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特許7564664フェライト系ステンレス鋼板およびその製造方法ならびに排気部品
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-01
(45)【発行日】2024-10-09
(54)【発明の名称】フェライト系ステンレス鋼板およびその製造方法ならびに排気部品
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20241002BHJP
   C21D 9/46 20060101ALI20241002BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20241002BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C21D9/46 R
C22C38/60
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2020151130
(22)【出願日】2020-09-09
(65)【公開番号】P2022045505
(43)【公開日】2022-03-22
【審査請求日】2023-06-09
(73)【特許権者】
【識別番号】503378420
【氏名又は名称】日鉄ステンレス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002044
【氏名又は名称】弁理士法人ブライタス
(72)【発明者】
【氏名】吉澤 俊希
(72)【発明者】
【氏名】神野 憲博
【審査官】山本 佳
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-188687(JP,A)
【文献】特開2017-179398(JP,A)
【文献】特開2018-016862(JP,A)
【文献】特開平05-331551(JP,A)
【文献】特開2009-299182(JP,A)
【文献】特開平02-115347(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00 - 38/60
C21D 9/46
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
化学組成が、質量%で、
C:0.001~0.030%、
N:0.001~0.030%、
Si:2.00~4.00%、
Mn:0.01~2.00%、
P:0.010~0.050%、
S:0.0001~0.010%、
Cr:10.0~30.0%、
Nb:0.01~0.80%、
Ti:0~0.50%、
B:0~0.0009%、
Al:0~2.5%、
Cu:0~3.0%、
Mo:0~3.0%、
W:0~0.50%、
V:0~1.0%、
Sn:0~0.50%、
Ni:0~1.0%、
Mg:0~0.01%、
Sb:0~0.50%、
Zr:0~0.30%、
Ta:0~0.30%、
Hf:0~0.30%、
Co:0~0.30%、
Ca:0~0.01%、
REM:0~0.20%、
Ga:0~0.30%、
残部:Feおよび不純物であり、
金属組織において、
母相の平均結晶粒径が100~200μmであり、
第二相のうち、Nbを含む第二相をNb含有第二相とするとき、
抽出残渣分析で測定される前記Nb含有第二相の析出量が、質量%で、0.15%以下であり、
750℃で、100時間時効熱処理を行った場合に、
抽出残渣分析で測定されるNb含有第二相の析出量が、質量%で、0.20%以上であり、
前記Nb含有第二相の平均粒子径が、200nm以下であり、
第二相全体に対する、M6C型炭化物の割合が、質量%で、50%以上である、フェライト系ステンレス鋼板。
【請求項2】
前記化学組成が、質量%で、
Ti:0.01~0.50%、
B:0.0001~0.0009%、
Al:0.01~2.5%、
Cu:0.01~3.0%、
Mo:0.01~3.0%、
W:0.01~0.50%、
V:0.05~1.0%、
Sn:0.003~0.50%、
Ni:0.05~1.0%、
Mg:0.0002~0.01%、
Sb:0.0001~0.50%、
Zr:0.001~0.30%、
Ta:0.001~0.30%、
Hf:0.001~0.30%、
Co:0.01~0.30%、
Ca:0.0002~0.01%、
REM:0.001~0.20%、および
Ga:0.0002~0.30%、
から選択される一種以上を含有する、請求項1に記載のフェライト系ステンレス鋼板。
【請求項3】
請求項1または2に記載のフェライト系ステンレス鋼板の製造方法であって、
(a)請求項1または2に記載の化学組成を有する鋼を熱間圧延し、熱延板とする工程と、
(b)前記熱延板を、400~750℃の温度域で巻取る工程と、
(c)巻取られた前記熱延板を冷間圧延し、冷延板とする工程と、
(d)前記冷延板を1100~1200℃の温度域に加熱後、当該温度域で30秒以上3分以下の時間、滞留させる焼鈍処理を行う工程とを、有するフェライト系ステンレス鋼板の製造方法。
【請求項4】
請求項1または2に記載のフェライト系ステンレス鋼板を用いた排気部品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フェライト系ステンレス鋼板およびその製造方法ならびに排気部品に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車の排ガス規制の強化、エンジン性能の向上、車体軽量化などの観点から、排気マニホールド、フロントパイプ、またはセンターパイプといった、排気系部品に、ステンレス鋼が多く使用されるようになった。これらの排気系部品は、使用される車種、またはエンジンの構造によって違いはあるものの、およそ700~800℃程度の高温の排気ガスに曝される。このため、排気部品に用いられる材料には、高温強度、耐酸化性、熱疲労特性等の多様な特性が要求される。
【0003】
排気系部品の中でも、例えば、排気マニホールドのような、加熱、冷却を繰り返し受ける部品に、熱膨張係数が大きいステンレス鋼を用いると、熱膨張および熱収縮に起因し、熱疲労破壊が生じやすくなる。このため、ステンレス鋼の中でも、比較的材料コストが安い上、熱膨張係数が小さく熱疲労特性が良好なフェライト系ステンレス鋼が、排気部品に用いられることがある。
【0004】
その一方、フェライト系ステンレス鋼は、他のステンレス鋼、例えば、オーステナイト系ステンレス鋼と比較し、高温強度に劣る。そこで、高温強度を向上させるべく、固溶強化および析出強化に寄与するNb、Mo、W、Tiといった合金元素を添加したフェライト系ステンレス鋼が開発されている。例えば、汎用鋼のSUS430J1およびSUS444は、Nbを添加することで、高温強度を向上させている。また、特許文献1~6に開示されたフェライト系ステンレス鋼は、Wを添加することで、高温強度を向上させている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2009-215648号公報
【文献】特開2009-235555号公報
【文献】特開2005-206944号公報
【文献】特開2008-189974号公報
【文献】特開2009-120893号公報
【文献】特開2009-120894号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1~6に開示されているように、上述した合金元素を添加する場合、高温になる使用環境において、合金元素がLaves相と呼ばれる析出相を形成し、時間の経過とともに高温強度が劣化するという課題がある。また、熱間加工の際に割れ等が生じ、製造性が低下する場合がある。
【0007】
本発明は、上記の課題を解決し、高温で長時間曝された場合であっても、高温強度の劣化を抑制し、かつ製造性が良好なフェライト系ステンレス鋼板および製造方法ならびに排気部品を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、上記の課題を解決するためになされたものであり、下記のフェライト系ステンレス鋼板を要旨とする。
【0009】
(1)化学組成が、質量%で、
C:0.001~0.030%、
N:0.001~0.030%、
Si:2.00~4.00%、
Mn:0.01~2.00%、
P:0.010~0.050%、
S:0.0001~0.010%、
Cr:10.0~30.0%、
Nb:0.01~0.80%、
Ti:0~0.50%、
B:0~0.0009%、
Al:0~2.5%、
Cu:0~3.0%、
Mo:0~3.0%、
W:0~0.50%、
V:0~1.0%、
Sn:0~0.50%、
Ni:0~1.0%、
Mg:0~0.01%、
Sb:0~0.50%、
Zr:0~0.30%、
Ta:0~0.30%、
Hf:0~0.30%、
Co:0~0.30%、
Ca:0~0.01%、
REM:0~0.20%、
Ga:0~0.30%、
残部:Feおよび不純物であり、
金属組織において、
母相の平均結晶粒径が100~200μmであり、
第二相のうち、Nbを含む第二相をNb含有第二相とするとき、
抽出残渣分析で測定される前記Nb含有第二相の析出量が、質量%で、0.15%以下である、フェライト系ステンレス鋼板。
【0010】
(2)前記化学組成が、質量%で、
Ti:0.01~0.50%、
B:0.0001~0.0009%、
Al:0.01~2.5%、
Cu:0.01~3.0%、
Mo:0.01~3.0%、
W:0.01~0.50%、
V:0.05~1.0%、
Sn:0.003~0.50%、
Ni:0.05~1.0%、
Mg:0.0002~0.01%、
Sb:0.0001~0.50%、
Zr:0.001~0.30%、
Ta:0.001~0.30%、
Hf:0.001~0.30%、
Co:0.01~0.30%、
Ca:0.0002~0.01%、
REM:0.001~0.20%、および
Ga:0.0002~0.30%、
から選択される一種以上を含有する、上記(1)に記載のフェライト系ステンレス鋼板。
【0011】
(3)750℃で、100時間時効熱処理を行った場合に、
抽出残渣分析で測定されるNb含有第二相の析出量が、質量%で、0.20%以上であり、
前記Nb含有第二相の平均粒子径が、200nm以下であり、
第二相全体に対する、MC型炭化物の割合が、質量%で、50%以上である、上記(1)または(2)に記載のフェライト系ステンレス鋼板。
【0012】
(4)上記(1)~(3)のいずれかに記載のフェライト系ステンレス鋼板の製造方法であって、
(a)上記(1)または(2)に記載の化学組成を有する鋼を熱間圧延し、熱延板とする工程と、
(b)前記熱延板を、400~750℃の温度域で巻取る工程と、
(c)巻取られた前記熱延板を冷間圧延し、冷延板とする工程と、
(d)前記冷延板を1100~1200℃の温度域に加熱後、当該温度域で30秒以上3分以下の時間、滞留させる焼鈍処理を行う工程とを、有するフェライト系ステンレス鋼板の製造方法。
【0013】
(5)上記(1)~(3)のいずれかに記載のフェライト系ステンレス鋼板を用いた排気部品。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、高温で長時間曝された場合であっても高温強度の劣化を抑制し、かつ製造性が良好なフェライト系ステンレス鋼板および製造方法ならびに排気部品を得ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明者は、フェライト系ステンレス鋼板の高温強度の劣化について検討を行い、以下の(a)~(c)の知見を得た。
【0016】
(a)Laves相の析出による高温強度の低下は、以下の理由によるものである。通常、製品の出荷段階においては、Laves相が析出していると、靭性を劣化させることがある。このため、熱処理により、上記合金元素を母相に固溶させ、Laves相が析出していない状態とする。その一方、使用環境において、600℃以上の高温に曝されることで、母相に固溶していた上記元素が他の元素とともに、Laves相を形成する。
【0017】
このように、Laves相が析出することで、母相において、固溶強化に寄与していた上記合金元素が減少し、析出強化能が低下する。加えて、Laves相の析出状態が粗で、かつ粗大化した場合には、析出強化、より具体的には、粒子分散強化が生じない。この結果、高温強度が低下すると考えられる。特に、Laves相の析出安定性が悪い場合には、使用環境における高温強度が顕著に劣化する。
【0018】
(b)この点について、本発明者らは、合金元素を含有させた場合であっても、Laves相を粗大に成長しにくい析出物に制御し、結晶粒内に微細に析出させることで、高温強度の低下を抑制できると考えた。
【0019】
(c)そして、Nbを含む鋼の場合、Si含有量および冷間圧延後の焼鈍条件を適切に制御することで、使用環境において、Nbを含む第二相が微細に析出することを明らかにした。この理由は、以下のメカニズムによるものである。
【0020】
熱間圧延および熱間圧延後の焼鈍時に、Nbを含む第二相が析出しているが、その後の工程である冷間圧延後の焼鈍において、焼鈍温度を高くすることで、上記相が溶解する。その結果、結晶粒径が増加し、上記相の粒界への析出が抑制され、析出強化に効果的な粒内への析出が促進される。
【0021】
粒内は、粒界と比較して元素の拡散が遅いため析出物が成長し難い。これにより、部品として使用する際に生じる高温強度の劣化を抑制できる。また使用中に析出するNbを含む第二相が、高温下で粒内に微細に存在することによって析出強化が効果的に発現する。これにより、高温強度の向上も期待できる。
【0022】
本発明は上記の知見に基づいてなされたものである。以下、本発明の各要件について詳しく説明する。
【0023】
1.化学組成
各元素の限定理由は下記のとおりである。なお、以下の説明において含有量についての「%」は、「質量%」を意味する。
【0024】
C:0.001~0.030%
Cは、成形性と耐食性とを劣化させ、高温強度の低下をもたらす。このため、C含有量は、0.030%以下とする。C含有量は、0.009%以下とするのが好ましく、0.007%以下とするのがより好ましい。C含有量は、少なければ少ないほど好ましい。しかしながら、Cを過剰に低減させると、精錬コストの増加に繋がるため、C含有量は、0.001%以上とする。C含有量は、0.003%以上とするのが好ましい。
【0025】
N:0.001~0.030%
Nは、Cと同様、成形性と耐食性とを劣化させ、高温強度の低下をもたらす。このため、N含有量は、0.030%以下する。N含有量は、0.020%以下とするのが好ましく、0.015%以下とするのがより好ましい。N含有量は、少なければ少ないほど好ましい。しかしながら、Nを過剰に低減させると、精錬コストの増加に繋がるため、N含有量は、0.001%以上とする。N含有量は、0.003%以上とするのが好ましく、0.005%以上とするのがより好ましい。
【0026】
Si:2.00~4.00%
Siは、脱酸剤としても有用な元素であるとともに、高温強度、耐酸化性および耐高温塩害性を改善する元素である。そして、高温強度、耐酸化性および耐高温塩害性は、Si含有量の増加とともに向上する。なお、高温強度の向上には、析出物の析出制御が重要であり、微細かつ多量に析出させることで、その効果を得られる。Siには時効熱処理中の析出物を微細に析出させる作用があり、その効果は、2.00%から安定して発現する。このため、Si含有量は、2.00%以上とする。
【0027】
しかしながら、Siを過剰に含有させると、常温延性を低下させる。このため、Si含有量は、4.00%以下とする。また、酸洗性および靭性を考慮すると、Si含有量は、2.90%以下とするのが好ましい。さらに製造性を考慮すると、Si含有量は、2.80%以下とするのがより好ましい。
【0028】
Mn:0.01~2.00%
Mnは、脱酸剤として有用な元素であるとともに、中温域での高温強度の向上に寄与する。このため、Mn含有量は、0.01%以上とする。しかしながら、Mnを、2.00%超含有させると、高温でMn系酸化物が表層に形成し、スケール密着性の低下および異常酸化が生じやすくなる。特に、Mo、Wと複合添加した場合は、Mn含有量に応じて、異常酸化が生じやすくなる傾向にある。このため、Mn含有量は、2.00%以下とする。鋼板製造における酸洗性および常温延性を考慮すると、Mn含有量は、1.50%以下とするのが好ましく、1.00%以下とするのがより好ましい。
【0029】
P:0.010~0.050%
Pは、製鋼精錬時に主として原料から混入してくる不純物であり、含有量が高くなると、靭性および溶接性が低下する。特に、Pを0.050%超含有させると、鋼板が著しく硬質化する他、耐食性、靭性および酸洗性が劣化する。このため、P含有量は、0.050%以下とする。P含有量は、0.040%以下とする。P含有量は、少なければ少ないほど好ましいが、P含有量を0.010%未満にすると、P含有量を低下させた原料を使用しなければならず、コストアップが生じる。このため、P含有量は、0.010%以上とする。P含有量は、0.020%以上とするのがより好ましい。
【0030】
S:0.0001~0.010%
Sは、Tiおよび/またはCと結合して加工性を向上させる効果を有する。この効果は、0.0001%から発現するため、S含有量は、0.0001%以上とする。しかしながら、Sは、耐食性および耐酸化性を劣化させる。また、Sを過剰に含有させることで、Tiおよび/またはCと結合して、固溶Ti量を低減させるとともに析出物を粗大にする。この結果、高温強度が低下する。このため、S含有量は、0.010%以下とする。さらに、精錬コストおよび高温酸化特性を考慮すると、S含有量は、0.0010~0.009%とするのが好ましい。
【0031】
Cr:10.0~30.0%
Crは、耐酸化性および耐食性確保のために必要な元素である。また、高温強度の向上に有効である。このため、Cr含有量は、10.0%以上とする。しかしながら、Cr含有量が、30.0%を超えると加工性の低下および靭性の劣化をもたらす。このため、Cr含有量は、30.0%以下とする。Cr含有量は、18.0%以下とするのが好ましい。製造性およびスケール剥離性を考慮すると、Cr含有量は、13.0~18.0%とするのが好ましい。
【0032】
Nb:0.01~0.80%
Nbは、固溶強化および微細析出物の析出強化による高温強度向上に有効な元素である。また、CおよびNを炭窒化物として固定し、製品板の耐食性を向上させ、r値に影響する再結晶集合組織を発達させる効果を有する。このため、Nb含有量は、0.01%以上とする。Nb含有量は、0.30%以上とするのが好ましい。しかしながら、Nbを、0.80%超含有させると、鋼板が著しく硬質化する他、製造性も劣化する。そのため、Nb含有量は、0.80%以下とする。なお、原料コストおよび靭性を考慮すると、Nb含有量は、0.60%以下とするのが好ましく、0.50%以下とするのがより好ましい。
【0033】
上記の元素に加えて、さらに、Ti、B、Al、Cu、Mo、W、V、Sn、Ni、Mg、Sb、Zr、Ta、Hf、Co、Ca、REM、およびGaから選択される一種以上を、以下に示す範囲において含有させてもよい。各元素の限定理由について説明する。
【0034】
Ti:0~0.50%
Tiは、C、N、Sといった元素と結合して耐食性、耐粒界腐食性、常温延性および深絞り性を向上させる元素である。また、Nb、Moと複合添加する際に、Tiを添加することにより、冷延焼鈍時のNb、Moの固溶量増加、高温強度の向上をもたらし、熱疲労特性を向上させる。このため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Tiを、0.50%超含有させると、固溶Ti量が増加して常温延性が低下する。加えて、粗大なTi系析出物を形成し、穴拡げ加工時の割れの起点となり、プレス加工性が劣化する。また、耐酸化性も劣化する。そのため、Ti含有量は、0.50%以下とする。なお、その他、表面疵の発生および靭性を考慮すると、Ti含有量は、0.25%以下とするのが好ましい。一方、上記効果を得るためには、Ti含有量は、0.01%以上とするのが好ましい。Ti含有量は、0.05%以上とするのがより好ましい。
【0035】
B:0~0.0009%
Bは、製品のプレス加工時の二次加工性、高温強度、および熱疲労特性を向上させる効果を有する。また、Bは、Laves相などを微細析出させ、これらの析出物による強化の長期安定性を発現させ、強度低下の抑制と熱疲労寿命とを向上させる。このため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Bを過剰に含有させると、鋼板の硬質化をもたらし、粒界腐食性と耐酸化性とが劣化する。また、溶接割れが生じる。そのため、B含有量は、0.0009%以下とする。耐食性および製造コストを考慮すると、B含有量は、0.0005%以下とするのが好ましい。一方、上記効果を得るためには、B含有量は、0.0001%以上とするのが好ましい。
【0036】
Al:0~2.5%
Alは、脱酸効果を有する。また、耐酸化性を向上させる効果を有する。また、固溶強化元素として高温強度を向上させる効果を有する。このため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Alを過剰に含有させると、鋼板が硬質化して、均一伸びを著しく低下させる他、靭性が著しく低下する。そのため、Al含有量は、2.5%以下とする。さらに、表面疵の発生、溶接性、および製造性を考慮すると、Al含有量は、2.2%以下とするのが好ましく、0.5%以下とするのがより好ましい。一方、上記効果を得るためには、Al含有量は、0.01%以上とするのが好ましい。
【0037】
Cu:0~3.0%
Cuは、耐食性を向上させる効果を有する。また、ε-Cuの析出による析出強化によって高温強度を向上させる効果も有する。このため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Cuを過剰に含有させると、熱間加工性が低下する。そのため、Cu含有量は、3.0%以下とする。また、熱疲労特性、製造性および溶接性を考慮すると、Cu含有量は、1.6%以下とするのが好ましい。一方、上記効果を得るためには、Cu含有量は、0.01%以上とするのが好ましい。
【0038】
Mo:0~3.0%
Moは、高温における固溶強化に有効な元素であるとともに、耐食性および耐高温塩害性を向上させる効果を有する。このため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Moを、3.0%を超えて含有させると、常温延性および耐酸化性が著しく劣化する。このため、Mo含有量は、3.0%以下とする。熱疲労特性および製造性を考慮すると、Mo含有量は、0.9%以下とするのが好ましい。一方、上記効果を得るためには、Mo含有量は、0.01%以上とするのが好ましい。
【0039】
W:0~0.50%
Wも、Mo同様、高温における固溶強化として有効な元素であるとともに、Laves相(FeW)を生成して析出強化の作用をもたらす。特に、NbおよびMoと複合添加した場合、Fe(Nb,Mo,W)のLaves相が析出するが、Wを含有させることで、Laves相の粗大化が抑制されて析出強化能が向上する。このため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Wを0.50%超含有させると、製造コストが増加するとともに、常温延性が低下する。このため、W含有量は、0.50%以下とする。さらに、製造性、低温靭性および耐酸化性を考慮すると、W含有量は、0.40%以下とするのが好ましく、0.20%以下とするのがより好ましい。一方、上記効果を得るためには、W含有量は、0.01%以上とするのが好ましい。
【0040】
V:0~1.0%
Vは、耐食性を向上させる効果を有する。このため、必要に応じて含有するのがよい。しかしながら、Vを1.0%超含有させると、析出物が粗大化して高温強度が低下する他、耐酸化性が劣化する。そのため、V含有量は、1.0%以下とする。なお、製造コストおよび製造性を考慮すると、V含有量は、0.5%以下とするのが好ましい。一方、上記効果を得るためには、V含有量は、0.05%以上とするのが好ましい。V含有量は、0.08%以上とするのがより好ましい。
【0041】
Sn:0~0.50%
Snは、耐食性および耐酸化性を向上させる効果を有する。また、中温域の高温強度を向上させる効果を有する。このため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Snを、0.50%超含有させると、製造性および靭性が著しく低下する。このため、Sn含有量は、0.50%以下とする。一方、上記効果を得るためには、Sn含有量は、0.003%以上とするのが好ましい。耐酸化性を考慮すると、Sn含有量は、0.10%以上とするのがより好ましい。
【0042】
Ni:0~1.0%
Niは、耐酸性、靭性、および高温強度を向上させる効果を有する。このため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Niを、1.0%超含有させると、製造コストが増加する。このため、Ni含有量は、1.0%以下とする。Ni含有量は、0.5%以下とするのが好ましい。一方、上記効果を得るためには、Ni含有量は、0.05%以上とするのが好ましい。Ni含有量は、0.08%以上とするのがより好ましい。
【0043】
Mg:0~0.01%
Mgは、脱酸効果を有する元素である。また、スラブの組織を微細化させ、成形性を向上させる効果を有する。そして、Mg酸化物は、Ti(C,N)およびNb(C,N)等の炭窒化物の析出サイトになり、これらを微細分散析出させる効果を有する。この結果、靭性を向上させる効果を有する。このため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Mgを過剰に含有させると、溶接性、耐食性および表面品質の劣化につながる。そのため、Mg含有量は、0.01%以下とする。Mg含有量は、0.001%以下とするのが好ましい。一方、上記効果を得るためには、Mg含有量は、0.0002%以上とするのが好ましい。その他、精錬コストを考慮すると、Mg含有量は、0.0003%以上とするのがより好ましい。
【0044】
Sb:0~0.50%
Sbは、耐食性および高温強度を向上させる効果を有する。このため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Sbを、0.50%超含有させると、鋼板製造時のスラブ割れおよび延性低下が過度に生じる場合がある。そのため、Sb含有量は、0.50%以下とする。製造性を考慮すると、Sb含有量は、0.30%以下とするのが好ましい。一方、上記効果を得るためには、Sb含有量は、0.0001%以上とするのが好ましく、0.0050%以上とするのが好ましい。その他、精錬コストを考慮すると、Sb含有量は、0.0100%以上とするのがより好ましい。
【0045】
Zr:0~0.30%
Zrは、TiおよびNb同様に炭窒化物形成元素であり、耐食性、深絞り性の向上させる効果を有する。このため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Zrを、0.30%超含有させると、製造性が著しく劣化する。このため、Zr含有量は、0.30%以下とする。その他、コストおよび表面品質を考慮すると、0.20%以下とするのが好ましい。一方、上記効果を得るためには、Zr含有量は、0.001%以上とするのが好ましい。Zr含有量は、0.10%以上とするのがより好ましい。
【0046】
Ta:0~0.30%
Hf:0~0.30%
TaおよびHfは、CおよびNと結合して靭性を向上させる効果を有する。このため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、TaおよびHfを0.30%超含有させると、コスト増になる他、製造性が著しく劣化する。このため、Ta含有量は、0.30%以下とする。Ta含有量は、0.08%以下とするのが好ましい。同様に、Hf含有量も、0.30%以下とする。Hf含有量は、0.08%以下とするのが好ましい。
【0047】
一方、上記効果を得るためには、Ta含有量は、0.001%以上とするのが好ましい。精錬コストを考慮すると、Ta含有量は、0.010%以上とするのが好ましい。同様に、Hf含有量も、0.001%以上とするのが好ましい。精錬コストを考慮すると、Hf含有量は、0.010%以上とするのが好ましい。
【0048】
Co:0~0.30%
Coは、高温強度を向上させる効果を有する。このため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Coを0.30%超含有させると、靭性劣化につながる。そのため、Co含有量は、0.30%以下とする。その他、精錬コストや製造性を考慮すると、0.10%以下とするのが好ましい。一方、上記効果を得るためには、Co含有量は、0.01%以上とするのが好ましい。
【0049】
Ca:0~0.01%
Caは、脱硫効果を有する元素である。このため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Caを、0.01%超含有させると、粗大なCaSが生成し、靭性および耐食性を劣化させる。そのため、Ca含有量は、0.01%以下とする。製造性を考慮すると、Ca含有量は、0.0020%以下とするのが好ましい。一方、上記効果を得るためには、Ca含有量は、0.0002%以上とするのが好ましい。精錬コストを考慮すると、Ca含有量は、0.0003%以上とするのが好ましい。
【0050】
REM:0~0.20%
REMは、種々の析出物を微細化させ、靭性および耐酸化性を向上させる効果を有する。このため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、REMを0.20%超含有させると、鋳造性が著しく悪くなる他、延性が低下する。そのため、REM含有量は、0.20%以下とする。なお、製造性を考慮すると、REM含有量は、0.05%以下とするのが好ましい。一方、上記効果を得るためには、REM含有量は、0.001%以上とするのが好ましい。
【0051】
REMは、Sc、Yおよびランタノイドの合計17元素を指し、上記REM含有量はこれらの元素の合計含有量を意味する。REMは、工業的には、ミッシュメタルの形で添加されることが多い。
【0052】
Ga:0~0.30%
Gaは、耐食性を向上させ、水素脆化を抑制する効果を有する。このため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Gaを過剰に含有させると、製造コストが増加する。そのため、Ga含有量は、0.30%以下とする。さらに、製造性、コストの観点ならびに、延性および靭性の観点から0.002%以下が好ましい。一方、上記効果を得ること、および硫化物と水素化物との形成の観点から、Ga含有量は、0.0002%以上とするのが好ましい。
【0053】
その他の成分について本発明では特に規定するものではないが、本発明においては、Bi等を必要に応じて、0.001~0.1%含有させてもよい。
【0054】
本発明の化学組成において、残部はFeおよび不純物である。ここで「不純物」とは、
フェライト系ステンレス鋼を工業的に製造する際に、鉱石、スクラップ等の原料、製造工程の種々の要因によって混入する成分であって、本発明に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。なお、As、Pb等の一般的な有害な元素、上記不純物はできるだけ低減することが好ましい。
【0055】
2.金属組織
2-1.母相の平均結晶粒径
本発明に係るフェライト系ステンレス鋼板では、フェライト相、すなわち母相の平均結晶粒径は、100~200μm以下とする。母相の平均結晶粒径が100μm未満であると、高温となる使用環境において、耐力が低下し、高温強度が低下する。このため、母相の平均結晶粒径は、100μm以上とする。母相の平均結晶粒径は、120μm以上とするのが好ましい。
【0056】
一方、母相の平均結晶粒径が200μmを超えると、製造性が低下する、鋼板表面に肌荒れ等が生じるため望ましくない。このため、母相の平均結晶粒径は、200μm以下とする。その他、生産性等を考慮すると、母相の平均結晶粒径は、180μm以下とするのが好ましく、150μm以下とするのがより好ましい。
【0057】
なお、母相の平均結晶粒径は、以下の手順で測定すればよい。具体的には、鋼板のL断面において、板厚をtとしたときに、鋼板の端から板厚方向に1/4tに相当する部分(以下、単に「1/4t部」と記載する。)を、光学顕微鏡を用いて観察する。この際の観察倍率は、50倍とし、任意の5か所(5視野)を観察する。観察結果に基づき、結晶粒径を測定し、その平均値を平均結晶粒径とする。なお、平均結晶粒径の測定については、JIS G 0551:2013に準拠し、結晶粒径の算出においては、小数点以下を四捨五入する。
【0058】
2-2.Nb含有第二相
以下、フェライト系ステンレス鋼板において、第二相のうち、Nbを含む第二相をNb含有第二相として説明し、本発明に係る鋼板では、時効熱処理前のNb含有第二相の析出量を要件として規定する。この理由は、高温で使用される前においては極力、Nb含有第二相の析出を抑え、高温で使用される段階において、Nb含有第二相を効果的に析出させることが有効だからである。これにより、使用環境における耐力の低下を抑制し、高温強度の劣化を抑制できる。
【0059】
ここで、上記Nb含有第二相とは、析出物中のNb量が、質量%で、20%以上である析出物のことをいう。具体的には、Nb含有第二相は、Nb炭窒化物、Nbを含むLaves相などの析出物となる。
【0060】
本発明に係るフェライト系ステンレス鋼板では、抽出残渣分析で測定されるNb含有第二相の析出量が、質量%で、0.15%以下とする。使用前において、Nb含有第二相の析出量は、極力低減することが望ましい一方、これを過剰に低減しようとすると、冷間圧延後の焼鈍工程において、より高温、長時間の焼鈍処理が必要となる。この結果、結晶粒が粗大になり、加工時の肌荒れおよび生産性の低下を招く。したがって、Nb含有第二相の析出量を上記範囲とする。
【0061】
なお、Nb含有第二相の析出量は、抽出残渣分析で測定すればよい。具体的には、所定の形状(20mm×30mm×1.2mm)の試料を切り出し、質量を測定する。続いて、メタノール4L、無水マレイン酸500g、テトラメチルアンモニウムクロリド400mlを混合した溶液を任意の量、用い、100mV定電位の電解条件で、試料1gを電解する。そして、電解後の溶液をφ0.2mmのPTFEフィルターでろ過し、析出物を残渣として抽出し、Nb含有第二相の析出量を測定する。
【0062】
3.時効熱処理後のNb含有第二相
高温強度の劣化を抑制するために、Nb含有第二相は、使用環境において、粒内に一定量、微細に析出し、かつ粗大に成長しにくいことが望ましい。このため、本発明に係るフェライト系ステンレス鋼板では、高温での使用環境を想定し、時効熱処理を行った場合の金属組織、具体的には、Nb含有第二相について規定する。
【0063】
3-1.時効熱処理後のNb含有第二相の析出量
本発明に係るフェライト系ステンレス鋼板は、高温での使用環境を想定し、750℃で、100時間時効熱処理を行った場合に、抽出残渣分析で測定されるNb含有第二相の析出量が、質量%で、0.20%以上とするのが好ましい。
【0064】
上記時効熱処理後のNb含有第二相の析出量が0.20%未満であると、十分にNb含有第二相が析出せずに、析出強化、より具体的には粒子分散強化が効果的に生じない。この結果、高温強度の向上が見込めなくなる。したがって、上述した条件による時効熱処理後のNb含有第二相の析出量は、0.20%以上とするのが好ましい。上記時効熱処理後のNb含有第二相の析出量は、0.25%以上とするのがより好ましく、0.28%以上とするのがさらに好ましく、0.30%以上とするのが極めて好ましい。ここで、上記時効熱処理後のNb含有第二相の析出量の上限値は、特に定めないが、通常、0.7%程度以下となる。なお、上記時効熱処理後のNb含有第二相の析出量も、時効処熱処理を行った試料に対し、上述した方法と同様の方法で測定すればよい。
【0065】
3-2.時効熱処理後のNb含有第二相の平均粒子径
上述したように、時効熱処理後において、高温強度の劣化を抑制するため、粒内に微細なNb含有第二相が、一定量以上析出しているのが望ましい。このため、本発明に係るフェライト系ステンレス鋼板において、750℃で、100時間時効熱処理を行った場合に、Nb含有第二相の平均粒子径は、200nm以下とするのが好ましい。
【0066】
Nb含有第二相の平均粒子径が200nmを超えると、粗大に成長したNb含有第二相が粒子分散強化に寄与しない。このため、Nb含有第二相の平均粒子径は、200nm以下とするのが好ましく、100nm以下とするのがより好ましい。
【0067】
なお、Nb含有第二相の平均粒子径は、以下の手順で測定すればよい。具体的には、両面ジェット電解研磨法にて、上述と同様に鋼板の1/4t部を観察できるような観察用サンプルを作製する。続いて得られたサンプルを、透過型電子顕微鏡を用いて第二相の析出物を観察する。この際の観察倍率は、Nb含有第二相をほぼ均一に観察することができる5万倍とし、任意の10か所(10視野)を観察する。透過型電子顕微鏡に付属したEDSを用いて、析出物のFe、C、Si、Nb、Crを定量化し、析出物のうちNb量が20質量%以上の析出物を判別し、Nb含有第二相とする。また、Nb含有析出相について、色をつけ画像処理した後に、NIH社製の画像解析ソフト『ImageJ』を用いて各粒子の面積を求め、面積から円相当径に換算して、Nb含有第二相の粒子径を測定し、その平均値を平均粒子径とする。
【0068】
観察に用いる透過型電子顕微鏡として、例えば、日本電子製の200kV電界放出型透過電子顕微鏡JEM2100Fを、EDS装置として、例えば、日本電子製の200kV電界放出型透過電子顕微鏡JEM2100Fを用いればよい。
【0069】
3-3.MC型炭化物の割合
第二相については、Nbを含む含まないに拘わらず、粗大に成長しにくい結晶構造を有することが望ましい。そこで、本発明に係るフェライト系ステンレス鋼板は、第二相全体に対し、成長しにくいMC型炭化物の割合を以下の範囲とするのが好ましい。
【0070】
すなわち、第二相全体に対する、MC型炭化物の割合が、質量%で、50%以上とするのが好ましい。第二相全体に対する、MC型炭化物の割合が、質量%で、50%未満であると、第二相が粗大に成長しすぎて、効果的に粒子分散強化が生じない。この結果、高温強度の劣化を抑制しにくくなる。このため、第二相全体の質量に対するMC型炭化物の割合が、質量%で、50%以上とするのが好ましく、60%以上とするのがより好ましい。なお、MC型炭化物の割合の上限については、特に定めないが、通常、80%以下となると考えられる。
【0071】
ここで、MC型炭化物とは、Cを除き、Fe、Si、Nb、およびCr等からなる炭化物である。Mは、上記に記載したような炭化物を構成する元素のことを意味する。MC型炭化物としては、例えば、FeNbCがある。
【0072】
なお、以下の手順で測定すればよい。第二相全体に対する、MC型炭化物の割合は、上述した手順で、抽出残渣物を採取し、X線回折装置を用いて定性分析を行い、各種の第二相を特定する。その後、RIR法にて全ての第二相のうち、MC型炭化物の割合を百分率で算出すればよい。
【0073】
X線回折法による第二相の同定に用いるX線回折装置として、例えば、Rigaku製のRINT―2500Hを、RIR法による定量分析ソフトとして、例えば、Rigaku製のPDXLを用いればよい。
【0074】
4.用途
本発明に係るフェライト系ステンレス鋼板は、自動車および自動二輪車の排気部品に用いるのが好適である。排気部品としては、例えば、エキゾーストマニホールド、触媒コンバーターケース、EGRクーラーケース、排熱回収機、センターパイプ、マフラー、ターボチャージャー部品が挙げられる。加えて、排気管の断熱に関わる部品に用いてもよい。
【0075】
5.製造方法
本発明に係るフェライト系ステンレス鋼板の製造方法について説明する。本発明の鋼板の製造方法は、例えば、製鋼-熱間圧延-焼鈍-酸洗-冷間圧延-焼鈍・酸洗の各工程よりなる。
【0076】
5-1.製鋼工程
上述した化学組成を有する鋼を、転炉溶製し続いて2次精錬を行う方法が好適である。溶製した溶鋼は、公知の鋳造方法(連続鋳造)に従ってスラブとする。
【0077】
5-2.熱間圧延工程
スラブは、例えば、1100~1300℃の範囲で加熱し、連続圧延で熱間圧延され、熱延板となる。熱間圧延は、複数スタンドから成る熱間圧延機で行われ、得られた熱延板は、巻取られ、熱延コイルとなる。巻取り温度については、熱延板靭性の観点から、400~750℃の温度で巻取る。巻取り温度が400℃未満であると、急冷を行うために製造コストが増大する。このため、巻取り温度は400℃以上とする。一方、巻取り温度が750℃を超えると、靭性を劣化させる析出物が顕著に多くなり熱延板の靭性が低下し、製造性が低下する。このため、巻取り温度は750℃以下とする。なお、熱間圧延巻取り後、必要に応じて、焼鈍を行う。その後、酸洗を行う。
【0078】
5-3.冷間圧延工程
続いて、上記熱延板を最終板厚になるまで、冷間圧延し、冷延板とする。冷間圧延の際の圧下率は、特に限定しない。適宜、板厚に応じて、圧化率を調整すればよい。冷間圧延においては、タンデム式圧延機またはゼンジミア式圧延機のいずれを用いてもよい。
【0079】
5-4.冷延板焼鈍
続いて、得られた冷延板を焼鈍する。冷延板を焼鈍する際には、1100~1200℃の温度域に加熱後、当該温度域で30秒以上3分以下の時間、滞留させ、冷却する。冷却の際には、1100~600℃の温度域における冷却速度を5~20℃/秒に制御する。
【0080】
焼鈍の際の加熱温度が1100℃未満であると、粗大なLaves相が多く析出し、高温強度が低下する。このため、焼鈍の際の加熱温度は、1100℃以上とする。一方、焼鈍の際の加熱温度が1200℃を超えると、結晶粒が過度に粗大化し、製品板においてオレンジピールと呼ばれる肌荒れが生じる恐れがある。このため、焼鈍の際の加熱温度は、1200℃以下とする。生産性の観点からは、焼鈍の際の加熱温度は、1180℃以下とするのが好ましく、1150℃以下とするのがより好ましい。
【0081】
また、焼鈍の際、加熱温度域での滞留時間が30秒未満であると、結晶粒の成長が十分に生じず、Nb含有第二相が粒内で析出しにくくなる。この結果、高温強度の劣化が抑制できなくなる。このため、加熱温度域での滞留時間は、30秒以上とする。一方、加熱温度域での滞留時間が、3分を超えると、結晶粒が過度に粗大化する。加えて、生産性が著しく低下する。このため、熱温度域での滞留時間は、3分以下とする。
【0082】
加熱、滞留後、冷却を行う。冷却の際、1100~600℃の温度域における冷却速度を5~20℃/秒に制御する。上記温度域における冷却速度を5℃/秒未満にすると、冷却中に、Nb含有第二相が析出し、使用環境においてNb含有第二相を確保しにくくなる。この結果、高温強度が劣化することがある。また、製品板の強度が向上してしまい、プレス成形性が低下することがある。このため、上記温度域における冷却速度は、5℃/秒以上とするのが好ましい。
【0083】
一方、上記温度域における冷却速度を20℃/秒超とすると、鋼板全体を均一に冷却することが困難になり製品品質が不安定になることがある。このため、上記温度域における冷却速度は、20℃/秒以下とするのが好ましい。安定した製品品質の観点から、上記温度域における冷却速度は、15℃/秒以下とするのがより好ましく、10℃/秒以下とするのがさらに好ましい。なお、焼鈍雰囲気は、適宜、必要に応じて選択すればよい。
【0084】
冷延板を焼鈍した後、適宜、必要に応じて、調質圧延やテンションレベラーを付与しても構わない。また、酸洗してもよい。酸洗方法については、常法に従えばよい。このような工程により、フェライト系ステンレス鋼板の組織とする。上述の手順で得られた鋼板に加工を行い、排気部品としてもよい。
【0085】
以下、実施例によって本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例
【0086】
表1および2に示す化学組成の鋼を溶製してスラブに鋳造し、スラブを1100~1300℃の範囲で加熱し、熱間圧延を行い、表3および表4に示すように、400~800℃の温度で巻取り、5mm厚の熱延コイルとした。なお、得られた熱延コイルについては、後述する方法で熱延板の靭性を評価した。
【0087】
その後、コイルを1.2mm厚まで冷間圧延し、焼鈍および酸洗を施して製品板とした。なお、上記の冷間圧延後の焼鈍に際しては、加熱温度を、表3および表4に示すように1100~1210℃の間で変化させ、当該温度で30~170秒変化させ均熱保持し、その後、冷却を行った。冷却に際し、1100~600℃の温度域における冷却速度を6~24℃/秒とし、フェライト系ステンレス鋼板を得た。
【0088】
【表1】
【0089】
【表2】
【0090】
(母相の平均結晶粒径の測定)
得られた鋼板について、母相の平均結晶粒径を測定した。具体的には、鋼板のL断面において1/4t部を、光学顕微鏡を用いて観察した。この際の観察倍率は、50倍とし、5視野、観察を行った。観察結果に基づき、各結晶粒の結晶粒径を測定し、その平均値を平均結晶粒径とした。なお、平均結晶粒径の測定については、JIS G 0551:2013に準拠し、結晶粒径の算出においては、小数点以下を四捨五入した。
【0091】
(Nb含有第二相の析出量)
得られた鋼板について、Nb含有第二相の析出量を算出した。同様に、750℃で100時間、時効熱処理を行った後、抽出残渣分析により、Nb含有第二相の析出量を算出した。なお、各Nb含有第二相の析出量は、以下の手順で測定した。
【0092】
具体的には、20mm×30mm×1.2mmに試料を切り出し、質量を測定した。続いて、メタノール4L、無水マレイン酸500g、テトラメチルアンモニウムクロリド400mlを混合した溶液を任意の量、用い、100mV定電位の電解条件で、試料1g電解した。そして、電解後の溶液をφ0.2mmのPTFEフィルターでろ過し、析出物を残渣として抽出し、Nb含有第二相の析出量を測定した。
【0093】
(Nb含有第二相の平均粒子径およびMC型炭化物の割合)
750℃で100時間、時効熱処理を行った後の鋼板について、Nb含有第二相の平均粒子径を測定した。具体的には、両面ジェット電解研磨法にて、鋼板の1/4tを観察できるような観察用サンプルを作製した。続いて得られたサンプルを、透過型電子顕微鏡を用いて第二相の析出物を観察した。この際の観察倍率は、Nb含有第二相をほぼ均一に観察することができる5万倍とし、10視野を観察した。
【0094】
透過型電子顕微鏡に付属したEDSを用いて、析出物のFe、C、Si、Nb、Crを定量化し、析出物のうちNb量が20質量%以上の析出物を判別し、Nb含有第二相とした。また、Nb含有析出相について、色をつけ画像処理した後に、NIH社製の画像解析ソフト『ImageJ』を用いて各粒子の面積を求め、面積から円相当径に換算して、Nb含有第二相の粒子径を測定し、その平均値を平均粒子径とした。
【0095】
なお、第二相全体に対するMC型炭化物の割合(質量%)については、上述したように、抽出残渣物を採取し、X線回折装置を用いて定性分析を行い、各種の第二相を特定した。その後RIR法にて全ての第二相のうち、MC型炭化物の割合を百分率で算出した。
【0096】
(熱延板の靭性)
製造性については、熱延板の靭性で評価した。熱延板の靭性が低い場合は、例えば、製造時に割れ等が生じ、製造性が低下するからである。巻取後、冷却された熱延板について、シャルピー試験を行い、靭性を評価した。試験片は、熱延板のC方向シャルピー衝撃試験片(Vノッチ)を作製し、試験を行った。試験片は、サブサイズとし、3回の試験の平均衝撃値が10J/cm超であったときは、表中で○と記載した。一方、3回の試験の平均衝撃値が10J/cm以下であった場合は、表中で×と記載した。
【0097】
(高温強度の評価)
得られた鋼板から、圧延方向が引張方向となるように高温引張試験片を採取し、750℃で高温引張試験を実施し、0.2%耐力を測定した。なお、高温引張試験は、JIS G 0567:2012に準拠して行い、測定値については、数点以下を四捨五入して算出した。
【0098】
また、高温となる使用環境で長時間使用された場合を模擬し、750℃で100時間時効熱処理した場合に、上記同様、750℃で高温引張試験を実施し、0.2%耐力を測定した。なお、750℃における0.2%耐力が60MPa以上かつ、750℃で100時間時効後の750℃における0.2%耐力が25MPa以上であれば、一般的な排気部品への適用が可能となる。このため、表中においては、750℃における0.2%耐力が60MPa以上である場合を、750℃で100時間の時効熱処理後において0.2%耐力が、25MPa以上有するものを特性が良好であると判断し、それぞれ〇と記載した。それ以外を×と記載した。
【0099】
(肌荒れの評価)
また、得られた鋼板の肌荒れの発生の有無を確認するため、鋼板からφ80mmの円筒しぼり試験片を作製し、常温における円筒しぼり試験を行った。試験条件はパンチ径40mmでrp4mm、ダイ径42mmでrp4mm、クッション圧10kN、成形速度20mm/min、潤滑はジョンソンワックス♯122とした。試験後のカップ角部を観察することで、肌荒れ発生の有無を目視にて確認し、肌荒れが発生していない場合、表中で〇と記載し、肌荒れが発生した場合を×と記載した。以下、結果を纏めて表3および4に示す。
【0100】
【表3】
【0101】
【表4】
【0102】
本発明の要件を満足する試験No.1~32は、高温強度の劣化が抑制されていた。その一方、本発明の要件を満足しない試験No.33~45は、高温強度と製造性のうち、少なくとも一方が劣化した。
【0103】
No.33および34は、それぞれC、N含有量が本発明で規定する上限値を外れ、母地が硬質化し、熱延板靭性が不良であった。No.35は、Si含有量が下限値を外れ、強化に有効な微細化析出物が析出せず、750℃時効熱処理前後の耐力が低かった。No.36は、Si含有量が上限値を外れ、母地が硬質化し、熱延板靭性が不良であった。No.37は、Mn含有量が上限値を外れ、製鋼段階でMnSが晶出し、熱延板靭性が不良であった。
【0104】
No.38および39は、それぞれP、S含有量が上限値を外れ、いずれも鋼板の靱性不良が生じた。No.40はCr含有量が下限値を外れ、高温強度が低下して750℃時効熱処理前後の耐力が不良であった。No.41、42および43は、それぞれCr含有量、Ti含有量、Nb含有量が上限値を外れ、母地が硬質化し、熱延板靭性が不良であった。
【0105】
No.44は、冷延の仕上げ温度が低く、結晶粒径が過小であり、粒界への析出が促進された結果、750℃時効熱処理後の耐力が不良であった。No.45は熱延後の巻き取り温度および焼鈍温度が高く、靭性を低下させる析出物が粗大に析出し熱延板靱性不良が生じた。また、結晶粒径が増大したことから、肌荒れも生じた。