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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-25
(45)【発行日】2024-10-03
(54)【発明の名称】多板式摩擦クラッチ
(51)【国際特許分類】
   F16D 13/52 20060101AFI20240926BHJP
   F16D 43/22 20060101ALI20240926BHJP
【FI】
F16D13/52 C
F16D43/22
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2023006336
(22)【出願日】2023-01-19
(65)【公開番号】P2024102448
(43)【公開日】2024-07-31
【審査請求日】2023-09-29
(73)【特許権者】
【識別番号】000005326
【氏名又は名称】本田技研工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100169111
【弁理士】
【氏名又は名称】神澤 淳子
(74)【代理人】
【識別番号】100098176
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 訓
(72)【発明者】
【氏名】松永 直也
【審査官】畔津 圭介
(56)【参考文献】
【文献】特開2001-050294(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16D 13/52
F16D 43/22
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
クラッチ出力軸(21)に回転自在に軸支されて内燃機関(E)からの駆動トルクが入力されるクラッチハウジング(50)と、
前記クラッチ出力軸(21)に連結されるクラッチセンタ(61,62)と、
前記クラッチハウジング(50)と前記クラッチセンタ(61,62)との間でトルクの伝達及び遮断を行う複数のプレート部材(71,72)からなるクラッチ部(70)と、
前記クラッチ部(70)を前記クラッチセンタとの間で押圧するプレッシャプレート(80)と、
前記クラッチ部(70)を押圧する方向に前記プレッシャプレート(80)を付勢する付勢手段(84)と、
を備える多板式摩擦クラッチ(C)において、
前記クラッチセンタ(61,62)は、前記クラッチ出力軸(21)に相対回転不能に軸支される第1クラッチセンタ(61)と、前記第1クラッチセンタ(61)に相対回転可能に支承され前記プレッシャプレート(80)との間で前記クラッチ部(70)を挟む第2クラッチセンタ(62)とからなり、
前記第1クラッチセンタ(61)と前記第2クラッチセンタ(62)の間には、
互いの間で動力伝達するとともに、前記第1クラッチセンタ(61)から前記第2クラッチセンタ(62)に動力伝達するときに互いの相対回転前記プレッシャプレート(80)に作用してクラッチトルクを減衰させるトルクリミッタ機構(Lt)と、
前記第1クラッチセンタ(61)から前記第2クラッチセンタ(62)に加速方向へ動力伝達する時には前記第1クラッチセンタ(61)と前記第2クラッチセンタ(62)の相対回転が規制されて前記トルクリミッタ機構(Lt)のトルクリミッタの作動を抑制するトルクリミッタ作動抑制機構(Rt)と、を備え、
前記トルクリミッタ作動抑制機構(Rt)は、
前記第2クラッチセンタ(62)に、放射方向に指向した嵌挿孔(90)に移動自在に嵌挿された係止ピン(95)が回転中心方向にピン付勢手段(96)により付勢されて設けられ、
前記嵌挿孔(90)が径方向内側で前記第1クラッチセンタ(61)の前記クラッチ出力軸(21)に嵌合する円筒状のセンタ円筒ボス部(61c)の外周面に対向し、
前記ピン付勢手段(96) により付勢された前記係止ピン(95)が、前記嵌挿孔(90)から部分的に突出して前記センタ円筒ボス部(61c) の外周面に当接した位置と、前記嵌挿孔(90)内に没した位置との間を移動でき、
前記係止ピン(95)が前記嵌挿孔(90)から突出しているときに、前記センタ円筒ボス部(61c)から径方向外側に突出された係止部(61u)が、前記係止ピン(95)の前記嵌挿孔(90)から突出した突出部分に回転方向上流側からのみ接し回転方向下流側からは接しないことを特徴とする多板式摩擦クラッチ。
【請求項2】
前記第2クラッチセンタ(62)は前記第1クラッチセンタ(61)の前記センタ円筒ボス部(61c)と径方向外側で対向するセンタ円筒部(62c)を有し、
前記トルクリミッタ機構(Lt)は、
前記センタ円筒ボス部(61c)から径方向外側に延出した複数の押圧仕切壁(61p)と前記センタ円筒部(62c) から径方向内側に延出した複数の押圧仕切部(62p)が、周方向に交互に配設され、
隣り合う前記押圧仕切壁(61p)と前記押圧仕切部(62p)との間に、前記第1クラッチセンタ(61)と前記第2クラッチセンタ(62)の互いの相対回転により圧縮変形して動力伝達する弾性部材(75a,75b)が介在し、
前記第2クラッチセンタ(62)は、前記プレッシャプレート(80)に対面する側壁(62b)の前記第1クラッチセンタ(61)から前記第2クラッチセンタ(62)に動力伝達するときに圧縮変形する弾性部材(75b)に対向する箇所に、軸方向に貫通する開口部(62h)を有し、
前記開口部(62h)に嵌挿されたプッシュロッド(63a,63b)が、前記開口部(62h)に対向する前記弾性部材(75b)の圧縮変形により軸方向に移動させられ前記プレッシャプレート(80)を押圧することを特徴とする請求項1に記載の多板式摩擦クラッチ。
【請求項3】
前記押圧仕切部(62p)は、前記嵌挿孔(90)が内側に形成される周壁(91)を有し、
前記周壁(91)の下流側周壁部(91d)は、前記係止ピン(95)の前記嵌挿孔(90)から突出した突出部分に回転方向下流側から接し、
前記第2クラッチセンタ(62)から前記第1クラッチセンタ(61)に動力伝達する時に、前記第2クラッチセンタ(62)と前記第1クラッチセンタ(61)の間の前記弾性部材(75a)の圧縮変形を介した相対回転が、進行して所定の位置関係となると、前記下流側周壁部(91d)に当接して該相対回転を停止させるストッパ部(61z)が、前記第1クラッチセンタ(61)の前記センタ円筒ボス部(61c)から径方向外側に突出して設けられることを特徴とする請求項2に記載の板式摩擦クラッチ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多板式摩擦クラッチに関する。
【背景技術】
【0002】
自動二輪車の場合、シフトダウンによりエンジンブレーキがかかると、後輪への負荷が高まる。
特に、レース走行等では、素早いシフトダウンによる急減速時にエンジンブレーキが強くかかることが多いので、エンジンブレーキによる後輪の負荷を抑制するために、後輪から伝達されるクラッチトルクを減衰させるバックトルクリミッタ機構が多板式摩擦クラッチに備えられている。
【0003】
しかし、車体を押してからクラッチを接続状態とさせて内燃機関を始動する押しがけ始動やキック始動を行おうとすると、バックトルクリミッタ機構が働いて、内燃機関に伝達されるトルクが低下してしまうことで、内燃機関の円滑な始動ができなくなる。
そこで、クラッチ出力軸が停止ないしアイドリング回転数以下の低回転域で、バックトルクリミッタ機構のトルクリミッタを解除するトルクリミッタ解除機構を備えた多板式摩擦クラッチの例(例えば、特許文献1)がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特許第3699303号公報
【0005】
特許文献1に開示された摩擦クラッチは、クラッチ入力側に連結されたクラッチドラム(クラッチハウジング)とクラッチ出力側に連結されたクラッチハブ(クラッチセンタ)との間に、トルク伝達および遮断を行う複数のプレートからなるクラッチ部が介在する多板式摩擦クラッチであり、クラッチハブがクラッチ出力軸に直結された第1ハブ体と、第1ハブ体に相対回転可能に支承された第2ハブ体とからなり、第1ハブ体と第2ハブ体との間にカム機構が構成されていて、第1ハブ体の回転速度が第2ハブ体よりも大きくなったときに、第1ハブ体と第2ハブ体との間の相対回転によりカム機構が働いて、第2ハブ体を軸方向に移動させてプレッシャプレートを押し、クラッチ部のクラッチ容量(伝達トルクの大きさ)を低下するバックトルクリミッタ機構が設けられている。
【0006】
そして、クラッチ出力軸が停止ないし低回転域では、第1ハブ体と第2ハブ体との間の相対回転を不能にすることで、バックトルクリミッタ機構のトルクリミッタを解除するトルクリミッタ解除機構が設けられている。
第1ハブ体と第2ハブ体にまたがって形成された案内溝に収納されたスチールボールが、遠心力によりコイルばねの弾性力に抗して移動可能で、停止ないし低回転域でコイルばねの弾性力により移動したスチールボールが第1ハブ体と第2ハブ体の双方に係止して両者の相対回転を不能にしているトルクリミッタ解除機構が開示されている。
【0007】
このトルクリミッタ解除機構により、自動二輪車が停止や低速移動時のクラッチ出力軸が停止ないし低回転域では、バックトルクリミッタ機構のトルクリミッタを解除して第1ハブ体と第2ハブ体との間の相対回転を不能にするので、押しがけ始動やキック始動を円滑に行うことができる。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1に開示されたトルクリミッタ解除機構は、クラッチ出力軸が停止ないし低回転域では、スチールボールが第1ハブ体と第2ハブ体の双方に係止して両者の相対回転を不能にしているので、クラッチ出力軸側の第1ハブ体から第2ハブ体にバックトルクが伝達するときも、逆に第2ハブ体から第1ハブ体に動力伝達するときも第1ハブ体と第2ハブ体を相対回転不能としている。
【0009】
したがって、停止ないし低回転域で、トルクリミッタ解除機構がバックトルクリミッタ機構のトルクリミッタを解除しているときに、すなわち、スチールボールが第1ハブ体と第2ハブ体の双方に係止して両者の相対回転を不能にしているときに、大きい加速入力があると、トルクリミッタ解除機構のスチールボールによる第1ハブ体と第2ハブ体の双方への係止部に応力が集中するため、高い強度を有する必要がある。
【0010】
例えば、モトクロスのような競技においては、ジャンプ中にアクセル操作やリアブレーキ操作して、車両のジャイロ効果によって姿勢制御をすることがある。
すなわち、ジャンプに入った時は、車速があるので、スチールボールは遠心力により付勢力に抗して遠心方向に移動して、第1ハブ体と第2ハブ体の双方への係止が解除されているが、ジャンプ中にクラッチを握ってリアブレーキをかけた場合は、クラッチ出力軸が停止して、スチールボールは付勢力により回転軸中心側に移動して、第1ハブ体と第2ハブ体の双方に係止して第1ハブ体と第2ハブ体の相対回転は不能となる。
【0011】
このような状態で、クラッチを接続して着地した場合、クラッチ接続時に高い機関回転数により極めて大きい加速入力が第2ハブ体に加わり、スチールボールによる第1ハブ体と第2ハブ体の係止部に応力が集中する。
【0012】
本発明は、かかる点に鑑みなされたもので、その目的と処は、クラッチ出力軸が停止ないし低回転域で大きな加速入力が加わっても、トルクリミッタ解除機構の一部に応力が集中することを回避できるトルクリミッタ解除機構を備えた多板式摩擦クラッチを供する点にある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記目的を達成するために、本発明は、
クラッチ出力軸に回転自在に軸支されて内燃機関からの駆動トルクが入力されるクラッチハウジングと、
前記クラッチ出力軸に連結されるクラッチセンタと、
前記クラッチハウジングと前記クラッチセンタとの間でトルクの伝達及び遮断を行う複数のプレート部材からなるクラッチ部と、
前記クラッチ部を前記クラッチセンタとの間で押圧するプレッシャプレートと、
前記クラッチ部を押圧する方向に前記プレッシャプレートを付勢する付勢手段と、
を備える多板式摩擦クラッチにおいて、
前記クラッチセンタは、前記クラッチ出力軸に相対回転不能に軸支される第1クラッチセンタと、前記第1クラッチセンタに相対回転可能に支承され前記プレッシャプレートとの間で前記クラッチ部を挟む第2クラッチセンタとからなり、
前記第1クラッチセンタと前記第2クラッチセンタの間には、
互いの間で動力伝達するとともに、互いの相対回転により前記プレッシャプレートに作用してクラッチトルクを減衰させるトルクリミッタ機構と、
前記第1クラッチセンタから前記第2クラッチセンタに加速方向へ動力伝達する時には前記第1クラッチセンタと前記第2クラッチセンタの相対回転が規制されて前記トルクリミッタ機構のトルクリミッタの作動を抑制するトルクリミッタ作動抑制機構と、を備えていることを特徴とする多板式摩擦クラッチを提供する。
【0014】
この構成によれば、第1クラッチセンタと第2クラッチセンタの間には、互いの間で動力伝達するとともに、第1クラッチセンタから第2クラッチセンタに動力伝達するトルクが働く時に、互いの相対回転によりプレッシャプレートに作用してクラッチトルクを減衰させるトルクリミッタ機構と、第1クラッチセンタから第2クラッチセンタに加速方向へ動力伝達する時には第1クラッチセンタと第2クラッチセンタの相対回転が規制されてトルクリミッタ機構のトルクリミッタの作動を抑制するトルクリミッタ作動抑制機構とを備えている
【0015】
トルクリミッタ作動抑制機構は、クラッチ出力軸が停止ないし低回転域で、第1クラッチセンタから第2クラッチセンタに加速方向へ動力伝達する時には第1クラッチセンタと第2クラッチセンタの相対回転が規制されてトルクリミッタ機構の作動を抑制するので、押しがけ始動およびキック始動が可能である。
そして、トルクリミッタ作動抑制機構は、クラッチ出力軸の回転数に関わりなく、第2クラッチセンタから第1クラッチセンタに加速方向へ動力伝達する時には、トルクリミッタを作動させず第1クラッチセンタと第2クラッチセンタの相対回転を規制しないので、大きい加速入力が第2クラッチセンタに加わってもトルクリミッタ機構の一部に応力が集中することを回避できる。
【0016】
本発明の好適な実施形態では、
前記トルクリミッタ作動抑制機構は、
前記第2クラッチセンタに、放射方向に指向した嵌挿孔に移動自在に嵌挿された係止ピンが回転中心方向にピン付勢手段により付勢されて設けられ、
前記ピン付勢手段の付勢力により前記係止ピンが前記嵌挿孔から回転軸中心側に突出した状態で、前記第1クラッチセンタから前記第2クラッチセンタに動力伝達する時には前記嵌挿孔から突出した前記係止ピンに前記第1クラッチセンタに形成された係止部が係止して前記第1クラッチセンタと前記第2クラッチセンタの相対回転が規制される。
【0017】
この構成によれば、第2クラッチセンタに放射方向に指向した嵌挿孔に移動自在に嵌挿された係止ピンが回転中心方向にピン付勢手段により付勢されて設けられ、クラッチ出力軸が停止ないし低回転域で、ピン付勢手段の付勢力により係止ピンが嵌挿孔から回転軸中心側に突出した状態とし、その他の回転域では係止ピンは遠心力により遠心方向に移動して嵌挿孔に没する簡単な構造である。
【0018】
トルクリミッタ作動抑制機構は、クラッチ出力軸が停止ないし低回転域で、ピン付勢手段の付勢力により係止ピンが嵌挿孔から回転軸中心側に突出した状態で、第1クラッチセンタから第2クラッチセンタに動力伝達する時に、嵌挿孔から突出した係止ピンに、第1クラッチセンタに形成された係止部が係止して第1クラッチセンタと第2クラッチセンタの相対回転が規制されるので、トルクリミッタ機構のトルクリミッタの作動を抑制し、押しがけ始動およびキック始動が可能である。
そして、トルクリミッタ作動抑制機構は、クラッチ出力軸の回転数に関わりなく、第2クラッチセンタから第1クラッチセンタに加速方向へ動力伝達する時には、係止ピンに第1クラッチセンタは係止せず、第1クラッチセンタと第2クラッチセンタの相対回転が規制されないので、大きい加速入力が第2クラッチセンタに加わっても、トルクリミッタ作動抑制機構の係止ピンが係止する部分に応力が集中することを回避できる。
【0019】
本発明の好適な実施形態では、
前記トルクリミッタ機構は、
前記第1クラッチセンタと前記第2クラッチセンタの間には、互いの相対回転により圧縮変形して動力伝達する弾性部材が介在し、
前記第2クラッチセンタは、前記プレッシャプレートに対面する側壁の前記第1クラッチセンタから前記第2クラッチセンタに動力伝達するときに圧縮変形する弾性部材に対向する箇所に、軸方向に貫通する開口部を有し、
前記開口部に嵌挿されたプッシュロッドが、前記弾性部材の圧縮変形により軸方向に移動させられ前記プレッシャプレートを押圧する。
【0020】
この構成によれば、第1クラッチセンタと第2クラッチセンタの間には、互いの相対回転により圧縮変形して動力伝達する弾性部材が介在し、第2クラッチセンタのプレッシャプレートに対面する側壁の第1クラッチセンタから第2クラッチセンタに動力伝達するときにのみ圧縮変形する弾性部材に対向する箇所に設けられた軸方向に貫通する開口部に嵌挿されたプッシュロッドが、該弾性部材の圧縮変形により軸方向に移動させられプレッシャプレートを押圧するので、大きい減速入力が加わった際に、クラッチ容量を低下させることができる。
【0021】
本発明の好適な実施形態では、
前記第2クラッチセンタから前記第1クラッチセンタに加速方向へ動力伝達する時に、前記第2クラッチセンタと前記第1クラッチセンタの間の前記弾性部材の圧縮変形を介した相対回転が、進行して所定の位置関係となると、互いに当接して該相対回転を停止させるストッパ部が、前記第1クラッチセンタに設けられる。
【0022】
この構成によれば、第2クラッチセンタから第1クラッチセンタに動力伝達する時に、第2クラッチセンタと第1クラッチセンタの間の弾性部材の圧縮変形を介した相対回転が、進行して所定の位置関係となると、ストッパ部により互いに当接して該相対回転を停止させるので、相対回転が進行した際、第2クラッチセンタから第1クラッチセンタに弾性部材を介さずに、直接動力伝達するため、応答性を向上させることができる。
【発明の効果】
【0023】
本発明は、クラッチ出力軸が停止ないし低回転域で、大きい加速入力が第2クラッチセンタに加わっても、トルクリミッタ作動抑制機構の一部に応力が集中することを回避できる
【図面の簡単な説明】
【0024】
図1】本発明の一実施の形態に係る内燃機関の右ケースカバーを外し一部省略して示した自動二輪車の全体側面図である。
図2図1のII-II矢視の同内燃機関の断面展開図である。
図3】本実施の形態の多板式摩擦クラッチの断面図である。
図4図3のIV-IV矢視の多板式摩擦クラッチの断面図である。
図5】同多板式摩擦クラッチのトルクリミッタ機構を示す部分断面図である。
図6】同多板式摩擦クラッチのトルクリミッタ機構の別の状態を示す部分断面図である。
図7】同多板式摩擦クラッチのトルクリミッタ作動抑制機構を示す部分断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、本発明に係る一実施の形態について図1ないし図7に基づいて説明する。
図1は、本発明を適用した一実施の形態に係る内燃機関Eのケースカバーを外した右側面図であり、図2は、内燃機関の断面展開図(図1のII-II矢視の断面展開図)である。
本内燃機関Eは、自動二輪車に搭載される単気筒4ストローク内燃機関である。
なお、本明細書の説明において、前後左右の向きは、本実施の形態に係る自動二輪車1の直進方向を前方とする通常の基準に従うものとし、図面において、FRは前方を,RRは後方を、LHは左方を,RHは右方を示すものとする。
【0026】
自動二輪車1の左右車幅方向に指向してクランク軸20を軸支するクランクケース11は、クランク軸20が配置されるクランク室11cを形成するとともに、クランク室11cの後方には変速機Mを収容するミッション室11mが形成されている。
【0027】
内燃機関Eは、クランクケース11のクランク室11cの上に、1本のシリンダ12aを有するシリンダブロック12と、シリンダブロック12の上部にガスケットを介してスタッドボルトにより締結されるシリンダヘッド13と、シリンダヘッド13の上部に結合されるシリンダヘッドカバー14とから構成される機関本体を備える。
クランクケース11の上に重ねられるシリンダブロック12,シリンダヘッド13,シリンダヘッドカバー14は、クランクケース11から若干前傾した姿勢で上方に延出している。
【0028】
クランクケース11のミッション室11mには、変速機Mのメイン軸21とカウンタ軸22とが、クランク軸20と平行に左右水平方向に指向して配設されている。
クランクケース11は、シリンダ軸線Lcを含むとともにクランク軸20と直交する平面で左右に2分割された1対の左クランクケース11Lと右クランクケース11Rとが、互いの合わせ面が合わされた状態で結合されている。
【0029】
左右クランクケース11L,11Rの合体でクランク室11cの上方に形成された円開口に、シリンダブロック12のシリンダ12aの下部が嵌入され、シリンダ12aのシリンダボア内にピストン15が往復摺動自在に嵌合される。
ピストン15のピストンピン15pに小端部が軸支されクランク軸20のクランクピン20pに大端部が軸支されたコンロッド16によりピストン15とクランク軸20が連接されてクランク機構が構成されている。
【0030】
クランク軸20の左側主ベアリング25より左方に突出した左軸体20Lは、チェーン室を貫通し、さらに左クランクケース11Lの左側壁の開口を貫通しており、チェーン室に相当する部分には駆動カムチェーンスプロケット20csが形成され、左端にはACジェネレータ26のアウタロータ26rが嵌着されている。
左クランクケース11Lの左側壁の開口を塞ぐ左側サイドカバー17は、ACジェネレータ26を覆うとともに、ACジェネレータ26のインナステータ26sを支持している。
【0031】
他方、クランク軸20における右クランクケース11Rの右側主ベアリング25より右方に突出した右軸体20Rには、主ベアリング25寄りからスタータ被動ギア27とプライマリドライブギア28が嵌合されてワッシャ29wを介してフランジ付きボルト29により固着されている。
【0032】
クランク室11cの後方のミッション室11mに配設される変速機Mは、メイン軸21およびカウンタ軸22によりそれぞれ軸支されるメインギア群21gおよびカウンタギア群22gと、変速操作機構により操作されるシフトドラムやシフトフォークの変速切換え機構(図示せず)を備えている。
【0033】
メイン軸21は、クランク軸20の後方斜め上にあって、左右クランクケース11L,11Rにベアリング30,30を介して回転可能に軸支され、右側ベアリング30より右方に突出した部分に多板式摩擦クラッチCが設けられる。
【0034】
カウンタ軸22は、クランク軸20の後方斜め上にあって、左右クランクケース11L,11Rにベアリング23,23を介して回転可能に軸支され、左側ベアリング23より左方に貫通して外部に突出して出力軸となっており、突出した左端に駆動チェーンスプロケット24が嵌着されている。
駆動チェーンスプロケット24に巻き掛けられた駆動チェーン24cが後輪側の被動チェーンスプロケット(図示せず)に巻き掛けられて動力が後輪に伝達される。
【0035】
右クランクケース11Rの右側面は、右ケースカバー18で覆われ、右ケースカバー18の多板式摩擦クラッチCが臨む開口を塞ぐクラッチカバー19が多板式摩擦クラッチCの右側方を覆う。
【0036】
メイン軸21には、軸心に軸孔21cが形成され、クラッチ作動ロッド31が挿通される。
クラッチ作動ロッド31は、軸孔21cの左右の縮径部で摺動自在に支持されており、左端に作用するクラッチカム32の作動により軸方向右方に移動される。
なお、軸孔21cにはスカベンジポンプから吐出されたオイルが供給される。
【0037】
図2および図3を参照して、メイン軸21には、スリーブ部材40が右側のベアリング30のインナレースに右側から接して外嵌されており、同スリーブ部材40にニードルベアリング41を介してプライマリドリブンギア42が回転自在に軸支されている。
プライマリドリブンギア42は、クランク軸20に嵌着された前記プライマリドライブギア28に噛合している。
【0038】
多板式摩擦クラッチCにおけるクラッチハウジング50は、メイン軸21に回転自在に軸支されるハウジング側壁部51を有し、同ハウジング側壁部51の外周縁から軸方向右側に複数本の係合突起片52が突出している。
複数本の係合突起片52は周方向に間隔を空けて配列されている。
このクラッチハウジング50のハウジング側壁部51が、プライマリドリブンギア42のディスク部に接してプライマリドリブンギア42の中央円筒ボス部42cに軸支されている。
【0039】
そして、ハウジング側壁部51の外面に突出した保持ボス部51bの外周に圧入して保持されたダンパゴム44が、プライマリドリブンギア42のディスク部に形成された円孔42hに嵌入されていて、プライマリドリブンギア42とクラッチハウジング50との急激なトルク変動を吸収するようになっている。
【0040】
したがって、クランク軸20の回転は、プライマリドライブギア28とプライマリドリブンギア42の噛合およびダンパゴム44を介して多板式摩擦クラッチCのクラッチハウジング50の回転に伝達される。
【0041】
多板式摩擦クラッチCにおけるクラッチセンタは、クラッチ出力軸であるメイン軸21の右端部にスプライン嵌合する第1クラッチセンタ61と、第1クラッチセンタ61に相対回転可能に支承される第2クラッチセンタ62とからなる。
【0042】
図3および図4を参照して、第1クラッチセンタ61は、前記ハウジング側壁部51の内面に対面する中空円板状のセンタ側壁部61bと、同センタ側壁部61bの内周縁部からハウジング側壁部51とは反対側(右側)に円筒状に延出したセンタ円筒ボス部61cと、センタ側壁部61bから右方に延出すると同時にセンタ円筒ボス部61cから径方向外側に延出した3枚の押圧仕切壁61pとを備える。
【0043】
3枚の押圧仕切壁61pは、周方向に等間隔に延出してセンタ側壁部61bの右側の空間を3つの扇形空間に仕切っている(図4参照)。
センタ円筒ボス部61cの内周面にはスプライン溝が形成されている。
また、センタ円筒ボス部61cの右端には、3枚の押圧仕切壁61pの間の3か所に支持突起61sが径方向に突出している。
3つの支持突起61sの突出長は同じであり、先端は中心軸から等距離にある。
【0044】
この第1クラッチセンタ61は、メイン軸21の右端部にワッシャ65,66に挟まれてスプライン嵌合して相対回転不能に軸支される。
メイン軸21の右端に螺合するナット68がロックワッシャ67を介して締結されることで、第1クラッチセンタ61はメイン軸21に嵌着される。
【0045】
一方で、第2クラッチセンタ62は、第1クラッチセンタ61のセンタ側壁部61bの外径より若干大きい内径のセンタ円筒部62cを有し、センタ円筒部62cの右端部が径方向内側に延出して中空円板状のセンタ内側側壁部62bが前記第1クラッチセンタ61のセンタ側壁部61bと対面する位置関係で形成され、センタ円筒部62cの左端部が径方向外側に延出して中空円板状のセンタ外側側壁部62aが前記第1クラッチセンタ61のセンタ側壁部61bの外周に位置して形成されている。
【0046】
クラッチハウジング50の周方向に配列された複数の係合突起片52は、第2クラッチセンタ62のセンタ円筒部62cの外側に所定距離離れた同心円上に位置する。
すなわち、同心円に重なるセンタ円筒部62cと複数の係合突起片52との間に環状空間が形成されており、この環状空間の左側にセンタ外側側壁部62aが位置する。
第2クラッチセンタ62のセンタ円筒部62cの外周面には、軸方向に指向して周方向に複数の溝条62cvが形成されている。
【0047】
同心円に重なるセンタ円筒部62cと複数の係合突起片52との間の環状空間に、複数の摩擦板71とクラッチ板72が交互に嵌挿されてクラッチ部70を構成している。
摩擦板71は、その外周縁に複数形成された外周突部71aがクラッチハウジング50の複数の係合突起片52の互いの間の間隙に軸方向に摺動自在に係合し(図3図4参照)、クラッチハウジング50とともに回転する。
また、クラッチ板72は、その内周縁に複数形成された内周突部72aが第2クラッチセンタ62のセンタ円筒部62cの外周面に軸方向に指向して周方向に複数形成された溝条62cvに摺動自在に係合し(図3参照)、第2クラッチセンタ62とともに回転する。
【0048】
第2クラッチセンタ62のセンタ内側側壁部62bは、第1クラッチセンタ61のセンタ側壁部61bと対面しており、センタ内側側壁部62bから左方に延出すると同時にセンタ円筒部62cから径方向内側に延出した3つの押圧仕切部62pを備えている。
3つの押圧仕切部62pは、周方向に等間隔に延出してセンタ内側側壁部62bの左側の空間を3つの扇形空間に仕切っている(図4参照)。
【0049】
図4に示されるように、第1クラッチセンタ61と第2クラッチセンタ62の互いに対面するセンタ側壁部61bとセンタ内側側壁部62bとの間であって、互いに同心円に重なるセンタ円筒ボス部61cとセンタ円筒部62cの間の環状空間が、周方向に交互に配置された第1クラッチセンタ61の3枚の押圧仕切壁61pと第2クラッチセンタ62の3つの押圧仕切部62pにより略均等に6つの空間に仕切られており、この6つの空間にゴムダンパ75a,75bが介装されている。
【0050】
したがって、図4に示されるように、各ゴムダンパ75a,75bは、軸方向視で第1クラッチセンタ61の押圧仕切壁61pと第2クラッチセンタ62の押圧仕切部62pに挟まれて扇形状をなす。
図4を参照して、多板式摩擦クラッチCの回転方向は、矢印に示す通りである。
【0051】
ゴムダンパ75aとゴムダンパ75bは、周方向に交互に配置され、このうち3つのゴムダンパ75aは、矢印で示す回転方向で上流側の第2クラッチセンタ62の押圧仕切部62pと下流側の第1クラッチセンタ61の押圧仕切壁61pとに挟まれており、一方3つのゴムダンパ75bは、上流側の第1クラッチセンタ61の押圧仕切壁61pと下流側の第2クラッチセンタ62の押圧仕切部62pとに挟まれている。
【0052】
なお、図3に示されるように、第2クラッチセンタ62は、3つの押圧仕切部62pの内周面が第1クラッチセンタ61の3つの支持突起61sの外周面に摺接して相対回転可能に支承されている。
また、図3を参照して、第2クラッチセンタ62は、第1クラッチセンタ61の支持突起61sの外周面に摺接する押圧仕切部62pの内周面がそれより径の大きいワッシャ66の外周面より左側で径方向内側にあって、右方への移動を規制されるとともに、押圧仕切部62pの左側端面が、第1クラッチセンタ61のセンタ側壁部61bに接して、左方への移動も規制されている。
【0053】
第2クラッチセンタ62のセンタ内側側壁部62bの3つの押圧仕切部62pがある処には、それぞれボルト孔を有する円筒状をしたボルト取付ボス部62bbが右方に突出して形成されるとともに、3つの押圧仕切部62pには後記するトルクリミッタ作動抑制機構Rtが設けられている。
また、第2クラッチセンタ62のセンタ内側側壁部62bには、前記介装された6つのゴムダンパ75a,75bのうち上流側の第1クラッチセンタ61の押圧仕切壁61pと下流側の第2クラッチセンタ62の押圧仕切部62pとに挟まれた3つのゴムダンパ75bに対向する箇所に、軸方向に貫通する円筒開口部62hが形成されている。
【0054】
第2クラッチセンタ62のセンタ内側側壁部62bに形成された円筒開口部62hには、プレッシャプレート80を押圧する第1プッシュロッド63aとゴムダンパ75bに圧接する第2プッシュロッド63bが軸方向に移動自在に嵌挿されている。
第1プッシュロッド63aと第2プッシュロッド63bは、ともに有底円筒形をなし、互いに開口側を対向させて円筒開口部62hに嵌挿され、第1プッシュロッド63aと第2プッシュロッド63bとの間にコイルスプリング64が圧縮されて介装されている。
【0055】
第2クラッチセンタ62のセンタ内側側壁部62bの周方向に等間隔の3か所の円筒開口部62hにそれぞれ第1プッシュロッド63aと第2プッシュロッド63bが嵌挿されている。
この第2クラッチセンタ62のセンタ外側側壁部62aは、複数の摩擦板71とクラッチ板72が交互に嵌挿されたクラッチ部70に対面しており、このセンタ外側側壁部62aとの間で、プレッシャプレート80がクラッチ部70を挟んで押圧する。
【0056】
プレッシャプレート80は、円板状をなし、外周側側壁部80aがセンタ外側側壁部62aとの間で、複数枚交互に重なる摩擦板71とクラッチ板72を右側から挟んでいる。
プレッシャプレート80は、中央が右方に膨出して中央ボス部80cが形成されており、中央ボス部80cから径方向に延出した内周側側壁部80bを経て外周側側壁部80aに連続している。
【0057】
図3を参照して、クラッチ作動ロッド31の先端(右端)に被せられたキャップ部材33が、メイン軸21の軸端から突出してフランジ部33fを形成しており、このフランジ部33fがプレッシャプレート80の中央ボス部80cに当接された環状側板35に対向して、間にスラストベアリング34が挟まれる。
【0058】
プレッシャプレート80の内周側側壁部80bは、第2クラッチセンタ62のセンタ内側側壁部62bと対面しており、内周側側壁部80bには、センタ内側側壁部62bから右方に突出して形成された3本のボルト取付ボス部62bbがそれぞれ貫通する円孔80bhが形成されている。
【0059】
プレッシャプレート80の内周側側壁部80bを貫通して突出した3本のボルト取付ボス部62bbの右端面に、セットプレート85を当接して、ボルト86により3本のボルト取付ボス部62bbに締結する。
セットプレート85にはプレッシャプレート80の中央ボス部80cが右方に突出する開口部が設けられている。
また、ボルトの数は3本ではなく6本など適宜変更可能である。
【0060】
セットプレート85の外周縁の屈曲したばね受け部85rとプレッシャプレート80の外周側側壁部80aの背面(右側面)との間に皿ばね84が圧縮して介装されている。
したがって、皿ばね84のばね力によりプレッシャプレート80は軸方向内側(左側)に付勢され、プレッシャプレート80の外周側側壁部80aが、センタ外側側壁部62aとの間で、交互に重ねられた摩擦板71とクラッチ板72を狭圧して互いに圧接された摩擦板71とクラッチ板72を介してクラッチハウジング50の回転が第2クラッチセンタ62に伝達されるクラッチ接続状態となる。
【0061】
クラッチカム32の作用によりクラッチ作動ロッド31が右方に移動されると、キャップ部材33およびスラストベアリング34を介してプレッシャプレート80が右方に押圧されて皿ばね84の付勢力に抗して右方に移動し、センタ外側側壁部62aとの間での摩擦板71とクラッチ板72の狭圧を解除してクラッチハウジング50の回転が第2クラッチセンタ62に伝達されないクラッチ切断状態とすることができる。
また、クラッチは液圧形式でもよいものとする。
【0062】
図4を参照して、クラッチ接続状態で、クラッチハウジング50の回転が第2クラッチセンタ62に伝達されるときは、第2クラッチセンタ62の回転は、上流側の第2クラッチセンタ62の押圧仕切部62pを下流側の第1クラッチセンタ61の押圧仕切壁61pに近づけてゴムダンパ75aを狭圧し、狭圧されたゴムダンパ75aを介して第1クラッチセンタ61の回転に動力伝達される。
【0063】
一方で、クラッチ接続状態で、メイン軸21の回転が第1クラッチセンタ61に伝達されるときは、すなわちバックトルクが働いたときは、第1クラッチセンタ61の回転は、上流側の第1クラッチセンタ61の押圧仕切壁61pを下流側の第2クラッチセンタ62に近づけてゴムダンパ75bを狭圧し、狭圧されたゴムダンパ75bを介して第2クラッチセンタ62の回転に動力伝達される。
【0064】
以上のように、第1クラッチセンタ61と第2クラッチセンタ62は、ゴムダンパ75a,75bを介して動力伝達が行われるが、ゴムダンパ75a,75bの弾性変形に伴う応答の遅れは極めて僅かで、作動性に影響を与えるほどではないとともに、応答はダンパの充填率で調整可能である。
また、第1クラッチセンタ61と第2クラッチセンタ62の相対回転に伴う振動をゴムダンパ75a,75bの減衰力により抑制することができる。
【0065】
ゴムダンパ75bが狭圧されず圧縮変形していないときは、図5に示されるように、コイルスプリング64により付勢されて、第1プッシュロッド63aはプレッシャプレート80に接して押圧し、第2プッシュロッド63bはゴムダンパ75bに圧接して、第1プッシュロッド63aと第2プッシュロッド63bは、互いの間でコイルスプリング64が圧縮状態で介装されて離接可能に離間して配設され、両者の間には距離dの空隙Sが形成されている。
【0066】
ゴムダンパ75bが狭圧されると、図6に示されるように、ゴムダンパ75bは圧縮変形して、円筒開口部62hに膨出して、第2プッシュロッド63bをコイルスプリング64の付勢力に抗して押圧し、空隙Sを埋めて第1プッシュロッド63aに当接する。
【0067】
大きなバックトルクが働いたときは、第2プッシュロッド63bは第1プッシュロッド63aに当接した後に、さらに第1プッシュロッド63aおよびプレッシャプレート80とともに右方に移動する。
プレッシャプレート80の右方への移動で、センタ外側側壁部62aとの間での摩擦板71とクラッチ板72の狭圧が抑制されるので。クラッチ容量を低下させることができる。
このため、エンジンブレーキ等大きなトルクが働いたときには、クラッチ容量を低下させて、タイヤに急激な制動が作用するのを抑えることができる(トルクリミッタ機構)。
【0068】
図4を参照して、第1,第2プッシュロッド63a,63bは、第2クラッチセンタ62のセンタ内側側壁部62bの周方向に等間隔に設けられた3つの円筒開口部62hに嵌挿されているので、周方向に等間隔に配置された3組の第1,第2プッシュロッド63a,63b(図4において仮想線で示す)の突出により、プレッシャプレート80を皿ばね84の付勢力に抗して押し戻す第1,第2プッシュロッド63a,63bの力をプレッシャプレート80に均等に加えることができ、プレッシャプレート80を円滑に移動することができる。
【0069】
図5に示されるように、コイルスプリング64により付勢されて、第1プッシュロッド63aはプレッシャプレート80に接して押圧し、第2プッシュロッド63bはゴムダンパ75bに圧接しているので、ゴムダンパ75bの圧縮変形に対してプレッシャプレート80の作動応答性を調整することができる。
【0070】
以上のように、第1クラッチセンタ61と第2クラッチセンタ62は、ゴムダンパ75a,75bを介して動力伝達が行われるとともに、大きなバックトルクが働いたときは、ゴムダンパ75bが狭圧されて圧縮変形して、第2プッシュロッド63bと一体に第1プッシュロッド63aを移動してプレッシャプレート80を右方に移動してクラッチ容量を低下させるトルクリミッタ機構Ltが構成されている。
【0071】
図5に示されるように、第1プッシュロッド63aと第2プッシュロッド63bの間には、空隙Sが設けられているので、減速時のトルク変動が大きいときに、第1クラッチセンタ61と第2クラッチセンタ62が急激な相対回転が繰り返されても、ゴムダンパ75bの圧縮変形による第1,第2プッシュロッド63a,63bの移動は第1プッシュロッド63aと第2プッシュロッド63bの間の空隙Sが吸収し、クラッチプレッシャプレート80に振動変位を発生させずにクラッチ容量を低下させることができる。
すなわち、トルクリミッタ作動時にプレッシャプレート振動によるクラッチレバーの振動を抑制することができる。
【0072】
以上の実施の形態に係る多板式摩擦クラッチのトルクリミッタ機構Ltは、弾性率や大きさおよび形状の異なる弾性部材に交換することで、あるいは長さの異なるプッシュロッドに交換することで、クラッチ容量を簡単に調整することができる。
【0073】
第1プッシュロッド63aのプレッシャプレート80への右方への押圧力が低減すると、プレッシャプレート80を左方へ付勢する皿ばね84の付勢力が勝り、クラッチ容量を速やかに戻すことができる。
【0074】
本多板式摩擦クラッチCは、トルクリミッタ機構Ltに対して、クラッチ出力軸21が停止ないしアイドリング回転数以下の低回転域では、トルクリミッタ機構Ltのトルクリミッタを抑制するトルクリミッタ作動抑制機構Rtが設けられている。
図3図4および図7を参照して、トルクリミッタ作動抑制機構Rtは、第2クラッチセンタ62の押圧仕切部62pと、第1クラッチセンタ61の2つの押圧仕切壁61pの間のセンタ円筒ボス部61cとに、互いに径方向に対向して設けられている。
【0075】
図7を参照して、第2クラッチセンタ62のセンタ円筒部62cから径方向内側に延出した押圧仕切部62pには、中央を径方向に穿孔した嵌挿孔90が形成されている。
嵌挿孔90は、押圧仕切部62pの径方向内側の内周面から径方向内部の空洞93に貫通している。
押圧仕切部62pの嵌挿孔90に係止ピン95が径方向に移動自在に嵌挿される。
係止ピン95は、円柱状をしたピン本体95aから縮径部95bが突出する形状をしていて、縮径部95bを空洞93側に向けて嵌挿孔90にピン本体95aが嵌挿される。
【0076】
したがって、係止ピン95は、ピン本体95aを嵌挿孔90から突出したり、嵌挿孔90内に没したりすることができる、
係止ピン95のピン本体95aと空洞93の外周側壁面との間に縮径部95bに支持されたコイルスプリング96が介装されて、コイルスプリング96により係止ピン95は径方向内側に付勢されるようになっている。
【0077】
押圧仕切部62pの嵌挿孔90を内側に形成する周壁91は、第2クラッチセンタ62の回転方向で、上流側となる上流側周壁部91uと下流側となる下流側周壁部91dとでは、径方向長さが異なり、下流側周壁部91dは、上流側周壁部91uより長い。
【0078】
一方、押圧仕切部62pの周壁91が径方向内側で対向する第1クラッチセンタ61のセンタ円筒ボス部61cには、径方向外側に突出した係止部61uが形成されている。
図7は、クラッチ出力軸であるメイン軸21が停止しているときの第1クラッチセンタ61と第2クラッチセンタ62の相対位置関係を示しており、この状態で、係止部61uは、周壁91のうち下流側周壁部91dより短い上流側周壁部91uに対向して突出し、上流側周壁部91uに接近するまで突出している。
【0079】
以上のように、第2クラッチセンタ62の押圧仕切部62pと、第1クラッチセンタ61のセンタ円筒ボス部61cとに、互いに径方向に対向して構成されるトルクリミッタ作動抑制機構Rtは、周方向3か所に設けられる。
【0080】
図7に示すように、上流側周壁部91uに向けて突出した係止部61uは、上流側が滑らかな傾斜面をなすのに対して、下流側は切り欠かれて、上流側周壁部91uの内周面と同じ形状の下流側周面61uuを形成している。
第2クラッチセンタ62の押圧仕切部62pに形成された嵌挿孔90に嵌挿された係止ピン95は、コイルスプリング96に付勢されて、径方向内側に突出して、ピン本体95aは第1クラッチセンタ61のセンタ円筒ボス部61cの外周面に当接し、ピン本体95aの下流側外周面は第2クラッチセンタ62の嵌挿孔90の下流側周壁部91dの内周面にのみ接するとともに、ピン本体95aの上流側外周面は第2クラッチセンタ62の嵌挿孔90の上流側周壁部91uの内周面と第1クラッチセンタ61の係止部61uの下流側周面61uuの双方に同時に接している。
【0081】
このようにメイン軸(クラッチ出力軸)21が停止しているときは、係止ピン95はコイルスプリング96により付勢されて、第2クラッチセンタ62の嵌挿孔90から径方向内側(回転軸中心側)に突出した状態で、第1クラッチセンタ61と第2クラッチセンタ62は図7に示す相対位置関係にある。
【0082】
したがって、図7を参照して、メイン軸(クラッチ出力軸)21が停止しているときは、第2クラッチセンタ62から第1クラッチセンタ61に動力伝達する時には突出した係止ピン95に第1クラッチセンタ61は係止せず、逆に第1クラッチセンタ61から第2クラッチセンタ62に動力伝達する時には嵌挿孔90から突出した係止ピン95に第1クラッチセンタ61の係止部61uが係止して第1クラッチセンタ61と第2クラッチセンタ62の相対回転が規制される。
【0083】
なお、メイン軸(クラッチ出力軸)21がアイドリング回転数以下の低回転のときも、遠心力により係止ピン96がコイルスプリング96の付勢力に抗して遠心側に移動するが、その移動する量は小さく、第1クラッチセンタ61に形成された係止部61uが係止ピン96に係止することに変わりないので、第1クラッチセンタ61から第2クラッチセンタ62に動力伝達する時に、第1クラッチセンタ61と第2クラッチセンタ62の相対回転が規制される。
【0084】
すなわち、メイン軸(クラッチ出力軸)21が停止ないし低回転域では、クラッチ出力軸側の第1クラッチセンタ61から第2クラッチセンタ62に動力伝達する時(押しがけ時等)に、第2クラッチセンタ62側の嵌挿孔90から突出した係止ピン95に第1クラッチセンタ61の係止部61uが係止して第1クラッチセンタ61と第2クラッチセンタ62の相対回転が規制されるので、トルクリミッタ機構Ltにおける第1クラッチセンタ61から第2クラッチセンタ62に動力伝達するときの両者の相対回転により生じるクラッチ容量の低下は回避され、トルクリミッタ機構Ltのトルクリミッタが動作しない。
【0085】
このトルクリミッタ作動抑制機構Rtにより、メイン軸(クラッチ出力軸)21が停止ないし低回転域では、トルクリミッタ機構Ltのトルクリミッタの作動を抑制して第1クラッチセンタ61と第2クラッチセンタ62との間の相対回転が規制されるので、クラッチ容量の低下は回避されるため、キック始動や押しがけ始動による内燃機関の始動を円滑に行うことができる。
【0086】
また、本トルクリミッタ作動抑制機構Rtは、メイン軸(クラッチ出力軸)21が停止ないし低回転域で、第2クラッチセンタ62から第1クラッチセンタ61に動力伝達する時には、突出した係止ピン95に第1クラッチセンタ61は係止せず、第1クラッチセンタ61と第2クラッチセンタ62の相対回転が規制されないので、メイン軸(クラッチ出力軸)21が停止ないし低回転域で、大きい加速入力が第2クラッチセンタ62に加わっても、突出した係止ピン95に第1クラッチセンタ61は係止せず、トルクリミッタ作動抑制機構Rtの一部に応力が集中することを回避できる。
【0087】
そして、メイン軸(クラッチ出力軸)21が停止ないし低回転域で、第2クラッチセンタ62に作用した大きい加速入力は、ゴムダンパ75aの圧縮変形により吸収されて応力分散が可能なため、部材に高い強度が要求されたり、応力を分散する複雑な構造とする必要がなく、簡単な構造で軽量で低コストの多板式摩擦クラッチとすることができる。
【0088】
なお、メイン軸(クラッチ出力軸)21が低回転域より高い、アイドル回転数を越えた回転域に入ったときは、係止ピン95は、遠心力によりコイルスプリング96の付勢力に抗して遠心側に大きく移動して、第2クラッチセンタ62の押圧仕切部62pの嵌挿孔90内に没するので、第1クラッチセンタ61と第2クラッチセンタ62は、どちらの側からの動力があっても相対回転可能であり、ゴムダンパ75a,75bを介して動力伝達される。
【0089】
メイン軸(クラッチ出力軸)21が低回転域より高い回転域にあるときは、係止ピン95は、遠心力により第2クラッチセンタ62の嵌挿孔90内に没して、トルクリミッタ作動抑制機構Rtによりトルクリミッタが作動しないので、過大なトルクが第1クラッチセンタ61に加わったときは、トルクリミッタ機構Ltが働き、クラッチ容量を低下させることができる。
【0090】
メイン軸(クラッチ出力軸)21が停止しているときの第1クラッチセンタ61と第2クラッチセンタ62の相対位置関係を示す図7を参照して、本多板式摩擦クラッチは、第2クラッチセンタ62の押圧仕切部62pより下流側の第1クラッチセンタ61の押圧仕切壁61pの上流側の根元近傍に、ストッパ部61zがセンタ円筒ボス部61cの外周面が突出して形成されている。
第2クラッチセンタ62の押圧仕切部62pの嵌挿孔90を内側に形成する周壁91の下流側周壁部91dのメイン軸21の中心からの距離よりも第1クラッチセンタ61のストッパ部61zのメイン軸21の中心からの距離の方が大きい。
【0091】
したがって、メイン軸(クラッチ出力軸)21が停止しているときの第1クラッチセンタ61と第2クラッチセンタ62の相対位置関係を示す図7に示す状態から、大きな加速入力が第2クラッチセンタ62に加わると、第2クラッチセンタ62の押圧仕切部62pが第1クラッチセンタ61の押圧仕切壁61pに近づきゴムダンパ75aが圧縮変形し、さらに相対回転が進行すると、第2クラッチセンタ62の押圧仕切部62pの下流側周壁部91dが第1クラッチセンタ61のストッパ部61zに当接して、互いの相対回転を停止させ、第2クラッチセンタ62から第1クラッチセンタ61にゴムダンパ75aを介さずに、直接動力伝達することも可能となり、ゴムダンパとの組み合わせで様々な応答性を設定することができる。
【0092】
以上、本発明に係る一実施の形態に係る多板式摩擦クラッチについて説明したが、本発明の態様は、上記実施の形態に限定されず、本発明の要旨の範囲で、多様な態様で実施されるものを含むものである。
例えば、第1クラッチセンタと第2クラッチセンタとの間にカム機構が構成されて、バックトルクが作用した時、第1クラッチセンタと第2クラッチセンタとの間の相対回転によりカム機構が働いて、第2クラッチセンタを軸方向に移動させてプレッシャプレートを押し、クラッチ部の摩擦接続を断つようなトルクリミッタ機構であっても、本発明は適用できる。
【符号の説明】
【0093】
E…内燃機関、M…変速機、C…多板式摩擦クラッチ、Lt…トルクリミッタ機構、Rt…トルクリミッタ作動抑制機構、
1…自動二輪車、20…クランク軸、21…メイン軸(クラッチ出力軸)、22…カウンタ軸、28…プライマリドライブギア、30…ベアリング、31…クラッチ作動ロッド、32…クラッチカム、33…キャップ部材、33fフランジ部、34…スラストベアリング、35…環状側板、40…スリーブ部材、41…ニードルベアリング、42…プライマリドリブンギア、
50…クラッチハウジング、51…ハウジング側壁部、52…係合突起片、
61…第1クラッチセンタ、61b…センタ側壁部、61c…センタ円筒ボス部、61p…押圧仕切壁、61s…支持突起、61u…係止部、61z…ストッパ部、
62…第2クラッチセンタ、62a…センタ外側側壁部、62b…センタ内側側壁部、62c…センタ円筒部、62p…押圧仕切部、62bb…ボルト取付ボス部、62h…円筒開口部、
63a…第1プッシュロッド、63b…第2プッシュロッド、64…コイルスプリング、64´…コイルスプリング、65…ワッシャ、66…ワッシャ、67…ロックワッシャ、68…ナット、
70…クラッチ部、71…摩擦板(プレート部材)、72…クラッチ板(プレート部材)、75a…ゴムダンパ,75b…ゴムダンパ、
80…プレッシャプレート、80a…外周側側壁部。80b…内周側側壁部、80bh…円孔、80c…中央ボス部、84…皿ばね、85…セットプレート、86…ボルト。
90…嵌挿孔、91…周壁、91u…上流側周壁部、91d…下流側周壁部、93…空洞、95…係止ピン、96…コイルスプリング。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7