(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-27
(45)【発行日】2024-10-07
(54)【発明の名称】研磨液、研磨装置、及び研磨方法
(51)【国際特許分類】
B24B 37/00 20120101AFI20240930BHJP
B24B 37/015 20120101ALI20240930BHJP
H01L 21/304 20060101ALI20240930BHJP
C09K 3/14 20060101ALI20240930BHJP
C09G 1/02 20060101ALI20240930BHJP
【FI】
B24B37/00 H
B24B37/015
H01L21/304 622D
C09K3/14 550Z
C09G1/02
(21)【出願番号】P 2021040133
(22)【出願日】2021-03-12
【審査請求日】2023-09-11
(73)【特許権者】
【識別番号】318010018
【氏名又は名称】キオクシア株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100140486
【氏名又は名称】鎌田 徹
(74)【代理人】
【識別番号】100170058
【氏名又は名称】津田 拓真
(74)【代理人】
【識別番号】100121843
【氏名又は名称】村井 賢郎
(72)【発明者】
【氏名】坂下 幹也
(72)【発明者】
【氏名】松井 之輝
【審査官】亀田 貴志
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2014/103284(WO,A1)
【文献】中国特許出願公開第109096923(CN,A)
【文献】特開平08-022970(JP,A)
【文献】特開2012-024889(JP,A)
【文献】特開2002-043258(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B24B 37/00 - 37/34
H01L 21/304
H01L 21/306
C09K 3/14
C09G 1/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
研磨対象物を保持する工程と、
研磨布の上面に研磨液を供給する工程と、
前記研磨液に交流磁場を印加する工程と、
前記研磨対象物を前記研磨布の上面に接触させて、前記研磨液を用いて前記研磨対象物を研磨する工程と、を含む化学的機械的研磨(CMP)用の研磨液であって、
前記交流磁場が印加されると発熱する発熱剤と、
温度に応じてゲル状態とゾル状態との間で可逆的な相転移が生じる粘度調整剤と、
を含
み、
前記研磨液を供給する工程における前記研磨液の粘度は、前記研磨対象物を研磨する工程における前記研磨液の粘度より小さい、
研磨液。
【請求項2】
前記発熱剤は酸化鉄を含む、請求項1に記載の研磨液。
【請求項3】
前記粘度調整剤は、nを任意の整数とし、Rを側鎖としたときに、下記の式(1)で表されるアルキルセルロースを含む、請求項1又は2に記載の研磨液。
【化1】
【請求項4】
前記研磨する工程において、前記研磨対象物の凸形状の欠陥や異物を除去する、請求項1に記載の研磨液。
【請求項5】
前記研磨対象物は、成膜またはパターン形成が行われた後の基板である、請求項1に記載の研磨液。
【請求項6】
前記粘度調整剤は、常温ではゾル状態であり、常温から温度を上昇させることによりゾル状態からゲル状態に相転移する、請求項1に記載の研磨液。
【請求項7】
前記研磨液を供給する工程において前記粘度調整剤はゾル状態であり、前記研磨対象物を研磨する工程において前記粘度調整剤はゾル状態からゲル状態に相転移する、請求項1に記載の研磨液。
【請求項8】
研磨テーブルと、
前記研磨テーブル上に設けられた研磨布の上面に接触させた状態で研磨対象物を保持可能な保持部と、
前記研磨布の前記上面に研磨液を供給する供給部と、
前記研磨布に供給された前記研磨液に交流磁場を印加することで、前記研磨液の温度を上昇させる昇温部と、を備える化学的機械的研磨(CMP)用の研磨装置で用いる研磨液であって、
前記交流磁場が印加されると発熱する発熱剤と、
温度に応じてゲル状態とゾル状態との間で可逆的な相転移が生じる粘度調整剤と、
を含み、
前記供給部から供給される前記研磨液の粘度は、前記昇温部により温度が上昇した前記研磨液の粘度より小さい、
研磨液。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明の実施形態は、研磨液、研磨装置、及び研磨方法に関する。
【背景技術】
【0002】
例えばNAND型フラッシュメモリのような半導体装置の製造時においては、基板の表面を平坦化するために、化学的機械的研磨(CMP)と称される方法で基板の研磨が行われる。化学的機械的研磨では、研磨対象物である基板の表面を、研磨テーブルの研磨布に接触させた状態で、両者を相対的に移動させることで基板の表面を研磨する。このとき、研磨布には研磨液が供給される。これにより、基板の表面が化学的且つ機械的に研磨されて平坦化される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特許第6162417号公報
【文献】特開2017-118062号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
研磨対象物と研磨布との間の摩擦が大きくなり過ぎると、研磨対象物の表面において局所的な傷(スクラッチ)が生じることがある。
【0005】
開示された実施形態によれば、研磨対象物に傷が生じることを防止することのできる研磨液、研磨装置、及び研磨方法が提供される。
【課題を解決するための手段】
【0006】
実施形態に係る研磨液は、交流磁場が印加されると発熱する発熱剤と、温度に応じてゲル状態とゾル状態との間で可逆的な相転移が生じる粘度調整剤と、を含む。
【0007】
実施形態に係る研磨装置は、研磨テーブルと、研磨テーブル上に設けられた研磨布の上面に接触させた状態で研磨対象物を保持可能な保持部と、研磨布の前記上面に研磨液を供給する供給部と、研磨布に供給された研磨液に交流磁場を印加することで、研磨液の温度を上昇させる昇温部と、を備える。
【0008】
実施形態に係る研磨方法は、研磨対象物を保持する工程と、研磨布の上面に研磨液を供給し、当該研磨液に交流磁場を印加する工程と、研磨対象物を研磨布の上面に接触させて研磨対象物を研磨する工程と、を含む。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】
図1は、実施形態に係る研磨装置の構成を模式的に示す図である。
【
図2】
図2は、実施形態に係る研磨装置の構成を模式的に示す図である。
【
図3】
図3は、研磨装置で研磨が行われている状態を模式的に示す図である。
【
図5】
図5は、研磨液の温度と粘度との関係について説明するための図である。
【
図6】
図6は、研磨布の温度と弾性率との関係を表すグラフである。
【
図7】
図7は、研磨布の弾性率が変化した際の問題について説明するための図である。
【
図8】
図8は、研磨液に含まれる発熱剤の濃度と、温度上昇量との関係を表すグラフである。
【
図9】
図9は、研磨の具体的な実行手順の例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、添付図面を参照しながら本実施形態について説明する。説明の理解を容易にするため、各図面において同一の構成要素に対しては可能な限り同一の符号を付して、重複する説明は省略する。
【0011】
本実施形態に係る研磨装置10は、例えばNAND型フラッシュメモリのような半導体装置の製造工程において使用されるものであり、例えばシリコンウェハのような基板を研磨対象物とするものである。
【0012】
半導体装置の製造プロセスにおいては、成膜やエッチングプロセスを経た基板の表面に凸形状の欠陥や異物が形成される場合がある。これらの欠陥や異物の上に更なる成膜が行われると、所謂「レンズ効果」により、欠陥の影響範囲が広がってしまい、歩留りの劣化や、光リソグラフィ工程におけるフォーカスエラー等の問題を引き起こすことがある。特に半導体記憶装置の分野では、構造の三次元化に伴って、上記の問題がより深刻になってきている。また、基板の表面における凸形状の欠陥や異物は、後の成膜工程のみならず、ナノインプリントによるリソグラフィ工程に対しても影響を及ぼしてしまう可能性がある。
【0013】
このため、半導体装置の製造プロセスにおいては、例えば成膜やパターン形成が行われた後の基板を研磨し、凸形状の欠陥や異物を除去する工程が設けられるのが一般的となっている。本実施形態に係る研磨装置10はこのような目的で使用されるものであり、化学的機械的研磨(CMP)と称される方法で基板の研磨を行う装置となっている。
【0014】
研磨装置10の構成について、
図1及び
図2を主に参照しながら説明する。
図1は、研磨装置10の構成を模式的に示す斜視図であり、
図2は、同構成を模式的に示す側面図である。研磨装置10は、保持部20と、研磨テーブル30と、供給部40と、昇温部50と、を備えている。
【0015】
保持部20は、研磨対象物である基板100を保持する部分である。保持部20は略円板形状となっており、基板100を上方側から保持するように構成されている。保持部20は、例えばメカチャックや真空チャックとして構成される。基板100は、研磨される部分である被研磨面Sを下方側に向けた状態で、保持部20によって上方側から保持される。
【0016】
保持部20の上面側には駆動軸21が設けられている。駆動軸21は円柱形状の軸であり、保持部20と一体となっている。駆動軸21は、不図示の保持部駆動装置に接続されている。保持部駆動装置によって、駆動軸21がその中心軸周りに回転すると、保持部20は基板100と共に回転する。
【0017】
保持部20は、上下方向に移動することが可能となっている。保持部20に基板100が取り付けられる際には、
図1及び
図2に示されるように、保持部20が上方側に移動した状態とされる。保持部20に基板100が取り付けられた後、基板100の研磨が開始される前には、
図3に示されるように、保持部20が下方側に移動し、基板100が研磨布32(後述)に接触した状態とされる。
【0018】
研磨テーブル30は、上記の保持部20と対向して配置された略円板状の部分である。研磨テーブル30の下方側には駆動軸31が設けられている。駆動軸31は円柱形状の軸であり、研磨テーブル30と一体となっている。駆動軸31は、不図示のテーブル駆動装置に接続されている。テーブル駆動装置によって、駆動軸31がその中心軸周りに回転すると、研磨テーブル30は研磨布32と共に回転する。
【0019】
研磨布32は、基板100の被研磨面Sに接触し研磨を行うための部材であって、研磨テーブル30の上面に沿って配置されている。研磨布32は、「研磨パッド」とも称されるものであり、例えばポリウレタンにより形成されている。このような研磨布32を有する研磨テーブル30は、研磨対象物である基板100に研磨布32を接触させて研磨するための部分、ということができる。
【0020】
基板100の研磨が行われる際には、保持部駆動装置によって保持部20及び基板100が回転すると共に、テーブル駆動装置によって研磨テーブル30及び研磨布32が回転する。それぞれの回転における回転速度等は、互いに独立に制御することが可能となっている。
【0021】
供給部40は、研磨布32の上面に研磨液60(
図4を参照)を供給する部分である。供給部40は、ノズル41と配管42とを有している。ノズル41は、研磨液60を研磨布32に向けて吐出する部分である。配管42は、ノズル41に研磨液60を供給するための配管である。配管42のうちノズル41とは反対側の端部は、空気圧によって研磨液60を送り出す不図示の供給装置に繋がっている。当該供給装置によって、ノズル41から吐出される研磨液60の流量等を調整することが可能となっている。
【0022】
昇温部50は、研磨布32に供給された研磨液60に交流磁場を印加するものである。昇温部50は、コイル51と、電源装置52と、を有している。
【0023】
コイル51は、電源装置52から供給される交流電流により、上記の交流磁場を発生させる部分である。コイル51は、研磨テーブル30の直下となる位置であって、且つ、保持部20の直下となる位置に配置されている。コイル51は、研磨テーブル30には固定されておらず、研磨テーブル30が回転してもコイル51の位置は変わらない。つまり、コイル51は、常に保持部20の直下となる位置において交流磁場を発生させる。このような構成に替えて、コイル51が、保持部20の直下以外となる位置に配置された構成としてもよい。また、コイル51が、研磨テーブル30と共に回転するような構成としてもよい。
【0024】
電源装置52は、交流電流を発生させてコイル51に供給するための交流電源である。
【0025】
基板100の研磨が行われる際には、昇温部50は、研磨布32に供給された研磨液60に交流磁場を印加することで、研磨液60の温度を上昇させる。交流磁場の印加によって研磨液60の温度が上昇する理由やその目的については、後に説明する。
【0026】
図3には、研磨装置10によって基板100の研磨が行われている状態が模式的に示されている。同図に示されるように、基板100の研磨が行われる際には、保持部20が下方側に移動し、基板100の被研磨面Sが研磨布32に接触した状態となる。この状態で、保持部駆動装置によって保持部20及び基板100が回転すると共に、テーブル駆動装置によって研磨テーブル30及び研磨布32が回転する。これにより、基板100は研磨布32に接触した状態のまま、研磨布32に対して相対的に移動する。
【0027】
このとき、供給部40のノズル41から研磨液60が吐出され、研磨布32の上面に供給される。研磨液60は、研磨布32の上面に沿って広がりながら、その一部が、基板100と研磨布32との間に入り込む。研磨液60に含まれる砥粒等により、基板100の被研磨面Sが化学的に且つ機械的に研磨されて行く。
【0028】
尚、研磨時において研磨布32から基板100に加えられる圧力は、例えば100hPa以上500hPa以下とすることが好ましい。また、保持部20及び研磨テーブル30のそれぞれの回転速度は、例えば30rpm以上120rpm以下とすることが好ましい。
【0029】
研磨液60は、上記のように研磨中において研磨布32上に供給されるものであり、「スラリー」とも称されるものである。
図4には、研磨液60に含まれる粒子等が模式的に示されている。同図に示されるように、研磨液60は、薬液61と、砥粒62と、ポリマー63と、を含んでいる。
【0030】
薬液61は、研磨対象物を改質する化学成分等を含む液体である。薬液61は、例えば、液状媒体である水に対して、水溶性高分子、酸化剤、界面活性剤、含窒素複素環化合物、pH調整剤等を必要に応じて含有させたものである。上記の水としては、例えば純水を用いることが好ましい。
【0031】
上記の水溶性高分子としては、例えば、ポリカルボン酸、ポリアクリル酸、ポリマレイン酸、及びこれらの共重合体を用いることができる。薬液61に水溶性高分子を含有させることにより、研磨摩擦を低減できる場合がある。
【0032】
上記の酸化剤としては、例えば、過硫酸アンモニウム、過酸化水素、次亜塩素酸カリウム、オゾン、過ヨウ素酸カリウム、過酢酸等を用いることができる。薬液61に酸化剤を含有させることにより、被研磨面に脆弱な改質層を作り出すことができるため、研磨しやすくなる場合がある。
【0033】
上記の界面活性剤としては、例えば、アニオン性界面活性剤、カチオン性界面活性剤、非イオン性界面活性剤等を用いることができる。薬液61に界面活性剤を含有させることにより、薬液61に適度な粘性を付与できる場合がある。
【0034】
上記の含窒素複素環化合物としては、例えば、アジリジン、ピリジン、ピリミジン、ピロリジン、ピペリジン、ピラジン、トリアジン、ピロール、イミダゾール、インドール、キノリン、イソキノリン、ベンゾイソキノリン、プリン、プテリジン、トリアゾール、トリアゾリジン、ベンゾトリアゾール、カルボキシベンゾトリアゾール等を用いることができ、さらに、これらの骨格を有する誘導体を用いることもできる。薬液61に含窒素複素環化合物を含有させることにより、過剰なエッチングを抑制し、かつ、研磨後の表面荒れを防ぐことができる場合がある。
【0035】
上記のpH調整剤としては、例えば、リン酸、硫酸、塩酸、硝酸等の無機酸、及びこれらの塩を用いることができる。薬液61にpH調整剤を含有させることにより、薬液61のpHを、研磨液60の性能を発揮させるための適切な値となるよう調整することができる。
【0036】
砥粒62は、研磨対象物を機械的に研磨するための粒子である。本実施形態では、砥粒62として酸化鉄が用いられる。酸化鉄としては、例えばFe3O4やγ-Fe2O3等を用いることができる。よく知られているように酸化鉄は磁性粒子であるから、昇温部50によって外部から交流磁場が印加されると、酸化鉄である砥粒62は、磁気モーメントの緩和に起因して発熱することとなる。このような性質を有する砥粒62は、本実施形態における「発熱剤」に該当する。砥粒62は、一般的な共沈法により、粒子径が数十nmから数百nmの範囲となるように作成されることが好ましい。
【0037】
ポリマー63は、下記の式(1)の一般式で表されるアルキルセルロースを含有する高分子である。尚、式(1)の「R」は側鎖を表している。また、nは任意の整数を表している。アルキルセルロースは、例えば、メチルセルロースまたはヒドロキシプロピルメチルセルロースである。
【化1】
【0038】
このようなポリマー63は、その温度が上昇すると、熱エネルギーによって分子同士が接近し、接近した分子の側鎖間に疎水性相互作用が生じる。その結果、ポリマー63が含まれる研磨液60の粘度が上昇する。つまり、ポリマー63は、温度に応じてゲル状態とゾル状態との間で可逆的な相転移が生じることで、研磨液60の粘度が変化する。このため、ポリマー63は、温度の上昇に伴って研磨液60の粘度を上昇させるもの、ということができる。このような性質を有するポリマー63は、本実施形態の「粘度調整剤」に該当する。尚、式(1)の「R」で示される側鎖としては、例えば、メチル基、プロピル基、カルボキシル基等が挙げられる。
【0039】
ところで、化学的機械的研磨においては、研磨対象物と研磨布32との間の摩擦が大きくなり過ぎると、研磨対象物の表面において局所的な傷(スクラッチ)が生じることがある。本発明者らが行った実験等によれば、研磨液60の粘度を高くすれば、上記のような傷の発生を抑制することができる、という知見が得られている。
【0040】
しかしながら、研磨液60として粘度の高いものを採用すると、供給部40から研磨液60を供給することが難しくなるという問題が生じる。この場合、研磨液60の流量を確保するためには、研磨液60を押し出す空気圧を高く設定する必要等が生じるので、高額な設備投資が必要となってしまう。
【0041】
そこで、本実施形態では、供給部40から供給される際の研磨液60の粘度は低くしておきながら、研磨布32に供給された後の研磨液60の粘度を高めに変化させることで、上記の問題を解決することとしている。
【0042】
具体的には、研磨布32上にある研磨液60に対して昇温部50が交流磁場を印加することとしている。研磨液60に交流磁場が印加されると、発熱剤である砥粒62が発熱し、ポリマー63を含む研磨液60の温度が上昇する。先に述べたように、研磨液60の粘度が上昇することとなる。
【0043】
図5には、研磨液60のポリマー63が含有するアルキルセルロースの一例として、メチルセルロース(MC)とヒドロキシプロピルメチルセルロース(HPMC)の水溶液の、温度に対する貯蔵弾性率の変化が示されている。
図5に示されるように、メチルセルロース(MC)は常温(25℃前後)では10Pa程度の貯蔵弾性率を有しており、一般的な有機ポリマーと同様に、貯蔵弾性率は温度の上昇と共に低下していくが、ある温度(55℃)を境にして貯蔵弾性率が上昇に転じ、75℃前後で2000Pa以上の貯蔵弾性率を示す。ヒドロキシプルピルメチルセルロース(HPMC)も同様であり、常温(25℃前後)では10Pa程度の貯蔵弾性率を有し、貯蔵弾性率は温度の上昇と共に低下していくものの、ある温度(75℃)を境にして貯蔵弾性率が上昇し、90℃前後で20Pa以上の貯蔵弾性率を示す。ここで、動的弾性率は物体の粘弾性を記述する物理量の1つである。動的弾性率は複素弾性率として表現され、貯蔵弾性率は複素弾性率の実数部にあたるものであり、粘度に相当する。なお、一般的な有機ポリマーは
図5にTOとして示すように、温度の上昇に伴って貯蔵弾性率(粘度)は直線的に低下する。
【0044】
上記したアルキルセルロースの粘度変化は、温度に基づくゾル-ゲル相転移に基づくものである。上記したように、アルキルセルロースは常温(25℃前後)で10Pa程度の貯蔵弾性率を有しており、これはアルキルセルロースがゾル状態になっているためである。アルキルセルロースの温度の上昇に伴う粘度の上昇は、ゾル状態からゲル状態に相転移することによる。このように、温度に応じてゲル状態とゾル状態との間で可逆的に相転移する有機ポリマーを、研磨液60の添加剤として使用することによって、研磨液60の使用状況に応じて研磨液60の粘度を調整することができる。
【0045】
ポリマー63を含む研磨液60の温度が上昇すると、少なくとも基板100と研磨布32との間の部分では、研磨液60の粘度が高くなるので、基板100と研磨布32との間の摩擦が低くなる。その結果、基板100の表面における局所的な傷の発生は従来よりも抑制される。
【0046】
このように、本実施形態に係る研磨装置10によれば、供給部40においては研磨液60の粘度を低くしておき、低い空気圧でも十分な流量で研磨液60を供給することを可能としながらも、研磨布32上においては研磨液60の粘度を高くすることで、基板100の表面における局所的な傷の発生を抑制することができる。
【0047】
尚、研磨布32の上において研磨液60の温度を上昇させるための方法としては、上記のような方法に替えて、例えば研磨テーブル30の温度をヒーター等により上昇させる方法も考えられる。つまり、研磨液60を、研磨テーブル30や研磨布32を介して加熱するという方法も考えられる。しかしながら、そのような方法を採用した場合には、別の問題が生じ得る。
【0048】
図6には、研磨布32の温度(横軸)と、研磨布32の弾性率(縦軸)との関係が模式的に示されている。このように、研磨布32は、高温になる程その弾性率が低下するという性質を有している。
【0049】
図7(A)には、研磨布32の温度が低温(例えば、15℃以上30℃以下) であり、従って研磨布32の弾性率が、例えば、250MPa以上350MPa以下と比較的高くなっている場合における、研磨時の研磨布32の状態が模式的に示されている。同図に示される符号「101」は、基板100の被研磨面Sに形成された凸部を示している。当該凸部のことを、以下では「凸部101」とも称する。また、凸部101の先端面のことを、以下では「先端面102」とも称する。
【0050】
図7(A)のように、研磨布32の弾性率が比較的高くなっているときには、被研磨面Sの形状に追従することなく、研磨布32の全体は概ね平坦のままに維持される。このため、基板100は、凸部101の先端面102が優先的に且つ先端面102が均等に研磨されて行く。これにより、研磨装置10の平坦化性能が充分に発揮される。
【0051】
図7(B)には、研磨布32の温度が高温(例えば、55℃以上70℃以下) であり、従って研磨布32の弾性率が、例えば、50MPa以上150MPa以下と比較的低くなっている場合における、研磨時の研磨布32の状態が模式的に示されている。上記のように、研磨布32を介して研磨液60を加熱するような構成とした場合には、この例のように研磨布32は高温となる。
【0052】
図7(B)のように、研磨布32の弾性率が比較的低くなっているときには、研磨布32の形状は被研磨面Sの形状に追従してしまう。同図に示されるように、研磨布32がこのように追従すると、研磨布32は先端面102の全体には接触せず、一部のみに対して局所的に接触してしまうことがある。また、変形した研磨布32の一部が、凸部101の周囲の部分(つまり凹部)にも接触してしまうことがある。
図7(B)では、このように研磨布32が接触し得る部分が矢印で示されている。
【0053】
この場合、基板100は、凸部101以外の部分も含めて研磨されてしまう。このように、研磨布32を介してヒーター等により研磨液60を加熱する構成とした場合には、研磨装置10の平坦化性能が充分には発揮されなくなってしまう可能性がある。
【0054】
そこで、本実施形態に係る研磨装置10では、研磨布32上の研磨液60を、昇温部50から印加される交流磁場によって発熱させることとしている。この場合、研磨液60を所望の温度にするために必要な研磨布32の温度上昇量は、上記のような研磨布32を介して研磨液60を加熱する場合に比べると小さく抑えられる。よって、研磨布32の弾性率が低下するという問題は生じ難い。これにより、本実施形態では、研磨装置10の平坦化性能を十分に確保しながらも、基板100の表面における局所的な傷の発生を抑制することが可能となっている。
【0055】
図8には、研磨液60における砥粒62の濃度(横軸)と、交流磁場が印加された際における研磨液60の温度上昇量(縦軸)との関係が模式的に示されている。このような対応関係は、予め実験等により求めておくことができる。砥粒62の濃度は、このような対応関係に基づいて適宜設定しておけばよい。
【0056】
研磨装置10により実行される研磨方法は、保持工程と、磁場印加工程と、研磨工程と、を含んでいる。保持工程とは、
図2に示されるように、研磨対象物である基板100を保持部20により保持する工程である。磁場印加工程とは、
図3に示されるように、研磨布32に研磨液60を供給し、その研磨液60に交流磁場を印加する工程である。研磨工程とは、基板100に研磨布32の上面を接触させて、基板100を研磨する工程である。このような研磨方法は、基板100のようなシリコンウェハのみならず、他の研磨対象物を研磨する際においても採用することができる。
【0057】
図9には、研磨装置10による研磨の、具体的な実行手順の例が複数示されている。尚、
図9の各フローチャートはいずれも、保持工程が完了した後に実行される処理の流れを表している。
【0058】
図9(A)に示される例において、保持工程に続いて実行されるS01では、研磨テーブル30の回転が開始される。S01に続くS02では、供給部40から研磨液60の供給が開始されると共に、研磨布32に供給された研磨液60に対し、昇温部50による交流磁場の印加が開始される。つまり、上記の磁場印加工程が開始される。
【0059】
S02に続くS03では、保持部20の回転が開始される。このとき、基板100は、予め研磨布32の上面に対して接触した状態とされる。保持部20の回転が開始された後に、基板100を研磨布32の上面に接触させることとしてもよい。これにより、S03では、上記の研磨工程が開始される。S03以降においては、粘度の上昇した研磨液60によって基板100が研磨される。
【0060】
基板100の研磨が十分に行われた後は、S04に移行し、研磨が停止される。S04では、研磨テーブル30の回転が停止され、供給部40からの研磨液60の供給も停止され、昇温部50による交流磁場の印加も停止され、保持部20の回転も停止される。
【0061】
研磨装置10による研磨は、
図9(A)とは異なる順序で実行されてもよい。
図9(B)に示される例のうち、S01からS03までは
図9(A)と同じである。この例では、S03において基板100の研磨が開始されてから所定の期間が経過した後に、S14に移行する。S14では、昇温部50による交流磁場の印加が停止される。基板100の研磨は継続して行われる。S14以降においては、研磨液60の温度が次第に低下するので、それに伴って研磨液60の粘度も次第に低下して行く。このため、基板100と研磨布32との間の摩擦がそれまでよりも上昇した状態で、基板100の研磨が行われる。このように、
図9(B)の例では、昇温部50による交流磁場の印加を所定のタイミングで停止させることにより、研磨の条件を調整することができる。
【0062】
基板100の研磨が十分に行われた後は、S15に移行し、研磨が停止される。S15では、研磨テーブル30の回転が停止され、供給部40からの研磨液60の供給も停止され、保持部20の回転も停止される。
【0063】
もう一つの例について説明する。
図9(C)に示される例のうちS01は、
図9(A)のS01と同じである。この例では、S01に続くS22において、供給部40から研磨液60の供給が開始されると共に、保持部20の回転が開始される。その前後において、基板100は研磨布32の上面に対して接触した状態とされる。このため、S22以降においては、基板100の研磨が行われる。ただし、この時点においては、昇温部50による交流磁場の印加は行われない。従って、このときの研磨液60の温度は上昇しておらず、研磨液60の粘度は小さいままとなっている。
【0064】
S22において基板100の研磨が開始されてから所定の期間が経過した後に、S23に移行する。S23では、研磨布32に供給された研磨液60に対し、昇温部50による交流磁場の印加が開始される。以降においては、研磨液60の温度が次第に上昇するので、それに伴って研磨液60の粘度も次第に高くなって行く。このため、基板100と研磨布32との間の摩擦がそれまでよりも低下した状態で、基板100の研磨が行われる。このように、
図9(C)の例では、昇温部50による交流磁場の印加を所定のタイミングで開始させることにより、研磨の条件を調整することができる。
【0065】
基板100の研磨が十分に行われた後は、S24に移行し、昇温部50による交流磁場の印加が停止される。S24に続くS25では、研磨テーブル30の回転が停止され、供給部40からの研磨液60の供給も停止され、保持部20の回転も停止される。S24とS25とが同時に実行されることとしてもよい。
【0066】
本実施形態では、砥粒62の材料として酸化鉄を用いている。これにより、砥粒62が、機械的研磨を行うための砥粒としての機能と、交流磁場の印加を受けて発熱する発熱剤としての機能と、の両方を有している。このような態様に替えて、砥粒とは別の材料として発熱剤が添加されているような構成としてもよい。
【0067】
尚、本実施形態のように、砥粒62を磁性粒子とした場合には、シリコンウェハである基板100に砥粒62が付着しやすくなり、その結果として研磨レートが向上するという利点も得られる。砥粒62は、酸化鉄のみならず、他の材料を含んでいてもよい。例えば、酸化鉄の周囲を酸化シリコンで囲んだような粒子が、砥粒62として用いられてもよい。
【0068】
本実施形態では、粘度調整剤としてポリマー63を用いている。粘度調整剤としては、本実施形態とは別の材料が用いられてもよい。また、本実施形態のポリマー63を含む複数種類の材料が、粘度調整剤として用いられてもよい。
【0069】
以上、具体例を参照しつつ本実施形態について説明した。しかし、本開示はこれらの具体例に限定されるものではない。これら具体例に、当業者が適宜設計変更を加えたものも、本開示の特徴を備えている限り、本開示の範囲に包含される。前述した各具体例が備える各要素およびその配置、条件、形状などは、例示したものに限定されるわけではなく適宜変更することができる。前述した各具体例が備える各要素は、技術的な矛盾が生じない限り、適宜組み合わせを変えることができる。
【符号の説明】
【0070】
60:研磨液、62:砥粒、63:ポリマー、10:研磨装置、20:保持部、30:研磨テーブル、32:研磨布、40:供給部、50:昇温部。