(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-30
(45)【発行日】2024-10-08
(54)【発明の名称】積層鉄心の弾性マトリックス決定装置、積層鉄心の弾性マトリックス決定方法およびコンピュータプログラム
(51)【国際特許分類】
G06F 30/23 20200101AFI20241001BHJP
G01H 3/00 20060101ALI20241001BHJP
G06F 30/10 20200101ALI20241001BHJP
【FI】
G06F30/23
G01H3/00 A
G06F30/10 100
(21)【出願番号】P 2022051181
(22)【出願日】2022-03-28
【審査請求日】2023-10-24
(73)【特許権者】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100103850
【氏名又は名称】田中 秀▲てつ▼
(74)【代理人】
【識別番号】100105854
【氏名又は名称】廣瀬 一
(74)【代理人】
【識別番号】100116012
【氏名又は名称】宮坂 徹
(74)【代理人】
【識別番号】100066980
【氏名又は名称】森 哲也
(72)【発明者】
【氏名】浪川 操
【審査官】合田 幸裕
(56)【参考文献】
【文献】特開2021-135285(JP,A)
【文献】特開2018-109592(JP,A)
【文献】特開2014-071689(JP,A)
【文献】特開2012-256126(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G06F 30/00 - 30/398
G01H 3/00
H01F 41/00 - 41/02
IEEE Xplore
JSTPlus(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
応力と歪みとの関係を行列表示で表した構成式を使用して積層鉄心の振動解析を行うに際し、前記積層鉄心が複数の鋼板を積層して構成されるとともに、少なくとも第1部分及び第2部分を備え、前記構成式中の弾性マトリックスに含まれる前記積層鉄心の前記第1部分及び前記第2部分の積層方向を含む二面における横弾性係数をそれぞれ決定する積層鉄心の弾性マトリックス決定装置であって、
振動解析の対象となる前記積層鉄心の励磁騒音を複数の励磁磁束密度ごとに測定して求めた前記積層鉄心の励磁騒音の周波数スペクトルを取得する励磁騒音スペクトル取得部と、
前記積層鉄心を構成する鋼板と同じ鋼板の励磁磁歪を前記複数の励磁磁束密度と同一の励磁磁束密度の複数の励磁磁束密度ごとに測定して求めた前記鋼板の励磁磁歪の周波数スペクトルを取得する励磁磁歪スペクトル取得部と、
前記励磁騒音スペクトル取得部で取得した複数の励磁磁束密度ごとの前記励磁騒音の周波数スペクトルと、前記励磁磁歪スペクトル取得部で取得した複数の励磁磁束密度ごとの励磁磁歪の周波数スペクトルとの差分スペクトルを算出する差分スペクトル算出部と、
前記差分スペクトル算出部で算出した複数の励磁磁束密度ごとの差分スペクトルの平均スペクトルを算出する平均スペクトル算出部と、
前記差分スペクトル算出部で算出した複数の励磁磁束密度ごとの差分スペクトルと、前記平均スペクトル算出部で算出した平均スペクトルとの一致度に応じて、前記励磁騒音スペクトル取得部で取得した複数の励磁磁束密度ごとの前記励磁騒音の周波数スペクトルのうち解析に採用する特定励磁磁束密度での励磁騒音の周波数スペクトル、及び前記励磁磁歪スペクトル取得部で取得した複数の励磁磁束密度ごとの励磁磁歪の周波数スペクトルのうち解析に採用する特定励磁磁束密度での励磁磁歪の周波数スペクトルを選定する選定部と、
振動解析の対象となる前記積層鉄心について、前記第1部分及び前記第2部分の前記積層鉄心の積層方向を含む二面における横弾性係数の値をそれぞれ所定範囲から選定された特定の値(G
1、G
2)の組み合わせとして前記弾性マトリックスに適用して振動応答解析を行い、特定の値(G
1、G
2)の組み合わせに対する前記積層鉄心の振動応答関数の周波数スペクトルを求める振動応答関数スペクトル算出部と、
前記選定部で選定された特定励磁磁束密度での前記鋼板の励磁磁歪の周波数スペクトルと、前記振動応答関数スペクトル算出部で算出された前記積層鉄心の振動応答関数の周波数スペクトルとから前記積層鉄心の励磁振動の周波数スペクトルを算出する励磁振動スペクトル算出部と、
前記選定部で選定された特定励磁磁束密度での前記積層鉄心の励磁騒音の周波数スペクトルと、前記励磁振動スペクトル算出部で算出された前記積層鉄心の励磁振動の周波数スペクトルとの一致度を求める一致度算出部と、
前記特定の値(G
1、G
2)の各値をそれぞれ前記所定範囲内で変更して前記特定の値(G
1、G
2)の各値の組み合わせを変更し、前記振動応答関数スペクトル算出部、前記励磁振動スペクトル算出部、及び前記一致度算出部の各処理を繰り返し、繰り返し回数だけ存在する特定の値(G
1、G
2)の各組み合わせに対して、前記選定部で選定された特定励磁磁束密度での前記積層鉄心の励磁騒音の周波数スペクトルと、前記励磁振動スペクトル算出部で算出された前記積層鉄心の励磁振動の周波数スペクトルとの一致度を決定する一致度決定部と、
前記一致度決定部で決定された前記特定の値(G
1、G
2)の各組み合わせに対する前記一致度の最大値を検出し、前記一致度が最大値となる特定の値(G
1、G
2)の組み合わせを前記第1部分及び前記第2部分の前記積層鉄心の積層方向を含む二面における横弾性係数の値として採用する横弾性係数決定部とを備えていることを特徴とする積層鉄心の弾性マトリックス決定装置。
【請求項2】
前記選定部は、前記差分スペクトル算出部で算出した複数の励磁磁束密度ごとの差分スペクトルと、前記平均スペクトル算出部で算出した平均スペクトルとのコサイン一致度を算出し、算出されたコサイン一致度が最も大きい差分スペクトルを構成する特定励磁磁束密度での励磁騒音の周波数スペクトル及び前記コサイン一致度が最も大きい差分スペクトルを構成する特定励磁磁束密度での励磁磁歪の周波数スペクトルを解析に採用するものとして選定することを特徴とする請求項1に記載の積層鉄心の弾性マトリックス決定装置。
【請求項3】
応力と歪みとの関係を行列表示で表した構成式を使用して積層鉄心の振動解析を行うに際し、前記積層鉄心が複数の鋼板を積層して構成されるとともに、少なくとも第1部分及び第2部分を備え、前記構成式中の弾性マトリックスに含まれる前記積層鉄心の前記第1部分及び前記第2部分の積層方向を含む二面における横弾性係数をそれぞれ決定する積層鉄心の弾性マトリックス決定方法であって、
振動解析の対象となる前記積層鉄心の励磁騒音を複数の励磁磁束密度ごとに測定して求めた前記積層鉄心の励磁騒音の周波数スペクトルを取得する励磁騒音スペクトル取得ステップと、
前記積層鉄心を構成する鋼板と同じ鋼板の励磁磁歪を前記複数の励磁磁束密度と同一の励磁磁束密度の複数の励磁磁束密度ごとに測定して求めた前記鋼板の励磁磁歪の周波数スペクトルを取得する励磁磁歪スペクトル取得ステップと、
前記励磁騒音スペクトル取得ステップで取得した複数の励磁磁束密度ごとの前記励磁騒音の周波数スペクトルと、前記励磁磁歪スペクトル取得ステップで取得した複数の励磁磁束密度ごとの励磁磁歪の周波数スペクトルとの差分スペクトルを算出する差分スペクトル算出ステップと、
前記差分スペクトル算出ステップで算出した複数の励磁磁束密度ごとの差分スペクトルの平均スペクトルを算出する平均スペクトル算出ステップと、
前記差分スペクトル算出ステップで算出した複数の励磁磁束密度ごとの差分スペクトルと、前記平均スペクトル算出ステップで算出した平均スペクトルとの一致度に応じて、前記励磁騒音スペクトル取得ステップで取得した複数の励磁磁束密度ごとの前記励磁騒音の周波数スペクトルのうち解析に採用する特定励磁磁束密度での励磁騒音の周波数スペクトル、及び前記励磁磁歪スペクトル取得ステップで取得した複数の励磁磁束密度ごとの励磁磁歪の周波数スペクトルのうち解析に採用する特定励磁磁束密度での励磁磁歪の周波数スペクトルを選定する選定ステップと、
振動解析の対象となる前記積層鉄心について、前記第1部分及び前記第2部分の前記積層鉄心の積層方向を含む二面における横弾性係数の値をそれぞれ所定範囲から選定された特定の値(G
1、G
2)の組み合わせとして前記弾性マトリックスに適用して振動応答解析を行い、特定の値(G
1、G
2)の組み合わせに対する前記積層鉄心の振動応答関数の周波数スペクトルを求める振動応答関数スペクトル算出ステップと、
前記選定ステップで選定された特定励磁磁束密度での前記鋼板の励磁磁歪の周波数スペクトルと、前記振動応答関数スペクトル算出ステップで算出された前記積層鉄心の振動応答関数の周波数スペクトルとから前記積層鉄心の励磁振動の周波数スペクトルを算出する励磁振動スペクトル算出ステップと、
前記選定ステップで選定された特定励磁磁束密度での前記積層鉄心の励磁騒音の周波数スペクトルと、前記励磁振動スペクトル算出ステップで算出された前記積層鉄心の励磁振動の周波数スペクトルとの一致度を求める一致度算出ステップと、
前記特定の値(G
1、G
2)の各値をそれぞれ前記所定範囲内で変更して前記特定の値(G
1、G
2)の各値の組み合わせを変更し、前記振動応答関数スペクトル算出ステップ、前記励磁振動スペクトル算出ステップ、及び前記一致度算出ステップの各処理を繰り返し、繰り返し回数だけ存在する特定の値(G
1、G
2)の各組み合わせに対して、前記選定ステップで選定された特定励磁磁束密度での前記積層鉄心の励磁騒音の周波数スペクトルと、前記励磁振動スペクトル算出ステップで算出された前記積層鉄心の励磁振動の周波数スペクトルとの一致度を決定する一致度決定ステップと、
前記一致度決定ステップで決定された前記特定の値(G
1、G
2)の各組み合わせに対する前記一致度の最大値を検出し、前記一致度が最大値となる特定の値(G
1、G
2)の組み合わせを前記第1部分及び前記第2部分の前記積層鉄心の積層方向を含む二面における横弾性係数の値として採用する横弾性係数決定ステップとを含むことを特徴とする積層鉄心の弾性マトリックス決定方法。
【請求項4】
前記選定ステップでは、前記差分スペクトル算出ステップで算出した複数の励磁磁束密度ごとの差分スペクトルと、前記平均スペクトル算出ステップで算出した平均スペクトルとのコサイン一致度を算出し、算出されたコサイン一致度が最も大きい差分スペクトルを構成する特定励磁磁束密度での励磁騒音の周波数スペクトル及び前記コサイン一致度が最も大きい特定励磁磁束密度での励磁磁歪の周波数スペクトルを解析に採用するものとして選定することを特徴とする請求項3に記載の積層鉄心の弾性マトリックス決定方法。
【請求項5】
応力と歪みとの関係を行列表示で表した構成式を使用して積層鉄心の振動解析を行うに際し、前記積層鉄心が複数の鋼板を積層して構成されるとともに、少なくとも第1部分及び第2部分を備え、前記構成式中の弾性マトリックスに含まれる前記積層鉄心の前記第1部分及び前記第2部分の積層方向を含む二面における横弾性係数をそれぞれコンピュータに算出させるコンピュータプログラムであって、
前記コンピュータに、
振動解析の対象となる前記積層鉄心の励磁騒音を複数の励磁磁束密度ごとに測定して求めた前記積層鉄心の励磁騒音の周波数スペクトルを取得する励磁騒音スペクトル取得ステップと、
前記積層鉄心を構成する鋼板と同じ鋼板の励磁磁歪を前記複数の励磁磁束密度と同一の励磁磁束密度の複数の励磁磁束密度ごとに測定して求めた前記鋼板の励磁磁歪の周波数スペクトルを取得する励磁磁歪スペクトル取得ステップと、
前記励磁騒音スペクトル取得ステップで取得した複数の励磁磁束密度ごとの前記励磁騒音の周波数スペクトルと、前記励磁磁歪スペクトル取得ステップで取得した複数の励磁磁束密度ごとの励磁磁歪の周波数スペクトルとの差分スペクトルを算出する差分スペクトル算出ステップと、
前記差分スペクトル算出ステップで算出した複数の励磁磁束密度ごとの差分スペクトルの平均スペクトルを算出する平均スペクトル算出ステップと、
前記差分スペクトル算出ステップで算出した複数の励磁磁束密度ごとの差分スペクトルと、前記平均スペクトル算出ステップで算出した平均スペクトルとの一致度に応じて、前記励磁騒音スペクトル取得ステップで取得した複数の励磁磁束密度ごとの前記励磁騒音の周波数スペクトルのうち解析に採用する特定励磁磁束密度での励磁騒音の周波数スペクトル、及び前記励磁磁歪スペクトル取得ステップで取得した複数の励磁磁束密度ごとの励磁磁歪の周波数スペクトルのうち解析に採用する特定励磁磁束密度での励磁磁歪の周波数スペクトルを選定する選定ステップと、
振動解析の対象となる前記積層鉄心について、前記第1部分及び前記第2部分の前記積層鉄心の積層方向を含む二面における横弾性係数の値をそれぞれ所定範囲から選定された特定の値(G
1、G
2)の組み合わせとして前記弾性マトリックスに適用して振動応答解析を行い、特定の値(G
1、G
2)の組み合わせに対する前記積層鉄心の振動応答関数の周波数スペクトルを求める振動応答関数スペクトル算出ステップと、
前記選定ステップで選定された特定励磁磁束密度での前記鋼板の励磁磁歪の周波数スペクトルと、前記振動応答関数スペクトル算出ステップで算出された前記積層鉄心の振動応答関数の周波数スペクトルとから前記積層鉄心の励磁振動の周波数スペクトルを算出する励磁振動スペクトル算出ステップと、
前記選定ステップで選定された特定励磁磁束密度での前記積層鉄心の励磁騒音の周波数スペクトルと、前記励磁振動スペクトル算出ステップで算出された前記積層鉄心の励磁振動の周波数スペクトルとの一致度を求める一致度算出ステップと、
前記特定の値(G
1、G
2)の各値をそれぞれ前記所定範囲内で変更して前記特定の値(G
1、G
2)の各値の組み合わせを変更し、前記振動応答関数スペクトル算出ステップ、前記励磁振動スペクトル算出ステップ、及び前記一致度算出ステップの各処理を繰り返し、繰り返し回数だけ存在する特定の値(G
1、G
2)の各組み合わせに対して、前記選定ステップで選定された特定励磁磁束密度での前記積層鉄心の励磁騒音の周波数スペクトルと、前記励磁振動スペクトル算出ステップで算出された前記積層鉄心の励磁振動の周波数スペクトルとの一致度を決定する一致度決定ステップと、
前記一致度決定ステップで決定された前記特定の値(G
1、G
2)の各組み合わせに対する前記一致度の最大値を検出し、前記一致度が最大値となる特定の値(G
1、G
2)の組み合わせを前記第1部分及び前記第2部分の前記積層鉄心の積層方向を含む二面における横弾性係数の値として採用する横弾性係数決定ステップと、
を実行させることを特徴とするコンピュータプログラム。
【請求項6】
前記選定ステップでは、前記差分スペクトル算出ステップで算出した複数の励磁磁束密度ごとの差分スペクトルと、前記平均スペクトル算出ステップで算出した平均スペクトルとのコサイン一致度を算出し、算出されたコサイン一致度が最も大きい差分スペクトルを構成する特定励磁磁束密度での励磁騒音の周波数スペクトル及び前記コサイン一致度が最も大きい差分スペクトルを構成する特定励磁磁束密度での励磁磁歪の周波数スペクトルを解析に採用するものとして選定することを特徴とする請求項5に記載のコンピュータプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、積層鉄心の振動解析を実施する際に適用する鉄心の弾性変形における応力と歪の関係を示す構成方程式中の弾性マトリックスを決定する積層鉄心の弾性マトリックス決定装置、積層鉄心の弾性マトリックス決定方法およびコンピュータプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
配電用変圧器などの変圧器は電磁鋼板を積層した積層鉄心にコイルを巻装することにより構成されている。変圧器として重要とされる性能には鉄損(無負荷損)特性、励磁電流特性、騒音特性などがある。
配電用変圧器は、様々な場所に設置されているが、特に市街地に設置される変圧器には騒音が小さいことが強く求められる。このように昨今では、変圧器が設置される周辺環境への配慮などから、特に騒音特性がますます重要となっている。
【0003】
変圧器の鉄心材料として多くの場合には方向性電磁鋼板が使用されている。方向性電磁鋼板には磁歪と称される励磁に伴う材料伸縮があり、この励磁磁歪振動が変圧器騒音の主な原因と言われている。このため変圧器騒音性能は使用する電磁鋼板の磁歪性能に強く依存するとされ、低騒音変圧器を製造するに際しては低磁歪特性を有する電磁鋼板が鉄心材料として使用される。
【0004】
しかし、磁歪性能の優れた電磁鋼板を実際に使用して鉄心を製造したにもかかわらず、十分な変圧器低騒音特性が得られない場合がしばしばみられる。このようなことが起こる原因を調査してみると、変圧器鉄心の固有振動数と電磁鋼板磁歪振動の共鳴現象であると考えられるケースが多くみられる。このため、変圧器鉄心の固有振動をはじめとする機械振動特性を計算予測することは変圧器を設計・製造する上で極めて重要である。
【0005】
そこで、磁歪が生ずる磁性体を含む電磁部品を有限要素解析における複数の有限要素の組み合わせで表現した数値解析モデルに基づいて電磁部品に与えられる磁束密度に応じた有限要素の各節点又は各有限要素の歪みと等価な節点力を算出する解析装置および解析方法が提案されている(例えば、特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、上記特許文献1に記載された先行技術では、釣合いの式、応力と歪みとの関係を示した構成式、および変位と歪みの関係式によって構成される構造解析の支配方程式を用いて、準静的構造解析を行うようにしている。
このうち、応力テンソル{σ}と歪みテンソル{ε}との関係を示した構成式は、
{σ}={D}{ε} ({ }はテンソルを示す)
で表されている。
ここで、{D}は歪みと応力の関係を表したテンソルである。成分表示すると、(1)式のようになる。
【0008】
【0009】
一般的に成分数は、{D}は81成分、{σ}と{ε}は9成分ある。ここで、物理量としてのテンソルは対称テンソルとなるので、{σ}と{ε}の独立成分はそれぞれ6成分となる。したがって、構成式を
[σ]=[D][ε] ([ ]は行列であることを示す。[D]を弾性マトリックスと称する。)
と行列表示して、成分で表示すると、(2)式のようになる。
【0010】
【0011】
そして、垂直応力σiと垂直歪みεiとの関係および剪断応力τijとせん断歪みγijとの関係が弾性マトリックス[D]を使用して表されている。
しかしながら、上記先行技術では、弾性マトリックス[D]の設定については何ら記載がなく、弾性マトリックス[D]をどのように決定するかについては記載がない。但し、一般的には、構造解析の対象となる電磁部品を構成する電磁鋼板等の部材自体の弾性係数をそのまま適用する場合が多い。
【0012】
この場合には、構造解析の対象となる電磁部品の機械振動計算結果と実際に機械振動を測定した結果とを比較した場合に、計算値と実測値との間に大きな乖離があることが知られている。このため、構造解析プログラムによる構造解析を、鋼板を積層して構成される積層構造体である電磁部品の設計に対して使用することは一般に困難とされてきた。
【0013】
ここで、配電用変圧器などの変圧器に用いられる変圧器の鉄心も鋼板を積層して構成される積層構造体であるため、構造解析プログラムによる構造解析を用いて騒音予測を行うことは困難であった。このため、実際に製造した変圧器の騒音が大きいために防音壁のような防音対策に余分なコストがかさむなどの問題を生じることがある。このような場合、変圧器鉄心の設計変更を行うことで変圧器の騒音を低減することができれば余分なコスト上昇を抑制できるが、どのように設計変更を行えば騒音を低減することができるのかがわからない。このため、容易には設計変更を行えないという問題がある。この設計変更を行えるように構造解析プログラムによる構造解析を用いて騒音予測を行えるようにすることが強く求められている。
【0014】
構造解析の対象となる変圧器鉄心の機械振動計算結果と実際に機械振動を測定した結果とを比較した場合に、計算値と実測値との間に大きな乖離を生じる原因は、当該変圧器鉄心が鋼板を積層して構成される積層構造体であって、積層構造体の弾性マトリックス[D]は変圧器の積層鉄心を構成する電磁鋼板等の部品自体の弾性マトリックス[D]とは本来異なる値であるにもかかわらず、積層構造体の弾性マトリックス[D]を決定する良い方法が存在しないために電磁鋼板等の部品自体の弾性マトリックス[D]の値をそのまま代用して構造解析を実施していることにあるものと考えられる。
特に、応力と歪みとの関係を行列表示で表した構成式を使用して鋼板を積層した積層鉄心の振動解析を行うに際し、構成式中の前述の弾性マトリックス[D]に含まれる変圧器の積層鉄心の積層方向を含む二面における横弾性係数を決定する方法は確立されていない。
【0015】
そこで、本発明は、上述した従来技術の課題に着目してなされたものであり、その目的は、応力と歪みとの関係を行列表示で表した構成式を使用して鋼板を積層した積層鉄心の振動解析を行うに際し、構成式中の弾性マトリックスに含まれる積層鉄心の第1部分及び第2部分の積層方向を含む二面における横弾性係数を最適に決定することができる積層鉄心の弾性マトリックス決定装置、弾性マトリックス決定方法およびコンピュータプログラムを提供するにある。
【課題を解決するための手段】
【0016】
上記の課題を解決するために、本発明の一態様に係る積層鉄心の弾性マトリックス決定装置は、応力と歪みとの関係を行列表示で表した構成式を使用して積層鉄心の振動解析を行うに際し、前記積層鉄心が複数の鋼板を積層して構成されるとともに、少なくとも第1部分及び第2部分を備え、前記構成式中の弾性マトリックスに含まれる前記積層鉄心の前記第1部分及び前記第2部分の積層方向を含む二面における横弾性係数をそれぞれ決定する積層鉄心の弾性マトリックス決定装置であって、振動解析の対象となる前記積層鉄心の励磁騒音を複数の励磁磁束密度ごとに測定して求めた前記積層鉄心の励磁騒音の周波数スペクトルを取得する励磁騒音スペクトル取得部と、前記積層鉄心を構成する鋼板と同じ鋼板の励磁磁歪を前記複数の励磁磁束密度と同一の励磁磁束密度の複数の励磁磁束密度ごとに測定して求めた前記鋼板の励磁磁歪の周波数スペクトルを取得する励磁磁歪スペクトル取得部と、前記励磁騒音スペクトル取得部で取得した複数の励磁磁束密度ごとの前記励磁騒音の周波数スペクトルと、前記励磁磁歪スペクトル取得部で取得した複数の励磁磁束密度ごとの励磁磁歪の周波数スペクトルとの差分スペクトルを算出する差分スペクトル算出部と、前記差分スペクトル算出部で算出した複数の励磁磁束密度ごとの差分スペクトルの平均スペクトルを算出する平均スペクトル算出部と、前記差分スペクトル算出部で算出した複数の励磁磁束密度ごとの差分スペクトルと、前記平均スペクトル算出部で算出した平均スペクトルとの一致度に応じて、前記励磁騒音スペクトル取得部で取得した複数の励磁磁束密度ごとの前記励磁騒音の周波数スペクトルのうち解析に採用する特定励磁磁束密度での励磁騒音の周波数スペクトル、及び前記励磁磁歪スペクトル取得部で取得した複数の励磁磁束密度ごとの励磁磁歪の周波数スペクトルのうち解析に採用する特定励磁磁束密度での励磁磁歪の周波数スペクトルを選定する選定部と、振動解析の対象となる前記積層鉄心について、前記第1部分及び前記第2部分の前記積層鉄心の積層方向を含む二面における横弾性係数の値をそれぞれ所定範囲から選定された特定の値(G1、G2)の組み合わせとして前記弾性マトリックスに適用して振動応答解析を行い、特定の値(G1、G2)の組み合わせに対する前記積層鉄心の振動応答関数の周波数スペクトルを求める振動応答関数スペクトル算出部と、前記選定部で選定された特定励磁磁束密度での前記鋼板の励磁磁歪の周波数スペクトルと、前記振動応答関数スペクトル算出部で算出された前記積層鉄心の振動応答関数の周波数スペクトルとから前記積層鉄心の励磁振動の周波数スペクトルを算出する励磁振動スペクトル算出部と、前記選定部で選定された特定励磁磁束密度での前記積層鉄心の励磁騒音の周波数スペクトルと、前記励磁振動スペクトル算出部で算出された前記積層鉄心の励磁振動の周波数スペクトルとの一致度を求める一致度算出部と、前記特定の値(G1、G2)の各値をそれぞれ前記所定範囲内で変更して前記特定の値(G1、G2)の各値の組み合わせを変更し、前記振動応答関数スペクトル算出部、前記励磁振動スペクトル算出部、及び前記一致度算出部の各処理を繰り返し、繰り返し回数だけ存在する特定の値(G1、G2)の各組み合わせに対して、前記選定部で選定された特定励磁磁束密度での前記積層鉄心の励磁騒音の周波数スペクトルと、前記励磁振動スペクトル算出部で算出された前記積層鉄心の励磁振動の周波数スペクトルとの一致度を決定する一致度決定部と、前記一致度決定部で決定された前記特定の値(G1、G2)の各組み合わせに対する前記一致度の最大値を検出し、前記一致度が最大値となる特定の値(G1、G2)の組み合わせを前記第1部分及び前記第2部分の前記積層鉄心の積層方向を含む二面における横弾性係数の値として採用する横弾性係数決定部とを備えていることを要旨とする。
【0017】
また、本発明の別の態様に係る積層鉄心の弾性マトリックス決定方法は、応力と歪みとの関係を行列表示で表した構成式を使用して積層鉄心の振動解析を行うに際し、前記積層鉄心が複数の鋼板を積層して構成されるとともに、少なくとも第1部分及び第2部分を備え、前記構成式中の弾性マトリックスに含まれる前記積層鉄心の前記第1部分及び前記第2部分の積層方向を含む二面における横弾性係数をそれぞれ決定する積層鉄心の弾性マトリックス決定方法であって、振動解析の対象となる前記積層鉄心の励磁騒音を複数の励磁磁束密度ごとに測定して求めた前記積層鉄心の励磁騒音の周波数スペクトルを取得する励磁騒音スペクトル取得ステップと、前記積層鉄心を構成する鋼板と同じ鋼板の励磁磁歪を前記複数の励磁磁束密度と同一の励磁磁束密度の複数の励磁磁束密度ごとに測定して求めた前記鋼板の励磁磁歪の周波数スペクトルを取得する励磁磁歪スペクトル取得ステップと、前記励磁騒音スペクトル取得ステップで取得した複数の励磁磁束密度ごとの前記励磁騒音の周波数スペクトルと、前記励磁磁歪スペクトル取得部で取得した複数の励磁磁束密度ごとの励磁磁歪の周波数スペクトルとの差分スペクトルを算出する差分スペクトル算出ステップと、前記差分スペクトル算出ステップで算出した複数の励磁磁束密度ごとの差分スペクトルの平均スペクトルを算出する平均スペクトル算出ステップと、前記差分スペクトル算出ステップで算出した複数の励磁磁束密度ごとの差分スペクトルと、前記平均スペクトル算出ステップで算出した平均スペクトルとの一致度に応じて、前記励磁騒音スペクトル取得ステップで取得した複数の励磁磁束密度ごとの前記励磁騒音の周波数スペクトルのうち解析に採用する特定励磁磁束密度での励磁騒音の周波数スペクトル、及び前記励磁磁歪スペクトル取得ステップで取得した複数の励磁磁束密度ごとの励磁磁歪の周波数スペクトルのうち解析に採用する特定励磁磁束密度での励磁磁歪の周波数スペクトルを選定する選定ステップと、振動解析の対象となる前記積層鉄心について、前記第1部分及び前記第2部分の前記積層鉄心の積層方向を含む二面における横弾性係数の値をそれぞれ所定範囲から選定された特定の値(G1、G2)の組み合わせとして前記弾性マトリックスに適用して振動応答解析を行い、特定の値(G1、G2)の組み合わせに対する前記積層鉄心の振動応答関数の周波数スペクトルを求める振動応答関数スペクトル算出ステップと、前記選定ステップで選定された特定励磁磁束密度での前記鋼板の励磁磁歪の周波数スペクトルと、前記振動応答関数スペクトル算出ステップで算出された前記積層鉄心の振動応答関数の周波数スペクトルとから前記積層鉄心の励磁振動の周波数スペクトルを算出する励磁振動スペクトル算出ステップと、前記選定ステップで選定された特定励磁磁束密度での前記積層鉄心の励磁騒音の周波数スペクトルと、前記励磁振動スペクトル算出ステップで算出された前記積層鉄心の励磁振動の周波数スペクトルとの一致度を求める一致度算出ステップと、前記特定の値(G1、G2)の各値をそれぞれ前記所定範囲内で変更して前記特定の値(G1、G2)の各値の組み合わせを変更し、前記振動応答関数スペクトル算出ステップ、前記励磁振動スペクトル算出ステップ、及び前記一致度算出ステップの各処理を繰り返し、繰り返し回数だけ存在する特定の値(G1、G2)の各組み合わせに対して、前記選定ステップで選定された特定励磁磁束密度での前記積層鉄心の励磁騒音の周波数スペクトルと、前記励磁振動スペクトル算出ステップで算出された前記積層鉄心の励磁振動の周波数スペクトルとの一致度を決定する一致度決定ステップと、前記一致度決定ステップで決定された前記特定の値(G1、G2)の各組み合わせに対する前記一致度の最大値を検出し、前記一致度が最大値となる特定の値(G1、G2)の組み合わせを前記第1部分及び前記第2部分の前記積層鉄心の積層方向を含む二面における横弾性係数の値として採用する横弾性係数決定ステップとを含むことを要旨とする。
【0018】
また、本発明の別の態様に係るコンピュータプログラムは、応力と歪みとの関係を行列表示で表した構成式を使用して積層鉄心の振動解析を行うに際し、前記積層鉄心が複数の鋼板を積層して構成されるとともに、少なくとも第1部分及び第2部分を備え、前記構成式中の弾性マトリックスに含まれる前記積層鉄心の前記第1部分及び前記第2部分の積層方向を含む二面における横弾性係数をそれぞれコンピュータに算出させるコンピュータプログラムであって、前記コンピュータに、振動解析の対象となる前記積層鉄心の励磁騒音を複数の励磁磁束密度ごとに測定して求めた前記積層鉄心の励磁騒音の周波数スペクトルを取得する励磁騒音スペクトル取得ステップと、前記積層鉄心を構成する鋼板と同じ鋼板の励磁磁歪を前記複数の励磁磁束密度と同一の励磁磁束密度の複数の励磁磁束密度ごとに測定して求めた前記鋼板の励磁磁歪の周波数スペクトルを取得する励磁磁歪スペクトル取得ステップと、前記励磁騒音スペクトル取得ステップで取得した複数の励磁磁束密度ごとの前記励磁騒音の周波数スペクトルと、前記励磁磁歪スペクトル取得部で取得した複数の励磁磁束密度ごとの励磁磁歪の周波数スペクトルとの差分スペクトルを算出する差分スペクトル算出ステップと、前記差分スペクトル算出ステップで算出した複数の励磁磁束密度ごとの差分スペクトルの平均スペクトルを算出する平均スペクトル算出ステップと、前記差分スペクトル算出ステップで算出した複数の励磁磁束密度ごとの差分スペクトルと、前記平均スペクトル算出ステップで算出した平均スペクトルとの一致度に応じて、前記励磁騒音スペクトル取得ステップで取得した複数の励磁磁束密度ごとの前記励磁騒音の周波数スペクトルのうち解析に採用する特定励磁磁束密度での励磁騒音の周波数スペクトル、及び前記励磁磁歪スペクトル取得ステップで取得した複数の励磁磁束密度ごとの励磁磁歪の周波数スペクトルのうち解析に採用する特定励磁磁束密度での励磁磁歪の周波数スペクトルを選定する選定ステップと、振動解析の対象となる前記積層鉄心について、前記第1部分及び前記第2部分の前記積層鉄心の積層方向を含む二面における横弾性係数の値をそれぞれ所定範囲から選定された特定の値(G1、G2)の組み合わせとして前記弾性マトリックスに適用して振動応答解析を行い、特定の値(G1、G2)の組み合わせに対する前記積層鉄心の振動応答関数の周波数スペクトルを求める振動応答関数スペクトル算出ステップと、前記選定ステップで選定された特定励磁磁束密度での前記鋼板の励磁磁歪の周波数スペクトルと、前記振動応答関数スペクトル算出ステップで算出された前記積層鉄心の振動応答関数の周波数スペクトルとから前記積層鉄心の励磁振動の周波数スペクトルを算出する励磁振動スペクトル算出ステップと、前記選定ステップで選定された特定励磁磁束密度での前記積層鉄心の励磁騒音の周波数スペクトルと、前記励磁振動スペクトル算出ステップで算出された前記積層鉄心の励磁振動の周波数スペクトルとの一致度を求める一致度算出ステップと、前記特定の値(G1、G2)の各値をそれぞれ前記所定範囲内で変更して前記特定の値(G1、G2)の各値の組み合わせを変更し、前記振動応答関数スペクトル算出ステップ、前記励磁振動スペクトル算出ステップ、及び前記一致度算出ステップの各処理を繰り返し、繰り返し回数だけ存在する特定の値(G1、G2)の各組み合わせに対して、前記選定ステップで選定された特定励磁磁束密度での前記積層鉄心の励磁騒音の周波数スペクトルと、前記励磁振動スペクトル算出ステップで算出された前記積層鉄心の励磁振動の周波数スペクトルとの一致度を決定する一致度決定ステップと、前記一致度決定ステップで決定された前記特定の値(G1、G2)の各組み合わせに対する前記一致度の最大値を検出し、前記一致度が最大値となる特定の値(G1、G2)の組み合わせを前記第1部分及び前記第2部分の前記積層鉄心の積層方向を含む二面における横弾性係数の値として採用する横弾性係数決定ステップと、を実行させることを要旨とする。
【発明の効果】
【0019】
本発明に係る積層鉄心の弾性マトリックス決定装置、弾性マトリックス決定方法およびコンピュータプログラムによれば、応力と歪みとの関係を行列表示で表した構成式を使用して鋼板を積層した積層鉄心の振動解析を行うに際し、構成式中の弾性マトリックスに含まれる積層鉄心の第1部分及び第2部分の積層方向を含む二面における横弾性係数を最適に決定することができる積層鉄心の弾性マトリックス決定装置、弾性マトリックス決定方法およびコンピュータプログラムを提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図1】本発明の一実施形態に係る積層鉄心の弾性マトリックス決定装置を示す構成図である。
【
図3】垂直応力およびせん断応力を説明する図である。
【
図4】
図1に示す積層鉄心の弾性マトリックス決定装置の機能ブロック図である。
【
図5】
図4に示す積層鉄心の弾性マトリックス決定装置における処理の流れを説明するためのフローチャートである。
【
図6】実施例における、振動解析の対象となる積層鉄心の励磁騒音を複数の励磁磁束密度(1.5T~1.9T)ごとに測定して求めた積層鉄心の励磁騒音の周波数スペクトルを示すグラフ(a)と、積層鉄心を構成する電磁鋼板と同じ電磁鋼板の励磁磁歪を複数の励磁磁束密度(1.5T~1.9T)ごとに測定して求めた電磁鋼板の励磁磁歪(加速度)の周波数スペクトルを示すグラフ(b)と、複数の励磁磁束密度(1.5T~1.9T)ごとの励磁騒音の周波数スペクトルと複数の励磁磁束密度(1.5T~1.9T)ごとの励磁磁歪の周波数スペクトルとの差分スペクトルを示すグラフ(c)である。
【
図7】実施例において、解析に採用した特定励磁磁束密度(1.6T)での励磁騒音の周波数スペクトルの一例を示すグラフである。
【
図8】実施例において、解析に採用した特定励磁磁束密度(1.6T)での励磁磁歪の周波数スペクトルの一例を示すグラフである。
【
図9】実施例における、上ヨーク及び下ヨークで構成される第1部分の積層方向を含む二面における横弾性係数Gyz=Gzx=G
1が0.2GPa、脚部で構成される第2部分の積層方向を含む二面における横弾性係数Gyz=Gzx=G
2が0.1GPaとして弾性マトリックスに適用して振動応答解析を行った際の、積層鉄心の振動応答関数の周波数スペクトルを示すグラフである。
【
図10】実施例における、上ヨーク及び下ヨークで構成される第1部分の積層方向を含む二面における横弾性係数Gyz=Gzx=G
1が0.2GPa、脚部で構成される第2部分の積層方向を含む二面における横弾性係数Gyz=Gzx=G
2が0.1GPaであるときの、励磁振動スペクトル算出部で算出された積層鉄心の励磁振動の周波数スペクトルを示すグラフである。
【
図11】実施例における、繰り返し回数だけ存在する特定の値(G
1、G
2)の各組み合わせに対して決定された、特定励磁磁束密度(1.6T)での積層鉄心の励磁騒音の周波数スペクトルと、積層鉄心の励磁振動の周波数スペクトルとの一致度を示す2次元マップである。
【
図12】実施例における、積層鉄心の励磁振動の周波数スペクトルの計算値と、積層鉄心の励磁騒音を測定して求められた励磁騒音の周波数スペクトルの実測値とを示すグラフである。
【
図13】参考例に係る積層鉄心の弾性マトリックス決定装置における処理の流れを説明するためのフローチャートである。
【
図14】参考例における、振動解析の対象となる積層鉄心の励磁騒音を測定して求められた励磁騒音の周波数スペクトルの一例を示すグラフである。
【
図15】参考例における、振動解析の対象となる積層鉄心を構成する電磁鋼板と同じ電磁鋼板の励磁磁歪の周波数スペクトルの一例を示すグラフである。
【
図16】参考例における、積層鉄心21を構成する上ヨーク22a及び下ヨーク22bの積層方向を含む二面における横弾性係数Gzx,Gyz及び脚部22cの積層方向を含む二面における横弾性係数Gzx,Gyzをそれぞれ所定範囲から選定された特定の値G
1、G
2の組み合わせとして弾性マトリックスに適用して振動応答解析を行った際の、特定の値(G
1、G
2)の組み合わせに対する積層鉄心の振動応答関数の周波数スペクトルの一例を示すグラフである。
【
図17】参考例における、電磁鋼板の励磁磁歪の周波数スペクトルと積層鉄心の振動応答関数の周波数スペクトルとから算出された積層鉄心の励磁振動の周波数スペクトルの一例を示すグラフである。
【
図18】参考例における、繰り返し回数だけ存在する特定の値(G
1、G
2)の各組み合わせに対して決定された、積層鉄心の励磁騒音の周波数スペクトルと、積層鉄心の励磁振動の周波数スペクトルとの一致度を示す2次元マップの一例である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明に係る積層鉄心の弾性マトリックス決定方法および積層鉄心の振動解析方法の実施形態を図面に基づいて説明する。なお、各図面は模式的なものであって、現実のものとは異なる場合がある。また、以下の実施形態は、本発明の技術的思想を具体化するための装置や方法を例示するものであり、構成を下記のものに特定するものでない。すなわち、本発明の技術的思想は、特許請求の範囲に記載された技術的範囲内において、種々の変更を加えることができる。
【0022】
図1には、本発明の一実施形態に係る積層鉄心の弾性マトリックス決定装置が示されている。
図1に示す弾性マトリックス決定装置10は、CPU11を備えた演算処理装置12で構成されたコンピュータである。CPU11には、内部バス13を介してRAM,ROM等の内部記憶装置14、外部記憶装置15、キーボード、マウス等の入力装置16およびディスプレイに画像データを出力する出力装置17が接続されている。
【0023】
外部記憶装置15は、ハードディスクドライブやソリッドステートドライブ等の読み出しが可能なディスクドライブと、記録媒体からのデータを読み出すCD、DVD、BD等のドライブ装置を含んで構成されている。この外部記憶装置15にコンピュータプログラムを格納した記録媒体18をセットし、読み出したコンピュータプログラムをディスクドライブにインストールする。なお、コンピュータプログラムのインストールは、記録媒体18を使用する場合に限らず、ネットワークを介してコンピュータプログラムをダウンロードするようにしてもよい。
【0024】
CPU11は、インストールされたコンピュータプログラムの命令にしたがって入力された解析用入力データを用いて有限要素法を用いて振動解析(弾性マトリックスの決定を含む)を行い、解析結果を出力装置17からディスプレイに出力して表示する。この解析結果は、ディスプレイに表示する場合に限らず、プリンタで印刷したり、ネットワーク経由で送信したりすることができる。
そして、本実施形態で解析対象とする積層鉄心21は、例えば配電用変圧器として使用する三相三脚変圧器用の積層鉄心であって、
図2に示すように、上ヨーク22aおよび下ヨーク22b間に三本の脚部22cを連結した板厚0.3mmの方向性電磁鋼板22を例えば333枚積層してガラステープを巻き付けて固定されている。
【0025】
一例として、上ヨーク22aおよび下ヨーク22bの寸法は、幅100mm×長さ500mmに設定されている。また、三本の脚部22cの寸法は、幅100mm×長さ300mmに設定され、上ヨーク22aおよび下ヨーク22b間に100mm間隔で連結されている。
なお、本実施形態で解析対象とする積層鉄心21は、
図2に示した三相三脚変圧器用の積層鉄心が一例であって、方向性電磁鋼板22の板厚、方向性電磁鋼板22の積層枚数、上ヨーク22aおよび下ヨーク22bの寸法、三本の脚部22cの寸法等は前述した例に限定されない。
【0026】
このような三相三脚変圧器の積層鉄心21の振動数値解析を行う場合には、弾性構造解析の支配方程式となる応力と歪みとの関係を示した構成式が使用される。
この構成式は、積層物を等価均質体に置き換え、積層の影響をマトリックス物性で表現すると下記(3)式のようになる。
[σ]=[C][ε] ・・・(3)
ここで、[σ]は応力マトリックス、[C]は歪を入力、応力を出力と考える時には入力と出力との比を示す応答関数に相当する弾性マトリックス(ステフィネスマトリックス)、[ε]は歪みマトリックスである。
【0027】
ここで、鋼板の積層方向をZ方向とし、このZ方向と直行する2次元平面の一方をX方向、他方をY方向とすると、応力マトリックス[σ]は、
図3に示すように、垂直成分がX方向の垂直応力σx、Y方向の垂直応力σyおよびZ方向の垂直応力σzで表され、せん断成分が、ZX平面のせん断応力τzx、YZ平面のせん断応力τyzおよびXY平面のせん断応力τxyで表される。
同様に、歪みマトリックス[ε]は、垂直成分がX方向の垂直歪みεx、Y方向の垂直歪みεyおよびZ方向の垂直歪みεzで表される、せん断成分がZX平面のせん断歪みはγzx、YZ平面のせん断歪みγyzおよびXY平面のせん断歪みγxyで表される。
また、弾性マトリックス[C]は、36個の弾性係数C
ij(i=1~6,j=1~6)で表される。
これらをマトリックス表示すると下記(4)式となる。
【0028】
【0029】
積層鉄心は、方向性電磁鋼板を積層して製造するので、積層方向を軸とした180度対称性を有する他、積層する鋼板の長手方向とその直角方向にも180度対称性を有するので、異方性分類としては直交異方性を有することになる。
このため、直交異方性を有する物体については基本的に、下記(5)式のようにC11、C12、C13、C22、C23、C33、C44、C55およびC66の計9個の弾性係数で表すことができる。
【0030】
【0031】
このうち、弾性係数C11、C12、C13、C22、C23、C33については縦弾性係数Ex、EyおよびEzとポアソン比νxy、νyx、νyz、νzy、νzx、νxzとによって(6)~(12)式で算出することができる。また、(13)~(15)式で示されるように、弾性係数C44はYZ平面の横弾性係数Gyzであり、弾性係数C55はZX平面の横弾性係数Gzxであり、弾性係数C66はXY平面の横弾性係数Gxyである。
【0032】
ここで、ExはX方向縦弾性係数(ヤング率)、EyはY方向縦弾性係数(ヤング率)、EzはZ方向縦弾性係数(ヤング率)、νxyはXY平面のポアソン比(X方向縦歪とY方向横歪の比)、νyxはYX平面のポアソン比、νyzはYZ平面のポアソン比、νzyはZY平面のポアソン比、νzxはZX平面のポアソン比、νxzはXZ平面のポアソン比である。
ここで、縦弾性係数とポアソン比との間には、相反定理と呼ばれる下記(16)式の関係が成り立つ。
【0033】
【0034】
このため、YX平面のポアソン比νyxはExとEyとνxyとを使って、ZY平面のポアソン比νzyはEzとEyとνyzとを使って、XZ平面のポアソン比νxzはEzとExとνzxとを使ってそれぞれ表すことができる。
このように、直交異方性を有する物体の弾性マトリックスを表す計9個の弾性係数C11、C12、C13、C22、C23、C33、C44、C55およびC66の値は、縦弾性係数Ex、Ey、Ez、横弾性係数Gyz、Gzx、Gxyおよびポアソン比νxy、νyz、νzxの計9個の機械的物性値を使って表すことができるので、これら9個の機械的物性値を決定することは弾性マトリックスを表す9個の弾性係数を決定することと等価になる。従って、以下では縦弾性係数、横弾性係数、ポアソン比の決定方法について説明する。
【0035】
先ず、直交異方性を有する積層鉄心の縦弾性係数については、縦弾性係数Ex及びEyは1枚の鋼板の縦弾性係数Ex0、Ey0と等しく設定することができる。但し、縦弾性係数Ezは1枚の鋼板の縦弾性係数Ez0と略等しく設定できない。その理由は、積層鋼板間には、わずかながら隙間があるからである。本実施形態においては、積層鋼板の積層方向への荷重と変位との関係から縦弾性係数Ezを求める実験を行ったところ、縦弾性係数Ezは10GPa前後の値を有することが分かったので、Ez=10GPaとした。なお、積層方向の縦弾性係数の値の大小が振動計算結果に及ぼす影響は小さなものなので、Ezはこの値に限定されなくてもよく、1枚の鋼板の縦弾性係数Ez0と等しく設定しても大きな誤差とはならない。
【0036】
また、直交異方性を有する積層鉄心のポアソン比については、XY平面のポアソン比νxyは1枚の鋼板のポアソン比νxy0と等しく設定することができるが、YZ平面のポアソン比νyz及びZX平面のポアソン比νzxは1枚の鋼板のポアソン比νyz0及びνzx0をそのまま設定することはできない。この理由は、積層鉄心の場合は積層方向の歪と積層方向と垂直方向の歪との力学的な結合が極めて弱いと考えられるためである。νyz及びνzxを実測することは極めて困難であるが上記の考えから極めて小さな値となることが予想されるので、第1実施形態及び第2実施形態においては、νyz=νzx=0とする。
【0037】
更に、積層鉄心の横弾性係数については、XY平面の横弾性係数Gxyは1枚の鋼板の横弾性係数Gxy0と等しく設定できるが、積層方向を含む二面の横弾性係数、即ちZX平面の横弾性係数GzxおよびYZ平面の横弾性係数Gyzは1枚の鋼板の横弾性係数Gxz0およびGyz0をそのまま設定することができない。その理由は、積層鋼板は、積層された各鋼板の境界面で積層方向と直交するX方向及びY方向に滑りが生じることから、鋼板間の滑りの影響を横弾性係数GzxおよびGyzに反映させる必要があるからである。
【0038】
従って、構成式中の弾性マトリックスに含まれる変圧器の積層鉄心の積層方向を含む二面における横弾性係数、即ちZX平面の横弾性係数GzxおよびYZ平面の横弾性係数Gyzを決定することが、積層鉄心の応力と歪みとの関係を行列表示で表した構成式を使用する振動解析において重要な事項となる。
ところが、ZX平面の横弾性係数GzxおよびYZ平面の横弾性係数Gyzを鋼板間の滑りの影響を反映した値とするには、実際に三相三脚変圧器用の積層鉄心を製作して、正確な横弾性係数GzxおよびGyzを測定しなければならない。しかしながら、積層鉄心の横弾性係数を測定する方法は確立されていない。金属材料の場合には、超音波を使った測定により横弾性係数を含む機械定数を測定することができるが、積層鉄心の場合は鋼板間の滑りがあるので、振動減衰が大きく、測定が難しいためと思われる。
【0039】
積層鉄心の積層方向を含む二面における横弾性係数を求めるためのその一つの方法としては、積層鉄心の固有振動数を測定してその値から当該横弾性係数を推定する方法が挙げられる。しかしながら、変圧器の積層鉄心の固有振動数を測定することはやはり振動減衰が大きいために測定が難しい場合もあり、特に鉄心が大型である場合にはとりわけ固有振動数を測定することは困難である。
一方、変圧器の積層鉄心が少なくとも第1部分及び第2部分を備え、構成式中の弾性マトリックスに含まれる積層鉄心の積層方向を含む二面における横弾性係数GzxおよびGyzが第1部分と第2部分とで異なる場合がある。この場合においても、第1部分及び第2部分の積層方向を含む二面における適切な横弾性係数を求めることが望まれる。
【0040】
このため、従前の参考例においては、
図13に示す手順で、積層鉄心を構成する第1部分及び第2部分の積層方向を含む二面における横弾性係数Gyz、Gzxを決定してきた。
図13には、参考例に係る積層鉄心の弾性マトリックス決定装置における処理の流れが示されている。
この参考例では、解析対象となる積層鉄心21が上ヨーク22a及び下ヨーク22bで構成される第1部分と、脚部22cで構成される第2部分とを備えている。そして、構成式中の弾性マトリックスに含まれる積層鉄心21の積層方向を含む二面における横弾性係数GzxおよびGyzは、第1部分と第2部分とで異なっており、弾性マトリックス決定装置は、第1部分の横弾性係数Gyz、Gzxと第2部分の横弾性係数Gyz、Gzxとを決定するようにしている。
【0041】
先ず、
図13に示すように、ステップS11において、参考例に係る弾性マトリックス決定装置(図示せず)は、
図2に示す振動解析の対象となる変圧器の積層鉄心21の励磁騒音を測定して求めた積層鉄心21の励磁騒音の周波数スペクトルを取得する。具体的には、積層鉄心21に励磁周波数50Hzで励磁騒音を測定し、励磁騒音の周波数スペクトルとして周波数100Hzから1000Hzまで100Hzピッチでの励磁騒音のスペクトルを採取する。このように採取された励磁騒音の周波数スペクトルの一例を
図14に示す。ここで、励磁周波数は60Hzでもよくその場合は周波数120Hzから1200Hzまで120Hzピッチでの励磁騒音のスペクトルを採取する。以下では励磁周波数は50Hzの場合について記載する。
【0042】
次いで、ステップS12において、弾性マトリックス決定装置は、変圧器の積層鉄心21を構成する方向性電磁鋼板22と同じ電磁鋼板の励磁磁歪を測定して求めた電磁鋼板の励磁磁歪の周波数スペクトルを取得する。具体的には、
図2に示す振動解析の対象となる変圧器の積層鉄心21を構成する方向性電磁鋼板22と同じ電磁鋼板の励磁周波数50Hzでの励磁磁歪を測定し、励磁磁歪の周波数スペクトルとして周波数100Hzから1000Hzまで100Hzピッチでの励磁磁歪振幅のスペクトルデータを採取する。当該励磁磁歪の周波数スペクトルは、電磁鋼板の励磁磁歪を測定するか、あるいは電磁鋼板の製造メーカーから入手するなどして得ることができる。このように採取された励磁磁歪の周波数スペクトルの一例を
図15に示す。
図15においては、縦軸に磁歪振幅をとってあるが、周波数100Hzにおける値で除算して規格化してから常用対数を取って10倍してdB表示にする。
【0043】
次いで、ステップS13において、弾性マトリックス決定装置は、振動解析の対象となる変圧器の積層鉄心21について振動応答解析を実施する。
ここで、積層鉄心21の縦弾性係数Ex、Ey、Ez、横弾性係数Gyz、Gzx、Gxyおよびポアソン比νxy、νyz、νzxの計9個の機械的物性値のうちの7個は前述したように以下のように設定する。
Ex=Ex0、Ey=Ey0、Ez=10GPa
Gxy=Gxy0
νxy=νxy0、νyz=νzx=0
【0044】
そして、残る2つの積層方向を含む二面における横弾性係数GyzおよびGzxについては、上ヨーク22a及び下ヨーク22bで構成される第1部分と、脚部22cで構成される第2部分とで等しい場合もあるあるし異なる場合もあるが、異なる場合は等しい場合を包含する(以降の説明でG1=G2と置けばよい)ので、以下異なる場合で説明する。弾性マトリックス決定装置は、Gyz=Gzx=G1、G2(G1、G2のそれぞれは所定範囲から選定された特定の値)と設定し、この特定の値(G1、G2)の組み合わせに対する変圧器の積層鉄心21の振動応答関数の周波数スペクトルを求める。具体的には、上ヨーク22a及び下ヨーク22bで構成される第1部分の横弾性係数Gyz=Gzx=G1と設定し、脚部22cで構成される第2部分の横弾性係数Gyz=Gzx=G2と設定し(G1、G2のそれぞれは所定範囲から選定された特定の値)、この特定の値(G1、G2)の組み合わせに対する変圧器の積層鉄心21の振動応答関数の周波数スペクトルを求める。
【0045】
ここで、ここで特定の値(G
1、G
2)のそれぞれが選定される所定範囲は、実際に、変圧器の積層鉄心21の構造から予想される横弾性係数の範囲であり、参考例では、0.05GPaから0.5GPaの範囲としてある。
このように求めた特定の値(G
1、G
2)の組み合わせに対する変圧器の積層鉄心21の振動応答関数の周波数スペクトルの一例を
図16(周波数100Hzの振動応答値を0dBとして表示)に示す。
【0046】
次に、弾性マトリックス決定装置は、ステップS14において、ステップS12で取得した電磁鋼板の励磁磁歪の周波数スペクトルと、ステップS13で求めた変圧器の積層鉄心21の振動応答関数の周波数スペクトルとから変圧器の積層鉄心21の励磁振動の周波数スペクトルを算出する。具体的には、変圧器の積層鉄心21の励磁振動の周波数スペクトルは、電磁鋼板の励磁磁歪の周波数スペクトルと、変圧器の積層鉄心21の振動応答関数の周波数スペクトルとの積で算出される(dB表示の場合は加算で算出される)。
このようにして算出された変圧器の積層鉄心21の励磁振動の周波数スペクトルの一例を
図17に示す。
【0047】
次に、弾性マトリックス決定装置は、ステップS15において、ステップS11で取得した変圧器の積層鉄心21の励磁騒音の周波数スペクトルと、ステップS14で算出した変圧器の積層鉄心21の励磁振動の周波数スペクトルとの一致度を求める。
ここで、変圧器の積層鉄心21の励磁騒音の周波数スペクトルと、変圧器の積層鉄心21の励磁振動の周波数スペクトルとの一致度をどのように評価するかが問題となる。
【0048】
励磁騒音の周波数スペクトルデータは、周波数100Hzから1000Hzまで100Hzピッチで10個あるので、当該騒音の周波数スペクトルデータを(S100,S200,S300,・・・,S1000)と表記し、励磁振動の周波数スペクトルデータは、周波数100Hzから1000Hzまで100Hzピッチで10個あるので、当該励磁振動の周波数スペクトルデータを(V100,V200,V300,・・・,V1000)と表記して一致度を説明する。
【0049】
一致度の評価方法としては、上記(S100,S200,S300,・・・,S1000)と(V100,V200,V300,・・・,V1000)とを多次元空間におけるデータ点(この場合は10次元空間の点)と考えたときの両点のユークリッド距離の近さをとるのが一般的である。
しかしながら、ユークリッド距離をとる一致度の評価方法は、データにオフセットがあると精度が悪くなることが知られている。励磁騒音や励磁振動の周波数スペクトルデータはdB値で示されることが多いが、この場合には基準値をどこにとるかの自由度があって、この自由度の分がオフセットとなる懸念がある。
【0050】
そこで、上記懸念がない一致度の評価方法として、参考例では、コサイン一致度を採用した。このコサイン一致度は、(S100,S200,S300,・・・,S1000)及び(V100,V200,V300,・・・,V1000)を多次元ベクトル(この場合は10次元空間ベクトル)とし、両ベクトルS、Vのなす角度のコサイン値を一致度とする方法である。コサイン一致度を数式で表すと、下記の(17)式となる。
【0051】
【0052】
ここで、コサイン一致度COSθは、ベクトルS、Vの内積をベクトルSの長さ及びベクトルVの長さの積で割った値で表され、ベクトルSとベクトルVとが一致していれば1をとり、両者が直交していれば0をとり、両者の向きが逆であれば-1をとる。
次に、弾性マトリックス決定装置は、ステップS16において、前述の特定の値(G1、G2)の値をそれぞれ前述の所定範囲内で変更して特定の値(G1、G2)の値の組み合わせを変更し、ステップS13からステップS15を繰り返し、繰り返し回数だけ存在する特定の値(G1、G2)の各組み合わせに対して、ステップS15における、変圧器の積層鉄心21の励磁騒音の周波数スペクトルと、変圧器の積層鉄心21の励磁振動の周波数スペクトルとの一致度を決定する。
【0053】
このようにして、繰り返し回数だけ存在する特定の値(G
1、G
2)の各組み合わせに対して決定された、積層鉄心の励磁騒音の周波数スペクトルと、積層鉄心の励磁振動の周波数スペクトルとの一致度を示す2次元マップの一例を
図18に示す。
最後に、ステップS17において、ステップS16で決定された特定の値(G
1、G
2)の各組み合わせに対する一致度の最大値を検出し、一致度が最大値となる特定の値(G
1、G
2)の組み合わせを、上ヨーク22a及び下ヨーク22bで構成される第1部分及び脚部22cで構成される第2部分における積層鉄心21の積層方向を含む二面における横弾性係数GyzおよびGzxの値として採用する。つまり、この採用された特定の値G
1、G
2が、それぞれ上ヨーク22a及び下ヨーク22bで構成される第1部分の横弾性係数GzxおよびGyx、脚部22cで構成される第2部分の横弾性係数GzxおよびGyxとなる。
【0054】
この特定の値G1、G2が、変圧器の積層方向を含む二面における横弾性係数GzxおよびGyxであるとして構成式に組み込んで、振動解析を行うことにより、振動解析精度の向上が図られる。
この参考例で説明したように、ステップS11からステップS17の手順に従って変圧器の積層鉄心21の弾性マトリックスを決定することができれば、変圧器の振動解析精度を向上させることは基本的にはできる。
【0055】
しかしながら、ステップS11からステップS17の手順の中、特に、ステップS11における変圧器の積層鉄心21の励磁騒音の測定作業、及びステップS12における電磁鋼板の励磁磁歪の測定作業においては、実際の測定データに外乱ノイや誤差が含まれている。このため、ステップS17における、特定の値(G1、G2)の各組み合わせに対する一致度の最大値の検出に際し、最大値が2つ以上でてきてしまうことがあり、変圧器の積層方向を含む二面における横弾性係数GzxおよびGyxが適切に算出できないことがある。
【0056】
このため、本実施形態では、弾性マトリックス決定装置10の後述する励磁騒音スペクトル取得部31(ステップS1)での積層鉄心21の励磁騒音の測定及び励磁磁歪スペクトル取得部32(ステップS2)での電磁鋼板の励磁磁歪の測定の条件を適切に選択すると共に、励磁騒音スペクトル取得部31(ステップS1)で取得された積層鉄心21の励磁騒音の周波数スペクトル、及び励磁磁歪スペクトル取得部32(ステップS2)で取得された電磁鋼板の励磁磁歪の周波数スペクトルを適切に選定するようにしている。
【0057】
ここで、本実施形態に係る弾性マトリックス決定装置10は、
図4に示すように、励磁騒音スペクトル取得部31、励磁磁歪スペクトル取得部32、差分スペクトル算出部33、平均スペクトル算出部34、選定部35、振動応答関数スペクトル算出部36、励磁振動スペクトル算出部37、一致度算出部38、一致度決定部39、及び横弾性係数決定部40を備え、
図5に示す手順で、積層鉄心を構成する第1部分及び第2部分の積層方向を含む二面における横弾性係数GzxおよびGyzを決定するようにしている。
図4は、
図1に示す積層鉄心の弾性マトリックス決定装置10の機能ブロック図である。
図5は、
図4に示す積層鉄心の弾性マトリックス決定装置10における処理の流れを説明するためのフローチャートである。
【0058】
弾性マトリックス決定装置10は、外部記憶装置15にインストールされたコンピュータプログラムの命令に従って、励磁騒音スペクトル取得部31(ステップS1:励磁騒音スペクトル取得ステップ)、励磁磁歪スペクトル取得部32(ステップS2:励磁磁歪スペクトル取得ステップ)、差分スペクトル算出部33(ステップS3:差分スペクトル算出ステップ)、平均スペクトル算出部34(ステップS4:平均スペクトル算出ステップ)、選定部35(ステップS5:選定ステップ)、振動応答関数スペクトル算出部36(ステップS6:振動応答関数スペクトル算出ステップ)、励磁振動スペクトル算出部37(ステップS7:励磁振動スペクトル算出ステップ)、一致度算出部38(ステップS8:一致度算出ステップ)、一致度決定部39(ステップS9:一致度決定ステップ)、及び横弾性係数決定部40(ステップS10:横弾性係数決定ステップ)の各機能を実行する。
【0059】
本実施形態においては、解析対象となる変圧器の積層鉄心21は、複数の方向性電磁鋼板22を積層して構成されるとともに、上ヨーク22a及び下ヨーク22bで構成される第1部分と、脚部22cで構成される第2部分とを備えている。そして、構成式中の弾性マトリックスに含まれる積層鉄心21の積層方向を含む二面における横弾性係数GzxおよびGyzは、第1部分と第2部分とで異なっており、弾性マトリックス決定装置は、第1部分の横弾性係数Gyz、Gzxと第2部分の横弾性係数Gyz、Gzxとを決定するようにしている。
【0060】
弾性マトリックス決定装置10の励磁騒音スペクトル取得部31は、
図2に示す振動解析の対象となる積層鉄心21の励磁騒音を複数の励磁磁束密度ごとに測定して求めた積層鉄心21の励磁騒音の周波数スペクトルを取得する。具体的には、積層鉄心21に励磁周波数50Hzで励磁騒音を複数の励磁磁束密度(
図6(a)に示す例では1.5T、1.6T、1.7T、1.8T、1.9T)ごとに測定し、励磁騒音の周波数スペクトルとして周波数100Hzから1000Hzまで100Hzピッチでの励磁騒音のスペクトルを採取する。
図6(a)には、後述する実施例における、振動解析の対象となる積層鉄心21の励磁騒音を複数の励磁磁束密度(1.5T~1.9T)ごとに測定して求めた積層鉄心の励磁騒音の周波数スペクトルが示されている。ここで、励磁周波数は60Hzでもよくその場合は周波数120Hzから1200Hzまで120Hzピッチでの励磁騒音のスペクトルを採取する。以下では励磁周波数は50Hzの場合について記載する。
なお、変圧器の製造の現場において、変圧器の励磁騒音特性は出荷製品の品質管理項目として広く実測されており、その測定に特段の困難はない。
【0061】
また、弾性マトリックス決定装置10の励磁磁歪スペクトル取得部32は、積層鉄心21を構成する方向性電磁鋼板22と同じ電磁鋼板の励磁磁歪を前述の複数の励磁磁束密度と同一の励磁磁束密度の複数の励磁磁束密度ごとに測定して求めた電磁鋼板の励磁磁歪の周波数スペクトルを取得する。具体的には、
図2に示す振動解析の対象となる変圧器の積層鉄心21を構成する方向性電磁鋼板22と同じ電磁鋼板の励磁磁歪を複数の励磁磁束密度(1.5T~1.9T)ごとに測定し、励磁磁歪の周波数スペクトルとして周波数100Hzから1000Hzまで100Hzピッチでの励磁磁歪振幅のスペクトルデータを採取する。当該励磁磁歪の周波数スペクトルは、電磁鋼板の励磁磁歪を測定するか、あるいは電磁鋼板の製造メーカーから入手するなどして得ることができる。
図6(b)には、積層鉄心21を構成する電磁鋼板と同じ電磁鋼板の励磁磁歪を複数の励磁磁束密度(1.5T~1.9T)ごとに測定して求めた電磁鋼板の励磁磁歪(加速度)の周波数スペクトルが示されている。
【0062】
また、弾性マトリックス決定装置10の差分スペクトル算出部33は、励磁騒音スペクトル取得部31で取得した複数の励磁磁束密度ごとの励磁騒音の周波数スペクトルと、励磁磁歪スペクトル取得部32で取得した複数の励磁磁束密度ごとの励磁磁歪の周波数スペクトルとの差分スペクトルを算出する。
図6(c)には、後に述べる実施例における、複数の励磁磁束密度(1.5T~1.9T)ごとの励磁騒音の周波数スペクトルと複数の励磁磁束密度(1.5T~1.9T)ごとの励磁磁歪の周波数スペクトルとの差分スペクトルが示されている。
【0063】
図6(c)に示す例では、複数の励磁磁束密度(1.5T~1.9T)のうち、励磁磁束密度1.8T及び1.9Tでの差分スペクトルが他の励磁磁束密度での差分スペクトルと挙動が大きく異なるので、励磁磁束密度1.8T及び1.9Tでの差分スペクトルのデータを除外した。
図6(c)に示す例においては、弾性マトリックス決定装置10による以降の処理では、励磁磁束密度1.5T、1.6T及び1.7Tでの差分スペクトル、励磁磁束密度1.5T、1.6T及び1.7Tでの励磁騒音の周波数スペクトル、及び励磁磁束密度1.5T、1.6T及び1.7Tでの励磁磁歪の周波数スペクトルのデータを使用した。
【0064】
また、弾性マトリックス決定装置10の平均スペクトル算出部34は、差分スペクトル算出部33で算出した複数の励磁磁束密度ごとの差分スペクトルの平均スペクトルを算出する。
図6(c)に示す例では、励磁磁束密度1.8T及び1.9Tでの差分スペクトルのデータが除外されているので、平均スペクトル算出部34において励磁磁束密度1.5T、1.6T及び1.7Tでの差分スペクトルの平均スペクトルを算出する。
【0065】
また、弾性マトリックス決定装置10の選定部35は、差分スペクトル算出部33で算出した複数の励磁磁束密度ごとの差分スペクトルと、平均スペクトル算出部34で算出した平均スペクトルとの一致度に応じて、励磁騒音スペクトル取得部31で取得した複数の励磁磁束密度ごとの励磁騒音の周波数スペクトルのうち解析に採用する特定励磁磁束密度での励磁騒音の周波数スペクトル、及び励磁磁歪スペクトル取得部32で取得した複数の励磁磁束密度ごとの励磁磁歪の周波数スペクトルのうち解析に採用する特定励磁磁束密度での励磁磁歪の周波数スペクトルを選定する。
【0066】
具体的に述べると、選定部35は、差分スペクトル算出部33で算出した複数の励磁磁束密度ごとの差分スペクトルと、平均スペクトル算出部34で算出した平均スペクトルとのコサイン一致度を算出し、算出されたコサイン一致度が最も大きい差分スペクトルを構成する特定励磁磁束密度での励磁騒音の周波数スペクトル、及びコサイン一致度が最も大きい差分スペクトルを構成する特定励磁磁束密度での励磁磁歪の周波数スペクトルを解析に採用するものとして選定する。ここでのコサイン一致度は、前述の(17)式によって算出される。
【0067】
図6(c)に示す例では、差分スペクトル算出部33で算出した励磁磁束密度1.5T、1.6T及び1.7Tでの差分スペクトルと、平均スペクトル算出部34で算出した励磁磁束密度1.5T、1.6T及び1.7Tでの差分スペクトルの平均スペクトルとのコサイン一致度を算出する。この場合、励磁磁束密度1.6Tでの差分スペクトルと、励磁磁束密度1.5T、1.6T及び1.7Tでの差分スペクトルの平均スペクトルとのコサイン一致度が最も大きい。このため、算出されたコサイン一致度が最も大きい差分スペクトルを構成する特定励磁磁束密度1.6Tでの励磁騒音の周波数スペクトル、及びコサイン一致度が最も大きい差分スペクトルを構成する特定励磁磁束密度1.6Tでの励磁磁歪の周波数スペクトルを解析に採用するものとして選定する。
【0068】
図7には、実施例において、解析に採用した特定励磁磁束密度(1.6T)での励磁騒音の周波数スペクトルの一例が示され、
図8には、実施例において、解析に採用した特定励磁磁束密度(1.6T)での励磁磁歪の周波数スペクトルの一例が示されている。
また、弾性マトリックス決定装置10の振動応答関数スペクトル算出部36は、振動解析の対象となる積層鉄心21について、第1部分及び第2部分の積層方向を含む二面における横弾性係数Gyz、Gzxの値をそれぞれ所定範囲から選定された特定の値(G
1、G
2)の組み合わせとして弾性マトリックスに適用して振動応答解析を行い、特定の値(G
1、G
2)の組み合わせに対する積層鉄心21の振動応答関数の周波数スペクトルを求める。
【0069】
ここで、積層鉄心21の縦弾性係数Ex、Ey、Ez、横弾性係数Gyz、Gzx、Gxyおよびポアソン比νxy、νyz、νzxの計9個の機械的物性値のうちの7個は前述したように以下のように設定する。
Ex=Ex0、Ey=Ey0、Ez=10GPa
Gxy=Gxy0
νxy=νxy0、νyz=νzx=0
【0070】
そして、残る2つの積層方向を含む二面における横弾性係数GyzおよびGzxについては、上ヨーク22a及び下ヨーク22bで構成される第1部分と、脚部22cで構成される第2部分とで異なっているので、振動応答関数スペクトル算出部36は、Gyz=Gzx=G1、G2(G1、G2のそれぞれは所定範囲から選定された特定の値)と設定して弾性マトリックスに適用して振動応答解析を行い、この特定の値(G1、G2)の組み合わせに対する変圧器の積層鉄心21の振動応答関数の周波数スペクトルを求める。具体的には、振動応答関数スペクトル算出部36は、上ヨーク22a及び下ヨーク22bで構成される第1部分の横弾性係数Gyz=Gzx=G1と設定し、脚部22cで構成される第2部分の横弾性係数Gyz=Gzx=G2と設定し(G1、G2のそれぞれは所定範囲から選定された特定の値)、この特定の値(G1、G2)の組み合わせを弾性マトリックスに適用して振動応答解析を行い、この特定の値(G1、G2)の組み合わせに対する変圧器の積層鉄心21の振動応答関数の周波数スペクトルを求める。
ここで、特定の値(G1、G2)のそれぞれが選定される所定範囲は、実際に、変圧器の積層鉄心21の構造から予想される横弾性係数の範囲であり、本実施形態では、0.05GPaから0.5GPaの範囲としてある。
【0071】
図9には、後に述べる実施例における、上ヨーク22a及び下ヨーク22bで構成される第1部分の積層方向を含む二面における横弾性係数Gyz=Gzx=G
1が0.2GPa、脚部22cで構成される第2部分の積層方向を含む二面における横弾性係数Gyz=Gzx=G
2が0.1GPaとして弾性マトリックスに適用して振動応答解析を行った際の、積層鉄心21の振動応答関数の周波数スペクトルが示されている。
図9では、周波数100Hzの振動応答値を0dBとして表示している。
【0072】
また、弾性マトリックス決定装置10の励磁振動スペクトル算出部37は、選定部35で選定された特定励磁磁束密度での電磁鋼板の励磁磁歪の周波数スペクトルと、振動応答関数スペクトル算出部36で算出された積層鉄心21の振動応答関数の周波数スペクトルとから積層鉄心21の励磁振動の周波数スペクトルを算出する。具体的には、変圧器の積層鉄心21の励磁振動の周波数スペクトルは、選定部35で選定された特定励磁磁束密度での電磁鋼板の励磁磁歪の周波数スペクトルと、変圧器の積層鉄心21の振動応答関数の周波数スペクトルとの積で算出される(dB表示の場合は加算で算出される)。
【0073】
図10には、後に述べる実施例における、上ヨーク22a及び下ヨーク22bで構成される第1部分の積層方向を含む二面における横弾性係数Gyz=Gzx=G
1が0.2GPa、脚部22cで構成される第2部分の積層方向を含む二面における横弾性係数Gyz=Gzx=G
2が0.1GPaであるときの、励磁振動スペクトル算出部37で算出された積層鉄心21の励磁振動の周波数スペクトルが示されている。
また、弾性マトリックス決定装置10の一致度算出部38は、選定部35で選定された特定励磁磁束密度での積層鉄心21の励磁騒音の周波数スペクトルと、励磁振動スペクトル算出部37で算出された積層鉄心21の励磁振動の周波数スペクトルとの一致度を求める。
【0074】
ここで、変圧器の積層鉄心21の励磁騒音の周波数スペクトルと、積層鉄心21の励磁振動の周波数スペクトルとの一致度は、前述の参考例と同様に、(17)式で算出されるコサイン一致度を採用する。
また、弾性マトリックス決定装置10の一致度決定部39は、前述の特定の値(G1、G2)の各値をそれぞれ前述の所定範囲内で変更して特定の値(G1、G2)の各値の組み合わせを変更し、振動応答関数スペクトル算出部36、励磁振動スペクトル算出部37、及び一致度算出部38の各処理を繰り返し、繰り返し回数だけ存在する特定の値(G1、G2)の各組み合わせに対して、選定部35で選定された特定励磁磁束密度での積層鉄心21の励磁騒音の周波数スペクトルと、励磁振動スペクトル算出部37で算出された積層鉄心21の励磁振動の周波数スペクトルとの一致度を決定する。
【0075】
図11には、後に述べる実施例における、繰り返し回数だけ存在する特定の値(G
1、G
2)の各組み合わせに対して決定された、特定励磁磁束密度(1.6T)での積層鉄心の励磁騒音の周波数スペクトルと、積層鉄心21の励磁振動の周波数スペクトルとの一致度が示されている。
この一致度決定部39での処理においては、パラメータG
1、G
2が複数(2個)あるので、数値的探索を2次元的に行う必要が生じ、探索点数が非常に多くなり多大な労力を要する。従って、本実施形態では、AI(人工知能)技術を活用して、GA(遺伝的アルゴリズム)を用いた最適化探索法を用いて、選定部35で選定された特定励磁磁束密度での積層鉄心21の励磁騒音の周波数スペクトルと、励磁振動スペクトル算出部37で算出された積層鉄心21の励磁振動の周波数スペクトルとの一致度を評価関数とした探索法を採用した。使用するGA最適化探索ツールは市販の探索ソフトを用いても良いし、発明者らが行ったように独自に作成したGA最適化探索ツールを採用しても良い。
【0076】
また、弾性マトリックス決定装置10の横弾性係数決定部40は、一致度決定部39で決定された特定の値(G1、G2)の各組み合わせに対する一致度の最大値を検出し、一致度が最大値となる特定の値(G1、G2)の組み合わせを上ヨーク22a及び下ヨーク22bで構成される第1部分と脚部22cで構成される第2部分との積層方向を含む二面における横弾性係数GzxおよびGyzの値として採用する。
ここで、一致度の最大値とは、特定の値G1、G2が採り得る前述の所定範囲内において一致度が最大となるときの値を意味する。
【0077】
横弾性係数決定部40において採用された特定の値G1、G2が、それぞれ上ヨーク22a及び下ヨーク22bで構成される第1部分の横弾性係数GzxおよびGyx、脚部22cで構成される第2部分の横弾性係数GzxおよびGyxとなる。
この特定の値G1、G2が、積層鉄心21の積層方向を含む二面における横弾性係数GzxおよびGyxであるとして構成式に組み込んで、振動解析を行うことにより、振動解析精度の向上が図られる。
【0078】
なお、本実施形態では、積層鉄心21の積層方向を含む二面における横弾性係数GzxおよびGyxが等しい(第1部分でGyz=Gzx=G
1と設定し、第2部分で横弾性係数Gyz=Gzx=G
2)とおいた場合を例示している。積層鉄心21の積層方向を含む二面における横弾性係数GzxおよびGyxの値が異なることも一般的にはあり得るが、方向性電磁鋼板の積層鉄心の場合には、横弾性係数GzxおよびGyxの値が等しいとおいて良いことは
図2に例示した積層鉄心21と異なる寸法のいくつかの変圧器の積層鉄心の場合で確認している。
【0079】
このように、本実施形態に係る積層鉄心の弾性マトリックス決定装置10によれば、応力と歪みとの関係を行列表示で表した構成式を使用して鋼板を積層した積層鉄心21の振動解析を行うに際し、構成式中の弾性マトリックスに含まれる積層鉄心21の積層方向を含む二面における横弾性係数GzxおよびGyzが第1部分と第2部分とで異なっている場合に、第1部分の横弾性係数Gyz、Gzxと第2部分の横弾性係数Gyz、Gzxとを最適に決定することができ、振動特性の実測値と計算値との乖離を抑制することができる。
【0080】
次に、本実施形態に係る積層鉄心の弾性マトリックス決定方法を、
図5に示された弾性マトリックス決定装置10における処理の流れを説明するためのフローチャートを参照して説明する。
先ず、ステップS1において、弾性マトリックス決定装置10の励磁騒音スペクトル取得部31は、
図2に示す振動解析の対象となる積層鉄心21の励磁騒音を複数の励磁磁束密度ごとに測定して求めた積層鉄心21の励磁騒音の周波数スペクトルを取得する(励磁騒音スペクトル取得ステップ)。
【0081】
次いで、ステップS2において、弾性マトリックス決定装置10の励磁磁歪スペクトル取得部32は、積層鉄心21を構成する方向性電磁鋼板22と同じ電磁鋼板の励磁磁歪を前述の複数の励磁磁束密度と同一の励磁磁束密度の複数の励磁磁束密度ごとに測定して求めた電磁鋼板の励磁磁歪の周波数スペクトルを取得する(励磁磁歪スペクトル取得ステップ)。
次いで、ステップS3において、差分スペクトル算出部33は、ステップS1で取得した複数の励磁磁束密度ごとの励磁騒音の周波数スペクトルと、ステップS2で取得した複数の励磁磁束密度ごとの励磁磁歪の周波数スペクトルとの差分スペクトルを算出する(差分スペクトル算出ステップ)。
【0082】
次いで、ステップS4において、平均スペクトル算出部34は、ステップS3で算出した複数の励磁磁束密度ごとの差分スペクトルの平均スペクトルを算出する(平均スペクトル算出ステップ)。
次いで、ステップS5において、選定部35は、ステップS3で算出した複数の励磁磁束密度ごとの差分スペクトルと、ステップS4で算出した平均スペクトルとの一致度に応じて、ステップS1で取得した複数の励磁磁束密度ごとの励磁騒音の周波数スペクトルのうち解析に採用する特定励磁磁束密度での励磁騒音の周波数スペクトル、及びステップS2で取得した複数の励磁磁束密度ごとの励磁磁歪の周波数スペクトルのうち解析に採用する特定励磁磁束密度での励磁磁歪の周波数スペクトルを選定する(選定ステップ)。
【0083】
具体的に述べると、選定部35は、ステップS5において、ステップS3で算出した複数の励磁磁束密度ごとの差分スペクトルと、ステップS4で算出した平均スペクトルとのコサイン一致度を算出し、算出されたコサイン一致度が最も大きい差分スペクトルを構成する特定励磁磁束密度での励磁騒音の周波数スペクトル、及びコサイン一致度が最も大きい差分スペクトルを構成する特定励磁磁束密度での励磁磁歪の周波数スペクトルを解析に採用するものとして選定する。
【0084】
次いで、ステップS6において、振動応答関数スペクトル算出部36は、振動解析の対象となる積層鉄心21について、第1部分及び第2部分の積層方向を含む二面における横弾性係数Gyz、Gzxの値をそれぞれ所定範囲から選定された特定の値(G1、G2)の組み合わせとして弾性マトリックスに適用して振動応答解析を行い、特定の値(G1、G2)の組み合わせに対する積層鉄心21の振動応答関数の周波数スペクトルを求める(振動応答関数スペクトル算出ステップ)。
【0085】
ここで、積層鉄心21の縦弾性係数Ex、Ey、Ez、横弾性係数Gyz、Gzx、Gxyおよびポアソン比νxy、νyz、νzxの計9個の機械的物性値のうちの7個は前述したように以下のように設定する。
Ex=Ex0、Ey=Ey0、Ez=10GPa
Gxy=Gxy0
νxy=νxy0、νyz=νzx=0
【0086】
そして、残る2つの積層方向を含む二面における横弾性係数GyzおよびGzxについては、上ヨーク22a及び下ヨーク22bで構成される第1部分と、脚部22cで構成される第2部分とで異なっているので、振動応答関数スペクトル算出部36は、Gyz=Gzx=G1、G2(G1、G2のそれぞれは所定範囲から選定された特定の値)と設定して弾性マトリックスに適用して振動応答解析を行い、この特定の値(G1、G2)の組み合わせに対する変圧器の積層鉄心21の振動応答関数の周波数スペクトルを求める。具体的には、振動応答関数スペクトル算出部36は、上ヨーク22a及び下ヨーク22bで構成される第1部分の横弾性係数Gyz=Gzx=G1と設定し、脚部22cで構成される第2部分の横弾性係数Gyz=Gzx=G2と設定し(G1、G2のそれぞれは所定範囲から選定された特定の値)、この特定の値(G1、G2)の組み合わせを弾性マトリックスに適用して振動応答解析を行い、この特定の値(G1、G2)の組み合わせに対する変圧器の積層鉄心21の振動応答関数の周波数スペクトルを求める。
【0087】
ここで、特定の値(G1、G2)のそれぞれが選定される所定範囲は、実際に、変圧器の積層鉄心21の構造から予想される横弾性係数の範囲であり、本実施形態では、0.05GPaから0.5GPaの範囲としてある。
次いで、ステップS7において、弾性マトリックス決定装置10の励磁振動スペクトル算出部37は、ステップS5で選定された特定励磁磁束密度での電磁鋼板の励磁磁歪の周波数スペクトルと、ステップS6で算出された積層鉄心21の振動応答関数の周波数スペクトルとから積層鉄心21の励磁振動の周波数スペクトルを算出する(励磁振動スペクトル算出ステップ)。
【0088】
次いで、ステップS8において、弾性マトリックス決定装置10の一致度算出部38は、ステップS5で選定された特定励磁磁束密度での積層鉄心21の励磁騒音の周波数スペクトルと、ステップS7で算出された積層鉄心21の励磁振動の周波数スペクトルとの一致度を求める(一致度算出ステップ)。
ここで、変圧器の積層鉄心21の励磁騒音の周波数スペクトルと、積層鉄心21の励磁振動の周波数スペクトルとの一致度は、前述と同様に、(17)式で算出されるコサイン一致度を採用する。
【0089】
次いで、ステップS9において、弾性マトリックス決定装置10の一致度決定部39は、前述の特定の値(G1、G2)の各値をそれぞれ前述の所定範囲内で変更して特定の値(G1、G2)の各値の組み合わせを変更し、ステップS6、ステップS7、及びステップS8の各処理を繰り返し、繰り返し回数だけ存在する特定の値(G1、G2)の各組み合わせに対して、ステップS5で選定された特定励磁磁束密度での積層鉄心21の励磁騒音の周波数スペクトルと、ステップS7で算出された積層鉄心21の励磁振動の周波数スペクトルとの一致度を決定する(一致度決定ステップ)。
【0090】
最後に、ステップS10において、弾性マトリックス決定装置10の横弾性係数決定部40は、ステップS9で決定された特定の値(G1、G2)の各組み合わせに対する一致度の最大値を検出し、一致度が最大値となる特定の値(G1、G2)の組み合わせを上ヨーク22a及び下ヨーク22bで構成される第1部分と脚部22cで構成される第2部分との積層方向を含む二面における横弾性係数GzxおよびGyzの値として採用する(横弾性係数決定ステップ)。
【0091】
ここで、一致度の最大値とは、特定の値G1、G2が採り得る前述の所定範囲内において一致度が最大となるときの値を意味する。
ステップS10において採用された特定の値G1、G2が、それぞれ上ヨーク22a及び下ヨーク22bで構成される第1部分の横弾性係数GzxおよびGyx、脚部22cで構成される第2部分の横弾性係数GzxおよびGyxとなる。
これにより、弾性マトリックス決定装置10における処理は終了する。
【0092】
ステップS10において採用された特定の値G1、G2が、積層鉄心21の積層方向を含む二面における横弾性係数GzxおよびGyxであるとして構成式に組み込んで、振動解析を行うことにより、振動解析精度の向上が図られる。
このように、本実施形態に係る積層鉄心の弾性マトリックス決定方法によれば、応力と歪みとの関係を行列表示で表した構成式を使用して鋼板を積層した積層鉄心21の振動解析を行うに際し、構成式中の弾性マトリックスに含まれる積層鉄心21の積層方向を含む二面における横弾性係数GzxおよびGyzが第1部分と第2部分とで異なっている場合に、第1部分の横弾性係数Gyz、Gzxと第2部分の横弾性係数Gyz、Gzxとを最適に決定することができ、振動特性の実測値と計算値との乖離を抑制することができる。
【0093】
また、本実施形態に係るコンピュータプログラムは、構成式中の弾性マトリックスに含まれる積層鉄心21の積層方向を含む二面における横弾性係数Gyz、Gzxが第1部分と第2部分とで異なる場合に、第1部分及び第2部分の積層方向を含む二面における横弾性係数Gyz、Gzxをそれぞれコンピュータ(弾性マトリックス決定装置10)に算出させる。そして、このコンピュータプログラムは、コンピュータに、前述のステップS1(励磁騒音スペクトル取得ステップ)と、ステップS2(励磁磁歪スペクトル取得ステップ)と、ステップS3(差分スペクトル算出ステップ)と、ステップS4(平均スペクトル算出ステップ)と、ステップS5(選定ステップ)と、ステップS6(振動応答関数スペクトル算出ステップ)と、ステップS7(励磁振動スペクトル算出ステップ)と、ステップS8(一致度算出ステップ)と、ステップS9(一致度決定ステップ)と、ステップS10(横弾性係数決定ステップ)と、を実行させる。
【0094】
これにより、応力と歪みとの関係を行列表示で表した構成式を使用して鋼板を積層した積層鉄心21の振動解析を行うに際し、構成式中の弾性マトリックスに含まれる積層鉄心21の積層方向を含む二面における横弾性係数GzxおよびGyzが第1部分と第2部分とで異なっている場合に、第1部分の横弾性係数Gyz、Gzxと第2部分の横弾性係数Gyz、Gzxとを最適に決定することができ、振動特性の実測値と計算値との乖離を抑制することができる。
【0095】
以上、本発明の実施形態について説明してきたが、本発明はこれに限定されずに種々の変更、改良を行うことができる。
例えば、変圧器の積層鉄心21の励磁騒音の周波数スペクトルと、変圧器の積層鉄心21の励磁振動の周波数スペクトルとの一致度の評価方法は、コサイン一致度に限らず、オフセットを含まないようにdB表示の基準をとるなどすればユークリッド距離を採用することも可能であるし、その他の一致度の評価方法も本質的に励磁騒音と励磁振動の周波数スペクトルデータの一致度を定量的に示すものであれば採用することは可能である。
【0096】
また、上記実施形態では、三相三脚変圧器についての振動解析について説明したが、これに限定されるものではなく三相五脚変圧器や他の変圧器における積層鉄心の振動解析にも本発明を適用することができる。また、積層鉄心を使用するものであれば変圧器以外のリアクトルなどの積層鉄心の振動解析にも本発明を適用することができる。
また、上記実施形態では、積層鉄心21は、複数の方向性電磁鋼板22を積層して構成され、その積層鉄心21の振動解析を行うようにしているが、積層鉄心21は、方向性電磁鋼板22以外の他の鋼板、例えば炭素鋼板を積層して構成され、その積層鉄心21の振動解析を行うようにしてもよい。
【0097】
また、上記実施形態では、構成式中の弾性マトリックスに含まれる積層鉄心21の積層方向を含む二面における横弾性係数Gyz、Gzxが第1部分と第2部分とで異なる場合について説明してあるが、構成式中の弾性マトリックスに含まれる積層鉄心21の積層方向を含む二面における横弾性係数Gyz、Gzxが第1部分と第2部分とで同じ場合であってもよい。
また、
図6(c)に示す例では、複数の励磁磁束密度(1.5T~1.9T)のうち、励磁磁束密度1.8T及び1.9Tでの差分スペクトルのデータを除外してあるが、この差分スペクトルの除外処理は必ずしも行わなくても良い。
また、積層鉄心21は、少なくとも第1部分と第2部分とを備えていればよく、第1部分及び第2部分以外の部分を含んでいても良い。
【0098】
(実施例)
本発明の効果を検証すべく、第2実施形態に係る変圧器の積層鉄心の弾性マトリックス決定方法を実施した。
先ず、板厚0.23mmの方向性電磁鋼板を用意した。
次いで、用意した方向性電磁鋼板を積層して振動解析の対象となる
図2に示す三相三脚変圧器用の積層鉄心21を作成した。積層鉄心21の鋼板積層厚は100mmとした。また、上ヨーク22aおよび下ヨーク22bの寸法は、幅100mm×長さ500mmとした。また、三本の脚部22cの寸法は、幅100mm、鉄心窓長を300mmに設定して、上ヨーク22aおよび下ヨーク22b間に100mm間隔で連結した。
【0099】
そして、作成した積層鉄心21の三本の脚部22cにそれぞれIV電線を巻いて励磁用コイルとし、そのコイルに50Hzの3相電流を通電して励磁磁束密度が1.5T、1.6T、1.7T、1.8T及び1.9Tの各値となるように電源電圧を調整してから、騒音計を用いて励磁騒音を測定した。使用した騒音計の騒音周波数スペクトルを求める機能を用いて騒音周波数スペクトルを求めたところ、
図6(a)に示すような励磁騒音の周波数スペクトルが得られた。
【0100】
そして、弾性マトリックス決定装置10の励磁騒音スペクトル取得部31は、ステップS1において、振動解析の対象となる積層鉄心21の励磁騒音を複数の励磁磁束密度1.5T、1.6T、1.7T、1.8T及び1.9Tごとに測定して求めた積層鉄心21の励磁騒音の周波数スペクトル(
図6(a)に示す励磁騒音の周波数スペクトル)を取得した。
【0101】
次いで、弾性マトリックス決定装置10の励磁磁歪スペクトル取得部32は、ステップS2において、積層鉄心21を構成する方向性電磁鋼板と同じ電磁鋼板の励磁磁歪を複数の励磁磁束密度1.5T、1.6T、1.7T、1.8T及び1.9Tごとに測定して求めた電磁鋼板の励磁磁歪の周波数スペクトルを取得した。つまり、磁歪測定装置を用いて積層鉄心21を構成する用意した方向性電磁鋼板単体の励磁周波数50Hz、複数の励磁磁束密度1.5T、1.6T、1.7T、1.8T及び1.9Tの各値における励磁磁歪を測定したところ、
図6(b)に示すような励磁磁歪の周波数スペクトルが得られ、励磁磁歪スペクトル取得部32はその複数の励磁磁束密度1.5T、1.6T、1.7T、1.8T及び1.9Tごとの励磁磁歪の周波数スペクトルを取得した。
【0102】
次いで、弾性マトリックス決定装置10の差分スペクトル算出部33は、ステップS3において、ステップS1で取得した複数の励磁磁束密度1.5T、1.6T、1.7T、1.8T及び1.9Tごとの励磁騒音の周波数スペクトルと、ステップS2で取得した複数の励磁磁束密度1.5T、1.6T、1.7T、1.8T及び1.9Tごとの励磁磁歪の周波数スペクトルとの差分スペクトルを算出した。この差分スペクトルは、
図6(c)に示されている。
【0103】
図6(c)では、複数の励磁磁束密度(1.5T~1.9T)のうち、励磁磁束密度1.8T及び1.9Tでの差分スペクトルが他の励磁磁束密度での差分スペクトルと挙動が大きく異なるので、励磁磁束密度1.8T及び1.9Tでの差分スペクトルのデータを除外した。具体的には、
図6(c)に示された励磁磁束密度1.5T~1.9Tの差分スペクトルを平均した平均差分スペクトルを算出し、各磁束密度における差分スペクトルと前記平均差分スペクトルとの差異を100Hzから1000Hzの10点で評価した。そして、その差異が5dB以上ある点が2点以上ある磁束密度の差分スペクトルはその他と挙動が大きく異なるものと判定した。励磁磁束密度1.8T及び1.9Tでの差分スペクトルが他の励磁磁束密度での差分スペクトルと挙動が大きく異なる原因を調査したところ、励磁磁歪測定時の磁束波形の歪度が励磁磁束密度1.8T及び1.9Tでは大きく、磁歪データとしては不正確であることが分かった。このため、磁磁束密度1.8T及び1.9Tでの差分スペクトルのデータを除外した。弾性マトリックス決定装置10による以降の処理では、励磁磁束密度1.5T、1.6T及び1.7Tでの差分スペクトル、励磁磁束密度1.5T、1.6T及び1.7Tでの励磁騒音の周波数スペクトル、及び励磁磁束密度1.5T、1.6T及び1.7Tでの励磁磁歪の周波数スペクトルのデータを使用した。
【0104】
次いで、弾性マトリックス決定装置10の平均スペクトル算出部34は、ステップS4において、ステップS3で算出した複数の励磁磁束密度1.5T、1.6T及び1.7Tごとの差分スペクトルの平均スペクトルを算出した。
図6(c)では、ステップS3での処理において、励磁磁束密度1.8T及び1.9Tでの差分スペクトルのデータが除外されているので、ステップS4では励磁磁束密度1.5T、1.6T及び1.7Tでの差分スペクトルの平均スペクトルを算出した。
【0105】
次いで、弾性マトリックス決定装置10の選定部35は、ステップS5において、ステップS3で算出した複数の励磁磁束密度1.5T、1.6T及び1.7Tごとの差分スペクトルと、ステップS4で算出した平均スペクトルとの一致度に応じて、ステップS1で取得した複数の励磁磁束密度1.5T、1.6T及び1.7Tごとの励磁騒音の周波数スペクトルのうち解析に採用する特定励磁磁束密度での励磁騒音の周波数スペクトル、及びステップS2で取得した複数の励磁磁束密度1.5T、1.6T及び1.7Tごとの励磁磁歪の周波数スペクトルのうち解析に採用する特定励磁磁束密度での励磁磁歪の周波数スペクトルを選定した。
【0106】
具体的に述べると、選定部35は、ステップS5において、ステップS3で算出した複数の励磁磁束密度1.5T、1.6T及び1.7Tごとの差分スペクトルと、ステップS4で算出した平均スペクトルとのコサイン一致度を算出した。その結果、選定部35は、励磁磁束密度1.6Tでの差分スペクトルと平均スペクトルとのコサイン一致度が最も大きいとの判定をしたので、算出されたコサイン一致度が最も大きい差分スペクトルを構成する特定励磁磁束密度1.6Tでの励磁騒音の周波数スペクトル、及びコサイン一致度が最も大きい差分スペクトルを構成する特定励磁磁束密度1.6Tでの励磁磁歪の周波数スペクトルを解析に採用するものとして選定した。解析に採用するものとして選定された特定励磁磁束密度1.6Tでの励磁騒音の周波数スペクトルは
図7に、解析に採用するものとして選定された特定励磁磁束密度1.6Tでの励磁磁歪の周波数スペクトルは
図8示されている。
【0107】
次いで、弾性マトリックス決定装置10の振動応答関数スペクトル算出部36は、ステップS6において、振動解析の対象となる積層鉄心21について、上ヨーク22a及び下ヨーク22bで構成される第1部分及び脚部22cで構成される第2部分の積層方向を含む二面における横弾性係数Gyz、Gzxの値をそれぞれ所定範囲から選定された特定の値(G1、G2)の組み合わせとして弾性マトリックスに適用して振動応答解析を行い、特定の値(G1、G2)の組み合わせに対する積層鉄心21の振動応答関数の周波数スペクトルを求めた。
【0108】
ここで、積層鉄心21の縦弾性係数Ex、Ey、Ez、横弾性係数Gyz、Gzx、Gxyおよびポアソン比νxy、νyz、νzxの計9個の機械的物性値のうちの7個は前述したように以下のように設定する。
Ex=Ex0、Ey=Ey0、Ez=10GPa
Gxy=Gxy0
νxy=νxy0、νyz=νzx=0
【0109】
そして、残る2つの積層方向を含む二面における横弾性係数GyzおよびGzxについては、上ヨーク22a及び下ヨーク22bで構成される第1部分と、脚部22cで構成される第2部分とで異なっているので、振動応答関数スペクトル算出部36は、Gyz=Gzx=G1、G2(G1、G2のそれぞれは所定範囲から選定された特定の値)と設定して弾性マトリックスに適用して振動応答解析を行い、この特定の値(G1、G2)の組み合わせに対する変圧器の積層鉄心21の振動応答関数の周波数スペクトルを求める。具体的には、振動応答関数スペクトル算出部36は、上ヨーク22a及び下ヨーク22bで構成される第1部分の横弾性係数Gyz=Gzx=G1と設定し、脚部22cで構成される第2部分の横弾性係数Gyz=Gzx=G2と設定し(G1、G2のそれぞれは所定範囲から選定された特定の値)、この特定の値(G1、G2)の組み合わせを弾性マトリックスに適用して振動応答解析を行い、この特定の値(G1、G2)の組み合わせに対する変圧器の積層鉄心21の振動応答関数の周波数スペクトルを求めた。
ここで、特定の値(G1、G2)のそれぞれが選定される所定範囲は、実際に、変圧器の積層鉄心21の構造から予想される横弾性係数の範囲であり、本実施形態では、0.05GPaから0.5GPaの範囲としてある。
【0110】
図9には、上ヨーク22a及び下ヨーク22bで構成される第1部分の積層方向を含む二面における横弾性係数Gyz=Gzx=G
1が0.2GPa、脚部22cで構成される第2部分の積層方向を含む二面における横弾性係数Gyz=Gzx=G
2が0.1GPaとして弾性マトリックスに適用して振動応答解析を行った際の、積層鉄心21の振動応答関数の周波数スペクトルが示されている。
図9では、周波数100Hzの振動応答値を0dBとして表示している。
次いで、弾性マトリックス決定装置10の励磁振動スペクトル算出部37は、ステップS7において、ステップS5で選定された特定励磁磁束密度1.6Tでの電磁鋼板の励磁磁歪の周波数スペクトルと、ステップS6で算出された積層鉄心21の振動応答関数の周波数スペクトルとから積層鉄心21の励磁振動の周波数スペクトルを算出した。
【0111】
図10には、上ヨーク22a及び下ヨーク22bで構成される第1部分の積層方向を含む二面における横弾性係数Gyz=Gzx=G
1が0.2GPa、脚部22cで構成される第2部分の積層方向を含む二面における横弾性係数Gyz=Gzx=G
2が0.1GPaであるときの、励磁振動スペクトル算出部37で算出された積層鉄心21の励磁振動の周波数スペクトルが示されている。
【0112】
次いで、弾性マトリックス決定装置10の一致度算出部38は、ステップS8において、ステップS5で選定された特定励磁磁束密度1.6Tでの積層鉄心21の励磁騒音の周波数スペクトルと、ステップS7で算出された積層鉄心21の励磁振動の周波数スペクトルとの一致度を求めた。
ここで、変圧器の積層鉄心21の励磁騒音の周波数スペクトルと、積層鉄心21の励磁振動の周波数スペクトルとの一致度は、(17)式で算出されるコサイン一致度を採用した。
【0113】
次いで、弾性マトリックス決定装置10の一致度決定部39は、ステップS9において、特定の値(G1、G2)の各値をそれぞれ前述の所定範囲内で変更して特定の値(G1、G2)の各値の組み合わせを変更し、ステップS6、ステップS7、及びステップS8の各処理を繰り返し、繰り返し回数だけ存在する特定の値(G1、G2)の各組み合わせに対して、ステップS5で選定された特定励磁磁束密度1.6Tでの積層鉄心21の励磁騒音の周波数スペクトルと、ステップS7で算出された積層鉄心21の励磁振動の周波数スペクトルとの一致度を決定した(一致度決定ステップ)。
【0114】
図11には、繰り返し回数だけ存在する特定の値(G
1、G
2)の各組み合わせに対して決定された、特定励磁磁束密度1.6Tでの積層鉄心の励磁騒音の周波数スペクトルと、積層鉄心21の励磁振動の周波数スペクトルとの一致度が示されている。
最後に、弾性マトリックス決定装置10の横弾性係数決定部40は、ステップS10において、ステップS9で決定された特定の値(G
1、G
2)の各組み合わせに対する一致度の最大値を検出し、一致度が最大値となる特定の値(G
1、G
2)の組み合わせを上ヨーク22a及び下ヨーク22bで構成される第1部分と脚部22cで構成される第2部分との積層方向を含む二面における横弾性係数GzxおよびGyzの値として採用した。
【0115】
図11において、上ヨーク22a及び下ヨーク22bで構成される第1部分の横弾性係数Gzx=Gyz=G
1が0.15GPa、脚部22cで構成される第2部分の横弾性係数Gzx=Gyz=G
2が0.25GPaの組み合わせで一致度が最大値となった。
ステップS10において採用された特定の値G
1、G
2が、それぞれ上ヨーク22a及び下ヨーク22bで構成される第1部分の横弾性係数GzxおよびGyx、脚部22cで構成される第2部分の横弾性係数GzxおよびGyxとなる。
【0116】
最後に、上ヨーク22a及び下ヨーク22bで構成される第1部分の横弾性係数Gzx=Gyz=G1が0.15GPa、脚部22cで構成される第2部分の横弾性係数Gzx=Gyz=G2が0.25GPaとするG1、G2の組み合わせに対して計算した積層鉄心21の励磁振動の周波数スペクトルを、変圧器の積層鉄心の励磁振動の周波数スペクトルの最終的な計算値とした。
【0117】
そして、
図12に、実施例における、変圧器の積層鉄心の励磁振動の周波数スペクトルの計算値と、変圧器の積層鉄心の励磁騒音を測定して求められた励磁騒音の周波数スペクトルの実績値とを示す。
図12において、両者は非常によく一致しており、実施例によって、構成式中の弾性マトリックスに含まれる変圧器の積層鉄心21の上ヨーク22a及び下ヨーク22bで構成される第1部分の積層方向を含む二面における横弾性係数GzxおよびGyzと、変圧器の積層鉄心21の脚部22cで構成される第2部分の積層方向を含む二面における横弾性係数GzxおよびGyzとを精度良く求めることができることが確認できた。
【符号の説明】
【0118】
10 弾性マトリックス決定装置
11 CPU
12 演算処理装置
13 内部バス
14 内部記憶装置
15 外部記憶装置
16 入力装置
17 出力装置
18 記録媒体
21 積層鉄心
22 方向性電磁鋼板(鋼板)
22a 上ヨーク(第1部分)
22b 下ヨーク(第1部分)
22c 脚部(第2部分)
31 励磁騒音スペクトル取得部
32 励磁磁歪スペクトル取得部
33 差分スペクトル算出部
34 平均スペクトル算出部
35 選定部
36 振動応答関数スペクトル算出部
37 励磁振動スペクトル算出部
38 一致度算出部
39 一致度決定部
40 横弾性係数決定部