(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-26
(45)【発行日】2024-10-04
(54)【発明の名称】金属腐食抑制剤およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
C23F 11/14 20060101AFI20240927BHJP
C23F 11/18 20060101ALI20240927BHJP
【FI】
C23F11/14 101
C23F11/18 101
(21)【出願番号】P 2020172410
(22)【出願日】2020-10-13
【審査請求日】2023-09-14
(73)【特許権者】
【識別番号】596148629
【氏名又は名称】中部キレスト株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】592211194
【氏名又は名称】キレスト株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002837
【氏名又は名称】弁理士法人アスフィ国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】南部 信義
(72)【発明者】
【氏名】守山 元紀
(72)【発明者】
【氏名】南部 忠彦
【審査官】安齋 美佐子
(56)【参考文献】
【文献】米国特許第5206285(US,A)
【文献】特開2013-170312(JP,A)
【文献】特開昭55-133466(JP,A)
【文献】特開平9-194872(JP,A)
【文献】特開2006-299357(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23F 11/00-11/18,14/00-17/00
C23C 22/00-22/86
C10M 101/00-177/00
C08G 77/00-77/62
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
エポキシ基を有するシランカップリング剤由来の構成単位、及びアミノ基を有するシランカップリング剤由来の構成単位を含む共縮合物
、並びにアルカリ金属ケイ酸塩を含有
し、
前記エポキシ基を有するシランカップリング剤由来の構成単位が下記式(I)で表されるものであり、前記アミノ基を有するシランカップリング剤由来の構成単位が下記式(II)で表されるものであることを特徴とする金属腐食抑制剤。
【化1】
[式中、
R
1
~R
4
は、独立して、C
1-6
二価炭化水素基を示し、
R
5
とR
6
は、独立して、HまたはC
1-6
一価炭化水素基を示し、
mとnは、独立して、0以上、3以下の整数を示し、
mおよび/またはnが2または3である場合、複数のR
2
および/またはR
4
は、互いに同一であっても異なっていてもよく、
前記式(I)において、R
2
は末端炭素と結合して環状炭化水素基または環状エーテル基を形成していてもよい。]
【請求項2】
前記式(II)で表されるアミノ基を有するシランカップリング剤由来の構成単位に対する前記式(I)で表されるエポキシ基を有するシランカップリング剤由来の構成単位のモル比が1以上、20以下である請求項1に記載の金属腐食抑制剤。
【請求項3】
前記共縮合物の割合が0.01質量%以上、10質量%以下である請求項1または2に記載の金属腐食抑制剤。
【請求項4】
前記アルカリ金属ケイ酸塩に含まれるSiO
2
の割合が0.01質量%以上、10質量%以下である請求項1~3のいずれかに記載の金属腐食抑制剤。
【請求項5】
更に溶媒を含み、pHが8以上、13以下である請求項1~4のいずれかに記載の金属腐食抑制剤。
【請求項6】
前記金属がアルミニウムまたはアルミニウム合金である請求項1~5のいずれかに記載の金属腐食抑制剤。
【請求項7】
アルカリ金属ケイ酸塩の存在下、エポキシ基を有するシランカップリング剤とアミノ基を有するシランカップリング剤を共縮合させる工程を含
み、
前記エポキシ基を有するシランカップリング剤が下記式(III)で表されるものであり、前記アミノ基を有するシランカップリング剤が下記式(IV)で表されるものであることを特徴とする金属腐食抑制剤の製造方法。
【化2】
[式中、
R
1
~R
4
は、独立して、C
1-6
二価炭化水素基を示し、
R
5
とR
6
は、独立して、HまたはC
1-6
一価炭化水素基を示し、
R
7
、R
8
、R
10
およびR
11
は、独立して、C
1-6
アルコキシ基を示し、
R
9
とR
12
は、独立して、H、C
1-6
アルキル基、またはC
1-6
アルコキシ基を示し、
mとnは、独立して、0以上、3以下の整数を示し、
mおよび/またはnが2または3である場合、複数のR
2
および/またはR
4
は、互いに同一であっても異なっていてもよく、
前記式(III)において、R
2
は末端炭素と結合して環状炭化水素基または環状エーテル基を形成していてもよい。]
【請求項8】
前記式(IV)で表されるアミノ基を有するシランカップリング剤に対する前記式(III)で表されるエポキシ基を有するシランカップリング剤のモル比が1以上、20以下である請求項7に記載の金属腐食抑制剤の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、安定性と金属腐食抑制効果に優れる金属腐食抑制剤と、その製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
鋼材などの鉄基金属材や、アルミニウム、チタン等の非鉄金属材、中でもアルミニウムやその合金のための防錆剤としては、リン酸塩やリン酸エステルなどのリン系防錆剤、或いは有機酸アミン塩や複素環化合物のような有機系防錆剤が汎用されている。
【0003】
ところが、これら防錆剤を金属の切断、切削、穿孔、研磨などための加工用水性潤滑剤に配合して使用しても、満足のいく防錆効果が得られないことがある。その理由は次の様に考えられる。即ち上記の様な加工用水性潤滑剤は、通常、水で10~30倍程度に希釈して使用されるため、濃度不足のため防錆効果が十分に発揮され難く、また希釈液は一般にpH8以上のアルカリ性であるため水性潤滑剤に含まれる油性剤成分などが腐食成分として作用し、特にアルミニウムやその合金などの場合は、腐食され易い環境になることが考えられている。またリン系の防錆剤は、上述した様な水性潤滑剤の細菌やカビによる腐敗劣化を促進するという大きな問題も有している。
【0004】
一方、ケイ酸ナトリウムに代表される水溶性のアルカリケイ酸塩は、アルミニウム合金などの防錆剤として古くから知られており、非常に安価で入手も容易であり、水性潤滑剤中に適量配合することで優れた防錆効果を発揮する。しかも、リン成分が含まれていないので水性潤滑剤の腐敗劣化を促進させることもない。ところが、アルカリケイ酸塩は水性潤滑剤中ですぐにゲル化を起こすという実用面で重大な欠点があり、経時的安定性の面から改善が求められている。
【0005】
他方、特許文献1には、特定のシラン系化合物を金属防食剤として水性潤滑剤中に配合すると、アルミニウム合金などの金属材の腐食を防止できることが記載されている。また特許文献2には、窒素原子を含む有機基を分子中に有する加水分解性のシラン系化合物またはその部分加水分解物と加水分解性のシラン系化合物またはその部分加水分解物とを加水分解することによって得られる有機珪素化合物を、金属腐食防止剤として水性潤滑剤に配合すれば、アルミニウム合金などの腐食防止に有効であることが記載されている。
【0006】
本発明者らは、アルカリケイ酸塩と特定のシランカップリング剤を含む防錆剤組成物を開発している(特許文献3,4)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開平9-194872号公報
【文献】特開2003-268396号公報
【文献】特開2006-299356号公報
【文献】特開2006-299357号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上述したように、アルミニウムやアルミニウム合金などに対する腐食抑制剤が種々開発されているが、本発明者らは、従来の金属腐食抑制剤には、安定性や金属腐食抑制作用が十分でないものがあることを見出した。
そこで本発明は、安定性と金属腐食抑制効果に優れる金属腐食抑制剤と、その製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた。その結果、特定のシランカップリング剤の共縮合物が、特にアルカリ金属ケイ酸塩を含む金属腐食抑制剤の安定性と金属腐食抑制効果を高められることを見出して、本発明を完成した。
以下、本発明を示す。
【0010】
[1] エポキシ基を有するシランカップリング剤由来の構成単位、及びアミノ基を有するシランカップリング剤由来の構成単位を含む共縮合物を含有することを特徴とする金属腐食抑制剤。
[2] 前記エポキシ基を有するシランカップリング剤由来の構成単位が下記式(I)で表されるものであり、前記アミノ基を有するシランカップリング剤由来の構成単位が下記式(II)で表されるものである前記[1]に記載の金属腐食抑制剤。
【化1】
[式中、
R
1~R
4は、独立して、C
1-6二価炭化水素基を示し、
R
5とR
6は、独立して、HまたはC
1-6一価炭化水素基を示し、
mとnは、独立して、0以上、3以下の整数を示し、
mおよび/またはnが2または3である場合、複数のR
2および/またはR
4は、互いに同一であっても異なっていてもよく、
前記式(I)において、R
2は末端炭素と結合して環状炭化水素基または環状エーテル基を形成していてもよい。]
[3] 更に塩基を含む前記[1]または[2]に記載の金属腐食抑制剤。
[4] 前記塩基がアルカリ金属ケイ酸塩である前記[3]に記載の金属腐食抑制剤。
[5] 更に溶媒を含み、pHが8以上、13以下である前記[1]~[4]のいずれかに記載の金属腐食抑制剤。
[6] 前記金属がアルミニウムまたはアルミニウム合金である前記[1]~[5]のいずれかに記載の金属腐食抑制剤。
[7] 塩基の存在下、エポキシ基を有するシランカップリング剤とアミノ基を有するシランカップリング剤を共縮合させる工程を含むことを特徴とする金属腐食抑制剤の製造方法。
[8] 前記エポキシ基を有するシランカップリング剤が下記式(III)で表されるものであり、前記アミノ基を有するシランカップリング剤が下記式(IV)で表されるものである前記[7]に記載の金属腐食抑制剤の製造方法。
【化2】
[式中、
R
1~R
4は、独立して、C
1-6二価炭化水素基を示し、
R
5とR
6は、独立して、HまたはC
1-6一価炭化水素基を示し、
R
7、R
8、R
10およびR
11は、独立して、C
1-6アルコキシ基を示し、
R
9とR
12は、独立して、H、C
1-6アルキル基、またはC
1-6アルコキシ基を示し、
mとnは、独立して、0以上、3以下の整数を示し、
mおよび/またはnが2または3である場合、複数のR
2および/またはR
4は、互いに同一であっても異なっていてもよく、
前記式(III)において、R
2は末端炭素と結合して環状炭化水素基または環状エーテル基を形成していてもよい。]
【0011】
「C1-6二価炭化水素基」は、炭素数1以上、6以下の二価炭化水素基であり、例えば、C1-6アルカンジイル基、C2-6アルケンジイル基、C2-6アルキンジイル基、及びフェニルジイル(フェニレン)が挙げられる。
【0012】
「C1-6アルカンジイル基」は、炭素数1以上、6以下の直鎖状または分枝鎖状の二価飽和脂肪族炭化水素基をいう。例えば、メタンジイル、エタンジイル、メチルメタンジイル、n-プロパンジイル、メチルエタンジイル、n-ブタンジイル、メチルプロパンジイル、ジメチルエタンジイル、n-ペンタンジイル、n-ヘキサンジイル等である。好ましくはC1-4アルカンジイル基であり、より好ましくはC1-3アルカンジイル基である。
【0013】
「C2-6アルケンジイル基」は、1以上の炭素-炭素二重結合を有する炭素数2以上、6以下の直鎖状または分枝鎖状の二価不飽和脂肪族炭化水素基をいう。例えば、エテンジイル、n-プロペンジイル、メチルエテンジイル、n-ブテンジイル、メチルプロペンジイル、ジメチルエテンジイル、n-ペンテンジイル、n-ヘキセンジイル等である。好ましくはC1-4アルケンジイル基であり、より好ましくはC1-3アルケンジイル基である。
【0014】
「C2-6アルキンジイル基」は、1以上の炭素-炭素三重結合を有する炭素数2以上、6以下の直鎖状または分枝鎖状の二価不飽和脂肪族炭化水素基をいう。例えば、エチンジイル、n-プロピンジイル、n-ブチンジイル、メチルプロピンジイル、n-ペンチンジイル、n-ヘキシンジイル等である。好ましくはC1-4アルキンジイル基であり、より好ましくはC1-3アルキンジイル基である。
【0015】
「C1-6一価炭化水素基」は、炭素数1以上、6以下の一価炭化水素基であり、例えば、C1-6アルキル基、C2-6アルケニル基、C2-6アルキニル基、及びフェニル基が挙げられる。
【0016】
「C1-6アルキル基」は、炭素数1以上、6以下の直鎖状または分枝鎖状の一価飽和脂肪族炭化水素基をいう。例えば、メチル、エチル、n-プロピル、イソプロピル、n-ブチル、イソブチル、s-ブチル、t-ブチル、n-ペンチル、n-ヘキシル等である。好ましくはC1-4アルキル基であり、より好ましくはC1-3アルキル基である。
【0017】
「C2-6アルケニル基」は、1以上の炭素-炭素二重結合を有する炭素数2以上、6以下の直鎖状または分枝鎖状の一価不飽和脂肪族炭化水素基をいう。例えば、エテニル(ビニル)、1-プロペニル、2-プロペニル(アリル)、イソプロペニル、2-ブテニル、3-ブテニル、イソブテニル、ペンテニル、ヘキセニルである。好ましくはC1-4アルケニル基であり、より好ましくはC1-3アルケニル基である。
【0018】
「C2-6アルキニル基」は、1以上の炭素-炭素三重結合を有する炭素数2以上、6以下の直鎖状または分枝鎖状の一価不飽和脂肪族炭化水素基をいう。例えば、エチニル、1-プロピニル、2-プロピニル、2-ブチニル、3-ブチニル、ペンチニル、ヘキシニルである。好ましくはC1-4アルキニル基であり、より好ましくはC1-3アルキニル基である。
【0019】
「C1-6アルコキシ基」とは、炭素数1以上、6以下の直鎖状または分枝鎖状の飽和脂肪族炭化水素オキシ基をいう。例えば、メトキシ、エトキシ、n-プロポキシ、イソプロポキシ、n-ブトキシ、イソブトキシ、t-ブトキシ、n-ペントキシ、n-ヘキソキシ等であり、好ましくはC1-4アルコキシ基であり、より好ましくはC1-2アルコキシ基である。
【0020】
前記式(I)および前記式(III)において、R2は末端炭素と結合して環状炭化水素基または環状エーテル基を形成していてもよいとは、R2に含まれる炭素原子、また複数のR2が存在する場合には1つのR2に含まれる炭素原子と、R2を含む基中のSiとは反対側の末端の炭素とが共有結合し、環状炭化水素基または環状エーテル基を形成してもよいことを示す。環状炭化水素基としては、例えばシクロブチル、シクロペンチル、シクロヘキシルが挙げられ、環状エーテル基としては、テトラヒドロフラニル、テトラヒドロピラニルが挙げられる。例えば、前記式(I)で表される構成単位としては、下記の構造単位が挙げられる。
【0021】
【発明の効果】
【0022】
本発明に係る金属腐食抑制剤は、不溶成分の不溶や析出、及びその沈殿が抑制されており、また腐敗要因となる成分も含まれていないことから、金属腐食抑制作用と保存安定性を兼ね備えているといえる。また、金属腐食抑制剤は、金属加工の際に加工用油と混合して使用されることがあり、その際に不溶成分が析出することがあるのに対して、本発明に係る金属腐食抑制剤を加工用油と混合しても、不溶成分の析出が抑制されている。更に、本発明に係る金属腐食抑制剤を、金属の切断、切削、穿孔および研磨などの加工に防錆潤滑剤として使用することで優れた潤滑性を享受できると共に、加工後の金属材の腐食を効果的に防止できる。この様に、本発明に係る金属腐食抑制剤は、安定性と金属腐食抑制効果に優れることから、産業上非常に有用である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
先ず、本発明に係る金属腐食抑制剤の製造方法を説明する。本発明に係る金属腐食抑制剤の製造方法は、塩基の存在下、エポキシ基を有するシランカップリング剤とアミノ基を有するシランカップリング剤を共縮合させる工程を含む。
【0024】
本発明で用いるシランカップリング剤は、ケイ素原子にリンカー基を介してエポキシ基またはアミノ基を有し、且つ2以上のC1-6アルコキシ基を有するものである。
【0025】
リンカー基は、シランカップリング剤の合成を容易にしたり、エポキシ基およびアミノ基の位置的自由度を高めるといった作用効果を有するものである。リンカー基は、かかる作用効果を示すものであれば特に制限されないが、例えば、C1-6アルカンジイル基、エーテル基(-O-)、チオエーテル基(-S-)、カルボニル基(-C(=O)-)、チオニル基(-C(=S)-)、エステル基(-O-C(=O)-又は-C(=O)-O-)、アミド基(-NH-C(=O)-又は-C(=O)-NH-)、ウレア基(-NH-C(=O)-NH-)、チオウレア基(-NH-C(=S)-NH-)、ポリアルキレングリコール基、及びポリビニルアルコール基;並びに、2以上、5以下のこれら基が連結された基が挙げられる。連結された基としては、例えば、C1-6アルカンジイル-O-C1-6アルカンジイル基や、-[C1-6アルカンジイル-NH-]m-C1-6アルカンジイル基(mは、0以上、3以下の整数を示す。)が挙げられる。
【0026】
より具体的には、上記エポキシ基含有シランカップリング剤(III)及びアミノ基含有シランカップリング剤(IV)を用いることができる。共縮合の際、エポキシ基含有シランカップリング剤(III)のエポキシ基は開裂して1,2-ジオール構造が生成する。エポキシ基含有シランカップリング剤(III)及びアミノ基含有シランカップリング剤(IV)中のR7、R8、R10およびR11のアルコキシ基は、加水分解されつつ互いに脱水縮合し、シロキサン結合が形成される。エポキシ基含有シランカップリング剤(III)及びアミノ基含有シランカップリング剤(IV)中のR9および/またはR12がアルコキシ基である場合には、共縮合物は一次元方向のみでなく二次元方向にも延長される。
【0027】
エポキシ基含有シランカップリング剤(III)とアミノ基含有シランカップリング剤(IV)との割合は、良好な金属腐食抑制作用が発揮される範囲で適宜調整すればよいが、例えば、アミノ基含有シランカップリング剤(IV)に対するエポキシ基含有シランカップリング剤(III)のモル比を1以上、20以下とすることができる。当該割合が1以上であれば、本発明に係る金属腐食抑制剤が加工油と混合された場合における安定性をより確実に維持することが可能になり、当該割合が20以下であれば、防錆性能がより確実に発揮される。当該モル比としては、2以上が好ましく、5以上がより好ましく、また、15以下が好ましい。
【0028】
エポキシ基含有シランカップリング剤(III)としては、例えば、γ-グリシドキシメチルトリメトキシシラン、γ-グリシドキシメチルトリエトキシシラン、γ-グリシドキシメチルメチルジメトキシシラン、γ-グリシドキシメチルメチルジエトキシシラン、γ-グリシドキシメチルエチルジメトキシシラン、γ-グリシドキシメチルエチルジエトキシシラン、γ-グリシドキシメチルプロピルジメトキシシラン、γ-グリシドキシメチルプロピルジエトキシシラン、γ-グリシドキシメチルブチルジメトキシシラン、γ-グリシドキシメチルブチルジエトキシシラン、γ-グリシドキシエチルトリメトキシシラン、γ-グリシドキシエチルトリエトキシシラン、γ-グリシドキシエチルメチルジメトキシシラン、γ-グリシドキシエチルメチルジエトキシシラン、γ-グリシドキシエチルエチルジメトキシシラン、γ-グリシドキシエチルエチルジエトキシシラン、γ-グリシドキシエチルプロピルジメトキシシラン、γ-グリシドキシエチルプロピルジエトキシシラン、γ-グリシドキシエチルブチルジメトキシシラン、γ-グリシドキシエチルブチルジエトキシシラン、γ-グリシドキシプロピルトリメトキシシラン、γ-グリシドキシプロピルトリエトキシシラン、γ-グリシドキシプロピルメチルジメトキシシラン、γ-グリシドキシプロピルメチルジエトキシシラン、γ-グリシドキシプロピルエチルジメトキシシラン、γ-グリシドキシプロピルエチルジエトキシシラン、γ-グリシドキシプロピルプロピルジメトキシシラン、γ-グリシドキシプロピルプロピルジエトキシシラン、γ-グリシドキシプロピルブチルジメトキシシラン、γ-グリシドキシプロピルブチルジエトキシシラン、γ-グリシドキシブチルトリメトキシシラン、γ-グリシドキシブチルトリエトキシシラン、γ-グリシドキシブチルメチルジメトキシシラン、γ-グリシドキシブチルメチルジエトキシシラン、γ-グリシドキシブチルエチルジメトキシシラン、γ-グリシドキシブチルエチルジエトキシシラン、γ-グリシドキシブチルプロピルジメトキシシラン、γ-グリシドキシブチルプロピルジエトキシシラン、γ-グリシドキシブチルブチルジメトキシシラン、γ-グリシドキシブチルブチルジエトキシシラン、2-(3,4-エポキシシクロヘキシル)エチルメチルジメトキシシラン、2-(3,4-エポキシシクロヘキシル)エチルトリメトキシシラン等を用いることができる。
【0029】
アミノ基含有シランカップリング剤(IV)としては、例えば、N-2-アミノエチル-3-アミノプロピルトリメトキシシラン、N-2-アミノエチル-3-アミノプロピルメチルジメトキシシラン、3-アミノプロピルトリメトキシシラン、3-アミノプロピルトリエトキシシラン等を用いることができる。
【0030】
本発明では、エポキシ基含有シランカップリング剤(III)及びアミノ基含有シランカップリング剤(IV)以外のシランカップリング剤を用いてもよい。かかるシランカップリング剤としては、例えば、メチルトリメトキシシラン、ビニルトリメトキシシラン、N-2-(N-ビニルベンジルアミノエチル)-3-アミノプロピルメトキシシラン、ジメチルジメトキシシラン、メチルトリメトキシシラン、フェニルトリエトキシシラン、テトラメチルシリケート、テトラエチルシリケート等を用いることができる。
【0031】
エポキシ基含有シランカップリング剤(III)及びアミノ基含有シランカップリング剤(IV)以外のシランカップリング剤を用いる場合、全シランカップリング剤に対するエポキシ基含有シランカップリング剤(III)及びアミノ基含有シランカップリング剤(IV)の割合としては、60質量%以上または70質量%以上が好ましく、80質量%以上または90質量%以上がより好ましく、95質量%以上または98質量%以上がより更に好ましい。上記割合としては、100質量%、即ちシランカップリング剤として実質的にエポキシ基含有シランカップリング剤(III)及びアミノ基含有シランカップリング剤(IV)のみを用い、その他のカップリング剤を用いなくてもよい。
【0032】
本発明において共縮合反応を促進するための触媒としては、塩基を用いる。塩基としては、例えば、ケイ酸リチウム、ケイ酸ナトリウム、ケイ酸カリウム等のアルカリ金属ケイ酸塩;水酸化ナトリウムや水酸化カリウム等のアルカリ金属水酸化物;水酸化マグネシウムや水酸化カルシウム等の第2族金属水酸化物;炭酸ナトリウムや炭酸カリウム等のアルカリ金属炭酸塩;炭酸水素ナトリウムや炭酸水素カリウム等のアルカリ金属炭酸水素塩などを用いることができる。塩基としては、それ自体に金属腐食抑制作用があることから、アルカリ金属ケイ酸塩が好ましい。なお、アルカリ金属ケイ酸塩は、M2O・pSiO2(Mはアルカリ金属を示し、pは0超、10以下の正数を示す。)の式で表される。
【0033】
本発明における共縮合反応のための溶媒としては、塩基とシランカップリング剤を適度に溶解することができ、且つ共縮合反応を阻害しないものであれば特に制限されないが、シランカップリング剤の共縮合反応は加水分解反応を伴うため、水系溶媒を用いることが好ましい。水系溶媒とは、水、及び水と水混和性有機溶媒との混合溶媒をいう。水混和性有機溶媒とは、水と制限なく混和することができる有機溶媒をいい、例えば、メタノール、エタノール、イソプロパノール等のC1-3アルコール溶媒が挙げられる。なお、水混和性有機溶媒は、例えば水に対する溶解性が比較的低いシランカップリング剤の溶媒に対する溶解性を改善するために有用である。上記混合溶媒における水の割合は、50質量%以上または60質量%以上が好ましく、70質量%以上または80質量%以上がより好ましく、90質量%以上がより更に好ましい。上記割合の上限は特に制限されず、100質量%、即ち溶媒が水のみであってもよいが、上記割合は98質量%以下または95質量%以下としてもよい。
【0034】
共縮合反応の条件は、少なくともエポキシ基含有シランカップリング剤(III)とアミノ基含有シランカップリング剤(IV)が良好に共縮合される範囲で適宜調整すればよい。例えば、溶媒量に対するシランカップリング剤の合計量の割合を5質量%以上、30質量%以下とすることができ、溶媒量に対する塩基の割合を10質量%以上、40質量%以下とすることができる。
【0035】
本発明に係る共縮合反応はシランカップリング剤の加水分解反応を伴うため、反応液を加熱することが好ましい。反応温度は、例えば、50℃以上、120℃以下とすることができ、加熱還流状態で反応を行ってもよい。反応時間は、例えば、30分間以上、10時間以下とすることができる。
【0036】
反応後の反応液は、そのまま金属腐食抑制剤として使ってもよく、或いは溶媒を添加して希釈してもよい。希釈用溶媒としては、水系溶媒を用いることができ、水が好ましい。希釈度合いは金属腐食抑制作用が効果的に発揮される範囲で適宜調整すればよいが、例えば、全体に対する上記共縮合物の割合が0.01質量%以上、10質量%以下、及び/又は、金属腐食抑制作用を有する塩基であるアルカリ金属ケイ酸塩に含まれるSiO2の全体に対する割合が0.01質量%以上、10質量%以下になるよう調整することが好ましい。
【0037】
本発明に係る金属腐食抑制剤は、エポキシ基を有するシランカップリング剤由来の構成単位、及びアミノ基を有するシランカップリング剤由来の構成単位を含む共縮合物を含有する。上記の反応条件からも、共縮合物においてエポキシ基を有するシランカップリング剤由来の構成単位とアミノ基を有するシランカップリング剤由来の構成単位はランダムに配列していると考えられ、共縮合物におけるエポキシ基を有するシランカップリング剤由来の構成単位とアミノ基を有するシランカップリング剤由来の構成単位の割合は、使用されたエポキシ基を有するシランカップリング剤とアミノ基を有するシランカップリング剤由来の構成単位との割合に相当すると考えられる。また、一部のエポキシ基を有するシランカップリング剤とアミノ基を有するシランカップリング剤が、共縮合せず残留している可能性もある。
【0038】
従来の金属腐食抑制剤においては、例えばアルカリ金属ケイ酸塩がゲル化し易いという問題があり、かかるゲル化をシランカップリング剤の縮合物で抑制するという知見もあった。それに対して本発明者らは、あるシランカップリング剤では金属腐食抑制剤におけるかかるゲル化や不溶、析出などを十分に抑制することができずに安定性が十分でなく、他のシランカップリング剤では金属腐食抑制作用が十分でないことを実験的に見出し、また、エポキシ基を有するシランカップリング剤由来の構成単位、及びアミノ基を有するシランカップリング剤由来の構成単位を含む共縮合物が、金属腐食抑制剤の安定性と金属腐食抑制作用をより一層改善できることを見出した。
【0039】
本発明に係る共縮合物を構成するエポキシ基を有するシランカップリング剤由来の構成単位としては、上記式(I)で表されるものが挙げられ、アミノ基を有するシランカップリング剤由来の構成単位としては、上記式(II)で表されるものが挙げられる。
【0040】
本発明に係る金属腐食抑制剤は、塩基を含んでいてもよい。一般的に、塩基を含み、pHが高い金属腐食抑制剤ほど安定性や防食効果が高いといえ、塩基としてそれ自体が金属腐食抑制作用を示すアルカリ金属ケイ酸塩を含むものであれば、金属防食抑制作用はより一層高まるといえる。一方、pHが過剰に高いと特にアルミニウムやアルミニウム合金などの非鉄金属がかえって腐食し易くなる。よって、本発明に係る金属腐食抑制剤のpHを8以上、13以下に調整することが好ましい。特にアルカリ金属ケイ酸塩は、pH11以上では安定な水溶液にすることができるが、pH11未満ではゲル化して不溶物を形成する。それに対して本発明では、上記共縮合物により、pH11未満であってもゲル化や不溶物の形成を抑制し、安定性を維持する。
【0041】
本発明に係る金属腐食抑制剤は、安定性に優れる上に、金属に対して優れた腐食抑制作用を示す。対象となる金属としては、例えば、鉄鋼などの鉄基金属、アルミニウムやチタン等の非鉄金属、及びそれらの合金を挙げることができ、アルミニウム及びアルミニウム合金に対して特に効果的である。また、本発明に係る金属腐食抑制剤は、金属の切断、切削、穿孔、研磨などの加工をする際の潤滑防食剤としても有用である。特に、アルカリ性環境下で潤滑用の油性剤成分などによる腐食を受け易いアルミニウムやその合金に本発明の金属腐食抑制剤を使用すると、その特徴がより効果的に発揮され、卓越した潤滑腐食抑制作用が発揮されるので好ましい。
【実施例】
【0042】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【0043】
実施例1: 金属腐食抑制剤の調製
脱イオン水350gとγ-グリシドキシプロピルトリメトキシシラン50gを室温(25℃)で撹拌して透明な溶液とした。次に、約50質量%のケイ酸カリウム水溶液95gとN-2-(アミノエチル)-3-アミノプロピルトリメトキシシラン5gを加え、90℃で2時間撹拌混合することにより、金属腐食抑制剤である透明な溶液を得た。
【0044】
比較例1: 金属腐食抑制剤の調製
ケイ酸カリウム水溶液150gを脱イオン水350gに加えて室温で1時間撹拌混合することにより、金属腐食抑制剤である透明な溶液を得た。
【0045】
比較例2: 金属腐食抑制剤の調製
脱イオン水350gとγ-グリシドキシプロピルトリメトキシシラン55gを室温で撹拌して透明な溶液とした。次に、ケイ酸カリウム水溶液95gを加え、90℃で2時間撹拌混合することにより、金属腐食抑制剤である透明な溶液を得た。
【0046】
比較例3: 金属腐食抑制剤の調製
脱イオン水350gとN-2-(アミノエチル)-3-アミノプロピルトリメトキシシラン55gを室温で撹拌して透明な溶液とした。次に、ケイ酸カリウム水溶液95gを加え、90℃で2時間撹拌混合することにより、金属腐食抑制剤である透明な溶液を得た。
【0047】
試験例1: 加工油添加時の安定性評価
透明な100mLガラス容器に、実施例1または比較例1~3の金属腐食抑制剤(5.0g)と、金属腐食抑制剤の入っていないアルミニウム用加工油(95.0g)を入れて充分撹拌して試験液とした。調製直後と室温で2週間静置後の試験液外観を下記基準により目視で評価した。結果を表1に示す。
〇:濁り及び沈殿なし
×:濁り又は沈殿あり
【0048】
【0049】
表1に示す通り、比較例1,3の金属腐食抑制剤は、アルミニウム用加工油と混合した直後から不透明なままであった。
一方、実施例1と比較例2の金属腐食抑制剤は、アルミニウム用加工油と混合してから2週間静置後も透明であり、安定であった。
【0050】
試験例2:腐食抑制試験
100mLガラス容器に実施例1および比較例2の金属腐食抑制剤(0.03g)と、金属腐食抑制剤の入っていないアルミニウム用水溶性加工油(0.47g)、及び水道水(49.5g)を入れて充分撹拌して試験液とした。試験液のpHを測定したところ、いずれも10.2であった。なお、試験例1において、撹拌終了直後に濁り及び沈殿が見られた比較例1,3の金属腐食抑制剤については、本試験を行わないこととした。
60×40×1.0mmのアルミニウム板(JIS H 4000 A1050P)を、#320耐水性エメリーペーパーで湿式研磨した後、脱イオン水とアセトンを順に使って洗浄することによりアルミニウム試験片を調製した。
各試験液でアルミニウム試験片の全面を一度濡らした後に、その大凡半分を各試験液に浸漬し、室温で1週間静置した。次いで、試験片を試験液から取り出し、水とアセトンで洗浄し乾燥した後、試験片の変色度合を下記基準により目視で評価した。
◎:変色なし
〇:僅かな変色あり
△:少しの変色あり
×:明確な変色あり
【0051】
【0052】
表2に示される結果の通り、γ-グリシドキシプロピルトリメトキシシランとケイ酸カリウムを含む水溶液を加熱した組成物(比較例2)で処理したアルミニウム試験片には、浸漬部に変色は認められなかったものの、非浸漬部に変色が見られた。それに対して、γ-グリシドキシプロピルトリメトキシシランとケイ酸カリウムに加えてN-2-(アミノエチル)-3-アミノプロピルトリメトキシシランを含む水溶液を加熱した組成物(実施例1)で処理したアルミニウム試験片には、浸漬部、非浸漬部、これらの界面部のいずれにも変色は認められなかった。この様に、本発明に係る金属腐食抑制剤は、アルミニウムに対する腐食抑制効果が明らかに優れていた。