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  • 特許-フェライト系ステンレス鋼材 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-01
(45)【発行日】2024-10-09
(54)【発明の名称】フェライト系ステンレス鋼材
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20241002BHJP
   C22C 38/50 20060101ALI20241002BHJP
   C22C 38/54 20060101ALI20241002BHJP
   C21D 9/46 20060101ALN20241002BHJP
   C21D 1/76 20060101ALN20241002BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C22C38/50
C22C38/54
C21D9/46 R
C21D1/76 F
C21D1/76 G
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2020218545
(22)【出願日】2020-12-28
(65)【公開番号】P2022103732
(43)【公開日】2022-07-08
【審査請求日】2023-08-31
(73)【特許権者】
【識別番号】503378420
【氏名又は名称】日鉄ステンレス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100120891
【弁理士】
【氏名又は名称】林 一好
(74)【代理人】
【識別番号】100182925
【弁理士】
【氏名又は名称】北村 明弘
(72)【発明者】
【氏名】田井 善一
(72)【発明者】
【氏名】若村 麻衣
【審査官】小川 進
(56)【参考文献】
【文献】特開平02-133581(JP,A)
【文献】特開2020-158804(JP,A)
【文献】特開平05-195053(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00- 38/60
C21D 9/46
C21D 1/76
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.050%以下、Si:1.00%以下、Mn:0.04~1.00%、P:0.050%以下、S:0.030%以下、Cr:16.00~25.00%、Ni:1.00%以下、Cu:0.60%以下、Mo:2.00%以下、N:0.030%以下、Al:0.500%以下、Ti:0.080~0.500%、Nb:0.500%以下かつNb及びTiの合計含有量が6(C+N)以上(C及びNは、C及びNの含有量をそれぞれ表す)であり、残部がFe及び不純物からなる組成を有するフェライト系ステンレス鋼を素地として、
前記素地の表面には、明度指数L≦45.0、クロマネチックス指数-5.0≦a≦5.0、-5.0≦b≦5.0、光沢度GS(60°)≦40.0を満たす黒色の酸化皮膜が形成されている酸化皮膜部と、前記酸化皮膜が形成されていない素地露出部とを有するとともに、前記酸化皮膜部と前記素地露出部とにより模様が形成されており、
前記酸化皮膜部と前記素地露出部とにおいて明度指数の差ΔL≧30.0及び光沢度の差ΔGS(60°)≧130.0を満たし、かつ
前記素地露出部表面に形成された不働態皮膜が、Cr分率≧30%を満たす、
ここで、Cr分率(%)は、JIS K0144:2018に準拠するグロー放電発光分光分析法(GD-OES)(Glow Discharge Optical Emission Spectrometry)により測定して得られた表面プロファイルにおいてO(酸素)が最大値の4分の3となる点におけるCr濃度/(Fe濃度+Cr濃度+Mn濃度+Ti濃度)×100で表される、フェライト系ステンレス鋼材。
【請求項2】
前記フェライト系ステンレス鋼は、質量%で、さらに、Zr:1.00%以下、Co:1.00%以下、V:1.00%以下、及びW:1.00%以下からなる群から選択される1種以上の元素を含む、請求項1に記載のフェライト系ステンレス鋼材。
【請求項3】
前記フェライト系ステンレス鋼は、さらに、質量%で、REM:0.100%以下及びCa:0.100%以下からなる群から選択される1種以上の元素を含む、請求項1又は2に記載のフェライト系ステンレス鋼材。
【請求項4】
前記フェライト系ステンレス鋼は、さらに、質量%で、Sn:0.100%以下及びB:0.0100%以下からなる群から選択される1種以上の元素を含む、請求項1~3のいずれか一項に記載のフェライト系ステンレス鋼材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表面に黒色の酸化皮膜を有し、その一部を除去してステンレス鋼の素地を露出させることで模様を形成した意匠性及び耐食性に優れたフェライト系ステンレス鋼材に関する。
【背景技術】
【0002】
ステンレス鋼は耐食性に優れた素材であるだけでなく、光沢のある銀白色の地肌を活かして内装及び外装建材等に使用されている。近年は、ステンレス鋼の意匠性を高める目的で化学発色法、塗装法、酸化処理法などの方法を用いて、黒色を代表とする色調が付与されることも多くなっている。さらに、着色されたステンレス鋼に研磨あるいはエッチングを施すことで部分的にステンレス鋼素地を露出させて模様を付与する場合がある。
【0003】
特許文献1には化学発色法を用いて表面に色調を付与されたステンレス鋼表面に機械研磨を施して所定の模様に粗面化する模様形成方法が記載されている。また、特許文献2には酸化処理法によって黒色酸化皮膜を形成したZnめっき鋼板表面を機械研磨することで模様を付与するめっき鋼板の製造方法が記載されている。
【0004】
また、特許文献3、特許文献4には、酸化処理法によってステンレス鋼表面に黒色酸化皮膜が形成された黒色ステンレス鋼板が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開昭61-213380号公報
【文献】特開2017-218647号公報
【文献】特開2019-178392号公報
【文献】特開2018-135591号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、ステンレス鋼を素地として表面に黒色酸化皮膜を形成した後に、その一部を研磨し素地を露出させることで模様を形成した場合、意匠性を有するものの、研磨によって露出したステンレス鋼素地は周りの黒色酸化皮膜に覆われた部分に比べて耐食性が低く早期の発銹を生じることが多いという問題がある。
【0007】
本発明は、上記のような問題を解決するためになされたものであり、表面に黒色酸化皮膜を有し、さらにその黒色酸化皮膜の一部を除去してステンレス鋼材の素地を露出させて模様を形成した、意匠性及び耐食性に優れたフェライト系ステンレス鋼材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは上記の課題を解決すべく鋭意研究を行った結果、表面に黒色の酸化皮膜を有するステンレス鋼材を研磨して模様を形成した際に生じる耐食性低下の要因は、研磨により酸化皮膜の一部が除去されて、酸化皮膜直下のTi酸化物(TiO)やAl酸化物(Al)などの内部酸化物が多数存在する層(内部酸化物層)が露出することと、研磨時に高温に曝されることで、露出された素地表面に形成される不動態皮膜の組成が、Cr濃度が低くFe濃度が高いものであることを明らかにした。
【0009】
すなわち、フェライト系ステンレス鋼の組成を制御すること、研磨により素地を露出する際に酸化皮膜及び内部酸化物層を除去すること、及び素地露出部に形成された不働態皮膜中のCr分率を高めることで、素地露出部の耐食性低下を抑制できることを見出した。さらに、酸化皮膜部と素地露出部の明度差及び光沢度差が特定の範囲であることで酸化皮膜及び内部酸化物層の除去状態を確認できることを見出し、本発明に至った。上記知見に基づき完成された本発明の要旨は、以下の通りである。
【0010】
(1)本発明の一態様に係るフェライト系ステンレス鋼材は、質量%で、C:0.050%以下、Si:1.00%以下、Mn:0.04~1.00%、P:0.050%以下、S:0.030%以下、Cr:16.00~25.00%、Ni:1.00%以下、Cu:0.60%以下、Mo:2.00%以下、N:0.030%以下、Al:0.500%以下、Ti:0.080~0.500%、Nb:0.500%以下かつNb及びTiの合計含有量が6(C+N)以上(C及びNは、C及びNの含有量をそれぞれ表す)であり、残部がFe及び不純物からなる組成を有するフェライト系ステンレス鋼を素地として、前記素地の表面には、明度指数L≦45.0、クロマネチックス指数-5.0≦a≦5.0、-5.0≦b≦5.0、光沢度GS(60°)≦40.0を満たす黒色の酸化皮膜が形成されている酸化皮膜部と、前記酸化皮膜が形成されていない素地露出部とを有するとともに、前記酸化皮膜部と前記素地露出部とにより模様が形成されており、前記酸化皮膜部と前記素地露出部とにおいて明度指数の差ΔL≧30.0及び光沢度の差ΔGS(60°)≧130.0を満たし、かつ前記素地露出部表面に形成された不働態皮膜がCr分率≧30%を満たす。
【0011】
(2)上記(1)に記載のフェライト系ステンレス鋼材は、前記フェライト系ステンレス鋼の組成において、さらに、質量%で、Zr:1.00%以下、Co:1.00%以下、V:1.00%以下及びW:1.00%以下からなる群から選択される1種以上の元素を含有してもよい。
【0012】
(3)上記(1)又は(2)に記載のフェライト系ステンレス鋼材は、前記フェライト系ステンレス鋼の組成において、さらに、質量%で、REM:0.100%以下及びCa:0.100%以下からなる群から選択される1種以上の元素を含有してもよい。
【0013】
(4)上記(1)~(3)のいずれか一に記載のフェライト系フェライト系ステンレス鋼材は、前記ステンレス鋼の組成において、さらに、質量%で、Sn:0.100%以下及びB:0.0100%以下からなる群から選択される1種以上の元素を含有してもよい。
【発明の効果】
【0014】
本発明の上記態様によれば、表面に黒色の酸化皮膜を有し、その黒色の酸化皮膜の一部を除去して素地を露出させて模様を形成した、意匠性及び耐食性に優れたフェライト系ステンレス鋼材を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1図1は、模様が形成されるまでの流れを説明するための模式図であり、(a)は黒色の酸化皮膜が形成される前の素地表層近傍を示す断面図、(b)は黒色の酸化皮膜が形成された後の素地表層近傍を示す断面図、(c)は研磨により模様が形成された後のステンレス鋼材の表層近傍を示す断面図である。
図2図2は、耐食性の試験に用いた接着体の上面図及び側面図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の実施形態について具体的に説明する。本発明は以下の実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で、当業者の通常の知識に基づいて、以下の実施形態に対し変更、改良などが適宜加えられたものも本発明の範囲に入ることが理解されるべきである。
【0017】
<1.本実施形態に係るフェライト系ステンレス鋼材>
(1.1 化学組成)
本実施形態に係るフェライト系ステンレス鋼材(以下、単に「ステンレス鋼材」と記載することがある。)の素地は、質量%で、C:0.050%以下、Si:1.00%以下、Mn:0.04~1.00%、P:0.050%以下、S:0.030%以下、Cr:16.00~25.00%、Ni:1.00%以下、Cu:0.60%以下、Mo:2.00%以下、N:0.030%以下、Al:0.500%以下、Ti:0.080~0.500%、Nb:0.500%以下かつNb及びTiの合計含有量が6(C+N)以上(C及びNは、C及びNの含有量をそれぞれ表す)であり、残部がFe及び不純物からなる組成を有する。すなわち、本実施形態に係るステンレス鋼材の素地は、常温での金属組織が主としてフェライト相となる化学組成を有している。
【0018】
ここで、本明細書において「不純物」とは、素地のフェライト系ステンレス鋼を工業的に製造する際に、鉱石、スクラップなどの原料、製造工程の種々の要因によって混入する成分であって、本発明に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。例えば、不純物には、不可避的不純物も含まれる。
【0019】
また、本実施形態に係るステンレス鋼材の素地は、質量%で、Zr:1.00%以下、Co:1.00%以下、V:1.00%以下及びW:1.00%以下からなる群から選択される1種以上の元素をさらに含んでもよい。また、本実施形態に係るステンレス鋼材の素地は、質量%で、REM:0.100%以下及びCa:0.100%以下からなる群から選択される1種以上の元素をさらに含んでもよい。さらに、本実施形態に係るステンレス鋼材の素地は、質量%で、Sn:0.100%以下及びB:0.0100%以下からなる群から選択される1種以上の元素をさらに含んでもよい。
以下、各元素の含有量の限定理由について説明する。
【0020】
(C:0.050質量%以下)
Cは、ステンレス鋼材の耐粒界腐食性(鋭敏化抑制作用)や加工性などの特性に影響を与える元素である。Cの含有量が多すぎると、ステンレス鋼材の加工性及び耐粒界腐食性が低下してしまう。そのため、Cの含有量の上限値は、0.050質量%、好ましくは0.045質量%、より好ましくは0.040質量%である。一方、Cの含有量の下限値は、特に限定されないが、Cの含有量を少なくすることは精練コストの上昇につながる。そのため、Cの含有量の下限値は、好ましくは0.0005質量%、好ましくは0.001質量%である。
【0021】
(Si:1.00質量%以下)
Siは、ステンレス鋼材の耐酸化皮膜剥離性や耐高温酸化性を向上させる元素である。Siの含有量が多すぎると、加工性及び靭性が低下する。そのため、Siの含有量の上限値は、1.00質量%、好ましくは0.90質量%、より好ましくは0.80質量%である。一方、Siの含有量の下限値は、特に限定されないが、ステンレス鋼材製造時の酸化皮膜剥離による表面品質低下を抑制する観点から、好ましくは0.05質量%、より好ましくは0.10質量%、更に好ましくは0.15質量%である。
【0022】
(Mn:0.04~1.00質量%)
Mnは、脱酸元素として有用な元素であるとともに耐酸化皮膜剥離性や耐高温酸化性の向上に有効な元素である。また、MnはCrとの複合酸化物を形成することで、黒色の色調形成に有効である。Mnの含有量が多すぎると、腐食起点となるMnSを生成し易くなるとともに、フェライト相を不安定化させる。そのため、Mnの含有量の上限値は、1.00質量%、好ましくは0.95質量%、より好ましくは0.90質量%である。一方、Mnの含有量が少なすぎると、上記の効果が十分に得られないことがある。そのため、Mnの含有量の下限値は0.04質量%、好ましくは0.05質量%である。
【0023】
(P:0.050質量%以下)
Pは、ステンレス鋼材の溶接性や加工性などの特性に影響を与える元素である。Pの含有量が多すぎると、上記の特性が低下する恐れがある。そのため、Pの含有量の上限値は、0.050質量%、好ましくは0.045質量%、より好ましくは0.040質量%である。一方、Pの含有量の下限値は、特に限定されないが、Pの含有量を少なくすることは精練コストの上昇につながる。そのため、Pの含有量の下限値は、好ましくは0.001質量%、より好ましくは0.010質量%である。
【0024】
(S:0.030質量%以下)
Sは、腐食起点となるMnSを生成し、ステンレス鋼材の靭性などの特性に影響を与える元素である。Sの含有量が多すぎると、上記の特性が低下する恐れがある。そのため、Sの含有量の上限値は、0.030質量%、好ましくは0.025質量%、より好ましくは0.020質量%である。一方、Sの含有量の下限値は、特に限定されないが、Sの含有量を少なくすることは精練コストの上昇につながる。そのため、Sの含有量の下限値は、好ましくは0.0001質量%以上、より好ましくは0.0005質量%以上である。
【0025】
(Cr:16.00~25.00質量%)
Crは、ステンレス鋼材の耐食性及び耐酸化性を向上させるのに有効な元素である。Crの含有量が多すぎると、ステンレス鋼材の靭性が低下するとともに、酸化皮膜の成長を阻害し、黒色の色調を有する酸化皮膜を形成できない。そのため、Crの含有量の上限値は、25.00質量%、好ましくは24.50質量%、より好ましくは24.00質量%である。一方、Crの含有量が少なすぎると、上記の効果が十分に得られないことがある。そのため、Crの含有量の下限値は、16.00質量%、好ましくは16.50質量%である。
【0026】
(Ni:1.00質量%以下)
Niは、ステンレス鋼材の耐食性及び靭性を向上させるのに有効な元素である。Niの含有量が多すぎると、フェライト相が不安定化するとともに、製造コストも上昇する。そのため、Niの含有量の上限値は、1.00質量%、好ましくは0.90質量%、より好ましくは0.80質量%である。一方、Niの含有量の下限値は、特に限定されないが、上記の効果を得る観点から、好ましくは0.01質量%、より好ましくは0.05質量%である。
【0027】
(Cu:0.60質量%以下)
Cuは、ステンレス鋼材の耐食性を向上させるのに有効な元素である。Cuの含有量が多すぎると、フェライト相が不安定化するとともに、製造コストも上昇する。そのため、Cuの含有量の上限値は、0.60質量%、好ましくは0.55質量%、より好ましくは0.50質量%である。一方、Cuの含有量の下限値は、特に限定されないが、好ましくは0.001質量%、好ましくは0.01質量%である。
【0028】
(Mo:2.00質量%以下)
Moは、ステンレス鋼材の耐食性及び耐酸化性を向上させるのに有効な元素である。Moの含有量が多すぎると、ステンレス鋼材の加工性の低下、製造コストの上昇を招くとともに、耐酸化性向上が向上し黒色の酸化皮膜の形成が困難になる。そのため、Moの含有量の上限値は、2.00質量%、好ましくは1.90質量%である。一方、Moの含有量の下限値は、特に限定されないが、好ましくは0.001質量%、好ましくは0.01質量%である。
【0029】
(N:0.030質量%以下)
Nは、耐粒界腐食性(鋭敏化抑制作用)や加工性などの特性に影響を与える元素である。Nの含有量が多すぎると、ステンレス鋼材の耐粒界腐食性や加工性が低下する。また、後記するように、黒色の酸化皮膜の形成には、Tiを必要とするが、Nの含有量が多くなると、TiNが析出するため鋼中の固溶Ti量が減少し、黒色の酸化皮膜の形成が阻害される。また、形成された窒化物は、腐食の起点になりやすく、耐食性、特に耐孔食性を低下させる。そのため、Nの含有量の上限値は、0.030質量%、好ましくは0.028質量%、より好ましくは0.025質量%である。一方、Nの含有量の下限値は、特に限定されないが、Nの含有量を少なくすることは精練コストの上昇につながる。そのため、Nの含有量の下限値は、好ましくは0.0005質量%、好ましくは0.001質量%である。
【0030】
(Al:0.500質量%以下)
Alは、黒色の酸化皮膜を形成した際にステンレス鋼材の素材表面にAl酸化物を形成することで酸化皮膜の剥離抑制に有効に働く元素である。他方、Alの含有量が多すぎると、ステンレス鋼材の靭性が低下する。そのため、Alの含有量の上限値は、0.500質量%、好ましくは0.450質量%、より好ましくは0.400質量%である。一方、Alの含有量の下限値は、特に限定されないが、好ましくは0.001質量%、好ましくは0.010質量%である。
【0031】
(Nb:0.500質量%以下、Ti:0.080~0.500質量%、Nb及びTiの合計含有量:6(C+N)以上)
Nb及びTiは、耐粒界腐食性(鋭敏化抑制作用)などの特性に影響を与える元素である。さらにTiはCrとの複合酸化物を形成することで、酸化皮膜に黒色の外観を付与する。
【0032】
Nbの含有量が多すぎると、ステンレス鋼材の加工性及び靭性が低下する。そのため、Nbの含有量の上限値は、0.500質量%、好ましくは0.480質量%、より好ましくは0.450質量%である。また、Tiの含有量が多すぎると、ステンレス鋼材の加工性及び表面品質が低下する。そのため、Tiの含有量の上限値は、0.500質量%、好ましくは0.480質量%、より好ましくは0.450質量%である。
【0033】
一方、Nb及びTiの含有量の下限値は、耐粒界腐食性を低下させるC及びNの含有量との関係から制御される。具体的には、Nb及びTiの合計含有量の下限値は、6(C+N)、好ましくは7(C+N)、より好ましくは8(C+N)である。ここで、C及びNは、C及びNの含有量をそれぞれ表す。また、Tiの含有量が少なすぎると、上記の効果が十分に得られないことがある。そのため、Tiの含有量の下限値は、0.080質量%、好ましくは0.090質量%以上、より好ましくは0.100質量%である。
【0034】
(Zr:1.00質量%以下、Co:1.00質量%以下、V:1.00質量%以下、W:1.00質量%以下)
Zr、Co、V及びWは、ステンレス鋼材の耐酸化性を向上させるのに有効な元素である。Zr、Co、V及びWの含有量が多すぎると、ステンレス鋼材の加工性及び靭性が低下するとともに、製造コストの上昇につながる。そのため、Zr、Co、V及びWの含有量の上限値はいずれも、1.0質量%、好ましくは0.8質量%、更に好ましくは0.5質量%である。一方、Zr、Co、V及びWの含有量の下限値はいずれも、特に限定されないが、好ましくは0.001質量%、より好ましくは0.01質量%である。
【0035】
(REM:0.100質量%以下、Ca:0.100質量%以下)
REM及びCaは、ステンレス鋼材の耐酸化性を向上させるのに有効な元素である。REM及びCaの含有量が多すぎると、ステンレス鋼の製造コストの上昇につながる。そのため、REM及びCaの含有量の上限値はいずれも、0.100質量%、好ましくは0.080質量%、更に好ましくは0.05質量%である。一方、REM及びCaの下限値はいずれも、特に限定されないが、好ましくは0.0001質量%、より好ましくは0.003質量%である。なお、REMは、Sc、Y及びランタノイドの合計17元素の総称であり、希土類金属を意味する。具体的には、La、Ce、Nd等が挙げられ、これらのうち1種を単独で、又は2種以上を組み合わせて含有させることができる。含有される希土類元素が2種類以上である場合、上記REM含有量は、これら希土類元素の総含有量を意味する。添加の方法としては、例えば、希土類元素の混合物であるミッシュメタル(MM)を用いて、REM含有量が上記の範囲となるように含有させてもよい。
【0036】
(Sn:0.100質量%以下)
Snは、ステンレス鋼材の耐食性を向上させるのに有効な元素である。Snの含有量が多すぎると、Snが偏析し、製造性が低下する。そのため、Snの含有量の上限値は、0.100質量%、好ましくは0.080質量%、より好ましくは0.050質量%である。一方、Snの含有量の下限値は、特に限定されないが、好ましくは0.001質量%、より好ましくは0.005質量%である。
【0037】
(B:0.0100質量%以下)
Bは、ステンレス鋼材の二次加工性を向上させるのに有効な元素である。Bの含有量が多すぎると、ステンレス鋼の疲労強度が低下する。そのため、Bの含有量の上限値は、0.0100質量%、好ましくは0.0080質量%、より好ましくは0.0050質量%である。一方、Bの含有量の下限値は、特に限定されないが、好ましくは0.0001質量%、より好ましくは0.0005質量%である。
【0038】
(1.2 ステンレス鋼材の構成)
図1(c)は、後述するように、本実施形態に係るステンレス鋼材の表層近傍を模式的に示す板厚方向の断面図である。図1(c)を参照して、本実施形態に係るステンレス鋼材1は、表面に黒色の色調を有する酸化皮膜4を有し、この黒色の酸化皮膜4を研磨により部分的に除去することで、装飾その他の目的で意図的に形成した模様からなる意匠を有する。本実施形態に係るステンレス鋼材は、フェライト系ステンレス鋼素地3(以下、単に「素地」と記す。)と、素地3の表面に形成された黒色の色調を有する酸化皮膜4とを有する。また、本実施形態に係るステンレス鋼材1は、黒色の酸化皮膜4の一部及びその直下の内部酸化物層5が除去されて部分的に素地が露出した素地露出部7を有する。素地露出部7には不働態皮膜8が形成されている。本実施形態に係るステンレス鋼材1の表面には、黒色の酸化皮膜4が形成された酸化皮膜部41と、黒色の酸化皮膜4が除去されて銀白色の素地3が露出した素地露出部7とにより模様が形成される。模様は、例えば、素地露出部7の幅が0.5~20mmのストライプ(縞模様)や波模様、同程度の幅のチェック柄(格子模様)、あるいは素地露出部の直径が0.5~20mmの水玉模様、及びこれらの組み合わせなどである。
【0039】
(酸化皮膜の色調)
本実施形態に係るステンレス鋼材1は、黒色の酸化皮膜4が形成されている表面(素地露出部以外の表面)の色調に関して、明度指数L、クロマネティクス指数a、bが特定の範囲にある。これらの数値は、JIS Z 8722:2009に準拠する色調測定を任意の5点で行い、平均した数値を、JIS Z 8781-4:2013に準拠するCIELAB(L表色系)である明度指数L、クロマネティクス指数a、bで示した値である。本実施形態に係るステンレス鋼材の酸化皮膜4(酸化皮膜部41)は、その表面が、L≦45.0、-5.0≦a≦5.0、-5.0≦b≦5.0の範囲を有している。
【0040】
(酸化皮膜の光沢度)
また、本実施形態に係るステンレス鋼材1は、黒色の酸化皮膜4が形成されている表面(素地露出部以外の表面)の光沢度GS(60°)が特定の範囲にある。この数値は、JIS Z8741:1997に準拠する光沢度測定を任意の5点で行い、平均した数値である。なお、光沢度GS(60°)は、入射角度(60°)で光を入射させて測定したことを示している。本実施形態に係るステンレス鋼材の酸化皮膜4(酸化皮膜部41)は、その表面がGS(60°)≦40.0の範囲を有している。これにより、過度の反射光の発生を抑えた黒色とすることができる。
【0041】
(明度差及び光沢度差)
本実施形態に係るステンレス鋼材1は、素地露出部7において酸化皮膜4及び内部酸化物層5が除去されるように研磨されている。これにより、酸化皮膜部41と素地露出部7の明度差ΔL及び光沢度差ΔGS(60°)が特定の範囲となる。素地露出部7の明度及び光沢度の測定方法は上記酸化皮膜の色調及び光沢度の測定方法と同様である。
【0042】
明度指数の差(以下、単に「明度差」と記載することがある。)ΔLは、酸化皮膜4(酸化皮膜部41)の明度指数L1と、素地露出部7の明度指数L2との差であり、本実施形態において通常L2はL1より大きな数値であるため、ΔL=L2-L1≧30.0を満たす。また好ましくはΔL≧32.0であり、より好ましくはΔL≧35.0である。色調差ΔGS(60°)は、酸化皮膜4(酸化皮膜部41)の光沢度GS(60°)1と、素地露出部7の光沢度GS(60°)2との差であり、本実施形態において通常GS(60°)2はGS(60°)1より大きな数値になるためΔGS(60°)=GS(60°)2-GS(60°)1≧130.0を満たす。また好ましくはΔGS(60°)≧135.0、さらに好ましくはΔGS(60°)≧140.0を満たす。換言すれば、明度差ΔL及び光沢度差ΔGS(60°)が上述した範囲であれば、素地露出部7において酸化皮膜お4よび内部酸化物層5が十分に除去されていることになる。明度差ΔL及び光沢度差ΔGS(60°)が、上述した好ましい範囲、より好ましい範囲であるほど、内部酸化物層5がより確実に除去されていることになる。
【0043】
(素地露出部の不働態皮膜組成)
本実施形態に係るステンレス鋼材1の素地露出部7表面には、後述の研磨工程において酸化皮膜4及びその直下の内部酸化物層5が除去された後、自然酸化により不働態皮膜8が形成される。そのため、酸化皮膜4及び内部酸化物層5が除去されて、酸化皮膜4が形成されていない箇所は、素地3の表面が露出しているわけではなく、素地3の表面に形成された不働態皮膜8が露出していることになる。しかしながら、不働態皮膜8は厚さが数nm程度と極めて薄いものであり、上方から表面を見た場合、素地3の銀白色がほぼそのまま見えるため、本明細書においては、研磨により酸化皮膜4及び内部酸化物層5が除去され、不働態皮膜8が形成された箇所を素地露出部7と呼ぶこととする。
【0044】
この素地露出部7の表面に形成された不働態皮膜8はCr分率30%以上を満たしている。酸化皮膜4及び内部酸化物層5を研磨により除去する際に、ステンレス鋼材表面の温度(素地表面の温度)が400℃を超えないように研磨することで、素地露出部7表面の不働態皮膜8組成をCr分率30%以上とすることができる。素地露出部7表面の不働態皮膜8の組成はグロー放電発光分光法(GDS)により分析でき、JIS K0144:2018に準拠するグロー放電発光分光分析法(GD-OES)(Glow Discharge Optical Emission Spectrometry)により測定する。この際、分析範囲が素地露出部7のみに含まれるように分析範囲を限定する。得られた表面プロファイルにおいてO(酸素)が最大値の4分の3となる点におけるCr濃度/(Fe濃度+Cr濃度+Mn濃度+Ti濃度)×100を素地露出部7表面における不働態皮膜8のCr分率(%)とする。本実施形態に係るステンレス鋼材1は、素地露出部7表面における不働態皮膜8のCr分率が30%以上であるため十分な保護性(耐食性)を有する。そのため、腐食や酸化等により意匠性を損なうことを防止することができる。素地露出部7表面における不働態皮膜8のCr分率は、好ましくは35%以上、より好ましくは40%以上である。これによって、意匠性及び耐食性により優れたステンレス鋼材1を提供することができる。
【0045】
本実施形態に係るステンレス鋼材1は、素地の化学組成、酸化皮膜の色調、酸化皮膜部と素地露出部の明度差及び光沢度差、及び素地露出部の不働態皮膜組成が所定の範囲であるため、耐食性の低下を抑制しつつ高い意匠性を有する。そのため、このステンレス鋼材1は、意匠部材に用いるのに適している。意匠部材としては、特に限定されないが、建材(特に、化粧板などの内装部材)、配管など意匠性が要求される各種部材がある。
【0046】
<2.フェライト系ステンレス鋼材の製造方法>
以上説明した本実施形態に係るステンレス鋼材1は、例えば以下に説明する方法により製造することができる。
本実施形態に係る黒色の酸化皮膜4を有するステンレス鋼材1の好ましい製造方法は、
(1)上述した化学組成を有するフェライト系ステンレス鋼素材(素地3)を、酸化性雰囲気において1000℃以上1100℃以下(例えば1050~1080℃)の温度で1分以上5分以下(例えば、2~3分)加熱することにより、酸化皮膜4を形成する酸化処理工程と、
(2)酸化皮膜4が形成されたステンレス鋼材表面を、表面温度が400℃以下を保つように研磨することにより、酸化皮膜4及び酸化皮膜4直下(酸化皮膜4との界面近傍の素地3側)に形成された内部酸化物層5を除去する研磨工程と、を有する。
図1は、模様が形成されるまでの流れを説明するための模式図である。以下、図1を参照して、各工程について説明する。
【0047】
(ステンレス鋼素材の準備)
図1(a)は黒色の酸化皮膜が形成される前の素地表層近傍を示す断面図ある。
まず、上述した各工程に先立ち、フェライト系ステンレス鋼素材を準備する。素材としては、上述した元素を含む組成のものを用いることができ、公知の方法により製造されたものを用いることができる。
例えば、上述した化学組成を有するフェライト系ステンレス鋼スラブを熱間圧延し、得られた熱延コイルを焼鈍、酸洗した後に、冷延率50%以上で冷間圧延することにより冷延板を作成する。次に、得られた冷延板の表面を、#180以上の研磨ベルトで仕上げ研磨を施すことにより、図1(a)に示す素地3を得ることができる。このように表面2を研磨した素地3を用いることにより、その後の工程で素地表面2形成される黒色の酸化皮膜4の外観ムラが抑制される。
【0048】
(酸化処理工程)
図1(b)は黒色の酸化皮膜が形成された後の素地表層近傍を示す断面図である。
図1(b)を参照して、本工程は、熱処理により素地3の表面2に黒色の酸化皮膜4を形成する工程である。素地3に、酸化性雰囲気において1050~1080℃の温度で2~3分加熱する酸化処理(焼鈍)を施すことによって、素地表面2に黒色の酸化皮膜4が形成される。なお、この酸化皮膜4の厚さは、200~1000nmであり、250~900nmであることが望ましい。酸化皮膜4の厚さは、焼鈍温度及び焼鈍時間により調整できる。
また、素地3の表層近傍の内面側には内部酸化物層5が形成される。内部酸化物層5は、TiOやAl等の内部酸化物6が多数存在する領域である。内部酸化物層5の厚さは、400~1000nm程度である。
【0049】
(研磨工程)
図1(c)は研磨により模様が形成された後のステンレス鋼材の表層近傍を示す断面図である。換言すると、図1(c)は本実施形態に係るステンレス鋼材を板厚方向に切断した断面における表層近傍を模式的に示す断面図である。
図1(c)を参照して、本工程は、研磨により、黒色の酸化皮膜4の任意の箇所と、この酸化皮膜4直下(酸化皮膜4との界面近傍の素地3側)の内部酸化物層5と、を除去する工程である。素地表面2上の任意箇所における黒色の酸化皮膜4及びその直下の内部酸化物層5を除去して、銀白色の素地3を露出させることによって、ステンレス鋼材1の表面には、黒色の酸化皮膜部41と銀白色の素地露出部7とが形成されることで模様が描かれ、意匠性が付与される。酸化皮膜4及び内部酸化物層5は研磨によって除去することができる。研磨により酸化皮膜4及び内部酸化物層5が除去された後の素地3の表面2は、研磨終了後に大気中に晒されることで、自然酸化により数nm程度の薄い不働態皮膜8が形成される。
【0050】
本実施形態に係るステンレス鋼材1は、素地露出部7において所望の黒色色調を有する酸化皮膜4と内部酸化物層5が除去されているため、酸化皮膜部41と素地露出部7との明度差及び光沢度差が所定の範囲であり、意匠性に優れる。さらに、素地露出部7表面に形成される不働態皮膜8のCr分率が30%以上であるため耐食性に優れる。不働態皮膜8の組成をCr分率30%以上とするには、研磨時の鋼板表面温度(素地表面2の温度)が400℃以下を保つように研磨する必要がある。例えば、冷却(水冷、油冷、空冷等)しながら荷重をかけすぎないように研磨することで、研磨時の鋼板表面温度を400℃以下に保つことができる。研磨時の鋼板表面温度が400℃を超えると、Cr分率が低くFe分率が高い不働態皮膜8が形成され、素地露出部7における耐食性が劣化するおそれがある。
【0051】
以上の工程により、本実施形態に係る表面に模様を有する、意匠性及び耐食性に優れたステンレス鋼材1を製造することができる。また、本実施形態に係るステンレス鋼材1は壁材などの化粧板に用いることができるだけでなく、曲げ加工、プレス成形及び溶接施工に適用できるため、鋼管や加工品などに広く適用可能である。
【実施例
【0052】
以下に、実施例を挙げて本発明の内容を詳細に説明するが、本発明はこれらに限定して解釈されるものではない。
【0053】
表1に示す化学組成を有するフェライト系ステンレス鋼を熱間圧延し、板厚3.0mmの熱延板を作製した。この熱延板に1050℃で3分間焼鈍を施した後、ドライホーニングを用いて表面の酸化スケールを除去した。その後、板厚1.0mmまで冷間圧延し、1000℃で1分間の仕上焼鈍を施した後、120番、240番の乾式研磨紙を順次用いて手研磨を行い、鋼板表面の酸化スケールを除去した。表1の化学組成は、質量%で示されており、残部がFe及び不純物である。なお、表中のREMは希土類元素を意味し、ここでは、La、Ce、Ndを含むミッシュメタル(MM)を用いた。
【0054】
【表1】
【0055】
その後、得られた上記のステンレス鋼板の表面を黒色化するため(ステンレス鋼板表面に黒色の酸化皮膜を形成するため)、大気雰囲気下で表2に示す温度・時間熱処理を施した。その後、幅50mm、長さ100mmの試験片を切り出し、中央の幅10mmに対して、冷却しながら機械研磨を施し、黒色の酸化皮膜を除去して素地露出部を形成し試験片とした。比較例3は、冷却せずに機械研磨を施した。比較例2は実施例1よりも研磨時間が短く、比較例1は、比較例2よりもさらに研磨時間が短かった。
【0056】
(色調及び光沢度)
試験片表面の黒色の酸化皮膜が形成されている酸化皮膜部の5箇所について、測定径3mmφの分光測色計を用いてJIS Z 8722:2009に準拠した色調測定を行い、平均値をJIS Z 8781-4:2013に準拠するCIELAB(L表色系)である明度指数L、クロマネティクス指数a、bで示した。同様に試験片表面の黒色の酸化皮膜が形成されている酸化皮膜部のそれぞれ任意の5箇所について、光沢度計を用いてJIS Z 8741に準拠した光沢度測定を行い、平均値をGS(60°)で示した。同様に素地露出部の任意の5か所について色調測定及び光沢度測定を行い、酸化皮膜(酸化皮膜部)との明度差ΔL及び光沢度差ΔGS(60°)を導出した。明度差ΔLが30以上のときを合格(明度差に優れる)、30以下のときを不合格(明度差が不十分である)と評価した。また、光沢度差ΔGS(60°)が130以上のとき合格を(光沢度差に優れる)、130以下のとき不合格を(光沢度差が不十分)と評価した。
【0057】
色調の測定条件は、以下の通りである。
装置:コニカミノルタ 分光測色計 CM-700d
光源:パルスキセノンランプ
受光素子:デュアル36素子シリコンフォトダイオードアレイ
ターゲットマスク:Φ3mm
測定:10°視野
補助イルミナント:D65 昼光、色温度6504K
正反射処理モード:SCI
【0058】
光沢度の測定条件は以下の通りである。
装置:日本電色株式会社 ハンディ光沢計PG1M
光源:タングステンランプ
検出器:フォトダイオード
入射角:60°
【0059】
(不働態皮膜組成)
上記の試験片を用いて、素地露出部の不働態皮膜組成をJIS K 0144:2018に準拠するグロー放電発光分光分析法(GD-OES)にてGDS分析を行い、素地露出部の不働態皮膜のCr分率(%)を測定した。GDS分析(GD-OES)では、Oピーク強度が最大値の3/4となったポイントにおけるCr濃度/(Fe濃度+Cr濃度+Mn濃度+Ti濃度)×100を素地露出部の不働態皮膜のCr分率(%)とした。
【0060】
GDSの測定条件は、以下のとおりである。
装置:株式会社リガク GDA750
分析径(アノード径):Φ4mm
電圧:650V
Ar圧力:2.8hPa
【0061】
(耐食性)
上記の試験片を用いて図2に示す接着体11を次のようにして作製した。なお、図2(a)は接着体の上面図、図2(b)は側面図である。まず、測定用試験片12の4つの切断端面のうち短辺1箇所を除いた3辺の切断端面を、ゴム13(信越シリコーン株式会社製の一液縮合型RTVゴムKE44)を用いて被覆した。次に、70mm×150mmのベークライト板14の上に20mmφ×10mmのポリエチレン製チューブ15を2個配置して接着し、その上にゴム13で被覆した測定用試験片12を接着した。このようにして得られた接着体11を用いて、JIS Z2371:2015に規定される塩水噴霧試験に準じて耐食性を評価した。具体的には、測定用試験片12が水平面に対して75度の角度となり且つ被覆されていない短辺が下側となるように接着体11を複合サイクル試験機内に設置した後、5%塩水噴霧を48時間行った。塩水噴霧試験後は、接着体11の水洗、乾燥を行って接着体11表面の発銹率をJIS G0595:2004に準じて評価し、素地露出部のレイティングナンバ(RN)が8以上(発銹面積率≦0.062%)の場合を耐食性に優れる(○)と、レイティングナンバ(RN)が8未満(発銹面積率>0.062%)の場合を耐食性が不十分(×)と評価した。
【0062】
上記の各評価結果を表2に示している。
【0063】
【表2】
【0064】
表2に示すように、本発明の範囲に含まれる実施例1~7のステンレス鋼板は素地の化学組成を満たし酸化皮膜部の色調基準を満たしていた。また、酸化皮膜部と素地露出部との明度差ΔL及び光沢度差ΔGS(60°)が基準を満たしており(すなわち、酸化皮膜及び内部酸化物層が十分に除去されており)、さらに素地露出部の不働態皮膜のCr分率が30%以上であったことから、耐食性試験においても発銹は認められず、良好な耐食性を示した。
【0065】
それに対し、比較例1~7のステンレス鋼板は、色調または素地露出部の不働態皮膜耐食性のいずれかで実施例よりも劣っていた。比較例1は酸化皮膜の色調基準を満たしているが、研磨が不十分であり、酸化皮膜が十分に除去されておらず、明度差ΔL及び光沢度差ΔGS(60°)が基準を満たしていなかった。比較例2は酸化皮膜の色調を満たしているが、研磨が不十分であり、内部酸化物層が十分に除去されていないため、光沢度差ΔGS(60°)が基準を満たしておらず、また、耐食性も不十分であった。なお、内部酸化物層が十分に除去されずに残存したことは、GDS分析でTiピークが現れたことで確認した。比較例3は冷却を行なわずに研磨したため、研磨時の素地表面温度が400℃を超えており、そのため素地露出部の不働態皮膜のCr分率が低く、耐食性が不十分であった。比較例4はCr含有量が少ないため、明度差ΔL、光沢度差ΔGS(60°)、不働態皮膜のCr分率が基準を満たしているものの、耐食性が不十分であった。比較例5はCr含有量が多く、比較例6はTi含有量が少なく、比較例7はMn含有量が少ないため、酸化皮膜の色調基準を満たしていなかった。
【0066】
以上の結果からわかるように、本発明によれば、表面に黒色の酸化皮膜を有し、その酸化皮膜の一部を除去して素地を露出させて模様を形成した、意匠性及び耐食性に優れたフェライト系ステンレス鋼材を提供することができる。
【符号の説明】
【0067】
1 フェライト系ステンレス鋼材
2 素地表面
3 素地
4 酸化皮膜
41 酸化皮膜部
5 内部酸化物層
6 内部酸化物
7 素地露出部
8 不働態皮膜
11 接着体
12 測定用試験片
13 ゴム
14 ベークライト板
15 ポリエチレン製チューブ
図1
図2