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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-30
(45)【発行日】2024-10-08
(54)【発明の名称】ワイヤーハーネス
(51)【国際特許分類】
   H01B 7/00 20060101AFI20241001BHJP
   H01B 3/42 20060101ALI20241001BHJP
   H01B 3/44 20060101ALI20241001BHJP
【FI】
H01B7/00 301
H01B3/42 Z
H01B3/44 A
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2020215820
(22)【出願日】2020-12-24
(65)【公開番号】P2022101306
(43)【公開日】2022-07-06
【審査請求日】2023-04-25
(73)【特許権者】
【識別番号】395011665
【氏名又は名称】株式会社オートネットワーク技術研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】000183406
【氏名又は名称】住友電装株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000002130
【氏名又は名称】住友電気工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002158
【氏名又は名称】弁理士法人上野特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼田 裕
(72)【発明者】
【氏名】古川 幹也
【審査官】中嶋 久雄
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-058317(JP,A)
【文献】特開2018-049814(JP,A)
【文献】国際公開第2014/112157(WO,A1)
【文献】国際公開第2010/131471(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01B 7/00
H01B 3/42
H01B 3/44
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
導体と、前記導体の外周を被覆する絶縁被覆と、を有し、前記絶縁被覆から前記導体が露出した導体露出部を備えた電線と、
前記導体露出部と、前記絶縁被覆の表面とを、一体に被覆する防水部と、を有し、
前記絶縁被覆は、可塑剤を含有しており、
前記防水部は、
ポリカーボネート系ウレタン(メタ)アクリレートオリゴマーと、
窒素原子を含有するラジカル重合性モノマーである含窒素モノマーと、
を含む樹脂組成物の硬化体として構成される、ワイヤーハーネス。
【請求項2】
前記含窒素モノマーは、(メタ)アクリルアミド化合物である、請求項1に記載のワイヤーハーネス。
【請求項3】
前記防水部を構成する前記樹脂組成物は、ハンセン溶解度パラメータの分散項が、17.1以上である、請求項1または請求項に記載のワイヤーハーネス。
【請求項4】
前記防水部を構成する前記樹脂組成物は、溶解度パラメータが19.5以上である、請求項1から請求項のいずれか1項に記載のワイヤーハーネス。
【請求項5】
前記防水部を構成する前記樹脂組成物において、前記含窒素モノマーの含有量は、10質量%以上である、請求項1から請求項のいずれか1項に記載のワイヤーハーネス。
【請求項6】
前記ワイヤーハーネスは、前記電線を複数含み、該複数の前記電線の前記導体露出部が接合されたスプライス部を有し、
前記防水部は、前記スプライス部と、前記絶縁被覆の表面とを、一体に被覆している、請求項1から請求項のいずれか1項に記載のワイヤーハーネス。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、ワイヤーハーネスに関する。
【背景技術】
【0002】
複数本の電線を含むワイヤーハーネスにおいて、各電線の絶縁被覆から露出された導体が、圧着端子等を用いて相互に接合され、スプライス部が形成されることがある。そのようなスプライス部を備えたワイヤーハーネスは、特許文献1~3等に開示されている。スプライス部を水との接触から保護することを目的として、スプライス部を含む部位が、水を透過しにくい樹脂材料で被覆される場合がある。特に、ワイヤーハーネスが、自動車等、水との接触が起こりやすい環境で使用される場合には、スプライス部に防水を施すことが重要となる。特許文献1~3では、それぞれ、高い防水性能等、所望の特性が得られるように、防水部の構成材料が検討されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2015-159070号公報
【文献】国際公開第2014/112157号
【文献】特開2016-91629号公報
【文献】特開2019-85394号公報
【文献】特開2015-182912号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1~3にも記載されるように、ワイヤーハーネスにおいて、スプライス部等、電線導体が絶縁被覆から露出された箇所に防水部を形成するのに、ウレタン(メタ)アクリレートがしばしば用いられる。ウレタン(メタ)アクリレートは、柔軟性を確保しながら高い防水性能を付与できる、優れた材料である。しかし、ワイヤーハーネスが高温高湿の環境に置かれた際に、ウレタン(メタ)アクリレートによって発揮される防水性能に、影響が及ぶ可能性がある。例えば、ワイヤーハーネスを構成する絶縁被覆は、可塑剤を含有するポリ塩化ビニル(PVC)より構成されることが多いが、その絶縁被覆に防水部が接触した状態で、高温高湿の環境に置かれると、絶縁被覆から防水部に可塑剤が移行する可能性がある。可塑剤の移行が起こることで、絶縁被覆に対する防水部の接着性が低下し、防水性能の低下につながりうる。特許文献2では、防水部を構成する硬化性材料の溶解度パラメータを所定値以上とすることで、可塑剤の移行の抑制を図っている。しかし、可塑剤の移行による接着性の低下を、特に高温高湿の環境で効果的に抑制する観点から、防水部の構成材料について、さらに検討する余地がある。
【0005】
そこで、電線導体が絶縁被覆から露出された箇所を防水部で被覆したワイヤーハーネスであって、高温高湿環境下に置かれても、可塑剤を含有する絶縁被覆に対して、防水部の接着性を維持することができるワイヤーハーネスを提供することを、課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本開示のワイヤーハーネスは、導体と、前記導体の外周を被覆する絶縁被覆と、を有し、前記絶縁被覆から前記導体が露出した導体露出部を備えた電線と、前記導体露出部と、前記絶縁被覆の表面とを、一体に被覆する防水部と、を有し、前記絶縁被覆は、可塑剤を含有しており、前記防水部は、ウレタン(メタ)アクリレートオリゴマーと、窒素原子を含有するラジカル重合性モノマーである含窒素モノマーと、を含む樹脂組成物の硬化体として構成される。
【発明の効果】
【0007】
本開示のワイヤーハーネスは、電線導体が絶縁被覆から露出された箇所を防水部で被覆したワイヤーハーネスであって、高温高湿環境下に置かれても、可塑剤を含有する絶縁被覆に対して、防水部の接着性を維持することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1図1は、本開示の一実施形態にかかるワイヤーハーネスを示す側面図である。
図2図2は、樹脂組成物に含窒素モノマー(ACMO)を添加した場合と、添加しない場合について、高温高湿環境下における接着強度の時間変化を示す図である。
図3図3は、樹脂組成物に含窒素モノマー(ACMO)を添加した場合と、添加しない場合について、高温高湿環境への放置前後の赤外吸収スペクトルを示す図である。
図4図4A図4Dは、樹脂組成物の溶解度パラメータと高温高湿環境に放置した後の接着強度との関係を示す図である。図4AはSP値、図4B図4Dはそれぞれハンセン溶解度パラメータの分散項、極性項、水素結合項と接着強度の関係を示している。
図5図5A図5Dは、樹脂組成物の溶解度パラメータと高温高湿環境への放置による接着強度の減少率との関係を示す図である。図5AはSP値、図5B図5Dはそれぞれハンセン溶解度パラメータの分散項、極性項、水素結合項と接着強度の減少率の関係を示している。
【発明を実施するための形態】
【0009】
[本開示の実施形態の説明]
最初に本開示の実施形態を列記して説明する。
本開示にかかるワイヤーハーネスは、導体と、前記導体の外周を被覆する絶縁被覆と、を有し、前記絶縁被覆から前記導体が露出した導体露出部を備えた電線と、前記導体露出部と、前記絶縁被覆の表面とを、一体に被覆する防水部と、を有し、前記絶縁被覆は、可塑剤を含有しており、前記防水部は、ウレタン(メタ)アクリレートオリゴマーと、窒素原子を含有するラジカル重合性モノマーである含窒素モノマーと、を含む樹脂組成物の硬化体として構成される。
【0010】
上記のワイヤーハーネスにおいては、防水部を構成する樹脂組成物が、含窒素モノマーを含有している。樹脂組成物が含窒素モノマーを含有することで、高温高湿環境を経ても、電線の絶縁被覆から防水部への可塑剤の移行が抑制される。その結果として、可塑剤を含有する絶縁被覆に対する防水部の接着強度が、高温高湿環境を経ても低下しにくくなり、高い防水性能が維持される。
【0011】
ここで、前記ウレタン(メタ)アクリレートオリゴマーは、ポリカーボネート系ウレタン(メタ)アクリレートオリゴマーであるとよい。すると、含窒素モノマーを添加することによる、高温高湿環境下での防水部の接着強度の低下を抑制する効果が、特に高くなる。
【0012】
前記含窒素モノマーは、(メタ)アクリルアミド化合物であるとよい。含窒素モノマーとして、(メタ)アクリルアミド化合物を、防水部を構成する樹脂組成物に添加することで、高温高湿環境を経た際に、絶縁被覆に対する防水部の接着性の低下を抑制する効果に、特に優れる。
【0013】
前記防水部を構成する前記樹脂組成物は、ハンセン溶解度パラメータの分散項が、17.1以上であるとよい。後に示すように、防水部を構成する樹脂組成物に含窒素モノマーを添加することによって、高温高湿環境下における絶縁被覆からの可塑剤の移行が抑制される現象においては、含窒素モノマーの添加が、樹脂組成物の溶解度パラメータ、とりわけ分散項を上昇させることの寄与が大きいことが、実施例から明らかになっている。溶解度パラメータの分散項が17.1以上である樹脂組成物を用いて防水部を構成することにより、高温高湿環境を経た際に、絶縁被覆から防水部への可塑剤の移行、およびそれによる防水部の接着強度の低下が、特に効果的に抑制される。
【0014】
前記防水部を構成する前記樹脂組成物は、溶解度パラメータが19.5以上であるとよい。ハンセン溶解度パラメータの分散項だけではなく、樹脂組成物の溶解度パラメータそのものも、高温高湿環境下での可塑剤の移行との間に相関性を有しており、溶解度パラメータの大きい樹脂組成物を用いて防水部を構成することで、可塑剤の移行の抑制による防水部の接着強度の低下抑制に、高い効果が得られる。
【0015】
前記防水部を構成する前記樹脂組成物において、前記含窒素モノマーの含有量は、10質量%以上であるとよい。すると、含窒素モノマーの添加によって防水部への可塑剤移行を抑制する効果が、大きく発揮される。
【0016】
前記ワイヤーハーネスは、前記電線を複数含み、該複数の前記電線の前記導体露出部が接合されたスプライス部を有し、前記防水部は、前記スプライス部と、前記絶縁被覆の表面とを、一体に被覆しているとよい。この場合には、防水部が、高温高湿環境を経ても、電線の絶縁被覆に対して高い接着性を維持することで、スプライス部において高い防水性が保たれる。
【0017】
[本開示の実施形態の詳細]
以下に、本開示の実施形態にかかるワイヤーハーネスについて、図面を参照しながら説明する。本明細書において、各種特性は、特記しない限り、大気中、室温にて得られる値とする。また、ある材料について、ある成分が主成分であるとは、その成分がその材料全体の50質量%以上を占める状態を指すものとする。本明細書において、「(メタ)アクリレート」とは、アクリレートおよびメタクリレートを指す。
【0018】
<ワイヤーハーネスの概略>
まず、本開示の一実施形態にかかるワイヤーハーネスについて、概略を説明する。本開示の一実施形態にかかるワイヤーハーネス1の概略を、図1に示す。ワイヤーハーネス1の構造としては、特許文献1~3に開示されているのと同様の構造を採用することができる。
【0019】
ワイヤーハーネス1は、複数の電線4を含んでいる。電線4は、それぞれ、導体2と、導体2の外周を被覆する絶縁被覆3とを有している。ワイヤーハーネス1は、長手方向の中途部に、中間スプライス部20を有している。各電線4において、絶縁被覆3が除去されて、導体2が絶縁被覆3から露出された導体露出部5が形成されている。そして、各電線4が導体露出部5において、圧着端子21によって接合されることで、中間スプライス部20が形成されている。
【0020】
ワイヤーハーネス1においては、中間スプライス部20の周囲が防水部10によって覆われている。さらに防水部10の周囲が保護シート30により覆われて、防水構造が形成されている。防水部10は、複数本(図では2本)の電線4の束において、導体露出部5が接合された中間スプライス部20の表面と、その導体露出部5に隣接する領域の絶縁被覆3の表面とを、一体に被覆している。導体露出部5が、防水部10によって被覆されることで、防水性が付与される。つまり、導体露出部5が防水部10によって外部の環境に対して封止され、導体露出部5に水等の電解質が外部から侵入するのが、抑制される。
【0021】
ワイヤーハーネス1の各部を構成する材料について簡単に説明する。電線4を構成する導体2は、特に限定されるものではないが、銅、銅合金、アルミニウム、アルミニウム合金等の金属材料より構成されることが好ましい。
【0022】
電線4を構成する絶縁被覆3は、ポリマー材料を主成分とする絶縁性材料より構成されており、可塑剤を含有している。ポリマー材料の種類は、特に限定されるものではないが、可塑剤を添加されて電線被覆に多用されるポリマー材料として、ポリ塩化ビニル(PVC)を挙げることができる。可塑剤の種類も、特に限定されるものではなく、フタル酸ジイソノニル(DINP)等のフタル酸エステル系可塑剤、トリメリット酸トリス(2-エチルヘキシル)(TOTM)等のトリメリット酸エステル系可塑剤、2-エチルヘキシルアジペート、ジブチルセバケート等の脂肪族二塩基酸エステル系可塑剤、エポキシ化大豆油等のエポキシ系可塑剤、トリクレジルホスフェート等のリン酸エステル系可塑剤等が挙げられる。DINPおよびTOTMは、PVCを主成分とする電線被覆材において汎用されている可塑剤であり、本実施形態における絶縁被覆3にも、DINPまたはTOTMを用いることが好ましい。可塑剤は、1種類のみを用いても、2種類以上を混合して用いてもよい。絶縁被覆3における可塑剤の含有量も、特に限定されるものではないが、一般的な絶縁被覆における含有量として、ポリマー成分100質量部に対して、25質量部以上、また80質量部以下の含有量を例示することができる。
【0023】
電線4のサイズは、特に限定されるものではない。しかし、電線4が太い場合の方が、後に説明するように、防水部10の構成材料の選定によって、高温高湿環境を経た際に、防水部10と絶縁被覆3の界面における接着強度の低下を抑制することの効果が、大きくなる。例えば、各電線4の導体断面積が、2mm以上である形態が好ましい。
【0024】
防水部10は、硬化性を有する樹脂組成物の硬化体として構成されている。樹脂組成物は、後に詳しく説明するが、ウレタン(メタ)アクリレートオリゴマーと、窒素原子を含有するラジカル重合性モノマーとを含んでいる。樹脂組成物は、光硬化性と熱硬化性の少なくとも一方、望ましくは光硬化性を有することが好ましい。
【0025】
保護シート30を構成する材料も、絶縁性のポリマー材料であれば、特に限定されるものではない。防水部10を構成する樹脂組成物が光硬化性である場合に、保護シート30は、防水部10を構成する樹脂組成物を光硬化させる際の照射光を、透過させられるものであることが好ましい。具体的には、保護シート30として、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリ塩化ビニル、ポリ塩化ビニリデンおよびポリフッ化ビニリデン等のオレフィン系樹脂のラップシート、あるいは、ポリエステル、ポリエチレンテレフタレート、ナイロンなどの汎用樹脂のラップシートを用いることができる。特に、自己密着(粘着)のよいポリ塩化ビニル樹脂、ポリ塩化ビニリデン樹脂、ポリフッ化ビニリデン樹脂のシートを、保護シート30として用いることが好適である。あるいは、保護シート30の内側の表面に、接着剤または粘着剤の層を設けておくとよい。
【0026】
本実施形態にかかるワイヤーハーネス1は、特許文献1~3に開示されているのと同様の方法によって、製造することができる。例えば、まず、複数の電線4を導体露出部5にて接合し、中間スプライス部20を形成した電線束を準備する。そして、その電線束の中間スプライス部20を、両側の絶縁被覆3に覆われた箇所とともに、照射光を透過する材料よりなる保護シート30の上に載置する。次に中間スプライス部20の上に防水部10となる樹脂組成物を供給する。この際、樹脂組成物を保護シート30に供給した後、電線束を樹脂組成物の上に載置するようにしてもよい。あるいは、樹脂組成物の一部を保護シート30に供給し、その樹脂組成物を光照射等によって硬化させた上に、残りの樹脂組成物を供給するとともに、中間スプライス部20を載置してもよい。
【0027】
次に、保護シート30を、中間スプライス部20の周囲に折り曲げる、巻き付ける等して、中間スプライス部20およびその両側の絶縁被覆3に被覆された箇所の外周が、樹脂組成物によって覆われ、さらにその外周に保護シート30が配置された状態を形成する。そして、保護シート30の外側から光照射や加熱を行うことで、樹脂組成物を硬化させる。
【0028】
以上に説明した実施形態では、ワイヤーハーネス1が中間スプライス部20を有し、その中間スプライス部20を含む領域に防水部10が形成されているが、本開示の実施形態にかかるワイヤーハーネスは、絶縁被覆から導体が露出した導体露出部と、その導体露出部に隣接する領域の絶縁被覆の表面とを一体に被覆する防水部が形成されるものであれば、そのような形態に限定されない。例えば、ワイヤーハーネスの端末部で、電線束を構成する複数の電線の導体露出部が接合されて、端末スプライス部とされている場合に、その端末スプライス部を被覆して、防水部を設ける形態とすることができる。さらに、複数の電線の導体露出部を接合するスプライス部に限らず、単一の電線において、導体を絶縁被覆から露出させた導体露出部を被覆して、防水部を設ける形態も挙げられる。例えば、1本の電線の端末に設けた導体露出部に、接続端子を接続した形態において、接続端子と電線の境界部に、防水部を設ける形態が考えられる。あるいは、1本の電線の中途部に導体露出部を設け、その導体露出部を含む領域に、防水部を設ける形態が考えられる。
【0029】
<防水部の構成材料>
次に、ワイヤーハーネス1に備えられる防水部10の構成材料について説明する。防水部10は、硬化性を有する樹脂組成物の硬化体として構成されている。
【0030】
防水部10を構成する樹脂組成物は、ウレタン(メタ)アクリレートオリゴマーと、含窒素モノマーと、を含有している。含窒素モノマーを樹脂組成物に添加することで、ワイヤーハーネス1が、高温高湿環境に置かれた際に、絶縁被覆3から防水部10へと可塑剤が移行し、絶縁被覆3に対する防水部10の接着性が低下する現象が、抑制される。
【0031】
ウレタン(メタ)アクリレートオリゴマーは、イソシアネート化合物とポリオール化合物を重合させたオリゴマーの末端に、ヒドロキシ(メタ)アクリレートを結合させた化合物である。ウレタン(メタ)アクリレートオリゴマーは、硬化体が接着性に優れ、高い防水性を発揮するとともに、柔軟性にも優れるため、防水部10を構成するのに、好適に用いることができる。
【0032】
ウレタン(メタ)アクリレートオリゴマーとしては、ポリオール化合物由来の部位にポリエステル骨格を有する、ポリエステル系ウレタン(メタ)アクリレートオリゴマーと、ポリオール化合物由来の部位にポリエーテル構造を有する、ポリエーテル系ウレタン(メタ)アクリレートオリゴマーが代表的である。本実施形態においては、ウレタン(メタ)アクリレートオリゴマーとして、それらいずれの系統のものを用いてもよいが、ポリエステル系、特にポリカーボネート系のウレタン(メタ)アクリレートオリゴマーを用いることが好適である。後の実施例に示すように、ポリエステル系、特にポリカーボネート系のウレタン(メタ)アクリレートオリゴマーを用いることで、含窒素モノマーの添加による、高温高湿環境下での可塑剤移行および接着性低下に対する抑制効果が、特に高く得られる。ウレタン(メタ)アクリレートオリゴマーとしては、1種のみを用いても、2種以上を併用してもよい。
【0033】
樹脂組成物に添加される含窒素モノマーは、窒素原子を含有するラジカル重合性モノマーである。ラジカル重合性モノマーとは、光や熱によるラジカル重合が可能なモノマーであり、例えば、(メタ)アクリロイル基や(メタ)アクリルアミド基等の形で、エチレン性二重結合を含む分子を挙げることができる。含窒素モノマーの具体的な種類は特に限定されないが、可塑剤移行抑制効果の高さや、硬化性の高さ、入手の容易性等の観点から、(メタ)アクリルアミド化合物や、窒素原子が環構造に含まれる化合物を用いることが好ましい。含窒素モノマーとしては、1種のみを用いても、2種以上を併用してもよい。
【0034】
(メタ)アクリルアミド化合物は、アクリルアミド基またはメタクリルアミド基を有する化合物であり、下の式1の構造を有する。
【化1】
式1において、Rは水素原子またはメチル基である。RおよびRは特に限定されないが、それぞれ独立に、水素原子、または炭化水素基であるとよい。この形態には、RとRが環構造によって相互に結合されている場合も含まれ、環構造の骨格が、炭素原子のみより構成される形態の他、酸素原子を有する形態も含む。RおよびRの炭素数は特に限定されないが、1以上18以下であることが好ましい。
【0035】
含窒素モノマーとして適用可能な(メタ)アクリルアミド化合物として、以下の分子を例示することができる。
・4-アクリロイルモルホリン(ACMO)
【化2】
・N,N-ジメチルアクリルアミド(DMAA)
【化3】
【0036】
含窒素モノマーとして適用可能な窒素原子が環構造に含まれる化合物としては、窒素原子を含む環構造と、エチレン性不飽和結合が、1つの分子内に併存する形態を例示することができる。環構造は、飽和環構造であることが好ましい。また、エチレン性不飽和結合を構成する炭素原子が、環構造を構成する窒素原子に結合されていることが好ましい。窒素原子を含む飽和環構造として、カプロラクタム環やピロリドン環、モルホリン環、イソシアヌル酸骨格を例示することができる。これらの環構造の中でも、カプロラクタム環またはモルホリン環を有する場合が、可塑剤移行抑制効果の高さ等の観点で、特に好ましい。
【0037】
含窒素モノマーとして適用可能な窒素原子が環構造に含まれる化合物として、以下の分子を例示することができる。なお、上に挙げた4-アクリロイルモルホリンは、式1で表されるアクリルアミドであり、かつ窒素原子が環構造に含まれる化合物でもある。
・N-ビニル-ε-カプロラクタム(NVC)
【化4】

・N-ビニル-2-ピロリドン(NVP)
【化5】
・イソシアヌル酸トリス(2-アクリロイルオキシエチル)
【化6】
【0038】
防水部10を構成する樹脂組成物において、含窒素モノマーの含有量は、特に限定されるものではないが、高温高湿環境を経た際の可塑剤移行、および接着強度低下に対する抑制効果を高める等の観点から、樹脂組成物全体のうち、10質量%以上、さらには25質量%以上であることが好ましい。一方、ウレタン(メタ)アクリレートオリゴマーの含有量を十分に確保する等の観点から、含窒素モノマーの含有量は、85質量%以下とするとよい。
【0039】
防水部10を構成する樹脂組成物は、ウレタン(メタ)アクリレートオリゴマーおよび含窒素モノマーに加えて、ラジカル重合開始剤として、光重合開始剤または熱重合開始剤を含有することが好ましい。樹脂組成物は、防水性および可塑剤移行の抑制等、ウレタン(メタ)アクリレートオリゴマーおよび含窒素モノマーによって発揮される特性を著しく損なわない限り、ラジカル重合開始剤以外にも、ウレタン(メタ)アクリレートオリゴマーおよび含窒素モノマー以外の成分を適宜含有してもよい。そのような成分としては、上記ウレタン(メタ)アクリレートオリゴマー以外の(メタ)アクリレートオリゴマーを挙げることができる。また、反応性希釈剤として用いられるもの等、(メタ)アクリレートモノマーをはじめとした、含窒素モノマー以外のラジカル重合性モノマーを挙げることができる。さらに、樹脂組成物は、適宜、安定化剤、可塑剤、軟化剤、顔料、染料、帯電防止剤、難燃剤、接着性付与剤、増感剤、分散剤、溶剤、抗菌抗カビ剤等の添加剤を含有してもよい。
【0040】
本実施形態にかかるワイヤーハーネス1においては、防水部10が、導体露出部5が接合された中間スプライス部20と、電線束を構成する電線4の絶縁被覆3の表面とを、一体に被覆しており、絶縁被覆3の表面に、防水部10が接触している。この状態で、ワイヤーハーネス1において、防水部10を含む部位が、高温高湿環境に置かれると、絶縁被覆3に含有される可塑剤が防水部10に移行する可能性がある。可塑剤の移行が起こると、絶縁被覆3や防水部10の構成材料が変質し、防水部10と絶縁被覆3との間の界面において、防水部10の接着強度が低下する可能性がある。例えば、高温高湿環境を経て、可塑剤の移行によって、絶縁被覆3に含有される可塑剤が減少すると、その後、常温に戻った際に、絶縁被覆3が収縮を起こすことで、防水部10との界面に熱応力が発生し、防水部10との界面における接着強度が低下してしまう。このように、防水部10と絶縁被覆3の界面で接着強度の低下が起こると、界面からの水の侵入を十分に抑制できなくなる場合がある。実際に、後の実施例に示すように、防水部10が、含窒素モノマーを含有しない樹脂組成物より構成されている場合には、高温高湿環境で、可塑剤の移行によって、接着強度の低下が起こる。
【0041】
これに対し、防水部10を構成する樹脂組成物に含窒素モノマーを添加することで、ワイヤーハーネス1において、防水部10を含む部位が、高温高湿環境に置かれても、絶縁被覆3から防水部10へと可塑剤が移行しにくくなる。その結果、高温高湿環境を経ても、絶縁被覆3に対する防水部10の接着性を高く保持し、高い防水性を発揮する状態を維持することができる。例えばワイヤーハーネス1を自動車に用いる場合等には、防水部10が高温高湿環境に曝される事態が想定され、高温高湿環境を経ても高い防水性を維持できることが重要となる。
【0042】
防水部10と絶縁被覆3の間の接着強度は、それぞれの構成材料の間に接着部を形成したモデル試料に対して、せん断接着試験を行い、破壊形態の観察および接着強度の計測によって評価することができる。例えば、温度85℃、湿度85%RHの湿熱環境に、接着部を250時間放置した後に、JIS K6850に準拠してせん断接着試験を行えばよい。この際、破壊形態が、界面破壊ではなく、防水部10の構成材料の凝集破壊である場合、あるいは凝集破壊の前に絶縁被覆3の破れまたは伸びが起こる場合には、湿熱環境を経ても、十分に高い接着強度が得られていると言える。絶縁被覆3の破れまたは伸びが起こる形態が、特に好ましい。また、上記湿熱環境に250時間放置した後の接着部の接着強度が、1.5MPa以上、さらには2.0MPa以上であることが好ましい。
【0043】
<防水部への可塑剤の移行と溶解度パラメータ>
上記のように、防水部10を構成する樹脂組成物に含窒素モノマーを添加することで、高温高湿環境下でも絶縁被覆3から防水部10への可塑剤の移行を抑制することができる。後の実施例において示すように、この可塑剤移行の抑制は、樹脂組成物への含窒素モノマーの添加による溶解度パラメータの上昇に、対応付けることができる。2つの物質の溶解度パラメータが離れているほど、それらの物質の間での相溶現象が起こりにくいため、防水部10の溶解度パラメータと、絶縁被覆3に含有される可塑剤の溶解度パラメータが離れているほど、防水部10への可塑剤の移行が起こりにくい。可塑剤は、比較的低い溶解度パラメータを有する物質であり、防水部10を構成する樹脂組成物に含窒素モノマーを添加することで、防水部10の溶解度パラメータが上昇して、防水部10の溶解度パラメータが、可塑剤の溶解度パラメータに対して、高い方に離れる。これにより、可塑剤の移行が抑制されると考えられる。防水部10を構成する樹脂組成物において、溶解度パラメータ、および次に説明するδ,δ,δの各項の値が大きくなっているほど、樹脂組成物の硬化体として構成される防水部10も、溶解度パラメータおよびそれら各項の値が大きいものとなる。
【0044】
溶解度パラメータは、下の式2のように、分子間相互作用の種類に応じて寄与を分離することができる。
SP=δ +δ +δ (2)
ここで、δ,δ,δはそれぞれ、ハンセン(Hansen)溶解度パラメータの分散項、極性項、水素結合項である。分散項δはファンデルワールス力等、分散力による分子間相互作用の寄与を表し、極性項δ は双極子相互作用等、分子極性による分子間相互作用の寄与を表し、水素結合項δは、水素結合による分子間相互作用の寄与を表す。式2のSPは、全溶解度パラメータであり、ヒルデブラント(Hildebrand)溶解度パラメータに対応する(SP値)。
【0045】
本実施形態において、防水部10への含窒素モノマーの添加によって、高温高湿環境での可塑剤移行および接着強度低下が抑制される現象においては、溶解度パラメータのうち、特に分散項の寄与が大きいと考えられる。実施例に示されるように、接着強度低下の抑制は、溶解度パラメータの分散項との間には明確な相関性を示すが、極性項や水素結合項との間にはそれほど明確な相関性を示さない。含窒素モノマーの添加により、防水部10を構成する樹脂組成物の溶解度パラメータの分散項が大きくなり、可塑剤との間で、分散項に大きな差を有するようになることで、防水部10への可塑剤の移行が抑制されると考えられる。
【0046】
防水部10を構成する樹脂組成物に含窒素モノマーを多量に添加するほど、樹脂組成物の溶解度パラメータ、特に分散項が大きくなる。含窒素モノマーの種類や量を選択することで、樹脂組成物の溶解度パラメータの分散項が、17.1以上、さらには17.3以上、17.5以上となるようにすれば、高温高湿環境での防水部10への可塑剤の移行の抑制、およびそれによる接着強度の低下の抑制に、大きな効果が得られる。SP値としては、19.5以上、さらには20.5以上となるようにしておけばよい。
【0047】
防水部10を構成する樹脂組成物の組成全体として、可塑剤の移行を十分に抑制できるだけの大きな溶解度パラメータを与えうるものであれば、含窒素モノマー自体の溶解度パラメータは、特に限定されるものではない。しかし、含窒素モノマー自体が大きな溶解度パラメータを有するものであるほど、樹脂組成物の溶解度パラメータの上昇に高い効果を有する。例えば、含窒素モノマーが、分散項にして17.0以上、さらには17.5以上、18.0以上、またSP値にして19.0以上、21.0以上、22.0以上の溶解度パラメータを有するとよい。
【0048】
上記のとおり、絶縁被覆3に含有される可塑剤の種類は、特に限定されるものではない。しかし、防水部10への含窒素モノマーの添加によって得られる可塑剤移行抑制の効果を、含窒素モノマーを添加しない場合との比較において、相対的に高める観点からは、可塑剤自体として、含窒素モノマーを添加していない防水部10への移行を起こしやすいもの、つまりある程度小さい溶解度パラメータを有するものであることが好ましい。例えば、DINPは、溶解度パラメータの分散項が16.3、SP値が17.2である。TOTMは分散項が16.8、SP値が17.7である。
【実施例
【0049】
以下、実施例を示す。ここでは、防水部を構成する樹脂組成物に含窒素モノマーを添加することの効果を確認するとともに、防水部を構成する樹脂組成物の溶解度パラメータとの関係について検証した。以下、特記しない限り、試料の作製および評価は、室温、大気中にて行っている。なお、本発明はこれら実施例によって限定されるものではない。
【0050】
[1]含窒素モノマーの添加による接着性の変化
まず、ウレタンアクリレートオリゴマーに重合性モノマーを添加した樹脂組成物について、絶縁被覆材との界面における接着性が、高温高湿環境を経てどのように変化するかを確認した。
【0051】
[試験1-1]樹脂組成物の組成による接着性への影響
<試料の作製>
表1に示すとおり、ウレタンアクリレートオリゴマーと、含窒素モノマーまたは窒素非含有の重合性モノマーを配合し、均一に混合することで、試料となる樹脂組成物を調製した。各試料において、モノマーの配合量は、樹脂組成物全体の50質量%とした。
【0052】
樹脂組成物の調製に用いた材料は、以下のとおりである。
(ウレタンアクリレートオリゴマー)
・ポリカーボネート系ウレタンアクリレートオリゴマー
・ポリエーテル系ウレタンアクリレートオリゴマー
(含窒素モノマー)
・ACMO:4-アクリロイルモルホリン
・DMAA:N,N-ジメチルアクリルアミド
・NVC:N-ビニル-ε-カプロラクタム
・MN1:イソシアヌル酸トリス(2-アクリロイルオキシエチル)
(窒素非含有モノマー)
・IBXA:イソボルニルアクリレート
・BCHA:tert-ブチルシクロヘキサノールアクリレート
・HPA:ヒドロキシプロピルアクリレート
・MN2:トリシクロデカンジメタノールジアクリレート
・MN3: 3,3,5-トリメチルシクロヘキシルアクリレート
【0053】
<接着強度の評価>
ワイヤーハーネスの防水部と絶縁被覆の間の接着部のモデルとして、PVC被覆材と、上記で調製した樹脂組成物の硬化体との間の接着強度を計測した。具体的には、2枚のPVC被覆材(厚さ0.4mm)の面の間に上記樹脂組成物を配置し、紫外光照射によって樹脂材料を硬化させたものを、接着強度測定用の試験片として準備した。この試験片に対して、JIS K6850に準拠してせん断接着試験を行うことで、引張せん断接着強度を測定するとともに、破壊形態を観察した。この評価結果を、初期状態におけるせん断接着試験の結果とした。PVC被覆材としては、可塑剤としてDINPまたはTOTMを含有するものを用いた。
【0054】
さらに、上記と同じ試験片を、温度85℃、湿度85%RHの湿熱環境に、250時間放置した。試験片を室温に放冷した後、上記と同様に、せん断接着試験を行った。この評価結果を、湿熱後のせん断接着試験の結果とした。
【0055】
<評価結果>
下の表1に、試料A1~A15について、樹脂組成物の調製に用いた材料種、および被覆材に添加されている可塑剤の種類とともに、初期状態および湿熱後のせん断接着試験で得られた接着強度と破壊形態を示す。上記のように、樹脂組成物におけるモノマーの含有量は、いずれの試料でも50質量%である。なお、破壊形態について、「界面」とは界面破壊を示し、「凝集」とは樹脂組成物の硬化体における凝集破壊を示す。「被覆破れ」および「被覆伸び」とは、界面破壊や凝集破壊が起こる前に、被覆材に破れおよび伸びが生じる現象を示している。「接着強度」として表示した値は、それら被覆破れおよび被覆伸びが生じた際のせん断強度を示しており、試料界面における接着強度は、表示した値よりも大きくなっている。
【0056】
【表1】
【0057】
表1によると、ポリカーボネート系ウレタンアクリレートオリゴマーを用いた場合について、窒素非含有モノマーを添加した試料A5~A7では、湿熱後のせん断接着試験で、いずれも界面破壊が起こっている。さらに、試料A6,A7では、初期状態と比べて、湿熱後の接着強度が明らかに低下しており、湿熱後の接着強度の値としても、1.3MPa以下と小さい。これに対し、含窒素モノマーを添加した試料A1~A4では、いずれも、湿熱後に計測された接着強度が、初期状態で計測された接着強度よりも上昇しており、しかも2.6MPa以上の大きな値を示している。特に、試料A1~A3では、湿熱後の破壊形態が被覆破れとなっており、界面破壊が起こっていない。なお、上記のように、被覆伸びや被覆破れが観測されている場合に、試料界面における実際の接着強度は、計測された接着強度よりも大きいはずであり、湿熱後に計測された接着強度が、初期状態で計測された接着強度よりも上昇している現象は、必ずしも、界面における接着強度の上昇を意味するものではない。ポリエーテル系ウレタンアクリレートオリゴマーを用いた場合についても、含窒素モノマーを添加した試料A8~A10と、窒素非含有モノマーを添加した試料A11~A14を比較すると、いずれの場合についても、湿熱後の破壊形態が界面破壊であるものの、窒素非含有モノマーを添加した試料A11~A14では、湿熱後の接着強度が0.3MPa以下となっている一方、含窒素モノマーを添加した試料A8~A10では、湿熱後の接着強度が0.6MPa以上と、大きくなっている。
【0058】
これらの結果から、ウレタンアクリレートオリゴマーとして、ポリカーボネート系のものを用いる場合にも、ポリエーテル系のものを用いる場合にも、それらオリゴマーに窒素非含有モノマーを添加する場合と比べて、含窒素モノマーを添加する場合の方が、硬化体と被覆材との間の界面における湿熱後の接着性が、高くなっていると言える。つまり、ウレタンアクリレートオリゴマーへの含窒素モノマーの添加が、湿熱環境における接着性の低下を抑制する効果を示すことが分かる。
【0059】
ウレタンアクリレートオリゴマーの種類によって、湿熱環境での接着性低下の抑制における効果の大きさを比較すると、ウレタンアクリレートオリゴマーがポリエーテル系である場合よりも、ポリカーボネート系である場合の方が、湿熱後の接着強度の値が大きくなっている。また、ポリエーテル系の場合には、含窒素モノマーの添加によって、低下幅が小さく抑えられているとは言え、湿熱環境での放置を経て、接着強度が低下しているのに対し、ポリカーボネート系の場合には、湿熱環境での放置を経て、接着強度が低下することはなく、破壊形態も被覆割れとなりうる。このように、含窒素モノマーの添加によって、湿熱環境での接着性の低下を抑制する効果は、ウレタンアクリレートオリゴマーがポリカーボネート系である場合に、特に大きくなっている。
【0060】
試料A1~A4は、樹脂組成物に添加される含窒素モノマーの種類において、相互に異なっている。これらのうち、試料A4では、湿熱後の破壊形態が界面破壊であるのに対し、試料A1~A3では被覆破れとなっている。このことから、試料A1~A3の方が、試料A4よりも、湿熱後の界面の接着強度が高くなっていると言える。つまり、含窒素モノマーの中でも、試料A1,A2のように、上記式1の構造を有する(メタ)アクリルアミド化合物、またはA3のように窒素原子がカプロラクタム環に含まれるものを用いることで、湿熱環境での放置による接着強度の低下を抑制する効果が、特に大きくなっていると言える。
【0061】
試料A1と試料A15は、被覆材に含有される可塑剤の種類において異なっている。しかし、いずれの試料についても、湿熱後のせん断接着試験で、破壊形態として被覆破れが観察されており、接着強度の低下も見られていない。後の[2]の試験で示すように、湿熱環境を経た際の接着強度の低下は、被覆材から樹脂組成物の硬化体への可塑剤の移行に起因すると考えられるが、被覆材に添加される可塑剤の種類によらず、樹脂組成物への含窒素モノマーの添加により、湿熱環境による接着性の低下を抑制する効果が得られることが分かる。
【0062】
[試験1-2]湿熱環境での時間変化
<試料の作製>
ポリカーボネート系ウレタンアクリレートオリゴマーに、ACMOを、全体の20質量%の含有量となるように添加して、樹脂組成物を調製した。また、比較用に、ACMOを添加していない樹脂組成物として、上記ウレタンアクリレートオリゴマーそのものも準備した。
【0063】
<接着強度の評価>
上記試験1-1と同様にして、PVC被覆材と、樹脂組成物の硬化体との間の接着強度を、初期状態、および温度85℃、湿度85%RHの湿熱環境に所定時間放置した後、室温に放冷した状態に対して、計測した。湿熱環境での放置時間は、100時間、300時間、500時間、1000時間の4とおりとした。PVC被覆材としては、可塑剤としてDINPを含有するものを用いた。
【0064】
<評価結果>
図2に、樹脂組成物にACMOを添加した場合と、添加していない場合について、湿熱環境での放置による接着強度の変化を示す。横軸が湿熱環境での放置時間、縦軸が計測された接着強度を示している。図中のエラーバーは、複数の試料個体に対する評価結果のばらつきを表している。
【0065】
図2によると、初期状態(0時間)においては、ACMOの有無によらず、接着強度は同程度である。しかし、湿熱環境に置かれると、樹脂組成物がACMOを含有していない場合(図中、ACMOなし)には、300時間程度までの湿熱放置の期間に、接着強度が急激に低下するのに対し、樹脂組成物がACMOを含有している場合(図中、ACMO添加)には、接着強度の低下が100時間程度で収束し、しかもその低下量も、顕著に小さくなっている。その後、接着強度は、逆に増加に転じており、1000時間に達しても、ACMOを添加していない場合よりも、接着強度の計測値がはるかに高い状態が、安定に維持されている。
【0066】
このように、ウレタンアクリレートオリゴマーに、含窒素モノマーであるACMOを添加することで、被覆材との界面における接着強度の湿熱環境での低下を抑制する効果が、100時間以下のような比較的短時間の領域から、顕著に現れる。そして、湿熱環境での放置が、1000時間のような長時間に及んでも、その効果は安定に持続される。また、上記の試験1-1では、湿熱環境での放置時間を250時間としていたが、図2によると、ACMOを添加した試料において、250時間では、既に接着強度の低下が収束しており、上記試験1-1で観測された、含窒素ポリマーの添加によって湿熱後の接着強度の低下が抑制される効果は、湿熱環境での放置時間がさらに長くなっても、持続されると考えられる。
【0067】
[2]含窒素モノマーの添加による可塑剤の挙動の変化
次に、硬化体と被覆材との界面で、高温高湿環境を経て、被覆材中の可塑剤がどのような挙動を示すかを検証した。
【0068】
<試料の作製>
ウレタンアクリレートオリゴマーとして、試験1-1で用いたのと同じポリカーボネート系ウレタンアクリレートオリゴマーを用い、含窒素モノマーとしてACMOを用いて、樹脂組成物を準備した。樹脂組成物としては、ウレタンアクリレートオリゴマーにACMOを添加していないものと、ACMOを全体の20質量%の含有量となるように添加したものを準備した。
【0069】
<可塑剤の移行の評価>
上記試験1と同様にして、2枚のPVC被覆材の面の間に樹脂組成物を配置し、紫外光照射によって樹脂材料を硬化体とした試料を準備した。PVC被覆材としては、可塑剤としてDINPを含有するものを用いた。この試料を、温度85℃、湿度85%RHの湿熱環境に250時間放置した。そして、湿熱環境に放置する前の初期状態と、湿熱環境に放置した湿熱後の状態に対して、せん断接着試験を行った。さらに、それらせん断接着試験を行った後の試料の硬化体の部分に対して、全反射測定法による赤外吸収分光測定(ATR-IR測定)を行った。参照用に、可塑剤DINPそのものについても、赤外吸収分光測定を行った。
【0070】
<評価結果>
図3に、ウレタンアクリレートオリゴマーにACMOを添加した場合と、添加していない場合について、初期状態および湿熱後の赤外吸収スペクトルを、800~700cm-1の範囲で示す。図には可塑剤自体のスペクトルも合わせて示す(細い実線)。図3において、矢印で表示するように、DINPが、740cm-1に明瞭なピークを有しており、樹脂組成物の硬化体のスペクトルにおいて、湿熱環境での放置を経て、この波数のピークの成長が見られると、被覆材から硬化体への可塑剤の移行が起こっていると判定することができる。
【0071】
まず、ウレタンアクリレートオリゴマーにACMOが含有されない場合のスペクトルを見ると、初期状態(グレーの実線)においては、740cm-1近傍に、ピークが見られていない。しかし、湿熱後(グレーの破線)には、この波数領域に、ピーク構造が見られるようになっている。この結果は、湿熱環境を経て、被覆材から樹脂組成物の硬化体へとDINPの移行が起こっていることを示している。一方、ACMOが含有されている場合のスペクトルを見ると、初期状態(黒の実線)と湿熱後の状態(黒の破線)で、740cm-1近傍のスペクトル強度がほとんど変化していない。この結果は、被覆材から樹脂組成物の硬化体へのDINPの移行が、湿熱環境への放置を経ても、ほとんど起こっていないことを示している。なお、ACMOが含有される試料においては、初期状態から、740cm-1付近に、弱いピーク構造が観測されているが、ACMO自体がこの領域に弱い吸収ピークを有することによると考えられる。
【0072】
以上のように、含窒素モノマーを添加されていないウレタンアクリレートオリゴマーの硬化体へは、湿熱環境を経ることで、被覆材からの可塑剤の移行が起こるのに対し、含窒素モノマーのACMOを添加することで、湿熱環境を経ても、可塑剤の移行が起こりにくくなっている。上記の[1]の試験で明らかになった、含窒素モノマーの添加により、湿熱環境を経た際に、硬化体と被覆材の界面における接着強度の低下が抑制されるとの結果を合わせて考えると、含窒素モノマーの添加によって、湿熱環境での可塑剤の移行が抑制されることが、接着強度の低下の抑制につながっていると言える。湿熱環境で、被覆材から樹脂組成物の硬化体へと可塑剤の移行が起こると、その後室温に戻る際に、被覆材が収縮して、硬化体との界面に熱応力が生じることにより、接着強度が低下するが、樹脂組成物への含窒素モノマーの添加によって可塑剤の移行が抑えられることで、湿熱環境を経ても、界面における接着性が高く維持されるものと考えられる。
【0073】
[3]溶解度パラメータの寄与
最後に、樹脂組成物の溶解度パラメータが、湿熱環境を経た際の接着強度の変化と、どのような関係を有しているのかを検証した。
【0074】
<試料の作製>
下の表3~5に示す組成で、各成分を配合し、均一に混合することで、試料となる樹脂組成物を調製した。各ウレタンアクリレートオリゴマー、および各モノマーとしては、上記[1]の試験で用いたのと同じものを用いた。なお、ウレタンアクリレートオリゴマーについて、「ポリカーボネート系オリゴマー1」とは、上記試験1-1で用いたのと同じものであり(重量平均分子量:5.4×10)、「ポリカーボネート系オリゴマー2」とは、上記試験1-2で用いたのと同じものである(重量平均分子量:1.2×10)。
その他、反応性希釈剤として機能する窒素非含有モノマーとして、以下のものを用いた。
・MN4:(2-メチル-2-エチル-1,3-ジオキソラン-4-イル)メチルアクリレート
【0075】
<接着強度の評価>
上記[1]の試験と同様にして、PVC被覆材と、樹脂組成物の硬化体との間の接着強度を、せん断接着試験によって測定した。測定は、初期状態、および温度85℃、湿度85%RHの湿熱環境に250時間放置した後、室温に放冷した湿熱後の状態に対して行った。PVC被覆材としては、可塑剤としてDINPを含有するものを用いた。
【0076】
<溶解度パラメータの見積もり>
計算を用いて、各試料の樹脂組成物について、溶解度パラメータを見積もった。この際、溶解度パラメータとしては、ヒルデブラント溶解度パラメータ(SP値)を求めるのに加え、上記式2に示されるとおり、ハンセン溶解度パラメータの分散項δ,極性項δ,水素結合項δの寄与を分離した。
【0077】
各試料の溶解度パラメータの算出に際し、下の表2に示す各成分の溶解度パラメータの値を、成分の体積比に従って、足し合わせた。表2の溶解度パラメータの値は、溶解度パラメータの計算用ソフトウェアであるHansen solubility parameter in practice(HSPiP)を用いて、表2の各成分の溶解度パラメータを見積もったものである。HSPiPによって算出される各成分の溶解度パラメータの値は、蒸発潜熱などから求めた値、双極子間力、分子間力等に基づいて、算出されている。
【0078】
【表2】
【0079】
<評価結果>
表3~5に、配合を様々に変化させた樹脂組成物について、各成分の配合量(単位:質量%)とともに、SP値およびハンセン溶解度パラメータの各項の見積もり値と、初期状態および湿熱後における接着強度の測定値と破壊形態を示す。接着強度については減少率も合わせて表示している。この減少率は、初期状態から湿熱後の状態への接着強度の減少量を、初期状態の値に対する比率として算出したものであり、負の値は、湿熱後に初期状態よりも接着強度が増大していることを示している。表5中の試料A1~A4,A7は、表1に示した試験1-1で用いた試料と同じものである。
【0080】
【表3】
【0081】
【表4】
【0082】
【表5】
【0083】
さらに、上の表3~5のデータをもとに、図4A~4Dに、SP値およびハンセン溶解度パラメータの分散項、極性項、水素結合項の見積もり値と、湿熱後の接着強度の測定値との関係を示す。また、図5A~5Dに、SP値およびハンセン溶解度パラメータの分散項、極性項、水素結合項の見積もり値と、湿熱環境による接着強度の減少率との関係を示す。各図において、ポリカーボネート系オリゴマー1とACMO、MN4を構成成分として用いている表3の試料B1~B18を、黒塗り円(●)で表示している。また、ポリカーボネート系オリゴマー2とACMOを構成成分として用いている表4の試料C1~C5を、白抜き円(○)で表示している。さらに、ポリカーボネート系オリゴマー1と各種モノマーを用いている表5の試料A1~A4,A7を、白抜き四角(□)で表示している。
【0084】
図4Aおよび図5Aに示された湿熱後の接着強度および接着強度の減少率(縦軸)と、SP値(横軸)との関係を見ると、データ点の分散は大きいものの、樹脂組成物のSP値が増大するのに伴い、湿熱後の接着強度が上昇するとともに、接着強度の減少率が低下する傾向が見て取れる。また、おおむね、SP値19.5以上の領域で、それらの傾向が飽和している。この結果と、上記[1]および[2]の試験結果を合わせて考えると、含窒素モノマーの添加によって、樹脂組成物の溶解度パラメータが増大し、それによって、湿熱環境を経た際の被覆材から樹脂組成物の硬化体への可塑剤の移行が抑制され、さらに界面の接着強度の低下が抑制されると言える。
【0085】
さらに、図4Bおよび図5Bの湿熱後の接着強度および接着強度の減少率(縦軸)と、溶解度パラメータの分散項(横軸)との関係を見ると、図4Aおよび図5AのSP値との関係と比較して、データ点の分散が小さくなっており、分散項が増大するのに伴い、湿熱後の接着強度が上昇するとともに、接着強度の減少率が低下する傾向、および分散項の大きさがおおむね17.1以上の領域でそれらの傾向が飽和する挙動が、一層明瞭になっている。一方で、図4C図5Cの極性項を横軸とした場合、また図4D図5Dの水素結合項を横軸とした場合においては、図4B図5Bの分散項を横軸とした場合のように、湿熱後の接着強度および接着強度の減少率との間に、明瞭な相関性は見られない。むしろ図4A図5AのSP値を横軸とした場合よりもデータ点の分散が大きくなっており、相関性が低くなっていると言える。特に、図4D図5Dの水素結合項を横軸とした場合には、成分種の違いにより、データ点の分布領域が分離している。
【0086】
これらの結果から、湿熱環境を経た際の可塑剤移行および接着強度低下が、含窒素モノマーの添加によって抑制される現象が、樹脂組成物の溶解度パラメータのうち、主に分散項との間に、高い相関性を有していることが分かる。さらに、図4A図5AのSP値を横軸としたグラフ、および図4B図5Bの分散項を横軸としたグラフにおいて、異なる記号でプロットした、成分種が異なるデータ点が、いずれも共通の傾向に乗っている。このことから、可塑剤移行および接着強度低下の抑制が、詳細な分子構造を考慮しなくても、巨視的な物性値である溶解度パラメータ、特に分散項によって整理できることが示される。
【0087】
さらに、表3,4にまとめた結果は、樹脂組成物への含窒素モノマーの添加量の効果についても示している。表3,4よると、含窒素モノマー(ACMO)の添加量が多くなるのに伴い、湿熱後の接着強度が大きくなり、接着強度の減少量が小さくなる傾向が見られている。また、破壊形態が、界面破壊から凝集破壊、さらには被覆破れや被覆伸びへと、界面の接着が強固であることを示す形態へと変化している。概ね、含窒素モノマーの含有量が10質量%以上の領域で、湿熱後の接着強度の増大、および接着強度の減少量の低下の傾向が飽和し始めるとともに、破壊形態が、凝集破壊、さらに被覆破れおよび被覆伸びとなっている。含窒素モノマーの含有量が25質量%以上の領域では、それらの挙動がさらに明確になっている。また、表3において、含窒素モノマー(ACMO)の添加量が同じで、窒素非含有モノマー(MN4)の添加量が異なる場合を比較すると、窒素非含有モノマーの添加量が少ないほど、湿熱後の接着強度が大きくなり、接着強度の減少量が小さくなっている。
【0088】
以上、本開示の実施の形態について詳細に説明したが、本発明は上記実施の形態に何ら限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲で種々の改変が可能である。
【符号の説明】
【0089】
1 ワイヤーハーネス
2 導体
3 絶縁被覆
4 電線
5 導体露出部
10 防水部
20 中間スプライス部
21 圧着端子
30 保護シート

図1
図2
図3
図4
図5