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  • 特許-被覆工具 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-03
(45)【発行日】2024-10-11
(54)【発明の名称】被覆工具
(51)【国際特許分類】
   B23B 27/14 20060101AFI20241004BHJP
   C23C 16/34 20060101ALI20241004BHJP
   C23C 16/36 20060101ALI20241004BHJP
   C23C 16/32 20060101ALI20241004BHJP
【FI】
B23B27/14 A
C23C16/34
C23C16/36
C23C16/32
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2023531352
(86)(22)【出願日】2022-01-25
(86)【国際出願番号】 JP2022002520
(87)【国際公開番号】W WO2023276209
(87)【国際公開日】2023-01-05
【審査請求日】2023-12-01
(31)【優先権主張番号】P 2021110444
(32)【優先日】2021-07-02
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006633
【氏名又は名称】京セラ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110003029
【氏名又は名称】弁理士法人ブナ国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】金城 洋之
(72)【発明者】
【氏名】久保 隼人
(72)【発明者】
【氏名】勝間 忠
【審査官】増山 慎也
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2017/038762(WO,A1)
【文献】国際公開第2012/133461(WO,A1)
【文献】国際公開第2014/054591(WO,A1)
【文献】特開2019-195872(JP,A)
【文献】特開2014-184521(JP,A)
【文献】特開2011-152602(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23B 27/14、51/00
B23C 5/20
B23P 15/28
C23C 16/32、34、36
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
超硬合金からなる基体と、
該基体の表面に位置する被覆層とを有し、
該被覆層は、前記基体に接する第1層を有し、
該第1層は、Ti(Cx1-x)(0≦x≦1)を含有し、
前記基体は、複数のWC粒子を含有し、
前記基体の表面から5μmまでの深さの領域を第1領域とし、
前記基体の表面から100μm以上、200μm以下の深さの領域を第2領域とし、
加速電圧を10kVとし、試料電流を10nAとし、電子プローブ径を0.1μm以下とする条件で、オージェ電子分光法にて測定した前記第1領域の炭素量(原子%)の最大値を第1炭素量とするとともに、前記第2領域の炭素量(原子%)の最大値を第2炭素量とし、
隣接するピクセル間の距離(ステップサイズ)を0.1μmとし、隣接するピクセル間の方位差が5°以上であるときに結晶粒界とみなす条件で、後方散乱電子回折像システム付きの走査電子顕微鏡による後方散乱電子回折(EBSD)法にて前記WC粒子を測定した値をKAM値としたとき、
前記第1炭素量は、前記第2炭素量よりも多く、
前記第1領域のKAM値の平均値は、0.4°未満である、被覆工具。
【請求項2】
前記第1炭素量は、前記第2炭素量よりも1.10倍以上多く、1.40倍未満である、請求項1に記載の被覆工具。
【請求項3】
前記KAM値の平均値は、0.3°未満である、請求項1又は2に記載の被覆工具。
【請求項4】
前記第1層は、1μm以上の厚みを有し、
前記第1層において前記基体の表面から0.3μmまでの範囲の領域における結晶粒子の配向と、
前記第1層の厚み方向の中央における結晶粒子の配向とが異なる、請求項1~のいずれか1つに記載の被覆工具。
【発明の詳細な説明】
【関連出願の相互参照】
【0001】
本出願は、2021年7月2日に出願された日本国特許出願2021-110444号の優先権を主張するものであり、この先の出願の開示全体を、ここに参照のために取り込む。
【技術分野】
【0002】
本開示は、基体の表面に被覆層を有する被覆工具に関する。
【背景技術】
【0003】
従来から、超硬合金からなる基体の表面に、炭化チタン層、窒化チタン層、炭窒化チタン層、酸化アルミニウム層及び窒化チタンアルミニウム層などが単数又は複数形成された被覆工具が知られている。
【0004】
被覆工具においては、耐摩耗性及び耐欠損性を高めることが要求されており、例えば、切削工具では、切削加工の高能率化に伴って、大きな衝撃が切刃にかかる重断続切削などに用いられる機会が増えている。このような過酷な切削条件においては、被覆層にかかる大きな衝撃による被覆層の剥離やチッピングを抑制することが求められる。
【0005】
特開2011-152602号公報(特許文献1)には、被覆層として窒化チタン層を基体の表面に物理蒸着した切削工具が開示されている。また、後方散乱電子回折(EBSD:Electron Backscatter Diffraction)装置で測定することによって得られた、被覆層の表面における窒化チタン結晶粒の結晶方位を所定の範囲内とすることが開示されている。
【0006】
被覆工具においては、加工効率を上げるため、より厳しい加工条件で使用できることが求められており、超硬合金からなる基体と被覆層との密着性を高めて、被覆層の剥離やチッピングを抑制することが求められている。
【発明の概要】
【0007】
本開示の限定されない一面に基づく被覆工具は、超硬合金からなる基体と、該基体の表面に位置する被覆層とを有する。該被覆層は、前記基体に接する第1層を有する。該第1層は、Ti(Cx1-x)(0≦x≦1)を含有する。前記基体は、複数のWC粒子を含有する。前記基体の表面から5μmまでの深さの領域を第1領域とし、前記基体の表面から100μm以上、200μm以下の深さの領域を第2領域とする。前記第1領域の炭素量の最大値を第1炭素量とし、前記第2領域の炭素量の最大値を第2炭素量とする。隣接するピクセル間の距離(ステップサイズ)を0.1μmとし、隣接するピクセル間の方位差が5°以上であるときに結晶粒界とみなす条件で、後方散乱電子回折像システム付きの走査電子顕微鏡による後方散乱電子回折(EBSD)法にて前記WC粒子を測定した値をKAM値とする。前記第1炭素量は、前記第2炭素量よりも多い。前記第1領域のKAM値の平均値は、0.4°未満である。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1】本開示の限定されない一面の被覆工具(切削工具)を示す斜視図である。
図2図1に示す被覆工具の断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
<被覆工具>
以下、本開示の限定されない一面の被覆工具1(以下、「工具1」ということがある。)について、図面を用いて詳細に説明する。但し、以下で参照する各図は、説明の便宜上、実施形態を説明する上で必要な主要部材のみを簡略化して示したものである。したがって、工具1は、参照する各図に示されていない任意の構成部材を備え得る。また、各図中の部材の寸法は、実際の構成部材の寸法及び各部材の寸法比率などを忠実に表したものではない。
【0010】
図1及び図2においては、工具1の一例として切削工具(切削インサート)を示している。なお、工具1は、切削工具に限定されない。工具1は、例えば、掘削工具及び刃物などであってもよい。
【0011】
工具1は、図1に示す一例のように、第1面2(図1における上面)と、第2面3(図1における側面)と、第1面2及び第2面3の交わりに位置する切刃4とを備えてもよい。第1面2の少なくとも一部は、すくい面として機能することが可能である。第2面3の少なくとも一部は、逃げ面として機能することが可能である。切刃4は、被削材の切削に用いることが可能である。言い換えれば、工具1は、切刃4を被削材に当てて切削加工することが可能である。なお、切刃4は、第1面2及び第2面3の交わりの全体に位置してもよく、また、第1面2及び第2面3の交わりの一部のみに位置してもよい。
【0012】
工具1は、図2に示す一例のように、基体5と、基体5の表面に位置する被覆層6とを有してもよい。
【0013】
基体5は、超硬合金で構成されてもよい。超硬合金の組成としては、例えば、WC-Co、WC-TiC-Co及びWC-TiC-TaC-Coなどが挙げられる。ここで、WC(炭化タングステン)、TiC(炭化チタン)及びTaC(炭化タンタル)は硬質粒子であり、Co(コバルト)は結合相である。なお、上記の組成は一例であり、基体5の構成としては、例えば、WC粒子と、周期表第4、5、6族金属の炭化物、窒化物及び炭窒化物の群から選ばれる少なくとも1種の硬質相と、Coからなる結合相とを有する他の構成であってもよい。
【0014】
被覆層6は、基体5に接する第1層7を有してもよい。第1層7は、Ti(Cx1-x)(0≦x≦1)を含有してもよい。
【0015】
基体5は、複数のWC粒子を含有してもよい。ここで、基体5の表面から5μmまでの深さの領域を第1領域8とし、基体5の表面から100μm以上、200μm以下の深さの領域を第2領域9とする。また、第1領域8の炭素量の最大値を第1炭素量とし、第2領域9の炭素量の最大値を第2炭素量とする。さらに、隣接するピクセル間の距離(ステップサイズ)を0.1μmとし、隣接するピクセル間の方位差が5°以上であるときに結晶粒界とみなす条件で、後方散乱電子回折像システム付きの走査電子顕微鏡(SEM)による後方散乱電子回折(EBSD)法にてWC粒子を測定した値をKAM値とする。第1炭素量は、第2炭素量よりも多くてもよい。第1領域8のKAM値の平均値は、0.4°未満であってもよい。
【0016】
上記の場合には、基体5の表面に存在するWC粒子の変形量が小さくなり、基体5と第1層7との間の残留応力が小さくなる。これによって、基体5と被覆層6との密着性が高まり、被覆層6の剥離やチッピングを抑制できる。第1領域8のKAM値の平均値が0.3°未満である場合には、基体5と被覆層6との密着性をより一層高めることができる。
【0017】
KAM(Kernel Average Misorientation)とは、EBSD法にて測定した隣接測定点間の結晶方位の差である局所方位差を表し、KAM値は塑性ひずみなどの大きさと相関を有する値である。また、KAMは、微視レベルで局所的な変形や転位密度を反映するので、KAM値を測定することによって微視レベルでの局所的な塑性変形を確認できる。KAM値の平均値は、観測領域内の各位置におけるKAM値を測定して、これを平均したものである。
【0018】
従来の被覆層を成膜する工程においては、超硬合金からなる基体と、これに接する被覆層との間に歪みが生じる場合がある。これは、基体の内部に比べて基体の表面近傍の領域においては炭素が減少し、被覆層を成膜する工程において基体の表面が変質することが原因として考えられる。基体の表面が変質することによって、基体の表面に存在するWC粒子の一部に微小な塑性歪みが残存し易くなるため、被覆工具に衝撃が加わった際に、被覆層が基体から剥離し易くなる場合がある。
【0019】
工具1では、基体5の内部に対する基体5の表面近傍の領域における炭素の含有比率を高くすることによって、基体5と被覆層6との間の歪みを小さくしており、これにより基体5の表面近傍の領域におけるKAM値の平均値が0.4°未満になっている。したがって、工具1では、基体5の表面近傍に存在するWC粒子に発生する微小な塑性歪みが抑制されているため、基体5と被覆層6との間の歪みが小さい。その結果、工具1に大きな衝撃が加わった場合であっても、被覆層6が基体5から剥離しにくい。
【0020】
なお、第1領域8におけるKAM値の平均値の下限値は、0.1°以上であってもよい。基体5は、1mm以上の厚みを有してもよい。WC粒子の平均粒径は、0.01~20.0μmであってもよい。WC粒子の平均粒径の測定は、画像解析で行ってもよい。その場合、円相当径をWC粒子の平均粒径としてもよい。WC粒子の平均粒径の測定は、以下の手順で行ってもよい。まず、SEMを用いて、倍率3000~5000倍で基体5の断面を観察し、SEM像を取得してもよい。このSEM像におけるWC粒子を少なくとも50個以上特定して抽出してもよい。その後、画像解析ソフトImageJ(1.52)を用いて円相当径を算出することにより、WC粒子の平均粒径を求めてもよい。
【0021】
第1炭素量は、第2炭素量よりも1.10倍以上多くてもよい。言い換えれば、第2炭素量に対する第1炭素量の比(第1炭素量/第2炭素量)が、1.10以上であってもよい。この場合には、基体5と被覆層6との密着性がさらに向上する。なお、上記の比の上限値は、1.40未満であってもよい。第1炭素量の比(第1炭素量/第2炭素量)が1.40以上の場合には、基体5と第1層7の密着力が低下することがあり、被覆層6が基体5から剥離し易くなる場合がある。炭素量は、オージェ電子分光法(AES分析)で測定することが可能である。第1炭素量及び第2炭素量は、特定の値に限定されない。例えば、第1炭素量は、20原子%~75原子%に設定されてもよく、また、第2炭素量は、15原子%~70原子%に設定されてもよい。
【0022】
第1層7の厚み方向の中央における炭素量を第3炭素量としたとき、第3炭素量は、第2炭素量よりも多くてもよい。具体的には、第2炭素量に対する第3炭素量の比(第3炭素量/第2炭素量)が、1.70以上であってもよい。この場合には、基体5と被覆層6との密着性がさらに向上する。なお、上記の比は、1.50以上であってもよい。上記の比の上限値は、2.50以下であってもよい。第3炭素量は、特定の値に限定されない。例えば、第3炭素量は、15原子%~75原子%に設定されてもよい。
【0023】
第1層7は、1μm以上の厚みを有してもよい。このとき、第1層7において基体5の表面から0.3μmまでの範囲の領域における結晶粒子の配向と、第1層7の厚み方向の中央における結晶粒子の配向とが異なってもよい。この場合には、耐欠損性が高い。結晶粒子の配向は、EBSD法で測定することが可能である。
【0024】
なお、第1層7は、特定の厚みに限定されない。例えば、第1層7の厚みは、6~15μmに設定されてもよい。第1層7の厚みが6μm以上、特に10μm以上である場合には、耐摩耗性が高い。また、第1層7の厚みが15μm以下、特に13μm以下である場合には、耐欠損性が高い。
【0025】
Ti(Cx1-x)(0≦x≦1)を含有する第1層7は、1つの層で構成されてもよく、また、複数の層(層状の部位)が積層された構成であってもよい。例えば、図2に示す一例のように、第1層7は、基体5に接する層状の第1部位10と、第1部位10の上に位置する層状の第2部位11とを有してもよい。
【0026】
第1部位10に含まれる炭素は、第2部位11に含まれる炭素よりも少なくてもよい。具体的には、第1部位10は、主成分が窒化チタン(TiN)であってもよい。また、第2部位11は、主成分が炭窒化チタン(Ti(Cx1-x)(0<x<1))であってもよい。第1層7が上記の構成である場合には、基体5と第1層7との密着性がより高められる。特に、第1層7における第1部位10がTiNによって構成されている場合には、基体5から被覆層6への超硬合金の成分の拡散が抑制されるため、基体5の表面の変質を抑制できる。なお、上記の「主成分」とは、他の成分と比較して質量%の値が最も大きい成分のことである。
【0027】
第1部位10は、平均粒径が0.05~0.5μmの窒化チタン粒子によって構成されてもよい。窒化チタン粒子は、基体5の表面に対して垂直な方向に伸びる柱状結晶であってもよい。
【0028】
工具1において、基体5の表面に位置するWC粒子と、第1部位10中における基体5の側に位置する窒化チタン粒子との間で、エピタキシャル成長する箇所が存在してもよい。また、第1部位10には、Coが0.2~3質量%の比率で拡散してもよい。このようにCoが拡散する場合には、基体5と被覆層6との密着性をさらに高めることができる。
【0029】
第2部位11は、いわゆるMT(Moderate Temperature)-炭窒化チタンを主成分とする層状の第3部位12と、この第3部位12の上に位置して、HT(High Temperature)-炭窒化チタンを主成分とする層状の第4部位13とによって構成されてもよい。
【0030】
第3部位12は、アセトニトリル(CH3CN)ガスを原料として含み、成膜温度が780~900℃と比較的低温で成膜した柱状結晶で構成されてもよい。このとき、柱状結晶における基体5の表面に平行な方向の幅が、0.4μm以下であってもよい。柱状結晶が上記の構成である場合には、第1部位10と第4部位13との間の密着性がより高められる。
【0031】
第4部位13は、成膜温度が900~1100℃と比較的高温で成膜した粒状結晶で構成されてもよい。また、第4部位13の表面には、上方に向かって先細りする断面視で三角形状の突起が形成されてもよい。第4部位13がこのような突起を有する場合には、後述する第2層14への密着性が高く、被覆層6の剥離やチッピングを抑制できる。
【0032】
第1部位10及び第2部位11は、特定の厚みに限定されない。例えば、第1部位10の厚みは、0.5~3μmに設定されてもよい。また、第2部位11の厚みは、5.5~14.5μmに設定されてもよい。第1部位10の厚みが0.5~3μm、特に0.5~2.0μmであり、且つ、第2部位11の厚みが5.5~14.5μm、特に8.0~12.5μmである場合には、被覆層6の基体5への密着性が高く、また、耐摩耗性も高い。
【0033】
被覆層6は、第1層7に加えて第2層14及び第3層15をさらに有してもよい。第2層14は、第1層7(第4部位13)の上に位置してもよい。第3層15は、第2層14の上に位置してもよい。
【0034】
第2層14は、チタン及び酸素を含有してもよく、例えば、TiCO、TiNO、TiCNO、TiAlCO、TiAlCNOなどで構成されてもよい。具体的には、第2層14は、Ti(Cx1-x-yy)(0<x<1、0<y<1)を含有してもよい。また、第3層15は、酸化アルミニウムを含有してもよい。
【0035】
被覆層6が上記の第3層15を有する場合には、被覆層6の耐摩耗性をさらに高めることができる。第1層7と第3層15との間に第2層14が位置する場合には、第1層7と第3層15との間の密着性を高めることができる。
【0036】
また、第2層14が上記の成分を含有する場合には、第3層15を構成する酸化アルミニウム粒子がα型の結晶構造となる。α型の結晶構造の酸化アルミニウムによって構成された第3層15は、硬度が高い。そのため、被覆層6の耐摩耗性を高めることができる。
【0037】
第2層14が、Ti(Cx1-x-yy)を含有する場合において、x+y=1であるときには、第2層14におけるTi(Cx1-x-yy)が針状となり、基体5の表面に対して垂直な方向に向かって0.05~0.5μmの高さで伸びる結晶構造となる。この構造であれば、第2部位11と第3層15との間の密着性を高めることができる。
【0038】
また、第3層15がα型の結晶構造の酸化アルミニウムからなる場合には、第3層15の硬度が高められ、被覆層6の耐摩耗性を向上させることができる。このとき、第3層15の表面側からX線回折測定にて検出されるピークにおいて、I(116)及びI(104)が、一番目と二番目に強くなっている場合には、被覆層6の摩耗が抑制される傾向にある。
【0039】
第2層14及び第3層15は、特定の厚みに限定されない。例えば、第2層14の厚みは、0.05~5.0μmに設定されてもよい。第3層15の厚みは、1.0~15μmに設定されてもよい。
【0040】
被覆層6は、第1層7、第2層14及び第3層15に加えて第4層16をさらに有してもよい。第4層16は、第3層15の上に位置してもよい。第4層16は、Ti(Cx1-x-yy)(0≦x≦1、0≦y<1)を含有してもよい。第4層16は、窒化クロムなどの他の材質によって構成されてもよい。第4層16は、特定の厚みに限定されない。例えば、第4層16の厚みは、0.1~3μmに設定されてもよい。
【0041】
被覆層6は、基体5の側から順に、窒化チタン層からなる第1部位10、炭窒化チタン層からなる第2部位11、第2層14、第3層15及び第4層16が積層された構成であってもよい。
【0042】
なお、各層の厚み及び各層を構成する結晶の形態は、工具1の断面における電子顕微鏡写真(SEM写真又は透過型電子顕微鏡(TEM)写真)を観察することにより測定することが可能である。また、被覆層6の各層を構成する結晶の形態が柱状であるとは、各結晶の被覆層6の厚み方向の長さに対する平均結晶幅の比が平均で0.3以下の状態のことである。一方、この各結晶の被覆層6の厚み方向の長さに対する平均結晶幅の比が平均で0.3を超えるものは、結晶の形態が粒状であると定義する。
【0043】
<被覆工具の製造方法>
次に、本開示の限定されない一面の被覆工具の製造方法について、工具1を製造する場合を例に挙げて説明する。
【0044】
まず、基体5となる超硬合金を焼成によって形成できる金属炭化物、窒化物、炭窒化物、酸化物などの無機物粉末に、金属粉末、カーボン粉末などを適宜添加して混合し、混合粉末を得る。次に、この混合粉末を、プレス成形、鋳込成形、押出成形、冷間静水圧プレス成形などの公知の成形方法によって所定の工具形状に成形して成形体を得る。その後、得られた成形体を真空中又は非酸化性雰囲気中で焼成することによって、上記した超硬合金からなる基体5を得る。基体5の表面には、研磨加工やホーニング加工を施してもよい。
【0045】
次に、得られた基体5の表面に化学気相蒸着(CVD)法によって被覆層6を成膜し、工具1を得る。
【0046】
まず、超硬合金からなる基体5に対して、四塩化チタン(TiCl4)ガスを2~10体積%、残りが水素(H2)ガスからなる混合ガスを調整してチャンバ(炉)内に導入し、成膜温度(炉内温度)を800~940℃、圧力を8~50kPa、時間を1~10分とする前処理を施してもよい。この場合には、基体5の表面近傍の領域における炭素の含有比率が高くなり易い。そのため、次に第1層7を成膜する際に、基体5の表面近傍で炭素成分が第1層7の側に拡散して移動することを抑制して、基体5の表面近傍におけるWC粒子に大きな歪が生じることを抑制できる。したがって、基体5に対して前処理を施すと、第1炭素量が第2炭素量よりも多くなり易く、また、第1領域8のKAM値の平均値が0.4°未満になり易い。
【0047】
次に、第1層7における窒化チタン(TiN)を主成分とする第1部位10を成膜する。第1部位10の成膜条件としては、反応ガス組成として、四塩化チタン(TiCl4)ガスを0.5~10体積%、窒素(N2)ガスを10~60体積%、残りが水素(H2)ガスからなる混合ガスを調整してチャンバ内に導入し、成膜温度を800~940℃、圧力を8~50kPaとする条件が挙げられる。この成膜条件において、成膜開始温度を成膜終了温度よりも10~50℃低い温度にし、成膜中に温度を上昇させてもよい。この場合には、基体5の表面近傍におけるW及びCo元素の拡散を抑制して、基体5の表面近傍におけるWC粒子に大きな歪が生じることを抑制できる。
【0048】
次に、第1層7における第2部位11を成膜する。まず、第2部位11におけるMT-炭窒化チタンを主成分とする第3部位12を成膜する。第3部位12の成膜条件としては、反応ガス組成として、四塩化チタン(TiCl4)ガスを0.5~10体積%、アセトニトリル(CH3CN)ガスを0.1~3.0体積%、残りが水素(H2)ガスからなる混合ガスを調整してチャンバ内に導入し、成膜温度を780~900℃、圧力を5~25kPaとする条件が挙げられる。この成膜条件において、アセトニトリル(CH3CN)ガスの含有比率を成膜初期よりも成膜後期で増やしてもよい。この場合には、第3部位12を構成する炭窒化チタンの柱状結晶の平均結晶幅を、基体5の側よりも表面側のほうが大きい構成にできる。
【0049】
次に、第2部位11におけるHT-炭窒化チタンを主成分とする第4部位13を成膜する。第4部位13の成膜条件としては、反応ガス組成として、四塩化チタン(TiCl4)ガスを1~10体積%、窒素(N2)ガスを5~30体積%、メタン(CH4)ガスを0.1~10体積%、残りが水素(H2)ガスからなる混合ガスを調整してチャンバ内に導入し、成膜温度を900~1100℃、圧力を5~40kPaとする条件が挙げられる。
【0050】
次に、第2層14を成膜する。第2層14の成膜条件としては、反応ガス組成として、四塩化チタン(TiCl4)ガスを3~15体積%、メタン(CH4)ガスを3~10体積%、一酸化炭素(CO)ガスを0.5~2.0体積%、残りが水素(H2)ガスからなる混合ガスを調整してチャンバ内に導入し、成膜温度を900~1050℃、圧力を5~40kPaとする条件が挙げられる。なお、反応ガス組成として、10~25体積%の窒素(N2)ガスを加えてもよい。また、窒素(N2)ガスをアルゴン(Ar)ガスに変更してもよい。上記した成膜条件によって、基体5の表面に対して垂直な方向に伸びる針状結晶が第2層14中に生成され、次に成膜される第3層15との密着性を高めることができる。
【0051】
次に、第3層15を成膜する。第3層15の成膜条件としては、反応ガス組成として、三塩化アルミニウム(AlCl3)ガスを0.5~5.0体積%、塩化水素(HCl)ガスを0.5~5.0体積%、二酸化炭素(CO2)ガスを0.5~5.0体積%、硫化水素(H2S)ガスを0~1.0体積%、残りが水素(H2)ガスからなる混合ガスを用い、成膜温度を950~1100℃、圧力を5~20kPaに変えて成膜する。この成膜条件によって、酸化アルミニウム結晶の成長状態を調整して、酸化アルミニウム結晶の配向性を制御する。また、第3層15の成膜条件は、1つの成膜工程に限定されない。複数の段階からなる成膜工程で第3層15を成膜してもよい。
【0052】
次に、第4層16を成膜する。第4層16がTiNからなる場合の成膜条件を例に挙げると、反応ガス組成として、四塩化チタン(TiCl4)ガスを0.1~10体積%、窒素(N2)ガスを10~60体積%、残りが水素(H2)ガスからなる混合ガスを調整してチャンバ内に導入し、成膜温度を960~1100℃、圧力を10~85kPaとする条件が挙げられる。
【0053】
なお、得られた工具1において、被覆層6の表面における少なくとも切刃4が位置する部分に研磨加工を施してもよい。これにより、切刃4が平滑に加工され、被削材の溶着を抑制して、さらに耐欠損性に優れた工具1となる。
【0054】
以下、実施例を挙げて本開示を詳細に説明するが、本開示は以下の実施例に限定されない。
【実施例
【0055】
[試料No.1~4]
<被覆工具の作製>
まず、基体を作製した。具体的には、平均粒径1.2μmの金属コバルト粉末を6質量%、平均粒径2.0μmの炭化チタン粉末を0.5質量%、平均粒径2.0μmの炭化ニオブ粉末を5質量%、残部が平均粒径1.5μmの炭化タングステン粉末の割合で添加して混合し、プレス成形により切削工具の形状(CNMG120408)に成形して成形体を得た。得られた成形体について、脱バインダ処理を施し、真空中又は非酸化性雰囲気中にて焼成して、超硬合金からなる基体を作製した。その後、作製した基体にブラシ加工をし、切刃となる部分にRホーニングを施した。なお、基体に含有されるWC粒子の平均粒径を上記した画像解析で測定した結果、1.0μmであった。
【0056】
次に、得られた基体の上にCVD法により被覆層を成膜した。成膜には表1に示す組成の反応ガスを用いた。また、表2に示す成膜条件で被覆層を成膜した。表1及び表2において、各化合物は化学記号で表記した。なお、表2中の括弧の中の数値は各層の厚みである。表2に示す被覆層の厚みは、SEMによる断面測定で得た値である。試料No.1~4は、前処理を施した時間が異なっている。なお、試料No.1は、前処理時間が0分である。すなわち、試料No.1には、前処理を施していない。
【0057】
<評価>
(第1領域におけるKAM値の平均値の測定)
得られた被覆工具における第1領域について、EBSD法によるKAMの測定を次のように実施した。被覆工具の断面について、コロイダルシリカを用いてバフ研磨した後、オックスフォード社製のEBSD(型番JSM7000F)を用い、測定領域を四角形の領域(ピクセル)に区切り、区切られた各領域について、試料表面に入射させた電子線の反射電子から菊池パターンを得てピクセルの方位を測定した。測定した方位データを同システムの解析ソフトを用いて解析し、各種パラメータを算出した。
【0058】
観察条件は、加速電圧15kV、測定面積は基体である超硬合金の表面において、幅50μm×深さ2μmとし、隣接するピクセル間の距離(ステップサイズ)は0.1μmとした。隣接するピクセル間の方位差が5°以上を結晶粒界とみなした。KAMは結晶粒内にあるピクセルと、結晶粒界を超えない範囲に存在する隣接ピクセルとの方位差の平均値を計算し、測定全面積を構成する全ピクセルにおける平均値としてKAM値の平均値を測定した。なお、KAM値の平均値の測定は、第1領域における任意の3視野について測定し、その平均値で評価した。結果は表3に示した。
【0059】
(第1~第3炭素量の測定)
AES分析により第1~第3炭素量を測定し、比(第1炭素量/第2炭素量)及び比(第3炭素量/第2炭素量)を算出した。AES分析条件を以下に示すとともに、結果を表3に示した。
装置:PHI社製の「Model680」
加速電圧:10kV
試料電流:10nA
電子プローブ径:0.1μm以下
【0060】
(切削試験)
得られた被覆工具を用いて断続切削試験を行い、耐欠損性を評価した。断続切削条件を以下に示すとともに、結果を表3に示した。
被削材 :一般構造用圧延鋼材 8本溝入り鋼材(SS400)
工具形状:CNMG120408
切削速度:300m/分
送り速度:0.30mm/rev
切り込み:1.0mm
その他 :水溶性切削液使用
評価項目:欠損に至る衝撃回数を測定
【0061】
【表1】
【0062】
【表2】
【0063】
【表3】
【0064】
表3に示すとおり、前処理を施した試料No.2~4は、試料No.1よりも長寿命であった。なお、測定の結果、試料No.2~4の第1炭素量は、第2炭素量よりも多く、第1領域のKAM値の平均値は、0.4°未満であった。
【符号の説明】
【0065】
1・・・被覆工具(切削工具)
2・・・第1面
3・・・第2面
4・・・切刃
5・・・基体
6・・・被覆層
7・・・第1層
8・・・第1領域
9・・・第2領域
10・・・第1部位
11・・・第2部位
12・・・第3部位
13・・・第4部位
14・・・第2層
15・・・第3層
16・・・第4層
図1
図2