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  • 特許-レンズの製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-01
(45)【発行日】2024-10-09
(54)【発明の名称】レンズの製造方法
(51)【国際特許分類】
   G02B 1/18 20150101AFI20241002BHJP
   G02B 3/00 20060101ALI20241002BHJP
【FI】
G02B1/18
G02B3/00 Z
【請求項の数】 2
(21)【出願番号】P 2023186897
(22)【出願日】2023-10-31
(62)【分割の表示】P 2019044549の分割
【原出願日】2019-03-12
(65)【公開番号】P2024001293
(43)【公開日】2024-01-09
【審査請求日】2023-10-31
(73)【特許権者】
【識別番号】000005810
【氏名又は名称】マクセル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000040
【氏名又は名称】弁理士法人池内アンドパートナーズ
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 勇治
(72)【発明者】
【氏名】浜岡 弘一
【審査官】中村 説志
(56)【参考文献】
【文献】特開平10-101374(JP,A)
【文献】特開2015-049281(JP,A)
【文献】特開2020-116897(JP,A)
【文献】特開2000-271491(JP,A)
【文献】特開2017-154899(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G02B 1/10-18
G02B 3/00
G02B 7/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
光学系に用いられるレンズの表面に親水性の表面処理膜を形成するレンズの製造方法であって、
前記レンズの表面に、無機材料のバインダーにフィラーとしてのシリカ化合物が含まれた親水性処理液を直接塗布、乾燥して前記表面処理膜を形成し、
前記表面処理膜の水との接触角が10°未満であり、かつ、前記表面処理膜が形成されたレンズのヘイズ値が1.0%未満であり、
前記表面処理膜の膜厚が、前記表面処理膜に含まれるフィラーの平均粒径の2~10倍であることを特徴とする、レンズの製造方法。
【請求項2】
前記親水性処理液にフィラーとしてのチタニア化合物をさらに含む、請求項1記載のレンズの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、カメラなどの撮像装置に用いられるレンズ、レンズの製造方法、および、レンズを備えたレンズユニットに関し、特に、表面に雨水などの水滴がかかるような屋外で使用されても、良好な光学特性を維持することができるレンズ、その製造方法、および、レンズユニットに関する。
【背景技術】
【0002】
CCD(Charge-Coupled Device)、CMOS(Complementary Metal Oxide Semiconductor)などの撮像素子の技術開発が進み、これらの撮像素子で静止画や動画を撮像する撮像装置として、各種のカメラが製品化されている。
【0003】
近年では、撮像素子の小型化、高感度化、低コスト化が進展し、さらに、軽量かつ低コストのプラスチック製レンズ技術、撮像データを圧縮して記録するデータ処理技術、高速で大容量のデータを記録できるメモリ素子の技術も発展したため、デジタルスチルカメラやデジタルビデオカメラといった、静止画像、動画像を記録する専用機器を用いるのではなく、携帯電話やスマートフォン、タブレット端末、携帯用ゲーム機などのいわゆるポータブルな電子情報機器を用いて、静止画像、動画像を撮像することが当たり前となっている。また、画像を撮像する撮影装置の普及に伴って、従来は精密製品であるカメラが持ち込まれなかった環境でも使用する機会が増え、水中撮影が可能なカメラ、自動で装置を制御するための情報取得カメラ、ロボットなどに搭載されるモニタカメラ、定点観測が行われる監視カメラなどの用途も増えている。
【0004】
特に、モニタカメラや監視カメラは、主として屋外で使用されることが多いため、カメラレンズの中で、最も被写体側である最表面に配置されたレンズに雨粒などの水滴や埃が付着する。また、周囲の温度環境の変化などによって光学素子の表面に曇りや結露が生じる場合がある。このため、モニタカメラや監視カメラなどにおいて、カメラレンズの中で最表面に配置されるレンズには、外部環境によらずに常に良好な視野が確保するための表面処理が施されている。
【0005】
このような表面処理膜を備えた光学レンズとして、レンズ基体側にハードコート層が、また、最外表面に超撥水性層が配置され、これらの中間部分に複数層に分割された高屈折率層を含んで構成される多層膜積層構成の耐擦傷性反射防止膜が形成された光学レンズが提案されている(特許文献1参照)。また、無機化合物粒子と、これに結合するポリマーとを含む無機有機複合体とによって微細な凹部と凸部とを形成した、反射防止膜、かつ、表面保護膜であるコーティングを外表面に備えた光学レンズが提案されている(特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2016-173613号公報
【文献】特開2015-091981号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記従来の光学レンズは、表面に反射防止機能とレンズ保護機能とを備えた表面処理膜が形成されていることで、レンズとして加工が容易なプラスチックレンズを用いた場合でも、光学的特性を向上させるとともに傷つきやすいというプラスチックレンズ特有の課題を解決することができる。
【0008】
しかし、たとえば、屋外に設置される監視カメラなどの撮像装置に用いられる光学レンズの場合、外表面に雨や泥水などの液体が付着することを想定しなくてはならない。また、砂埃などにより、微細の異物がレンズ表面に強く当たる事態も考えられる。さらに、ユーザによるメンテナンス時には、付着した汚れを除去するために、レンズ表面に布などが擦りつけられる場合が想定される。
【0009】
しかし、上記従来の光学レンズに用いられている表面処理膜は、このような屋外での利用を前提とすることに伴う過酷な条件下での使用を考慮したものではなく、表面が強く擦られることで表面処理膜がはがれてしまったり、表面処理膜の表面に微細な凹凸が生じ、さらにその凹凸の間の部分の異物が挟まってしまったりという課題が生じていた。また、長時間太陽光に晒されることで、紫外線によって表面処理膜の劣化が問題となる場合も多かった。
【0010】
さらに、結露や雨などにより表面に生じた水滴により、正常な画像が得られなくなるという課題もあった。
【0011】
本開示は、上記従来の課題を解決するもので、屋外使用を前提とする光学レンズなど、水や埃などの異物が付着しやすく、また、表面が擦られるなどの過酷な条件で使用されても、長期間にわたって光学的な特性を維持することができるレンズ、レンズの製造方法、および、レンズユニットを得ることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決するため本願で開示するレンズの製造方法は、光学系に用いられるレンズの表面に親水性の表面処理膜を形成するレンズの製造方法であって、前記レンズの表面に、無機材料のバインダーにフィラーとしてのシリカ化合物が含まれた親水性処理液を塗布、乾燥して前記表面処理膜を形成することを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
本願で開示するレンズは、被写体側の表面に形成された表面処理膜が無機材料で構成され、水との接触角が10°未満、レンズのヘイズ値が1.0%未満である。このため、表面の耐摩耗性に強く、時間経過によっても、高い親水性と光学特性とを持することができる。
【0014】
また、本願で開示するレンズの製造方法は、レンズの表面に、無機材料のバインダーにフィラーとしてのシリカ化合物が含まれた親水性処理液を塗布、乾燥して表面処理膜を形成する。このため、耐久性の高い無機材料により構成された表面処理膜を容易に製造することができる。
【0015】
さらにまた、本願で開示するレンズユニットは、レンズ光学系において被写体側の表面に配置されるレンズが、本願で開示されるいずれかのレンズ、または、本願で開示されるいずれかの製造方法により製造されたレンズである。このため、実際の使用状態において、高い耐久性を備えたレンズユニットを実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】実施形態にかかるレンズを備えた、撮像装置の構成を説明するイメージ図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本願で開示するレンズは、撮像装置に用いられ、レンズ光学系の最表面に配置されるレンズであって、前記レンズの被写体側の表面に形成された表面処理膜が無機材料で構成され、前記表面処理膜の水との接触角が10°未満であり、かつ、前記表面処理膜が形成されたレンズのヘイズ値が1.0%未満である。
【0018】
このようにすることで、本願で開示するレンズでは、被写体側の最表面に配置されて砂塵などが吹き付けられても表面が傷つきにくく、また、太陽光に長時間晒された場合でも高い親水性と光学特性とを維持できるレンズを実現できる。
【0019】
本開示のレンズにおいて、前記表面処理膜にチタニア化合物をさらに含むことが好ましい。このようにすることで、チタニア化合物の光触媒作用によって表面処理膜の表面状態が回復し、高い親水性を長期間維持することができる。
【0020】
また、本願で開示するレンズの製造方法は、光学系に用いられるレンズの表面に親水性の表面処理膜を形成するレンズの製造方法であって、前記レンズの表面に、無機材料のバインダーにフィラーとしてのシリカ化合物が含まれた親水性処理液を塗布、乾燥して前記表面処理膜を形成する。
【0021】
このようにすることで、本願で開示するレンズの製造方法では、無機材料から構成された表面処理膜を容易に形成することができる。
【0022】
本願で開示するレンズの製造方法において、前記親水性処理液にフィラーとしてのチタニア化合物をさらに含むことが好ましい。このようにすることで、チタニア化合物の光触媒作用によって、表面処理膜の表面状態が回復し、高い親水性を長期間維持することができるレンズを容易に製造することができる。
【0023】
さらに、前記親水性処理液の塗布厚さが、前記親水性処理液に含まれる粒子の平均粒径の2~10倍の範囲であることが好ましい。このようにすることで、ヘイズが小さく透過光に悪影響を与えることが少ない表面処理膜を形成することができる。
【0024】
なお、本願で開示するレンズの製造方法において、前記表面処理膜の水との接触角が10°未満であり、かつ、前記表面処理膜が形成されたレンズのヘイズ値が1.0%未満であるように設定することが好ましい。
【0025】
さらにまた、本願で開示するレンズユニットは、レンズ光学系と、撮像素子と、前記レンズ光学系と前記撮像素子とを収容した筐体とを含み、前記レンズ光学系において被写体側の表面に配置されるレンズが、本願で開示するいずれかのレンズ、または、本願で開示するいずれかの製造方法によって製造されたレンズである。
【0026】
このようにすることで、被写体側表面に配置されるレンズが高い親水性と光学特性とを維持でき、長期間の使用に耐えるレンズユニットを実現することができる。
【0027】
(実施の形態)
以下、本開示にかかるレンズとその製造方法、および、レンズユニットの実施の形態について、図面を参照しながら説明する。
【0028】
以下では、本願で開示するレンズユニットとして、監視カメラの撮像ユニットとして用いられる撮像装置を、また、本願で開示するレンズとして、この撮像装置の最も被写体側に配置されたレンズをそれぞれ例示して説明する。
【0029】
図1は、本願で開示するレンズが用いられた撮像装置の概略構成を説明する図である。
【0030】
図1に示すように、監視カメラの撮像ユニットとして用いられる撮像装置100は、1枚また複数枚のレンズにより構成されたレンズ光学系10と画像を撮像する撮像部20とから構成されている。
【0031】
撮像部20で撮像される光を照射するレンズ光学系10は、略円筒形の筒体11の内部に複数(図1では5枚)のレンズ12~16が配置されて構成される。なお、以下本願明細書においては、単体のレンズを単に「レンズ」と称し、全体として撮像部20の撮像素子21への被写体像の照射を行うレンズの複合体を「レンズ光学系」と称することとする。このため、図1に示したような、筐体内に複数枚の単体レンズが配置されたものは「レンズ光学系」であり、また、「レンズ光学系」を構成する「レンズ」の枚数に制約はなく、1枚のレンズのみから構成される場合も「レンズ光学系」という概念に含まれる。
【0032】
図1に示したレンズ光学系10の例では、図1中に矢印Aとして示す被写体側(カメラの視野方向)から順に、対物レンズ群を構成する第1レンズ12、第2レンズ13、中間レンズとしての第3レンズ14、接眼(撮像素子側)レンズ群を構成する第4レンズ15、および、第5レンズ16という5つのレンズが、所定の間隔を介して、また、各レンズ12~16の光軸が一致するように配置されている。
【0033】
本実施形態にかかるレンズ光学系10では、複数のレンズのうち最も被写体側に位置する第1レンズ12の外側、すなわち、レンズ光学系10における最表面である被写体側の表面に位置する面に、親水性の膜である表面処理膜17が形成されている。
【0034】
図1に示す撮像装置のレンズ光学系10では、3群5枚のレンズ12~16による構成を例示した。一般に、レンズ光学系を構成するレンズの枚数を増やし、かつ、凸レンズ、凹レンズ、非球面レンズなどの異なる種類のレンズを積層して配置することで、広視野角でありながら画像のひずみが少ない広角レンズや、高倍率の望遠レンズ、中間レンズを前後に移動可能としたズームレンズなど、より高い光学特性を備えたレンズ光学系を実現することができる。一方で、レンズの枚数が増えればレンズ光学系の高コスト化につながるため、実際には、レンズ光学系が使用される撮像装置に対して求められる光学特性によって具体的なレンズ構成が定められる。例えば、比較的低い解像度の画像や若干のひずみを残した画像でも問題が無いカメラの場合には、2枚、または多くても3枚のレンズでレンズ光学系が構成される場合もある。一方で、高解像度で、なおかつ、高いズーム倍率を有するレンズ光学系では、4群7枚構成など、多数のレンズを組み合わせたレンズ群を複数群備えたレンズ設計が採用される。
【0035】
本実施形態にかかるレンズ光学系10としては、レンズの枚数やレンズ群の配列にかかわらず、図1におけるレンズ12のように、レンズ10光学系の最表層(最外層)に位置するレンズ12、すなわち、各レンズの中で最も被写体に近い位置にあるレンズ12の被写体側の面である表面に表面処理膜17が形成されていればよい。たとえば、レンズ筐体内で迷光が画像に悪影響を与えることを回避するために、レンズ光学系を構成するレンズの最表層以外の面に表面処理膜が形成される場合があるが、このような膜は、本実施形態にかかる表面処理膜17とは異なる。
【0036】
監視カメラに用いられる撮像装置100の撮像部20は、図1中矢印Bとして示すレンズ光学系10の後方側に配置されていて、CMOS、CCDなどの撮像素子21が回路基板22上に配置された構成となっている。回路基板22には、撮像素子21を駆動する電源ライン、撮像素子21を制御して各画素での電気信号を画像データとして取得する駆動制御回路、撮像された画像データを外部へと送出する信号ラインなどが搭載されているが、図示は省略する。
【0037】
また、図1での図示は省略するが、撮像装置100は、レンズ光学系10と撮像部20とを保持してレンズ光学系10の焦点位置に正しく撮像素子21が配置されるように規制するとともに、レンズ光学系10と撮像部20とを、撮像画像のノイズとなる外部からの迷光を遮蔽するユニット筐体によってモジュールとして一体化されている。このため、ユーザは、撮像ユニットに所定の電圧値の電源を供給することで、撮像素子21で撮像された画像を信号出力線から画像信号として取得することができる。
【0038】
本実施形態にかかるレンズの表面には、図1にその断面を示したように、被写体側の表面全体に表面処理膜17が塗布形成されている。以下、この表面処理膜17についての詳細と、表面処理膜を形成するレンズの製造方法について説明する。
【0039】
本実施形態にかかるレンズ12に形成された表面処理膜17は、無機材料からなるバインダーと、シリカ化合物、および/またはチタニア化合物のフィラーとにより構成されている親水性(水との接触角が10°未満)の膜である。すなわち、本実施形態にかかるレンズ12の表面に形成された表面処理膜17は、全体が無機材料によって構成されていて、特に、レンズの表面処理膜として従来一般的に用いられていた有機材料のバインダーは使用されていない。
【0040】
本実施形態のレンズ12は、表面全体が親水性の表面処理膜17で覆われていることで、例えばレンズ12の表面に雨粒がかかった場合でも、雨粒は水滴形状を保てずに広がって膜状となる。このため、レンズを通して写される被写体がレンズ表面に付着した水滴によって邪魔されることがなく、クリアな撮像画像を得ることができる。
【0041】
表面処理膜17の無機材料のバインダーとしては、いわゆる水ガラス、すなわちケイ酸ナトリウムNa2SiO2の水溶液(珪酸ソーダ:Na2・nSiO2・mH2O)を良好に用いることができる。なお、ケイ素とアルカリのモル比(SiO2/A2O+B;A=アルカリ金属、B=NH3))は4~30であり、ケイ素の酸化物換算濃度(SiO2濃度)が6.8~30重量%であることが好ましい。
【0042】
本実施形態にかかるレンズ12の表面処理膜17は、無機バインダーに、フィラーとして、シリカ、すなわち二酸化ケイ素(SiO2)化合物、または、チタニア、すなわち酸化チタン(TiO2)化合物、または、シリカ化合物とチタニア化合物の両方が含まれている親水性処理液を、レンズ12の表面に塗布し、乾燥させることで形成することができる。
【0043】
親水性処理液におけるフィラーの粒径は、一次粒子の平均粒径を100nm以下とすることで、表面処理膜17を透過する透過光が散乱してレンズを通して撮像部20に入射する光像が乱れ、撮像画像の精細度が低下するという弊害を防止できる。なお、レンズの光学的特性をなるべく低下させないようにする上では、表面処理膜17の膜厚を100nm以下とすることがより好ましく、50nm以下であることがさらに好ましい。
【0044】
発明者らが確認したところでは、表面処理膜17の表面にフィラーに起因する凹凸が形成されずレンズを通した画像にひずみなどの悪影響が出ることを防止する観点から、フィラーの粒径に対する表面処理膜の膜厚の比(膜厚/平均粒径)が2~10、すなわち、親水性処理液の塗布膜厚が、親水性処理液に含まれる粒子の平均粒径の2~10倍の範囲であることが好ましく、膜厚の比(膜厚/平均粒径)が5程度であることが、より好ましいことが確認された。このため、例えば、表面処理膜17の膜厚を50nmとする場合には、フィラーであるシリカ化合物および/またはチタニア化合物の一次粒子の平均粒径は10nm以下とすることが好ましい。
【0045】
レンズ12の表面に表面処理膜17を形成する方法としては、上述のように親水性処理液の無機バインダーとして比較的粘度が高い水ガラスが用いられているため、専用の塗布部材を有するコーターを用いたいわゆる刷毛塗り法や、ディップコータを用いた浸漬塗布法など、高粘度の液体の塗布に適した各種の塗布方法が採用できる。そして、レンズ表面に所定の厚みに塗布した後に、例えば、温度100℃程度で乾燥させることによって、表面処理膜17が形成される。なお、表面処理膜17が形成されるレンズ12は、樹脂製のいわゆるプラスチックレンズ、ガラスレンズのいずれをも用いることができ、レンズの材料には特別な制約はない。
【0046】
[実施例]
以下、本実施形態にかかるレンズについて、各種の条件で表面処理膜を塗布形成して、親水性と光学特性について確認した。
【0047】
実施例1として、表面を洗浄したガラスレンズ(直径10mm)の一方の表面に、水ガラスをバインダーとし、シリカ化合物(含有量5%)をフィラーとする親水性処理液「クリンファーストMS」(商品名:東曹産業株式会社製)をディップコータにより塗布した後、100℃で3分間乾燥させて表面処理膜が形成されたガラスレンズを作製した。親水性処理液の平均粒径は10nm、表面処理膜の膜厚は50nmで、平均粒径に対する表面処理膜の膜厚の比は5となった。
【0048】
また、同じ親水性処理液を用いて、レンズ表面の表面処理膜の厚さを20nmとした実施例2のガラスレンズと、表面処理膜の厚さを100nmとした実施例3のガラスレンズを作製した。
【0049】
実施例4として、シリカ化合物の含有量に対して5%のチタニア化合物をフィラーとして含む親水性処理液「クリンファーストMT-01」(商品名:東曹産業株式会社製)を用いて、実施例1と同様の方法によって表面処理膜が形成されたガラスレンズを得た。親水性処理液の平均粒径は、実施例1の親水性処理液と同様に10nmであり、表面処理膜の膜厚を50nmとした。表面処理膜の膜厚に対する平均粒子径の比の値は実施例1と同様に5となる。
【0050】
実施例5として、シリカ化合物の含有量に対して15%のチタニア化合物をフィラーとして含む親水性処理液「クリンファーストMT-03」(商品名:東曹産業株式会社製)を用いて、実施例1と同様の方法によって表面処理膜が形成されたガラスレンズを得た。親水性処理液の平均粒径は10nmであり、表面処理膜の膜厚50nmで、平均粒径に対する膜厚の比の値は実施例1や実施例4と同様に5となる。
【0051】
次に、比較例1として、実施例1に用いた物と同じ親水性処理液を用いて、塗布膜厚が10nm(膜厚/平均粒径の比=1)の表面処理膜を形成した。さらに、比較例2として、実施例1に用いた物と同じ親水性処理液を用いて、塗布膜厚が150nm(膜厚/平均粒径の比=15)の表面処理膜有するガラスレンズを形成した。
【0052】
さらに、有機材料(ウレタン)と無機材料(水ガラス)とを含んだバインダーに、シリカ化合物のフィラーを有する親水性処理液「クリンファーストFA」(商品名:東曹産業株式会社製)を用いて、比較例3のガラスレンズを作製した。親水性処理液の平均粒径は150nmで、表面処理膜の塗布厚さを200nm(膜厚/平均粒径=1.3)とした。
【0053】
また、比較例4の表面処理膜を有したガラスレンズとして、無機材料(水ガラス)のバインダーにシリカ化合物のフィラーを含む平均粒径が150nmの親水性処理液「クリンファーストCMT-2」(商品名:東曹産業株式会社製)を用いて、膜厚が150nmの表面処理膜を有するものを作製した。
【0054】
さらに、有機材料(ウレタン)と無機材料(水ガラス)とを含んだバインダーに、1%のチタニア化合物とシリカ化合物のフィラーを有する親水性処理液「クリンファーストMK-01」(商品名:東曹産業株式会社製)を用いて、比較例5のガラスレンズを作製した。親水性処理液の平均粒径は150nmで、表面処理膜の塗布厚さを200nm(膜厚/平均粒径=1.3)とした。
【0055】
なお、上記各実施例と比較例とにおいて、親水性処理液の粒径は、ベックマン・コールター株式会社製の粒度分布測定装置「Multisizer 4e」(商品名)を用いて測定した。また、表面処理膜の膜厚は、大塚電子株式会社製の「マルチチャンネル分光器MCPD-3000」(商品名)により得られた表面処理膜か形成されたレンズの反射率をシミュレーションすることよって求めた。
【0056】
このように作製した実施例1~実施例5、および、比較例1~比較例5のガラスレンズにおいて、表面処理膜の初期状態の水接触角を、株式会社ニック製のぬれ性評価装置(接触角計)「LSE-B100TW」(商品名)を用いて、水1μLを滴下して10秒後の接触角を測定した。また、初期状態の光学特性として、ヘイズ値を日本電色工業株式会社製のヘーズメータ「NDH 2000」(商品名)を用いて測定した。
【0057】
初期状態の水の接触角とヘイズ値とを測定後、実使用時にレンズ表面に細かい異物が吹き付けられたり、ユーザが表面のほこりをぬぐったりした場合を想定した、摩耗性試験を行った。具体的には、直径0.2mmのナイロン製の長さ20mmの毛が植えられた手洗いブラシ「ナイロンソフト」(商品名:アズワン株式会社製)を用いて、1kgの荷重を加えて100往復させた。
【0058】
摩耗性試験後に、改めて、実施例1~実施例5、比較例1~比較例5の各ガラスレンズについて、初期状態の場合と同様にして表面処理膜の接触角とヘイズ値を測定した。
【0059】
また、バインダーにチタニア化合物を含む実施例4、実施例5、および、比較例5のガラスレンズについては、摩耗性試験後の接触角とヘイズ値との測定の後に、さらに、UV光を照射した。具体的には、アズワン株式会社製のハンディーUVランプ「LUV-16」(商品名)を用いて、8Wの放電管2本から波長365nmの紫外光を5時間照射し、チタニア化合物のいわゆる光触媒作用によって、摩耗性試験によって細かな傷がつけられた表面処理膜が修復されることによる特性値の回復の程度を測定した。
【0060】
実施例1~実施例5,および、比較例1~比較例5について、それぞれの表面処理膜の状態と、水との接触角、および、ヘイズ値についての測定結果を、以下の表1に示す。
【0061】
なお、実施例1~実施例3と同じ親水性処理液を用いて、表面処理膜の厚さが150nmとなるようにした比較例2の表面処理膜は、塗布後の乾燥時にひび割れが多数発生してしまって塗膜として形成できず、水との接触角やヘイズ値の測定は行わなかった。
【0062】
【表1】
【0063】
表1に示すとおり、水ガラスのバインダーに平均粒子径が10nmのシリカ化合物のフィラーを含む親水性処理液により形成され、厚さ50nm、平均粒子径に対する膜厚の比が5の表面処理膜が塗布された、実施例1のガラスレンズでは、初期状態での水との接触角が4°と高い親水性を示し、ヘイズ値も0.5%と極めて良好な光学特性を示した。実施例1のガラスレンズは、摩耗性試験後も接触角が8°と高い親水性を維持し、ヘイズ値も0.6%とわずかに上昇したものの光学特性の大きな変化が生じず、高い耐摩耗性を有していることがわかる。
【0064】
実施例1の親水性処理膜と同じ処理膜で厚さを変化させた場合、表面処理膜の膜厚が20nmの実施例2のガラスレンズ、表面処理膜の膜厚が100nmの実施例3のガラスレンズともに、初期の接触角とヘイズ値は実施例1のガラスレンズと同じ値を示した。
【0065】
摩耗性試験後の値も、接触角10°未満、ヘイズ値1.0%未満の高い特性を有することが確認できた。なお、膜厚が異なる3つの実施例のガラスレンズでの測定結果から、摩耗性試験後の接触角とヘイズ値は、いずれも、膜厚が厚いほどより高い数値となる傾向があることも確認できた。
【0066】
これに対して、膜厚が10nmと薄い比較例1のガラスレンズでは、初期状態の接触角とヘイズ値は、実施例1~実施例3のガラスレンズと同様であるものの、摩耗性試験後は、水の接触角が15°、ヘイズ値が1.2%と、良好な範囲であると想定された、水の接触角10°未満、ヘイズ値1.0%未満を維持できなかった。このとき、表面処理膜の上面を観察すると微細な摺動傷が多数確認された。これは、表面処理膜の膜厚が10nmと薄いために、摩耗性試験によって表面処理膜が剥がれてしまい、ガラスレンズの表面が傷ついたためと考えられる。また、上述したとおり、ガラスレンズの費用面に塗布された親水性処理液の塗布厚さが150nmとなると、乾燥時のひび割れなどによって良好な表面処理膜が形成されない。このため、表面処理膜の好適な膜厚の範囲は、20nmから100nm程度であることがわかった。
【0067】
また、バインダーのフィラーとして、シリカ化合物に5%のチタニア化合物が含まれた親水性処理膜により形成された表面処理膜を有する実施例4のガラスレンズでは、初期の接触角が5°、ヘイズ値が0.7と、フィラーとしてシリカ化合物のみの場合と同様に良好であるが、摩耗性試験後の接触角が12°と大きくなって、親水性が低下することが確認できた。一方で、摩耗性試験後のガラスレンズにUV光を照射することで、接触角が6°とほぼ初期状態に近い値にまで回復することがわかった。これは、チタニア化合物による光触媒作用によって、表面処理膜表面の微細な凹凸が修復されて汚れがとれたことにより表面処理膜の親水性が回復したためと考えられる。
【0068】
親水性処理液のフィラー中のチタニア化合物の割合が15%の実施例5のガラスレンズの場合も、摩耗性試験後の接触角が14°と大きく上昇するが、UV光の照射によって、初期状態の接触角と同じ5°まで回復することが確認された。
【0069】
このように、表面処理膜を形成する親水性処理液のバインダーに、フィラーとしてチタニア化合物が含まれている場合には、初期状態の親水性はフィラーにチタニア化合物が含まれずシリカ化合物のみの場合とほぼ同じレベルが実現でき、表面が摩耗することで接触角が大きくなって親水性が低下するものの、UV光が照射されるとチタニア化合物の光触媒作用によって、親水性が回復することが確認できた。フィラーにチタニア化合物が含まれずシリカ化合物のみの親水性処理液により形成された表面処理膜の場合には、長い時間が経過することで徐々に低下する表面の親水性は回復されないが、チタニア化合物を含むことで、親水性が初期状態に近い状態に回復することが期待できるため、例えば、日光が当たる屋外に設置される監視カメラなどに用いるレンズユニットに採用されるレンズの場合には、親水性処理液のバインダーのフィラーに、チタニア化合物を含ませることが好適である。
【0070】
なお、実際の使用形態において、太陽光の照射を受ける場所に配置されるレンズモジュールでは、表面処理膜の表面に、使用開始直後から継続してUV光が照射されることとなる。このため、表1に示した実験結果のように、表面処理膜が摩耗されて親水性が大きく低下する前に、随時、チタニア化合物による光触媒作用が働いて表面処理膜の状態は良好な状態を維持し続けることが期待できる。したがって、実使用時では、上記実施例4のレンズ、実施例5のレンズともに、水との接触角10°未満の状態が維持されていると考えられる。
【0071】
バインダーに無機材料と有機材料とを含む親水性処理液により形成された表面処理膜を有する比較例3のガラスレンズの場合は、初期状態の親水性やヘイズ値は良好であるものの、摩耗性試験後の接触角が30°、ヘイズ値が2%と、いずれも大きく劣化した。また、表面処理膜に多くの摺動傷が確認できた。このように、親水性処理液のバインダーに無機材料に比べて柔らかい有機材料(ウレタン)が含まれることで、表面処理膜の耐摩耗性が大きく低下することが確認できた。
【0072】
また、表面処理膜を形成する親水性処理液中の粒子径が150nmと大きな比較例4のガラスレンズでは、初期状態の接触角とヘイズ値は良好なレベルとなったが、摩耗性試験後の接触角は20°と大きくなって親水性が失われるとともに、摩耗性試験後のヘイズ値も1.5%と大きくなった。また、表面処理膜の上面に多数の摺動傷が確認された。これは、膜厚との比が1となる大きな粒子によって形成された表面処理膜では、表面がこすられることで一部の粒子のハガレなどが生じることで表面処理膜の形状が変化して、親水性と光学特性とがともに劣化したためと考えられる。
【0073】
バインダーとして無機材料と有機材料とを含み、フィラーとしてシリカ化合物に加えて1%のチタニア化合物を含む親水性処理液により形成された表面処理膜を有する比較例5のガラスレンズでは、初期状態の接触角が6°と比較的大きく、また、ヘイズ値も2%と他の比較例と比べても光学的特性が劣っている。さらに、摩耗性試験後の接触角は20°と大きくなり、UV光を照射しても12°までしか回復していない。さらに、摩耗性試験後の表面に、多数の摺動傷が確認できた。これは、バインダーに有機材料(ウレタン)を含むために、表面処理膜の表面硬度が低い上にチタニア化合物の光触媒作用による表面処理膜の復元作用に限りがあったためと考えられる。
【0074】
以上の測定結果から、本実施形態にかかる表面処理膜としては、バインダーに有機材料を含まずに無機材料のみで構成され、シリカ化合物、または、チタニア化合物、さらにはその両方をフィラーとして含むことで、表面処理膜の形成直後の初期状態と、実使用によって表面処理膜の表面が摩耗した場合との両方において、水との接触角が10°未満という良好な親水性と、ヘイズ値が1.0%未満という良好な光学特性を有することがわかる。
【0075】
また、表面処理膜を形成する親水性処理液における一次粒子の粒子径に対する形成される表面処理膜との膜厚との比、[膜厚/粒子径]の値を2~10の範囲とすることで、表面処理膜によるレンズ表面の良好な保護特性と、高い親水性を得ることができる。
【0076】
さらに、表面処理膜に含まれるフィラーとして、チタニア化合物を含むことで、紫外線が照射された際の光触媒作用によって表面処理膜の水との接触角が回復し、長期間にわたって高い親水性を維持できることが確認できた。
【産業上の利用可能性】
【0077】
本開示のレンズ、レンズの製造方法、および、レンズユニットは、レンズ表面に耐久性の優れた無機材料により構成された表面処理膜が形成されているため、雨や砂粒などが付着する環境で使用されたり、ユーザによるメンテナンス時にレンズ表面のほこりなどを布で除去されたりするような場合でも、高い親水性と光学特性とを長期間維持することができるレンズやレンズユニットを実現することができる。
【符号の説明】
【0078】
10 レンズ光学系
12 (最表層の)レンズ
17 表面処理膜
20 撮像部
21 撮像素子
100 撮像装置
図1