(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-03
(45)【発行日】2024-10-11
(54)【発明の名称】磁気メタマテリアル、スピン流制御装置及びスピン流制御方法
(51)【国際特許分類】
H01L 29/82 20060101AFI20241004BHJP
【FI】
H01L29/82 Z
(21)【出願番号】P 2023520945
(86)(22)【出願日】2022-04-20
(86)【国際出願番号】 JP2022018259
(87)【国際公開番号】W WO2022239615
(87)【国際公開日】2022-11-17
【審査請求日】2023-08-14
(31)【優先権主張番号】P 2021082127
(32)【優先日】2021-05-14
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504157024
【氏名又は名称】国立大学法人東北大学
(73)【特許権者】
【識別番号】504139662
【氏名又は名称】国立大学法人東海国立大学機構
(74)【代理人】
【識別番号】100165179
【氏名又は名称】田▲崎▼ 聡
(74)【代理人】
【識別番号】100188558
【氏名又は名称】飯田 雅人
(74)【代理人】
【識別番号】100175824
【氏名又は名称】小林 淳一
(74)【代理人】
【識別番号】100152272
【氏名又は名称】川越 雄一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100181722
【氏名又は名称】春田 洋孝
(72)【発明者】
【氏名】松原 正和
(72)【発明者】
【氏名】加藤 剛志
【審査官】宮本 博司
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2014/002881(WO,A1)
【文献】特開2021-40066(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2020/0395532(US,A1)
【文献】特開2017-195269(JP,A)
【文献】特表2002-541614(JP,A)
【文献】松原正和他,"非反転対称磁性体の作製と新規スピン光機能の探索",NanotechJapan Bulletin,ナノテクノロジー Pick Up <第32回>,2020年,p. 1 - 5
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01L 29/82
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
光に対して等方性を有する垂直磁化膜を有し、
前記垂直磁化膜は、面内方向に周期的に配列する複数の単位構造を含み、
前記複数の単位構造のそれぞれは、大きさが照射される光の波長以下であり、三回回転対称性を有する、磁気メタマテリアル。
【請求項2】
前記垂直磁化膜は、前記複数の単位構造を形成する複数の開口を有する、請求項1に記載の磁気メタマテリアル。
【請求項3】
前記複数の開口のそれぞれは正三角形である、請求項2に記載の磁気メタマテリアル。
【請求項4】
請求項1~3のいずれか一項に記載の磁気メタマテリアルと、
前記磁気メタマテリアルに光を照射する光照射部と、を有し、
前記光照射部は、前記磁気メタマテリアルに照射される光の楕円率角及び方位角を制御できる、スピン流制御装置。
【請求項5】
磁気メタマテリアルに楕円率角及び方位角が制御された光を照射する工程を有し、
前記磁気メタマテリアルは、光に対して等方性を有する垂直磁化膜を有し、
前記垂直磁化膜は、面内方向に周期的に配列する複数の単位構造を含み、
前記複数の単位構造のそれぞれは、大きさが照射される光の波長以下であり、三回回転対称性を有する、スピン流の制御方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、磁気メタマテリアル、スピン流制御装置及びスピン流制御方法に関する。本願は、2021年5月14日に、日本に出願された特願2021-082127に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
近年、スピントロニクスに注目が集まっている。スピントロニクスは、固体中の電子が持つ電荷の自由度のみならずスピンの自由度も工学的に利用することである。スピントロニクスは、電荷の自由度のみを利用したエレクトロニクスでは実現できなかった機能、性能を有する新たなデバイスの実現を担う。
【0003】
スピン流は、スピントロニクスに用いられる一つの要素である。スピン流は、上向きスピンの電子と下向きスピンの電子の流れの差であり、JS=J↑-J↓で表される。JSはスピン流であり、J↑は上向きスピンの電子の流れであり、J↓は下向きスピンの電子の流れである。例えば、特許文献1には、磁性体にマイクロ波を照射するとスピンポンピング効果によりスピン流が生じることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
スピン流は、特許文献1に示されるスピンポンピング効果以外の方法でも生成することができる。例えば、スピン流は、電流によるスピンホール効果、熱流によるスピンゼーベック効果、光を用いたプラズモニックスピンポンピング効果、円偏光ガルバノ効果等でも生成される。しかしながら、いずれの方法を用いても、スピン流が生じる方向、大きさを自由に制御することは難しかった。
【0006】
本発明は上記問題に鑑みてなされたものであり、スピン流の方向及び大きさを制御することができる、磁気メタマテリアル、スピン流制御装置及びスピン流制御方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、上記課題を解決するため、以下の手段を提供する。
【0008】
(1)第1の態様にかかる磁気メタマテリアルは、光に対して等方性を有する垂直磁化膜を有し、前記垂直磁化膜は、面内方向に周期的に配列する複数の単位構造を含み、前記複数の単位構造のそれぞれは、大きさが照射される光の波長以下であり、三回回転対称性を有する。
【0009】
(2)上記態様にかかる磁気メタマテリアルにおいて、前記垂直磁化膜は、前記複数の単位構造を形成する複数の開口を有してもよい。
【0010】
(3)上記態様にかかる磁気メタマテリアルにおいて、前記複数の開口のそれぞれは正三角形であってもよい。
【0011】
(4)第2の態様にかかるスピン流制御素子は、上記態様にかかる磁気メタマテリアルと、前記磁気メタマテリアルに光を照射する光照射部と、を有し、前記光照射部は、前記磁気メタマテリアルに照射される光の楕円率角及び方位角を制御できる。
【0012】
(5)第3の態様にかかるスピン流の制御方法は、磁気メタマテリアルに楕円率角及び方位角が制御された光を照射する工程を有し、前記磁気メタマテリアルは、光に対して等方性を有する垂直磁化膜を有し、前記垂直磁化膜は、面内方向に周期的に配列する複数の単位構造を含み、前記複数の単位構造のそれぞれは、大きさが照射される光の波長以下であり、三回回転対称性を有する。
【発明の効果】
【0013】
上記態様にかかる磁気メタマテリアル、スピン流制御装置及びスピン流制御方法は、スピン流の方向及び大きさを制御することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】第1実施形態に係るスピン流制御装置の斜視図である。
【
図2】第1実施形態に係る磁気メタマテリアルの斜視図である。
【
図3】第1実施形態に係る磁気メタマテリアルの平面図である。
【
図4】変形例にかかる磁気メタマテリアルの平面図である。
【
図6】実施例1において、磁気メタマテリアルにレーザー光を照射した後に生じるスピン流の応答特性を示す。
【
図7】実施例1において、磁気メタマテリアルに照射するレーザー光の強度を変更した結果を示す。
【
図8】実施例1において、磁気メタマテリアルに印加する磁場を変えた際におけるスピン流への影響を測定した結果である。
【
図9】実施例1において磁気ファラデー効果を用いて、垂直磁化膜の磁化の方向を測定した結果である。
【
図10】複数の開口を形成する前の平坦なCo/Ptの多層膜の磁化曲線と、磁気メタマテリアル(MM)の磁化曲線とを比較した図である。
【
図11】磁気メタマテリアルの透過率(T)、反射率(R)、吸収率(A)の波長依存性を測定した結果である。
【
図12】実施例1の実験系において、照射する光の波長に対するスピン流の大きさの依存性を測定した結果である。
【
図13】実施例2に係る実験系のイメージ図である。
【
図14】実施例2に係る実験系において、磁気メタマテリアルに照射される光の方位角θ
ωを変えた結果である。
【
図15】実施例3に係る実験系のイメージ図である。
【
図16】実施例3に係る実験系において、光学素子に照射される光の方位角φ
ωを変えた際のスピン流の大きさのx成分及びy成分(J
s,x、J
s,y)を測定した結果である。
【
図17】
図16の結果を楕円率角ε
ωとスピン流の大きさ(|J
s|)の関係に置き換えた図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本実施形態について、図を適宜参照しながら詳細に説明する。以下の説明で用いる図面は、本発明の特徴をわかりやすくするために便宜上特徴となる部分を拡大して示している場合があり、各構成要素の寸法比率などは実際とは異なっていることがある。以下の説明において例示される材料、寸法等は一例であって、本発明はそれらに限定されるものではなく、その要旨を変更しない範囲で適宜変更して実施することが可能である。
【0016】
まず方向について定義する。磁気メタマテリアル10の広がる面内のうちの一方向をx方向、x方向と直交する方向をy方向とする。またxy平面に対して直交する方向をz方向とする。
【0017】
図1は、第1実施形態に係るスピン流制御装置100の斜視図である。スピン流制御装置100は、磁気メタマテリアル10と光照射部20とを有する。磁気メタマテリアルは、磁性メタマテリアル、磁性体メタマテリアルと称される場合もある。
【0018】
光照射部20は、磁気メタマテリアル10に光を照射する。光照射部20は、例えば、z方向から磁気メタマテリアル10に光を照射する。光照射部20は、磁気メタマテリアル10に照射される光の楕円率角εω及び方位角θωを制御できる。光照射部20は、例えば、光源21と光学素子22とを有する。
【0019】
光源21は、例えば、レーザー光源である。光源21は、例えば、パルスレーザーである。光源21からの出射光の中心波長、パルス幅、繰返し周期は、特に問わない。光源21からの出射光の中心波長は、例えば、300nm以上2000nm以下である。また光源21から出射される光の磁気メタマテリアル10の表面におけるスポット径は、磁気メタマテリアル10のサイズに合わせる。光のスポット径は、例えば、250μmである。
【0020】
光学素子22は、例えば、偏光子、波長板である。光源21から出射された光は、光学素子22を通過することで、偏光状態が変化する。磁気メタマテリアル10には、光学素子22によって偏光状態が制御された光が照射される。
【0021】
磁気メタマテリアル10に照射される光は、例えば、楕円率角εω及び方位角θωが制御された楕円偏光である。なお、直線偏向は、楕円率角εωが0°又は90°の場合であり、楕円偏光の一態様とする。また、円偏光も、楕円率角εωが45°の場合であり、楕円偏光の一態様とする。楕円率は、楕円偏光の長軸の長さaと短軸の長さbの比であり、b/aで表される。楕円率角εωは、tanεω=b/aで表される。方位角θωは、楕円偏光の長軸がy軸となす角である。y軸は、例えば、入射直線偏光の透過軸である。
【0022】
図2は、磁気メタマテリアル10の斜視図である。
図3は、磁気メタマテリアル10の平面図である。磁気メタマテリアル10は、空間反転対称性及び時間反転対称性が破れている。磁気メタマテリアル10は、例えば、基板11と、基板11上に積層された垂直磁化膜12とを有する。
【0023】
基板11は、特に問わない。基板11は、例えば、石英ガラスである。基板11と垂直磁化膜12との間には他の層を有してもよい。例えば、基板11と垂直磁化膜12との間に、基板11と垂直磁化膜12との密着性を向上するための密着層を形成してもよい。密着層は、例えば、窒化シリコンである。また例えば、基板11と垂直磁化膜12との間に、垂直磁化膜12の結晶性を向上するための下地層を形成してもよい。下地層は、例えば、プラチナである。
【0024】
垂直磁化膜12は、xy面内に対して交差(直交)する向きに磁化容易軸を有する磁性膜である。磁性膜は、強磁性膜でもフェリ磁性膜でもよい。磁性膜は、時間反転対称性が破れている。磁気秩序状態では、スピンや軌道の角運動量が作る磁気モーメントが時間反転操作によって反転するためである。磁性膜は、例えば、強磁性膜が好ましい。
【0025】
垂直磁化膜12は、単位構造が形成される前の状態で、光に対して等方性を有する。光に対して等方性を有するとは、いずれの方向から垂直磁化膜12に光を照射しても同じように応答する特性を有する。
【0026】
垂直磁化膜12は、例えば、3d遷移金属と貴金属との多層膜、サンドイッチ膜、L10型又はL11型の規則合金、希土類-遷移金属アモルファス合金等である。3d遷移金属と貴金属との多層膜は、例えば、CoとPtの多層膜、CoとPdの多層膜、CoとAuの多層膜、FeとPtの多層膜等である。サンドイッチ膜は、例えば、CoFeBをMgOとTaとで挟んだ膜、CoをTaとPtとで挟んだ膜等である。L10型又はL11型の規則合金は、FePt、FePd、CoPt、MnGa、MnAl等である。希土類-遷移金属アモルファス合金は、例えば、GdFeCo等である。3d遷移金属と貴金属との多層膜は、高い耐食性、高い垂直磁気異方性を兼ね備え、室温成膜可能なため、特に好ましい。
【0027】
垂直磁化膜12は、複数の単位構造13を有する。複数の単位構造13は、単位構造が形成される前の状態で、光に対して等方性を有する垂直磁化膜12に形成されている。複数の単位構造13は、磁気メタマテリアル10の面内方向において、周期的に配列している。複数の単位構造13は、例えば、磁気メタマテリアル10の面内方向のうちの一方向に、周期的に配列している。複数の単位構造13は、例えば、磁気メタマテリアル10の面内方向のうち異なる複数の方向に、周期的に配列していてもよい。複数の単位構造13は、例えば、複数の開口14によって形成されている。複数の単位構造13の配列状態は特に問わない。例えば、隣接する単位構造13の重心同士を繋ぐ線が、三角形を描いてもよいし、その他の多角形を描いてもよい。
【0028】
単位構造13のそれぞれの大きさは、照射される光の波長以下である。単位構造13のそれぞれの大きさは、例えば、1μm以下である。単位構造13のそれぞれの大きさとは、単位構造13のx方向の最大幅とy方向の最大幅である。
【0029】
単位構造13は、3回回転対称性を有する。また開口14も3回回転対称性を有する。3回回転対称性とは、単位構造13を±120°回転させた際に、回転前と同じ構造になることをいう。垂直磁化膜12は、単位構造13が3回回転対称性を有するため、空間反転対称性が破れている。空間反転対称とは、点対称であることであり、座標(x,y,z)を(-x,-y,-z)に反転させた際に、反転前と同じ構造になることをいう。
【0030】
単位構造13のz方向からの平面視形状は、例えば、隣接する単位構造13と正三角形の角部を共有する正三角形である。開口14のz方向からの平面視形状は、例えば、正三角形である。単位構造13及び開口14の平面視形状は、それぞれ3回回転対称性を有すれば特に問わない。例えば、単位構造13と開口14との関係が反転していてもよいし、例えば
図4に示すように、開口14が三菱型でもよい。
【0031】
単位構造13及び開口14は、点群3mに属する。またこれらの平面周期構造は、p3m1の空間群に属する。
【0032】
磁気メタマテリアル10は、成膜した垂直磁化膜に単位構造を加工することで得られる。
【0033】
まず基板11上に、垂直磁化膜を成膜する。垂直磁化膜は、スパッタリング法、化学気相成長法(CVD法)等の公知の方法で作製できる。例えば、垂直磁化膜が3d遷移金属と貴金属との多層膜の場合は、3d遷移金属と貴金属とを交互に成膜する。基板11と垂直磁化膜との間に、密着層、下地層を形成してもよい。
【0034】
次いで、成膜された垂直磁化膜に、3回回転対称性を有する開口14を形成する。開口14は、例えば、電子線リソグラフィーで作製できる。
【0035】
第1実施形態に係るスピン流制御装置100は、磁気メタマテリアル10に楕円率角εω及び方位角θωが制御された光を照射することで、磁気メタマテリアル10の表面に生じるスピン流の方向及び大きさを制御できる。すなわち、本実施形態に係るスピン流の制御方法は、磁気メタマテリアルに楕円率角εω及び方位角θωが制御された光を照射することで、スピン流を制御できる。
【0036】
空間反転対称性のない物質に光を照射すると、外場なしで光励起による電流が生じる。この現象を光ガルバノ効果という。これと類似した現象として、磁気光ガルバノ効果がある。磁気光ガルバノ効果は、空間反転対称性及び時間反転対称性のない物質に光を照射すると、外場なしで光励起によるスピン流が生じる現象である。
【0037】
磁気光ガルバノ効果は、2次の非線形光学効果であり、下記関係式(1)で表される。
【0038】
【0039】
上記式においてEj(ω)、Ek
*(ω)=Ek(-ω)は、それぞれωにおける入射光のj偏光電界とk偏光電界を示し、交流電界の2乗に比例したi方向のゼロバイアス光電流を誘起する。βijkは、3階の極性テンソルであり、空間反転及び時間反転操作によって符号が変わり、物質の対称性によって決定される値である。
【0040】
磁気メタマテリアル10は、3回回転対称性を有する垂直磁化膜であり、楕円率角εω及び方位角θωが制御された光が照射されると、上式に基づいてスピン流Jsが生じる。上述のように、磁気メタマテリアル10は点群3mに属するため、以下の関係式(2)及び(3)が導かれる。
【0041】
【0042】
【0043】
|Js|は、スピン流の大きさを示し、cos2εωに比例する。すなわち、スピン流の大きさは、楕円率角εωの影響を受ける。換言すると、楕円率角εωを制御するとスピン流の大きさを制御できる。またθsは、スピン流が生じる主方向であり、y軸とスピン流の主方向とのなす角である。スピン流が生じる方向は、方位角θωの影響を受ける。換言すると、方位角θωを制御するとスピン流が生じる方向を制御できる。
【0044】
上記関係は、磁気メタマテリアル10を点群3mの対称性に当てはめた際に得られるものであり、磁気メタマテリアル10が3回回転対称性を有する場合に、スピン流の大きさ及び方向を制御できる。
【0045】
スピン流は、磁気メモリ、熱電変換素子、発振器、センサ等に応用されている。スピン流の方向を制御できると、例えば、信号に指向性を与えることができる可能性がある。スピン流制御装置100は、新たなスピントロニクスデバイスへの応用が可能である。
【0046】
なお、空間反転対称性のない非磁性体(例えば、Pt)のメタマテリアルに光を照射すると、光ガルバノ効果により光電流が生じる。光電流は、スピンホール効果を利用すると、スピン流に変換できる。スピンホール効果は、一方向に電流が流れた場合に、電流の流れ方向と直交する方向にスピン流が生じる現象である。すなわち、空間反転対称性のない非磁性のメタマテリアルに光を照射してスピン流を得ることもできる。しかしながら、光電流からスピン流への変換効率は十分ではなく、測定やデバイスの使用に適用できるほどのスピン流を得ることが難しい。第1実施形態に係るスピン流制御装置100は、磁気光ガルバノ効果によってスピン流を直接、制御、検出するため、十分な大きさのスピン流を光によって制御できる。
【0047】
ここまでスピン流制御装置100の一実施形態を例示した。しかしながら、本発明は、当該実施形態に限られるものではない。
【実施例】
【0048】
(実施例1)
図5は、実施例1に係る実験系のイメージ図である。実施例1の実験系は、磁気メタマテリアル10と光照射部20と測定系30と磁場発生部(図示略)とを備える。実験は室温で行った。
【0049】
磁気メタマテリアル10の具体的な構成は、
図2及び
図3に示す構成と同じである。磁気メタマテリアル10は、両面が研磨されたSiO
2基板と、3回回転対称性を有する正三角形の開口が周期的に形成された垂直磁化膜と、を有する。SiO
2基板と垂直磁化膜との間には、SiO
2基板側から順に、密着層(5nm厚みのSiN)、下地層(2nm厚みのPt)があり、これらにも正三角形の開口が周期的に形成されている。垂直磁化膜は、0.9nm厚みのPtと0.5nm厚みのCoとが交互に積層された多層膜である。Pt層とCo層の積層数はそれぞれ5層とした。垂直磁化膜は、z方向に磁化M
zを有する。また垂直磁化膜上には、キャップ層(2nm厚みのPt)があり、キャップ層にも正三角形の開口が周期的に形成されている。各層は、高周波スパッタリング法で成膜されている。
【0050】
正三角形の開口は、電子線リソグラフィーで、250μm×250μmの領域に形成されている。開口形成後には、Arイオンでエッチングをした。開口の一辺は、480nmであり、558nm間隔で周期的に配列している。
【0051】
光照射部20は、Ti:サファイアレーザー(Spectra-Physics, Mai Tai(登録商標))を有する。レーザー光は、中心波長800nm、パルス幅100fs、繰返し周期80MHzのものを用いた。磁気メタマテリアル10の表面におけるレーザー光のスポット径は、250μmとした。また磁気メタマテリアル10を透過後のレーザー光をCCDカメラでモニターした。レーザー光は、ゼーベック効果及びネルンスト効果による影響を除くために、磁気メタマテリアル10の中心に照射されるように調整した。レーザー光の強度は、光学チョッパーによって1kHzに変調した。磁気メタマテリアル10の照射する光は、楕円率角εω及び方位角θωが0°の直線偏光光とした。
【0052】
磁気メタマテリアル10に光を照射すると、磁気メタマテリアル10の表面にスピン流が生じる。スピン流は、x方向とy方向に分けて、光学チョッパーからの参照信号を用いて、二相ロックインアンプ(Stanford Research Systems、SR865)で測定した。スピン流は、時間平均して求めた。スピン流の大きさ|Js|は、|Js|=((Js,y)2+(Js,x)2)1/2で計算した。Js,yはスピン流のy方向の成分であり、Js,xはスピン流のx方向の成分である。スピン流の生成方向θsは、θs=tan-1(Js,x/Js,y)で求めた。
【0053】
図6は、実施例1において、磁気メタマテリアル10にレーザー光を照射した後に生じるスピン流の応答特性を示す。また
図7は、実施例1において、磁気メタマテリアル10に照射するレーザー光の強度を変更した結果を示す。
【0054】
図6に示すように、磁気メタマテリアル10に対してレーザー光を照射後、2nsec程度でスピン流が生じている。すなわち、実施例1に示すスピン流制御装置は、応答特性が早い。なお、
図6ではスピン流の検出に2nsecかかっているが、当該時間はスピン流の測定系に依存したものであり、原理的にはfsecのオーダーで応答すると考えられる。また
図7に示すように、レーザー光の強度を大きくすると、スピン流の大きさが大きくなる。
【0055】
また
図6及び
図7は共通して、垂直磁化膜の磁化の配向方向が反転すると、スピン流の発生方向が反転することを示している。
図6及び
図7において、+M
zは垂直磁化膜の磁化が+z方向に配向している場合を示し、-M
zは垂直磁化膜の磁化が-z方向に配向している場合を示す。+z方向は、磁気メタマテリアル10から光照射部20に向かう方向であり、-z方向は、光照射部20から磁気メタマテリアル10に向かう方向である。垂直磁化膜の磁化の配向方向は、磁場発生部(図示略)によって磁気メタマテリアル10に対して磁場を与えることで変更した。
【0056】
図8は、実施例1において、磁気メタマテリアル10に印加する磁場を変えた際におけるスピン流への影響を測定した結果である。
図8に示すように、スピン流は、外部磁場に対してヒステリシスループを描いた。垂直磁化膜に印加する外部磁場の大きさの絶対値が1000Oe程度まで大きくしても、スピン流の大きさ及び方向は変化しないが、1000Oeを超えるとスピン流の方向が反転した。
【0057】
図9は、実施例1において磁気ファラデー効果を用いて、垂直磁化膜の磁化の方向を測定した結果である。垂直磁化膜に照射された光は、ファラデー効果により、垂直磁化膜を通過後に回転する。ファラデー回転角θ
Fは、バランス検出法で測定した。
図9に示すように、垂直磁化膜の磁化方向が反転すると、ファラデー回転角θ
Fは反転する。すなわち、外部磁場の大きさが1000Oeを超えると、垂直磁化膜の磁化方向が反転していると言える。
図8及び
図9から読み取れるように、スピン流が生じる方向が反転したのは、垂直磁化膜の磁化の配向方向が反転したことに起因している。
【0058】
なお、
図10は、複数の開口を形成する前の平坦なCo/Ptの多層膜の磁化曲線と、磁気メタマテリアル(MM)の磁化曲線とを比較した図である。
図10に示すように、磁気メタマテリアルの保磁力Hc(Hc≒1000Oe)は、平面で形成されたCo/Pt多層膜の保磁力Hc’(Hc’≒600Oe)よりも大きかった。これは磁気メタマテリアルの開口によって磁化反転が妨げられたためと考えられる。
【0059】
また、
図11は、磁気メタマテリアルの透過率(T)、反射率(R)、吸収率(A)の波長依存性を測定した結果である。吸収率(A)は、1-透過率(T)-反射率(R)で求めた。
図11に示すように、磁気メタマテリアルは、光の波長に対する依存性が少ない。
【0060】
また、
図12は、実施例1の実験系において、照射する光の波長に対するスピン流の大きさの依存性を測定した結果である。照射波長を変えても、y方向にスピン流(J
s,y)は生じず、x方向のみにスピン流(J
s,x)が生じた。すなわち、楕円率角ε
ω及び方位角θ
ωが0°の直線偏光光を磁気メタマテリアルに照射した際に、スピン流がx方向のみに生じるという関係は変わらなかった。
【0061】
(実施例2)
図13は、実施例2に係る実験系のイメージ図である。実施例2の実験系は、光照射部20からの光が磁気メタマテリアル10に照射され、磁気メタマテリアル10の表面に生じたスピン流を測定系30で測定するという点は、実施例1の実験系と同じである。一方で、磁気メタマテリアル10に照射される光の方位角θ
ωを変えた点が実施例1と異なる。
【0062】
図14は、実施例2に係る実験系において、磁気メタマテリアル10に照射される光の方位角θ
ωを変えた結果である。
図14に示すグラフの縦軸は、上から順に、スピン流の大きさのx成分及びy成分(J
s,x、J
s,y)、スピン流の大きさ(|J
s|)、スピン流の生成方向θ
sである。
図14に示すグラフの横軸は、方位角θ
ωである。
【0063】
図14に示すように、方位角θ
ωを変えてもスピン流の大きさ(|J
s|)は変化しなかったが、方位角θ
ωを変えるとスピン流の生成方向θ
sが連続的に変化した。当該結果は、関係式(2)及び関係式(3)を示している。関係式(2)によると、スピン流の大きさ(|J
s|)は方位角θ
ωの影響を受けず、実際の実験結果と一致した。また関係式(3)によると、スピン流の生成方向θ
sは方位角θ
ωに比例し、実際の実験結果と一致した。
【0064】
(実施例3)
図15は、実施例3に係る実験系のイメージ図である。実施例3の実験系は、光照射部20からの光が磁気メタマテリアル10に照射され、磁気メタマテリアル10の表面に生じたスピン流を測定系30で測定するという点は、実施例1の実験系と同じである。一方で、磁気メタマテリアル10に照射される光の楕円率角ε
ω及び方位角θ
ωを変えた点が実施例1と異なる。楕円率角ε
ω及び方位角θ
ωは、光学素子22を光路に挿入することで変えた。光学素子22は、1/4波長板を用いた。また光学素子22に照射される光の方位角φ
ωも変更した。
【0065】
1/4波長板の回転角αは、0°と45°のそれぞれで実験した。励起光の楕円率角εω及び方位角θωは、光学素子22に照射される光の方位角φωと回転角αで決定される。回転角α=0°の場合は、方位角θωは0°又は90°となる。楕円率角εωは、-45°から45°まで、連続的に変化する。回転角α=45°の場合は、方位角θωは45°又は135°となる。楕円率角εωは、-45°から45°まで、連続的に変化する。
【0066】
図16は、実施例3に係る実験系において、光学素子22に照射される光の方位角φ
ωを変えた際のスピン流の大きさのx成分及びy成分(J
s,x、J
s,y)を測定した結果である。
図16の上図が回転角α=0°の場合の結果であり、
図16の下図が回転角α=45°の場合の結果である。
【0067】
回転角α=0°の場合は、スピン流の大きさのx成分(Js,x)は、-cos2φωの関係を示す。回転角α=0°の場合は、スピン流の大きさのy成分(Js,y)は、0のまま一定である。また回転角α=45°の場合は、スピン流の大きさのy成分(Js,y)は、-sin2φωの関係を示す。回転角α=45°の場合は、スピン流の大きさのx成分(Js,x)は、0のまま一定である。
【0068】
図17は、
図16の結果を楕円率角ε
ωとスピン流の大きさ(|J
s|)の関係に置き換えた図である。
図17に示すように、スピン流の大きさは、cos2ε
ωと比例の関係にある。この関係は、関係式(2)と一致する。
【符号の説明】
【0069】
10…磁気メタマテリアル、11…基板、12…垂直磁化膜、13…単位構造、14…開口、20…光照射部、21…光源、22…光学素子、30…測定系、100…スピン流制御装置