IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 豊田合成株式会社の特許一覧 ▶ 学校法人 名城大学の特許一覧

特許7565028発光素子の製造方法、及び発光素子の水素の抜き出し方法
<>
  • 特許-発光素子の製造方法、及び発光素子の水素の抜き出し方法 図1
  • 特許-発光素子の製造方法、及び発光素子の水素の抜き出し方法 図2
  • 特許-発光素子の製造方法、及び発光素子の水素の抜き出し方法 図3
  • 特許-発光素子の製造方法、及び発光素子の水素の抜き出し方法 図4
  • 特許-発光素子の製造方法、及び発光素子の水素の抜き出し方法 図5
  • 特許-発光素子の製造方法、及び発光素子の水素の抜き出し方法 図6
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-02
(45)【発行日】2024-10-10
(54)【発明の名称】発光素子の製造方法、及び発光素子の水素の抜き出し方法
(51)【国際特許分類】
   H01L 33/32 20100101AFI20241003BHJP
   H01L 21/205 20060101ALI20241003BHJP
【FI】
H01L33/32
H01L21/205
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2021006743
(22)【出願日】2021-01-19
(65)【公開番号】P2022110973
(43)【公開日】2022-07-29
【審査請求日】2023-12-14
(73)【特許権者】
【識別番号】000241463
【氏名又は名称】豊田合成株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】599002043
【氏名又は名称】学校法人 名城大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002583
【氏名又は名称】弁理士法人平田国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】齋藤 義樹
(72)【発明者】
【氏名】坊山 晋也
(72)【発明者】
【氏名】松井 慎一
(72)【発明者】
【氏名】三輪 浩士
(72)【発明者】
【氏名】永田 賢吾
(72)【発明者】
【氏名】竹内 哲也
(72)【発明者】
【氏名】石黒 永孝
【審査官】佐藤 美紗子
(56)【参考文献】
【文献】特開2020-136305(JP,A)
【文献】特開2000-031084(JP,A)
【文献】特開2010-021439(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01L 33/00-33/46
H01S 5/343
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
発光波長が306nm以下である発光層と、Mgをアクセプターとして含むAlGaInNからなるp型層を含む発光素子の製造方法であって、
前記発光層と前記p型層を備えた前記発光素子を形成する工程と、
前記発光素子に、逆方向電圧を印加した状態で、波長が306nm以下の紫外光を外側から照射し、熱処理を施して、前記p型層中の水素を前記発光素子の外に抜き出す工程と、
を含み、
前記p型層中の水素を前記発光素子の外に抜き出す工程を、650℃以上のN雰囲気下、又は500℃以上のN+O雰囲気下で実施する、
発光素子の製造方法。
【請求項2】
前記p型層を構成する前記AlGaInNが、Al組成が80%以上のAlGaNである、
請求項1に記載の発光素子の製造方法。
【請求項3】
前記発光素子が、基板と、前記基板上のn型層と、前記n型層上の前記発光層と、前記発光層上の前記p型層と、前記p型層上のpコンタクト層を有し、
前記pコンタクト層のバンドギャップが、前記基板及び前記基板と前記発光層の間に位置する層よりもバンドギャップが小さく、
前記p型層中の水素を前記発光素子の外に抜き出す工程において、前記基板及び前記基板と前記発光層の間に位置する層のバンドギャップよりも低いエネルギーの前記紫外光を、前記基板側から前記発光素子に照射する、
請求項1又は2に記載の発光素子の製造方法。
【請求項4】
発光波長が306nm以下である発光層と、Mgをアクセプターとして含むAlGaInNからなるp型層を含む発光素子の水素の抜出し方法であって、
前記発光素子に、逆方向電圧を印加した状態で、波長が306nm以下の紫外光を外側から照射し、熱処理を施して、前記p型層中の水素を前記発光素子の外に抜き出す工程を含み、
前記p型層中の水素を前記発光素子の外に抜き出す工程を、650℃以上のN雰囲気下、又は500℃以上のN+O雰囲気下で実施する、
発光素子の水素の抜き出し方法。
【請求項5】
前記p型層を構成する前記AlGaInNが、Al組成が80%以上のAlGaNである、
請求項に記載の発光素子の水素の抜き出し方法。
【請求項6】
前記発光素子が、基板と、前記基板上のn型層と、前記n型層上の前記発光層と、前記発光層上の前記p型層と、前記p型層上のpコンタクト層を有し、
前記pコンタクト層のバンドギャップが、前記基板及び前記基板と前記発光層の間に位置する層よりもバンドギャップが小さく、
前記p型層中の水素を前記発光素子の外に抜き出す工程において、前記基板及び前記基板と前記発光層の間に位置する層のバンドギャップよりも低いエネルギーの前記紫外光を、前記基板側から前記発光素子に照射する、
請求項4又は5に記載の発光素子の水素の抜き出し方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、発光素子の製造方法、及び発光素子の水素の抜き出し方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、p型不純物をドープした窒化物半導体から水素を追い出す技術が知られている(例えば、特許文献1参照)。特許文献1に記載の技術は、p型不純物をドープした窒化物半導体に、その窒化物半導体のバンドギャップエネルギー以上のエネルギーを含む電磁波を照射する工程と、実質的に活性な水素を含まない雰囲気中において、その窒化物半導体を熱処理する工程を含む。
【0003】
特許文献1によれば、p型不純物と結びついて正常なアクセプターとして作用するのを妨げる水素を窒化物半導体層中から追い出すことにより、窒化物半導体を低抵抗化している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開平11-238692号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、窒化物半導体から構成される発光素子においては、p型の窒化物半導体層から追い出された水素が発光層に達すると、発光素子の出力が大幅に(例えば20%以上)低下するという問題がある。
【0006】
特に、短波長の光を発する発光素子においては、自らの発光層が発した光の吸収を抑えるために、バンドギャップの大きい高Al組成の窒化物半導体からなるp型層が用いられるが、この高Al組成の窒化物半導体からなるp型層には、発光層から発せられたエネルギーの高い光が全域に届くために、多くの水素がp型不純物から切り離されて、発光層まで移動し得る状態になる。また、AlNの方がGaNよりも水素をつなぎ止める力が強いため、もしくは耐熱性が高いため、高Al組成の窒化物半導体からなるp型層からは水素を抜き出し難い。
【0007】
本発明の目的は、発光素子の出力を低下させることなく、窒化物半導体からなるp型層から水素を抜き出すことができる発光素子の製造方法、及び発光素子の水素の抜き出し方法であって、p型層が高Al組成の窒化物半導体からなる場合であっても効果的に水素を抜き出すことができる発光素子の製造方法、及び発光素子の水素の抜き出し方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の一態様は、上記目的を達成するために、下記[1]~[4]の発光素子の製造方法、及び[5]~[8]の発光素子の水素の抜き出し方法を提供する。
【0009】
[1]発光波長が306nm以下である発光層と、Mgをアクセプターとして含むAlGaInNからなるp型層を含む発光素子の製造方法であって、前記発光層と前記p型層を備えた前記発光素子を形成する工程と、前記発光素子に、逆方向電圧若しくは前記発光素子の立ち上がり電圧よりも低い順方向電圧を印加した状態、又は電圧を印加しない状態で、波長が306nm以下の紫外光を外側から照射し、熱処理を施して、前記p型層中の水素を前記発光素子の外に抜き出す工程と、を含み、前記p型層中の水素を前記発光素子の外に抜き出す工程を、650℃以上のN雰囲気下、又は500℃以上のN+O雰囲気下で実施する、発光素子の製造方法。
[2]前記p型層中の水素を前記発光素子の外に抜き出す工程において、前記発光素子に逆方向電圧を印加する、上記[1]に記載の発光素子の製造方法。
[3]前記p型層を構成する前記AlGaInNが、Al組成が80%以上のAlGaNである、上記[1]又は[2]に記載の発光素子の製造方法。
[4]前記発光素子が、基板と、前記基板上のn型層と、前記n型層上の前記発光層と、前記発光層上の前記p型層と、前記p型層上のpコンタクト層を有し、前記pコンタクト層のバンドギャップが、前記基板及び前記基板と前記発光層の間に位置する層よりもバンドギャップが小さく、前記p型層中の水素を前記発光素子の外に抜き出す工程において、前記基板及び前記基板と前記発光層の間に位置する層のバンドギャップよりも低いエネルギーの前記紫外光を、前記基板側から前記発光素子に照射する、上記[1]~[3]のいずれか1項に記載の発光素子の製造方法。
[5]発光波長が306nm以下である発光層と、Mgをアクセプターとして含むAlGaInNからなるp型層を含む発光素子の水素の抜出し方法であって、前記発光素子に、逆方向電圧若しくは前記発光素子の立ち上がり電圧よりも低い順方向電圧を印加した状態、又は電圧を印加しない状態で、波長が306nm以下の紫外光を外側から照射し、熱処理を施して、前記p型層中の水素を前記発光素子の外に抜き出す工程を含み、前記p型層中の水素を前記発光素子の外に抜き出す工程を、650℃以上のN雰囲気下、又は500℃以上のN+O雰囲気下で実施する、発光素子の水素の抜き出し方法。
[6]前記p型層中の水素を前記発光素子の外に抜き出す工程において、前記発光素子に逆方向電圧を印加する、上記[5]に記載の発光素子の水素の抜き出し方法。
[7]前記p型層を構成する前記AlGaInNが、Al組成が80%以上のAlGaNである、上記[5]又は[6]に記載の発光素子の水素の抜き出し方法。
[8]前記発光素子が、基板と、前記基板上のn型層と、前記n型層上の前記発光層と、前記発光層上の前記p型層と、前記p型層上のpコンタクト層を有し、前記pコンタクト層のバンドギャップが、前記基板及び前記基板と前記発光層の間に位置する層よりもバンドギャップが小さく、前記p型層中の水素を前記発光素子の外に抜き出す工程において、前記基板及び前記基板と前記発光層の間に位置する層のバンドギャップよりも低いエネルギーの前記紫外光を、前記基板側から前記発光素子に照射する、[5]~[7]のいずれか1項に記載の発光素子の水素の抜き出し方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、発光素子の出力を低下させることなく、窒化物半導体からなるp型層から水素を抜き出すことができる発光素子の製造方法、及び発光素子の水素の抜き出し方法であって、p型層が高Al組成の窒化物半導体からなる場合であっても効果的に水素を抜き出すことができる発光素子の製造方法、及び発光素子の水素の抜き出し方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1図1は、本発明の実施の形態に係る発光素子の垂直断面図である。
図2図2は、発光波長が280nmの発光素子と発光波長が340nmの発光素子のエージング前後の発光スペクトルを示すグラフである。
図3図3(a)、(b)は、発光素子のエージング前後のAl、Mg、Si、HのSIMSプロファイルを示すグラフである。
図4図4は、発光素子のホール供給層、電子ブロック層、発光層~n型コンタクト層のそれぞれにおける、図3(b)のSIMSプロファイルから読み取られるHの濃度を示す棒グラフである。
図5図5は、製造直後の状態、熱処理を実施した後の状態、及び熱処理と紫外光照射を実施した後の状態の発光素子のAl、Mg、Si、HのSIMSプロファイルを示すグラフである。
図6図6は、発光素子のホール供給層、電子ブロック層、発光層~n型コンタクト層のそれぞれにおける、図5のSIMSプロファイルから読み取られるHの濃度を示す棒グラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
(発光素子の構成)
図1は、本発明の実施の形態に係る発光素子1の垂直断面図である。発光素子1は、フリップチップ実装型の発光ダイオード(LED)である。
【0013】
発光素子1は、基板10と、基板10上のバッファ層11と、バッファ層11上のn型コンタクト層12と、n型コンタクト層12上の発光層13と、発光層13上の電子ブロック層14と、電子ブロック層14上のホール供給層15と、ホール供給層15上のp型コンタクト層16と、p型コンタクト層16に接続されたp電極17と、n型コンタクト層12に接続されたn電極18と、を備える。
【0014】
なお、発光素子1の構成における「上」とは、図1に示されるような向きに発光素子1を置いたときの「上」であり、基板10からp電極17に向かう方向を意味するものとする。
【0015】
基板10は、サファイアからなる成長基板である。基板10の厚さは、例えば、400~1000μmである。基板10の材料として、サファイア以外にも、AlN、Si、SiC、ZnOなどを用いることができる。
【0016】
バッファ層11は、例えば、核層、低温バッファ層、高温バッファ層の3層を順に積層した構造を有する。核層は、低温で成長させたノンドープのAlNからなり、結晶成長の核となる層である。核層の厚さは、例えば、10nmである。低温バッファ層は、核層よりも高温で成長させたノンドープのAlNからなる層である。低温バッファ層の厚さは、例えば、0.3μmである。高温バッファ層は、低温バッファ層よりも高温で成長させたノンドープのAlNからなる層である。高温バッファ層の厚さは、例えば、2.7μmである。このようなバッファ層11を設けることで、AlNの貫通転位の密度低減とクラック防止を図っている。
【0017】
n型コンタクト層12は、Siなどのドナーを含むn型のAlGaInN、典型的にはAlGaNからなる。発光層13から発せられる光のn型コンタクト層12による吸収を抑えるためには、n型コンタクト層12のバンドギャップが発光層13のバンドギャップ(MQW構造を有する場合は井戸層のバンドギャップ)よりも高いことが好ましい。例えば、n型コンタクト層12と発光層13がAlGaNからなる場合は、n型コンタクト層12のAl組成が発光層13のAl組成(MQW構造を有する場合は井戸層のAl組成)よりも高いことが好ましく、例えば、50%以上、75%以下の範囲内にあることが好ましい。この場合、理想的には、n型コンタクト層12は、AlGa1-xN(0.5≦x≦0.75)で表される組成を有する。なお、上記のAl組成のパーセンテージは、Gaの含有量とAlの含有量の合計値に対するAlの含有量の割合である。
【0018】
ここで、AlGaInNはIII族元素であるAl、Ga、又はInとNとの化合物である窒化物半導体であり、AlGaInNにおいては、Al組成が高いほどバンドギャップが大きく、In組成が高いほどバンドギャップが小さくなる傾向にある。
【0019】
発光層13はAlGaInNからなり、好ましくは多重量子井戸(MQW)構造を有する。発光層13の発光波長は306nm以下であり、発光層13の組成(MQW構造を有する場合は井戸層の組成)は、306nm以下の所望の発光波長に応じて設定される。例えば、発光層13がAlGaNからなり、発光波長が270~290nmである場合には、Al組成がおよそ35~50%に設定される。
【0020】
例えば、発光層13は、井戸層が2層のMQW構造、すなわち、第1障壁層、第1井戸層、第2障壁層、第2井戸層、第3障壁層の順に積層された構造を有する。第1井戸層及び第2井戸層は、n型のAlGaNからなる。第1障壁層、第2障壁層、及び第3障壁層は、第1井戸層及び第2井戸層よりもAl組成の高いn型のAlGaN(Al組成が100%のもの、すなわちAlNを含む)からなる。
【0021】
一例としては、第1井戸層及び第2井戸層のAl組成、厚さ、ドーパントとしてのSiの濃度は、それぞれ40%、2.4nm、9×1018cm-3である。また、第1障壁層及び第2障壁層のAl組成、厚さ、ドーパントとしてのSiの濃度は、それぞれ55%、19nm、9×1018cm-3である。また、第3障壁層のAl組成、厚さ、ドーパントとしてのSiの濃度は、55%、4nm、5×1018cm-3である。
【0022】
電子ブロック層14は、p型コンタクト層16側への電子の拡散を抑制するための層であり、Mgをアクセプターとして含むp型のAlGaInNからなる。電子ブロック層14のMg濃度は、例えば、1×1018~5×1020cm-3である。
【0023】
また、発光層13から発せられる光の電子ブロック層14による吸収を抑えるため、電子ブロック層14のバンドギャップが発光層13のバンドギャップ(MQW構造を有する場合は井戸層のバンドギャップ)よりも高いことが好ましい。例えば、電子ブロック層14と発光層13がAlGaNからなる場合は、
電子ブロック層14のAl組成が発光層13のAl組成(MQW構造を有する場合は井戸層のAl組成)よりも高いことが好ましく、典型的には、80%以上(100%を含む)のAl組成を有する。電子ブロック層14の厚さは、例えば、1~50nmである。
【0024】
ホール供給層15は、Mgをアクセプターとして含むp型のAlGaInNからなる。ホール供給層15のMg濃度は、例えば、1×1018~1×1021cm-3である。また、ホール供給層15は、典型的には、発光層13より高く、電子ブロック層14より低いAl組成を有するAlGaNからなる。ホール供給層15の厚さは、例えば、10~100nmである。
【0025】
p型コンタクト層16は、Mgをアクセプターとして含むp型のAlGaInNからなる。p型コンタクト層16は、p電極17とのコンタクト性を高めるため、Al組成の低いAlGaInN(GaInN、GaN含む)を材料に用いる場合がある。p型コンタクト層16のMg濃度は、例えば、1×1019~5×1021cm-3である。p型コンタクト層16の厚さは、例えば、5~30nmである。
【0026】
p電極17は、p型コンタクト層16とオーミック接触することのできるITO、IZO、ZnO、Al、Rh、Agなどの材料からなる。また、n電極18は、n型コンタクト層12とオーミック接触することのできるTi/Al、V/Alなどの材料からなる。
【0027】
(p型層中の水素が引き起こす問題)
p型層である電子ブロック層14、ホール供給層15、p型コンタクト層16は、成膜直後の状態では、AlGaInN中の窒素とアクセプターであるMgと原料ガスなどに含まれる水素が結合してMg-N-H結合が形成されている。Mg-N-H結合に含まれるMgは、アクセプターとしての機能が妨げられるため、Mg-N-H結合の形成は、p型層の電気抵抗を増加させて、発光素子1の初期順方向電圧(V)を増加させる。
【0028】
また、この成膜直後の状態で発光素子1を動作させた場合、発光層13の発する306nm以下の波長の光が、N-H結合の結合エネルギーである4.1eV以上のエネルギーを有するため、Mg-N-H結合におけるN-Hの結合を切り、発光層13へ移動し得る自由な状態の水素が発生する。そして、発光素子1の動作のために印加される立ち上がり電圧以上の大きさの順方向電圧により、Nとの結合の切れた水素がn電極18側へ引きつけられて、発光層13を通過することにより点欠陥が生じ、発光素子1の出力低下を引き起こす。また、発光層13が発する光をp型層が吸収することにより生じる熱も、N-H結合の切断や結合の切れた水素の移動を促す。
【0029】
特に、高Al組成のAlGaInNからなるp型層は、以下に示すような理由により、発光層13へ移動し得る自由な水素が多く発生しやすく、また、熱処理などによる水素の抜出しが難しい。
【0030】
高Al組成のAlGaInNからなるp型層は、バンドギャップが大きいために発光層13から発せられた光を吸収し難い。このため、p型層の全域に光が届き、p型層の全域のMg-N-H結合におけるN-H結合を切られるため、発光層13へ移動し得る自由な水素が特に多くなる。また、Alの方がGaよりもHをつなぎ止める力が強いため、高Al組成のAlGaInNからなるp型層からは水素を抜き出し難い。水素を抜き出すための熱処理の温度を上げれば、より効果的に水素を抜き出すことができるが、実際には発光素子1への熱によるダメージを抑えるために熱処理の温度の上限が設定されるため、Al組成が高いAlGaInNには水素が残留しやすい。
【0031】
本実施の形態に係る発光素子1においては、電子ブロック層14、ホール供給層15、及びp型コンタクト層16がp型層に該当し、その中で電子ブロック層14のAl組成が最も高い。例えば、電子ブロック層14が、Al組成が80%以上のAlGaNからなる場合は、p型層から水素を抜き出すことが特に困難であるため、本発明の水素を抜き出す方法が特に効果的である。
【0032】
(発光素子の製造方法)
以下に、本発明の実施の形態に係る発光素子1の製造方法の一例について説明する。気相成長法による発光素子1の各層の形成においては、Ga原料ガス、Al原料ガス、N原料ガスとしては、例えば、それぞれトリメチルガリウム、トリメチルアルミニウム、アンモニアを用いる。また、n型ドーパントであるSiの原料ガス、p型ドーパントであるMgの原料ガスとしては、例えば、それぞれシランガス、ビス(シクロペンタジエニル)マグネシウムガスを用いる。また、キャリアガスとしては、例えば、水素ガスや窒素ガスを用いる。
【0033】
まず、基板10を用意し、その上にバッファ層11を形成する。バッファ層11の形成においては、まず、MOVPE法によってAlNからなる核層を形成する。成長温度は、例えば、880℃である。核層はスパッタ法で形成してもよい。次に、核層上に、MOVPE法によってAlNからなる低温バッファ層、高温バッファ層を順に形成する。低温バッファ層の成長条件は、例えば、成長温度が1090℃、成長圧力が50mbarである。また、高温バッファ層の成長条件は、例えば、成長温度が1270℃、成長圧力が50mbarである。
【0034】
次に、バッファ層11上に、MOVPE法によってSiを含むAlGaNからなるn型コンタクト層12を形成する。n型コンタクト層12の成長条件は、例えば、成長温度が980℃、成長圧力が50~100mbarである。
【0035】
次に、n型コンタクト層12上に、MOVPE法によって発光層13を形成する。発光層13の形成は、第1障壁層、第1井戸層、第2障壁層、第2井戸層、第3障壁層の順に積層して行う。発光層13の成長条件は、例えば、成長温度が975℃、成長圧力が400mbarである。
【0036】
次に、発光層13上に、MOVPE法によって電子ブロック層14を形成する。電子ブロック層14の成長条件は、例えば、成長温度が975℃、成長圧力が400mbarである。
【0037】
次に、電子ブロック層14上に、MOVPE法によってホール供給層15を形成する。ホール供給層15の成長条件は、例えば、成長温度が1000~1100℃、成長圧力が50mbarである。
【0038】
次に、ホール供給層15上に、MOVPE法によってp型コンタクト層16を形成する。p型コンタクト層16の成長条件は、例えば、成長温度が980℃、成長圧力が50mbarである。
【0039】
次に、p型コンタクト層16表面の所定領域をドライエッチングし、n型コンタクト層12に達する深さの溝を形成する。
【0040】
次に、p型コンタクト層16上にp電極17、溝の底面に露出するn型コンタクト層12上にn電極18を形成する。p電極17及びn電極18は、スパッタや蒸着などによって形成する。
【0041】
次に、以下に示す方法により、p型層である電子ブロック層14、ホール供給層15、p型コンタクト層16に含まれる水素を発光素子1の外に抜き出す。
【0042】
発光素子1のp電極17とn電極18の間に、逆方向電圧若しくは発光素子1の立ち上がり電圧(例えば2V)よりも低い順方向電圧を印加した状態、又は電圧を印加しない状態で、波長が306nm以下の紫外光を外側から照射し、熱処理を施して、p型層である電子ブロック層14、ホール供給層15、p型コンタクト層16中の水素を発光素子1の外に抜き出す。
【0043】
逆方向電圧若しくは発光素子1の立ち上がり電圧よりも低い順方向電圧を印加した状態、又は電圧を印加しない状態で水素の抜出しを行うのは、発光素子1の立ち上がり電圧以上の電圧を印加すると、Mg-N-H結合におけるNとの結合が切れた水素がn電極18側に引き寄せられて発光層13へ向かってしまうためである。ここで、逆方向電圧を印加することにより、Nとの結合が切れた水素をp電極17側へ引きつけ、より確実に発光層13を通過させずに抜き出すことができる。
【0044】
また、波長が306nm以下の紫外光を照射するのは、N-H結合の結合エネルギーである4.1eV以上のエネルギーの光を照射してMg-N-H結合におけるN-H結合を切るためである。また、紫外光がp型層に達する前に他の層に吸収されてしまうと効果的に水素を抜き出すことができないため、紫外光がp型層に達するまでに通過する層に吸収されないような帯域の波長を有することが好ましい。
【0045】
例えば、上述のように、p型コンタクト層16は、p電極17とのコンタクト性を高めるため、Al組成の低いAlGaN(GaN含む)を材料に用いる場合がある。その場合、通常、基板10及び基板10と発光層13の間に位置する層(バッファ層11及びn型コンタクト層12)よりもバンドギャップが小さくなるため、p型コンタクト層16による紫外光の吸収を避けるため、基板10側から紫外光を照射することが好ましい。また、この場合、基板10及び基板10と発光層13の間に位置する層による吸収を抑えるため、基板10及び基板10と発光層13の間に位置する層のバンドギャップよりも低いエネルギーの紫外光を照射する。
【0046】
また、熱処理は、Mg-N-H結合におけるN-H結合の切断や、Nとの結合が切れた水素のp型層からの移動を促すために実施される。水素を抜き出す工程を650℃以上のN雰囲気下、又は500℃以上のN+O雰囲気下で実施するのは、p型層に電子ブロック層14のようなAl組成が80%以上のAlGaNからなる層が含まれている場合であっても、効果的に水素を抜き出すためである。水素を抜き出す工程を、水素を含まないN雰囲気下で実施することにより、効果的に水素を抜き出すことができ、特に、650℃以上のN雰囲気下で実施することにより、より効果的に水素を抜き出すことができる。また、雰囲気に酸素が含まれていると、結晶表面(p型コンタクト層16の表面)の界面エネルギーが低下して、水素を抜き出しやすくなる。このためN+O雰囲気下で水素を抜き出す工程を実施する場合は、500℃以上の温度条件下で、より効果的に水素を抜き出すことができる。
【0047】
なお、本発明のp型層から水素を抜き出す方法を適用できる発光素子は、本実施の形態に係る発光素子1に限定されず、他の構成を有する発光素子にも適用することができる。すなわち、本発明によれば、波長が306nm以下の光を発する発光層と、Mgをアクセプターとして含むAlGaInNからなるp型層を含む発光素子の製造方法であって、前記発光層と前記p型層を備えた発光素子を形成する工程と、前記発光素子に、逆方向電圧若しくは前記発光素子の立ち上がり電圧よりも低い順方向電圧を印加した状態、又は電圧を印加しない状態で、波長が306nm以下の紫外光を外側から照射し、熱処理を施して、前記p型層中の水素を前記発光素子の外に抜き出す工程と、を含み、前記p型層中のHを前記発光素子の外に抜き出す工程を、650℃以上のN雰囲気下、又は500℃以上のN+O雰囲気下で実施する、発光素子の製造方法を提供することができる。
【0048】
また、本発明のp型層から水素を抜き出す方法は、製造工程の一部としてではなく、製造済みの発光素子に対して独立して実施することができる。すなわち、本発明によれば、発光波長が306nm以下である発光層と、Mgをアクセプターとして含むAlGaInNからなるp型層を含む発光素子の水素の抜出し方法であって、前記発光素子に、逆方向電圧若しくは前記発光素子の立ち上がり電圧よりも低い順方向電圧を印加した状態、又は電圧を印加しない状態で、波長が306nm以下の紫外光を外側から照射し、熱処理を施して、前記p型層中の水素を前記発光素子の外に抜き出す工程を含み、前記p型層中の水素を前記発光素子の外に抜き出す工程を、650℃以上のN雰囲気下、又は500℃以上のN+O雰囲気下で実施する、発光素子の水素の抜き出し方法を提供することができる。
【0049】
(実施の形態の効果)
上記の本発明の実施の形態によれば、窒化物半導体からなるp型層から発光層を通さずに水素を抜き出すことにより、発光素子の出力の低下を防ぐことができる。また、p型層が高Al組成の窒化物半導体からなる場合であっても効果的に水素を抜き出すことができる。
【実施例
【0050】
以下、N-Hの結合エネルギーである4.1eV以上のエネルギーを有する306nm以下の波長の光を発する発光素子1における、p型層中の水素が発光素子の出力に及ぼす影響の検証結果を示す。以下の表1に、本検証に用いた発光素子1の構成を示す。
【0051】
【表1】
【0052】
表1の構成を有する本実施例に係る発光素子1は、UVC波長域に含まれる280nmの発光波長を有する。また、本実施例では、比較例として、UVA波長域に含まれる340nmの発光波長を有する発光素子(発光素子Aとする)を用いた。
【0053】
図2は、発光波長が280nmの発光素子1と発光波長が340nmの発光素子Aのエージング(100時間の9Vの順方向電圧の印加)前後の発光スペクトルを示すグラフである。
【0054】
図2中の「UVC」は、発光素子1の発光スペクトルを示し、「UVA」は、発光素子Aの発光スペクトルを示す。また、それぞれの点線で表されるスペクトルはエージング前に測定されたスペクトルであり、実線で表されるスペクトルはエージング後に測定されたスペクトルである。
【0055】
図2によれば、発光素子Aの発光スペクトルの強度がエージングの前後でほとんど変化していない。これは、発光素子Aの発光波長が340nmであり、そのエネルギーがN-Hの結合エネルギーである4.1eVよりも低いため、Mg-N-H結合におけるN-Hの結合が切れず、発光層まで移動する水素がほとんど存在しなかったことによると考えられる。
【0056】
一方、図2によれば、発光素子1の発光スペクトルの強度はエージング後に低下している。これは、発光素子1の発光波長が280nmであり、そのエネルギーがN-Hの結合エネルギーである4.1eVよりも高いため、Mg-N-H結合におけるN-Hの結合が切れて、結合が切れた水素が発光素子1に印加された順方向電圧などにより発光層13にまで移動したことによると考えられる。
【0057】
図3(a)は、発光素子Aのエージング前後のAl、Mg、Si、Hの二次イオン質量分析法(SIMS)プロファイルを示すグラフである。また、図3(b)は、発光素子1のエージング前後のAl、Mg、Si、HのSIMSプロファイルを示すグラフである。
【0058】
図3(a)、(b)のそれぞれの元素の点線で表されるプロファイルはエージング前に測定されたプロファイルであり、実線で表されるプロファイルはエージング後に測定されたプロファイルである。
【0059】
図3(b)の「12」、「13」、「14」、「15」で示される範囲は、それぞれn型コンタクト層12、発光層13、電子ブロック層14、ホール供給層15に相当する範囲であり、これらはAl、Si、Mgの濃度の変化により確認することができる。図3(a)の「12」、「13」、「14」、「15」は、それぞれn型コンタクト層12に対応するAl組成20~30%のAlGaN層、発光層13に対応する、Al組成7.5%のAlGaN層を井戸層とするMQW構造、電子ブロック層14に対応するAl組成50%のAlGaN層、ホール供給層15に対応するAl組成20~30%のAlGaN層に相当する範囲である。
【0060】
図3(a)によれば、エージングの前後でHの濃度にほとんど変化がない。このことは、発光素子Aの発光に起因する水素の移動がほとんど生じていないことを意味している。これは、発光素子Aの発する光ではp型層中のMg-N-H結合におけるN-H結合が切れず、p型層から水素が移動できなかったことによると考えられる。
【0061】
一方、図3(b)によれば、エージング後にp型層である電子ブロック層14のH濃度が低下し、n型コンタクト層12のH濃度が増加している。このことは、発光素子1の発光に起因して電子ブロック層14中の水素が発光層13を通ってn型コンタクト層12側に移動したことを意味している。これは、発光素子1の発する光で電子ブロック層14中のMg-N-H結合におけるN-Hの結合が切れて、結合が切れた水素が発光素子1に印加された順方向電圧などによりn電極18に向かって移動したことによると考えられる。
【0062】
図4は、発光素子1のホール供給層15、電子ブロック層14、発光層13~n型コンタクト層12のそれぞれにおける、図3(b)のSIMSプロファイルから読み取られるHの濃度(cm-2)を示す棒グラフである。図4に示される「a」はエージング前の濃度であり、「b」はエージング後の濃度である。
【0063】
次に、N-Hの結合エネルギーである4.1eV以上のエネルギーを有する306nm以下の波長の光を発する発光素子1における、本発明に係るp型層から水素を抜き出す方法の効果の検証結果を示す。以下の表2に、本検証に用いた発光素子1の構成を示す。なお、本検証においては、個片化前のウェハ状態の発光素子1を用いた。
【0064】
【表2】
【0065】
図5は、製造直後の状態、大気雰囲気下での550℃の熱処理を実施した後の状態、及び大気雰囲気下での550℃の熱処理とピーク波長が280nmの紫外光照射を実施した後の状態の発光素子1のAl、Mg、Si、HのSIMSプロファイルを示すグラフである。
【0066】
図5のそれぞれの元素の一点鎖線で表されるプロファイルは製造直後に測定されたプロファイルであり、点線で表されるプロファイルは熱処理を実施した後に測定されたプロファイルであり、実線で表されるプロファイルは熱処理と紫外光照射を実施した後に測定されたプロファイルである。なお、上記の熱処理と紫外光の照射は、発光素子1に電圧を印加しない状態で実施した。
【0067】
図5の「12」、「13」、「14」、「15」で示される範囲は、それぞれn型コンタクト層12、発光層13、電子ブロック層14、ホール供給層15に相当する範囲であり、これらはAl、Si、Mgの濃度の変化により確認することができる。
【0068】
図5によれば、熱処理を実施した後にp型層である電子ブロック層14とホール供給層15のH濃度が低下し、熱処理と紫外光照射を実施した後ではさらに低下している。また、発光層13やn型コンタクト層12におけるH濃度の増加は見られない。これは、熱処理を実施することによりp型層のMg-N-H結合におけるN-H結合が切れて、Nとの結合が切れた水素が発光層13を通らずにp電極17側へ移動して抜き出されたこと、また、熱処理と紫外光の照射を併用することにより、より効果的に水素が抜き出されたことによると考えられる。
【0069】
なお、熱処理のみを実施した後のH濃度と、熱処理と紫外光照射を実施した後のH濃度の差が大きくないのは、図5に係るSIMSプロファイルの測定に用いた装置の都合上、十分な光量の紫外光を照射することができなかったことによるものであり、十分な光量の紫外光を照射すれば、p型層のH濃度をより大きく低減させることができる。また、上述のように、水素を抜き出す工程を大気雰囲気下で行っているが、650℃以上のN雰囲気下、又は500℃以上のN+O雰囲気下で実施する場合には、熱処理のみを実施する場合、熱処理と紫外光照射を実施する場合のいずれにおいても、p型層のH濃度をより大きく低減させることができる。
【0070】
図6は、発光素子1のホール供給層15、電子ブロック層14、発光層13~n型コンタクト層12のそれぞれにおける、図5のSIMSプロファイルから読み取られるHの濃度(cm-2)を示す棒グラフである。
【0071】
図6に示される「c」は製造直後の濃度であり、「d」は大気雰囲気下での550℃の熱処理を実施した後の濃度であり、「e」は大気雰囲気下での550℃の熱処理とピーク波長が280nmの紫外光照射を実施した後の濃度である。
【0072】
以上、本発明の実施の形態及び実施例について説明したが、本発明は、上記実施の形態及び実施例に限定されず、発明の主旨を逸脱しない範囲内において種々変形実施が可能である。また、発明の主旨を逸脱しない範囲内において上記実施の形態及び実施例の構成要素を任意に組み合わせることができる。
【0073】
また、上記に記載した実施の形態及び実施例は特許請求の範囲に係る発明を限定するものではない。また、実施の形態及び実施例の中で説明した特徴の組合せの全てが発明の課題を解決するための手段に必須であるとは限らない点に留意すべきである。
【符号の説明】
【0074】
1 発光素子
10 基板
11 バッファ層
12 n型コンタクト層
13 発光層
14 電子ブロック層
15 ホール供給層
16 p型コンタクト層
17 p電極
18 n電極
図1
図2
図3
図4
図5
図6