(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-30
(45)【発行日】2024-10-08
(54)【発明の名称】タイヤの摩耗状態の推定装置
(51)【国際特許分類】
G01M 17/02 20060101AFI20241001BHJP
B60C 23/06 20060101ALI20241001BHJP
【FI】
G01M17/02
B60C23/06 A
(21)【出願番号】P 2020215107
(22)【出願日】2020-12-24
【審査請求日】2023-10-25
(73)【特許権者】
【識別番号】000183233
【氏名又は名称】住友ゴム工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100124039
【氏名又は名称】立花 顕治
(74)【代理人】
【識別番号】100210251
【氏名又は名称】大古場 ゆう子
(72)【発明者】
【氏名】前田 悠輔
【審査官】佐々木 崇
(56)【参考文献】
【文献】特開平11-078442(JP,A)
【文献】特開2016-034826(JP,A)
【文献】特開2015-051649(JP,A)
【文献】特開2006-088908(JP,A)
【文献】特開平08-122352(JP,A)
【文献】特許第5882484(JP,B2)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B60C23/00-99/00
G01M17/00-17/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両に装着されたタイヤの摩耗状態を推定する推定装置であって、
前記タイヤの回転速度を順次取得する回転速度取得部と、
前記車両の駆動力を順次取得する駆動力取得部と、
前記車両に加わる横方向加速度を順次取得する横方向加速度取得部と、
順次取得される前記タイヤの回転速度に基づいてスリップ比を算出するスリップ比算出部と、
前記スリップ比と前記駆動力との線形関係を表す回帰係数として、前記スリップ比及び前記駆動力の多数のデータセットに基づいて、前記駆動力に対する前記スリップ比の傾きを算出する傾き算出部と、
前記傾きに基づいて、前記タイヤの摩耗状態を推定する推定部と
を備え
、
前記スリップ比算出部は、順次取得される前記横方向加速度に応じて、順次取得される前記タイヤの前記回転速度のうち、左のタイヤの回転速度に基づき算出される前記タイヤのスリップ比である第1スリップ比と、右のタイヤの回転速度に基づき算出される前記タイヤのスリップ比である第2スリップ比と、左右のタイヤの回転速度の平均に基づき算出される前記タイヤのスリップ比である第3スリップ比とを含む群からいずれか1つを順次選択して取得する、
推定装置。
【請求項2】
前記スリップ比算出部は、前記横方向加速度に応じて、前記車両の右旋回時には前記第1スリップ比を、前記車両の左旋回時には前記第2スリップ比を、前記車両の直進時には前記第3スリップ比を選択する、
請求項
1に記載の推定装置。
【請求項3】
前記車両の旋回半径を取得する旋回半径取得部と、
前記旋回半径と前記スリップ比との関係を表す第1関係情報と、補正時の前記旋回半径とに基づいて、前記スリップ比を補正する第1補正部と
をさらに備える、
請求項1
又は2に記載の推定装置。
【請求項4】
前記第1関係情報は、前記スリップ比を前記旋回半径の逆数の二次関数で表す情報である、
請求項
3に記載の推定装置。
【請求項5】
車両に装着されたタイヤの摩耗状態を推定する推定装置であって、
前記タイヤの回転速度を順次取得する回転速度取得部と、
前記車両の駆動力を順次取得する駆動力取得部と、
前記車両の旋回半径を取得する旋回半径取得部と、
順次取得される前記タイヤの回転速度に基づいてスリップ比を算出するスリップ比算出部と、
前記旋回半径と前記スリップ比との関係を表す関係情報と、補正時の前記旋回半径とに基づいて、前記スリップ比を補正する補正部と、
前記補正されたスリップ比と前記駆動力との線形関係を表す回帰係数として、前記補正されたスリップ比及び前記駆動力の多数のデータセットに基づいて、前記駆動力に対する前記補正されたスリップ比の傾きを算出する傾き算出部と、
前記傾きに基づいて、前記タイヤの摩耗状態を推定する推定部と、
を備える、
推定装置。
【請求項6】
車両に装着されたタイヤの摩耗状態を推定する推定装置であって、
前記タイヤの回転速度を順次取得する回転速度取得部と、
前記車両の駆動力を順次取得する駆動力取得部と、
前記車両に加わる横方向加速度を順次取得する横方向加速度取得部と、
順次取得される前記タイヤの回転速度に基づいてスリップ比を算出するスリップ比算出部と、
前記横方向加速度と前記駆動力と前記スリップ比の関係を表す関係情報と、補正時の前記横方向加速度及び前記駆動力とに基づいて、前記スリップ比を補正する補正部と、
前記補正されたスリップ比と前記駆動力との線形関係を表す回帰係数として、前記補正されたスリップ比及び前記駆動力の多数のデータセットに基づいて、前記駆動力に対する前記補正されたスリップ比の傾きを算出する傾き算出部と、
前記傾きに基づいて、前記タイヤの摩耗状態を推定する推定部と
を備える、
推定装置。
【請求項7】
前
記関係情報は、前記スリップ比を前記駆動力の一次関数で表し、前記駆動力に対する前記スリップ比の傾きを前記横方向加速度の二次関数で表す情報である、
請求項6に記載の推定装置。
【請求項8】
車両に装着されたタイヤの摩耗状態を推定する方法であって、
前記タイヤの回転速度を順次取得することと、
前記車両の駆動力を順次取得することと、
前記車両に加わる横方向加速度を順次取得することと、
順次取得される前記タイヤの回転速度に基づいてスリップ比を算出することと、
前記スリップ比と前記駆動力との線形関係を表す回帰係数として、前記スリップ比及び前記駆動力の多数のデータセットに基づいて、前記駆動力に対する前記スリップ比の傾きを算出することと、
前記傾きに基づいて、前記タイヤの摩耗状態を推定することと、
を含
み、
前記スリップ比を算出することは、順次取得される前記横方向加速度に応じて、順次取得される前記タイヤの前記回転速度のうち、左のタイヤの回転速度に基づき算出される前記タイヤのスリップ比である第1スリップ比と、右のタイヤの回転速度に基づき算出される前記タイヤのスリップ比である第2スリップ比と、左右のタイヤの回転速度の平均に基づき算出される前記タイヤのスリップ比である第3スリップ比とを含む群からいずれか1つを順次選択して算出することを含む、
方法。
【請求項9】
車両に装着されたタイヤの摩耗状態を推定する方法であって、
前記タイヤの回転速度を順次取得することと、
前記車両の駆動力を順次取得することと、
前記車両の旋回半径を取得することと、
順次取得される前記タイヤの回転速度に基づいてスリップ比を算出することと、
前記旋回半径と前記スリップ比との関係を表す関係情報と、補正時の前記旋回半径とに基づいて、前記スリップ比を補正することと、
前記補正されたスリップ比と前記駆動力との線形関係を表す回帰係数として、前記補正されたスリップ比及び前記駆動力の多数のデータセットに基づいて、前記駆動力に対する前記補正されたスリップ比の傾きを算出することと、
前記傾きに基づいて、前記タイヤの摩耗状態を推定することと
を含む、
方法。
【請求項10】
車両に装着されたタイヤの摩耗状態を推定する方法であって、
前記タイヤの回転速度を順次取得することと、
前記車両の駆動力を順次取得することと、
前記車両に加わる横方向加速度を順次取得することと、
順次取得される前記タイヤの回転速度に基づいてスリップ比を算出することと、
前記横方向加速度と前記駆動力と前記スリップ比の関係を表す関係情報と、補正時の前記横方向加速度及び前記駆動力とに基づいて、前記スリップ比を補正することと、
前記補正されたスリップ比と前記駆動力との線形関係を表す回帰係数として、前記補正されたスリップ比及び前記駆動力の多数のデータセットに基づいて、前記駆動力に対する前記補正されたスリップ比の傾きを算出することと、
前記傾きに基づいて、前記タイヤの摩耗状態を推定することと、
を含む、
方法。
【請求項11】
車両に装着されたタイヤの摩耗状態を推定するプログラムであって、
前記タイヤの回転速度を順次取得することと、
前記車両の駆動力を順次取得することと、
前記車両に加わる横方向加速度を順次取得することと、
順次取得される前記タイヤの回転速度に基づいてスリップ比を算出することと、
前記スリップ比と前記駆動力との線形関係を表す回帰係数として、前記スリップ比及び前記駆動力の多数のデータセットに基づいて、前記駆動力に対する前記スリップ比の傾きを算出することと、
前記傾きに基づいて、前記タイヤの摩耗状態を推定することと、
をコンピュータに実行さ
せ、
前記スリップ比を算出することは、順次取得される前記横方向加速度に応じて、順次取得される前記タイヤの前記回転速度のうち、左のタイヤの回転速度に基づき算出される前記タイヤのスリップ比である第1スリップ比と、右のタイヤの回転速度に基づき算出される前記タイヤのスリップ比である第2スリップ比と、左右のタイヤの回転速度の平均に基づき算出される前記タイヤのスリップ比である第3スリップ比とを含む群からいずれか1つを順次選択して算出することを含む、
プログラム。
【請求項12】
車両に装着されたタイヤの摩耗状態を推定するプログラムであって、
前記タイヤの回転速度を順次取得することと、
前記車両の駆動力を順次取得することと、
前記車両の旋回半径を取得することと、
順次取得される前記タイヤの回転速度に基づいてスリップ比を算出することと、
前記旋回半径と前記スリップ比との関係を表す関係情報と、補正時の前記旋回半径とに基づいて、前記スリップ比を補正することと、
前記補正されたスリップ比と前記駆動力との線形関係を表す回帰係数として、前記補正されたスリップ比及び前記駆動力の多数のデータセットに基づいて、前記駆動力に対する前記補正されたスリップ比の傾きを算出することと、
前記傾きに基づいて、前記タイヤの摩耗状態を推定することと、
をコンピュータに実行させる、
プログラム。
【請求項13】
車両に装着されたタイヤの摩耗状態を推定するプログラムであって、
前記タイヤの回転速度を順次取得することと、
前記車両の駆動力を順次取得することと、
前記車両に加わる横方向加速度を順次取得することと、
順次取得される前記タイヤの回転速度に基づいてスリップ比を算出することと、
前記横方向加速度と前記駆動力と前記スリップ比の関係を表す関係情報と、補正時の前記横方向加速度及び前記駆動力とに基づいて、前記スリップ比を補正することと、
前記補正されたスリップ比と前記駆動力との線形関係を表す回帰係数として、前記補正されたスリップ比及び前記駆動力の多数のデータセットに基づいて、前記駆動力に対する前記補正されたスリップ比の傾きを算出することと、
前記傾きに基づいて、前記タイヤの摩耗状態を推定することと、
をコンピュータに実行させる、
プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両に装着されたタイヤの摩耗状態を推定する推定装置、方法及びプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
タイヤの摩耗状態を把握することは、タイヤを適切に管理し、車両の適切な走行を維持するために重要である。タイヤが摩耗していることは、例えばタイヤの外側に現れるスリップサインで把握することができる。しかし、ドライバーが常にスリップサインを確認しているとは限らない。このため、タイヤの摩耗を自動的に推定する技術が提案されている(例えば、特許文献1)。特許文献1では、タイヤのインナーライナー部に加速度センサを配置し、当該加速度センサにより検出されるタイヤの径方向の加速度の時系列波形を時間微分することにより、タイヤの摩耗の度合いを推定する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、タイヤの内側に加速度センサを設置する場合、タイヤの回転中にタイヤに加わる力によって加速度センサがタイヤから剥離してしまい、正しいデータが取得できなくなるおそれがある。
【0005】
本発明は、車両に搭載されているセンサを使用してタイヤの摩耗状態を推定することが可能な推定装置、方法及びプログラムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の第1観点に係る装置は、車両に装着されたタイヤの摩耗状態を推定する推定装置であって、回転速度取得部と、駆動力取得部と、スリップ比算出部と、傾き算出部と、推定部とを備える。回転速度取得部は、前記タイヤの回転速度を順次取得する。駆動力取得部は、前記車両の駆動力を順次取得する。スリップ比算出部は、順次取得される前記タイヤの回転速度に基づいてスリップ比を算出する。傾き算出部は、前記スリップ比と前記駆動力との線形関係を表す回帰係数として、前記スリップ比及び前記駆動力の多数のデータセットに基づいて、前記駆動力に対する前記スリップ比の傾きを算出する。推定部は、前記傾きに基づいて、前記タイヤの摩耗状態を推定する。
【0007】
本発明の第2観点に係る推定装置は、第1観点に係る推定装置であって、前記車両に加わる横方向加速度を順次取得する横方向加速度取得部をさらに備える。前記スリップ比算出部は、順次取得される前記横方向加速度に応じて、順次取得される前記タイヤの前記回転速度のうち、左のタイヤの回転速度に基づき算出される前記タイヤのスリップ比である第1スリップ比と、右のタイヤの回転速度に基づき算出される前記タイヤのスリップ比である第2スリップ比と、左右のタイヤの回転速度の平均に基づき算出される前記タイヤのスリップ比である第3スリップ比とを含む群からいずれか1つを順次選択して取得する。
【0008】
本発明の第3観点に係る推定装置は、第2観点に係る推定装置であって、前記スリップ比算出部は、前記横方向加速度に応じて、前記車両の右旋回時には前記第1スリップ比を、前記車両の左旋回時には前記第2スリップ比を、前記車両の直進時には前記第3スリップ比を選択する。
【0009】
本発明の第4観点に係る推定装置は、第1観点から第3観点のいずれかに係る推定装置であって、前記車両の旋回半径を取得する旋回半径取得部と、前記旋回半径と前記スリップ比との関係を表す第1関係情報と、補正時の前記旋回半径とに基づいて、前記スリップ比を補正する第1補正部とをさらに備える。
【0010】
本発明の第5観点に係る推定装置は、第4観点に係る推定装置であって、前記第1関係情報は、前記スリップ比を前記旋回半径の逆数の二次関数で表す情報である。
【0011】
本発明の第6観点に係る推定装置は、第1観点から第5観点のいずれかに係る推定装置であって、前記車両に加わる横方向加速度を順次取得する横方向加速度取得部と、前記横方向加速度と前記駆動力と前記スリップ比の関係を表す第2関係情報と、補正時の前記横方向加速度及び前記駆動力とに基づいて、前記スリップ比を補正する第2補正部とをさらに備える。
【0012】
本発明の第7観点に係る推定装置は、第6観点に係る推定装置であって、前記第2関係情報は、前記スリップ比を前記駆動力の一次関数で表し、前記駆動力に対する前記スリップ比の傾きを前記横方向加速度の二次関数で表す情報である。
【0013】
本発明の第8観点に係る推定方法は、車両に装着されたタイヤの摩耗状態を推定する推定方法であって、以下のことを含む。また、第9観点に係る推定プログラムは、車両に装着されたタイヤの摩耗状態を推定する推定プログラムであって、以下のことをコンピュータに実行させる。
・前記タイヤの回転速度を順次取得すること
・前記車両の駆動力を順次取得すること
・順次取得される前記タイヤの回転速度に基づいてスリップ比を算出すること
・前記スリップ比と前記駆動力との線形関係を表す回帰係数として、前記スリップ比及び前記駆動力の多数のデータセットに基づいて、前記駆動力に対する前記スリップ比の傾きを算出すること
・前記傾きに基づいて、前記タイヤの摩耗状態を推定すること
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、車両に搭載されているセンサの検出値を利用してタイヤの摩耗状態を推定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】第1実施形態に係る推定装置としての制御ユニットが車両に搭載された様子を示す模式図。
【
図2】第1実施形態に係る制御ユニットの電気的構成を示すブロック図。
【
図3】第1実施形態に係る摩耗状態の推定処理の流れを示すフローチャート。
【
図5】タイヤのトレッドゴムブロックの力学的モデルを表す図。
【
図6A】実験により取得された制動力係数及びスリップ比をプロットしたグラフ。
【
図6B】実験により取得された制動力係数及びスリップ比をプロットしたグラフ。
【
図7A】実験により取得された駆動力及びスリップ比をプロットしたグラフ。
【
図7B】実験により取得された駆動力及びスリップ比をプロットしたグラフ。
【
図8A】傾きの変化量が摩耗量に比例することを実験により確認したグラフ。
【
図8B】傾きの変化量が摩耗量に比例することを実験により確認したグラフ。
【
図8C】傾きの変化量が摩耗量に比例することを実験により確認したグラフ。
【
図8D】傾きの変化量が摩耗量に比例することを実験により確認したグラフ。
【
図8E】傾きの変化量が摩耗量に比例することを実験により確認したグラフ。
【
図8F】傾きの変化量が摩耗量に比例することを実験により確認したグラフ。
【
図8G】傾きの変化量が摩耗量に比例することを実験により確認したグラフ。
【
図8H】傾きの変化量が摩耗量に比例することを実験により確認したグラフ。
【
図8I】傾きの変化量が摩耗量に比例することを実験により確認したグラフ。
【
図8J】傾きの変化量が摩耗量に比例することを実験により確認したグラフ。
【
図8K】傾きの変化量が摩耗量に比例することを実験により確認したグラフ。
【
図8L】傾きの変化量が摩耗量に比例することを実験により確認したグラフ。
【
図9】第2実施形態に係る推定装置としての制御ユニットが車両に搭載された様子を示す模式図。
【
図10】第2実施形態に係る制御ユニットの電気的構成を示すブロック図。
【
図11】第2実施形態に係る摩耗状態の推定処理の流れを示すフローチャート。
【
図12A】スリップ比と車両の旋回半径との関係を表すグラフ。
【
図12B】駆動力に対するスリップ比の傾きと横方向加速度との関係を表すグラフ。
【
図13】直進時、左旋回時及び右旋回時における様々なスリップ比と駆動力との関係を表すグラフ。
【
図14A】直進時における様々な車体速度に対する第1スリップ比及び第2スリップ比と駆動力との関係を表すグラフ。
【
図14B】左旋回時における様々な車体速度に対する第1スリップ比及び第2スリップ比と駆動力との関係を表すグラフ。
【
図14C】右旋回時における様々な車体速度に対する第1スリップ比及び第2スリップ比と駆動力との関係を表すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、図面を参照しつつ、本発明の幾つかの実施形態に係る推定装置、方法及びプログラムについて説明する。
【0017】
<1.第1実施形態>
<1-1.推定装置の構成>
図1は、第1実施形態に係る推定装置としての制御ユニット2が車両1に搭載された様子を示す模式図である。車両1は、四輪車両であり、左前輪FL、右前輪FR、左後輪RL及び右後輪RRを備えている。車輪FL,FR,RL,RRには、それぞれ、タイヤT
FL,T
FR,T
RL,T
RRが装着されている。本実施形態に係る車両1は、フロントエンジン・フロントドライブ車(FF車)であり、前輪タイヤT
FL,T
FRが駆動輪タイヤであり、後輪タイヤT
RL,T
RRが従動輪タイヤである。
【0018】
制御ユニット2は、走行中のタイヤTFL,TFR,TRL,TRRの回転速度の情報に基づいて、走行中のタイヤTFL,TFR,TRL,TRRのスリップのし易さを表すスリップ比Sを算出し、車両1の駆動力Fに対するスリップ比Sの傾きに基づいて、駆動輪タイヤであるタイヤTFL,TFRの平均摩耗状態を推定する。タイヤのトレッド部に形成されている溝は、摩耗するにつれて浅くなる。これにより、タイヤの排水性が悪くなり、ハイドロプレーニング現象が発生しやすくなったり、雨天時の駆動性能及び制動性能の低下を招く。このような状態が深刻化することを回避するため、一般にはトレッド部の溝の深さが所定の閾値以下となったタイミングでタイヤを交換することが推奨される。制御ユニット2は、タイヤTFL,TFRの摩耗状態としてタイヤTFL,TFRの残り溝の深さの平均を推定し、タイヤ交換が推奨されるタイミングを検知し、これを車両1のドライバーに通知する。
【0019】
タイヤの摩耗状態の情報は、車両1のドライバーに適時にタイヤ交換を促す以外にも、様々な用途に応用することができる。タイヤの摩耗状態の情報は、例えば路面の滑り易さのモニタリング及びブレーキシステムの制御等に応用することができる。
【0020】
車両1のタイヤTFL,TFR,TRL,TRR(より正確には、車輪FL,FR,RL,RR)には、各々、車輪速センサ6が取り付けられており、車輪速センサ6は、自身の取り付けられた車輪に装着されたタイヤの回転速度(すなわち、車輪速)V1~V4を検出する。V1~V4は、それぞれ、タイヤTFL,TFR,TRL,TRRの回転速度である。車輪速センサ6としては、走行中の車輪FL,FR,RL,RRの車輪速を検出できるものであれば、どのようなものでも用いることができる。例えば、電磁ピックアップの出力信号から車輪速を測定するタイプのセンサを用いることもできるし、ダイナモのように回転を利用して発電を行い、このときの電圧から車輪速を測定するタイプのセンサを用いることもできる。車輪速センサ6の取り付け位置も、特に限定されず、車輪速の検出が可能である限り、センサの種類に応じて、適宜、選択することができる。車輪速センサ6は、制御ユニット2に通信線5を介して接続されている。車輪速センサ6で検出された回転速度V1~V4の情報は、リアルタイムに制御ユニット2に送信される。
【0021】
車両1には、車両1のホイールトルクWTを検出するトルクセンサ7が取り付けられている。トルクセンサ7としては、車両1のホイールトルクWTを検出できる限り、その構造も取り付け位置も特に限定されない。トルクセンサ7は、制御ユニット2に通信線5を介して接続されている。トルクセンサ7で検出されたホイールトルクWTの情報は、回転速度V1~V4の情報と同様、リアルタイムに制御ユニット2に送信される。
【0022】
図2は、制御ユニット2の電気的構成を示すブロック図である。制御ユニット2は、車両1に搭載されており、
図2に示されるとおり、I/Oインターフェース11、CPU12、ROM13、RAM14、及び不揮発性で書き換え可能な記憶装置15を備えている。I/Oインターフェース11は、車輪速センサ6、トルクセンサ7、及び表示器3等の外部装置との通信を行うための通信装置である。ROM13には、車両1の各部の動作を制御するためのプログラム9が格納されている。CPU12は、ROM13からプログラム9を読み出して実行することにより、仮想的に回転速度取得部21、駆動力取得部22、スリップ比算出部25、傾き算出部28及び推定部29として動作する。各部の動作の詳細は、後述する。記憶装置15は、ハードディスクやフラッシュメモリ等で構成される。なお、プログラム9の格納場所は、ROM13ではなく、記憶装置15であってもよい。RAM14及び記憶装置15は、CPU12の演算に適宜使用される。
【0023】
表示器3は、ユーザ(主として、ドライバー)に警報を含む各種情報を出力することができ、例えば、液晶表示素子、液晶モニター、プラズマディスプレイ、有機ELディスプレイ等、任意の態様で実現することができる。表示器3の取り付け位置は、適宜選択することができるが、例えば、インストルメントパネル上等、ドライバーに分かりやすい位置に設けることが好ましい。制御ユニット2がカーナビゲーションシステムに接続される場合には、カーナビゲーション用のモニターを表示器3として使用することも可能である。表示器3としてモニターが使用される場合、警報はモニター上に表示されるアイコンや文字情報とすることができる。
【0024】
<1-2.摩耗状態の推定処理>
以下、
図3を参照しつつ、車両1の駆動力Fとスリップ比Sとの回帰係数を算出し、これに基づきタイヤの摩耗の状態を推定する推定処理について説明する。この推定処理は、車両1の電気系統に電源が投入されている間、繰り返し実行されてもよいし、1日に1回といった所定の頻度で、車両1が走行している間に行われてもよい。
【0025】
ステップS1では、回転速度取得部21が、走行中のタイヤTFL,TFR,TRL,TRRの回転速度V1~V4を取得する。回転速度取得部21は、所定のサンプリング周期における車輪速センサ6からの出力信号を受信し、これを回転速度V1~V4に換算する。
【0026】
ステップS2では、駆動力取得部22が、車両1のホイールトルクWTを取得する。駆動力取得部22は、所定のサンプリング周期におけるトルクセンサ7からの出力信号を受信し、これをホイールトルクWTに換算する。
【0027】
ステップS1、S2で取得された回転速度V1~V4及びホイールトルクWTのデータが有効なデータであるとき、処理はステップS3に移行する。一方、回転速度V1~V4及びホイールトルクWTのデータが有効なデータでないときは、処理はステップS1に戻る。有効なデータとは、後の処理で摩耗状態を精度よく推定することが可能なデータであり、有効でないデータは、摩耗状態の推定に好ましくない影響を及ぼしうるデータである。有効でないデータの例としては、例えば車両1のブレーキ作動中に取得されたデータが挙げられる。本実施形態では、有効でないデータは、摩耗量の推定には使用されないよう破棄される。
【0028】
ステップS3では、駆動力取得部22が、換算されたホイールトルクWTから、車両1の駆動力Fを算出する。駆動力Fは、例えばホイールトルクWTをタイヤTFL,TFR,TRL,TRRの半径で除することにより算出することができる。
【0029】
次のステップS4では、スリップ比算出部25が、回転速度V1~V4に基づいて、スリップ比Sを算出する。本実施形態では、スリップ比Sは、(駆動輪の速度-車体速度)/車体速度として算出され、車体速度として、従動輪の速度が用いられる。スリップ比Sは、本実施形態では、以下のとおり定義される。
S={(V1+V2)-(V3+V4)}/(V3+V4)
【0030】
ステップS3及びステップS4が実行された後であって、次の処理が実行される前に、ステップS3で算出された駆動力Fと、ステップS4で算出されたスリップ比Sに対し、測定誤差を除去するためのフィルタリングが行われてもよい。
【0031】
連続して実行されるステップS1~S4において取得される回転速度V1~V4、スリップ比S及び駆動力Fのデータは、同時刻又は概ね同時刻に取得されたデータセットとして取り扱われ、RAM14又は記憶装置15に保存される。
図3に示すとおり、ステップS1~S4は、繰り返し実行されるため、以上のデータセットは、順次取得される。ステップS4の後、このようなデータセットがN1個(N1≧2)溜まると、ステップS5に移行する。
【0032】
ステップS5では、傾き算出部28が、駆動力F及びスリップ比Sの多数のデータセットに基づいて、駆動力Fとスリップ比Sとの線形関係を表す回帰係数として、駆動力Fに対するスリップ比Sの傾きf1及び切片f2を算出する。傾きf1及び切片f2は、例えば最小二乗法等により算出することができる。傾きf1及び切片f2は、駆動力F及びスリップ比Sの多数のデータセットに基づいて、逐次的に算出されてもよいし、バッチ処理により算出されてもよい。本実施形態では、好ましい例として、逐次最小二乗法が用いられる。
【0033】
ところで、妥当な傾きf1及び切片f2を算出するためには、所定の期間における駆動力Fのデータに一定以上のばらつきがあることが好ましい。しかし、例えば下り坂において車両1が一定速度で走行している期間のように、駆動力Fがあまり変化していない期間においてはデータセットにばらつきがあまり見られない。従って、摩耗状態の推定時である現在において、駆動力Fのばらつきが一定値以上であるか否かを判断し、ばらつきが一定値以上であると判断される場合に、傾き算出部28が傾きf1及び切片f2を算出することとしてもよい。駆動力Fのばらつきは、例えば直近の所定の期間に取得された駆動力Fの幅及び分散で判断することができ、これらがそれぞれ所定の閾値以上である場合には、ばらつきが一定値以上であると判断することができる。
【0034】
以後のステップでは、タイヤTFL,TFR,TRL,TRRが新品状態であるときの初期傾きf1Nに対する現在の傾きf1の変化を評価することにより、タイヤTFL,TFR,TRL,TRRの摩耗状態が推定される。以下、スリップ比Sに対する駆動力Fの傾きf1の変化により摩耗状態を推定する原理を説明する。
【0035】
一般に、路面の状態が一定であるとき、スリップ比Sと駆動力Fとの間には、
図4のグラフに示すような関係が成り立つことが知られている。ただし、
図4のグラフでは、横軸がスリップ比Sであり、縦軸が駆動力Fである。車両1が通常走行する環境下では、スリップ比Sは概ね0~Scの範囲を遷移する。
図4から分かるように、スリップ比Sが0~Scである領域では、スリップ比Sと駆動力Fとの間に近似的な線形関係が成り立つと言ってよい。駆動力Fに対するスリップ比Sの近似的な線形関係に支配的な因子の1つとして、以下の式(1)により表されるドライビングスティフネスCが知られている。
C=wk
xl
2/2 (1)
【0036】
ここで、wはタイヤの接地幅、kxはタイヤのトレッドゴムブロックTB(以下、ブロックTBとも称する)の単位面積当たりのせん断剛性、lはタイヤの接地長である。ブロックTBは、直方体であるとする。
【0037】
図5は、路面上のタイヤのブロックTBを片持ち梁として考えたモデル図である。せん断力QがブロックTBに働くときのブロックTBの変形量をδ、ブロックTBの高さをL、ブロックTBの断面積をA、ブロックTBのせん断弾性係数をG、ブロックTBの断面形状係数をκとすると、単位面積当たりのせん断剛性k
xは、以下の式で表される。
k
x=Q/δ=(GA)/(κL)
【0038】
ここで、タイヤが新品状態であるときのブロックTBの高さをLN、摩耗状態であるときのブロックTBの高さをLWとし、A、Gは新品状態と摩耗状態とで一定であると仮定する。タイヤが新品状態であるときのkxをkxN、タイヤが摩耗状態であるときのkxをkxWとすると、kxWは以下の式(2)で表される。
kxW=(GA)/(κLW) =(GA)/(κLN)×LN/LW
=kxN×LN/LW (2)
【0039】
式(1)から、駆動力Fに対するスリップ比Sの傾きf1はブロックTBの単位面積当たりのせん断剛性kxが高いほど小さくなると考えられる。そこで、傾きf1が単位面積当たりのせん断剛性kxに反比例すると仮定する。タイヤの新品状態のときにf1Nであった傾きが、タイヤの摩耗状態のときにf1に変化したとすると、式(2)より、以下のことが成り立つ。
(f1N-f1)∝1/kxN-1/kxW=(1/kxN)×(LN-LW)/LN
【0040】
ここで、(LN-LW)を、ブロックTBが新品状態から摩耗によりすり減った量と考えて摩耗量Wに置き換えると、以下の式が成り立つ。
(f1N-f1)∝W/(kxN×LN)
【0041】
この式は、摩耗量Wが傾きf1の変化に比例することを意味する。つまり、傾きf1N及び傾きf1の算出時に路面の条件が同等であるという前提が成り立つ場合、新品状態の傾きf1Nに対する傾きf1の変化量から、摩耗量Wを推定することができる。なお、新品状態のタイヤの溝の深さの値から摩耗量Wを減算したものが、当該時点におけるタイヤの残り溝の深さの値に相当する。
【0042】
発明者は、以上のことを裏付ける実験を行った。
図6~8は、それぞれの実験結果を示すグラフである。まず、発明者は、摩耗量Wが0mm(摩耗なし)、2mm、4mm、6mmである同一種類のタイヤを用いて、タイヤのスリップ比Sに対する制動力係数μを測定した。この測定は、それぞれのタイヤについて同一の乾いたアスファルト路面という条件下で、μ-S特性を測定する専用の実験設備を用いて行われた。その結果が
図6A及び
図6Bに示すグラフである。
図6Bのグラフは、
図6Aのグラフのスリップ比Sが0~0.1の範囲を詳細に示している。
図6A及び6Bから分かるように、摩耗量Wが増えるにつれ、同じスリップ比Sに対して制動力係数μが増加した。このことにより、摩耗量Wが増えるにつれブロックTBの単位面積当たりのせん断剛性k
xが高くなることが確認された。すると、上述したように、傾きf1が単位面積当たりのせん断剛性k
xに反比例するため、摩耗量Wが増えるにつれ傾きf1が小さくなると考えられる。
【0043】
そこで、発明者は摩耗量Wが増えると傾きf1が小さくなることを裏付けるべく、更なる実験を行った。
図7A及び7Bは、この実験結果を表すグラフである。実験は、車両の4輪に新品状態(W=0)のタイヤを装着して直進走行した場合と、4輪に摩耗状態のタイヤを装着して直進走行した場合とにおける傾きf1をそれぞれ算出することにより行われた。車両は同一の車両を使用し、走行した路面は同一の乾いたアスファルト路面であった。傾きf1は、車両に搭載されているセンサの出力信号を利用して、ステップS1~ステップS5と同様の手順で算出された。
図7Aのグラフは、新品状態のタイヤで走行した場合の駆動力F及びスリップ比S、並びに同一種類の摩耗状態(W=6mm)のタイヤで走行した場合の駆動力F及びスリップ比Sをプロットしたものである。タイヤの新品状態及び摩耗状態のそれぞれのデータセットについて回帰係数を算出すると、摩耗状態における傾きf1は0.0183となり、新品状態における傾きf1
N(=0.0269)より小さくなった。
【0044】
図7Bのグラフは、新品状態のタイヤ(
図7Aとは別の種類のタイヤ)で走行した場合の駆動力F及びスリップ比S、並びに同一種類の摩耗状態(W=8mm)のタイヤで走行した場合の駆動力F及びスリップ比Sをプロットしたものである。
図7Aの場合と同様に、タイヤの新品状態及び摩耗状態のそれぞれのデータセットについて回帰係数を算出すると、摩耗状態における傾きf1は0.0191となり、新品状態における傾きf1
N(=0.0534)より小さくなった。
【0045】
さらに、発明者は、サイズ違いを含む、様々な種類のタイヤT1~T12について、
図6の実験と同様にして傾きf1を算出し、摩耗量Wに対する傾きf1の変化量(f1
N-f1)の関係を確認した。その結果が
図8A~8Lに示すグラフである。それぞれのグラフの横軸は、実測されたタイヤの摩耗量Wであり、縦軸は、傾きf1の変化量(f1
N-f1)である。これらのグラフから分かるように、タイヤの種類が異なっても、傾きf1の変化量(f1
N-f1)は、摩耗量Wに比例する傾向が見られる。このことを利用して、新品状態のタイヤでの傾きf1
Nと、摩耗量がWである同一種類のタイヤでの傾きf1とを取得し、摩耗量Wに対する傾きf1の変化量(f1
N-f1)の比例定数を予め求めておけば、傾きf1の変化量(f1
N-f1)から摩耗量Wを推定することができる。
【0046】
再び
図3を参照して、ステップS5で算出された傾きf1が、乾いたアスファルトを走行中に取得されたデータセットに由来しない場合は、傾きf1は摩耗状態の推定に使用されず、処理はステップS1に戻る。ステップS5で算出された傾きf1が、乾いたアスファルトを走行中に取得されたデータセットに由来する場合は、傾きf1
NがROM13又は記憶装置15に保存されているか否かで後の処理が異なる。車両1が走行する路面が乾いたアスファルトであるか否かは、傾きf1を利用した路面判定アルゴリズムを使用して判断されてもよいし、他の公知の路面判定アルゴリズムを使用して判断されてもよい。また、車両1に路面センサが装着されている場合は、当該路面センサの出力信号により路面が判断されてもよい。
【0047】
タイヤが新品状態であり、傾きf1NがROM13又は記憶装置15に保存されていない場合、処理はステップS8に移行し、傾き算出部28が、ステップS5で算出した傾きf1を傾きf1NとしてROM13又は記憶装置15に保存する。その後、処理はステップS1に戻る。
【0048】
傾きf1Nが既にROM13又は記憶装置15に保存されている場合は、ステップS6において、推定部29が傾きf1の新品状態からの変化量ΔFを算出する。本実施形態では、変化量ΔFは、以下の式で定義される。
ΔF=f1N-f1
【0049】
ステップS7では、推定部29が摩耗量Wを推定する。推定部29は、実験又はシミュレーションにより予め特定され、ROM13又は記憶装置15に保存されている、摩耗量Wに対する変化量ΔFの関数に基づいて、変化量ΔFを摩耗量Wに換算する。摩耗量Wに対する変化量ΔFの関数は、タイヤの種類ごとに特定され、ROM13又は記憶装置15に保存されていてもよい。この場合、推定部29は、車両1に装着されているタイヤの種類の情報を取得し、当該タイヤに適した関数をROM13又は記憶装置15から読み出して摩耗量Wを推定するように構成されてもよい。あるいは、摩耗量Wに対する変化量ΔFの関数として、タイヤの種類に関係なく定められた代表的な関数がROM13又は記憶装置15に保存され、推定部29がこれに基づいて摩耗量Wを推定してもよい。
【0050】
ステップS7で推定された摩耗量Wが、タイヤ交換の目安として予め定められた閾値W1以上であるとき、処理はステップS9に移行する。ステップS9では、推定部29がタイヤの摩耗を通知する信号を生成し、表示器3を介してドライバーに対する通知を表示させる。表示器3に表示される通知の内容は、例えばタイヤが基準値以上に摩耗していること、スリップが起きやすくなっていること、及びタイヤの交換を促すこと等を含んでいてもよい。通知の態様は特に限定されず、文字情報によるメッセージ、アイコンの点灯、グラフィックの表示等、適宜選択できる。また、車両1のスピーカーを介して、同様の内容を含む通知が音声出力されてもよい。
【0051】
<2.第2実施形態>
以下、本発明の第2実施形態に係る摩耗状態の推定装置、方法及びプログラムについて説明する。以下では、第1実施形態と相違する構成及び処理手順(ステップ)について主に説明し、第1実施形態と共通する構成及びステップについては同一の符号を付して説明を省略する。
【0052】
<2-1.推定装置の構成>
図9は、第2実施形態に係る推定装置としての制御ユニット2Aが車両1に搭載された様子を示す模式図であり、
図10は、制御ユニット2Aの電気的構成を示すブロック図である。制御ユニット2Aでは、スリップ比Sの算出時に、車両1の旋回によるスリップ比Sの変化が考慮される。車両1の旋回時には、駆動力Fに対するスリップ比Sの関係が変化するため、傾きf1に基づく摩耗状態の推定の精度が低下し得るからである。
【0053】
車両1には、車両1に加わる横方向加速度γを検出する横方向加速度センサ4が取り付けられている。横方向加速度γとは、車両1の旋回時に、旋回外側に向かって車両1に作用する遠心加速度である。横方向加速度センサ4としては、横方向加速度γを検出できる限り、その構造も取り付け位置も特に限定されない。横方向加速度センサ4は、制御ユニット2に通信線5を介して接続されている。横方向加速度センサ4で検出された横方向加速度γの情報は、回転速度V1~V4及びホイールトルクWTの情報と同様、リアルタイムに制御ユニット2Aに送信される。
【0054】
また、車両1には、車両1のヨーレートωを検出するヨーレートセンサ8が取り付けられている。ヨーレートωとは、車両1の旋回時の鉛直軸周りの回転角速度である。ヨーレートセンサ8としては、例えば、コリオリ力を利用してヨーレートを検出するタイプのセンサを用いることができるが、ヨーレートωを検出できる限り、その構造も取り付け位置も特に限定されない。ヨーレートセンサ8は、制御ユニット2に通信線5を介して接続されている。ヨーレートセンサ8で検出されたヨーレートωの情報は、回転速度V1~V4、ホイールトルクWT及び横方向加速度γの情報と同様、リアルタイムに制御ユニット2Aに送信される。
【0055】
図10に示すように、制御ユニット2AのROM13には、車両1の各部の動作を制御するためのプログラム9Aが格納されている。CPU12は、ROM13からプログラム9Aを読み出して実行することにより、仮想的に回転速度取得部21、駆動力取得部22、スリップ比算出部25、傾き算出部28及び推定部29として動作する他、さらに横方向加速度取得部23、旋回半径取得部24、関係特定部26及び補正部27として動作する。補正部27は、本発明の第1補正部及び第2補正部の例である。各部の動作の詳細は、後述する。
【0056】
<2-2.摩耗状態の推定処理>
以下、図を参照しつつ、制御ユニット2Aが行う摩耗状態の推定処理について説明する。この推定処理は、車両1の電気系統に電源が投入されている間、繰り返し実行されてもよいし、1日に1回といった所定の頻度で、車両1が走行している間に行われてもよい。
【0057】
ステップS21では、第1実施形態に係る推定処理のステップS1と同様の処理が行われる。すなわち、回転速度V1~V4が取得される。また、ステップS22では、第1実施形態に係る推定処理のステップS2と同様の処理が行われる。すなわち、ホイールトルクWTが取得される。
【0058】
ステップS23では、横方向加速度取得部23が、車両1に加わる横方向加速度γを取得する。横方向加速度取得部23は、所定のサンプリング周期における横方向加速度センサ4からの出力信号を受信し、これを横方向加速度γに換算する。
【0059】
ステップS24では、旋回半径取得部24が、車両1のヨーレートωを取得する。旋回半径取得部24は、所定のサンプリング周期におけるヨーレートセンサ8からの出力信号を受信し、これをヨーレートωに換算する。旋回半径取得部24は、車体速度をヨーレートωで除することにより、車両1の旋回半径Rを取得する。車体速度は、従動輪の速度で近似することができるため、例えば、R=(V3+V4)/2ωとして算出することもできる。
【0060】
次のステップS25では、第1実施形態に係る推定処理のステップS3と同様の処理が行われる。すなわち、駆動力取得部22が、換算されたホイールトルクWTから、車両1の駆動力Fを算出する。
【0061】
ステップS26では、スリップ比算出部25が、回転速度V1~V4に基づいて、スリップ比Sを算出する。
【0062】
ステップS25及びステップS26において、駆動力F及びスリップ比Sがともに算出された後、以下の処理に移る前に、ステップS25で算出された駆動力Fと、ステップS26で算出されたスリップ比Sに対し、測定誤差を除去するためのフィルタリングが行われてもよい。
【0063】
連続して実行されるステップS21~S26において取得される回転速度V1~V4、ホイールトルクWT、横方向加速度γ、ヨーレートω、旋回半径R、並びにスリップ比S及び駆動力Fのデータは、同時刻又は概ね同時刻に取得されたデータセットとして取り扱われ、RAM14又は記憶装置15に保存される。
図11に示すとおり、ステップS21~S26は、繰り返し実行されるため、以上のデータセットは、順次取得される。ステップS26の後、このようなデータセットがN1個(N1≧2)溜まると、ステップS27に移行する。ステップS27とこれに続くステップS28は、一度だけ実行される。ステップS27及びステップS28が一度実行された後は、ステップS21~S26の後、ステップS29に移行する。
【0064】
ステップS27では、関係特定部26が、ステップS24で算出された旋回半径Rと、スリップ比Sとの多数のデータセットに基づいて、旋回半径Rとスリップ比Sとの関係を表す第1関係情報を特定する。第1関係情報は、以後のスリップ比Sの補正(ステップS29)に用いられる。車両1の旋回中は、車両1が同じ状態の路面を走行している場合でも、直進時と比べてスリップ比Sと駆動力Fとの線形関係が変化するため、摩耗状態を正しく推定できなくなり得る。旋回中は、左右のタイヤに軌道差(経路差)が生じ、この軌道差の影響により、スリップ比Sが直進時から変化するからである。よって、ここでは、スリップ比Sに基づく安定した各種制御を実現するべく、スリップ比Sから、旋回中の左右の軌道差により生じる影響がキャンセルされる。
【0065】
旋回中の左右の軌道差は、旋回半径Rに依存し、旋回半径Rとスリップ比Sとの間には、一定の関係が成立する。本発明者が行った実験によれば、スリップ比Sは、
図12Aに示すように、概ね旋回半径Rの逆数の二次関数で表される。ステップS7では、関係特定部26が、このような旋回半径Rとスリップ比Sとの関係を表す関係情報として、下式の係数a
1、b
1及びc
1を特定する。
S=a
1(1/R)
2+b
1(1/R)+c
1
【0066】
係数a1、b1及びc1は、RAM14又は記憶装置15に保存されているスリップ比S及び旋回半径Rの多数のデータセットに基づいて算出され、例えば、最小二乗法等の方法で算出される。
【0067】
なお、旋回半径Rの逆数とスリップ比Sとの関係を表す放物線の頂点は、直進時に対応し、
図12Aに示すとおり、概ねスリップ比Sを表す縦軸に重なる。言い換えると、b
1は概ね0である。よって、ここでは、下式に従って、関係情報として、係数a
1及びc
1のみを特定することもできる。
S=a
1(1/R)
2+c
1
【0068】
次のステップS28では、関係特定部26が、ステップS23で取得された横方向加速度γと、スリップ比S及び駆動力Fとの多数のデータセットに基づいて、横方向加速度γと駆動力Fとスリップ比Sとの関係を表す第2関係情報を特定する。第2関係情報も、以後のスリップ比Sの補正(ステップS30)に用いられる。上記のとおり、車両1の旋回中は、スリップ比Sと駆動力Fとの線形関係が変化するため、摩耗状態を正しく推定できなくなり得る。そして、旋回中、この線形関係は、左右の軌道差のみならず、車体の左右方向の荷重移動の影響によっても、直進時から変化する。このような荷重移動の影響によっても、スリップ比Sが直進時から変化するからである。よって、ここでは、スリップ比Sに基づく安定した各種制御を実現するべく、スリップ比Sから、旋回中の左右方向の荷重移動により生じる影響がキャンセルされる。
【0069】
旋回中の左右方向の荷重移動は、横方向加速度γに依存し、横方向加速度γと、駆動力Fに対するスリップ比Sの傾きf1との間には、一定の関係が成立する。本発明者が行った実験によれば、傾きf1は、
図12Bに示すように、概ね横方向加速度γの二次関数で表される。ステップS28では、関係特定部26が、このような横方向加速度γと駆動力Fとスリップ比Sとの関係を表す関係情報として、下式の係数a
2、b
2、c
2及びf2を特定する。なお、f2は、駆動力Fに対するスリップ比Sの切片である。
S=f1F+f2=(a
2γ
2+b
2γ+c
2)F+f2
【0070】
係数a2、b2、c2及びf2は、スリップ比S、駆動力F及び横方向加速度γの多数のデータセットに基づいて算出され、例えば、最小二乗法等の方法で算出される。また、横方向加速度γの範囲を任意の範囲に区切り、各範囲でスリップ比Sと駆動力Fとの一次回帰を行い、回帰係数f1及びf2を算出した後、各範囲で横方向加速度γの平均値及び傾きf1の平均値を算出し、これらの平均値に基づき、ガウスの消去法により、係数a2、b2及びc2を特定することもできる。
【0071】
ステップS28が終了すると、ステップS21に戻り、再度ステップS21~S26が繰り返される。
図11に示すとおり、ステップS27及びS28が一度実行され、旋回半径Rとスリップ比Sとの関係情報a
1、b
1及びc
1、並びに横方向加速度γと駆動力Fとスリップ比Sとの関係情報a
2、b
2及びc
2が特定された後は、ステップS21~S26が1回ずつ実行される度に、これに続いてステップS29~S35が繰り返し実行される。
【0072】
ステップS29では、補正部27が、旋回半径Rとスリップ比Sとの関係を表す関係情報a1、b1及びc1と、最新のステップS24で取得された旋回半径Rとに基づいて、最新のステップS26で取得されたスリップ比Sを補正する。以上のとおり、スリップ比Sは、旋回半径Rの逆数の二次関数で表される。よって、補正部27は、下式に従って、スリップ比Sから、補正時の旋回半径Rの逆数を二乗した値に係数a1を乗じた値を減算することにより、スリップ比Sを補正する。
S=S-a1(1/R)2
なお、下式によって、スリップ比Sから、補正時の旋回半径Rの逆数に係数b1を乗じた値をさらに減算することにより、スリップ比Sを補正してもよい。
S=S-a1(1/R)2-b1(1/R)
【0073】
以上の補正式によれば、
図12Aに示すとおり、実質的に(1/R)=0のときに、すなわち、直進時に換算したスリップ比Sを算出することができ、スリップ比Sから左旋回及び右旋回による軌道差の影響がキャンセルされる。
【0074】
次のステップS30では、補正部27が、横方向加速度γとスリップ比Sとの関係を表す関係情報a2、b2及びc2と、最新のステップS23で取得された横方向加速度γと、最新のステップS25で取得された駆動力Fとに基づいて、ステップS26で取得されたスリップ比Sをさらに補正する。以上のとおり、スリップ比Sは、傾きをf1とする駆動力Fの一次関数で表され、傾きf1は、横方向加速度γの二次関数で表される。よって、補正部27は、下式に従って、補正時の横方向加速度γを二乗した値に係数a2を乗じた値と、補正時の横方向加速度γに係数b2を乗じた値と、c2との和を算出し、当該和と補正時の駆動力Fとの積を算出し、当該積をステップS29で取得されたスリップ比Sから減算することにより、スリップ比Sをさらに補正する。
S=S-f1F=S-(a2γ2+b2γ+c2)F
【0075】
なお、b2も概ね0となるため、下式に従ってスリップ比Sを補正してもよい。
S=S-(a2γ2+c2)F
【0076】
以上の補正式によれば、直進時に換算したスリップ比Sを算出することができ、スリップ比Sから左旋回及び右旋回による左右方向の荷重移動の影響がキャンセルされる。
【0077】
以後のステップS31~S33では、以上のとおりに補正されたスリップ比Sに対する駆動力Fの傾きf1の、初期の傾きf1Nに対する変化量ΔFに基づいて、タイヤの摩耗量Wが推定される。
【0078】
ステップS31では、傾き算出部28が、摩耗状態の推定時である現在及びそれよりも前の所定の期間におけるスリップ比S及び駆動力Fの多数のデータセットに基づいて、下式に示されるスリップ比Sと駆動力Fとの線形関係を表す回帰係数f1及びf2を算出する。回帰係数f1及びf2の算出方法は、第1実施形態と同様である。
S=f1F+f2
【0079】
以降の処理は、第1実施形態のステップS5以降の処理と同様である。つまり、ステップS31が第1実施形態のステップS5に、ステップS32が第1実施形態のステップS6に、ステップS33が第1実施形態のステップS7に、ステップS34が第1実施形態のステップS8に、ステップS35が第1実施形態のステップS9にそれぞれ対応する。
【0080】
第2実施形態に係る摩耗量の推定処理によれば、旋回の影響がキャンセルされたスリップ比Sに基づいて傾きf1が算出される。このため、車両1の旋回中のデータも摩耗量の推定のために好適に活用できる。
【0081】
<3.変形例>
以上、本発明のいくつかの実施形態について説明したが、本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、その趣旨を逸脱しない限りにおいて、種々の変更が可能である。例えば、以下の変更が可能である。また、以下の変形例の要旨は、適宜組み合わせることができる。
【0082】
<3-1>
上記実施形態に係るタイヤの摩耗状態の推定は、後輪駆動車にも適用することができるし、四輪駆動車にも適用することもできる。さらに、同機能は、四輪車両に限られず、三輪車両又は六輪車両などにも適宜、適用することができる。上記実施形態に係るタイヤの摩耗状態の推定が後輪駆動車に適用される場合、駆動輪である後輪に装着されたタイヤの平均の摩耗量が推定される。
【0083】
<3-2>
車両1の横方向加速度γの取得方法は、上記実施形態で説明されたものに限定されない。例えば、ヨーレートセンサ8からのヨーレートω及び回転速度V1~V4の情報からも、横方向加速度γを取得することができる。
【0084】
<3-3>
上記実施形態において、スリップ比Sや旋回半径R等の算出に使用される車体速度の算出方法は、上記実施形態で説明されたものに限定されない。例えば、車両1に取り付けられている加速度センサにより取得される加速度αを積分した値を車体速度として、スリップ比Sや旋回半径R等を算出してもよい。また、車両1に通信接続されているGPS等の衛星測位システムの測位信号から車体速度を算出し、スリップ比Sや旋回半径R等の算出に用いてもよい。
【0085】
<3-4>
駆動力Fの取得方法は、上記実施形態で説明されたものに限られない。例えば、車両1に取り付けられている加速度センサにより取得される車両1の加速度を駆動力Fとして扱うこともできるし、車両1のエンジンの制御装置から取得されるエンジントルク及びエンジンの回転数から駆動力Fを導出することもできるし、タイヤの回転速度V1~V4から駆動力Fを導出することもできる。
【0086】
<3-5>
スリップ比Sから車両の旋回中に生じる荷重移動の影響をキャンセル方法するとしては、関係情報a2、b2及びc2と、横方向加速度γと、駆動力Fに基づいてスリップ比Sを補正する方法に代えて、横方向加速度γに応じて、スリップ比Sを以下の式(3)~(5)のいずれかに基づいて算出する方法を用いることもできる。式(3)は、左のタイヤの回転速度のみに基づいてスリップ比Sを算出する式であり、式(4)は、右のタイヤの回転速度のみに基づいてスリップ比Sを算出する式であり、式(5)は、左右のタイヤの回転速度の平均に基づいてスリップ比Sを算出する式である。
S=(V1-V3)/V3 (3)
S=(V2-V4)/V4 (4)
S={(V1+V2)-(V3+V4)}/(V3+V4) (5)
以下、説明の便宜上、式(3)により算出されたスリップ比Sを第1スリップ比S、式(4)により算出されたスリップ比Sを第2スリップ比S、式(5)により算出されたスリップ比Sを第3スリップ比Sと称する。
【0087】
スリップ比算出部25は、横方向加速度取得部23によって取得された最新の横方向加速度γに応じて、式(3)~(5)のいずれかを選択し、選択した式に基づいて第1~第3スリップ比Sのいずれかを算出することができる。より具体的には、スリップ比算出部25は、車両1の右旋回時には第1スリップ比Sを、車両1の左旋回時には第2スリップ比Sを、車両1の直進時には第3スリップ比Sを、それぞれ算出することができる。このとき、例えばーA≦γ≦Aのとき直進時であり、γ<ーAのとき右旋回時であり、A<γのとき左旋回時であると判断することができる。Aは、予め定められている正の値をとる閾値である。
【0088】
図13は、直進時、より横方向加速度γの大きさが小さい左旋回時、より横方向加速度γの大きさが大きい左旋回時、より横方向加速度γの大きさが小さい右旋回時、及びより横方向加速度γの大きさが大きい右旋回時における、3種類のスリップ比Sと駆動力Fとの線形関係を示すグラフである。また、
図14A~
図14Cは、実際の車両を走行させたときの計測データに基づき、スリップ比Sと駆動力Fとの関係をプロットしたグラフであり、縦軸がスリップ比、横軸が駆動力Fである。
図14Aは、直進時の第1スリップ比及び第2スリップ比と駆動力Fとの関係を示しており、
図14Bは、左旋回時の第1スリップ比及び第2スリップ比と駆動力Fとの関係を示しており、
図14Cは、右旋回時の第1スリップ比及び第2スリップ比と駆動力Fとの関係を示している。いずれのグラフにおいても、右上に駆動力Fに対するスリップ比Sの傾きf1の値が示されている。
図14A~
図14Cでは、車両1の車体速度毎にグラフが描画されている。なお、横方向加速度γの大きさは、車体速度の二乗に比例するため、車体速度が大きくなる程、すなわち、各図において下方のグラフ程、横方向加速度γの大きさが大きい。
【0089】
車両1の旋回中、旋回内側においては、遠心力により相対的に荷重が減少し、相対的にタイヤのスリップが増加する一方、旋回外側においては、相対的に荷重が増加するため、相対的にタイヤのスリップが減少する。また、この現象に付随し、
図13及び
図14A~
図14Cに示されるように、車両1の駆動力Fに対するスリップ比Sの傾きf1は、旋回内側においては横方向加速度γの大きさが大きくなる程大きくなるが、旋回外側においては値が収束し、概ね一定になることが分かる。よって、左旋回時においては、右のタイヤの回転速度に基づく第2スリップ比Sが、最も傾きf1を小さな値に収束させ、右旋回時においては、左のタイヤの回転速度に基づく第1スリップ比Sが、最も傾きf1を小さな値に収束させる。直進時はいずれのスリップ比Sによっても、傾きf1に大きな差異は見られない。このため、直進時のスリップ比として、第3スリップ比ではなく、第1スリップ比又は第2スリップ比のいずれかを選択するようにしてもよい。
【0090】
<3-6>
上述の方法により、横方向加速度γに応じて算出された第1~第3スリップ比Sは、上記第2実施形態の推定処理のステップS29で実行されるスリップ比Sの補正処理によってさらに補正されてもよい。つまり、上述の方法により横方向加速度γに応じて算出された第1~第3スリップ比Sを傾きf1の算出に使用してもよく、第1~第3スリップ比Sをさらに旋回半径Rとの関係情報に基づいて補正したものを傾きf1の算出に使用してもよい。
【0091】
<3-7>
上記第2実施形態に係る推定処理では、ステップS29又はステップS30のいずれかが省略されてもよい。
【0092】
<3-8>
上記第2実施形態では、関係情報は、車両の走行時に特定されたが、関係情報を予め導出しておき、スリップ比Sの補正時にこれを参照するようにしてもよい。
【実施例】
【0093】
<実験>
同一車両の4輪に様々なタイヤT13~24を装着し、乾いたアスファルトを直進走行して、上記第1実施形態に係る方法により摩耗量Wの推定を行った。走行ごとに4輪に装着されたタイヤは、同一種類で、摩耗量Wが同等であるタイヤとした。摩耗量Wは、新品状態のトレッド部の溝の深さと、現在のトレッド部の溝の深さとの差で計測した。摩耗量Wに対する傾きf1の変化量ΔF(=f1N-f1)は、タイヤの種類ごとに、実験により予め算出しておいた。
【0094】
<結果>
タイヤT13~24に対する摩耗量Wの推定結果は、それぞれ
図15A~15Lのグラフのようになった。グラフの横軸は実測した摩耗量Wであり、縦軸は推定された摩耗量Wである。いずれの種類のタイヤにおいても、摩耗量Wの推定は±2mm程度の誤差となり、良好な精度で摩耗状態を推定可能であることが分かった。
【符号の説明】
【0095】
1 車両
2 制御ユニット(推定装置)
3 表示器
4 横方向加速度センサ
6 車輪速センサ
7 トルクセンサ
8 ヨーレートセンサ
9 プログラム
21 回転速度取得部
22 駆動力取得部
23 横方向加速度取得部
24 旋回半径取得部
25 スリップ比算出部
26 関係特定部
27 補正部(第1補正部、第2補正部)
28 傾き算出部
29 推定部
FL 左前輪
FR 右前輪
RL 左後輪
RR 右後輪
V1~V4 タイヤの回転速度