(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-30
(45)【発行日】2024-10-08
(54)【発明の名称】検量線の作成方法およびアミロイドβ関連ペプチドの測定方法
(51)【国際特許分類】
G01N 33/68 20060101AFI20241001BHJP
G01N 33/48 20060101ALI20241001BHJP
G01N 27/62 20210101ALI20241001BHJP
C07K 14/47 20060101ALN20241001BHJP
【FI】
G01N33/68 ZNA
G01N33/48 Z
G01N27/62 V
C07K14/47
(21)【出願番号】P 2023512836
(86)(22)【出願日】2022-02-09
(86)【国際出願番号】 JP2022005016
(87)【国際公開番号】W WO2022215341
(87)【国際公開日】2022-10-13
【審査請求日】2023-08-24
(31)【優先権主張番号】P 2021063916
(32)【優先日】2021-04-05
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】100141852
【氏名又は名称】吉本 力
(74)【代理人】
【識別番号】100143096
【氏名又は名称】山岸 忠義
(72)【発明者】
【氏名】金子 直樹
【審査官】海野 佳子
(56)【参考文献】
【文献】特開2009-234988(JP,A)
【文献】特開平09-049837(JP,A)
【文献】国際公開第2017/104567(WO,A1)
【文献】NAKAMURA, A et al.,High performance plasma amyloid-β biomarkers for Alzheimer's disease,Nature.,2018年,vol.554,PP.249-254
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/48-33/98
G01N 27/62
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アミロイドβ関連ペプチドを定量するための検量線を作成する方法であって、
前記アミロイドβ関連ペプチドおよび界面活性剤を含有し、前記アミロイドβ関連ペプチドの濃度が異なる複数の標準液を用意する工程と、
前記複数の標準液のそれぞれに、内部標準ペプチドを含有する溶液を混合して、複数の検量線用溶液を得る工程と、
前記複数の検量線用溶液に対して免疫沈降法および質量分析法を実施して、前記複数の検量線用溶液ごとに、前記アミロイドβ関連ペプチドにおけるシグナル強度(A)と前記内部標準ペプチドにおけるシグナル強度(B)とを得る工程と、
前記複数の検量線用溶液ごとに、前記シグナル強度(A)を前記シグナル強度(B)で標準化して、複数の標準化強度を得る工程と、
前記複数の標準化強度と、これらに対応する前記アミロイドβ関連ペプチドの濃度とに基づいて、検量線の回帰式を算出する工程と
を備える、検量線の作成方法。
【請求項2】
前記界面活性剤の濃度が、0.01%(W/V)以上、10%(W/V)以下である、請求項1に記載の作成方法。
【請求項3】
前記界面活性剤が、
マルトースを有する界面活性剤である、請求項1に記載の作成方法。
【請求項4】
前記アミロイドβ関連ペプチドが、Aβ1-40、Aβ1-42およびAPP669-711からなる群から選択される少なくとも一種である、請求項1に記載の作成方法。
【請求項5】
前記免疫沈降法および質量分析法は、
前記検量線用溶液を第1担体に接触させて、前記アミロイドβ関連ペプチドが前記第1担体に結合した第1結合体を得る第1結合工程と、
前記第1結合体を洗浄する第1洗浄工程と、
前記第1結合体を第1酸性溶液に接触させて、前記アミロイドβ関連ペプチドが前記第1酸性溶液に溶出した第1溶出液を得る第1溶出工程と、
前記第1溶出液を中性緩衝液と混合して、精製溶液を得る中性化工程と、
前記精製溶液を第2担体に接触させて、前記アミロイドβ関連ペプチドが前記第2担体に結合した第2結合体を得る第2結合工程と、
前記第2結合体を洗浄する第2洗浄工程と、
前記第2結合体を第2酸性溶液に接触させて、前記アミロイドβ関連ペプチドが前記第2酸性溶液に溶出した第2溶出液を得る第2溶出工程と、
前記第2溶出液中の前記アミロイドβ関連ペプチドを質量分析法にて検出する検出工程と
を備える、請求項1に記載の作成方法。
【請求項6】
請求項1に記載の作成方法により得られた検量線を用いて、測定試料中のアミロイドβ関連ペプチドを定量する、アミロイドβ関連ペプチドの測定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、検量線の作成方法およびアミロイドβ関連ペプチドの測定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アルツハイマー病は、認知症の主な原因であり、その罹患者は、近年ますます増加しており、その研究はより一層重要となってきている。アルツハイマー病の発症では、アミロイド前駆タンパク質(APP;Amyloid precursor protein)の切断によって生じるアミドロイドβ(Aβ)などのAβ関連ペプチドが深く関わっている。そして、免疫沈降法および質量分析法を組み合わせて血液内の複数のAβ関連ペプチドを検出し、その検出した特定のAβ関連ペプチド比が、脳内アミロイド蓄積の血液バイオマーカーとして有望であることが報告されている(非特許文献1~2および特許文献1~2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2017-20980号公報
【文献】WO2015/178398
【非特許文献】
【0004】
【文献】Kaneko N, Nakamura A, Washimi Y, Kato T, Sakurai T, Arahata Y, Bundo M, Takeda A, Niida S, Ito K, Toba K, Tanaka K, Yanagisawa K. : Novel plasma biomarker surrogating cerebral amyloid deposition. Proc Jpn Acad Ser B Phys Biol Sci. 2014;90(9):353-364.
【文献】Nakamura A, Kaneko N, Villemagne VL, Kato T, Doecke J, Dore V, Fowler C, Li QX, Martins R, Rowe C, Tomita T, Matsuzaki K, Ishii K, Ishii K, Arahata Y, Iwamoto S, Ito K, Tanaka K, Masters CL, Yanagisawa K. : High performance plasma amyloid-β biomarkers for Alzheimer's disease. Nature. 2018;554(7691):249-254.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
これら文献に記載された測定方法では、質量分析法によって得られるシグナル強度から、Aβ関連ペプチド比、すなわち、各Aβ関連ペプチド同士の相対的な量を算出している。
【0006】
ところで、Aβ関連ペプチド比だけでなく、測定試料中のAβ関連ペプチドのそれぞれの存在濃度も知ることは、病態進行に連動してAβ関連ペプチドがどのように挙動するかを把握する上で、重要な情報である。
【0007】
そして、Aβ関連ペプチドの濃度を測定するには、検量線を用いる方法が検討される。具体的には、濃度を測定したい測定試料中に、濃度が既知である内部標準ペプチドを混合し、質量分析を実施して、内部標準ペプチドに対する測定対象ペプチドのシグナル強度比を算出する。続いて、そのシグナル強度比を、予め測定対象ペプチドの濃度とシグナル強度との関係を調査していた検量線に当てはめて、濃度を決定する。非特許文献2には、Aβ関連ペプチド(Aβ1-42、Aβ1-40、APP669-711)の検量線が記載されている。この検量線は、Aβ関連ペプチドをBSA含有PBS(ウシ血清アルブミン含有リン酸緩衝生理食塩水)に添加した検量線用溶液を用い、質量分析法にて各ペプチドのシグナル強度を検出して、作成されている。
【0008】
検量線の正確性は、Aβ関連ペプチドの濃度の正確性に反映するため、検量線の正確性の向上は重要である。
【0009】
本発明は、アミロイドβ関連ペプチドを定量するための検量線を正確に作成する方法、および、アミロイドβ関連ペプチドを正確に定量する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の第1の態様は、アミロイドβ関連ペプチドを定量するための検量線を作成する方法である。この検量線の作成方法は、前記アミロイドβ関連ペプチドおよび界面活性剤を含有し、前記アミロイドβ関連ペプチドの濃度が異なる複数の標準液を用意する工程と、前記複数の標準液のそれぞれに、内部標準ペプチドを含有する溶液を混合して、複数の検量線用溶液を得る工程と、前記複数の検量線用溶液に対して免疫沈降法および質量分析法を実施して、前記複数の検量線用溶液ごとに、前記アミロイドβ関連ペプチドにおけるシグナル強度(A)と前記内部標準ペプチドにおけるシグナル強度(B)とを得る工程と、前記複数の検量線用溶液ごとに、前記シグナル強度(A)を前記シグナル強度(B)で標準化して、複数の標準化強度を得る工程と、前記複数の標準化強度と、これらに対応する前記アミロイドβ関連ペプチドの濃度とに基づいて、検量線の回帰式を算出する工程とを備える。
【0011】
本発明の第2の態様は、アミロイドβ関連ペプチドの測定方法である。この測定方法は、第1の態様の作成方法により得られた検量線を用いて、測定試料中のアミロイドβ関連ペプチドを定量する。
【発明の効果】
【0012】
本発明の第1の態様によれば、アミロイドβ関連ペプチドを定量するための正確な検量線を得ることができる。本発明の第2の態様によれば、アミロイドβ関連ペプチドを正確に定量することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】
図1は、実施例で作成したAβ1-40の検量線(直線回帰線、重み付け無し)であり、縦軸が標準化強度、横軸がペプチド濃度を示す。
【
図2】
図2は、実施例で作成したAβ1-40の検量線(二次曲線)である。
【
図3】
図3は、実施例で作成したAβ1-42の検量線(直線回帰線、重み付け無し)である。
【
図4】
図4は、実施例で作成したAβ1-42の検量線(二次曲線)である。
【
図5】
図5は、実施例で作成したAPP669-711の検量線(直線回帰線、重み付け無し)である。
【
図6】
図6は、実施例で作成したAPP669-711の検量線(二次曲線)である。
【
図7】
図7は、ペプチドのチューブへの吸着ロスを示したグラフであり、各ペプチド溶液を移した場合と移さなかった場合における標準化SIL-Aβ1-38のシグナル値を示す。
【発明を実施するための形態】
【0014】
1.第1の態様(検量線の作成方法)
第1の態様は、アミロイドβ関連ペプチド(以下、「Aβ関連ペプチド」と略する。)を定量するための検量線を作成(製造)する方法である。第1の態様は、標準液用意工程と、検量線用溶液調製工程と、免疫沈降-質量分析工程と、シグナル標準化工程と、算出工程とをこの順に備える。以下、各工程を説明する。
【0015】
[標準液用意工程]
本工程では、複数の標準液を用意する。
【0016】
標準液は、Aβ関連ペプチドおよび界面活性剤を含有する測定対象物用標準液である。標準液において、Aβ関連ペプチドの濃度は既知である。標準液は、Aβ関連ペプチドの濃度が異なる溶液を複数用意する。具体的には、Aβ関連ペプチド濃度が1pM~500pMの範囲である標準液を、5種以上20種以下、用意する。
【0017】
「アミロイドβ関連ペプチド(Aβ関連ペプチド)」は、アミロイド前駆タンパク質(APP;Amyloid precursor protein)が切断されることにより生じるAβ、および、Aβの配列を一部でも含むペプチドである。具体的には、WO2015/178398などに開示されている。Aβ関連ペプチドは、上記ペプチドの中から、測定対象ペプチドとするペプチドを任意に選択すればよいが、脳内アミロイド蓄積の血液バイオマーカーとして好適である観点から、好ましくは、Aβ1-40(配列番号1、表1参照)、Aβ1-42(配列番号2)およびAPP669-711(配列番号3)の少なくとも一種が挙げられ、より好ましくは、これら3つの組み合わせが挙げられる。
【0018】
【0019】
界面活性剤としては、例えば、非イオン性界面活性剤、両イオン性界面活性剤、アニオン性界面活性剤、カチオン性界面活性剤などが挙げられる。好ましくは、非イオン性界面活性剤が挙げられる。非イオン性界面活性剤を使用することにより、界面活性剤が残存した状態で質量分析法を実施した際に、界面活性剤が容易にイオン化して検出されることを抑制することができ、検量線作成への影響を低減させることができる。
【0020】
非イオン性界面活性剤としては、例えば、マルトースを親水性部分に有する界面活性剤、トレハロースを親水性部分に有する界面活性剤、グルコースを親水性部分に有する界面活性剤;ポリオキシエチレン基を親水性部分に有する界面活性剤などが挙げられる。
【0021】
マルトースを有する界面活性剤としては、例えば、n-ノニル-β-D-マルトシド(NM:n-Nonyl-β-D-maltoside)、n-ノニル-β-D-チオマルトシド(NTM:n-Nonyl-β-D-thiomaltoside)、n-デシル-β-D-マルトシド(DM:n-Decyl-β-D-maltoside)、n-ウンデシル-β-D-マルトシド(UDM:n-Undecyl-β-D-maltoside)、n-ドデシル-β-D-マルトシド(DDM:n-Dodecyl-β-D-maltoside)などが挙げられる。
【0022】
トレハロースを有する界面活性剤としては、例えば、α-D-グルコピラノシルα-D-グルコピラノシド モノオクタノエート(トレハロースC8)、α-D-グルコピラノシルα-D-グルコピラノシド モノドデカノエート(トレハロースC12)、α-D-グルコピラノシルα-D-グルコピラノシド モノミリステート(トレハロースC14)などが挙げられる。
【0023】
グルコースを有する界面活性剤としては、例えば、n-デシル-β-D-グルコシド(DG:n-Decyl-β-D-glucoside)、n-オクチル-β-D-グルコシド(OG:n-Octyl-β-D-glucoside)などが挙げられる。
【0024】
ポリオキシエチレン基を有する界面活性剤としては、例えば、ポリオキシエチレンソルビタンモノラウラート(Tween(登録商標)20)、ポリオキシエチレンソルビタンモノオレエート(Tween(登録商標)80)、ポリオキシエチレンp-t-オクチルフェノール(Triton(登録商標) X-100)などが挙げられる。
【0025】
好ましくは、マルトースを有する界面活性剤、ポリオキシエチレン基を有する界面活性剤が挙げられる。Aβ関連ペプチドの容器への付着をより一層抑制して、より正確な検量線を測定できる観点からは、ポリオキシエチレン基を有する界面活性剤がより好ましい。一方、ハンドリングが容易となり、界面活性剤を比較的容易に排除することができ、界面活性剤残存による質量分析法への影響を低減できる観点からは、免疫沈降法で用いる界面活性剤と同一種類の界面活性剤(例えば、マルトースを有する界面活性剤)がより好ましい。
【0026】
これら界面活性剤は、1種単独で用いることができ、または、2種以上を併用することができる。
【0027】
界面活性剤の濃度は、例えば、0.01%(w/v)以上、好ましくは、0.05%(w/v)以上であり、また、例えば、10%(w/v)以下、好ましくは、3%(w/v)以下である。
【0028】
標準液に使用される溶媒は、好ましくは、緩衝液である。緩衝液としては、例えば、Tris緩衝液、リン酸緩衝液、HEPES緩衝液、酢酸アンモニウム緩衝液などが挙げられる。標準液の緩衝液は、好ましくは、中性の緩衝液であって、そのpHは、例えば、6.0以上、好ましくは、6.5以上であり、また、例えば、8.5以下、好ましくは、8.0以下である。
【0029】
標準液は、例えば、BSA(Bovine serum albumin:ウシ血清アルブミン)などの添加剤を含有していてもよい。
【0030】
複数濃度の標準液は、例えば、所定量の市販のAβ関連ペプチドに、所定量のアンモニア水、および、界面活性剤含有緩衝液などを、各混合量を計算しながら混合することにより、調製することができる。
【0031】
[検量線用溶液調製工程]
本工程では、複数の標準液のそれぞれに、内部標準含有溶液を混合する。これにより、複数の検量線用溶液が得られる。
【0032】
内部標準含有溶液は、内部標準ペプチドを含有する内部標準液である。内部標準含有溶液において、内部標準ペプチドの濃度は既知である。
【0033】
内部標準ペプチドとしては、測定対象ペプチドとは異なるペプチドであって、例えば、安定同位体標識されたAβ関連ペプチド(SIL-Aβ関連ペプチド)などが挙げられる。
【0034】
内部標準含有溶液は、好ましくは、界面活性剤を含有する。これにより、内部標準ペプチドの容器への付着、ひいては、ロスを抑制して、内部標準ペプチドのシグナル強度を正しく検出でき、より正確な検量線を作成することができる。内部標準含有溶液に使用される界面活性剤としては、標準液と同様の界面活性剤が挙げられる。内部標準含有溶液中の界面活性剤濃度は、標準液と同様である。
【0035】
内部標準含有溶液に使用される溶媒としては、例えば、標準液と同様の溶媒が挙げられる。内部標準含有溶液は、例えば、所定量の内部標準ペプチドに、界面活性剤含有緩衝液を混合することにより、調製することができる。
【0036】
複数の標準液のそれぞれに、内部標準含有溶液を適宜混合する。具体的には、各標準液を内部標準含有溶液に添加する。各標準液と、内部標準含有溶液との混合割合(体積割合)は、例えば、10:1~1:10程度とすればよく、好ましくは、等量で混合する。
【0037】
これにより、Aβ関連ペプチド濃度が異なる検量線用溶液が複数得られる。例えば、Aβ関連ペプチド濃度が1pM~500pMの範囲である検量線用溶液が、5種以上20種以下、調製される。複数の検量線用溶液間における内部標準ペプチドの濃度は、好ましくは、同一である。
【0038】
[免疫沈降-質量分析工程]
本工程では、複数の検量線用溶液のそれぞれに対して、免疫沈降法および質量分析法を順に実施する。具体的には、第1結合工程、第1洗浄工程、第1溶出工程、中性化工程、第2結合工程、第2洗浄工程、第2溶出工程、および、検出工程を順に実施する。
【0039】
(第1結合工程)
本工程では、検量線用溶液を第1担体に接触させる。例えば、検量線用溶液を第1担体と混合する。これにより、Aβ関連ペプチドが第1担体に結合した第1結合体が得られる。
【0040】
第1担体は、Aβ関連ペプチドが結合可能なものであればよく、例えば、抗体固定化担体が挙げられる。
【0041】
第1担体に固定化されている抗体は、Aβ関連ペプチドを認識可能な抗原結合部位を有する抗体(Aβ関連ペプチド抗体)であり、例えば、Aβ関連ペプチドを認識可能な抗原結合部位を有する免疫グロブリンまたはその断片が挙げられる。
【0042】
免疫グロブリンとしては、例えば、IgG(IgG1、IgG2、IgG3、IgG4)、IgM、IgA、IgY、IgD、IgEなどが挙げられる。免疫グロブリンは、分析対象物質に応じて適宜決定され、公知のものを採用すればよい。免疫グロブリン断片としては、例えば、F(ab’)2、F(ab’)、F(ab)、Fd、Fv、L鎖、H鎖などが挙げられる。分析対象物質がAβ関連ペプチドとする場合、Aβ関連ペプチドを認識可能な抗原結合部位を有する免疫グロブリンまたはその断片(抗Aβ関連ペプチド抗体)は、例えば、6E10、4G8、1E11、11A50-B10、12F4、9C4、82E1、12B2、1A10およびこれらの断片などである。抗体は、モノクローナル抗体、ポリクローナル抗体のいずれでもよい。
【0043】
第1担体の材質としては、例えば、アガロース、セファロース、デキストラン、シリカゲル、ポリアクリルアミド、ポリスチレン、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリエステル、ポリアクリロニトリル、(メタ)アクリル酸系ポリマー、フッ素樹脂、金属錯体樹脂、ガラス、金属、磁性体などが挙げられる。
【0044】
第1担体の形状としては、球状(ビーズ形状を含む)、板状、針状、不定形などのいずれの形状であってもよく、また、マイクロデバイス内の流路壁などであってもよい。
【0045】
第1結合工程の前に、必要に応じて、IgG、IgMなどの抗体を除去する前処理などを実施してもよい。
【0046】
(第1洗浄工程)
本工程では、第1結合工程の後において、洗浄液を用いて第1結合体を洗浄する。
【0047】
洗浄方法は、公知の方法を採用すればよく、好ましくは、界面活性剤を含有する洗浄液を用いて、洗浄を実施する。例えば、まず、界面活性剤を含有する中性緩衝液を洗浄液として用いて洗浄し、続いて、界面活性剤を含有しない中性緩衝液を洗浄液として用いて洗浄する。
【0048】
界面活性剤を含有する中性緩衝液としては、標準液で例示した界面活性剤および中性緩衝液と同様のものを使用することができる。洗浄液中の界面活性剤濃度は、標準液と同様である。これにより、例えば、疎水性の高い不要成分(血中タンパク質、脂質、糖脂質など)を効果的に除去することができる。
【0049】
界面活性剤を含有しない中性緩衝液も、標準液で例示した中性緩衝液と同様のものを使用することができる。これにより、界面活性剤が第1結合体に残存することによる泡立ちを抑制することができる。
【0050】
洗浄方法としては、一般的な方法を採用すればよく、例えば、洗浄液内で担体を攪拌する方法、洗浄ノズルから洗浄液を噴射する方法などが挙げられる。
【0051】
これら中性緩衝液による洗浄後に、必要に応じて、水による洗浄をさらに実施してもよい。
【0052】
(第1溶出工程)
本工程では、第1洗浄工程の後において、第1結合体を第1酸性溶液に接触させる。これにより、第1結合体からAβ関連ペプチドが解離して、第1酸性溶液にAβ関連ペプチドが溶出する。その結果、Aβ関連ペプチドを含有する第1溶出液が得られる。
【0053】
第1酸性溶液としては、例えば、グリシン緩衝液、塩酸などの酸性水溶液が挙げられ、好ましくは、グリシン緩衝液が挙げられる。第1酸性溶液のpHは、例えば、3.5以下、好ましくは、3.0以下であり、また、例えば、0.5以上、好ましくは、1.0以上である。
【0054】
第1酸性溶液は、好ましくは、界面活性剤を含有する。これにより、第1結合体からAβ関連ペプチドをより確実に解離させることができる。また、溶出されたAβ関連ペプチドが、チューブ、マイクロプレートなどの容器に付着することを抑制する。したがって、Aβ関連ペプチドの回収率を確実に向上させることができる。
【0055】
第1酸性溶液に用いる界面活性剤としては、標準液で例示した界面活性剤と同様のものが挙げられる。第1酸性溶液中の界面活性剤濃度は、標準液と同様である。
【0056】
(中性化工程)
本工程では、第1溶出工程の後において、第1溶出液を中性緩衝液と混合する。これにより、第1溶出液が中性化されて、Aβ関連ペプチドを含有する精製溶液が得られる。
【0057】
中性化工程に用いる中性緩衝液は、界面活性剤を含有していてもよい。特に、第1酸性溶液が界面活性剤を含有しない場合は、界面活性剤を含有していることが好ましい。これにより、第2結合工程で第2結合体への非特異的吸着を抑制することができる。
【0058】
中性化工程に用いる中性緩衝液および界面活性剤としては、標準液で例示した中性緩衝液および界面活性剤と同様のものが挙げられる。中性緩衝液中の界面活性剤濃度は、標準液と同様である。
【0059】
精製溶液のpHは、中性であって、例えば、pH6.0以上、好ましくは、6.5以上であり、また、例えば、8.5以下、好ましくは、8.0以下である。これにより、第2結合工程において、結合効率を向上させることができる。
【0060】
(第2結合工程)
本工程では、中性化工程の後において、精製溶液を第2担体に接触させる。これにより、Aβ関連ペプチドが第2担体に結合した第2結合体が得られる。
【0061】
第2担体としては、好ましくは、抗体固定化担体であり、具体的には、第1担体で例示した抗体固定化担体と同様のものが挙げられる。
【0062】
(第2洗浄工程)
本工程では、第2結合工程の後において、洗浄液を用いて第2結合体を洗浄する。
【0063】
洗浄方法は、公知の方法を採用すればよく、第1洗浄工程で例示した洗浄方法と同様の方法を実施すればよい。例えば、まず、界面活性剤を含有する中性緩衝液を洗浄液として用いて洗浄し、続いて、界面活性剤を含有しない中性緩衝液を洗浄液として用いて洗浄する。
【0064】
(第2溶出工程)
本工程では、第2洗浄工程の後において、第2結合体を第2酸性溶液に接触させる。これにより、第2結合体からAβ関連ペプチドが解離して、第2酸性溶液にAβ関連ペプチドが溶出する。その結果、Aβ関連ペプチドを含有する第2溶出液が得られる。
【0065】
第2酸性溶液としては、第1溶出工程で例示した第1酸性溶液と同様のものが挙げられ、好ましくは、塩酸が挙げられる。
【0066】
第2酸性溶液は、好ましくは、揮発性有機溶媒を含有する。これにより、第2結合体からAβ関連ペプチドを効率よく解離させ、第2酸性溶液に溶出させることができ、Aβ関連ペプチドの回収率を向上させることができる。
【0067】
揮発性有機溶媒としては、水と任意の割合で混和する有機溶媒が挙げられ、例えば、アセトニトリル、メタノール、エタノール、アセトン、トルエン、イソプロパノール、ヘキサン、ブタノール、シクロヘキサン、エチレングリコール、ベンゼン、クロロホルム、アセトアルデヒド、トリエチルアミン、フェノール、ナフタレン、ホルムアルデヒド、テトラヒドロフラン、酢酸エチルなどが挙げられ、好ましくは、アセトニトリル、メタノール、エタノール、アセトン、イソプロパノールなどが挙げられる。これらは、1種単独で用いることができ、または、2種以上併用してもよい。
【0068】
第2酸性溶液中の揮発性有機溶媒濃度は、例えば、10%(v/v)以上、好ましくは、好ましくは、25%(v/v)以上であり、また、例えば、90%(v/v)以下、好ましくは、80%(v/v)以下である。濃度が上記範囲内であれば、第2担体からAβ関連ペプチドが効率よく解離させることができ、また、質量分析時の感度(S/N比)を向上させることができる。
【0069】
第2酸性溶液は、好ましくは、メチオチンなどのアミノ酸をさらに含有する。これにより、質量分析装置に配置し、分析が開始するまでの間において、Aβ関連ペプチドの酸化を低減させることができ、分析精度を向上させることができる。第2酸性溶液中のアミノ酸濃度は、例えば、0.01mM以上、好ましくは、0.05mM以上であり、また、例えば、5mM以下、好ましくは、1mM以下である。
【0070】
(分析工程)
本工程では、第2溶出工程の後において、第2溶出液中のAβ関連ペプチドを質量分析法によって検出する。
【0071】
質量分析法としては、MALDI(Matrix Assisted Laser Desorption / Ionization;マトリックス支援レーザー脱離イオン化法)、ESI(Electrospray ionization;エレクトロスプレーイオン化法)、APCI(Atmospheric Pressure Chemical Ionization;大気圧化学イオン化法)などが挙げられる。液体クロマトグラフィーを介さずに測定できるため吸着などのロスを低減でき、多少の夾雑物が共存してもAβ関連ペプチドを確実にイオン化できる観点から、好ましくは、MALDIが挙げられる。
【0072】
MALDIの検出には、例えば、MALDI-TOF(マトリックス支援レーザー脱離イオン化-飛行時間)型質量分析装置、MALDI-IT(マトリックス支援レーザー脱離イオン化-イオントラップ)型質量分析装置、MALDI-IT-TOF(マトリックス支援レーザー脱離イオン化-イオントラップ-飛行時間)型質量分析装置、MALDI-FTICR(マトリックス支援レーザー脱離イオン化-フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴)型質量分析装置などを用いて常法に従って操作すればよい。
【0073】
MALDIでの検出の際、例えば、マトリックス含有溶液をMALDIプレートに滴下し、乾燥させることにより、マトリックスを配置する。
【0074】
マトリックスとしては、例えば、α-シアノ-4-ヒドロキシ桂皮酸(CHCA;α-cyano-4-hydroxycinnamic acid)、2,5-ジヒドロキシ安息香酸、シナピン酸、3-アミノキノリンなどが挙げられる。これらは、1種単独で用いることができ、または、2種以上を併用することができる。
【0075】
マトリックスが含有させる溶媒としては、例えば、アセトニトリル、トリフルオロ酢酸、メタノール、エタノール、水などが挙げられる。これらは、1種単独で用いることができ、または、2種以上を併用することができる。
【0076】
マトリックス含有溶媒中のマトリックス濃度は、例えば、0.1mg/mL以上、好ましくは0.5mg/mL以上であり、また、例えば、50mg/mL以下、好ましくは、10mg/mL以下である。
【0077】
好ましくは、マトリックスとともに、マトリックス添加剤を併用する。マトリックス添加剤としては、例えば、ホスホン酸基含有化合物、アンモニウム塩などが挙げられ、好ましくは、洗浄溶液の残存によるバックグランドへの悪影響を抑制できる観点から、ホスホン酸基含有化合物が挙げられる。ホスホン酸基含有化合物としては、例えば、ホスホン酸、メチルホスホン酸、フェニルホスホン酸、1-ナフチルメチルホスホン酸、メチレンジホスホン酸(MDPNA;Methylenediphosphonic acid)、エチレンジホスホン酸、エタン-1-ヒドロキシ-1,1-ジホスホン酸、ニトリロトリホスホン酸、エチレンジアミノテトラホスホン酸などが挙げられる。
【0078】
マトリックス含有溶媒中のマトリックス添加剤濃度は、例えば、0.01%(w/v)以上、好ましくは、0.1%(w/v)以上であり、また、例えば、10%(w/v)以下、好ましくは、1%(w/v)以下である。
【0079】
これにより、各第2溶出液(ひいては、各検量線用溶液)において、Aβ関連ペプチドおよび内部標準ペプチドのそれぞれが、シグナル強度として検出される。すなわち、Aβ関連ペプチドの複数の濃度の検量線溶液ごとに、Aβ関連ペプチドのシグナル強度(A)および内部標準ペプチドのシグナル強度(B)が得られる。なお、シグナル強度は、質量分析法の結果として出力されるマススペクトルにおいて、Aβ関連ペプチドまたは内部標準ペプチドに対応するピークにおけるピーク高さである。
【0080】
[シグナル標準化工程]
本工程では、複数の検量線用溶液ごとに、Aβ関連ペプチドのシグナル強度(A)を内部標準ペプチドのシグナル強度(B)で標準化する。
【0081】
具体的には、シグナル強度(A)の値を、シグナル強度(B)の値で除する(A/B)。これにより、検量線用溶液ごとに、標準化強度(Normalized intensity)が得られる。すなわち、Aβ関連ペプチド濃度が異なる複数の標準化強度が得られる。
【0082】
必要に応じて、シグナル強度(A)の値をシグナル強度(B)の値で除して得られた値(A/B)に対して、質量分析装置の機体差を補正するための補正処理などを実施してもよい。これにより、質量分析装置の機体差によらずに、濃度に対して直線的な標準化強度が得ることができる。
【0083】
[算出工程]
本工程では、複数の標準化強度と、これらに対応するAβ関連ペプチドの濃度とに基づいて、検量線の回帰式を算出する。
【0084】
具体的には、横軸をAβ関連ペプチド濃度、縦軸を標準化強度としてプロットしたグラフを作成し、このグラフから、回帰式を算出して、回帰線を作成する。
【0085】
回帰線の種類としては、直線回帰式(近似式y=ax+b)、二次曲線(近似式y=ax2+bx+c)のいずれであってもよい。また、回帰線に対して、適宜、重み付け(1/x、または、1/x2)を設定してもよい。
【0086】
回帰線の算出は、例えば、エクセル(登録商標)にAβ関連ペプチド濃度および標準化強度の値を入力し、エクセルのグラフ機能を用いて作成することができる。
【0087】
また、回帰線の作成とともに、各プロットにおける精度および真度を算出して、これらの精度および真度から、回帰線の適切な使用範囲(使用可能な濃度領域)を選択することもできる。すなわち、精度が例えば25%以下または20%以下、真度が100±25%以内または100±20%以内となるプロットのみを適切な使用範囲とすることもできる。
【0088】
回帰線の選定に際して、回帰線は、(1)直線回帰式の重み付け無し、重み付け(1/x)および重み付け(1/x2)、ならびに、(2)二次曲線、の少なくとも4種類を作成することができ、これらの中で、最も精度および真度が、広濃度領域(x軸方向範囲)にわたって、バランスよく良好である回帰線、すなわち、全体的に、精度の値が低く、かつ、真度が100%に近い回帰線を選べばよい。
【0089】
この第1の態様の検量線の作成方法では、正確な検量線を作成することができる。第1の態様の作成方法は、下記の知見によって達成したものである。従来の検量線の作成方法では、BSA含有PBSにAβ関連ペプチド(測定対象)および内部標準ペプチド(例えば、SIL-Aβ関連ペプチド)を混合した検量線用溶液を用いて、免疫沈降法および質量分析法を順に実施し、検量線を作成する。しかし、Aβ関連ペプチド(内部標準であるSIL-Aβ関連ペプチドも含む)は疎水性が高いため、チューブなどの試験容器の側面に付着してしまい、各ペプチドに大きなロスが生じ、各ペプチドのシグナル強度を正しく検出できていないことを知見した。この知見に基づき、第1の態様の検量線の作成方法では、検量線用溶液として、界面活性剤を含有する溶液を用いることにより、ペプチドの試験容器の付着を抑制し、すなわち、ペプチドのロスを低減させて、その結果、シグナル強度をより正確に検出して、検量線の正確性を向上させたものである。また、得られる検量線の精度または真度も良好である。なお、この第1の態様の検量線の作成方法は、上記知見およびメカニズムに限定されない。
【0090】
2.第2の態様(Aβ関連ペプチドの測定方法)
第2の態様は、Aβ関連ペプチドを定量する方法であって、上記作成方法により得られた検量線を用いて、測定試料中のAβ関連ペプチドの濃度を決定する。例えば、測定対象ペプチドを含有する試料を用意し、免疫沈降法および質量分析法を順に実施し、得られる質量分析結果を、上記検量線に基づいて測定対象ペプチドの濃度を決定する。具体的には、測定試料用意工程と、第1結合工程と、第1洗浄工程と、第1溶出工程と、中性化工程と、第2結合工程と、第2洗浄工程と、第2溶出工程と、検出工程と、濃度決定工程とを備える。
【0091】
[測定試料用意工程]
本工程では、測定試料を用意する。
【0092】
測定試料は、測定対象ペプチド(濃度測定対象であるAβ関連ペプチド)および内部標準ペプチドを含有する。測定対象ペプチドを含有する試料に、既知量の内部標準ペプチドを混合させる。これにより、測定対象ペプチドの濃度が未知であり、内部標準ペプチドの濃度が既知である測定試料が得られる。
【0093】
測定対象ペプチドを含有する試料としては、例えば、生体試料が挙げられる。生体試料としては、例えば、血液、脳脊髄液、尿、体分泌液、唾液、痰などの体液;例えば、糞便などが挙げられる。血液には、全血、血漿、血清などが含まれる。血液は、個体から採取された全血に、遠心分離、冷凍保存などの処理がなされたものであってよい。本分析方法では、好ましくは、血液が挙げられる。血液は、脳骨髄液と比較して低侵襲性であり、また、健康診断等におけるスクリーニングの対象試料であって入手が容易である。
【0094】
測定試料には、さらに、結合溶液を混合させてもよい。結合溶液は、例えば、中性緩衝液であり、好ましくは、界面活性剤を含有する中性緩衝液である。界面活性剤を含有する中性緩衝液としては、標準液で例示した界面活性剤および中性緩衝液と同様のものを使用することができる。
【0095】
[第1結合工程~検出工程]
第1結合工程、第1洗浄工程、第1溶出工程、中性化工程、第2結合工程、第2洗浄工程、第2溶出工程および検出工程は、検量線用溶液が測定試料である以外は、検量線の作成で上述した各工程と同様である。すなわち、第1結合工程で、測定試料を第1担体に接触させる以外は、同様である。検出工程では、質量分析結果として、測定対象ペプチドのシグナル強度と、内部標準ペプチドのシグナル強度とが得られる。
【0096】
[濃度決定工程]
本工程では、質量分析結果に対して、検量線を用いて測定対象ペプチドを定量する。すなわち、測定対象ペプチドのシグナル強度および内部標準ペプチドのシグナル強度を、検量線の回帰線に対応させて、所望のAβ関連ペプチドの濃度を決定する。例えば、測定対象ペプチドのシグナル強度を内部標準ペプチドのシグナル強度で標準化することにより、標準化強度を算出する。続いて、その標準化強度を回帰線に当てはめて、濃度を決定する。
【0097】
このAβ関連ペプチドの測定方法では、正確な検量線を用いているため、正確なAβペプチドの濃度を測定することができる。
【0098】
3.第3の態様
第1の態様の検量線の作成方法では、免疫沈降―質量分析工程において、2回の免疫沈降法(アフィニティ精製)を実施しているが、例えば、1回の免疫沈降法でもよい。この場合、第1の態様の免疫沈降―質量分析工程は、第1結合工程と、第1洗浄工程と、第2溶出工程と、検出工程とを備える。各工程は、第1の態様と同様である。第3の態様も第1の態様と同様の作用効果を奏する。Aβ関連ペプチドまたは内部標準ペプチドの存在量がより一層微量である場合でも、不要成分を確実に除去して、正確な検量線を作成することができる観点から、第1の態様が好ましい。
【0099】
4.第4の態様
第4の態様のAβ関連ペプチドの測定方法では、測定対象の測定時に、2回の免疫沈降法(アフィニティ精製)を実施しているが、例えば、1回の免疫沈降法でもよい。この場合、第4の態様の測定方法は、測定試料用意工程と、第1結合工程と、第1洗浄工程と、第2溶出工程と、検出工程と、濃度決定工程とを備える。各工程は、第2の態様と同様である。第4の態様も第2の態様と同様の作用効果を奏する。Aβ関連ペプチドまたは内部標準ペプチドの存在量がより一層微量である場合でも、不要成分を確実に除去して、精度よくこれらのペプチドを検出することができる観点から、第2の態様が好ましい。
【0100】
5.態様
上述した複数の例示的な実施形態は、以下の態様の具体例であることが当業者により理解される。
【0101】
(第1項)一態様に係る検量線の作成方法は、アミロイドβ関連ペプチドを定量するための検量線を作成する方法であって、
前記アミロイドβ関連ペプチドおよび界面活性剤を含有し、前記アミロイドβ関連ペプチドの濃度が異なる複数の標準液を用意する工程と、
前記複数の標準液のそれぞれに、内部標準ペプチドを含有する溶液を混合して、複数の検量線用溶液を得る工程と、
前記複数の検量線用溶液に対して免疫沈降法および質量分析法を実施して、前記複数の検量線用溶液ごとに、前記アミロイドβ関連ペプチドにおけるシグナル強度(A)と前記内部標準ペプチドにおけるシグナル強度(B)とを得る工程と、
前記複数の検量線用溶液ごとに、前記シグナル強度(A)を前記シグナル強度(B)で標準化して、複数の標準化強度を得る工程と、
前記複数の標準化強度と、これらに対応する前記アミロイドβ関連ペプチドの濃度とに基づいて、検量線の回帰式を算出する工程と
を備えていてもよい。
【0102】
(第2項)第1項に記載の作成方法において、前記界面活性剤が、非イオン性界面活性剤であってもよい。
【0103】
(第3項)第1項または第2項に記載の作成方法において、前記アミロイドβ関連ペプチドが、Aβ1-40、Aβ1-42およびAPP669-711からなる群から選択される少なくとも一種であってもよい。
【0104】
(第4項)第1~3項のいずれか一項に記載の作成方法において、前記免疫沈降法および質量分析法は、
前記検量線用溶液を第1担体に接触させて、前記アミロイドβ関連ペプチドが前記第1担体に結合した第1結合体を得る第1結合工程と、
前記第1結合体を洗浄する第1洗浄工程と、
前記第1結合体を第1酸性溶液に接触させて、前記アミロイドβ関連ペプチドが前記第1酸性溶液に溶出した第1溶出液を得る第1溶出工程と、
前記第1溶出液を中性緩衝液と混合して、精製溶液を得る中性化工程と、
前記精製溶液を第2担体に接触させて、前記アミロイドβ関連ペプチドが前記第2担体に結合した第2結合体を得る第2結合工程と、
前記第2結合体を洗浄する第2洗浄工程と、
前記第2結合体を第2酸性溶液に接触させて、前記アミロイドβ関連ペプチドが前記第2酸性溶液に溶出した第2溶出液を得る第2溶出工程と、
前記第2溶出液中の前記アミロイドβ関連ペプチドを質量分析法にて検出する検出工程と
を備えていてもよい。
【0105】
(第5項)一実施態様に係るアミロイドβ関連ペプチドの測定方法は、第1~4項のいずれか一項に記載の作成方法により得られた検量線を用いて、測定試料中のアミロイドβ関連ペプチドを定量してもよい。
【実施例】
【0106】
次に実施例および比較例を挙げて本発明を詳細に説明するが、本発明の範囲はこれらによって限定されない。
【0107】
実施例1(検量線の作成)
[標準液用意工程]
Aβ関連ペプチドとしてAβ1-40、Aβ1-42およびAPP669-711の合成ペプチド(ペプチド研究所製)をそれぞれ0.1%アンモニア水に溶解して、Aβ1-40原液(1000μM)、Aβ1-42原液(1000μM)、および、APP669-711原液(200μM)をそれぞれ調製した。ペプチド希釈液として界面活性剤含有緩衝液(10mg/mL BSA、0.1%(w/v)NTM、0.1%(w/v)DDM、150mM NaCl、50mM Tris-HCl液:pH7.4)を用いて、各合成ペプチド原液を希釈して、10μM Aβ1-40溶液、10μM Aβ1-42溶液、および、2μM APP669-711溶液をそれぞれ調製した。
【0108】
次いで、ペプチド希釈液(上記と同一)9840μLに、10μM Aβ1-40溶液100μL、10μM Aβ1-42溶液10μL、および、2μM APP669-711溶液50μLを混合して、Aβ1-40、Aβ1-42およびAPP669-711を含有する混合溶液(CS100000)を調製した。さらに、ペプチド希釈液(上記と同一)をCS100000に添加して、Aβ1-40、Aβ1-42およびAPP669-711が表2に記載の濃度になるように、CS100000を希釈した。これにより、各濃度を有する標準液を調製した。
【0109】
なお、界面活性剤の略称は、下記に示す。
DDM :n-Dodecyl-β-D-maltoside
NTM :n-Nonyl-β-D-thiomaltoside
【0110】
【0111】
[検量線用溶液調製工程]
内部標準ペプチドとして安定同位体標識されたAβ1-38(SIL-Aβ1-38)を、界面活性剤含有緩衝液(0.2%(w/v)DDM、0.2%(w/v)NTM、800mM GlcNAc、100mM Tris-HCl、300mM NaCl:pH7.4)に、11pMとなるように混合した。これにより、内部標準含有溶液を調製した。
【0112】
各標準液(CS15、CS30、CS50、CS70、CS100、CS120、CS150)250μLのそれぞれに、内部標準含有溶液250μLを混合させた後、氷上で5~60分静置させた。これにより、7種の検量線用溶液を調製した。
【0113】
[免疫沈降-質量分析工程]
(第1結合工程、第1洗浄工程、第1溶出工程)
アミロイドβタンパク質(Aβ)の3-8残基をエピトープとする抗Aβ抗体(IgG)のクローン6E10(Covance社)を用意した。抗Aβ抗体(IgG)500μgに対して磁性ビーズ(Dynabeads M-270 Epoxy)24.75mgを、固定化緩衝液(1.3M硫酸アンモニウムを含有する0.1Mリン酸緩衝液:pH7.4)中で37℃、16~24時間反応させることにより、抗体ビーズを作製した。
【0114】
各検量線用溶液を抗体ビーズと混合し、4℃、1時間振盪させた。その後、抗体ビーズを洗浄緩衝液(0.1%(w/v)DDM、0.1%(w/v)NTM、50mM Tris-HCl、150mM NaCl:pH7.4)100μLで1回洗浄し、50mM酢酸アンモニウム緩衝液50μLで1回洗浄した。その後、抗体ビーズを、第1酸性溶液(0.1%(w/v)DDMを含有する50mMグリシン緩衝液:pH2.8)に接触させて、Aβ関連ペプチドおよび内部標準ペプチドを第1酸性溶液に溶出させた。これにより、Aβ関連ペプチドおよび内部標準ペプチドを含む第1溶出液を得た。
【0115】
(中性化工程)
第1溶出液を中性緩衝液(0.2%(w/v)DDM、800mM GlcNAc、300mM Tris-HCl、300mM NaCl:pH7.4)と混合して、精製溶液を得た。
【0116】
(第2結合工程、第2洗浄工程、第2溶出工程)
精製溶液を抗体ビーズと混合し、4℃で1時間振盪させた。その後、抗体ビーズを、第2洗浄緩衝液(0.1%(w/v)DDM、50mM Tris-HCl、150mM NaCl:pH7.4)50μLで2回洗浄し、50mM酢酸アンモニウム緩衝液50μLで1回洗浄し、さらに水30μLで1回洗浄した。その後、抗体ビーズを、第2溶出液(5mM HCl、0.1mMメチオニン、70%(v/v)アセトニトリル水溶液)に接触させて、Aβ関連ペプチドおよび内部標準ペプチドを第2溶出液に溶出させた。これにより、Aβ関連ペプチドおよび内部標準ペプチドを含む第2溶出液を得た。
【0117】
(分析工程)
質量分析装置として、MALDI-TOF MS装置(島津製作所製)を用いた。Linear TOF用のマトリックスとしてα-シアノ-4-ヒドロキシ桂皮酸(CHCA)を用い、マトリックス添加剤としてメチレンジホスホン酸(MDPNA)を用い、溶媒としてアセトニトリルを用いて、0.5mg/mL CHCA/0.2%(w/v)MDPNAマトリックス溶液を調製した。MALDIプレート(μFocus MALDI plate 900μm(Hudson Surface Technology,Inc.,Fort Lee,NJ))の4wellに、マトリックス溶液を0.5μLずつ滴下し、乾固させた。これらの4wellに、第2溶出液を滴下して、配置した。
【0118】
次いで、MALDI-TOF MSを作動させて、Aβ関連ペプチドおよび内部標準ペプチドを検出した。設定条件としては、マススペクトルデータはAXIMA Performance (Shimadzu/KRATOS, Manchester,UK)を用いて、ポジティブイオンモードのLinear TOFで取得した。1wellに対して400スポット、16000ショットずつ積算した。Linear TOFのm/z値はピークのアベレージマスで表示した。m/z値は外部標準としてhuman angiotensin IIおよびhuman ACTH fragment 18-39を用いてキャリブレーションした。
【0119】
[シグナル標準化工程]
各マススペクトルにおいて、Aβ関連ペプチドのシグナル強度を内部標準ペプチド(SIL-Aβ1-38)のシグナル強度で除することにより、Aβ関連ペプチドのシグナル強度を標準化して、標準化強度(Normalized intensity)を得た。このとき、4wellのマススペクトルの標準化強度の平均値を求めた。結果を表3~表5に示す。
【0120】
[算出工程]
エクセル(登録商標)を用いて、標準液の各ペプチド濃度の値および標準化強度の値をプロットし、このプロットから回帰式を算出して、検量線を作成した。検量線の作成では、最小二乗法による直線回帰式、または、二次曲線を用いた。最小二乗法による直線回帰式について、重み付けとして、「無し」、「1/x」および「1/x
2」のそれぞれを設定した。結果を表3~表5および
図1~
図6に示す。
【0121】
【0122】
【0123】
【0124】
2.検量線の評価
各回帰線について、逆回帰値、精度および真度を求めた。真度においては、最小濃度(Aβ1-40では15pM、Aβ1-42およびAPP669-711では1.5pM)で100±25%以内、その他の濃度で100±20%以内を適合とした。精度(CV)においては、最小濃度で25%以下、その他の濃度で20%以下を適合とした。また、7点のうち、少なくとも連続した6点が上記許容範囲に適合することとした。適合した範囲を絶対定量法の有効範囲とした。
【0125】
Aβ1-40:表3から分かるように、直線回帰式の重み付け無し(
図1)、1/x、1/x
2、および、二次曲線の回帰式(
図2)において、15~150pMの範囲における7点全ての精度および真度が適合していた。
【0126】
Aβ1-42:表4から分かるように、直線回帰式の1/x、1/x
2、および、二次曲線の回帰式(
図4)において、1.5~15pMの範囲における7点全ての精度および真度が、適合していた。一方、直線回帰式の重み付け無し(
図3)では、1.5pMのみ真度が125%以上であったため、3~15pMの範囲における6点の精度および真度が適合していた。
【0127】
APP669-711:表5からわかるように、直線回帰式の1/x、1/x
2、および、二次曲線の回帰式(
図6)において、1.5~15pMの範囲における7点全ての精度および真度が、適合していた。一方、直線回帰式の重み付け無し(
図5)では1.5 pMのみ真度が125%以上であったため、3~15pMの範囲における6点の精度および真度が適合していた。
【0128】
Aβ1-40、Aβ1-42およびAPP669-711は、これら適合範囲において、検量線の回帰式を使用して測定試料の濃度を計算することができることが分かった。
【0129】
3.ペプチド吸着実験
[作製例1]
内部標準ペプチドとしてSIL-Aβ1-38を1μMの濃度となるように、緩衝液(1mg/mL BSA、150mM NaCl、40mM Tris-HCl)に混合させた。このペプチド溶液を、新しい0.5mL用チューブに移し替える操作を2回実施した。
【0130】
次いで、このペプチド溶液を、ペプチド濃度が100分の1(すなわち、10pM相当)の濃度となるように、緩衝液(0.2%(w/v)DDM、0.2%(w/v)NTM、800mM GlcNAc、100mM Tris-HCl、300mM NaCl:pH7.4)で希釈した。この希釈液250μLを、ヒト血漿(Lot:R294375)250μmと混合させた後、氷上で5~60分静置させた。
【0131】
得られたヒト血漿混合液を、検量線用溶液の代わりに用いた以外は、上記[免疫沈降-質量分析法]と同様の方法を実施した。これにより、SIL-Aβ1-38のシグナル強度、および、ヒト血漿中に含まれていたAβ1-40のシグナル強度を得た。
【0132】
[作製例2]
DDMを、その濃度が0.1%(w/v)となるよう、緩衝液(1mg/mL BSA、150mM NaCl、40mM Tris-HCl)に添加して、界面活性剤含有緩衝液を調製した。この界面活性剤含有緩衝液を用いた以外は、作製例1と同様に実施した。
【0133】
[作製例3]
Tween-20(ポリオキシエチレンソルビタンモノラウラート)を、濃度が0.05%(w/v)となるように、緩衝液(1mg/mL BSA、150mM NaCl、40mM Tris-HCl)に添加して、界面活性剤含有緩衝液を調製した。この界面活性剤含有緩衝液を用いた以外は、作製例1と同様に実施した。
【0134】
[ペプチドの吸着評価結果]
本吸着実験では、全ての条件で同じLot(R294375)のヒト血漿を使用しており、そのヒト血漿に含まれるAβ1-40の濃度は同じである。そのため、各作製例において、SIL-Aβ1-38のシグナル強度を、Aβ1-40のシグナル強度で除することにより、SIL-Aβ1-38のシグナル強度を標準化した値を算出した。これらの値を
図7に示す。
【0135】
また、各作製例において、ペプチド溶液を新しいチューブに移し替える操作を実施しない場合も同様に実施した。このときの標準化した値も
図7に示す。
【0136】
図7から分かるように、作製例1(界面活性剤無し)では、移し替え操作有りの値が、移し替え操作無しの値の55%に低下していた。一方、作製例2(DDM含有)および作製3(Tween-20含有)では、移し替え操作有りの値が、移し替え操作無しの値の94-95%であり、両者の値にほぼ変化が無かった。移し替え操作無しの標準化SIL-Aβ1-38シグナルに関しても、作製例2および作製例3は、作製例1と比較して、高い値を示していた。この結果から、作製例2および作製例3は、ペプチド(標準化SIL-Aβ1-38)のシグナル強度の低下、すなわち、ペプチドの測定ロスを抑制できることが確認できた。なお、作製例1におけるシグナルの低下は、ペプチドの疎水的相互作用によるチューブ壁面への吸着が原因であり、界面活性剤の含有によって吸着を抑制できていると推察される。
【配列表】