(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-30
(45)【発行日】2024-10-08
(54)【発明の名称】金属積層造形流路部材およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
H01L 21/3065 20060101AFI20241001BHJP
B33Y 80/00 20150101ALI20241001BHJP
B33Y 10/00 20150101ALI20241001BHJP
F16L 9/02 20060101ALI20241001BHJP
【FI】
H01L21/302 101G
B33Y80/00
B33Y10/00
F16L9/02
(21)【出願番号】P 2023187640
(22)【出願日】2023-11-01
(62)【分割の表示】P 2021566901の分割
【原出願日】2020-11-12
【審査請求日】2023-11-01
(31)【優先権主張番号】P 2019236278
(32)【優先日】2019-12-26
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2020135834
(32)【優先日】2020-08-11
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000005083
【氏名又は名称】株式会社プロテリアル
(74)【代理人】
【識別番号】110000350
【氏名又は名称】ポレール弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】宮田 素之
(72)【発明者】
【氏名】青柳 拓也
(72)【発明者】
【氏名】太期 雄三
(72)【発明者】
【氏名】三宅 竜也
(72)【発明者】
【氏名】内藤 孝
【審査官】宇多川 勉
(56)【参考文献】
【文献】特開2011-219325(JP,A)
【文献】特開昭61-059087(JP,A)
【文献】特開2014-113610(JP,A)
【文献】特開2013-256437(JP,A)
【文献】特表2015-514663(JP,A)
【文献】特開2017-066507(JP,A)
【文献】特開平06-314653(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01L 21/3065
H01L 21/31
B33Y 80/00
B33Y 10/00
F16L 9/02
C23C 26/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
半導体デバイス製造装置における腐食性流体を流通させる供給ガスラインに用いる金属積層造形流路部材であって、
前記腐食性流体はHF、HClまたはHBrであり、
前記金属積層造形流路部材を構成する金属基体は、表面凹凸を有しており、
前記金属積層造形流路部材の流路壁の内表面は、前記金属基体の前記表面凹凸の少なくとも凹領域を埋めるようにガラスのコーティング層が形成され、該内表面の算術平均粗さRaが0.4μm以下であり、
前記ガラスのコーティング層は、酸化物換算でZnOを10モル%以上含むP
2O
5-ZnO-Al
2O
3-(AM)
2O(AMはアルカリ金属)系ガラスの層、ZnOを10モル%以上含むP
2O
5-ZnO-Al
2O
3-(AEM)O(AEMはアルカリ土類金属)系ガラスの層、Bi
2O
3-ZnO-B
2O
3系ガラスの層、およびSiO
2-B
2O
3-Na
2O系ガラスの層の少なくとも一層を含む、
ことを特徴とする金属積層造形流路部材。
【請求項2】
請求項1に記載の金属積層造形流路部材において、
前記腐食性流体が前記HFの場合、前記ガラスのコーティング層は、前記P
2O
5-ZnO-Al
2O
3-(AM)
2O系ガラスの層、前記P
2O
5-ZnO-Al
2O
3-(AEM)O系ガラスの層、および前記Bi
2O
3-ZnO-B
2O
3系ガラスの層の少なくとも一層を含み、当該ガラスは、温度25℃の30質量%HF水溶液に25時間浸漬する耐食性試験を行ったときに、単位面積あたりの質量減少量がSUS316Lよりも小さく、
前記腐食性流体が前記HClまたは前記HBrの場合、前記ガラスのコーティング層は、前記P
2O
5-ZnO-Al
2O
3-(AM)
2O系ガラスの層、前記P
2O
5-ZnO-Al
2O
3-(AEM)O系ガラスの層、および前記SiO
2-B
2O
3-Na
2O系ガラスの層の少なくとも一層を含み、当該ガラスは、温度60℃の10質量%HCl水溶液または温度60℃の10質量%HBr水溶液に25時間浸漬する耐食性試験を行ったときに、単位面積あたりの質量減少量がSUS316Lよりも小さい、
ことを特徴とする金属積層造形流路部材。
【請求項3】
請求項2に記載の金属積層造形流路部材において、
温度25℃の30質量%HF水溶液に25時間浸漬する耐食性試験を行ったときに、前記ガラスの前記質量減少量が0.68 mg/mm
2以下であり、
温度60℃の10質量%HCl水溶液に25時間浸漬する耐食性試験を行ったときに、前記ガラスの前記質量減少量が0.091 mg/mm
2以下であり、
温度60℃の10質量%HBr水溶液に25時間浸漬する耐食性試験を行ったときに、前記ガラスの前記質量減少量が0.024 mg/mm
2以下である、
ことを特徴とする金属積層造形流路部材。
【請求項4】
請求項1乃至請求項3のいずれか一項に記載の金属積層造形流路部材において、
前記P
2O
5-ZnO-Al
2O
3-(AM)
2O系ガラスおよび前記P
2O
5-ZnO-Al
2O
3-(AEM)O系ガラスは、それぞれ酸化物換算で、45モル%以上65モル%以下のP
2O
5と、10モル%以上25モル%以下のZnOと、10モル%以上25モル%以下のAl
2O
3と、2モル%以上18モル%以下の(AM)
2Oまたは(AEM)Oとからなる化学組成を有することを特徴とする金属積層造形流路部材。
【請求項5】
請求項4に記載の金属積層造形流路部材において、
前記P
2O
5-ZnO-Al
2O
3-(AM)
2O系ガラスは、酸化物換算で、51モル%以上63モル%以下のP
2O
5と、16モル%以上19モル%以下のZnOと、10モル%以上19モル%以下のAl
2O
3と、6モル%以上14モル%以下の(AM)
2Oとからなる化学組成を有することを特徴とする金属積層造形流路部材。
【請求項6】
請求項1乃至請求項5のいずれか一項に記載の金属積層造形流路部材において、
前記(AM)
2Oは、Na
2OおよびK
2Oのいずれか一種以上であり、
前記(AEM)Oは、MgO、CaO、SrOおよびBaOのいずれか一種以上である、
ことを特徴とする金属積層造形流路部材。
【請求項7】
請求項1乃至請求項6のいずれか一項に記載の金属積層造形流路部材を製造する方法であって、
金属積層造形法により前記金属基体を形成する金属積層造形工程と、
前記流路壁の内表面に前記ガラスのコーティング層を形成するガラスコーティング層形成工程とを有し、
前記ガラスコーティング層形成工程は、
前記ガラスの粉末と樹脂バインダと有機溶媒とが混合されたガラスペーストを用意するガラスペースト用意工程と、
前記ガラスペーストを前記流路壁の内表面に塗布し、前記金属基体ごと熱処理して前記ガラスのコーティング層を焼き付けるガラスペースト塗布焼付工程とを有し、
前記ガラスペーストは、前記有機溶媒と前記樹脂バインダとの合計に対する該樹脂バインダの含有率が3質量%以上13質量%以下であり、該ガラスペースト中の前記ガラスの粉末の含有率が10質量%以上90質量%以下であり、
前記ガラスペースト塗布焼付工程における前記熱処理の温度が、前記ガラスの軟化点温度以上でありかつ700℃以下である、
ことを特徴とする金属積層造形流路部材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、半導体デバイス製造プロセスなどで用いる腐食性流体(ガスまたは液体)を流通させる流路部材の技術に関し、特に金属積層造形法を利用して製造した金属積層造形流路部材に関するものである。
【背景技術】
【0002】
半導体デバイスは、高集積化技術が進展し続けており、回路の配線ピッチがますます小さくなっている。そのような半導体デバイスで高い製造歩留まりを確保するため、例えば製造プロセスでの供給ガス量の精密制御および供給ガスラインのクリーン化は必要不可欠の技術である。
【0003】
供給ガス量の精密制御および供給ガスラインのクリーン化において、ガス流路の内表面(接ガス面とも言う)の表面平滑度は非常に重要な因子の一つである。その理由として次のような事象例が挙げられる。
【0004】
ガス流路接ガス面の表面平滑度が悪い(表面粗さが大きい)場合、(1)接ガス面のごく近傍でのガス流が乱れ易くなり、ガス流量の制御精度が低下し易くなる、(2)接ガス面の実表面積が大きくなりガスの吸着量が増えて、半導体デバイス製造装置の真空到達時間が長くなって生産性が落ち易くなる、(3)望まないパーティクルが接ガス面に一旦付着すると(例えば、大きい谷間にトラップされると)、該パーティクルをガスラインクリーニングで完全に除去するのが困難になる、などが例示される。
【0005】
上記のような理由から、半導体デバイス製造装置の供給ガスラインに用いる流路部材では、接ガス面の算術平均粗さRaを0.4μm以下にすることが必要とされている。
【0006】
一方、半導体デバイスの製造プロセスでは、しばしば腐食性ガス(例えば、HF(フッ化水素)、HCl(塩化水素)、Cl2(塩素)、ClF3(三フッ化塩素)、HBr(臭化水素)など)が利用されており、このような腐食性ガスを流通させる流路部材として、従来から高耐食金属材料(例えば、ステンレス鋼、Ni(ニッケル)-Cr(クロム)-Mo(モリブデン)系合金など)が用いられている。
【0007】
しかしながら、高耐食金属材料からなる流路部材であっても、腐食性ガスに長時間曝されていると腐食することがあり、腐食の進行により接ガス面の表面粗さが増大したり、腐食反応生成物がパーティクルの発生源になったりすることがある。これは、半導体デバイスの製造歩留まりを低下させることから、対策を要する問題となっていた。
【0008】
そのような問題に対し、例えば、特許文献1(特開平7-281759)には、流体の流入路と、流入路からの流体が流れるバイパス流路と、バイパス流路から分岐し所定の流量比の流体が流れるセンサ流路と、センサ流路を流れる流体の流量を計測する流量センサと、前記バイパス流路とセンサ流路の流体が合流して流れる流出路と、流出路に設けた流量制御弁と、前記流量センサで検出した検出信号と予め設定した設定信号とを比較し、この結果に基づいて前記流量制御弁を制御する比較制御部とを有するマスフローコントローラにおいて、前記バイパス流路および/またはセンサ流路を、ニッケル、白金、ニッケル基合金、銅、銅合金の内、一種の金属材料によって形成したことを特徴とするマスフローコントローラ、が開示されている。
【0009】
特許文献1によると、ハロゲン系ガス等によって腐食しやすいセンサ管およびバイパス管の耐食性能の向上を図ると共に反応生成物を抑制してパーティクルの発生がないマスフローコントローラを提供することができる、とされている。
【0010】
一方、半導体デバイス製造プロセスで用いられる流体供給ラインでは、しばしば複雑な形状の流路(例えば、分岐流路、合流流路、絞り流路、螺旋流路、それらの組み合わせ)を構成する部材や機器がある。そのような部材や機器は、難加工を伴うことから高価であることが多く、流体供給ライン構築のコスト高の一因となっていた。
【0011】
このような課題に対し、近年、複雑形状を有する最終製品をニアネットシェイプ/ネットシェイプで製造する技術として、金属積層造形法(金属付加製造法とも言う、Metal Additive Manufacturing)などの三次元造形技術(いわゆる3Dプリンティング)が注目されている。
【0012】
例えば、特許文献2(特開2018-170205)には、流路が形成された流路部材と、前記流路部材を加熱するためのヒータと、前記流路部材を流体制御機器に固定するための固定部材と、前記流路部材に接続され、流体を前記流路部材に流入させるための接続配管と、を備え、前記流路は、螺旋状をなし、長手方向に沿った断面の形状が多角形状をなしている流体加熱器を製造する製造方法であって、前記流路部材を金属粉末焼結造形方式により作成する工程と、前記流路部材に前記ヒータ、前記固定部材、および前記接続配管を組み合わせる工程と、を備える流体加熱器の製造方法、が教示されている。
【0013】
特許文献2によると、流体加熱器や流体制御装置の大型化を抑制するため、流体の加熱効率を高めることが可能な(それにより小型化を可能とする)流体加熱器、流体制御装置、および流体加熱器の製造方法を提供することができる、とされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【文献】特開平7-281759号公報
【文献】特開2018-170205号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
上述したように、金属積層造形技術は最終製品をニアネットシェイプ/ネットシェイプで製造できることから、複雑形状を有する流路部材であっても高い製造歩留まりで安定して(すなわち、低コストで)製造できることが期待される。
【0016】
しかしながら、現在の金属積層造形技術で形成したままの物品は、比較的表面粗さが大きい(例えば、Ra=5~50μm)という課題がある。この表面粗さは、半導体デバイス製造装置の供給ガスラインに用いる流路部材に求められるレベル(Ra≦0.4μm)よりも1~2桁も大きい。そこで、表面を研磨加工することによって表面粗さを調整することが考えられるが、複雑形状であればあるほど研磨加工が難しくなる。
【0017】
したがって、本発明は、半導体デバイス製造装置における腐食性流体の供給ラインに用いる流路部材として利用可能なレベルの流路内表面の表面粗さと耐食性とを兼ね備えた金属積層造形流路部材およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0018】
(I)本発明の一態様は、半導体デバイス製造装置における腐食性流体を流通させる供給ガスラインに用いる金属積層造形流路部材であって、
前記腐食性流体はHF、HClまたはHBrであり、
前記金属積層造形流路部材を構成する金属基体は、表面凹凸を有しており、
前記金属積層造形流路部材の流路壁の内表面は、前記金属基体の前記表面凹凸の少なくとも凹領域を埋めるようにガラスのコーティング層が形成され、該内表面の算術平均粗さRaが0.4μm以下であり、
前記ガラスのコーティング層は、酸化物換算でZnO(酸化亜鉛)を10モル%以上含むP2O5(酸化リン)-ZnO-Al2O3(酸化アルミニウム)-(AM)2O(AMはアルカリ金属)系ガラスの層、ZnOを10モル%以上含むP2O5-ZnO-Al2O3-(AEM)O(AEMはアルカリ土類金属)系ガラスの層、Bi2O3(酸化ビスマス)-ZnO-B2O3(酸化ホウ素)系ガラスの層、およびSiO2(酸化ケイ素)-B2O3-Na2O(酸化ナトリウム)系ガラスの層の少なくとも一層を含む、
ことを特徴とする金属積層造形流路部材、を提供するものである。
なお、本発明において、「・・・系」とは含有量の多い成分(含有率の高い成分)を順に列挙していることを意味し、列挙以外の成分を含んでもよい。また、前記金属基体の表面凹凸は、算術平均粗さRaが5μm以上50μm以下程度である。
【0019】
本発明は、上記の金属積層造形流路部材(I)において、以下のような改良や変更を加えることができる。
(i)前記腐食性流体が前記HFの場合、前記ガラスのコーティング層は、前記P2O5-ZnO-Al2O3-(AM)2O系ガラスの層、前記P2O5-ZnO-Al2O3-(AEM)O系ガラスの層、および前記Bi2O3-ZnO-B2O3系ガラスの層の少なくとも一層を含み、当該ガラスは、温度25℃の30質量%HF水溶液に25時間浸漬する耐食性試験を行ったときに、単位面積あたりの質量減少量がSUS316Lよりも小さく、
前記腐食性流体が前記HClまたは前記HBrの場合、前記ガラスのコーティング層は、前記P2O5-ZnO-Al2O3-(AM)2O系ガラスの層、前記P2O5-ZnO-Al2O3-(AEM)O系ガラスの層、および前記SiO2-B2O3-Na2O系ガラスの層の少なくとも一層を含み、当該ガラスは、温度60℃の10質量%HCl水溶液または温度60℃の10質量%HBr水溶液に25時間浸漬する耐食性試験を行ったときに、単位面積あたりの質量減少量がSUS316Lよりも小さい。
(ii)温度25℃の30質量%HF水溶液に25時間浸漬する耐食性試験を行ったときに、前記ガラスの前記質量減少量が0.68 mg/mm2以下であり、
温度60℃の10質量%HCl水溶液に25時間浸漬する耐食性試験を行ったときに、前記ガラスの前記質量減少量が0.091 mg/mm2以下であり、
温度60℃の10質量%HBr水溶液に25時間浸漬する耐食性試験を行ったときに、前記ガラスの前記質量減少量が0.024 mg/mm2以下である。
(iii)前記P2O5-ZnO-Al2O3-(AM)2O系ガラスおよび前記P2O5-ZnO-Al2O3-(AEM)O系ガラスは、それぞれ酸化物換算で、45モル%以上65モル%以下のP2O5と、10モル%以上25モル%以下のZnOと、10モル%以上25モル%以下のAl2O3と、2モル%以上18モル%以下の(AM)2Oまたは(AEM)Oとからなる化学組成を有する。
(iv)前記P2O5-ZnO-Al2O3-(AM)2O系ガラスは、酸化物換算で、51モル%以上63モル%以下のP2O5と、16モル%以上19モル%以下のZnOと、10モル%以上19モル%以下のAl2O3と、6モル%以上14モル%以下の(AM)2Oとからなる化学組成を有する。
(v)前記(AM)2Oは、Na2OおよびK2Oのいずれか一種以上であり、
前記(AEM)Oは、MgO、CaO、SrO、およびBaOのいずれか一種以上である。
【0020】
(II)本発明の他の一態様は、上記の金属積層造形流路部材を製造する方法であって、
金属積層造形法により前記金属基体を形成する金属積層造形工程と、
前記流路壁の内表面に前記ガラスのコーティング層を形成するガラスコーティング層形成工程とを有し、
前記ガラスコーティング層形成工程は、
前記ガラスの粉末と樹脂バインダと有機溶媒とが混合されたガラスペーストを用意するガラスペースト用意工程と、
前記ガラスペーストを前記流路壁の内表面に塗布し、前記金属基体ごと熱処理して前記ガラスのコーティング層を焼き付けるガラスペースト塗布焼付工程とを有し、
前記ガラスペーストは、前記有機溶媒と前記樹脂バインダとの合計に対する該樹脂バインダの含有率が3質量%以上13質量%以下であり、該ガラスペースト中の前記ガラスの粉末の含有率が10質量%以上90質量%以下であり、
前記ガラスペースト塗布焼付工程における前記熱処理の温度が、前記ガラスペースト中のガラスの軟化点温度以上でありかつ700℃以下である、ことを特徴とする金属積層造形流路部材の製造方法、を提供するものである。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、半導体デバイス製造装置における腐食性流体の供給ラインに用いる流路部材として利用可能なレベルの流路内表面の表面粗さと耐食性とを兼ね備えた金属積層造形流路部材およびその製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【
図1】本発明に係る金属積層造形流路部材の一例を示す断面模式図である。
【
図2】本発明に係る金属積層造形流路部材の製造方法の一例を示す工程図である。
【
図3】ガラスのコーティング層を形成していない金属基体の流路壁内表面の微細組織写真である。
【
図4】ガラスのコーティング層を形成した金属積層造形流路部材の一例の流路壁内表面の微細組織写真である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
(本発明の基本思想)
前述したように、現在の金属積層造形技術で形成した物品は、研磨加工を施さなければ表面粗さが大きいという課題がある。流路形状が複雑な場合、従来の金属管のように内表面を電解研磨しようとすると、流路内に設置すべき対極の設置自体が非常に難しい。また、流路部材として高耐食金属材料を用いることから、化学研磨も適していない。加えて、複雑形状の流路の場合、流路内表面を物理研磨することは、極めて困難である。
【0024】
そこで、本発明者等は、金属積層造形体における表面凹凸の凸部分を削り落として平滑化するのではなく、表面凹凸の凹部分を埋めるようにコーティング層を形成することにより平滑化することを検討した。特に、金属基体表面への施工性の観点、腐食性流体に対する耐食性の観点、および流路部材に要求される耐熱性の観点から、ガラスのコーティング層が適していることを見出した。
【0025】
ガラスのコーティング層の適性について検討した結果、P2O5-ZnO-Al2O3系ガラス、Bi2O3-ZnO-B2O3系ガラス、またはSiO2-B2O3-Na2O系ガラスからなるコーティング層を形成することにより、表面を算術平均粗さ「Ra≦0.4μm」に平滑化できると共に、ハロゲン系腐食性ガス(特にHF、HClおよび/またはHBr)に対する耐食性と耐熱性とを確保できることを見出した。さらに、P2O5-ZnO-Al2O3系ガラスとして、P2O5-ZnO-Al2O3-(AM)2OガラスおよびP2O5-ZnO-Al2O3-(AEM)Oガラスが好ましく、P2O5-ZnO-Al2O3-(AM)2Oガラスが特に好ましいことを見出した。本発明は当該知見に基づくものである。
【0026】
(金属積層造形方法)
上述した3Dプリンティングと呼ばれる積層造形の技術により、低コストで複雑形状体の造形が可能になってきた。原料粉末に熱エネルギーを供給して原料粉末を溶融し凝固させること(以下、溶融・凝固と言う)を繰り返すことにより、ニアネットシェイプ/ネットシェイプの三次元形状の積層造形体を得ることができる。金属材料を対象とする金属積層造形法は、粉末床方式と粉末堆積方式とに大別することができる。本発明の金属積層造形流路部材は、いずれの方式でも造形可能である。
【0027】
粉末床方式とは、金属粉末を敷き詰めて粉末床を準備し、熱エネルギーとなるレーザビームや電子ビームを照射して造形する部分のみを溶融・凝固または焼結する方法である。レーザビームを熱源とし粉末床の造形する部分を溶融・凝固する方法は、選択的レーザ溶融法(SLM)と称される。また、粉末床の造形する部分を溶融までさせずに焼結させる方法は、選択的レーザ焼結法(SLS)と称される。レーザビームを熱源とする方法では、通常、窒素やアルゴンなどの不活性雰囲気が利用される。粉末床方式で電子ビームを熱源とする方法は、選択的電子ビーム溶融法(SEBM)や単純に電子ビーム溶融法(EBM)と称される。電子ビームを熱源とする方法では、高真空環境が利用される。
【0028】
一方、粉末堆積方式では、レーザビームまたは電子ビームを熱源とし、ビームの中またはビーム照射位置に金属粉末を連続的に供給し、ビームの照射軌跡に沿って金属粉末を溶融・凝固させて造形する方法である。造形中の雰囲気・環境は、粉末床方式と同様である。粉末堆積方式は、粉末供給量を制御し易く高速造形が可能であるという利点がある。
【0029】
(金属積層造形流路部材)
図1は、本発明に係る金属積層造形流路部材の一例を示す断面模式図である。
図1に示したように、本発明に係る金属積層造形流路部材100は、金属基体10と、流路を構成する流路壁の内表面に形成されたガラスのコーティング層20とを有する。
【0030】
金属基体10は、金属積層造形技術を利用して作製されることから、通常、その表面は金属粉末の粒径や製造条件に由来するところが大きく、算術平均粗さRaが5~50μmくらいの凹凸が生じてしまう。そして、ガラスのコーティング層20は、当該表面凹凸の少なくとも凹領域を埋めるように形成されるものである。その結果、流路壁内表面の算術平均粗さRaが0.4μm以下となっている。当該算術平均粗さRaは、0.2μm以下がより好ましい。
【0031】
言い換えると、流路壁内表面の算術平均粗さRaは小さいほど好ましいが、0.4μm以下となるようにガラスのコーティング層20が形成されていればよい。金属基体10の表面凹凸の凸領域は、その頂点の全てがガラスのコーティング層20に覆われていることは好ましい。なお、金属基体10自体が流通させる腐食性流体に対して必要十分な耐食性を有する金属材料(例えば、超耐食合金材料)からなる場合は、流路壁内表面が「Ra≦0.4μm」となることを前提として、全ての頂点がガラスのコーティング層20に覆われていなくてもよい。
【0032】
また、本発明に係る金属積層造形流路部材100は、ガラスのコーティング層20の形成が流路壁内表面に限定されるものではなく、流路壁内表面に加えて流路壁外表面にガラスのコーティング層20が形成されていてもよい。
【0033】
ガラスのコーティング層20を構成するガラスとしては、P2O5-ZnO-Al2O3系ガラス、Bi2O3-ZnO-B2O3系ガラス、またはSiO2-B2O3-Na2O系ガラスが好ましい。具体的には、HFに対しては、P2O5-ZnO-Al2O3系ガラスおよびBi2O3-ZnO-B2O3系ガラスが好ましく、HClおよびHBrに対しては、P2O5-ZnO-Al2O3系ガラスおよびSiO2-B2O3-Na2O系ガラスが好ましい。P2O5-ZnO-Al2O3系ガラスとして、P2O5-ZnO-Al2O3-(AM)2OガラスおよびP2O5-ZnO-Al2O3-(AEM)Oガラスが好ましく、P2O5-ZnO-Al2O3-(AM)2Oガラスが特に好ましい。
【0034】
より具体的には、P2O5-ZnO-Al2O3系ガラスの化学組成は、酸化物換算で、45モル%以上65モル%以下のP2O5と、10モル%以上25モル%以下のZnOと、10モル%以上25モル%以下のAl2O3と、2モル%以上18モル%以下の(AM)2Oまたは(AEM)Oが好ましい。また、51モル%以上63モル%以下のP2O5と、16モル%以上19モル%以下のZnOと、10モル%以上19モル%以下のAl2O3と、6モル%以上14モル%以下の(AM)2OとからなるP2O5-ZnO-Al2O3-(AM)2Oガラスがより好ましい。
【0035】
ガラスのコーティング層20は、上記のガラスによる層を一種または二種以上を組み合わせて(積層するように)構成することもできる。ガラス層を積層する場合、最も耐食性の高いガラスの層を接ガス面とすることが好ましい。
【0036】
本発明の金属積層造形流路部材の流路構造に特段の限定はないが、金属積層造形技術を利用して作製することの意義から、複雑な流路構造(例えば、分岐流路、合流流路、絞り流路、螺旋流路、それらの組み合わせ)において、作用効果がより大きいと言える。
【0037】
金属基体10の材料に特段の限定はないが、高耐食合金材料(例えば、SUS316Lなどのステンレス鋼)や超耐食合金材料(例えば、ハステロイ(登録商標)、含有量の多い上位三成分がNi、Cr、MoであるNi-Cr-Mo系合金、Co-Cr-Fe-Ni-Tiを含むハイエントロピー系合金など)を好適に利用できる。
【0038】
本発明の金属積層造形流路部材100を利用する機器や装置にも特段の限定はないが、半導体デバイス製造プロセスで利用される腐食性流体の供給ラインに用いるような機器や装置(例えば、腐食性ガスを流通させるマスフローコントローラ、マスフローメータ、遮断弁、切替弁、気化器、流体加熱器、これらを組み合わせた配管ユニットなど)に好適に利用できる。
【0039】
このような機器や装置に上述のガラスのコーティング層を適用した場合、例えば、マスフローコントローラではガスの流量を正確に制御することが可能となる。また、半導体デバイス製造装置では、真空到達時間を短くすることが可能となる。さらに、流路壁内表面にパーティクルが付着することを抑制すると共に、付着した場合でもガスラインクリーニングで除去し易くなる。
【0040】
(金属積層造形流路部材の製造方法)
つぎに、本発明に係る金属積層造形流路部材100の製造方法について説明する。
【0041】
図2は、本発明に係る金属積層造形流路部材の製造方法の一例を示す工程図である。
図2に示したように、大別して、流路部材の金属基体10を形成する金属積層造形工程S1と、金属基体10の流路壁の内表面にガラスのコーティング層20を形成するガラスコーティング層形成工程S2とを有する。ガラスコーティング層形成工程S2は、ガラスペースト用意工程S2aと、ガラスペースト塗布焼付工程S2bとを有する。
【0042】
金属積層造形工程S1に特段の限定はなく、所望の流路構造を有する金属基体10が得られるかぎり前述の金属積層造形法(例えば、選択的レーザ融解法(SLM法)、レーザ金属堆積法(LMD法)、電子ビーム溶融法(EBM法))を好適に利用できる。
【0043】
ガラスペースト用意工程S2aは、所定のガラスの粉末と有機溶媒と樹脂バインダとを混合してガラスペーストを用意する工程である。混合方法に特段の限定はなく、従前の混合方法(例えば、自転・公転ミキサによる混合)を適宜利用すればよい。なお、本工程S2aは、工程S1の後に行うことに限定されず、工程S1の前に行ってもよい。また、本工程S2aは、本発明に係る製造方法の中で必須の工程ではなく、所望の構成に調合されたガラスペーストを購入するかたちで用意してもよい。
【0044】
ガラスとしては、前述したようにP2O5-ZnO-Al2O3系ガラス、Bi2O3-ZnO-B2O3系ガラス、またはSiO2-B2O3-Na2O系ガラスが好ましく、P2O5-ZnO-Al2O3系ガラスはP2O5-ZnO-Al2O3-(AM)2OガラスまたはP2O5-ZnO-Al2O3-(AEM)Oガラスが好ましい。また、流体供給ラインの稼働環境で金属積層造形流路部材が経験する最高温度(例えば、300℃、より好ましくは400℃)よりも高い軟化点温度を有し、700℃以下でコーティング層を形成するガラスであることが好ましい。なお、700℃とは、後工程のガラスペースト塗布焼付工程S2bでの上限温度であり、金属基体10が変質しない目安の温度である。
【0045】
ガラスの化学組成について簡単に説明する。
【0046】
P2O5、Bi2O3、SiO2およびB2O3は、ガラスの骨格を形成しうる成分である。P2O5-ZnO-Al2O3-(AM)2OガラスおよびP2O5-ZnO-Al2O3-(AEM)Oガラスにおいては、P2O5の含有率は、45モル%以上65モル%以下が好ましく、51モル%以上63モル%以下がより好ましい。P2O5含有率を当該範囲に調製することにより、ハロゲン系腐食性物質に対して優れた耐食性が発揮される。
【0047】
ZnOは、ガラスの化学的安定性を向上させて耐食性をサポートする成分である。P2O5-ZnO-Al2O3-(AM)2OガラスおよびP2O5-ZnO-Al2O3-(AEM)Oガラスにおいては、ZnOの含有率は、10モル%以上25モル%以下が好ましく、16モル%以上19モル%以下がより好ましい。ZnO含有率を当該範囲に調製することにより、ハロゲン系腐食性物質に対し十分な耐食性を発揮すると共に、ガラスの結晶化を抑制する効果がある。
【0048】
Al2O3も、ガラスの化学的安定性を向上させて耐食性をサポートする成分である。P2O5-ZnO-Al2O3-(AM)2OガラスおよびP2O5-ZnO-Al2O3-(AEM)Oガラスにおいては、Al2O3の含有率は、10モル%以上25モル%以下が好ましく、10モル%以上19モル%以下がより好ましい。Al2O3含有率を当該範囲に調製することにより、ハロゲン系腐食性物質に対し十分な耐食性を発揮する。
【0049】
P2O5-ZnO-Al2O3-(AM)2OガラスおよびP2O5-ZnO-Al2O3-(AEM)Oガラスにおいて、(AM)2Oおよび(AEM)Oは、耐食性の向上に寄与する成分である。それらの含有率は、2モル%以上18モル%以下が好ましく、6モル%以上14モル%以下がより好ましい。(AM)2O含有率および(AEM)O含有率を当該範囲に調製することにより、ハロゲン系腐食性物質に対し十分な耐食性を発揮する。
【0050】
(AM)2Oや(AEM)Oとして複数種のAM酸化物やAEM酸化物を混合する場合は、合計が2モル%以上18モル%以下となるように配合する。(AM)2Oとしては、Na2Oおよび/またはK2Oが特に好ましい。
【0051】
ガラスの粉末の平均粒径は、0.1μm以上10μm以下が好ましい。平均粒径が0.1μm以上であると、ガラスペースト中で凝集せずに均一分散してガラスのコーティング層の厚さ制御が容易になる。平均粒径が10μm以下であると、ガラスペーストの塗布性が良好になりガラスのコーティング層の表面平滑性を適切に確保することができる。
【0052】
有機溶媒としては、例えば、酢酸ジエチレングリコールモノブチルエーテル、テルピネオール、エタノール、アセトンの単体またはこれらの混合物を好ましく用いることができる。
【0053】
樹脂バインダとしては、金属元素を含まず(金属元素が分子構造中に存在せず)600℃以下で燃焼除去できるものが好ましく、例えば、エチルセルロースやアクリル樹脂を好ましく用いることができる。
【0054】
ガラスペースト用意工程S2aの手順の一例を説明する。まず、有機溶媒に樹脂バインダを混合して、混合溶媒を作製する。混合溶媒中の樹脂バインダ濃度(以下、樹脂バインダ濃度と記す)は、3質量%以上13質量%以下が好ましく、5質量%以上10質量%以下がより好ましい。樹脂バインダ濃度を3質量%以上に調製することにより、ガラスペーストの粘度や金属基体への接着力を確保することができ、ガラスペーストが金属基体の流路壁内表面に適切に留まることから、次工程S2bで均等なガラスのコーティング層を形成することができる。一方、樹脂バインダ濃度を13質量%以下に調製することにより、次工程S2bで過剰なガラスペーストを排出可能な粘度に調整できる。
【0055】
つぎに、混合溶媒にガラス粉末を添加混合して、ガラスペーストを作製する。ガラスペースト中のガラス粉末の混合割合(固形分濃度)は10質量%以上90質量%以下が好ましく、20質量%以上80質量%以下がより好ましい。固形分濃度を10質量%以上に調製することにより、次工程S2bで十分なガラスのコーティング層を形成するガラスの量を確保できる。また、固形分濃度が90質量%以下に調製することにより、ガラスペーストの流動性が低下したり金属基体への接着力が低下したりすることなく、次工程S2bで均等なガラスのコーティング層を形成することができる。
【0056】
ガラスペースト塗布焼付工程S2bは、用意したガラスペーストを金属基体10の流路壁の内表面に塗布した後、金属基体10ごと加熱してガラスのコーティング層20を焼き付ける工程である。ガラスペーストを塗布する方法に特段の限定はないが、例えば、スプレーガンを用いて流路壁内表面にガラスペーストを噴射して塗布する方法、流路内にガラスペーストを流し込んだ後に過剰分を排出する方法、金属基体10に対してガラスペーストをディップコートした後に過剰分を排出する方法などを適宜利用できる。
【0057】
ガラスのコーティング層20を焼き付ける熱処理温度に関しては、用いたガラスの軟化点温度以上700℃以下が好ましい。熱処理温度が軟化点温度未満であると、ガラス粒子が軟化流動せず、コーティング層を形成できない。熱処理温度が700℃超になると、金属基体10が変質する可能性がある。
【0058】
なお、本発明において、ガラスペースト塗布焼付工程S2bは、塗布1回、焼付1回に限定するものではなく、塗布・焼付の組み合わせを複数回繰り返してもよい。ガラスのコーティング層20の厚さ制御の観点からは、塗布・焼付の組み合わせを複数回繰り返すことが好ましい。また、ガラス組成や調合割合の異なるガラスペーストを複数種用意して、ガラスペーストを変えながら塗布・焼付を複数回繰り返すこともできる。
【実施例】
【0059】
以下、実施例および比較例により本発明をさらに具体的に説明する。なお、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0060】
[実験1]
(素材における耐食性の試験・評価)
ガラスのコーティング層となるガラス材料および金属基体となる金属材料に対して、ハロゲン化水素酸への耐食性を試験・評価した。
【0061】
ガラス材料としては、P2O5-ZnO-Al2O3系ガラス(63 mol%P2O5-17 mol%ZnO-10 mol%Al2O3-10 mol%Na2O、軟化点550℃)と、Bi2O3-ZnO-B2O3系ガラス(70 mol%Bi2O3-11 mol%B2O3-8 mol%ZnO-5 mol%SiO2-4 mol%BaO-2 mol%CuO、軟化点510℃)と、SiO2-B2O3-Na2O系ガラス(65 mol%SiO2-10 mol%B2O3-7 mol%Na2O-7 mol%Li2O-4 mol%Al2O3-4 mol%K2O、軟化点590℃)と、V2O3-TeO2-Fe2O3系ガラス(40 mol%V2O3-30 mol%TeO2-15 mol%Fe2O3-15 mol%P2O5、軟化点390℃)を用意した。また、金属材料としては、供給ガスラインの配管材としてしばしば利用されるSUS316Lを用意した。
【0062】
ガラス材料の出発原料として、上記組成の酸化物粉末の市販試薬(それぞれ純度99.9%)または上記組成の酸化物のカチオンの炭酸塩粉末の市販試薬(それぞれ純度99.9%)を用いた。所望のガラス組成となるように出発原料を混合してガラス溶融炉で溶融した後、ステンレス鋳型または黒鉛鋳型へ融液を流し込んでガラス材料のバルク(それぞれ約200 g)を作製した。なお、出発原料の純度から推定できるように、本発明におけるガラス材料は不可避不純物を含むものである。金属材料のSUS316Lは、市販品を用意した。
【0063】
用意した各ガラス材料のバルクおよび金属材料のSUS316Lから、それぞれ耐食性試験用の試験片(縦10 mm×横5 mm×厚さ5 mm)を採取した。SUS316Lの試験片は、耐食性の基準試料とした。
【0064】
耐食性の加速試験として所定の試験液中に試験片を所定の時間(5時間、25時間)浸漬した。試験液としては、30質量%フッ化水素酸(温度25℃)、10質量%塩酸(温度60℃)、20質量%臭化水素酸(温度60℃)を用意した。試験液への浸漬前後の質量差を浸漬前の試験片の表面積で除して、単位面積あたりの質量減少量(mg/mm2)を調査した。
【0065】
基準試料SUS316Lの質量減少量よりも小さい場合を「良、Good」と判定し、基準試料SUS316Lの質量減少量以上の場合を「不良、Not good」と判定した。結果を表1~表3に示す。
【0066】
【0067】
【0068】
【0069】
表1~表3に示したように、フッ化水素酸(30質量%HF水溶液)に対しては、P2O5-ZnO-Al2O3系ガラスおよびBi2O3-ZnO-B2O3系ガラスが、SUS316Lよりも耐食性に優れており「良」と判定される。塩酸(10質量%HCl水溶液)に対しては、P2O5-ZnO-Al2O3系ガラスおよびSiO2-B2O3-Na2O系ガラスが、SUS316Lよりも耐食性に優れており「良」と判定される。臭化水素酸(20質量%HBr水溶液)に対しては、P2O5-ZnO-Al2O3系ガラスおよびSiO2-B2O3-Na2O系ガラスが、SUS316Lよりも耐食性に優れており「良」と判定される。
【0070】
[実験2]
(ガス流路部材における流路壁内表面の粗さ変化の調査)
本実験では、簡易的なガス流路部材を作製し、ハロゲン化水素ガスを流して流路壁内表面の粗さ変化を調査した。
【0071】
金属積層造形法によりSUS316Lからなる金属基体(流路内径10 mm、流路長さ250 mm)を作製した(金属積層造形工程S1)。比較試料として、市販のガス供給ライン用SUS316L管(流路内径10 mm、流路長さ250 mm)を用意した。また、微細組織調査用として、金属積層造形法によるSUS316L基体および市販のSUS316L管も別途用意した。
【0072】
なお、上記の金属積層造形工程S1における各種条件は、以下のようにした。
(1)SUS316L粉末:粒度10~60μm、メジアン径40μm
(2)積層造形装置:独国エレクトロオプティカルシステムズ社製、M290
(3)積層造形条件:レーザパワー300 W、走査速度800 mm/s、走査ピッチ0.1 mm、粉末床厚さ0.04 mm、Ar雰囲気
エネルギー密度=レーザパワー/(走査速度×走査ピッチ×粉末床厚さ)=94 J/mm3。
【0073】
微細組織調査用のSUS316L基体およびSUS316L管を切断して、流路の内表面粗さを、接触式表面粗さ測定機(株式会社ミツトヨ製、サーフテストSV-3000)を用いて測定した。表面粗さ測定では、ISO/JIS規格(ISO 4288:1996/JIS B 0633:2001)に準じて、測定長さ(評価長さ)を4~40 mmとし、基準長さを0.8~8 mmとした。その結果、SUS316L基体およびSUS316L管のそれぞれの算術平均粗さRaは20μmおよび0.4μmであった。
【0074】
積層造形したSUS316L基体の流路壁内表面にガラスのコーティング層を形成するため、ガラスペーストを用意した。実験1で耐食性試験用の試験片を採取した残部をスタンプミルとジェットミルを用いて粉砕して、ガラス粉末(平均粒径3μm)を用意した。P2O5-ZnO-Al2O3系ガラスの粉末と、有機溶媒としての酢酸ジエチレングリコールモノブチルエーテル(BCA)と、樹脂バインダとしてのエチルセルロース(EC)とを混合して、ガラスペーストを作製した(ガラスペースト用意工程S2a)。
【0075】
次に、SUS316L基体の流路壁内表面にスプレーガンを用いてガラスペーストを塗布し、600℃で焼付けしてガラスのコーティング層を形成した(ガラスペースト塗布焼付工程S2b)。このとき、ガラスペーストの塗布・焼付の繰返し回数を制御して、ガラスのコーティング層の平均厚さが異なる複数種の金属付加造形流路部材の試料を作製した。また、微細組織調査用の試料も併せて作製した。
【0076】
微細組織調査用の試料に対して、流路壁内表面の表面粗さと微細組織との関係を調査した。ガラスのコーティング層付き流路壁内表面の表面粗さ測定は上記と同様にして行い、微細組織観察は走査型電子顕微鏡(SEM)により行った。
【0077】
算術平均粗さRaに関しては、2.5μm、1.2μm、0.5μm、0.4μmおよび0.2μmの金属積層造形流路部材が得られたことを確認した。微細組織観察の結果、算術平均粗さRaが0.5μm以上の試料では、流路壁内表面にSUS316L基体の地肌が確認された。言い換えると、算術平均粗さRaが0.5μm以上の試料は、金属基体の表面凹凸の凸部分でガラスのコーティング層に被覆されていない領域(金属基体の表面凹凸の凹部分がガラスのコーティング層で完全に埋まっていない領域)が残存していることが判った。一方、算術平均粗さRaが0.4μm以下の試料では、流路壁内表面にSUS316L基体の地肌は確認されなかった(金属基体の表面凹凸の凹部分がガラスのコーティング層で完全に埋まっていると見なされた)。
【0078】
用意した金属積層造形流路部材および市販のSUS316L管に対して、HClガス(温度100℃)を100時間流した後に、N2(窒素)ガスを5分間流して流路内のHClガスをパージする試験を行った。試験後の各試料を切断して、流路壁内表面の算術平均粗さRaを上記と同様にして測定した。試験前後で算術平均粗さRaに変化がなかった場合を「合格」と判定し、算術平均粗さRaに変化があった場合を「不合格」と判定した。結果を表4に示す。
【0079】
【0080】
表4に示したように、市販のSUS316L管では、HClガス流通試験後で接ガス面の表面粗さが大きくなった。これは、HClガスの流通により腐食が生じたためと考えられる。一方、初期の算術平均粗さRaが0.5μm以上の積層造形流路部材の試料では、HClガス流通試験後で接ガス面の表面粗さが小さくなった。これは、HClガスの流通により接ガス面で凸部分となっていたSUS316L基体の地肌のみが腐食されたため、見掛け上、接ガス面の表面粗さが小さくなったと考えられる。いずれの場合もHClガス流通試験の前後で表面粗さに変化があるので、市販のSUS316L管および初期の算術平均粗さRaが0.5μm以上の積層造形流路部材の試料は、「不合格」と判定される。
【0081】
これらに対し、初期の算術平均粗さRaが0.4μm以下の積層造形流路部材の試料は、HClガス流通試験の前後で表面粗さに変化がないので「合格」と判定される。これらの結果は、耐食性が不十分な金属基体の地肌が流路壁内表面に露出しているか否か(金属基体の表面凹凸の凹部分がガラスのコーティング層で完全に埋まっているか否か)に起因すると考えられる。また、合格となった積層造形流路部材はガスラインのクリーニング効果が高いことを別途確認した。また、半導体製造装置において真空到達時間を短くすることに有効であると考えられる。
【0082】
[実験3]
(P2O5-ZnO-Al2O3系ガラスにおける詳細な調査)
実験1において、P2O5-ZnO-Al2O3系ガラスは、三種全てのハロゲン化水素酸(HF aq.、HCl aq.、HBr aq.)に対して良好な耐食性を示した(表1~表3参照)。そこで、本実験では、P2O5-ZnO-Al2O3系ガラスに関してより詳細な調査を行った。
【0083】
ガラス材料としては、P2O5-ZnO-Al2O3-(AM)2OガラスとP2O5-ZnO-Al2O3-(AEM)Oガラス(AEMはアルカリ土類金属)とを用意した。実験1と同様にして、後述する表5~表6に示す化学組成を有するガラス材料G-01~G-42(それぞれ約200 g)を作製し、そこから耐食性試験用の試験片(縦10 mm×横5 mm×厚さ5 mm)を採取した。
【0084】
つぎに、各ガラス材料の耐食性を評価するために、実験1と同様にして、30質量%HF aq.(温度25℃)、10質量%HCl aq.(温度60℃)、および20質量%HBr aq.(温度60℃)の試験液中に試験片を所定時間(25時間)浸漬する加速試験を行い、試験片の単位面積あたりの質量減少量(mg/mm2)を求めた。
【0085】
三種の試験液(HF aq.、HCl aq.、HBr aq.)のいずれかにおいてのガラス材料の質量減少量が基準材料よりも小さい場合を「良、Good」と評価し、三種の試験液全てにおいて基準材料よりも小さい場合を「優、Excellent」と評価した。耐食性の結果を表5~表6に併記する。
【0086】
【0087】
【0088】
表5~表6に示したように、P2O5-ZnO-Al2O3-(AM)2Oのガラス材料G-01~G-02、G-06~G-08、G-11~G-13、G-16~G-19、G-23~G-26、G-30~G-33、G-37~G-38、およびP2O5-ZnO-Al2O3-(AEM)Oのガラス材料G-39~G-42は、HCl aq.の試験液で質量減少量が基準材料の1/4以下になっており、「良」と評価される。
【0089】
また、P2O5-ZnO-Al2O3-(AM)2Oのガラス材料G-03~G-05、G-09~G-10、G-14~G-15、G-20~G-22、G-27~G-29、およびG-34~G-36は、三種全ての試験液で質量減少量が基準材料のそれよりも小さくなっており、「優」と評価される。優と評価されるガラス材料は、酸化物換算で、51モル%以上63モル%以下のP2O5と、16モル%以上19モル%以下のZnOと、10モル%以上19モル%以下のAl2O3と、6モル%以上14モル%以下の(AM)2Oとからなる化学組成を有している。
【0090】
[実験4]
(ガラスペーストの条件および流路壁内表面の粗さの調査)
本実験では、ガラスペースト条件を変えて簡易的なガス流路部材を作製し、ハロゲン化水素ガスを流して流路壁内表面の粗さ変化を調査した。
【0091】
実験2と同様にして、金属積層造形法によりSUS316Lからなる金属基体(U字流路管、流路内径4.35 mm、U字部曲率半径22.5 mm、直線部長さ50 mm、流路総長さ150 mm)を作製した(金属積層造形工程S1)。また、微細組織調査用の金属基体も別途用意した。
【0092】
積層造形した金属基体の流路壁内表面にガラスのコーティング層を形成するため、ガラスペーストを用意した。
【0093】
まず、実験3で耐食性試験用の試験片を採取したG-09の残部をスタンプミルとジェットミルを用いて粉砕して、ガラス粉末(平均粒径5μm)を用意した。有機溶媒のBCA 50 gに対して、樹脂バインダのECを添加した後、自転・公転ミキサー(株式会社シンキー製、ARE-310)を用いて混合して樹脂バインダ濃度の異なる混合溶媒(樹脂バインダ濃度=1~15質量%)を作製した。
【0094】
これらの混合溶媒に対して、ガラスペースト中のガラス粉末の混合割合(固形分濃度)が60質量%となるように、表1のガラス材料G-10の粉末を添加した後、上記の自転・公転ミキサーを用いて混合してガラスペーストを作製した(ガラスペースト作製工程S2a)。
【0095】
つぎに、金属基体の流路内にガラスペーストを流し込んだ後、金属基体の流路形状に合わせて別途作製したスキージを用いて過剰なガラスペーストを排出した。流路壁内表面にガラスペーストを塗布した後、600℃で焼付けしてガラスのコーティング層を形成して(ガラスペースト塗布焼付工程S2b)、金属積層造形流路部材の試料を作製した。
【0096】
作製した金属積層造形流路部材および金属基体単体を切断して、流路壁内表面の粗さ測定および微細組織観察を行った。表面粗さは、接触式表面粗さ測定機(株式会社ミツトヨ製、サーフテストSV-3000)を用いて測定した。表面粗さ測定では、ISO/JIS規格(ISO 4288:1996/JIS B 0633:2001)に準じて、測定長さ(評価長さ)を4~40 mmとし、基準長さを0.8~8 mmとした。流路壁内表面の粗さ測定の結果を表7に示す。
【0097】
微細組織観察は、デジタルマイクロスコープ(株式会社キーエンス製、VHX-1000)を用いて行った。
図3は、ガラスのコーティング層を形成していない金属基体の流路壁内表面の微細組織写真であり、
図4は、ガラスのコーティング層を形成した金属積層造形流路部材の一例の流路壁内表面の微細組織写真である。
【0098】
【0099】
表7に示したように、ガラスのコーティング層を形成していない金属基体の流路壁内表面の算術平均粗さRaは、8.9μmである。また、
図3からも、金属基体の流路壁内表面は、大きな凹凸が形成されていることが確認される。
【0100】
これに対し、ガラスのコーティング層を形成した金属積層造形流路部材の流路壁内表面のRaは、1/10以下になっていることが確認される。また、
図4から、金属積層造形流路部材の流路壁内表面は、ガラスのコーティング層の形成によって表面平滑性が格段に向上していることが確認される。なお、
図4に示した試料は、混合溶媒中の樹脂バインダ濃度7質量%の試料である。
【0101】
ただし、表7に示したように、ガラスペースト作製工程で用いる混合溶媒中の樹脂バインダ濃度が、3質量%未満または13質量%超になると、流路壁内表面のRaが、流路部材として望ましいとされる0.4μmを超えることが分かる。言い換えると、ガラスペーストを作製する際の混合溶媒中の樹脂バインダ濃度は、3質量%以上13質量%以下が好ましいことが確認される。
【0102】
上述した実施形態や実験例は、本発明の理解を助けるために説明したものであり、本発明は、記載した具体的な構成のみに限定されるものではない。例えば、実施形態の構成の一部を当業者の技術常識の構成に置き換えることが可能であり、また、実施形態の構成に当業者の技術常識の構成を加えることも可能である。すなわち、本発明は、本明細書の実施形態や実験例の構成の一部について、発明の技術的思想を逸脱しない範囲で、削除・他の構成による置換・他の構成の追加をすることが可能である。
【符号の説明】
【0103】
100…金属積層造形流路部材、10…金属基体、20…ガラスのコーティング層。