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  • 特許-鋼材 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-01
(45)【発行日】2024-10-09
(54)【発明の名称】鋼材
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20241002BHJP
   C22C 38/32 20060101ALI20241002BHJP
   C22C 38/54 20060101ALI20241002BHJP
   C21D 8/06 20060101ALN20241002BHJP
【FI】
C22C38/00 301Y
C22C38/32
C22C38/54
C21D8/06 A
【請求項の数】 2
(21)【出願番号】P 2020208803
(22)【出願日】2020-12-16
(65)【公開番号】P2022095466
(43)【公開日】2022-06-28
【審査請求日】2023-08-21
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001553
【氏名又は名称】アセンド弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】宮越 有祐
【審査官】河野 一夫
(56)【参考文献】
【文献】特開2008-007853(JP,A)
【文献】特開2007-138260(JP,A)
【文献】特開2016-074951(JP,A)
【文献】国際公開第2018/008698(WO,A1)
【文献】特開2015-127434(JP,A)
【文献】特開平09-279303(JP,A)
【文献】特開平09-078191(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00
C22C 38/32
C22C 38/54
C21D 8/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼材であって、
化学組成が、質量%で、
C:0.10~0.40%、
Si:0.40%以下、
Mn:0.76~1.30%、
P:0.030%以下、
S:0.040%以下、
Cr:0.05~1.20%、
Al:0.005~0.100%、
N:0.001~0.015%、
Ti:0.005~0.100%、
B:0.0003~0.0100%、
Nb:0.003~0.100%、及び、
残部はFe及び不純物からなり、
前記鋼材の長手方向に31.25mmの範囲の表面領域において、前記表面領域の端から0.23mmの位置を第1測定点とし、前記第1測定点から長手方向に1.56mmピッチで第2測定点~第20測定点を特定し、さらに、前記表面領域の端から長手方向に31.02mmの位置を第21測定点と特定し、前記第1測定点~第21測定点での表面から5μm深さ位置での固溶Cr濃度を測定したとき、測定された前記固溶Cr濃度は少なくとも5種類以上あり、前記固溶Cr濃度のうち、最大の固溶Cr濃度を[固溶Crmax](質量%)と定義し、最小の固溶Cr濃度を[固溶Crmin](質量%)と定義し、前記鋼材の前記化学組成中のCr濃度を[Crbase](質量%)と定義したとき、式(1)を満たす、
鋼材。
0.20≦([固溶Crmax]-[固溶Crmin])/[Crbase]≦0.60 (1)
【請求項2】
請求項1に記載の鋼材であって、
前記化学組成は、Feの一部に代えてさらに、
Cu:0.40%以下、
Ni:0.40%以下、及び、
Mo:0.20%以下、
からなる群から選択される1種以上を含有する、
鋼材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼材に関し、さらに詳しくは、冷間鍛造品の素材となる鋼材に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車や建築物の締結に用いられるボルトは、歩留りが高く、製造コストを抑えることが可能な冷間鍛造により形成される。最近、さらなる製造コストの低減のために、冷間鍛造品の製造工程において、冷間鍛造後の中間品に対する仕上げ切削加工が省略される場合がある。仕上げ切削加工が省略される冷間鍛造品では、冷間鍛造ままで、平滑な仕上げ面となることが要求される。冷間鍛造品では特に、冷間加工度が高い部分で表面の粗さが高まることが課題となっている。このような冷間鍛造品の表面のうち、過度に粗さが高い部分が生じることを、表面に肌荒れが発生する、ともいう。
【0003】
具体的には、冷間鍛造品であるボルトは例えば、仕上げ切削加工を省略した次の製造工程で製造される。熱間圧延により製造した線材を準備する。線材を酸洗して脱スケール処理を実施する。スケールが除去された線材に対して、潤滑被膜処理を実施して、線材の表面に潤滑被膜を形成する。潤滑被膜が形成された線材に対して伸線加工(冷間引抜加工)を実施して、鋼線を製造する。鋼線を冷間鍛造してボルト形状の中間品を製造する。中間品に対して焼入れ及び焼戻しを実施して、冷間鍛造品であるボルトを製造する。
【0004】
上記製造工程では、潤滑被膜が形成された線材に対して伸線加工を実施して、鋼線を製造する。この鋼線の表面には潤滑被膜が残っている。潤滑被膜が形成された鋼線に対して冷間鍛造を実施して、ボルト形状の中間品を製造する。しかしながら、冷間鍛造工程において、鋼線の表面上の潤滑被膜が欠乏している場合、又は、剥離している場合、冷間鍛造時において、鋼線と冷間鍛造用の金型とが潤滑被膜を介さずに直接接触する。この場合、鋼線と金型との間の摩擦が過度に増大して焼付きが生じる。焼付きの発生は、冷間鍛造品の肌荒れの原因となる。ボルトの製造の場合は特に、冷間鍛造時において、ボルトフランジ部の座面の冷間加工度が高く、焼付きが生じやすくなる。したがって、潤滑被膜が形成された後に冷間鍛造を実施する鋼材において、冷間鍛造での耐焼付き性の向上が求められている。
【0005】
さらに最近では、自動車や建築物の安全性向上を目的として、高変動軸力下でも使用可能な高耐久比(=疲労強度/引張強度)のボルトも求められている。ボルトの耐久比を高めるために、素材となる鋼材の合金元素の含有量を高める方法が考えられる。しかしながら、高耐久比のボルトを水素が発生する環境(以下、水素発生環境という)で使用した場合、水素脆化に起因する遅れ破壊が生じる場合がある。したがって、ボルトに代表される冷間鍛造品の素材となる鋼材には、冷間鍛造品として製造された場合に高い耐久比を有し、優れた耐遅れ破壊性を有することが求められる。
【0006】
国際公開第2017/002770号(特許文献1)及び、特開2015-105428号公報(特許文献2)は、高強度を有し、優れた耐遅れ破壊性を有する冷間鍛造品が開示されている。
【0007】
特許文献1に開示されたボルトは、質量%で、C:0.32~0.39%、Si:0.15%以下、Mn:0.40~0.65%、P:0.020%以下、S:0.020%以下、Cr:0.85~1.25%、Al:0.005~0.060%、Ti:0.010~0.050%、B:0.0010~0.0030%、N:0.0015~0.0080%、Mo:0~0.05%、V:0~0.05%、Cu:0~0.50%、Ni:0~0.30%、及び、Nb:0~0.05%を含有し、残部がFe及び不純物からなり、4.9≦10C+Si+2Mn+Cr+4Mo+5V≦6.1、及びMn/Cr≦0.55を満たす化学組成を有し、1000~1300MPaの引張強度を有し、[固溶Cr]/Cr≧0.70を満たす。
【0008】
特許文献1に開示されたボルトは、Mn/Crを下げ、伸線前及び冷間鍛造前に軟化を目的とした熱処理を実施しない、又は、熱処理を実施する場合であっても、鋼材に対して700℃以上の保持時間を40分未満とすることによって、Cr炭窒化物の生成を抑制して、固溶Crを高める。これにより、ボルトのミクロ組織である焼戻しマルテンサイトの水素脆化に対する強度を高めることができる、と特許文献1には記載されている。
【0009】
特許文献2に開示されている鋼材は、重量%でC:0.20~0.35%、Si:0.01%以上、Mn:0.3~1.5%、P:0.020%以下(0%を含まない)、S:0.020%以下(0%を含まない)、Cr:0.10~1.5%、Al:0.01~0.10%、B:0.0005~0.005%、及び、N:0.001%以上を含有し、さらに、Ti:0.02~0.10%及びNb:0.02~0.10%の少なくとも1種を含有し、残部が鉄及び不可避的不純物からなる。さらに、鋼材表面のB含有量を、鋼材のD/4部(Dは鋼材の直径を表す)のB含有量を100%として求めたとき、その割合が平均で75%以下であり、且つこの割合の最大値と最小値の差が25%以下であり、鋼材表面から100μm深さまでの領域での旧オーステナイト結晶粒度番号がNo.8以上である。この鋼材は、表面を脱ボロンさせることにより、遅れ破壊の起点となるボロン化合物を低減させ、旧オーステナイト粒径を微細化する。その結果、冷間鍛造品において、優れた耐遅れ破壊性が得られる、と特許文献2には記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【文献】国際公開第2017/002770号
【文献】特開2015-105428号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
しかしながら、特許文献1及び2では、冷間鍛造品の素材である鋼材を用いた冷間鍛造品の製造工程において、鋼材表面に潤滑被膜を形成後の冷間鍛造時における鋼材の耐焼付き性に関して検討されていない。
【0012】
本開示の目的は、製造工程において、鋼材表面に潤滑被膜を形成後の冷間鍛造時における耐焼付き性に優れ、冷間鍛造品にした場合に、高い耐久比及び優れた耐遅れ破壊性を有する鋼材を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本開示の鋼材は、
化学組成が、質量%で、
C:0.10~0.40%、
Si:0.40%以下、
Mn:0.76~1.30%、
P:0.030%以下、
S:0.040%以下、
Cr:0.05~1.20%、
Al:0.005~0.100%、
N:0.001~0.015%、
Ti:0.005~0.100%、
B:0.0003~0.0100%、
Nb:0.003~0.100%、及び、
残部はFe及び不純物からなり、
前記鋼材の長手方向に31.25mmの範囲の表面領域において、前記表面領域の端から0.23mmの位置を第1測定点とし、前記第1測定点から長手方向に1.56mmピッチで第2測定点~第20測定点を特定し、さらに、前記表面領域の端から長手方向に31.02mmの位置を第21測定点と特定し、前記第1測定点~第21測定点での表面から5μm深さ位置での固溶Cr濃度を測定したとき、測定された前記固溶Cr濃度は少なくとも5種類以上あり、前記固溶Cr濃度のうち、最大の固溶Cr濃度を[固溶Crmax](質量%)と定義し、最小の固溶Cr濃度を[固溶Crmin](質量%)と定義し、前記鋼材の前記化学組成中のCr濃度を[Crbase](質量%)と定義したとき、式(1)を満たす。
0.20≦([固溶Crmax]-[固溶Crmin])/[Crbase]≦0.60 (1)
【発明の効果】
【0014】
本開示の鋼材は、製造工程において、鋼材表面に潤滑被膜を形成後の冷間鍛造時における耐焼付き性に優れる。さらに、本開示の鋼材を用いて冷間鍛造品を製造した場合に、高い耐久比及び優れた耐遅れ破壊性を有する冷間鍛造品が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1図1は、本実施形態の鋼材の長手方向の平面図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明者は、冷間鍛造品の製造工程において、鋼材表面に潤滑被膜を形成後の冷間鍛造時における耐焼付き性に優れ、冷間鍛造品にした場合に、高い耐久比及び優れた耐遅れ破壊性を有する鋼材について検討を行った。
【0017】
本発明者は、初めに、鋼材を冷間鍛造及び熱処理して冷間鍛造品とした場合に、高い耐久比及び優れた耐遅れ破壊性を得るための手段について検討した。その結果、本発明者は次の知見を得た。
【0018】
耐久比とは疲労強度σを引張強度TSで除した値である。本発明者は、化学成分が耐久比に及ぼす影響について調査及び検討を行った。冷間鍛造品の耐久比の低下は、(1)焼入れ時に鋼材中の固溶Cが不足する場合、(2)鋼材の焼入れ性が低く、焼入れ後に十分な量のマルテンサイト組織が得られない場合、(3)焼戻し時の合金炭化物の析出が少ない場合、に生じる。したがって、耐久比は焼入れ時に鋼材中の固溶Cを高め、鋼材の焼入れ性を高めるMn及びBを含有し、焼戻し時に炭化物を析出させるCrを含有することが有効である。特に焼入れ性が不十分である場合、耐久比の著しい低下が生じる。そのため、焼入れ性を向上させる効果の高いMnを十分に添加することが有効である。
【0019】
冷間鍛造品のミクロ組織は、焼戻しマルテンサイト組織である。この組織での遅れ破壊は、次のメカニズムで発生する。水素発生環境中の鋼材表面で発生した水素が、鋼材内部に侵入する。侵入した水素は、鋼材中の応力集中部の旧オーステナイト粒界に集積する。集積した水素に起因して、粒界割れが発生し、この粒界割れが遅れ破壊に相当する。本発明者は、化学成分が遅れ破壊に及ぼす影響について調査及び検討を行った。その結果、(4)旧オーステナイト粒径の粗大化を抑制し、(5)粒界に偏析する不純物元素を低減する、ことが有効であることが判明した。そこで、本実施形態では、Alによる窒化物、Ti及びNbによる炭化物を生成して、ピンニング効果により旧オーステナイト粒の粗大化を抑制する。さらに、不純物元素であるP及びSの含有量を低減する。
【0020】
以上の化学組成の観点からの検討に基づいて、本発明者は、化学組成が、質量%で、C:0.10~0.40%、Si:0.40%以下、Mn:0.76~1.30%、P:0.030%以下、S:0.040%以下、Cr:0.05~1.20%、Al:0.005~0.100%、N:0.001~0.015%、Ti:0.005~0.100%、B:0.0003~0.0100%、Nb:0.003~0.100%、Cu:0~0.40%、Ni:0~0.40%、Mo:0~0.20%、及び、残部がFe及び不純物からなる鋼材であれば、冷間鍛造及び熱処理(焼入れ及び焼戻し)後の冷間鍛造品の耐久比を高め、優れた耐遅れ破壊性が得られると考えた。
【0021】
しかしながら、上述の化学組成の鋼材の場合、冷間鍛造品の製造工程において、鋼材表面に潤滑被膜を形成後の冷間鍛造時における耐焼付き性が低い場合があった。そこで、本発明者は、潤滑被膜形成後の冷間鍛造時の鋼材の耐焼付き性について検討を行った。その結果、次の知見を得た。
【0022】
焼付き現象は潤滑被膜の欠乏や剥離によって鋼材表面と冷間鍛造用の金型とが直に接触して摩耗することで生じる。一方、鋼材表面と金型との間に潤滑被膜が安定的に保持されている間は焼付きが生じない。鋼材の長手方向における鋼材表面から5μm深さ位置での固溶Cr濃度のばらつきが大きければ、鋼材表面に潤滑被膜と親和性の高い表面性状が得られる。その結果、鋼材表面での潤滑被膜の密着性を高めることができ、冷間鍛造時の耐焼付き性を抑制できる。一方、鋼材の長手方向における上記固溶Cr濃度のばらつきが大きすぎれば、鋼材表面での潤滑被膜の密着性が過剰に高くなる。この場合、冷間鍛造時の鋼材の変形に、潤滑被膜が追従できずに潤滑被膜が部分的に破断する。その結果、冷間鍛造中に潤滑被膜が欠乏する部分が生じて、焼付きが発生し得る。
【0023】
以上の知見に基づいて、本発明者は、鋼材表面の長手方向での固溶Cr濃度のばらつきを適切な範囲に調整できれば、鋼材表面での潤滑被膜の密着性が適切な範囲となり、冷間鍛造時において耐焼付き性が顕著に高まると考えた。以上の検討に基づいて、上述の化学組成を有する鋼材表面の長手方向における固溶Cr濃度の分布について、検討を行った。その結果、鋼材の長手方向に31.25mmの範囲の表面領域において、表面領域の端から0.23mmの位置を第1測定点とし、第1測定点から長手方向に1.56mmピッチで第2測定点~第20測定点を特定し、さらに、表面領域の端から長手方向に31.02mmの位置を第21測定点と特定し、第1測定点~第21測定点での表面から5μm深さ位置での固溶Cr濃度を測定したとき、次の条件1及び条件2を満たせば、潤滑被膜形成後の冷間鍛造時の鋼材の耐焼付き性が顕著に高まることを見出した。
[条件1]
表面領域で測定された固溶Cr濃度が少なくとも5種類以上存在する。つまり、値が異なる固溶Cr濃度が5つ以上存在する。
[条件2]
測定された固溶Cr濃度(21個の固溶Cr濃度)のうち、最大の固溶Cr濃度を[固溶Crmax](質量%)と定義する。また、最小の固溶Cr濃度を[固溶Crmin](質量%)と定義する。さらに、鋼材の化学組成中のCr濃度を[Crbase](質量%)と定義する。この場合、本実施形態の鋼材は、式(1)を満たす。
0.20≦([固溶Crmax]-[固溶Crmin])/[Crbase]≦0.60 (1)
【0024】
本実施形態の鋼材は、以上の技術思想に基づいて完成したものであり、次の構成を有する。
【0025】
[1]
鋼材であって、
化学組成が、質量%で、
C:0.10~0.40%、
Si:0.40%以下、
Mn:0.76~1.30%、
P:0.030%以下、
S:0.040%以下、
Cr:0.05~1.20%、
Al:0.005~0.100%、
N:0.001~0.015%、
Ti:0.005~0.100%、
B:0.0003~0.0100%、
Nb:0.003~0.100%、及び、
残部はFe及び不純物からなり、
前記鋼材の長手方向に31.25mmの範囲の表面領域において、前記表面領域の端から0.23mmの位置を第1測定点とし、前記第1測定点から長手方向に1.56mmピッチで第2測定点~第20測定点を特定し、さらに、前記表面領域の端から長手方向に31.02mmの位置を第21測定点と特定し、前記第1測定点~第21測定点での表面から5μm深さ位置での固溶Cr濃度を測定したとき、測定された前記固溶Cr濃度は少なくとも5種類以上あり、前記固溶Cr濃度のうち、最大の固溶Cr濃度を[固溶Crmax](質量%)と定義し、最小の固溶Cr濃度を[固溶Crmin](質量%)と定義し、前記鋼材の前記化学組成中のCr濃度を[Crbase](質量%)と定義したとき、式(1)を満たす、
鋼材。
0.20≦([固溶Crmax]-[固溶Crmin])/[Crbase]≦0.60 (1)
【0026】
[2]
[1]に記載の鋼材であって、
前記化学組成は、Feの一部に代えてさらに、
Cu:0.40%以下、
Ni:0.40%以下、及び、
Mo:0.20%以下、
からなる群から選択される1種以上を含有する、
鋼材。
【0027】
以下、本実施形態の鋼材の詳細を説明する。本明細書において、元素に関する「%」は、特に断りがない限り、質量%を意味する。
【0028】
[本実施形態の鋼材の形態について]
本実施形態の鋼材は、棒鋼であってもよいし、線材であってもよい。本実施形態の鋼材はさらに、鋼線であってもよい。本実施形態の鋼材は、冷間鍛造品の素材として好適である。つまり、本実施形態の鋼材は、冷間鍛造品用途に適する。
【0029】
本実施形態の鋼材の化学組成は、次の元素を含有する。
【0030】
C:0.10~0.40%
炭素(C)は、本実施形態の鋼材を用いて製造される冷間鍛造品の耐久比を高める。C含有量が0.10%未満であれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。一方、C含有量が0.40%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼材の靱性が低下する。そのため、鋼材の耐冷間鍛造割れ性が低下する。したがって、C含有量は0.10~0.40%である。C含有量の好ましい下限は0.11%であり、さらに好ましくは0.12%であり、さらに好ましくは0.15%である。C含有量の好ましい上限は0.39%であり、さらに好ましくは0.38%であり、さらに好ましくは0.35%である。
【0031】
Si:0.40%以下
シリコン(Si)は不純物である。Si含有量が0.40%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼材の靱性が低下する。そのため、鋼材の耐冷間鍛造割れ性が低下する。したがって、Si含有量は0.40%以下である。Si含有量の好ましい上限は0.35%であり、さらに好ましくは0.30%であり、さらに好ましくは0.25%であり、さらに好ましくは0.20%である。Si含有量はなるべく低い方が好ましい。しかしながら、Si含有量の過剰な低減は、生産性を低下し、製造コストを高める。したがって、通常の工業生産を考慮した場合、Si含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.01%であり、さらに好ましくは0.02%であり、さらに好ましくは0.03%である。
【0032】
Mn:0.76~1.30%
マンガン(Mn)は鋼を脱酸する。Mnはさらに、鋼材の焼入れ性を高めて鋼材の強度を高める。そのため、本実施形態の鋼材を用いて製造される冷間鍛造品の耐久比が高まる。Mn含有量が0.76%未満であれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。一方、Mn含有量が1.30%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼材の靱性が低下して、鋼材の耐冷間鍛造割れ性が低下する。したがって、Mn含有量は0.76~1.30%である。Mn含有量の好ましい下限は0.77%であり、さらに好ましくは0.78%であり、さらに好ましくは0.80%である。Mn含有量の好ましい上限は1.29%であり、さらに好ましくは1.28%であり、さらに好ましくは1.25%である。
【0033】
P:0.030%以下
リン(P)は不純物である。P含有量が0.030%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、Pが旧オーステナイト粒界に過剰に偏析して粒界強度を低下させる。その結果、本実施形態の鋼材を用いて製造される冷間鍛造品の耐遅れ破壊性が低下する。したがって、P含有量は0.030%以下である。P含有量の好ましい上限は0.028%であり、さらに好ましくは0.025%であり、さらに好ましくは0.020%である。P含有量はなるべく低い方が好ましい。しかしながら、P含有量の過剰な低減は、生産性を低下し、製造コストを高める。したがって、通常の工業生産を考慮した場合、P含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.001%であり、さらに好ましくは0.002%であり、さらに好ましくは0.003%である。
【0034】
S:0.040%以下
硫黄(S)は不純物である。S含有量が0.040%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、Sが旧オーステナイト粒界に過剰に偏析して粒界強度を低下させる。その結果、本実施形態の鋼材を用いて製造される冷間鍛造品の耐遅れ破壊性が低下する。したがって、S含有量は0.040%以下である。S含有量の好ましい上限は0.035%であり、さらに好ましくは0.030%であり、さらに好ましくは0.020%である。S含有量はなるべく低い方が好ましい。しかしながら、S含有量の過剰な低減は、生産性を低下し、製造コストを高める。したがって、通常の工業生産を考慮した場合、S含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.001%であり、さらに好ましくは0.002%であり、さらに好ましくは0.003%である。
【0035】
Cr:0.05~1.20%
クロム(Cr)は、鋼材表面と潤滑剤(潤滑被膜)との密着性を高める。その結果、本実施形態の鋼材を用いた冷間鍛造品の製造工程において、冷間鍛造時の耐焼付き性が高まる。Crはさらに、鋼材の焼入れ性を高め、本実施形態の鋼材を用いて製造される冷間鍛造品の耐久比を高める。Cr含有量が0.05%未満であれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。一方、Cr含有量が1.20%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼材の靱性が低下し、鋼材の耐冷間鍛造割れ性が低下する。したがって、Cr含有量は0.05~1.20%である。Cr含有量の好ましい下限は0.10%であり、さらに好ましくは0.20%であり、さらに好ましくは0.25%である。Cr含有量の好ましい上限は1.15%であり、さらに好ましくは1.10%であり、さらに好ましくは1.00%である。
【0036】
Al:0.005~0.100%
アルミニウム(Al)は、鋼を脱酸する。Alはさらに、Nと結合してAl窒化物を形成する。Al窒化物は、ピンニング効果を発揮して、オーステナイト粒の粗大化を抑制する。その結果、本実施形態の鋼材を用いて製造される冷間鍛造品の耐遅れ破壊性が高まる。Al含有量が0.005%未満であれば、上記効果が十分に得られない。一方、Al含有量が0.100%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、粗大なAl窒化物が生成する。粗大なAl窒化物は破壊の起点となるため、鋼材の耐冷間鍛造割れ性が低下する。したがって、Al含有量は0.005~0.100%である。Al含有量の好ましい下限は0.006%であり、さらに好ましくは0.007%であり、さらに好ましくは0.008%である。Al含有量の好ましい上限は0.090%であり、さらに好ましくは0.080%であり、さらに好ましくは0.070%である。本実施形態の鋼材の化学組成において、Al含有量は、全Al(Total-Al)含有量を意味する。
【0037】
N:0.001~0.015%
窒素(N)は、Al、Ti及びBと結合して窒化物を形成する。これらの窒化物は、ピンニング効果を発揮して、オーステナイト粒の粗大化を抑制する。その結果、本実施形態の鋼材を用いて製造される冷間鍛造品の耐遅れ破壊性を高める。N含有量が0.001%未満であれば、上記効果が十分に得られない。一方、N含有量が0.015%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、粗大な窒化物が生成する。粗大な窒化物は破壊の起点となるため、鋼材の耐冷間鍛造割れ性が低下する。したがって、N含有量は0.001~0.015%である。N含有量の好ましい下限は0.002%であり、さらに好ましくは0.003%であり、さらに好ましくは0.004%である。N含有量の好ましい上限は0.014%であり、さらに好ましくは0.013%であり、さらに好ましくは0.012%である。
【0038】
Ti:0.005~0.100%
チタン(Ti)はNと結合して窒化物を形成して、固溶Bが窒化物になるのを抑制する。これにより、鋼材の焼入れ性が高まる。Tiはさらに、炭化物、窒化物及び炭窒化物を形成して、ピンニング効果を発揮して、オーステナイト粒の粗大化を抑制する。その結果、本実施形態の鋼材を用いて製造される冷間鍛造品の耐遅れ破壊性を高める。Ti含有量が0.005%未満であれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。一方、Ti含有量が0.100%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、粗大な窒化物が生成する。粗大な窒化物は破壊の起点となるため、鋼材の耐冷間鍛造割れ性が低下する。したがって、Ti含有量は0.005~0.100%である。Ti含有量の好ましい下限は0.006%であり、さらに好ましくは0.007%であり、さらに好ましくは0.008%である。Ti含有量の好ましい上限は0.090%であり、さらに好ましくは0.080%であり、さらに好ましくは0.070%である。
【0039】
B:0.0003~0.0100%
ボロン(B)は焼入れ時にオーステナイト粒界に偏析し、鋼材の焼入れ性を高める。その結果、本実施形態の鋼材を用いて製造される冷間鍛造品の耐久比を高める。B含有量が0.0003%未満であれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。一方、B含有量が0.0100%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、粗大な窒化物が生成する。粗大な窒化物は破壊の起点となるため、鋼材の耐冷間鍛造割れ性が低下する。したがって、B含有量は0.0003~0.0100%である。B含有量の好ましい下限は0.0004%であり、さらに好ましくは0.0005%であり、さらに好ましくは0.0006%である。B含有量の好ましい上限は0.0090%であり、さらに好ましくは0.0080%であり、さらに好ましくは0.0070%である。
【0040】
Nb:0.003~0.100%
ニオブ(Nb)はCと結合して炭化物を形成し、ピンニング効果を発揮して、オーステナイト粒の粗大化を抑制する。その結果、本実施形態の鋼材を用いて製造される冷間鍛造品の耐遅れ破壊性を高める。Nb含有量が0.003%未満であれば、上記効果が十分に得られない。一方、Nb含有量が0.100%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、粗大な炭化物が生成する。粗大な炭化物は、破壊の起点となるため、鋼材の耐冷間鍛造割れ性が低下する。したがって、Nb含有量は0.003~0.100%である。Nb含有量の好ましい下限は0.004%であり、さらに好ましくは0.005%であり、さらに好ましくは0.006%である。Nb含有量の好ましい上限は0.090%であり、さらに好ましくは0.080%であり、さらに好ましくは0.070%である。
【0041】
本実施形態の鋼材の化学組成の残部は、Fe及び不純物からなる。ここで、不純物とは、鋼材を工業的に製造する際に、原料としての鉱石、スクラップ、又は、製造環境などから混入されるものであって、本実施形態の鋼材に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
【0042】
[任意元素(optional elements)について]
本実施形態の鋼材の化学組成はさらに、Feの一部に代えて、Cu、Ni及びMoからなる群から選択される1種以上を含有してもよい。これらの元素はいずれも任意元素であり、含有されなくてもよい。含有される場合、これらの元素はいずれも、鋼材の焼入れ性を高め、実施形態の鋼材を用いて製造される冷間鍛造品の耐久比を高める。
【0043】
Cu:0.40%以下
銅(Cu)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Cu含有量は0%であってもよい。含有される場合、つまり、Cu含有量が0%超である場合、Cuは鋼材の焼入れ性を高めて鋼材の強度を高める。そのため、本実施形態の鋼材を用いて製造される冷間鍛造品の耐久比が高まる。Cuが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Cu含有量が0.40%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、熱間圧延後の鋼材において、高硬度のマルテンサイトが生成する場合がある。この場合、伸線加工時において、鋼材が破断する場合がある。したがって、Cu含有量は0.40%以下である。つまり、Cu含有量は0~0.40%であり、Cuが含有される場合、0超~0.40%である。つまり、含有される場合、Cu含有量は0.40%以下である。Cu含有量の好ましい下限は0.01%であり、さらに好ましくは0.02%であり、さらに好ましくは0.03%である。Cu含有量の好ましい上限は0.35%であり、さらに好ましくは0.30%であり、さらに好ましくは0.25%であり、さらに好ましくは0.20%である。
【0044】
Ni:0.40%以下
ニッケル(Ni)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Ni含有量は0%であってもよい。含有される場合、つまり、Ni含有量が0%超である場合、Niは鋼材の焼入れ性を高めて鋼材の強度を高める。そのため、本実施形態の鋼材を用いて製造される冷間鍛造品の耐久比が高まる。Niが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Ni含有量が0.40%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、熱間圧延後の鋼材において、高硬度のマルテンサイトが生成する場合がある。この場合、伸線加工時において、鋼材が破断する場合がある。したがって、Ni含有量は0.40%以下である。つまり、Ni含有量は0~0.40%であり、Niが含有される場合、0超~0.40%である。つまり、含有される場合、Ni含有量は0.40%以下である。Ni含有量の好ましい下限は0.01%であり、さらに好ましくは0.02%であり、さらに好ましくは0.03%である。Ni含有量の好ましい上限は0.35%であり、さらに好ましくは0.30%であり、さらに好ましくは0.25%であり、さらに好ましくは0.20%である。
【0045】
Mo:0.20%以下
モリブデン(Mo)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Mo含有量は0%であってもよい。含有される場合、つまり、Mo含有量が0%超である場合、Moは鋼材の焼入れ性を高めて鋼材の強度を高める。Moはさらに炭化物を生成して、析出強化により、鋼材の強度を高める。そのため、本実施形態の鋼材を用いて製造される冷間鍛造品の耐久比が高まる。Moが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Mo含有量が0.20%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、熱間圧延後の鋼材において、高硬度のマルテンサイトが生成する場合がある。この場合、伸線加工時において、鋼材が破断する場合がある。したがって、Mo含有量は0.20%以下である。つまり、Mo含有量は0~0.20%であり、Moが含有される場合、0超~0.20%である。つまり、含有される場合、Mo含有量は0.20%以下である。Mo含有量の好ましい下限は0.01%であり、さらに好ましくは0.02%であり、さらに好ましくは0.03%である。Mo含有量の好ましい上限は0.18%であり、さらに好ましくは0.16%であり、さらに好ましくは0.14%である。
【0046】
[鋼材の化学組成の測定方法]
本実施形態の鋼材の化学組成は、周知の成分分析法で測定できる。具体的には、ドリルを用いて、鋼材のR/2位置(鋼材の長手方向に垂直な断面での半径Rの中央位置)から切粉を生成し、その切粉を採取する。採取された切粉を酸に溶解させて溶液を得る。溶液に対して、ICP-AES(Inductively Coupled Plasma Atomic Emission Spectrometry)を実施して、化学組成の元素分析を実施する。C含有量及びS含有量については、周知の高周波燃焼法(燃焼-赤外線吸収法)により求める。N含有量については、周知の不活性ガス溶融-熱伝導度法を用いて求める。なお、上記測定方法で得られたCr濃度(質量%)を、[Crbase]と定義する。
【0047】
[鋼材表面の固溶Cr濃度分布について]
本実施形態の鋼材の長手方向に31.25mmの範囲を、「表面領域」と定義する。鋼材の長手方向に31.25mmの範囲であれば、任意の領域を、「表面領域」に選択してよい。表面領域において、Cr濃度分布は、ある程度のばらつきを有する。表面領域のCr濃度分布は次のとおり定義する。
【0048】
図1は、本実施形態の鋼材の長手方向の平面図である。図1を参照して、鋼材の表面のうち、長手方向に31.25mmの任意の範囲を、表面領域ARと定義する。表面領域ARの端P0から鋼材の長手方向に0.23mm位置を第1測定点P1と定義する。そして、第1測定点P1から長手方向(端P0と反対側の長手方向)に1.56mmピッチで第2測定点P2~第20測定点P20を特定する。さらに、端P0から長手方向(P1~P20と同じ側の長手方向)に31.02mmの位置を、第21測定点P21と定義する。端P0から長手方向(P1~P21と同じ側の長手方向)に31.25mmの位置を、端P22と定義する。端P22は、表面領域のうち、端P0と反対側の端に相当する。
【0049】
第1測定点P1~第21測定点P21での表面から5μm深さ位置での固溶Cr濃度を測定する。このとき、測定された固溶Cr濃度は、次の条件1及び条件2を満たす。
[条件1]
本実施形態の鋼材では、表面領域ARで測定された固溶Cr濃度が少なくとも5種類以上存在する。つまり、値が異なる固溶Cr濃度が5つ以上存在する。
[条件2]
測定された固溶Cr濃度(21個の固溶Cr濃度)のうち、最大の固溶Cr濃度を[固溶Crmax](質量%)と定義する。また、最小の固溶Cr濃度を[固溶Crmin](質量%)と定義する。さらに、鋼材の化学組成中のCr濃度を[Crbase](質量%)と定義する。この場合、本実施形態の鋼材は、式(1)を満たす。
0.20≦([固溶Crmax]-[固溶Crmin])/[Crbase]≦0.60 (1)
以下、条件1及び条件2について説明する。
【0050】
[条件1について]
表面領域で測定された21個の固溶Cr濃度において、値の異なる固溶Cr濃度が5個未満である場合、つまり、値の異なる固溶Cr濃度が4個以下である場合、鋼材の表面でのCr濃度のばらつきが少ない。この場合、伸線加工工程前の潤滑被膜処理工程において、潤滑剤(潤滑被膜)の密着性が低下する。そのため、潤滑被膜処理工程及び伸線加工工程後の鋼材において、潤滑被膜が剥離しやすく、冷間鍛造工程時に焼付きが発生しやすくなる。つまり、鋼材の耐焼付き性が低下する。
【0051】
表面領域で測定された21個の固溶Cr濃度において、値の異なる固溶Cr濃度が5個以上であれば、鋼材の化学組成中の各元素含有量が本実施形態の範囲内であり、かつ、条件2を満たすことを前提として、伸線加工工程前の潤滑被膜処理工程において、潤滑剤(潤滑被膜)の密着性を高めることができる。その結果、潤滑被膜処理工程及び伸線加工工程後の鋼材において、潤滑被膜の剥離を抑制でき、冷間鍛造工程時における鋼材の耐焼付き性が高まる。
【0052】
固溶Cr濃度の種類の好ましい下限は6であり、さらに好ましくは7であり、さらに好ましくは8である。表面領域ARにおける固溶Cr濃度の種類はなるべく多い方が好ましい。つまり、表面領域ARにおいて、値が異なる固溶Cr濃度の数は多い方が好ましく、表面領域ARにおける固溶Cr濃度のばらつきはなるべく多い方が好ましい。しかしながら、表面領域ARにおける固溶Cr濃度の種類を過剰に多くすれば、生産性が顕著に低下し、製造コストが高くなる。したがって、通常の工業生産を考慮した場合、固溶Cr濃度の種類(つまり、値の異なる固溶Cr濃度の個数)の好ましい上限は20であり、さらに好ましくは19であり、さらに好ましくは17である。
【0053】
[条件2について]
F1=([固溶Crmax]-[固溶Crmin])/[Crbase]と定義する。F1は、鋼材の芯部でのCr濃度に対する、鋼材表面での固溶Cr濃度のばらつきを示す指標である。F1が0.20未満であれば、鋼材の芯部でのCr濃度に対して、鋼材表面での固溶Cr濃度のばらつきが小さすぎる。この場合、伸線加工工程前の潤滑被膜処理工程において、潤滑剤(潤滑被膜)の密着性が低下する。そのため、潤滑被膜処理工程及び伸線加工工程後の鋼材において、潤滑被膜が剥離しやすく、冷間鍛造工程時に焼付きが発生しやすくなる。つまり、鋼材の耐焼付き性が低下する。
【0054】
一方、F1が0.60を超えれば、鋼材の芯部でのCr濃度に対して、鋼材表面での固溶Cr濃度のばらつきが大きすぎる。この場合、伸線加工工程前の潤滑被膜処理工程において、潤滑剤(潤滑被膜)の密着性が過度に高くなる。その結果、冷間鍛造時において、鋼材の変形に対して潤滑被膜が追従できずに潤滑被膜の一部が破断する。この場合、冷間鍛造時の鋼材表面において、潤滑被膜が欠乏している領域が発生し、焼付きが発生する。つまり、潤滑被膜を形成した鋼材において、冷間鍛造工程での耐焼付き性が低下する。
【0055】
F1が0.20~0.60であれば、鋼材の化学組成中の各元素含有量が本実施形態の範囲内であり、かつ、条件1を満たすことを前提として、伸線加工工程前の潤滑被膜処理工程において、潤滑剤(潤滑被膜)の密着性を高めることができる。その結果、潤滑被膜処理工程及び伸線加工工程後の鋼材において、潤滑被膜の剥離を抑制でき、冷間鍛造工程時におる鋼材の耐焼付き性が高まる。
【0056】
F1の好ましい下限は0.22であり、さらに好ましくは0.24であり、さらに好ましくは0.30である。F1の好ましい上限は0.58であり、さらに好ましくは0.54であり、さらに好ましくは0.50である。
【0057】
[表面領域ARでの各測定点P1~P21での固溶Cr濃度の測定方法]
表面領域ARでの各測定点P1~P21での固溶Cr濃度は次の方法で測定できる。測定には、X線光電子分光法を用いる。鋼材の表面領域ARを含むサンプルを採取する。採取したサンプルに対して、加速電圧4kVのアルゴンイオン銃で、表面領域ARを5μm深さまでスパッタする。スパッタ後の表面領域ARの各測定点P1~P21(つまり、表面から5μm深さ位置での各測定点P1~P21)に対して、線径50μmのX線を照射する。各測定点P1~P21から得られる光電子の運動エネルギー及び強度に基づいて、固溶Cr濃度の定量を行う。
【0058】
測定された21個の固溶Cr濃度において、値が異なる固溶Cr濃度の数(つまり、固溶Cr濃度の種類)を求める。また、測定された固溶Cr濃度のうち、最大の固溶Cr濃度を[固溶Crmax](質量%)と定義する。最小の固溶Cr濃度を[固溶Crmin](質量%)と定義する。
【0059】
[鋼材のミクロ組織について]
本実施形態の鋼材のミクロ組織は特に限定されない。鋼材のミクロ組織はたとえば、フェライト及びパーライトの総面積率が50.0%以上であり、残部がベイナイトからなる。本実施形態の鋼材のミクロ組織は、フェライト及びパーライトの総面積率が60.0%以上であってもよいし、70.0%以上であってもよいし、80.0%以上であってもよい。なお、鋼材のミクロ組織において、ベイナイト、フェライト及びパーライト以外の領域はたとえば、残留オーステナイト、析出物(セメンタイトを含む)、及び、介在物である。残留オーステナイト、析出物及び介在物の面積率は無視できるほど小さい。
【0060】
[フェライト及びパーライト面積率の測定方法]
本実施形態の鋼材のミクロ組織中のフェライト及びパーライトの総面積率(%)、及び、ベイナイトの面積率(%)は、次の方法で測定される。鋼材の長手方向(軸方向)に垂直な断面(以下、横断面という)のうち、鋼材のR/2位置からサンプルを採取する。採取したサンプルの表面のうち、上記横断面に相当する表面を観察面とする。観察面を鏡面研磨した後、2%硝酸アルコール(ナイタール腐食液)を用いて観察面をエッチングする。エッチングされた観察面を、500倍の光学顕微鏡を用いて観察し、任意の20視野の写真画像を生成する。各視野のサイズは、100μm×100μmとする。
【0061】
各視野において、フェライト、パーライト及びベイナイト等の各相は、相ごとにコントラストが異なる。したがって、コントラストに基づいて、各相を特定する。特定された相のうち、各視野でのフェライトの総面積(μm)、及び、パーライトの総面積(μm)を求める。全ての視野の総面積に対する、全ての視野におけるフェライトの総面積とパーライトの総面積との合計面積の割合を、フェライト及びパーライトの総面積率(%)と定義する。フェライト及びパーライトの総面積率を用いて、ベイナイトの面積率(%)を次の方法で求める。
ベイナイト面積率(%)=100.0-フェライト及びパーライトの総面積率(%)
フェライト及びパーライトの総面積率(%)は、小数第2位を四捨五入して得られた値である。
【0062】
本実施形態の鋼材は、化学組成中の各元素含有量が本実施形態の範囲内であり、かつ、表面領域において、条件1及び条件2を満たす。そのため、本実施形態の鋼材は、冷間鍛造品の製造工程において、潤滑被膜の密着性を適切な範囲に保つことにより、優れた耐焼付き性を有する。さらに、本実施形態の鋼材を冷間鍛造した後に焼入れ及び焼戻しを実施して冷間鍛造品を製造した場合に、冷間鍛造品が、高い耐久比降伏比及び優れた耐遅れ破壊性を有する。
【0063】
[鋼材の製造方法]
本実施形態の鋼材の製造方法の一例を説明する。なお、本実施形態の鋼材は、上記構成を有すれば、製造方法は以下の製造方法に限定されない。ただし、以下に説明する製造方法は、本実施形態の鋼材を製造する好適な一例である。
【0064】
本実施形態の鋼材の製造方法の一例は、素材準備工程と、熱間加工工程と、酸洗工程と、伸線加工工程とを含む。以下、各工程について説明する。
【0065】
[素材準備工程]
素材準備工程では、化学組成中の各元素含有量が本実施形態の範囲内である素材を準備する。素材はたとえば、次の方法により製造される。化学組成中の各元素含有量が本実施形態の範囲内である溶鋼を製造する。上記溶鋼を用いて、鋳造法により素材(鋳片又はインゴット)を製造する。たとえば、上記溶鋼を用いて周知の連続鋳造法により鋳片(ブルーム)を製造する。又は、上記溶鋼を用いて周知の造塊法によりインゴットを製造する。
【0066】
[熱間加工工程]
熱間加工工程では、素材準備工程にて準備された素材(ブルーム又はインゴット)に対して、熱間加工を実施して、中間鋼材を製造する。中間鋼材の形状は特に限定されない。中間鋼材はたとえば、棒鋼又は線材である。
【0067】
熱間加工工程は、粗圧延工程と、仕上げ圧延工程とを含む。粗圧延工程では、素材を熱間圧延してビレットを製造する。粗圧延工程はたとえば、分塊圧延機を用いる。分塊圧延機により素材に対して分塊圧延を実施して、ビレットを製造する。分塊圧延機の下流に連続圧延機が設置されている場合、分塊圧延後のビレットに対してさらに、連続圧延機を用いて熱間圧延を実施して、さらにサイズの小さいビレットを製造してもよい。連続圧延機では、一対の水平ロールを有する水平スタンドと、一対の垂直ロールを有する垂直スタンドとが交互に一列に配列される。以上の工程により、粗圧延工程では、素材をビレットに製造する。粗圧延工程での加熱炉での加熱温度は特に限定されないが、たとえば、1100~1300℃である。
【0068】
仕上げ圧延工程では、初めに加熱炉を用いてビレットを加熱する。加熱後のビレットに対して、連続圧延機を用いて熱間圧延を実施して、中間鋼材(棒鋼又は線材)を製造する。仕上げ圧延工程での加熱炉での加熱温度は特に限定されないが、たとえば、1000~1300℃である。
【0069】
仕上げ圧延工程後の鋼材に対して、冷却(放冷)を行い、本実施形態の中間鋼材を製造する。
【0070】
[酸洗工程]
酸洗工程では、熱間加工工程により製造された中間鋼材に対して、酸洗処理を実施する。酸洗処理では、中間鋼材(線材又は棒鋼)を酸浸漬して脱スケールを実施する。酸浸漬の条件は周知の条件でよい。酸洗浴の温度は10~50℃であり、酸洗浴の酸濃度は2~30%である。酸洗浴への浸漬時間(合計の浸漬時間)は、10~199分である。なお、酸洗浴はたとえば、塩酸であり、硫酸を用いてもよい。
【0071】
酸洗処理により、鋼材の表面領域のCr濃度分布が条件1及び条件2を満たすように調整する。CrはFeよりも酸に溶けにくい。そのため、酸浸漬により中間鋼材(母材)のFeが溶解すると、鋼材表面において、固溶Crが部分的に濃化し、表面領域ARで固溶Cr濃度にばらつきが生じる。酸洗処理において、固溶Cr濃度のばらつきを調整して、伸線加工工程後の鋼材が、条件1及び条件2を満たすように調整する。
【0072】
酸洗処理における鋼材表面の固溶Cr濃度のばらつきの調整方法の一例は、たとえば、次のとおりである。酸洗処理前の中間鋼材に、次のとおりマスキングテープを貼り付ける。
(1)1.0~4.9mm幅のマスキングテープを準備する。
(2)中間鋼材の長手方向に垂直な方向の周長さ(横断面の円周長さ)と同じ長さのマスキングテープを1周分貼り付ける。
(3)貼り付けたマスキングテープの隣に、隙間や重なりを生じることなく、同じ長さ及び同じ幅のマスキングテープを1周分貼り付ける。
(4)上記(3)の動作を繰り返し、隙間及び重なりを生じることなく連続してマスキングテープを、中間鋼材の長手方向に貼り付ける。そして、中間鋼材の長手方向におけるマスキングテープの累積長さが20mmとなったとき、20mmを超えた部分のマスキングテープを除去する。
(5)(2)~(4)を20mm単位で繰り返し実施して、中間鋼材の全長にわたってマスキングテープを貼り付ける。
(6)中間鋼材の長手方向に20mm単位の範囲(以下、単位表面という)で、マスキングテープを1枚剥がして、酸洗処理を実施する。剥がすマスキングテープは各単位表面で同じ位置とする。
(7)(6)の処理を繰り返して、マスキングテープを全て剥がすまで繰り返し酸洗処理を実施する。
なお、(6)及び(7)での各酸洗処理の浸漬時間は、特に制限されないが、たとえば、1~5分とする。
【0073】
[伸線加工工程]
伸線加工工程では、上記酸洗工程後の中間鋼材に対して、冷間で伸線加工(冷間引抜加工)を実施して、本実施形態の鋼材を製造する。伸線加工工程は、潤滑被膜処理工程と、冷間引抜加工工程とを含む。
【0074】
[潤滑被膜形成工程]
潤滑被膜形成工程では、酸洗工程後の中間鋼材の表面に対して、周知の潤滑剤を付着させて潤滑被膜を形成する。潤滑剤(潤滑被膜)の種類や潤滑条件は特に限定されない。潤滑剤はたとえば、りん酸亜鉛、石灰石鹸、金属石鹸、りん非添加の無機塩と滑剤とを含有した潤滑剤等である。潤滑被膜形成工程では、潤滑剤が貯留した潤滑浴に中間鋼材を浸漬して、中間鋼材の表面に潤滑被膜を形成する。潤滑浴への浸漬時間は特に限定されないが、たとえば、1分~30分である。
【0075】
[冷間引抜加工工程]
冷間引抜加工工程では、潤滑被膜が形成された中間鋼材に対して、周知の冷間引抜加工を実施する。冷間引抜加工工程でのダイスの形状や減面率は特に限定されない。ダイスの入側の開き角度は例えば10~25°である。冷間引抜加工での減面率は例えば1~50%である。
【0076】
以上の製造工程により、上述の構成を有する本実施形態の鋼材を製造できる。なお、上述の製造方法は一例である。したがって、上記構成を有する鋼材が製造可能であれば、製造方法は上記方法に限定されない。しかしながら、上記製造方法は、本実施形態の鋼材の好適な製造方法である。
【0077】
なお、本実施形態の鋼材の製造方法は、伸線加工工程を含まなくてもよい。つまり、本実施形態の鋼材は、素材準備工程と、熱間加工工程と、酸洗工程とを実施して製造されてもよい。したがって、本実施形態の鋼材は、棒鋼又は線材であってもよいし、鋼線であってもよい。伸線加工工程を実施せずに鋼材を製造した場合、後述の冷間鍛造品を製造するときに、鋼材に対して伸線加工工程を実施した後、後述の冷間鍛造品の製造方法を実施して、冷間鍛造品を製造する。
【0078】
[冷間鍛造品の製造方法]
本実施形態の鋼材を用いた冷間鍛造品の製造方法の一例として、ボルトの製造方法の一例を説明する。冷間鍛造品の製造方法は、冷間鍛造工程と、熱処理工程とを含む。なお、本実施形態の鋼材が、酸洗工程が実施された後、伸線加工工程を実施されずに製造された場合、冷間鍛造工程前に、鋼材に対して、上述の伸線加工工程を実施する。以下、冷間鍛造工程及び熱処理工程について説明する。
【0079】
[冷間鍛造工程]
ボルトの冷間鍛造工程では、プレス鍛造機を用いて、鋼材に対して冷間加工(冷間鍛造)を実施して、中間品を製造する。冷間鍛造工程では、伸線加工工程で鋼材に形成された潤滑被膜をそのまま用いる。冷間鍛造工程は例えば、据え込み加工による頭部成形工程と、前方押出し加工による軸部成形工程と、転造によるねじ部成形工程とを含む。これらの工程はいずれも周知の工程である。これらの工程のうち、頭部成形工程では特に、フランジ部の座面等で、潤滑被膜の欠乏による焼付きが発生しやすい。しかしながら、本実施形態の鋼材では、表面のCr濃度分布が適切であるため、潤滑被膜の密着度が適切な状態である。そのため、頭部成形工程において、焼付きが生じにくく、優れた耐焼付き性が得られる。冷間鍛造品がボルトである場合の冷間鍛造工程における、フランジ部の拡径率(鍛造後の鋼材の直径を鍛造前の中間品の直径で除した値)は、例えば、1.1~2.5である。冷間鍛造工程での鍛造速度は例えば、10~500mm/秒である。
【0080】
[熱処理工程]
熱処理工程では、冷間鍛造工程後の中間品に対して、周知の焼入れ処理及び焼戻し処理を実施する。焼入れ処理では、例えば、焼入れ温度を800~950℃とし、焼入れ温度での保持時間を10~60分とする。保持時間経過後の中間品を50~100℃の油で急冷(油冷)する。具体的には、上記温度の油浴に、中間品の温度が200℃以下になるまで中間品を浸漬する。焼戻し処理では、焼戻し温度を400~600℃として、焼戻し温度での保持時間を30~120分とする。保持時間経過後の中間品を10~30℃の水浴に浸漬して、中間品の温度を50℃以下にする。
【0081】
以上の製造工程により、冷間鍛造品(ボルト)が製造される。製造された冷間鍛造品は、高い耐久比を有し、優れた耐遅れ破壊性を有する。
【0082】
上述の説明では、冷間鍛造品の一例としてボルトを説明した。しかしながら、本実施形態の鋼材を用いた冷間鍛造品はボルトに限定されない。本実施形態の鋼材は、ボルト以外の冷間鍛造品にも広く適用可能である。
【実施例
【0083】
実施例により本発明の一態様の効果をさらに具体的に説明する。以下の実施例での条件は、本実施形態の鋼材の実施可能性及び効果を確認するために採用した一条件例である。したがって、本発明はこの一条件例に限定されない。本発明は、本発明の要旨を逸脱せず、本発明の目的を達成する限り、種々の条件を採用し得る。
【0084】
表1に示す化学組成を有する溶鋼を製造した。
【0085】
【表1】
【0086】
表1中の「-」部分は、対応する元素の含有量が検出限界未満であったことを意味する。つまり、対応する元素含有量が0%であったことを意味する。具体的には、表1における試験番号1において、Cu含有量が小数第3位を四捨五入した場合に0%であったことを意味し、Ni含有量が小数第3位を四捨五入した場合に0%であったことを意味し、Mo含有量が小数第3位を四捨五入した場合に0%であったことを意味する。
【0087】
[素材準備工程及び熱間加工工程]
上記溶鋼を用いて連続鋳造法により鋳片(ブルーム)を製造した。鋳片を加熱した後、粗圧延工程である分塊圧延及びその後の連続圧延機による圧延を実施して、長手方向に垂直な断面が160mm×160mmのビレットを製造した。分塊圧延での加熱温度は1200℃であった。
【0088】
製造されたビレットを用いて、仕上げ圧延工程を実施して、直径15mmの中間鋼材(線材)を製造した。仕上げ圧延工程における各試験番号の加熱炉での加熱温度は、1200℃であった。仕上げ圧延後の中間鋼材を放冷した。
【0089】
[酸洗工程]
各試験番号の中間鋼材を長さ1000mmで切断して、中間鋼材試験片とした。各試験番号の中間鋼材試験片に対して、次の酸洗処理を実施した。
(1)表2の「マスキング幅(mm)」欄に記載の幅(mm)のマスキングテープを準備した。
(2)対応する試験番号の中間鋼材試験片の円周方向にマスキングテープを1周分貼り付けた。
(3)貼り付けたマスキングテープの隣に、隙間や重なりを生じることなく、同じ長さ及び同じ幅のマスキングテープを1周分貼り付けた。
(4)上記(3)の動作を繰り返し、隙間及び重なりを生じることなく連続してマスキングテープを、中間鋼材試験片の長手方向に貼り付けた。そして、中間鋼材試験片の長手方向におけるマスキングテープの累積長さが20mmとなったとき、20mmを超えた部分のマスキングテープを除去した。
(5)(2)~(4)を20mm単位で50回繰り返し実施して、中間鋼材試験片の全長1000mmにわたってマスキングテープを貼り付けた。
(6)中間鋼材試験片の長手方向に20mm単位の範囲(以下、単位表面という)で、マスキングテープを1枚剥がして、酸洗処理を実施した。剥がすマスキングテープは各単位表面で同じ位置とした。酸洗処理では、25℃に保持された10%塩酸水溶液(酸洗浴)に中間鋼材試験片の全長を浸漬した。浸漬時間は1分以上とした。
(7)(6)を繰り返して、中間鋼材試験片のマスキングテープを全て剥がすまで酸洗を繰り返した。最後の酸洗浴への浸漬時間は5分として、全ての酸洗処理における酸洗浴への合計の浸漬時間を総酸洗時間(分)とする(表2の「総酸洗時間(分)」欄に表記)。
【0090】
【表2】
【0091】
[伸線加工工程]
酸洗工程後の中間鋼材試験片を石灰石鹸溶液に15分浸漬して、中間鋼材試験片の表面に石灰石鹸被膜(潤滑被膜)を形成した。潤滑被膜を形成した後、冷間引抜を実施した。冷間引抜に用いたダイスの入側の開き角度は15°であった。直径15mmの中間鋼材試験片に対して冷間引抜を実施して、直径12mmの鋼材(鋼線)を製造した。冷間引抜での減面率は36%であった。なお、マスキングテープの単位表面(20mm)は、冷間引抜加工後に31.25mmとなった。
【0092】
以上の製造工程により、各試験番号の鋼材試験片を製造した。各鋼材試験片に対して、上述の方法により、ミクロ組織を観察して、フェライト及びパーライトの面積率、及び、ベイナイトの面積率を測定した。その結果、いずれの試験番号においても、フェライト及びパーライトの総面積率は80.0%以上であり、残部はベイナイトであった。
【0093】
[冷間鍛造品の製造]
各試験番号の鋼材試験片を用いて、次の冷間鍛造工程及び熱処理工程を実施して、冷間鍛造品を製造した。
【0094】
[冷間鍛造工程]
鋼材試験片を100mmに切断した。鍛造速度300mm/秒のプレス鍛造機を用いて、ボルト頭部を据え込み成形し、フランジ部の径が18mm(拡径率1.5)のボルト形状の中間品を製造した。
【0095】
[熱処理工程]
中間品に対して、焼入れ及び焼戻しを実施した。焼入れ温度は860℃であり、保持時間は30分とした。保持時間経過後の中間品を50~100℃の油で油冷した。焼戻し温度は470℃であり、保持時間は60分とした。保持時間経過後の中間品を10~30℃の水浴に浸漬して、中間品の温度を50℃以下にした。
【0096】
以上の製造工程により、各試験番号の冷間鍛造品(ボルト)を製造した。
【0097】
各試験番号の鋼材試験片及び冷間鍛造品(ボルト)に対して、さらに、次の評価試験を実施した。
【0098】
[評価試験]
[鋼材の化学組成分析試験]
各試験番号の鋼材試験片の化学組成を次の方法で求めた。鋼材のR/2位置(鋼材の長手方向に垂直な断面での半径Rの中央位置)から切粉を生成し、その切粉を採取した。採取された切粉を酸に溶解させて溶液を得た。溶液に対して、ICP-AESを実施して、化学組成の元素分析を実施した。C含有量及びS含有量については、周知の高周波燃焼法(燃焼-赤外線吸収法)により求めた。N含有量については、周知の不活性ガス溶融-熱伝導度法を用いて求めた。測定の結果、いずれの試験番号の鋼材試験片も表1の化学組成のとおりであった。なお、上記測定方法で得られたCr濃度(質量%)を、[Crbase]と定義した。
【0099】
[各測定点P1~P21での固溶Cr濃度測定試験]
各試験番号の鋼材試験片において、図1に示すとおり、鋼材の表面のうち、長手方向に31.25mmの任意の範囲を表面領域ARと定義した。表面領域ARの端P0から長手方向に0.23mm位置を第1測定点P1と定義した。第1測定点P1から長手方向(端P0と反対側の長手方向)に1.56mmピッチで第2測定点P2~第20測定点P20を特定した。さらに、端P0から長手方向(P1~P20と同じ側の長手方向)に31.02mmの位置を、第21測定点P21と定義した。端P0から長手方向(P1~P21と同じ側の長手方向)に31.25mmの位置を、端P22と定義した。端P22は、表面領域のうち、端P0と反対側の端に相当した。
【0100】
表面領域ARでの各測定点P1~P21の固溶Cr濃度は次の方法で測定した。測定には、X線光電子分光法を用いた。鋼材の表面領域ARを含むサンプルを採取した。採取したサンプルに対して、加速電圧4kVのアルゴンイオン銃で、表面領域ARを5μm深さまでスパッタした。スパッタ後の表面領域ARの各測定点P1~P21(つまり、表面から5μm深さ位置での各測定点P1~P21)に対して、線径50μmのX線を照射した。各測定点P1~P21から得られる光電子の運動エネルギー及び強度に基づいて、固溶Cr濃度の定量を行った。以上の方法により、各試験番号の鋼材試験片において、表面領域ARの測定点P1~P21での固溶Cr濃度(質量%)を測定した。測定点P1~P21において、得られたCr濃度の小数第3位を四捨五入した値を、当該測定点でのCr濃度(質量%)とした。
【0101】
測定された21個の固溶Cr濃度において、値の異なる固溶Cr濃度の数(つまり、固溶Cr濃度の種類)DNを求めた。数DNを表2に示す。さらに、測定された固溶Cr濃度のうち、最大の固溶Cr濃度を[固溶Crmax](質量%)と定義した。また、最小の固溶Cr濃度を[固溶Crmin](質量%)と定義した。得られた[固溶Crmax]、及び、[固溶Crmin]を表2に示す。
【0102】
[耐焼付き性評価試験]
各試験番号の鋼材に対して冷間鍛造を実施した中間品を100本製造した。冷間鍛造後の中間品(100本)のうち、任意の20本の中間品のフランジ部座面の表面粗さ(算術平均粗さRa)について、粗さ計を用いて半径方向に20°ピッチで3カ所測定した。3カ所×20本の算術平均粗さRaの算術平均値を、その試験番号での算術平均粗さRa(μm)と定義した。なお、算術平均粗さRaはJIS B 0601(1994)に準拠して測定し、カットオフ値の標準値は0.8mmとし、評価長さは3.0mmとした。得られた算術平均粗さRaに基づいて、耐焼付き性を次のとおり評価した。
評価A:算術平均粗さRaが1.00μm以下
評価B:算術平均粗さRaが1.00超~1.25μm
評価C:算術平均粗さRaが1.25超~1.50μm
評価D:算術平均粗さRaが1.50超~1.75μm
評価X:算術平均粗さRaが1.75μm超
評価A~評価Dの場合、鋼材は耐焼付き性に優れると判断した。評価Xの場合、鋼材の耐焼付き性が低いと判断した。評価結果を表2に示す。
【0103】
[冷間鍛造品の耐久比評価試験]
各試験番号の冷間鍛造品の表面から1mm深さ位置までの領域(表層領域)を除く部分(内部領域)から、JIS Z 2241(2011)に規定される14A号試験片を採取した。
【0104】
採取した試験片2本を用いて、まず、各試験番号の冷間鍛造品の引張強度TS(MPa)を求めた。具体的には、JIS B 1051(2014)に準拠した引張試験を大気中の常温(25℃)で実施し、試験片2本のそれぞれの引張強度を求めた。試験片2本のそれぞれの引張強度の算術平均値を、その試験番号の冷間鍛造品の引張強度TS(MPa)と定義した。
【0105】
採取した試験片を用いて、次に、各試験番号の冷間鍛造品の疲労強度σ(MPa)を求めた。具体的には、JIS Z 2273(1978)に準拠して、大気中の常温(25℃)で、正弦波で位相0(MPa)の両振り疲労試験を実施した。上述の方法で求めた引張強度TS(MPa)の0.6倍の負荷を初回の振幅応力として、疲労試験を開始した。試験毎に振幅応力を引張強度TS(MPa)の0.6倍から20MPaずつ下げていき、繰り返し数10回で破断しない最大の応力を疲労強度σ(MPa)とした。周波数は15Hzとした。
【0106】
得られた疲労強度σ及び引張強度TSを用いて、次式によりその試験番号の冷間鍛造品の耐久比を求めた。
耐久比=疲労強度σ/引張強度TS
【0107】
得られた耐久比を次のとおり評価した。
評価S:耐久比が0.52以上
評価A:耐久比が0.50~0.51
評価B:耐久比が0.48~0.49
評価C:耐久比が0.46~0.47
評価D:耐久比が0.44~0.45
評価X:耐久比が0.43以下
評価S~Dの場合、冷間鍛造品の耐久比は高いと評価した。評価Xの場合、冷間鍛造品の耐久比は低いと判断した。評価結果を表2に示す。
【0108】
[耐遅れ破壊性]
各試験番号の冷間鍛造品(ボルト)を20本選択した。選択された冷間鍛造品(ボルト)を軸力が降伏強度YSの80%となるように、締結用ブロックに締結した。降伏強度YSは、JIS B 1051(2014)に準拠した引張試験を大気中の常温(25℃)で実施することにより、求めた。締結後の20本の冷間鍛造品(ボルト)をJIS Z 2371(2015)に準拠した中性塩水噴霧環境に配置して、30日間曝露後の破断発生頻度を測定した。破断発生頻度(=破断が確認された本数/20本)に基づいて、耐遅れ破壊性を次のとおり評価した。
評価A:破断発生頻度が0/20~1/20
評価B:破断発生頻度が2/20~4/20
評価C:破断発生頻度が5/20~7/20
評価X:破断発生頻度が8/20以上
評価A~評価Cの場合、冷間鍛造品は耐遅れ破壊性に優れると判断した。評価Xの場合、冷間鍛造品の耐遅れ破壊は低いと判断した。
【0109】
[評価結果]
表2を参照して、試験番号1~12、14、15、17~20、22~25、27~33、36~43の鋼材の化学組成中の各元素含有量は適切であった。さらに、製造条件も適切であった。そのため、鋼材表面の固溶Cr濃度の種類(値の異なる固溶Cr濃度の数)が5以上であった。さらに、F1が式(1)を満たした。その結果、これらの試験番号の鋼材では、潤滑被膜を形成後の冷間鍛造時における耐焼付き性に優れた。さらに、これらの鋼材試験片を用いて製造された冷間鍛造品において、高い耐久比が得られ、かつ、優れた耐遅れ破壊性が得られた。
【0110】
一方、試験番号13では、鋼材の化学組成中のCr含有量が低かった。そのため、潤滑被膜を形成後の冷間鍛造時における鋼材の耐焼付き性が低かった。さらに、冷間鍛造品の耐久比が低かった。
【0111】
試験番号34では、鋼材の化学組成は適切であったものの、酸洗工程で用いたマスキングテープの幅が不適切であった。そのため、表面領域ARでの固溶Cr濃度の種類が5未満となった。その結果、潤滑被膜を形成後の冷間鍛造時における鋼材の耐焼付き性が低かった。
【0112】
試験番号35では、鋼材の化学組成は適切であったものの、酸洗工程での総酸洗時間が長すぎた。そのため、F1が式(1)の上限を超えた。その結果、潤滑被膜を形成後の冷間鍛造時における鋼材の耐焼付き性が低かった。
【0113】
試験番号44では、鋼材の化学組成は適切であったものの、酸洗工程での総酸洗時間が短すぎた。そのため、F1が式(1)の下限未満であった。その結果、潤滑被膜を形成後の冷間鍛造時における鋼材の耐焼付き性が低かった。
【0114】
試験番号16では、Al含有量が低すぎた。試験番号21では、Ti含有量が低すぎた。試験番号26では、Nb含有量が低すぎた。その結果、これらの試験番号では、耐遅れ破壊性が低かった。
【0115】
以上、本開示の実施の形態を説明した。しかしながら、上述した実施の形態は本開示を実施するための例示に過ぎない。したがって、本開示は上述した実施の形態に限定されることなく、その趣旨を逸脱しない範囲内で上述した実施の形態を適宜変更して実施することができる。
図1