(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-01
(45)【発行日】2024-10-09
(54)【発明の名称】表面被覆切削工具
(51)【国際特許分類】
B23B 27/14 20060101AFI20241002BHJP
B23B 27/20 20060101ALI20241002BHJP
C23C 14/06 20060101ALI20241002BHJP
【FI】
B23B27/14 A
B23B27/20
C23C14/06 A
(21)【出願番号】P 2021553475
(86)(22)【出願日】2020-10-20
(86)【国際出願番号】 JP2020039466
(87)【国際公開番号】W WO2021085253
(87)【国際公開日】2021-05-06
【審査請求日】2023-05-15
(31)【優先権主張番号】P 2019195796
(32)【優先日】2019-10-29
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006264
【氏名又は名称】三菱マテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100208568
【氏名又は名称】木村 孔一
(74)【代理人】
【識別番号】100139240
【氏名又は名称】影山 秀一
(72)【発明者】
【氏名】土橋 正卓
【審査官】中川 康文
(56)【参考文献】
【文献】特開2015-178171(JP,A)
【文献】特開2007-030130(JP,A)
【文献】特開2006-334739(JP,A)
【文献】特開2006-082209(JP,A)
【文献】特開平08-104583(JP,A)
【文献】特許第3416938(JP,B2)
【文献】中国特許出願公開第101031525(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23B 27/14
B23B 27/20
B23C 5/16
B23B 51/00
B23P 15/28
C23C 14/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
立方晶窒化硼素焼結体からなる工具基体と該工具基体の少なくとも刃先表面に硬質被覆層を有する表面被覆切削工具であって、
(a)前記硬質被覆層は、前記工具基体の直上の下部層αと、前記下部層αの上の上部層βとを有し、
(b)前記下部層αは、平均組成が、
組成式:(Al
1-xTi
x)N(ただし、xは原子比で0.40≦x≦0.60)を満足し、
(c)前記上部層βは、平均組成が、
組成式:(Al
1-y-zTi
yB
z)N(ただし、y、zは原子比で、0.40≦y≦0.60、0.01≦z≦0.10)を満足し、
(d)前記上部層βは、その層厚方向に沿って前記B成分の濃度が繰返し変化する組成変調構造を有し、
(e)前記組成変調構造における前記B成分の濃度の前記繰返し変化は、隣接する前記B成分の濃度の極大値と前記B成分の濃度の極小値との間隔が1~100nmの平均間隔で繰り返されるものであり、
(f)前記B成分の濃度の極大値の平均をBmaxavとしたとき、
z<Bmaxav≦2.0×zであり、
一方、前記B成分の濃度の極小値の平均をBminavとしたとき、
0≦Bminav<z であり、
(g)前記硬質被覆層の平均層厚は1.0~4.0μmであり、かつ、前記下部層αの平均層厚をtα、また、前記上部層βの平均層厚をtβとしたとき、2.0≦tβ/tα≦6.0を満足し、
(h)前記硬質被覆層全体の残留応力σは、-2.0GPa≦σ≦―0.5GPaを満足する、
ことを特徴とする表面被覆切削工具。
【請求項2】
前記上部層βについて、その
平均層厚の1/10以下の押込み深さのナノインデンテーション試験を行うことによって求めた塑性変形仕事比率W
plast/(W
plast+W
elast)の値が0.42~0.47であり、かつ、ナノインデンテーション硬さが26GPa~30GPaであることを特徴とする請求項1に記載の表面被覆切削工具。
【請求項3】
前記硬質被覆層の上層として、TiN層を有することを特徴とする請求項1または2に記載の表面被覆切削工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表面被覆切削工具(以下、被覆工具ということがある)に関する。本出願は、2019年10月29日に出願した日本特許出願である特願2019-195796号に基づく優先権を主張する。当該日本特許出願に記載されたすべての記載内容は、参照によって本明細書に援用される。
【背景技術】
【0002】
被覆工具には、各種の鋼や鋳鉄などの被削材の旋削加工や平削り加工にバイトの先端部に着脱自在に取り付けて用いられるインサート、被削材の穴あけ切削加工などに用いられるドリルやミニチュアドリル、さらに被削材の面削加工や溝加工、肩加工などに用いられるソリッドタイプのエンドミルなどがあり、またインサートを着脱自在に取り付けてソリッドタイプのエンドミルと同様に切削加工を行うインサート式エンドミルなどが知られており、被覆工具の工具基体としては、WC基超硬合金、TiCN基サーメット、立方晶窒化硼素基焼結体、高速度工具鋼等が用いられている。
【0003】
従来、被覆工具としての性能改善を図るために、各種の提案がなされている。
【0004】
例えば、特許文献1では、超硬合金製の工具基体上に(AlxTi1-x)(ByN1-y)で示される組成の硼窒化物(ただし、0.05≦x≦0.75、0.02≦y≦0.12)からなる硬質被覆層を形成することによって、被覆工具の耐摩耗性を向上させることが提案されている。
【0005】
また、特許文献2では、WC基超硬合金、TiCN基サーメットあるいは高速度工具鋼からなる工具基体の表面に、TiとAlとBの複合窒化物からなる上部層と下部層で構成した硬質被覆層を形成した表面被覆切削工具が提案され、前記上部層は、薄層Aと薄層Bの交互積層構造を有し、薄層Aは、組成式:[Ti1-(M+N)AlMBN]N(ただし、原子比で、Mは0.15~0.35、Nは0.15~0.30を示す)を満足するTiとAlとBの複合窒化物層、薄層Bは、組成式:[Ti1-(X+Y)AlXBY]N(ただし、原子比で、Xは0.50~0.60、Yは0.01~0.10を示す)を満足するTiとAlとBの複合窒化物層、前記下部層は、単一相構造を有し、組成式:[Ti1-(X+Y)AlXBY]N(ただし、原子比で、Xは0.50~0.60、Yは0.01~0.10を示す)を満足するTiとAlとBの複合窒化物層であって、前記表面被覆切削工具は耐熱合金の高速切削加工において硬質被覆層がすぐれた耐摩耗性を発揮することが開示されている。
【0006】
前記特許文献1、2で提案されているものは、超硬合金表面に硬質被覆層を形成した表面被覆切削工具であるが、cBN焼結体を工具基体とし、この上に硬質被覆層を蒸着形成した表面被覆切削工具についても、例えば、特許文献3で提案されている。
【0007】
特許文献3では、cBN焼結体直上の下部層Aとその上に形成された上部層Bとからなる硬質被覆層を有し、前記下部層Aは、組成式:Ti1-aAlaN(ただし、aは原子比で0.3≦a≦0.7)を満足し、また、前記上部層Bは、組成式:Ti1-x―yAlxSiyN(ただし、x、yは原子比で0.3≦x≦0.7、0.01≦y≦0.1)を満足し、さらに、逃げ面の下部層Aの残留応力をσA(GPa)、前記硬質被覆層全体を総括した残留応力をσT(GPa)としたとき、σA<σT、-7、0≦σA≦-1.0、-4.0≦σT≦-0.5、|σA-σT|<4.0である表面被覆切削工具が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開平4-26756号公報
【文献】特開2006-334739号公報
【文献】特開2015-178171号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
発明者は、前記特許文献1~3に記載された被覆工具について検討した。その結果、次のような認識をもった。
【0010】
前記特許文献1に記載される被覆工具は、炭素鋼の連続切削において、すぐれた耐摩耗性を発揮するものの、これを、高硬度鋼の断続切削加工に用いた場合には、耐チッピング性と耐摩耗性のいずれも十分であるとはいえない。
【0011】
また、前記特許文献2に記載される被覆工具においては、高熱発生を伴うNi合金やCo合金、さらにTi合金などの耐熱合金の高速切削加工に用いた場合に、すぐれた耐摩耗性を発揮するものの、高硬度鋼の断続切削加工に用いた場合には、耐チッピング性が十分であるとはいえない。
【0012】
さらに、前記特許文献3に記載される被覆工具においては、同文献の記載どおりに高硬度鋼の高速連続切削加工では、すぐれた耐チッピング性と耐摩耗性を発揮するものの、断続切削加工に供した場合には、耐チッピング性については未だ満足できるものではない。
【0013】
いずれにしても、特許文献1~3に記載された被覆工具は、高硬度鋼の断続切削加工においては、チッピングの発生を低減すると同時に、すぐれた耐摩耗性を確保することはできず、そのため、工具寿命が短命であるという問題点があった。
【0014】
ここで、高速度鋼とは、表面を浸炭焼入れしたHRCが35~65の表面硬さを有する合金鋼をいう。
また、断続切削とは、切削時に刃先に空転が生じる加工をいい、スリットの排他被削材の切削加工を例示することができる。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明の実施形態に係る表面被覆切削工具は、
立方晶窒化硼素焼結体からなる工具基体と該工具基体の少なくとも刃先表面に硬質被覆層を有しており、
(a)前記硬質被覆層は、前記工具基体の直上の下部層αと、前記下部層αの上の上部層βとを有し、
(b)前記下部層αは、平均組成が、
組成式:(Al1-xTix)N(ただし、xは原子比で0.40≦x≦0.60)を満足し、
(c)前記上部層βは、平均組成が、
組成式:(Al1-y-zTiyBz)N(ただし、y、zは原子比で、0.40≦y≦0.60、0.01≦z≦0.10)を満足し、
(d)前記上部層βは、その層厚方向に沿って前記Bの成分濃度が繰返し変化する組成変調構造を有し、
(e)前記組成変調構造における前記B成分の濃度の前記繰返し変化は、隣接する前記B成分の濃度の極大値と前記B成分の濃度の極小値との間隔が1~100nmの平均間隔で繰り返されるものであり、
(f)前記B成分の濃度の極大値の平均をBmaxavとしたとき、
z<Bmaxav≦2.0×zであり、
一方、前記B成分の濃度の極小値の平均をBminavとしたとき、
0≦Bminav<zであり、
(g)前記硬質被覆層の平均層厚は1.0~4.0μmであり、かつ、前記下部層αの平均層厚をtα、また、前記上部層βの平均層厚をtβとしたとき、2.0≦tβ/tα≦6.0を満足し、
(h)前記硬質被覆層全体の残留応力σは、-2.0GPa≦σ≦―0.5GPaを満足する。
【0016】
さらに、前記実施形態に係る表面被覆切削工具は、以下の各事項の一つ以上を満足していてもよい。
(1)前記上部層βについて、その平均層厚の1/10以下の押込み深さのナノインデンテーション試験を行うことによって求めた塑性変形仕事比率Wplast/(Wplast+Welast)の値が0.42~0.47であり、かつ、ナノインデンテーション硬さが26~30GPaであることを特徴とする。
(2)前記硬質被覆層の上層として、TiN層を有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0017】
前記によれば、高硬度鋼の断続切削加工に使用した場合でも、チッピング、欠損、剥離等の異常損傷を発生することがなく、長期の使用に亘って、すぐれた耐摩耗性を発揮する。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】本発明の実施形態に係る被覆工具の硬質被覆層の層構造を示す断面模式図である。
【
図2】本発明の実施形態に係る被覆工具の上部層βにおける層厚方向に沿ったB成分の組成変調構造を示す模式図である。
【
図3】硬質被覆層全体としての残留応力σを測定する概略説明図である。
【
図4】塑性変形仕事比率を求めるための変位-荷重の負荷曲線および変位-荷重の除荷曲線の概略模式図である。
【
図5】塑性変形仕事比率を求めるための試験法の概略説明図である。
【
図6】本発明の実施例に係る被覆工具の硬質被覆層を成膜するための、アークイオンプレーティング(AIP)装置の概略平面図である。
【
図7】
図6のアークイオンプレーティング(AIP)装置の概略側面図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明者らは、鋭意検討の結果、以下(1)~(4)の知見を得た。
(1)cBN焼結体からなる工具基体(以下、「cBN基体」ということがある)の少なくとも刃先表面に、下部層と上部層の2層構造を有する硬質被覆層を蒸着形成し、そして、硬質被覆層の下部層として、変形追従性にすぐれるAlとTiの複合窒化物(以下、AlTiNと記す場合もある)層を緩衝層として形成することにより、工具基体と硬質被覆層の付着強度を高め、刃先における硬質被覆層の剥離抑制が可能であること。
【0020】
(2)硬質被覆層の下部層の上の上部層としては、その層厚方向(工具基体の表面に垂直な断面(縦断面、硬質被覆層の厚さ方向))に沿ってB成分の濃度が繰返し変化する組成変調構造を有するAlとTiとBの複合窒化物(以下、AlTiBN層と記す場合もある)層を形成することで、高硬度と高熱伝導性を付与するとともに高靭性化を図り、刃先に断続的な高負荷が作用した場合のチッピングの発生、欠損の発生を抑制できること。
【0021】
(3)硬質被覆層において、所定の残留応力を付与せしめることによって、下部層とcBN基体との界面に発生する界面クラックの進展を抑制し得るとともに、切削加工時に、上部層の表面で発生したクラックが、上部層の内部に進展することを抑制することができるため、高硬度鋼の断続切削加工に供した場合であっても、チッピング、欠損の発生を防止できること。
【0022】
(4)下部層、およびB成分の濃度が繰返し変化する組成変調構造を有するAlTiBN層を、物理蒸着装置の一種であるアークイオンプレーティング装置(「AIP装置」という)により蒸着形成するにあたり、その蒸着条件の一つであるcBN基体に印加する直流バイアス電圧を制御することによって、硬質被覆層に所望の残留応力を付与せしめることができること。
【0023】
ここで、AlTiN層(下部層)は、その構成成分であるTi成分によってすぐれた強度と靭性を確保することができ、Alは高温硬さと耐熱性を向上させ、AlとTiが共存含有した状態でさらに高温耐酸化性を向上させる作用があり、また、AlTiBN層(上部層)は、AlTiN層にB成分をさらに含有させることで、熱伝導性が向上し、その結果として、AlTiBN層の耐塑性変形性と高温硬さが向上すると発明者は推察している。
【0024】
以下では、本発明の実施形態について詳細に説明する。
なお、本明細書および特許請求の範囲において、数値範囲を「A~B」(A、Bは共に数値)で表現するときは、その範囲は上限値(B)および下限値(A)を含んでおり、上限値(B)と下限値(A)の単位は同じである。
【0025】
硬質被覆層:
図1に示すように、本発明の実施形態に係る硬質被覆層は、工具基体の少なくとも刃先表面にAlTiNの下部層αと、その上のAlTiBNの上部層βを有している。
【0026】
また、
図1には示していないが、前記硬質被覆層の上層として、TiN層を有していてもよい。このTiN層は後述するように、例えば、コーナー識別層としての役割を持たせることができる。
【0027】
この下部層αは、その構成成分であるTi成分によってすぐれた強度と靭性を確保され、また、Al成分が高温硬さと耐熱性を向上させ、Al成分とTi成分が共存含有した状態により高温耐酸化性がより向上し、さらに、変形追従性にもすぐれる。また、前記下部層αは前記上部層βと工具基体との緩衝作用を高めて、硬質被覆層の付着強度を向上させるから、刃先に断続的高負荷が作用した場合に硬質被覆層の剥離発生が抑制できる。
【0028】
また、前記上部層βは、前記下部層αと同一成分系の層にB成分をさらに含有させ、かつ、B成分の組成変調構造を形成することで、硬度を高めるとともに熱伝導性を向上させている。これにより前記上部層βは、切削加工時の高熱によっても硬度が低下せず、すぐれた耐摩耗性を発揮する。
【0029】
特に、前記上部層βにおいて、強度と靭性にすぐれたB成分の濃度が相対的に少ない領域(B成分の濃度が、ほぼ極小値Bminに近い領域)と熱伝導性が高く高硬度であるB成分の濃度が相対的に高い領域(B成分の濃度が、ほぼ極大値Bmaxに近い領域)とが、前記上部層βの層厚方向に繰り返して形成されている組成変調構造を有することによって、刃先に断続的高負荷が作用する断続切削加工において、硬質被覆層のチッピング、欠損の発生を抑制することができる。
【0030】
そして、硬質被覆層の平均層厚(前記下部層αの層厚と前記上部層βの層厚の合計)が1.0~4.0μmのとき、前記した効果が際立って発揮される。
その理由は、平均層厚が1.0μm未満では、工具基体表面粗さに比べ硬質被覆層の層厚が薄いため、長期の使用に亘っての耐摩耗性を十分確保することができず、一方、その平均層厚が4.0μmを越えると、硬質被覆層を構成する複合窒化物の結晶粒が粗大化しやすくなり、チッピング、欠損を発生しやすくなるからである。
【0031】
硬質被覆層を構成する下部層α:
下部層αは、組成を組成式:(Al1-xTix)Nで表したとき、TiのAlとTiの合量に占める平均含有割合x(ただし、xは原子比)が、0.40≦x≦0.60を満足することが好ましい。
その理由は、Ti成分の含有量が0.40未満では、AlTiN層が岩塩型結晶構造を維持できず、硬さが極端に低下するとともに、刃先に高負荷が作用した場合の変形追従性も低下し、一方、Ti成分の含有量が0.60を超えると、Al成分の含有量が相対的に低下し、十分な高温硬さと耐熱性が得られなくなるためである。
【0032】
硬質被覆層を構成する上部層β:
上部層βは、前記下部層αと同一成分系である層にB成分をさらに含有させた層であり、前記上部層βには、層厚方向に沿ってB成分の濃度が繰返し変化する組成変調構造が形成される。
【0033】
ここで、前記上部層βの組成を組成式:(Al1-y-zTiyBz)Nで表したとき、TiのAlとTiの合量に占める平均含有割合y(ただし、yは原子比)は、前記下部層αにおけるTiの含有割合xと同じ理由により、0.40≦y≦0.60が好ましいが、Tiの含有割合yは、前記下部層αにおけるTiの含有割合xと必ずしも同じ値である必要はない(異なっていてもよい)。
【0034】
前記上部層βにおけるBのAlとTiとBの合量に占める平均含有割合z(ただし、zは原子比)が0.01未満では、前記上部層βの硬さ向上、熱伝導性向上に効果が少なく、一方、0.10を超えても硬さ向上に効果が少ないため、0.01≦z≦0.10であることが好ましい。
【0035】
ここで、前記上部層βにおけるB成分の濃度は、層厚方向に沿って組成変調構造を有する。
すなわち、前記上部層βにおけるB成分の濃度は、B成分の濃度の極小値BminとB成分の濃度の極大値Bmaxがその層厚方向に沿って繰返して存在することが好ましい。
【0036】
図2は、縦軸にB成分の濃度、横軸に前記上部層βの位置をとったB成分の濃度の繰返し変化の一例を模式的に示す図である。
図2では、極大値Bmax、極小値Bminのそれぞれが同じ値であり、隣接する極大値Bmaxと極小値Bminの間隔dも同じであるが、本明細書および特許請求の範囲でいうB濃度の繰返し変化(組成変調構造)とは、B濃度が極大値Bmaxと極小値Bminをとるように変化すればよく、極大値Bmaxおよび極小値Bminが、それぞれ、同じ値であっても同じ値でなくてもよく、隣接する極大値Bmaxと極小値Bminの間隔dも同じであっても、異なっていてもよい。
【0037】
ここで、B濃度の繰返し変化を有する前記上部層βにおけるBの極大値Bmaxを与える位置とこれに隣接する極小値Bminを与える位置の平均間隔は、前記上部層βの前記工具基体の表面に垂直な断面(縦断面)において、前記工具基体の表面に垂直方向(層厚方向)にBの含有割合を測定し、公知の測定ノイズ除去を行ってグラフ化することにより求められる。
【0038】
すなわち、
図2に示すようにB濃度の繰返し変化を示す曲線に対して、この曲線を横切る直線mを引く。この直線mは、前記曲線に囲まれた領域の面積が直線の上側と下側とで等しくなるように引く。そして、この直線mがB濃度の繰返し変化を示す曲線を横切る領域毎に、B成分の濃度の極大値Bmaxまたは極小値Bminを求めるとともに、両者の間隔を測定し、複数箇所におけるこの測定値を平均することによって、前記上部層βにおけるB濃度の繰返し変化の平均間隔を求める。なお、mの値は、Bの平均組成zと見ることができる。
【0039】
B成分の濃度が、このような組成変調構造を形成すると、B成分の濃度が相対的に高い領域(B成分の濃度がBmaxに近い領域)において前記上部層βはすぐれた硬さと熱伝導性を備え、また、B成分の濃度が相対的に少ない領域(B成分の濃度がBminに近い領域)において前記上部層βはすぐれた強度、靭性を備えることから、前記上部層β全体としての硬さ、熱伝導性、強度、靭性を高め、その結果として、刃先に断続的な高負荷が作用した場合であっても、チッピングの発生、欠損の発生を抑制することができる。
【0040】
組成変調構造におけるB成分の濃度の周期的な変化において、隣接するB成分の濃度の極大値BmaxとB成分の濃度の極小値Bminの間隔(上部層βの層厚方向の距離)が1~100nmの平均間隔で繰り返されることが好ましい。
【0041】
その理由は、B成分の極大値BmaxとB成分の極小値Bminの平均間隔が1nm未満では、B成分の濃度の極大値Bmaxと極小値Bminを明確に区別して形成することができず、前記上部層βに全体として強度と靭性、高硬度の性質を確保できず、一方、B成分の極大値とB成分の極小値の平均間隔が100nmを超えると、B成分の濃度の極大値と極小値それぞれが持つ欠点が明確に現れてしまい、チッピングの発生、欠損の発生を抑制するという前記上部層βの性質が低下することためである。
【0042】
そして、このチッピングの発生、欠損の発生の抑制のために、B成分の濃度の極大値Bmaxの平均BmaxavとB成分の濃度の極小値Bminの平均Bminavは、それぞれ、z<Bmaxav≦2.0×zおよび0≦Bminav<zを満足することが好ましい。
【0043】
なお、前記上部層βの平均組成zは、前述のとおり、前記上部層βにおいて少なくとも5箇所で測定したB成分の組成変調におけるB成分の濃度の極大値BmaxとB成分の濃度の極小値Bminの平均値として算出した値である。
【0044】
本実施形態では、硬質被覆層の平均層厚を1.0~4.0μmとすることは既に述べたとおりであるが、前記下部層αの層厚をtα、また、前記上部層βの平均層厚をtβとしたとき、下部層の平均層厚に対する上部層の平均層厚比tβ/tαは、2.0≦tβ/tα≦6.0を満足することがより好ましい。
【0045】
その理由は、層厚比tβ/tαが2~6であれば、より確実にチッピングの発生を低減し、すぐれた耐摩耗性を発揮することができるためである。
【0046】
なお、前記下部層α、前記上部層βの平均組成、一層平均層厚、硬質被覆層の平均層厚、さらに、上部層βにおけるB成分の濃度変化は、被覆工具の表面から硬質被覆層の深さ方向(すなわち、硬質被覆層の厚さ方向)について二次イオン質量分析法(Secondary Ion Mass Spectrometry:SIMS)、また、工具基体の表面に垂直な縦断面について、走査型電子顕微鏡(Scanning Electron Microscopy:SEM)、透過型電子顕微鏡(Transmission Electron Microscope:TEM)、エネルギー分散型X線分光法(Energy Dispersive X-ray Spectroscopy:EDS)を、それぞれ、用いた断面測定により、測定することができる。
【0047】
硬質被覆層全体の残留応力σ:
本実施形態では、硬質被覆層に生じたクラックあるいはcBN基体と前記下部層αの界面に生じたクラックの進展を十分に抑制するために、-2.0(GPa)≦σ≦-0.5(GPa)を満足する残留応力σ(なお、マイナスは、残留応力σが、圧縮残留応力であることを意味する)を硬質被覆層全体に付与することが好ましい。このように、切削加工時に、前記上部層βの表面から進展するクラックが、硬質被覆層内に伝播・進展することを抑制するとともに、前記下部層αと前記cBN基体の界面にクラックが伝播・進展することによる硬質被覆層の剥離発生を防止できる。
【0048】
具体的な残留応力の測定法は、例えば、既に良く知られた2θ-sin2ψ法を用いたX線回折(XRD)法によって行う。その測定原理や測定方法は、例えば、日本材料学会X線材料強度部門委員会が発行しているX線応力測定法標準(1997年版)、改著X線応力測定法(養賢堂、1990年)、X線応力測定法の基礎と最近の発展(材料vol.47,No.11,1998)などに詳しく述べられている。
【0049】
ここで、硬質被覆層全体としての残留応力σ(GPa)とは、XRDピークを用いて残留応力を測定する際に、
図3に示すように、前記下部層α((Ti、Al)N層)と前記上部層β((Ti、Al、B)N層)の重なったXRDピーク強度DIについて、下向きの矢印で示したものを一つのピーク強度と扱って算出した残留応力をいう。
【0050】
上部層βの塑性変形仕事比率とナノインデンテーション硬さ:
前記上部層βについて、その層厚の1/10以下の押込み深さでナノインデンテーション試験を行うことによって、塑性変形仕事比率およびナノインデンテーション硬さを求めたとき、塑性変形仕事比率(=Wplast/(Wplast+Welast))の値は0.42~0.47であり、かつ、ナノインデンテーション硬さは26GPa~30GPaのあることがより好ましい。
【0051】
ここで、押込み深さは、前記上部層βの層厚の1/10以下であって、ナノインデンテーション硬さが測定できる深さであればよく、この押込み深さを与える荷重として、1.96N(200mgf)が例示できる。
【0052】
また、前記範囲のナノインデンテーション硬さがより好ましい理由は、26GPa未満である場合には、前記上部層βが十分な耐摩耗性を発揮することはできない場合があり、一方、ナノインデンテーション硬さが30GPaを超えると、チッピング、欠損を発生しやすくなることがあるためである。
【0053】
前記塑性変形仕事比率W
plast/(W
plast+W
elast)は、次のようにして求める。すなわち、前記上部層βの層厚の1/10以下の押込み深さになるように荷重を負荷して前記上部層βの表面を変位させて(
図5を参照)、変位-荷重の負荷曲線を求め(
図4を参照)、次いで、荷重を除荷して変位-荷重の除荷曲線を求め(
図4を参照)、これら負荷曲線と除荷曲線の差から、それぞれ、塑性変形仕事比率W
plastと弾性変形仕事W
elastとを求める。そして、これらから、塑性変形仕事比率W
plast/(W
plast+W
elast)を算出する。
【0054】
ここで、前記塑性変形仕事比率Wplast/(Wplast+Welast)は、0.42~0.47であることがより好ましい。
【0055】
その理由は、前記塑性変形仕事比率Wplast/(Wplast+Welast)が0.42未満であると衝撃緩和性が十分でなく、断続切削条件に供された場合に十分な耐チッピング性、耐欠損性が得られないことがあり、一方、0.47を超えると耐塑性変形性が低下し、十分な耐摩耗性が得られなくなることがあるためである。
【0056】
本実施形態の被覆工具は、硬質被覆層の上層として、前記上部層βの上にTiN層をさらに有してもよい。
上層としてTiN層を形成した場合には、TiN層自体が黄金色の色調を有することから、例えば、切削工具が未使用であるか使用済であるかを上層の色調変化によって、判別することができる識別層として活用することができる。
なお、この識別層としてのTiN層の平均層厚は、例えば、0.1~1μmでよい。
【0057】
本発明の被覆工具の工具基体であるcBN基体の組成、組織について特段の制限はないが、cBN粒子の平均粒径は、0.5~4.0μmであり、cBN焼結体中のcBN粒子の体積割合は40~70体積%の範囲であることが好ましい。また、cBN焼結体中の結合相形成成分粒子としては、Tiの窒化物、炭化物、炭窒化物、硼化物およびAlの窒化物、酸化物からなる群から選ばれた少なくとも1種以上を含む粒子を用いることが好ましい。
【実施例】
【0058】
以下、実施例をあげて本発明を説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0059】
工具基体の作製:
原料粉末として、0.5~4.0μmの平均粒径を有するcBN粒子を硬質相形成用原料粉末として、いずれも0.3~0.9μmの範囲内の平均粒径を有するTiN粉末、TiC粉末、TiCN粉末、Al粉末、AlN粉末、Al2O3粉末を結合相形成用原料粉末として、それぞれ用意した。
【0060】
この結合相形成用原料粉末のいくつかと前記cBN粒子粉末をあわせ、cBN焼結体中におけるcBN粒子の含有割合が40~70体積%となるように表1に示される配合比で配合した。表1において、「-」と表示されるものは、含有させなかったことを示している。
【0061】
ここで、cBN焼結体中のcBN粒子の含有割合(体積%)とは、次の用に求めたものである。すなわち、作製したcBN焼結体の断面組織を走査型電子顕微鏡(Scanning Electron Microscopy:SEM)を使って倍率5,000で観察し、得られた二次電子像内のcBN粒子の部分を画像処理にて抜き出し、画像解析ソフト(ImageJ)を用いた画像解析によってcBN粒子が占める面積を算出し、その面積を画像総面積で除して面積比率を算出し、その面積比率を含有割合(体積%)とみなした。このSEMで得られた二次電子像を使った含有割合(体積%)の測定を少なくとも3観察領域に対して行って、求めた体積%の平均値をcBN粒子の含有割合(体積%、vol%)とした。なお、画像処理に用いる観察領域として、20μm×20μmの領域を用いた。
【0062】
次いで、この配合した粉末をボールミルで72時間湿式混合し、乾燥した後、油圧プレスにて成形圧1MPaで成形し、直径:50mm×厚さ:1.5mmの寸法にプレス成形体を得た。その後、このプレス成形体を、圧力:1×10-4Pa以下の真空雰囲気中、900~1300℃で保持して仮焼結し、その後、超高圧焼結装置に装入して、圧力:5GPa、温度:1200~1400℃で30分間保持してcBN焼結体を作製した。
【0063】
このcBN焼結体をワイヤー放電加工機で所定寸法に切断した。そして、Co:5質量%、TaC:5質量%、WC:残りの組成であってISO規格CNGA120408のインサート形状をもったWC基超硬合金製インサート本体を用意し、そのろう付け部(コーナー部)に、切断した焼結体をAg系ろう材(質量%で、Cu:26%、Ti:5%、Ag:残りからなる組成を有する)を用いてろう付けし、上下面および外周研磨、ホーニング処理を施すことによりISO規格CNGA120408のインサート形状をもった実施例用のcBN基体1~3を製造した。
【0064】
【0065】
成膜工程:
前記cBN基体(工具基体)1~3に対して、
図6、7に示すアークイオンプレーティング装置を用いて、以下の工程により硬質被覆層を形成し、実施例の被覆工具(実施例ともいう)1~10を得た。
【0066】
(a)前記cBN基体1~3を、アセトン中で超音波洗浄し、乾燥した状態で、アークイオンプレーティング装置内の回転テーブル上の中心軸から半径方向に所定距離離れた外周部にそって装着した。また、カソード電極(蒸発源)として、所定組成の前記下部層α形成用Al-Ti合金、前記上部層β形成用のAl-Ti-B合金、および、前記上部層β形成用のAl-Ti合金を同装置内に配置した。
【0067】
なお、実施例1~3では当てはまらなかったが、前記下部層αにおけるTiの含有割合xと、前記上部層βにおけるTiの含有割合yが同一であるならば、前記下部層α形成用のAl-Ti合金と前記上部層β形成用のAl-Ti合金とを一つのAl-Ti合金で共用してもよい。
【0068】
(b)前記装置内を排気して10-2Pa以下の真空に保持しながら、ヒーターで前記装置内を500℃に加熱した後、2PaのArガス雰囲気に設定し、前記回転テーブル上で自転しながら回転する前記cBN基体1~3に-200~-600Vの直流バイアス電圧を印加し、もってその表面をアルゴンイオンによってボンバード洗浄した。
【0069】
(c)前記装置内に反応ガスとして窒素ガスを導入して、成膜雰囲気温度を400~550℃、かつ、表2に示す2~8Paの所定の窒素ガス圧力とするとともに、前記回転テーブル上で自転しながら回転する前記cBN基体1~3に、表2に示す-20~-100Vの所定の直流バイアス電圧を印加し、かつ、前記Al-Ti合金からなるカソード電極(蒸発源)とアノード電極との間に、表2に示す100~200Aの所定の電流を流してアーク放電を発生させ、前記cBN基体1~3の表面に、表2に示される平均組成、平均層厚の(Al、Ti)N層となるように前記下部層αを蒸着形成した。
【0070】
(d)前記装置内に反応ガスとして窒素ガスを導入して、成膜雰囲気温度を400~550℃、かつ、同じく表3に示す3~10Paの所定の窒素ガス圧力とするとともに、前記回転テーブル上で自転しながら回転する前記cBN基体1~3に、表3に示す-30~-100Vの所定の直流バイアス電圧を印加し、かつ、前記Al-Ti-B合金からなるカソード電極(蒸発源)とアノード電極との間に、表3に示す90~180Aの所定の電流を流してアーク放電を発生させると同時に、表3に示す-30~-100Vの所定の直流バイアス電圧を印加し、かつ、前記Al-Ti合金からなるカソード電極(蒸発源)と前記アノード電極との間に、表3に示す90~180Aの所定の電流を流してアーク放電を発生させて同時蒸着を行うことにより、前記下部層αの表面に、表3に示される平均組成、平均層厚の(Al、Ti、B)N層となり、かつ、該(Al、Ti、B)N層内にB成分の組成変調構造を有する前記上部層βを形成した。
前記下部層αと上部層βを表6に示す。
【0071】
ここで、前記上部層βにおけるB成分の濃度の極大値Bmax、B成分の濃度の極小値Bmin、隣接する前記極大値Bmaxと前記極小値Bminの平均間隔等は、前記工程(d)における前記回転テーブル上でのcBN基体の前記回転テーブルの回転速度、前記Al-Ti-B合金におけるB含有量、前記Al-Ti-B合金からなるカソード電極(蒸発源)と前記アノード電極間のアーク放電の強弱等によって調整することができ、また、硬質被覆層全体の残留応力σは、バイアス電圧を調整することによって制御することができる。
【0072】
前記工程(c)においては、工程(d)に比して低ガス圧かつ高アーク電流にて成膜することにより、下部層αが微細な組織を形成し、一方、前記工程(d)においては、工程(c)に比して高ガス圧かつ低アーク電流にて成膜し、成膜時間を調整して、前記上部層βの層厚が前記下部層αより厚くなるように成膜した。
【0073】
比較のため、前記cBN基体1~3に対して、前記工程(c)、(d)における条件を、それぞれ、表4、表5に示す値に変更して、表7に示す成分組成比、前記下部層αと前記上部層βの層厚比、残留応力σを有する比較例の被覆工具(比較例ともいう)1~6を作製した。
【0074】
なお、実施例と比較例のうちのいくつかのものについては、前記装置内に金属Tiからなるカソード電極(蒸発源)を付設し(
図6、7において図示は省略している)、前記硬質被覆層の上層として、0.1~1μmの層厚のTiN層をさらに蒸着形成した。
【0075】
実施例1~10および比較例1~6について、前記下部層αの組成および前記上部層βの組成、さらに、前記上部層βの組成変調構造におけるB成分の濃度の極大値Bmaxと極小値Bminを、二次イオン質量分析法(Secondary Ion Mass Spectrometry: SIMS)により少なくとも5箇所にて測定するとともに、これらの測定値を平均することにより、x、y、z、Bmaxav、Bminavを算出した。
【0076】
なお、B成分が組成変調構造を有する前記上部層βにおけるB成分の平均組成zは、少なくとも5箇所で測定した(Bmax+Bmin)/2の平均値として求めた。
【0077】
また、前記下部層αの層厚および前記上部層βの層厚については、走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて縦断面測定し、視野内の任意の5箇所にてcBN基体表面に垂直な方向の層厚を測定し、測定の平均値から平均層厚を算出し、これに基づき、硬質被覆層の平均層厚、前記下部層αと前記上部層βの層厚比tβ/tαを算出した。
【0078】
さらに、前記上部層βにおけるB成分の濃度の極大値Bmaxが検出された位置とこれに隣接してB成分の濃度の極小値Bminが検出された位置とから、B成分の濃度の極大値Bmaxと極小値Bminの間隔を少なくとも5箇所で測定し、測定値を平均することで、B成分の濃度の極大値と極小値の平均間隔を算出した。
【0079】
また、前記で作製した実施例1~10、比較例1~6について、硬質被覆層全体の残留応力σ(GPa)を測定した。
なお、残留応力σ(GPa)の測定は、逃げ面の超硬合金上にて測定した。cBN被覆工具の刃先は、WC基超硬合金製インサート本体のろう付け部(コーナー部)にろう付けされていることから、切削に使用される刃先部の皮膜の残留応力と本明細書で説明する測定による残留応力は同等である。
【0080】
すなわち、硬質被覆層全体の残留応力σ(GPa)は、前述したとおり
図3に示すような前記下部層αと前記上部層βの重なったXRDピークを一つのピークとして評価して算出した残留応力値である。
【0081】
また、実施例1~10および比較例1~6の前記上部層βについて、ナノインデンテーション試験を行い、塑性変形仕事比率および硬さを前述のとおりに、少なくとも5箇所で測定を行い、測定値の平均をナノインデンテーション硬さとした。
【0082】
表2~表7に、それぞれ、前記測定・算出結果を示す。
【0083】
【0084】
【0085】
【0086】
【0087】
【0088】
【0089】
次に、実施例1~10および比較例1~6について、以下の乾式断続切削条件で、最大切削長を1200mとし、切削長100m毎に刃先のチッピング、欠損、剥離等の発生の有無と逃げ面摩耗量を評価した。
切削条件:
被削材:クロム鋼鋼材(JIS・SCr420)の浸炭焼入れ材(HRC60)の長さ方向等間隔4本縦溝入り丸棒、
切削速度: 120 m/min.
切り込み: 0.2 mm
送り: 0.15 mm/rev
【0090】
ここで、チッピング、欠損、剥離発生の有無については、被覆工具の刃先表面をSEMで観察することによって評価した。
表8に、その結果を示す。
なお、最大切削長に到達する前に逃げ面摩耗量が0.25mm以上になるか、刃先がチッピング、欠損、剥離を発生した場合に使用寿命であると判断した。
【0091】
【0092】
表8において、「※」は、最大切削長に到達する前に使用寿命に至ったもので、使用寿命に至るまでの時間(秒)を示している。
【0093】
表8に示される結果から、実施例は、cBN基体表面上の前記下部層α、前記上部層βの平均組成を所定の範囲とし、前記上部層βにはB成分の組成変調構造を形成し、前記下部層αと前記上部層βの層厚比を所定範囲とし、さらに、硬質被覆層全体の残留応力σ(GPa)を所定範囲に制御していることによって、刃先に断続的かつ衝撃的な高負荷が作用する高硬度鋼の断続切削加工に供した場合でも、チッピング、欠損、剥離を生じることがなく、長期の使用に亘って、すぐれた耐摩耗性を発揮することが分かる。
【0094】
これに対して、比較例は、いずれも、チッピング、欠損、剥離を発生しやすく、また、耐摩耗性に劣り、比較的短時間で使用寿命に至ることが明らかである。
【0095】
前記開示した実施の形態はすべての点で例示にすぎず、制限的なものではない。本発明の範囲は前記した実施の形態ではなく請求の範囲によって示され、請求の範囲と均等の意味、および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0096】
1 工具基体(cBN基体)
2 cBN粒子
3 結合相
4 硬質被覆層
5 下部層α
6 上部層β
7 圧子
8 荷重
9 変位
11 ヒーター
12 回転テーブル
13 上部層β形成用Al-Ti合金ターゲット(蒸発源)
14 Ai-Ti-B合金ターゲット(蒸発源)
15 下部層α形成用Ai-Ti合金ターゲット(蒸発源)
16 アノード電極
17 工具基体(cBN基体)
18 反応ガス導入口
19 排ガス口
20 アーク電源
21 バイアス電源