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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-03
(45)【発行日】2024-10-11
(54)【発明の名称】がん治療用医薬
(51)【国際特許分類】
   A61K 39/395 20060101AFI20241004BHJP
   A61P 35/00 20060101ALI20241004BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20241004BHJP
   A61K 35/17 20150101ALI20241004BHJP
   C07K 14/725 20060101ALN20241004BHJP
   C07K 16/28 20060101ALN20241004BHJP
   C07K 19/00 20060101ALN20241004BHJP
   C12N 5/10 20060101ALN20241004BHJP
   C12N 5/0783 20100101ALN20241004BHJP
【FI】
A61K39/395 U
A61P35/00
A61P43/00 121
A61K35/17
C07K14/725 ZNA
C07K16/28
C07K19/00
C12N5/10
C12N5/0783
【請求項の数】 9
(21)【出願番号】P 2020085468
(22)【出願日】2020-05-14
(65)【公開番号】P2020189835
(43)【公開日】2020-11-26
【審査請求日】2022-12-16
(31)【優先権主張番号】P 2019092069
(32)【優先日】2019-05-15
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 刊行物:33rd Annual Meeting & Pre-Conference Programs(SITC 2018)予稿集 発行日:平成30年11月6日にて発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 集会名:33rd Annual Meeting & Pre-Conference Programs(SITC 2018) 開催日(公開日):平成30年11月09日にて発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 刊行物:第47回日本免疫学会学術集会、予稿集 発行日:平成30年12月10日にて発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 集会名:第47回日本免疫学会学術集会 開催日(公開日):平成30年12月11日にて発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 刊行物:The 3rd Inter-Academy Cancer Symposium,Keio-NCC GCSP Communications in Cancer Science、予稿集 発行日:平成30年12月21日にて発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 集会名:The 3rd Inter-Academy Cancer Symposium,Keio-NCC GC SP Communications in Cancer Science 開催日(公開日):平成30年12月21日にて発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 刊行物:日本癌学会、米国癌学会、第11回日米癌合同会議、予稿集(オンライン) 発行日:平成31年2月8日にて発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 集会名:日本癌学会、米国癌学会、第11回日米癌合同会議 開催日(公開日):平成31年2月10日にて発表
(73)【特許権者】
【識別番号】000004178
【氏名又は名称】JSR株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】598121341
【氏名又は名称】慶應義塾
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【弁理士】
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100192773
【弁理士】
【氏名又は名称】土屋 亮
(74)【代理人】
【識別番号】100181722
【弁理士】
【氏名又は名称】春田 洋孝
(72)【発明者】
【氏名】加藤 大貴
(72)【発明者】
【氏名】谷口 智憲
(72)【発明者】
【氏名】河上 裕
(72)【発明者】
【氏名】和久井 世紀
(72)【発明者】
【氏名】庄司 徹
(72)【発明者】
【氏名】松井 会友子
【審査官】横田 倫子
(56)【参考文献】
【文献】加藤大貴、他,扁平上皮がん新規腫瘍抗原 Glypican-1(GPC-1)に対するキメラ抗原受容体遺伝子導入 T 細胞(CAR-T)療法の開発,日本臨床免疫学会会誌,39 巻 4 号 ,2016年,p. 423 (P2-40),DOI https://doi.org/10.2177/jsci.39.423b
【文献】薬事,2016年,Vol.58 No.7,p.1719-1723
【文献】KATO, Daiki et al.,Anti-glypican-1 (GPC-1)-CAR-T cells can completely eradicate established solid tumor without adverse effects ,日本免疫学会総会・学術集会記録,Vol.47,2018年,2-E-WS18-2-O/P
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 39/00
A61P
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
グリピカン1(GPC1)に結合するキメラ抗原受容体を有するT細胞を有効成分とし、下記(a)及び(b)のレジメンで免疫チェックポイント阻害剤と共に投与することにより前記T細胞の抗腫瘍活性を維持するための、がん治療用医薬であって、
(a)がん患者に前記T細胞の有効量を投与する
(b)前記がん患者に1回あたり0.01mg/kg体重~100mg/kg体重の前記免疫チェックポイント阻害剤を、1~5週間ごとに継続投与する
前記キメラ抗原受容体が、GPC1結合ドメイン、膜貫通ドメイン、共刺激ドメイン及び細胞質シグナルドメインを含み、
前記GPC1結合ドメインが、配列番号9に記載のアミノ酸配列からなる重鎖CDR1、配列番号10に記載のアミノ酸配列からなる重鎖CDR2及び配列番号11に記載のアミノ酸配列からなる重鎖CDR3を含む重鎖可変領域、並びに、配列番号12に記載のアミノ酸配列からなる軽鎖CDR1、配列番号13に記載のアミノ酸配列からなる軽鎖CDR2及び配列番号14に記載のアミノ酸配列からなる軽鎖CDR3を含む軽鎖可変領域を含み、N末端側から、前記重鎖可変領域、リンカー、前記軽鎖可変領域の順に連結された単鎖抗体であり、
前記免疫チェックポイント阻害剤が抗PD-1抗体である、がん治療用医薬。
【請求項2】
前記抗PD-1抗体が、ニボルマブである、請求項に記載のがん治療用医薬。
【請求項3】
前記GPC1結合ドメインが、配列番号15に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質からなるか、又は配列番号15に記載のアミノ酸配列と95%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列からなり且つGPC1に結合するタンパク質からなる、請求項又はに記載のがん治療用医薬。
【請求項4】
前記GPC1結合ドメインが、ヒト化されている、請求項のいずれか一項に記載のがん治療用医薬。
【請求項5】
前記がんが、食道がん、子宮頸がん、乳がん、膵がん、神経膠腫、中皮腫、甲状腺がん、肺がん、肝臓がん、大腸がん、頭頸部がん、尿路上皮がん、卵巣がん、黒色腫及び前立腺がんからなる群より選択されるがんである、請求項1~のいずれか一項に記載のがん治療用医薬。
【請求項6】
前記がんが食道がんである、請求項5に記載のがん治療用医薬。
【請求項7】
免疫チェックポイント阻害剤を有効成分とし、下記(a)及び(b)のレジメンでGPC1に結合するキメラ抗原受容体を有するT細胞と共に投与して用いるための、前記T細胞の抗腫瘍活性維持剤であって、
(a)がん患者に前記T細胞の有効量を投与する
(b)前記がん患者に1回あたり0.01mg/kg体重~100mg/kg体重の前記免疫チェックポイント阻害剤を、1~5週間ごとに継続投与する
前記キメラ抗原受容体が、GPC1結合ドメイン、膜貫通ドメイン、共刺激ドメイン及び細胞質シグナルドメインを含み、
前記GPC1結合ドメインが、配列番号9に記載のアミノ酸配列からなる重鎖CDR1、配列番号10に記載のアミノ酸配列からなる重鎖CDR2及び配列番号11に記載のアミノ酸配列からなる重鎖CDR3を含む重鎖可変領域、並びに、配列番号12に記載のアミノ酸配列からなる軽鎖CDR1、配列番号13に記載のアミノ酸配列からなる軽鎖CDR2及び配列番号14に記載のアミノ酸配列からなる軽鎖CDR3を含む軽鎖可変領域を含み、N末端側から、前記重鎖可変領域、リンカー、前記軽鎖可変領域の順に連結された単鎖抗体であり、
前記免疫チェックポイント阻害剤が抗PD-1抗体である、前記T細胞の抗腫瘍活性維持剤。
【請求項8】
GPC1に結合するキメラ抗原受容体を有するT細胞と免疫チェックポイント阻害剤との複合体を有効成分として含有する、がん治療用医薬であって、
前記キメラ抗原受容体が、GPC1結合ドメイン、膜貫通ドメイン、共刺激ドメイン及び細胞質シグナルドメインを含み、
前記GPC1結合ドメインが、配列番号9に記載のアミノ酸配列からなる重鎖CDR1、配列番号10に記載のアミノ酸配列からなる重鎖CDR2及び配列番号11に記載のアミノ酸配列からなる重鎖CDR3を含む重鎖可変領域、並びに、配列番号12に記載のアミノ酸配列からなる軽鎖CDR1、配列番号13に記載のアミノ酸配列からなる軽鎖CDR2及び配列番号14に記載のアミノ酸配列からなる軽鎖CDR3を含む軽鎖可変領域を含み、N末端側から、前記重鎖可変領域、リンカー、前記軽鎖可変領域の順に連結された単鎖抗体であり、
前記免疫チェックポイント阻害剤が抗PD-1抗体である、がん治療用医薬。
【請求項9】
前記抗PD-1抗体がニボルマブである、請求項に記載のがん治療用医薬。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、がん治療用医薬に関する。本願は、2019年5月15日に、日本に出願された特願2019-092069号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
グリピカン1(GPC1)は細胞表面に存在するヘパラン硫酸プロテオグリカンであり、胎児組織、腫瘍組織等で発現が認められる。GPC1の主な機能は胎生期の脳の発達への関与であると考えられている。
【0003】
GPC1ノックアウトマウスは、胎生期の初期段階で引き起こされる脳容積のわずかな減少を除いて、成体の形態、行動、寿命の異常を示さないことが知られている。GPC1は、健康な成人の体では重要な機能を持たないと考えられている。一方、食道がん、子宮頸がん、乳がん、膵がん、神経膠腫、中皮腫を含む多くの腫瘍でGPC1の過剰発現が報告されている。また、特許文献1には、GPC1に特異的なキメラ抗原受容体(以下、「CAR」という場合がある。)が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】国際公開第2016/208754号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、GPC1陽性のがんを効果的に治療する医薬組成物、キット及び技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は以下の態様を含む。
[1]グリピカン1(GPC1)に結合するキメラ抗原受容体を有するT細胞を有効成分とし、下記(a)及び(b)のレジメンで免疫チェックポイント阻害剤と共に投与することにより前記T細胞の抗腫瘍活性を維持するための、がん治療用医薬。
(a)がん患者に前記T細胞の有効量を投与する
(b)前記がん患者に1回あたり0.01mg/kg体重~100mg/kg体重の前記免疫チェックポイント阻害剤を、1~5週間ごとに継続投与する
[2]前記免疫チェックポイント阻害剤が、抗PD-1抗体、抗PD-L1抗体、抗CTLA-4抗体、抗TIGIT抗体、抗CD80(B7-1)抗体、抗LAG-3抗体及び抗TIM3抗体からなる群より選択される少なくとも1つである、[1]に記載のがん治療用医薬。
[3]前記免疫チェックポイント阻害剤が、抗PD-1抗体又は抗TIGIT抗体である、[2]に記載のがん治療用医薬。
[4]前記免疫チェックポイント阻害剤が、抗PD-1抗体である、[3]に記載のがん治療用医薬。
[5]前記抗PD-1抗体が、ニボルマブである、[4]に記載のがん治療用医薬。
[6]前記キメラ抗原受容体が、GPC1結合ドメイン、膜貫通ドメイン、共刺激ドメイン及び細胞質シグナルドメインを含む、[1]~[5]のいずれかに記載のがん治療用医薬。
[7]前記GPC1結合ドメインが、配列番号9に記載のアミノ酸配列からなる重鎖CDR1、配列番号10に記載のアミノ酸配列からなる重鎖CDR2及び配列番号11に記載のアミノ酸配列からなる重鎖CDR3を含む重鎖可変領域、並びに、配列番号12に記載のアミノ酸配列からなる軽鎖CDR1、配列番号13に記載のアミノ酸配列からなる軽鎖CDR2及び配列番号14に記載のアミノ酸配列からなる軽鎖CDR3を含む軽鎖可変領域を含む、[6]に記載のがん治療用医薬。
[8]前記GPC1結合ドメインが、配列番号15に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質からなるか、又は配列番号15に記載のアミノ酸配列と95%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列からなり且つGPC1に結合するタンパク質からなる、[6]又は[7]に記載のがん治療用医薬。
[9]前記GPC1結合ドメインが、ヒト化されている、[6]~[8]のいずれかに記載のがん治療用医薬。
[10]前記がんが、食道がん、子宮頸がん、乳がん、膵がん、神経膠腫、中皮腫、甲状腺がん、肺がん、肝臓がん、大腸がん、頭頸部がん、尿路上皮がん、卵巣がん、黒色腫及び前立腺がんからなる群より選択されるがんである、[1]~[9]のいずれかに記載のがん治療用医薬。
[11]前記がんが食道がんである、[10]に記載のがん治療用医薬。
[12]免疫チェックポイント阻害剤を有効成分とし、下記(a)及び(b)のレジメンでGPC1に結合するキメラ抗原受容体を有するT細胞と共に投与して用いるための、前記T細胞の抗腫瘍活性維持剤。
(a)がん患者に前記T細胞の有効量を投与する
(b)前記がん患者に1回あたり0.01mg/kg体重~100mg/kg体重の前記免疫チェックポイント阻害剤を、1~5週間ごとに継続投与する
[13]GPC1に結合するキメラ抗原受容体を有するT細胞の抗腫瘍活性を維持する方法であって、下記(a)及び(b)のレジメンで、前記T細胞と共に免疫チェックポイント阻害剤を、それを必要とする患者に投与することを含む方法。
(a)がん患者に前記T細胞の有効量を投与する
(b)前記がん患者に1回あたり0.01mg/kg体重~100mg/kg体重の前記免疫チェックポイント阻害剤を、1~5週間ごとに継続投与する
[14]GPC1に結合するキメラ抗原受容体を有するT細胞と免疫チェックポイント阻害剤との複合体を有効成分として含有する、がん治療用医薬。
[15]前記免疫チェックポイント阻害剤が、抗PD-1抗体、抗PD-L1抗体、抗CTLA-4抗体、抗TIGIT抗体、抗CD80(B7-1)抗体、抗LAG-3抗体及び抗TIM3抗体からなる群より選択される少なくとも1つである、[14]に記載のがん治療用医薬。
[16]前記免疫チェックポイント阻害剤が、抗PD-1抗体又は抗TIGIT抗体である、[15]に記載のがん治療用医薬。
[17]前記免疫チェックポイント阻害剤が抗PD-1抗体である、[16]に記載のがん治療用医薬。
[18]前記抗PD-1抗体がニボルマブである、[17]に記載のがん治療用医薬。
[19]GPC1に結合するキメラ抗原受容体を有するT細胞及び免疫チェックポイント阻害剤の有効量を、治療を必要とする患者に投与することを含む、がんの治療方法。
[20]前記T細胞及び前記免疫チェックポイント阻害剤が、下記(a)及び(b)のレジメンで投与される、[19]に記載のがんの治療方法。
(a)がん患者に前記T細胞の有効量を投与する
(b)前記がん患者に1回あたり0.01mg/kg体重~100mg/kg体重の前記免疫チェックポイント阻害剤を、1~5週間ごとに継続投与する
[21]前記免疫チェックポイント阻害剤が抗PD-1抗体である、[19]又は[20]に記載のがんの治療方法。
[22]前記抗PD-1抗体がニボルマブである、[21]に記載のがんの治療方法。
【発明の効果】
【0007】
本発明により、GPC1陽性のがんを効果的に治療する医薬組成物、キット及び技術を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1A】実験例1における定量的RT-PCR解析の結果を示すグラフである。
図1B】実験例1における免疫染色の結果を示す代表的な顕微鏡写真である。
図2A】実験例2で作製したhCARの構造を示す模式図である。
図2B】(a)~(c)は、それぞれ、実験例2において、LK2-mock(hGPC1陰性肺がん細胞株)、LK2-hGPC1(hGPC1過剰発現肺がん細胞株)、TE14(hGPC1内在性食道がん細胞株)におけるGPC1の発現をフローサイトメトリー解析により検討した結果を示すグラフである。
図2C】実験例2におけるhIFNγ分泌アッセイの結果を示すグラフである。
図2D】(a)~(c)は、実験例2における51Cr放出アッセイの結果を示すグラフである。
図2E】実験例2における腫瘍体積の測定結果を示すグラフである。
図2F】(a)は抗ヒトTIGIT抗体(マウス、クローンC18-25)のヒトTIGIT抗原に対する反応性を検討した結果を示すグラフである。(b)は、抗ヒトTIGIT抗体(マウス、クローンC18-25)を組み合わせたhCAR-T細胞のLK2-hGPC1に対する細胞傷害活性の評価結果を示すグラフである。
図3A】実験例3における定量的RT-PCR解析の結果を示すグラフである。
図3B】実験例3における免疫染色の結果を示す代表的な顕微鏡写真である。
図4A】(a)~(d)は、実験例4において、抗GPC1モノクローナル抗体(クローン1-12)又はアイソタイプコントロール抗体の反応性をフローサイトメトリーにより検討した結果を示すグラフである。
図4B】実験例4で作製したmCARの構造を示す模式図である。
図4C】実験例4におけるIFNγ分泌アッセイの結果を示すグラフである。
図4D】(a)及び(b)は、実験例4における51Cr放出アッセイの結果を示すグラフである。
図4E】(a)~(c)は、実験例4において、MC38-mGPC1細胞を移植したマウスの腫瘍体積の測定結果を示すグラフである。
図4F】(a)~(c)は、実験例4において、MCA205-mGPC1細胞を移植したマウスの腫瘍体積の測定結果を示すグラフである。
図4G】(a)及び(b)は、実験例4において測定した、末梢血(a)及び腫瘍組織(b)由来の総CD8陽性T細胞中のGFP陽性CD8陽性mCAR-T細胞の割合の測定結果を示すグラフである。(c)は、実験例4において実験開始から60日目の末梢血中においてGFP陽性CD8陽性mCAR-T細胞を検出することで、長期間のmCAR-T細胞の残存をフローサイトメトリーにより検討した結果を示すグラフである。
図4H】(a)及び(b)は、実験例4におけるIFNγの濃度の測定結果を示すグラフである。
図4I】実験例4におけるmIFNγの濃度の測定結果を示すグラフである。
図5A】(a)及び(b)は、実験例5において、がん細胞の移植から15日目の同系マウスモデルの体重を測定した結果を示すグラフである。
図5B】(a)は、実験例5におけるヘマトキシリン・エオシン染色の結果を示す顕微鏡写真である。(b)は、実験例5における免疫染色の結果を示す顕微鏡写真である。
図6A】(a)は実験例6において内在性CD8陽性T細胞のPD-1の発現を測定した結果を示すグラフであり、(b)は実験例6において投与したCD8陽性T細胞のPD-1の発現を測定した結果を示すグラフである。
図6B】実験例6における実験スケジュールを示す図である。
図6C】実験例6における各群のマウスの腫瘍体積の測定結果を示すグラフである。
図6D】(a)~(d)は、実験例6における各群のマウスの腫瘍体積の測定結果を個別のマウスごとに示したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0009】
[遺伝子名及びタンパク質名の表記]
本明細書では、ヒト遺伝子、マウス遺伝子、その他の種の遺伝子を厳密に区別せずに大文字のアルファベットで表す場合がある。また、ヒトタンパク質、マウスタンパク質、その他の種のタンパク質を厳密に区別せずに大文字のアルファベットで表す場合がある。
【0010】
本明細書で例示する各成分は特に言及しない限り、それぞれ1種を単独で用いることも、任意の2種以上を併用して用いることもできる。また、2種以上の成分を併用したとき、それらの成分が、一の医薬組成物として存在することもできる。
【0011】
[がん治療用キット]
1実施形態において、本発明は、GPC1に結合するCARを有するT細胞(CAR-T細胞)と、免疫チェックポイント阻害剤と、を含む、がん治療用キットを提供する。本実施形態において、CAR-T細胞は、GPC1に結合するCARを発現していてもよいし、例えば、NKG2D受容体を発現するT細胞のNKG2D受容体に、これとは別に投与した抗GPC1抗体が結合してCAR-Tが形成される態様であってもよい。抗GPC1抗体は、NKG2D受容体のリガンドである、MHC-class I-like Complex(MIC)タンパク質のα1-α2ドメインとの融合タンパク質であってもよい。また、NKG2D受容体は天然のリガンドに結合しないように改変された改変型NKG2D受容体であってもよく、この場合、α1-α2ドメインは、上記の改変型NKG2D受容体に結合できるように改変されていてもよい。また、抗GPC1抗体は、例えばscFV等の抗体断片であってもよい。
【0012】
実施例において後述するように、GPC1を標的とするCAR-T細胞療法と抗PD-1抗体療法を併用することにより、がん治療に相乗効果が認められることが明らかとなった。したがって、本実施形態のがん治療用キットによれば、GPC1陽性のがんを効果的に治療することができる。
【0013】
ヒトGPC1(以下「hGPC1」という場合がある。)のmRNAのNCBIアクセッション番号はNM_002081.2等である。また、hGPC1タンパク質のNCBIアクセッション番号はNP_002072.2等である。また、マウスGPC1(以下「mGPC1」という場合がある。)のmRNAのNCBIアクセッション番号はNM_016696.5等である。また、mGPC1タンパク質のNCBIアクセッション番号はNP_057905.1等である。
【0014】
本実施形態のがん治療用キットにおいて、免疫チェックポイント阻害剤は、抗PD-1抗体、抗PD-L1抗体、抗CTLA-4抗体、抗TIGIT抗体、抗CD80(B7-1)抗体、抗LAG-3抗体及び抗TIM3抗体からなる群より選択される少なくとも1つであることが好ましい。なお、抗4-1BB抗体はT細胞活性を増強する共刺激シグナルを伝達するアゴニスト抗体であるが、本明細書においては、免疫チェックポイント阻害剤と併用、又は、免疫チェックポイント阻害剤の代わりに用いることができる。
【0015】
抗PD-1抗体としては、例えば、ニボルマブ、ペンブロリズマブ等が挙げられる。抗PD-L1抗体としては、例えば、アテゾリズマブ、アベルマブ、デュルバルマブ等が挙げられる。抗CTLA-4抗体としては、例えば、イピリムマブ、トレメリムマブ等が挙げられる。また、抗4-1BB抗体としては、ウトミルマブが挙げられる。免疫チェックポイント阻害剤は、1種を単独で用いてもよいし、2種以上を混合して用いてもよい。
【0016】
本実施形態のがん治療用キットにおいて、CARは、GPC1結合ドメイン、膜貫通ドメイン、共刺激ドメイン及び細胞質シグナルドメインを含み、GPC1結合ドメインが、hGPC1及びmGPC1の双方に対する結合性を有するものであることが好ましい。
【0017】
CAR形質導入T細胞(CAR-T細胞)療法に関する前臨床試験の大部分は、ヒト腫瘍が免疫不全マウスに異種移植された異種マウスモデルを用いて行われている。なぜなら、CARが相同マウス抗原に対する交差反応性を示さないことが通常であるため、ヒト腫瘍を標的とするCAR-T細胞療法の開発に利用可能な唯一の選択肢であることが多いためである。
【0018】
しかしながら、異種マウスモデルにおけるCAR-T細胞療法の試験では、オンターゲット/オフ腫瘍毒性を十分に評価することができない。オンターゲット/オフ腫瘍毒性は、主に、CAR-T細胞が、標的抗原を発現する通常細胞を認識して攻撃することにより生じると考えられている。つまり、オフ腫瘍毒性は副作用である。異種マウスモデルでは、ヒト正常細胞(非腫瘍性ヒト細胞)が存在しないので、これらに対するCAR-T細胞の毒性を評価することができない。
【0019】
ここで、CARがヒトの標的抗原及び相同マウス抗原の双方に対する結合性(交差反応性)を有するものであると、健常マウスにマウスがんを移植した同系マウスモデルを用いてCAR-T細胞の試験を行うことができる。
【0020】
健常マウス組織は標的抗原を低レベルで発現し、ヒト患者における発現パターンを反映しているので、同系マウスモデルを用いることにより、CAR-T細胞のオンターゲット/オフ腫瘍毒性を明らかにすることができる。
【0021】
実施例において後述するように、異種マウスモデルでは異種移植T細胞による移植片対宿主病(GVHD)及び不適当な宿主免疫のためにCAR-T細胞の評価が中断されてしまう。これに対し、同系マウスモデルを用いることができれば、オンターゲット/オフ腫瘍毒性を十分に評価できることに加えて、宿主抗腫瘍免疫及び種特異的免疫抑制性腫瘍との相互作用等、ヒトにおけるCAR-T細胞療法の有効性に重大な影響を及ぼすと思われる現実的要因の分析が可能になる。
【0022】
本実施形態のがん治療用キットにおいて、CARのGPC1結合ドメインは、抗GPC1抗体の重鎖可変領域及び軽鎖可変領域を含み、重鎖可変領域が配列番号1に記載のアミノ酸配列からなるか、又は配列番号1に記載のアミノ酸配列と95%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列からなるものであることが好ましい。ここで、95%以上の配列同一性とは、アミノ酸配列が、例えば、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上、99%以上同一であることを意味する。
【0023】
後述する実施例で使用したCARのGPC1結合ドメインは、ニワトリを免疫して作製した抗体に由来する。実施例で使用したCARのGPC1結合ドメインは、重鎖可変領域が配列番号1に記載のアミノ酸配列を有している。また、CARのGPC1結合ドメインは、GPC1に対する結合性を有している限り、重鎖可変領域が配列番号1に記載のアミノ酸配列に対して変異を有していてもよい。
【0024】
本明細書において、抗体の相補性決定領域(CDR;Complementary determining region)に割り当てられるアミノ酸位置は、Kabatの定義にしたがって規定される(Sequences of Proteins of Immunological Interest(Kabat E、 Wu T、 Perry H、Gottesman K.;National Institute of Health, Bethesda, Md., 1987 and 1991)。
【0025】
CARのGPC1結合ドメインは、前記軽鎖可変領域が配列番号2に記載のアミノ酸配列からなるか、又は配列番号2に記載のアミノ酸配列と95%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列からなるものであることが好ましい。ここで、95%以上の配列同一性とは、アミノ酸配列が、例えば、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上、99%以上同一であることを意味する。
【0026】
後述する実施例で使用したCARのGPC1結合ドメインは、前記軽鎖可変領域が配列番号2に記載のアミノ酸配列を有している。また、CARのGPC1結合ドメインは、GPC1に対する結合性を有している限り、軽鎖可変領域が配列番号2に記載のアミノ酸配列に対して変異を有していてもよい。
【0027】
CARのGPC1結合ドメインは、N末端側から、重鎖可変領域、リンカー、軽鎖可変領域の順に連結された単鎖抗体であってもよい。
【0028】
実施例において後述するように、発明者らはGPC1結合ドメインが、N末端側から、重鎖可変領域、リンカー、軽鎖可変領域の順に連結された単鎖抗体であるCAR(以下、「HL型」という場合がある。)及びN末端側から、軽鎖可変領域、リンカー、重鎖可変領域の順に連結された単鎖抗体であるCAR(以下、「LH型」という場合がある。)の双方を作製し、抗腫瘍効果を検討した。その結果、GPC1結合ドメインが、N末端側から、重鎖可変領域、リンカー、軽鎖可変領域の順に連結された単鎖抗体であるCAR(HL型)を有するCAR-T細胞のほうが高い抗腫瘍活性を示す傾向が認められた。
【0029】
単鎖抗体のリンカーとしては、単鎖抗体のリンカーとして通常用いられるリンカーであれば特に限定されないが、例えば、GGGGSGGGGSGGGGS(配列番号3)のアミノ酸配列からなるリンカーを好適に用いることができる。
【0030】
CARのGPC1結合ドメインは、重鎖可変領域が配列番号1に記載のアミノ酸配列からなるものであってもよい。また、CARのGPC1結合ドメインは、軽鎖可変領域が配列番号2に記載のアミノ酸配列からなるものであってもよい。CARのGPC1結合ドメインは、GPC1に対する結合性を有している限り、配列番号16に記載のアミノ酸配列からなるものであってもよく、配列番号16に記載のアミノ酸配列と95%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列からなるものであってもよく、CARが配列番号15に記載のアミノ酸配列からなるものであってもよく、配列番号15に記載のアミノ酸配列と95%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列からなるものであってもよい。ここで、95%以上の配列同一性とは、例えば、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上、99%以上同一であることを意味する。
【0031】
CARのGPC1結合ドメインは、重鎖可変領域及び軽鎖可変領域がヒト化されていてもよい。重鎖可変領域及び軽鎖可変領域がヒト化されているとは、重鎖可変領域及び軽鎖可変領域を構成するフレームワーク領域(FR)がヒト由来のアミノ酸配列に置換されていること等が挙げられる。ヒト化抗体は、非ヒト抗体の重鎖可変領域(VH)のCDRのアミノ酸配列及びヒト抗体のVHのFRのアミノ酸配列からなるVHのアミノ酸配列をコードするcDNAと、非ヒト抗体の軽鎖可変領域(VL)のCDRのアミノ酸配列及びヒト抗体のVLのFRのアミノ酸配列からなるVLのアミノ酸配列をコードするcDNAを構築し、ヒト抗体のCH及びCLをコードするDNAを有する発現ベクターにそれぞれ挿入して発現ベクターを構築し、抗体発現用細胞に導入することにより製造することができる。また、重鎖をコードするDNAと軽鎖をコードするDNAを一の発現ベクターに挿入して構築した発現ベクターを用いてヒト化抗体を製造することもできる。
【0032】
CARのGPC1結合ドメインがヒト化されていると、ヒトに投与しても免疫原性が低いため、アナフィラキシーショック等の副作用を抑制することができる。また、例えばCAR-T細胞を患者に複数回投与すること等が可能になる。
【0033】
本実施形態のがん治療用キットが治療対象とするがんとしては、GPC1陽性がんが挙げられる。特に、食道がん、子宮頸がん、乳がん、膵がん、神経膠腫、中皮腫、甲状腺がん、肺がん、肝臓がん、大腸がん、頭頸部がん、尿路上皮がん、卵巣がん、黒色腫、前立腺がん等が挙げられる。本実施形態のがん治療用キットが治療対象とするがんとして、好ましくは、食道がんである。これらのがんはGPC1を発現していることが知られており、本実施形態のがん治療用キットにより効果的に治療することができる。
【0034】
本実施形態のがん治療用キットにおいて、CARを有するT細胞は、患者に移植した場合に拒絶反応が抑制されたT細胞であることが好ましい。このようなT細胞の具体例としては、例えば、患者由来のT細胞、患者とHLA型が許容可能な程度に一致したT細胞、HLAタンパク質の発現が抑制されたT細胞等が挙げられる。HLAタンパク質の発現が抑制されたT細胞は遺伝子改変された細胞であってもよい。また、iPS細胞やES細胞等の未分化細胞から分化誘導して作製したT細胞であってもよい。
【0035】
本実施形態のがん治療用キットにおいて、GPC1を標的とするCAR-T細胞と、免疫チェックポイント阻害剤は、混合して同時に投与してもよいし、別々に投与してもよい。また、GPC1を標的とすると免疫チェックポイント阻害剤を、一の医薬組成物として患者に投与してもよい。免疫チェックポイント阻害剤は、GPC1を標的とするCAR-T細胞の投与後、複数回投与してもよい。
【0036】
CAR-T細胞及び免疫チェックポイント阻害剤は、それぞれ医薬組成物として製剤化されていてもよく、一の医薬組成物として製剤化されていてもよい。
【0037】
CAR-T細胞を含む医薬組成物は、CAR-T細胞に加えて、1種又は2種以上の薬学的又は生理学的に許容される担体、添加剤、抗体等を含んでいてもよい。薬学的又は生理学的に許容される担体としては、例えば、中性緩衝食塩水、リン酸緩衝食塩水等の緩衝液;ブドウ糖、マンノース、ショ糖、デキストラン、マンニトール等の炭水化物;グリシン等のアミノ酸等が挙げられる。添加剤としては、例えばIL-2等のサイトカイン、酸化防止剤、EDTA等のキレート剤、水酸化アルミニウム等のアジュバント、保存剤等が挙げられる。抗体としては、免疫チェックポイント阻害剤が挙げられ、特に抗PD-1抗体、抗PD-L1抗体、抗CTLA-4抗体、抗TIGIT抗体、抗CD80(B7-1)抗体、抗LAG-3抗体、抗TIM3抗体が好適に用いられる。CAR-T細胞を含む医薬組成物は、静脈内投与用に製剤化されることが好ましい。
【0038】
免疫チェックポイント阻害剤を含む医薬組成物は、1種又は2種以上の薬学的又は生理学的に許容される担体、添加剤等を含んでいてもよい。
【0039】
薬学的又は生理学的に許容される担体としては、例えば、中性緩衝食塩水、リン酸緩衝食塩水等の緩衝液;ブドウ糖、マンノース、ショ糖、デキストラン、マンニトール等の炭水化物;グリシン等のアミノ酸等が挙げられる。添加剤としては、例えば、酸化防止剤、EDTA等のキレート剤、水酸化アルミニウム等のアジュバント、保存剤等が挙げられる。免疫チェックポイント阻害剤を含む医薬組成物は、静脈内投与用に製剤化されることが好ましい。
【0040】
CAR-T細胞の投与量は、患者の状態、患者の疾患の種類及び重症度等の因子により適宜調整することができるが、患者一人当たり1×10個~1×1012個程度が一般的に許容されると考えられる。CAR-T細胞は1回のみ投与してもよいし、複数回投与してもよい。さらに、CAR-T細胞の投与前に、化学療法を実施してもよい。例えば、シクロホスファミド(1日量60mg/kg体重)及びフルダラビン(1日量20mg/m2(体表面積))を投与してもよい。また、CAR-T細胞投与の際に、投与日からインターロイキン(IL)-2を投与してもよい。IL-2の投与レジメンとして、TIL療法において、High-dose(72,0000IU/kg体重を8時間ごとに最大12回)及びLow-dose(72,000IU/kg体重を8時間ごとに最大15回)が例示され、CAR-T細胞投与においても投与量を適宜調整しIL-2を投与しうる。(Steven A. Rosenberg., et al., A Phase I Study of Nonmyeloablative Chemotherapy and Adoptive Transfer of Autologous Tumor Antigen-Specific T Lymphocytes in Patients With Metastatic Melanoma, J Immunother.2002;25(3):243-251.)
【0041】
免疫チェックポイント阻害剤の投与量は、患者の状態、患者の疾患の種類及び重症度等の因子により適宜調整することができる。初回投与は、CAR-T細胞の投与と同時であってもよいし、別々であってもよい。下記表1~8に、主な治療のレジメンを例示する。
【0042】
【表1】
【0043】
【表2】
【0044】
【表3】
【0045】
【表4】
【0046】
【表5】
【0047】
【表6】
【0048】
【表7】
【0049】
【表8】
【0050】
[その他の実施形態]
1実施形態において、本発明は、GPC1に結合するCARを有するT細胞及び免疫チェックポイント阻害剤の有効量を、治療を必要とする患者に投与することを含む、がんの治療方法を提供する。本実施形態において、GPC1に結合するCAR、CARを有するT細胞、免疫チェックポイント阻害剤、投与量、投与方法等は、上述したものと同様である。
【実施例
【0051】
次に実施例を示して本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0052】
[材料及び方法]
(組織試料)
正常ヒト組織の凍結組織アレイスライド(FDA標準凍結組織アレイ-ヒト成人正常、T6234701-1)はバイオチェーン社から購入した。正常マウスの凍結組織スライド(C57BL/6)は自作した。副作用を評価するために、T細胞を移植したマウスを4%パラホルムアルデヒドで灌流固定した後、全身組織を採取し、採取した組織をホルマリン固定しパラフィン包埋した。
【0053】
(定量的RT-PCR解析)
total RNAの調製、cDNA合成及びリアルタイムRT-PCRは標準的なプロトコルを用いて実施した。GAPDH遺伝子を定量的リアルタイムPCR正規化のためのハウスキーピング遺伝子として使用した。hGPC1遺伝子及びmGPC1遺伝子の定量のためのTaqManプローブ(カタログ番号「Mm00497305_m1」)及びRT-PCRプライマー(GPC1)はサーモフィッシャーサイエンティフィック社から購入した。
【0054】
(免疫染色)
免疫染色は、ヒト及びマウスの全身組織の凍結切片(GPC1の場合)又はホルマリン固定パラフィン包埋切片(GFPの場合)について、標準的なプロトコルを用いて行った。一次抗体として、抗GPC1抗体(クローン1-12、0.5μg/mL、Harada E., et al., Glypican-1 targeted antibody-based therapy induces preclinical antitumor activity against esophageal squamous cell carcinoma, Oncotarget, 8 (15), 24741-24752, 2017)及び抗GFP抗体(クローン1E4、0.5μg/mL、M048-3、株式会社医学生物学研究所)を使用した。
【0055】
(細胞株及び培地)
ヒト食道扁平上皮がん細胞株(TE14)、ヒト肺扁平上皮がん細胞株LK2にhGPC1を強制発現させた細胞株(LK2-hGPC1)、LK2に空ベクターを導入した細胞株(LK2-mock)を使用した。マウス結腸腺がん細胞株(MC38)、マウス肉腫細胞株(MCA-205)及びマウスT細胞リンパ腫(EL4)は、米国国立がん研究所から入手した。
【0056】
また、MC38及びMCA205細胞に、mGPC1 cDNAをコードするレンチウイルスベクターを形質導入した。以下、mGPC1を安定に発現するMC38及びMCA205を、それぞれMC38-mGPC1及びMCA205-mGPC1という場合がある。
【0057】
ヒトT細胞用培地として、10%の熱不活性化ヒトAB血清(GEMINI社、100-512)及び300IU/mLの組換えヒトインターロイキン2(rhIL-2、ニプロ、87-890)を含むAIM-V培地(サーモフィッシャーサイエンティフィック社、0870112DK)を使用した。マウスT細胞用培地として、10%の熱不活性化ウシ胎児血清(FBS、SIGMA、172012-500ml)及び100U/mLのペニシリン、100μg/mLのストレプトマイシン、0.05mMの2-メルカプトエタノール、0.1mMのMEM非必須アミノ酸、1mMのピルビン酸ナトリウム、10mM l-HEPES(ギブコ、15630-080)及び50IU/mLの遺伝子組換えヒトIL-2(rhIL-2)を含むRPMI培地(ナカライテスク、30264-56)を使用した。
【0058】
(レトロウイルスベクターデザイン)
VL-VH(LH型)又はVH-VL(HL型)である抗GPC1 単鎖可変領域フラグメント(scFv)をコードする塩基配列は、ヒト及びマウスのGPC1を認識する抗GPC1抗体(クローン1-12)の塩基配列に基づいて作製した。
【0059】
図2Aに示すように、ヒトCAR(hCAR)は、ヒトCD8aのリーダー配列、抗GPC1 scFv、ヒトCD28の細胞外ドメイン/膜貫通ドメイン/細胞内ドメイン、ヒトCD3ζの細胞内ドメインを含んでいる。hCAR(LH型)の塩基配列を配列番号4に示す。また、hCAR(HL型)の塩基配列を配列番号5に示す。また、図4Aに示すように、マウスCAR(mCAR)は、マウスCD8aのリーダー配列、抗GPC1 scFv、マウスCD28の細胞外ドメイン/膜貫通ドメイン/細胞内ドメイン、マウスCD3ζの細胞内ドメインを含んでいる。mCARの塩基配列を配列番号6に示す。これらのhCAR遺伝子及びmCAR遺伝子は、レトロウイルスベクターにインフレームでクローニングした。
【0060】
(hCAR-T細胞及びmCAR-T細胞の調製)
GPC1特異的hCAR遺伝子(LH型又はHL型)又はmCAR遺伝子(HL型)を刺激したヒトT細胞又はマウスT細胞に導入した。まず、Hily Max(同仁化学研究所、H357)を使用して、ヒト又はマウスのCARプラスミド、ECOエンベロープをコードするプラスミド、gag-polをコードするプラスミドを、G3Thi細胞に共導入することにより、一過性レトロウイルス上清を作製した。12時間後、上清を新鮮な培地と交換し、培地の交換から24時間後にレトロウイルス上清を回収した。mCAR-T細胞の作製にはこのレトロウイルスを用いた。hCAR-T細胞の作製のためには、さらにこのレトロウイルスをPG13細胞に感染させ、その上清中に産生されるGaLVエンベロープのレトロウイルスを用いた。それぞれのレトロウイルス上清を、レトロネクチン((登録商標)タカラバイオ社、T100B)でコーティングしたプレート上で、2000×g、32℃で2時間遠心し、レトロウイルスプレートとした。
【0061】
hCAR-T細胞の作製については、続いて、健康なドナー由来の末梢血単核球細胞を、形質導入前に2日間、可溶性OKT-3(50ng/mL、バイオレジェンド社、317347)で刺激した。続いて、レトロウイルスプレート上に、刺激した細胞を播種し、1000×gで10分間スピンダウンすることにより形質導入した。
【0062】
またmCAR-T細胞の作製については、CAGプロモーターの制御下で恒常的にEGFPを発現するトランスジェニックマウスからマウス脾細胞を回収し、0日目に2.5mg/mLのコンカナバリンA(シグマアルドリッチ社、C5275)で活性化した。続いて、形質導入の1日前に、2μg/mLのコンカナバリンA、1ng/mLの組換えマウスインターロイキン7(rmIL-7、ぺプロテック社、217-17)及び50IU/mLのヒトIL2をマウス脾細胞に添加し刺激した。続いて、刺激した脾細胞をレトロウイルスプレート上に1000×gで10分間スピンダウンすることにより形質導入した。
【0063】
(フローサイトメトリー解析)
腫瘍細胞株を抗GPC1抗体(クローン1-12)で染色した。形質導入したT細胞について、APC標識ロバ抗ニワトリIgY抗体(ジャクソン社、703-136-155)を用いて細胞表面に発現したCARを染色した。なお、抗GPC1抗体(クローン1-12)はニワトリ由来の抗体である。組織及び血液中のマウス細胞は抗CD45抗体(V500、30-F11、BDバイオサイエンス社、561487)、抗CD3抗体(BV-421、145-2C11、バイオレジェンド社、100336)及び抗CD8抗体(Alexa Fluor 700、53-6.7、BDバイオサイエンス社、557959)で染色した。
【0064】
(フローサイトメトリー解析、抗TIGIT抗体の評価)
抗ヒトTIGIT抗体(マウス)(医学生物学研究所、クローンC18-25)及び2次抗体としてPE標識抗マウスイムノグロブリン抗体(Poly4053、バイオレジェンド社、405307)を用いて、HEK293-TIGIT(hTIGIT過剰発現ヒト胎児腎細胞株)の細胞表面に発現したTIGITを染色した。
【0065】
(細胞傷害活性)
LK2-hGPC1をカルボキシフルオレセインスクシンイミジルエステル(CFSE、同仁化学社、C375)で標識し、抗ヒトTIGIT抗体を10μg/mLになるように添加し、さらにLK2-hGPC1と同数のGPC1特異的CAR-T細胞を加え、37℃で6時間インキュベーションした後に、Annexin-V-Binding Buffer(バイオレジェンド社、422201)に再分散し、さらにAPC Annexin V(バイオレジェンド社、640941)を加えて、アポトーシス細胞及びネクローシス細胞をフローサイトメトリーで評価した。
【0066】
(IFNγ分泌アッセイ)
培養腫瘍細胞株を刺激細胞として使用した。T細胞を刺激細胞と共培養し、上清を24時間後に回収した。ヒト及びマウスのインターフェロン(IFN)γの濃度を、それぞれヒトIFNγ(hIFNγ)ELISAセット(Endogen社:M700AとM700B)又はマウスIFNγ(mIFNγ)ELISAセット(BDバイオサイエンス社、555138)を用いて測定した。
【0067】
(クロム放出アッセイ)
標的細胞を51Crで標識し、複数の混合比率で、形質導入細胞と混合した。37℃で4時間インキュベートした後、遊離51Crの放出を測定した(Yaguchi T., et al., Immune Suppression and Resistance Mediated by Constitutive Activation of Wnt/β-Catenin Signaling in Human Melanoma Cells, J Immunol, 189 (5), 2110-2117, 2012)。
【0068】
(マウスモデル解析)
異種マウスモデルでは、3×10個のTE14細胞を6~10週齢の(NOD-scid IL-2γnull、NOG)マウスの脇腹に皮下接種した。培養したhCAR-T細胞又はhCont-T細胞(2×10細胞/マウス)を9日目に静脈内投与した。ここで、hCont-T細胞とは、CARを形質導入していないヒトT細胞を意味する。
【0069】
同系マウスモデルでは、5×10個のMC38-mGPC1又はMCA205-mGPC1細胞を6~8週齢のC57BL/6マウスの側腹部に皮下接種した。培養したmCAR-T細胞又はmCont-T細胞(2×10細胞/マウス)を3日目に静脈内投与した。ここで、mCont-T細胞とは、CARを形質導入していないマウスT細胞を意味する。T細胞移植の直前にマウスに5Gyの全身照射を行い、1日2回rhIL-2を腹腔内投与した。rhIL-2の投与は50,000IU/マウスの投与量で6回行った。
【0070】
併用療法モデルでは、2、6、14及び18日目に200mg/マウスの抗PD-1抗体(J43、Bio X Cell社、BE0033-2)又はアイソタイプ抗体(PIP、Bio X Cell社、BE0260)を腹腔内注射した。腫瘍体積は下記式(1)にしたがって計算した。
腫瘍体積=[(長さ)×(幅)]/2 …(1)
【0071】
(腫瘍特異的CD8陽性T細胞応答の評価)
内因性腫瘍抗原に特異的なCD8陽性腫瘍浸潤T細胞の免疫応答を評価するために、ソートしたCD8陽性T細胞を、1mg/mL gp70ペプチド(配列番号7)又は対照ペプチド(H-2Kbに拘束されたβ-ガラクトシダーゼ(β-gal)由来のペプチド、配列番号8)でパルスしたEL4細胞で24時間再刺激し、IFNγ分泌を評価した。
【0072】
(統計解析)
全ての結果は平均値±標準偏差で表した。データの統計分析(対応がないt検定及びボンフェローニ/ダン検定)を行い、実験群、処理群及び対照群の平均間の差を決定した。統計計算にはGraphPad Prism 7.0を用いた。P<0.05(*)及びP<0.01(**)を統計学的に有意であると判断した。
【0073】
[実験例1]
(ヒト成人正常全身組織におけるhGPC1の発現の検討)
ヒト成人正常全身組織におけるhGPC1の発現を検討した。まず、mRNAレベルでのhGPC1発現の特異性を評価するために、定量的RT-PCR解析により、胎児脳組織におけるhGPC1 mRNAの発現量と、様々な成人ヒト正常組織におけるhGPC1 mRNAの発現量を比較した。GAPDH mRNAを内部標準として使用した。
【0074】
図1Aは定量的RT-PCR解析の結果を示すグラフである。その結果、ほとんど全ての組織において、ごくわずかだが検出可能なhGPC1 mRNAの発現が認められることが明らかとなった。
【0075】
続いて、hGPC1及びmGPC1に特異的に反応する抗GPC1モノクローナル抗体(クローン1-12)の反応性を、様々なヒト正常組織に対して評価した。
【0076】
図1Bは免疫染色の結果を示す代表的な顕微鏡写真である。スケールバーは100μmを示す。その結果、ヒト食道がん組織における強いGPC1発現と比較して、正常組織は抗GPC1抗体(クローン1-12)により明確に染色されないことが明らかとなった。年齢及び性別が異なる3人のドナーの組織サンプルについて、同様の結果が確認された。
【0077】
以上の結果から、定量的RT-PCRではhGPC1 mRNAが検出されるものの、hGPC1のタンパク質レベルでの発現はヒト成人正常組織では検出されないことが明らかとなった。この結果は、GPC1がCAR-T細胞療法のための有望な治療標的であり、抗GPC1モノクローナル抗体(クローン1-12)をGPC1特異的CAR-T細胞療法の開発に使用できることを示す。
【0078】
[実験例2]
(GPC1特異的hCAR-T細胞の検討)
抗GPC1モノクローナル抗体(クローン1-12)由来の軽鎖及び重鎖を含むscFvフラグメント、ヒトCD28及びCD3ζのシグナルドメインを含むGPC1特異的hCAR(hCAR、LH型及びHL型)をコードするレトロウイルス発現ベクターを作製した。
【0079】
図2AはhCARの構造を示す模式図である。図2Aに示すように、LH型は、N末端側から順に軽鎖可変領域(VL)及び重鎖可変領域(VH)を有する。また、HL型は、N末端側から順に重鎖可変領域(VH)及び軽鎖可変領域(VL)を有する。
【0080】
続いて、作製したhCARベクターをヒト活性化T細胞に形質導入した。LH型及びHL型の両方において、形質導入されたT細胞(hCAR-T細胞)の形質導入効率は約60%であった。トランスフェクション後のhCAR-T細胞の増殖能において、LH型とHL型の間に有意差はなかった。
【0081】
標的抗原に応答したT細胞によるIFNγ分泌及び腫瘍細胞(標的細胞)殺傷活性は、抗原特異的抗腫瘍免疫応答において重要である。発明者らは、IFNγ分泌アッセイ及び51Cr放出アッセイによってCAR-T細胞のこれらの能力を試験した。
【0082】
図2B(a)~(c)は、それぞれ、LK2-mock(hGPC1陰性肺がん細胞株)、LK2-hGPC1(hGPC1過剰発現肺がん細胞株)、TE14(hGPC1内在性食道がん細胞株)におけるGPC1の発現をフローサイトメトリー解析により検討した結果を示すグラフである。hCAR-T細胞を、これらの細胞とそれぞれ共培養し、IFNγ分泌アッセイ及び51Cr放出アッセイを行った。
【0083】
図2CはIFNγ分泌アッセイの結果を示すグラフである。図2C中、「hCont-T」は、CARを形質導入していないヒトT細胞の結果であることを示し、「hCAR-T-LH」はLH型のhCARを導入したT細胞の結果であることを示し、「hCAR-T-HL」はHL型のhCARを導入したT細胞の結果であることを示し、「T cells alone」は、比較のために各種T細胞のみを培養した結果であることを示し、「LK2-hGPC1」は各種細胞をLK2-hGPC1細胞と共培養した結果であることを示し、「LK2-mock」は各種T細胞をLK2-mock細胞と共培養した結果であることを示し、「TE14」は各種T細胞をTE14細胞と共培養した結果であることを示す。その結果、hCAR-T細胞はhGPC1特異的にIFNγを放出したことが明らかとなった。CAR-T細胞は抗原を認識すると、IFNγを産生し、細胞傷害活性を発揮することから、IFNγの産生上昇は、hCAR-T細胞が、LK2-hGPC1を標的としていることを示す。
【0084】
図2D(a)~(c)は、51Cr放出アッセイの結果を示すグラフである。図2D(a)~(c)中、「hCont-T」は、CARを形質導入していないヒトT細胞の結果であることを示し、「hCAR-T-LH」はLH型のhCARを導入したT細胞の結果であることを示し、「hCAR-T-HL」はHL型のhCARを導入したT細胞の結果であることを示す。図2D(a)~(c)中、縦軸は51Crの放出により測定した細胞の特異的な溶解を示し、横軸は、T細胞とがん細胞の混合比(T細胞:がん細胞)を示す。
【0085】
図2D(a)は各種T細胞をLK2-mock細胞と共培養した結果であり、図2D(b)は各種T細胞をLK2-hGPC1細胞と共培養した結果であり、図2D(c)は各種T細胞をTE14細胞と共培養した結果である。その結果、hCAR-T細胞はhGPC1に特異的にIFNγを放出し、標的細胞を殺傷したことが明らかとなった。
【0086】
続いて、発明者らは、hCAR-T細胞を、TE14異種移植NOGマウスに静脈内投与し、インビボにおけるCAR-T細胞の抗腫瘍活性を検討した。hCAR-T細胞(LH型及びHL型)又はCARを形質導入していないヒトT細胞を2×10細胞/マウスの投与量で静脈内投与し、腫瘍体積の経時変化を測定した。
【0087】
図2Eは、腫瘍体積の測定結果を示すグラフである。図2E中、「hCont-T」は、CARを形質導入していないヒトT細胞を投与したマウスの結果であることを示し、「hCAR-T-LH」はLH型のhCARを導入したT細胞を投与したマウスの結果であることを示し、「hCAR-T-HL」はHL型のhCARを導入したT細胞を投与したマウスの結果であることを示す。その結果、CAR-T細胞は、LH型、HL型ともに、hCont-T細胞と比較して、腫瘍の増殖を効果的に阻害したことが明らかとなった。
【0088】
また、図2F(a)は、抗ヒトTIGIT抗体(マウス、クローンC18-25)のヒトTIGIT抗原に対する反応性を検討した結果である。この抗体を用いて、細胞傷害活性を評価した。図2F(a)中、「TIGIT(C18-25)」は、抗ヒトTIGIT抗体(マウス、クローンC18-25)を示し、「2ndPE」はPE標識抗マウスイムノグロブリン抗体を示す。
【0089】
図2F(b)は、GPC1特異的CAR-T細胞(hCAR-T-HL)に抗TIGIT抗体(Anti-TIGIT)を添加した際の、LK2-hGPC1に対する細胞傷害活性を評価した結果である。その結果、抗TIGIT抗体を添加することにより、hCAR-T細胞が標的細胞をより効果的に殺傷したことが明らかとなった。
【0090】
以上の結果から、GPC1特異的hCAR-T細胞が、hGPC1発現ヒト腫瘍に対する特異的認識及び強い抗腫瘍効果を示すことが明らかとなった。
【0091】
[実験例3]
(マウス正常全身組織におけるmGPC1の発現の検討)
実験例2では、異種T細胞を投与したため、hCAR-T細胞を移植した全てのNOGマウスは重度の移植片対宿主病(GVHD)に罹患して死亡した。このように、このモデルではオンターゲット/オフ腫瘍毒性を評価することは不可能である。そこで、発明者らは、同系マウスモデルを、オンターゲット/オフ腫瘍毒性の評価に使用した。
【0092】
まず、定量的RT-PCR解析により、様々なマウス正常組織におけるmGPC1のmRNA発現量を検討した。GAPDH mRNAを内部標準として使用した。
【0093】
図3Aは定量的RT-PCR解析の結果を示すグラフである。その結果、ほとんど全ての組織において、ごくわずかであるが検出可能なmGPC1 mRNAの発現が認められることが明らかとなった。また、上述した図1A及び図3Aの結果から、心臓、肺及び脳は、ヒト及びマウスの両方において相対的に高いGPC1 mRNAの発現を示すことが明らかとなった。
【0094】
続いて、抗GPC1モノクローナル抗体(クローン1-12)の反応性を、様々なマウス正常組織に対して評価した。
【0095】
図3Bは免疫染色の結果を示す代表的な顕微鏡写真である。スケールバーは100μmを示す。その結果、MC38-mGPC1細胞(mGPC1を強制発現させたマウス結腸腺がん細胞株)では、強く均一なGPC1発現が認められた。これに対し、正常組織は抗GPC1抗体(クローン1-12)により明確には染色されないことが明らかとなった。この結果は、上述した図1Bにおけるヒトの結果と同様であった。
【0096】
以上の結果は、mRNA及びタンパク質レベルでのヒトとマウスとの間のGPC1の発現パターンが類似していることを示す。したがって、同系マウスモデル(C57BL/6)をオンターゲット/オフ腫瘍毒性の評価に使用することができる。
【0097】
[実験例4]
(GPC1特異的mCAR-T細胞の検討)
図4A(a)~(d)は、抗GPC1モノクローナル抗体(クローン1-12)又はアイソタイプコントロール抗体の反応性をフローサイトメトリーにより検討した結果を示すグラフである。
【0098】
図4A(a)はヒト肺扁平上皮がん細胞株LK2に空ベクターを導入した細胞株(LK2-mock)の結果であり、図4A(b)はLK2にhGPC1を強制発現させた細胞株(LK2-hGPC1)の結果であり、図4A(c)はマウス結腸腺がん細胞株(MC38)にmGPC1を強制発現させた細胞株(MC38-mGPC1)の結果であり、図4A(d)はマウス肉腫細胞株(MCA-205)にmGPC1を強制発現させた細胞株(MC38-mGPC1)の結果である。
【0099】
その結果、抗GPC1モノクローナル抗体(クローン1-12)は、hGPC1及びmGPC1の双方に対する反応性を有することが明らかとなった。この結果は、mCAR-T細胞を移植した同系マウスモデルを用いて有害作用を評価することができることを示す。
【0100】
実験例2において、hCAR-T細胞(HL型)は、hCAR-T細胞(LH型)と比較してより高い抗腫瘍活性を示したため、本実験例では、HL型のmCAR-T細胞を作製した。
【0101】
図4BはmCARの構造を示す模式図である。図4Bに示すように、hCARベクター(HL型)中の、ヒトCD3及びCD28配列を相同マウス配列に変換して、mCARベクターを作製した。
【0102】
続いて、恒常的にEGFPを発現するトランスジェニックマウス由来の活性化T細胞に、mCARベクターを形質導入した。続いて、mCAR-T細胞の抗原特異的活性を評価するために、mCAR-T細胞をMC38-mGPC1細胞と共培養し、IFNγ分泌アッセイ及び51Cr放出アッセイを行った。
【0103】
図4CはIFNγ分泌アッセイの結果を示すグラフである。図4C中、「mCont-T」は、CARを形質導入していないマウスT細胞の結果であることを示し、「mCAR-T」はmCAR-T細胞の結果であることを示し、「non T cell」は腫瘍細胞のみを培養した結果であることを示し、「T cells alone」は、比較のために各種T細胞のみを培養した結果であることを示し、「MC38-mock」は各種T細胞をMC38-mock細胞と共培養した結果であることを示し、「MC38-mGPC1」は各種T細胞をMC38-mGPC1細胞と共培養した結果であることを示す。その結果、mCAR-T細胞はmGPC1特異的にIFNγを放出したことが明らかとなった。
【0104】
図4D(a)及び(b)は、51Cr放出アッセイの結果を示すグラフである。図4D(a)及び(b)中、「mCont-T」は、CARを形質導入していないマウスT細胞の結果であることを示し、「mCAR-T」はmCAR-T細胞の結果であることを示す。図4D(a)及び(b)中、縦軸は51Crの放出により測定した細胞の特異的な溶解を示し、横軸は、T細胞とがん細胞の混合比(T細胞:がん細胞)を示す。
【0105】
図4D(a)は各種T細胞をMC38-mock細胞と共培養した結果であり、図4D(b)は各種T細胞をMC38-mGPC1細胞と共培養した結果である。その結果、mCAR-T細胞はmGPC1に特異的に標的細胞を殺傷したことが明らかとなった。
【0106】
続いて、発明者らは、mCAR-T細胞を、MC38-mGPC1細胞又はMCA205-mGPC1細胞を移植した同系マウスモデルに静脈内投与し、インビボにおけるCAR-T細胞の抗腫瘍活性を検討した。mCAR-T細胞又はCARを形質導入していないマウスT細胞をがん細胞の移植から3日目に2×10細胞/マウスの投与量で静脈内投与し、腫瘍体積の経時変化を測定した。
【0107】
図4E(a)~(c)及び図4F(a)~(c)は、腫瘍体積の測定結果を示すグラフである。図4E(a)~(c)はMC38-mGPC1細胞を移植したマウスの結果を示す。図4E(a)は、各群のマウスの結果の平均値を示すグラフであり、図4E(b)はCARを形質導入していないマウスT細胞(mCont-T)を移植したマウスの個別の結果を示すグラフであり、図4E(c)はmCAR-T細胞を移植したマウスの個別の結果を示すグラフである。
【0108】
その結果、MC38-mGPC1マウスモデルでは、mCAR-T細胞はmCont-T細胞と比較して、腫瘍の増殖を効果的に抑制したことが明らかとなった。
【0109】
また、図4F(a)~(c)はMCA205-mGPC1細胞を移植したマウスの結果を示す。図4F(a)は、各群のマウスの結果の平均値を示すグラフであり、図4F(b)はCARを形質導入していないマウスT細胞(mCont-T)を移植したマウスの個別の結果を示すグラフであり、図4F(c)はmCAR-T細胞を移植したマウスの個別の結果を示すグラフである。
【0110】
その結果、MCA205-mGPC1マウスモデルでは、5匹のうち4匹のマウスにおいて、腫瘍の完全な根絶が認められ、少なくとも100日間維持された。
【0111】
以上の結果から、mCAR-T細胞はmCont-T細胞と比較して、腫瘍の増殖を効果的に抑制したことが明らかとなった。
【0112】
続いて、MC38-mGPC1マウスモデルを用いてmCAR-T細胞のインビボにおける持続性を評価した。具体的には、実験開始から15日目の末梢血及び腫瘍組織由来の総CD8陽性T細胞中のGFP陽性CD8陽性mCAR-T細胞の割合を測定した。
【0113】
図4G(a)及び(b)は、それぞれ、末梢血及び腫瘍組織由来の総CD8陽性T細胞中のGFP陽性CD8陽性mCAR-T細胞の割合の測定結果を示すグラフである。各点は各マウスを示す。その結果、mCAR-T細胞は、MC38-mGPC1担がんマウスにおいて末梢血中で効率的に持続し、腫瘍に浸潤したことが明らかとなった。
【0114】
また、MCA205-mGPC1マウスモデルにおいて、完全な腫瘍根絶を示したマウスは、実験開始から60日目の末梢血中においてGFP陽性CD8陽性mCAR-T細胞が検出され、長期間のmCAR-T細胞の残存が確認された(図4G(c))。
【0115】
続いて、IFNγの分泌を評価することにより、mCAR-T細胞の機能的な持続性を評価した。実験開始から15日目に、MC38-mGPC1マウスモデルの脾臓及び腫瘍浸潤リンパ球から、移植したmCAR-T細胞を含む全CD8陽性T細胞を回収した。続いて、刺激細胞としてのLK2-hGPC1細胞又はLK2-mock細胞と共培養し、上清中のマウスIFNγの濃度を測定した。
【0116】
図4H(a)及び(b)は、IFNγの濃度の測定結果を示すグラフである。図4H(a)は脾臓由来の細胞の結果であり、図4H(b)は腫瘍浸潤リンパ球(TIL)の結果である。図4H(a)及び(b)中、「Non stimulator」は刺激細胞と共培養しなかった結果であることを示し、「LK2-mock」はLK2-mock細胞と共培養した結果であることを示し、「LK2-hGPC1」はLK2-hGPC1細胞と共培養した結果であることを示し、「mCont-T」は、CARを形質導入していないマウスT細胞の結果であることを示し、「mCAR-T」はmCAR-T細胞の結果であることを示す。
【0117】
その結果、実験開始から15日目においてもmCAR-T細胞は機能性を有することが明らかとなった。
【0118】
次に、発明者らは、単一抗原を標的とするCAR-T細胞が、他の内因性抗原に対するT細胞応答の誘導を増強し得るかどうかを検討した。抗原特異的T細胞応答を評価するために、CD8陽性腫瘍浸潤リンパ球を、刺激物質としてのgp70ペプチド(配列番号7)又は対照としてβ-galペプチド(配列番号8)で再刺激し、gp70特異的T細胞の誘導をIFNγ放出アッセイによって評価した。
【0119】
図4Iは上清中のIFNγの濃度の測定結果を示すグラフである。図4I中、「mCont-T」は、CARを形質導入していないマウスT細胞を投与したマウスの結果であることを示し、「mCAR-T」はmCAR-T細胞を投与したマウスの結果であることを示す。
【0120】
その結果、CD8陽性腫瘍浸潤リンパ球におけるgp70特異的T細胞の誘導は、mCAR-T細胞の投与によって有意に増強されたことが明らかとなった。
【0121】
以上の結果から、mCAR-T細胞がインビボで機能的に持続し、明らかな副作用なく確立された固形腫瘍を排除し、GPC1以外の腫瘍抗原に対する内因性抗腫瘍応答を増強し得ることが明らかとなった。
【0122】
[実験例5]
(GPC1特異的mCAR-T細胞による副作用の検討)
インビボでmCAR-T細胞の有害作用を評価するために、臨床症状及び組織学的異常を分析した。
【0123】
まず、MC38-mGPC1細胞又はMCA205-mGPC1細胞を移植した同系マウスモデルに、がん細胞の移植から3日目にmCAR-T細胞又はCARを形質導入していないマウスT細胞を静脈内投与した。
【0124】
図5A(a)及び(b)は、がん細胞の移植から15日目の同系マウスモデルの体重を測定した結果を示すグラフである。図5A(a)はMC38-mGPC1細胞を移植した同系マウスモデルの結果であり、図5A(b)はMCA205-mGPC1細胞を移植した同系マウスモデルの結果である。図5A(a)及び(b)中、「mCont-T」は、CARを形質導入していないマウスT細胞を移植したマウスの結果であることを示し、「mCAR-T」はmCAR-T細胞を移植したマウスの結果であることを示し、「ns」は有意差がなかったことを示す。
【0125】
その結果、いずれの同系マウスモデルにおいても、mCAR-T細胞を投与したマウスの体重は、mCont-T細胞を投与したマウスの体重と比較して有意な変化がないことが明らかとなった。また、いずれの同系マウスモデルにおいても、mCAR-T細胞を投与したマウスの外観及び行動は、mCont-T細胞を投与したマウスの外観及び行動と比較して差が認められなかった。
【0126】
続いて、各同系マウスモデルについて、正常組織及び腫瘍組織のヘマトキシリン・エオシン染色及び抗GFP抗体を用いた免疫染色を行った。図5B(a)は、ヘマトキシリン・エオシン染色の結果を示す顕微鏡写真である。スケールバーは100μmである。図5B(b)は、免疫染色の結果を示す顕微鏡写真である。スケールバーは100μmである。
【0127】
図5B(a)及び(b)中、「mCont-T」は、CARを形質導入していないマウスT細胞を移植したマウスの結果であることを示し、「mCAR-T」はmCAR-T細胞を移植したマウスの結果であることを示し、「HE」はヘマトキシリン・エオシン染色の結果であることを示し、「GFP」は抗GFP抗体を用いた免疫染色の結果であることを示す。
【0128】
その結果、実験例1及び実験例3において、定量的RT-PCRによりGPC1 mRNAの発現が検出された心臓及び脳を含む、試験した正常組織のいずれにおいても、明らかな組織学的組織損傷及び投与されたmCAR-T細胞浸潤は観察されなかった。
【0129】
また、正常全身組織についてもヘマトキシリン・エオシン染色及び抗GFP抗体を用いた免疫染色を行った。その結果、正常全身組織のいずれにおいても、明らかな組織学的組織損傷は認められなかった。一方、正常全身組織において、投与されたmCAR-T細胞のわずかな浸潤が観察された。
【0130】
以上の結果から、いくつかの正常組織におけるわずかなGPC1 mRNA発現にもかかわらず、mCAR-T細胞が明らかな有害作用なしにmGPC1陽性腫瘍を除去することができることが明らかとなった。
【0131】
[実験例6]
(GPC1特異的mCAR-T細胞療法と抗PD-1抗体療法の併用)
まず、MC38-mGPC1細胞を移植した同系マウスモデルに、がん細胞の移植から3日目にmCAR-T細胞又はCARを形質導入していないマウスT細胞を静脈内投与した。続いて、がん細胞の移植から15日目のマウスの腫瘍組織中の内在性CD8陽性T細胞及び投与したCD8陽性T細胞のPD-1の発現を検討した。
【0132】
図6A(a)は内在性CD8陽性T細胞の結果を示すグラフであり、図6A(b)は投与したCD8陽性T細胞の結果を示すグラフである。図6A(a)及び(b)中、「mCont-T」は、CARを形質導入していないマウスT細胞を移植したマウスの結果であることを示し、「mCAR-T」はmCAR-T細胞を移植したマウスの結果であることを示す。
【0133】
その結果、MC38-mGPC1マウスモデルでは、腫瘍組織に存在するほとんどのmCAR-T細胞及び内在性のT細胞がPD-1を発現していることが明らかとなった。そこで、抗PD-1抗体の投与がmCAR-T細胞の投与による抗腫瘍活性を増強するか否かについて検討した。
【0134】
図6Bは実験スケジュールを示す図である。0日目にマウスにMC38-mGPC1細胞を皮下注射した。続いて、2日目に2×10細胞/マウスのT細胞を静脈内投与した。また、2、3、4日目にIL-2を腹腔内投与した。また、2、4、6、10、14、18日目に200mg/マウスの抗PD-1抗体を腹腔内投与した。また、MC38-mGPC1細胞の移植後、経時的に腫瘍体積を測定した。
【0135】
図6Cは、各群のマウスの腫瘍体積の測定結果を示すグラフである。図6C中、「mCont-T」は、CARを形質導入していないマウスT細胞を投与したマウスの結果であることを示し、「Isotype」はアイソタイプコントロール抗体を投与したマウスの結果であることを示し、「anti-PD-1Ab」は抗PD-1抗体を投与したマウスの結果であることを示し、「mCAR-T」はmCAR-T細胞を投与したマウスの結果であることを示し、「CR」は完全奏効を示す。
【0136】
また、図6D(a)~(d)は、各群のマウスの腫瘍体積の測定結果を個別のマウスごとに示したグラフである。図6D(a)は、CARを形質導入していないマウスT細胞及びアイソタイプコントロール抗体を投与したマウスの結果を示し、図6D(b)は、mCAR-T細胞及びアイソタイプコントロール抗体を投与したマウスの結果を示し、図6D(c)は、CARを形質導入していないマウスT細胞及び抗PD-1抗体を投与したマウスの結果を示し、図6D(d)は、mCAR-T細胞及び抗PD-1抗体を投与したマウスの結果を示す。
【0137】
その結果、mCAR-T細胞療法に抗PD-1抗体で例示される免疫チェックポイント阻害剤を組み合わせることにより、mCAR-T細胞の細胞傷害活性が8日目以降も維持されることが明らかとなった。一方、mCAR-T細胞療法のみでは抗腫瘍効果は有意であったが弱かった。免疫チェックポイント阻害剤(抗PD-1抗体)単独では抗腫瘍効果を認めることはできなかったことを併せて考えると、mCAR-T細胞療法に、抗PD-1抗体等の免疫チェックポイント阻害剤を補助的に用いることで、本来mCAR-T細胞が有する抗腫瘍効果を長期にわたり維持し、薬効を最大化できることが示された。また、図6Bで示される投与スケジュールの通り、mCAR-T細胞と免疫チェックポイント阻害剤を同日に投与していることから、抗PD-1抗体等の免疫チェックポイント阻害剤をmCAR-T細胞表面上に結合させた複合体も薬効を発揮しうる。さらに、明らかに弱った所見を示すマウスはなく全例生存しており、全てのマウスは臨床症状による悪影響を示さなかった。
【0138】
以上の結果は、抗PD-1モノクローナル抗体を組み合わせることで、GPC1特異的CAR-T細胞療法の抗腫瘍効果が維持されることを示す。また、目に見える副作用症状がないことも併せて示す。
【産業上の利用可能性】
【0139】
本発明により、GPC1陽性のがんを効果的に治療する医薬組成物、キット及び技術を提供することができる。
図1A
図1B
図2A
図2B
図2C
図2D
図2E
図2F
図3A
図3B
図4A
図4B
図4C
図4D
図4E
図4F
図4G
図4H
図4I
図5A
図5B
図6A
図6B
図6C
図6D
【配列表】
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