(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-30
(45)【発行日】2024-10-08
(54)【発明の名称】酸化スケールの除去方法及びステンレス鋼材の製造方法
(51)【国際特許分類】
B23K 26/36 20140101AFI20241001BHJP
B23K 26/00 20140101ALI20241001BHJP
B21B 45/06 20060101ALI20241001BHJP
B21B 3/02 20060101ALI20241001BHJP
【FI】
B23K26/36
B23K26/00 N
B21B45/06 Z
B21B3/02
(21)【出願番号】P 2021005995
(22)【出願日】2021-01-18
【審査請求日】2023-09-28
(73)【特許権者】
【識別番号】503378420
【氏名又は名称】日鉄ステンレス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000523
【氏名又は名称】アクシス国際弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】森田 一成
(72)【発明者】
【氏名】河野 明訓
【審査官】松田 長親
(56)【参考文献】
【文献】特開平04-182020(JP,A)
【文献】特開平07-171689(JP,A)
【文献】特開平11-269683(JP,A)
【文献】特開2014-221480(JP,A)
【文献】特開昭61-079714(JP,A)
【文献】特開昭59-089476(JP,A)
【文献】特表2020-513323(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 26/00-26/70
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
熱間圧延後又は冷間圧延後のステンレス鋼材の表面に形成された酸化スケールをパルスレーザ光の照射によって除去する酸化スケールの除去方法であって、
X方向に前記パルスレーザ光を往復走査しながら照射するとともに、前記X方向に垂直なY方向に前記ステンレス鋼材を移動させる照射工程と、
前記照射工程後に、酸洗処理を行う酸洗処理工程と
を含み、
前記パルスレーザ光のパルス幅が10~1000nsであり、
前記往復走査の折り返し部及びその近傍における前記パルスレーザ光のフルエンスを、前記往復走査の主走査部における前記パルスレーザ光のフルエンスよりも小さく
し、
前記照射工程は、前記ステンレス鋼材の表面のうちの部分Aにおいて前記パルスレーザ光の照射を行う第1照射工程と、前記第1照射工程後に前記ステンレス鋼材の表面のうちの部分Bにおいて前記パルスレーザ光の照射を行う第2照射工程とを含み、
前記部分Aと前記部分Bとの間のX方向における前記パルスレーザ光の照射領域の重なりが、前記部分A及び前記部分BのそれぞれにおけるX方向の走査幅の1~50%である、酸化スケールの除去方法。
【請求項2】
前記折り返し部及びその近傍は、X方向の走査幅の1%以下の領域である、請求項1に記載の酸化スケールの除去方法。
【請求項3】
前記主走査部における前記パルスレーザ光は、フルエンスをF[J/cm
2]、パルス幅をτ[ns]とした場合に、以下の式(1)を満たす、請求項1又は2に記載の酸化スケールの除去方法。
1×(τ/100)
1/2≦F≦15×(τ/100)
1/2 ・・・(1)
【請求項4】
前記折り返し部及びその近傍における前記パルスレーザ光のフルエンスは、前記主走査部における前記パルスレーザ光のフルエンスの20~90%である、請求項1~3のいずれか一項に記載の酸化スケールの除去方法。
【請求項5】
前記ステンレス鋼材は
、ステンレス鋼板である、請求項1~4のいずれか一項に記載の酸化スケールの除去方法。
【請求項6】
請求項1~
5のいずれか一項に記載の酸化スケールの除去方法を含む、ステンレス鋼材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酸化スケールの除去方法及びステンレス鋼材の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ステンレス鋼材は、耐食性などの各種特性に優れるため、自動車用部品、建築用部品、厨房用器具などの広範な用途に用いられている。
ステンレス鋼材は、その製造工程において表面に酸化スケールが形成されることがあるため、酸洗によって酸化スケールを除去することが行われている。例えば、一般的なステンレス鋼板は、次のような工程によって製造される。ステンレス鋼の原料を溶解した溶鋼を連続鋳造してスラブとし、スラブを熱間圧延することによって熱延板(厚板材)が得られる。また、熱延板を冷間圧延することによって冷延板(薄板材)が得られる。なお、熱延板及び冷延板は、必要に応じてコイル状に巻き取られる。また、熱延板及び冷延板は、必要に応じて焼鈍が行われる。このようなステンレス鋼板の製造において、熱間圧延後の熱延板及び冷間圧延後の冷延板には酸化スケールが形成されるため、酸洗によって酸化スケールを除去することが行われる。
ここで、本明細書において「ステンレス鋼板」とは熱延板及び冷延板の両方を含む概念である。また、以下、ステンレス鋼材の表面に形成された酸化スケールを除去することを「デスケール」と称することがある。
【0003】
しかしながら、酸洗によっては酸化スケールを十分に除去できないことがある。それ故、酸洗時間を長くしたり、スケールブレーカーやショットブラストなどによる機械的な前処理を施して酸化スケールにクラックを入れた後に酸洗したりすることが行われている。したがって、酸化スケールの除去に時間がかかり過ぎてしまい、ステンレス鋼材の生産効率が低下する要因となっていた。
【0004】
そこで、ステンレス鋼材の表面の酸化スケールを効率的に除去すべく、種々の方法が研究及び実施されている。例えば、特許文献1には、ステンレス鋼板を焼鈍した際に生成されたスケール層に対してレーザ光を照射することにより、スケール層を除去する方法が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
レーザ光を用いた酸化スケールの除去方法をステンレス鋼材の製造方法に実際に適用する場合、ステンレス鋼材の幅方向の途中でレーザヘッドの移動を折り返すことによってレーザ光を往復走査しながら照射するとともに、ステンレス鋼材の長さ方向にステンレス鋼材を移動させる必要がある。このとき、ステンレス鋼材の幅方向には、レーザ光の往復走査時に往路走査のレーザ光と復路走査のレーザ光とが重なる折り返し部及びその近傍と、レーザ光が重ならない定常的な主走査部とが存在することとなる。したがって、レーザ光の往復走査では、主走査部に比べて折り返し部及びその近傍の入熱量が増大するため、折り返し部及びその近傍においてステンレス鋼材が溶融して過大な凹凸部が形成され易い。この過大な凹凸部は、表面疵の原因となる。例えば、熱間圧延後にレーザ光を用いた酸化スケールの除去を行い、その後工程で冷間圧延などを行う場合には、過大な凹凸部が冷間圧延時に潰れて表面疵が形成されるため、ステンレス鋼材の外観が著しく低下するとともに、圧延油などが過大な凹凸部に入り込んで残存し、耐食性が低下する恐れもある。
【0007】
本発明は、上記のような問題を解決するためになされたものであり、レーザ光の往復走査における折り返し部及びその近傍の入熱量の増大による過大な凹凸部の形成を抑制することが可能な酸化スケールの除去方法を提供することを目的とする。
また、本発明は、生産効率が高く、外観が良好なステンレス鋼材の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、鋭意研究を行った結果、レーザ光としてパルスレーザ光を用い、往復走査の折り返し部及びその近傍におけるパルスレーザ光のフルエンスを、往復走査の主走査部におけるパルスレーザ光のフルエンスよりも小さく制御することにより、上記のような問題を解決し得ることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち、本発明は、熱間圧延後又は冷間圧延後のステンレス鋼材の表面に形成された酸化スケールをパルスレーザ光の照射によって除去する酸化スケールの除去方法であって、
X方向に前記パルスレーザ光を往復走査しながら照射するとともに、前記X方向に垂直なY方向に前記ステンレス鋼材を移動させる照射工程と、
前記照射工程後に、酸洗処理を行う酸洗処理工程と
を含み、
前記パルスレーザ光のパルス幅が10~1000nsであり、
前記往復走査の折り返し部及びその近傍における前記パルスレーザ光のフルエンスを、前記往復走査の主走査部における前記パルスレーザ光のフルエンスよりも小さくし、
前記照射工程は、前記ステンレス鋼材の表面のうちの部分Aにおいて前記パルスレーザ光の照射を行う第1照射工程と、前記第1照射工程後に前記ステンレス鋼材の表面のうちの部分Bにおいて前記パルスレーザ光の照射を行う第2照射工程とを含み、
前記部分Aと前記部分Bとの間のX方向における前記パルスレーザ光の照射領域の重なりが、前記部分A及び前記部分BのそれぞれにおけるX方向の走査幅の1~50%である、酸化スケールの除去方法である。
【0010】
また、本発明は、前記酸化スケールの除去方法を含む、ステンレス鋼材の製造方法である。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、レーザ光の往復走査における折り返し部及びその近傍の入熱量の増大による過大な凹凸部の形成を抑制することが可能な酸化スケールの除去方法を提供することができる。
また、本発明によれば、生産効率が高く、外観が良好なステンレス鋼材の製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】ステンレス鋼板の製造方法の一例を示すフロー図である。
【
図2】パルスレーザ光の照射によるデスケールに用いられるレーザ光照射装置の概略図である。
【
図3】ステンレス鋼板の表面を往復走査するパルスレーザ光の中心部の軌跡を示す概略図である。
【
図4】表面疵が形成されたステンレス鋼板の表面の光学顕微鏡写真である。
【
図5】ステンレス鋼板の表面を往復走査するパルスレーザ光の中心部の軌跡を示す概略図である。
【
図6】実施例における光学顕微鏡写真及び断面曲線の結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の実施形態について具体的に説明する。本発明は以下の実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で、当業者の通常の知識に基づいて、以下の実施形態に対し変更、改良などが適宜加えられたものも本発明の範囲に入ることが理解されるべきである。
なお、本明細書において成分に関する「%」表示は、特に断らない限り「質量%」を意味する。
【0014】
本発明の実施形態に係る酸化スケールの除去方法は、ステンレス鋼材の表面に形成された酸化スケールをパルスレーザ光の照射によって除去することにより行われる。また、本発明の実施形態に係るステンレス鋼材の製造方法は、この酸化スケールの除去方法を含む。
ステンレス鋼材としては、特に限定されないが、好ましくはステンレス鋼板である。なお、本明細書において「鋼板」とは、鋼帯を含む概念である。また、ステンレス鋼板は、熱間圧延後の熱延板や冷間圧延後の冷延板であってよいし、それらを焼鈍した後の焼鈍板であってもよい。
ここで、ステンレス鋼材の製造方法としてステンレス鋼板の製造方法を例に挙げ、
図1のフロー図を用いて説明する。
【0015】
(ステンレス鋼板の製造方法)
図1は、ステンレス鋼板が熱延焼鈍板である場合の製造方法を示す例である。この製造方法は、
図1に示すように、製鋼工程(S1)、連続鋳造工程(S2)、熱間圧延工程(S3)、連続焼鈍工程(S4)及び酸化スケール除去工程(S5)を含む。
ステンレス鋼板の材料となるステンレス鋼の鋼種については特に限定されない。例えば、Siを2.5~5.0%、Crを18~20%、Niを12~20%含む難酸洗鋼、及びSUS304、SUS430、SUS316などの汎用鋼種をはじめ、種々のステンレス鋼を材料として用いることができる。
【0016】
まず、製鋼工程(S1)では、Fe、Cr、Niなどを主成分とするスクラップを電気炉で溶解した後、精錬炉で成分調整して溶鋼を生成する。
次に、連続鋳造工程(S2)では、精錬炉で生成された溶鋼を取鍋に取り出した後、取鍋から鋳型に連続的に流し込んで冷却する。そして、冷えて固まったステンレス鋼を所定の長さに切り分けて複数のスラブを生成する。
【0017】
次に、熱間圧延工程(S3)では、連続鋳造工程(S2)で生成されたスラブを所定温度まで加熱し、所定温度に達した状態のスラブを熱間圧延機で熱間圧延する。具体的には、スラブに対して粗圧延及び仕上げ圧延を何段階も施すことにより、スラブを所定の板厚になるまで熱間圧延して熱延板を生成する。
【0018】
次に、連続焼鈍工程(S4)では、熱間圧延工程(S3)で生成された熱延板を焼鈍炉で連続焼鈍して熱延焼鈍板を生成する。熱延板を連続焼鈍することにより、硬化して延性が低下している熱延板を軟化させて、熱延板の延性を回復させる。
次に、酸化スケール除去工程(S5)では、熱延焼鈍板の表面に形成された酸化スケールに対してパルスレーザ光を照射してデスケールを行う(以下、「レーザデスケール」という)。このレーザデスケールは、レーザアブレーションを利用した技術である。レーザアブレーションは、レーザ光の照射によって照射対象の物質を蒸散させることができる。また、酸化スケール除去工程(S5)では、レーザデスケールの後に、必要に応じて酸洗処理によるデスケールを行ってもよい。
【0019】
なお、上記の製造方法はあくまで一例であり、上記した各工程の内容及び順序、並びに使用設備などに限定されない。また、ステンレス鋼板が冷延焼鈍板である場合には、連続焼鈍工程(S4)と酸化スケール除去工程(S5)との間に冷間圧延工程及び連続焼鈍工程を行ってもよいし、酸化スケール除去工程(S5)の後に冷間圧延工程及び連続焼鈍工程を順次行い、その後更に酸化スケール除去工程(S5)を行ってもよい。
【0020】
次に、酸化スケール除去工程(S5)の詳細について説明する。
レーザデスケールは、X方向にパルスレーザ光を往復走査しながら照射するとともに、X方向に垂直なY方向にステンレス鋼板を移動させる照射工程を含む。この照射工程は、
図2に示すようなレーザ光照射装置10を用いて行うことができる。レーザ光照射装置10は、レーザ発振器11、レーザヘッド12、駆動部(不図示)及び制御部(不図示)を備えている。このレーザ光照射装置10では、レーザ発振器11からパルス発振されたパルスレーザ光13をレーザヘッド12からX方向(
図2では、ステンレス鋼板1の幅方向)に往復走査しながら照射するとともに、X方向に垂直なY方向(
図2ではステンレス鋼板1の搬送方向)にステンレス鋼板1を移動させる。このような照射工程により、酸化スケールにパルスレーザ光13を連続的に照射することができるため、酸化スケールを効率的に蒸散させることができる。
【0021】
レーザ発振器11は、レーザ光をパルス発振可能なものであれば、その種類は特に限定されない。レーザ発振器11は、デスケールの時間短縮の観点から、単位面積当りのレーザ出力が大きい固体レーザであることが好ましい。
レーザヘッド12は、レーザ発振器11からパルス発振されたパルスレーザ光13を集光し、ステンレス鋼板1の表面に形成された酸化スケールに照射する。
【0022】
駆動部は、レーザヘッド12と接続されており、レーザヘッド12を駆動してパルスレーザ光13の照射位置を移動させる。制御部は、レーザ発振器11及びレーザヘッド12と接続されており、パルスレーザ光13の照射条件を制御する。パルスレーザ光13の照射条件としては、例えば、フルエンス、パルス幅、発振周期、レーザ出力、照射速度、照射幅及びビーム径が挙げられる。
【0023】
パルスレーザ光13の発振周期は、特に限定されないが、60~120kHzであることが好ましい。このような範囲内にパルスレーザ光13の発振周期を制御することにより、ステンレス鋼板1の表面に形成された酸化スケールに対してフルエンスが好適化されたパルスレーザ光13を照射することができる。パルスレーザ光13の発振周期が60kHzより小さいと、ステンレス鋼板1への単位時間当りの照射回数が減少し過ぎてしまう。そのため、デスケールを行うのに十分なフルエンスを有するパルスレーザ光13を照射できないおそれがある。また、パルスレーザ光13の発振周期が120kHzより大きいと、パルスレーザ光13の1パルス当りのフルエンスが小さくなる。そのため、デスケールを行うのに十分なフルエンスを有するパルスレーザ光13を照射できないおそれがある。
【0024】
ここで、ステンレス鋼板1の表面を往復走査するパルスレーザ光13の中心部の軌跡を示す概略図を
図3に示す。X方向(例えば、ステンレス鋼板1の幅方向)にパルスレーザ光13を往復走査しながら照射するとともに、X方向に垂直なY方向(例えば、ステンレス鋼板1の搬送方向)にステンレス鋼板1を移動させると、パルスレーザ光13の中心部が
図3に示すような軌跡15を辿る。
パルスレーザ光13のエネルギーは、主走査部20に比べて折り返し部21及びその近傍22で集中するため、当該部分の入熱量が増大する。そのため、主走査部20においてデスケールに必要とされるパルスレーザ光13のフルエンスを維持した状態で、折り返し部21及びその近傍22でも同様にパルスレーザ光13を照射すると、ステンレス鋼板1の表面が溶融して過大な凹凸部が形成されてしまう。この過大な凹凸部は、表面疵の原因となる。例えば、熱間圧延後にレーザ光を用いた酸化スケールの除去を行い、その後工程で冷間圧延などを行う場合には、過大な凹凸部が冷間圧延時に潰れて表面疵が形成される。表面疵が形成されたステンレス鋼板1の表面の光学顕微鏡写真を
図4に示す。
図4において、(a)は光学顕微鏡写真であり、(b)は(a)の四角形の枠内の拡大写真である。このように表面疵が形成されると、ステンレス鋼板1の外観が著しく低下するとともに、圧延油などが過大な凹凸部に入り込んで残存し、耐食性が低下する恐れもある。
表面疵の原因となる過大な凹凸部は、算術平均高さRaが5.0μm超過、最大高さRzが20.0μm超過である。なお、本明細書において算術平均高さRa及び最大高さRzは、JIS B0601:2013に準拠して測定されたものを意味する。
【0025】
そこで、本発明の実施形態に係る酸化スケールの除去方法では、往復走査の折り返し部21及びその近傍22におけるパルスレーザ光13のフルエンスを、往復走査の主走査部20におけるパルスレーザ光13のフルエンスよりも小さくする。このように制御することにより、パルスレーザ光13のエネルギーが集中し易い折り返し部21及びその近傍22において入熱量が過剰に増大することを抑制することができる。その結果、折り返し部21及びその近傍22において、デスケールの効果を維持しつつ過大な凹凸部の形成を抑制することが可能となる。
【0026】
レーザデスケールを行った後の折り返し部21及びその近傍22の表面は、算術平均高さRaが5.0μm以下、最大高さRzが20.0μm以下であることが好ましい。このような表面粗さに制御することにより、後工程で冷間圧延などを行っても表面疵となり難い。
【0027】
パルスレーザ光13のフルエンスを制御する方法としては、特に限定されず、当該技術分野において公知の方法を用いることができる。例えば、レーザ発振器11を電子的に制御することによってフルエンスを調整することができる。また、レーザヘッド12の先端にFθレンズを配置することでパルス幅を制御することによってフルエンスを調整してもよい。
また、往復走査の折り返し部21及びその近傍22におけるパルスレーザ光13のフルエンスは、所定の値まで徐々に小さくするように制御してもよいし、所定の値に急激に小さくするように制御してもよい。
【0028】
折り返し部21及びその近傍22の領域は、パルス幅に応じて適宜設定すればよいが、走査幅の各両端からX方向の走査幅の1%以下の領域であることが好ましく、0.5~1%の領域であることがより好ましい。例えば、ステンレス鋼板1の幅方向(X方向)の走査幅が200mmである場合、折り返し部21及びその近傍22の領域は、走査幅の各両端から1~2mmの領域とすることができる。このような範囲の領域であれば、折り返し部21及びその近傍22において入熱量が過剰に増大することを安定して抑制することができる。
【0029】
主走査部20におけるパルスレーザ光13のフルエンスは、特に限定されないが、パルス幅に応じて適切な範囲を決定することが好ましい。具体的には、主走査部20におけるパルスレーザ光13のフルエンスをF[J/cm2]、パルス幅をτ[ns]とした場合に、以下の式(1)を満たすことが好ましい。
1×(τ/100)1/2≦F≦15×(τ/100)1/2 ・・・(1)
主走査部20におけるパルスレーザ光13のフルエンスを式(1)の範囲とすることにより、デスケールの効果を確保することができる。式(1)の下限値は、好ましくは2×(τ/100)1/2、より好ましくは3×(τ/100)1/2である。また、式(1)の上限値は、好ましくは13×(τ/100)1/2、より好ましくは10×(τ/100)1/2である。
例えば、パルス幅が100nsの場合、主走査部20におけるパルスレーザ光13のフルエンスは、好ましくは1~15J/cm2、より好ましくは2~13J/cm2、更に好ましくは3~10J/cm2である。なお、パルス幅は10~1000nsの範囲で設定可能である。パルス幅は、好ましくは30~500ns、より好ましくは50~300nsの範囲で設定するのがよい。
【0030】
パルス幅は、パルスレーザ光13が照射対象に熱作用する1パルス当りの時間である。フルエンスは、パルスレーザ光13における単位面積当りのエネルギー密度である。本明細書においてフルエンスは、パルスレーザ光13の1パルス当りのエネルギーをパルスレーザ光13の照射面積で除した値となる。したがって、他の条件が同じであれば、パルスレーザ光13のパルス幅が長くなるほどパルスレーザ光13のフルエンスが大きくなる。
【0031】
折り返し部21及びその近傍22におけるパルスレーザ光13のフルエンスは、主走査部20におけるパルスレーザ光13のフルエンスよりも小さければ特に限定されないが、主走査部20におけるパルスレーザ光13のフルエンスの好ましくは20~90%、より好ましくは20~60%である。このような範囲に制御することにより、折り返し部21及びその近傍22において入熱量が過剰に増大することを安定して抑制することができる。
【0032】
折り返し部21及びその近傍22におけるパルスレーザ光13のフルエンスFm[J/cm2]は、主走査部20におけるパルスレーザ光13のフルエンスよりも小さいという条件下で、式(2)で表すことができる。
0.5×(τ/100)1/2≦Fm≦10×(τ/100)1/2 ・・・(2)
式中、τはパルス幅[ns]である。
フルエンスFmを10×(τ/100)1/2以下とすることにより、表面疵が発生したとしても、酸洗などによって除去することが可能になる。また、フルエンスFmを0.5×(τ/100)1/2以上とすることにより、デスケールの効果を十分に得ることができる。
式(2)の下限値は、好ましくは1×(τ/100)1/2、より好ましくは2×(τ/100)1/2である。また、式(2)の上限値は、好ましくは8×(τ/100)1/2、より好ましくは7×(τ/100)1/2である。
例えば、パルス幅が100nsの場合、折り返し部21及びその近傍22におけるパルスレーザ光13のフルエンスは、好ましくは0.5~10J/cm2、より好ましくは1~8J/cm2、更に好ましくは2~7J/cm2である。
【0033】
パルスレーザ光13の往復走査幅がステンレス鋼板1のX方向(例えば、幅方向)の長さよりも小さい場合、X方向の領域を複数に分け、当該複数の領域のそれぞれでパルスレーザ光13の往復走査を繰り返し行うことが好ましい。
ここで、一例として、X方向の領域を2つに分け、2つの領域のそれぞれでパルスレーザ光13の往復走査を繰り返し行う場合のパルスレーザ光13の中心部の軌跡を示す概略図を
図5に示す。
図5に示すように、パルスレーザ光13の照射工程は、ステンレス鋼板1の表面のうちの部分Aにおいてパルスレーザ光13の照射を行う第1照射工程と、第1照射工程後にステンレス鋼板1の表面のうちの部分Bにおいてパルスレーザ光13の照射を行う第2照射工程とを含む。第1照射工程ではパルスレーザ光13の中心部が軌跡16を辿り、第2照射工程ではパルスレーザ光13の中心部が軌跡17を辿る。このとき、部分Aと部分Bとの間のX方向におけるパルスレーザ光13の照射領域の重なりDが、部分A及び部分BのそれぞれにおけるX方向の走査幅の1~50%であることが好ましく、2~30%であることがより好ましい。照射領域の重なりDを1%以上とすることにより、デスケールの効果を高めることができる。また、照射領域の重なりDを50%以下とすることにより、パルスレーザ光13の往復走査幅がステンレス鋼板1のX方向(例えば、幅方向)の長さよりも小さい場合であっても、効率良くデスケールすることができる。
【0034】
照射工程(レーザデスケール)後には、必要に応じて酸洗処理を行う酸洗処理工程を更に含むことができる。酸洗処理工程を行うことにより、酸化スケールを安定して除去することができる。
酸洗処理の方法としては、特に限定されないが、ステンレス鋼板1を酸洗浴に浸漬すればよい。酸洗浴は、例えば、HNO3(硝酸)、H2SO4(硫酸)、FeCl3(塩化第二鉄液)、又はHNO3とHF(フッ化水素酸)との混合液を用いることができる。
【0035】
なお、酸洗処理工程の前処理として、照射工程と酸洗処理工程との間にステンレス鋼板1の表面に対して中性塩電解処理を行ってもよい。中性塩電解処理は、ステンレス鋼板1を、Na2SO4、K2SO4又はNaNO3などの中性塩を主成分とする中性塩水溶液中に浸漬すればよい。中性塩電解処理を行うことにより、照射工程を経た後のステンレス鋼板1が中性塩水溶液中で電解する。そのため、酸化スケールが、例えばCr系の酸化物のような組織が緻密で化学的に安定した酸化物であっても、中性塩電解処理後の酸洗処理によって確実に酸化スケールを除去することができる。
【0036】
また、冷間圧延を施した場合には、前処理として、例えば照射工程(S51)と酸洗処理工程との間に、ステンレス鋼板1の表面に対して溶融塩浸漬(ソルトバス)処理を行ってもよい。ソルトバス処理は、ステンレス鋼板1を、苛性ソーダ(NaOH)を主剤として400~500℃に保持した混合アルカリ溶融塩浴中に浸漬すればよい。
【0037】
なお、酸化スケール除去工程(S5)において、レーザ光照射工程を経た後のステンレス鋼板1の表面に対して酸洗処理を施すことは必須ではない。処理対象となるステンレス鋼板1の鋼種及びレーザ照射における各条件にもよるが、レーザ光照射工程だけで十分に酸化スケールを除去できる場合は、酸洗処理工程を省略してもよい。すなわち、酸化スケール除去工程(S5)では、少なくともレーザ光照射工程が行われていればよい。
また、上記ではステンレス鋼板1を例に挙げて具体的に説明したが、本発明の実施形態に係る酸化スケールの除去方法は、ステンレス鋼板1以外のステンレス鋼材にも適用可能であることに留意すべきである。
【実施例】
【0038】
以下に、実施例を挙げて本発明の内容を詳細に説明するが、本発明はこれらに限定して解釈されるものではない。
上記で説明した製鋼工程(S1)、連続鋳造工程(S2)、熱間圧延工程(S3)及び連続焼鈍工程(S4)を行うことにより、SUS316の鋼種の熱延焼鈍板(ステンレス鋼板)を作製した。
次に、熱延焼鈍板に対し、酸化スケール除去工程(S5)としてレーザデスケールを行った。レーザデスケールは、市販の装置(株式会社IHI検査計測社製LaserClear50A)を用いて行った。この装置の可動ステージに熱延焼鈍板を設置し、熱延焼鈍板の上方から板幅方向(X方向)に一定速度で往復走査しながらパルスレーザ光を照射するとともに、圧延方向(Y方向)に沿って0.5m/分で移動させた。往復走査幅は25mmとし、パルスレーザ光の照射条件は以下の通りとした。
【0039】
(照射条件A)
波長:1085nm
パルス幅:100ns
発振周期:120kHz
照射速度:100Hz
レーザのビーム径:90μm
フルエンス:6.55J/cm2
【0040】
(照射条件B)
波長:1085nm
パルス幅:100ns
発振周期:120kHz
照射速度:100Hz
レーザのビーム径:90μm
フルエンス:3.93J/cm2
【0041】
レーザデスケール後の熱延焼鈍板の表面について、光学顕微鏡を用いて観察を行った。その結果(150倍の光学顕微鏡写真)を
図6に示す。
観察した光学顕微鏡写真について、酸化スケールが残存している部分と酸化スケールが除去された部分とを、輝度の差を利用して二値化し、酸化スケールが除去された部分の面積を観察範囲の面積で除することにより、スケール除去率を算出した。その結果、照射条件Aでレーザデスケールを行った場合、折り返し部及びその近傍のスケール除去率が75%、主走査部のスケール除去率が72%であった。また、照射条件Bでレーザデスケールを行った場合、折り返し部及びその近傍のスケール除去率が55%、主走査部のスケール除去率が52%であった。なお、スケール除去率が50%以上であれば、酸洗などによって残りのスケールを容易に除去できることから、スケール除去の効果は良好であると判断することができる。
【0042】
また、光学顕微鏡写真における往復走査の主走査部(P1)及び折り返し部の近傍(P2)において断面曲線を測定し、算術平均高さRa及び最大高さRzを算出した。P1は端部から700μmの位置、P2は端部から100μmの位置とした。また、断面曲線の測定は、レーザ顕微鏡(オリンパス株式会社製OLS4100)を用いて行った。測定された断面曲線の結果を
図6に示す。
【0043】
図6に示されるように、照射条件A(
図6の上段)でレーザデスケールを行った場合、折り返し部及びその近傍に過大な凹凸部の形成が確認された。この過大な凹凸部は、算術平均高さRaが4.7μm、最大高さRzが30.0μmであった。したがって、この過大な凹凸部は、表面疵の原因となる。一方、主走査部では、過大な凹凸部は確認されず、算術平均高さRaが1.1μm、最大高さRzが7.4μmであった。
また、照射条件B(
図6の下段)でレーザデスケールを行った場合、折り返し部及びその近傍に小さな凹凸部が確認された。この小さな凹凸部は、算術平均高さRaが2.1μm、最大高さRzが14.9μmであった。したがって、この小さな凹凸部は、表面疵の原因とはなり難い。また、主走査部では、小さな凹凸部も確認されず、算術平均高さRaが0.9μm、最大高さRzが6.5μmであった。
したがって、パルスレーザ光を往復走査しながら照射する際に、主走査部におけるパルスレーザ光の照射を照射条件Aで行い、折り返し部及びその近傍におけるパルスレーザ光の照射を照射条件Bで行うことにより、折り返し部及びその近傍に過大な凹凸部を形成させることなく、デスケールを行うことができると推察される。
【0044】
以上の結果からわかるように、本発明によれば、レーザ光の往復走査における折り返し部及びその近傍の入熱量の増大による過大な凹凸部の形成を抑制することが可能な酸化スケールの除去方法を提供することができる。また、本発明によれば、生産効率が高く、外観が良好なステンレス鋼材の製造方法を提供することができる。
【符号の説明】
【0045】
1 ステンレス鋼板
10 レーザ光照射装置
11 レーザ発振器
12 レーザヘッド
13 パルスレーザ光
15,16,17 パルスレーザ光の中心部の軌跡
20 主走査部
21 折り返し部
22 折り返し部の近傍