IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 国立大学法人山梨大学の特許一覧 ▶ ロベルト・ボッシュ・ゲゼルシャフト・ミト・ベシュレンクテル・ハフツングの特許一覧

<>
  • 特許-分光計、分析システム及び分析方法 図1
  • 特許-分光計、分析システム及び分析方法 図2
  • 特許-分光計、分析システム及び分析方法 図3
  • 特許-分光計、分析システム及び分析方法 図4
  • 特許-分光計、分析システム及び分析方法 図5
  • 特許-分光計、分析システム及び分析方法 図6
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-03
(45)【発行日】2024-10-11
(54)【発明の名称】分光計、分析システム及び分析方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 21/65 20060101AFI20241004BHJP
   H01M 8/1016 20160101ALI20241004BHJP
   H01M 4/86 20060101ALI20241004BHJP
   H01M 8/10 20160101ALN20241004BHJP
【FI】
G01N21/65
H01M8/1016
H01M4/86 Z
H01M8/10 101
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2020089653
(22)【出願日】2020-05-22
(65)【公開番号】P2021183946
(43)【公開日】2021-12-02
【審査請求日】2023-02-22
(73)【特許権者】
【識別番号】304023994
【氏名又は名称】国立大学法人山梨大学
(73)【特許権者】
【識別番号】591245473
【氏名又は名称】ロベルト・ボッシュ・ゲゼルシャフト・ミト・ベシュレンクテル・ハフツング
【氏名又は名称原語表記】ROBERT BOSCH GMBH
(74)【代理人】
【識別番号】100114775
【弁理士】
【氏名又は名称】高岡 亮一
(74)【代理人】
【識別番号】100121511
【弁理士】
【氏名又は名称】小田 直
(74)【代理人】
【識別番号】100154759
【弁理士】
【氏名又は名称】高木 貴子
(72)【発明者】
【氏名】吉田 力矢
(72)【発明者】
【氏名】西山 博通
(72)【発明者】
【氏名】犬飼 潤治
【審査官】嶋田 行志
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2020/222300(WO,A1)
【文献】特開2017-003700(JP,A)
【文献】特表2012-530947(JP,A)
【文献】特表2013-543980(JP,A)
【文献】特開2002-131645(JP,A)
【文献】特開2011-180504(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 21/62-G01N 21/74
A61B 3/00-A61B 5/398
G02B 21/00-G02B 21/36
H01M 8/10-H01M 8/1286
H01M 4/86-H01M 4/98
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
JSTChina(JDreamIII)
KAKEN
ACS PUBLICATIONS
APS Journals
SPIE DigitalLibrary
IEEE Xplore
Optica
Scitation
Science Direct
Oxford Journals
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
角振動数が異なる第1レーザー光及び第2レーザー光をサンプルに照射し、前記サンプルから発生したコヒーレント反ストークスラマン散乱光の強度を検出する分光計(30)であって、
前記第2レーザー光を2以上に分岐する光分岐器(37)と、
分岐後の2以上の前記第2レーザー光の特性を変換する複数の変換器(34)と、
前記特性の変換後の前記2以上の第2レーザー光のうちの1つである第3レーザー光を、前記第1レーザー光とともに前記サンプルに照射し、前記特性の変換後の2以上の第2レーザー光のうち、前記第3レーザー光以外の第2レーザー光を遮断る切替部(39)と、
を備え、
前記特性は、波長、角振動数、および偏向の方向のうちの少なくともいずれかであり、
前記複数の変換器(34)の各々は、
前記分岐後の2以上の第2レーザー光の各々の前記特性が互いに異なるよう変換し、
前記切替部は、
前記第3レーザー光を、前記特性の変換後の2以上の第2レーザー光のうちの他の1つに切り替え可能である、
分光計(30)。
【請求項2】
前記第2レーザー光の角振動数は、前記第1レーザー光よりも高い、
請求項1に記載の分光計(30)。
【請求項3】
前記変換器(34)は、前記第2レーザー光の波長、角振動数又は偏向の方向を変換する、
請求項1又は2に記載の分光計(30)。
【請求項4】
前記第1レーザー光及び前記第2レーザー光は、1つの光源から分岐したレーザー光である、
請求項1~3のいずれか一項に記載の分光計(30)。
【請求項5】
角振動数が異なる第1レーザー光及び第2レーザー光をサンプルに照射し、前記サンプルから発生したコヒーレント反ストークスラマン散乱光の強度を検出する分光計(30)と、
定された光の強度に基づいて、前記サンプルの分析を行う診断装置(50)と、を備え、
前記分光計(30)は、
前記第2レーザー光を2以上に分岐する光分岐器(37)と、
分岐後の2以上の前記第2レーザー光の特性を変換する複数の変換器(34)と、
前記特性の変換後の前記2以上の第2レーザー光のうちの1つである第3レーザー光を、前記第1レーザー光とともに前記サンプルに照射し、前記特性の変換後の2以上の第2レーザー光のうち、前記第3レーザー光以外の第2レーザー光を遮断する切替部(39)と、
を備え、
前記特性は、波長、角振動数、および偏向の方向のうちの少なくともいずれかであり、
前記複数の変換器(34)の各々は、
前記分岐後の2以上の第2レーザー光の各々の前記特性が互いに異なるよう変換し、
前記切替部は、
前記第3レーザー光を、前記特性の変換後の2以上の第2レーザー光のうちの他の1つに切り替え可能である、
分析システム(100)。
【請求項6】
前記サンプルは、燃料電池(10)が備える電解質膜(1)か、又は前記電解質膜(1)の両側に配置される1対の電極(2)であり、
前記診断装置(50)は、前記電解質膜(1)又は前記電極(2)に含まれる金属又は水を分析する、
請求項5に記載の分析システム(100)。
【請求項7】
角振動数が異なる第1レーザー光及び第2レーザー光をサンプルに照射し、前記サンプルから発生したコヒーレント反ストークスラマン散乱光の強度を検出する分析方法であって、
前記第2レーザー光を2以上に分岐する分岐ステップと、
分岐後の2以上の前記第2レーザー光の特性を変換する変換ステップと、
前記特性の変換後の前記2以上の第2レーザー光のうちの1つである第3レーザー光を、前記第1レーザー光とともに前記サンプルに照射し、前記特性の変換後の2以上の第2レーザー光のうち、前記第3レーザー光以外の第2レーザー光を遮断する照射ステップと、を含み、
前記特性は、波長、角振動数、および偏向の方向のうちの少なくともいずれかであり、
前記変換ステップにおいて、前記分岐後の2以上の第2レーザー光の各々の前記特性は、互いに異なるよう変換され、
前記照射ステップには、前記第3レーザー光を、前記特性の変換後の2以上の第2レーザー光のうちの他の1つに切り替える切替ステップが含まれる、
分析方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、分光計、分析システム及び分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
サンプルの定性分析又は定量分析のため、分光法が広く利用されている。例えば、分光法の1つであるコヒーレント反ストークスラマン散乱 (CARS:Coherent Anti-Stokes Raman Scattering)法が、燃料電池中の水分の測定に用いられている(特許文献1参照)。分光法は非破壊及び非接触で測定が可能であり、製品の評価に特に有用である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2016-156813号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
サンプル中の様々な分子の振動モードを分析するため、CARS法では、異なる角振動数ω1及びω2(ω1>ω2)を有する2つのレーザー光をサンプルに照射する。2つの光の各振動数の差(ω1-ω2)とサンプル中の分子の振動モードが一致すると、サンプルから2ω2-ω1の角振動数を有するコヒーレント反ストークスラマン散乱光(以下、CARS光ともいう。)が発生する。
【0005】
上記CARS光の強度は、サンプル中の振動源の相対量だけでなく、照射されるレーザー光との位相整合条件によっても変動する。よって、レーザー光の偏光の方向、周波数等の特性を調整することにより、CARS光の検出強度を高めることが可能である。しかし、特性の調整にはフォトニック結晶ファイバー等の光変換器を交換する等、システムの改変が必要であり、調整のたびに分析操作を中断する必要があった。
【0006】
本発明は、CARS光を発生させる位相整合条件を容易に調整することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の一態様の分光計(30)は、角振動数が異なる第1レーザー光及び第2レーザー光をサンプルに照射し、前記サンプルから発生したコヒーレント反ストークスラマン散乱光の強度を検出する分光計(30)であって、前記第2レーザー光を2以上に分岐する光分岐器(37)と、前記2以上の第2レーザー光の特性をそれぞれ異なる特性に変換する複数の変換器(34)と、前記変換された2以上の第2レーザー光の1つを選択して、前記第1レーザー光とともに前記サンプルに照射する前記第2レーザー光を切り替える切替部(39)と、を備える。
【0008】
本発明の他の一態様の分析システム(100)は、レーザー光をサンプルに照射し、前記サンプルから発生した光の強度を測定する分光計(30)と、前記測定された光の強度に基づいて、前記サンプルの分析を行う診断装置(50)と、を備え、前記分光計(30)は、前記第2レーザー光を2以上に分岐する光分岐器(37)と、前記2以上の第2レーザー光の特性をそれぞれ異なる特性に変換する複数の変換器(34)と、前記変換された2以上の第2レーザー光の1つを選択して、前記第1レーザー光とともに前記サンプルに照射する前記第2レーザー光を切り替える切替部(39)と、を備える。
【0009】
本発明の他の一態様の分析方法は、角振動数が異なる第1レーザー光及び第2レーザー光をサンプルに照射し、前記サンプルから発生したコヒーレント反ストークスラマン散乱光の強度を検出する分析方法であって、前記第2レーザー光を2以上に分岐するステップと、前記2以上の第2レーザー光の特性をそれぞれ異なる特性に変換するステップと、前記変換された2以上の第2レーザー光の1つを選択して、前記第1レーザー光とともに前記サンプルに照射する前記第2レーザー光を切り替えるステップと、を含む。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、CARS光を発生させる位相整合条件を容易に調整することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】本実施形態の分析システムの構成例を示す模式図である。
図2】燃料電池の斜視図である。
図3】セルの構成を示す断面図である。
図4】CARS分光計の構成例を示す模式図である。
図5】位相整合条件の調整が容易なCARS分光計の構成例を示す模式図である。
図6】燃料電池の出力電圧と電解質膜中の水由来の光の強度との相関を表すプロファイルの一例を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の分光計、分析システム及び分析方法の実施の形態について、図面を参照して説明する。以下に説明する構成は、本発明の一例(代表例)であり、この構成に限定されない。
【0013】
下記実施形態では、車両に搭載され、車両の駆動電力を供給する燃料電池の分析を行う例を説明するが、車両での電力供給以外にも、電車等の他の移動体の発電システム、定置式発電システム等の燃料電池にも本発明を適用できる。
【0014】
図1は、本発明の一実施形態の分析システム100の構成例を示す。
図1に示すように、分析システム100は、分光計30及び診断装置50を備える。本実施形態の分析システム100は、分析対象の燃料電池10及びその制御装置60とともに車両200に搭載される。
【0015】
図2は、燃料電池10の斜視図である。
図2に示すように、燃料電池10は、スタック10a及びケーシング10bを備える。
スタック10aの周囲は、ケーシング10bに覆われ、封止される。
【0016】
スタック10aは、一列に重ねられたプレート状の複数のセル11からなる。セル11の周囲は、シーリングゴム12によって覆われ、封止される。
【0017】
図3は、セル11の構成例を示す。
図3に示すように、セル11は、膜電極接合体(MEA:Membrane Electrode Assembly)3、1対のセパレータ4及びサブガスケット5を備える。MEA3は、電解質膜1及び1対の電極2を備える。1対の電極2及び1対のセパレータ4は電解質膜1を挟むように配置され、電解質膜1の両側にそれぞれ電極2及びセパレータ4が積層されている。
【0018】
電解質膜1、電極2及びセパレータ4は、z方向に積層される。電解質膜1及び電極2のセパレータ4で覆われない周縁部は、シーリングゴム12によって覆われ、封止される。
【0019】
スタック10aにおいて、複数のセル11は電解質膜1、電極2及びセパレータ4の積層方向と同じz方向に重ねられる。x方向及びy方向は、セル11の面内で互いにz方向に直交する方向である。
【0020】
電解質膜1は、イオン伝導性の高分子電解質の膜である。電解質膜1としては、例えばナフィオン(登録商標)、アクイヴィオン(登録商標)等のパーフルオロスルホン酸ポリマー;スルホン化ポリエーテルエーテルケトン(SPEEK)、スルホン化ポリイミド等の芳香族系ポリマー;ポリビニルスルホン酸、ポリビニルリン酸等の脂肪族系ポリマー等が挙げられる。
【0021】
電解質膜1は、耐久性向上の観点から、多孔質基材1aに高分子電解質を含浸させた複合膜であってもよい。多孔質基材1aとしては、高分子電解質を担持できるのであれば特に限定されず、多孔質、織布状、不織布状、フィブリル状等の膜を用いることができる。多孔質基材1aの材料としても特に限定されないが、イオン伝導性を高める観点から、上述したような高分子電解質を用いることができる。なかでも、フッ素系ポリマーであるポリテトラフルオロエチレン、ポリテトラフルオロエチレン-クロロトリフルオロエチレン共重合体、ポリクロロトリフルオロエチレン等は、強度及び形状安定性に優れる。
【0022】
1対の電極2のうち、一方の電極2はアノードであり、燃料極とも呼ばれる。他方の電極2はカソードであり、空気極とも呼ばれる。燃料ガスとして、アノードには水素ガスが供給され、カソードには酸素ガス又は酸素ガスを含む空気が供給される。
【0023】
アノードでは、水素ガス(H)が供給され、当該水素ガス(H)から電子(e)とプロトン(H)を生成する反応が生じる。電子は、図示しない外部回路を経由してカソードへ移動する。この電子の移動により外部回路では電流が発生する。プロトンは電解質膜1を経由してカソードへ移動する。
【0024】
カソードでは、酸素ガス(O)が供給され、外部回路から移動してきた電子により酸素イオン(O )が生成される。酸素イオンは、電解質膜1から移動してきたプロトン(2H)と結合して、水(HO)になる。
【0025】
電極2は、触媒層21を備える。本実施形態の電極2は、燃料ガスの拡散性向上のため、さらにガス拡散層22を備える。
【0026】
触媒層21は、触媒によって水素ガス及び酸素ガスの反応を促進する。触媒層21は、触媒と、触媒を担持する担体及びこれらを被覆するアイオノマーを含む。
触媒としては、例えば白金(Pt)、ルテニウム(Ru)、イリジウム(Ir)、ロジウム(Rh)、パラジウム(Pd)、コバルト(Co)、タングステン(W)等の金属、これら金属の混合物、合金等が挙げられる。なかでも、触媒活性、一酸化炭素に対する耐被毒性、耐熱性等の観点から、白金、白金を含む混合物、合金等が好ましい。
【0027】
担体としてはメソポーラスカーボンや酸化チタン等の導電性の金属化合物が挙げられる。分散性が良好で表面積が大きく、触媒の担持量が多い場合でも高温での粒子成長が少ない観点からは、メソポーラスカーボンが好ましい。
アイオノマーとしては、電解質膜1と同様のイオン伝導性の高分子電解質を使用することができる。
【0028】
ガス拡散層22は、供給された燃料ガスを触媒層21に均一に拡散することができる。ガス拡散層22としては、例えば導電性、ガス透過性及びガス拡散性を有するカーボン繊維等の多孔性繊維シートの他、発泡金属、エキスパンドメタル等の金属板等を用いることができる。
【0029】
セパレータ4は、複数のリブ4bが表面に設けられたプレートであり、バイポーラプレートとも呼ばれる。各リブ4bによってセパレータ4の表面に凹部4aが設けられる。凹部4aは、セパレータ4とMEA3との間に燃料ガスの流路を形成する。この流路は、燃料ガスの反応によって生じた水の排出路でもある。
【0030】
セパレータ4の材料としては、例えばカーボンの他、ステンレス鋼等の金属が用いられる。
【0031】
サブガスケット5は、MEA3の外周縁を囲むフィルム又はプレートであり、MEA3の支持体として機能する。サブガスケット5の材料としては、導電性が低い樹脂を用いることができる。樹脂材料としては特に限定されず、例えばポリフェニレンスルフィド(PPS)、ガラス入りポリプロピレン(PP-G)、ポリスチレン(PS)、シリコーン樹脂、フッ素系樹脂等が挙げられる。
【0032】
サブガスケット5は、外周縁部においてセパレータ4と当接することにより、セル11内部を封止する。
【0033】
(窓)
燃料電池10は、燃料電池10の外部から内部のMEA3に通じる窓B1~B3を備える。窓B1はケーシング10bに設けられ、窓B2はシーリングゴム12に設けられる。窓B3は、セパレータ4、ガス拡散層22及び触媒層21に設けられる。
【0034】
窓B1及びB2は、x方向、y方向及びz方向のいずれの方向に開口してもよい。窓B3はz方向に開口し、同じくz方向に開口する窓B1に通じる。
窓B1~B3は、単なる開口部であってもよいが、封止の観点からは、ガラスプレート又はガラス以外の光を通す素材で構成されるプレートが設けられた開口部であってもよい。
【0035】
分光計30は、これらの窓B1~B3を介して、セパレータ4が配置されていない周縁部側から、又はセパレータ4側から、燃料電池10内部のMEA3にレーザー光を照射し、当該MEA3からの光を受光することができる。分光計30とMEA3との間の光路は、ミラー等の光学系、光ファイバー、導波路等によって形成され得る。
【0036】
(分光計)
分光計30は、サンプルに測定用の光、例えばレーザー光を照射する。分光計30は、レーザー光の照射によってサンプルから発生した反射光、散乱光、及び発光等の光を受光し、当該光の強度を測定する。
【0037】
分光計30の分光法としては、例えばコヒーレント反ストークスラマン散乱 (CARS:Coherent Anti-Stokes Raman Scattering)法、ラマン分光法、赤外分光法(IR:Infrared Spectroscopy)、及びFT-IR(Fourier Transform Infrared Spectroscopy)法等が挙げられる。
【0038】
なかでも、分光計30は、CARS法により測定を行うCARS分光計であることが好ましい。CARS分光計は、ラマン分光法等の他の分光分析法に比べて時間分解能が高い。例えば、中性子検出器の時間分解能では検出に10秒以上を要するが、CARS分光計は1秒未満で検出が可能であり、燃料電池10の内部の状態をリアルタイムに分析することが可能になる。
【0039】
CARS分光計は、角振動数が異なる2つのレーザー光をサンプルに照射し、当該サンプルから発生するコヒーレント反ストークスラマン散乱光(以下、CARS光ともいう。)の強度を測定する。
【0040】
図4は、CARS分光計30Aの構成例を示す。
図4に示すように、CARS分光計30Aは、光源31、光分岐器32、変換器33、34、遅延回路35、検出器36及びプローブ38を備える。CARS分光計30Aにおける光路は、図示しないミラー等の光学系によって形成されるが、光ファイバー、導波路等によって形成されてもよい。
【0041】
CARS分光計30Aでは、光源31から出射されたレーザー光が、光分岐器32により2つのレーザー光に分岐する。光源31としては、例えばチタンサファイヤレーザー、パルスレーザー光源等が挙げられる。光分岐器32としては、例えばダイクロックミラー、ハーフミラー等の光学系の他、分岐を有する導波路、光ファイバー等が挙げられる。
【0042】
分岐した一方のレーザー光(第1レーザー光)は、変換器33により角振動数ω2のレーザー光であるストークス光L2に変換される。変換器33としては、例えばフォトニック結晶ファイバー、光パラメトリック発振器等が挙げられる。ストークス光L2は、異なる波長の光を含む白色光であってもよい。広波長域のストークス光L2を用いることにより、様々な振動モードを広く検出することができる。
【0043】
分岐したもう一方のレーザー光(第2レーザー光)は、変換器34により角振動数ω1のレーザー光であるポンプ光L1に変換される。変換器34としては、例えばフォトニック結晶ファイバー、光パラメトリック発振器等が挙げられる。ポンプ光L1の角振動数ω1は、ストークス光L2の角振動数ω2よりも高い。ポンプ光L1は、遅延回路35を経由してストークス光L2と同じ光路に導かれる。
【0044】
なお、変換器33及び34は、レーザー光の角振動数だけでなく、レーザー光の波長又は偏向の方向等の特性を変換することができる。
【0045】
ストークス光L2及びポンプ光L1は、プローブ38により集光されてサンプルSに照射される。ポンプ光L1は遅延回路35を経由するため、ストークス光L2よりも遅延してサンプルSに照射される。ポンプ光L1とストークス光L2の角振動数の差(ω1-ω2)がサンプルS中の物質固有の振動モードと一致すると、分子の双極子モーメントが共鳴的に誘起され、角振動数が2ω1-ω2のCARS光L3が発生する。
【0046】
検出器36は、サンプルSから発生したCARS光L3の強度を検出する。検出器36は、例えば分光器、CCD(Charge Coupled Device)、ICCD(Intensified CCD)等の光電変換素子により構成されるが、各波長の光の強度が計測できるのであればこれらに限定されない。
【0047】
なお、窓B1及びB3を介してセパレータ4側からレーザー光を照射する場合、分光計30のレーザー光の焦点位置をx方向及びy方向(面内方向)に変更するか、又はz方向(厚み方向)に変更することによって、レーザー光を照射するx、y又はz方向の位置を変更できる。また、窓B1及びB2を介してセパレータ4の周縁部側からレーザー光を照射する場合、プローブ38の位置又は姿勢を変更する等してレーザー光を照射する面内方向の位置を変更できる。照射位置の変更により、サンプルSを電解質膜1又は電極2に切り替えることが可能である。
【0048】
(位相整合条件の調整が容易なCARS分光計)
上記CARS光L3の強度は、サンプル中の振動源の相対量だけでなく、照射されるレーザー光の位相整合条件によっても変動する。位相整合条件は、サンプルSに照射するレーザー光の偏光の方向、周波数等の特性によって調整することができる。
【0049】
図5は、CARS光L3を発生させる位相整合条件の調整が容易なCARS分光計30Bの構成例を示す。上記CARS分光計30Aに代えてCARS分光計30Bを使用することにより、CARS光L3の検出強度を高めるための調整が容易になる。
【0050】
CARS分光計30Bは、ポンプ光L1を照射する構成以外はCARS分光計30Aと同じである。図5において、図4に示すCARS分光計30Aと同じ構成部分には同じ符号が付されている。
【0051】
CARS分光計30Bは、特性が異なる複数のポンプ光L11~L13を切り替えてサンプルSに照射する。そのため、CARS分光計30Bは、光分岐器32により分岐したレーザー光をさらに2以上のレーザー光に分岐する複数の光分岐器37と、分岐した各光をサンプルSに導く複数の光路とを備える。
【0052】
CARS分光計30Bは、各光路上に1又は複数の変換器34及び遅延回路35を備える。変換器34は、CARS分光計30Aにおける変換器34と同様に、光の波長、角振動数又は偏向の方向を変換する。光分岐器37により分岐した各レーザー光は、それぞれの光路上の変換器34により互いに特性が異なる複数のポンプ光L11~L13に変換される。
【0053】
また、CARS分光計30Bは、ポンプ光L11~L13の切替部39を備える。本実施形態において、切替部39は、ポンプ光L11~L13の各光路に配置されるシャッター391~393及びその制御部394を備える。シャッター391~393は、遅延回路35を通過したポンプ光L11~L13がサンプルSに至るまでの光路を開閉する。制御部394は、ユーザの操作に応じて、シャッター391~393のうちの1つを開き、残りを閉じる制御を行う。
【0054】
これにより、ポンプ光L11~L13のうち、位相整合条件の調整操作に応じて選択されたポンプ光のみがサンプルSに照射される。例えば、オペレータの調整操作に応じて制御部394において選択されたポンプ光がポンプ光L11であった場合、制御部394によりシャッター391が開かれ、シャッター392及び393が閉じられる。その結果、ポンプ光L11のみがストークス光L2とともにサンプルSに照射される。
【0055】
なお、ポンプ光L11~L13の1つを選択して、選択したポンプ光に切り替えることができるのであれば、切替部39の構成はこれに限定されない。例えば、光分岐器37によってポンプ光用のレーザー光を分岐させる代わりに、ポンプ光L11~L13のいずれかの光路にレーザー光を導く導波路が切替部39として設けられてもよい。
【0056】
通常は、CARS分光計30Aのようにストークス光とポンプ光の光路が1つずつであるため、位相整合条件の調整のためにポンプ光L1の変換器34を入れ替える等のシステムの改変が必要である。そのため、測定中の調整は容易ではない。特に車両200に搭載後はシステムの改変は難しい。
【0057】
これに対し、上記CARS分光計30Bによれば、測定中であっても、ポンプ光L11~L13を切り替える簡単な操作によって、ストークス光L2とともに照射するポンプ光の特性、すなわち位相整合条件を容易に調整することができる。例えば、ポンプ光L11~L13を切り替えて、CARS光L3の強度が最大となるときの位相整合条件に調整することができる。
【0058】
なお、上記CARS分光計30Bは、3つのポンプ光L11~L13を切り替えるが、切り替え可能なポンプ光の数は3つに限定されず、2つでも4以上であってもよい。
また、ポンプ光L1の代わりに、ストークス光L2を2以上に分岐させてその特性を異ならせていずれかを選択する構成としてもよい。ポンプ光L1及びストークス光L2の両方の特性を異ならせてもよい。
【0059】
上記CARS分光計30A及び30Bにおいて、ストークス光L2及びポンプ光L1は1つの光源31から分岐したレーザー光であるが、互いに各振動数が異なる超短パルスレーザー装置等の光源を備えて各光源によりストークス光L2とポンプ光L1とをそれぞれ発生させてもよい。1つの光源の場合、測定条件を同一とすることができ、2つの光源の場合、ストークス光L2とポンプ光L1の発生条件の設定が容易になる。
【0060】
(診断装置)
診断装置50は、分光計30による測定結果に基づいて、燃料電池10内の金属の定性分析又は定量分析を行う。診断装置50としては、例えばCPU、CPUが実行するプログラムを記憶するメモリ等を備えたコンピュータ、マイクロコンピュータ等を使用できる。
【0061】
定性分析は、分光計30によって得られるスペクトルにおいて、分析対象の物質を含む原子間の振動モードに起因するピークを同定することによって行うことができる。例えば、分析対象が白金の場合、200cm-1付近にPt-Pt分子に起因するピークが現れる。
【0062】
定量分析の方法は特に限定されないが、例えばリファレンスデータを用いて物質の量を計算することができる。リファレンスデータは、既知の金属量に対し、分光計30により検出された光の強度が関連付けられたデータである。光の強度は、分析対象の金属を含む分子の振動モードに起因するピークの強度又は面積として求めることができる。
【0063】
分析対象としては、電解質膜1に含まれる白金又は白金酸化物等の白金化合物が挙げられる。例えば、診断装置50は、電解質膜1の厚み方向(z方向)又は面内方向(x-y平面)の異なる位置において分光計30の測定結果を取得し、当該測定結果に基づいて、電解質膜1中の白金又は白金化合物の分析を行うことにより、電解質膜1の厚み方向又は面内方向に分布する白金のプロファイルを作成することができる。このような白金のプロファイルにより、触媒層21から電解質膜1へ白金が溶出するプラチナバンド形成の現象を把握することができる。
【0064】
分析対象は、電解質膜1だけでなく、電極2又はサブガスケット5中の白金又は白金化合物であってもよい。このような分析により、電極2からの白金の溶出量又はサブガスケット5への白金の溶出量等を把握することができる。
【0065】
また、分析対象は、電解質膜1、電極2又はサブガスケット5中のニッケル、クロム等の金属又は金属化合物であってもよい。このような分析により、金属不純物の混入を把握することができる。
【0066】
診断装置50は、上記白金のプロファイルに基づいて、燃料電池10の出力電圧の制御に用いるプロファイルを作成することができる。例えば、診断装置50は、電解質膜1の厚み方向又は面内方向に分布する白金量と出力電圧の相関を示すプロファイルに基づいて、白金の溶出を抑えるように、燃料電池10の出力電圧を制御するプロファイルを作成する。燃料電池10の出力電圧の情報は制御装置60から取得することができる。
【0067】
また、診断装置50は、車両200の運転情報と上記白金のプロファイルとに基づいて、燃料電池10の出力電圧の制御に用いられるプロファイルを作成することもできる。車両200の運転情報は、例えば車両200の走行時のアクセルの踏込量、ハンドルの操作情報等であり、制御装置60から取得することができる。
【0068】
例えば、診断装置50は、白金の強度が一定値以上に高いときのアクセルの踏込量を特定し、白金の強度が一定値を超えないように、アクセルの踏込量に対して燃料電池10から取り出せる出力電圧の上限を定めた制御プロファイルを作成することができる。
【0069】
また、診断装置50は、車両200の走行モードごとの制御プロファイルを作成してもよい。例えば、都市部よりも傾斜が多い山道の方が燃料電池10の出力電圧の変動が大きい。よって、診断装置50は、山道の走行モード用の制御プロファイルとして、都市部の走行モードにおける制御プロファイルよりも、燃料電池10の出力電圧の上昇率及び上限を抑えた制御プロファイルを作成することができる。
【0070】
なお、カソードでイオン化した白金は、カソードでの化学反応により生じた水によって電解質膜1へと輸送され、プラチナバンドが形成される。発生する水の量は出力電圧によるため、分光計30による測定結果に基づいて、診断装置50において電解質膜1又は電極2に含まれる水のプロファイルを作成してもよい。診断装置50は、水及び白金の各プロファイルに基づいて、水による白金の輸送を抑えるように、上記出力電圧の制御に用いるプロファイルを作成することもできる。
【0071】
図6は、燃料電池10の出力電圧と、電解質膜1の厚み方向において測定された水由来の光の強度Kとの相関を表すプロファイルの一例を示す。
このプロファイルにおいて、カソード側からの厚み方向の距離が0、5、10、15及び20μmの位置において一定時間ごとに測定された光の強度Kがそれぞれプロットされている。
【0072】
0.1A/cmの出力電圧で燃料電池10を発電させている間、強度Kの変化は少なく、カソードから遠いほど強度Kも小さい。しかし、時間T1において出力電圧を0.1A/cmから1.0A/cmに引き上げると、急激な出力電圧の上昇により強度Kも全体的に上昇し、水が多く発生していることが分析できる。カソードに近いほど強度Kは大きく、カソードに接する0μmの位相では特に急激な水の上昇が観察される。
【0073】
急激な上昇が観察されるのは時間T1から時間T2までの間であり、その後の強度Kの変化は小さい。時間T1-T2が5秒である場合、診断装置50は、0.1A/cmから1.0A/cmに出力電圧を上昇させる場合は、1秒あたり(1.0-0.1)/5(A/cm)ずつの出力電圧を上昇させる段階的な制御プロファイルを作成することができる。このような急激な出力電圧を抑える制御プロファイルは、PID制御によって作成されてもよい。電源として燃料電池10だけでなく2次電池などが搭載されている場合は、燃料電池10の出力電圧を抑えた分を他の電源で補ってもよい。
【0074】
診断装置50は、出力電圧ではなく、カソードにおける空気の供給量の制御に用いられるプロファイルを作成してもよい。カソードでイオン化した白金は、カソードでの化学反応により生じた水によって電解質膜1に輸送される。燃料電池10の出力電圧が高いほど、生じる水の量も増えるため、診断装置50は、出力電圧に応じて燃料ガスである空気の供給量を制御するプロファイルを作成する。これにより、白金のキャリアとなる水を空気によって排出させることができる。
【0075】
具体的には、白金の強度が少ない出力電圧のときは、診断装置50は、カソードに供給される空気の量を、必要な出力電圧が得られるように化学量論比によって決定する。白金の強度が一定値以上に高い出力電圧のときは、診断装置50は、空気の供給量を化学量論比によって決定された量よりも増やすように決定する。
【0076】
ガス拡散層22側への水の排出を促し、電解質膜1側への水の逆拡散を防ぐため、接触角が90°未満の親水性を示すガス拡散層用シートが、ガス拡散層22として用いられることが好ましい。
【0077】
(制御装置)
制御装置60は、車両200に搭載された各種センサーからの信号に基づいて、燃料電池10の出力電圧を制御する。制御装置60は、例えば電子制御ユニット(ECU:Electronic Control Unit)等である。
【0078】
制御装置60は、診断装置50により作成された制御用のプロファイルに基づいて、燃料電池10の出力電圧又はカソードへの空気の供給を制御することができる。
【0079】
以上のように、本実施形態によれば、ポンプ光用のレーザー光を2以上に分岐し、2以上のレーザー光の特性をそれぞれ異なる特性に変換し、この変換により得られた複数のポンプ光L11~L13のうちの1つをサンプルSに照射する。ポンプ光L11~L13を切り替える簡単な操作によって、ポンプ光の特性を容易に調整することができる。測定操作中であっても、CARS光L3を発生させる位相整合条件の調整を容易に行うことが可能である。
【0080】
以上、本発明の好ましい実施形態について説明したが、本発明は、これらの実施形態に限定されない。
【0081】
例えば、上記実施形態において分析システム100は、車両200上で発電中の燃料電池10の分析を行うが、車両200ではなく、実験用の負荷に接続された燃料電池10を対象に分析を行ってもよい。
【0082】
また、上述したCARS分光計30Bのサンプルは燃料電池10に限られず、細胞内の生体分子等の様々なサンプルに使用できる。
【符号の説明】
【0083】
100・・・分析システム、30・・・分光計、31・・・光源、33,34・・・変換器、36・・・検出器、50・・・診断装置、10・・・燃料電池、1・・・電解質膜、2・・・電極、21・・・触媒層、22・・・ガス拡散層、3・・・MEA、4・・・セパレータ、5・・・サブガスケット、B1~B3・・・窓

図1
図2
図3
図4
図5
図6