(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-30
(45)【発行日】2024-10-08
(54)【発明の名称】ギガ級溶接部が得られる溶接用ワイヤ、これを用いて製造された溶接構造物及びその溶接方法
(51)【国際特許分類】
B23K 35/30 20060101AFI20241001BHJP
B23K 9/16 20060101ALI20241001BHJP
B23K 9/23 20060101ALI20241001BHJP
C22C 38/00 20060101ALN20241001BHJP
C22C 38/38 20060101ALN20241001BHJP
【FI】
B23K35/30 320A
B23K9/16 J
B23K9/16 Z
B23K9/23 K
C22C38/00 301T
C22C38/38
(21)【出願番号】P 2022552279
(86)(22)【出願日】2021-04-23
(86)【国際出願番号】 KR2021005162
(87)【国際公開番号】W WO2021221393
(87)【国際公開日】2021-11-04
【審査請求日】2022-08-29
(31)【優先権主張番号】10-2020-0051506
(32)【優先日】2020-04-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】KR
(31)【優先権主張番号】10-2021-0045896
(32)【優先日】2021-04-08
(33)【優先権主張国・地域又は機関】KR
(73)【特許権者】
【識別番号】592000691
【氏名又は名称】ポスコホールディングス インコーポレーティッド
(74)【代理人】
【識別番号】110000051
【氏名又は名称】弁理士法人共生国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】ベ,ギュ‐ヨル
(72)【発明者】
【氏名】ジョン,ホン‐チョル
【審査官】川口 由紀子
(56)【参考文献】
【文献】特開平08-108281(JP,A)
【文献】特開2005-146407(JP,A)
【文献】国際公開第2018/203513(WO,A1)
【文献】特開2019-000882(JP,A)
【文献】韓国特許第10-1115790(KR,B1)
【文献】特開2007-296541(JP,A)
【文献】韓国公開特許第10-2016-0034585(KR,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 35/30
B23K 9/16
B23K 9/23
C22C 38/00-38/60
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ワイヤの全質量%で、C:0.08~0.15%、Si:0.001%~0.1%、Mn:1.6~1.9%、P:0.015%以下、S:0.015%以下、Cr:4.0~5.2%、Mo:0.4~0.65%、残部はFe及び不可避不純物からなり、下記関係式1によって定義される値Xが0.7~1.1%の範囲を満たすことを特徴とするガスシールドアーク溶接用ワイヤ。
[関係式1]
X(%)=[Cr]/10+[Mo]-4×[Si]/[Mn]
但し、関係式1において、[Cr]、[Mo]、[Si]及び[Mn]は、各元素の質量%を表す。
【請求項2】
前記溶接用ワイヤの表面には、Cuめっき層が形成されていることを特徴とする請求項1に記載のガスシールドアーク溶接用ワイヤ。
【請求項3】
前記Cuめっき層をなすCuは、めっき層を含むワイヤ全体に対する質量%で、0.4%以下(0%は除く)の含有量を有することを特徴とする請求項2に記載のガスシールドアーク溶接用ワイヤ。
【請求項4】
前記Cuめっき層をなすCuは、めっき層を含むワイヤ全体に対する質量%で、0.1~0.3%の範囲の含有量を有することを特徴とする請求項3に記載のガスシールドアーク溶接用ワイヤ。
【請求項5】
前記溶接用ワイヤは、Cr:4.2~4.9%、Mo:0.45~0.48%及びMn:1.65~1.75%をそれぞれ含有することを特徴とする請求項1に記載のガスシールドアーク溶接用ワイヤ。
【請求項6】
前記溶接用ワイヤは、Si含有量が0.04~0.08%の範囲であることを特徴とする請求項1に記載のガスシールドアーク溶接用ワイヤ。
【請求項7】
前記溶接用ワイヤは、ガスシールドアーク溶接用ソリッドワイヤであることを特徴とする請求項1に記載のガスシールドアーク溶接用ワイヤ。
【請求項8】
請求項1から7のいずれか一項に記載の溶接用ワイヤを用いて2以上の溶接母材を溶接することで得られる溶接部を有する溶接構造物であって、
前記溶接部は、面積%で、マルテンサイト30~50%、ベイナイト50~70%及び残部5%以下の残留オーステナイトからなる微細組織を有し、そして前記溶接部をなす微細組織は、平均有効結晶粒の大きさが1~3μmであり、47°以上の高傾角の結晶粒分率が35%以上であることを特徴とする溶接構造物。
【請求項9】
前記溶接母材の少なくとも1つは亜鉛めっき鋼板であることを特徴とする請求項8に記載の溶接構造物。
【請求項10】
前記亜鉛めっき鋼板は、電気亜鉛めっき鋼板、溶融亜鉛めっき鋼板、及び合金化溶融亜鉛めっき鋼板のうち1つであることを特徴とする請求項9に記載の溶接構造物。
【請求項11】
前記亜鉛めっき鋼板をなす素地鋼板は
、質量%で、Cr:0.2~0.9%とMo:0.1~0.2%のうち1種以上を含有することを特徴とする請求項10に記載の溶接構造物。
【請求項12】
前記溶接部は、平均硬度が370~400Hvであり、そして引張強度1GPa以上で溶接母材に対して95%以上であることを特徴とする請求項8に記載の溶接構造物。
【請求項13】
前記溶接部は、高速引張強度が引張速度3.6km/h及び54km/hで母材に対してそれぞれ95%及び80%以上であることを特徴とする請求項8に記載の溶接構造物。
【請求項14】
請求項1から7のいずれか一項に記載の溶接用ワイヤを用いて、溶接母材をガスシールドアーク溶接する方法であって、
前記溶接時の保護ガスとしてArに5~20% CO
2を混合して用い、
前記溶接母材の厚さをt(mm)とするとき、下記関係式2によって定義される溶接入熱量Q(kJ/cm)の範囲が1.15t≦Q≦1.6tを満たすようにして溶接することを特徴とするガスシールドアーク溶接方法。
[関係式2]
Q=(I×E)×0.048/υ
但し、関係式2において、I、E及びυはそれぞれ溶接電流[A]、溶接電圧[V]、溶接速度(cm/min)を示す。
【請求項15】
前記溶接用ワイヤは、直径が0.9~1.2mmであるソリッドワイヤであることを特徴とする請求項14に記載のガスシールドアーク溶接方法。
【請求項16】
前記溶接母材は
、質量%で、Cr:0.2~0.9%とMo:0.1~0.2%とのうち1種以上を含有することを特徴とする請求項14に記載のガスシールドアーク溶接方法。
【請求項17】
前記溶接母材は、亜鉛めっき鋼板であることを特徴とする請求項14に記載のガスシールドアーク溶接方法。
【請求項18】
前記亜鉛めっき鋼板は、電気亜鉛めっき鋼板、溶融亜鉛めっき鋼板、及び合金化溶融亜鉛めっき鋼板のうち1つであることを特徴とする請求項17に記載のガスシールドアーク溶接方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ギガ級溶接部が得られる溶接用ワイヤ、これを用いて製造された溶接構造物及びその溶接方法に係り、より詳しくは、自動車の下体の構造用部材などに適用される引張強度1GPa以上及び厚さ6mm以下の亜鉛めっきギガスチールなどのガスシールドアーク溶接に適用され得る溶接用ワイヤ、これを用いて製造された溶接構造物及びその溶接方法に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車分野は、地球温暖化問題など環境保護に伴う燃費規制の政策により、車体及び部品類の軽量化技術研究が大きな課題として浮上している。自動車走行性能に重要なシャーシ部品類もこのような基調により軽量化のための高強度鋼材の供給が必要な状況にある。
このような部品軽量化の達成のためには、素材の高強度化が必須であり、繰り返し疲労荷重が加わる環境における高強度鋼材で製作された部品の耐久性能の保証が重要な要素といえる。
【0003】
ところで、自動車のシャーシ部品を組み立てる際に、強度確保のために主に用いられるアーク溶接の場合、溶接ワイヤの溶着によって部品間の重ね継ぎ溶接が行われるため、継ぎ部の幾何学的形状付与が不可避である。これは、繰り返し疲労応力が集中部(ノッチ効果)に作用して破断起点となり、結果的に部品の耐久性能の低下を招くため、高強度鋼材を適用する利点が失われるという問題がある。
【0004】
したがって、溶接部の疲労特性向上のためには、主に応力集中部であるビードの端部の角度(トー角)を低減することが何よりも重要であり、これに加えて、トー部の材質及び応力を制御することが重要な要素といえる。また、上記のように部品類の高強度及び軽量化基調による素材の薄物化によって、貫通腐食防止のための防錆性に対する要求が増加し、めっき鋼材の採用が増加している傾向にあるが、特にアーク溶接部の溶接金属は、めっき層が存在せず、母材に対する塗装後の耐食性が低下するという問題がある。これにより、自動車の走行時に過酷な腐食環境下でめっき鋼板で製作されたシャーシ部品の溶接部に早期の腐食が発生して疲労特性の低下につながるという問題がある。一方、めっき鋼材のガスシールドアーク溶接時に亜鉛など蒸気発生により、溶接ビードにピット及びブローホール形態の気孔欠陥が多量に発生し、溶接部の強度低下の虞があり、これが溶接生産性の低下の問題となっている。また、一般の未めっき鋼材の場合もガスシールドアーク溶接時に溶接ビード状に生成されるスラグが塗装不良を引き起こして、塗装後の耐食性低下の要因となるため、部品製造時に溶接後にスラグ除去のための酸洗またはブラッシングなどの後処理工程が必要であり、これによる原価上昇が発生するという問題がある。一方、電気自動車時代に備えた効果的な軽量化のために、鋼材の引張強度が1GPa以上であるギガスチールの適用拡大が展望されており、溶接部の強度確保が重要な優先課題といえる。
【0005】
このような問題を解決するための従来技術の一例として、特許文献1に記載された発明が挙げられる。上記特許文献1には、ガスシールドアーク溶接ワイヤのSi、Mn、Ti及びAl含有量の適正制御により、溶接部のブローホール及びスラグ面積率をそれぞれ10%以内に制御することができることが開示されている。しかしながら、実際の高強度鋼材の場合、溶接部のブローホール面積率が5%を超える際に、溶接金属の引張強度及び疲労強度の顕著な低下が発生する虞があり、特に引張強度1GPa以上のギガ級鋼材の場合、ブローホールの発生に伴い、相対的に溶接部の強度低下により敏感な問題が発生する。
特許文献2には、ガスシールドアーク溶接ワイヤの炭素当量を0.8~0.9%に制御して溶接金属部の引張強度を800MPa以上確保できることが開示されているが、溶接部のブローホール及びスラグ低減の方案は提示していない。
【0006】
特許文献3には、ガスシールドアーク溶接ワイヤのSi、Mnの含量比を適正範囲に制御することで、溶接ビードにSi系スラグ生成を抑制して、溶接部の塗装性及び耐気孔性を向上させることが開示されている。しかし、上記特許文献3は、溶接部の強度が最大540MPaと、一般鋼材を対象としており、引張強度1GPa以上のギガスチールの溶接部強度を確保するための方案は提示しない。
特許文献4には、ガスシールドアーク溶接ワイヤのSi、Al、Ti、Al、Sb及びS含有量の適正制御により溶接部のスラグ面積率を5%以内に制御できることが開示されているが、めっき鋼材の溶接部のピット及びブローホールの低減方案は提示していない。一方、ワイヤに適正量のB添加を行うことによって溶接部強度を向上させる方案を提示しているが、その強度は1GPa級以上には達していない。
【0007】
特許文献5には、溶接ワイヤのCr及びNiの合計量を1%~24%に制御して、引張強度980MPa級以上の鋼材の溶接部強度が母材に対して90%以上であることが開示されているが、溶接部のスラグ低減及び耐気孔性の向上のための方案を提示しない。
すなわち、特許文献1~5に開示されている発明は、引張強度1GPa以上及び片面当たりのめっき量が20~120g/m2の亜鉛めっき鋼板の溶接に対する十分な考慮がなされておらず、ギガスチール溶接部の十分な強度確保と共に、スラグ低減及び耐気孔性の同時確保の可否が不明であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】韓国特許公開2015-0108930号公報
【文献】韓国特許公開2016-0080096号公報
【文献】韓国特許公開2019-0047388号公報
【文献】国際公開第2019/124305号
【文献】韓国特許公開2019-0134703号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
したがって、本発明の目的とするところは、自動車の下部の構造用部材などに適用される引張強度1GPa以上及び厚さ6mm以下の亜鉛めっきギガスチールなどのガスシールドアーク溶接に適用できる溶接用ワイヤ、これを用いて製造された溶接構造物及びその溶接方法を提供することにある。
なお、本発明の課題は、上記の内容に限定されない。本発明の課題は、本明細書の全般的な内容から理解することができ、本発明が属する技術分野における通常の知識を有する者であれば、本発明のさらなる課題を理解するのに何ら困難がない。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明のガスシールドアーク溶接用ワイヤは、
ワイヤ全体に対する質量%で、C:0.08~0.15%、Si:0.001%~0.1%、Mn:1.6~1.9%、P:0.015%以下、S:0.015%以下、Cr:4.0~5.2%、Mo:0.4~0.65%、残部はFe及び不可避不純物からなり、下記関係式1によって定義される値Xが0.7~1.1%の範囲を満たすことを特徴とする。
[関係式1]
X(%)=[Cr]/10+[Mo]-4×[Si]/[Mn]
但し、関係式1において、[Cr]、[Mo]、[Si]及び[Mn]は、各元素の質量%を表す。
【0011】
上記溶接用ワイヤの表面には、Cuめっき層が形成されていることがよい。
上記Cuめっき層をなすCuは、めっき層を含むワイヤ全体に対する質量%で、0.4%以下(0%は除く)の含有量を有することが好ましく、より好ましくは0.1~0.3%の範囲の含有量である。
【0012】
上記溶接用ワイヤは、質量%で、Cr:4.2~4.9%、Mo:0.45~0.48%及びMn:1.65~1.75%をそれぞれ含有することが好ましい。
上記溶接用ワイヤは、Si含有量を0.04~0.08%の範囲であることが好ましい。
上記溶接用ワイヤは、ガスシールドアーク溶接用のソリッドワイヤであることができる。
【0013】
本発明の溶接構造物は、
上記溶接用ワイヤを用いて2以上の溶接母材を溶接することで得られる溶接部を有する溶接構造物であって、上記溶接部は、面積%で、マルテンサイト30~50%、ベイナイト50~70%及び残部5%以下の残留オーステナイトからなる微細組織を有し、そして上記溶接部をなす微細組織は平均有効結晶粒の大きさが1~3μmであり、そして47゜以上の高硬角の結晶粒分率が35%以上であることを特徴とする。
【0014】
上記溶接母材の少なくとも1つは亜鉛めっき鋼板であることができる。
上記亜鉛めっき鋼板は、電気亜鉛めっき鋼板、溶融亜鉛めっき鋼板及び合金化溶融亜鉛めっき鋼板のうち一つであることがよい。
上記亜鉛めっき鋼板をなす素地鋼板は、自体質量%で、Cr:0.2~0.9%とMo:0.1~0.2%のうち1種以上を含有することが好ましい。
【0015】
また、本発明のガスシールドアーク溶接方法は、
上記溶接用ワイヤを用いて、溶接母材をガスシールドアーク溶接する方法として、上記溶接時の保護ガスでArに5~20% CO2を混合して用い、上記溶接母材厚さをt(mm)とするとき、下記関係式2によって定義される溶接入熱量Q(kJ/cm)の範囲が1.15t≦Q≦1.6tを満たすようにして溶接することを特徴とする。
[関係式2]
Q=(I×E)×0.048/υ
但し、関係式2において、I、E及びυはそれぞれ溶接電流(A)、溶接電圧(V)、溶接速度(cm/min)を示す。
上記溶接用ワイヤは、直径が0.9~1.2mmであるソリッドワイヤであることができる。
【発明の効果】
【0016】
上記の構成の本発明によると、引張強度1GPa以上及び厚さ6mm以下のギガスチールのガスシールドアーク溶接部のスラグ面積率及びブローホール面積率をそれぞれ1%以内に低減することで、溶接部のスラグ除去のための別途の酸洗またはブラッシングなどの後処理工程を省略することができ、さらに優れた塗装性を確保することができるため、産業製造現場での原価節減及び品質向上を図ることができる。
また、めっき材溶接時には、ピット及びブローホールの欠陥を効果的に防止できるだけでなく、溶接金属または溶融線の破断なしに溶接部強度を1GPa以上確保することができる効果がある。
したがって、自動車のシャーシ部材などの部品類の高強度、薄物化に伴う防錆性及び耐久性向上のニーズを満たすことで、ギガスチールの採用を拡大できる産業的意義を有することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】本発明の実施例1において、表2のワイヤNo.7を用いて溶接した発明例[X(%)=0.85、Q(kJ/cm)=2.6]から得られた溶接部の断面組織、硬度分布及び静的引張試験後の破断部の断面組織を示した写真である。
【
図2】本発明の実施例1において、表2のワイヤNo.32を用いて溶接した比較例[X(%)=0.55、Q(kJ/cm)=2.6]から得られた溶接部の断面組織、硬度分布及び静的引張試験後の破断部の断面組織を示した写真である。
【
図3】本発明の実施例1において、表2のワイヤNo.5、7、12、34及び36を用いて亜鉛めっき鋼板で重ね継ぎ溶接したり、合金化亜鉛めっき鋼板で重ね継ぎ溶接を行った後、得られた各溶接部に対するRT(Radiographic Test)写真である。
【
図4】本発明の実施例2において、表4のNo.7ワイヤ及びNo.1鋼材を組み合わせて溶接した発明例[X(%)=0.85、Q(kJ/cm)=3.2]から得られた溶接金属のEBSD組織写真及び逆極点図(Inverse Pole Figure)である。
【
図5】本発明の実施例2において、表4のNo.32ワイヤ及びNo.1鋼材を組み合わせて溶接した比較例[X(%)=0.55、Q(kJ/cm)=3.2]から得られた溶接金属のEBSD組織写真及び逆極点図(Inverse Pole Figure)である。
【
図6】本発明の実施例2において、表4のNo.7ワイヤ及びNo.1鋼材を組み合わせて溶接した発明例[X(%)=0.85、Q(kJ/cm)=2.6]から得られた溶接ビードの外観写真と、溶接部のスラグ除去のための酸洗またはブラッシングなどの後処理工程を省略して、塗装を施した後の外観写真である。
【
図7a】本発明の実施例2において、表4のNo.7ワイヤ及びNo.1鋼材を組み合わせて溶接した発明例[X(%)=0.85、Q(kJ/cm)=2.6]から得られた溶接部に対して、荷重を加えて高速引張試験(引張速度がそれぞれ1m/s、15m/s)を実施する際に、溶接母材である鋼材の荷重変化を示した図面である。
【
図7b】本発明の実施例2において、表4のNo.7ワイヤ及びNo.1鋼材を組み合わせて溶接した発明例[X(%)=0.85、Q(kJ/cm)=2.6]から得られた溶接部に対して、荷重を加えて高速引張試験(引張速度がそれぞれ1m/s、15m/s)を実施する際に、溶接部の荷重変化を示した図面である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明を説明する。
本発明は、引張強度1GPa以上及び厚さ6mm以下のギガスチールに対するガスシールドアーク溶接時に、溶接部のスラグ面積率及びブローホール面積率をそれぞれ1%以内に低減できるだけでなく、溶接金属または溶融線の破断なしに溶接部強度1GPa以上確保が可能である特徴を有する。本発明者らは多様な実験及び検討を重ねた結果、ガスシールドアーク溶接に用いられる溶接用ワイヤの成分のうち、強度向上のための強化元素であるCr、Mo及び脱酸元素であるSi、Mn含有量を上記関係式1によって定義されるX値が0.7~1.1%の範囲を満たすように制御することが有効であることを確認した。
そして、本発明者らは、上記関係式1の値をパラメータとして用いると、X値が溶接部スラグ、ブローホール発生及び溶接部強度に大きな影響を与えることを見出した。特に、溶接用ワイヤに含まれる成分として、各元素の個別含有量を制御するだけでなく、上記のX値が0.7~1.1%の範囲となるように各成分量を制御することで、溶接ビードのスラグ及びブローホール発生を確実に抑制できるとともに、溶接金属または溶融線の破断なしに溶接部の強度を1GPa以上確保できることを確認して本発明を提示するに至った。
【0019】
本発明の一側面である溶接用ワイヤは、自体質量%で、C:0.08~0.15%、Si:0.001%~0.1%、Mn:1.6~1.9%、P:0.015%以下、S:0.015%以下、Cr:4.0~5.2%、Mo:0.4~0.65%、残部はFe及び不可避不純物からなり、上記関係式1によって定義される値Xが0.7~1.1%の範囲を満たす。
以下、本発明の一側面であるガスシールドアーク溶接用ワイヤの成分組成及びその制限理由について説明する。ここでの%は、他に規定するものがない限り質量%である。なお、本発明における溶接用ワイヤは、そのワイヤの特定の種類に制限されず、ソリッドワイヤやフラックス入りワイヤなどにも利用可能であり、好ましくはソリッドワイヤとして用いられるものである。そして、上記溶接用ワイヤ表面にCuめっき層が形成されていることが好ましい。
【0020】
C:0.08~0.15%
Cは、アークを安定化して容積を微粒化する作用がある成分である。しかし、C含有量が0.08%未満であると、容積が大きくなってアークが不安定となり、スパッタ発生量が多くなるだけでなく、引張強度1GPa以上のギガ級鋼材溶接金属の十分な強度確保が難しくなる虞がある。一方、C含有量が0.15%を超えると、溶融金属の粘性が低くなってビード形状が不良となるだけでなく、溶接金属を過度に硬化させて脆性が増加するという問題がある。したがって、本発明では、溶接用ワイヤのC含有量は0.08~0.15%の範囲に制限することが好ましい。
【0021】
Si:0.001~0.1%
Siは、アーク溶接時における溶融金属の脱酸を促進する元素(脱酸元素)であり、ブローホールの発生抑制に効果がある。一方、Siが過剰に含有されると、スラグの発生を顕著にして溶接部の塗装不良を引き起こす元素でもある。Si含有量が0.001%未満であると、脱酸不足となってブローホールが発生しやすくなり、一方、Si含有量が0.1%を超えると、スラグが顕著に増加する。したがって、ブローホールの発生抑制及びスラグ量抑制のバランスの観点から、溶接用ソリッドワイヤのSi含有量は、0.001~0.1%の範囲とした。
また、Si含有量を0.04~0.08%の範囲に制限することがブローホールの抑制及びスラグ量抑制をより有効に両立させることができるという点で好ましい。
【0022】
Mn:1.6~1.9%
Mnも脱酸元素であり、アーク溶接時に溶融金属の脱酸を促進し、ブローホールの発生を抑制する効果があるが、一方では、溶融金属の粘性を高める元素でもある。Mn含有量が1.6%未満であると、上記のSi含有量の適正範囲内で脱酸不足となり、ブローホールが発生しやすくなる。一方、Mn含有量が1.9%を超えると、溶融金属の粘性が過度に高くなり、溶接速度が速い場合に溶接部位に適切に溶融金属が流入できず、ハンピングビードとなってビード形状の不良が発生しやすくなる。したがって、溶接用ワイヤのMn含有量は、1.6~1.9%の範囲内とした。また、ブローホールの発生を確実に抑制するためには、Mn含有量は1.65~1.75%の範囲内に制限することが好ましい。
【0023】
Cr:4.0~5.2%
Crは、フェライト安定化元素であり、溶接金属の強度を向上させる硬化性元素である。特に、引張強度1GPa級以上のギガ級鋼材溶接金属の十分な強度確保のために、Cr含有量を4.0~5.2%の範囲に制限する必要がある。Cr含有量が4.0%未満であると、ギガ級鋼材溶接金属の強度が不足する問題が発生しやすくなる。一方、Cr含有量が5.2%を超えると、δフェライト組織の生成や組織中にクロム炭化物が析出して、溶接金属の脆化、すなわち靭性が低下する虞が大きくなる。また、Cr含有量を4.2~4.9%の範囲に制限することが溶接金属の十分な強度確保及び脆化抑制をより有効に両立できるという点で好ましい。
【0024】
Mo:0.4~0.65%
Moもフェライト安定化元素であり、溶接金属の強度を向上させる硬化性元素である。特に、引張強度1GPa級以上のギガ級鋼材溶接金属の十分な強度確保のためにMoの含有量を0.4~0.65%の範囲に制限する必要がある。Mo含有量が0.4%未満であると、上記の適正成分範囲内で引張強度1GPa級以上のギガ級鋼材溶接金属の十分な強度が得られにくくなり、Mo含有量が0.65%を超えると、溶接金属の靭性が低下する虞が大きくなる。また、Mo含有量を0.45~0.48%の範囲に制限することが溶接金属の十分な強度確保及び脆化抑制をより有効に両立できるという点で好ましい。
【0025】
P:0.015%以下
Pは、一般的に鋼内に不可避不純物に混入される元素であり、アーク溶接用ワイヤ内にも不純物として含まれることが通常的である。ここで、Pは溶接金属の高温割れを発生させる主要元素の一つであり、可能な限り抑制することが好ましい。P含有量が0.015%を超えると、溶接金属の高温割れが顕著になる。したがって、本発明では、溶接用ワイヤのP含有量を0.015%以下に制限することが好ましい。
【0026】
S:0.015%以下
Sも一般的に鋼内に不可避不純物に混入される元素であり、アーク溶接用のソリッドワイヤ内にも不純物として含まれることが通常的である。ここで、Sは溶接金属の靭性を阻害する元素であり、可能な限り抑制することが好ましい。S含有量が0.015%を超えると、溶接金属の靭性が悪化する。したがって、本発明では、溶接用ワイヤのS含有量を0.015%以下に制限することが好ましい。
【0027】
[関係式1]
本発明のガスシールドアーク溶接用ワイヤにおいては、下記関係式1によって定義されるX値が0.7~1.1%の範囲を満たすようにCr、Mo、Si、Mnの含有量を制御することが重要である。
[関係式1]
X(%)=[Cr]/10+[Mo]-4×[Si]/[Mn]
但し、関係式1において、[Cr]、[Mo]、[Si]及び[Mn]は、各元素の質量%を表す。
【0028】
すなわち、本発明者らの研究結果によると、ワイヤに含有されるCr、Mo、Si及びMnの含有量が溶接部の強度だけでなく、ブローホール及びスラグ発生に強く相関することを見出し、関係式1を案出した。具体的には、上記関係式1によって定義されるX値が0.7~1.1%の範囲を満たすようにCr、Mo、Si及びMnの含有量を制御することで、引張強度1GPa以上のギガ級鋼材溶接部の十分な強度確保ができ、耐気孔性向上及びスラグ低減を確実に得ることができた。すなわち、上記関係式1のパラメータを適用することで、溶接ビードのスラグ及びブローホールの発生を確実に抑制するとともに、溶接金属または溶融線の破断の発生なしに溶接部強度を1GPa以上確保することが可能となった。
上記X値が0.7%未満であると、上記のギガ級鋼材溶接部の耐気孔性及びスラグ低減の効果だけでなく、溶接金属の十分な強度確保が困難であり、逆に1.1%を超えると、場合によって溶接部の耐気孔性及びスラグ低減効果を満たす場合でも溶接金属が脆化しすぎて、溶接金属または溶融線破断が敏感になる虞があるため、結果的に溶接部の物性が不良となる問題がある。
【0029】
[不純物]
不純物とは、原材料に含まれる成分、または、製造の過程で混入する成分であり、意図的に溶接用ワイヤに含有させたものではない成分を指す。
一方、本発明の溶接用ワイヤの表面にはCuめっき層が形成されていることが好ましい。Cuは一般的にワイヤをなす鋼中の不純物で0.02%程度含有されることが普通であるが、本発明のアーク溶接用ワイヤの場合、主にワイヤ表面に施した銅めっきに由来する。
アーク溶接用ワイヤにおいて、銅めっきはワイヤ送給性及び通電性を安定化させるために重要な表面処理方法であり、銅めっきを施した場合、必然的にある程度の量のCuが含有されることができる。
【0030】
本発明では、このとき、めっき層に含まれるCu含有量を、Cuめっき層を含むワイヤ全体に対する質量%で、0.4%以下(0%は除く)に制御することが好ましい。Cuの含有量が0.4%を超えると、溶接金属の亀裂感受性が高くなる虞がある。ワイヤの送給性及び通電性を安定化しながらも、溶接金属の割れ感受性の低減をより有効に両立させることができるより好ましいCu含有量は0.1~0.3%の範囲である。上記Cu含有量が過度に少ない場合には必要なワイヤ送給性及び通電性が得られない虞がある。
【0031】
次に、本発明の他の側面である上記溶接用ワイヤを用いて製造された溶接構造物を説明する。
本発明の溶接構造物は、上記溶接用ワイヤを用いて2以上の溶接母材を溶接することにより得られる溶接部を有する溶接構造物であって、上記溶接部は、面積%で、マルテンサイト30~50%、ベイナイト50~70%及び残部5%以下の残留オーステナイトからなる微細組織を有する。また、上記溶接部をなす微細組織は、平均有効結晶粒の大きさが1~3μmであり、そして47゜以上の高硬角の結晶粒分率が35%以上である。
【0032】
まず、本発明の溶接部は面積%で、マルテンサイト30~50%、ベイナイト50~70%及び残部5%以下の残留オーステナイトからなる微細組織を有する。本発明では、マルテンサイト分率が過多であると、溶接金属が硬質化過ぎて脆性に敏感になることがあり、逆に過小であると、溶接金属の強度が不足する問題がある。
一方、一般的に550℃以下の温度で低温変態して生成される溶接部をなすベイナイトは、上部ベイナイト及び下部ベイナイトのすべてを含むことができるが、特に、250~400℃の範囲で変態して発達する下部ベイナイトの場合、旧オーステナイト結晶粒内に互いに絡み合っている(inter-locking)高硬角の結晶粒が多数存在する。このため、このような下部ベイナイトがマルテンサイトと混在している場合、マルテンサイト単独で存在するときと比較して靭性が向上する効果がある。
【0033】
このような点を考慮して、本発明において上記溶接部をなす微細組織は、平均有効結晶粒の大きさが1~3μmであり、そして47゜以上の高硬角の結晶粒分率を35%以上に制御する。上記溶接部をなす微細組織の平均有効結晶粒の大きさが1μm未満であると、溶接金属の靭性が不足する虞があり、逆に3μmを超えると、ギガ級鋼材母材に対する溶接金属の強度が不足することがある問題がある。また、上記47°以上の高硬角の結晶粒分率が35%未満であると、溶接金属の強度及び靭性などが低下する虞がある。
更に、上記溶接部は、平均硬度が370~400Hvであり、そして引張強度が940MPa以上、好ましくは1GPa以上で溶接母材に対して95%以上であることができる。
【0034】
また、このような溶接金属の微細組織特性は、溶接部の機械的物性を向上させ、上記のように引張荷重を付加する際に、溶接金属または溶融線破断が発生しないだけでなく、前方の衝突部材であるサブフレーム類の場合、自動車が時速3.6~54km/hの範囲の高速衝突(高速引張荷重の付加)状況でも溶接金属部の破断が発生しない程度の十分な強度及び靭性を確保することができる。
本発明において、上記溶接部は、高速引張強度が引張速度3.6km/h及び54km/hで母材に対してそれぞれ95%及び80%以上であることができる。
一方、本発明の溶接部は、上記溶接用ワイヤを用いて2以上の溶接母材を溶接することにより得ることができる。
【0035】
一方、本発明は、溶接用ワイヤを用いてガスシールドアーク溶接を行う対象となる鋼板の種類や成分組成は特に制限されない。例えば、上記溶接母材の少なくとも1つは、亜鉛めっき鋼板であることが好ましいが、これは亜鉛めっき鋼板を本発明の溶接用ワイヤを用いてガスシールドアーク溶接する場合、作用効果が顕著になるためである。具体的には、片面めっき量20~120g/m2を有する亜鉛または亜鉛合金めっき鋼板を母材鋼板とする場合、特に、溶接時に重ね継ぎ部のギャップが存在せずに密着している場合、多量に発生した亜鉛蒸気が溶融池の凝固前に十分に排出されない状況でも、本発明のガスシールドアーク溶接用ワイヤを用いると、確実にブローホールを低減することができる。
【0036】
また、上記亜鉛めっき鋼板は、電気亜鉛めっき鋼板、溶融亜鉛めっき鋼板及び合金化溶融亜鉛めっき鋼板のうち一つであることができる。
さらに、上記亜鉛めっき鋼板をなす素地鋼板は、自体質量%で、Cr:0.2~0.9%及びMo:0.1~0.2%のうち1種以上を含有したものが好ましい。
【0037】
次に、本発明の上記溶接用ワイヤを用いてギガスチールなどを溶接する方法について説明する。
本発明は、上記溶接用ワイヤを用いて、溶接母材をガスシールドアーク溶接する方法として、上記溶接時に保護ガスというArの5~20%にCO2を混合して用いる。上記溶接母材厚さをt(mm)とするとき、下記関係式2によって定義される溶接入熱量Q(kJ/cm)の範囲が1.15t≦Q≦1.6tを満たすようにして溶接することができる。
[関係式2]
Q=(I×E)×0.048/υ
但し、関係式2において、I、E及びυはそれぞれ溶接電流(A)、溶接電圧(V)、溶接速度(cm/min)を示す。
本発明では、溶接の具体的な形態(溶接姿勢)は特に限定されず、例えば、重ね継ぎ部の形態であるラップフィレット溶接やT字ジョイントのフィレット溶接などに適用される。
【0038】
また、使用するシールドガスの種類も特に限定されず、100%のCO2ガス、Ar+20%のCO2ガス、Ar+10%のCO2ガス、Ar+5%のCO2ガス、Ar+2%のO2ガスなどをシールドガスとして用いることができるが、特に、シールドガスとして、Ar+5~20%のCO2を用いた場合に、本発明の顕著な効果を発揮することができる。すなわち、本発明において、溶接金属または溶融線の破断発生なしに溶接部の引張強度を1GPa以上確保するためには、上記溶接時の保護ガスとしてArに5~20%のCO2を混合して用いることが好ましい。
また、上記溶接母材厚さをt(mm)とするとき、上記関係式2で定義される溶接入熱量Q(kJ/cm)の範囲が1.15t≦Q≦1.6tを満たすことが求められる。上記溶接入熱量Q値が1.15t未満であると、ギガ級鋼材の溶接金属及び粗大化結晶粒の熱影響部(Coarse Grained Heat Affected Zone)の強度及び靭性が不足する虞があり、逆に1.6tを超えると、溶接金属強度の不足及び溶接熱影響部の強度低下が過度になるだけでなく、溶接部にバックビード及び溶落が発生しやすくなって、不良になってしまうという問題がある。
【0039】
また、本発明において、上記溶接用ワイヤは、直径が0.9~1.2mmであるソリッドワイヤを利用することができ、上記溶接母材に対する説明は、上記のとおりである。
上記のとおり、本発明は、上記関係式1を満たすようにCr、Mo、Si及びMnの含有量を制御する。また、溶接用ワイヤ内のCr含有量を4.0~5.2%の範囲内に比較的高く抑制するとともに、Si含有量を0.001~0.1%に低く抑えることで、溶接部の十分な強度確保とともにスラグ低減及び耐気孔性を同時に確保することができる。
【実施例】
【0040】
以下、実施例によって本発明を詳細に説明する。
(実施例1)
下記表2に示す組成成分を有するインゴットを真空溶解した後、熱間圧延により室温で伸線した後、アニーリングすることでワイヤを製造した。次いで、上記ワイヤ表面にCuめっき層を形成し、このとき、めっき層を含むワイヤ全体に対する質量%で、銅含有量が0.15~0.36%の範囲になるようにめっきした。そして、上記銅めっきされたワイヤを伸線して、直径0.9~1.2mmの溶接用ソリッドワイヤを製作した。
上記のように製作されたソリッドワイヤを用いて、ガスシールドアーク溶接法で下記表1の溶接母材である鋼材No.1を素地鋼板とする引張強度1050MP級の亜鉛めっき鋼板をそれぞれ重ね継ぎ溶接した。このとき、比較のために、下記表2のワイヤNo.5、7、12、34及び36を用いて上記亜鉛めっき鋼板を溶接母材として用いて重ね継ぎ溶接するとともに、合金化亜鉛めっき鋼板を溶接母材として用いて重ね継ぎ溶接を行った。
【0041】
一方、このとき、用いた亜鉛または亜鉛合金めっき鋼板は、母材鋼板に両面亜鉛めっきを施したものであり、母材鋼板の板厚さは2.0mm、めっき量は亜鉛及び亜鉛合金めっき鋼板がそれぞれ片面当たり100g/m2及び45g/m2とした。
また、溶接を行うための標準条件は、Ar+20%のCO2の混合シールドガス(流量20l/min)を適用し、2つの同一鋼板をギャップのない状態で重ね継ぎ部としてワイヤ突出長さ15mm、パルスMAG及び溶接速度80cm/minで溶接した。このとき、上記関係式2によって定義されるQ(kJ/cm)値が1.5~3.4となるようにした。
【0042】
上記重ね継ぎ溶接で得られた溶接金属の凝固後、溶接部のビード外観観察、ブローホール発生状況の調査のためのRT試験、硬度測定及び静的/動的引張試験などを行い、その評価結果を下記表2、表3及び
図3に示した。
このとき、溶接金属の平均硬度がビッカース硬度(Hv、荷重500gf、0.2mm間隔で測定)で370~400の場合を○(合格)とし、330~370の場合を△、そして400超過または330未満を×(不合格)と評価した。また、溶接部の静的引張試験(速度10mm/min)後、引張強度が1GPa以上の場合及び破断位置が溶接金属または溶融線ではない場合を○(合格)とし、この他は×(不合格)と評価した。
【0043】
また、上記の溶接部のビード外観観察及びブローホール照射のためのRT試験の場合、溶接ビード150mmのうち始終端50mmの部分を除いた中央の50mm長さの部分のビードについて、ビード表面及びRT写真撮影を行って画像を採取した。そして、スラグ及びブローホール部位をマーキングし、マーキングした部位の面積の総合計を求めて、全画像面積から下記関係式3からスラグ面積率を計算した。
[関係式3]
スラグ(またはブローホール)面積率(%)=[スラグ(またはブローホール)部位面積の総合計/全画像面積]×100
【0044】
そして、下記表2に示したスラグ発生状況の評価時、スラグ面積率の基準値を1%とし、1%以下の場合を○(合格)とし、この他は×(不合格)と評価した。これは、部品製造時、溶接部の塗装密着性及び塗装後の耐食性向上のために溶接後に行う別途の酸洗または機械的研磨ブラッシング(必要に応じて、酸洗及びブラッシングを全て実施)などの溶接部のスラグ除去の後処理工程を完全に省略するために設定した目標基準である。
【0045】
また、ブローホール発生状況の評価時に、ブローホール面積率の基準値をISO 5817規格に基づいて、1%以下である場合を○(合格)とし、その他は×(不合格)と評価した。これは、引張強度590MPa級以上の高強度鋼材の場合、通常溶接ビードのブローホール面積率が5%を超える場合、溶接部の静的強度及び疲労強度の急激な低下が懸念されており、特に引張強度1GPa級以上のギガ級鋼材の場合には、溶接ビードのブローホール面積率の増加に伴う溶接金属の強度低下がさらに敏感になるため、これを完全に防止するために設定した目標基準である。
さらに、上記ワイヤを用いて得られた溶接金属の脆性評価及び前方部品の高速衝突状況の模写評価のために、低速(3.6km/h)及び高速(54km/h)条件、すなわち、引張速度1m/s及び15m/sの条件で溶接部の試験片に対する高速引張試験を行って破断位置を確認した。そして、この時の最大荷重値を鋼材の物性値と比較した。このとき、溶接金属で破断が発生せず、高速条件で溶接部の最大荷重値が母材に対して80%以上である場合を○(合格)とし、その他は×(不合格)と評価した。このような基準を満たすとき、自動車の前方部品類の高速衝突状況で溶接部の頑健性を十分に確保できるものと判断した。
【0046】
【0047】
【表2】
*表1において、残部成分はFe及び不可避不純物である。
【0048】
【0049】
上記表2、表3から分かるように、ソリッドワイヤ組成成分だけでなく、関係式1によって定義されるX値が0.7~1.1%の範囲を満たすワイヤNo.1~18は、いずれも溶接部の平均硬度、溶接部の引張強度及び破断位置が基準に符合することを確認することができる。
図1は、上記表2のワイヤNo.7を用いて溶接した発明例[X(%)=0.85、Q(kJ/cm)=2.6]から得られた溶接部の断面組織、硬度分布及び静的引張試験後の破断部の断面組織を示した写真である。
【0050】
これに対して、ワイヤNo.19~23の場合には、Siの含有量が0.001~0.1%以下に制御され、表3に示したとおり、ブローホール及びスラグ面積率が合格レベルであるが、上記のXの値が要求範囲を外れているため、溶接金属の平均硬度、引張強度、破断位置及び高速引張物性が良くなかった。特に、ワイヤNo.21~23は、溶接金属部の平均硬度が400を超え、その結果として静的または高速引張試験の際に、溶接金属で破断が発生した。これは、溶接金属のマルテンサイトの分率が50%を超え、脆性が過度に増加した結果と判断された。
また、ワイヤNo.24~31は、上記Xの値が0.7~1.1%の範囲から大きく外れており、その結果、上記表2及び表3に示したように、ワイヤNo.31の溶接金属部の平均硬度の△判定を除いた全項目で基準に符合しなかった。
【0051】
また、ワイヤNo.32の場合、Siの含有量が0.001~0.1%以下に制御され、上記表3に示したように、ブローホール及びスラグ面積率はそれぞれ優れていたが、上記表2のように、溶接金属の平均硬度がビッカース硬度320で鋼材の母材に対して低すぎて溶接部の引張強度が母材に対してさらに低く、破断位置も溶接金属部となり基準に符合しなかった。
図2は、上記表2のワイヤNo.32を用いて溶接した比較例[X(%)=0.55、Q(kJ/cm)=2.6]から得られた溶接部の断面組織、硬度分布及び静的引張試験後の破断部の断面組織を示した写真である。
また、ワイヤNo.33~37は、X値が上記の適正範囲を満たしておらず、溶接金属部の平均硬度値が400を超えるだけでなく、Siの含有量もいずれも0.1%を超えている場合であって、溶接部の引張特性だけでなく、ブローホール及びスラグ面積率のすべての基準に符合しないことが分かる。特に、これらの一部は引張時に溶融線で破断される結果を示すため、溶接金属部の脆性が増加することが確認できる。
【0052】
一方、
図3は、上記のとおり、表2のワイヤNo.5、7、12、34及び36を用いて上記亜鉛めっき鋼板で重ね継ぎ溶接し、また、合金化亜鉛めっき鋼板で重ね継ぎ溶接を行った後、得られた各溶接金属部に対するRT(Radiographic Test:放射線透過試験)写真である。
図3に示したとおり、Siの含有量が0.001~0.1%の範囲を外れ、また上記のX値も0.7~1.1%の範囲を外れたワイヤNo.34及び36を用いて得られた溶接部の場合、RT結果から確認できるように、ブローホール面積率が大きく増加した。一方、Si及びX値が本発明の適正範囲を満たすワイヤNo.5、7及び12を用いて得られた溶接部の場合、ブローホール面積率が1%以内を満たす非常に良好な結果が得られることが確認できる。
【0053】
(実施例2)
【表4】
*表4において、Mはマルテンサイト、Bはベイナイト、γは残留オーステナイトを示す。そして、表4において、鋼材No.は表1の鋼材No.を示し、ワイヤNo.は表2のワイヤNoを示す。
【0054】
上記表4に示したとおり、ソリッドワイヤを用いて表4の鋼材を重ね継ぎ溶接して溶接金属を得た。このとき、上記鋼材は、表面に亜鉛がめっきされた亜鉛めっき鋼板であり、その厚さが2.0mmであった。そして、本溶接時の具体的な溶接条件は実施例1と同一であり、単に溶接入熱量のみを各ワイヤ及び鋼材の組み合わせに対して上記表4のとおり相違させて適用した。そして、上記のとおり溶接入熱量を相違させて適用し、得られた各溶接金属の引張強度を測定した結果を上記表4に示し、溶接金属の微細組織の特性と共に上記表4に示した。
【0055】
一方、本発明において上記引張強度は、重ね継ぎ部の溶接試験片でJIS-5号規格の引張試験片をビードの中心部で3個ずつ加工して、引張速度10mm/min条件で延伸計を装着して引張試験を行った後、得られた各測定値の平均値を求めた。
そして、上記溶接部の微細組織は、溶接金属部にLeperaエッチングを行った後、光学写真を撮影し、これに色差で区分されたそれぞれの低温変態相を分析した結果から測定され、平均有効結晶粒の大きさと47゜以上の高硬角の結晶粒分率もEBSD分析によって測定された。
【0056】
上記表4に示したとおり、鋼板母材の厚さ2.0mmを基準に、関係式2によるQ値が2.3~3.2kJ/cmの範囲を満たす発明例は、溶接部の引張強度が1GPaを超える結果が得られ、この時の溶接部の鋼板母材に対する引張強度比も95~96%であった。
これに対して、上記Q値が2.3kJ/cm未満である比較例は、溶接部の引張強度が1GPa未満であることを確認することができる。そして、上記Q値が3.2kJ/cmを超える場合には、鋼板厚さに対して過度の溶接入熱量によりバックビードが形成されたり、溶落が発生するため、本分析から除外した。
【0057】
一方、上記の関係式1によって定義されるX値が0.7~1.1%の範囲にある場合、低温変態開始温度が低くなるにつれて、約400~250℃の温度範囲で上部及び下部ベイナイトの発達が可能であり、特に、マルテンサイトの単独に対して旧オーステナイト結晶粒内に絡み合う連動(inter-locking)構造で多数の高硬角の結晶粒が発達して、マルテンサイトと混在するようになるため、強度及び靭性向上に効果があると判断された。
【0058】
図4は、表4のNo.7ワイヤ及びNo.1鋼材を組み合わせて溶接した発明例[X(%)=0.85、Q(kJ/cm)=3.2]から得られた溶接金属のEBSD組織写真及び逆極点図(Inverse Pole Figure)であって、このような点を詳細に説明している。これに対して、
図5は、表4のNo.32ワイヤ及びNo.1鋼材を組み合わせて溶接した比較例[X(%)=0.55、Q(kJ/cm)=3.2]から得られた溶接金属のEBSD組織写真及び逆極点図(Inverse Pole Figure)であって、溶接入熱量は本発明の範囲内であるが、X値が本発明の範囲から外れて所望の微細組織が得られないことが分かる。
【0059】
一方、
図6は表4のNo.7ワイヤとNo.1鋼材を組み合わせて溶接した発明例[X(%)=0.85、Q(kJ/cm)=2.6]から得られた溶接ビードの外観写真と、溶接部のスラグ除去のための酸洗またはブラッシングなどの後処理工程を省略して、塗装を施した後の外観写真である。特に、シールドガスで20%の炭酸ガスを混合したにも関わらず、溶接ビードのスラグ面積率が1%以内に非常に低減されていることが確認でき、これによって溶接部の塗装性及び塗装後の耐食性向上が可能であることが確認できる。
【0060】
そして、
図7a及び
図7bは、表4のNo.7ワイヤ及びNo.1鋼材を組み合わせて溶接した発明例[X(%)=0.85、Q(kJ/cm)=2.6]から得られた溶接部に対して荷重を加え、高速引張試験(引張速度のそれぞれ1m/s、15m/s)を実施する際に、溶接部の荷重変化(
図7b)を溶接母材である鋼材の荷重変化(
図7a)と対比して示した図面である。具体的には、比較的に低速での衝突(3.6km/h)状況では、鋼板母材に対する溶接部の最大荷重比が95%と非常に優れ、溶接金属または溶融線で破断が発生しない結果を確認し、高速での衝突(54km/h)状況でも鋼板母材に対する溶接部の最大荷重比が82%であって、このときにも溶接金属が破断せずに溶接部の荷重比を80%以上確保できることが確認できる。これは、上記の溶接金属の微細組織の特性を裏付ける結果として、引張強度1GPa級以上のギガ級鋼材のガスシールドアーク溶接部が効果的に得られることが分かる。
【0061】
以上、説明したとおり、本発明の詳細な説明では、本発明の好ましい実施例について説明したが、本発明が属する技術分野で通常の知識を有する者であれば、本発明の範囲から逸脱しない範囲内で様々な変形が可能であることはもちろんである。したがって、本発明の権利範囲は、説明された実施例に限定されてはいけず、後述する特許請求の範囲だけでなく、これと均等なものによって定められなければならない。