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特許7563363生理状態指標算出システム、生理状態指標算出方法及び生理状態指標算出プログラム
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-30
(45)【発行日】2024-10-08
(54)【発明の名称】生理状態指標算出システム、生理状態指標算出方法及び生理状態指標算出プログラム
(51)【国際特許分類】
   A61B 5/026 20060101AFI20241001BHJP
   A61B 5/1455 20060101ALI20241001BHJP
【FI】
A61B5/026 120
A61B5/1455
【請求項の数】 11
(21)【出願番号】P 2021187848
(22)【出願日】2021-11-18
(65)【公開番号】P2023074743
(43)【公開日】2023-05-30
【審査請求日】2023-11-08
(73)【特許権者】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100103894
【弁理士】
【氏名又は名称】家入 健
(72)【発明者】
【氏名】林 敬司
(72)【発明者】
【氏名】山田 整
(72)【発明者】
【氏名】山口 雄平
(72)【発明者】
【氏名】今村 千絵
【審査官】藤原 伸二
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2017/051885(WO,A1)
【文献】特開平06-014908(JP,A)
【文献】特開2020-074805(JP,A)
【文献】特開2020-110304(JP,A)
【文献】特開2018-019895(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61B 5/00-5/03
A61B 5/06-5/22
A61B 10/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
生体の脳血流に基づく生理状態指標を算出する生理状態指標算出システムであって、
前記脳血流から得られた脳血流波形情報を、0.4~1.5mHz(ULF2)、1.5~4mHz(ULF1)、4~15mHz(VLF2)、15~40mHz(VLF1)、0.04~0.15Hz(LF)、0.15~0.4Hz(HF)、0.4~1.5Hz(δ1波)、1.5~4Hz(δ2波)、4~8Hz(θ波)、8~13Hz(α波)、13~30Hz(β波)、30Hz~(γ波)の帯域のうちの少なくとも1つの周波数帯域でフィルタリングするバンドパスフィルタと、
フィルタリングされた前記脳血流波形情報を、前記少なくとも1つの周波数帯域について複素数化する複素数化部と
瞬時振幅に相当する、前記複素数化された脳血流波形情報を表す振動波形式の対数の実数部を、生理的に定常状態とみなせる期間で集計して、前記瞬時振幅の確率密度分布を算出する分布算出部と、
算出された前記瞬時振幅の前記確率密度分布を単峰性の分布で近似し、近似された前記瞬時振幅の前記単峰性の分布の平均値及び分散値の少なくとも一方を、前記生理状態指標に相当する特徴量として算出する特徴量算出部とを含む、
生理状態指標算出システム。
【請求項2】
生体の脳血流に基づく生理状態指標を算出する生理状態指標算出システムであって、
前記脳血流から得られた脳血流波形情報を、0.4~1.5mHz(ULF2)、1.5~4mHz(ULF1)、4~15mHz(VLF2)、15~40mHz(VLF1)、0.04~0.15Hz(LF)、0.15~0.4Hz(HF)、0.4~1.5Hz(δ1波)、1.5~4Hz(δ2波)、4~8Hz(θ波)、8~13Hz(α波)、13~30Hz(β波)、30Hz~(γ波)の帯域のうちの少なくとも1つの周波数帯域でフィルタリングするバンドパスフィルタと、
フィルタリングされた前記脳血流波形情報を、前記少なくとも1つの周波数帯域について複素数化する複素数化部と、
前記複素数化された脳血流波形情報を表す振動波形式の対数の虚数部の時間微分値を求めることにより、瞬時周波数を算出する瞬時周波数算出部と、
算出された前記瞬時周波数を、生理的に定常状態とみなせる期間で集計して、前記瞬時周波数の確率密度分布を算出する分布算出部と、
算出された前記瞬時周波数の確率密度分布を単峰性の分布で近似し、近似された前記瞬時周波数の前記単峰性の分布の平均値及び分散値の少なくとも一方を、前記生理状態指標に相当する特徴量として算出する特徴量算出部とを含む、
生理状態指標算出システム。
【請求項3】
前記脳血流波形情報は、血液の光学的特性に基づいて識別される第1の脳血流波形情報及び第2の脳血流波形情報を含み、
前記バンドパスフィルタは、第1の脳血流波形情報及び第2の脳血流波形情報を加算した脳血流波形情報をフィルタリングし、又は、第1の脳血流波形情報及び第2の脳血流波形情報のいずれか一方をフィルタリングする、請求項1又は2に記載の生理状態指標算出システム。
【請求項4】
前記脳血流を表す情報は、頭部の1以上の部位の血流を測定して得られることを特徴とする、請求項1~3のいずれか1項に記載の生理状態指標算出システム。
【請求項5】
前記周波数帯域のうち、周波数が0.4Hz以上の各周波数帯域において周波数の分布が多峰性の分布になる場合は、前記周波数の分布が単峰性の分布になるように、前記各周波数帯域が複数の帯域に分割されことを特徴とする、請求項1~4のいずれか1項に記載の生理状態指標算出システム。
【請求項6】
前記特徴量によって表される前記生体の生理状態は、前記周波数帯域の数、頭部測定部位数、及び前記特徴量の種類数に基づく多次元空間で表現されることを特徴とする、請求項1~5のいずれか1項に記載の生理状態指標算出システム。
【請求項7】
前記単峰性の分布は、正規分布で近似することを特徴とする、請求項1~5のいずれか1項に記載の生理状態指標算出システム。
【請求項8】
生体の脳血流に基づく生理状態指標を算出する生理状態指標算出方法であって、コンピュータが、
前記脳血流から得られた脳血流波形情報を、0.4~1.5mHz(ULF2)、1.5~4mHz(ULF1)、4~15mHz(VLF2)、15~40mHz(VLF1)、0.04~0.15Hz(LF)、0.15~0.4Hz(HF)、0.4~1.5Hz(δ1波)、1.5~4Hz(δ2波)、4~8Hz(θ波)、8~13Hz(α波)、13~30Hz(β波)、30Hz~(γ波)の帯域のうちの少なくとも1つの周波数帯域でフィルタリングし、
フィルタリングされた前記脳血流波形情報を、前記少なくとも1つの周波数帯域について複素数化し、
瞬時振幅に相当する、前記複素数化された脳血流波形情報を表す振動波形式の対数の実数部を、生理的に定常状態とみなせる期間で集計して、前記瞬時振幅の確率密度分布を算出し、
算出された前記瞬時振幅の前記確率密度分布を単峰性の分布で近似し、
近似された前記瞬時振幅の前記単峰性の分布の平均値及び分散値の少なくとも一方を、前記生理状態指標に相当する特徴量として算出する、
生理状態指標算出方法。
【請求項9】
生体の脳血流に基づく生理状態指標を算出する生理状態指標算出方法であって、コンピュータが、
前記脳血流から得られた脳血流波形情報を、0.4~1.5mHz(ULF2)、1.5~4mHz(ULF1)、4~15mHz(VLF2)、15~40mHz(VLF1)、0.04~0.15Hz(LF)、0.15~0.4Hz(HF)、0.4~1.5Hz(δ1波)、1.5~4Hz(δ2波)、4~8Hz(θ波)、8~13Hz(α波)、13~30Hz(β波)、30Hz~(γ波)の帯域のうちの少なくとも1つの周波数帯域でフィルタリングし、
フィルタリングされた前記脳血流波形情報を、前記少なくとも1つの周波数帯域について複素数化し、
前記複素数化された脳血流波形情報を表す振動波形式の対数の虚数部の時間微分値を求めることにより、瞬時周波数を算出し、
算出された前記瞬時周波数を、生理的に定常状態とみなせる期間で集計して、前記瞬時周波数の確率密度分布を算出し、
算出された前記瞬時周波数の確率密度分布を単峰性の分布で近似し、
近似された前記瞬時周波数の前記単峰性の分布の平均値及び分散値の少なくとも一方を、前記生理状態指標に相当する特徴量として算出する
生理状態指標算出方法。
【請求項10】
生体の脳血流に基づく生理状態指標を算出する生理状態指標算出プログラムであって、コンピュータに対し、
前記脳血流から得られた脳血流波形情報を、0.4~1.5mHz(ULF2)、1.5~4mHz(ULF1)、4~15mHz(VLF2)、15~40mHz(VLF1)、0.04~0.15Hz(LF)、0.15~0.4Hz(HF)、0.4~1.5Hz(δ1波)、1.5~4Hz(δ2波)、4~8Hz(θ波)、8~13Hz(α波)、13~30Hz(β波)、30Hz~(γ波)の帯域のうちの少なくとも1つの周波数帯域でフィルタリングさせ、
フィルタリングされた前記脳血流波形情報を、前記少なくとも1つの周波数帯域について複素数化させ、
瞬時振幅に相当する、前記複素数化された脳血流波形情報を表す振動波形式の対数の実数部を、生理的に定常状態とみなせる期間で集計させて、前記瞬時振幅の確率密度分布を算出させ、
算出された前記瞬時振幅の前記確率密度分布を単峰性の分布で近似させ、
近似された前記瞬時振幅の前記単峰性の分布の平均値及び分散値の少なくとも一方を、前記生理状態指標に相当する特徴量として算出させる、
生理状態指標算出プログラム。
【請求項11】
生体の脳血流に基づく生理状態指標を算出する生理状態指標算出プログラムであって、コンピュータに対し、
前記脳血流から得られた脳血流波形情報を、0.4~1.5mHz(ULF2)、1.5~4mHz(ULF1)、4~15mHz(VLF2)、15~40mHz(VLF1)、0.04~0.15Hz(LF)、0.15~0.4Hz(HF)、0.4~1.5Hz(δ1波)、1.5~4Hz(δ2波)、4~8Hz(θ波)、8~13Hz(α波)、13~30Hz(β波)、30Hz~(γ波)の帯域のうちの少なくとも1つの周波数帯域でフィルタリングさせ、
フィルタリングされた前記脳血流波形情報を、前記少なくとも1つの周波数帯域について複素数化させ、
前記複素数化された脳血流波形情報を表す振動波形式の対数の虚数部の時間微分値を求めさせることにより、瞬時周波数を算出させ、
算出された前記瞬時周波数を、生理的に定常状態とみなせる期間で集計させて、前記瞬時周波数の確率密度分布を算出させ、
算出された前記瞬時周波数の確率密度分布を単峰性の分布で近似させ、
近似された前記瞬時周波数の前記単峰性の分布の平均値及び分散値の少なくとも一方を、前記生理状態指標に相当する特徴量として算出させる
生理状態指標算出プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体の生理状態指標を算出するための生理状態指標算出システム、生理状態指標算出方法及び生理状態指標算出プログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、生体の生理状態指標を算出するための種々の技術が提案されている。このような技術の一例として、特許文献1が開示する病状判定装置は、異なる負荷に基づく2種類の血流情報の分離度と、脳血流のヘモグロビン濃度変化の振幅と、脳血流のヘモグロビン濃度変化の位相とに基づいて、被験者の病状を判定する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】国際公開第2018/056137号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、特許文献1が開示する病状判定装置は、2種類の負荷課題を被験者に与えて測定した脳血流量の変化から、そのまま振幅と位相を検出して統計的に処理し、脳血流量の変化の大小に基づいて病状を判定するため、被験者の微妙な生理状態の変化を捉えることができないという問題があった。
【0005】
本発明は、このような問題を解決するためのものであり、生体の生理状態の微妙な変化を捉えることが可能な生理状態指標算出システム、生理状態指標算出方法及び生理状態指標算出プログラムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の一態様に係る生体の生理状態指標を算出する生理状態指標算出システムは、
時系列データである生体の脳血流を脳の少なくとも1箇所において計測し、血流量波形情報を生成する波形情報生成部と、
血流量波形情報を、少なくとも1つの周波数帯域でフィルタリングするバンドパスフィルタと、フィルタリングされた血流量波形情報を複素数化する演算部を有する。
【0007】
演算部は、少なくとも1つの周波数帯域について一つの振動子とみなして複素数化された血流量波形情報の対数値を求め、その実数部は瞬時振幅、その虚数部は瞬時位相とし、その時間微分値を瞬時周波数とする。
【0008】
さらに、演算部は、生理的に定常状態とみなせる期間で瞬時振幅を集計して確率分布を算出する。その分布は単峰性の分布、例えばガウシアン様の分布になり、同じく瞬時周波数を集計して確率分布を算出すると単峰性の分布、例えばガウシアン様の分布になる。
【0009】
最後に、演算部は、瞬時振幅及び瞬時周波数の単峰性の分布形状から平均値と分散などをフィッティングによって算出する。それらは生理状態を表す特徴量となる。
【0010】
以上の方法によって周波数帯域数×脳血流測定部位数×4(振幅2+周波数2)個の数理的独立な特徴量が得られ、生理状態を多次元データ空間として扱うことができる。生理学的な実験にこの手法を使って解析を行うとこれまでの生理指標では判別できなかった微妙な生理状態の変化を統計的に判別が可能となる。
【0011】
バンドパスフィルタを行う周波数帯域は、浜松ホトニクス製tNIRS-1非侵襲脳酸素モニタC12707(サンプリング周波数0.2Hz)の場合、4~15mHz(VLF2)、15~40mHz(VLF1)、及び0.04~0.15Hz(LF)の帯域で生理的特徴量を算出できる。
【0012】
さらに、浜松ホトニクス製NIRO-200NXの場合、脳血流の測定精度は劣るがサンプリング周波数は20Hzであるため、0.4~4mHz(VLF2)、0.15~0.4Hz(VLF1)、0.04~0.15Hz(LF)、0.15~0.4Hz(HF)、0.4~1.5Hz(δ1)、1.5~4Hz(δ2)、及び4~8Hz(θ)の帯域が可能である。サンプリング周波数が高い装置を使用すれば脳波のα波以上の生理的特徴量を算出できる。
【発明の効果】
【0013】
本発明により、生体の生理状態の微妙な変化を捉えることが可能な生理状態指標算出システム、生理状態指標算出方法及び生理状態指標算出プログラムを提供することができる。より詳細には、複素数化部によって複素数化された脳血流波形情報は、生体の生理状態を脳血流の各帯域波形の瞬時振幅と瞬時周波数の分布形状を特徴量として表現するため、生体の生理状態の微妙な変化を捉えることができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】非被験者の前頭葉の血流の測定データをFFT分析した結果を示す図である。
図2】本発明の一態様に係るアルゴリズムを示す図である。
図3】被験者の左右前頭葉の血流内のヘモグロビン濃度の一例を示す図である。
図4】被験者の左前頭葉の各周波数帯域についての瞬時振幅ak分布密度の一例を示す図である。
図5】被験者の左前頭葉の各周波数帯域についての瞬時周波数ωkの分布密度の一例を示す図である。
図6】被験者の右前頭葉の各周波数帯域についての瞬時振幅ak分布密度の一例を示す図である。
図7】被験者の右前頭葉の各周波数帯域についての瞬時周波数ωkの分布密度の一例を示す図である。
図8】被験者に対して実施した疲労実験のプロトコルを示す図である。
図9】本発明の一態様に係る特徴量の分散分析の結果を示す図である。
図10】本発明の一態様に係る特徴量mw1のQQプロットと箱ひげ図を示す。
図11】本発明の一態様に係る特徴量sw1のQQプロットと箱ひげ図を示す。
図12】本発明の一態様に係る特徴量swf1のQQプロットと箱ひげ図を示す。
図13】本発明の一態様に係る特徴量mw2のQQプロットと箱ひげ図を示す。
図14】ステップワイズによる重回帰分析の結果を示す図である。
図15】目的変数(主観指標及び行動指標)と説明変数(生理指標の特徴量)との相関関係を示す図である。
図16】VAS(疲労感)と特徴量swf1の相関及び回帰係数を示す図である。
図17】pleasant(心地良さ)と特徴量sw1の相関及び回帰係数を示す図である。
図18】relax_(リラックス逆)と特徴量sw1の相関及び回帰係数を示す図である。
図19】fatigue(倦怠)と特徴量swf1の相関及び回帰係数を示す図である。
図20】anxiety(不安)と特徴量sw1の相関及び回帰係数を示す図である。
図21】stress(ストレス)と特徴量mw1の相関及び回帰係数を示す図である。
図22】res_m(PVTの反応時間の平均)と特徴量mw1の相関及び回帰係数を示す図である。
図23】res_s(PVTの反応時間の標準偏差)と特徴量mw1の相関及び回帰係数を示す図である。
図24】本発明の一態様に係る生理状態指標算出システムの一例を示す図である。
図25】本発明の一態様に係る生理状態指標算出プログラムの一例を示す図である。
図26】本発明の一態様に係る生理状態指標算出システムにおいて実行される処理の一例を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
脳血流データのFFT(Fast Fourier Transform)解析
以下、図面を参照して、本発明の一態様について説明する。図1は、非侵襲脳酸素モニタ(浜松ホトニクス製tNIRS-1)を用いて、被験者の前頭葉の血流を測定し、その測定データをFFT分析した結果を示す図である。なお、このときのサンプリング周波数は0.2Hzであり、測定時間は60分である。
【0016】
図1に示す「OHb+HHb」は、酸素化ヘモグロビンの濃度と脱酸素化ヘモグロビンの濃度の和を示しており、総ヘモグロビン濃度に相当する。総ヘモグロビン濃度は、被験者の前頭葉の動脈を流れる血流量に比例する。本図から、総ヘモグロビン濃度(OHb+HHb)の周波数スペクトルが1/fラインに乗っていることが分かる。
【0017】
脳血流データのak-ωk分析法の提案
本発明の一態様では、非侵襲脳酸素モニタによる脳血流内の総ヘモグロビン量の測定データのak-ωk分析法を提案する。本発明の一態様では、図2に示すように、被験者の測定された左前頭葉の脳血流内の総ヘモグロビン量φ1(t)及び右前頭葉の脳血流内の総ヘモグロビン量φ2(t)を表す波形情報に対して、既定の周波数帯域でバンドパスフィルタ処理を行う。既定の周波数帯域には、例えば、LF(Low Frequency)[0.04:0.15]Hz(血圧性変動)、VLF(Very Low Frequency)1[15:40]mHz(第1の自律神経性変動)、VLF2[4:15]mHz(第2の自律神経性変動)等が含まれる。LFは血圧性変動に関連し、VLF1及びVLF2は自律神経性変動に関連する。
【0018】
次いで、それぞれの周波数帯域の波形情報について複素数化を行う。本実施形態では、複素数化手法としてヒルベルト変換を採用する。各周波数帯域の波形情報を複素数化することにより、下記数式1及び3に示す振動波形式が得られる。kは、k=1(VLF2),k=2(VLF1),k=3(LF)のように、各周波数帯域を表す。数式1及び2は、左脳に関する数式である。数式1が示す振動波形式の対数の実数部ak(t)は瞬時振幅を表し、虚数部ψk(t)は瞬時位相を表す。数式2が示すωk(t)は、瞬時周波数を表し、当該瞬時位相の時間微分に相当する。数式3及び4は、右脳に関する数式である。数式3が示す振動波形式の対数の実数部ak(t)は瞬時振幅を表し、虚数部ψk(t)は瞬時位相を表す。数式4が示すωk(t)は、瞬時周波数を表し、当該瞬時位相の時間微分に相当する。
【数1】
【数2】
【数3】
【数4】
【0019】
ここで、数式1及び2は左前頭葉の脳血流、数式3及び4は右前頭葉の脳血流を示しているが、多チャネルの非侵襲脳酸素モニタを使って、前頭葉以外の側頭葉、頭頂葉、後頭葉の脳血流を同時に計測して、同様の分析を行うことができる。
【0020】
総ヘモグロビン波形データ処理方法
図3は、生理的に定常状態とみなせる期間(以下、「生理的定常期間とする」。)における被験者の左右前頭葉の血流内のヘモグロビン濃度を示す図である。図3に示す例では、生理的定常期間として7分を採用した。図3では、被検者の左右前頭葉の脳血流を計測し、第一の脳血流情報(血流内の酸素化へモグロビン濃度:OHb)、第二の脳血流情報(脱酸素化ヘモグロビン濃度:HHb)、及びそれらの合計の総ヘモグロビン濃度(OHb+HHb)がそれぞれ示されている。
【0021】
これらの酸素化ヘモグロビン濃度と脱酸素化ヘモグロビン濃度の合計のデータに基づいて上記数式1~数式4を導出し、数式1~数式4が示す時系列データを生理的に定常状態とみなせる期間で集計して分布密度を算出した結果、図4~7に示す結果が得られた。ここで、酸素化ヘモグロビン濃度又は脱酸素化ヘモグロビン濃度のいずれか一方のデータに基づいて、上記数式1~数式4を導出してもよい。図4は、被験者の左前頭葉の周波数帯域(LF,VLF1,VLF2)における瞬時振幅akの分布密度(対数正規分布)を示す図である。図5は、被験者の左前頭葉の周波数帯域(LF,VLF1,VLF2)の瞬時周波数ωkの分布密度(正規分布)を示す図である。図6は、被験者の右前頭葉の周波数帯域(LF,VLF1,VLF2)における瞬時振幅akの分布密度(対数正規分布)を示す図である。図7は、被験者の右前頭葉の周波数帯域(LF,VLF1,VLF2)の瞬時周波数ωkの分布密度(正規分布)を示す図である。図4~7に示す通り、数式1~数式4が示す時系列データの分布密度は、ガウシアン分布で近似できる。
【0022】
瞬時振幅ak,瞬時振幅ak,瞬時周波数ωk,瞬時周波数ωkの分布密度を正規分布でフィッティング(図中の実線)して、その分布の平均と標準偏差を求めると、上記測定期間における被験者の生理的安定状態を表す特徴量を得ることができる。
【0023】
なお、本実験で用いた非侵襲脳酸素モニタよりもサンプリング周波数の上限が高い非侵襲脳酸素モニタ、例えば浜松ホトニクス製NIRO-200NX(サンプリング周波数20Hz)を用いることにより、本実験で用いた非侵襲脳酸素モニタよりも測定精度は劣るが、HF(High Frequency)[0.15:0.4]Hz帯域、δ[0.4:1.5]Hz、θ[1.5:4]Hz、α[4:13]Hz帯域も分析することができる。さらに、サンプリング周波数が高い装置を使用すれば、α波以上の生理的特徴量を算出できる。
【0024】
さらに、生理的定常状態を長時間(例えば数十分)保持して、脳血流を測定することができれば、VLF帯域よりさらに低い周波数のULF帯域([0.4:1.5]mHz、[1.5:4]mHz)も分析の対象とすることができ、免疫系等のより長い周期の生体状態を表す指標を導出できる可能性がある。
【0025】
上記説明は、瞬時振幅akと瞬時周波数ωk、(i=1,2,…)が生理的に定常状態とみなせる場合に、その分布を近似する確率密度分布関数が正規分布であるときを考えたが、その分布は、正規分布に限定するものではない。他の単峰性分布、例えばガンマ分布、ローレンツ分布などで近似してもよい。正規分布以外の単峰性の分布に近似する場合は標準偏差の代わりに、分散値または半値幅などの形状パラメータを用い得る。
【0026】
上記の説明で一つの脳血流データをバンドパスフィルタして複素数化した振動波形を、一つの振動子とみなして特徴量を抽出するが、時には複数の振動子の重ね合わせとして多峰性の分布になっている場合がある。その場合は次の二つの場合が考えられる。分布を集計している期間中に生理状態が変化した場合と、測定部位の脳内動脈の下流に複数の振動子がある場合である。前者の場合は、分布を集計する時間間隔を区切って単峰性の分布になるようにする。後者の場合は、バンドパスフィルタする帯域幅を分割するか、もしくは、測定部位を脳内動脈の下流部位に移動させて、一つの振動子として単峰性の分布になるようにしなければならない。
【0027】
疲労実験における脳血流データの分析
<実験方法>
図8は、10名の被験者に対して実施した疲労実験のプロトコルを示す図である。被験者の疲労状態を評価するため、心理指標として、疲労及び覚醒主観評価RAS(Roken Arousal Scale)、一過性ストレス主観評価PSS(Perceived Stress Scale)等の主観評価を実施した。また、行動指標として、反応時間検査PVT(Psychomotor Vigilance Task)を疲労課題の前後に実施した。具体的には、4桁のデジタルカウンタが2~10秒のランダムな間隔で動き出し、手元のボタンを押してカウンタの動きを止めるまでの反応時間を測定した。さらに、疲労課題としてNバック課題(3バック20分)を行った。さらに、生理指標として、安静1及び安静2の測定において脳血流に基づく脳活動を測定し、生化学系を唾液中バイオマーカにより計測した。
【0028】
<被験者>
被験者は、健康な成人男性10名であり、その年齢は20~44歳で、平均年齢は28.5歳であった。
【0029】
<実験デザイン>
日常の疲労感に対する客観的な指標探索を目的として、疲労負荷課題前後の前頭葉の脳活動及び自律神経活動と、主観評価の疲労感等及び行動指標の課題成績との関連について検討した。本実験では、2部屋の会議室を使用し、各部屋で男性2名又は女性2名が実験を行った。各被験者は14:00~15:30又は15:30~17:00のいずれかの時間帯に実験に参加した。各種電極と脳血流を測定する非侵襲脳酸素モニタ(浜松ホトニクス製tNIRS-1、以下、「NIRS」とする。)を各被験者が装着した状態で5分間の座位安静測定(安静1)を実施し、NIRSを装着していない状態で10分間の座位安静測定(安静1)を実施した。次いで、後述する作業課題を計30分実施した後、7分間の座位安静測定(安静2)を行った。作業課題から7分間の安静2が終了する迄、NIRS装置のセンサを、被験者男性10人の左右の前頭部に装着した状態で左右の脳血流を測定した。実験環境は、会議室のエアコン設定により、室温が25℃±1℃になるように調整した。
【0030】
<作業課題と行動指標>
精神疲労負荷課題として、現在呈示されている刺激がn回前の刺激と同じかどうかを答えるワーキングメモリ課題であるnバック課題を使用し、被験者に対し、3バック課題を20分間(約260問)行った。3バック課題の直前と直後に、5分間のPVTを行った。PVTは、3バック課題前の1回目のPVTと、3バック課題後の2回目のPVTの成績を比較した。
【0031】
<主観評価>
主観評価として、安静1の前後及び安静2の後に、VAS(Visual Analog Scale)による疲労感、アフェクトグリッド法による快/不快及び覚醒/眠気を評価した。また、疲労及びストレスに関連する気分状態について、RAS及びPSSを用いて評価した。
【0032】
<非侵襲脳酸素モニタによる脳血流測定とak-ωk分析と分散分析>
安静1(5分)、作業課題及び安静2(7分)において脳血流を測定した男性10名の、安静1(5分)と安静2(1~6分)のそれぞれ5分間(開始5分間)の脳血流内の総へモブロビンの時系列データについて、図2に示すフローでデータ処理を行い、瞬時振幅ak、瞬時周波数ωk、瞬時振幅ak、及び瞬時周波数ωkの分布密度を計算し、これらの分布密度を正規分布でフィッティングした。これにより、2(ak,ωk)×2(左脳及び右脳)×3(LF,VLF1,VLF2)×2(平均μ,標準偏差σ)の24個の特徴量が得られた。
【0033】
これらの特徴量をri(r1:安静1、r2:安静2)、id(10名の被験者)の水準を使って分散分析(ri水準の一元分散分析及びri+id水準の二元分散分析)を行うと、図9の結果が得られた。24個の特徴量のうち、作業課題(PVT5分+3-Back20分+PVT5分)によって95%有意となった特徴量が3つ(mw1,sw1,mw2)、90%有意となった特徴量(swf1)が1つ抽出できた。
【0034】
ここで、特徴量mw1は、被験者の左脳前頭葉の総ヘモグロビンから導出されたVLF2の複素数波形式の瞬時振幅akの値の平均μを表す特徴量である。特徴量sw1は、被験者の左脳前頭葉の総ヘモグロビンから導出されたVLF2の複素数波形式の瞬時振幅akの値の標準偏差σを表す特徴量である。特徴量mw2は、被験者の右脳前頭葉の総ヘモグロビンから導出されたVLF2の複素数波形式の瞬時振幅akの値の平均μを表す特徴量である。特徴量swf1は、被験者の左脳前頭葉の総ヘモグロビンから導出されたVLF2の複素数波形式の瞬時位相ψkの時間微分値である瞬時周波数ωkの値の標準偏差σを表す特徴量である。
【0035】
図9に示す「m」は分布の平均μを表す。「s」は分布の標準偏差σを表す。「l」はLF帯域の振幅を表す。「lf」はLF帯域の周波数を表す。「v」はVLF1帯域の振幅を表す。「vf」はVLF1帯域の周波数を表す。「w」はVLF2帯域の振幅を表す。「wf」はVLF2帯域の周波数を表す。「1」は左脳を表し、「2」は右脳を表す。
【0036】
疲労課題前後における一元分散分析を図10図13に示す。図10は、安静1及び安静2における特徴量mw1のQQプロットと箱ひげ図を示す。図11は、安静1及び安静2における特徴量sw1のQQプロットと箱ひげ図を示す。図12は、安静1及び安静2における特徴量swf1のQQプロットと箱ひげ図を示す。図13は、安静1及び安静2における特徴量mw2のQQプロットと箱ひげ図を示す。
【0037】
<主観評価(RAS,PSS,VAS)及び行動指標(PVT)とak-ωk分析法の特徴量との重回帰分析>
分散分析によって有意となった生理指標である4つの特徴量(mw1,sw1,swf1,mw2)を説明変数とし、主観指標(RAS,PSS,VAS、アフェクトグリッド(快/不快及び覚醒/眠気))及び行動指標(PVT)を目的変数として、重回帰分析を行った。
【0038】
個体における主観指標、行動指標、及び生理指標の特徴量(mw1,sw1,swf1,mw2)のばらつきを低減するため、主観指標、行動指標及び生理指標の特徴量について、作業課題前後の差分をとり、ステップワイズによる重回帰分析を行った。ここで、ステップワイズによる重回帰でp値が10%を超えた説明変数を除き、p値が10%以下の説明変数のみを残す作業を行った。図14は、ステップワイズによる重回帰分析の結果を示す。図15は、目的変数(主観指標及び行動指標)と説明変数(生理指標の特徴量)との相関関係を示す。
【0039】
ここで、VASは、0~100の数値で表される疲労の強度を示す指標である。pleasant(心地良さ)及びarousal(覚醒)は、アフェクトグリッドに基づく数値で表される指標である。sleepy(眠気)、active_(活動的の逆)、relax_(リラックス逆)、strainR(緊張)、concentrate(集中状態)、motivation(やる気のある状態)は、RASの回答結果に基づく指標である。fatigue(倦怠)、Plesant_P(不快)、angry(怒り)、anxiety(不安)、stress(ストレス状態)、strainP(緊張)は、PSSの回答結果に基づく指標である。res_mはPVTの反応時間の平均を表し、res_sはPVTの反応時間の標準偏差を表す。
【0040】
図16図23は、各目的変数(主観指標及び行動指標)と説明変数(生理指標の特徴量)の相関及び回帰係数を示す。図16は、VAS(疲労感)と特徴量swf1の相関及び回帰係数を示す。図17は、pleasant(心地良さ)と特徴量sw1の相関及び回帰係数を示す。図18は、relax_(リラックス逆)と特徴量sw1の相関及び回帰係数を示す。図19は、fatigue(倦怠)と特徴量swf1の相関及び回帰係数を示す。図20は、anxiety(不安)と特徴量sw1の相関及び回帰係数を示す。図21は、stress(ストレス)と特徴量mw1の相関及び回帰係数を示す。図22は、res_m(PVTの反応時間の平均)と特徴量mw1の相関及び回帰係数を示す。図23は、res_s(PVTの反応時間の標準偏差)と特徴量mw1の相関及び回帰係数を示す。
【0041】
図15を参照すると、特徴量swf1(左額部分のVLF2帯域における周波数バラツキ)が、VAS(疲労)、fatigue(倦怠)、anxiety(不安)及びstress(ストレス)の増大と共に大きくなることが分かる。また、特徴量mw1(左額部分のVLF2帯域における周波数平均値)が、VAS(疲労)、relax_(リラックス逆)、stress(ストレス)の増大と共に大きくなり、Pleasant(心地良さ)の減少と共に大きくなることが分かる。ここで、res_m(PVT反応時間平均)及びres_s(PVT反応時間標準偏差)が減少すると共に、特徴量mw1が増大するのは、疲労効果としては逆の傾向のように思われるが、真剣にPVT課題に取り組んだ人は、反応時間が早くなるが、その結果疲労し、適当に取り組んだ人は、反応時間は遅くなるが、疲労しないと解釈することができる。このようにak-ωk分析を行うことにより、疲労の増加が、特徴量swf1及び特徴量mw1の増加として現れることが判った。
【0042】
図24は、本発明の一態様に係る生理状態指標算出システム1の一例を示す。生理状態指標算出システム1は、情報処理装置10と、脳酸素モニタ20とを含む。情報処理装置10の具体例としては、PC(Personal Computer)、サーバ、ラズベリーパイ、スマートフォン、ウェアラブル端末、タブレット端末等が挙げられる。これらの装置は、コンピュータに相当する。
【0043】
脳酸素モニタ20の具体例としては、上述したtNIRS-1、NIRO-200NX等が挙げられる。なお、情報処理装置10が有する機能を脳酸素モニタ20に実装し、生理状態指標算出システム1を1つの装置として構成してもよい。
【0044】
情報処理装置10は、演算装置11と、通信インタフェース(I/F)12と、記憶装置13と、表示装置14とを備える。
【0045】
演算装置11は、情報処理装置10の全体制御を行う装置である。演算装置11の具体例としては、CPU(Central Processing Unit)、MPU(Micro Processing Unit)、ECU(Electronic Control Unit)等が挙げられる。演算装置11も、コンピュータに相当する。
【0046】
演算装置11は、生理状態指標算出プログラム100と、登録部110と、出力部120とを実行する。演算装置11は、生理状態指標算出プログラムを実行することにより、生理状態指標算出方法を実現する。生理状態指標算出プログラム100の詳細については後述する。
【0047】
登録部110は、生理状態指標算出プログラム100が算出した生理状態指標を記憶装置13のデータベースに登録するプログラムである。登録部110は、外部の装置に構築されたデータベースに生理状態指標を登録してもよい。
【0048】
出力部120は、生理状態指標算出プログラム100が算出した生理状態指標を出力するプログラムである。出力部120は、生理状態指標を表示装置14に出力して、表示装置14に生理状態指標を表示させることができる。また、出力部120は、通信インタフェース12を介して、外部の装置に生理状態指標を出力することができる。
【0049】
なお、FPGA(Field-Programmable Gate Array)やASIC(Application Specific Integrated Circuit)等の半導体装置が、生理状態指標算出プログラムを実行してもよい。これらの半導体装置もコンピュータに相当する。
【0050】
通信インタフェース(I/F)12は、外部装置と相互にデータを通信する装置である。通信インタフェース(I/F)12は、脳酸素モニタ20から脳血流情報を取得する。通信インタフェース(I/F)12は、専用線を介して接続された脳酸素モニタ20から脳血流情報を取得することができる。また、通信インタフェース(I/F)12は、LAN(Local Area Network)及び/又はWAN(Wide Area Network)で構成可能なネットワークを介して、脳酸素モニタ20から脳血流情報を取得してもよい。
【0051】
表示装置14は、演算装置11が算出した生理状態指標等の種々の情報を表示する装置である。記憶装置13は、生理状態指標算出プログラム等の種々の情報が保存される記憶装置である。
【0052】
図25は、生理状態指標算出プログラム100の一例を示す図である。生理状態指標算出プログラム100は、時系列データである生体の左脳の血流量を表す脳血流情報及び生体の右脳の血流量を表す脳血流情報の少なくとも一方を用いて、脳血流波形情報を生成する。次いで、生理状態指標算出プログラム100は、脳血流波形情報を、少なくとも1つの周波数帯域でフィルタリングする。
【0053】
生理状態指標算出プログラム100は、複素化された波形情報の対数を算出し、その実数部を瞬時振幅とし、その虚数部を瞬時位相、その瞬時位相の時間微分値を瞬時周波数として、生理的に安静状態とみなせる期間で集計する。それらの分布を算出すると、ガウシアン様に分布する。生理状態指標算出プログラム100は、それらを正規分布と近似して平均値μ及び標準偏差σを、生体の生理状態指標として算出する。具体的には、生理状態指標算出プログラム100は、上記既定の周波数帯域について、数式(1)~(4)に従って左右脳血流波形情報おける複素数式の瞬時振幅ak(t)と瞬時周波数ωk(t)(i=1,2)を算出し、生理的に定常状態とみなせる期間で集計し確率密度分布を算出し、正規分布でフィッティングして平均値と標準偏差をそれぞれの帯域毎に算出する。
【0054】
生理状態指標算出プログラム100は、波形情報生成部101と、バンドパスフィルタ102と、複素数化部103と、第1の分布算出部104と、瞬時周波数算出部105と、第1の特徴量算出部106と、第2の分布算出部107と、第2の特徴量算出部108とを含む。
【0055】
波形情報生成部101は、時系列データである生体の左脳の血流量を表す脳血流情報及び生体の右脳の血流量を表す脳血流情報の少なくとも一方を用いて、脳血流波形情報を生成するプログラムである。脳血流情報は、身体の1以上の部位の血流を測定して得られる。脳血流情報の具体例として、生体の脳内の血流量を反映する脳内血液中の総ヘモグロビンの濃度、酸素化ヘモグロビン濃度、脱酸素ヘモグロビン濃度が挙げられる。対象の脳領域は、実施例では左右の前頭葉であるが、生体の生理状態を反映し得る他の脳の領域、例えば、側頭葉や後頭葉を対象としてもよい。また、内頸動脈等の脳内に流入する動脈を測定することにより脳血流情報を得ることができる。
【0056】
バンドパスフィルタ102は、波形情報生成部101が生成した脳血流波形情報を、少なくとも1つの周波数帯域でフィルタリングするプログラムである。具体的には、バンドパスフィルタ102は、変換された脳血流波形情報を、少なくとも1つの振動子とみなせる周波数帯域で分割する。この周波数帯域には、例えば、4~15mHz(VLF2)、15~40mHz(VLF1)、及び0.04~0.15Hz(LF)の帯域の少なくとも1つが含まれる。また、周波数帯域は、0.4~1.5mHz(UHF2)、1.5~4mHz(UHF1)、0.15~0.4Hz(HF)、0.4~1.5Hz(δ1波)、1.5~4Hz(δ2波)、及び4~8Hz(θ波)、8~13Hz(α波)、13~30Hz(β波)、30Hz~(γ波)の帯域の少なくとも1つを含んでもよい。さらに、バンドパスフィルタ102は、上記周波数帯域において複数の振動子が確認されれば、これらの振動子に対応する複数の帯域に上記周波数帯域を分割してもよい。なお、上記周波数帯域の境界に該当する周波数は、いずれの帯域に含んでもよい。例えば、15mHzは、VLF1及びVLF2の一方に属することができる。
【0057】
脳血流波形情報は、血液の光学的特性に基づいて識別される第1の脳血流波形情報及び第2の脳血流波形情報を含む。バンドパスフィルタ102は、第1の脳血流波形情報及び第2の脳血流波形情報を加算した脳血流波形情報をフィルタリングすることができる。また、バンドパスフィルタ102は、第1の脳血流波形情報及び第2の脳血流波形情報の一方をフィルタリングすることができる。
【0058】
複素数化部103は、バンドパスフィルタ102によってフィルタリングされた脳血流波形情報を複素数化して、複素数化された脳血流波形情報を生成するプログラムである。具体的には、複素数化部103は、上記既定の周波数帯域について、複素数化された脳血流波形情報を算出する。複素数化部103は、複素数化手法として、例えば、ヒルベルト変換を採用することができる。なお、複素数化手法は、ヒルベルト変換に限られず、任意の複素数化手法を採用することができる。複素数化された脳血流波形情報は、生体の生理状態を反映する振動子である。
【0059】
第1の分布算出部104は、瞬時振幅に相当する、複素数化部103によって複素数化された脳血流波形情報を表す振動波形式の対数の実数部を、生理的定常期間で集計して、瞬時振幅の確率密度分布を算出するプログラムである。具体的には、第1の分布算出部104は、数式1及び数式3が示す対数の実数部ak(t),ak(t)を、生理的定常期間で集計して、瞬時振幅の確率密度分布を算出する。分布データは、通常、ガウシアン様に分布する。
【0060】
瞬時周波数算出部105は、複素数化部103によって複素数化された脳血流波形情報を表す振動波形式の対数の虚数部の時間微分値を求めることにより、瞬時周波数を算出するプログラムである。振動波形式の対数の虚数部は、瞬時位相を表す。具体的には、数式1及び数式3が示す対数の虚数部ψk(t),ψk(t)が瞬時位相を表す。瞬時周波数算出部105は、数式2及び数式4に従い、対数の虚数部ψk(t),ψk(t)の時間微分値を求めることにより、瞬時周波数を算出する。時間微分値の算出には、瞬時周波数として用いることができる。
【0061】
第2の分布算出部107は、瞬時周波数算出部105によって算出された瞬時周波数を、生理的定常期間で集計して、瞬時周波数の確率密度分布を算出するプログラムである。分布データは、通常、ガウシアン様に分布する。
【0062】
第1の特徴量算出部106は、第1の分布算出部104によって算出された瞬時振幅の確率密度分布を特定の分布で近似し、当該特定の分布の平均値μ及び標準偏差σの少なくとも一方を、特徴量として算出するプログラムである。特定の分布には、正規分布及びその他の分布、例えば、ガンマ分布、指数分布等が含まれる。第1の特徴量算出部106は、各周波数帯域について特徴量を算出する。第1の特徴量算出部106が算出した特徴量、すなわち、上記周波数帯域における左右の脳血流に基づく瞬時振幅の分布の平均値及び標準偏差は、生理状態指標となり得る。
【0063】
第2の特徴量算出部108は、第2の分布算出部107によって算出された瞬時周波数の確率密度分布を特定の分布で近似し、当該特定の分布の平均値μ及び標準偏差σの少なくとも一方を、特徴量として算出するプログラムである。特定の分布には、正規分布及びその他の分布、例えば、ガンマ分布、指数分布等が含まれる。第2の特徴量算出部108は、各周波数帯域について特徴量を算出する。第2の特徴量算出部108が算出した特徴量、すなわち、上記周波数帯域における左右の脳血流に基づく瞬時周波数の分布の平均値及び標準偏差は、生理状態指標となり得る。
【0064】
出力部120は、生理状態指標算出プログラム100が算出した、上記周波数帯域で左右の脳血流の瞬時振幅の分布の平均値及び標準偏差と瞬時周波数の分布の平均値及び標準偏差を、生理状態指標として出力する。
【0065】
図26は、本発明の一態様に係る生理状態指標算出システム1において実行される処理の一例を示すフローチャートである。
【0066】
ステップS101では、波形情報生成部101が、時系列データである生体の左脳の血流量を表す脳血流情報及び生体の右脳の血流量を表す脳血流情報を用いて、脳血流波形情報を生成する。
【0067】
ステップS102では、バンドパスフィルタ102が、上記既定の周波数帯域で脳血流波形情報をフィルタリングする。ステップS103では、複素数化部103が、フィルタリングされた脳血流波形情報を複素数化する。
【0068】
ステップS104では、第1の分布算出部104が、複素数化された脳血流波形情報を用いて、瞬時振幅の確率密度分布を算出する。ステップS105では、第1の特徴量算出部106が、瞬時振幅の確率密度分布に基づく特徴量を算出する。
【0069】
ステップS106では、瞬時周波数算出部105が、複素数化された脳血流波形情報を用いて、瞬時周波数を算出する。ステップS107では、第2の分布算出部107が、瞬時周波数を用いて、瞬時周波数の確率密度分布を算出する。ステップS108では、第2の特徴量算出部108が、瞬時周波数の確率密度分布に基づく特徴量を算出する。
【0070】
ステップS109では、登録部110が、上記処理で算出された生理状態指標をデータベースに登録する。具体的には、登録部110は、複素数化された脳血流波形情報、瞬時振幅の確率密度分布に基づく特徴量、及び、瞬時周波数の確率密度分布に基づく特徴量のうち少なくとも1つを、データベースに登録することができる。
【0071】
ステップS110では、出力部120が、上記処理で算出された生理状態指標を出力し、図26の処理が終了する。具体的には、出力部120は、複素数化された脳血流波形情報、瞬時振幅の確率密度分布に基づく特徴量、及び、瞬時周波数の確率密度分布に基づく特徴量のうち少なくとも1つを、出力することができる。
【0072】
上述した実施形態では、波形情報生成部101が、測定部位毎に時系列データである生体の脳の血流量を表す血流量波形情報を生成する。次いで、バンドパスフィルタ102が、血流量波形情報を、少なくとも1つの周波数帯域でフィルタリングする。次いで、複素数化部103が、フィルタリングされた血流量波形情報を複素数化して、少なくとも1つの振動子とみなせる血流量波形情報を生成する。そして、分布算出部104,107が、少なくとも1つの振動子について、生理的に定常状態とみなせる期間の瞬時振幅と瞬時周波数の分布を集計し、特徴量算出部106,108が、それぞれの分布を正規分布でフィッティングして振幅と周波数の平均値と標準偏差を、生理状態を表す特徴量として算出する。そして出力部120が、算出した特徴量をデータベース化して外部へ出力する。
【0073】
上述した通り、生体の脳血流量情報から導出された特徴量を用いて、上述した実施形態のような生理学的な実験を行い、心理的アンケートと併せて統計学的処理することで、生体の生理状態の微妙な変化を捉えることができる。
【0074】
上述の例において、プログラムは、コンピュータに読み込まれた場合に、実施形態で説明された1又はそれ以上の機能をコンピュータに行わせるための命令群(又はソフトウェアコード)を含む。プログラムは、非一時的なコンピュータ可読媒体又は実体のある記憶媒体に格納されてもよい。限定ではなく例として、コンピュータ可読媒体又は実体のある記憶媒体は、random-access memory(RAM)、read-only memory(ROM)、フラッシュメモリ、solid-state drive(SSD)又はその他のメモリ技術、CD-ROM、digital versatile disk(DVD)、Blu-ray(登録商標)ディスク又はその他の光ディスクストレージ、磁気カセット、磁気テープ、磁気ディスクストレージ又はその他の磁気ストレージデバイスを含む。プログラムは、一時的なコンピュータ可読媒体又は通信媒体上で送信されてもよい。限定ではなく例として、一時的なコンピュータ可読媒体又は通信媒体は、電気的、光学的、音響的、又はその他の形式の伝搬信号を含む。
【0075】
本発明は、上述した実施形態に限られたものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で適宜変更することが可能である。
【符号の説明】
【0076】
1 生理状態指標算出システム
10 情報処理装置
11 演算装置
12 通信インタフェース
13 記憶装置
14 表示装置
20 脳酸素モニタ
100 生理状態指標算出プログラム
101 波形情報生成部
102 バンドパスフィルタ
103 複素数化部
104 第1の分布算出部
105 瞬時周波数算出部
106 第1の特徴量算出部
107 第2の分布算出部
108 第2の特徴量算出部
110 登録部
120 出力部
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17
図18
図19
図20
図21
図22
図23
図24
図25
図26