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  • 特許-子宮内膜癌の発症の予測方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-27
(45)【発行日】2024-10-07
(54)【発明の名称】子宮内膜癌の発症の予測方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/53 20060101AFI20240930BHJP
   G01N 33/543 20060101ALI20240930BHJP
   C12Q 1/6851 20180101ALI20240930BHJP
   C12Q 1/686 20180101ALI20240930BHJP
【FI】
G01N33/53 D
G01N33/543 501A
C12Q1/6851 Z ZNA
C12Q1/686 Z
【請求項の数】 9
(21)【出願番号】P 2020136995
(22)【出願日】2020-08-14
(65)【公開番号】P2022032795
(43)【公開日】2022-02-25
【審査請求日】2023-08-07
(73)【特許権者】
【識別番号】504160781
【氏名又は名称】国立大学法人金沢大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】藤原 浩
(72)【発明者】
【氏名】大黒 多希子
(72)【発明者】
【氏名】中村 充宏
(72)【発明者】
【氏名】水本 泰成
(72)【発明者】
【氏名】小幡 武司
【審査官】草川 貴史
(56)【参考文献】
【文献】特開2020-071205(JP,A)
【文献】国際公開第2020/075325(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2016/0010159(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2012/0004119(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2015/0141391(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/48-33/98
C12Q 1/6851
C12Q 1/686
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験体由来の子宮内膜組織サンプル中の上皮細胞の核におけるブルーム症候群タンパク質(Bloom syndrome protein, BLM)又はBLM mRNAの核移行シグナル(NLS)を含む領域の発現を検出してBLMタンパク質の核内移行機構の異常を検出することを特徴とする、被験体における子宮内膜癌の発症の予測のための方法。
【請求項2】
被験体由来のサンプル中のBLMタンパク質又はBLM mRNAの発現、正常の対照サンプルにおける発現又は基準値と比較するステップを含む、請求項記載の方法。
【請求項3】
被験体由来のサンプル中のBLMタンパク質の核内移行、正常の対照サンプルにおける核内移行と比較するステップを含む、請求項記載の方法。
【請求項4】
BLMタンパク質に特異的に結合する抗体を用いてBLMタンパク質の発現を検出する、請求項1~のいずれか1項記載の方法。
【請求項5】
ウェスタンブロット法、免疫組織学的検出法、免疫沈降法、又はELISA法によってBLMタンパク質の発現を検出する、請求項記載の方法。
【請求項6】
BLM mRNAの発現を検出する、請求項1~のいずれか1項記載の方法。
【請求項7】
RT-PCRによってBLM mRNAの発現を検出する、請求項記載の方法。
【請求項8】
BLMタンパク質若しくはBLM mRNAに特異的に結合する試薬を含有する、請求項1~7のいずれか1項記載の方法に使用するための検出薬。
【請求項9】
BLMタンパク質若しくはBLM mRNAに特異的に結合する試薬を含有する、請求項1~7のいずれか1項記載の方法に使用するための検出キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、子宮内膜癌の発症を予測するための方法及び検出薬に関する。
【背景技術】
【0002】
子宮体癌とも呼ばれる子宮内膜癌は、罹患率とともに死亡率も増加傾向を示している婦人科悪性腫瘍である。子宮内膜癌は臨床および病理組織学そして分子生物学的に2つのタイプ(タイプ1及びタイプ2)に分類されているが、最も頻度の高い組織型である子宮内膜癌はタイプ1に属している。
【0003】
子宮内膜癌は、プロゲステロンによる拮抗作用のないエストロゲン過剰(unopposed estrogen)環境下において、初期段階でDNAミスマッチ修復遺伝子の機能異常に原因があり、その結果として癌抑制遺伝子であるPTEN、癌原遺伝子であるKRASなどの変異が加わり、前癌病変である子宮内膜増殖症を経て子宮内膜癌が発生すると考えられている。発癌には多様な経路があり、それぞれに多数の遺伝子が関与していることが推定される。
【0004】
現在、子宮内膜癌の診断は、超音波検査にて子宮内膜肥厚像や子宮内腔に腫瘤が疑われる患者に対し、子宮内膜細胞および組織の採取を行い、病理学的に癌細胞および癌の組織構築を確認して行っている。子宮内膜癌の発生において、形態学的な変化が起こる以前より、分子生物学的な変化が子宮内膜で起こっていると考えられているが、将来的な子宮内膜癌のリスクを形態学的変化が軽度な時期に的確に評価するパラメーターは報告されていない。
【0005】
子宮内膜癌の悪性度を規定する因子として、p53遺伝子変異と予後との相関が報告されている。そこで本発明者等は、後方視的に子宮内膜癌の臨床データとp53の免疫染色性及び遺伝子変異との関連をあらためて解析した。その結果、p53が癌細胞の10-50%しか染色されない通常p53陰性と判定される群(Low-positiveと定義)において、遺伝子変異はわずか15%程度であったものの、p53過剰発現群(80%以上陽性) (High-positiveと定義)と同様の頻度でリンパ節/遠隔転移・術後再発を確認している。
【0006】
次いでp53タンパク質の代謝カスケードに関係する可能性のあるエストロゲン受容体β(ERβ)の発現を免疫染色学的に観察して同様の検討をおこなったところ、リンパ節転移・術後再発群はすべてERβを高発現しており、悪性度と高い相関を示すことを見出している(非特許文献1)。
【0007】
一方、ブルーム症候群(Bloom syndrome)は生下時からの小柄な体型、日光過敏性紅斑、免疫不全症を特徴とする常染色体劣性の遺伝性疾患であり、なかでも際立った特徴は癌腫の合併が高率に認められることである。病因遺伝子はRecQヘリカーゼファミリーに属するBLM遺伝子である。
【0008】
BLMタンパク質は精巣、卵巣、胸腺、脾臓など細胞周期を活発に繰り返している増殖活性の高い組織に強く発現しているとされている。腎臓、肺、大腸、乳腺などの悪性腫瘍においてはBLMの発現が免疫組織学的に低下していること、また実際にBLM遺伝子ノックアウトマウスでは様々な部位に悪性腫瘍が発生することが報告されているが、子宮内膜癌を含めて婦人科悪性腫瘍に関わるBLMの分子生物学的意義については報告例がない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0009】
【文献】Obata et al., PLoS One, 2017 Nov 30;12(11):e0188641. doi: 10.1371/journal.pone.0188641. eCollection 2017
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
子宮内膜癌の患者のほとんどは閉経後に発症しており、子宮内膜癌の増悪化をエストロゲン依存機構で説明するのは疑問の余地があると考えられた。
【0011】
また、子宮内膜癌のうちグレード1及び2は比較的悪性度が低いと考えられているが、しばしば原発病変部の進行程度に比して予想に反するリンパ節転移や遠隔転移、あるいは再発をきたしてくる症例が存在し、臨床的に問題となっている。しかしながら、上記の通り、現在術前にグレード1及び2の子宮内膜癌の悪性度を的確に予測できる臨床的に有効なパラメーターはない。
【0012】
多くの抗癌治療と同様に、子宮内膜癌においても、早期発見及び早期治療は非常に重要であり、子宮内膜癌の発症を検出するためのマーカーが求められている。子宮内膜形態変化の初期段階で癌化のリスクを正確に判定することが可能となれば、子宮内膜検査の頻度を患者ごとに調整することができる。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者等は、ERβに並行して発現が変化する因子を探索する目的で、抗ERβ抗体に交差反応する可能性のある候補分子群について探索した。その中で、遺伝子の複製・修復に必須なRecQヘリカーゼファミリーに属するBLMに着目し、手術検体におけるBLMの免疫組織学的発現を調べた結果、その発現が子宮内膜癌の発症の予測因子となり得ることを見出した。
【0014】
BLMの発現検討は核移行シグナル(NLS)と呼ばれる塩基性のアミノ酸配列を含む領域を免疫原として作成された抗体を使用して実験を行ったところ、正常子宮内膜では腺上皮細胞の核にBLMの発現が認められるのに対し、子宮内膜癌では上皮細胞においてBLMの発現が認められないあるいは限局的に弱く発現が認められる程度であった。またその染色様式に子宮内膜癌の再発の有無や悪性度との関連は観察されなかったものの、子宮内膜癌の前癌病変である子宮内膜増殖症においてもBLMの発現低下が確認された。この結果は病変部においてBLMの核内移行機構に何らかの機能異常が存在することを示唆する。
【0015】
すなわち、本発明は以下を提供するものである。
1. 被験体由来の生物学的サンプル中のブルーム症候群タンパク質(Bloom syndrome protein, BLM)の機能異常を検出することを特徴とする、被験体における子宮内膜癌の発症の予測方法。
2. 機能異常が、BLMタンパク質又はBLM mRNAの発現低下である、上記1記載の方法。
3. 被験体由来のサンプル中のBLMタンパク質又はBLM mRNAの発現が、正常の対照サンプルにおける発現又は基準値と比較して低下した場合に子宮内膜癌の発症の可能性があると判定するステップを含む、上記2記載の方法。
4. 機能異常がBLMタンパク質の核内移行機構の異常である、上記1記載の方法。
5. 被験体由来のサンプル中のBLMタンパク質の核内移行が、正常の対照サンプルにおける核内移行と比較して低下した場合に子宮内膜癌の発症の可能性があると判定するステップを含む、上記4記載の方法。
6. 生物学的サンプルが、被験体から採取された子宮内膜組織である、上記1~5のいずれか記載の方法。
7. BLMタンパク質に特異的に結合する抗体を用いてBLMタンパク質の発現を検出する、上記1~6のいずれか記載の方法。
8. ウェスタンブロット法、免疫組織学的検出法、免疫沈降法、又はELISA法によってBLMタンパク質の発現を検出する、上記7記載の方法。
9. BLM mRNAの発現を検出する、上記1~6のいずれか記載の方法。
10. RT-PCRによってBLM mRNAの発現を検出する、上記9記載の方法。
11. BLMタンパク質若しくはBLM mRNAに特異的に結合する試薬を含有する、被験体における子宮内膜癌の発症の予測のための検出薬。
12. BLMタンパク質若しくはBLM mRNAに特異的に結合する試薬を含有する、被験体における子宮内膜癌の発症の予測のための検出キット。
【発明の効果】
【0016】
本発明により、子宮内膜癌の発症を予測するための新たな分子マーカーが提供される。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】子宮内膜癌の発症及び転移に関与する遺伝子異常を説明する概略図である。
図2】正常子宮内膜、子宮内膜増殖症、及び子宮内膜癌におけるBLM免疫染色の結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明は、被験体由来の生物学的サンプル中のブルーム症候群タンパク質(Bloom syndrome protein, 以下BLM又はBLMタンパク質という)の機能異常を検出することを特徴とする、被験体における子宮内膜癌の発症の予測方法を提供する。
本明細書において、BLMの「機能異常」とは、BLMタンパク質が本来有する機能が発揮されていない状態をいい、いかなるメカニズムによるものであっても良く、例えばBLMタンパク質若しくはBLM mRNAの発現低下又は消失、BLMタンパク質が本来有するRecQヘリカーゼ活性の低下又は消失、核移行シグナル(NLS)領域等でのBLMタンパク質の変異、あるいはBLMタンパク質が作用を発揮するために必要な核内移行の異常等を挙げることができる。
【0019】
本発明の一実施形態では、検出すべき機能異常は、BLMタンパク質又はBLM mRNAの発現低下である。すなわち、本発明は、被験体由来の生物学的サンプル中のBLMタンパク質又はBLM mRNAの発現を検出することを特徴とする、被験体における子宮内膜癌の発症の予測方法であり、被験体由来のサンプル中のBLMタンパク質又はBLM mRNAの発現が、正常の対照サンプルにおける発現又は基準値と比較して低下した場合に子宮内膜癌の発症の可能性があると判定するステップを含む。
【0020】
本明細書において、「発現」とは、遺伝子と相補的なRNA(転写産物)の発現、及び遺伝子がコードするタンパク質(翻訳産物)の発現の双方を含めるものとする。従って、本明細書において、「発現量(発現レベル)」とは、転写産物又は翻訳産物の発現量又は発現強度をいう。発現量は通常、遺伝子に対応する転写産物の産生量、又はその翻訳産物の産生量、翻訳産物であるタンパク質の活性等により解析することができる。
【0021】
従って、BLMの「発現」とは、BLM遺伝子からのBLM mRNAの転写、及びBLMタンパク質への翻訳のいずれも含み得る。
【0022】
本明細書において、理解を容易にするために、BLMタンパク質についてはBLMと記載し、BLMタンパク質をコードする遺伝子(DNA又はmRNA)についてはBlmと記載することがあるが、当分野において、これらの記載は必ずしも明確に区別されない場合があることは理解されたい。
【0023】
本発明の別の実施形態では、検出すべき機能異常はBLMタンパク質の核内移行機構の異常である。すなわち、本発明は、被験体由来のサンプル中のBLMタンパク質の核内移行が、正常の対照サンプルにおける核内移行と比較して低下した場合に子宮内膜癌の発症の可能性があると判定するステップを含む。
核内移行の異常又は低下は、例えば子宮内膜組織サンプルを用いた免疫組織化学的染色によって、細胞におけるBLMタンパク質の発現を検出することによって確認することができる。
【0024】
本発明において、被験体は、哺乳動物であり、特に限定するものではないが、ヒトであることが好ましい。子宮内膜癌の発症を検出する目的の場合、被験体は、子宮癌検診を受診する被験体であり得る。また、子宮内膜癌の転移又は再発を検出する目的の場合、被験体は、子宮内膜癌を有するとして診断された被験体、及び子宮摘出等の子宮癌治療を受けた被験体であり得る。あるいは、本発明の方法を治療薬の開発等の研究で利用するためには、被験体は、マウス、ラット、ウサギ、ブタ、サル等の非ヒト哺乳動物であり得る。
【0025】
本発明において、生物学的サンプルは、特に限定するものではないが、被験体から採取された全血、血漿、血清、又は子宮組織であり得る。好ましくは、生物学的サンプルは、子宮癌検診、あるいは子宮摘出等の外科手術等の際に採取された細胞診検体又は子宮組織、特に子宮内膜組織である。
【0026】
ヒトBLMタンパク質は、配列番号1に示すアミノ酸配列を有する1417アミノ酸からなる分子量159kDaのタンパク質である。
ヒトBLMタンパク質のアミノ酸配列の更なる情報は、米国国立生物工学情報センター(National Center for Biotechnology Information, NCBI)が管理するデータベース等からAccession No.: AAW62255として取得することができる。また、ヒトBLMタンパク質をコードする遺伝子の塩基配列については、同様にAccession No.: AY886902として取得することができる。非ヒト哺乳動物におけるBLMタンパク質のアミノ酸配列及びこれをコードする遺伝子の塩基配列等の情報についても、同様に取得することができる。
【0027】
BLMタンパク質におけるヘリカーゼ活性に関与する領域はタンパク質分子のほぼ中央に位置している。ヘリカーゼは核酸のリン酸エステル骨格に沿って動きながら絡み合う核酸をほどく酵素であり、核内で機能すると考えられるが、細胞質で合成されたタンパク質が核膜を通過して核に入るには核移行シグナル(NLS)と呼ばれる塩基性のアミノ酸配列が必要であり、NLSはC末端に近い領域に存在している。NLSが不完全なタンパク質は、たとえ生化学的な酵素活性がほぼ正常であったとしても、核内への移行が妨げられ、細胞内で正常に機能することができないと考えられる。
【0028】
BLMの発現の検出は、サンプル中のBLMの存在又は増減(変動)を検出することを含む。更に、本発明の方法は、例えば、被験体由来のサンプル中のBLM発現を検出するステップに加えて、子宮内膜癌を有さない正常の対照サンプルにおけるBLM発現、又は予め作成した基準値と比較して子宮内膜癌の発症の可能性があると判定するステップを含み得る。
【0029】
BLMタンパク質の発現は、特に限定するものではないが、一般的には、当分野で通常行われているように、BLMタンパク質に特異的に結合する試薬を用いて検出することができる。BLMタンパク質に対して特異的に結合する試薬としては、限定するものではないが、例えば、抗体又はアプタマーが挙げられる。
【0030】
試薬は、BLMタンパク質のいずれの領域を認識するものであっても良く、例えばヘリカーゼ活性に関与する領域、N末端領域、C末端領域、NLSを含む領域等を認識する試薬を適宜使用することができる。例えばNLSを含む領域を認識する試薬を用いて、BLMの核内移行の異常の有無について確認することができる。
【0031】
本発明において用いる抗体は、BLMタンパク質を特異的に認識して結合し得る抗体であって、BLMタンパク質に結合し、他のタンパク質には結合しない抗体であることが好ましい。
【0032】
本明細書において、「結合する」及び「特異的に結合する」とは、特に限定するものではないが、抗原と抗体との結合が10-8M以下、好ましくは10-9M以下、より好ましくは10-10M以下のKD値の結合親和性を有するものであることを意味し得る。
【0033】
あるいはまた、本明細書において「BLMタンパク質に特異的に結合する」とは、BLMタンパク質に対する結合が、一般的な結合アッセイで検出して、BLMタンパク質以外の物質に対する結合と比較して2倍以上、3倍以上、4倍以上である場合を意味し得る。例えば、当分野で通常使用される蛍光標識によって結合を検出する場合に、S/N比が2以上、3以上、4以上である場合を意味し得る。
【0034】
本発明において用いる抗体は、BLMタンパク質に特異的に結合するものである限り、ポリクローナル抗体でもモノクローナル抗体であっても良いが、モノクローナル抗体であることが好ましい。また、本発明の抗体は、子宮内膜癌の発症の検出のためにin vitroで使用することが意図され、従って、マウス、ウサギ、ヤギ等の非ヒト抗体、キメラ抗体、ヒト化抗体、ヒト抗体のいずれであっても良く、特に限定するものではない。
【0035】
抗原が特定されている場合の抗体の作製方法は当分野において周知である。本発明において使用し得る抗体は、BLMタンパク質又はその断片を非ヒト哺乳動物に免疫して、公知の手法によってポリクローナル抗体として取得することができる。また、モノクローナル抗体は、BLMタンパク質に対する抗体を産生する抗体産生細胞をミエローマ細胞と融合させて得られるハイブリドーマから得ることができる。
【0036】
本発明において使用し得る抗体はまた、活性が実証された抗体のアミノ酸配列情報又は該抗体をコードするポリヌクレオチドの塩基配列情報に基づいて、遺伝子工学的手法を用い、あるいは化学合成手段を用いて、合成によって取得することもできる。活性が実証された抗体の配列情報に基づいて更なる抗体を作製する場合、特に元の抗体の相補性決定領域(CDR)の配列を考慮して、同一又は同等の結合親和性を有する抗体を作製することができ、また更に結合親和性の高い抗体を得ることもできる。
【0037】
遺伝子工学的手法によって抗体を作製する場合、重鎖及び軽鎖をコードするポリヌクレオチドを適切な宿主細胞に導入して発現させ、組換えタンパク質として得ることができる。この場合、ポリヌクレオチドはDNAであってもRNAであっても良く、また宿主細胞への導入手段は当分野で使用されているものを適宜利用することができる。ポリヌクレオチドを宿主細胞に導入するためのベクターとして、ウイルスベクター、プラスミドベクター、ファージベクター等を適宜使用することができる。宿主細胞としては、例えば大腸菌等の細菌、酵母、昆虫細胞、動物細胞等を利用することができる。ここで、重鎖及び軽鎖をコードするポリヌクレオチドは、別個のベクターに導入しても、同一のベクターに連結して導入しても良い。
【0038】
例えば、本発明において使用し得る抗体の重鎖及び軽鎖をコードするcDNAを、場合によってシグナル配列、ポリA配列、更にプロモーター配列等の調節配列、選択マーカーと共に含むベクターに組み込んで、適切な宿主細胞中に導入して培養することで、BLMタンパク質又はその断片を特異的に認識し得る抗体を組換えタンパク質として取得することができる。
【0039】
従って、本発明において使用し得る抗体は、上記のようにして作製された抗体であり、例えば遺伝子工学的手法を用いて取得された組換えタンパク質であるか、あるいは化学合成手段を用いて合成されたタンパク質であり得る。
【0040】
本発明において使用し得る抗体をモノクローナル抗体として使用する場合、抗体は、IgG抗体分子、IgM抗体分子、又はそれらの抗原結合性断片及び抗原結合性誘導体であり得る。例えば、抗体は、完全抗体、Fab、Fab'、F(ab')2断片、また重鎖可変領域(VH)及び軽鎖可変領域(VL)をリンカーで連結した一本鎖抗体(scFv)断片、scFv-Fc、sc(Fv)2、Fv、ダイアボディー等であり得る。
【0041】
scFv、scFv-Fc、及びsc(Fv)2はリンカーで可変領域を連結した合成ポリペプチドである。リンカーとしては、当分野で通常使用されるものであればいずれでも良く、特に限定するものではないが、例えば5~25個、好ましくは10~20個のアミノ酸残基からなるペプチドリンカー、例えばGSリンカー等を好適に使用することができる。
【0042】
本発明において使用し得る抗体には更に、抗原結合性に影響しない範囲で当業者に理解され得る誘導体、例えば抗体精製を容易にしたり安定性を高めたりするための修飾が施された誘導体も含まれる。本明細書においては、BLMタンパク質との結合性を保持する断片及び誘導体を、文脈に矛盾のない限り、便宜的に「抗体」に含めることが意図される。
【0043】
本発明において使用し得る抗体はまた、二量体、三量体、四量体等の多量体として合成することもできる。更に、本発明において使用し得る抗体は、BLMタンパク質に結合する第1の特異性と、他の抗原に対して結合する第2の特異性とを有する二重特異性抗体であっても良い。当業者であれば、本明細書の記載、及び当分野における技術常識に基づいて、本発明の抗体を用途に応じた適切な形態のものとして取得することができる。
【0044】
本発明において使用し得る抗体として、BLMタンパク質に対する結合特異性を有する抗体として市販されているものを使用しても良く、またそのような抗体の合成を依頼することもできる。例えばInvitrogen社、Santa Cruz Biotechnology社、Sigma-Aldrich社等からヒトBLMに対する反応性を有するものが提供されており、これらを適宜入手して使用することができる。
【0045】
更に、本発明において使用し得る抗体は、検出のために標識された抗体であっても良く、標識は、特に限定するものではないが、例えば蛍光色素標識、酵素標識、放射性標識等であって良い。検出のための抗体は、ポリクローナル抗体であってもモノクローナル抗体であっても良い。
【0046】
抗体の検出のためには、限定するものではないが、例えばウェスタンブロット法、免疫組織学的検出法、免疫沈降法、又はELISA法を利用することができる。
【0047】
ウェスタンブロット法による検出は、BLMタンパク質を含み得る生物学的サンプルを、SDS-PAGEによって展開した後、タンパク質を疎水性膜に転写し、BLMタンパク質に特異的に結合し得る抗体を用いて検出することを含む。
【0048】
免疫組織学的検出法は、被験体から採取した組織切片を固定した後、BLMタンパク質とこれに対する抗体との結合を可視化することによって行う。可視化のための方法としては、オートラジオグラフィー、金コロイド法、蛍光抗体法、酵素抗体法等が挙げられ、また、抗体の標識は、BLMタンパク質に対して結合する抗体を直接標識するものであっても、標識した二次抗体を使用するものであっても良い。可視化された検出結果から、BLMタンパク質の発現の低下又は消失が生じているか否かを視覚的に確認することができる。
【0049】
免疫沈降法は、生物学的サンプル中のBLMタンパク質と、これに対する抗体との反応で得られる複合体を形成させ、ビーズに固相化したプロテインA若しくはG又は二次抗体と結合させた後、未結合の物質と分離することを含む。
【0050】
ELISA法は、抗原抗体反応の後、酵素標識した一次抗体又は二次抗体による酵素活性を測定して数値化することを含み、直接法、間接法、サンドイッチ法、競合法が知られ、当分野において広く使用されている検出・定量方法である。
【0051】
アプタマーは、DNA又はRNA等の核酸分子、あるいはペプチドであり得る。アプタマーを用いたタンパク質の検出は、限定するものではないが、アプタマーとタンパク質との結合を、抗体と同様に複数のアプタマーを用いるサンドイッチアッセイ等のイムノアッセイ、結合若しくは結合によるアプタマーの構造変化を電気化学センサー等のセンサーを利用してアッセイすること等で行うことができる。アプタマーは、抗体と同様に蛍光標識、放射性標識、酵素、ビオチン等による標識をすることができ、また、例えば核酸分子であるアプタマーとハイブリダイズし得る第2の核酸分子をそのように標識して検出のために用いても良い。
【0052】
BLMタンパク質に対して特異的に結合し得るアプタマーは、例えばSELEX法等を用いたスクリーニングによってBLMタンパク質に対して特異的に結合するものを取得することができる。あるいは、アプタマーは、そのようなスクリーニングの実施を業者に委託して取得することもできる。
【0053】
本発明の方法はまた、生物学的サンプル中、例えば子宮内膜組織サンプル中のBLM mRNAの検出により行っても良い。mRNAの代わりに、mRNAから逆転写されて得られるcDNAの検出であっても良い。
【0054】
BLM mRNAの発現量の測定は、例えばBLM mRNAの塩基配列の全部又は一部を含むヌクレオチドをプローブ又はプライマーとして用いてサンプル中の遺伝子発現の程度を測定すればよく、例えばマイクロアレイ(マイクロチップ)を用いた方法、ノーザンブロット法、定量的PCR法等で測定することが可能である。定量的PCR法としては、アガロースゲル電気泳動法、蛍光プローブ法、RT-PCR法、リアルタイムPCR法、ATAC-PCR法(Kato,K.et al.,Nucl.Acids Res.,25,4694-4696,1997)、Taqman PCR法(SYBR(登録商標)グリーン法)(Schmittgen TD,Methods25,383-385,2001)、Body Map法(Gene,174,151-158(1996))、Serial analysis of gene expression(SAGE)法(米国特許第527,154号、第544,861号、欧州特許公開第0761822号)、MAGE法(Micro-analysis of Gene Expression)(特開2000-232888号)等が知られており、これらを適宜使用することができる。これらの方法を用いて、mRNAの量を、該mRNAにハイブリダイズするヌクレオチドプローブ又はプライマーの使用により測定することができる。測定に用いるプローブ又はプライマーの塩基長は、10~50bp、好ましくは15~25bpである。これらのプローブ及びプライマーの塩基配列は、目的のmRNAの塩基配列等に基づいて、当業者が適宜設計することができ、場合によっては市販品を利用することもできる。
【0055】
BLMの発現の検出は、サンプル中のBLMタンパク質若しくはBLM mRNAの存在又は増減(変動)を検出することを含む。更に、本発明の方法は、例えば、被験体由来のサンプル中のBLM発現を検出するステップに加えて、子宮内膜癌を有さない正常の対照サンプルにおけるBLM発現、又は予め作成した基準値と比較して子宮内膜癌の発症の可能性があると判定するステップを含み得る。「基準値」は、例えばサンプル中のBLMタンパク質若しくはBLM mRNA濃度、BLMタンパク質に結合する試薬、例えば抗体若しくはアプタマー量(絶対量若しくは標識に由来する蛍光強度等)等として得ることができる。あるいは、「基準値」は、ウェスタンブロットで検出されたバンド強度から算出することもできる。
【0056】
発現量は、絶対値で表してもよく、また相対値で表してもよい。従って、「発現の低下」は、基準値に対して低下した発現レベルとして、あるいはまた、発現の「変化倍率(fold-change)」として表すことができる。本発明の方法において、子宮内膜癌の発症の予測のために好適な「発現の低下」における発現の変動は、例えば2倍以上、3倍以上、4倍以上である。従って、「変化倍率」は、発現の低下においては0.80倍以下(未満)であることが好ましい。
【0057】
例えば、子宮内膜癌患者と健常者、あるいは子宮内膜癌への進行段階、例えば子宮内膜増殖症患者における臨床的症状との相関性を考慮して2群(高発現群及び低発現群)又はそれ以上に分けた数値を多数の被験体由来のデータからそれぞれ取得し、統計学的に得られるカットオフ値を基準値として使用することができる。
【0058】
上記のような基準値を、対象となる被験体での発現の検出と同時に対照サンプルでの発現を検出することで取得し、発現の比較を行うことができる。あるいはまた、対照サンプルの発現を予め測定し、標準的な発現レベルとして、場合によっては一定の範囲内の発現レベルとして準備しておくこともできる。
【0059】
上記の基準値を使用して、被験体由来のサンプルからの検出結果に基づいて、その被験体の状態、例えば子宮内膜癌の発症の可能性を予測することが可能となる。上記の基準値と比較して被験体由来のBLMタンパク質の検出結果が低い場合に、その被験体が子宮内膜癌を発症する可能性があると予測することが可能である。
【0060】
本発明の方法は、被験体由来のサンプル、例えば細胞診検体中のBLMタンパク質を新たなバイオマーカーとして検出するものである。被験体由来の検出結果から、被験体由来の生物学的サンプル中でBLMタンパク質の発現が低下している場合に、被験体が子宮内膜癌を発症する可能性が示される。
【0061】
本発明の方法ではまた、BLMの発現に加えて、他の遺伝子/タンパク質の発現を同時に検出しても良い。他の遺伝子/タンパク質としては、子宮内膜癌の発症との関連が報告されているものであっても良く、また他の疾患についてのマーカー遺伝子であっても良い。
例えば、BLMの発現と組み合わせて検出することが好適である遺伝子/タンパク質としては、PTEN、Ras(例えばKRAS)、p53、及び/又はFoxP4遺伝子、及びこれらがコードするタンパク質が挙げられる。
【0062】
PTENは、癌抑制遺伝子であることが知られており、ヒトPTEN(phosphatase and tensin homolog)遺伝子がコードするタンパク質は、403アミノ酸からなる。PTEN遺伝子の変異又は発現異常を検出することで、子宮内膜癌が発症する可能性についての情報を提供することができる。ヒトPTENのアミノ酸配列の情報は、米国国立生物工学情報センター(National Center for Biotechnology Information, NCBI)が管理するデータベースからGenBank: AAD13528として取得することができる。また、ヒトPTENタンパク質をコードする遺伝子の塩基配列については、同様にGene ID: 5728として取得することができる。非ヒト哺乳動物におけるPTENタンパク質のアミノ酸配列及びこれをコードする遺伝子の塩基配列等の情報についても、同様に取得することができる。
【0063】
ヒトKRAS(KRAS proto-oncogene, GTPase)は、188~189アミノ酸からなるタンパク質であり、Ras GTPアーゼファミリーのメンバーである。KRAS遺伝子の変異又は発現異常を検出することで、子宮内膜癌が発症する可能性についての情報を提供することができる。ヒトJRASタンパク質として複数のアイソフォームが報告されているが、そのアミノ酸配列の情報は、米国国立生物工学情報センター(National Center for Biotechnology Information, NCBI)が管理するデータベースからNP_001356715.1等として取得することができる。また、ヒトKRASタンパク質をコードする遺伝子の塩基配列については、同様にGene ID: 3845として取得することができる。非ヒト哺乳動物におけるKRASタンパク質のアミノ酸配列及びこれをコードする遺伝子の塩基配列等の情報についても、同様に取得することができる。
【0064】
ヒトp53タンパク質は、393アミノ酸からなる癌抑制タンパク質として知られており、p53遺伝子の変異又は発現異常を検出することで、子宮内膜癌が発症する可能性についての情報を提供することができる。ヒトp53タンパク質のアミノ酸配列の情報は、米国国立生物工学情報センター(National Center for Biotechnology Information, NCBI)が管理するデータベースからGenBank: BAC16799として取得することができる。また、ヒトp53タンパク質をコードする遺伝子の塩基配列については、同様にGenBank: AB082923として取得することができる。非ヒト哺乳動物におけるp53タンパク質のアミノ酸配列及びこれをコードする遺伝子の塩基配列等の情報についても、同様に取得することができる。
【0065】
ヒトFOXP4タンパク質(フォークヘッドボックスタンパク質P4)は、フォークヘッドボックス(Fox)転写因子ファミリーのメンバーである。本発明者等のグループでは、FOXP4が子宮内膜癌のリンパ節/遠隔転移及び術後の再発群で選択的に発現亢進しており、FOXP4発現が子宮内膜癌のリンパ節/遠隔転移・術後再発の予測因子となり得ることを見出している(特願2018-207653)。
【0066】
FOXP4のアミノ酸配列の情報は、米国国立生物工学情報センター(National Center for Biotechnology Information, NCBI)が管理するデータベースからGenBank: AAH52803として取得することができる。また、ヒトFOXP4タンパク質をコードする遺伝子の塩基配列については、同様にGene ID: 116113として取得することができる。非ヒト哺乳動物におけるFOXP4タンパク質のアミノ酸配列及びこれをコードする遺伝子の塩基配列等の情報についても、同様に取得することができる。
【0067】
<検出薬>
本発明はまた、BLMタンパク質若しくはBLM mRNAに特異的に結合する試薬を含有する、被験体における子宮内膜癌の発症の予測についての検出薬を提供する。
【0068】
第1の態様において、検出薬は、サンプル中のBLMタンパク質との特異的結合のための試薬、例えば抗体又はアプタマーであり得る。アプタマーは、DNA若しくはRNA等の核酸分子又はペプチドであり得る。検出に用いる抗体及びアプタマーは、当分野において用いられる方法により、安定性向上等のために改変されたものであっても良い。また、検出薬は、検出のために必要な標識等を適宜施すことができる。例えば上記抗体、又は上記抗体に対する二次抗体を蛍光試薬や発色試薬等で標識し、蛍光又は発色を検出することで確認することができる。
【0069】
第2の態様において、検出薬は、サンプル中のBLM mRNAとのハイブリダイゼーションのためのDNA又はRNAである。DNA又はRNAは、ハイブリダイゼーションを蛍光標識等で検出し得るプローブである。あるいはまた、DNA又はRNAは、mRNAの増幅に使用可能なプライマーである。
【0070】
本発明の検出薬は、被験体に由来する生物学的サンプルと接触させ、サンプル中のBLMタンパク質若しくはBLM mRNAの発現の有無及び/又は発現量を検出することができる。
【0071】
<キット>
上記の本発明の検出薬は、検出キットに含めて提供することもできる。従って本発明はまた、BLMタンパク質若しくはBLM mRNAに特異的に結合する試薬を含有する、被験体における子宮内膜癌の発症の予測のための検出キットを提供する。本キットは、上記の本発明の方法において好適に使用することができる。
【0072】
本発明のキットにより、上記の本発明の検出薬を被験体に由来する生物学的サンプルと接触させ、サンプル中のBLMタンパク質若しくはBLM mRNAの発現の有無及び/又は発現量を検出することができる。例えば検出薬として抗体を用いる場合、本発明のキットは、抗体とBLMとの結合反応のための反応液、反応容器、検出のための標識試薬、二次抗体、緩衝剤、使用説明書等を含むことができる。
【0073】
検出薬としてBLM mRNAとハイブリダイゼーションし得るDNA又はRNAを用いる場合、本発明のキットは、検出のために必要な他の試薬、例えば緩衝剤、各種ヌクレオチド、mRNAのハイブリダイゼーションのために必要な他の試薬等を含むことができる。
【実施例
【0074】
本発明を以下の実施例によって具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例によって限定されるものではない。
【0075】
[実施例1]
本研究の対象となる被験者は、2008年1月から2014年12月までの間に金沢大学附属病院産婦人科で子宮内膜癌の初期治療として子宮全摘術を受けた患者、そして診断のための子宮内膜掻把術にて子宮内膜増殖症と診断された患者である。全ての患者は、初期治療として手術療法に先立って化学療法や放射線療法を受けておらず、子宮内膜癌の手術標本では組織型が子宮内膜癌と病理組織診断された患者である。
【0076】
手術進行期はFIGO(International Federation of Gynecology and Obstetrics)分類に基づいて、決定されている。対象症例は子宮内膜癌に対する標準的な手術方法として、子宮全摘および両側付属器摘出に加え、後腹膜腔の所属リンパ節郭清術を受けているが、術前に頸部浸潤が疑われた症例については、子宮摘出は広汎子宮全摘術を選択している。
腫瘍組織の使用は対象患者から文書で同意が得られており、また、本研究とヒトの腫瘍組織の使用については金沢大学倫理委員会から承認を受けている。
【0077】
正常子宮内膜症例、子宮内膜増殖症15例、子宮内膜癌23例から取得した手術標本を20%ホルマリンで固定後にパラフィン包埋し、4μmに薄切した組織をHE染色にて病理組織学的検査を行った。本研究では、各症例において代表的な手術標本スライドにおける腫瘍組織に対してBLMの免疫組織学的発現を解析した。
【0078】
腫瘍組織におけるBLMタンパク質の局在は、ABC法による免疫染色(VECTASTAIN ABC Kit; Vector Laboratories, Burlingame, CA, USA)にて確認された。BLMに対する抗体として、塩基性のアミノ酸配列を含む核移行シグナル(NLS)領域を免疫原として作成された抗体(Thermo Fischer Scientific)、及びNLSを含まない領域を免疫原として作成された抗体(Sigma-Aldrich)の2種類(いずれもウサギ抗BLM抗体)を使用して、免疫組織学的発現を観察した。
【0079】
免疫染色の手順は、次に述べる通りである。パラフィン包埋ブロックを薄切し、スライドガラスに乗せた組織を、キシレンにて脱パラフィン化し、次いでエタノールにて水和化した。引き続いて、0.01 M クエン酸バッファー(pH 6.0)により抗原賦活化後に、内在性のペルオキシダーゼ活性をブロックするために3%過酸化水素に10分間スライドを浸し、0.05 M リン酸緩衝生理食塩水(PBS, pH 7.4)で洗浄を行った。
【0080】
洗浄後、一次抗体として用いるウサギ抗BLM抗体を添加して4℃で一晩反応させた。PBSにて洗浄後、二次抗体としてビオチン標識ヤギ抗ウサギIgGを添加して室温で30分間反応させ、引き続いてアビジン-ビオチン複合体を添加して室温で30分間反応させた。
ペルオキシダーゼ活性のある部位はジアミノベンジジン(Liquid DAB+ Substrate Chromogen System; Dako, Carpinteria, CA, USA)にて可視化され、その後ヘマトキシリンにて対比染色が行われた。
【0081】
その結果、NLSを含む領域を免疫原として作成されたBLM抗体を使用した場合、正常子宮内膜由来のサンプルでは腺上皮細胞の核にBLMの発現が認められるのに対し、子宮内膜癌では23例中6例で上皮細胞においてBLMの発現が認められず、残りの17例は限局的に弱く発現が認められる程度であった(図2)。
【0082】
また、その染色様式に子宮内膜癌の再発の有無や悪性度との関連は観察されなかった。子宮内膜癌の前癌病変である子宮内膜増殖症においても、15例全てでBLMの発現低下が確認された。
一方、NLSを含まない領域を免疫原として作成されたBLM抗体を使用して同様に腫瘍組織におけるBLMの発現を観察したところ、正常子宮内膜、子宮内膜増殖症、子宮内膜癌全ての症例で上皮細胞の核にびまん性にBLMの発現が観察された。
【0083】
この結果は、子宮内膜癌の病変部においてBLMの核内移行機構に何らかの機能異常が存在することを示唆している。また、前癌病変である子宮内膜増殖症になる以前の段階からBLMの発現が低下している可能性が示唆される。
【産業上の利用可能性】
【0084】
本発明により、子宮内膜形態変化の初期段階で癌化のリスクを正確に判定できる評価法の開発を提供することが可能となる。本発明の方法を更なるマーカーの検出と組み合わせて用いることで、被験体における子宮内膜癌の発生、転移、及び再発のリスクについての詳細な情報を取得することも可能となる、更には、子宮内膜癌の発症のメカニズムの解明にも有用な知見を提供することができる。
図1
図2
【配列表】
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