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特許7565573試料接合体、観測対象ガスの観測装置及び観測対象イオンの観測方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-03
(45)【発行日】2024-10-11
(54)【発明の名称】試料接合体、観測対象ガスの観測装置及び観測対象イオンの観測方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 23/2251 20180101AFI20241004BHJP
   G01N 23/2202 20180101ALI20241004BHJP
   H01J 37/20 20060101ALI20241004BHJP
   G01N 23/2204 20180101ALI20241004BHJP
【FI】
G01N23/2251
G01N23/2202
H01J37/20 A
H01J37/20 E
G01N23/2204
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2020103408
(22)【出願日】2020-06-15
(65)【公開番号】P2021196281
(43)【公開日】2021-12-27
【審査請求日】2023-03-20
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成30年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、未来社会創造事業「磁気冷凍材料および水素液化システムに関する研究開発」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】301023238
【氏名又は名称】国立研究開発法人物質・材料研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】100082876
【弁理士】
【氏名又は名称】平山 一幸
(74)【代理人】
【氏名又は名称】柿本 恭成
(74)【代理人】
【識別番号】100178906
【弁理士】
【氏名又は名称】近藤 充和
(72)【発明者】
【氏名】中村 明子
(72)【発明者】
【氏名】村瀬 義治
(72)【発明者】
【氏名】西川 嗣彬
(72)【発明者】
【氏名】矢ヶ部 太郎
(72)【発明者】
【氏名】宮内 直弥
【審査官】比嘉 翔一
(56)【参考文献】
【文献】特開2008-209372(JP,A)
【文献】特開2019-074467(JP,A)
【文献】特開2002-323439(JP,A)
【文献】特開2017-187457(JP,A)
【文献】特開2019-145255(JP,A)
【文献】特表2010-527123(JP,A)
【文献】特許第7369486(JP,B2)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 1/00-G01N37/00
H01J37/00-H01J37/36
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
裏面側から表面に透過した観測対象ガスをイオン化して該イオンを観測装置内で観測するための試料と、この試料の裏面に配置される補助板と、を備え、 前記試料は、その表面の中央位置に観測領域が設定され、 前記補助板は、前記試料と異なる熱膨張率を有し、前記試料の前記観測領域に対応する位置に開口部を有すると共に、前記試料と略同一の外形を有して該開口部の全周囲で応力緩和層を介さず前記試料と直接に積層状態で接合され、 前記試料と前記補助板とは、前記観測装置内での観測時の温度とは異なる接合温度で接合されており、 前記試料の観測領域に応力が印加されて前記イオンが観測されるようにした、試料接合体。
【請求項2】
前記試料における観測領域の厚さは、該試料の結晶粒の大きさと同程度である、請求項1に記載の試料接合体。
【請求項3】
前記観測領域の厚さは、100から300μmである、請求項1又は2に記載の試料接合体。
【請求項4】
前記補助板の厚みは、前記試料よりも厚い、請求項1乃至3の何れかに記載の試料接合体。
【請求項5】
請求項1乃至4の何れかに記載の試料接合体を装着して前記観測対象ガスの前記イオンを観測するための観測装置であって、 分析室内で前記試料の前記観測領域に電子線を照射して生じる二次電子を検出する走査型電子顕微鏡と、 前記観測対象ガスが導入される中空部を有し、該中空部と前記分析室との間を前記試料により仕切るように前記試料接合体が装着された真空容器と、 前記真空容器に装着された前記試料接合体の温度を調節する温度調節部と、 前記中空部に導入された前記観測対象ガスを前記試料裏面に接触させて前記試料表面の前記観測領域に電子線を照射することで生じる観測対象イオンを検出可能な観測対象イオン検出部と、 を備えている観測対象ガスの観測装置。
【請求項6】
前記温度調節部は、前記真空容器に装着された前記試料接合体を加熱冷却する加熱冷却部と、前記試料接合体の温度を調節するように前記加熱冷却部を制御する温度制御部と、を備えている、請求項5に記載の観測対象ガスの観測装置。
【請求項7】
請求項1乃至4の何れかに記載の試料接合体を用いて前記観測対象ガスの前記イオンを計測する観測方法であって、 中空部と分析室との間を前記試料により仕切るように前記試料接合体を真空容器に装着して走査型電子顕微鏡の前記分析室内に配置し、 前記試料接合体の温度を前記観測温度にすると共に、前記中空部に導入した前記観測対象ガスを前記試料裏面に接触させて前記試料表面の前記観測領域に電子線を照射することで生じるイオンを検出する、観測対象イオンの観測方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、試料の裏面に観測対象ガスを接触させて試料の表面に湧出した水素等の観測対象ガスを電子線で励起し、この表面から脱離した観測対象イオンを観測するための試料接合体と、試料接合体を用いた観測対象ガスの観測装置及び試料接合体を用いた観測対象イオンの観測方法に関する。
【背景技術】
【0002】
電子衝撃脱離法(Electron Stimulated Desorption、以下、ESD法と略称する。)は電子の照射により吸着原子をイオン化し、脱離させることで表面分析を行う方法であり、表面分析分野における公知の手法である。ESD法を用いると、実時間で水素などの観測対象ガスを直接観察することが可能になる(非特許文献1及び非特許文献2参照)。
【0003】
観測対象ガスを水素に例にとった場合、ESD法を用いることで表面に滞在する水素の位置情報を可視化することが可能であるが、水素が脱離しきってしまうと測定が続けられなくなるため、鉄鋼内に微量に存在する水素の湧きだし量の測定には適していなかった。
【0004】
本発明者等により、試料裏面側から試料に水素を導入することで試料内を拡散しつつ表面側に透過(湧出)する水素の原子をESD法で取得する際、水素イオンの収率効果の高い収集機構と水素イオンを選択的に透過させるイオンエネルギー分解部等からなる水素透過拡散経路観測装置及びそれを用いて試料を透過する水素イオンを計測する方法が、開発された(特許文献1,2参照)。
【0005】
水素透過拡散経路観測装置は、試料から湧出した水素を電子顕微鏡の走査電子で励起し、脱離させて画像化する装置であり、オペランド水素顕微鏡の一類型である。オペランド水素顕微鏡とは、材料に水素を透過させ、その放出部分を二次元の画像として取得する観測装置である。従来のオペランド水素顕微鏡における透過水素の可視化方法では、観側試料を真空容器の隔壁位置に固定し、試料の低真空側を適当な分圧の水素ガスに暴露することにより、固体中に拡散した水素を高真空側で湧出水素として観察してきた。
【0006】
構造材料における水素脆化は大きな問題であり、水素利用社会が進むにつれてより重要になる研究分野である。水素脆化は、腐食、溶接、酸洗い、電気メッキなどによる水素が原因とされる。この水素による破壊は「遅れ破壊」と呼ばれる。水素脆性破壊は、結晶粒界、引張り応力のかかる箇所、応力の集中する部分で起こりやすいと言われている。
水素脆化に関する研究は古くから、そして現在も数多く行われている。水素材料や水素脆化の研究テーマの多くが、構造材料に歪や応力がかかった状態での水素の挙動を目的とするものである。しかし、脆化を引き起こす影響因子が材料、構造、応力、環境と多く複雑にからんでおり、本質は現在も不明である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2017-187457号公報
【文献】特開2019-145255号公報
【非特許文献】
【0008】
【文献】板倉明子、村瀬義治、土佐正弘、鈴木真司、高木祥示、後藤哲二、「水素放出に及ぼすステンレス鋼の表面加工の効果」J.Vac.Soc.Jpn.,Vol.57,No.1,pp.23-26,2014
【文献】宮内直弥、鈴木真司、高木祥示、後藤哲二、村瀬義治、板倉明子、「ステンレス表面上の透過水素分布の観察」J.Vac.Soc.Jpn.,Vol.58,No.10,pp.31-35,2015
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
水素をはじめ各種のガスの透過特性には歪や応力が影響を及ぼし、応力ひずみ箇所には水素が局在し水素脆化を起こすことが予測されている。そのため試料に影響因子である様々な応力を生じさせた状態で、水素等の観測対象ガスを観測することなどが望まれるが、圧子等を用いて試料の観測領域を押し上げるなど、観測領域に接触して応力を生じさせることは望ましくない。
【0010】
そこで本発明では、裏面に観測対象ガスを接触させた状態で表面に電子線を照射して生じる観測対象イオンを観測する際、試料の観測領域を圧子などにより押し上げることなく、非接触で試料の観測領域に所望の応力を生じさせることが可能な試料接合体を提供することを目的とする。
【0011】
またそのような試料接合体を用いることで、試料の観測領域に非接触で所望の応力を生じさせた状態で、観測対象ガスの透過特性などを観測でき、例えば水素脆化等の水素を含む観測対象ガスによる構造材料の脆化現象や劣化現象のメカニズムの探求などにも適用できる観測対象ガスの観測装置及び観測対象イオンの観測方法を提供することを他の目的とする。
即ち、本発明は、水素をはじめ各種の観測対象ガスのガス透過測定を行うとき、試料に応力がかかったときと、かかっていないときで透過の特性が変わるため、試料に応力を印加するために、熱応力を利用した試料接合体を提案するものである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記目的を達成するための本発明の試料接合体は、裏面側から表面に透過した観測対象ガスをイオン化して該イオンを観測装置内で観測するための試料と、この試料の裏面に配置される補助板と、を備え、前記試料は、その表面の中央位置に観測領域が設定され、補助板は、試料と異なる熱膨張率を有し、試料の観測領域に対応する位置に開口部を有すると共に、試料と略同一の外形を有して該開口部の全周囲で応力緩和層を介さず試料と直接に積層状態で接合され、試料と補助板とは、観測装置内での観測時の温度とは異なる接合温度で接合されており、試料の観測領域に応力が印加されてイオンが観測されるように構成される。 試料における観測領域の厚さは、該試料の結晶粒の大きさと同程度でもよい。 観測領域の厚さは、100から300μmでもよい。補助板の厚みは、試料よりも厚くてもよい。
【0013】
上記目的を達成するため本発明は、上記試料接合体を装着して観測対象ガスの観測対象イオンを観測するための観測装置であって、分析室内で試料の観測領域に電子線を照射して生じる二次電子を検出する走査型電子顕微鏡と、観測対象ガスが導入される中空部を有し中空部と分析室との間を試料により仕切るように試料接合体装着された真空容器と、真空容器に装着された試料接合体の温度を調節する温度調節部と、中空部に導入された観測対象ガスを試料の裏面に接触させて表面の観測領域に電子線を照射することで生じる観測対象イオンを検出可能な観測対象イオン検出部と、を備えている。 温度調節部は、真空容器に装着された試料接合体を加熱冷却する加熱冷却部と、試料接合体の温度を調節するように加熱冷却部を制御する温度制御部と、を備えるのが好適である。
【0014】
上記目的を達成するための本発明の観測対象イオンの観測方法は、上記試料接合体を用いて観測対象イオンを計測する際、中空部と分析室との間を試料により仕切るように試料接合体を真空容器に装着して走査型電子顕微鏡の分析室内に配置し、試料接合体の温度を観測温度に設定すると共に、中空部に導入された観測対象ガスを試料の裏面に接触させて表面の観測領域に電子線を照射することで生じる観測対象イオンを検出することを特徴とする。
【発明の効果】
【0015】
本発明の試料接合体によれば、観測温度を試料と補助板との接合時の温度と異なるように設定することで、試料と補助板とがそれぞれ熱膨張又は熱収縮し、補助板の開口部に配置された試料の観測領域に、熱膨張率差による応力が生じる。これにより試料及び補助板の材料の組合せを選択したり、形状、大きさ、厚み等を選択したり、接合時の温度及び観測時の温度等を選択したりすることで、所望の応力を生じさせることができる。従って、試料裏面に観測対象ガスを接触させた状態で試料表面に電子線を照射して生じる観測対象イオンを観測する際、試料の観測領域を圧子などにより押し上げることなく、非接触で試料の観測領域に所望の応力を生じさせる試料接合体を提供することができる。
【0016】
本発明の観測対象ガスの観測装置及び観測対象イオンの観測方法によれば、試料により中空部と分析室との間を仕切るように試料接合体を真空容器に装着し、中空部に導入された観測対象ガスを試料の観測領域の裏面に接触させて表面の観測領域に電子線を照射することで観測対象イオンを生じさせれば、観測対象イオン検出部により検出できる。
その際、温度調節部により試料接合体を所望の温度に調節することで、試料の観測領域に所望の応力を生じさせることができるので、試料接合体を用いて、試料の観測領域に非接触で所望の応力を生じさせた状態で観測対象イオンを検出することが可能である。よって試料接合体を用いて観測対象ガスを観測するのに適した観測対象ガスの観測装置及び観測対象イオンの観測方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】(a)は本発明の実施形態に係る試料接合体の斜視図、(b)は試料接合体の断面図である。
図2】(a)乃至(c)は本発明の実施形態における応力発生方法を説明する図である。
図3】(a)乃至(c)は応力計算を行うための説明図である。
図4】本発明の実施形態における観測対象ガス透過拡散経路観測装置の構成を模式的に示す図である。
図5】本発明の実施形態における観測対象ガス透過拡散経路観測装置において、分析室内の観測対象イオン検出部の構造と真空容器の装着構造等を示す部分拡大図である。
図6】本発明の実施形態の隔膜型真空容器を模式的に示す断面図である。
図7】本発明の実施形態の制御部の構成を示すブロック図である。
図8】本発明の実施形態の電子励起脱離全体制御部の構成を示すブロック図である。
図9】本発明の実施形態の電子源の走査とESD像の二次元計測との関係を示す模式図である。
図10】本発明の実施形態の電子線走査による二次元のESD像を計測するフロー図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の実施形態を図面に基づいて詳細に説明する。
図1は本発明の実施形態に係る試料接合体を示しており、試料接合体17は、図1(a)(b)に示すように、試料17bが補助板17aに接合状態で積層されて構成される。
【0019】
(試料接合体17の構成)
試料17bは、応力や歪を生じさせた状態で、観測対象ガスの透過拡散経路等の各種の特性を観測する対象の試料であり、材質は金属、非金属の何れでもよく、特に限定されるものではない。形状は適宜選択可能であり、板状、膜状等であってもよい。本実施形態では円形の膜状に形成されている。なお、本発明では、電子線を照射して生じる観測対象イオンを観測する試料又は試料接合体の一面を表面又は上面と称し、観測対象ガスを観測領域に接触させる試料又は試料接合体の他面を裏面又は下面と称しているが、試料又は試料接合体の表裏面又は上下面は装置の構造によって異なる相対的概念であることに留意すべきである。
試料17bは周縁から離間した内側の中央位置が観測対象イオンを観測する観測領域17dとして設定されている。観測領域17dは周縁側とは異なる性状を有していてもよいが、本実施形態では全体が略同じ厚みに形成されている。例えば金属の試料17bの場合、隔膜として配設される試料接合体17の試料17bにおける観測領域17dの厚さは、試料の結晶粒の大きさと同程度としてもよく、例えば100~300μm程度としてもよい。
【0020】
補助板17aは、試料17bとは異なる熱膨張率を有する材料からなる板である。形状は観測装置に装着したときに試料17bの観測領域17dを適切に配置できる範囲で適宜選択できる。本実施形態の補助板17aは、試料17bの観測領域17dに対応する中央位置に円形の開口部(穴)17cを設けた円環形状に形成されていて、補助板17aの外形と試料17bの外形とが略同一形状に形成されている。補助板17aの厚みは、試料17bの厚みより十分厚くする。補助板17aの厚みを試料17bよりも厚くすることで、試料17bに大きな応力を作ることができる。
【0021】
図1において補助板17aの一面、(以下これを上面という)は試料17bを接合する面である。補助板17aの他面、すなわち下面は後述する隔膜型真空容器12に密着するシール面となるため、鏡面研磨されている。補助板17aは試料17bと熱膨張率を異にしていればよく、熱膨張率の低い補助板17aの材質としては、例えばシリコン、インバー、スーパーインバーなどが挙げられる。逆に、熱膨張率の高い材質としては、例えばアルミニウム、アクリル、ベークライトなどが挙げられる。
【0022】
試料17bと補助板17aとは、互いに対向する面において応力緩和層を介在することなく直接に積層して接合されている。応力緩和層とは試料17bと補助板17aとが接合状態で熱膨張した際、接合部位において試料17bと補助板17aとの間に相対変位を生じ難くする、つまり、相対変位を緩和する層であり、本実施形態では形成されていない。
試料17bと補助板17aとは、観測時の温度と異なる温度で接合されている。そのため観測時に試料接合体17を接合時と異なる温度にすることで、膨張率の差による応力が生じる。本実施例では、この熱膨張率の差により試料17bに応力を生じさせ、この状態で観測対象ガスの挙動を観測するものである。
補助板17aには、中央部に開口部17cが形成されていて、この開口部17cでは試料17bのみとなるため、この部分の観測対象ガスの透過を観測することで、応力のかかった試料17bの観測対象のガス透過を観測することができる。
【0023】
(試料と補助板との接合方法)
試料17bと補助板17aとの接合方法について、両者が金属の場合、溶接、ロウ付けなど一般的な金属接合方法を用いることができる。一方、両者が金属と非金属の場合は、非金属表面のメタライジング、バインダー挿入、メッキ後にロウ付けするなどの一般的なセラミック封着の手法を用いることができる。両者が非金属と非金属の場合にも、上述の非金属の表面処理と同様の一般的な接合の手法を用いることができる。
但し、試料17bと補助板17aとの間には、接合時に応力緩和層が生じる接合手法は用いない。これは、試料17bと補助板17aとの間に両者よりも強度の低い応力緩和層が介在すると、試料17bに生じる応力が低減するためである。
【0024】
(応力の発生方法)
試料接合体17では、試料17b及び補助板17aに加熱及び冷却の一方又は双方が施されて温度が変化することで、試料17bの観測領域17dに応力を生じさせることができる。
まず観測する試料17bの熱膨張率が補助板17aの熱膨張率と同じ場合、図2(a)のように、試料接合体17の温度を上昇させても、両者が同等に膨張することで試料17bの観測領域17dには圧縮応力及び引張応力は作られない。
観測する試料17bの熱膨張率αが、補助板17aの熱膨張率αより大きい場合、図2(b)のように、試料17bが補助板17aよりも膨張するので、試料接合体17の温度を上昇させた時に、試料17bの観測領域17dに圧縮応力が作られる。観測する試料17bの熱膨張率αが、補助板17aの熱膨張率αより極端に大きい場合には、試料接合体17の温度を上昇させた時に、同様に試料17bの観測領域17dに圧縮応力が作られる。試料17bの中央部分における観測領域17dの変形により、観測領域17dの上面と下面とで応力に違いが生じる。
観測する試料17bの熱膨張率αが、補助板17aの熱膨張率αより小さい場合、図2(c)のように、試料17bが補助板17aよりも膨張量が少ないので、試料接合体17の温度を上昇させた時に、試料17bの観測領域17dに引張応力が作られる。
【0025】
応力の作り方をまとめると、試料17bの観測領域17dに圧縮応力を作る場合には、試料17bよりも熱膨張率の大きい補助板17aに試料17bを接合して冷却したり、あるいは試料17bよりも熱膨張率の小さい補助板17aに試料17bを接合して加熱したりすることで実現できる。逆に、試料17bの観測領域17dに引張応力を作る場合には、試料17bよりも熱膨張率の大きい補助板17aと接合して加熱したり、あるいは試料17bよりも熱膨張率の小さい補助板17aに試料17bを接合して冷却したりすることで実現できる。
【0026】
なお、試料17bと補助板17aとを高温で接合した場合には、試料17bと補助板17aとの接合時の温度をもとに、透過拡散経路等を観測する温度で生じる応力を計算する必要がある。たとえば高温で接合した試料接合体17を室温まで冷却することで試料17bの観測領域17dに応力を生じさせることができる。
例えば上述の図2(c)のように、試料17bの熱膨張率αが補助板17aの熱膨張率αより小さい場合、高温で接合されて室温まで冷却されると、補助板17aは大きく収縮する。一方、補助板17aよりも熱膨張率が低い試料17bはあまり収縮しないため、補助板17aの収縮に抗するように試料17bが作用する結果、室温では補助板17aによって試料17bの観測領域17dに圧縮応力が作られる。より大きな圧縮応力を作るためには、試料17bおよび補助板17aを低温に冷却して接合すればよい。
これに対して、上述の図2(b)のように、試料17bの熱膨張率αが補助板17aの熱膨張率αより大きい場合、高温で接合されて室温まで冷却されると、補助板17aはあまり収縮しないのに対し、試料17bが大きく収縮する。その結果、室温では試料17bの観測領域17dに引張応力が作られる。
このように応力の発生には、試料17bと補助板17aとの接合の履歴が影響を及ぼすが、何れの場合であっても、計算と温度により所望の応力を作ることが可能である。
【0027】
(応力発生例)
図1(a)、(b)に示すように、円形の膜状の試料17bと、中央に開口17cを有する円環形状の補助板17aとを接合した試料接合体17において、試料17bに生じる応力を求めた。
【0028】
図3は接合した試料17bと補助板17aの熱膨張率の違いにより生じる応力の算出方法を説明する図である。αを測定する試料17bの線膨張係数、αを補助板17aの線膨張係数、Δtを温度差、Eをヤング率、νをポアソン比、rを試料17bの外径、rを補助板17aの内径、σを試料17bの半径rの位置における応力としたとき、試料17bに生じる応力は、下記の式eq(1)、式eq(2)及び式eq(3)を用いて算出できる。
【0029】
【数1】
【0030】
【数2】
【0031】
【数3】
【0032】
即ち、図3(a)に示す試料接合体17では、図3(b)のように、試料17bと補助板17aが一体で無い場合,半径rとなる点のΔtの温度変化が生じた場合の試料17bの変位Δrは,rαΔtと表される。同様に、補助板17aの変位はrαΔtとなり、試料17bと補助板17aの間には、式eq(1)で示すように、rΔt(α-α)のギャップを生じる。
【0033】
実際には,図3(c)のように、試料17bと補助板17aとが一体に接合されているので、弾性変形によってこの変位のギャップが相殺されなければならない。ここで、補助板17aが試料17bに対して十分剛性を有する場合、試料17bのみに弾性変形が生じるとみなすことができる。
試料17bを収縮させるために作用する応力をσとすると、弾性変形による変位Δrは、-rσ/E(1-ν)と表すことが出来る。
その結果、式Eq(1)、式Eq(2)より、応力σは式eq(3)に示すように、-EΔt(α-α)/(1-ν)として得られる。
【0034】
また、外周から一定の圧力を受ける板の内部では、場所と方向に無関係な一様な垂直応力が作用する二次元応力場となるため、r<rの場合、σ=σθ=σ(σθは円周方向応力、σは半径方向応力を示す。)となる一様な応力が作用する。
ここで、式eq(3)は半径に依存しないので、発生する応力は、補助板17aの内径rによらず決まる。すなわち、作用する応力は線膨張係数差,温度,ポアソン比および弾性係数のみで決まり、試料寸法には依存しない。なお、実際はここにガス圧による応力が重畳する。
これにより試料17bに生じる応力を求めることができる。
【0035】
(観測装置)
次に、このような試料接合体17を用いて試料17bにおける観測対象ガスの透過拡散経路等を観測するための観測装置について説明する。本実施形態では、観測対象ガスとして水素の場合を例示するが、本発明はこれに限定されるものではなく、重水素、ヘリウム、酸素、窒素、水、又は試料作製時若しくは試料使用時の各種目的で使用されるガスの何れかに由来する分子またはイオンか、その中の複数のガスに由来する分子またはイオンであってもよい。本実施形態ではバックグラウンドとして残留する水素ガスとの区別が容易にできるように重水素を用いてもよい。
【0036】
本実施形態では、観測対象ガス観測装置の一類型である水素透過拡散経路観測装置について説明する。以下の説明では、観測対象イオンを水素イオンとし、観測対象ガス供給部は水素ガス供給部、そして観測対象イオン検出部は水素イオン検出部として説明する。
図4は実施形態に係る水素透過拡散経路観測装置10の構成を模式的に示す図、図5は、分析室11内の水素イオン検出部20と隔膜型真空容器12の装着構造等とを示す部分拡大図である。
【0037】
水素透過拡散経路観測装置10は、走査型電子顕微鏡15を備えている。走査型電子顕微鏡15には、試料接合体17を収容して高度な真空状態にできる分析室11と、分析室11内の試料接合体17の試料17bに電子線を照射する電子源16と、試料17bに照射された電子線により生じる二次電子を検出する二次電子検出器18と、試料接合体17の位置を調整するための試料位置調整部34と、分析室11内を排気するための第1の真空排気部37と、が配備されている。
【0038】
水素透過拡散経路観測装置10は、分析室11に配置される試料接合体17を装脱着可能な隔膜型真空容器12と、隔膜型真空容器12に装着された試料接合体17の温度を調節する温度調節部30と、隔膜型真空容器12内に水素配管14から水素を供給する水素ガス供給部19と、試料接合体17に電子線を照射する電子源16と、電子源16から照射された電子線により生じる水素イオンを検出する水素イオン検出部20と、各部を制御する制御部50と、を具備している。
【0039】
走査型電子顕微鏡15の分析室11には、試料接合体17を装着可能な隔膜型真空容器12と、隔膜型真空容器12を搭載する試料台部31と、試料接合体17の温度を測定する試料温度測定部33と、試料接合体17の位置を調整する試料位置調整部34と、が配備されている。
【0040】
第1の真空排気部37は、図示しないターボ分子ポンプ等の真空ポンプと、ゲートバルブや真空計等を備えて構成され、分析室11内を観測雰囲気として超高度な真空状態にすることができる。これにより分析室11をSEM像が得られる真空度、例えば1.0×10-7Pa以下に排気することができる。
【0041】
分析室11には、分析室11内の残留元素を分析する質量分析器35等が配備されていてもよい。質量分析器35は、例えば四重極質量分析装置である。分析室11には、さらにオージェ電子分光分析器36が備えられていてもよい。オージェ電子分光分析器36により、試料17bの表面に存在する炭素等の量を測定することができる。また試料17bの表面に存在する水素や炭素等のバックグラウンドを、後述するESD像の取得前に、分析室11内に設けたスパッタ源又は電子線照射により除去できるようにしてもよい。
【0042】
図6は本実施形態の隔膜型真空容器12を模式的に示す断面図である。水素透過拡散経路観測装置10の隔膜型真空容器12は、分析室11より小さく形成されて全体が分析室11内に収容可能な容器本体12aと、容器本体12a内に設けられて水素ガスが供給される中空部12cと、容器本体12aの上部に設けられて試料接合体17を装着可能な試料搭載部12bと、試料搭載部12bに設けられた中空部12cの開口窓12eと、中空部12cの排気を行うための第2の真空排気部38と、を備えている。
【0043】
容器本体12aは、水素ガスのガス放出が少ないことが要求されるため、ステンレス鋼、銅、ガラスなど超高真空材料で構成され、加熱される場合には例えば120℃でベーキング可能な材質から構成されている。試料搭載部12bは熱伝導を良くするために銅を用いて構成することができる。
【0044】
試料搭載部12bは、容器本体12aの上部に設けられた観測対象の試料17bを含む試料接合体17の装着部位であり、中空部12cの開口窓12eを有し、試料接合体17の裏面に対応した形状に形成されている。本実施形態では、開口窓12eの周囲を囲んで試料接合体17を当接させる窓枠領域が設けられ、窓枠領域に適宜シール部などが設けられている。試料搭載部12bには開口窓12eを塞いだ状態で試料接合体17が装着される。
【0045】
試料搭載部12bに搭載する試料接合体17は開口窓12eを閉塞可能な形状であればよく、例えば、直径8mmφ、厚さ1mmの円板状としてもよい。試料接合体17は、試料搭載部12bの上部側から図示しない試料固定板により試料搭載部12b側に押し付けて外周囲で保持されていてもよい。隔膜として配設される試料接合体17の試料17bの計測部位の厚さは、試料の結晶粒の大きさと同程度としてもよく、例えば100~300μm程度としてもよい。
【0046】
図4に示すように、水素ガス供給部19は、水素配管14と試料台部31を介して隔膜型真空容器12に接続されている。水素ガス供給部19は、図示しない水素ガスのボンベと、圧力調整器、ストップバルブ、圧力計等を備えて構成されている。水素配管14、試料台部31及び隔膜型真空容器12が所定の真空度に排気された後、第2の真空排気部38側のストップバルブが閉じて一定の真空度に保持される。所定の真空度は例えば8.0×10-4Pa以下である。
【0047】
図6に示すように、温度調節部30は、隔膜型真空容器12に装着された試料接合体17を加熱及び冷却の少なくとも一方を行うことで試料接合体17の温度を調節するものであればよいが、本実施形態では、試料加熱部32と、試料冷却部29と、試料接合体17の温度を測定する試料温度測定部33と、試料加熱部32及び試料冷却部29を制御する温度制御部28と、を備えている。
【0048】
試料加熱部32は、隔膜型真空容器12又は試料台部31等に試料接合体17を加熱するヒータ、ハロゲンランプなどから構成することができる。本実施形態では、応力を印加するための加熱は、試料接合体17の下部に配置したヒータにより行う。ヒータを用いると、出力のPID制御などにより温度のコントロールが容易に行える。
【0049】
試料冷却部29も一般的な手段であってよく、隔膜型真空容器12又は試料台部31等に設けられて試料接合体17を冷却する。本実施形態では、応力を印加するための冷却は、隔膜型真空容器12に取り付けた冷却板29aと、冷却板29aに接続して熱伝導を用いて試料接合体17を冷却するコールドフィンガ29cと、液体窒素、冷却ヘリウムガス等の冷却媒浴槽29bと、を備えている。コールドフィンガ29cを冷却板29aから取り外せる可動式の構造とすることで、加熱時の熱の流出が防止される。
【0050】
試料温度測定部33は、試料接合体17の温度により熱電対に生じる起電力を、導線引き出しポート11aの外部端子に接続した電圧計により測定することで、温度を測定できる。温度制御部28は、試料17bの観測領域17dに所望の応力を生じさせるために試料接合体17の温度が所望の観測温度となるように、試料冷却部29及び試料加熱部32の一方又は双方を制御する。例えばPID制御などによりコントロールすることで、試料接合体17の試料17bの観測領域17dに生じた応力を一定の値に保つことができる。
【0051】
水素イオン検出部20は、図5に示すように、隔膜型真空容器12に装着された試料接合体17の試料17bの表面から生じる水素イオンを収集する収集機構21と、水素イオン以外を除去するイオンエネルギー分解部22と、イオンエネルギー分解部22を通過した水素イオンを検出するイオン検出器23とからなる。
【0052】
隔膜型真空容器12には、水素ガス供給部19から供給され隔膜型真空容器12の内部に存在する水素が、試料接合体17の裏面側に接触していて、試料接合体17の裏面側から試料17bの内部に導入される。この水素は試料17bの内部を拡散して、試料17bの表側の表面に到達して試料17bの表面から放出される。つまり、水素や重水素は、試料17bの観測領域17dの裏面側から表面に透過する。この試料17bの表面に到達した水素に電子線16aを照射することで、電子励起脱離(ESD)により試料17bから水素イオンが脱離し、この水素イオン41が収集機構21で集束されることにより水素イオン検出部20で検出される。
【0053】
水素イオン検出部20では、ESD法により試料17bの表面で発生する水素イオンを検出する。電子線16aの走査により検出した水素イオンによる二次元の像を、ESD像又はESDマップとも呼ぶ。
【0054】
試料接合体17の表面側の近傍には、脱離イオンを効率よく収集するための収集機構21が配設されている。図示の収集機構21は、例えば金属線のメッシュからなり、グリッド構造のレンズである。収集機構21で収集した目的ガスのイオン、例えば水素イオンは水素イオン検出部20に入射する。イオンエネルギー分解部22では、例えば水素イオンを選別してイオン検出器23に入射させる。
【0055】
イオンエネルギー分解部22は、イオン検出器23が試料接合体17に直接対向しないように蓋形状を有する金属電極からなる。イオンエネルギー分解部22は、円筒形や円錐を含む形状の電極を用いることができる。イオンエネルギー分解部22は、円筒形の電極に適当な正電圧を印加し、電場により目的ガスのイオン、例えば水素イオンだけをイオン検出器23に導き、試料接合体17に電子線16aが照射されて発生する光と電子を除去することができる。イオン検出器23は、例えばセラトロンや二次電子増倍管を用いることができる。
【0056】
図7は制御部50のブロック図であり、図8は電子励起脱離全体制御部52の構成を示すブロック図である。図7に示すように、制御部50は、走査型電子顕微鏡15を制御する電子顕微鏡全体制御部51と、ESD像の取得を制御する電子励起脱離全体制御部52とを含んで構成されている。
【0057】
制御部50は、電子顕微鏡全体制御部51の他には、試料接合体17の走査型電子顕微鏡像(SEM像)を取得するために二次電子検出部53と、電子光学系制御部54と、SEM用の画像演算部55と、高電圧安定化電源56と、入力装置57と、ディスプレイ58と、記憶装置59等を備えている。電子顕微鏡全体制御部51は、二次電子検出部53と、電子光学系制御部54と、SEM用の画像演算部55と、高電圧安定化電源56と、記憶装置59との各部を制御するように構成されている。分析室11内に配設される二次電子検出器18の出力は、二次電子検出部53に入力される。
【0058】
電子励起脱離全体制御部52は、図8に示すように、二次元のマルチチャンネルスケーラー60と、パルス計数部61と、同期制御部62と、測定信号の二次元平面への並べ替え部63と、マイクロプロセッサ72等から構成される。
【0059】
分析室11内に配設されるイオン検出部20の出力は、電子励起脱離イオン検出部67を介してその出力67aがパルス計数部61に入力される。電子励起脱離全体制御部52には電子光学系制御部54から走査信号が入力され、SEM像と同期して制御される。さらに電子励起脱離全体制御部52には、ディスプレイ65と記憶装置66が接続されている。
【0060】
マイクロプロセッサ72は、マイクロコントローラ等のマイコン、パーソナルコンピュータ、現場でプログラム可能なゲートアレイであるFPGA(Field-Programmable Gate Array)でもよい。
【0061】
この電子励起脱離全体制御部52では、電子光学系制御部54から同期制御部62に入力された走査信号は、同期制御部62を介して垂直走査信号62aとして、電子源16の第1の偏向コイル16bに出力される。
【0062】
同期制御部62からの水平走査信号62bは、電子源16の第2の偏向コイル16cに出力される。同期制御部62から走査位置に関する情報62cが、マイクロプロセッサ72に出力される。
【0063】
パルス計数部61から出力される水素イオンのカウント数信号61aは、各走査位置の水素イオンのカウント数信号としてマイクロプロセッサ72に出力される。パルス計数部61で計数した試料位置毎の水素イオンのカウント数を所定の撮影時間でESD像を取得して複数積算することで、試料17bを透過した水素イオン分布を得てもよい。
【0064】
マイクロプロセッサ72で生成されたESD像は、入出力インターフェース(I/O)72aを介してディスプレイ65に出力され、かつ、入出力インターフェース(I/O)72bを介して記憶装置66に出力される。
【0065】
図9は、電子源16の走査とESD像の二次元計測との関係を示す模式図である。図9に示すように、電子源16から発生した電子線16aは、第1の偏向コイル16bと第2の偏向コイル16cを通過することにより、垂直方向と水平方向に走査されて試料17bに二次元に照射される。
【0066】
図9に示す同期制御部62で発生されるデジタル信号である垂直走査信号のクロック信号は、デジタルアナログ変換器(DAC)62dにより鋸波に変換されて、電子源16の第1の偏向コイル16bに印加される。同様にデジタル信号である水平走査信号のクロック信号は、デジタルアナログ変換器(DAC)62eにより鋸波に変換されて、電子源16の第2の偏向コイル16cに印加される。
【0067】
1パルスの撮影タイミング信号(Shoot timing、ST信号と呼ぶ)によって、垂直走査信号(Vertical clock)が、合計2048パルス発生するように制御が開始される。
【0068】
1パルスの垂直走査信号のパルス幅の期間に、水平方向の画素信号(Horizontal clock)が、合計2048パルス出力される。これにより、2048行×2048列(=4194304)の約419万画素の二次元走査を生成する。つまり、パルス計数部61でカウントされる信号は、ST信号、垂直走査用のクロック信号、水平走査用のクロック信号からなる複数のカウンターを同期させることで、各走査位置におけるイオン検出器23からの水素イオンのカウント数として取得することができる。
【0069】
図10は走査による二次元のESD像を計測するフロー図である。この図に示すように、二次元のESD像の取得は、以下のステップで行うことができる。
ステップ1:試料17bの表面から脱離したイオンがイオン検出器23で検出される。
ステップ2:イオン検出器23で検出したイオンの定量計測を、パルス計数部61で行う。
ステップ3:図9に示した垂直走査用のクロック信号及び水平走査用のクロック信号を生成する同期制御部62により、試料17bの二次元の各測定点のイオンをカウントする。
【0070】
ステップ4:ステップ3で測定した試料17bの二次元の各測定点のイオンのカウント数を記憶装置66のメモリーに保存する。
ステップ5:垂直走査用のクロック信号及び水平走査用のクロック信号を元に記憶装置66のメモリーに保存されたイオン信号を二次元画像として並び替える。
ステップ6:ステップ5で取得したESD像をディスプレイ65に表示し、画像及び数値データとして、記憶装置66に保存する。
これにより、SEM像と同じ領域のESD像が取得される。
【0071】
上記ステップ1~6のESD像の取得は、計測機器制御に特化したプログラム製作環境で作製したソフトウェアで実行することができる。このようなソフトウェアとしては、National Instruments社製のLabVIEW(登録商標)(http://www.ni.com/labview/ja/)を用いることができる。上記ステップ1~6のESD像は、マイクロプロセッサ72においてLabVIEWで作製したプログラムで実行される二次元のマルチチャンネルスケーラー60により取得できる。
【0072】
(水素イオンの観測方法)
次に、上述のような試料接合体17を用いて試料17bを透過する水素イオンの観測方法について説明する。
まず測定対象の膜状の試料17bを円環形状の補助板17aに接合することで、図1に示すような試料接合体17を作製する。観測時の所望の測定温度と観測時に試料17bに生じさせたい所望の応力とに基づき、補助板17aの材質、試料17bと補助板17aとの接合温度などを選択して行う。
【0073】
作製した試料接合体17を、図6に示すように隔膜型真空容器12の試料搭載部12bに装着し、隔膜型真空容器12と共に走査型電子顕微鏡15の分析室11内に配置する。試料接合体17を、隔膜型真空容器12の内部と連通した開口窓12eを塞ぐように配置し、補助板17aの下面をシール面として試料搭載部12bの上面に密封状態で装着する。なお、試料接合体17の上下を反転して、試料17bをシール面としてもよい。試料接合体17を固定した隔膜型真空容器12が、走査型電子顕微鏡15の分析室11内に配置されることで、隔膜型真空容器12の中空部12cと分析室11との間が試料接合体17の一部である試料17bにより仕切られる。これにより、中空部12cと補助板17aの開口17cとが連通し、観測領域17dが、分析室11と中空部12cとを仕切る隔膜となる。
【0074】
分析室11を超高度に真空状態にすると共に、隔膜型真空容器12の中空部12cに水素ガス供給部19から水素を供給する。次に、温度調節部30により試料接合体17の温度を加熱又は冷却して所望の温度にすることにより、引張応力又は圧縮応力等の所望の応力を試料17bの観測領域17dに生じさせる。予め補助板17aとして適切な熱膨張率を有する材料が選択されていると共に、試料17bと補助板17aとの接合時に適切な温度で接合されているため、予定の観測温度となるように試料接合体17の温度を調節することで精度よく応力を生じさせることが可能である。
【0075】
そして試料17bの観測領域17dの裏面に、隔膜型真空容器12の中空部12cの水素ガスを接触させた状態で、観測領域17dの表面に電子線16aを照射することで、観測対象イオンを生じさせて検出することができ、SEM像及びESD像を取得する。
【0076】
本実施形態の試料接合体17によれば、観測領域17dを有する試料17bと、試料17bとは異なる熱膨張率を有し観測領域17dに対応する位置に開口部を有する環状の補助板17aと、が積層状態で接合されている。そのため試料17bと補助板17aとの接合時の温度と異なる観測温度にすると、試料17bと補助板17aとがそれぞれ熱膨張又は熱収縮し、補助板17aの開口部に配置された試料17bの観測領域17dに、接合時と観測時との温度差と熱膨張率差とによる応力を生じさせることができる。
【0077】
これにより試料17b及び補助板17aの材料の組合せを選択したり、形状、大きさ、厚み等を選択したり、接合時の温度及び観測温度等を選択したりすることで、所望の応力を生じさせることができる。例えば機械的に応力集中箇所を作ることで、狭い温度範囲でも印加できる応力の強さを増加したりすることも可能である。従って試料裏面に水素ガスを接触させた状態で試料表面に電子線16aを照射して生じる水素イオンを観測する際、試料17bの観測領域17dを圧子などにより押し上げることなく、非接触で試料17bの観測領域17dに所望の応力を生じさせることが可能である。
【0078】
本実施形態の試料接合体17によれば、試料17bが周縁から離間した内側に観測領域17dを有し、補助板17aは環状に形成された開口部17cの全周囲で試料17bと接合されているので、試料の観測領域17dに応力を生じさせる際、全周囲から均等に負荷できる。試料接合体17は、観測温度とは異なる温度で試料17bと補助板17aとが接合されているので、観測時に予定されている観測温度にされることで、確実に応力を生じさせることができる。
【0079】
試料接合体17は、試料17bと補助板17aとが応力緩和層を介することなく直接接合されているので、試料17bと補助板17aとの熱膨張に差が生じたときに、他の材料により緩和されることなく、その差をそのまま観測領域17dに生じる応力に変換することができ、容易に所望の応力を生じさせることができる。
【0080】
本実施形態の水素透過拡散経路観測装置10及び水素イオン観測方法によれば、試料17bの観測領域17dにより中空部12cと分析室11との間を仕切るように試料接合体17を隔膜型真空容器12に装着し、中空部12cの水素ガスを試料17bの観測領域17dの裏面に接触させ、試料表面に電子線16aを照射することで水素イオンを生じさせれば、水素イオン検出部20により水素イオンの湧出を検出できると共に、湧出した水素イオンのカウント数を取得することができる。つまり二次元のESD像をSEM像と共に取得することができ、試料17bの観測領域17dにおける水素イオンの湧出分布が測定できる。その際、温度調節部30により試料接合体17を所望の温度に調節することで、試料17bの観測領域17dに所望の応力を生じさせることが可能である。そのため上述のような試料接合体17を用いて、試料17bの観測領域17dに非接触で所望の応力を生じさせた状態で水素イオンを検出することが可能である。
よって試料接合体17を用いて水素ガスを観測するのに適した水素透過拡散経路観測装置10及び水素イオンの観測方法を実現できる。
【0081】
本実施形態の観測装置10及び観測方法によれば、温度調節部30により試料接合体17を所望の温度に調節することができ、試料17bの観測領域17dに所望の応力を容易に生じさせることができる。また試料接合体17を所望の温度に保つことで容易に試料17bの観測領域17dを所望の応力が生じた状態で保つことができる。
【0082】
なお上記実施形態は本発明の範囲内において適宜変更可能である。
例えば上記実施形態では、観測対象ガスとして水素の場合を例示したが、観測対象ガスは水素に限定されるものではなく、他のガスを対象とすることも可能であり、試料17bの裏面に接触させて表面に電子線を照射することで観測対象イオンが生じるガスであれば、本発明を適用することが可能である。
【符号の説明】
【0083】
10:水素透過拡散経路観測装置 11:分析室 12:隔膜型真空容器 12a:容器本体 12b:試料搭載部 12c:中空部 15:走査型電子顕微鏡 16:電子源 16a:電子線 16b:第1の偏向コイル 16c:第2の偏向コイル 17:試料接合体 17a:補助板 17b:試料 17c:開口部 17d:観測領域 12e:開口窓 18:二次電子検出器 19:水素ガス供給部(観測対象ガス供給部) 20:水素イオン検出部(観測対象イオン検出部) 21:収集機構 22:イオンエネルギー分解部 23:イオン検出器 28:温度制御部 29:試料冷却部 29a:冷却板 29b:冷却媒浴槽 29c:コールドフィンガ 30:温度調節部 31:試料台部 32:試料加熱部 33:試料温度測定部 34:試料位置調整部 35:質量分析器 36:オージェ電子分光分析器 37:第1の真空排気部 38:第2の真空排気部 50:制御部 51:電子顕微鏡全体制御部 52:電子励起脱離全体制御部 53:二次電子検出部 54:電子光学系制御部 55:SEM用の画像演算部 56:高電圧安定化電源 57:入力装置 58,65:ディスプレイ 59,66:記憶装置 60:二次元のマルチチャンネルスケーラー 61:パルス計数部 61a:水素イオンのカウント数信号 62:同期制御部 62a:垂直走査信号 62b:水平走査信号 62c:走査位置に関する情報 62d、62e:デジタルアナログ変換器 63:測定信号の二次元平面への並べ替え部 67:電子励起脱離イオン検出部 72:マイクロプロセッサ 72a、72b:入出力インターフェース
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10