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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-26
(45)【発行日】2024-10-04
(54)【発明の名称】ポリビニルアルコール系重合体
(51)【国際特許分類】
   C08F 216/06 20060101AFI20240927BHJP
   C08F 8/12 20060101ALI20240927BHJP
   C09K 8/44 20060101ALI20240927BHJP
   C04B 24/26 20060101ALI20240927BHJP
【FI】
C08F216/06
C08F8/12
C09K8/44
C04B24/26 B
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2022540173
(86)(22)【出願日】2021-07-15
(86)【国際出願番号】 JP2021026689
(87)【国際公開番号】W WO2022024792
(87)【国際公開日】2022-02-03
【審査請求日】2023-05-23
(31)【優先権主張番号】P 2020131226
(32)【優先日】2020-07-31
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000003296
【氏名又は名称】デンカ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000523
【氏名又は名称】アクシス国際弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】山下 明宏
【審査官】中川 裕文
(56)【参考文献】
【文献】特開昭55-104301(JP,A)
【文献】特開2011-173944(JP,A)
【文献】国際公開第2019/163490(WO,A1)
【文献】国際公開第2017/099082(WO,A1)
【文献】特開2008-069346(JP,A)
【文献】特開2006-206895(JP,A)
【文献】特開2015-196733(JP,A)
【文献】国際公開第2021/116678(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08F 6/00-246/00
C09K 8/00- 8/94
C04B 24/26
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ビニルエステル単量体とトリアリルイソシアヌレートとの共重合体の、鹸化によって得られるポリビニルアルコール系重合体であって、
ポリビニルアルコール系重合体の0.4質量%水溶液の、温度25℃での動的光散乱測定による粒度分布の累積頻度50%の粒子径が、50nm以上であり、
前記ポリビニルアルコール系重合体の1.0質量%水溶液の孔径0.45μmのメンブレンフィルター通過率が、固形分換算で10質量%以下である
ことを特徴とするポリビニルアルコール系重合体。
【請求項2】
前記ポリビニルアルコール系重合体の0.4質量%水溶液の、温度25℃での動的光散乱測定による粒度分布の平均粒子径が、60nm以上である、請求項1に記載のポリビニルアルコール系重合体。
【請求項3】
前記ポリビニルアルコール系重合体の1.0質量%水溶液の300mesh(目開き0.045mm)のフィルター通過率が、固形分換算で95質量%以上である、請求項1又は2に記載のポリビニルアルコール系重合体。
【請求項4】
前記ポリビニルアルコール系重合体の1.0質量%水溶液の孔径0.45μmのメンブレンフィルター通過率が、固形分換算で0~5質量%の範囲である、請求項1~3のいずれか一項に記載のポリビニルアルコール系重合体。
【請求項5】
前記ポリビニルアルコール系重合体の、JIS K 6726:1994に記載の方法で測定した平均重合度が2500~6000である、請求項1~4のいずれか一項に記載のポリビニルアルコール系重合体。
【請求項6】
請求項1~5のいずれか一項に記載のポリビニルアルコール系重合体を含む油井セメント用添加剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリビニルアルコール系重合体及びその用途に関する。
【背景技術】
【0002】
ポリビニルアルコール(PVA)骨格を有する重合体(以下、本明細書ではこれらをまとめて「ポリビニルアルコール系重合体」、「ビニルアルコール系重合体」、又は単に「PVA」とも称する)は、親水性を有する合成樹脂として知られており、その特性を生かしたさまざまな用途が開発され続けている。
【0003】
そうした用途のひとつとして、油井、ガス井、地熱発電用の蒸気井などのセメンチングの際に使用される油井セメントへの添加剤が挙げられる。油井セメントは、水やその他の添加剤と混合され、スラリー状として、鋼管(ケーシング)を固定、保護するために鋼管と坑井の隙間へ充填される。そのため、セメントスラリーは充填しやすいように流動性が高いことが好ましい。ここで注入時の高圧及び地中の熱によりセメントスラリーから含有水分が失われることを一般的に「フルイド・ロス」という。フルイド・ロスによってセメントスラリーの流動性が低下し、セメンチング不良及びセメントの硬化後の硬化不良が生じる。そのためセメントスラリーには通常フルイド・ロス低減剤が添加される。
【0004】
こうしたフルイド・ロス低減剤には、ポリビニルアルコール系重合体を主成分として使うことが提案されており、例えば特許文献1及び2には、フルイド・ロス低減剤に用いられるPVAについて記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】国際公開第2007/146348号
【文献】特開2015-196733号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
近年、特にシェールガス坑井は、より深く採掘されるようになってきていることから、圧力及び温度の条件がより厳しくなってきている。しかしながら、従来のPVA含有フルイド・ロス低減剤では、そうした高温高圧の厳しい条件下で注入するセメントスラリーに求められるフルイド・ロス低減性能を実現するまでには至っていない。具体的には、PVA系のフルイド・ロス低減剤は高温では溶解し、さらに高圧条件下だと坑井へ溶出してしまい、結果としてフルイド・ロス低減効果が低下する。そのためPVA系のフルイド・ロス低減剤は高温での耐溶解性が求められている。現状では従来のフルイド・ロス低減剤の添加量を増加する等で対応しているが、増量することでセメントスラリーが増粘してしまうことによる流動性低下及びコストアップをもたらすという問題が解決できていない。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために、本発明では下記を提供できる。
【0008】
ビニルエステル単量体からなる単独重合体、ビニルエステル単量体とビニルエステル以外の単官能性単量体との共重合体、ビニルエステル単量体と多官能性単量体との共重合体、又はビニルエステル単量体とビニルエステル以外の単官能性単量体と多官能性単量体との共重合体の、鹸化によって得られるポリビニルアルコール系重合体であって、
ポリビニルアルコール系重合体の0.4質量%水溶液の、温度25℃での動的光散乱測定による粒度分布の累積頻度50%の粒子径が、50nm以上である
ことを特徴とするポリビニルアルコール系重合体。
【0009】
また或る態様では、当該動的光散乱測定から求められる平均粒子径(メジアン径)が60nm以上であることが好ましい。また或る態様では、当該ビニルアルコール系重合体の1.0質量%水溶液の300mesh(目開き0.045mm)のフィルター通過率が、固形分換算で95質量%以上であることが好ましい。また或る態様では、当該ビニルアルコール系重合体の1.0質量%水溶液の孔径0.45μmのメンブレンフィルター通過率が、固形分換算で10質量%以下であることが好ましい。また或る態様では、当該ビニルアルコール系重合体の、JIS K 6726:1994に記載の方法で測定した平均重合度が2500~6000であることが好ましい。また或る態様では、ポリビニルアルコール系重合体を含んだ油井セメント用添加剤も提供できる。
【発明の効果】
【0010】
本発明に係るポリビニルアルコール系重合体は、厳しい高温又は高圧の環境下においても、優れたフルイド・ロス低減効果を呈する。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】実施例2に係るポリビニルアルコール系重合体の、動的光散乱測定によって求めた粒度分布を示す。
図2】実施例3に係るポリビニルアルコール系重合体の、動的光散乱測定によって求めた粒度分布を示す。
図3】比較例3に係るポリビニルアルコール系重合体の、動的光散乱測定によって求めた粒度分布を示す。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明を実施するための形態について説明する。なお、以下に説明する実施形態は、本発明の実施形態の一例を示したものであり、これにより本発明の範囲が狭く解釈されることはない。本明細書における数値範囲は、別段の断わりがないかぎりはその上限値及び下限値を含むものとする。本明細書における重合体(ポリマー)とは、国際純正応用化学連合(IUPAC)高分子命名法委員会によるポリマーの定義、すなわち「ポリマー分子とは、相対分子質量の大きい分子で、相対分子質量の小さい分子から実質的または概念的に得られる単位の多数回の繰返しで構成された構造をもつものをいう。」に従うものとする。
【0013】
<ポリビニルアルコール系重合体の化学構造>
本発明に係るポリビニルアルコール系重合体は、ビニルエステル単量体からなる単独重合体、ビニルエステル単量体とビニルエステル以外の単官能性単量体との共重合体、ビニルエステル単量体と多官能性単量体との共重合体、又はビニルエステル単量体とビニルエステル以外の単官能性単量体と多官能性単量体との共重合体を、鹸化することによって得られる重合体(ポリマー)である。本発明に係るポリビニルアルコール系重合体は、従来のPVAでは使用できない高い温度・圧力であっても耐えられるような高分子構造を有する。そうした高分子構造を有することは、その希薄水溶液中の重合体粒子の粒子径分布から判断でき、より具体的にはPVA粒子の特定条件下での粒子径分布から求められる累積頻度50%の粒子径が所定の範囲内であることで担保される。
【0014】
本発明者は、PVAの構造を制御することにより、従来のPVAでは得られなかった粒度分布が得られることを見出し、本発明を完成させた。
【0015】
<ポリビニルアルコール系重合体の調製>
上述したビニルエステル単量体としては例えば、酢酸ビニル、プロピオン酸ビニル、酪酸ビニル、バレリン酸ビニル、カプリン酸ビニル、ラウリン酸ビニル、ステアリン酸ビニル、安息香酸ビニル、ピバリン酸ビニル等であってよく、これらの混合物を使用しても良い。重合のしやすさの観点からは、酢酸ビニルが好ましい。
【0016】
またビニルエステル単量体と共重合可能な単官能性単量体(すなわち、ビニルエステル以外の単官能性単量体)としては例えば以下の化合物が挙げられる。エチレン、プロピレンなどのα-オレフィン単量体。(メタ)アクリル酸メチル、(メタ)アクリル酸エチル、(メタ)アクリル酸ブチル、(メタ)アクリル酸2-エチルヘキシルなどの(メタ)アクリル酸アルキルエステル単量体。(メタ)アクリルアミド、N-メチロールアクリルアミドなどの不飽和アミド単量体。(メタ)アクリル酸、クロトン酸、マレイン酸、イタコン酸、フマル酸などの不飽和カルボン酸単量体。不飽和カルボン酸のアルキル(メチル、エチル、プロピルなど)エステル単量体。無水マレイン酸などの不飽和カルボン酸の無水物。不飽和カルボン酸のナトリウム、カリウム、アンモニウムなどの塩。2-アクリルアミド-2-メチルプロパンスルホン酸などのスルホン酸基含有単量体又はその塩。アルキルビニルエーテル単量体。
【0017】
またビニルエステル単量体と共重合可能な多官能性単量体としては、分子内に重合性の不飽和結合を2つ以上持つ化合物が使用可能である。そうした化合物としては例えば以下が挙げられる。エタンジオールジビニルエーテル、プロパンジオールジビニルエーテル、ブタンジオールジビニルエーテル、エチレングリコールジビニルエーテル、ジエチレングリコールジビニルエーテル、トリエチレングリコールジビニルエーテル、ポリエチレングリコールジビニルエーテル、プロピレングリコールジビニルエーテル、ポリプロピレングリコールジビニルエーテルなどのジビニルエーテル、ジビニルスルホン酸化合物。ペンタジエン、ヘキサジエン、ヘプタジエン、オクタジエン、ノナジエン、デカジエンなどのジエン化合物。グリセリンジアリルエーテル、ジエチレングリコールジアリルエーテル、エチレングリコールジアリルエーテル、トリエチレングリコールジアリルエーテル、ポリエチレングリコールジアリルエーテル、トリメチロールプロパンジアリルエーテル、ペンタエリスリトールジアリルエーテルなどのジアリルエーテル化合物。グリセリントリアリルエーテル、トリメチロールプロパントリアリルエーテル、ペンタエリスリトールトリアリルエーテルなどのトリアリルエーテル化合物。ペンタエリスリトールテトラアリルエーテルなどのテトラアリルエーテル化合物。フタル酸ジアリル、マレイン酸ジアリル、イタコン酸ジアリル、テレフタル酸ジアリル、アジピン酸ジアリルなどアリルエステル基を含有する多官能性単量体。ジアリルアミン、ジアリルメチルアミンなどのジアリルアミン化合物、トリアリルアミンなどのアリルアミノ基を含有する多官能性単量体。ジアリルジメチルアンモニウムクロライドなどジアリルアンモニウム塩のようなアリルアンモニウム基を含有する多官能性単量体。トリアリルイソシアヌレート、1,3-ジアリル尿素、リン酸トリアリル、ジアリルジスルフィドなど2つ以上のアリル基を含有する多官能性単量体。エチレングリコールジ(メタ)アクリレート、ジエチレングリコールジ(メタ)アクリレート、トリエチレングリコールジ(メタ)アクリレート、ポリエチレングリコールジ(メタ)アクリレート、プロピレングリコールジ(メタ)アクリレート、ポリプロピレングリコールジ(メタ)アクリレート、グリセリンジ(メタ)アクリレート、グリセリントリ(メタ)アクリレート、ペンタエリスリトールトリ(メタ)アクリレート、トリメチロールプロパントリ(メタ)アクリレート、ジトリメチロールプロパンテトラ(メタ)アクリレート、ペンタエリスリトールテトラ(メタ)アクリレート、ジペンタエリスリトールヘキサ(メタ)アクリレート、イソシアヌル酸トリ(メタ)アクリレートなどの(メタ)アクリル酸を有する多官能性単量体。N,N’-メチレンビス(メタ)アクリルアミド、N,N’-エチレンビス(メタ)アクリルアミドなどの(メタ)アクリルアミドを有する多官能性単量体。ジビニルベンゼン、トリビニルベンゼンなどの多官能性芳香族単量体。アリルグリシジルエーテル、グリシジル(メタ)アクリレートなどのグリシジル基含有多官能性単量体。
【0018】
ビニルエステル単量体との反応性、及び鹸化反応での分解されにくさの観点からは、ビニルエステル単量体と共重合可能な単量体としては、アルカリで分解されにくい化合物が好ましく、分子内にカルボニル基又はアミド基を有する化合物がより好ましい。好ましい実施形態では、PVAをビニルエステル単量体と多官能性単量体との共重合体を鹸化して得ることで、その多官能基から架橋構造が形成されるため、高温での耐溶解性を得られる効果がある。そうした多官能性単量体としては、環構造を有する化合物が好ましく、ヘテロ環構造を有する化合物がより好ましく、トリアリルイソシアヌレート(TAIC)が特に好ましい。
【0019】
ビニルエステル単量体とそれ以外の単量体とを共重合させる場合の共重合量は、ビニルアルコール系重合体中のビニルアルコールユニットに由来する構造単位100モル%に対し、ビニルエステル以外の単量体に由来する構造単位が0.001~1.0モル%となることが好ましく、0.005~0.5モル%であることがより好ましく、0.01~0.2モル%であることがさらに好ましい。共重合量をこうした範囲に調整することで、高温での耐溶解性が向上し、かつビニルアルコール系重合体が過度に架橋しないため、製造の観点からも好ましい。
【0020】
共重合量は、微量全窒素分析装置を使って算出できる。例えば、微量全窒素分析装置TN-2100H(日東精工アナリテック(株)製)を用いる場合は、次の手順で算出できる。
【0021】
ビニルアルコール系重合体の試料を石英ボードに採取し、これをオートボートコントローラーABC-210(日東精工アナリテック(株)製)にセットして自動的に電炉中に挿入し、アルゴン/酸素気流中で燃焼させる。このときに発生したNOガスを化学発光検出器で測定する。予め、標準液(N-ピリジン/トルエン)で検量線を作成し、その検量線から窒素濃度を計算する。
【0022】
測定条件の例
反応管:ABC用二重管
電気炉温度
Inlet Temp:800℃、Outlet Temp:900℃
ガス流量: Ar: 300 mL/min、O2: 300 mL/min、Ozone: 300 mL/min
試料量:約9~15mg
【0023】
ビニルエステル単量体又はその共重合体の重合には任意の方法を使用でき、例えば溶液重合、懸濁重合、バルク重合などの既知の重合方法を用いてよい。操作の容易さ、及び後続工程である鹸化反応と共通する溶媒が使用可能であるという観点からは、アルコール中での溶液重合方法を用いることが好ましく、そのアルコールとしてはメタノールを使用することが特に好ましい。
【0024】
上述のように得られた重合体を、任意の方法により鹸化することでPVAを調製できる。鹸化方法の例としては、重合体(ポリビニルエステルなど)のアルコール溶液にアルカリ触媒を添加する手法が挙げられる。以下、鹸化手順の一例を説明する。
【0025】
重合体に対する溶媒となるアルコールとしては例えば、メタノール、エタノール、ブタノールなどを使用でき、好ましくはメタノールを使用できる。アルコール溶液中の重合体の濃度は任意に設定でき、例えば10質量%以上80質量%以下であってよい。
【0026】
次に、上記溶液にアルカリ触媒を添加し、鹸化反応を行う。アルカリ触媒としては、例えば、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、ナトリウムメチラート、ナトリウムエチラート、カリウムメチラートなどのアルカリ金属の水酸化物、アルコラートなどが挙げられる。これらの中でも、水酸化ナトリウムを用いることが好ましい。アルカリ触媒の添加量は、特に限定されないが、重合体に対して1.0~100.0ミリモル当量とすることが好ましく、5.0~30.0ミリモル当量がより好ましい。鹸化時の反応温度は特に限定されないが、10~70℃が好ましく、30~55℃がより好ましい。反応時間も特に限定されず、例えば20分以上~2時間であってよい。
【0027】
鹸化度は、PVAの用途に応じて適切に調整でき、例えば72~99mol%としてよい。なお鹸化反応後に必要に応じて、酢酸ナトリウムなどの不純物を除去するための洗浄工程、及び乾燥工程を行ってもよい。
【0028】
<ポリビニルアルコール系重合体の物性>
上記の製造方法により得られる希薄水溶液中のPVA粒子の粒度分布は、PVAの0.4質量%水溶液を、温度25℃で動的光散乱測定を行うことで定量できる。本発明においては、PVA粒子の粒度分布の累積頻度50%の粒子径が、50nm以上であることが必要であり、70~1000nmの範囲であることがより好ましい。なお累積頻度は、動的光散乱測定によって得られる散乱強度分布頻度から求められる。
【0029】
希薄水溶液中のPVAの平均粒子径は用途に応じて設定でき、例えば60~2000nmであるのが好ましく、70~1500nmがより好ましい。なお本明細書における希薄水溶液中のPVAの平均粒子とは、PVAの0.4質量%水溶液を、温度25℃で動的光散乱測定を行うことで得られる粒子径分布のキュムラント解析によって求められる。
【0030】
油井セメント用添加剤として使用する場合、希薄溶液中のPVAの平均粒子径が60nm以上であれば、セメントスラリー中のPVAが流出しにくくなり、フルイド・ロス低減性能が向上する。希薄溶液中のPVAの平均粒子径が2000nm以上の場合は、生産性の観点から好ましくない。
【0031】
PVA粒子は、過大なゲル粒子を含まないことが硬化後のセメントの強度やPVAの製造の観点からは好ましい。より具体的には、PVAの1.0質量%水溶液の300mesh(目開き0.045mm)のフィルター通過率が、固形分換算で95質量%以上であることが好ましく、97~100質量%の範囲であることがより好ましい。
【0032】
ここで、300meshのフィルター通過率は、次の手順で算出することができる。
乾燥させたPVAを25℃の水に溶解させ、濃度1.0質量%の水溶液を得る。得られたPVAの水溶液100mLを、300mesh(目開き0.045mm)のフィルターでろ過する。フィルター上に残ったPVAの質量を測定する。
測定されたPVA残渣の質量から、フィルターを透過したPVAの割合を算出する。
【0033】
またPVA粒子は、孔径0.45μmのメンブレンフィルターを通過しにくい粒度分布であることが、耐溶解性の観点から好ましい。より具体的には、PVAの1.0質量%水溶液の孔径0.45μmのメンブレンフィルター通過率が、固形分換算で10質量%以下であることが好ましく、0~5質量%の範囲であることがより好ましい。
【0034】
ここで、0.45μmのメンブレンフィルターの通過率は、次の手順で算出することができる。
濃度1.0質量%に調整したPVA水溶液を0.45μmフィルタ(ADVANTEC社製、Material:Mixed Cellulose ester、孔径:0.45μm、直径47mm)を用いて、減圧下(10mmHg)で10分間ろ過する。
ろ液中の固形分量から、通過率を算出する。
【0035】
PVAの平均重合度は、JIS K6726:1994に記載の方法で測定できる。生産性の観点からは、平均重合度は2500~6000の範囲であることが好ましく、2800~5000の範囲であることがより好ましい。
【0036】
<油井セメント用添加剤>
或る実施形態では、上述したPVAを含む油井セメント用添加剤を提供でき、油井、ガス井、地熱発電用の蒸気井などのセメンチングの際に好適に使用できる。
【0037】
坑井掘削時に行うセメンチングは、掘削した坑井とこれに挿入された鋼管との隙間へセメントを注入する作業である。セメンチングの方法として、セメントとフルイド・ロス添加剤などの各種添加剤とを乾燥状態で混合した後、高圧水によりスラリー化しながら、ポンプ注入する方法が広く採用されている。
【0038】
フルイド・ロス低減剤としてPVAを用いると、セメンチングの間にセメントスラリー中から含有水分が失われることを低減し(すなわち、フルイド・ロスを低減し)、セメントスラリーの流動性を維持することが可能となる。フルイド・ロスが大きい場合、セメントスラリーの流動性が失われ、充分なセメンチングを行なうことが困難となる。
【0039】
フルイド・ロス(Fluid Loss)の評価は、American Petroleum Institute(API)によって定義された油井セメントの評価項目の1つである。Recommended Practice for Testing Well Cements,API Recommended Practice 10B-2,April 2013にフルイド・ロスの試験方法が記載されている。
【0040】
<油井用セメント組成物>
或る実施形態では、油井セメントと、上記油井セメント用添加剤とを含有する油井用セメント組成物を提供できる。上記油井セメントは、油井、ガス井、地熱発電用の蒸気井などのセメンチングの際に使用されるセメントであればよく、特に限定されない。
【0041】
上記組成物は、油井セメント用添加剤の含有量が0.01~10%bwocであることが好ましく、より好ましくは0.05~5%bwocである。このような範囲とすることで、フルイド・ロスが効果的に低減される。なお「bwoc」(by weight of cement)は、セメント重量基準を意味し、セメントの固形分のみを基準としたセメント組成物に加える乾燥状態の添加剤の重量を指す。
【0042】
<油井用セメントスラリー>
或る実施形態では、油井セメントと、上記油井セメント用添加剤と、水とを含有する油井用セメントスラリーも提供できる。上記セメントスラリーは、水の含有量が20~40質量%であるのが好ましい。
【0043】
セメントスラリーに油井セメント用添加剤を含有させる方法は、特に限定されない。例えば、油井セメントと添加剤とを含有する組成物を調製した後に当該組成物と水とを混合する方法、組成物を調製せずに油井セメントと添加剤と水とを混合する方法などが挙げられる。
【実施例
【0044】
以下、実施例に基づいて本発明を更に詳細に説明する。なお、以下に説明する実施例は、本発明の代表的な実施例の一例を示したものであり、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0045】
<PVAの調製>
[実施例1]
還流冷却器、滴下漏斗、撹拌機を備えた重合缶に、酢酸ビニル100質量部、メタノール43質量部、多官能性単量体としてトリアリルイソシアヌレート(TAIC)0.090質量部、開始剤としてパーロイルNPP(日本油脂(株)製)5.0x10-6質量部を仕込み、窒素雰囲気下で撹拌しながら、沸点下で5.0時間重合を行った。次いで、未反応の酢酸ビニルモノマーを重合系外に除去し、ポリ酢酸ビニル-TAIC共重合体のメタノール溶液を得た。
【0046】
得られた酢酸ビニル-TAIC共重合体のメタノール溶液に水酸化ナトリウムのメタノール溶液を添加した(共重合体に対し水酸化ナトリウム0.008モル%)。その後、45℃で45分間鹸化反応を行い、鹸化度88.1mol%のPVAを得た。
【0047】
[実施例2~5、比較例1~5]
仕込み量を下記表1に示すように変更した以外は、実施例1と同様の手順で実施例2~5及び比較例1~5のPVAを得た。
【0048】
<PVAの物性測定>
[鹸化度]
日本工業規格のJIS K 6726:1994「3.5 けん化度」に準拠して測定し算出した。
【0049】
[平均重合度]
日本工業規格のJIS K 6726:1994「3.7 平均重合度」に準拠して測定し算出した。ただし、平均重合度の測定の為に調整した約1質量%のPVA水溶液をオストワルド計に注入する前に、300mesh(目開き0.045mm)のフィルターでろ過を行った。また平均重合度算出に用いたPVAの濃度は、ろ過後の濃度の値を用いた。
【0050】
[共重合量]
共重合量は、微量全窒素分析装置TN-2100H(日東精工アナリテック(株)製)を用いて、次の手順で算出した。
上述で得られたPVAを石英ボードに採取し、これをオートボートコントローラーABC-210(日東精工アナリテック(株)製)にセットして自動的に電炉中に挿入し、アルゴン/酸素気流中で燃焼させた。このときに発生したNOガスを化学発光検出器で測定した。予め、標準液(N-ピリジン/トルエン)で検量線を作成し、その検量線から窒素濃度を計算した。
測定条件
反応管:ABC用二重管
電気炉温度
Inlet Temp:800℃、Outlet Temp:900℃
ガス流量: Ar: 300 mL/min、O2: 300 mL/min、Ozone: 300 mL/min
試料量:約9~15mg
【0051】
[累積頻度50%径及び平均粒径]
PVAの累積頻度50%の粒子径は以下のように動的光散乱測定によって測定した。0.4質量%のPVA水溶液を調整し、300mesh(目開き0.045mm)のフィルターろ過後に、ろ液を石英のセルに入れ、動的光散乱測定装置(大塚電子(株)製、ELS-Z2)で測定した。測定条件は25℃、溶媒:水、溶媒の屈折率:1.33、溶媒の粘度:0.89(cP)で、得られた散乱強度分布頻度から、累積頻度50%の粒子径の値を得た。また、この測定結果から、PVAの平均粒子径をキュムラント法解析によって得た。図1~3にはそれぞれ、実施例2、実施例3、比較例3の散乱強度分布と累積頻度分布のグラフを示した。
【0052】
[300mesh通過率]
上述で得たPVAを25℃の水に溶解させ、濃度1.0質量%の水溶液を得た。得られたPVAの水溶液100mLを、300mesh(目開き0.045mm)のフィルターでろ過し、フィルターに残ったPVAの質量を測定した。測定されたPVA残渣の質量から、フィルターを通過したPVAの割合を算出した。
【0053】
[0.45μmのメンブレンフィルターの通過率]
上述で得たPVAの水溶液を濃度1.0質量%に調整し、0.45μmフィルタ(ADVANTEC社製、Material:Mixed Cellulose ester、孔径:0.45μm、直径47mm)を用いて、減圧下(10mmHg)で10分間ろ過した。ろ液中の固形分量から、通過率を算出した。
【0054】
[フルイド・ロスの測定]
PVAのフルイド・ロス低減効果は、米国石油協会(API)規格10B-2(2013年4月)のフルイド・ロス評価方法に従って測定した。具体的な測定手順を以下に示す。
【0055】
クラスGの油井セメントに表1に記載の量のPVAと硬化遅延剤(CR-270、Flotek Industries社製)0.4bwocをブレンドし、米国石油協会(API)規格10B-2(2013年4月)に記載の手順でこれらと水を混合して、水の含有量が30質量%のセメントスラリーを得た。得られたセメントスラリーをフルイド・ロス評価試験機(Model7120、Chandler Engineering社)に投入し、米国石油協会(API)規格10B-2(2013年4月)に記載の手順の通り、表1に記載の温度で、1000psiの加圧下で試験を行い、フルイド・ロス量を算出した。
【0056】
評価は表1に示すとおり、温度を40℃から140℃までの範囲に、PVA添加量を0.4~1.2%bwocの範囲に設定して行った。表1中、「-」はフルイド・ロスの測定を実施していないことを示す。
【0057】
【表1】
【0058】
実施例の結果から、本発明の油井セメント用添加剤は、フルイド・ロス低減性能が良好であることが確認された。
図1
図2
図3