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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-01
(45)【発行日】2024-10-09
(54)【発明の名称】溶融スラグの分析方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 27/02 20060101AFI20241002BHJP
【FI】
G01N27/02 Z
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2024532529
(86)(22)【出願日】2024-03-15
(86)【国際出願番号】 JP2024010219
【審査請求日】2024-05-30
(31)【優先権主張番号】P 2023122104
(32)【優先日】2023-07-27
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001542
【氏名又は名称】弁理士法人銀座マロニエ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】清泉 康太
【審査官】吉田 将志
(56)【参考文献】
【文献】特開2022-99837(JP,A)
【文献】特開2023-207473(JP,A)
【文献】韓国公開特許第10-2023-0021421(KR,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 27/02
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶融スラグの組成成分を分析する方法であって、
参照用溶融スラグの参照スラグ温度と、前記参照スラグ温度において前記参照用溶融スラグに浸漬された一対の電極間に交流電流を通電することにより前記参照用溶融スラグの参照インピーダンスと、を測定する第1工程と、
前記参照用溶融スラグに含まれる組成成分の含有量と、前記第1工程において測定した前記参照インピーダンスとから組成成分含有量検量線を作成する第2工程と、
測定用溶融スラグのスラグ温度と前記スラグ温度において前記測定用溶融スラグに浸漬された前記一対の電極間に前記交流電流を通電することにより測定インピーダンスを測定する第3工程と、
前記測定インピーダンスと前記組成成分含有量検量線に基づいて、前記測定用溶融スラグに含まれる組成成分の含有量を推定する第4工程と、を含むことを特徴とする溶融スラグの分析方法。
【請求項2】
前記組成成分が酸化鉄であり、前記組成成分含有量検量線が酸化鉄含有量検量線であることを特徴とする請求項1に記載の溶融スラグの分析方法。
【請求項3】
前記組成成分が前記参照用溶融スラグの塩基度を算出するために必要な特定組成成分であり、
前記組成成分含有量検量線が塩基度検量線であることを特徴とする請求項1に記載の溶融スラグの分析方法。
【請求項4】
前記参照インピーダンス及び前記測定インピーダンスは、選定した二種類の周波数の交流電流を通電して測定することを特徴とする請求項1~3のいずれか1項に記載の溶融スラグの分析方法。
【請求項5】
前記一対の電極間への印加電圧が10mV以上1.0V以下であり、
前記二種類の周波数が10Hz以下と10kHz以上とからなることを特徴とする請求項4に記載の溶融スラグの分析方法。
【請求項6】
前記一対の電極間において、前記測定用溶融スラグ中における浸漬電位の差異が50mV未満であることを特徴とする請求項1~3のいずれか1項に記載の溶融スラグの分析方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶融スラグの分析方法に関する。特に、本発明は、溶融スラグの所定温度における溶融スラグに浸漬された一対の電極間のインピーダンスと溶融スラグに含まれる組成成分の含有量との関係に基づいて、溶融スラグの塩基度、酸化鉄含有量を求めることができる溶融スラグの分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
鉄鋼精錬プロセスにおいて、溶鋼の精錬工程は、溶鋼の主原料である溶鉄にCaO源等の精錬剤や酸素を供給することにより、溶鋼に含まれている燐、珪素、硫黄等の不純物を除去することを主な目的とする。一般的に溶鋼の精錬は、酸化精錬若しくは還元精錬により実施される。このため、鉄鋼精錬において、溶融スラグの塩基性の強さの尺度として塩基度が採用されている。この塩基度は、例えば、溶融スラグに含まれるCaOの含有量(%CaO)とSiOの含有量(%SiO)との比率で表すことができる。すなわち、塩基度は、(%CaO)/(%SiO)により表すことができる。
【0003】
溶鋼の精錬工程において、溶鋼に所定量のCaO源等の精錬剤を投入することにより、溶融スラグの塩基性を向上させて、溶鋼の酸化反応を促進することができる。また、溶鋼の精錬工程において、溶鋼の脱燐反応は、溶融スラグに含まれる酸化鉄の還元反応を伴うため、酸素の送酸速度、酸素を供給するランスの高さを操作することにより溶鋼に含まれる酸化鉄の含有量を調整して溶鋼の脱燐反応を促進することができる。
このように、溶鋼に含まれている燐、珪素、硫黄等の不純物に対して、目的とする不純物の成分除去量に応じてCaO源等の精錬剤の投入量を決定して、所定量の精錬剤を溶鋼に投入する必要がある。すなわち、溶鋼の精錬工程において、炉内に存在している溶融スラグのスラグ組成を分析することは、きわめて重要である。
【0004】
従来、溶融スラグのスラグ組成分析には、蛍光X線の強度を用いた定量分析(以下、「蛍光X線分析法」という。)が広く採用されてきた。この蛍光X線分析法を用いた溶融スラグのスラグ組成の定量方法は、以下のとおりである。最初に炉内に存在している溶融スラグの一部を採取(サンプリング)し、採取したスラグを分析室へ搬送して分析用試料を調製する。その後、調製された分析用試料に蛍光X線(一次X線)を照射する。そして、蛍光X線(一次X線)を分析用試料に照射することにより、当該分析用試料から発生する蛍光X線(二次X線)の強度を元素ごとに測定する。最後に予め作成された各元素の蛍光X線強度と各元素の含有量との関係を示した検量線を用いて、蛍光X線強度の測定値から各元素の含有量を求めている。
【0005】
しかしながら、蛍光X線分析法において、溶融スラグに含まれる各組成成分を高い精度で定量するためには、分析用試料を調製する必要がある。蛍光X線分析法において、溶融スラグに含まれる各組成成分を高い精度で定量するために必要となる分析用試料を調製するためには、少なくとも10分以上の時間を要する。
【0006】
ところが、転炉の吹錬中の溶融スラグのスラグ組成は、当該吹錬の進行具合に応じて、時々刻々と経時変化している。したがって、蛍光X線分析法を実施することにより得られた溶融スラグのスラグ組成の分析結果に基づいて、精錬剤の投入量や吹錬パターンを決めるのは、その精度に著しく欠ける。
【0007】
このような事情から、スラグ組成の迅速分析技術が提案されている。例えば、特許文献1には、溶融鉄の精錬で発生したスラグ成分を迅速且つ高精度に測定することができるスラグの成分分析法が提案されている。すなわち、特許文献1に記載されたスラグの成分分析方法は、分析対象のスラグの表面にパルスレーザを複数回照射してスラグの一部をプラズマ化させ、プラズマ化したスラグから得られる励起光を分光して取得した発光スペクトルから目的の成分濃度もしくは成分量比率を導出する分析方法である。
【0008】
さらに、特許文献2には、スラグの組成を精度良く制御するために用いるインピーダンス及び位相角差測定用プローブ及び当該プローブを用いたスラグ組成制御方法が提案されている。すなわち、特許文献2に記載されたスラグ組成制御方法は、電極を少なくとも3本備えた測定用プローブを溶融スラグに浸漬し、電極の組み合わせを変化させながらインピーダンス測定を行うことで、電荷移動抵抗と溶液抵抗とを分離して算出し、あらかじめ作成した検量線を用いてスラグの塩基度と溶融スラグに含まれる酸化鉄の含有量(%FeO)を求める方法である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】特許第7111282号明細書
【文献】特開2022-110303号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、従来の技術には、未だ解決すべき以下のような問題があった。すなわち、特許文献1に記載されたスラグの成分分析方法は、熱や粉塵の影響を受けるため吹錬終了後におけるスラグの排滓中に十分に離れた位置からプラズマ化したスラグから得られる励起光を分光して取得した発光スペクトルの測定を行う必要がある。このため、特許文献1に記載されたスラグの成分分析方法を熱や粉塵の影響が大きい吹錬中に適用することはできない。
【0011】
また、特許文献2に記載されたスラグ組成制御方法は、吹錬中にスラグ組成を分析できる技術であるが、いくつかの問題点を持つ。まず、特許文献2に記載されたスラグ組成制御方法は、溶融スラグのスラグ組成の迅速分析が困難である。このスラグ組成制御方法においては、インピーダンス測定の特性上、設定した周波数範囲で周波数の異なる複数のインピーダンスを測定し、フィッティングを行うことで等価回路における各素子の抵抗値を求める必要がある。このため、特許文献2に記載されたスラグ組成制御方法は、等価回路における各素子の抵抗値を求めるために多くの時間を費やす。
【0012】
さらに、特許文献2に記載されたスラグ組成制御方法は、電極の組み合わせを変えて少なくとも3つのパターンにおける溶融スラグのインピーダンス測定を行う必要がある。このため、特許文献2に記載されたスラグ組成制御方法は、転炉の操業中における溶融スラグのスラグ性状が変化し易い状況下において、溶融スラグに含まれるスラグ組成成分の含有量について、その精度を保つことは難しい。
【0013】
また、特許文献2に記載されたスラグ組成制御方法において、溶融スラグのインピーダンス測定によって求められる溶液抵抗や電荷移動抵抗は、溶融スラグの温度変化によって大きく変動する。このため、特許文献2に記載されたスラグ組成制御方法において使用されるあらかじめ作成して準備する必要がある検量線は、インピーダンス測定時の溶融スラグのスラグ温度に対応したものを使用しなければならない。しかしながら、特許文献2に記載されたスラグ組成制御方法において使用される検量線は、溶融スラグのスラグ温度に対応したものとなっていない。
【0014】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであって、溶融スラグに浸漬された電極間のインピーダンスと溶融スラグの温度との関係に基づいて、溶融スラグの塩基度、酸化鉄含有量を迅速かつ精度よく求めることができる溶融スラグの分析方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
そこで、本発明者は、上記課題を解決すべく、種々実験を重ねた結果、溶融スラグのスラグ温度に対応し、溶融スラグに浸漬された一対の電極間のインピーダンスと溶融スラグに含まれる組成成分の含有量との関係に基づいて、溶融スラグに含まれる組成成分の含有量を精度よく、かつ迅速に求めることができるという知見を見出した。本発明は、上記知見に基づきなされたものであり、その要旨は以下の通りである。
【0016】
すなわち、上記課題を有利に解決する本発明に係る溶融スラグの分析方法は、溶融スラグの組成成分を分析する方法であって、参照用溶融スラグの参照スラグ温度と、前記参照スラグ温度において前記参照用溶融スラグに浸漬された一対の電極間に交流電流を通電することにより前記参照用溶融スラグの参照インピーダンスと、を測定する第1工程と、前記参照用溶融スラグに含まれる組成成分の含有量と、前記第1工程において測定した前記参照インピーダンスとから組成成分含有量検量線を作成する第2工程と、測定用溶融スラグのスラグ温度と前記スラグ温度において前記測定用溶融スラグに浸漬された前記一対の電極間に前記交流電流を通電することにより測定インピーダンスを測定する第3工程と、前記測定インピーダンスと前記組成成分含有量検量線に基づいて、前記測定用溶融スラグに含まれる組成成分の含有量を推定する第4工程と、を含むことを特徴とする。
【0017】
なお、本発明に係る溶融スラグの分析方法は、(a)前記組成成分が酸化鉄であり、前記組成成分含有量検量線が酸化鉄含有量検量線であること、(b)前記組成成分が前記参照用溶融スラグの塩基度を算出するために必要な特定組成成分であり、前記組成成分含有量検量線が塩基度検量線であること、(c)前記参照インピーダンス及び前記測定インピーダンスは、選定した二種類の周波数の交流電流を通電して測定すること、(d)前記一対の電極間への印加電圧が10mV以上1.0V以下であり、前記二種類の周波数が10Hz以下と10kHz以上とからなること、(e)前記一対の電極間において、前記測定用溶融スラグ中における浸漬電位の差異が50mV未満であること等を好ましい解決手段とする。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、吹錬中に溶融スラグのサンプリングを行うことなく、迅速に精度良く塩基度と酸化鉄含有量を推定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】本実施形態に係る溶融スラグの分析方法の実施に使用する溶融スラグ分析装置の概要を示した模式図である。
図2】本実施形態に係る溶融スラグの分析方法の実施に使用する溶融スラグ分析装置を使用して周波数を掃引した時の溶融スラグのインピーダンスの挙動を示したグラフである。
図3】実施例において、参照用スラグの溶液抵抗及び電荷移動抵抗に基づいて、重回帰分析を行って得られた検量線の塩基度の推定結果である。図3(a)は、1290~1310℃における塩基度の推定結果である。図3(b)は、1390~1410℃における塩基度の推定結果である。
図4】実施例において、参照用スラグの溶液抵抗及び電荷移動抵抗に基づいて、重回帰分析を行って得られた検量線の酸化鉄含有量の推定結果である。図4(a)は、1290~1310℃における塩基度の推定結果である。図4(b)は、1390~1410℃における塩基度の推定結果である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
[第1実施形態]
第1実施形態に係る溶融スラグの分析方法について説明する。本実施形態に係る溶融スラグの分析方法は、参照用溶融スラグの参照スラグ温度と、前記参照スラグ温度において前記参照用溶融スラグに浸漬された一対の電極間に交流電流を通電することにより前記参照用溶融スラグの参照インピーダンスと、を測定する第1工程と、前記参照用溶融スラグに含まれる組成成分の含有量と、前記第1工程において測定した前記参照インピーダンスとから組成成分含有量検量線を作成する第2工程と、測定用溶融スラグのスラグ温度と前記スラグ温度において前記測定用溶融スラグに浸漬された前記一対の電極間に前記交流電流を通電することにより測定インピーダンスを測定する第3工程と、前記測定インピーダンスと前記組成成分含有量検量線に基づいて、前記測定用溶融スラグに含まれる組成成分の含有量を推定する第4工程と、を含む。
すなわち、本実施形態に係る溶融スラグの分析方法は、参照用溶融スラグに含まれる組成成分の含有量と測定した参照インピーダンスとから組成成分含有量検量線を作成し、測定用溶融スラグの測定インピーダンスと組成成分含有量検量線に基づいて、測定用溶融スラグに含まれる組成成分の含有量を推定することができる。
以下、本実施形態に係る溶融スラグの分析方法に使用する溶融スラグ分析装置について説明する。
【0021】
<溶融スラグ分析装置の概要>
図1は、本実施形態に係る溶融スラグの分析方法に使用する溶融スラグ分析装置の概要を示した概要図である。図1に示されるように溶融スラグ分析装置100は、坩堝101とラミング材102と誘導溶解炉103とを備えている。坩堝101には、スクラップ、溶銑等が溶解して形成される溶鉄が装入される。坩堝101は、溶鉄に対しする溶解度が低く、かつ熱力学的に安定である材料から構成されていることが好ましい。
【0022】
坩堝101としては、MgO坩堝、C坩堝、CaO坩堝、Al坩堝を使用することができる。坩堝101の形状は、特に制限されるものではないが、円柱形状であってもよい。坩堝101の形状が円柱形状である場合には、その断面積は0.005~0.030mであってもよく、例えば、0.018mであってもよい。
【0023】
ラミング材102は、耐火物である。ラミング材102は、坩堝101の側壁及びその底面を覆い、かつ誘導溶解炉103の内壁に張り付けられている。ラミング材102の厚さは、耐熱性及び耐久性の観点から100~150mmであることが好ましい。誘導溶解炉103は、坩堝型の低周波誘導炉である。誘導溶解炉103は、高温を保持した状態で溶鉄を保持することができる。誘導溶解炉103の側壁には、誘導ヒータが設けられていてもよい。
【0024】
さらに、溶融スラグ分析装置100は、坩堝101に装入された溶融スラグ200に交流電流を通電するため一対の電極104を備えている。一対の電極104は、溶融スラグ200のインピーダンスを測定するために設けられている。一対の電極104の上端は、坩堝101及び断熱ボード108を貫通し、溶融スラグ分析装置100の外部に突出している。電極104の下端は、坩堝101の内部に存在する溶融スラグ200のインピーダンスを測定するために溶融スラグ200に浸漬している。
電極104は、白金電極であることが好ましいが、白金電極に代えて、化学的に安定であり、過電圧が小さい材料であるタングステン、ジルコニア系耐火物、マグネシア系耐火物等からなる電極を使用することもできる。電極104の形態は、棒形状、平板形状であってもよい。
【0025】
溶融スラグ分析装置100において、一対の電極104は、左側に設置された電極104Lと右側に設置された電極104Rとから形成される。電極104Lと電極104Rとの間に形成される電極間距離は、5~500mmであることが好ましい。かかる電極間距離は、本実施形態の溶融スラグの分析方法が採用する溶融スラグ200の分析条件により適宜変更することができる。
【0026】
さらに、電極104Lと電極104Rは、溶融スラグ200のスラグ温度を測定するための温度センサ105を備えている。電極104が温度センサ105を備えることにより、溶融スラグ200のスラグ温度と、当該スラグ温度に関連付けられた溶融スラグ200のインピーダンスを測定することができるため好ましい。温度センサ105は、電極104Lと電極104Rとの間に配置されていてもよい。すなわち、温度センサ105を電極104Lと電極104Rの付近ではなく、坩堝101の壁面付近に設置した場合では、インピーダンス測定温度との乖離が発生する懸念がある。このため、温度センサ105は、インピーダンス測定温度を行う電極104Lと電極104Rの電極付近での設置が好ましい。電極104と温度センサ105は、基材に取り付けられたプローブとして構成されていてもよく、当該プローブは、転炉サブランスに取り付けられていてもよい。
ここで、溶融スラグ200のスラグ温度は、溶融スラグ200の塩基度を制御する際に溶鋼に投入されるCaO源等の精錬剤の添加量を決定する際に重要な指標である。
【0027】
誘導溶解炉103に取り付けられた電極104Lと、誘導溶解炉103の外部に設置されたポテンシオスタット106の負極とは導線107を通じて接続される。誘導溶解炉103に取り付けた電極104Rと、誘導溶解炉103の外部に設置したポテンシオスタット106の正極とは導線107を通じて接続される。このように、一対の電極を形成する電極104Rと電極104Lからなる両電極が誘導溶解炉103の外部に設置したポテンシオスタット106と接続されることによって等価回路となる電気回路が形成される。
【0028】
溶融スラグ分析装置100が備えているMgO坩堝101とラミング材102と誘導溶解炉103との上面は、断熱ボード108により覆われる。断熱ボード108は、坩堝101とラミング材102と誘導溶解炉103との上面を塞ぎ、坩堝101に装入されている溶融スラグ200のスラグ温度を保持する役割を有する。断熱ボード108は、断熱性を有する材料であれば、特に制限されない。
次に、このような溶融スラグ分析装置100を使用した本実施形態に係る溶融スラグの分析方法に含まれる各工程について説明する。
【0029】
<第1工程;参照用溶融スラグのスラグ温度とインピーダンスを測定する工程>
本実施形態に係る溶融スラグの分析方法は、参照用溶融スラグの参照スラグ温度と、前記参照スラグ温度において前記参照用溶融スラグに浸漬された一対の電極間に交流電流を通電することにより前記参照用溶融スラグの参照インピーダンスと、を測定する第1工程を含む。
すなわち、第1工程は、参照用溶融スラグの参照スラグ温度Trefと参照インピーダンスZrefとを測定する工程である。参照用溶融スラグの参照インピーダンスZrefは、その参照スラグ温度Trefと関連付けられている。参照用溶融スラグの参照インピーダンスZrefは、当該参照用溶融スラグに含まれる組成成分の含有量との関係を示す組成成分含有量検量線を作成するために測定される。
【0030】
本実施形態に係る溶融スラグの分析方法に含まれる第1工程において、参照用溶融スラグの参照インピーダンスZrefは、参照用溶融スラグに浸漬された一対の電極104間に交流電流を通電することにより測定される。参照用溶融スラグに浸漬された一対の電極104間は、参照インピーダンスZrefを測定するための電極として機能する。
ここで、参照用溶融スラグは、溶融スラグ200であって、当該参照用溶融スラグに含まれる組成成分の含有量が既に判明している既知の溶融スラグをいう。すなわち、参照用溶融スラグは、当該参照用溶融スラグに含まれる組成成分の含有量と参照インピーダンスZrefとの関係を示す組成成分含有量検量線を作成するために用いられる溶融スラグ200であって、後述する第3工程において、測定の対象となる測定用溶融スラグとは別個の溶融スラグ200を意味する。
【0031】
図1に示された溶融スラグ分析装置100を用いて、坩堝101として、例えば、円柱型のC坩堝の内部にCaO-SiO-FeO系の溶融スラグ200を参照用溶融スラグとして形成させる。具体的には、C坩堝の外壁にラミング材102を埋め込み、その後、誘導溶解炉103を用いて、工業用純鉄を加熱して溶解し、溶鉄とする。なお、溶鉄に含まれる燐の燐濃度が所定の範囲となるように調製して溶鉄を製造してもよい。
【0032】
本実施形態に係る溶融スラグの分析方法に適応することができる溶融スラグ200は、CaO-SiO-FeO系の溶融スラグに限定されるものでなく、CaO-SiO-MgO-FeO系、CaO-SiO-Al-FeO系、CaO-SiO-MgO-Al-FeO系の溶融スラグであってもよい。
【0033】
さらに、溶融スラグ分析装置100の系内において、溶鉄の上面に溶融スラグ200として参照用溶融スラグを形成するために当該溶鉄の上面にフラックスを投入する。フラックスの投入量は、坩堝101の内容積、溶鉄の総量等により適宜定めることができる。フラックスの投入量は、例えば、10~30kg/溶鉄-t、好ましくは、15~25kg/溶鉄-t、さらに好ましくは、20kg/溶鉄-tの割合であってもよい。
【0034】
フラックスの組成成分は、参照用溶融スラグを形成することができる組成成分を含んでいるものであれば、特に制限されるものではない。フラックスの組成成分は、例えば、CaO、SiO、FeO、MgO等を含んでいてもよい。
そして、フラックスがその組成成分として、CaO、SiO、FeO、MgOを含む場合には、その含有量は、例えば、質量基準で、22.5(%CaO)、28.0(%SiO)、42.5(%FeO)、7.0(%MgO)であってもよい。
【0035】
溶鉄の上面にフラックスを投入した後、坩堝101の内部に存在する溶鉄の溶鋼温度を1200~1700℃の範囲に維持する。溶鉄にフラックスを投入し、その溶鋼温度を保持することにより、溶融スラグ分析装置100の系内に参照用溶融スラグと溶鉄が形成される。その後、誘導溶解炉103の開口部を断熱ボート108で塞ぎ、誘導溶解炉103の内部を1300~1600℃、好ましくは、1250~1500℃、さらに好ましくは、1290~1310℃、1390~1410℃の範囲に維持する。
【0036】
溶融スラグ分析装置100の系内に形成された参照用溶融スラグに一対の電極104が浸漬される。溶融スラグ分析装置100において、左側に設置された電極104Lと右側に設置された電極104Rとは、一対の電極104を形成している。電極104Lと電極104Rとは、その電気化学的性質が同一であることが好ましい。
このため、電極104Lと電極104Rは、同一であってもよく、その電気化学的性質が同一であれば、異なっていてもよい。電極104Lと電極104Rからなる2本の電極から形成される電極間距離は、当該2本の電極104が接触することなく、かつ参照用溶融スラグの参照インピーダンスを精度良く測定することができる距離であれば、特に制限されるものではなく、5~50mmであってもよく、好ましくは、10mmであってもよい。
【0037】
第1工程において、最初に温度センサ105は、参照用溶融スラグの参照スラグ温度Trefを測定する。参照用溶融スラグに浸漬され、電極104R及び電極104Lから形成された一対の電極104からなる両電極間に交流電流を通電することにより参照用溶融スラグの参照インピーダンスZrefが測定される。
【0038】
次に、参照スラグ温度Trefにおいて前記参照用溶融スラグに浸漬された一対の電極104間に交流電流を通電することにより前記参照用溶融スラグの参照インピーダンスを測定する。一対の電極104間に通電される交流電流の電流値は、対象となるスラグに含まれるCaOの含有量(%CaO)、SiOの含有量(%SiO)、酸化鉄の含有量(%FeO)、燐、珪素、硫黄等の不純物の濃度、スラグの物性によって決定される。このため、一対の電極104間に印加電圧を設定した時点で上記電流値が決定される。
【0039】
一対の電極104間に印加される印加電圧は、参照用溶融スラグに含まれるCaOの含有量(%CaO)、SiOの含有量(%SiO)、酸化鉄の含有量(%FeO)、燐、珪素、硫黄等の不純物の濃度を考慮して、精度よく参照インピーダンスZrefを測定することができる電圧であれば、特に制限されるものでない。
一対の電極104間に印加される印加電圧は、5.0mV~5.0V以下であってもよい。一対の電極104間に印加される印加電圧が5.0mV以上であれば、周波数対応にノイズの影響が少ないため好ましい。一対の電極104間に印加される印加電圧が5.0V以下であれば、一対の電極104の電極表面の状態を維持することができるので好ましい。
【0040】
一対の電極104間に印加電圧を印加するために使用する周波数を二種類の周波数とする。二種類の周波数を高周波数側と低周波数側とに設定する。
二種類の周波数を構成する高周波数側の周波数は、参照インピーダンスZrefを構成する成分である溶液抵抗Rsolを算出するために設定される。二種類の周波数を構成する低周波数側の周波数は、参照インピーダンスZrefを構成する成分である電荷移動抵抗Rctを算出するために設定される。二種類の周波数を構成する高周波数側の周波数と低周波数側の周波数との周波数差は、特にされるものではなく、相違する二種類の周波数であればよい。
なお、一対の電極104間に印加電圧を印加するために使用する周波数は、ポテンシオスタット106に設けられた掃引信号発生器である可変信号発器等(図示しない。)により発生するようにしてもよい。
【0041】
本実施形態に係る溶融スラグの分析方法に含まれる第1工程において、参照用溶融スラグの参照スラグ温度Trefの測定は、転炉の吹錬中に参照用溶融スラグの参照スラグ温度Trefとして想定される範囲をすべて網羅して行うことができる。例えば、参照用溶融スラグのスラグ温度が取り得る温度範囲を1200~1500℃に設定し、5~10℃ごとに参照用溶融スラグの参照スラグ温度Tref(Tref 1、Tref 2、Tref 3・・・Tref n)を複数測定してもよい。
【0042】
また、第1工程において、参照用溶融スラグの参照インピーダンスZrefの測定は、参照用溶融スラグの参照スラグ温度Tref(Tref 1、Tref 2、Tref 3・・・Tref n)が取り得る温度範囲に対応したすべてを網羅して行うことができる。本実施形態に係る溶融スラグの分析方法に含まれる第1工程において、参照用溶融スラグに含まれる組成成分の種類、組成成分の含有量を変更させたそれぞれの参照用溶融スラグについても、当該参照用溶融スラグの参照スラグ温度Tref(Tref 1、Tref 2、Tref 3・・・Tref n)が取り得る温度範囲に対応して、その温度範囲をすべて網羅して参照スラグ温度を測定して、当該参照スラグに対応した参照インピーダンスZref(Zref 1、Zref 2、Zref 3・・・Zref n)を測定することができる。
【0043】
このように、第1工程において、転炉の吹錬中に参照用溶融スラグの参照スラグ温度Trefとして想定されるすべての範囲において、参照用溶融スラグの参照スラグ温度Trefの測定と、参照インピーダンスZrefの測定とをすべて網羅して行うことにより、参照用溶融スラグの参照スラグ温度Trefと参照インピーダンスZrefとの関係を精度良く得ることができる。
【0044】
<第2工程;参照インピーダンスに基づいて組成成分含有量検量線を作成する工程>
本実施形態に係る溶融スラグの分析方法は、前記参照用溶融スラグに含まれる組成成分の含有量と前記第1工程において測定した前記参照インピーダンスに基づいて組成成分含有量検量線を作成する第2工程を含む。第2工程において、電極104Rと電極104Lから形成される一対の電極104において測定された参照用溶融スラグの参照インピーダンスZrefに基づいて、参照用溶融スラグの合成抵抗を算出する。
ここで、参照用溶融スラグの合成抵抗は、参照用溶融スラグの溶液抵抗Rsolと電荷移動抵抗Rctとの和をいう。そして、参照用溶融スラグの合成抵抗の値から、参照用溶融スラグの溶液抵抗Rsolと参照用溶融スラグの電荷移動抵抗Rctとを分離して、それぞれ算出することができる。
【0045】
参照用溶融スラグの合成抵抗の値から参照用溶融スラグの溶液抵抗Rsolと電荷移動抵抗Rctとを以下のように算出する。
通常、溶融スラグのインピーダンス測定を行う場合には、少しずつ周波数をずらしながら、インピーダンス測定曲線を得るために多数の測定点を設けて溶融スラグの合成抵抗を測定する。溶融スラグのインピーダンス測定結果は、横軸を溶融スラグの合成抵抗の実数成分とし、縦軸を溶融スラグの合成抵抗の虚数成分としたグラフによって表すことができる。グラフに示された溶融スラグのインピーダンス測定結果を示す軌跡は、半円を形成する。かかる半円が溶融スラグの合成抵抗の実数成分を示した横軸に接する点が2点形成される。
かかる半円が横軸に接する一方の点から参照用溶融スラグの溶液抵抗値Rsolを算出することができ、他の一方の点から参照用溶融スラグの溶液抵抗Rsolと電荷移動抵抗Rctとの和を算出することができる。すなわち、横軸に接する点は、それぞれ参照用溶融スラグの溶液抵抗Rsolと、参照用溶融スラグの溶液抵抗Rsol+電荷移動抵抗Rctとなる。
このような技術的観点から、本実施形態係る溶融スラグの分析方法は、半円が溶融スラグの合成抵抗の実数成分を示した横軸に接する2点の抵抗値が分かれば、引き算で溶液抵抗Rsol+電荷移動抵抗Rctを算出できることを見出した。
すなわち、本実施形態係る溶融スラグの分析方法は、例えば半円の中途半端な位置にいるプロットなどは必要ないため、横軸に接する周波数のみによる溶融スラグのインピーダンス測定を行うことで参照用溶融スラグの溶液抵抗Rsolと、参照用溶融スラグの溶液抵抗Rsol+電荷移動抵抗Rctの測定時間を短縮することができる。
このように、第2工程において、参照用溶融スラグの合成抵抗をその成分である溶液抵抗Rsolと電荷移動抵抗Rctに分離し、かつ迅速に算出することができる。
【0046】
具体的には、参照用溶融スラグの参照インピーダンスZrefと参照用溶融スラグの合成抵抗の値から参照用溶融スラグの溶液抵抗Rsolと電荷移動抵抗Rctとをそれぞれ算出するためには、参照用溶融スラグのナイキストプロットを作成する必要がある。そして、作成された参照用溶融スラグのナイキストプロットと以下の関係式(1)とから参照用溶融スラグの合成抵抗を算出する。
ここで、ナイキストプロットとは、複素数平面上にプロットしたインピーダンススペクトルであって、一般的に実線に対して半円を描くようにプロットされる。半円を描くための数多くの実験データに基づいた複数のナイキストプロットにより、ナイキストプロット曲線を得ることができる。
すなわち、通常、ナイキストプロット曲線を得るためには、数多くの参照インピーダンスZrefと参照用溶融スラグの合成抵抗とを測定して、数多くのナイキストプロットを形成して、これら数多くのナイキストプロットをし、フィッティングを行うための手間を要する。
【0047】
【数1】
上記関係式(1)において、Zは参照用溶融スラグの参照インピーダンス、Rsolは溶液抵抗、Rctは電荷移動抵抗、jは虚数単位、ωは角周波数、Cdlは二重層容量を表す。
なお、Rsol、Rct、及びCdlは、溶融スラグ分析装置100によって形成される等価回路となる電気回路の解析によって得られるインピーダンス成分である。
【0048】
図2は、本実施形態に係る溶融スラグの分析方法に使用する溶融スラグ分析装置を使用して周波数を掃引した時の溶融スラグのインピーダンスの挙動を示したグラフである。なお、図2において、横軸はインピーダンスの実数成分を示し、縦軸はインピーダンスの虚数成分を示す。
図2に示されるように、ナイキストプロット曲線において、ナイキストプロット曲線と横軸との交点P、Pのうち、原点(0,0)から遠い方に位置する交点P(Rsol+Rct,0)の横軸の値が参照用溶融スラグの合成抵抗Rsol+Rctに対応する。一方、ナイキストプロット曲線と横軸との交点P、Pのうち、原点(0,0)から近い方に位置する交点P(Rsol,0)の横軸の値が参照用溶融スラグの溶液抵抗Rsolに対応する。
【0049】
すなわち、参照用溶融スラグの参照インピーダンスZrefと参照用溶融スラグ210の合成抵抗の値から参照用溶融スラグの溶液抵抗Rsolと電荷移動抵抗Rctとを分離してそれぞれ算出するためには、ナイキストプロット曲線を形成するきわめて数多くのナイキストプロットは必要でなく、当該ナイキストプロット曲線と横軸との交点P、Pの横軸の値のみを算出すればよいことになる。
すなわち、横軸にプロットが収束する2点では、高周波数側でRsol、低周波数側でRsol+Rctに対応するため、それぞれの実数軸に収束する点のみを測定することができれば十分であり、ナイキストプロット曲線を作成するために数多くのナイキストプロットを実行することなく、僅か2つの周波数のインピーダンス測定のみにより、溶液抵抗Rsolと電荷移動抵抗Rctとを求めることができる。
つまり、本実施形態に係る溶融スラグの分析方法は、2つの周波数のインピーダンス測定により、迅速かつ精度良く、溶液抵抗Rsolと電荷移動抵抗Rctとを求めることができる。
【0050】
ここで、図2に示されたインピーダンスの概形に半円が一つしか現れない理由は、溶融スラグ分析装置100が備えている一対の電極104の電気化学的性質が同等となるように同材料の電極を使用しており、半円が重なって見かけ上一つの半円となるためである。
つまり、本実施形態に係る溶融スラグの分析方法において、このように電気化学的性質の類似した電極選定を行うことにより、ナイキスト線図の解釈をしやすくする狙いがある。
なお、参照用溶融スラグの溶液抵抗Rsolは、一対の電極104間の溶融スラグの液抵抗であり、一対の電極104間に形成された電極間距離に依存する。参照用溶融スラグの電荷移動抵抗Rは、電極104における電極反応に伴って移動する電荷の移動抵抗であり、一対の電極104間に形成された電極間距離に依存しない。
【0051】
第2工程において、参照用溶融スラグの溶液抵抗Rsol及び電荷移動抵抗Rに基づいて組成成分含有量検量線を作成する。組成物含有量検量線は、重回帰分析によって作成することができる。具体的には、既に判明しているか、又は予め準備して判明している参照用溶融スラグに含まれる組成成分の含有量を目的変数とし、参照用溶融スラグの溶液抵抗Rsol及び電荷移動抵抗Rを説明変数とした重回帰によって得られる回帰式から組成成分含有量検量線を作成することができる。
組成成分含有量検量線は、参照用溶融スラグに含まれる組成成分及び測定用溶融スラグに含まれる組成成分のすべてを対象とし、CaO、SiO、FeO、Al、MgO、MnO、P、珪素、硫黄等であってもよい。
【0052】
第2工程において、参照用溶融スラグに含まれる組成成分が酸化鉄であり、組成成分含有量検量線が酸化鉄含有量検量線であってもよい。すなわち、第2工程は、溶銑中に含まれる燐を脱燐反応により除去するために必要となる酸化鉄に着目して、その含有量を推定するために使用する参照用溶融スラグの組成成分含有量検量線として酸化鉄含有量検量線を作成する。
【0053】
また、第2工程において、組成成分が参照用溶融スラグの塩基度を算出するために必要な特定組成成分であり、組成成分含有量検量線が塩基度検量線であってもよい。すなわち、第2工程は、溶融スラグの塩基性の強さの尺度である塩基度を算出するためのCaOの含有量、SiOの含有量に着目して、これらの含有量から規定される所定の塩基度を算出するために使用する参照用溶融スラグの組成成分含有量検量線として塩基度検量線を作成する。
【0054】
かかる塩基度は、参照用溶融スラグに含まれる組成成分に対応して適宜設定することができる。参照用溶融スラグがCaO-SiO-FeO系の溶融スラグである場合には、参照用溶融スラグの塩基度は以下の関係式(2)によって定義される塩基度B1であってもよい。この塩基度は、参照用溶融スラグに含まれるCaOの質量%をSiOの質量%で除することによって算出することができる。塩基度B1は、実機転炉において最も重要となる指標である。つまり、本実施形態に係る溶融スラグの分析方法は、実機転炉において最も重要となる指標である塩基度B1を高い精度で推定することができる点において技術的意義を有する。
【0055】
【数2】
上記関係式(2)において、CaOは酸化カルシウムの質量%であり、SiOは二酸化ケイ素の質量%を表す。
【0056】
また、参照用溶融スラグは、例えば、CaO-SiO-MgO-Al-FeO系の溶融スラグ200であってもよい。参照用溶融スラグの塩基度は、以下の関係式(3)によって定義される塩基度B2であってもよい。この塩基度B2は、参照用溶融スラグ210に含まれるCaOの質量%とMgOの質量%とAlの質量%との和をSiOの質量%で除することによって算出することができる。
【0057】
【数3】
上記関係式(3)において、CaOは酸化カルシウムの質量%であり、MgOは酸化マグネシウムの質量%であり、Alは酸化アルミニウムの質量%であり、SiOは二酸化ケイ素の質量%を表す。
【0058】
<第3工程;測定用溶融スラグのスラグ温度とインピーダンスを測定する工程>
本実施形態に係る溶融スラグの分析方法は、測定用溶融スラグのスラグ温度と前記スラグ温度において前記測定用溶融スラグに浸漬された一対の電極間に交流電流を通電することにより測定インピーダンスを測定する第3工程を含む。
すなわち、第3工程は、測定用溶融スラグについて、第1~2工程と同様にして、測定用溶融スラグのスラグ温度Tと測定インピーダンスZを測定する。さらに、第1~2工程と同様にして、測定インピーダンスZに基づいて、測定用溶融スラグの溶液抵抗Rsol及び電荷移動抵抗Rを分離してそれぞれ算出する。なお、測定用溶融スラグに浸漬された一対の電極104間は、測定インピーダンスZを測定するための測定用電極として機能する。
【0059】
<第4工程;検量線に基づいて測定用溶融スラグの組成成分含有量を推定する工程>
本実施形態に係る溶融スラグの分析方法は、前記測定インピーダンスと前記組成成分含有量検量線に基づいて、前記測定用溶融スラグに含まれる組成成分の含有量を推定する第4工程を含む。すなわち、第4工程は、第2工程において作成された組成物含有量検量線に基づいて、測定用溶融スラグのスラグ温度Tにおいて測定された測定インピーダンスZから算出された測定用溶融スラグの溶液抵抗Rsol及び電荷移動抵抗Rに対応した組成成分の含有量を推定する工程である。
【0060】
ここで、第2工程において作成された組成物含有量検量線が酸化鉄含有量検量線である場合には、測定用溶融スラグのスラグ温度Tに対応した測定用溶融スラグに含まれる酸化鉄の含有量を推定することができる。また、第2工程において作成された組成物含有量検量線が塩基度検量線である場合には、測定用溶融スラグのスラグ温度Tに対応した測定用溶融スラグに含まれるCaOの含有量、SiOの含有量から当該測定用溶融スラグの塩基度を推定することができる。
【0061】
第4工程において推定された測定用溶融スラグの酸化鉄の含有量、塩基度に基づいて、溶鋼に投入されるべき精錬剤の適切な量を決定することができる。溶鋼に適切な量の精錬剤が投入されることにより、過剰の生石灰を溶鋼に投入することに伴う製造コストの増大を抑制することができる。さらに、溶鋼に適切な量の精錬剤が投入されることにより、燐吹錬末期におけるフォーミングの抑制、プロセスの中間排滓の不良、脱炭吹錬中における複燐反応の進行等が回避される。
また、第4工程において推定された測定用溶融スラグの酸化鉄の含有量、塩基度に基づいて、吹錬パターンを決定することができる。
【0062】
このように、本実施形態に係る溶融スラグの分析方法は、第1工程~第4工程を含むことにより、吹錬中に溶融スラグのサンプリングをすることなく、参照用溶融スラグの参照スラグ温度Tref、参照インピーダンスZrefに基づいた溶液抵抗Rsol及び電荷移動抵抗Rを算出して組成成分含有量検量線を作成し、当該検量線を活用して測定用溶融スラグの組成成分含有量を迅速かつ精度よく推定することができる。
【0063】
以上説明したように、第1実施形態に係る発明によれば、吹錬中に溶融スラグのサンプリングを行うことなく、迅速に、かつ精度良く塩基度と酸化鉄含有量を推定することができる。
【0064】
[第2実施形態]
第2実施形態に係る溶融スラグの分析方法について説明する。本実施形態に係る溶融スラグの分析方法は、上記実施形態に係る溶融スラグの分析方法において、前記一対の電極間への印加電圧が10mV以上1.0V以下であり、前記二種類の周波数が10Hz以下と10kHz以上とからなることを特徴とする。
以下、本実施形態に係る溶融スラグの分析方法に含まれる特徴部分について説明する。
【0065】
本実施形態に係る溶融スラグの分析方法は、一対の電極104間への印加電圧が10mV以上1.0V以下である。一対の電極104間への印加電圧が10mV以上であれば、一対の電極間へ印加電圧を印加する際の周波数応答にノイズの影響が表れることがないため好ましい。一対の電極間への印加電圧が1.0V以下であれば、一対の電極の表面状態が変化することがないため好ましい。
【0066】
さらに、本実施形態に係る溶融スラグの分析方法は、一対の電極間へ印加電圧を印加する際の二種類の周波数が10Hz以下と10kHz以上である。すなわち、一対の電極間へ印加電圧を印加する際の二種類の周波数を低周波側の周波数として10Hz以下と高周波側の周波数として10kHz以上とに設定することによって、参照インピーダンスZref及び測定インピーダンスZを精度よく測定することができ、当該測定インピーダンスZrefに基づいて、測定用溶融スラグの溶液抵抗Rsol及び電荷移動抵抗Rを精度良く得ることができるため好ましい。
【0067】
本実施形態に係る溶融スラグの分析方法において、一対の電極間へ印加電圧を印加する際の二種類の周波数として、低周波数側の周波数と高周波数側の周波数と設定する。低周波数側の周波数を0.1Hz以上10Hz以下に設定してもよい。高周波数側の周波数を10kHz以上100kHz以下に設定してもよい。
【0068】
このように、本実施形態に係る溶融スラグの分析方法は、一対の電極間への印加電圧と当該電極間に印加電圧を印加する際の二種類の周波数に着目して参照インピーダンスZref及び測定インピーダンスZを精度よく測定することができる。そして、参照インピーダンスZref及び測定インピーダンスZに基づいて、参照用溶融スラグ及び測定インピーダンスZの溶液抵抗Rsol及び電荷移動抵抗Rを精度よく算出し、組成成分含有量検量線を作成することができ、当該検量線を使用して測定用溶融スラグに含まれる組成成分の含有量を推定することができる。
【0069】
以上説明したように、第2実施形態に係る発明によれば、一対の電極間への印加電圧と二種類の周波数を設定することにより、精度良く参照インピーダンス及び測定インピーダンスを測定することにより、溶融スラグの塩基度と酸化鉄含有量を精度良く推定することができる。
【0070】
[第3実施形態]
第3実施形態に係る溶融スラグの分析方法について説明する。本実施形態に係る溶融スラグの分析方法は、上記実施形態に係る溶融スラグの分析方法において、前記一対の電極間において、前記測定用溶融スラグ中における浸漬電位の差異が50mV未満であることを特徴とする。以下、本実施形態に係る溶融スラグの分析方法に含まれる特徴部分について説明する。
【0071】
本実施形態に係る溶融スラグの分析方法は、測定用溶融スラグ中における浸漬電位の差異が50mV未満である。測定用溶融スラグ中における浸漬電位の差異は、一対の電極104間に測定される電位差である。
測定用溶融スラグ中における浸漬電位の差異が50mV未満であれば、一対の電極104を形成している電極104Rの電気化学的性質と電極104Lの電気化学的性質がほぼ同一であるとみなすことができる。すなわち、一対の電極104を形成している電極104Rの電気化学的性質と電極104Lの電気化学的性質がほぼ同一であることにより、一対の電極104を構成する電極104Rと電極104Lとは同材料の電極であるとみなすことができる。
【0072】
一対の電極104が同材料の電極であることにより、本実施形態に係る溶融スラグの分析方法に含まれる第2工程において、参照インピーダンスZrefから算出された参照用溶融スラグの溶液抵抗Rsol及び電荷移動抵抗Rを算出する際に使用され、半円から形成されるナイキスト曲線が1つのみとなる。その結果、参照用溶融スラグの溶液抵抗Rsol及び電荷移動抵抗Rを算出する際に使用されるナイキスト曲線が明確となるとともに、当該ナイキスト曲線の解析の精度が向上するため好ましい。
【0073】
一方、測定用溶融スラグ中における浸漬電位の差異が50mV以上であれば、一対の電極104を形成している電極104Rの電気化学的性質と電極104Lの電気化学的性質がほぼ同一であるとみなすことができない。このため、一対の電極104が同材料の電極であるとみなすことができないことにより、本実施形態に係る溶融スラグの分析方法に含まれる第2工程において、参照インピーダンスZrefから算出された参照用溶融スラグの溶液抵抗Rsol及び電荷移動抵抗Rを算出する際に使用され、半円から形成されるナイキスト曲線が1つのみとならない。その結果、参照用溶融スラグの溶液抵抗Rsol及び電荷移動抵抗Rを算出する際に使用されるナイキスト曲線が不明確となるとともに、当該ナイキスト曲線の解析の精度が向上しないため好ましくない。
【0074】
このように、本実施形態に係る溶融スラグの分析方法は、測定用溶融スラグ中における浸漬電位の差異を50mV未満とすることにより、一対の電極104を形成している電極104Rと電極104Lの電気化学的性質をほぼ同一に設定する。そして、本実施形態に係る溶融スラグの分析方法は、参照用溶融スラグの溶液抵抗Rsol及び電荷移動抵抗Rを算出する際に使用されるナイキスト曲線の解析の精度を向上させることに伴って、組成成分含有量検量線の精度を向上させている。
【0075】
以上説明したように、第3実施形態に係る発明によれば、参照用溶融スラグの溶液抵抗Rsol及び電荷移動抵抗Rを算出する際に使用されるナイキスト曲線の解析の精度を向上させることにより、溶融スラグの塩基度と酸化鉄含有量とをきわめて精度良く推定することができる。
【0076】
[他の実施形態]
以上、実施形態を参照して本願発明を説明したが、本願発明は上記実施形態に限定されるものではない。本願発明の構成や詳細には、本願発明の技術的範囲で当業者が理解し得る様々な変更をすることができる。また、それぞれの実施形態に含まれる別々の特徴を如何様に組み合わせたシステム、または装置も、本発明の技術的範囲に含まれる。
【実施例
【0077】
以下、本発明の効果を実施例に基づいて具体的に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0078】
(発明例1)
本発明に係る溶融スラグ組成の分析方法を採用して、転炉吹錬中において炉内に存在する溶融スラグのスラグ組成の分析を行った。具体的には、酸化マグネシウム坩堝とラミング材とを備えた誘導溶解炉の炉内に2本の白金電極と溶融スラグの温度を測定するための温度センサとを備えたプローブをサブランス設置した。なお、白金電極間の距離は10mmに設定した。
【0079】
次に、転炉吹錬中においてプローブが取り付けられたサブランスを降下させることにより、白金電極と温度センサを溶融スラグに浸漬させ、溶融スラグの温度とインピーダンスを測定した。溶融スラグのインピーダンス測定は、印加電圧を1.0V、測定周期を10kHz、1.0Hzの条件により実施した。
ここで、あらかじめ求めておいた溶融スラグのインピーダンスと溶融スラグに含まれる各組成成分の含有量から算出される溶融スラグの塩基度との関係を示した塩基度検量線を準備した。塩基度検量線に基づいて、測定されたインピーダンスの測定値から溶融スラグに含まれる各組成成分から算出される溶融スラグの塩基度を算出した。
【0080】
さらに、あらかじめ求めておいた溶融スラグのインピーダンスと溶融スラグに含まれる各組成成分の含有量から算出される溶融スラグに含まれる酸化鉄含有量との関係を示した酸化鉄検量線を準備した。酸化鉄検量線に基づいて、測定されたインピーダンスの測定値から溶融スラグに含まれる酸化鉄含有量を算出した。
【0081】
(比較例1)
蛍光X線分析法を採用して、転炉吹錬中において炉内に存在する溶融スラグのスラグ組成の分析を行った。具体的には、発明例1において実施する溶融スラグのインピーダンス測定と同時に溶融スラグのサンプリングを行い、採取したサンプルを分析用試料に加工した後、溶融スラグのスラグ組成を蛍光X線分析方法によりを行った。
【0082】
蛍光X線分析方法は、調製した分析用試料に蛍光X線(一次X線)を照射する。分析用試料に蛍光X線(一次X線)を照射することにより、当該分析用試料から発生する蛍光X線(二次X線)の強度を元素ごとに測定する。そして、予め作成された各元素の蛍光X線強度と各元素の含有量との関係を示した検量線を用いて、蛍光X線強度の測定値から各元素の含有量を求めた。蛍光X線強度の測定値から算出された溶融スラグに含まれる各元素の含有量に基づいて、溶融スラグの塩基度と酸化鉄含有量とを求めた。
【0083】
図3に発明例1及び比較例1において測定した溶融スラグの塩基度の分析結果を示す。具体的には、図3(a)は、溶融スラグの温度が1290~1310℃である溶融スラグの塩基度を本発明に係る溶融スラグ組成の分析方法を採用して算出した発明例1と、蛍光X線分析方法を採用して算出した比較例1とを対比して示したグラフである。図3(b)は、溶融スラグの温度が1390~1410℃である溶融スラグの塩基度を本発明に係る溶融スラグ組成の分析方法を採用して算出した発明例1と、蛍光X線分析方法を採用して算出した比較例1(蛍光X線分析結果を実績と表記する。)を比較して示したグラフである。
【0084】
図3(a)~(b)によれば、これらのグラフから算出される回帰係数Rが0.9444、0.9476であることが判明した。これらの回帰係数Rは、本発明に係る溶融スラグ組成の分析方法がきわめて高い精度により溶融スラグの塩基度を推定することができることを示している。
【0085】
図4に発明例1及び比較例1において測定した溶融スラグの酸化鉄含有量の分析結果を示す。具体的には、図4(a)は、溶融スラグの温度が1290~1310℃である溶融スラグの酸化鉄含有量を本発明に係る溶融スラグ組成の分析方法を採用して算出した発明例1と、蛍光X線分析方法を採用して算出した比較例1とを対比して示したグラフである。
図4(b)は、溶融スラグの温度が1390~1410℃である溶融スラグの酸化鉄含有量を本発明に係る溶融スラグ組成の分析方法を採用して算出した発明例1と、蛍光X線分析方法を採用して算出した比較例1とを対比して示したグラフである。
【0086】
図4(a)~(b)によれば、これらのグラフから算出される回帰係数Rがそれぞれ0.9520、0.9699であることが判明した。これらの回帰係数Rは、本発明に係る溶融スラグ組成の分析方法がきわめて高い精度により溶融スラグに含まれる酸化鉄の酸化鉄含有量を推定することができることを示している。
【0087】
また、本発明に係る溶融スラグの分析方法において、白金電極を溶融スラグに浸漬時点から溶融スラグの塩基度と酸化鉄含有量の推定値を導出するまでの時間は、60秒以内であった。一方、比較例1において採用した蛍光X線分析法において、転炉吹錬中において炉内に存在する溶融スラグのスラグ組成の分析は、溶融スラグのサンプリングと、採取したサンプルの分析用試料の加工とに10分以上を要した。
以上より、本発明に係る溶融スラグの分析方法が溶融スラグの塩基度と酸化鉄含有量を迅速かつ高精度に分析できる手法であることが確認できた。
【産業上の利用可能性】
【0088】
本発明に係る溶融スラグの分析方法によれば、吹錬中に溶融スラグのサンプリングを行うことなく、迅速かつ精度良く塩基度と酸化鉄含有量を推定することができるので、製鉄業等の関連発達に寄与し、産業上きわめて有用である。
【符号の説明】
【0089】
100 溶融スラグ分析装置
101 坩堝
102 ラミング材
103 誘導溶解炉
104 電極
104R 電極(右側)
104L 電極(左側)
105 温度センサ
106 ポテンシオスタット
107 導線
108 断熱ボード
200 溶融スラグ

【要約】
溶融スラグに浸漬された電極間のインピーダンスと溶融スラグの温度との関係に基づいて、溶融スラグの塩基度、酸化鉄含有量を迅速かつ精度よく求めることができる溶融スラグの分析方法を提供すること。参照用溶融スラグの参照スラグ温度と、前記参照スラグ温度において前記参照用溶融スラグに浸漬された一対の電極間に交流電流を通電することにより前記参照用溶融スラグの参照インピーダンスとを測定する第1工程と、前記参照用溶融スラグに含まれる組成成分の含有量と前記第1工程において測定した前記参照インピーダンスとから組成成分含有量検量線を作成する第2工程と、測定用溶融スラグのスラグ温度と前記スラグ温度において測定インピーダンスを測定する第3工程と、前記測定インピーダンスと前記組成成分含有量検量線に基づいて前記測定用溶融スラグに含まれる組成成分の含有量を推定する第4工程と、を含むことを特徴とする。

図1
図2
図3
図4