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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-02
(45)【発行日】2024-10-10
(54)【発明の名称】組換えタンパク質の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C12P 21/02 20060101AFI20241003BHJP
   C12N 1/21 20060101ALI20241003BHJP
   C12N 15/70 20060101ALI20241003BHJP
   C12R 1/19 20060101ALN20241003BHJP
【FI】
C12P21/02 C ZNA
C12N1/21
C12N15/70 Z
C12R1:19
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2021512190
(86)(22)【出願日】2020-04-01
(86)【国際出願番号】 JP2020015094
(87)【国際公開番号】W WO2020204102
(87)【国際公開日】2020-10-08
【審査請求日】2023-03-15
(31)【優先権主張番号】P 2019070585
(32)【優先日】2019-04-02
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】508113022
【氏名又は名称】Spiber株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【弁理士】
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100128381
【弁理士】
【氏名又は名称】清水 義憲
(74)【代理人】
【識別番号】100211100
【弁理士】
【氏名又は名称】福島 直樹
(74)【代理人】
【識別番号】100176773
【弁理士】
【氏名又は名称】坂西 俊明
(72)【発明者】
【氏名】小林 雅人
(72)【発明者】
【氏名】倉知 建始
(72)【発明者】
【氏名】森 英詞
(72)【発明者】
【氏名】野田 昂文
【審査官】山本 匡子
(56)【参考文献】
【文献】特表2008-522598(JP,A)
【文献】国際公開第2016/204198(WO,A1)
【文献】中国特許出願公開第1737149(CN,A)
【文献】長森 英二 他,流加培養による酵母の生産,生物工学会誌,2015年01月25日,第93巻,第32-34頁
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/00-5/28
C12P
C12Q
MEDLINE/BIOSIS/REGISTRY/CAPLUS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
誘導性プロモーターの制御下で組換えタンパク質を発現する組換え細胞を、ガラクトースと、マンニトール、ラフィノース及びメリビオースからなる群から選択される少なくとも2種と、を含む培地中で培養する第1の工程、及び
前記第1の工程の後、前記誘導性プロモーターからの発現が誘導される条件下で、前記組換え細胞を更に培養する第2の工程を備え
前記誘導性プロモーターが、イソプロピル-β-チオガラクトピラノシド(IPTG)誘導性プロモーターであり、
前記組換え細胞が、大腸菌である、前記組換えタンパク質の製造方法。
【請求項2】
前記誘導性プロモーターが、T7プロモーターである、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記第2の工程は、IPTGを前記培地に添加して、前記組換え細胞を更に培養する工程である、請求項又はに記載の製造方法。
【請求項4】
前記培地は、ガラクトース、マンニトール、ラフィノース及びメリビオースを含む、請求項1~のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項5】
前記培地は、ガラクトース、マンニトール及びラフィノースを含む、請求項1~のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項6】
前記組換えタンパク質が、構造タンパク質である、請求項1~のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項7】
前記組換えタンパク質が、フィブロインである、請求項1~のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項8】
前記組換えタンパク質が、クモ糸フィブロインである、請求項1~のいずれか一項に記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、組換えタンパク質の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
微生物による有用物質の工業生産においては、生産性の向上が重要な課題である。そのために、種々の培養法が検討されてきた。組換えタンパク質の生産においては、誘導性プロモーターの制御下にある組換えタンパク質の発現カセットを宿主細胞中に導入し、その組換え細胞を培養培地に導入し、培養後、栄養素のフィーディングにより当該組換え細胞を所望の濃度まで増殖させ、プロモーターに応じてアラビノース、ラクトース又はイソプロピル-β-チオガラクトピラノシド(IPTG)といった誘導剤を加え、組換えタンパク質の発現を誘導させる方法が一般的である。
【0003】
例えば、T7プロモーターを組換えタンパク質の発現に利用する場合には、T7RNAポリメラーゼと組み合わせたIPTG誘導系pETシステムが知られている(特許文献1及び非特許文献1)。
【0004】
T7プロモーター発現系は強力であるが、組換えタンパク質の発現が宿主にとって強いストレスになり、細胞増殖に影響を与えて発現効率が上がらない場合がある。プロモーターの配列を改良するか、そのプロモーターに働くいわゆる転写因子の構造を改善する等により、遺伝子の転写レベル/応答を制御することにより改善が試みられている(非特許文献2及び3)。このように改良が試みられているものの、更なる高い生産性の系の確立が求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】米国特許第4952496号
【非特許文献】
【0006】
【文献】Methods Enzymol,1990年,185,pp.60-89
【文献】Biotechnol Bioeng,1991年,37,pp.318-324
【文献】PLoS Comput Biol.,2012年,12,e1002811
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、組換えタンパク質を高生産する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、例えば、以下の各発明に関する。
[1]
誘導性プロモーターの制御下で組換えタンパク質を発現する組換え細胞を、ガラクトースと、マンニトール、ラフィノース及びメリビオースからなる群から選択される少なくとも2種と、を含む培地中で培養する第1の工程、及び
上記第1の工程の後、上記誘導性プロモーターからの発現が誘導される条件下で、上記組換え細胞を更に培養する第2の工程を備える、上記組換えタンパク質の製造方法。
[2]
上記誘導性プロモーターが、イソプロピル-β-チオガラクトピラノシド(IPTG)誘導性プロモーターである、[1]に記載の製造方法。
[3]
上記誘導性プロモーターが、T7プロモーターである、[1]又は[2]に記載の製造方法。
[4]
上記第2の工程は、IPTGを上記培地に添加して、上記組換え細胞を更に培養する工程である、[2]又は[3]に記載の製造方法。
[5]
上記培地は、ガラクトース、マンニトール、ラフィノース及びメリビオースを含む、[1]~[4]のいずれかに記載の製造方法。
[6]
上記培地は、ガラクトース、マンニトール及びラフィノースを含む、[1]~[4]のいずれかに記載の製造方法。
[7]
上記組換えタンパク質が、構造タンパク質である、[1]~[6]のいずれかに記載の製造方法。
[8]
上記組換えタンパク質が、フィブロインである、[1]~[7]のいずれかに記載の製造方法。
[9]
上記組換えタンパク質が、クモ糸フィブロインである、[1]~[8]のいずれかに記載の製造方法。
[10]
上記組換え細胞が、桿菌である、[1]~[9]のいずれかに記載の製造方法。
[11]
上記組換え細胞が、エシェリヒア属に属する微生物である、[1]~[10]のいずれかに記載の製造方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、組換えタンパク質を高生産する方法を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明を実施するための形態について詳細に説明する。ただし、本発明は以下の実施形態に限定されるものではない。
【0011】
本実施形態に係る組換えタンパク質の製造方法は、誘導性プロモーターの制御下で組換えタンパク質を発現する組換え細胞を、ガラクトースと、マンニトール、ラフィノース及びメリビオースからなる群から選択される少なくとも2種と、を含む培地中で培養する第1の工程、及び第1の工程の後、誘導性プロモーターからの発現が誘導される条件下で、組換え細胞を更に培養する第2の工程を備える。
【0012】
(組換えタンパク質)
本実施形態に係る製造方法で生産する組換えタンパク質(以下、「目的タンパク質」ということもある。)としては、工業規模での製造が好ましい任意のタンパク質を挙げることができ、例えば、工業用に利用できるタンパク質、医療用に利用できるタンパク質、構造タンパク質等を挙げることができる。工業用又は医療用に利用できるタンパク質の具体例としては、クモ糸タンパク質、酵素、制御タンパク質、受容体、ペプチドホルモン、サイトカイン、膜又は輸送タンパク質、予防接種に使用する抗原、ワクチン、抗原結合タンパク質、免疫刺激タンパク質、アレルゲン、完全長抗体又は抗体フラグメント若しくは誘導体を挙げることができる。構造タンパク質の具体例としては、フィブロイン(例えば、クモ糸フィブロイン(スパイダーシルク)、カイコシルク等)、ケラチン、コラ-ゲン、エラスチン、レシリン、及びこれら由来のタンパク質等を挙げることができる。
【0013】
本明細書においてフィブロインは、天然由来のフィブロインと改変フィブロインとを含む。本明細書において「天然由来のフィブロイン」とは、天然由来のフィブロインと同一のアミノ酸配列を有するフィブロインを意味し、「改変フィブロイン」とは、天然由来のフィブロインとは異なるアミノ酸配列を有するフィブロインを意味する。
【0014】
フィブロインは、クモ糸フィブロインであってよい。「クモ糸フィブロイン」には、天然クモ糸フィブロイン、及び天然クモ糸フィブロインに由来する改変フィブロインが含まれる。天然クモ糸フィブロインとしては、例えば、クモ類が産生するスパイダーシルクタンパク質(SSP)が挙げられる。
【0015】
フィブロインは、例えば、式1:[(A)モチーフ-REP]、又は式2:[(A)モチーフ-REP]-(A)モチーフで表されるドメイン配列を含むタンパク質であってもよい。本実施形態に係るフィブロインは、ドメイン配列のN末端側及びC末端側のいずれか一方又は両方に更にアミノ酸配列(N末端配列及びC末端配列)が付加されていてもよい。N末端配列及びC末端配列は、これに限定されるものではないが、典型的には、フィブロインに特徴的なアミノ酸モチーフの反復を有さない領域であり、100残基程度のアミノ酸からなる。
【0016】
本明細書において「ドメイン配列」とは、フィブロイン特有の結晶領域(典型的には、アミノ酸配列の(A)モチーフに相当する。)と非晶領域(典型的には、アミノ酸配列のREPに相当する。)を生じるアミノ酸配列であり、式1:[(A)モチーフ-REP]、又は式2:[(A)モチーフ-REP]-(A)モチーフで表されるアミノ酸配列を意味する。ここで、(A)モチーフは、アラニン残基を主とするアミノ酸配列を示し、アミノ酸残基数は2~27である。(A)モチーフのアミノ酸残基数は、2~20、4~27、4~20、8~20、10~20、4~16、8~16、又は10~16の整数であってよい。また、(A)モチーフ中の全アミノ酸残基数に対するアラニン残基数の割合は40%以上であればよく、60%以上、70%以上、80%以上、83%以上、85%以上、86%以上、90%以上、95%以上、又は100%(アラニン残基のみで構成されることを意味する。)であってもよい。ドメイン配列中に複数存在する(A)モチーフは、少なくとも7つがアラニン残基のみで構成されてもよい。REPは2~200アミノ酸残基から構成されるアミノ酸配列を示す。REPは、10~200アミノ酸残基から構成されるアミノ酸配列であってもよい。mは2~300の整数を示し、10~300の整数であってもよい。複数存在する(A)モチーフは、互いに同一のアミノ酸配列でもよく、異なるアミノ酸配列でもよい。複数存在するREPは、互いに同一のアミノ酸配列でもよく、異なるアミノ酸配列でもよい。
【0017】
天然由来のフィブロインとしては、例えば、式1:[(A)モチーフ-REP]、又は式2:[(A)モチーフ-REP]-(A)モチーフで表されるドメイン配列を含むタンパク質を挙げることができる。天然由来のフィブロインの具体例としては、例えば、昆虫又はクモ類が産生するフィブロインが挙げられる。
【0018】
昆虫が産生するフィブロインとしては、例えば、ボンビックス・モリ(Bombyx mori)、クワコ(Bombyx mandarina)、天蚕(Antheraea yamamai)、柞蚕(Anteraea pernyi)、楓蚕(Eriogyna pyretorum)、蓖蚕(Pilosamia Cynthia ricini)、樗蚕(Samia cynthia)、栗虫(Caligura japonica)、チュッサー蚕(Antheraea mylitta)、ムガ蚕(Antheraea assama)等のカイコが産生する絹タンパク質、及びスズメバチ(Vespa simillima xanthoptera)の幼虫が吐出するホーネットシルクタンパク質が挙げられる。
【0019】
昆虫が産生するフィブロインのより具体的な例としては、例えば、カイコ・フィブロインL鎖(GenBankアクセッション番号M76430(塩基配列)、及びAAA27840.1(アミノ酸配列))が挙げられる。
【0020】
クモ類が産生するフィブロインとしては、例えば、クモ目(Araneae)に属するクモが産生するスパイダーシルクタンパク質が挙げられる。より具体的には、オニグモ、ニワオニグモ、アカオニグモ、アオオニグモ及びマメオニグモ等のオニグモ属(Araneus属)に属するクモ、ヤマシロオニグモ、イエオニグモ、ドヨウオニグモ及びサツマノミダマシ等のヒメオニグモ属(Neoscona属)に属するクモ、コオニグモモドキ等のコオニグモモドキ属(Pronus属)に属するクモ、トリノフンダマシ及びオオトリノフンダマシ等のトリノフンダマシ属(Cyrtarachne属)に属するクモ、トゲグモ及びチブサトゲグモ等のトゲグモ属(Gasteracantha属)に属するクモ、マメイタイセキグモ及びムツトゲイセキグモ等のイセキグモ属(Ordgarius属)に属するクモ、コガネグモ、コガタコガネグモ及びナガコガネグモ等のコガネグモ属(Argiope属)に属するクモ、キジロオヒキグモ等のオヒキグモ属(Arachnura属)に属するクモ、ハツリグモ等のハツリグモ属(Acusilas属)に属するクモ、スズミグモ、キヌアミグモ及びハラビロスズミグモ等のスズミグモ属(Cytophora属)に属するクモ、ゲホウグモ等のゲホウグモ属(Poltys属)に属するクモ、ゴミグモ、ヨツデゴミグモ、マルゴミグモ及びカラスゴミグモ等のゴミグモ属(Cyclosa属)に属するクモ、及びヤマトカナエグモ等のカナエグモ属(Chorizopes属)に属するクモが産生するスパイダーシルクタンパク質、並びにアシナガグモ、ヤサガタアシナガグモ、ハラビロアシダカグモ及びウロコアシナガグモ等のアシナガグモ属(Tetragnatha属)に属するクモ、オオシロカネグモ、チュウガタシロカネグモ及びコシロカネグモ等のシロカネグモ属(Leucauge属)に属するクモ、ジョロウグモ及びオオジョロウグモ等のジョロウグモ属(Nephila属)に属するクモ、キンヨウグモ等のアズミグモ属(Menosira属)に属するクモ、ヒメアシナガグモ等のヒメアシナガグモ属(Dyschiriognatha属)に属するクモ、クロゴケグモ、セアカゴケグモ、ハイイロゴケグモ及びジュウサンボシゴケグモ等のゴケグモ属(Latrodectus属)に属するクモ、及びユープロステノプス属(Euprosthenops属)に属するクモ等のアシナガグモ科(Tetragnathidae科)に属するクモが産生するスパイダーシルクタンパク質が挙げられる。スパイダーシルクタンパク質としては、例えば、MaSp(MaSp1及びMaSp2)、ADF(ADF3及びADF4)等の牽引糸タンパク質、MiSp(MiSp1及びMiSp2)、AcSp、PySp、Flag等が挙げられる。
【0021】
ケラチン由来のタンパク質として、例えば、カプラ・ヒルクス(Capra hircus)のタイプIケラチン等を挙げることができる。
【0022】
コラーゲン由来のタンパク質として、例えば、式3:[REP2]で表されるドメイン配列を含むタンパク質(ここで、式3中、oは5~300の整数を示す。REP2は、Gly一X一Yから構成されるアミノ酸配列を示し、X及びYはGly以外の任意のアミノ酸残基を示す。複数存在するREP2は、互いに同一のアミノ酸配列でもよく、異なるアミノ酸配列でもよい。)を挙げることができる。
【0023】
エラスチン由来のタンパク質として、例えば、NCBIのGenbankのアクセッション番号AAC98395(ヒト)、I47076(ヒツジ)、NP786966(ウシ)等のアミノ酸配列を有するタンパク質を挙げることができる。
【0024】
レシリン由来のタンパク質として、例えば、式4:[REP3]で表されるドメイン配列を含むタンパク質(ここで、式4中、pは4~300の整数を示す。REP3はSer一J一J一Tyr一Gly一U-Proから構成されるアミノ酸配列を示す。Jは任意のアミノ酸残基を示し、特にAsp、Ser及びThrからなる群から選ばれるアミノ酸残基であることが好ましい。Uは任意のアミノ酸残基を示し、特にPro、Ala、Thr及びSerからなる群から選ばれるアミノ酸残基であることが好ましい。複数存在するREP3は、互いに同一のアミノ酸配列でもよく、異なるアミノ酸配列でもよい。)を挙げることができる。
【0025】
(組換えタンパク質を発現する組換え細胞)
本実施形態に係る組換え細胞は、誘導性プロモーターの制御下で組換えタンパク質を発現するものである。本実施形態に係る組換え細胞は、例えば、組換えタンパク質をコードする核酸配列と、当該核酸配列に作動可能に連結された誘導性プロモーター配列と、必要に応じて更に当該核酸配列に作動可能に連結された1又は複数の調節配列とを有する(以下、「組換えタンパク質発現カセット」ともいう。)。
【0026】
誘導性プロモーターは、宿主細胞中で機能し、組換えタンパク質を発現誘導可能な誘導性プロモーターであればよい。誘導性プロモーターは、誘導物質(発現誘導剤)の存在、リプレッサー分子の非存在、又は温度、浸透圧若しくはpH値の上昇若しくは低下等の物理的要因により、転写を制御できるプロモーターである。
【0027】
原核生物を宿主とした場合の誘導性プロモーターの具体例として、ラクトース又はそのアナログであるIPTGにより誘導されるIPTG誘導性プロモーター(例えば、T7プロモーター、tac及びtrcプロモーター、lac及びlacUV5プロモーター)が挙げられる。
【0028】
調節配列は、宿主における組換えタンパク質の発現を制御する配列(例えば、エンハンサー、リボソーム結合配列、転写終結配列等)であり、宿主の種類に応じて適宜選択することができる。発現ベクターの種類は、プラスミドベクター、ウイルスベクター、コスミドベクター、フォスミドベクター、人工染色体ベクター等、宿主の種類に応じて適宜選択することができる。
【0029】
本実施形態に係る組換え細胞は、例えば、少なくとも組換えタンパク質をコードする核酸配列を含む発現ベクターで宿主を形質転換する方法により得ることができる。当該発現ベクターは、組換えタンパク質をコードする核酸配列と、当該核酸配列に作動可能に連結された誘導性プロモーター配列と、必要に応じて更に当該核酸配列に作動可能に連結された1又は複数の調節配列とを有するものであってもよい。
【0030】
本実施形態に係る組換え細胞は、組換えタンパク質発現カセットを染色体外に有するものであってもよく、組換えタンパク質発現カセットを染色体上(ゲノム上)に有するものであってもよい。
【0031】
宿主を形質転換する方法としては、公知の方法を使用することができ、例えば、プラスミドベクターを用いて宿主を形質転換することが挙げられる。
【0032】
組換えタンパク質発現カセットをゲノム上へ組み込む方法としては、公知の方法を使用することができ、例えば、λファージの2重鎖切断修復における組換え機構を応用したλred法、Red/ET相同組換え法、pUT-mini Tn5を用いたトランスポゾン活性を利用した転移法が挙げられる。例えば、バイオメダル社の「トランスポゾンによる遺伝子導入キット:pUTmini-Tn5 Kit」等を用い、キットに記載の方法に準じて、組換えタンパク質発現カセットを宿主のゲノム上に組み込むことができる。このとき、少なくとも組換えタンパク質をコードする核酸配列を含むDNA断片を宿主細胞のゲノム上の1又は複数の調節配列と作動可能に連結するように組み換えることで、組換えタンパク質発現カセットを宿主のゲノム上に組み込んでもよい。
【0033】
宿主として、細菌等の原核生物、並びに酵母、糸状真菌、昆虫細胞、動物細胞及び植物細胞等の真核生物のいずれも好適に用いることができる。宿主は、球菌、らせん菌、桿菌のいずれであってもよいが、桿菌であることが好ましい。
【0034】
細菌等の原核生物の宿主としては、エシェリヒア属、ブレビバチルス属、セラチア属、バチルス属、ミクロバクテリウム属、ブレビバクテリウム属、コリネバクテリウム属及びシュードモナス属等に属する微生物を挙げることができる。原核生物の好ましい例としては、例えば、大腸菌、バチルス・ズブチリス、シュードモナス、コリネバクテリウム、及びラクトコッカス等を挙げることができる。宿主細胞は、エシェリヒア属に属する微生物、特に大腸菌(Escherichia coli)であることが好ましい。
【0035】
エシェリヒア属に属する微生物として、例えば、エシェリヒア・コリ BL21(ノバジェン社)、エシェリヒア・コリ BL21(DE3)(ライフテクノロジーズ社)、エシェリヒア・コリ BLR(DE3)(メルクミリポア社)、エシェリヒア・コリ DH1、エシェリヒア・コリ GI698、エシェリヒア・コリ HB101、エシェリヒア・コリ JM109、エシェリヒア・コリ K5(ATCC 23506)、エシェリヒア・コリ KY3276、エシェリヒア・コリ MC1000、エシェリヒア・コリ MG1655(ATCC 47076)、エシェリヒア・コリ No.49、エシェリヒア・コリ Rosetta(DE3)(ノバジェン社)、エシェリヒア・コリ TB1、エシェリヒア・コリ Tuner(ノバジェン社)、エシェリヒア・コリ Tuner(DE3)(ノバジェン社)、エシェリヒア・コリ W1485、エシェリヒア・コリ W3110(ATCC 27325)、エシェリヒア・コリ(Escherichia coli)XL1-Blue、エシェリヒア・コリ XL2-Blue等を挙げることができる。宿主細胞は、大腸菌(Escherichia coli)であることが好ましい。
【0036】
真核生物の宿主としては、例えば、酵母及び糸状真菌(カビ等)を挙げることができる。
【0037】
酵母としては、例えば、サッカロマイセス(Saccharomyces)属、シゾサッカロマイセス(Schizosaccharomyces)属、クリベロマイセス(Kluyveromyces)属、トリコスポロン(Trichosporon)属、シワニオミセス(Schwanniomyces)属、ピキア(Pichia)属、キャンディダ(Candida)属、ヤロウィア属及びハンゼヌラ属等に属する酵母を挙げることができる。
【0038】
糸状真菌としては、例えば、アクレモニウム(Acremonium)属、アスペルギルス(Aspergillus)属、ウスチラーゴ(Ustilago)属、トリコデルマ(Trichoderma)属、ノイロスポラ(Neurospora)属、フザリウム(Fusarium)属、フミコーラ(Humicola)属、ペニシリウム(Penicillium)属、マイセリオフトラ(Myceliophtora)属、ボトリティス(Botryts)属、マグナポルサ(Magnaporthe)属、ムコア(Mucor)属、メタリチウム(Metarhizium)属、モナスカス(Monascus)属、リゾプス(Rhizopus)属、及びリゾムコア属に属する菌等を挙げることができる。
【0039】
(第1の工程)
第1の工程は、誘導性プロモーターの制御下で組換えタンパク質を発現する組換え細胞を、ガラクトースと、マンニトール、ラフィノース及びメリビオースからなる群から選択される少なくとも2種と、を含む培地中で培養するものである。
【0040】
培地は、ガラクトースに加えて、マンニトール、ラフィノース及びメリビオースのうち少なくとも2種を含むものであればよい。培地は、例えば、タンパク質生産培地にガラクトースと、マンニトール、ラフィノース及びメリビオースからなる群から選択される少なくとも2種と、を添加したものであってよい。
【0041】
タンパク質生産培地は特に限定されず、組換え細胞の種類に応じて、公知の天然培地又は合成培地から選択することができる。タンパク質生産培地としては、例えば、炭素源、窒素源、リン酸源、硫黄源、ビタミン類、ミネラル、栄養要求性により要求される栄養素、及びその他の各種有機成分や無機成分から選択される成分を必要に応じて含有する液体培地を用いることができる。培地成分の種類や濃度は、当業者が適宜設定してよい。
【0042】
炭素源としては、グルコース、シュクロース、ラクトース、フラクトース、でんぷんの加水分解物等の糖類、グリセロール、ソルビトール等のアルコール類、フマール酸、クエン酸、コハク酸等の有機酸類が挙げられる。
【0043】
炭素源としては、1種類であってもよく、2種類以上の炭素源を任意の比率で混合してもよい。タンパク質生産培地における炭素源の濃度は、0.1w/v%~50w/v%程度、好ましくは0.5w/v%~40w/v%程度、より好ましくは1w/v%~30w/v%程度、特に好ましくは5w/v%~20w/v%程度であってよい。本実施形態において、炭素源としてグリセロール又はグルコースを用いることが好ましく、グリセロール又はグルコースと他の炭素源とを任意の比率で混合してもよい。炭素源中のグリセロール又はグルコースの比率は、好ましくは10重量%以上、より好ましくは50重量%以上、特に好ましくは70重量%以上であることが望ましい。培養開始時の炭素源の好ましい初発濃度は上記のとおりであるが、培養中の炭素源の消費に応じて、炭素源を適宜に添加してもよい。
【0044】
窒素源としては、硝酸塩、アンモニウム塩、アンモニアガス、アンモニア水等の無機窒素塩、アミノ酸、ペプトン、エキス類等の有機窒素源が挙げられる。ペプトン類としては、カゼインペプトン、獣肉ペプトン、心筋ペプトン、ゼラチンペプトン、又は大豆ペプトン等が挙げられる。エキス類としては、肉エキス、酵母エキス、心臓浸出液(ハートインフュージョン)等が挙げられる。アミノ酸又はペプチドを含む窒素源としては、より低分子のペプチド及びアミノ酸の含有量が高いほうが好ましい。
【0045】
リン酸源としては、リン酸2水素カリウム、リン酸水素2カリウム等のリン酸塩、ピロリン酸等のリン酸ポリマーが挙げられる。
【0046】
硫黄源としては、硫酸塩、チオ硫酸塩、亜硫酸塩等の無機硫黄化合物、システイン、シスチン、グルタチオン等の含硫アミノ酸が挙げられる。
【0047】
ビタミン類としては、ビオチン、塩化コリン、シアノコバラミン、葉酸、イノシトール、ニコチン酸、4-アミノ安息香酸、パントテン酸、ピリドキシン、リボフラビン、チアンミン、チムジン等が挙げられる。ビタミン類の源としては、麦芽エキス、ポテトエキス、トマトジュース等の各種エキスが挙げられる。
【0048】
ミネラルとしては、リン(P)の他に、イオウ(S)、カリウム(K)、カルシウム(Ca)、マグネシウム(Mg)、鉄(Fe)、ナトリウム(Na)等が挙げられる。
【0049】
培地中のガラクトースの含有量は、培地500mLあたり、0.1mg~300mgであってよく、0.5mg~250mgであってよく、1mg~200mgであってよく、1mg~150mgであってよく、1mg~100mgであってよく、5mg~200mgであってよく、5mg~150mgであってよく、10mg~200mgであってよく、10mg~150mgであってよく、10mg~100mgであってよく、10mg~80mgであってよく、10mg~50mgであってよく、15~150mgであってよく、20mg~150mgであってよく、20mg~100mgであってよく、25mg~125mgであってよく、50mg~150mgであってよく、50mg~120mgであってよく、50mg~100mgであってよい。ガラクトースの含有量がこの範囲にあると、組換えタンパク質の生産量がより高くなる。
【0050】
培地がマンニトールを含む場合、培地中のマンニトールの濃度は、培地500mLあたり、0.1mg~300mgであってよく、0.5mg~250mgであってよく、1mg~200mgであってよく、1mg~150mgであってよく、1mg~100mgであってよく、5mg~200mgであってよく、5mg~150mgであってよく、10mg~200mgであってよく、10mg~150mgであってよく、10mg~100mgであってよく、10mg~80mgであってよく、10mg~50mgであってよく、15~150mgであってよく、20mg~150mgであってよく、20mg~100mgであってよく、25mg~125mgであってよく、50mg~150mgであってよく、50mg~120mgであってよく、50mg~100mgであってよい。マンニトールの含有量がこの範囲にあると、組換えタンパク質の生産量がより高くなる。
【0051】
培地がラフィノースを含む場合、培地中のラフィノースの濃度は、培地500mLあたり、0.1mg~300mgであってよく、0.5mg~250mgであってよく、1mg~200mgであってよく、1mg~150mgであってよく、1mg~100mgであってよく、5mg~200mgであってよく、5mg~150mgであってよく、10mg~200mgであってよく、10mg~150mgであってよく、10mg~100mgであってよく、10mg~80mgであってよく、10mg~50mgであってよく、15~150mgであってよく、20mg~150mgであってよく、20mg~100mgであってよく、25mg~125mgであってよく、50mg~150mgであってよく、50mg~120mgであってよく、50mg~100mgであってよい。ラフィノースの含有量がこの範囲にあると、組換えタンパク質の生産量がより高くなる。
【0052】
培地がメリビオースを含む場合、培地中のメリビオースの濃度は、培地500mLあたり、0.1mg~300mgであってよく、0.5mg~250mgであってよく、1mg~200mgであってよく、1mg~150mgであってよく、1mg~100mgであってよく、5mg~200mgであってよく、5mg~150mgであってよく、10mg~200mgであってよく、10mg~150mgであってよく、10mg~100mgであってよく、10mg~80mgであってよく、10mg~50mgであってよく、15~150mgであってよく、20mg~150mgであってよく、20mg~100mgであってよく、25mg~125mgであってよく、50mg~150mgであってよく、50mg~120mgであってよく、50mg~100mgであってよい。メリビオースの含有量がこの範囲にあると、組換えタンパク質の生産量がより高くなる。
【0053】
培地がガラクトースと、マンニトール、ラフィノース及びメリビオースからなる群から選択される少なくとも2種を含む場合、培地中のガラクトースと、マンニトール、ラフィノース及びメリビオースからなる群から選択される少なくとも2種の合計濃度は、培地500mLあたり、0.2mg~600mgであってよく、0.2mg~400mgであってよく、1mg~600mgであってよく、1mg~400mgであってよく、1mg~300mgであってよく、1mg~200mgであってよく、1mg~100mgであってよく、10mg~600mgであってよく、10mg~400mgであってよく、10mg~300mgであってよく、10mg~200mgであってよく、10mg~100mgであってよく、20mg~600mgであってよく、20mg~400mgであってよく、20mg~300mgであってよく、20mg~200mgであってよく、20mg~100mgであってよく、50mg~600mgであってよく、50mg~400mgであってよく、50mg~300mgであってよく、50~200mgであってよく、100mg~600mgであってよく、100mg~400mgであってよく、100mg~300mgであってよく、100mg~200mgであってよい。ガラクトースと、マンニトール、ラフィノース及びメリビオースからなる群から選択される少なくとも2種の合計含有量がこの範囲にあると、組換えタンパク質の生産量がより高くなる。
【0054】
培地がガラクトースと、マンニトール、ラフィノース及びメリビオースからなる群から選択される少なくとも3種を含む場合、培地中のガラクトースと、マンニトール、ラフィノース及びメリビオースからなる群から選択される少なくとも3種の合計濃度は、培地500mLあたり、1mg~900mgであってよく、1mg~600mgであってよく、10mg~600mgであってよく、15mg~600mgであってよく、15mg~500mgであってよく、15mg~400mgであってよく、15mg~300mgであってよく、20mg~600mgであってよく、20mg~500mgであってよく、20mg~400mgであってよく、20mg~300mgであってよく、30mg~600mgであってよく、30mg~500mgであってよく、30mg~400mgであってよく、30mg~300mgであってよく、45mg~600mgであってよく、45mg~500mgであってよく、45mg~400mgであってよく、45mg~300mgであってよく、60mg~600mgであってよく、60mg~500mgであってよく、60mg~400mgであってよく、60mg~300mgであってよく、90mg~900mgであってよく、90mg~600mgであってよく、90mg~500mgであってよく、90mg~400mgであってよく、90mg~300mgであってよく、120mg~900mgであってよく、120mg~600mgであってよく、120mg~500mgであってよく、120mg~400mgであってよく、120mg~300mgであってよく、150mg~900mgであってよく、150mg~600mgであってよく、150mg~500mgであってよく、150mg~400mgであってよく、150mg~300mgであってよい。ガラクトースと、マンニトール、ラフィノース及びメリビオースからなる群から選択される少なくとも3種の合計含有量がこの範囲にあると、組換えタンパク質の生産量がより高くなる。
【0055】
培地は、ガラクトース、マンニトール、ラフィノース及びメリビオースを全て含むものであってよい。培地がガラクトース、マンニトール、ラフィノース及びメリビオースを全て含む場合、培地中のガラクトースと、マンニトール、ラフィノース及びメリビオースの合計濃度は、培地500mLあたり、0.5mg以上であってよく、5mg以上であってよく、10mg以上であってよく、30mg以上であってよく、40mg以上であってよく、50mg以上であってよく、60mg以上であってよく、80mg以上であってよく、100mg以上であってよく、120mg以上であってよく、150mg以上であってよく、200mg以上であってよく、300mg以上であってよく、400mg以上であってよく、800mg以下であってよく、600mg以下であってよく、500mg以下であってよく、400mg以下であってよく、40mg~800mgであってよく、40mg~600mgであってよく、40mg~400mgであってよく、200mg~800mgであってよく、200mg~600mgであってよく、200mg~400mgであってよい。これにより、組換えタンパク質の生産量がより高くなる。培地はまた、ガラクトース、マンニトール及びラフィノースを含むものであってよい。これにより、組換えタンパク質の生産量がより高くなることに加え、生産コストをより低減することができる。
【0056】
第1の工程における培養は、例えば、通気培養又は振盪培養により、好気的に行うことができる。培養は、回分培養(batch culture)、流加培養(fed-batch culture)、連続培養(continuous culture)、又はそれらの組み合わせにより実施することができる。培地のpHは、例えば、3.0~9.0であってよい。培養温度は、例えば、15~40℃であってよい。培養時間は、例えば、1~60時間であってよい。
【0057】
本実施形態に係る製造方法において、第1の工程における培養により、組換えタンパク質が発現する。第1の工程における組換えタンパク質の生産量は、第1の工程を介さずに誘導性プロモーターからの発現が誘導される条件下で組換え細胞を培養したときの組換えタンパク質の生産量(通常の生産量)よりも通常低い。一方、第1の工程と、以下説明する第2の工程を組み合わせることで、通常の生産量よりも高い生産量を達成することができる。
【0058】
(第2の工程)
第2の工程は、第1の工程の後、誘導性プロモーターからの発現が誘導される条件下で、組換え細胞を更に培養する工程である。組換え細胞を誘導性プロモーターからの発現が誘導される条件下に置くことにより、誘導性プロモーターによる転写(組換えタンパク質をコードする核酸の転写)が活性化され、組換えタンパク質の発現が更に誘導される。なお、第2の工程でいう「誘導性プロモーターからの発現が誘導される条件」とは、培地がガラクトースと、マンニトール、ラフィノース及びメリビオースからなる群から選択される少なくとも2種と、を含むことに加えて、更にこれ以外の誘導性プロモーターからの発現が誘導される条件を設定することを意味する。
【0059】
誘導性プロモーターによる転写の活性化は、誘導性プロモーターの種類に応じて、当該技術分野で公知の方法に従って行うことができる。例えば、誘導物質(発現誘導剤)の存在により活性化される誘導性プロモーター(例えば、IPTG誘導性プロモーター)を使用した場合、当該誘導物質(例えば、IPTG)を培養液に添加することにより、誘導性プロモーターによる転写が活性化され、組換えタンパク質の発現を誘導することができる。誘導物質は、1度に、又は複数回に分けて培養液に添加してもよく、また、連続フィードにより培養液に添加してもよい。流加基質溶液に誘導物質を含有させてフィードしてもよい。添加する誘導物質の量は、誘導物質及び誘導性プロモーターの種類に応じて設定することができるが、例えば、組換え細胞の乾燥重量1g当たり0.1~30μgの範囲とすることができ、好ましくは、0.5~20μgの範囲である。
【0060】
また例えば、温度の上昇又は低下により活性化される誘導性プロモーターを使用した場合、培養液の温度を上昇又は低下させることにより、誘導性プロモーターによる転写が活性化され、組換えタンパク質の発現を誘導することができる。
【0061】
第1の工程から第2の工程へ移行する時期には、特に制限はなく、培養システムの構成、生産プロセスの設計に応じて適宜設定することができる。組換えタンパク質の生産を効率よく行う観点からは、第1の工程において、組換え細胞の増殖が対数増殖期の中期~後期に達した時点で、第2の工程へ移行するのが好ましい。
【0062】
組換え細胞の増殖は、遅延期又は誘導期(培養初期の細胞数の増加が遅い時期)から始まり、対数増殖期(単位時間ごとに細胞数が2倍と対数的に増加する時期)を経て、定常期(細胞の正味の数に変動の見られない時期)に至る。対数増殖期の中期とは、遅延期における細胞数と定常期における細胞数の中間程度の細胞数になる時期をいい、対数増殖期の後期とは、中期から定常期までの時期をいう。第1の工程から第2の工程へ移行する時期の具体例として、例えば、定常期におけるOD600の値が約150になる組換え細胞の場合、OD600の値が30~120に達した時期であるのが好ましく、40~110に達した時期であるのがより好ましく、60~100に達した時期であるのが更に好ましい。
【0063】
第2の工程における培養時間は、使用する宿主、組換えタンパク質の種類に応じて、設定した生産量に達するまで行えばよい。培養液の温度等の培養条件により生産速度は変化するため、第2の工程における培養時間を一義的に決める必要はない。次工程の組換えタンパク質の分離及び精製の進行に合わせて、第2の工程における培養時間を設定してもよい。また、並行して行っている組換え細胞の増殖、及び当該増殖した組換え細胞の移送に影響がないように組換えタンパク質の発現を誘導する時間を設定することが、工業的生産においては好ましい。第2の工程における培養時間の一例として、これに限定されるものではないが、例えば、1時間~30時間が挙げられる。
【0064】
第2の工程で組換えタンパク質の発現誘導を行った培養液は、下記組換えタンパク質の分離及び精製に使用してもよい。
【0065】
(組換えタンパク質の分離及び精製)
組換えタンパク質の分離及び精製は、通常用いられている方法で行うことができる。例えば、組換えタンパク質が、細胞内に溶解状態で発現した場合には、第2の工程での培養終了後、宿主(組換え細胞)を遠心分離により回収し、水系緩衝液に懸濁した後、超音波破砕機、フレンチプレス、マントンガウリンホモゲナイザー及びダイノミル等により組換え細胞を破砕し、無細胞抽出液を得る。該無細胞抽出液を遠心分離することにより得られる上清から、タンパク質の単離精製に通常用いられている方法、すなわち、溶媒抽出法、硫安等による塩析法、脱塩法、有機溶媒による沈殿法、ジエチルアミノエチル(DEAE)-セファロース、DIAION HPA-75(三菱化成社製)等のレジンを用いた陰イオン交換クロマトグラフィー法、S-Sepharose FF(Pharmacia社製)等のレジンを用いた陽イオン交換クロマトグラフィー法、ブチルセファロース、フェニルセファロース等のレジンを用いた疎水性クロマトグラフィー法、分子篩を用いたゲルろ過法、アフィニティークロマトグラフィー法、クロマトフォーカシング法、等電点電気泳動等の電気泳動法等の方法を単独又は組み合わせて使用し、組換えタンパク質の精製標品を得ることができる。
【0066】
また、組換えタンパク質が細胞内に不溶体を形成して発現した場合は、同様に宿主(組換え細胞)を回収後、破砕し、遠心分離を行うことにより、沈殿画分として組換えタンパク質の不溶体を回収する。回収した組換えタンパク質の不溶体はタンパク質変性剤で可溶化することができる。該操作の後、上記と同様の単離精製法により組換えタンパク質の精製標品を得ることができる。
【0067】
組換えタンパク質が細胞外に分泌された場合には、培養上清から組換えタンパク質を回収することができる。すなわち、培養液を遠心分離等の手法により処理することにより、培養上清を取得し、該培養上清から、上記と同様の単離精製法を用いることにより、組換えタンパク質の精製標品を得ることができる。
【実施例
【0068】
以下、実施例等に基づいて本発明をより具体的に説明する。ただし、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0069】
〔製造例1:染色体組込み型発現株による改変フィブロインの製造〕
(1-1)改変フィブロイン発現株(染色体組込み型発現株)の作製
ネフィラ・クラビペス(Nephila clavipes)由来のフィブロイン(GenBankアクセッション番号:P46804.1、GI:1174415)の塩基配列及びアミノ酸配列に基づき、配列番号1で示されるアミノ酸配列を有する改変フィブロイン(以下、「PRT410」ともいう。)を設計した。
【0070】
配列番号2で示されるアミノ酸配列(Met-PRT410)は、ネフィラ・クラピぺス由来のフィブロインのアミノ酸配列に対して、生産性の向上を目的としてアミノ酸残基の置換、挿入及び欠失を施したものである。配列番号1で示されるアミノ酸配列(PRT410)は、配列番号2で示されるアミノ酸配列のN末端に配列番号3で示されるアミノ酸配列(タグ配列及びヒンジ配列)を付加したものである。
【0071】
次に、PRT410をコードする核酸を合成した。当該核酸には、5’末端にNdeIサイト、終止コドン下流にEcoRIサイトを付加した。この核酸をクローニングベクター(pUC118)にクローニングした。その後、同核酸をNdeI及びEcoRIで制限酵素処理して切り出した後、pET-22b(+)ベクターに組み換えて、pET-22(+)/PRT410ベクターを得た。
【0072】
改変フィブロイン(PRT410)発現カセットは、λファージが有する相同組み換えシステムを利用して宿主染色体上に組み込んだ。当該相同組換えシステムは、ファージゲノムのRed領域にあるexo、bet、gam遺伝子産物により相同組換えを生じるものである。
【0073】
まず、pET-22(+)/PRT410ベクターを鋳型としてPCR法により改変フィブロイン(PRT410)発現カセット(manX5’相同配列-T7プロモーター-PRT410-T7ターミネータ-をこの順に含む。)を増幅した。同様に、pKD13-Kmベクターを鋳型としてPCR法によりカナマイシン耐性遺伝子発現カセット(T7ターミネーター相同配列-FRT-カナマイシン耐性遺伝子-FRT-manX3’相同配列をこの順に含む。)を増幅した。両PCR産物をIn-Fusion(登録商標)クローニングシステム(タカラバイオ株式会社製)を使用して連結した。次に、宿主(大腸菌BL21(DE3)株)に連結したDNA断片を導入して、宿主染色体上のmanX5’相同配列とDNA断片上のmanX5’相同配列との間の相同組み換え、及び宿主染色体上のmanX3’相同配列とDNA断片上のmanX3’相同配列との間の相同組み換えにより、改変フィブロイン(PRT410)発現カセットを宿主染色体上に組み込んだ。なお、宿主には、あらかじめexo、bet及びgam遺伝子をもつヘルパープラスミドpKD46(Proc.Natl.Acad.Sci.USA,97:6640-6645)を導入して、それぞれの遺伝子を発現させた。
【0074】
形質転換させた株と、大腸菌BLR(DE3)を1:1で混合し、LB及びカナマイシン含有プレート培地で培養した。カナマイシン耐性及びアンピシリン感受性を示した株から、染色体に当該核酸が組み込まれた株を選抜した。その後、選抜した株にヘルパープラスミドpCP20を導入してFLPを発現させることにより、FRT配列で挟まれたカナマイシン耐性遺伝子を除去することで、改変フィブロイン(PRT410)発現株(染色体組込み型発現株)を得た。
【0075】
(1-2)シード培養
上記(1-1)で作製した染色体組込み型発現株を、2mLのLB培地で15時間培養した。同培養液を100mLのシード培養用培地(表1)にOD600が0.005となるように添加し、培養液温度を30℃に保ち、OD600が5になるまでフラスコ培養を行い(約15時間)、シード培養液を得た。
【表1】
【0076】
(1-3)本培養用培地の調製
培養槽に500mLの本培養用培地(表2)、並びに所定量のガラクトース、マンニトール、ラフィノース及びメリビオースを加え、オートクレーブ(TOMY LSX-500)で121℃、20分間滅菌処理した。37℃まで冷却後、28~30%アンモニア水(関東化学、01266-88)を用いてpHを6.1~6.3に調整した。
【表2】
【0077】
(1-4)流加基質溶液の調製
流加ポットに所定量の流加基質溶液(表3)を加え、オートクレーブ(TOMY LSX-500)で121℃、20分間滅菌処理した。
【表3】
【0078】
(1-5)培養及び発現誘導
<第1の工程>
(1-3)で調製した本培養用培地(初発培地量0.5L)を培養槽に張り込み、(1-2)で得られたシード培養液をOD600が0.05となるように添加した。培養液の温度を37℃に保ち、30%アンモニア水及び4Mリン酸溶液(和光純薬工業)を用いてpH6.9で一定に制御して本培養した。また培養液中の溶存酸素濃度が、溶存酸素飽和濃度の30~40%に維持されるように、通気攪拌した。生産培地中のグルコースが完全に消費された直後に、(1-3)で調製した流加基質溶液を6g/時間の定速でフィードした。
【0079】
<第2の工程>
培養液のOD600が約60となるまで流加培養を継続した後、培養槽にIPTG(発現誘導剤)を0.1mMとなるように添加し、改変フィブロイン(PRT410)の発現誘導を開始した。IPTG添加後24時間経過するまで培養を行った。
【0080】
IPTG添加時点(第1の工程終了時点。第2の工程開始時点でもある。)又はIPTG添加後24時間経過した時点(第2の工程終了時点)で、培養液を遠心分離し、菌体を回収した。回収した菌体を20mM Tris-HCl buffer(pH7.4)で洗浄した。洗浄後の菌体を約1mMのPMSFを含む20mM Tris-HCl緩衝液(pH7.4)に懸濁させ、高圧ホモジナイザー(GEA Niro Soavi社製)で細胞を破砕した。破砕した細胞を遠心分離し、沈殿物を得た。得られた沈殿物を、高純度になるまで20mM Tris-HCl緩衝液(pH7.4)で洗浄した。洗浄後の沈殿物を100mg/mLの濃度になるように8M グアニジン緩衝液(8M グアニジン塩酸塩、10mM リン酸二水素ナトリウム、20mM NaCl、1mM Tris-HCl、pH7.0)で懸濁し、60℃で30分間、スターラーで撹拌し、溶解させた。溶解後、透析チューブ(三光純薬株式会社製のセルロースチューブ36/32)を用いて水で透析を行った。透析後に得られた白色の凝集タンパク質を遠心分離により回収し、凍結乾燥機で水分を除き、凍結乾燥粉末を回収することにより、改変フィブロイン(PRT410)を得た。
【0081】
得られた凍結乾燥粉末に対して、ポリアクリルアミドゲル電気泳動を行い、Totallab(nonlinear dynamics ltd.)を用いて画像解析を行い、改変フィブロインの生産量を評価した。凍結乾燥粉末の重量から計算した各改変フィブロインの生産量を、ガラクトース、マンニトール、ラフィノース及びメリビオースを添加していない本培養用培地で培養したときの生産量(コントロール)を100%としたときの相対値として、算出した。
【0082】
(1-6)結果
結果を表4及び表5に示す。
【表4】
【0083】
表4に示すとおり、ガラクトース、マンニトール、ラフィノース及びメリビオースを添加することにより、添加濃度に応じて、IPTG添加時点(第1の工程から第2の工程へ移行する時点)での改変フィブロイン生産量が増加した。また、IPTGを添加して更に発現誘導を行うことで、ガラクトース、マンニトール、ラフィノース及びメリビオースを添加しない場合(コントロール)と比べて、最終的な改変フィブロインの生産量が増加した(実施例1~4,IPTG添加後24時間の時点)。
【0084】
【表5】
【0085】
表5に示すとおり、ガラクトースを添加し、更にマンニトール、ラフィノース及びメリビオースから選択される2種を添加することによって、ガラクトース、マンニトール、ラフィノース及びメリビオースを添加しない場合(コントロール)と比べて、最終的な改変フィブロインの生産量が増加した(実施例6~8,IPTG添加後24時間の時点)。
【0086】
〔製造例2:プラスミド型発現株による改変フィブロインの製造〕
(2-1)改変フィブロイン発現株(プラスミド型発現株)の作製
ネフィラ・クラビペス(Nephila clavipes)由来のフィブロイン(GenBankアクセッション番号:P46804.1、GI:1174415)の塩基配列及びアミノ酸配列に基づき、配列番号4で示されるアミノ酸配列を有する改変フィブロイン(以下、「PRT918」ともいう。)を設計した。
【0087】
配列番号5で示されるアミノ酸配列(Met-PRT918)は、ネフィラ・クラビペス由来のフィブロインのアミノ酸配列に対して、生産性の向上を目的としてアミノ酸残基の置換、挿入及び欠失を施したものである。配列番号4で示されるアミノ酸配列(PRT966)は、配列番号5で示されるアミノ酸配列のN末端に配列番号3で示されるアミノ酸配列(タグ配列及びヒンジ配列)が付加されている。
【0088】
次に、PRT918をコードする核酸を合成した。当該核酸には、5’末端にNdeIサイト、終止コドン下流にEcoRIサイトを付加した。この核酸をクローニングベクター(pUC118)にクローニングした。その後、同核酸をNdeI及びEcoRIで制限酵素処理して切り出した後、pET-22b(+)ベクターに組み換えて、pET-22(+)/PRT918ベクターを得た。
【0089】
得られたpET-22(+)/PRT918ベクターで大腸菌BLR(DE3)を形質転換し、改変フィブロイン(PRT918)発現株(プラスミド型発現株)を得た。なお、当該ベクターでは、改変フィブロイン(PRT918)は、T7プロモーターの制御下で発現する。
【0090】
(2-2)シード培養
上記(2-1)で作製したプラスミド型発現株を、アンピシリンを含む2mLのLB培地で15時間培養した。同培養液を100mLのシード培養用培地(表6)にOD600が0.005となるように添加し、培養液温度を30℃に保ち、OD600が5になるまでフラスコ培養を行い(約15時間)、シード培養液を得た。
【表6】
【0091】
(2-3)本培養用培地の調製
培養槽に1500mLの本培養用培地(表7)、並びに所定量のガラクトース、マンニトール、ラフィノース及びメリビオースを加え、オートクレーブ(TOMY LSX-500)で121℃、20分間滅菌処理した。37℃まで冷却後、28~30%アンモニア水(関東化学、01266-88)を用いてpHを6.1~6.3に調整した。
【表7】
【0092】
(2-4)流加基質溶液の調製
(1-4)と同様に流加基質溶液を調製した。
【0093】
(2-5)培養及び発現誘導
<第1の工程>
(2-3)で調製した本培養用培地(初発培地量1.5L)を培養槽に張り込み、(2-2)で得られたシード培養液をOD600が0.05となるように添加した。培養液の温度を37℃に保ち、30%アンモニア水及び4Mリン酸溶液(和光純薬工業)を用いてpH6.9で一定に制御して本培養した。また培養液中の溶存酸素濃度が、溶存酸素飽和濃度の30~40%に維持されるように、通気攪拌した。生産培地中のグルコースが完全に消費された直後に、(2-4)で調製した流加基質溶液を6g/時間の定速でフィードした。
【0094】
<第2の工程>
培養液のOD600が約100となるまで流加培養を継続した後、培養槽にIPTG(発現誘導剤)を0.1mMとなるように添加し、改変フィブロイン(PRT918)の発現誘導を開始した。IPTG添加後10時間経過するまで培養を行った。
【0095】
IPTG添加後10時間経過した時点(第2の工程終了時点)で、培養液を遠心分離し、菌体を回収した。回収した菌体から(1-5)と同様の手順で、改変フィブロイン(PRT918)の凍結乾燥粉末を得て、改変フィブロインの生産量を評価した。凍結乾燥粉末の重量から計算した各改変フィブロインの生産量を、ガラクトース、マンニトール及びラフィノースを添加していない本培養用培地で培養したときの生産量(コントロール)を100%としたときの相対値として、算出した。
【0096】
(2-6)結果
結果を表8に示す。
【表8】
【0097】
表8に示すとおり、ガラクトース、マンニトール及びラフィノースを添加することによって、ガラクトース、マンニトール及びラフィノースを添加しない場合(コントロール)と比べて、最終的な改変フィブロインの生産量が増加した(実施例9~13,IPTG添加後10時間の時点)。
【配列表】
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