(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-02
(45)【発行日】2024-10-10
(54)【発明の名称】軟骨組織の再生を促進するための組成物
(51)【国際特許分類】
A61K 38/17 20060101AFI20241003BHJP
A61P 19/00 20060101ALI20241003BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20241003BHJP
G01N 33/53 20060101ALI20241003BHJP
A61K 38/22 20060101ALN20241003BHJP
A61K 35/28 20150101ALN20241003BHJP
【FI】
A61K38/17
A61P19/00
A61P43/00 107
G01N33/53 D
A61K38/22
A61K35/28
(21)【出願番号】P 2021509301
(86)(22)【出願日】2020-03-19
(86)【国際出願番号】 JP2020012229
(87)【国際公開番号】W WO2020196233
(87)【国際公開日】2020-10-01
【審査請求日】2023-03-08
(31)【優先権主張番号】P 2019059418
(32)【優先日】2019-03-26
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504179255
【氏名又は名称】国立大学法人 東京医科歯科大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001047
【氏名又は名称】弁理士法人セントクレスト国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】辻 邦和
(72)【発明者】
【氏名】尾島 美代子
(72)【発明者】
【氏名】宗田 大
(72)【発明者】
【氏名】古賀 英之
(72)【発明者】
【氏名】関矢 一郎
【審査官】濱田 光浩
(56)【参考文献】
【文献】特表2010-501547(JP,A)
【文献】OTA, Fumie et al.,Activin A Induces Cell Proliferation of Fibroblast-Like Synoviocytes in Rheumatoid Arthritis,ARTHRITIS & RHEUMATISM,2003年,Vol. 48, No. 9, 2003,p. 2442-2449
【文献】WENTING, Liao et al.,HDAC10 upregulation contributes to interleukin 1β‐mediated inflammatory activation of synovium‐derived mesenchymal stem cells in temporomandibular joint,Journal of Cell Physiology,2018年12月04日,2019, Vol. 234,p. 12646-12662,https://doi.org/10.1002/jcp.27873
【文献】加藤幸夫,関節症における滑膜線維芽細胞(間葉系幹細胞)の活性化および高分子ヒアルロン酸療法,日本結合組織学会学術大会抄録集,2007年,Vol.39,p. 46
【文献】ZOU, Lixue et al.,Correlation of concentrations of activin A with occurrence and severity of knee osteoarthritis,Journal of Musculoskeletal and Neuronal Interactions,2018年,Vol. 18, No. 3, p. 320-322
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 38/17
A61K 38/22
A61P 19/00
A61P 43/00
A61K 35/28
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アクチビンのみを有効成分とする、軟骨組織の再生を促進するための組成物。
【請求項2】
軟骨障害を治療又は予防するための組成物である、請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
前記軟骨障害が、半月板の損傷又は欠損によるものである、請求項2に記載の組成物。
【請求項4】
前記軟骨障害が、関節軟骨の欠損又は退行変性によるものである、請求項2に記載の組成物。
【請求項5】
アクチビンのみを有効成分とする、半月板損傷又は軟骨障害を治療及び/又は予防するための医薬組成物。
【請求項6】
前記半月版損傷が、半月板断裂、半月板変性、温存適応の半月板変性、半月板欠損、事故若しくはスポーツ外傷に伴う半月板損傷、又は、加齢に伴う半月板損傷である、請求項5に記載の医薬組成物。
【請求項7】
前記軟骨障害が、軟骨欠損、軟骨損傷、軟骨変性、軟骨摩耗、軟骨消失、軟骨分解、軟骨変形、関節軟骨の欠損、関節軟骨の退行変性、変形性関節症、変性性膝関節症、変性性股関節症、変形性肩関節症、外傷性軟骨損傷、外傷性軟骨欠損症、靭帯損傷合併症、離断性骨軟骨炎、無腐性骨壊死、又は、椎間板損傷である、請求項5又は6に記載の医薬組成物。
【請求項8】
半月板縫合術又は半月板修復術の術前、術中、及び/又は、術後に投与するための、請求項5~7のいずれか1項に記載の医薬組成物。
【請求項9】
前記アクチビンがアクチビンAである、請求項5~8のいずれか1項に記載の医薬組成物。
【請求項10】
関節における軟骨障害の予後を予測する方法であって、
対象の急性炎症期における関節内のアクチビンの濃度を測定する工程と、
前記工程にて得られた濃度が参照値より高ければ、前記対象における軟骨障害の予後は良好であると予測する工程とを、含む方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アクチビンを有効成分とする、軟骨組織の再生を促進するための組成物、間葉系幹細胞の増殖を促進するための組成物、及び半月板損傷又は軟骨障害を治療又は予防するための組成物に関する。また、本発明は、アクチビンを用いた半月板損傷又は軟骨障害を治療又は予防する方法、関節内のアクチビン量を指標とした、関節における軟骨障害の予後予測方法に関する。
【背景技術】
【0002】
軟骨組織は、細胞外基質と、その中に点在する軟骨細胞とからなる結合組織であり、その機能は、衝撃を緩和し、関節をほぼ無摩擦にて運動させること等にある。また、この組織は、軟骨膜によって包まれており、血管は該組織中には侵入することができないため、血管が存在する他の組織に比べ、再生に有用な生理活性物質等の提供を受け難いこともあり、再生能は極めて乏しいことが知られている。そのため、加齢、肥満、激しい運動、外傷、病気等により、関節の軟骨が障害を負っても、その障害部は十分には修復されることなく、関節痛や関節機能の喪失(例えば、軟骨変性、半月板損傷、靭帯の障害)等を伴う、変形性関節症(OA)といった疾患に発展することとなる。
【0003】
OA等の軟骨障害の治療戦略は、消炎鎮痛剤を用いた症状の管理、プログラムされた運動による関節作動性及び安定性の改善、体重管理等に基づく。しかしながら、このような治療では、関節軟骨の回復を期待することができず、大概の患者は、病状の悪化から免れることはできない。
【0004】
そのため、新しい治療方法を開発すべく、軟骨代謝分野において鋭意研究が進められ、その進展により、関節炎が生じている関節における構造的疾患修飾において役割を果たす新規薬剤標的(DMOADs:Disease Modifying OA Drugs)を見出すに至っている。
【0005】
例えば、FGF18は、ラット半月板損傷モデルにおいて、それを関節内に投与することにより、脛骨高原における関節軟骨の変性抑制と軟骨の厚みを増加させることが示されている(非特許文献1)。さらに、リコンビナントFGF18タンパク質(rhFGF18、商品名:Sprifermin)は、米国においてFirst-in-human試験が既に開始され、Spriferminの関節内注射により関節軟骨の退行変性抑制、軟骨の厚みの増加、関節疼痛の低減効果が確認されている(非特許文献2~4)。しかしながら、FGF18は、もともと骨形成に対して促進的に機能することが示されており(非特許文献5~7)、関節内にリコンビナントタンパクを注射した場合に骨棘の形成等、内軟骨骨化の危険性の増大が懸念される。
【0006】
また、関節軟骨障害の新規治療方法に関し、別の観点から、自家の間葉系幹細胞(MSC)を、インビトロにて拡張培養し、その患者の膝関節に戻し移植するという、OA患者のための再生医療が、本発明者らによって近年開発されている。具体的には、本発明者らは、滑膜に多能性のMSCが含まれており、骨髄、骨格筋、膝蓋下脂肪体(IFP)といった他の組織に存在するそれらと比較して、軟骨細胞への高い分化能を有していることを報告している(非特許文献8~10)。
【0007】
一方、in vitroの研究において、アクチビンAに対するsiRNAで軟骨分化が抑制されること(非特許文献11)、アクチビン-BMP2キメラリガンドの投与により軟骨分化促進が観察されること(非特許文献12)、アクチビン-BMP2キメラリガンド(AB235)が軟骨様組織の形成を促進すること(非特許文献13)、アクチビンの投与によりプロテオグリカンの発現が促進されること(非特許文献14)、アクチビンが関節リウマチ由来の滑膜細胞(間葉系細胞)の増殖を促進すること(非特許文献15)等により、アクチビンと未分化間葉系細胞の増殖や、in vivoにおける内軟骨性骨化のプロセス促進との関係が報告されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0008】
【文献】Moore EE.ら、Osteoarthritis Cartilage、2005年、13巻、7号、623~631ページ
【文献】Dahlberg LE.ら、Clin Exp Rheumatol、2016年、34巻、3号、445~450ページ
【文献】Lohmander LS.ら、Arthritis Rheumatol(Hoboken, NJ)、2014年、66巻、7号、1820~1831ページ
【文献】Eckstein F.ら、Arthritis Rheumatol(Hoboken, NJ)、2015年、67巻、11号、2916~2922ページ
【文献】Hamidouche Z,ら、J Cell Physiol、2010年、224巻、2号、509~515ページ
【文献】Jeon E.ら、PLoS One、2012年、7(8):e43982
【文献】Nagayama T.ら、Congenit Anom、2013年、53巻、2号、83~88ページ
【文献】Sekiya I.ら、Clin Orthop Relat Res、2015年、473巻、7号、2316~2326ページ
【文献】Koga H.ら、Cell Tissue Res.、2008年、333巻、2号、207~215ページ
【文献】Segawa Y.ら、J Orthop Res.、2009年、27巻、4号、435~441ページ
【文献】Djouad F.ら、Stem Cell Research & Therapy、2010年、1:11
【文献】Peran M.ら、Stem Cell Research、2013年、10巻、464~476ページ
【文献】Jimenez G.ら、Scientific Reports、2015年、5:16400
【文献】Luyten F.ら、Experimental Cell Research、1994年、210巻、2号、224~229ページ
【文献】Ota F.ら、Arthritis & Rheumatism、2003年、48巻、9号、2442~2449ページ
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、軟骨組織の再生を促進し、ひいては軟骨障害の治療等を可能とする物質及び方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上述のとおり、本発明者らによって、滑膜由来のMSCの自家移植による、OA等の軟骨障害の治療方法の開発が、鋭意進められている。そして、関節軟骨及び/又は半月板を再生する自家MSC移植治療への滑膜MSCの適用が、本発明者らが所属する大学病院にて2012年から開始しており、臨床試験の第1セットにおいて、かなりの成果が得られている。
【0011】
その一方で、本発明者らは、移殖に供するMSCをin vitroにて培養する際の細胞増殖能及びMSC移植後の軟骨の再生効果において、患者間に個人差があることを見出している。そして、この差は、滑膜関節内におけるMSCの増殖性及び/又は生存性に関与する物質の量差に依るものとの仮説を立てた。また、当該物質を同定できたなら、滑膜関節内のMSCをシンプルかつ容易に活性化することが可能となり、軟骨再生、ひいては軟骨障害の治療がより効果的なものになるだろうとも考えた。そこで、本発明者らは、前記仮説に基づき、滑膜関節内におけるMSCの増殖性に関与する生理活性物質の同定及び特徴付けを試みた。
【0012】
具体的には、膝前十字靱帯再建術(ACL-R)を行った患者から得られた関節液を、MSCの増殖活性を指標に2群に分け、それぞれの関節液群における174種のタンパク質の発現量を解析して比較した。その結果、MSCの高い増殖促進活性を示す関節液において、高い発現量を示すタンパク質として、アクチビンAを同定することに成功した。
【0013】
そして、更に当該タンパク質とMSC増殖との関連性につき検討した結果、アクチビンは、MSC関連細胞表面抗原の発現及びインビトロの分化多能性に影響を与えることなく、MSCの細胞増殖を促進できることを見出した。
【0014】
また、in vivo(動物)実験の結果、アクチビンAを関節内に注入することによって、内側半月板前方切除後の再生過程が有意に促進されることを明らかにした。さらに、関節軟骨全層欠損モデルにおいても、欠損部周囲に生じる軟骨組織の退行変性が、アクチビンAによって顕著に抑制されることを明らかにした。さらにまた、モノヨード酢酸(MIA)誘導関節炎モデルにおいて、関節炎に伴う疼痛も、アクチビンAによって有意に緩和されることを見出し、アクチビンが、軟骨再生を通じて、軟骨障害の症状の改善及び治療に極めて有効であることを明らかにした。
【0015】
さらに、遡及的なヒト研究の結果、ACL-R外科手術後の関節液におけるアクチビンAのタンパク質量は、その回復の程度と正の相関を示していること、すなわち、関節内のアクチビンの発現レベルは、関節損傷後の軟骨組織再生の良い指標となり得ることも見出し、本発明を完成するに至った。
【0016】
本発明は、アクチビンを有効成分とする、軟骨組織の再生を促進するための組成物、間葉系幹細胞の増殖を促進するための組成物、及び軟骨障害を治療又は予防するための組成物に関する。また、本発明は、アクチビンを有効成分とする、半月板損傷又は軟骨障害を治療及び/又は予防するための医薬組成物に関する。また、本発明は、アクチビンを用いた軟骨障害を治療又は予防する方法、関節内のアクチビン量を指標とした、関節における軟骨障害の予後予測方法に関し、より具体的には、以下のとおりである。
<1> アクチビンを有効成分とする、軟骨組織の再生を促進するための組成物。
<2> アクチビンを有効成分とする、間葉系幹細胞の増殖を促進するための組成物。
<3> 軟骨障害を治療又は予防するための組成物である、<1>又は<2>に記載の組成物。
<4> 前記軟骨障害が、半月板の損傷又は欠損によるものである、<3>に記載の組成物。
<5> 前記軟骨障害が、関節軟骨の欠損又は退行変性によるものである、<3>に記載の組成物。
<6> アクチビンを有効成分とする、半月板損傷又は軟骨障害を治療及び/又は予防するための医薬組成物。
<7> 半月版損傷が、半月板断裂、半月板変性、温存適応の半月板変性、半月板欠損、事故又はスポーツ外傷の伴う半月板損傷、又は加齢に伴う半月板損傷である、<6>に記載の組成物。
<8> 軟骨障害が、軟骨欠損、軟骨損傷、軟骨変性、軟骨摩耗、軟骨消失、軟骨分解、軟骨変形、関節軟骨の欠損、関節軟骨の退行変性、変形性関節症、変性性膝関節症、変性性股関節症、変形性肩関節症、外傷性軟骨損傷、外傷性軟骨欠損症、靭帯損傷合併症、離断性骨軟骨炎、無腐性骨壊死、椎間板損傷である、<6>又は<7>に記載の組成物。
<9> 半月板縫合術又は半月板修復術の術前、術中、及び/又は術後に投与するための、請求項<6>~<8>のいずれか1項に記載の医薬組成物。
<10> アクチビンが、アクチビンAである、<6>~<9>のいずれか1項に記載の医薬組成物。
<11> 間葉系幹細胞と併用されてなることを特徴とする、<6>~<10>のいずれか1項に記載の医薬組成物。
<12> 軟骨障害を治療又は予防する方法であって、対象の軟骨障害部位に、アクチビンを投与する工程を含む、方法。
<13> 前記軟骨障害部位に、間葉系幹細胞を更に投与する工程を含む、<12>に記載の方法。
<14> 関節における軟骨障害の予後を予測する方法であって、
対象の関節内のアクチビンの濃度を測定する工程と、
前記工程にて得られた濃度が参照値より高ければ、前記対象における軟骨障害の予後は良好であると予測する工程とを、含む方法。
【0017】
本発明の医薬組成物は、アクチビンを含有する、半月板損傷又は軟骨障害の治療剤及び/又は予防剤を包含する。また、本発明は、半月板損傷又は軟骨障害の予防及び/又は治療用医薬組成物の製造のためのアクチビンの使用、半月板損傷又は軟骨障害の予防及び/又は治療のためのアクチビンの使用、半月板損傷又は軟骨障害の予防及び/又は治療に用いるためのアクチビン、並びにアクチビンの有効量を対象に投与することからなる半月板損傷又は軟骨障害の予防及び/又は治療方法に関する。なお、「対象」とは、その予防又は治療を必要とするヒト又はその他の動物であり、ある態様としては、その予防又は治療を必要とするヒトである。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、MSCの増殖を促進すること、半月板又は軟骨の再生を促進することが可能となり、また半月板損傷又は軟骨障害を治療又は予防することが可能となる。さらには、軟骨障害の予後を予測することも可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1A】膝前十字靱帯再建術(ACL-R)直前、及びその術後3~4日目の患者から採取した関節液の調製方法、及び
図2A、2Bに結果を示した実験の概略を示す図である。
【
図1B】
図2C、2D、3A、3B、3C、4A、4B、5A及び5Bに結果を示した実験に用いた、ACL-R後3~4日目の患者から採取した関節液の調製方法ACL-R後3~4日目の患者から採取した関節液の調製方法の概略を示す図である。
【
図2A】関節液を14%の割合でMSCの培養系に添加し、2週間培養した後、細胞数を計測した結果を示す、ドットプロット図である。図中、「Pre」は、ACL-R直前の患者から採取した関節液を添加した結果を示し、「At 3-4days after ACL-R」は、ACL-R後3~4日目の患者から採取した関節液を添加した結果を示す。
【
図2B】非動化処理前及び処理後の関節液を各々14%の割合でMSCの培養系に添加し、2週間培養した後、細胞数を計測した結果を示す、ドットプロット図である。
【
図2C】関節液中の各補体タンパク質(C5a、C3a及びC4a)の濃度と、その関節液を14%の割合で添加した通常培地を用いて2週間培養を行った際のMSC細胞数との相互関係について解析した結果を示す、ドットプロット図である。
【
図2D】関節液中のPDGF(Platelet Derived Growth Factor)-AA及びPDGF-BBの各濃度と、関節液存在下培養後のMSC数との関係を示す、ドットプロット図である。
【
図3A】ACL-R術前(pre)、術後3~4日目(3-4 days after ACL-R)の関節液中のサイトカイン、ケモカインを、ELISA(Enzyme-linked Immunosorbent Assay)により定量した結果を示す、ドットプロット図である。図中、縦軸は、サイトカイン及びケモカインの濃度(pg/ml)を示す。
【
図3B】関節液中のサイトカイン及びケモカインの各濃度と、関節液存在下培養後のMSC数との関係を示す、ドットプロット図である。図中、縦軸は、サイトカイン及びケモカインの各濃度を示し、横軸は、関節液存在下培養後のMSC数を示す。
【
図3C】IL6、IL8、IL10のリコンビナントタンパクを図中に示す量添加した通常増殖培地にて、MSCを培養し、MTTアッセイを用い、その増殖について解析を行った結果を示す、グラフである。対照群として通常増殖培地(サイトカイン非含有、図中「10%FBS」)を用いた。比較群として、通常増殖培地に各サイトカイン、ケモカインをED50(活性が最大反応の50%となるサイトカインの濃度)の10倍及び100倍添加した培地を用いた(図中、各「10%FBS+…ED50×10」及び「10%FBS+…ED50×100」)。図の縦軸は、MTTアッセイにおいて検出された、細胞数に正比例する560nmの吸光度を示し、細胞数が増加するほど、吸光度が増加する。
【
図4A】ACL-Rに採取された関節液をMSCの増殖活性を指標に2群に分け(Low,high)、それぞれの関節液群におけるタンパクの濃度を174種類のタンパク質の発現を同時に評価できる抗体アレイを用いて比較し、2群間で有意な差(u-testによる)を持って発現量に差がある13種のタンパク質を選抜した結果を示す、ヒートマップである。
【
図4B】前記2群における、前記13種のタンパク質の濃度を示す、グラフである。図中、縦軸は関節液における各タンパク質の濃度(pg/ml,平均値と標準偏差(SD))を示す。
【
図5A】関節液中のアクチビンAの濃度と、患者由来の関節液との関係を示す、ドットプロット図である。図中、「Pre」は、ACL-R直前の患者から採取した関節液を示し、「At 3-4days after ACL-R」は、ACL-R後3~4日目の患者から採取した関節液を示す。縦軸は、アクチビンAの濃度を示す。
【
図5B】関節液中のアクチビンAの濃度と、関節液を14%の割合で添加した通常増殖培地を用いて2週間培養した後のMSC数との関係を示す、ドットプロット図である。図中、縦軸は、アクチビンAの濃度を示し、横軸は、関節液存在下培養後のMSC数を示す。
【
図5C】アクチビンA非含有通常増殖培地(図中「10%FBS」)、並びにアクチビンAのリコンビナントタンパク質(rhActivinA)含有通常増殖培地(図中、各「10%FBS+rh Activin A ED50×10」及び「10%FBS+rh Activin A ED50×100」にて培養した、MSC数の経時変化を示す、グラフである。なお、図中の表記については
図3Cのそれらと同様である。
【
図5D】アクチビンA非含有血清低濃度増殖培地(図中「0.5%FBS」)、並びにrhActivinA含有血清低濃度増殖培地(図中、各「0.5%FBS+rh Activin A ED50×10」及び「0.5%FBS+rh Activin A ED50×100」にて培養した、MSC数の経時変化を示す、グラフである。なお、図中の表記については
図3Cのそれらと同様である。
【
図5E】アクチビンA非含有血清低濃度増殖培地(図中「0.5%FBS」)、rhActivinA含有血清低濃度増殖培地(図中、各「0.5%FBS+rh Activin A」)、並びに各阻害剤(Akt、Ku0063794、LY294002又はPD98050)及びrhActivinA含有血清低濃度増殖培地(図中、各「0.5%FBS+rh Activin A+各阻害剤」)にて培養した、MSC数の経時変化を示す、グラフである。なお、図中の表記については
図3Cのそれらと同様である。
【
図5F】rhActivinA等を培地に添加した後のMSCにおける、各タンパク質のリン酸化をウェスタンブロッティングにより検出した結果を示す、写真である。図中、「分(min)」は、rhActivinA等を培地に添加してからの経過時間を示す。「A」、「P」、「AP」及び「N」は、rhActivinA添加後の結果、PDGF-AA添加後の結果、rhActivinA及びPDGF-AA添加後の結果、並びにそれら生理活性物質を添加していない場合の結果を各々示す。「pAkt」及び「ppAkt」は、Aktタンパク質の非リン酸化及びリン酸化状態を各々検出した結果を示す。「p44/42」及び「pp44/42」は、p44/42 MAPK(Erk1/2)タンパク質の非リン酸化及びリン酸化状態を各々検出した結果を示す。
【
図6A】幹細胞抗原であるCD73,CD90,CD105及びCD44が陽性であるMSCを、フローサイトメーターを用いて解析した結果を示す、グラフである。図中、「rh Activin A」は、rhActivinA存在下にて2週間培養したMSCを解析した結果を示し、「Control」は、rhActivinA非存在下にて培養したMSCを解析した結果を示す。縦軸は、各抗原の陽性率を示す。1回の実験で10000個の細胞をスキャンし、その中で、対象とする抗原を発現している細胞の存在比率を百分率で示している。独立した4回の実験を行い、図は、平均値とSDで示している。
【
図6B】rhActivinA存在下(図中「rh Activin A」)又は非存在下(図中「コントロール」)にて2週間培養した後、in vitroにてMSCを軟骨、骨、脂肪細胞方向に分化誘導した結果を示す、顕微鏡写真である。図中、「マクロ」は、軟骨の凝集塊形成を誘導した結果を観察した結果を示す。「トルイジンブルー」は、前記凝集塊の切片をトルイジンブルーにて染色し、軟骨基質を検出した結果を示す。「石灰化」は、細胞外基質へのカルシウム沈着をアリザリンレッドにて染色し、石灰化骨基質産生をするコロニーを検出した結果を示す。「脂肪生成」は、脂肪生成を誘導し、そのコロニーをオイルレッドO溶液にて染色し、脂肪組織を検出した結果を示す。
【
図6C】
図6B同様に、MSCを用いて、in vitroにて軟骨凝集塊に分化誘導した結果を示す、図である。図中、「rh Activin A」、「rh PDGF-BB」及び「rh Activin A/rh PDGF-BB」は、各々rhActivinA、rhPDGF-BB(リコンビナントPDGF-BBタンパク質)又はrhActivinA及びrhPDGF-BBを添加した軟骨分化誘導培地を用いて2週間ペレットカルチャーを行なった結果、得られた軟骨凝集塊の湿重量の測定結果を示している。コントロールは、通常に軟骨分化誘導培地を用いて軟骨凝集塊を形成させた結果を示す。図は平均値とSDを示しており、実験に供したスフェロイドの数(n数)を横軸かっこ内に示す。真ん中の写真は、各コンドロジェニックスフェロイドの外観を観察した結果を示す。組織像において、上段の各写真は、スフェロイドの切片をヘマトキシリン/エオジンにて染色して観察した結果を示し、下の各写真においては、前記スフェロイドの切片をトルイジンブルーにて染色して観察した結果を示す。
【
図7A】マウス内側半月板前方1/2を切除後7日目にrhActivinA等を投与し(投与量:42ng/膝)、その3日後(半月板切除後10日目)に関節組織を観察した結果を示す写真である。図中、「rh Activin A」はrhActivinAを投与したモデルを示す。比較対象として「rh PDGF-AA」はrhPDGF-AA(リコンビナントPDGF-AAタンパク質)を投与したモデル、「rh PDGF-AA+rh Activin A/rhPDGF-AA」は、rhActivinA及びrhPDGF-AAを同時投与したモデル、及び「PBS/コントロール」は、生理活性物質を投与せず、ベヒクル(リン酸緩衝生理食塩水:Phosphate Buffered Saline)のみを投与したモデルを示す。右下の概略図は、各組織像における写真を説明するものであり、各群において、「Macro」は、関節部の切片をサフラニンO/ファストグリーンにて染色して観察した結果の弱拡写真を示している。写真の上部は大腿骨の遠位端、下部は脛骨の近位端、左側が前方、右側が後方である。図中の四角で囲った領域(半月板再生部位)の強拡大が、他の4枚のパネルとなっている。「SafO」は、再生半月板領域(四角で囲った領域)における軟骨基質(プロテオグリカン)の蓄積部位(サフラニンO染色)を示し、「HE」は、半月板再生領域における細胞の分布(ヘマトキシリン/エオジン染色)を示している。「Col I IHC」及び「Col II IHC」は、半月板再生領域(四角で囲った領域)の切片をI型コラーゲン及びII型コラーゲン各々に対する免疫組織染色(IHC)を施して観察した結果を示す。
【
図7B】内側半月板前方1/2切除モデルにおいて、半月板切除後7日目にrhActivinA等を投与し、その14日後(半月板切除後21日目)に関節組織を観察した結果を示す写真である。図中の表記については、
図7Aと同様である。
【
図7C】内側半月板前方1/2切除モデルにおいて、半月板切除後7日目にrhActivinA等を投与し、その49日後(半月板切除後56日目)に関節組織を観察した結果を示す写真である。図中の表記については、
図7Aと同様である。
【
図7D】内側半月板前方1/2切除モデルにおいて、半月板切除後7日目にrhActivinA等を投与し、その77日後(半月板切除後84日目)に関節組織を観察した結果を示す写真である。図中の表記については、
図7Aと同様である。
【
図7E】内側半月板前方1/2切除モデルにおいて、半月板切除後7日目にrhActivinA等を投与し、半月板切除後10日目(10d)、21日目(3W)、56日目(8W)及び84日目(12W)に、半月板再生の程度を、modified Pauli’s スコアを用いて評価した結果を示す、グラフである。図中の表記については、
図7Aと同様である。
【
図8】ラット関節軟骨全層欠損モデルにおいて、関節軟骨全層欠損を施してから1週間後にrhActivinA(投与量:180ng/膝)又はrrPDGF-AA(投与量:900ng/膝)を関節内に注射し、その3週間後(関節軟骨全層欠損後4週目)に関節組織を観察した結果を示す写真である。図中、「Saf O」及び「Tol Blue」は、関節組織の切片を各々サフラニンO及びトルイジンブルーにて染色して観察した結果を示す。
【
図9A】モノヨード酢酸(MIA)誘導関節炎モデルにおいて、rhActivinA投与による疼痛緩和効果を検討するための、実験スキームを示す、概略図である。
【
図9B】MIA誘導関節炎モデルにおいて、ラット後肢の荷重量の左右差を測定した結果を示すグラフである。図中、「rh Activin A」は、MIAを左膝関節内に注入してから14日後にrhActivinAを同関節内に投与したラット(投与量:200ng/膝)を解析した結果を示す。「control」は、MIAを左膝関節内に注入してから14日後にrhActivinAの代わりにそのベヒクルであるPBSを同関節内に投与したラットを解析した結果を示す。
【
図10】ACL-R3~4日目の患者の関節液におけるアクチビンAの濃度と、当該患者の術後2ヶ月後の患者立脚型の膝回復度のスコア(IKDCスコア)との関係を示す、ドットプロット図である。なお、IKDCスコアの評価については、INTERNATIONAL KNEE DOCUMENTATION COMMITTEE-IKDC(国際膝記録委員会)の膝評価用紙(https://www.sportsmed.org/AOSSMIMIS/members/downloads/research/IKDCJapanese.pdf〉参照のほど。
【発明を実施するための形態】
【0020】
(アクチビンを有効成分とする組成物)
後述の実施例に示すとおり、アクチビンAは、in vitroにおいて分化多能性に影響を与えることなく、MSCの増殖を促進することを、本発明者らは明らかとした。さらに、マウス半月板切除後の再生モデル、ラット関節軟骨全層欠損モデルを用いて検証した結果、アクチビンAを投与することによって、半月板組織の再生が誘導されること、損傷部における軟骨組織の再生が促進されること、損傷軟骨周囲の正常軟骨の退行変性が抑制されることも明らかになった。さらに、ラットを用いた関節炎誘発性の膝疼痛モデルにおいて、アクチビンAの関節内投与によって、ラットの疼痛回避行動の緩和がもたらされることも明らかになった。
【0021】
したがって、本発明は、アクチビンを有効成分とする、MSCの増殖を促進するための組成物、軟骨組織の再生を促進するための組成物、軟骨組織の退行変性を抑制するための組成物、及び、半月板損傷又は軟骨障害を治療又は予防するための組成物を提供する。
【0022】
「アクチビン」とは、2つのインヒビンβ鎖(βA,βB鎖)のホモダイマー(アクチビンA、アクチビンB)又はヘテロダイマー(アクチビンAB)を意味する。インヒビンβA鎖は、例えば、NCBIアクセッション番号:NP_002183にて特定されるアミノ酸配列からなるポリペプチドであり、インヒビンβB鎖は、例えば、NCBIアクセッション番号:NP_002184にて特定されるアミノ酸配列からなるポリペプチドである。
【0023】
本発明において、「アクチビン」は、好ましくは、N末端ペプチドが切断された成熟型インヒビンβA鎖のホモダイマー(活性型アクチビンA)、N末端ペプチドが切断された成熟型インヒビンβB鎖のホモダイマー(活性型アクチビンB)、N末端ペプチドが切断された成熟型インヒビンβA鎖とN末端ペプチドが切断された成熟型インヒビンβB鎖とのヘテロダイマー(活性型アクチビンAB)であり、より好ましくは、N末側1~310位のアミノ酸が除去された、311~426位からなるインヒビンβA鎖のホモダイマー、N末側1~292位のアミノ酸が除去された、293~407位からなるインヒビンβB鎖のホモダイマー、311~426位からなるインヒビンβA鎖と293~407位からなるインヒビンβB鎖とのヘテロダイマーであり、さらに好ましくは、311~426位からなるインヒビンβA鎖の断片がジスルフィド結合したホモダイマー、293~407位からなるインヒビンβB鎖の断片がジスルフィド結合したホモダイマー、311~426位からなるインヒビンβA鎖の断片と293~407位からなるインヒビンβB鎖の断片とがジスルフィド結合したヘテロダイマーである。また、本発明のアクチビンは、グリコシル化されているものであってもよく、グリコシル化されていないものであってもよい。
【0024】
なお、本発明に係るインヒビンβ鎖は、前記NCBIアクセッション番号にて特定されるアミノ酸配列からなる各ポリペプチドに限定されることなく、その活性を維持する限り、前記典型的なアミノ酸配列に対する改変体、相同体も含み得る。また、かかる改変体、相同体は、典型的なアミノ酸配列に対し、通常高い相同性を有する。高い相同性は、通常60%以上であり、好ましくは70%以上、より好ましくは80%以上、さらに好ましくは85%以上、より好ましくは90%以上(例えば、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上、99%以上)である。
【0025】
アクチビンは、多種の動物、多数の細胞種において産生されることが知られている。そのため、これら細胞等から、公知の手法に沿って、分離・抽出・精製して得ることができる。また、前記アミノ酸配列をコードするDNA配列の情報に基づき、大腸菌、動物細胞、昆虫細胞、植物細胞、無細胞タンパク質合成系(例えば、網状赤血球抽出液、小麦胚芽抽出液)等を用い遺伝学的手法によって、アクチビンを生合成することもできる。さらに、前記アミノ酸配列の情報に基づき、ペプチド合成機等を用いて、化学的に合成することもできる。また、後述の実施例において示すとおり、アクチビンの組換えタンパク質は、既に市販されている。そのため、かかる市販品(例えば、R&D Systems Inc.アクチビン組換え体(リコンビナント)タンパク質、味の素株式会社 アクチビンA溶液 ヒト リコンビナント等)も、本発明において好適に用いられる。
【0026】
さらに、本発明においては、アクチビンの代わりに、アクチビン様活性を持つ物質を用いることもできる。かかる物質としては、例えば、アクチビンの構造を基に設計して合成される、アクチビン模倣体が挙げられる。
【0027】
また、後述の実施例に示すとおり、アクチビンはその下流のシグナル伝達経路を活性化して、MSCの増殖促進を促進する。そのため、アクチビンシグナル伝達経路を活性化する物質(タンパク質、核酸、低分子化合物等)、アクチビンシグナルを不活性化する物質に対し、抑制的に機能する物質(タンパク質、核酸、低分子化合物(阻害剤)等)も、前記アクチビン様活性を持つ物質として用いることができる。「アクチビンシグナル伝達経路」としては、アクチビンが関与するシグナル伝達経路であれば特に制限はないが、例えば、Pl3K-Akt/PKBのシグナル伝達経路が挙げられる。また、「アクチビンシグナル伝達経路を活性化する物質」としては、例えば、アクチビンにより活性化される細胞内伝達物質(カノニカル、ノンカノニカルシグナル伝達経路を構成する細胞内伝達物質、より具体的には、Smad2又はSmad3とSmad4との複合体、TAK1等の細胞内MAPKカスケードに関わるリン酸化酵素)、及びそれら各タンパク質の活性化剤が挙げられる。さらに、アクチビンシグナルに対して抑制的に作用するSmad(Smad6、Smad7等)に対する阻害剤、並びにそれらに対して抑制的に機能する核酸及びタンパク質が挙げられる。かかる核酸及びタンパク質としては、前記Smadを標的とするsiRNA、shRNA、リボザイム活性を有するRNA(リボザイム)、dsRNA、ゲノム編集系、抗体、ドミナントネガティブの形質を有するペプチド等が挙げられる。
【0028】
また、アクチビンは、細胞膜受容体としてI型受容体(Alk2、Alk4等)とII型受容体(ActRIIa又はActRIIb)のヘテロダイマーに結合して細胞内情報伝達経路を活性化することが知られている。そのため、前記受容体ヘテロダイマーに結合可能な物質(タンパク質、核酸、低分子化合物等)も、前記アクチビン様活性を持つ物質として用いることができる。
【0029】
また、アクチビン様活性を持つ物質は、合成低分子化合物ライブラリーから、アクチビンが奏し得る活性を指標としたスクリーニング方法によって選択することにより、得ることもできる。
【0030】
本発明において「アクチビンの活性」は、MSCの増殖促進活性、軟骨再生促進活性、退行変性抑制活性及び疼痛緩和効果のうちの少なくとも1の活性等を意味する。上記アクチビンの改変体及び相同体、並びに低分子化合物が、当該活性を奏し得るかは、後述の実施例に示すように、MSCの培養系及び/又は軟骨損傷モデル動物を用いることによって評価することができる。また、本発明において「アクチビンの活性」には、前記本発明者らが見出したアクチビンの新たな活性のみならず、従前から知られている公知の活性も含まれ得る。かかる公知の活性としては、ヘモグロビン合成誘導能等が挙げられ、例えば、ヒト慢性骨髄性白血病細胞(K562細胞)の培養系を用いることにより評価することができる(Ralph H.Schwall,Cora Lai、Methods in Enzymology、1991年、198巻、340~346ページ 参照)。
【0031】
「間葉系幹細胞(Mesenchymal stem cell、MSC)」とは、中胚葉性組織(間葉)に由来し、間葉系に属する細胞への分化能を有する体性幹細胞を意味する。かかる細胞は、骨髄(Prockop,D.J.,1997,Science.276:71-4)、間葉系組織、例えば、滑膜(Sekiya I.et al.,2015、Clin Orthop Relat Res、473(7):2316~2326、De Bari,C.et al.,2001,Arthritis Rheum.44:1928-42)、骨膜(Fukumoto,T.et al.,2003,Osteoarthritis Cartilage.11:55-64)、脂肪組織(Zuk,P.A.et al.,2002,Mol Biol Cell.13:4279-95)、筋肉組織(Cao et al.,2003,Nat Cell Biol.5:640-6)から単離することにより得ることができる。また、「間葉系幹細胞(MSC)」は、ヒト又はヒト以外の動物(例えば、ブタ、ウシ、ウマ、ヒツジ、ヤギ、ニワトリ、カモ、ダチョウ、アヒル、イヌ、ネコ、ウサギ、ハムスター、マウス、ラット、サル)に由来するものであり、さらには、これら動物の体内(例えば、滑膜、関節内、関節液、骨膜、脂肪組織、筋肉組織、骨髄)に存在する細胞であってもよく、体外に存在する細胞(例えば、培養MSC)であってもよい。
【0032】
「軟骨組織」とは、軟骨細胞又は軟骨細胞様細胞、及び細胞外基質(例えば、コンドロイチン硫酸プロテオグリカン、ケラタン硫酸プロテオグリカン及びデルマタン硫酸プロテオグリカン等のプロテオグリカン、I型、II型、IX型及びXI型コラーゲン)を含む結合組織を意味し、硝子軟骨組織(関節軟骨組織)、線維軟骨組織(半月板等)、弾力軟骨組織が挙げられる。また「軟骨組織」は、ヒト又はヒト以外の動物に由来するものであり、さらには、これら動物の体内(例えば、関節、半月板、腱・靭帯の付着部、椎間板、胸郭壁、喉頭、気道、耳)に存在する組織であってもよく、体外に存在する組織(例えば、培養軟骨組織)であってもよい。なお、本発明において「軟骨組織」とは、該組織を構成する細胞(軟骨細胞、軟骨細胞様細胞等)を含む概念である。また、「軟骨組織の再生」とは、後述の障害を受けた軟骨組織を、物理的及び/又は機能的に、本来の正常な状態に近付ける又は戻すことを意味し、軟骨組織の修復も含まれる。また、「軟骨組織の退行変性」とは、軟骨組織の形態的、量的変化(軟骨のすり減りや断裂等の構造変化)を意味し、細胞外基質の構成成分(コラーゲンやプロテオグリカン等)の質的変化(例えば、コアプロテインに対する糖鎖修飾の変化やAGE(Advanced glycosylation End products)の蓄積、プロテオグリカンの減少等の軟骨基質の組成比率の変化)も、軟骨組織の退行変性に含まれる。なお、本発明において、「抑制」には、部分的な抑制のみならず、完全な抑制(阻害)も含まれる。
【0033】
「軟骨障害」とは、加齢、外傷、その他様々な要因によって、軟骨組織が障害を受けている状態をいい、例えば、軟骨欠損、軟骨損傷、軟骨変性、軟骨摩耗、軟骨消失、軟骨分解、軟骨変形の状態が挙げられる。また、軟骨障害の具体的な例(疾患)としては、半月板損傷(部分断裂を含む)、半月板欠損(半月板切除術後の状態も含む)、関節軟骨の欠損、関節軟骨の退行変性、変形性関節症(変形性膝関節症、変形性股関節症、変形性肩関節症等)、外傷性軟骨損傷、離断性骨軟骨炎、無腐性骨壊死、椎間板損傷、顎関節症等が挙げられる。
【0034】
「半月板損傷」とは、膝関節内にある半月板が損傷を受け、さまざまな障害を引き起こす状態をいい、具体的な疾患としては、半月板損傷(事故又はスポーツ外傷の伴う半月板損傷、又は加齢に伴う半月板損傷を含む)、半月板断裂、半月板変性(温存適応の半月板変性を含む)、半月板欠損等が挙げられる。
【0035】
本発明の組成物(医薬組成物を含む)は、半月板縫合術又は半月板修復術の術前、術中、及び/又は術後に投与することもできる。
【0036】
本発明において「組成物」は、上述のアクチビンを有効成分として含んでいればよく、該組成物は、MSCの増殖促進により疾患を治療又は予防するための医薬組成物、MSCの増殖を促進するための試薬として用いることができる。また、本発明の組成物は、MSCの増殖促進及び/又は軟骨組織の再生を介した、軟骨障害の治療又は予防のための医薬組成物、軟骨組織の退行変性を抑制するための医薬組成物として用いることができる。さらに、軟骨障害に伴う疼痛を緩和するための医薬組成物(例えば、変形性関節症に伴う慢性疼痛の緩和剤)として用いることもできる。また、本発明の組成物は、半月板損傷の治療又は予防のための医薬組成物として用いることもできる。
【0037】
本発明の組成物における、アクチビンの有効成分としての含有量は、用いるアクチビンの形態、該組成物の用途(例えば、医薬組成物用途、試薬用途)等によって、前述のアクチビンの活性等を指標として適宜調整され得るが、少なくとものアクチビンのED50の1倍量(例えば、0.2~1.2ng/mL)、好ましくはED50の10倍量以上(例えば、2~20ng/mL)、より好ましくはED50の50倍量以上(例えば、10~100ng/mL)、さらに好ましくはED50の100倍量以上(例えば、20~200ng/mL)、より好ましくはED50の500倍量以上(例えば、100~1000ng/mL)である。なお、アクチビンのED50は、ヒト慢性骨髄性白血病細胞(K562細胞)の培養系を用いたヘモグロビン合成誘導能等に基づく(Ralph H.Schwall,Cora Lai、Methods in Enzymology、1991年、198巻、340~346ページ 参照)。
【0038】
本発明の組成物を医薬組成物として用いる場合、当該医薬組成物は、公知の製剤学的方法により製剤化することができる。例えば、注射剤、ゲル剤、塗布剤等として、通常非経口的に使用することができるが、投与部位(関節内等)の流動性を妨げないという観点から、膝関節等の治療においては、注射剤が好ましい。また、股関節等の治療においては、手術時に関節内に留置するといった態様をとり得るから、ゲル剤(より好ましくは、徐放性のゲル剤)が好適に用いられる。
【0039】
注射剤は、アクチビン等を溶剤に溶解、懸濁又は乳化して調製することができる。溶剤として、例えば、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)、生理食塩水、滅菌水(注射用蒸留水等)、培地(例えば、MSC培養用培地)、植物油、アルコール類、及びそれらの組み合わせが用いられる。また、固形剤(例えば、凍結乾燥品)として製造し、その使用前に前述の溶剤に溶解して使用することもできる。
【0040】
ゲル剤は、アクチビン等をポリマーと混合して調製することができる。かかるポリマーとして、例えば、ヒアルロン酸、コラーゲン(I型、II型、IV型、XI型のコラーゲン等)、ゼラチン、セルロース、アガロース、デキストラン、キシログルカン、キトサン、キチン、デンプン、グリコサミノグリカン、プロテオグリカン、グリコサミノグリカン、フィブロネクチン、ラミニン、及びそれらの組み合わせが用いられる。
【0041】
塗布剤は、アクチビン等を基剤に研和、または溶解させて調製される。基剤として、例えば、高級脂肪酸又は高級脂肪酸エステル、ロウ類、界面活性剤、高級アルコール、シリコン油、炭化水素類(ワセリン、流動パラフィン等)、グリコール類、植物油、動物油、及びそれらの組み合わせが用いられる。
【0042】
さらに、生分解性であり徐々に溶解する重合物質を含有させることにより、徐放性を持たすことができる。重合物質としては、例えば、ポリビニルピロリドン、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、架橋カルボキシメチルセルロースナトリウム、カルボキシメチル澱粉、メタクリル酸ジビニルベンゼンカリウムコポリマー、シクロデキストリンが挙げられる。
【0043】
また、これら製剤化においては更に、薬理学上許容される担体、具体的には、無痛化剤、吸収促進剤、滅菌水、生理食塩水、PBS、植物油、動物油、溶剤、基剤、乳化剤、懸濁剤、界面活性剤、安定剤、賦形剤、ベヒクル、防腐剤、結合剤、希釈剤、等張化剤、増量剤、崩壊剤、緩衝剤、コーティング剤、滑沢剤、粘稠剤、溶解補助剤あるいはその他の添加剤等を、適宜組み合わせてもよい。
【0044】
また、本発明の医薬組成物は、必要に応じて、他の医薬活性成分を含んでいてもよく、例えば、ヘパリン硫酸、ヒアルロン酸、コンドロイチン、グルコサミン、コラーゲン、ゼラチン、ステロイド、非ステロイド性抗炎症薬、軟骨細胞成長促進因子(BMP、デキサメタゾン、TGF-β、FGF、VEGF、HGF、IGF-1、PDGF、CDMP、CSP、EPO、IL、OP、COP等)が挙げられる。
【0045】
さらに、本発明の医薬組成物は、後述の投与用器具(例えば、注射器、ゲル用ピペット、シリンジ)等と併せて、半月板損傷又は軟骨障害の治療又は予防用キットの形態もとり得る。
【0046】
また、本発明の組成物を、試薬として用いる場合には、薬理学上許容される担体、具体的には、培地(例えば、MSC培養用培地)、PBS、生理食塩水、滅菌水、植物油、動物油、溶剤、基剤、乳化剤、懸濁剤、界面活性剤、安定剤、ベヒクル、防腐剤、結合剤、希釈剤、等張化剤、緩衝剤、溶解補助剤あるいはその他の添加剤等を、適宜組み合わせて調製することができる。なお、本発明の組成物を、MSCの増殖促進用試薬として用いる場合には、その分化多能性を維持するという観点から、軟骨細胞成長促進因子は含有していないことが望ましい。
【0047】
本発明の組成物の製品(医薬品、試薬)又はその説明書は、MSCの増殖の促進、軟骨組織の再生を促進、半月板損傷又は軟骨障害を治療又は予防するために用いられる旨の表示を付したものであり得る。ここで「製品又は説明書に表示を付した」とは、製品の本体、容器、包装等に表示を付したこと、あるいは製品の情報を開示する説明書、添付文書、宣伝物、その他の印刷物等に表示を付したことを意味する。
【0048】
(半月板損傷又は軟骨障害の治療又は予防方法)
後述の実施例等において示すとおり、アクチビンAを用いることによって、半月板又は軟骨の再生を促進し、また軟骨の変性を抑制し、さらには半月板損傷又は軟骨障害に伴う疼痛を緩和することができる。したがって、本発明は、対象の半月板損傷又は軟骨障害部位に、アクチビンを投与する工程を含む、半月板損傷又は軟骨障害を治療又は予防する方法を、提供する。
【0049】
半月板損傷又は軟骨障害については、上述のとおりである。また、半月板損傷部位又は軟骨障害部位については、半月板損傷又は軟骨障害の疾患の種類に基づき、当業者であれば理解できる。また、半月板損傷又は軟骨障害の治療又は予防の対象は、ヒト又はヒト以外の動物とすることができるが、特にヒトに好適に用いられる。また、ヒト以外の動物としては特に制限はなく、種々の家畜、家禽、ペット、実験用動物等を対象とすることができる。具体的には、ブタ、ウシ、ウマ(例えば、競走馬)、ヒツジ、ヤギ、ニワトリ、カモ、ダチョウ、アヒル、イヌ(例えば、愛玩犬)、ネコ、ウサギ、ハムスター、マウス、ラット、サルが挙げられるが、これらに制限されない。また、半月板損傷又は軟骨障害を既に患っているものに限らず、発症するおそれのあるもの、半月板損傷又は軟骨障害が再発したもの又はそのおそれがあるものも、本発明の対象となり得る。
【0050】
対象に投与されるアクチビンは、上述のアクチビンのみであってもよいが、上述の医薬組成物の形態が好適に用いられる。アクチビン又は医薬組成物を投与する場合、その投与量は、対象の年齢、体重、症状、健康状態、組成物の剤型、投与部位、投与等の形態(注射、塗布等)等に応じて、適宜選択されるが、ヒト(成人)を対象とした場合、1日に、好ましくは、0.05~100μg/kg体重、より好ましくは、0.1~50μg/kg体重、さらに好ましくは、0.5~10μg/kg体重、より好ましくは1~5μg/kg体重(例えば、1.6μg/kg体重)のアクチビン、又はそれを含む組成物を1回若しくは数回に分けて投与される。投与時期は、投与部位、症状、各剤型等に応じ適宜選択されるが、関節侵襲後に生じる炎症が消退した時期(例えば、関節侵襲後7~21日目、好ましくは関節侵襲後10~18日目、より好ましくは関節侵襲後12~16日目、さらに好ましくは14日目)が挙げられる。また、投与方法は、投与部位、症状、各剤型等に応じ適宜選択されるが、例えば、注射器、ゲル用ピペット、シリンジを用いることにより、患部(半月板損傷部位又は軟骨障害部位)に容易に適用することができる。
【0051】
さらに、上述のとおり、本発明においては、アクチビンと併せて他の医薬活性成分を投与してもよい。また、半月板損傷又は軟骨障害をより効果的に治療等し易くなるという観点から、MSCも併せて投与することが望ましい(MSCを用いた軟骨障害の治療方法については、特表2010-501547、特開2014-196354等を参照のほど)。MSCについては、上述のとおりであるが、より高い軟骨形成能を有することから、滑膜由来のMSCを用いることが好ましい。なお、本発明における「併せて」の投与は、アクチビンと同時に投与することのみならず、アクチビンの投与前又は投与後に、他の医薬活性成分及び/又はMSCを投与することも含まれる。
【0052】
(軟骨障害の予後予測法)
後述の実施例に示すとおり、アクチビンAの関節内濃度が高い患者ほど軟骨障害の予後が良好であることが明らかになった。したがって、本発明は、対象の関節内のアクチビンの濃度を測定する工程と、前記工程にて得られた濃度が参照値より高ければ、前記対象における軟骨障害の予後は良好であると予測する工程とを含む、関節における軟骨障害の予後を予測する方法を、提供する。
【0053】
対象及び軟骨障害については上述のとおりである。対象の関節内のアクチビンの濃度の「測定」は、通常、関節内にある関節液を対象として行なわれる。「測定時点」としては、特に制限はないが、後述の実施例に示すとおり、アクチビンの濃度は急性炎症期に向上し易く、より検出し易いという観点から、当該時期が好ましく、より具体的には、関節侵襲後(例えば、関節手術後)であり、関節侵襲後1日目~1週間がより好ましく、関節侵襲後3~4日目がより好ましい。「測定方法」としても、特に制限はないが、アクチビンに特異的に結合する抗体による検出方法(免疫学的手法)が通常用いられる。より具体的には、免疫アッセイ(酵素免疫アッセイ(ELISA、EIA)、蛍光免疫アッセイ、放射性免疫アッセイ(RIA)、免疫クロマト法及びウエスタンブロット法が挙げられる。さらには、アクチビンに特異的に結合する化合物を固定化した金属薄膜を用いる、表面プラズモン共鳴現象を利用した検出装置(例えば、BIAcore(GEヘルスケア社製))を利用する方法も挙げられる。
【0054】
本発明における「参照値」としては、軟骨障害の予後予測を判断する際の指標となる値(カットオフ値等)であり、具体的には、参照値として、関節液内のアクチビンの濃度が、550pg/mL、好ましくは750pg/mL、より好ましくは950pg/mLであることが挙げられる。そして、本発明の方法において、前記測定値は、かかる参照値より有意に高ければ、軟骨障害の予後(術後等)が良好となる傾向にあると予測され、一方、低ければ、予後が不良となる傾向にあると予測される。
【0055】
また、このようにして予後不良と予測された対象には、アクチビンを補充する(例えば、参照値の濃度になるまでアクチビンを補充する)ことによって、当該対象の関節内における軟骨再生能を向上させ、予後を好転させることも可能となる。
【0056】
したがって、本発明は、対象の関節内のアクチビンの濃度を測定する工程と、前記工程にて得られた濃度が参照値より低い場合、対象の軟骨障害部位に、アクチビン、又はアクチビン及びMSCを投与する工程とを含む、軟骨障害を治療又は予防する方法も提供する。
【実施例】
【0057】
以下、実施例に基づいて本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。また、本実施例は、以下の材料及び方法を用いて行なった。
【0058】
(材料)
組み換えヒトIL1b,IL6,IL8,PDGF-AA及びアクチビンAは、R&D Systems Inc.(Minneapolis,MN,USA)から購入した。MEM-alpha(改変イーグル培地)、FBS(ウシ胎仔血清)、抗生-抗真菌溶液(以下「抗生物質」とも称する)及びトリプシン-EDTA溶液は、Gibco BRL(MA,USA)より購入した。コラゲナーゼDはSigma-Aldrich(MO,USA)より購入した。MTT(3-(4,5-ジメチル-2-チアゾリル)-2,5-ジフェニルテトラゾリウムブロミド)は、Dojindo Molecular Technologies,Inc.(Kumamoto,Japan)より購入した。
【0059】
(倫理)
全てのヒトに関する研究は、東京医科歯科大学の倫理委員会によって承認を受けたものである(承認番号:No.455及びNo.2121)。本研究に関する全ての患者から、当該研究に参加することにつき、告知に関する同意を完全な書面にて得ている。全ての動物に関する研究は、東京医科歯科大学の動物実験委員会の承認を受けたものである(承認番号:No.0160274)。全ての動物実験は、所属組織のガイドラインに従って行った。
【0060】
(関節穿刺及びタンパク質解析のための関節液調製)
関節液は、膝前十字靱帯再建術(ACL-R,Inoue M,ら、J Exp Orthop.2016 Dec;3(1):30 参照のほど)の直前、及び3~4日後に関節穿刺を行い、採取した。
【0061】
ACL-Rの直前及び3~4日後に採取した関節液の増殖促進活性及びサイトカイン/ケモカインの濃度の初期評価(
図2A及び
図3A 参照)を行なうため、凍結保存した関節液中から遠心によりデブリを除去後、関節液を超音波処理し(Amplitude Settings at 40%,Q125 Sonicator,QSONICA LLC.,Newton,CT,USA)、粘度を低下させ、実験に供した(
図1A 参照)。
【0062】
また、関節液中から生理活性物質を同定する実験(
図2B~D、3B及び4A~C 参照)においては、関節液中に含まれる細胞成分由来の物質の影響をより厳密に除外する目的で、関節液採取後、直ちに860xg、10分間の遠心分離処理(centrifugation at 2,000rpm for 10min,Becton Dickinson,Franklin Lakes,NJ)に供し、細胞画分を除去した。そして、粘度を低下させるため、上清を10秒間超音波処理し、70μmナイロンメッシュに通すことによりデブリを除去した(
図1B 参照)。その後、凍結保存を行なった関節液を実験に用いた。
【0063】
なお、図には示していないが、関節液におけるサイトカイン/ケモカインレベルを解析し、試験したそれらにおいて、IL-8レベルのみが、凍結保存前に遠心分離して細胞成分を除外した関節液において有意に低減した。また、本研究に参加した患者の情報を、表1に示す。
【0064】
【0065】
(滑膜間葉系幹/間質細胞の単離及び拡大培養)
Sekiya I.ら、Clin Orthop Relat Res、2015年、473(7)、2316~2326ページに記載のとおり、初代ヒト滑膜細胞を、全人工膝関節置換術(TKA)を行なった患者より得た滑膜組織より単離した。すなわち、先ず、膝蓋骨上滑液包を切開して得た滑膜0.5~1mgをコラゲナーゼD処理(Sigma,MO,USA、37℃で3時間)に供し、有核細胞を分散させた。細胞分散液を70μmナイロンメッシュに通し、デブリを除去した。有核細胞を15cmディッシュに5.7x102細胞/cm2になるよう播種し、10%FBS及び抗生物質(Gibco,MA,USA)を添加したMEM-alpha培地にて、14日間維持培養した。そして、細胞を、TripLE溶液(Gibco)にてディッシュより分離させ、実験に供するのに十分な細胞数を得るため、新たなディッシュに更に2回播種した。なお、全ての実験には、6継代以内の細胞を用いた。
【0066】
(関節液の増殖促進活性の評価)
関節液の増殖促進活性を評価するため(
図2A~D、3A、3B及び5B 参照)、滑膜由来のMSCを、6cmディッシュに5x10
3細胞数になるよう播種し、14%関節液を添加した通常増殖培地(MEM-alpha,10%FBS及び抗生物質)、37℃、2週間、維持培養を行なった。そして、細胞を、トリプシン/EDTAにてディッシュより分離させ、自動細胞数計測機(TC-20;Bio-Rad,Hercules,CA,USA)にて、細胞数を計測した。また、死細胞は、トリパンブルー染色にて除去した。
【0067】
(関節液における、サイトカイン、補体及び増殖因子の定量)
関節液におけるサイトカイン/ケモカイン及び補体のレベルは、サイトメトリック ビーズ アレイ システム(CBAキット,BD Biosciences,San Jose,CA,USA)を用い、その使用説明書に従って、測定した。また、シグナルを検出するため、FACS Verseフローサイトメトリー(BD Bioscience)、データ解析ソフトウェア、及びBD FCAP アレイソフトウェア(BD Biosciences)を用いた。ヒトIL8(CXCL8),IL1b,IL6,IL10,TNFa及びIL12を定量するため、ヒト炎症性サイトカインCBAキットを使用した。さらに、ヒトケモカインCBAキットを、ヒトMIG(CXCL9),IP10(CXCL10),MCP1(CCL2)及びRANTES(CCL5)を解析するために用いた。ヒトアナフィラトキシンキットは、ヒトC3a,C4a及びC5aを定量するために用いた。関節液におけるPDGF-AA,PDGF-BB及びアクチビンAのレベルを決定するため、ELISAキット(Human Quantikine ELISA systems,R&D systems,Minneapolis,MN,USA)を用い、その使用説明書に従って、ELISA(酵素結合免疫吸着アッセイ)を行なった。
【0068】
(組換えタンパク質による滑膜MSCsの増殖アッセイ)
組換えタンパク質(IL6,IL8,IL10及びアクチビンA)の増殖促進活性を評価するため、MTTアッセイを行なった(
図3C及び5C~E 参照)。滑膜MSCsを、組換えタンパク質処理に供する1日前、96ウェルプレートに、1x10
3細胞/ウェルになるよう播種し、0.2mLの通常増殖培地にて培養した。その翌日に、培地を、新鮮なもの(通常増殖培地、又はFBSの濃度を0.5%に低減し、組換えタンパク質(ED50の10倍の濃度 又は ED50の100倍の濃度)を添加した培地)に置換した。MTTアッセイは、Denizot F.ら、J Immunol Methods、1986年、89(2)、271~277ページに記載の方法に沿って、0,1,3,5及び7日目に行なった。
【0069】
(抗体によるタンパク質アレイ)
関節液に存在し、滑膜MSCsの増殖を有意に促進する、新規生理活性化合物を同定するため、発現差異アッセイを行なった。ガラスチップベース ヒトサイトカイン抗体アレイシステムG(RayBio Series G-2000 Series,slides AAH-CYT-G2000-8,RayBiotech Inc.Norcross,GA,USA)を用い、その使用説明書に従って、関節液における174タンパク質の発現レベルを定量化した。さらに、高い増殖促進活性を示す関節液(n=4)と低いそれを示す関節液(n=4)とにて、発現に差異が認められるタンパク質を解析した。そして、統計上発現レベルに差があるものとして、全13のタンパク質を選抜した。
【0070】
(ウェスタンブロッティング)
滑膜MSCsを、2x105細胞数になるよう、6cmディッシュに播種し、通常増殖培地にて1日培養した。培地を、FBS量を減らした新鮮な培地((MEM-alpha,0.5%FBS及び抗生物質)に換え、もう一日培養した。細胞を、rhActivin A及び/又はPDGF-AA(ED50の3倍量)にて、最長30分間処理した。そして、それら細胞を、細胞溶解バッファー(#9803S;Cell Signaling Technology,MA)にて溶解し、全細胞溶解液を調製した。
【0071】
ウェスタンブロッティングは、Uomizu,M.ら、J Med Dent Sci.65巻、73~82ページに記載の方法にて行なった。抗体は、Cell Signaling Technologyより購入したものを用いた(phospho-p44/42(#4370),p44/42(#9102),phospho-Akt(#9271)及びAkt(#9272))。
【0072】
(In Vitro分化アッセイ)
In Vitro分化アッセイは、Colter DC.ら、Proc Natl Acad Sci USA、2001年、98、7841~7845ページに記載の方法に従って行なった。
【0073】
コンドロジェニック スフェロイドを形成させるため、2.5x105個の細胞を、15mLポリプロピレンチューブ(BD Biosciences)に移し、450xg、10分間遠心分離処理に供した。そして、1000ng/mL rhBMP-2(Infuse Bone Graft;Medtronic,TN,USA),10ng/mL トランスフォーミング増殖因子-β3及び100nM デキサメタゾン(Sigma-Aldrich,MO,USA)を含む、コンドロジェニック培地にて、14日間培養した。
【0074】
石灰化のため、細胞を、1nM デキサメタゾン、20mM β-グリセロリン酸及び50μg/mL アスコルビン酸-2-リン酸(Sigma-Aldrich)を添加した通常増殖培地にて、21日間培養した。石灰化結節形成は、アリザリンレッド染色(Sigma-Aldrich)にて可視化した。
【0075】
脂肪生成のため、10% FBS、100nM デキサメタゾン(Sigma-Aldrich)、0.5mM IBMX(イソブチル-1-メチルキサンチン;Sigma-Aldrich)及び50μMインドメタシン(Wako,Tokyo,Japan)を添加したMEM-alphaにて、21日間培養した。脂肪生成培養物は、固定化し、オイルレッドO溶液(Sigma-Aldrich)により染色した。
【0076】
(表面抗原の発現解析)
細胞は、TrypLE(Thermo Fisher Scientific,MA,USA)にて5分間処理することにより分離させ、Tsuji K.ら、Cell Transplant.、2017年、26(6)、1089~1102ページに記載のとおり、抗体にて染色した。そして、表面抗原陽性細胞画分を、FACSVerseフローサイトメーター(BD Biosciences)を用い測定した。なお、細胞表面マーカー(CD73,CD90,CD105及びCD44)を解析するための、蛍光色素標識抗体は、BD Biosciences(NJ)より購入したものを用いた。
【0077】
(内側半月板前方切除)
C57BL/6Jの雄マウス20匹(8週齢、体重:約25g)を本研究に用いた(各グループ5匹ずつ。ORIENTAL YEAST Co.Ltd.Tokyo,Japan)。イソフルラン吸入により麻酔にかけ、左の前膝部を真っ直ぐ切開し、関節包の前中央側を切った。次いで、膝蓋腱を横方向に脱臼させ、内側半月板前角を露出させた(Hiyama K.ら、J Orthop Res.、2017年、35(9)、1958~1965ページ 参照)。半月板前角を切り、鉗子を用いて前方に脱臼させた。内側半月板を、内側側副靭帯の位置で垂直に切り、外科用顕微鏡を用いた顕微鏡下手術にて、内側半月板の前方を切除した。非吸収性縫合糸にて、皮膚を重ねて閉じた。なお、右膝は、偽手術に供した。また、マウスは、12時間の明暗サイクル下、自由に行動、自由摂食及び飲水にて、飼育した。
【0078】
組換えヒトActivin A(42ng/6μL in PBS)及び/又はrhPDGF-AA (174ng/6μL in PBS)は、術後7日目に関節内に注入した(Hoshino T.ら、BMC Musculoskelet Disord.、2018年、19(1):291 参照)。マウスは、術後10日目又は21日目に二酸化炭素により安楽死させ、左膝を解剖した。
【0079】
(組織学及び免疫組織学)
組織サンプルを、4%パラホルムアルデヒドにて3~4日間固定し、20%エチレンジアミン四酢酸(EDTA)溶液にて21日間脱灰処理に供した。次いで、パラフィンワックスに包埋した。そして、検体を矢状面にて5μmの厚さに切り、半月板再生を組織学的に評価するため、サフラニンO/ファストグリーン、又はヘマトキシリン/エオジン(H&E)にて染色した。組織学的切片は、Olympus BX53顕微鏡(Olympus,Tokyo,Japan)にて観察した。
【0080】
半月板再生を組織学的に定量化するため、修正されたPauli’s スコアシステムを用いた(Hiyama K.ら、J Orthop Res.2017年、35(9)、1958~1965ページ 参照)。組織学的評価は、2人の研究者による盲検によって行なった。
【0081】
I型及びII型コラーゲン免疫染色は、Tsuji K.ら、Cell Transplant.、2017年、26(6)、1089~1102ページに記載のとおり、行なった。すなわち、切片を、キシレン(Wako Pure Chemical Industries,Tokyo,Japan)による脱パラフィン処理に供し、アルコールにて段階的に再水和処理し、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)にて飽和させた。II型コラーゲン染色のため、サンプルを0.4mg/mlプロテナーゼK(Dako,Agilent Technologies, Santa Clara,CA,USA)含有50mM Tris-HClバッファー(Wako Pure Chemical Industries)にて10分間、前処理した。I型コラーゲン染色においては、プロテナーゼKによる消化処理は行なわなかった。
【0082】
次に、0.3%過酸化水素含有メタノールにて30分間処理し、内在性ペルオキシダーゼの活性を抑制した。一次抗体として、抗I型コラーゲン抗体(1:200希釈;Abcam cat.#ab34712,Cambridge,UK)又は抗II型コラーゲン抗体(1:1000希釈;Abcam cat.#ab34712,Cambridge,UK)を、切片に添加し、4℃にて一晩インキュベートした。次いで、切片を、0.1% PBS-TritonX-100(MP Biomedicals Inc.,Solon,OH,USA)にてリンスし、1:200に希釈した二次抗体[ビオチン化ヤギ由来抗ウサギイムノグロブリンG(IgG)、Vector Laboratories,Burlingame,CA,USA]にインキュベートした。そして、切片をリンスした後、Vectastain ABC reagent(Vector Laboratories)にてシグナルを可視化し、ジアミノベンジジン染色(DAB,Vector Laboratories)を施した。また、ヘマトキシリン(Muto Pure Chemicals,Tokyo,Japan)による切片の対比染色を行なった。
【0083】
(MIA誘導関節炎ラットモデル)
10週齢、体重330~345gのWistarラット(Charles River,Japan)を本研究に用いた。ラットは、2群(モノヨード酢酸(MIA)注入後アクチビンAを注入するものと、MIA注入後ベヒクルを注入するもの(コントロール))に分け、以下の実験に供した。
【0084】
先ず、イソフラン吸入によりラットを麻酔し、Hoshino T.ら、BMC Musculoskelet Disord.、2018年、19(1):291に記載のとおり、左膝関節内に、1.0mgMIA含有生理食塩水30μLを注入した。そして、MIA注入後14日目に、組換えヒトActivin A(400ng/30μL in PBS)又はベヒクルとしてPBSのみ30μLを注入した。そして、左肢(MIA注入側)及び右肢(MIA非注入側)間における、痛み回避行動(荷重の非対称性)を、0日目(注入前)、注入後1,3,7,14,17,19,21、24及び28日目に評価した。
【0085】
荷重の非対称性は、両足圧力差痛覚測定装置(Linton Instrumentation, Norfolk,UK)を用い、その角柱プレキシガラスケース内にラットを入れ、左及び右の後肢を独立したフォースプレートに載せ、検出した。各積載量を100回測定し、左膝(MIA投与側)後肢にかかる重量の割合(%)の変化は、下記式に基づき算出した(Hoshino T.ら、BMC Musculoskelet Disord.2018年、19(1):291、Inomata K.ら、BMC Musculoskelet Disord.2019年、20(1):8、Onuma Hら、J Orthop Res.2020年、Jan 5.doi:10.1002/jor.24580 参照)。
左膝後肢における荷重の割合(%)=左膝後肢における荷重/(左膝後肢における荷重+右膝後肢における荷重)×100 そして、投与前における荷重割合の差からの変化を経時的に評価した。
【0086】
(統計解析)
全ての統計解析はSPSSソフトウェアを用い行なった。統計解析には、Mann-Whitney’s U-検定及びStudent T検定を用いた。P値が0.05未満の場合、有意差があると判定した。
【0087】
(実施例1) MSCの増殖促進活性を有する物質の同定
図1A及びBに示すとおり、前十字靭帯再建術(ACL-R)持に採取された関節液を14%の割合でMSCの培養系に添加し、細胞増殖活性の計測を行った。その結果、
図2Aに示すとおり、非常に大きな個人差があるものの、関節液中にMSCの細胞増殖を活性化する生理活性物質が存在することが明らかになった。また、ACL-R直前の患者から採取した関節液における増殖促進活性は僅かであった。そのため、これらの物質は、侵襲(ACL-R)後の関節液において特に増加しているように見受けられる(例えば、ACL-R後3~4日、急性炎症期)。
【0088】
図2Aの結果を踏まえて、関節液中に存在し、MSCのin vitroでの増殖活性化を支持する生理活性物質の解析を行なった。その結果、関節液を非動化(56℃、30分間の加熱による不活性化)することにより細胞増殖促進作用は有意に減少したことから、目的とする分子は、熱感受性であること、補体であることが示唆された(
図2B 参照)。しかしながら、
図2Cに示すとおり、関節液中の、補体タンパク質(C3a、C4a、C5a)の濃度と細胞増殖活性との間に正の相関は観察されなかったこと。そのため、これら分子は目的とするものではないと結論づけた。
【0089】
また、血清中に存在し、滑膜MSCの増殖因子として既に同定されているPDGFAA,PDGFBBについても解析した。その結果、
図2Dに示すとおり、関節液中のPDGF量は、関節液のMSC増殖活性と正の相関を示したことから、これら分子は、求める生理活性物質の候補となり得ることが示された。
【0090】
さらに、関節侵襲により濃度が上昇すると考えられる種々のサイト力イン、ケモカインとの相関解析を行った。その結果、
図3Aに示すとおり、IL1β、IL6、IL10、IL8、MIG、IP-10が関節侵襲により発現量が増大することが明らかとなった。さらに、
図3Bに示すとおり、検討を行なった分子の中で、IL1β、IL6、IL8の関節液中の濃度とMSC増殖賦活化能との間に有意な正の相関を認められた。しかしながら、IL6、IL8及びIL10のリコンビナントタンパク質を各々通常増殖培地に添加し、MSCを培養した結果、
図3Cに示すとおり、用いたサイトカイン、ケモカインのリコンビナントタンパク質を、ED50の100倍量になるよう培地に加えても、MSCの増殖賦活化は観察されなかった。すなわち、IL1β,IL6,IL10,IL12,TNFa,CXCL8,CXCL9,CXCL10,CL2,CCL5の中に目的とするものは存在しなかった。
【0091】
そこで、関節液の増殖活性を指標に2群に分け、同時に174種類のタンパクを定量解析できる抗体アレイ(Raybiotech,Cytokine Array)を用いて存在量の異なるタンパク質を解析した。
【0092】
その結果、U検定により2群間で有意な差を持って発現量に差があると判断されたものは、
図4A~Bに示すとおり、13種類存在した。その中で最も興味深いと考えられた1分子(アクチビンA)に関して、以下のとおり更なる解析を行なった。
【0093】
<アクチビンによるMSCの増殖促進等についての評価>
図5Aに示すとおり、アクチビンAは、侵襲後の関節液中で濃度の有意な上昇が観察された。また
図5Bに示すとおり、関節液中の濃度とその関節液の細胞増殖活性作用との間に有意な正の相関が認められたことから、アクチビンはMSCの増殖因子として機能することが示唆された。
【0094】
次に、より詳細に、アクチビンの生理活性の解析を行うため、MSCの通常増殖培地に、アクチビンAのリコンビナントタンパク質(rhActivinA)を添加したところ、
図5C及びDに示すとおり、血清濃度に依存せず、有意にMSCの増殖が活性化されることが明らかとなった。このことから、アクチビンによる増殖の活性化に補因子(cofactor)の存在は必須でないことが示唆される。
【0095】
さらに、アクチビンAによるMSCの増殖活性化の分子機構を明らかにすることを試みた。MSCの増殖にはERK及びPI3Kのシグナル伝達経路が活性化されるという報告がある(Uomizu,M.ら、J Med Dent Sci.、2018年、65巻、73~82ページ 参照のほど)。そこで、PI3K-PKB/Akt及びErk1/Erk2、これら各シグナル伝達経路に対する特異的阻害剤存在下、滑膜MSCにアクチビンA(rhActivinA)を作用させ、細胞数をMTTアッセイにより計測した。
【0096】
その結果、
図5Eに示すとおり、PI3K-Akt経路の阻害剤である、LY294002、Akt1/2又はKU0063794を添加した場合には、アクチビンAによる増殖促進活性が完全に解消されることが明らかになった。一方、Erk1/Erk2阻害剤 PD98059を添加した場合には、アクチビンA非添加時よりも更に細胞数が低減することも明らかになった。これらの結果から、アクチビンAの増殖促進活性には、PI3K-PKB/Akt及びErk1/2の活性化が必要であることが示唆された。
【0097】
さらに、24時間、血清飢餓状態においたMSCに対し、早期の細胞内タンパクのリン酸化の解析を行ったところ、
図5Fに示すとおり、アクチビンA処理後の30分間において、Akt及びErk1/2のリン酸化は検出されなかった。しかしながら、PDGFによるAktのリン酸化をアクチビンAは増強することが明らかとなった。これに対して、細胞内Erkのリン酸化の増強は観察されなかった。
【0098】
以上のことから、アクチビンは、Pl3K-Akt/PKBのシグナル伝達経路に対して相加的に作用して、細胞増殖の活性化を誘導することが示唆された。
【0099】
(実施例2) アクチビンによるMSCの未分化性への影響についての解析
MSCの幹細胞性へのアクチビンの影響を評価するため、rhActivinAの存在下、2週間培養を行い、MSC表面抗原の発現量の変化を、フローサイトメトリー解析により調べた。
【0100】
その結果、
図6Aに示すとおり、アクチビンAによる幹細胞抗原の発現量の変化は観察されなかった。このことから、アクチビンは、in vitro培養系においてMSCの表現型に変化を与えることなく増殖の賦活化を行うことが示唆された。
【0101】
また、アクチビンA存在下2週間培養を行った後、in vitroにおける軟骨、骨、指筋細胞方向への分化誘導を行ったところ、
図6Bに示すとおり、コントロール(アクチビンAを加えずに培養した細胞)に比べて、有意な変化は観察されなかった。このように、軟骨、骨、脂肪細胞方向への分化誘導に変化は観察されなかったことから、前述の
図6Aに示した結果と併せて、アクチビンはMSCの幹細胞性を損なうことなく、増殖を活性化することが示唆された。
【0102】
さらに、軟骨分化培地にアクチビンA等を添加したところ、
図6Cに示すとおり、PDGFの添加により、共に軟骨の凝集塊の形成を促進する(湿重量を増大させる)効果は観察されたが、アクチビンによる有意な軟骨基質の産生促進効果は観察されなかった。
【0103】
以上の解析結果から、アクチビンは、MSCの幹細胞性を損なうことなくin vitroにおける細胞増殖促進効果を有する分子であることが明らかになった。
【0104】
(実施例3) 内側半月板前方1/2切除モデル
次に、in vivoにおけるアクチビンの生理作用を検討するため、組織再生実験を行なった。アクチビンAが、MSCの増殖を促進するという上記in vitroの結果を踏まえて、先ず、組織の欠損後の再生モデル(内側半月板前方1/2切除モデル)に対するアクチビンA(rhActivinA)の投与効果の検討を行なった。
【0105】
その結果、
図7Aに示すとおり、切除後10日後(アクチビンA投与後3日目〉において、アクチビンA投与群においては、均一な肉芽の形成、すなわち、より均一な再生半月板組織が誘導されていることが判明した。また、特記すべきこととして、コントロールやPDGF投与群において観察された再生領域における血管侵入が、アクチビンA投与群においてほぼ完全に抑制できていた。また、軟骨基質であるプロテオグリカンを染色するサフラニンOの染色性もコントロールやPDGF群に比して亢進していた。
【0106】
また、
図7Bに示すとおり、切除後21日後(アクチビンA投与後14日)において、アクチビンA投与群において、均一な軟骨様組織の再生が認められた。軟骨基質であるII型コラーゲンの均一な発現も観察された。硝子軟骨の形成に対して、血管侵入は抑制的に働くことが報告されている。そのため、アクチビンが、これまでにない硝子軟骨の誘導因子として機能することが示唆された。
【0107】
また、
図7Cに示すとおり、切除後56日後〈アクチビンA投与後49日〉において、アクチビンA投与群においては、均一な軟骨様組織の中心に、マウスの正常半月板でも観察される骨髄様組織の形成が認められた。
【0108】
さらに、
図7Dに示すとおり、切隙後84日後〈アクチビンA投与後77日〉において、アクチビンA投与群においては、正常半月板に非常に近い再生組織像を認められた。特記すべきこととして、マウスを含む齧歯類の半月板は、ヒトと異なり前節部分の深層に骨髄腔が形成されることが明らかとなっている(ヒトでは骨髄腔の形成は観察されず線維軟骨様の組織となる)。アクチビンA投与群においては、再生半月板の表層が全体に渡ってサフラニンOで濃染されるプロテオグリカンに富んだ軟骨組織が観察され、深層部に骨髄腔の形成が観察されている。この組織像は、マウスの半月板前節の正常な組織像に酷似していることから、アクチビンは、マウスにおいて切除後の再生を有意に促進する物質であるとともに、長期にわたって変性を抑制できる分子であることが示唆された。また、アクチビン投与による再生組織において、骨誘導は認められなかった。このように、軟骨再生能を有しながら内軟骨骨化が懸念されているFGF18とは異なり、アクチビンは、異所性の骨誘導が抑制され、副作用少なく、軟骨組織を再生できることが示唆される。
【0109】
また、各time pointにおける半月板の組織像を修正されたPauli’sスコアを用いて半定量評価を行なった。その結果、
図7Eに示すとおり、アクチビンA投与により、再生のプロセスが有意に促進されていることが明らかとなった。
【0110】
(実施例4) 関節軟骨全層欠損モデル
次に、関節軟骨の損傷に対する再生、退行変性抑制効果について検証すべく、関節軟骨全層欠損モデルを作製し、rhActivinAの投与効果の検討を行なった。具体的には、エアトームを用いて大腿骨顆間部に1.4mmφの関節軟骨全層欠損を作製し、一週間後にアクチビンA(rhActivinA)を、180ng関節内注射を行なった。
【0111】
その結果、
図8に示すとおり、欠損後4週間(アクチビンA投与後3週間)において、関節軟骨欠損部への線維軟骨様組織の形成に関し、アクチビンA、PDGFは共に、コントロール(PBS)に比して促進することが観察されたが、形成された組織の軟骨分化に有意な促進作用は観察されなかった。しかしながら、特記すべきこととして、欠損作成部位周囲の関節軟骨の退行変性が、アクチビンA投与群において有意に抑制された(サフラニンO染色性の低下が観察されなかった)。この結果は、アクチビンが、軟骨組織の再生促進効果を有しているだけでなく、変形性膝関節症で観察される軟骨の退行変性に対して抑制効果を有することを示唆している。
【0112】
(実施例5) MIA誘導関節炎モデル
アクチビンを関節症に対する新規治療薬として開発するためには、上述の軟骨変性に対する抑制だけでなく、関節症の最大の愁訴である疼痛に対する緩和効果を有していることが望ましい。
【0113】
そこで、モノヨード酢酸(MIA)の関節内注射による関節炎モデルを作製し、当該関節炎に伴う膝疼痛に対するアクチビンAの緩和効果について、検討を行なった。具体的には、
図9Aに示すとおり、MIA投与後14日目(炎症消退期)にアクチビンA(rhActivinA)の関節内投与を行い、投与前、投与後1日目から経時的にラット後肢の荷重量の左右差を測定した(Incapacitance test)。
【0114】
その結果、
図9Bに示すとおり、MIAの関節内注射(左膝)により、荷重量は、速やかに減少するが、14日目にアクチビンAを投与したところ、コントロール群に比して有意な荷重量の改善が観察された。このことから、アクチビンAの関節内投与は、疼痛緩和に対して有効であることが明らかになった。
【0115】
(実施例6) 関節内アクチビン濃度による予後予測
上述のとおり、関節侵襲後のアクチビンの関節内濃度が高い患者ほど予後が良くなる可能性が高いことが示唆される。そこで、前十字靭帯再建術患者の関節液を使用して、関節内アクチビンA濃度と予後の相関解析をおこなった。
【0116】
その結果、術後3~4日目に穿刺された関節液中のアクチビンA濃度が高い患者ほど、術後2ヶ月における患者立脚型の膝の快復度(IKDC)の指標が高いことが明らかになった。このように、関節侵襲後早期の関節液中のアクチビン濃度が、その後の患者立脚型の膝機能回復度指数を上昇させることから、関節液中のアクチビン濃度を指標とした関節病変の予後予測法として、臨床検査分野における新たな診断ツールの提供が可能となる。
【産業上の利用可能性】
【0117】
以上説明したように、本発明によれば、分化多能性に影響を与えることなく、MSCの増殖を促進すること、半月板又は軟骨組織の再生を促進することが可能となる。また、本発明によれば、軟骨の退行変性及び疼痛の抑制も含め、半月板損傷又は軟骨障害を治療及び予防することが可能となる。さらに、軟骨障害の予後を予測することも、本発明によれば可能となる。したがって、本発明は、半月板損傷、半月板欠損、関節軟骨の欠損、関節軟骨の退行変性、変形性関節症等の軟骨障害に関する医薬品分野等において、極めて有用である。