(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-30
(45)【発行日】2024-10-08
(54)【発明の名称】運転行動変化検知装置、運転行動変化検知システム、運転行動変化検知方法および運転行動変化検知プログラム
(51)【国際特許分類】
G08G 1/16 20060101AFI20241001BHJP
G08G 1/00 20060101ALI20241001BHJP
G16Y 10/40 20200101ALI20241001BHJP
G16Y 20/40 20200101ALI20241001BHJP
G16Y 40/20 20200101ALI20241001BHJP
【FI】
G08G1/16 F
G08G1/00 D
G16Y10/40
G16Y20/40
G16Y40/20
(21)【出願番号】P 2020191421
(22)【出願日】2020-11-18
【審査請求日】2023-09-07
(73)【特許権者】
【識別番号】000002945
【氏名又は名称】オムロン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100129012
【氏名又は名称】元山 雅史
(72)【発明者】
【氏名】王 タンニー
(72)【発明者】
【氏名】塚本 哲也
(72)【発明者】
【氏名】閑 絵里子
【審査官】田中 将一
(56)【参考文献】
【文献】特開2009-205645(JP,A)
【文献】特開2019-020928(JP,A)
【文献】特開2019-079096(JP,A)
【文献】特開2019-082805(JP,A)
【文献】特開2018-049486(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G08G 1/00 - 99/00
G16Y 10/00 - 40/60
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
所定の運転事象が発生したときに、運転者の運転行動を定量的に示す特徴量の測定結果を取得する特徴量取得部と、
前記所定の運転事象が発生するまでにおける、前記運転者が非平静であるという非平静事象の確率である事前確率を記憶する記憶部と、
前記記憶部に記憶される前記事前確率と、前記特徴量取得部において取得された前記特徴量の前記測定結果とに基づいて、前記所定の運転事象が発生した後における前記非平静事象の確率である事後確率を導出する推定部と、
前記推定部によって導出された前記事後確率で、前記記憶部に記憶される前記事前確率を更新する更新部と、
前記推定部によって導出された前記事後確率に基づいて、発報するか否かを判定する発報判定部と、
を備える、運転行動変化検知装置。
【請求項2】
前記運転者が平静から乖離するほど、前記特徴量の数値が特定方向に変化する傾向にあり、
前記推定部は、前記特徴量の測定結果が第1数値範囲内である場合に、前記特徴量の測定結果が前記第1数値範囲に対して前記特定方向にある第2数値範囲内である場合と比べ、前記事前確率に対する前記事後確率の増加量をより小さくする、
請求項1に記載の運転行動変化検知装置。
【請求項3】
前記所定の運転事象が、交差点の通過を含む、
請求項1または2に記載の運転行動変化検知装置。
【請求項4】
前記特徴量取得部によって取得される前記特徴量の測定結果が、前記交差点の通過中における顔振り行動を示す特徴量、および車速の測定結果の少なくともいずれか1つを含み、前記顔振り行動を示す特徴量が、顔振り角度、顔振り時間および顔振り回数の少なくともいずれか1つを含む、
請求項3に記載の運転行動変化検知装置。
【請求項5】
前記非平静事象の余事象が、前記運転者が平静であるという平静事象であり、
前記記憶部は、前記非平静事象が発生している場合に前記特徴量の数値がいくつであるのか推測することの尤もらしさを示す非平静時尤度を記憶
すると共に前記平静事象が発生している場合に前記特徴量の数値がいくつであるのか推測することの尤もらしさを示す平静時尤度を記憶し、
前記推定部は、前記特徴量の前記測定結果に
対応する前記非平静時尤度
および前記平静時尤度を前記記憶部から読み出し、
前記非平静事象の前記事前確率
、前記平静事象の事前確率、読み出した前記非平静時尤度
、および、読み出した前記平静時尤度に基づいて、
前記非平静事象の前記事後確率を導出する、
請求項1から4のいずれか1項に記載の運転行動変化検知装置。
【請求項6】
前記所定の運転事象が前回発生してから今回発生するまでの経過時間を計測する計時部を、更に備え、
前記経過時間が所定時間以上である場合に、
前記更新部が、前記記憶部に記憶されている前記事前確率を初期値にリセットし、
前記推定部が、前記事前確率の前記初期値と、前記特徴量取得部において今回取得された前記特徴量の前記測定結果とに基づいて、前記非平静事象の前記事後確率を導出する、
請求項1から
5のいずれかに記載の運転行動変化検知装置。
【請求項7】
前記発報判定部は、前記事後確率と閾値との比較結果に基づいて、発報するか否かを判定する、
請求項1から
6のいずれかに記載の運転行動変化検知装置。
【請求項8】
請求項1から
7のいずれかに記載の運転行動変化検知装置と、
乗り物に搭載され、前記乗り物の前記運転者に発報する発報器と、
を備え、
前記運転行動変化検知装置が、前記発報判定部が発報すべきと判定すると、前記発報器に動作指令を与える出力部を有している、
運転行動変化検知システム。
【請求項9】
所定の運転事象が発生したときに、運転者の運転行動を定量的に示す特徴量の測定結果を取得する特徴量取得工程と、
前記所定の運転事象が発生するまでにおける前記運転者が非平静であるという非平静事象の確率である事前確率と、前記特徴量取得工程において取得された前記特徴量の前記測定結果とに基づいて、前記所定の運転事象が発生した後における前記非平静事象の確率である事後確率を導出する推定工程と、
前記推定工程において導出された前記事後確率で前記事前確率を更新する更新工程と、
前記推定工程において導出された前記事後確率に基づいて、発報するか否かを判定する発報判定工程と、
を備える、運転行動変化検知方法。
【請求項10】
請求項
9に記載の運転行動変化検知方法をコンピュータに実行させる、運転行動変化検知プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両等の乗り物の運転者の運転行動の変化を検知する装置、システム、方法およびプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
運転者の心理状態が平静に保たれていなかったり、運転者に疲労がたまっていたりすると、運転者は十分な安全運転を行えない。そこで、車両の中には、運転者の心理状態が平静ではないと判定した場合(焦り状態や動揺状態であると判定した場合)に、運転者に警告するシステムを搭載したものがある。また、車両の中には、運転行動が安全運転から乖離する蓋然性が高いと判定した場合に、運転者に警告するシステムを搭載したものがある。
【0003】
例えば、特許文献1に開示されるシステムでは、車両の走行中に、運転者の開眼度、運転者の視線移動の頻度、および、運転操作機器の操作状態が測定される。所定サイクル内で収集された複数の測定値は平常値と比較され、測定値と平常値との差の合計値が算出される。合計値が第1判定値を超えている期間が第1判定期間継続していると、運転行動が安全運転から乖離する蓋然性が高いと判定される。それに伴い、運転者に警告が発せられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
運転者の心理状態の変化の仕方、あるいは、安全運転からの乖離の仕方は、運転者個々によって様々である。運転者の中には、平静な状態から焦りの度合いが徐々に増すようにして、心理状態を変化させるものもいる。運転者の中には、平静な状態を保ち続けていたのに何かの拍子に突発的に平静さを失うようにして、心理状態を変化させるものもいる。
従来のシステムでは、所定サイクル内で測定された時系列データに基づいて、運転行動の安全性が判定される。そのため、突発的な変化への対応が遅れるおそれがある。
【0006】
そこで本発明は、心理状態あるいは運転行動の様々な変化の態様に対応して、その変化を精度よく検知することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の一形態に係る運転行動変化検知装置は、特徴量取得部、記憶部、推定部、更新部および発報判定部を備える。特徴量取得部は、所定の運転事象が発生したときに、運転者の運転行動を定量的に示す特徴量の測定結果を取得する。記憶部は、所定の運転事象が発生するまでにおける、運転者が非平静であるという非平静事象の確率である事前確率を記憶する。推定部は、記憶部に記憶される事前確率と、特徴量取得部において取得された特徴量の測定結果とに基づいて、所定の運転事象が発生した後における非平静事象の確率である事後確率を導出する。更新部は、推定部によって導出された事後確率で、記憶部に記憶される事前確率を更新する。発報判定部は、推定部によって導出された事後確率に基づいて、発報するか否かを判定する。
【0008】
ここで、「運転事象」は、乗り物の運転中に起こる事象である。「運転行動」は、ある運転事象の発生中における、乗り物の運転者によって行われる運転に関連した行動である。「乗り物」は、道路を走行可能な車両のほか、鉄道車両、船舶および航空機も含む。「特徴量」は、運転行動を示す定量的な指標である。「非平静」は、心理状態が平静でないこと、更にはこれに付随して運転行動が冷静さを欠いていることを指す。「非平静事象」は、運転者が非平静であるという状況を指す。本件は、確率を扱うことから、用語「事象」を用いている。
【0009】
上記の構成によれば、特徴量取得部は、所定の運転事象が発生した場合に特徴量の測定結果を取得する。推定部は、特徴量の測定結果に基づいて運転者の平静さを推定する。運転者が非平静であると推定される場合には、発報によって運転者に安全運転を促すことができる。
推定部は、所定の運転事象が発生するたび、運転事象が発生する前における非平静事象の事前確率と、運転事象の発生に際して取得された特徴量の測定結果とに基づいて、運転事象が発生した後における非平静事象の事後確率を導出する。更新部は、事後確率で事前確率を更新する。つまり、推定部は、ベイズ推定の原理に従って、非平静事象の事後確率を導出することにより、運転者が非平静であるか否かを確率論的に推定する。推定部は、実際に確率論的アプローチを用いて、運転者が非平静である蓋然性を定量的に推定する。更新部は、所定の運転事象が発生するたび、ベイズ更新(改訂)の処理を行う。
【0010】
過去に発生した1以上の運転事象での運転行動を考慮に入れつつ、今回発生した運転事象での運転行動に基づき、運転者の現在の平静さが、運転事象が発生するたび都度推定される。過去の運転事象での運転行動を考慮するため、運転者の心理状態あるいは運転行動が徐々に変化していく場合には、事後確率の数値をこれに応じて徐々に変化させることができる。よって、このような徐変を検知することができる。
【0011】
また、今回発生した運転事象での運転行動が事後確率に即座に反映されるため、運転者の心理状態あるいは運転行動が突発的に変化する場合には、事後確率の数値をこれに即応して変化させることができる。よって、このような突発的変化も検知することができる。
このとおり、運転行動変化検知装置によれば、運転者の心理状態あるいは運転行動の様々な変化の態様に対応して、運転者の現在の平静さを精度よく推定することができる。よって、運転者に安全運転を適時に促すことができる。
【0012】
特徴量が、運転者の心理状態と正相関か負相関かを問わず相関関係を有していれば(すなわち、心理状態の変化に応じて特徴量の数値が変化する傾向にあれば)、非平静事象の事後確率は、特徴量が測定されるたび、特徴量の測定結果に応じて、変化することになる。特徴量の測定結果を参照して非平静事象の確率を導出すること、および、導出された確率に基づいて運転者の心理状態を推定することに、高い妥当性がもたらされる。
【0013】
そこで、運転事象は、運転者の心理状態の変化が運転行動の変化となって表出しやすい事象であれば、好ましい。例えば、乗り物が公道を走行可能な車両である場合、運転者の心理状態が非平静であると、交差点通過中において、車速が高くなる傾向にあり、顔振り角度が小さくなる傾向にあり、顔振り回数が減る傾向にあり、顔振り時間が短くなる傾向にある。車線変更中において、ヨーレートや舵角時間変化率が高くなる(急ハンドルが切られる)傾向にあり、車間距離が短くなる傾向にある。
【0014】
上記した原理に従って運転者の平静さを推定するに際し、交差点通過および車線変更は、「運転事象」の好適例である。交差点通過中における車速、顔振り角度、顔振り回数および顔振り時間、並びに、車線変更中におけるヨーレート、舵角時間変化率および車間距離は、「特徴量」の好適例である。
運転者が平静から乖離するほど、特徴量の数値が特定方向に変化する傾向にあるとする。推定部は、特徴量の測定結果が第1数値範囲内である場合に、特徴量の測定結果が第1数値範囲に対して特定方向にある第2数値範囲内である場合と比べ、事前確率に対する事後確率の増加量をより小さくしてもよい。
【0015】
ここで、「特定方向に変化」は、「大きくなる」または「正方向に変化」の場合もあれば、「小さくなる」または「負方向に変化」の場合もある。上記構成によれば、いずれの場合においても、特徴量の測定結果がどの数値範囲内に入っているかによって、事後確率の事前確率に対する増加量が変化する。運転者が平静から乖離している蓋然性が高い場合、導出される事後確率は、これに応じてより大きな値になる。したがって、心理状態あるいは運転行動が突発的に変化し、それにより特徴量の測定結果がこれまでと比べて急激に特定方向へ変化した場合に、事後確率の数値を敏感に上昇させることができる。よって、運転者の現在の平静さを精度よく推定することができる。
【0016】
所定の運転事象が、交差点の通過を含んでもよい。
上記構成によれば、推定部は、交差点通過中における運転行動を定量的に示す特徴量の測定結果に基づいて、運転者の平静さを推定する。交差点通過中、運転者は周辺交通への配慮を特に求められる。心理状態は、配慮の有無および程度に影響を及ぼす。よって、交差点通過は、運転者の心理状態の変化が運転行動の変化となって表出しやすい事象の一つである。このような運転事象での運転行動に基づいて運転者の平静さを推定するため、推定精度が向上する。
【0017】
特徴量取得部によって取得される特徴量の測定結果が、交差点通過中における顔振り行動を示す特徴量および車速の測定結果の少なくともいずれか1つを含んでもよい。顔振り行動を示す特徴量は、顔振り角度、顔振り時間および顔振り回数の少なくともいずれか1つを含んでもよい。
上記構成によれば、推定部は、交差点通過中における顔振り行動を示す特徴量あるいは車速の測定結果に基づいて、運転者の平静さを推定する。交差点通過中における顔振り行動を示す特徴量の数値および車速の数値は、運転者の心理状態の変化に応じて変化する傾向にある。このような特徴量に基づいて運転者の平静さを推定するため、推定精度が向上する。
【0018】
非平静事象の余事象が、運転者が平静であるという平静事象であるとする。記憶部は、非平静事象が発生している場合に特徴量の数値がいくつであるのか推測することの尤もらしさを示す非平静時尤度を記憶すると共に平静事象が発生している場合に特徴量の数値がいくつであるのか推測することの尤もらしさを示す平静時尤度を記憶してもよい。推定部は、特徴量の測定結果に対応する非平静時尤度および平静時尤度を記憶部から読み出し、非平静事象の事前確率、平静事象の事前確率、読み出した非平静時尤度、および、読み出した前記平静時尤度に基づいて、非平静事象の事後確率を導出してもよい。
上記構成によれば、記憶部が、非平静事象の尤度(非平静時尤度)を記憶していると共に平静事象の尤度(平静時尤度)も記憶している。推定部は、特徴量の測定結果に対応する非平静時尤度および平静時尤度を記憶部から読み出し、非平静事象の事前確率、平静事象の事前確率、読み出した非平静時尤度、および、読み出した平静時尤度の4つのデータに基づいて、非平静事象の事後確率を導出する。このように、記憶部が、非平静事象の尤度のデータだけでなく、非平静事象の余事象である平静事象の尤度のデータも記憶していることにより、運転者が非平静である蓋然性を確率論的アプローチで容易に推定することができる。なお、平静事象は非平静事象の余事象であるから、平静事象の事前確率は、非平静事象の事前確率を用いて容易に導出される。
【0021】
運転行動変化検知装置は、所定の運転事象が前回発生してから今回発生するまでの経過時間を計測する計時部を更に備えてもよい。経過時間が所定時間以上である場合に、更新部が、記憶部に記憶されている事前確率を初期値にリセットしてもよい。そして、推定部が、事前確率の初期値と、特徴量取得部において今回取得された特徴量の測定結果とに基づいて、非平静事象の事後確率を導出してもよい。
【0022】
上記構成によれば、運転事象の発生間隔が長い場合に、過去の運転事象での運転行動に基づいて推定された非平静事象の確率値がリセットされる。所定の運転事象の発生間隔が長くなると、その間に運転者が平静を取り戻している場合がある。心理状態のリセットに合わせるようにして確率値もリセットされるため、その後の運転者の平静さの推定精度が向上する。
【0023】
発報判定部は、事後確率と閾値との比較結果に基づいて、発報するか否かを判定してもよい。
上記構成によれば、発報判定部は、推定部によって推定された事後確率を閾値と比較し、比較結果に基づいて発報可否を判定する。推定結果の精度がよいため、運転者に安全運転を適時に促すことができる。
【0024】
本発明の一形態に係る運転行動変化検知システムは、上記の運転行動変化検知装置と、乗り物に搭載され、乗り物の運転者に発報する発報器と、を備える。運転行動変化検知装置は、上記の発報判定部が発報すると判定すると、発報器に動作指令を与える出力部を有している。
本発明の一形態に係る運転行動変化検知方法は、特徴量取得工程、推定工程、更新工程および発報判定工程を備える。特徴量取得工程では、所定の運転事象が発生したときに、運転者の運転行動を定量的に示す特徴量の測定結果を取得する。推定工程では、所定の運転事象が発生するまでにおける運転者が非平静であるという非平静事象の確率である事前確率と、特徴量取得工程において取得された特徴量の測定結果とに基づいて、所定の運転事象が発生した後における非平静事象の確率である事後確率を導出する。更新工程では、推定工程において導出された事後確率で事前確率を更新する。発報判定工程では、推定工程において導出された事後確率に基づいて、発報するか否かを判定する。本発明の一形態に係る運転行動変化検知プログラムは、上記の運転行動変化検知方法をコンピュータに実行させる。
【0025】
上記のシステム、方法およびプログラムは、上記の運転行動変化検知装置の技術的特徴と同一のまたは対応する技術的特徴を具備する。よって、運転者の心理状態あるいは運転行動が徐々に変化していく場合には、このような徐変を都度検知することができる。運転者の心理状態あるいは運転行動が突発的に変化する場合には、このような突発的変化を検知することができる。運転者の心理状態あるいは運転行動の様々な変化の態様に対応して、運転者の現在の平静さを精度よく推定することができる。運転者に安全運転を適時に促すことができる。
【発明の効果】
【0026】
本発明によれば、心理状態あるいは運転行動の様々な変化の態様に対応して、その変化を精度よく検知することができる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【
図1】本発明の実施形態に係る運転行動変化検知装置およびこれを備える運転行動変化検知システムを示す概要図である。
【
図2】
図1に示す運転行動変化検知装置を示すブロック図である。
【
図3】(A)が、交差点通過時の車速と心理状態との間の関係性のサンプルデータを示す図、(B)が、サンプルデータに基づき生成され、記憶部に記憶された尤度データを示す図、(C)が、交差点通過時の車速の各設定区間における、非平静時尤度および平静時尤度と、非平静時尤度の平静時尤度に対する比とを示すグラフである。
【
図4】本発明の実施形態に係る運転行動変化検知方法を示すフローチャートである。
【
図5】心理状態および運転行動の突発的変化に応じた非平静事象の事後確率の変化を示すグラフである。
【
図6】心理状態および運転行動の徐変に応じた非平静事象の事後確率の変化を示すグラフである。
【
図7】変形例に係る運転行動変化検知装置およびこれを備える運転行動変化検知システムを示すブロック図である。
【
図8】変形例に係る発報判定処理を説明するグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0028】
以下、図面を参照しながら本発明の実施形態について説明する。なお、全図を通じて同一のまたは対応する要素には同一の参照符号を付し、詳細説明の重複を省略する。
「上下方向」、「前後方向」および「左右方向」は、乗り物の運転者から見た方向を基準にしている。上下方向は、乗り物の高さ方向と対応する。前後方向は、乗り物の長さ方向あるいは乗り物の進行方向(前進方向および後進方向)と対応する。左右方向は、乗り物の幅方向と対応する。
【0029】
(運転行動変化検知システム)
図1は、本発明の実施形態に係る運転行動変化検知装置30を備えた運転行動変化検知システム1を示す。運転行動変化検知システム1は、乗り物2の運転者の心理状態の変化、およびこれに付随して生じる運転行動の変化を検知する。変化が検知されると、運転行動変化検知システム1は、運転者その他に向けて発報する。これにより、運転者に安全運転を促すことができる。
【0030】
乗り物2には、道路上を走行可能な装輪車両2Aが含まれる。その車輪数は、特に限定されない。装輪車両2Aには、六輪以上備えたトラックやバスのような大型車両、四輪車、三輪車および二輪車が含まれる。装輪車両2Aは、運転者が着座するシートを有するものでもよく(例えば、四輪自動車)、運転者が跨るサドルを有した鞍乗型(例えば、自転車、自動二輪車および自動三輪車)でもよく、運転者が立つデッキを有した立乗型(例えば、パーソナルモビリティ)でもよい。乗り物2には、装軌車両、鉄道車両、船舶および航空機(飛行機、回転翼機など)も含まれる。乗り物2は、自家用でも事業用でもよい。
【0031】
本書では、乗り物2を操縦することを、乗り物2の形態に関わらず、「運転」と呼ぶ。「運転者」は、乗り物2を運転する者である。「運転行動」は、運転中に運転者によって行われる、乗り物2の運転に関連した行動である。
運転行動変化検知システム1は、上記したような様々な形態の乗り物2に適用され得る。以下では、運転行動変化検知システム1が、乗り物2の一例として、公道を走行する装輪車両2A(以下、単に「車両2A」)に適用される場合、特に、運輸事業者によって保有されるトラックなどの事業用車に適用される場合を例にとり、本実施形態について説明する。
運転行動変化検知システム1は、車載器10、運転行動変化検知装置30、および、管理者端末装置50を備えている。これらは、通信ネットワーク3を介し、相互に通信可能に接続されている。
【0032】
(車載器)
車載器10は、車両2Aに搭載されている。車載器10は、加速度センサ11、角速度センサ12、GPS(Global Positioning System)受信部13、内側カメラ14、距離センサ15、通信部16、記憶部17、制御部18および発報器19を備えている。
【0033】
加速度センサ11は、車両2Aの前後方向および左右方向の対地加速度を検出する。加速度センサ11は、車両2Aの上下方向の対地加速度を検知してもよい。角速度センサ12は、車両2Aの上下軸周りの対地角速度(ヨーレート)を検出する。角速度センサ12は、乗り物2の前後軸周りの角速度(ロールレート)および左右軸周りの角速度(ピッチレート)を検出してもよい。GPS受信部13は、衛星より受信した信号に基づいて車両2Aの現在位置を検出する。内側カメラ14は、運転者の顔およびその周囲を撮影し、運転者の顔画像を取得する。車載器10は、車両2Aの外前方および/または外後方を撮影する外側カメラを備えていてもよい。距離センサ15は、車両2Aと前方車両との車間距離、および/または、車両2Aと後方車両との車間距離を検出する。
【0034】
通信部16は、通信ネットワーク3を介し、運転行動変化検知装置30にデータを出力する。通信部16は、通信ネットワーク3を介し、運転行動変化検知装置30から出力された指令を入力する。この指令には、例えば、発報器19を動作させるための動作指令が含まれる。通信部16は、他の車載機器との間でデータあるいは信号の授受を行ってもよい。このような他の車載機器として、運転操作部材の操作量を検出する操作量センサ(例えば、ステアリング操作量を検出する舵角センサ、アクセルペダルの踏込操作量を検出するアクセル操作量センサ、ブレーキペダルの踏込操作量またはブレーキ圧を検出するブレーキ操作量センサなど)を挙げることができる。
【0035】
記憶部17は、メモリーカードのような取外し可能な記録媒体でもよく、ハードディスクドライブのような記憶装置でもよく、これらの組み合わせでもよい。記憶部17は、加速度センサ11、角速度センサ12、GPS受信部13、内側カメラ14、距離センサ15および通信部16において検出または取得されたデータを記憶する。
制御部18は、CPU18aおよびメモリ18bを有するコンピュータで構成されている。制御部18は、メモリ18bに記憶されるプログラムを実行することで、検出あるいは取得されたデータを処理する。例えば、制御部18は、内側カメラ14で取得された顔画像に基づき、運転者の顔の向き、顔振り角度および視線の方向を検出する処理を実行してもよい。更に、制御部18は、運転行動変化検知装置30から出力された動作指令に従って、発報器19の動作を制御する。
発報器19は、報知情報を運転者に向けて発報する。発報器19は、報知情報としてメッセージを音声出力するスピーカでもよく、メッセージを表示するディスプレイでもよく、これらの組み合わせでもよい。報知情報はメッセージである必要はなく、発報器19は、警告音を発生するブザーでもよく、点灯および消灯するランプでもよい。
【0036】
(管理者端末装置)
管理者端末装置50は、運輸事業者の運行管理員によって取り扱われる情報端末装置(例えば、パーソナルコンピュータ)である。管理者端末装置50は、表示装置51を備えている。管理者端末装置50は、運転行動変化検知装置30から出力された動作指令に従って、報知情報を表示装置51に表示させる。これにより、運行管理員は、運転者の心理状態あるいは運転行動の変化をリアルタイムで知ることができる。
【0037】
(運転行動変化検知装置)
運転行動変化検知装置30は、例えば、サーバ装置によって構成されている。運転行動変化検知装置30は、制御部31、通信部32および記憶部33を備えている。これらは、例えば、通信バス34を介して相互に接続されている。
制御部31は、CPU31aおよびメモリ31bを有するコンピュータで構成されている。CPU31aは、メモリ31bに格納されている運転行動変化検知プログラム35に従って、本発明の実施形態に係る運転行動変化検知方法に係る情報処理を行う。
【0038】
通信部32は、通信ネットワーク3を介し、車載器10および管理者端末装置50との間でデータの授受を行う。記憶部33は、例えば、ハードディスクドライブのような大容量記憶装置で構成される。記憶部33は、車載器10から出力されたデータを記憶する。記憶部33およびメモリ31bは、運転行動変化検知方法の実行に際して必要なデータを一時的に記憶し、また、永続的に予め記憶する。
【0039】
図2は、運転行動変化検知装置30を示す。運転行動変化検知装置30は、運転行動変化検知プログラム35を実行することで、運転事象判定部41、特徴量取得部42、計時部43、推定部44、記憶部45、更新部46、発報判定部47および出力部48を有している。
運転事象判定部41は、車載器10から逐次出力されるデータに基づいて、所定の運転事象が発生したか否かを判定する。「運転事象」とは、車両2Aの運転中に起こる事象である。
【0040】
特徴量取得部42は、所定の運転事象が発生したときに(換言すれば、運転事象判定部41により所定の運転事象が発生したと判定されると)、運転者の運転行動を定量的に示す特徴量の測定結果を取得する。特徴量取得部42は、車載器10から特徴量の測定結果を取得する。または、特徴量取得部42は、車載器10から出力されるデータに基づいて特徴量の測定結果を取得する。
【0041】
計時部43は、時間を計測する。例えば、計時部43は、運転事象判定部41により所定の運転事象が発生したと判定されてから、次に所定の運転事象が発生したと判定されるまでの、経過時間を計測する。
推定部44は、所定の運転事象が発生するたび、特徴量取得部42において取得された特徴量の測定結果に基づき、運転者が「非平静」である蓋然性をベイズ推定の原理に従って定量的に推定する。つまり、推定部44は、特徴量の測定結果が取得されるたび、運転者が非平静であるという「非平静事象」の事後確率(条件付き確率)P(H1│D)を導出する。
【0042】
ここで、「運転者が平静」とは、運転者の心理状態が平静、冷静あるいは平穏であること、および、これに付随して運転者の運転行動が冷静あるいは安全であることをいう。心理状態が平静であれば、運転者は、運転中に自車周辺交通(前方の車両、後方の二輪車、対向車線上の車両、歩行者など)への配慮を十分に行うことができ、運転行動が冷静で安全なものとなる。「運転者が非平静」とは、運転者が平静ではないことをいう。非平静の心理状態の例として、焦り、苛々、不安および動揺といった心理状態を挙げることができる。心理状態が非平静であれば、運転者は、運転中に自車周辺交通への配慮を十分に行うことができず、運転行動が安全運転から乖離する傾向にある。
【0043】
「非平静事象」は、運転者が非平静であるという状況を指す。「平静事象」は、運転者が平静であるという状況を指す。平静事象は、非平静事象の余事象である。すなわち、本実施形態では、車両2Aの運転中における運転者の状況を表す事象として、平静と非平静の2事象が存在する。
なお、実際に平静事象が発生しているのか(運転者が平静であるか)、実際に非平静事象が発生しているのか(運転者が非平静であるか)の区別は、運転行動のほか、脈拍などの生理データ、運転者の表情、運転者の発話の内容や語気、運転後の自己申告などに基づいて、所定のルールに従って、総合的に判断することができる。推定部44は、少なくとも運転行動を示す特徴量に基づいて、運転者が非平静である蓋然性をリアルタイムで定量的に推定する。
【0044】
記憶部45は、推定部44による非平静事象の事後確率P(H1│D)の導出に必要なデータを一時的にあるいは永続的に記憶する。記憶部45は、非平静事象の事前確率P(H1)を一時的に記憶する。記憶部45は、非平静事象の事前確率P(H1)の初期値P(H1)0を永続的に予め記憶する。記憶部45は、非平静時の尤度P(D│H1)と、平静時の尤度P(D│H2)とを永続的に予め記憶する。非平静時尤度P(D│H1)は、実際に非平静事象が発生している場合に特徴量の数値がいくつであるのか推測することの尤もらしさを示す。平静時尤度P(D│H2)は、実際に平静事象が発生している場合に特徴量の数値がいくつであるのか推測することの尤もらしさを示す。また、記憶部45は、後述する発報判定処理で用いられる閾値THP(例えば、40%)を永続的に予め記憶する。
【0045】
推定部44は、記憶部45に記憶される非平静事象の事前確率P(H1)および非平静時尤度P(D│H1)に基づいて、非平静事象の事後確率P(H1│D)を導出する。更に言えば、推定部44は、非平静事象の事前確率P(H1)から平静事象の事前確率P(H2)を導出する。なお、平静事象は非平静事象の余事象であるから、平静事象の事前確率P(H2)は、次式:P(H2)=1-P(H1)から容易に導出される。推定部44は、記憶部45に記憶される非平静事象の事前確率P(H1)および非平静時尤度P(D│H1)と、平静事象の事前確率P(H2)および平静時尤度P(D│H2)とに基づいて、非平静事象の事後確率P(H1│D)を導出する。
【0046】
更新部46は、記憶部45に記憶されている事前確率P(H1)の値を変更する。数値変更の第1のケースとして、更新部46は、推定部44により非平静事象の事後確率P(H1│D)が導出されると、記憶部45に記憶されている事前確率P(H1)を導出された事後確率P(H1│D)で更新する。つまり、更新部46は、ベイズ更新の処理を実行する。数値変更の第2のケースとして、更新部46は、所定の運転事象が発生したときに計時部43で計測されていた経過時間が所定時間(例えば、30分)を超えていた場合に、推定部44が推定処理を行う前に、記憶部45に記憶されている事前確率P(H1)を初期値P(H1)0にリセットする。
【0047】
発報判定部47は、推定部44により非平静事象の事後確率P(H1│D)が導出されると、導出された事後確率P(H1│D)に基づいて発報するか否かを判定する。具体的には、発報判定部47は、記憶部45に記憶されている閾値THPと事後確率P(H1│D)を比較する。事後確率P(H1│D)が閾値THP以上である場合、発報判定部47は、発報すべきと判定する。
出力部48は、発報判定部47が発報すべきと判定すると、発報器19および/または管理者端末装置50に動作指令を出力する。車載器10の制御部18は、動作指令を受けると、発報器19を動作させる。管理者端末装置50は、動作指令を受けると、報知情報としてメッセージを表示装置51に表示させる。
【0048】
(運転事象,特徴量)
特徴量が運転者の心理状態と相関関係を有していれば(すなわち、心理状態の変化に応じて運転行動を示す特徴量の数値が変化する傾向にあれば)、非平静事象の事後確率(条件付き確率)P(H1│D)は、特徴量が測定されるたび、特徴量の測定結果に応じて変化する。特徴量の測定結果を参照して非平静事象の確率を導出すること、および、導出された確率に基づいて運転者の平静さを推定することに、高い妥当性がもたらされる。
【0049】
そのため、運転事象判定部41は、運転者の心理状態の変化が運転行動の変化となって表出しやすい運転事象の発生有無を判定する。本実施形態では、乗り物2が、公道を走行可能な装輪車両2Aである。そこで、運転事象判定部41は、交差点通過判定部41aを有している。交差点通過判定部41aは、「所定の運転事象」として「交差点の通過」が発生したか否かを判定する。「交差点の通過」は、交差点の直進、並びに、交差点での右折および左折を含む。
【0050】
交差点通過判定部41aは、車載器10から出力される車両2Aの対地角速度(角速度センサ12によって検出)、位置(GPS受信部13によって検出)の変化、舵角の変化(操作量センサによって検出)、あるいはこれらデータの組み合わせに基づいて、車両2Aが交差点を通過したか否かを判定する。交差点通過判定部41aは、GPS受信部13の検出データおよび地図情報に基づいて、車両2Aが交差点を直進通過したか否かを判定する。地図情報は、記憶部45に予め記憶されている。
【0051】
交差点通過中に、運転者の心理状態の変化に応じて変化し得る運転行動としては、交差点通過時の速度調整を挙げることができる。運転者の心理状態が非平静であると(特に、心理状態が焦り状態や苛々状態であると)、交差点通過中において減速が疎かになって車速vが高くなる傾向にある。そこで、特徴量取得部42は、車速取得部42aを備えている。車速取得部42aは、交差点通過判定部41aにより交差点通過が発生したと判定されると、当該交差点通過中における速度調整を定量的に示す特徴量の測定結果として、車速vを取得する。
【0052】
車速取得部42aは、交差点を通過した期間内に加速度センサ11によって検出された車両2Aの対地加速度を積分することによって、車両2Aの車速vを導出する。または、車速取得部42aは、交差点を通過した期間内にGPS受信部13によって検出された車両2Aの位置の単位時間当たりの変化量を、車速vとして取得する。なお、車載器10の制御部18が車速vを測定し、特徴量取得部42(車速取得部42a)が車載器10から車速vを取得してもよい。車速vは、交差点を通過した期間内に測定された車速の時系列データから得られる1つの代表値でもよく、代表値の例として、最大値、最小値、中央値、および、平均値を挙げることができる。
【0053】
(尤度,事後確率)
推定部44は、尤度導出部44aおよび事後確率導出部44bを備えている。事後確率導出部44bは、ベイズの定理に従って、次式:P(H1│D)=P(H1)×P(D│H1)/(P(H1)×P(D│H1)+P(H2)×P(D│H2))より、非平静事象の事後確率P(H1│D)を導出する。P(H1)は、非平静事象の事前確率、P(D│H1)は、非平静時尤度、P(H2)は、平静事象(非平静事象の余事象)の事前確率、P(D│H2)は、平静時尤度である。尤度導出部44aは、記憶部45を参照して、特徴量の測定結果(本例では、交差点通過時の車速v)に応じた非平静時尤度P(D│H1)および平静時尤度P(D│H2)を導出する。
【0054】
図3(A)は、交差点通過時の車速vと心理状態との間の関係性のサンプルデータを示す図である。サンプルデータは、1以上の運転者が車両2Aをそれぞれ運転したときに取得されたデータである。交差点通過が発生するたび、そのときの運転者の心理状態が平静であったか非平静であったか判断された。これにより、平静事象のデータ数と非平静事象のデータ数とが計数された。なお、心理状態が平静であったか非平静であったかの区別は、前述したとおり総合的に判断された。
【0055】
図3(A)の例によれば、合計560回の交差点通過が発生した。560回のうち150回の交差点通過において非平静事象が発生し、410回の交差点通過において平静事象が発生した。
次に、平静事象のデータ数および非平静事象のデータ数が、車速vの複数の区間のいずれに属するのか判定された。本実施形態では、単なる一例として、車速vが20km/h未満の第1区間、車速vが20km/h以上30km/h未満の第2区間、車速vが30km/以上の第3区間の3つの区間が用意された。平静事象のデータ数および非平静事象のデータ数が、これら3つの区間のいずれに属するのか判定された。
【0056】
図3(A)の例によれば、150回の非平静事象のうち、30回の非平静事象が第1区間に属し、70回の非平静事象が第2区間に属し、50回の非平静事象が第3区間に属した。410回の平静事象のうち、320回の平静事象が第1区間に属し、80回の平静事象が第2区間に属し、10回の平静事象が第3区間に属した。
非平静事象と平静事象との発生比は、1:2.7であった。事前確率の初期値P(H1)0は、一様分布の仮定の下で0.5(50%)に設定されていてもよいが、閾値THPより小さい値に設定される必要がある。本実施形態では、初期値P(H1)0は、サンプルデータから得られた発生比と、閾値THP(40%)とを考慮に入れて、0.3に設定されている。ただし、これは単なる一例である。
【0057】
図3(B)は、記憶部45に記憶された非平静時尤度P(D│H1)および平静時尤度P(D│H2)を示す図である。記憶部45に記憶される非平静時尤度P(D│H1)および平静時尤度P(D│H2)は、サンプルデータに基づいて生成される。
非平静時尤度P(D│H1)は、実際に非平静事象が発生している場合に特徴量(本例では、交差点通過時の車速v)がいくつであるのか推測する尤もらしさである。更にいえば、特徴量(本例では、交差点通過時の車速v)が予め定められた複数の設定区間(第1~第3区間)のうちいずれの区間に属しているのか推測する尤もらしさである。非平静時尤度P(D│H1)は、前述した複数の設定区間(第1~第3区間)ごとに生成されている。
【0058】
車速vの第k区間と対応する非平静時尤度P(D│H1)は、サンプルデータにおける第k区間の非平静事象のデータ数を、サンプルデータにおける非平静事象の全データ数を除算することによって導出される。例えば、第1区間と対応する非平静時尤度P(D│H1)は、0.2(=30/150)である。
平静時尤度P(D│H2)もこれと同様である。車速vの第k区間と対応する平静時尤度P(D│H2)は、サンプルデータにおける第k区間の平静事象のデータ数を、サンプルデータにおける平静事象の全データ数を除算することによって導出される。例えば、第1区間と対応する平静時尤度P(D│H2)は、0.78(=320/410)である。
【0059】
図3(C)は、交差点通過時の車速vの各設定区間における、非平静時尤度P(D│H1)および平静時尤度P(D│H2)を左縦軸にとり、非平静時尤度P(D│H1)の平静時尤度P(D│H2)に対する比を右縦軸にとって示すグラフである。右縦軸は、対数軸である。
平静時尤度P(D│H2)は、車速vの上昇に応じて減少する。つまり、実際に平静事象が発生しているときには、車速vはより低いと推測するのが妥当である。非平静時尤度P(D│H2)は、第2区間で最大値となる。これは、そもそも交差点通過時に車速vが30km/h以上となるケースが少ないからである(
図3(A)を参照)。
【0060】
車速vが高いほど、非平静時尤度P(D│H1)の平静時尤度P(D│H2)に対する比は指数関数的に増大する。したがって、交差点通過時の車速vは、運転者の平静さと強い相関関係を有するといえ、車速vが高いほど心理状態が平静から乖離して運転行動が安全から乖離する傾向にあるといえる。
【0061】
(運転行動変化検知方法)
以下、
図4に示す運転行動変化検知方法のフローに沿って、運転行動変化検知装置30の動作について説明する。このフローは、車両2Aの走行中に所定の制御周期で繰り返し実行される。
まず、運転事象判定部41が、所定の運転事象が発生したか否かを判定する(運転事象発生判定工程S1)。本例では、運転事象判定部41の交差点通過判定部41aが、交差点通過の発生有無を判定する。判定の手法は、前述したとおりである。
所定の運転事象が発生していないと判定されると(S1:N)、計時部43が、運転事象が前回発生した時点からの経過時間をカウントアップする(S2)。所定の運転事象が次に発生するまで、S1およびS2が繰り返される。
【0062】
所定の運転事象が発生したと判定されると(S1:Y)、事前確率P(H1)をリセットするか否かを判定するリセット判定工程S10と、特徴量を取得する特徴量取得工程S20とが実行される。リセット判定工程S10および特徴量取得工程S20は、後述の推定工程S30より前に実行されるのであれば、どちらが先に実行されてもよく、また、並行して実行されてもよい。
【0063】
リセット判定工程S10では、更新部46が、計時部43によって計測された経過時間が所定時間(例えば、30分)内であるか否かを判定する(S11)。経過時間が所定時間内であれば(S11:Y)、更新部46は、記憶部45に現在記憶されている事前確率P(H1)を維持する。経過時間が所定時間を超えていれば(S11:N)、更新部46は、事前確率P(H1)を初期値P(H1)0にリセットする(S12)。
【0064】
特徴量取得工程S20では、特徴量取得部42が、特徴量の測定結果を取得する。本例では、車速取得部42aが、交差点通過時の車速vを取得する。車速vの取得手法は、前述したとおりである。
リセット判定工程S10および特徴量取得工程S20の後、推定部44が、記憶部45に記憶される非平静事象の事前確率P(H1)と、今回取得された特徴量の測定結果とに基づいて、非平静事象の事後確率P(H1│D)を導出する(推定工程S30)。推定工程S30は、尤度導出工程S31、事前確率読出し工程S32および事後確率導出工程S33を含む。
【0065】
尤度導出工程S31では、尤度導出部44aが、記憶部45を参照して特徴量の測定結果に応じた非平静時尤度P(D│H1)および平静時尤度P(D│H2)を導出する。
図3を参照して前述したとおり、本実施形態では、非平静時尤度P(D│H1)および平静時尤度P(D│H2)のデータが、車速vの複数の設定区間(第1~第3区間)ごとに生成されて記憶されている。そこで、まず、尤度導出部44aは、今回取得された車速vが複数の設定区間のうちいずれに属するのか判定する。次に、尤度導出部44aは、今回取得された車速vが属する区間と対応する非平静時尤度P(D│H1)および平静時尤度P(D│H2)を記憶部45から読み出す。
【0066】
例えば、今回取得された車速vが21km/hであったとする。尤度導出部44aは、特徴量の測定結果が第2区間(20≦v<30)に属していると判定する。尤度導出部44aは、非平静時尤度P(D│H1)として第2区間と対応する「0.47」を記憶部45から読み出し、平静時尤度P(D│H2)として第2区間と対応する「0.20」を記憶部45から読み出す。
【0067】
次に、事前確率読出し工程S32では、事後確率導出部44bが、記憶部45から非平静事象の事前確率P(H1)を読み出す。また、事後確率導出部44bは、平静事象の事前確率P(H2)を導出する。平静事象の事前確率P(H2)は、記憶部45に記憶されていてもよいし、事前確率読出し工程S32において事後確率導出部44bによって非平静事象の事前確率P(H1)から求められてもよい(P(H2)=1-P(H1))。
【0068】
次に、事後確率導出工程S33では、尤度導出工程S31において導出された非平静時尤度P(D│H1)および平静時尤度P(D│H2)と、事前確率読出し工程S32において読み出された非平静事象の事前確率P(H1)および平静事象の事前確率P(H2)とに基づいて、事後確率導出部44bが非平静事象の事後確率P(H1│D)を導出する。導出の手法は、前述したとおり、ベイズの定理に従っている。
【0069】
以上の推定工程S30の後、導出された事後確率P(H1│D)で事前確率P(H1)を更新する更新工程S40、および、導出された事後確率P(H1│D)に基づいて発報するか否かを判定する発報判定工程S50が実行される。更新工程S40および発報判定工程S50は、どちらが先に行われてもよい。発報判定工程S50が、記憶部45に記憶される事前確率P(H1)を参照して実行される場合には、更新工程S40が発報判定工程S50に先立って実行される。
【0070】
更新工程S40では、更新部46が、今回推定部44によって導出された事後確率P(H1│D)で記憶部45に記憶される事前確率P(H1)を更新する。つまり、更新工程S40では、更新部46が、ベイズ更新の処理を実行する。
発報判定工程S50では、発報判定部47が、今回推定部44によって導出された事後確率P(H1│D)を閾値THPと比較する(S51)。事後確率P(H1│D)が閾値THP未満であれば(S51:N)、発報はなされず(S53)、運転事象発生判定工程S1から処理が再開する。事後確率P(H1│D)が閾値THP以上であれば(S51:Y)、出力部48が発報器19および/または管理者端末装置50に動作指令を出力する(S52)。運転者および/または運行管理員に、運転者の心理状態あるいは運転行動の変化が知らされる。その後、運転事象発生判定工程S1から処理が再開する。
【0071】
(作用)
図5および
図6を参照して、上記運転行動変化検知方法の実行による作用について説明する。
図5は、心理状態が突発的に変化する性向を有する運転者が交差点を10回通過した場合における、運転行動の変化に応じた非平静事象の事後確率P(H1│D)の変化を示すグラフである。
図5の横軸は、交差点通過の回数を示す。2~10回目の交差点通過は、全て、前回の交差点通過から所定時間内に発生しており、そのため、事前確率P(H1)のリセット(S12)は行われていない。左縦軸は、交差点通過時の車速vを示し、右縦軸は、非平静事象の事後確率P(H1│D)を示す。参照符号D1は第1区間(v<20)、D2は第2区間(20≦v<30)、D3は第3区間(v<30)である。なお、運転後の総合的判断から、1回目から6回目までの交差点通過では運転者の心理状態が平静であったと判明した。7回目から10回目までの交差点通過では運転者の心理状態が非平静であったと判明した。
【0072】
1回目の交差点通過では、車速vが第1区間D1に属する。事前確率P(H1)は初期値P(H1)0であり、非平静時尤度P(D│H1)は、第1区間D1と対応した低値(0.20)である。第1区間D1と対応する平静時尤度P(D│H2)が高値(0.78)であることも相まって、事後確率P(H1│D)は、事前確率P(H1)から減少する。2回目の交差点通過も、1回目の交差点通過と同様である。
【0073】
本例では、運転者の心理状態が、6回目の交差点通過と7回目の交差点通過との間で、突発的に平静から非平静に変化した。6回目の交差点通過までは、車速vは比較的低い値で推移している。事後確率P(H1│D)も、閾値THP未満の低い値で推移し、そのため発報はなされない(白抜き丸形プロットを参照)。7回目の交差点通過時、車速vが30km/hを超える高い値となっている。非平静時尤度P(D│H1)は、第3区間に対応した高値(0.33)となる。第3区間D3と対応する平静時尤度P(D│H2)が極めて低値(0.02)であることも相まって、事後確率P(H1│D)は、事前確率P(H1)に対して大きく増加する。これにより、事後確率P(H1│D)は閾値THPを超える。発報判定部47は発報すべきと判定し、運転者に安全運転を促すための発報がなされる。その後、心理状態は非平静のままであった。事後確率P(H1│D)も閾値THPを超えた状態を維持し、発報が適切になされている(黒塗り潰し丸形プロットを参照)。
【0074】
図6は、心理状態が徐々に変化する性向を有する運転者が交差点を10回通過した場合における、運転行動の変化に応じた非平静事象の事後確率P(H1│D)の変化を示すグラフである。2~10回目の交差点通過は、全て、前回の交差点通過から所定時間内に発生しており、そのため、事前確率のリセット(S12)は行われていない。なお、運転後の総合的判断から、1回目から6回目までの交差点通過では運転者の心理状態が平静であったと判明した。7回目から10回目までの交差点通過では運転者の心理状態が非平静であったと判明した。
【0075】
本例では、3回目の交差点通過の終了後から心理状態が徐々に悪化しており、6回目の交差点通過と7回目の交差点通過との間で心理状態が非平静となっている。3回目の交差点通過から7回目の交差点通過まで、交差点通過時の車速vは、第2区間D2に属しながら徐々に増加している。この間、非平静時尤度P(D│H1)は第2区間に対応した値(0.47)であり続ける。第2区間に対応する非平静時尤度P(D│H1)は、第2区間に対応する平静時尤度P(D│H2)よりも高値であり、事後確率P(H1│D)は、事前確率P(H1)に対して増加し続ける。しかし、第2区間に対応する非平静時尤度P(D│H1)は、第3区間に対応する非平静時尤度P(D│H1)よりも低値である。第3区間に対応する非平静時尤度P(D│H1)を用いて事後確率P(H1│D)を導出する場合と比べ、事前確率P(H1)に対する増加量は抑えられる。その結果、事後確率P(H1│D)は、6回目の交差点通過まで閾値THP未満の数値範囲内で徐々に増加し、その間は発報がなされない(白抜き丸形プロットを参照)。7回目の交差点通過が行われた時点で、事後確率P(H1│D)は閾値THPを上回る。発報判定部47は発報すべきと判定し、運転者に安全運転を促すための発報がなされる。その後、心理状態は非平静のままであった。事後確率P(H1│D)も閾値THPを超えた状態を維持し、発報が適切になされている(黒塗り潰し丸形プロットを参照)。
【0076】
以上のとおり、推定部44は、所定の運転事象が発生するたび、運転事象が発生する前における非平静事象の事前確率P(H1)と、運転事象の発生に際して取得された特徴量の測定結果とに基づいて、運転事象が発生した後における非平静事象の事後確率P(H1│D)を導出する。更新部46は、事後確率P(H1│D)で事前確率P(H1)を更新する。つまり、推定部44は、ベイズ推定の原理に従って、非平静事象の事後確率P(H1│D)を導出することにより、運転者が非平静であるか否かを確率論的に推定する。推定部44は、実際に確率論的アプローチを用いて、運転者が非平静である蓋然性を定量的に推定する。更新部46は、所定の運転事象が発生するたび、ベイズ更新(改訂)の処理を行う。
【0077】
過去に発生した1以上の運転事象での運転行動を考慮に入れつつ、今回発生した運転事象での運転行動に基づき、運転者の現在の平静さが、運転事象が発生するたび都度推定される。過去の運転事象での運転行動を考慮するため、運転者の平静さが徐々に変化していく場合には、事後確率P(H1│D)の数値をこれに応じて徐々に変化させることができる(
図6のグラフエリア内の楕円および白抜き矢印を参照)。よって、このような徐変を検知することができる。
【0078】
また、今回発生した運転事象での運転行動が事後確率P(H1│D)に即座に反映されるため、運転者の平静さが突発的に変化する場合には、事後確率P(H1│D)の数値をこれに即応して変化させることができる(
図5のグラフエリア内の楕円および白抜き矢印を参照)。よって、このような突発的変化も検知することができる。
このとおり、運転行動変化検知装置30によれば、運転者の心理状態あるいは運転行動の様々な変化の態様に対応して、運転者の現在の平静さを精度よく推定することができる。よって、様々な運転者に安全運転を適時に促すことが可能な、汎用性の高い運転行動変化検知装置30を提供することができる。
【0079】
心理状態が平静から乖離するほど、交差点通過時の車速vは大きくなる傾向にある(
図3を参照)。推定部44は、交差点通過時の車速vが第3区間D3(第1数値範囲)に属する場合に、第3区間D3よりも低い第2区間D2(第2数値範囲)に属する場合と比べ、事前確率P(H1)に対する事後確率P(H1│D)の増加量をより大きくする。
特徴量の測定結果がどの数値範囲内に入っているかによって、事後確率P(H1│D)の事前確率P(H1)に対する増加量が変化する。車速vが大きな値であればあるほど、平静から乖離している蓋然性が高くなる。導出される事後確率P(H1│D)は、これに応じてより大きな値になる。したがって、運転者の平静さが突発的に変化し、それにより特徴量の測定結果がこれまでと比べて急激に大きな値になった場合に、事後確率P(H1│D)の数値を敏感に上昇させることができる。よって、運転者の現在の平静さを精度よく推定することができる。
【0080】
記憶部45は、非平静事象が発生している場合に特徴量の数値がいくつであるのか推測することの尤もらしさを示す非平静時尤度P(D│H1)を記憶している。推定部44は、特徴量の測定結果に応じて非平静時尤度P(D│H1)を導出し、事前確率P(H1)および導出された非平静時尤度P(D│H1)に基づいて、事後確率P(H1│D)を導出する。記憶部45が尤度P(D│H1)のデータを記憶していることにより、運転者が非平静である蓋然性を確率論的アプローチで容易に推定することができる。
【0081】
非平静事象の余事象は、運転者が平静であるという平静事象である。記憶部45は、平静事象が発生している場合に特徴量の数値がいくつであるのか推測することの尤もらしさを示す平静時尤度P(D│H2)も記憶している。推定部44は、特徴量の測定結果に応じて非平静時尤度P(D│H1)および平静時尤度P(D│H2)を導出する。推定部44は、非平静事象の事前確率P(H1)、導出された非平静時尤度P(D│H1)、平静事象の事前確率P(H2)、および、導出された平静時尤度P(D│H2)に基づいて、非平静事象の事後確率P(H1│D)を導出する。
【0082】
記憶部45が、非平静事象の尤度のデータだけでなく、非平静事象の余事象である平静事象の尤度P(D│H2)のデータも記憶していることにより、運転者が非平静である蓋然性を確率論的アプローチで容易に推定することができる。なお、平静事象は非平静事象の余事象であるから、平静事象の事前確率P(H2)は、非平静事象の事前確率P(H1)を用いて容易に導出される。
【0083】
運転行動変化検知装置30は、所定の運転事象が前回発生してから今回発生するまでの経過時間を計測する計時部43を備える。経過時間が所定時間以上である場合に、更新部46が、記憶部45に記憶されている事前確率P(H1)を初期値P(H1)0にリセットする。そして、推定部44が、事前確率の初期値P(H1)0と、特徴量取得部42において今回取得された特徴量の測定結果とに基づいて、非平静事象の事後確率P(H1│D)を導出する。
【0084】
つまり、運転事象の発生間隔が長くなると、過去の運転事象での運転行動に基づいて推定された非平静事象の確率値がリセットされる。運転事象の発生間隔が長くなると、その間に運転者が平静を取り戻している可能性がある。心理状態のリセットに合わせるようにして確率値もリセットされるため、その後の運転者の平静さの推定精度が向上する。
発報判定部47は、事後確率P(H1│D)と閾値THPとの比較結果に基づいて、発報するか否かを判定する。推定結果の精度がよいため、運転者に安全運転を適時に促すことができる。
そして、所定の運転事象が発生したときに、特徴量を取得する。逆にいえば、前回の所定の運転事象の発生から今回の所定の運転事象の発生までの間、平静さを推定するための特徴量を取得する処理は休止する。運転中に常時特徴量を取得する場合と比べ、演算負荷を軽減することができる。
【0085】
(変形例)
これまで本発明の実施形態について説明したが、上記構成は一例であり、本発明の範囲内で適宜変更、削除および/または追加可能である。
【0086】
図7は、変形例に係る運転行動変化検知装置30Aを備えた運転行動変化検知システム1Aを示す。上記実施形態では、特徴量取得部42が、交差点通過中における運転行動を示す特徴量として、交差点通過時の車速vを取得したが、車速v以外の特徴量を取得してもよい。
交差点通過中に、運転者の心理状態の変化に応じて変化し得る運転行動としては、交差点通過時の速度調整のほか、顔振り行動を挙げることができる。運転者の心理状態が非平静であると、交差点通過中において、顔振り回数が減る傾向にあり、顔振り角度が小さくなる傾向にあり、顔振り時間が短くなる傾向にある。
【0087】
そこで、特徴量取得部42は、顔振り行動取得部42bを備えていてもよい。顔振り行動取得部42bは、交差点通過判定部41aにより交差点通過が発生したと判定されると、当該交差点通過中における顔振り行動を定量的に示す特徴量の測定結果として、顔振り回数、顔振り角度および/または顔振り時間を取得する。顔振り行動取得部42bは、交差点を通過した期間内に内側カメラ14によって取得された顔画像に基づいて、顔振り行動を定量的に示す特徴量を測定する。
【0088】
また、上記実施形態では、運転事象判定部41が、所定の運転事象として、交差点通過の発生有無を判定したが、それ以外の運転事象の発生有無を判定してもよい。例えば、運転事象判定部41は、「所定の運転事象」として「車線変更」が発生したか否かを判定する車線変更判定部41bを有していてもよい。車線変更判定部41bは、車載器10から出力される車両2Aの対地角速度(角速度センサ12によって検出)、位置(GPS受信部13によって検出)の変化、舵角の変化(操作量センサによって検出)、あるいはこれらデータの組み合わせに基づいて、車両2Aが車線変更したか否かを判定する。
【0089】
車線変更中に、運転者の心理状態の変化に応じて変化し得る運転行動としては、ステアリング操作の滑らかさ、および、前方車両および後方車両との衝突リスクの回避を挙げることができる。運転者の心理状態が非平静であると、車線変更中において、急ハンドルが切られてヨーレートあるいは舵角時間変化率が高くなる傾向にある。また、車間距離が短くなる傾向にある。そこで、特徴量取得部42は、ヨーレート取得部42cおよび車間距離取得部42dを有していてもよい。ヨーレート取得部42cは、車線変更判定部41bにより車線変更が発生したと判定されると、当該車線変更中におけるステアリング操作の滑らかさを定量的に示す特徴量の測定結果として、車両2Aのヨーレートを取得する。車間距離取得部42dは、車線変更判定部41bにより車線変更が発生したと判定されると、当該車線変更中における衝突リスクの回避を定量的に示す特徴量の測定結果として、前方車両および/または後方車両との車間距離を取得する。ヨーレートおよび車間距離は、車載器10によって検出され、車載器10から取得される。
【0090】
このように、判定対象の運転事象が増えると、事前確率P(H1)をリセットする機会を減らすことができる。過去の運転事象における運転行動を考慮に入れた推定をなるべく継続することができ、推定精度が向上する。
なお、取得される特徴量の増加に伴い、各特徴量と対応する非平静時尤度および平静時尤度のデータが準備され、準備された非平静時尤度および平静時尤度のデータが記憶部45に記憶される。
【0091】
ここで、顔振り行動を示す特徴量(顔振り回数、顔振り角度および顔振り時間)の数値は、運転者が平静から乖離するほど、特徴量の数値が小さくなる傾向にある。この場合、推定部44は、特徴量の測定結果が第1数値範囲内である場合に、特徴量の測定結果が第1数値範囲に対して小さい第2数値範囲内にある場合と比べ、事前確率に対する事後確率の増加量をより小さくする。具体的には、第1数値範囲と対応する非平静時尤度が、第1数値範囲に対して小さい第2数値範囲と対応する非平静時尤度よりも、大きい値に設定される。ヨーレートと対応する尤度は、車速vと同様であり、車間距離と対応する尤度は、顔振り行動を示す特徴量と同様である。
【0092】
このように、運転者が平静から乖離するほど、特徴量の数値が特定方向に変化する傾向にある場合に、推定部44は、特徴量の測定結果が第1数値範囲内である場合に、特徴量の測定結果が第1数値範囲に対して特定方向にある第2数値範囲内である場合と比べ、事前確率に対する事後確率の増加量をより小さくする。これにより、車速vおよびヨーレートが高いほど事後確率が大きく増加し、顔振り行動を示す特徴量が小さく、車間距離が短いほど事後確率がより大きく増加する。したがって、運転者の平静さの推定精度が向上する。
【0093】
特徴量ごとに個別に事後確率を導出してもよい。例えば、4つの特徴量を測定する場合、4つの特徴量と対応した4種の事後確率が導出される。この場合、発報可否は、4種の事後確率の積、平均値、最大値または最小値に基づいて決定されてもよい。
なお、車速vが低過ぎたり、顔振り行動が過剰であったりするときも、運転者の心理状態が動揺状態または不安状態にあり、平静から乖離している可能性がある。この場合においても、運転者が平静から乖離するほど、特徴量の数値が特定方向に変化する。上記実施形態と同様にして、運転者の現在の平静さを推定することができる。
【0094】
また、記憶部45は、発報判定処理で用いられる複数の閾値THP1,…を記憶していてもよい。発報判定部47は、事後確率P(H1│D)を1以上の閾値THP1,…と比較してもよい。
図8は、2つの閾値THP1,THP2を用いた発報判定処理の説明図である。発報判定処理で、事後確率P(H1│D)は、第1閾値THP1、および第1閾値THP1よりも大きい第2閾値THP2と比較される。2つの閾値THP1,THP2は3つの数値範囲を規定する。発報判定部47は、事後確率P(H1│D)がこれら数値範囲のいずれに属するのか判定する。第1閾値THP1未満であれば、発報しない(白抜き丸形プロットを参照)。第1閾値THP1以上であれば、発報する。ただし、第1閾値THP1以上第2閾値THP2未満であれば、第1の発報処理を行う(黒塗り潰し丸形プロットを参照)。第2閾値THP2以上であれば、第2の発報処理を行う(菱形プロットを参照)。第1の発報処理では、安全運転を促すメッセージが発報される。第2の発報処理では、第1の発報処理よりも注意喚起の意味合いが強いメッセージ(警報)が発報される。事後確率の数値に応じて警報の内容が変更され、運転者に適時に安全運転を促すことができる。
【0095】
上記実施形態では、運転行動変化検知装置30の運転事象判定部41、特徴量取得部42、計時部43、推定部44、記憶部45、更新部46、発報判定部47および出力部48が、サーバ装置で構成される場合を例示した。これは単なる一例であり、運転行動変化検知装置30を構成要素41~48の一部または全部が、車載器10に設けられていてもよい。
【符号の説明】
【0096】
1,1A 運転行動変化検知システム
2 乗り物
2A 装輪車両
10 車載器
19 発報器
30,30A 運転行動変化検知装置
35 運転行動変化検知プログラム
41 運転事象判定部
41a 交差点通過判定部
42 特徴量取得部
42a 車速取得部
43 計時部
44 推定部
45 記憶部
46 更新部
47 発報判定部
48 出力部
S20 特徴量取得工程
S30 推定工程
S40 更新工程
S50 発報判定工程
P(D│H1) 非平静時尤度
P(D│H2) 平静時尤度
P(H1) 非平静事象の事前確率
P(H1)0 非平静事象の事前確率の初期値
P(H1│D) 非平静事象の事後確率
P(H2) 平静事象の事前確率
v 車速
THP,THP1,THP2 発報判定用の閾値