(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-01
(45)【発行日】2024-10-09
(54)【発明の名称】オーステナイト系ステンレス鋼溶接用溶加材
(51)【国際特許分類】
B23K 35/30 20060101AFI20241002BHJP
C22C 38/00 20060101ALN20241002BHJP
C22C 38/58 20060101ALN20241002BHJP
【FI】
B23K35/30 320B
C22C38/00 302Z
C22C38/58
C22C38/00 302A
(21)【出願番号】P 2020201605
(22)【出願日】2020-12-04
【審査請求日】2023-09-05
(73)【特許権者】
【識別番号】503378420
【氏名又は名称】日鉄ステンレス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002044
【氏名又は名称】弁理士法人ブライタス
(72)【発明者】
【氏名】秦野 正治
(72)【発明者】
【氏名】松本 三月
(72)【発明者】
【氏名】服部 憲治
【審査官】川口 由紀子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2018/180788(WO,A1)
【文献】特開平07-314178(JP,A)
【文献】特開2015-171729(JP,A)
【文献】特開2015-196837(JP,A)
【文献】特開2010-196142(JP,A)
【文献】国際公開第1979/000328(WO,A1)
【文献】特開2021-109998(JP,A)
【文献】国際公開第2021/141099(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 35/30
C22C 38/00-38/60
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
化学組成が、質量%で、
C:0.10%以下、
Si:1.0%以下、
Mn:8.0~11.0%、
P:0.030%以下、
S:0.0030%以下、
Cr:15.0~18.0%、
Ni:7.0~9.0%、
N:0.15~0.25%、
B:0.0002~0.01%、
Mg:0.0001~0.0050%、
Cu:1.00%未満、
Mo:0.5%以下、
O:0.0050%以下、
Al:0~0.20%、
Ca:0~0.01%、
Nb:0~0.50%、
Ti:0~0.50%、
V:0~0.50%、
W:0~0.50%、
Zr:0~0.50%、
Co:0~0.50%、
Ga:0~0.010%、
Hf:0~0.10%、
REM:0~0.10%、
残部:Feおよび不純物であり、
下記(i)式で算出されるf値が、30.0超33.5未満である、オーステナイト系ステンレス鋼溶接用溶加材。
f値=Ni+0.72Cr+0.88Mo+1.11Mn-0.27Si+12.93C+7.55N ・・・(i)
但し、上記(i)式中の各元素記号は、鋼中に含まれる各元素の含有量(質量%)を表し、含有されない場合はゼロとする。
【請求項2】
前記化学組成が、質量%で、
Al:0.003~0.20%、
Ca:0.0002~0.01%、
Nb:0.002~0.50%、
Ti:0.002~0.50%、
V:0.01~0.50%、
W:0.001~0.50%、
Zr:0.01~0.50%、
Co:0.01~0.50%、
Ga:0.001~0.010%、
Hf:0.01~0.10%、および
REM:0.01~0.10%、
から選択される一種以上を含有する、請求項1に記載のオーステナイト系ステンレス鋼溶接用溶加材。
【請求項3】
前記化学組成が、
P:0.025%以下、
S:0.0020%以下、
B:0.0002~0.0020%、
Mg:0.0001~0.0020%、
Cu:0.50%以下、
O:0.0030%以下、
である、請求項1または2に記載のオーステナイト系ステンレス鋼溶接用溶加材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、オーステナイト系ステンレス鋼溶接用溶加材に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、二酸化炭素等の温室効果ガスを排出しないクリーンなエネルギーとして、水素エネルギーが注目されている。しかしながら、水素エネルギーを活用する上で、水素ガスに起因し、材料が脆化する、いわゆる水素脆化が問題になることがある。
【0003】
そこで、水素脆化を抑制すべく、様々な素材が開発されている。例えば、特許文献1には、耐水素脆化特性を向上させたオーステナイト系ステンレス鋼が開発されている。このような水素関連技術に用いられるオーステナイト系ステンレス鋼は、溶接されることで接合され、溶接継手の状態で、部材として使用されることが多い。
【0004】
仮に鋼材の状態で、耐水素脆化性に優れていたとしても、溶接後に、割れおよび延性の低下が生じたり、耐水素脆化性が低下する場合があることから、溶接を行う場合は、溶接継手の状態でも、良好な特性を有することが望ましい。この場合、溶接時に溶融し、その後、凝固した溶接金属において、性能の低下が生じやすくなる。したがって、溶接金属での性能向上が重要になる。
【0005】
上述した点を踏まえ、特許文献2に記載されているように、溶接金属の化学組成を制御することで、耐水素脆化性を向上させたオーステナイト系ステンレス鋼の溶接継手が開発されている。この溶接継手は、Cuを含有させることに加え、Mn含有量を高めることで、耐水素脆化性を向上させている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】国際公開第2018/180788号
【文献】特開2015-171729号公報
【非特許文献】
【0007】
【文献】橋本達哉他(1965)“溶融金属池の温度測定法と測定例について”溶接学会 34.pp654-664.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
このように、耐水素脆化性といった特性を向上させる上で、Mn含有量を高めること、およびCuを含有させることは有効であるものの、例えば、溶接条件によっては、高温割れ、および溶接部の延性低下が生じてしまう場合もある。加えて、近年、水素環境がより低温高圧化しており、このような場合、耐水素脆化性も低下してしまう場合がある。
【0009】
溶接金属の性能は、溶接時に溶融池に供給され、溶接後に、溶接金属となる、溶加材に影響を受ける。したがって、オーステナイト系ステンレス鋼を溶接継手とした場合に、溶接金属における高温割れおよび延性低下を抑制しうる、すなわち耐割れ性が良好となる溶加材が求められている。また、上述したような耐水素脆化性の低下を抑制しうることも、溶加材には、当然、求められている。
【0010】
本発明は、上記の課題を解決し、オーステナイト系ステンレス鋼の溶接に際し、溶接金属において、耐割れ性および耐水素脆化性を向上しうる、オーステナイト系ステンレス鋼溶接用溶加材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、上記の課題を解決するためになされたものであり、下記のオーステナイト系ステンレス鋼溶接用溶加材を要旨とする。
【0012】
(1)化学組成が、質量%で、
C:0.10%以下、
Si:1.0%以下、
Mn:8.0~11.0%、
P:0.030%以下、
S:0.0030%以下、
Cr:15.0~18.0%、
Ni:7.0~9.0%、
N:0.15~0.25%、
B:0.0002~0.01%、
Mg:0.0001~0.0050%、
Cu:1.00%未満、
Mo:0.5%以下、
O:0.0050%以下、
Al:0~0.20%、
Ca:0~0.01%、
Nb:0~0.50%、
Ti:0~0.50%、
V:0~0.50%、
W:0~0.50%、
Zr:0~0.50%、
Co:0~0.50%、
Ga:0~0.010%、
Hf:0~0.10%、
REM:0~0.10%、
残部:Feおよび不純物であり、
下記(i)式で算出されるf値が、30.0超33.5未満である、オーステナイト系ステンレス鋼溶接用溶加材。
f値=Ni+0.72Cr+0.88Mo+1.11Mn-0.27Si+12.93C+7.55N ・・・(i)
但し、上記(i)式中の各元素記号は、鋼中に含まれる各元素の含有量(質量%)を表し、含有されない場合はゼロとする。
【0013】
(2)前記化学組成が、質量%で、
Al:0.003~0.20%、
Ca:0.0002~0.01%、
Nb:0.002~0.50%、
Ti:0.002~0.50%、
V:0.01~0.50%、
W:0.001~0.50%、
Zr:0.01~0.50%、
Co:0.01~0.50%、
Ga:0.001~0.010%、
Hf:0.01~0.10%、および
REM:0.01~0.10%、
から選択される一種以上を含有する、上記(1)に記載のオーステナイト系ステンレス鋼溶接用溶加材。
【0014】
(3)前記化学組成が、
P:0.025%以下、
S:0.0020%以下、
B:0.0002~0.0020%、
Mg:0.0001~0.0020%、
Cu:0.50%以下、
O:0.0030%以下、
である、上記(1)または(2)に記載のオーステナイト系ステンレス鋼溶接用溶加材。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、溶接金属において、耐割れ性および耐水素脆化性を向上しうる、オーステナイト系ステンレス鋼溶接用溶加材を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】
図1は、実施例における溶接試験の開先形状を示した模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明者らは、Mn含有量を高め、耐水素脆化性を向上させることができるオーステナイト系ステンレス鋼用の溶加材を使用し、溶接を行った。そして、得られた溶接継手の溶接金属について、耐割れ性および耐水素脆化性の調査を行った。その結果、溶加材の化学組成について、以下の(a)~(d)の知見を得た。
【0018】
(a)Mn含有量を高めた溶接継手の溶接金属は、高温割れに加え、溶接後の延性が低下しやすい傾向にあった。高温割れを抑制するためには、溶加材において、PおよびSといった低融点元素を低減するのが有効である。また、溶接後の延性低下を抑制するためにも、PおよびSといった元素を低減することが有効である。加えて、延性に悪影響を与えるOも、低減することが望ましい。また、Cuを低減することも、溶接後の延性低下に対し、極めて有効であることが明らかになった。
【0019】
溶接金属の延性の改善において、さらに、微量にBおよびMgを含有させることも効果的であった。この理由は、上記のように溶加材の化学組成を制御すると、溶接継手の溶接金属において、BがCuの粒界偏析を抑制し、Mgが脱酸剤としてOの含有量を低減する効果があるためである。
【0020】
(b)また、耐高温割れおよび溶接後の延性低下の両方に対し、溶接金属の溶け込みに影響を与えるAl、Ca、Nb、およびTiの含有量を最適化することも有効である。この理由は、上記元素の含有量を制御し、溶接金属の溶け込みを良好にすることで、割れの発生を抑制するからである。さらに、これらの元素は、剥離しにくい溶接スラグが形成するのを防止することもできる。
【0021】
(c)特に、鋼板を溶接する場合、上述したような化学組成の制御は、非常に有効である。この理由は、鋼板の溶接においては、入熱量が比較的小さいことから、Mn、Ni、Cu、およびMo等の元素が凝固偏析したり、粒界偏析したりすることで、溶接金属の割れを誘発しやすくなるからである。
【0022】
(d)過酷な水素環境下、例えば、高温低圧水素ガス環境下においては、溶接金属の耐水素脆化性を高めるために、溶加材において後述するf値の値を制限する必要がある。また、上記環境下において、溶接金属の耐割れ性と、耐水素脆化性とを両立するために、上述した元素とf値の範囲とを最適化する必要がある。これは、上述した各元素の含有量とf値に影響を与える各元素の含有量とが、相互に影響を及ぼし合っているからである。
【0023】
本発明は上記の知見に基づいてなされたものである。以下、本発明の各要件について詳しく説明する。
【0024】
1.化学組成
各元素の限定理由は下記のとおりである。なお、以下の説明において含有量についての「%」は、「質量%」を意味する。
【0025】
C:0.10%以下
Cは、オーステナイト相の安定化に有効な元素であり、耐水素脆化性の向上にも寄与する。しかしながら、Cを過剰に含有させると、溶接金属の高温割れが生じやすくなるとともに、溶接金属の延性が低下して耐割れ性を損なう。このため、C含有量は、0.10%以下とする。C含有量は、0.08%以下とするのが好ましく、0.07%以下とするのがより好ましい。一方、上記効果を得るためには、C含有量は、0.01%以上とするのが好ましい。
【0026】
Si:1.0%以下
Siは、溶接金属のビード止端部にノッチ上のえぐれた欠陥が生じるアンダーカットを抑制するとともに、溶接金属表面のスラグ生成を抑制する効果を有する。しかしながら、Siを過剰に含有させると、溶接時に剥離性が不良なスラグが生成することに加え、溶接金属の延性を低下させる。このため、Si含有量は、1.0%以下とする。Si含有量は、0.7%以下とするのがより好ましい。一方、上記効果を得るためには、Si含有量は、0.2%以上とするのが好ましい。
【0027】
Mn:8.0~11.0%
Mnは、オーステナイト相の安定化に有効な元素であり、耐水素脆化性の向上に寄与する。また、Nの固溶限を大きくするため、高価なNiの節減に寄与するとともに溶接時の脱窒素を防止する効果がある。さらに、溶接金属の耐割れ性を良好にする効果がある。このため、Mn含有量は、8.0%以上とする。Mn含有量は、8.5%以上とするのが好ましく、9.0%以上とするのがより好ましい。しかしながら、Mnを過剰に含有させると、溶接金属の延性低下を招く。このため、Mn含有量は、11.0%以下とし、10.0%以下とするのが好ましい。
【0028】
P:0.030%以下
Pは、鋼中に含まれる不純物であり、凝固の最終過程で濃化して鋼の融点を下げる。この結果、高温割れを助長し、溶接金属の耐割れ性を低下させる。また、耐水素脆化性も低下させる。このため、P含有量は、0.030%以下とする。溶接金属の耐割れ性改善の点から、P含有量は、0.025%以下とするのが好ましく、0.015%以下とするのがより好ましい。一方、Pを過剰に低減すると、原料コストの増加に繋がることから、P含有量は、0.005%以上とするのが好ましい。
【0029】
S:0.0030%以下
Sは、Pと同様に、鋼中に含まれる不純物であり、溶接金属の耐割れ性を低下させる。また、耐水素脆化性も低下させる。このため、S含有量は、0.0030%以下とする。S含有量は、0.0020%以下とするのが好ましく、0.0010%以下とするのがより好ましい。しかしながら、Sを過剰に低減すると、製造コストが増加する。このため、S含有量は、0.0001%以上含有することが好ましい。
【0030】
Cr:15.0~18.0%
Crは、溶接金属に必要な耐食性、特に耐候性を向上させる基本元素である。このため、Cr含有量は、15.0%以上とする。しかしながら、Crはフェライト形成元素である。このため、Crを過剰に含有させると、オーステナイト相を不安定化させ、δフェライトの生成に起因し、溶接金属の延性低下および耐水素脆化性の低下が生じる。このため、Cr含有量は、18.0%以下とする。Cr含有量は、17.0%以下とするのが好ましい。
【0031】
Ni:7.0~9.0%
Niは、Mnとともに、溶接金属の延性と耐水素脆化性とを確保するために必要な元素である。このため、Ni含有量は、7.0%以上とする。しかしながら、過剰にNiを含有させると、原料コストが増加する。このため、Ni含有量は、9.0%以下とする。Ni含有量は、8.5%以下とするのが好ましく、8.0%以下とするのがより好ましい。
【0032】
N:0.15~0.25%
Nは、溶接金属の強度および耐水素脆化性の向上に有効な元素である。このため、N含有量は、0.15%以上とする。しかしながら、Nを過剰に含有させると、溶接金属のブローホール等、内部欠陥が発生しやすくなり、溶接金属の延性も低下させる。このため、N含有量は、0.25%以下とする。N含有量は、0.22%以下とするのが好ましく、0.20%以下とするのがより好ましい。
【0033】
B:0.0002~0.01%
Bは、粒界を強化し、溶接金属の延性低下を改善する効果を有する。このため、B含有量は、0.0002%以上とする。B含有量は、0.0003%以上とするのが好ましい。しかしながら、Bを過剰に含有させても、その効果が飽和するばかりか、ボロン化合物(BN、BC、Cr2B)の粒界析出を促進して、溶接金属の耐高温割れ性を低下させる。このため、B含有量は、0.01%以下とする。B含有量は、0.0050%以下とするのが好ましく、0.0020%以下とするのがより好ましい。
【0034】
Mg:0.0001~0.0050%
Mgは、脱酸効果に有効な元素であり、溶接金属の延性低下を改善する効果を有する。このため、Mg含有量は、0.0001%以上とする。Mg含有量は、0.0003%以上とするのが好ましい。しかしながら、Mgを過剰に含有させると、精錬など製造性を低下させる。また、溶接金属の耐割れ性も低下する。このため、Mg含有量は、0.0050%以下とする。効果と製造性の観点から、Mg含有量は、0.0020%以下とするのが好ましい。
【0035】
Cu:1.00%未満
Cuは、スクラップ等の原料から混入する元素であるが、オーステナイト相を安定化させて耐水素脆化性を向上させる効果を有する。しかしながら、Cuは、低融点元素であり、粒界に偏析しやすく、溶接金属の高温割れを助長するとともに、延性低下を生じやすくする。このため、Cu含有量は、1.00%未満とする。Cu含有量は、0.50%以下とするのが好ましい。しかしながら、Cu含有量を過剰に低減すると、溶解原料の制約を招き、製造コストが増加する。このため、Cu含有量は、0.01%以上とするのが好ましい。
【0036】
Mo:0.5%以下
Moは、スクラップ等の原料から混入する元素であるが、強度および耐食性を向上させる効果を有する。その一方、過剰に含有させると、δフェライト相の生成を促進させ、溶接金属の耐割れ性および耐水素脆化性を低下させる。このため、Mo含有量は、0.5%以下とする。一方、Moを過剰に低減すると、溶解原料の制約を招き、製造コストが増加する。このため、Mo含有量は、0.01%以上とするのが好ましい。
【0037】
O:0.0050%以下
Oは、鋼中に含まれる不純物であり、溶接金属の割れおよび延性低下を生じやすくする。さらに、溶接金属表面に生成する非剥離性のスラグを生じやすくする。このため、O含有量は、0.0050%以下とする。この結果、溶接性をも向上させ、耐割れ性も改善される。このため、O含有量は、0.0040%以下とするのが好ましく、0.0030%以下とするのがより好ましい。しかしながら、Oの過剰な低減は、アンダーカットが生じやすくなる。このため、O含有量は、0.0005%以上とするのが好ましい。
【0038】
上記の元素に加えて、さらにAl、Ca、Nb、Ti、V、W、Zr、Co、Ga、HfおよびREMから選択される一種以上を、以下に示す範囲において含有させてもよい。各元素の限定理由について説明する。
【0039】
Al:0~0.20%
Alは、有効な脱酸元素であることに加え、溶接金属の溶け込みを良くしてアンダーカットを抑制する効果も有する。このため、必要に応じて含有させても良い。しかしながら、Alを過剰に含有させると、溶接時の溶け込みを阻害して、溶接金属表面に非剥離性のスラグを生じやすくする。このため、Al含有量は、0.20%以下とする。Al含有量は、0.10%以下とするのが好ましい。一方、上記効果を得るためには、Al含有量は、0.003%以上とするのが好ましく、0.005%以上とするのがより好ましい。
【0040】
Ca:0~0.01%
Caは、Alと同様に、有効な脱酸元素であることに加え、溶接金属の溶け込みを良くしてアンダーカットを抑制する効果も有する。このため、必要に応じて含有させても良い。しかしながら、Caを過剰に含有させると、溶接時の溶け込みを阻害して溶接金属表面に非剥離性のスラグを生じやすくする。このため、Ca含有量は、0.01%以下とする。一方、上記効果を得るためには、Ca含有量は、0.0002%以上とするのが好ましく、0.0005%以上とするのがより好ましい。
【0041】
Nb:0~0.50%
Nbは、炭窒化物を形成し、結晶粒を微細化し、溶接金属の耐割れ性を改善する効果を有する。このため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Nbを過剰に含有させると、溶接金属の延性が低下する。このため、Nb含有量は、0.50%以下とする。Nb含有量は、0.30%以下とするのが好ましい。一方、上記効果を得るためには、Nb含有量は、0.002%以上とするのが好ましく、0.010%以上とするのがより好ましい。
【0042】
Ti:0~0.50%
Tiは、炭窒化物を形成し、結晶粒を微細化し、溶接金属の耐割れ性を改善する効果を有する。このため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Tiを過剰に含有させると、溶接金属の延性が低下する。このため、Ti含有量は、0.50%以下とする。Ti含有量は、0.30%以下とするのが好ましい。一方、上記効果を得るためには、Ti含有量は、0.002%以上とするのが好ましく、0.010%以上とするのがより好ましい。
【0043】
V:0~0.50%
Vは、固溶または炭窒化物として析出し、溶接金属の強度を向上させる効果を有する。このため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Vを過剰に含有させると、炭窒化物が過剰に形成し、溶接金属の延性を低下させる。このため、V含有量は、0.50%以下とするのが好ましい。一方、上記効果を得るためには、V含有量は、0.01%以上とするのが好ましく、0.02%以上とするのがより好ましい。
【0044】
W:0~0.50%
Wは、溶接金属の強度および耐食性を向上させる効果を有する。このため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Wを過剰に含有させると、溶接金属の延性を低下させる。このため、W含有量は、0.50%以下とする。W含有量は、0.30%以下とするのが好ましい。一方、上記効果を得るためには、W含有量は、0.001%以上とするのが好ましい。
【0045】
Zr:0~0.50%
Zrは、脱酸効果を有し、溶接金属の延性を向上させる効果を有する。このため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Zrを過剰に含有させると、酸化物が過剰に形成し、溶接金属の耐割れ性が低下する。このため、Zr含有量は、0.50%以下とする。Zr含有量は、0.30%以下とするのが好ましい。一方、上記効果を得るためには、Zr含有量は、0.01%以上とするのが好ましい。
【0046】
Co:0~0.50%
Coは、溶接金属のオーステナイト相を安定化させて、耐水素脆化性を向上させる効果を有する。このため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Coを過剰に含有させると、溶接金属の延性を低下させる。このため、Co含有量は、0.50%以下とする。一方、上記効果を得るためには、Co含有量は、0.01%以上とするのが好ましい。
【0047】
Ga:0~0.010%
Gaは、脱酸効果を有し、溶接金属の延性を向上させる効果を有する。このため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Gaを過剰に含有させると、酸化物が過剰に形成し、溶接金属の耐割れ性が低下する。このため、Ga含有量は、0.010%以下とする。一方、上記効果を得るためには、Ga含有量は、0.001%以上とするのが好ましい。
【0048】
Hf:0~0.10%
Hfは、脱酸効果を有し、溶接金属の延性を向上させる効果を有する。このため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Hfを過剰に含有させると、酸化物が過剰に形成し、溶接金属の耐割れ性が低下する。このため、Hf含有量は、0.10%以下とする。一方、上記効果を得るためには、Hf含有量は、0.01%以上とするのが好ましい。
【0049】
REM:0~0.10%
REMは、脱酸効果を有し、溶接金属の延性を向上させる効果を有する。このため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、REMを過剰に含有させると、酸化物が過剰に形成し、溶接金属の耐割れ性が低下する。このため、REM含有量は、0.10%以下とする。一方、上記効果を得るためには、REM含有量は、0.01%以上とするのが好ましい。
【0050】
REMは、Sc、Yおよびランタノイドの合計17元素を指し、上記REM含有量はこれらの元素の合計含有量を意味する。REMは、工業的には、ミッシュメタルの形で添加されることが多い。
【0051】
本発明の化学組成において、残部はFeおよび不純物である。ここで「不純物」とは、オーステナイト系ステンレス鋼用溶加材を工業的に製造する際に、鉱石、スクラップ等の原料、製造工程の種々の要因によって混入する成分であって、本発明に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
【0052】
f値
本発明に係るオーステナイト系ステンレス鋼溶接用溶加材では、耐水素脆化性に係るオーステナイト相の安定性を表す指標として、以下に算出されるf値を規定する。具体的には、下記(i)式で算出されるf値を、30.0超33.5未満とする。
【0053】
f値=Ni+0.72Cr+0.88Mo+1.11Mn-0.27Si+12.93C+7.55N ・・・(i)
但し、上記(i)式中の各元素記号は、鋼中に含まれる各元素の含有量(質量%)を表し、含有されない場合はゼロとする。
【0054】
ここで、f値が30.0以下であると、オーステナイト相の安定性が低く、溶接金属の耐水素脆化性が低下する。このため、f値は、30.0超とする。しかしながら、f値が33.5以上であると、高合金化により溶接金属の耐割れ性が低下する。また、原料コストが増加し、溶加材の製造コストも増加する。また、耐水素脆化性も低下する場合もある。このため、f値は、33.5未満とする。溶接金属の耐水素脆化性、耐割れ性、および経済性の観点から、f値は30.0超32.5以下の範囲とするのが好ましい。
【0055】
2.用途
本発明に係るオーステナイト系ステンレス鋼溶接用溶加材は、高圧水素等の水素用機器用に使用されるオーステナイト系ステンレス鋼の溶接継手を製造するために用いられるのが好ましい。
【0056】
なお、上記オーステナイト系ステンレス鋼の化学組成、すなわち、溶接に用いる母材鋼板(溶接継手において、溶接熱影響部および溶接金属を除く母材)の化学組成は、例えば、C:0.10%以下、Si:1.0%以下、Mn:8.0~10.0%、P:0.030%以下、S:0.0030%以下、Cr:15.0~18.0%、Ni:7.0~9.0%、N:0.15~0.25%、B:0~0.01%、Mg:0~0.005%、Cu:1.0%未満、Mo:1.0%未満、Al:0~0.20%、Ca:0~0.01%、Nb:0~0.50%、Ti:0~0.50%、V:0~0.50%、W:0~0.50%、Zr:0~0.50%、Co:0~0.50%、Ga:0~0.010%、Hf:0~0.10%、REM:0~0.10%、残部:Feおよび不純物であり、下記(I)式で算出されるF値が、29.5超32.5未満であるのが好ましい。
【0057】
F値=Ni+0.72Cr+0.88Mo+1.11Mn-0.27Si+0.53Cu+12.93C+7.55N・・・(I)
但し、上記(I)式中の各元素記号は、鋼中に含まれる各元素の含有量(質量%)を表し、含有されない場合はゼロとする。
【0058】
また、溶接継手の溶接金属においては、C:0.10%以下、Si:1.0%以下、Mn:8.0~11.0%、P:0.030%以下、S:0.0030%以下、Cr:15.0~18.0%、Ni:7.0~9.0%、N:0.15~0.25%、B:0~0.01%、Mg:0~0.005%、Al:0~0.20%、Cu:1.0%未満、Mo:1.0%未満、Ca:0~0.01%、Nb:0~0.50%、Ti:0~0.50%、V:0~0.50%、W:0~0.50%、Zr:0~0.50%、Co:0~0.50%、Ga:0~0.010%、Hf:0~0.10%、REM:0~0.10%、残部:Feおよび不純物であり、下記(I)式で算出されるF値が、29.5超32.5未満となるよう、溶加材、母材鋼板および溶接条件等を適宜、調整するのが好ましい。
【0059】
F値=Ni+0.72Cr+0.88Mo+1.11Mn-0.27Si+0.53Cu+12.93C+7.55N・・・(I)
但し、上記(I)式中の各元素記号は、鋼中に含まれる各元素の含有量(質量%)を表し、含有されない場合はゼロとする。
【0060】
なお、上記溶接金属の化学組成は、溶接金属全体の平均の化学組成とする。ここで、溶接継手において溶接金属とは、溶接した際に、溶接中に溶融して凝固した金属部分のことである。また、溶接金属と、母材において、溶接熱で影響を受ける溶接熱影響部とを合わせて、溶接部と呼ぶ。
【0061】
また、本発明に係るオーステナイト系ステンレス鋼溶接用溶加材は、鋼板、鋼管、棒、線材の溶接に用いるものとし、特に鋼板の溶接に用いるのが好ましい。
【0062】
3.製造方法
本発明に係るオーステナイト系ステンレス鋼溶接用溶加材の好ましい製造方法について説明する。
【0063】
本発明に係る溶加材は、上述した化学組成を有する鋼を溶製し、ビレット等を製造するのがよい。ビレットは、例えば、900~1300℃熱間鍛造、950~1150℃の範囲で熱処理を行い、伸線加工により伸線して、鋼線とするのがよい。なお、この鋼線は、スプール巻とすることが多い。また、他の具体的な製造条件については、溶加材の効果を損なわない範囲であれば、適宜、調整すればよい。
【0064】
本発明に係る溶加材を用いてオーステナイト系ステンレス鋼を溶接する場合、その効果を損なわない範囲であれば、溶接条件を限定するものでない。本発明の効果を享受する溶接金属を得るためには、例えば、ガスタングステンアーク溶接(TIG溶接)方法を用いて溶接することが好ましい。
【0065】
溶接金属の耐割れ性を向上させるには、Mn、Ni、Cu、およびMoの凝固偏析と粒界偏析とを抑制することが有効である。このため、溶接後は、緩冷却に制御することが望ましい。具体的には、溶接金属において、合金元素の拡散および移動が進む1300~800℃の温度域で、冷却速度を20℃/秒以下に制御することが好ましく、1~10℃/秒の範囲に制御するのがより好ましい。なお、上述したような溶接後の冷却速度は、例えば、溶接速度により制御することができる。
【0066】
以下、実施例によって本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0067】
表1に記載の化学組成を有する鋼を溶製し、熱間圧延、焼鈍、冷間圧延、焼鈍により板厚1.0mmと2.0mmの冷延焼鈍鋼板(「母材鋼板」ともいう。)を製造した。溶加材は、表2に示す各種成分のW1~W22を溶製した後、1000~1250℃熱間鍛造、1000~1100℃の範囲で熱処理を行い、伸線加工により1.0mm径まで伸線してスプール巻きとした。
【0068】
【0069】
【0070】
得られた母材鋼板と溶加材とを用い、
図1に示すように、板厚tが1.0mmおよび2.0mmの鋼板を2枚ずつ用意し、それぞれの鋼板1間においてギャップなしのI開先3を形成させ、裏面に銅当金2を当てた試験体を作製した。この試験体について、表3に示す条件で、表2に記載の溶加材を用い、TIG溶接を行い、溶接継手を作製した。
【0071】
溶接金属が1300~800℃である温度域の冷却速度は、非特許文献1に記載されているような熱電対による直接測定により求めた。なお、表3で記載したような溶接条件とすることで、条件1では、上記温度域において15~25℃/秒の範囲で冷却速度を調整し、条件2では、3~10℃/秒の範囲で冷却速度を調整した。その後、溶接金属の耐割れ性および耐水素脆化性の評価するため、後述する条件で引張試験等を行った。なお、板厚tが1.0mmの場合の試験体は、耐割れ性を評価するためのものであり、板厚tが2.0mmの場合の試験体は、耐水素脆化性を評価するためのものである。
【0072】
【0073】
(耐割れ性)
溶接金属の耐割れ性は、ビード外観の目視観察および大気中の引張試験により評価した。引張試験は、溶接部の余盛を除去し、ビード長手方向に幅25mm、長さ94mmの板状試験片を採取し、試験片の平行部が、幅4mm、長さ20mmとなるよう作製した。また、試験片においては、溶接金属が平行部の長さの中央付近になるように調整した。比較材として母材鋼板の板状試験片を作製した。引張試験は、室温、歪速度2.5×10-3/sで行った。
【0074】
ビード外観の目視観察より割れが観察されず、引張試験において溶接金属で破断せずに母材で破断となった場合を、耐割れ性に特に優れる例として「◎」と記載した。上記を除き、溶接金属で破断した例においても相対破断伸び≧0.90の場合は、耐割れ性が良好である例として、「○」と記載した。一方、目視で割れが観察される場合、または目視で割れが観察されずとも相対破断伸び<0.90となった場合を、耐割れ性が不良として「×」と評価した。なお、相対破断伸びは、以下の(a)式により算出した。
相対破断伸び=溶接金属含む引張試験の破断伸び/母材の引張試験の破断伸び・・・(a)
【0075】
(耐水素脆化性)
溶接金属の耐水素脆化性は、0℃、70MPa、H
2中および0.1MPa、N
2中の低歪速度引張試験により評価した。引張試験は、
図1のように、板厚2.0mmの鋼板1に溶接した溶接部の余盛を除去し、上述した板状試験片を採取した。引張試験は0℃、歪速度10
-5/sで行った。引張試験の評価で破断強さ(TS)と破断伸び(EL)を測定し、耐水素脆化性は、(a)式の破断強さ・破断伸びバランス(TS×EL)を用いて評価した。
【0076】
評価値={(70MPaH2中のTS×EL)/(0.1MPaN2中のTS×EL)・・・(b)
(b)式から算出された評価値が0.9超である場合を、特に、耐水素脆化性が優れているとし、「◎」と記載した。また、上記を除き、評価値が0.8以上の場合を、耐水素脆化性が良好であるとし、「〇」と記載した。一方、評価値が0.8に満たない場合を、耐水素脆化性が不良であるとして、×と記載した。以下、結果を纏めて、表4に示す。
【0077】
【0078】
本発明の化学組成を満足する試験No.1~17は、溶接金属の耐割れ性および耐水素脆化性ともに本発明例の◎もしくは〇であった。No.2、6、10、11、14~17は、本発明の好ましいP、S、B、Mg、Cu、Oの範囲を満足するものであり、溶接金属の耐割れ性と耐水素脆化性は◎であった。一方、No.5、9、13は、より好ましい溶接条件を実施したものであり、本発明の好ましいP、S、B、Mg、Cu、Oの範囲を外れるものの、溶接金属の耐割れ性と耐水素脆化性は◎であった。
【0079】
本発明の化学組成を満足しない試験No.18~25は、好ましい溶接条件を実施しても、溶接金属の耐割れ性と耐水素脆化性の少なくとも一方が不良であった。No.18、19、21、22、23、24は、溶接金属の耐割れ性に係るP、S、B、Mg、Cu、Oのいずれかが本発明の規定を満足しなかったため、耐割れ性が低下した。No.20、は、P、S、B、Mg、Cu、Oの規定を満足するものの、f値が低いため、耐水素脆化性が低下した。No.25は、P、S、B、Mg、Cu、Oの規定を満足するものの、Ni含有量が低いために耐水素脆化性が低下した。
【産業上の利用可能性】
【0080】
本発明に係る溶接用溶加材は、溶接金属の耐割れ性と耐水素脆化性とに優れ、高圧水素ガス用途のオーステナイト系ステンレス鋼の溶接用として好適である。