(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-26
(45)【発行日】2024-10-04
(54)【発明の名称】糖尿病網膜症の予防又は治療薬
(51)【国際特許分類】
A61K 39/395 20060101AFI20240927BHJP
A61P 27/02 20060101ALI20240927BHJP
A61P 3/10 20060101ALI20240927BHJP
C07K 16/18 20060101ALN20240927BHJP
【FI】
A61K39/395 N
A61K39/395 D
A61P27/02
A61P3/10
C07K16/18 ZNA
(21)【出願番号】P 2021522798
(86)(22)【出願日】2020-05-27
(86)【国際出願番号】 JP2020020835
(87)【国際公開番号】W WO2020241660
(87)【国際公開日】2020-12-03
【審査請求日】2023-05-15
(31)【優先権主張番号】P 2019099425
(32)【優先日】2019-05-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】502285457
【氏名又は名称】学校法人順天堂
(74)【代理人】
【識別番号】110000084
【氏名又は名称】弁理士法人アルガ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】世古 義規
(72)【発明者】
【氏名】村山 季美枝
(72)【発明者】
【氏名】藤村 務
(72)【発明者】
【氏名】森 貴子
(72)【発明者】
【氏名】植村 明嘉
【審査官】長部 喜幸
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2009/144933(WO,A1)
【文献】特開2007-020563(JP,A)
【文献】特表2016-530244(JP,A)
【文献】特表2014-503555(JP,A)
【文献】SEKO, Y. et al.,Secreted tyrosine sulfated-eIF5A mediates oxidative stress-induced apoptosis,Scientific Reports,2015年,volume 5, Article number: 13737
【文献】SUZUKI, Y. et al.,Elevation of the vitreous body concentrations of oxidative stress-responsive apoptosis-inducing prot,Graefe's Archive for Clinical and Experimental Ophthalmology,2019年05月06日,volume 257,pages 1519-1525
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 39/395
C07K 16/18
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
UniProt/GeneSeq
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
分泌型eIF5Aに対する中和抗体を有効成分とする、糖尿病網膜症の予防又は治療薬であって、
前記分泌型eIF5Aに対する中和抗体が、配列番号1で示されるアミノ酸配列を含む重鎖CDR1、配列番号2で示されるアミノ酸配列を含む重鎖CDR2、配列番号3で示されるアミノ酸配列を含む重鎖CDR3、配列番号4で示されるアミノ酸配列を含む軽鎖CDR1、配列番号5で示されるアミノ酸配列を含む軽鎖CDR2、及び配列番号6で示されるアミノ酸配列を含む軽鎖CDR3を有する中和抗体である、予防又は治療薬。
【請求項2】
前記分泌型eIF5Aに対する中和抗体が、モノクローナル抗体である請求項1記載の予防又は治療薬。
【請求項3】
抗VEGF薬を併用する予防又は治療薬である請求項1又は2記載の予防又は治療薬。
【請求項4】
抗VEGF薬が、アフリベルセト、ベバシズマブ、ラニビズマブ及びペガプタニブナトリウムからなる群から選択される1種又は2種以上の組み合わせである、請求項3記載の予防又は治療薬。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、糖尿病網膜症の予防又は治療薬に関する。
【背景技術】
【0002】
糖尿病網膜症は、糖尿病が原因で網膜で生じる細小血管症であり、黄斑浮腫により視力低下をきたすことに加え、悪化すると眼底出血や網膜剥離を伴って失明に至る場合もある。糖尿病網膜症の予防には、血糖値のコントロールが必要であるが発症した場合には、レーザー光凝固術、硝子体手術の他、硝子体内にステロイドや抗VEGF薬注入療法が行なわれる。しかし、これらの薬物療法の効果は一時的であり、より効果の高い薬物療法が望まれている。
【0003】
一方、本発明者は、低酸素-再酸素条件下、すなわち、酸化ストレス条件下で細胞外に分泌される成分について検討し、分泌型のeIF5A(ORAIPと命名)を発見した。当該分泌型eIF5Aは、eIF5Aのチロシン残基が硫酸化されたタンパク質であり、酸化ストレスを受けた細胞のアポトーシスを誘導していることを見出した。さらに、当該分泌型eIF5Aに対する中和抗体が酸化ストレスによるアポトーシスを抑制し、心筋虚血再灌流障害を抑制することを見出している(特許文献1、非特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】国際公開第2009/144933号パンフレット
【非特許文献】
【0005】
【文献】SCIENTFIC REPORTS 5, 13737(2015)
【文献】JCI Insight 2, e90905(2017)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の課題は、有効な治療薬の開発が望まれている糖尿病網膜症の新たな予防又は治療薬を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、前記治療が困難な疾患の治療薬を開発すべく検討した結果、分泌型eIF5Aに対する中和抗体が糖尿病網膜症に対して優れた予防治療効果を示すことを見出し、本発明を完成した。
【0008】
すなわち、本発明は、以下の〔1〕~〔12〕を提供するものである。
【0009】
〔1〕分泌型eIF5Aに対する中和抗体を有効成分とする、糖尿病網膜症の予防又は治療薬。
〔2〕分泌型eIF5Aに対する中和抗体が、モノクローナル抗体である〔1〕記載の予防又は治療薬。
〔3〕分泌型eIF5Aに対する中和抗体が、配列番号1で示されるアミノ酸配列を含む重鎖CDR1、配列番号2で示されるアミノ酸配列を含む重鎖CDR2、配列番号3で示されるアミノ酸配列を含む重鎖CDR3、配列番号4で示されるアミノ酸配列を含む軽鎖CDR1、配列番号5で示されるアミノ酸配列を含む軽鎖CDR2、及び配列番号6で示されるアミノ酸配列を含む軽鎖CDR3を有する中和抗体である〔1〕又は〔2〕記載の予防又は治療薬。
〔4〕糖尿病網膜症の予防又は治療薬製造のための、分泌型eIF5Aに対する中和抗体の使用。
〔5〕分泌型eIF5Aに対する中和抗体が、モノクローナル抗体である〔4〕記載の使用。
〔6〕分泌型eIF5Aに対する中和抗体が、配列番号1で示されるアミノ酸配列を含む重鎖CDR1、配列番号2で示されるアミノ酸配列を含む重鎖CDR2、配列番号3で示されるアミノ酸配列を含む重鎖CDR3、配列番号4で示されるアミノ酸配列を含む軽鎖CDR1、配列番号5で示されるアミノ酸配列を含む軽鎖CDR2、及び配列番号6で示されるアミノ酸配列を含む軽鎖CDR3を有する中和抗体である〔4〕又は〔5〕記載の使用。
〔7〕糖尿病網膜症の予防又は治療に使用するための、分泌型eIF5Aに対する中和抗体。
〔8〕分泌型eIF5Aに対する中和抗体が、モノクローナル抗体である〔7〕記載の中和抗体。
〔9〕分泌型eIF5Aに対する中和抗体が、配列番号1で示されるアミノ酸配列を含む重鎖CDR1、配列番号2で示されるアミノ酸配列を含む重鎖CDR2、配列番号3で示されるアミノ酸配列を含む重鎖CDR3、配列番号4で示されるアミノ酸配列を含む軽鎖CDR1、配列番号5で示されるアミノ酸配列を含む軽鎖CDR2、及び配列番号6で示されるアミノ酸配列を含む軽鎖CDR3を有する中和抗体である〔7〕又は〔8〕記載の中和抗体。
〔10〕分泌型eIF5Aに対する中和抗体の有効量を投与することを特徴とする糖尿病網膜症の予防又は治療方法。
〔11〕分泌型eIF5Aに対する中和抗体が、モノクローナル抗体である〔10〕記載の方法。
〔12〕分泌型eIF5Aに対する中和抗体が、配列番号1で示されるアミノ酸配列を含む重鎖CDR1、配列番号2で示されるアミノ酸配列を含む重鎖CDR2、配列番号3で示されるアミノ酸配列を含む重鎖CDR3、配列番号4で示されるアミノ酸配列を含む軽鎖CDR1、配列番号5で示されるアミノ酸配列を含む軽鎖CDR2、及び配列番号6で示されるアミノ酸配列を含む軽鎖CDR3を有する中和抗体である〔10〕又は〔11〕記載の方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明の医薬又は医薬組成物を用いれば、従来用いられている薬物、例えば抗VEGF薬等に比べて優れた糖尿病網膜症治療効果が得られる。この疾患は、優れた治療薬がなかった疾患であり、本発明の医薬は極めて有用性が高い。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】ペリサイトを消失させた糖尿病網膜症モデルマウスにおける浮腫・出血を示す。
【
図2】糖尿病網膜症モデルマウスに対するVEGF受容体デコイの浮腫・出血抑制効果を示す。
【
図3】糖尿病網膜症モデルマウスに対する本発明中和抗体(抗ORAIP抗体)の浮腫・出血抑制効果を示す。
【
図4】糖尿病網膜症モデルマウスに対する本発明中和抗体(抗ORAIP抗体)の浮腫・出血抑制効果を示す。
【
図5】ペリサイト消失糖尿病網膜症モデルマウスに対する抗VEGF薬及び本発明中和抗体(抗ORAIP抗体)の効果を示す。
【
図6】ペリサイト消失糖尿病網膜症モデルマウスに対する抗VEGF薬及び本発明中和抗体(抗ORAIP抗体)の効果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の医薬の有効成分は、分泌型eIF5Aに対する中和抗体である。
【0013】
真核生物翻訳開始因子(eIF)5Aは、その名のとおり翻訳開始因子として同定された物質である。eIF5Aは、細胞質内において発現し、デオキシハイプシンシンターゼ(DHS)によりデオキシハイプシン化され(デオキシハイプシンeIF5A)、次いでデオキシハイプシンハイドロキシラーゼ(DOHH)によりハイプシン化され(ハイプシン化eIF5A)、このハイプシン化eIF5Aが細胞増殖作用を示すことが知られている。また、eIF5Aは、細胞外に分泌され、チロシン残基が硫酸化された分泌型eIF5Aに変化する。当該分泌型eIF5Aは、酸化ストレスを受けた細胞のアポトーシスを誘導する。そして、この分泌型eIF5Aに対する中和抗体は、酸化ストレスによるアポトーシスを強く抑制し、心筋・脳虚血再灌流障害を抑制する(特許文献1、非特許文献1)。しかし、この中和抗体が、糖尿病網膜症に対してどのような作用をするのかについては知られていない。
【0014】
本発明に用いられる中和抗体は、分泌型eIF5Aタンパク質に結合すればよく、その由来、種類(モノクローナル、ポリクローナル)および形状を問わない。具体的には、マウス抗体、ラット抗体、トリ抗体、ヒト抗体、キメラ抗体、ヒト化抗体などの公知の抗体を用いることができる。抗体はポリクローナル抗体でもよいが、モノクローナル抗体であることが好ましい。モノクローナル抗体は、独立行政法人製品評価技術基盤機構特許微生物寄託センターにNITE P-02955として寄託されたハイブリドーマが産生するモノクローナル抗体が好ましい。
【0015】
本発明に用いられる中和抗体の好ましい例は、配列番号1で示されるアミノ酸配列を含む重鎖CDR1、配列番号2で示されるアミノ酸配列を含む重鎖CDR2、配列番号3で示されるアミノ酸配列を含む重鎖CDR3、配列番号4で示されるアミノ酸配列を含む軽鎖CDR1、配列番号5で示されるアミノ酸配列を含む軽鎖CDR2、及び配列番号6で示されるアミノ酸配列を含む軽鎖CDR3を有する中和抗体である。
さらに好ましい中和抗体の例は、配列番号7で示されるアミノ酸配列を含む重鎖可変領域及び配列番号8で示されるアミノ酸配列を含む軽鎖可変領域を有する中和抗体である。ここで、前記の「アミノ酸配列を含む」には、当該アミノ酸配列において、1から数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列である場合が含まれる。
【0016】
本発明で使用される中和抗体は、公知の手段を用いてポリクローナルまたはモノクローナル抗体として得ることができる。本発明で使用される中和抗体として、哺乳動物由来あるいはトリ由来モノクローナル抗体が好ましい。特に、哺乳動物由来のモノクローナル抗体が好ましい。哺乳動物由来のモノクローナル抗体は、ハイブリドーマにより産生されるもの、および遺伝子工学的手法により抗体遺伝子を含む発現ベクターで形質転換した宿主に産生されるものを含む。
【0017】
モノクローナル抗体産生ハイブリドーマは、基本的には公知技術を使用し、以下のようにして作製できる。すなわち、チロシン残基が硫酸化されたeIF5Aタンパク質、eIF5Aタンパク質、チロシン残基が硫酸化されたハイプシン化eIF5Aタンパク質、ハイプシン化eIF5Aタンパク質、及びこれらのタンパク質の部分ペプチド等を感作抗原として使用して、これを通常の免疫方法に従って免疫し、得られる免疫細胞を通常の細胞融合法によって公知の親細胞と融合させ、通常のスクリーニング法により、モノクローナルな抗体産生細胞をスクリーニングすることによって作製できる。
具体的には、モノクローナル抗体を作製するには次のようにすればよい。
【0018】
精製分泌型eIF5Aタンパク質、eIFAタンパク質、硫酸化され得るチロシン残基を含むeIF5Aタンパク質の部分ペプチド等を感作抗原として用いることができる。この際、部分ペプチドはヒトeIF5Aタンパク質のアミノ酸配列より化学合成により得ることもできるし、eIF5A遺伝子の一部を発現ベクターに組込んで得ることもでき、さらに天然のヒトeIF5Aタンパク質をタンパク質分解酵素により分解することによっても得ることができる。部分ペプチドとして用いるヒトeIF5Aタンパク質の部分および大きさは限られない。
【0019】
感作抗原で免疫される哺乳動物としては、特に限定されるものではないが、細胞融合に使用する親細胞との適合性を考慮して選択するのが好ましく、一般的にはげっ歯類の動物、例えば、マウス、ラット、ハムスター、あるいはトリ、ウサギ、サル等が使用される。
【0020】
感作抗原を動物に免疫するには、公知の方法に従って行われる。例えば、一般的方法として、感作抗原を哺乳動物の腹腔内または皮下に注射することにより行われる。具体的には、感作抗原をPBS(Phosphate-Buffered Saline)や生理食塩水等で適当量に希釈、懸濁したものに所望により通常のアジュバント、例えばフロイント完全アジュバントを適量混合し、乳化後、哺乳動物に4~21日毎に数回投与する。また、感作抗原免疫時に適当な担体を使用することもできる。特に分子量の小さい部分ペプチドを感作抗原として用いる場合には、アルブミン、キーホールリンペットヘモシアニン等の担体タンパク質と結合させて免疫することが望ましい。
【0021】
このように哺乳動物を免疫し、血清中に所望の抗体レベルが上昇するのを確認した後に、哺乳動物から免疫細胞を採取し、細胞融合に付されるが、好ましい免疫細胞としては、特に脾細胞が挙げられる。
【0022】
前記免疫細胞と融合される他方の親細胞として、哺乳動物のミエローマ細胞を用いる。このミエローマ細胞は、公知の種々の細胞株、例えば、P3(P3x63Ag8.653)(J.Immnol.(1979)123,1548-1550)、P3x63Ag8U.1(Current Topics in Microbiology and Immunology(1978)81,1-7)、NS-1(Kohler.G.and Milstein,C.Eur.J.Immunol.(1976)6,511-519)、MPC-11(Margulies.D.H.et al.,Cell(1976)8,405-415)、SP2/0(Shulman,M.et al.,Nature(1978)276,269-270)、FO(de St.Groth,S.F.et al.,J.Immunol.Methods(1980)35,1-21)、S194(Trowbridge,I.S.J.Exp.Med.(1978)148,313-323)、R210(Galfre,G.et al.,Nature(1979)277,131-133)等が好適に使用される。
【0023】
前記免疫細胞とミエローマ細胞との細胞融合は、基本的には公知の方法、たとえば、ケーラーとミルステインらの方法(Kohler.G.and Milstein,C.、Methods Enzymol.(1981)73,3-46)等に準じて行うことができる。
【0024】
より具体的には、前記細胞融合は、例えば細胞融合促進剤の存在下に通常の栄養培養液中で実施される。融合促進剤としては、例えばポリエチレングリコール(PEG)、センダイウイルス(HVJ)等が使用され、さらに所望により融合効率を高めるためにジメチルスルホキシド等の補助剤を添加使用することもできる。
【0025】
免疫細胞とミエローマ細胞との使用割合は任意に設定することができる。例えば、ミエローマ細胞に対して免疫細胞を1~10倍とするのが好ましい。前記細胞融合に用いる培養液としては、例えば、前記ミエローマ細胞株の増殖に好適なRPMI1640培養液、MEM培養液、その他、この種の細胞培養に用いられる通常の培養液が使用可能であり、さらに、牛胎児血清(FCS)等の血清補液を併用することもできる。
【0026】
細胞融合は、前記免疫細胞とミエローマ細胞との所定量を前記培養液中でよく混合し、予め37℃程度に加温したPEG溶液(例えば平均分子量1000~6000程度)を通常30~60%(w/v)の濃度で添加し、混合することによって目的とする融合細胞(ハイブリドーマ)を形成する。続いて、適当な培養液を逐次添加し、遠心して上清を除去する操作を繰り返すことによりハイブリドーマの生育に好ましくない細胞融合剤等を除去する。
【0027】
このようにして得られたハイブリドーマは、通常の選択培養液、例えばHAT培養液(ヒポキサンチン、アミノプテリンおよびチミジンを含む培養液)で培養することにより選択される。上記HAT培養液での培養は、目的とするハイブリドーマ以外の細胞(非融合細胞)が死滅するのに十分な時間(通常、数日~数週間)継続する。ついで、通常の限界希釈法を実施し、目的とする抗体を産生するハイブリドーマのスクリーニングおよび単一クローニングを行う。
【0028】
目的とする抗体のスクリーニングおよび単一クローニングは、公知の抗原抗体反応に基づくスクリーニング方法で行えばよい。例えば、ポリスチレン等でできたビーズや市販の96ウェルのマイクロタイタープレート等の担体に抗原を結合させ、ハイブリドーマの培養上清と反応させ、担体を洗浄した後に酵素標識二次抗体等を反応させることにより、培養上清中に感作抗原と反応する目的とする抗体が含まれるかどうか決定できる。目的とする抗体を産生するハイブリドーマを限界希釈法等によりクローニングすることができる。この際、抗原としては免疫に用いたものを用いればよい。
【0029】
このようにして作製されるモノクローナル抗体を産生するハイブリドーマは、通常の培養液中で継代培養することが可能であり、また、液体窒素中で長期保存することが可能である。
【0030】
当該ハイブリドーマからモノクローナル抗体を取得するには、当該ハイブリドーマを通常の方法に従い培養し、その培養上清として得る方法、あるいはハイブリドーマをこれと適合性がある哺乳動物に投与して増殖させ、その腹水として得る方法などが採用される。前者の方法は、高純度の抗体を得るのに適しており、一方、後者の方法は、抗体の大量生産に適している。
【0031】
本発明で使用される中和抗体は、抗体の全体分子に限られず、分泌型eIF5Aタンパク質に結合して中和する限り、抗体の断片またはその修飾物であってもよく、二価抗体も一価抗体も含まれる。例えば、抗体の断片としては、Fab、F(ab’)2、Fv、1個のFabと完全なFcを有するFab/c、またはH鎖若しくはL鎖のFvを適当なリンカーで連結させたシングルチェインFv(scFv)が挙げられる。具体的には、抗体を酵素、例えばパパイン、ペプシンで処理し抗体断片を生成させるか、または、これら抗体断片をコードする遺伝子を構築し、これを発現ベクターに導入した後、適当な宿主細胞で発現させる(例えば、Co,M.S.et al.,J.Immunol.(1994)152,2968-2976、Better,M.& Horwitz,A.H.Methods in Enzymology(1989)178,476-496,Academic Press,Inc.,Plueckthun,A.& Skerra,A.Methods in Enzymology(1989)178,476-496,Academic Press,Inc.,Lamoyi,E.,Methods in Enzymology(1989)121,652-663、Rousseaux,J.et al.,Methods in Enzymology(1989)121,663-669、Bird,R.E.et al.,TIBTECH(1991)9,132-137参照)。
【0032】
scFvは、抗体のH鎖V領域とL鎖V領域とを連結することにより得られる。このscFvにおいて、H鎖V領域とL鎖V領域は、リンカー、好ましくはペプチドリンカーを介して連結される(Huston,J.S.et al.,Proc.Natl.Acad.Sci.U.S.A.(1988)85,5879-5883)。scFvにおけるH鎖V領域およびL鎖V領域は、本明細書に抗体として記載されたもののいずれの由来であってもよい。V領域を連結するペプチドリンカーとしては、例えばアミノ酸12~19残基からなる任意の一本鎖ペプチドが用いられる。
【0033】
scFvをコードするDNAは、前記抗体のH鎖またはH鎖V領域をコードするDNA、およびL鎖またはL鎖V領域をコードするDNAのうち、それらの配列のうちの全部または所望のアミノ酸配列をコードするDNA部分を鋳型とし、その両端を規定するプライマー対を用いてPCR法により増幅し、次いで、さらにペプチドリンカー部分をコードするDNA、およびその両端が各々H鎖、L鎖と連結されるように規定するプライマー対を組み合せて増幅することにより得られる。
【0034】
また、一旦scFvをコードするDNAが作製されると、それらを含有する発現ベクター、および該発現ベクターにより形質転換された宿主を常法に従って得ることができ、また、その宿主を用いることにより、常法に従ってscFvを得ることができる。
【0035】
これら抗体の断片は、前記と同様にしてその遺伝子を取得し発現させ、宿主により産生させることができる。本発明における「抗体」にはこれらの抗体の断片も包含される。
【0036】
さらに、本発明で使用される中和抗体は、二重特異性抗体(bispecific antibody)であってもよい。二重特異性抗体は分子上の異なるエピトープを認識する抗原結合部位を有する二重特異性抗体であってもよいし、一方の抗原結合部位が分泌型IF5Aタンパク質を認識し、他方の抗原結合部位が標識物質等を認識してもよい。二重特異性抗体は2種類の抗体のHL対を結合させて作製することもできるし、異なるモノクローナル抗体を産生するハイブリドーマを融合させて二重特異性抗体産生融合細胞を作製し、得ることもできる。さらに、遺伝子工学的手法により二重特異性抗体を作製することも可能である。
【0037】
後記実施例に示すように、分泌型eIF5Aに対する中和抗体は、優れた糖尿病網膜症予防治療作用を有する。その効果は、抗VEGF薬に比べて優れている。
ここで、糖尿病網膜症については、本発明の中和抗体は、具体的には、網膜の浮腫を抑制し、また網膜の毛細血管における出血を抑制する作用を示す。
また、本発明の中和抗体と抗VEGF薬を併用すると、糖尿病網膜症に対する浮腫抑制作用、出血抑制作用が相乗的に増強される。従って、本発明の中和抗体と抗VEGF薬の併用療法は、糖尿病網膜症に治療に有用である。
抗VEGF薬としては、アフリベルセプト、ベバシズマブ、ラニビズマブ、ぺガプタニブナトリウムなどが挙げられる。
【0038】
本発明の医薬は、前記中和抗体を当該技術分野においてよく知られる薬学的に許容しうる担体とともに、混合、溶解、顆粒化、錠剤化、乳化、カプセル封入、凍結乾燥等により、製剤化し医薬組成物の形態として用いることができる。
【0039】
経口投与用には、前記中和抗体を、薬学的に許容しうる溶媒、賦形剤、結合剤、安定化剤、分散剤等とともに、錠剤、丸薬、糖衣剤、軟カプセル、硬カプセル、溶液、懸濁液、乳剤、ゲル、シロップ、スラリー等の剤形に製剤化することができる。
【0040】
非経口投与用には、前記中和抗体を、薬学的に許容しうる溶媒、賦形剤、結合剤、安定化剤、分散剤等とともに、注射用溶液、懸濁液、乳剤、クリーム剤、軟膏剤、吸入剤、座剤等の剤形に製剤化することができる。注射用の処方においては、中和抗体を水性溶液、好ましくはハンクス溶液、リンゲル溶液、または生理的食塩緩衝液等の生理学的に適合性の緩衝液中に溶解することができる。さらに、組成物は、油性または水性のベヒクル中で、懸濁液、溶液、または乳濁液等の形状をとることができる。あるいは、医薬組成物を粉体の形態で製造し、使用前に滅菌水等を用いて水溶液または懸濁液を調製してもよい。吸入による投与用には、中和抗体を粉末化し、ラクトースまたはデンプン等の適当な基剤とともに粉末混合物とすることができる。坐剤処方は、中和抗体をカカオバター等の慣用の坐剤基剤と混合することにより製造することができる。さらに、本発明の医薬は、ポリマーマトリクス等に封入して、持続放出用製剤として処方することもできる。
【0041】
投与量および投与回数は、剤形および投与経路、ならびに患者の症状、年齢、体重によって異なるが、一般に、中和抗体は、1日あたり体重1kgあたり、約0.001mgから1000mgの範囲、好ましくは約0.01mgから10mgの範囲となるよう、1日に1回から数回投与することができる。
【実施例】
【0042】
次に実施例を挙げて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれに何ら限定されるものではない。
【0043】
実施例1
(分泌型eIF5Aに対する中和抗体の作成)
抗ORAIP抗体(クローン YSP5-45-36)は、ヒトeIF5Aタンパクの(44-72番目)のアミノ酸残基(ハイプシン化する50番目のリジン残基、および硫酸化される69番目のチロシン残基を含む)から成るペプチドをkeyhole limpet hemocyanin(KLH)に結合したものを抗原とした。この抗原で免疫したマウスの脾細胞とマウス・ミエローマ細胞を細胞融合することによりハイブリドーマを作成した。ハイブリドーマの産生するモノクローナル抗体から前述のヒトeIF5Aタンパクの(44-72番目)のアミノ酸残基に特異的に反応する抗体をELISA法により選択し、モノクローナル抗体(クローン YSP5-45-36)を樹立した。得られたハイブリドーマは独立行政法人製品評価技術基盤機構特許微生物寄託センターにNITE P-02955として寄託された。
【0044】
実施例2
(モノクローナル抗体のCDR領域の解折)
clone YSP5-45-36産生ハイブリドーマよりtotal cytoplasmic RNAを回収した。
マウスIgG(H鎖、L鎖)配列に特異的なプライマーを用いてRT反応によりcDNAを合成した。
合成したcDNAを鋳型として、SMARTer
TM RACE5’/3’Kit(TaKaRa Code Z4859N)を用いて5’RACE解折を行った。
得られたコンセンサス配列を解析ツールのIMGT
TM、the international ImMunoGeneTics information system
TM http://www.imgt.org,を用いてCDR領域の解折を行った。
重鎖CDR1、重鎖CDR2、重鎖CDR3、軽鎖CDR1、軽鎖CDR2、及びCDR3をそれぞれ配列番号1、2、3、4、5及び6に示す。重鎖可変領域を配列番号7及び
図7に、軽鎖可変領域を配列番号8及び
図8に示す。
【0045】
実施例3
(糖尿病網膜症に対する効果)
糖尿病網膜症では毛細血管壁を被覆するペリサイトの消失が、一連の血管異常を惹起すると考えられている。実際に、血小板由来増殖因子受容体β(platelet-derived growth factor receptor β, PDGFRβ)に対する阻害抗体を生後1日マウスの腹腔内に単回投与して網膜血管壁のペリサイトを消失させると、生後8日以降に糖尿病網膜症と同様の浮腫や出血を再現できる(
図1、非特許文献2)。この糖尿病網膜症モデルマウスを用いることにより、抗VEGF薬を含む様々な薬剤の網膜浮腫・出血抑制効果を検証することができる(
図2)。本発明では、生後1日マウスの腹腔内に抗PDGFRβモノクローナル抗体を単回投与した上で、本発明中和抗体(抗ORAIP抗体)を生後7日より腹腔内に連日投与したところ、生後11日における網膜浮腫・出血が有意に抑制されることを確認した(
図3、4)。
【0046】
図1に、本発明で用いた糖尿病網膜症モデルマウスを示す。生後1日野性型C57BL/6マウスの腹腔内に抗PDGFRβモノクローナル抗体を単回投与すると、網膜血管壁のペリサイトが消失することにより、生後8日以降に網膜浮腫・出血を発症する。
図1では、生後10日の網膜浮腫・出血を4段階評価している。
Grade 1:網膜出血・浮腫なし
Grade 2:網膜局所の出血または浮腫
Grade 3:半周以下の網膜浮腫
Grade 4:網膜組織の破綻
図2に、糖尿病網膜症モデルマウスにおけるVEGF受容体デコイの浮腫・出血抑制効果を示す。生後1日野性型C57BL/6マウス(5個体)の腹腔内に抗PDGFRβ抗体(40μg)を単回投与し、生後8日に片眼にヒト免疫グロブリンG(immunoglobulin G,IgG)Fc、反対眼にVEGF受容体デコイ(aflibercept,5μg)を投与し、生後11日に解析した。
図3及び4に、糖尿病網膜症モデルマウスにおける浮腫・出血抑制効果を示す。生後1日C57BL/6野性型マウス(11個体)の腹腔内に抗PDGFRβ抗体(40μg)を単回投与し、生後7日より5個体にマウスIgG、6個体に本発明中和抗体(抗ORAIP抗体)(100μg)を腹腔内に連日投与し、生後11日に各個体の両眼を解析した。
【0047】
実施例4
図5にペリサイトを消失させた糖尿病網膜症モデル・マウスを用いて、抗VEGF薬(Aflibercept)の単独療法と、抗VEGF薬(Aflibercept)および抗ORAIP抗体の併用療法の網膜浮腫・出血に対する効果を示す。
【0048】
実験方法は以下の通りである。
(ペリサイトを消失させた糖尿病網膜症モデルマウスを用いた実験方法)
(1)生後1日に抗PDGFRβ抗体(clone APB5)50μgを腹腔内投与
(2)生後8日に3群に分けて各群にそれぞれ下記の溶液(1μL)を眼内投与
1) PBS
2) 抗VEGF薬(Aflibercept) 2mg/mL in PBS
3) 抗VEGF薬(Aflibercept) 2mg/mL
+抗ORAIP抗体(clone YSP5-45-36) 9.614mg/mL in PBS
(3)生後13日に網膜の浮腫・出血のGradeを判定
【0049】
図5Aに3群における各眼球の網膜の写真を示す。
図5Bに各群の網膜の出血・浮腫のGradeを示す。PBS投与群に比べて、抗VEGF薬(Aflibercept)単独投与群では、より低いGradeを示す網膜の割合が増加している。抗VEGF薬(Aflibercept)と抗ORAIP抗体(YSP5-45-36)の併用投与群では、抗VEGF薬(Aflibercept)単独投与群に比べて、低いGradeを示す網膜の割合がさらに増加している。
以上より、抗ORAIP抗体を抗VEGF薬に併用することにより浮腫・出血抑制に対して相加効果が得られることが強く示唆された。
【0050】
そこで、Grade 1から4の重症度を便宜的に0から3に点数化して(Grading score)、PBSに対する単独療法と併用療法の効果を比較した結果を
図7に示す。PBS、単独療法、併用療法の各群のGrading scoreは、それぞれ(2.86 ± 0.38 [mean ± SE], n=7)、(2.33 ± 0.33, n=9)、(1.89 ± 0.31, n=9) となり、単独療法に比べて併用療法による重症度の改善傾向が見られた。
さらにGrading scoreを統計的に比較すると、PBS投与群と単独療法群の間にはGrading scoreの有意の低下が認められなかった(*P=0.1864,not significant [NS])のに対し、PBS投与群と併用療法群の間では有意の低下が認められた(**p=0.0296; Dunnett's multiple comparison test)(
図7)。
以上より、抗ORAIP抗体を抗VEGF薬に併用することにより網膜浮腫・出血抑制に対して相加効果が得られることが明らかとなった。
【0051】
本発明の医薬又は医薬組成物を用いれば、従来用いられている薬物、例えば抗VEGF薬等の糖尿病黄斑浮腫治療効果を増強できる。この疾患では、抗VEGF薬によって治療効果が得られる場合でも高頻度に再発することが問題となっており、さらに抗VEGF薬に不応性の患者も多いため、本発明の医薬は極めて有用性が高い。
【配列表】