴とする。より特には、この細胞系列は成熟肝細胞、インスリン産生細胞、骨形成原細胞及び上皮細胞へと分化することが可能である。好ましい実施の形態によると、この細胞系列はアルブミン、α-フェトプロテイン、CK18、CD44、CD29、CD73、CD146、CD105、CD90を含む群から選択される1つ又は複数のマーカー及びそれらの任意の組合せを発現し、CD133、CD117、CK19、CD34、シトクロムP450を含む群から選択されるマーカーを発現しない。
【0025】
特許文献1に開示されるヒト非卵形肝多能性前駆/幹細胞は、様々な組織細胞型(すなわち成熟肝細胞、上皮細胞、インスリン産生細胞及び骨形成原細胞)へと分化し、器官再生効果を発揮することが示されている。かかる細胞は、肝細胞マーカーを発現する非卵形ヒト肝多能性前駆細胞系列に由来する。かかる細胞は、
(i)成体肝臓由来ヒト成熟肝細胞を細胞培養培地中で成熟肝細胞死が起こり、類上皮形態を有する生存細胞集団の選択が行われるまで培養する工程と、
(ii)類上皮形態を有する生存細胞集団を、哺乳動物細胞の成長に必要とされる通常の無機塩、アミノ酸及びビタミンを含む、hEGF(ヒト上皮成長因子)及びbFGF(塩基性線維芽細胞成長因子)を補充した血清含有グルコース含有培養培地中で培養することによって増殖させる工程と、
を含み、特に成熟肝細胞を凍結保護剤の存在下において血清含有培養培地中で凍結した後、工程(i)による培養前に融解する方法によって単離される。
【0026】
特許文献1に開示されるヒト非卵形肝幹/前駆細胞の特性化及びそれを調製する方法は、その全体が引用することにより本明細書の一部をなすものとする。
【0027】
本発明におけるHLSCの使用は多数の理由で好ましい:1)単離及び増殖が比較的容易である、2)治療用途に好適な細胞数をもたらすことができる増殖度を特徴とする、3)自家移植に使用することができる、並びに4)倫理的問題が回避される。さらに、肝臓及び膵臓は共通の胚起源を有し、発生中の肝臓は成体膵臓と同様の転写特徴を示すことが示されている(非特許文献3)。しかしながら、ポリカチオン性物質はHLSC以外の成体幹細胞の凝集及び分化を促進するのにも効果的であることが想定されるため、本発明の範囲はHLSCの使用のみに限定されず、任意の成体幹細胞型の使用も含む。
【0028】
上述のように、本発明の方法によって得られる膵島様細胞構造体は、従来技術の方法によって調製される他の膵島様細胞構造体では観察されない形態学的及び機能的特徴の独自の組合せを特徴とする。したがって、添付の特許請求の範囲において規定されるスフェロイド膵島様細胞構造体も本発明の範囲に含まれる。
【0029】
特に、本発明によるスフェロイド膵島様細胞構造体は有利なことに、天然のヒト膵島に匹敵する50μm~250μm、好ましくは50μm~200μmの直径を特徴とする。
本発明によるスフェロイド膵島様細胞構造体はまた、IEQ/100 ILSとして表される容積が30μm~200μm、好ましくは50μm~130μmの範囲であること、並びに更により有利なことには、ヒト膵島によって通常発現される全ての膵臓ホルモン、すなわちインスリン、グルカゴン、膵臓ポリペプチド、ソマトスタチン及びグレリンをタンパク質レベルで発現する能力を特徴とする。
【0030】
本明細書との関連で、IEQ/100 ILSは100個の膵島(ILS)に対して正規化された平均直径150μmの膵島当量(IEQ)である。従来のプロトコルに従うと、膵臓から単離され、移植に使用される膵島のIEQは以下のようにして決定される。膵臓から単離された懸濁膵島を数及びサイズ(直径)の両方の点で評価し、総膵島当量(すなわち総膵島容積)を決定する。膵島直径の評定には50μm~350μm超の50μm直径範囲増分を考慮に入れるが、総容積に大きく寄与しない50μm未満の直径は考慮に入れない。相対変換係数を慣例的に用いて、総膵島数を平均直径150μmの膵島当量(IEQ)へと変換する。
【0031】
膵臓から単離された懸濁膵島を、その純度に基づいて異なる層へと分離する。次いで、最終生成物の各層からの膵島サンプルを分析する。次いで、標準化法を用いて膵島の総数及びIEQを膵島の数、純度及びサイズに基づいて算出する。本発明において膵島様構造体はプレートに付着した培養細胞から得られるため、本発明者らは1回の実験につき無作為に選択した200枚の10倍顕微鏡写真を分析することによって膵島様構造体の数及び直径の両方を評定し、結果を%±SD(図12A)及び100個の膵島に対して正規化したIEQ(図12C)として表した。
【0032】
上記に説明した特徴のために、本発明によるスフェロイド膵島様細胞構造体は膵島移植による糖尿病の治療法等の臨床用途、及び膵島細胞による1つ若しくは複数の膵臓ホルモンの発現を促進することが可能な物質を同定するため、又は膵島細胞に対して細胞傷害効果を及ぼし得る物質を同定するためのスクリーニング法等のin vitro用途の両方における使用に特に好適である。
【0033】
以下の実施例に、プロタミンをポリカチオン性物質として用いた本発明によるHLSCのスフェロイド膵島様細胞構造体への分化を詳細に開示する。しかしながら、これらの実施例は本発明の目的及び範囲を限定することを意図するものではない。
【図面の簡単な説明】
【0034】
図1】基本培養培地中のHLSC(A)及びプロタミンを含む分化培地中で培養後のHLSC(B~D)を示す代表的な20倍顕微鏡写真である。24時間後、細胞の形態が変化し、小さなクラスターを形成し始め(B)、サイズ及び数の両方が徐々に増大し、18日間の培養期間後に最大数に達した(C)。(D)18日間の培養期間後の膵島様構造体を示す40倍顕微鏡写真。(E)18日間の培養後の25cm3容培養フラスコ当たりの膵島様構造体の総数を示すグラフ。(F)18日間の培養後の膵島様構造体の平均±SD数を示すグラフ(n=10)。
図2】14日間の培養後の免疫蛍光による膵島様構造体の特性化を示す代表的な写真である:膵島様構造体のPDX-1及びNgN3(図2)は陽性に染色されている。
図3】14日間の培養後の免疫蛍光による膵島様構造体の特性化を示す代表的な写真である:膵島様構造体のインスリン及びグルカゴン(図3)は陽性に染色されている。
図4】14日間の培養後の免疫蛍光による膵島様構造体の特性化を示す代表的な写真である:膵島様構造体のC-ペプチド及びGLUT-2(図4)は陽性に染色されている。
図5】14日間の培養後の免疫蛍光による膵島様構造体の特性化を示す代表的な写真である:膵島様構造体のソマトスタチン(図5)は陽性に染色されている。
図6】14日間の培養後の免疫蛍光による膵島様構造体の特性化を示す代表的な写真である:膵島様構造体のグレリン及びPP(図6)は陽性に染色されている。
図7】14日間の培養後の免疫蛍光による膵島様構造体の特性化を示す代表的な写真である:膵島様構造体のコラーゲンIV(図7)は陽性に染色されている。
図8】14日間の培養後の免疫蛍光による膵島様構造体の特性化を示す代表的な写真である:膵島様構造体のヴォンヴィレブランド因子(図8)は陽性に染色されている。
図9】14日間の培養後の膵島様構造体の脱凝集(トリプシン1×)に続く膵島様構造体細胞の免疫蛍光特性化を示す代表的な写真である。
図10】移植前及び移植の13日後の非糖尿病SCIDマウス(実線、CTRL)、ストレプトゾトシン誘導(55mg/kg/日で5日間)糖尿病SCIDマウス(点線、DM)、及び腎被膜下にHLSC由来の膵島様構造体(5000IEQ/kg)を移植したストレプトゾトシン誘導糖尿病SCIDマウス(破線、DM+ILS)における血中グルコース及びヒトC-ペプチドレベルの両方を示すグラフである。糖尿病マウスと比較して、膵島様構造体の移植を受けた糖尿病マウスは血中グルコースレベルが顕著に低下していた。並行してヒトC-ペプチドの増大が付随して見られたが、これは非糖尿病SCIDマウス及び移植を受けなかった糖尿病SCIDマウスの両方において検出不能なままであった。
図11】10%FBS(F)、10%FBS+11.6mMグルコース(FG)、又は10%FBS+11.6mMグルコース+10μg/ml塩化プロタミン(FGP)を補充したRPMI又はDMEMベースの培地中での48時間のHLSC培養後の膵島様構造体(ILS)の形成を示すグラフである。
図12】10%FBS+11.6mMグルコース+10μg/ml塩化プロタミンを補充したRPMIベースの培地中での14日間の培養後のHLSCに由来する膵島様構造体のサイズ分布(A)、平均±SD直径(B)及びIEQ/100 ILS(C)を示すグラフである。
図13】グルコースが膵島様構造体(ILS)の形成に影響を及ぼさないが(A)、内分泌特異化の誘導及びインスリン/グルカゴン発現において重要な役割を果たす(B)ことを示す図である。A. 異なるグルコース濃度(6mM、11.6mM及び28mM)を用いた又は用いない場合の10ug/ml塩化プロタミン(P)を補充したRPMI/DMEM中での培養(4日間)後の膵島様構造体の形成を示す代表的な写真及びグラフ。B. 1mM又は25mMのグルコースを用いたRPMIベースの培地中でのPDX-1、NgN3、インスリン及びグルカゴン発現を示す代表的な写真。
図14】ポリリジン分化培地中で培養した細胞におけるPDX-1、NgN3、GLUT-2、C-ペプチド、グルカゴン及びソマトスタチンの発現を示す代表的な写真である。
【発明を実施するための形態】
【0035】
実施例
1. HLSCの培養及び増殖
1.1 HLSCの単離、特性化及び培養
肝切除を受ける患者の健常肝組織からHLSC系列を単離し、以前に記載されているように特性化する(非特許文献4)。具体的には、HLSCを75cm3容培養フラスコに播種し、2mM L-グルタミン、100UI/mlのペニシリン/100μg/mlのストレプトマイシン及び10%ウシ胎仔血清を補充した3対1の比率のα-最小必須培地及び内皮細胞基本培地-1を含有する培地(表1を参照されたい)中で培養する。細胞を37℃の加湿5%CO2インキュベーター内で維持する。
【0036】
1.2 HLSCの分離
ほぼ80%のコンフルエンスに達した後、細胞をPBSで2回洗浄し、トリプシン-EDTA 1×とともに37℃で約5分間インキュベートして細胞分離を誘導する。続いて、2mMのL-グルタミン、100UI/mlのペニシリン/100μg/mlのストレプトマイシン及び10%ウシ胎仔血清を補充したRPMIを添加することによってトリプシン活性を中和する。次いで、細胞を1200rpmで5分間の遠心分離によって採取し、上清を除去し、ペレットを培養培地に再懸濁し、5つの75cm3容培養フラスコに分ける。
【0037】
1.3 細胞の凍結保存
ほぼ80%のコンフルエンスに達した細胞を1.2項に記載のように分離し、遠心分離によって採取する。細胞を計数し、1バイアル当たり106個の細胞を凍結保存する。細胞ペレットを、90%FBS及び10%ジメチルスルホキシド(DMSO)を含有する1ml溶液に再懸濁し、予め冷却したクライオバイアル(複数の場合もあり)に入れる。クライオバイアルを-80℃で一晩凍結した後、-196℃の液体窒素容器に入れる。
【0038】
1.4 凍結保存された細胞の融解
凍結されたHLSCのバイアルを液体窒素タンクから取り出し、37℃に予め温めた水のビーカーに入れる。細胞懸濁液が完全に融解した後、10mlの滅菌培地を含む滅菌50ml容ファルコンチューブに入れ、1200rpmで5分間遠心分離する。次いで、細胞ペレットを培養培地に再懸濁し、3つの75cm3容培養フラスコに分け、加湿5%CO2インキュベーターにおいて37℃で一晩付着させる。培地を翌日交換する。
【0039】
2. 膵島様構造体へのHLSCの分化
HLSCを25cm3容培養フラスコ又は100×20mmペトリ皿内の10%ウシ胎仔血清、11.6mMのグルコース、10μg/mlの塩化プロタミン(正:protamine)、2mMのL-グルタミン及び100UI/mlのペニシリン/100μg/mlのストレプトマイシンを補充したRPMI1640又はDMEMで構成される分化培養培地1(表1を参照されたい)に1cm2当たり12×103の密度で播種する。細胞を、4日間にわたって培地を交換することなく37℃の加湿5%CO2インキュベーター内に置く。5日目に、培地を10%FBS、11.6mMのグルコース、2mMのL-グルタミン及び100UI/mlのペニシリン/100μg/mlのストレプトマイシンを補充したRPMI1640又はDMEMで構成される分化培養培地2(表3を参照されたい)に取り替える。培地をその後1日おきに交換する。2日~4日以内に細胞は膵島様構造体を組織化し始め、14日~18日後に最大数に達することが期待される(図1)。
【0040】
【表1】
【0041】
【表2】
【0042】
【表3】
【0043】
得られる結果は添付の図面において説明され、その内容は本明細書で図面の簡単な説明において(below)簡潔に説明される。

本発明のまた別の態様は、以下のとおりであってもよい。
〔1〕単離成体幹細胞に由来する分化細胞を含み、直径が50μm~250μm、好ましくは50μm~200μmであることを特徴とする、人工的に成長させたスフェロイド膵島様細胞構造体。
〔2〕IEQ/100 ILSとして表される容積が30μm~200μm、好ましくは50μm~130μmである、前記〔1〕に記載のスフェロイド膵島様細胞構造体。
〔3〕前記分化細胞がインスリン、グルカゴン、膵臓ポリペプチド、ソマトスタチン、グレリンからなる群から選択される膵臓ホルモン、及びそれらの任意の組合せ又はそれら全てを発現する、前記〔1〕又は〔2〕に記載のスフェロイド膵島様細胞構造体。
〔4〕各々がインスリン、グルカゴン、膵臓ポリペプチド、ソマトスタチン及びグレリンからなる群から選択される膵臓ホルモンを発現する分化細胞の混合物を含む、前記〔3〕に記載のスフェロイド膵島様細胞構造体。
〔5〕前記分化細胞がPDX-1、NgN3、C-ペプチド、Glut-2、コラーゲンIV、ヴォンヴィレブランド因子からなる群から選択されるマーカー、及びそれらの任意の組合せ又はそれら全てを発現する、前記〔1〕~〔4〕のいずれか一項に記載のスフェロイド膵島様細胞構造体。
〔6〕前記成体幹細胞がヒト肝幹細胞(HLSC)である、前記〔1〕~〔5〕のいずれか一項に記載のスフェロイド膵島様細胞構造体。
〔7〕ポリカチオン性物質を含む第1の分化液体細胞培養培地中で成体幹細胞を培養する工程を含む、スフェロイド膵島様細胞構造体を調製する方法。
〔8〕前記ポリカチオン性物質を含む第1の分化液体細胞培養培地中で成体幹細胞を培養する工程を2日~4日間にわたって行う、前記〔7〕に記載の方法。
〔9〕前記ポリカチオン性物質がプロタミンの可溶性塩である、前記〔7〕又は〔8〕に記載の方法。
〔10〕前記プロタミンの可溶性塩がプロタミン硫酸塩又はプロタミン塩酸塩である、前記〔9〕に記載の方法。
〔11〕前記プロタミン硫酸塩又はプロタミン塩酸塩が5mM~20mMの範囲内に含まれる濃度である、前記〔10〕に記載の方法。
〔12〕前記ポリカチオン性物質がポリリジンである、前記〔7〕~〔11〕のいずれか一項に記載の方法。
〔13〕前記ポリカチオン性物質を含む第1の分化液体細胞培養培地を、ポリカチオン性物質を含まない第2の分化液体細胞培養培地に取り替えるとともに、完全分化細胞が得られるまで培養する工程を更に含む、前記〔7〕~〔12〕のいずれか一項に記載の方法。
〔14〕前記ポリカチオン性物質を含まない第2の分化液体細胞培養培地中で培養する工程を少なくとも2日間にわたって行う、前記〔13〕に記載の方法。
〔15〕前記成体幹細胞がヒト肝幹細胞である、前記〔7〕~〔14〕のいずれか一項に記載の方法。
〔16〕成体幹細胞に由来する分化細胞を含み、前記〔7〕~〔15〕のいずれか一項に記載の方法によって得ることができる、スフェロイド膵島様細胞構造体。
〔17〕膵島移植による糖尿病の治療に使用される、前記〔1〕~〔6〕又は〔16〕のいずれか一項に記載のスフェロイド膵島様細胞構造体。
〔18〕膵島細胞による1つ若しくは複数の膵臓ホルモンの発現を促進することが可能な物質を同定するため、又は膵島細胞に対して細胞傷害効果を及ぼすことが可能な物質を同定するためのin vitroスクリーニング法における前記〔1〕~〔6〕又は〔16〕のいずれか一項に記載のスフェロイド膵島様細胞構造体の使用。
〔19〕被験体に前記〔1〕~〔6〕又は〔16〕のいずれか一項に記載のスフェロイド膵島様細胞構造体を移植する工程を含む、被験体において血中グルコースレベルを低下させる方法。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14