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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-04
(45)【発行日】2024-10-15
(54)【発明の名称】量子ゲート装置
(51)【国際特許分類】
   H03K 19/195 20060101AFI20241007BHJP
   H03K 17/92 20060101ALI20241007BHJP
   H10N 60/10 20230101ALI20241007BHJP
   H10N 60/12 20230101ALI20241007BHJP
【FI】
H03K19/195 ZAA
H03K17/92
H10N60/10 K
H10N60/12 Z
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2022524325
(86)(22)【出願日】2021-04-08
(86)【国際出願番号】 JP2021014961
(87)【国際公開番号】W WO2021235132
(87)【国際公開日】2021-11-25
【審査請求日】2023-11-08
(31)【優先権主張番号】P 2020087283
(32)【優先日】2020-05-19
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 令和2年5月6日に、ウェブサイト(https://arxiv.org/abs/2005.02630v1 https://arxiv.org/pdf/2005.02630v1.pdf https://arxiv.org/format/2005.02630v1 https://arxiv.org/abs/2005.02630 https://arxiv.org/pdf/2005.02630.pdf https://arxiv.org/format/2005.02630)で公開
(73)【特許権者】
【識別番号】503360115
【氏名又は名称】国立研究開発法人科学技術振興機構
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】弁理士法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】野口 篤史
(72)【発明者】
【氏名】長田 有登
(72)【発明者】
【氏名】中村 泰信
【審査官】福田 正悟
(56)【参考文献】
【文献】特開2015-165623(JP,A)
【文献】特開2017-73106(JP,A)
【文献】特表2005-527902(JP,A)
【文献】米国特許第10452991(US,B1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H03K 19/195
H03K 17/92
H10N 60/10
H10N 60/12
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
a) 超伝導線から成る環状の回路中にジョセフソン素子を少なくとも1個備え、第1共振周波数で共振する第1超伝導回路と、
b) 超伝導線から成る環状の回路中にジョセフソン素子を少なくとも1個備え、前記第1共振周波数とは異なる第2共振周波数で共振する第2超伝導回路と、
c) キャパシタと、該キャパシタの両極にそれぞれ設けられた超伝導線から成り、前記第1超伝導回路と前記第2超伝導回路を接続する接続部と、
d) 前記第1超伝導回路と前記第2超伝導回路のいずれか一方又は両方に磁界を印加する磁界印加手段と、
e) 前記第1超伝導回路及び前記第2超伝導回路により形成される量子化された複数のエネルギー状態のうち、量子ゲートの動作に寄与する2つのエネルギー状態の本来のエネルギー差に対応する周波数である制御周波数を有する電磁波である制御電磁波を該第1超伝導回路と該第2超伝導回路のいずれかに照射する量子ゲート制御用電磁波照射部と、
f) 前記複数のエネルギー状態のうちの3つのエネルギー状態において最も高い第1エネルギー状態と2番目にエネルギーが高い第2エネルギー状態の本来のエネルギー差に対応する周波数である第1周波数と、該第2エネルギー状態と最もエネルギーが低い第3エネルギー状態の間の本来のエネルギー差に対応する周波数である第2周波数の間の周波数であって、前記複数のエネルギー状態のうちの任意の2つのエネルギー状態の本来のエネルギー差に対応する周波数とは10MHz以上異なる不要相互作用抑制周波数を有する電磁波である不要相互作用抑制電磁波を該第1超伝導回路と該第2超伝導回路のいずれかに照射する不要相互作用抑制電磁波照射部と
を備えることを特徴とする量子ゲート装置。
【請求項2】
前記不要相互作用抑制電磁波照射部が、前記量子ゲート制御用電磁波照射部による前記制御電磁波の照射の開始から量子ゲートの操作を終了するまで、前記不要相互作用抑制電磁波の照射を継続するものであることを特徴とする請求項1に記載の量子ゲート装置。
【請求項3】
前記複数のエネルギー状態のうちの任意の2つのエネルギー状態から成るエネルギー状態の組のうち、本来のエネルギー差が等しい2組において、該2組のエネルギー差の相違の大きさが-0.1MHz~0.1MHzの範囲内となるように、不要相互作用抑制電磁波の出力が調整されていることを特徴とする請求項1又は2に記載の量子ゲート装置。
【請求項4】
前記第1超伝導回路が、1個の第1ジョセフソン素子と、ジョセフソンエネルギーが第1ジョセフソン素子のジョセフソンエネルギーのn倍よりも高いn個の第2ジョセフソン素子を超伝導体から成る配線で直列に接続した第2ジョセフソン素子群を、超伝導体から成る配線により環状に接続した部分超伝導回路を有し、該部分超伝導回路とキャパシタを超伝導体から成る配線で環状に接続したものであって、
前記第2超伝導回路が、1個のジョセフソン素子とキャパシタを超伝導体から成る配線により環状に接続したものである
ことを特徴とする請求項1~3のいずれか1項に記載の量子ゲート装置。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか1項に記載の量子ゲート装置を備えることを特徴とする量子コンピュータ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、量子コンピュータの構成要素である量子ゲート装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、量子コンピュータの研究開発が盛んに行われている。従来のコンピュータでは2値(一般に「0」及び「1」)のいずれかで表されるデータを最小単位として計算がなされるのに対して、量子コンピュータでは、量子力学で取り扱われる重ね合わせ状態で計算を行うことによって、計算能力が高くなることが期待されている。そして、演算後の重ね合わせ状態に対して測定(観測)を行うことにより、離散的な固有状態のうちの1つが計算結果として得られる。量子力学で用いられる別の表現で表すと、波の状態で計算を行い、粒子の状態で計算結果を得ることとなる。
【0003】
従来のコンピュータでは、データを入力して論理積(AND)、論理和(OR)、論理否定(NOT)等の論理演算を行い、その結果を出力するという、論理ゲートと呼ばれる操作が行われている。量子コンピュータにおいても同様に、データを入力して所定の論理演算を行うという、量子ゲートと呼ばれる操作が行われる。そのような操作を行う装置を量子ゲート装置と呼ぶ。
【0004】
非特許文献1には、量子ゲート装置の構成要素となる部分超伝導回路が記載されている。非特許文献1に記載の部分超伝導回路は、本願の図7に示した第1超伝導回路(これを「第1超伝導回路91」と呼ぶ)と同様に、1個の第1ジョセフソン素子911と、n(nは2以上の整数。図7ではn=2の例を示す。)個の第2ジョセフソン素子9121、9122…を超伝導体から成る線である超伝導線で直列に接続した第2ジョセフソン素子群912を、超伝導線により環状に接続したものである。本願の図7に示した第1超伝導回路91は、部分超伝導回路913とキャパシタ(本明細書では「第1キャパシタ」と呼ぶ)914を超伝導線で環状に接続することにより構成されている。ここで第1ジョセフソン素子911及び第2ジョセフソン素子9121、9122…はいずれも、2個の超伝導体で絶縁体から成る薄膜を挟んだものである。第2ジョセフソン素子9121、9122…にはいずれも、第1ジョセフソン素子911よりも、ジョセフソンエネルギーがn倍(ここでnは、第2ジョセフソン素子9121、9122…の個数nと同じ)よりも高いものを用いる。第1超伝導回路91はコイルとキャパシタとを有するLC共振回路と等価な回路となっている。第1超伝導回路91の共振周波数をω1とする。
【0005】
そして非特許文献2には、本願の図7に示すように、超伝導回路(第1超伝導回路91)と、一般にトランズモン(transmon)と呼ばれる別の超伝導回路(図7では第2超伝導回路92)を組み合わせることにより、量子ゲート装置90(図7参照)を構成することが記載されている。第2超伝導回路92は、ジョセフソン素子921とキャパシタ(本明細書では「第2キャパシタ」と呼ぶ)924を超伝導線により環状に接続して成る。第2超伝導回路92もLC共振回路と等価な回路となっている。第2超伝導回路92の共振周波数をω2とする。
【0006】
量子ゲート装置90は、第1超伝導回路91と第2超伝導回路92を、中間にキャパシタ(本明細書では「接続キャパシタ」と呼ぶ)934を設けた超伝導線で接続した回路を有する。量子ゲート装置90はさらに、部分超伝導回路913に静磁界を印加する磁界印加部94と、第1超伝導回路91に第1の所定の周波数の電磁波を照射する第1量子ゲート制御用電磁波照射部95と、第2超伝導回路92に第2の所定の周波数の電磁波を照射する第2量子ゲート制御用電磁波照射部96を有する。以下、第1量子ゲート制御用電磁波照射部95及び第2量子ゲート制御用電磁波照射部96が発する電磁波を「制御電磁波」と呼ぶ。第1量子ゲート制御用電磁波照射部95は、高周波電源951と、第1超伝導回路91に対向して設けられ接地との間に高周波電圧が印加される電磁波照射電極9521から成る。第2量子ゲート制御用電磁波照射部96は、第1量子ゲート制御用電磁波照射部95と同様の高周波電源961と電磁波照射電極9621から成る。電磁波照射電極9521(9621)は、図7に示した等価回路では第1超伝導回路91(第2超伝導回路92)に接続されたキャパシタ952(962)の一方の電極として表されている。磁界印加部94による磁界の印加は量子ゲート装置90の動作中に常時行うのに対して、第1量子ゲート制御用電磁波照射部95及び第2量子ゲート制御用電磁波照射部96からの制御電磁波の照射は、後述のように所定のタイミングで行う。また、量子ゲート装置90は、第1超伝導回路91のエネルギー状態及び位相(後述)を測定する第1測定部971と、第2超伝導回路92のエネルギー状態及び位相を測定する第2測定部972とを有する。第1測定部971と第2測定部972を合わせて「測定部97」と呼ぶ。
【0007】
第1超伝導回路91は、基底状態(「g1」とする)と第1励起状態(e1)の2つの状態を用いて表される1ビットの情報を有する量子ビットとして機能する。第2超伝導回路92は、基底状態(g2)と第1励起状態(e2)の2つの状態を用いて表される1ビットの情報を有する量子ビットとして機能する。量子ゲート装置90全体では、これら2つの量子ビットが相互作用することにより形成される「g1g2」、「e1g2」、「g1e2」及び「e1e2」という4つのエネルギー状態が存在する。「g1g2」と「e1g2」のエネルギー差は(h/2π)ω1、「g1g2」と「g1e2」のエネルギー差は(h/2π)ω2、「g1g2」と「e1e2」のエネルギー差は(h/2π)×(ω12)となる(hはプランク定数)。図8には、ω12の場合における各エネルギー状態を示す。
【0008】
位相は、2つの状態|g>(量子ゲート装置90では第1超伝導回路91のg1又は第2超伝導回路92のg2)と|e>(第1超伝導回路91のe1又は第2超伝導回路92のe2)の重ね合わせの状態ある量子ビットをA|g>+(cosφ+isinφ)B|e>という波として表すときに用いる位相φをいう。ここでA及びBはいずれも実数であって、A2+B2=1の条件を満たす。このとき、|g>が観測される確率はA2、|e>が観測される確率はB2であり、いずれも位相φには依存しない。
【0009】
量子ゲート装置90で操作可能な量子ゲートの1つとして、アイスワップゲート(iSWAP gate)と呼ばれるものがある。アイスワップゲートでは、まず、第1量子ゲート制御用電磁波照射部95から第1超伝導回路91に前述した周波数ω1又はω2を有する制御電磁波を照射することによって、エネルギー状態を「g1e2」と「e1g2」のいずれか一方にする。この状態を初期状態とする。次に、第1量子ゲート制御用電磁波照射部95から第1超伝導回路91に、「g1e2」と「e1g2」のエネルギー差ΔSW=(h/2π)|ω21|に相当する差周波数|ω21|を有する制御電磁波を照射すると、第1超伝導回路91と第2超伝導回路92が共鳴して相互作用する。これにより、初期状態が「g1e2」である場合には「ie1g2」(iは虚数単位)、「-g1e2」、「-ie1g2」のように変化して「g1e2」に戻り、初期状態が「e1g2」である場合には「ig1e2」、「-e1g2」、「-ig1e2」のように変化して「e1g2」に戻る、という動作を繰り返す。ここで「i」、「-」、「-i」はそれぞれ、位相が90°、180°、270°変化したことを意味する。そして、制御電磁波の照射開始から所定時間経過後に制御電磁波の照射を停止したうえで、測定部97で測定を行う。その結果、エネルギー状態は照射前の「g1e2」から「ie1g2」に、又は照射前の「e1g2」から「ig1e2」に変化する(図8中に実線で示した矢印を参照)。この操作は2つのデータを交換(スワップ)することを意味しているため、アイスワップゲートと呼ばれる。なお、アイスワップゲートは第1超伝導回路91と第2超伝導回路92の位相差には影響を与えない。また、アイスワップゲートでは第2量子ゲート制御用電磁波照射部96は使用しない。
【0010】
また、量子ゲート装置90で操作可能な別の量子ゲートとして、CZゲート(CZ gate)と呼ばれるものがある。CZゲートでは、「e1e2」を初期状態として、さらに、第1超伝導回路91と第2超伝導回路92のうちのいずれか一方が第2励起状態(「f1」又は「f2」と表記)であって他方が基底状態であるエネルギー状態のいずれかを利用する。以下では、第1超伝導回路91が基底状態、第2超伝導回路92が第2励起状態である「g1f2」のエネルギー状態を利用した場合を例として説明する。まず、第1量子ゲート制御用電磁波照射部95から第1超伝導回路91に周波数ω1の制御電磁波を照射すると共に、第2量子ゲート制御用電磁波照射部96から第2超伝導回路92に周波数ω2の制御電磁波を照射することにより、エネルギー状態を初期状態「e1e2」とする。次に、量子ゲート制御用電磁波照射部95から第1超伝導回路91に、「g1f2」と「e1e2」のエネルギー差ΔCZに相当する周波数の制御電磁波を照射すると、「e1e2」と「g1f2」の2つのエネルギー状態が共鳴した状態となる。この共鳴が生じている間に、「e1e2」から「g1f2」に励起して「e1e2」に戻るということが1回生じる度に位相が反転、すなわち180°変化する。そして、制御電磁波を所定時間照射して位相の反転を奇数回生じさせた後に制御電磁波を停止すると、照射前の「e1e2」から位相が反転した状態となる。このような位相が反転した状態を「-e1e2」と書き表す。この反転状態は、測定部97で測定することができる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0011】
【文献】Atsushi Noguchi(野口篤史)他3名、"Single-photon quantum regime of artificial radiation pressure on a surface acoustic wave resonator"、[online]、2018年8月9日、arXiv、[2020年4月28日検索]、インターネット<URL: https://arxiv.org/pdf/1808.03372.pdf>
【文献】Atsushi Noguchi、"Quantum gate with a radiation pressure interaction between superconducting qubits"、[online]、2019年4月23日、国立研究開発法人理化学研究所創発物性科学研究センター、[2020年4月28日検索]、インターネット<URL: https://www.cems.riken.jp/sq20th/SQ20th_booklet_190423_online.pdf>
【文献】Pranav Mundada 他3名、"Suppression of Qubit Crosstalk in a Tunable Coupling Superconducting Circuit"、PHYSICAL REVIEW APPLIED、(米国)、米国物理学会、2019年11月11日、第12巻、第5号、第054023-1~054023-10頁
【文献】Matthew Ware 他5名、"Cross-resonance interactions between superconducting qubits with variable detuning"、[online]、2019年5月27日、arXiv、[2020年4月28日検索]、インターネット<URL:https://arxiv.org/pdf/1905.11480.pdf>
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
上記の説明では、第1超伝導回路91と第2超伝導回路92の間に生じる相互作用を考慮することなく求められた各エネルギー状態におけるエネルギーの値に基づいて、制御電磁波の周波数を定めていた。しかし、実際には、第1超伝導回路91と第2超伝導回路92の間にZZ相互作用と呼ばれる余分な相互作用(非特許文献3、4参照)が存在する。そのため、一方の超伝導回路の各エネルギー状態におけるエネルギーの値は、他方の超伝導回路のエネルギー状態に依存してしまう。例えば、「g1g2」と「e1e2」のエネルギー差は、第1超伝導回路91と第2超伝導回路92の相互作用を考慮しなければ前述のように(h/2π)×(ω12)となるが、実際にはエネルギーJのZZ相互作用が生じることにより、(h/2π)×(ω12-J)となる(図9)。また、第2超伝導回路92がg2とe2の重ね合わせ状態にあるときには、第1超伝導回路91のエネルギー状態をg1及びe1だけでは定めることができず、第1超伝導回路91は、ZZ相互作用が無い場合のg1とe1のエネルギー差による共鳴周波数とは異なる2つの共鳴周波数を有することとなる。このような2つの共鳴周波数が存在すると、単一の周波数を有する制御電磁波で量子ビットの動作を正しく制御することはできず、2つの共鳴周波数数のずれに起因した位相が生じてしまう。
【0013】
また、このようなZZ相互作用に起因する問題は、非特許文献2に記載の量子ゲート装置に限らず、超伝導体から成る環状の回路中にジョセフソン素子を少なくとも1個備える超伝導回路を2個(又はそれ以上)組み合わせた量子ゲート装置において同様に生じ得る。そのような超伝導回路として、例えば2個のジョセフソン素子を超伝導線で環状に接続した部分超伝導回路(非特許文献1に記載の部分超伝導回路における第2ジョセフソン素子群を、1個のみのジョセフソン素子に置き換えたものに相当)を有し、該部分超伝導回路とキャパシタを超伝導線で環状に接続した超伝導回路(非特許文献4の図1参照)が挙げられる。
【0014】
本発明が解決しようとする課題は、ジョセフソン素子を有する超伝導回路を2個以上組み合わせた量子ゲート装置において、余分なZZ相互作用による影響を抑えることができる量子ゲート装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0015】
上記課題を解決するために成された本発明に係る量子ゲート装置は、
a) 超伝導線から成る環状の回路中にジョセフソン素子を少なくとも1個備え、第1共振周波数で共振する第1超伝導回路と、
b) 超伝導線から成る環状の回路中にジョセフソン素子を少なくとも1個備え、前記第1共振周波数とは異なる第2共振周波数で共振する第2超伝導回路と、
c) キャパシタと、該キャパシタの両極にそれぞれ設けられた超伝導線から成り、前記第1超伝導回路と前記第2超伝導回路を接続する接続部と、
d) 前記第1超伝導回路と前記第2超伝導回路のいずれか一方又は両方に磁界を印加する磁界印加手段と、
e) 前記第1超伝導回路及び前記第2超伝導回路により形成される量子化された複数のエネルギー状態のうち、量子ゲートの動作に寄与する2つのエネルギー状態の本来のエネルギー差に対応する周波数である制御周波数を有する電磁波である制御電磁波を該第1超伝導回路と該第2超伝導回路のいずれかに照射する量子ゲート制御用電磁波照射部と、
f) 前記複数のエネルギー状態のうちの3つのエネルギー状態において最も高い第1エネルギー状態と2番目にエネルギーが高い第2エネルギー状態の本来のエネルギー差に対応する周波数である第1周波数と、該第2エネルギー状態と最もエネルギーが低い第3エネルギー状態の間の本来のエネルギー差に対応する周波数である第2周波数の間の周波数であって、前記複数のエネルギー状態のうちの任意の2つのエネルギー状態の本来のエネルギー差に対応する周波数とは10MHz以上異なる不要相互作用抑制周波数を有する電磁波である不要相互作用抑制電磁波を該第1超伝導回路と該第2超伝導回路のいずれかに照射する不要相互作用抑制電磁波照射部と
を備えることを特徴とする。
【0016】
上記「本来のエネルギー差」とは、第1超伝導回路と第2超伝導回路の間のZZ相互作用による影響が無い状態における2つのエネルギー状態のエネルギー差をいう。
【0017】
本発明に係る量子ゲート装置では、磁界印加手段によって第1超伝導回路及び第2超伝導回路のいずれか一方又は両方に磁界を印加しつつ、量子ゲート制御用電磁波照射部を用いて、第1超伝導回路及び第2超伝導回路により形成される量子化された複数のエネルギー状態のうち、量子ゲートの動作に寄与する2つのエネルギー状態の本来のエネルギー差に対応する周波数である制御周波数を有する制御電磁波を第1超伝導回路と第2超伝導回路のいずれかに所定時間照射することにより、量子ゲートの動作を行う。例えば、本発明に係る量子ゲート装置における第1超伝導回路及び第2超伝導回路が、上述した非特許文献2に記載の第1超伝導回路91及び第2超伝導回路92である場合には、前記2つのエネルギー状態は、「g1e2」と「e1g2」、あるいは「e1e2」と「g1f2」が相当する。「g1e2」と「e1g2」の場合にはアイスワップゲート又は後述のスワップゲートとして動作し、「e1e2」と「g1f2」の場合にはCZゲートとして動作する。
【0018】
本発明に係る量子ゲート装置ではさらに、不要相互作用抑制電磁波照射部により、前記複数のエネルギー状態のうちの3つのエネルギー状態において最も高い第1エネルギー状態と2番目にエネルギーが高い第2エネルギー状態の本来のエネルギー差に対応する周波数である第1周波数と、該第2エネルギー状態と最もエネルギーが低い第3エネルギー状態の間の本来のエネルギー差に対応する周波数である第2周波数の間の周波数(但し、後述の理由により、第1周波数及び第2周波数との相違が10MHz未満である周波数は使用しない)である不要相互作用抑制周波数を有する不要相互作用抑制電磁波を、第1超伝導回路と第2超伝導回路のいずれかに照射する。例えば、本発明に係る量子ゲート装置における第1超伝導回路及び第2超伝導回路が、上述した非特許文献2に記載の第1超伝導回路91及び第2超伝導回路92である場合において、第1エネルギー状態を「g1f2」、第2エネルギー状態を「e1e2」、第3エネルギー状態を「f1g2」とすると、第1周波数は「g1f2」と「e1e2」の本来のエネルギー差に対応する周波数となり、第2周波数は「e1e2」と「f1g2」の本来のエネルギー差に対応する周波数となる。このような不要相互作用抑制電磁波の照射により、余分なZZ相互作用が残留することを抑え、それら3つのエネルギー状態が本来のエネルギーの値からずれてしまうことを抑えることができる。
【0019】
但し、前記複数のエネルギー状態のうちの任意の2つのエネルギー状態に対応する周波数を有する電磁波を不要相互作用抑制電磁波として照射すると、それら2つのエネルギー状態間で不所望な相互作用が生じる。そのため、そのような周波数に近い周波数を有する電磁波は不要相互作用抑制電磁波として使用しない。通常、量子ゲートでは数百MHz~数GHz程度の周波数に対応するエネルギー差を有する2つのエネルギー状態を利用することから、不要相互作用抑制周波数が任意の2つのエネルギー状態に対応する周波数と10MHz以上異なっていれば、不所望な相互作用を防ぐことができる。なお、ここでいう「前記複数のエネルギー状態」には第1~第3エネルギー状態も含まれるため、「前記複数のエネルギー状態のうちの任意の2つのエネルギー状態に対応する周波数」には第1周波数及び第2周波数も含まれる。従って、第1周波数及び第2周波数に近い(それらとの相違が10MHz未満である)電磁波も、不要相互作用抑制電磁波として使用しない。
【0020】
前記不要相互作用抑制電磁波照射部は、前記量子ゲート制御用電磁波照射部による前記制御電磁波の照射を行っている間のみならず、前記制御電磁波の照射の開始から量子ゲートの操作を終了する(第1超伝導回路及び第2超伝導回路のエネルギー状態及び/又は位相の測定を行う)まで、前記不要相互作用抑制電磁波の照射を継続するものであることが好ましい。これにより、量子ゲートの操作中のみならず、量子ゲートの操作の終了から演算結果を出力するまでの間、余分なZZ相互作用による影響を抑えることができる。
【0021】
本発明に係る量子ゲート装置では、前記複数のエネルギー状態の各々のエネルギーは、不要相互作用抑制電磁波の出力の相違によって変化する。そこで、前記複数のエネルギー状態のうちの任意の2つのエネルギー状態から成るエネルギー状態の組のうち、本来のエネルギー差が等しい2組において、該2組のエネルギー差の相違の大きさが0に近く、具体的には-0.1MHz~0.1MHzの範囲内となるように、不要相互作用抑制電磁波の出力を調整することが望ましい。例えば、本発明に係る量子ゲート装置における第1超伝導回路及び第2超伝導回路が、上述した非特許文献2に記載の第1超伝導回路91及び第2超伝導回路92である場合には、「g1e2」と「g1g2」の本来のエネルギー差と、「e1e2」と「e1g2」の本来のエネルギー差は、いずれもω2となり等しい。そこで、(不要相互作用抑制電磁波の照射がなければZZ相互作用により本来のエネルギー差からずれる状態での)実験又はZZ相互作用を加味した計算によって、不要相互作用抑制電磁波の出力を変えながら「g1e2」と「g1g2」のエネルギー差と「e1e2」と「e1g2」のエネルギー差を求め、両者の差が-0.1MHz~0.1MHzの範囲内となる不要相互作用抑制電磁波の出力を求めればよい。
【0022】
本発明に係る量子ゲート装置には、非特許文献2に記載の量子ゲート装置に前記不要相互作用抑制電磁波照射部を加えたものを好適に用いることができる。すなわち、本発明に係る量子ゲート装置において、
前記第1超伝導回路が、1個の第1ジョセフソン素子と、ジョセフソンエネルギーが第1ジョセフソン素子のジョセフソンエネルギーのn倍よりも高いn個の第2ジョセフソン素子を超伝導体から成る配線で直列に接続した第2ジョセフソン素子群を、超伝導体から成る配線により環状に接続した部分超伝導回路を有し、該部分超伝導回路とキャパシタを超伝導体から成る配線で環状に接続したものであって、
前記第2超伝導回路が、1個のジョセフソン素子とキャパシタを超伝導体から成る配線により環状に接続したものである
ことが好ましい。なお、第2超伝導回路におけるジョセフソン素子のジョセフソンエネルギーと、第1超伝導回路における第1ジョセフソン素子及び第2ジョセフソン素子のジョセフソンエネルギーとの大小関係は問わない。
【0023】
このように非特許文献2に記載の量子ゲート装置に不要相互作用抑制電磁波照射部を加えた構成を用いる場合には、量子ゲート制御用電磁波照射部は、少なくとも第1超伝導回路に制御電磁波を照射するものであれば、該量子ゲート装置をアイスワップートとして動作させることができる。一方、該量子ゲート装置をCZゲート及び/又は後述のスワップゲートとして動作させる場合には、量子ゲート制御用電磁波照射部には、第1超伝導回路と第2超伝導回路にそれぞれ、互いに異なる周波数の制御電磁波を照射するものを用いる。
【発明の効果】
【0024】
本発明によれば、ジョセフソン素子を有する超伝導回路を2個以上組み合わせた量子ゲート装置において、余分なZZ相互作用による影響を抑えることができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
図1】本発明に係る量子ゲート装置の一実施形態を示す概略図。
図2A】本実施形態の量子ゲート装置が有する第1ジョセフソン素子を示す図。
図2B】本実施形態の量子ゲート装置が有する第2ジョセフソン素子を示す図。
図3】本実施形態の量子ゲート装置を作製した例を示す顕微鏡写真(上段)、上段の顕微鏡写真で撮影された領域の一部を拡大して撮影した顕微鏡写真(中段)、及び中段の顕微鏡写真で撮影された領域の一部を拡大して撮影した顕微鏡写真(下段)。
図4】本実施形態の量子ゲート装置が取り得るエネルギー状態、3つの量子ゲート(スワップゲート、アイスワップゲート及びCZゲート)の動作、並びに不要相互作用抑制電磁波の照射について説明するための図。
図5】本実施形態の量子ゲート装置において、不要相互作用抑制電磁波の出力を変化させながら「g1e2」と「g1g2」のエネルギー差Δ2(g1)、及び「e1e2」と「e1g2」のエネルギー差Δ2(e1)を測定する実験を行った結果を示すグラフ。
図6】本発明に係る量子ゲート装置の変形例を示す概略図。
図7】従来の量子ゲート装置の一例を示す概略図。
図8】従来の量子ゲート装置におけるスワップゲート及びCZゲートの動作の例を示す図。
図9】従来の量子ゲート装置においてZZ相互作用を考慮したエネルギー状態を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0026】
図1図6を用いて、本発明に係る量子ゲート装置の実施形態を説明する。
【0027】
(1) 本実施形態の量子ゲート装置の構成
図1は、本実施形態の量子ゲート装置10の構成の概略を等価回路で示す図である。この量子ゲート装置10は、第1超伝導回路11と、第2超伝導回路12と、接続部13と、磁界印加部14と、量子ゲート制御用電磁波照射部(第1量子ゲート制御用電磁波照射部15及び第2量子ゲート制御用電磁波照射部16)と、測定部17と、不要相互作用抑制電磁波照射部18とを有する。
【0028】
第1超伝導回路11は、第1ジョセフソン素子111と、第2ジョセフソン素子群112と、第1キャパシタ114とを有する。第1ジョセフソン素子111は、絶縁体から成る第1薄膜111Jを有する接合部を2個の超伝導体111S1、111S2で挟んで成るものである(図2A)。第2ジョセフソン素子群112は、n個(nは2以上の整数)の第2ジョセフソン素子1121、1122、…112nを超伝導体から成る配線115で直列に接続するものである。なお、図1ではn=2である場合を例として示したが、nは3以上の整数であってもよい。各第2ジョセフソン素子112k(kは1~nの範囲内の各整数)は、第1薄膜111Jと同種の絶縁体から成る第2薄膜112Jを2個の超伝導体112S1、112S2で挟んだものである(図2B)。ここで第1薄膜111J及び第2薄膜112Jの厚み及び面積は、第1ジョセフソン素子111におけるトンネル抵抗の値が各第2ジョセフソン素子112kにおけるトンネル抵抗の値のn倍よりも大きくなるように設定する。これにより、各第2ジョセフソン素子112kのジョセフソンエネルギーは第1ジョセフソン素子111のジョセフソンエネルギーのn倍よりも大きくなる。
【0029】
第1ジョセフソン素子111と第2ジョセフソン素子群112は、超伝導線115によって環状に接続され、それにより部分超伝導回路113が形成されている。さらに、部分超伝導回路113と第1キャパシタ114は超伝導線115によって並列に接続されている。
【0030】
以上のように構成されている第1超伝導回路11はLC共振回路と等価な回路となっている。第1超伝導回路11の共振周波数をω1とする。
【0031】
第2超伝導回路12はトランズモンであり、1個のジョセフソン素子121と1個の第2キャパシタ124が、超伝導線125により環状に接続されたものである。第2超伝導回路12もまた、LC共振回路と等価な回路である。第2超伝導回路12の共振周波数をω2とする。
【0032】
接続部13は、接続部キャパシタ134とその両極にそれぞれ設けられた超伝導線135から成る。第1超伝導回路11と第2超伝導回路12は接続部13により接続されている。
【0033】
磁界印加部14は、部分超伝導回路113内に静磁界を印加するものである。印加する静磁界の大きさは、第1ジョセフソン素子111及び各第2ジョセフソン素子112kが有する超伝導体111S1、111S2、112S1、112S2及び超伝導線115が有する超伝導体の超伝導状態が破壊される磁界よりも小さければ特に問わないが、小さい方が好ましい。例えば、磁束量子の5倍以下の磁束を部分超伝導回路113内に生成する強度であることが望ましく、磁束量子の1倍以下の磁束を部分超伝導回路113内に生成する強度であることがより望ましい。好ましい静磁界の大きさは、例えば10μT程度である。
【0034】
第1量子ゲート制御用電磁波照射部15は、量子ゲート制御用電源151と電磁波照射電極1521から構成される。電磁波照射電極1521は、図1に示した等価回路では第1超伝導回路11に接続されたキャパシタ152の一方の電極として表される。量子ゲート制御用電源151は、電磁波照射電極1521と接地の間に、量子ゲートとしての動作に用いる所定の周波数(制御周波数)を有する高周波電圧を印加することにより、第1超伝導回路11に該制御周波数を有する制御電磁波を照射するものである。
【0035】
第2量子ゲート制御用電磁波照射部16は、第1量子ゲート制御用電磁波照射部15と同様に、量子ゲート制御用電源161と電磁波照射電極1621から構成される。電磁波照射電極1621は、図1に示した等価回路では第2超伝導回路12に接続されたキャパシタ162の一方の電極として表される。量子ゲート制御用電源161は、電磁波照射電極1621と接地の間に所定の制御周波数(第1量子ゲート制御用電磁波照射部15における制御周波数とは異なる)を有する高周波電圧を印加することにより、第2超伝導回路12に該制御周波数を有する制御電磁波を照射するものである。
【0036】
不要相互作用抑制電磁波照射部18は、不要相互作用抑制電磁波用電源181と電磁波照射電極1521から構成される。電磁波照射電極1521は、第1量子ゲート制御用電磁波照射部15と不要相互作用抑制電磁波照射部18で共用している。不要相互作用抑制電磁波用電源181は、電磁波照射電極1521と接地の間に、制御周波数とは異なる所定の周波数(不要相互作用抑制周波数)を有する高周波電圧を印加することにより、第1超伝導回路11に該不要相互作用抑制周波数を有する不要相互作用抑制電磁波を照射するものである。なお、量子ゲート制御用電源151と不要相互作用抑制電磁波用電源181は実装上、複数の周波数を同時に発生させることができる電源を採用すれば共用することが可能である。
【0037】
制御周波数及び不要相互作用抑制周波数の詳細は、量子ゲート装置10の動作の説明と共に後述する。
【0038】
測定部17は、第1超伝導回路11のエネルギー状態及び位相を測定する第1測定部171と、第2超伝導回路12のエネルギー状態及び位相を測定する第2測定部172とを有する。
【0039】
図3に、実際に作製した量子ゲート装置10の顕微鏡写真を示す。図3では、量子ゲート装置10の全体を撮影した顕微鏡写真を上段に示し、その一部を拡大して撮影した顕微鏡写真を中段に示し、さらにその一部を拡大して撮影した顕微鏡写真を下段に示した。図3中で背景の淡灰色よりも濃い灰色の線で囲まれた部分は、シリコンから成る基板の表面が現れているところであり、淡灰色の部分はニオビウムから成り、白色の部分はアルミニウムから成る。ニオビウム及びアルミニウムは超伝導体である。この顕微鏡写真には現れていないが、各ジョセフソン素子が有する絶縁体製の薄膜には、アルミニウムを酸化させたアルミナを用いている。なお、本発明では、超伝導体及び絶縁体はこれらの例には限定されず、任意の材料を用いることができる。
【0040】
図3には、量子ゲート制御用電源151及び不要相互作用抑制電磁波用電源181は示されておらず、それら2つの電源が共通に接続される電極1522が示されている。同様に、図3には、量子ゲート制御用電源161は示されておらず、該電源が接続される電極1622が示されている。また、図3には、第1キャパシタ114及び第2キャパシタ124の符号が付されていないが、第1キャパシタ114は超伝導線115と接地との間に形成され、第2キャパシタ124は超伝導線125と接地との間に形成されている。
【0041】
(2) 本実施形態の量子ゲート装置の動作
以下、本実施形態の量子ゲート装置の動作を説明する。
【0042】
(2-1) 量子ゲート装置10が取り得るエネルギー状態
量子ゲート装置10を冷却装置によって前記超伝導転移温度以下に冷却すると共に、磁界印加部14から部分超伝導回路113内に静磁界を印加する。そのうえで、量子ゲート制御用電磁波照射部15から後述する所定の制御周波数を有する制御電磁波を所定時間照射することにより、量子ゲート装置10は図4に示す複数のエネルギー状態のうちの1つを取る。図4には、第1超伝導回路11のエネルギー状態である基底状態「g1」、第1励起状態「e1」及び第2励起状態「f1」のうちの1つと、第2超伝導回路12のエネルギー状態である基底状態「g2」、第1励起状態「e2」及び第2励起状態「f2」のうちの1つを組み合わせた「g1g2」、「e1g2」、「g1e2」、「f1g2」、「e1e2」及び「g1f2」という6つのエネルギー状態を示した。
【0043】
図4中には併せて、図3に示した量子ゲート装置10において実験により求めた上記6つのエネルギー状態の各々における本来の(ZZ相互作用の影響が無い状態における)エネルギーを、「g1g2」を基準(値0)として周波数の単位で示した。下記の各周波数の値に(h/2π)を乗ずれば、エネルギーの値となる。それら周波数の値は、「e1g2」では3633MHz(=ω1)、「g1e2」では4473MHz(=ω2)、「f1g2」では7134MHz(=2ω11(α1は後述))、「e1e2」では8106MHz(=ω12)、「g1f2」では8778MHz(=2ω22(α2は後述))である。図4に示した例では、ω2よりもω1の方が小さいため、「g1e2」よりも「e1g2」の方が小さく、「g1f2」よりも「f1g2」の方が小さくなっている。「g1e2」と「e1g2」の本来の差ΔSW(=ω21)は840MHz、「g1f2」と「e1e2」の本来の差ΔCZ(=ω212)は672MHz、「e1e2」と「f1g2」の本来の差δ(=ω211)は972MHzである。α1は、第1超伝導回路11が単独で存在する場合におけるエネルギー状態g1, e1, f1につき、f1状態とe1状態のエネルギー間隔と、e1状態とg1状態のエネルギー間隔の差で定義される。同様に、α2は、第2超伝導回路12が単独で存在する場合におけるエネルギー状態g2, e2, f2につき、f2状態とe2状態のエネルギー間隔と、e2状態とg2状態のエネルギー間隔の差で定義される。α1は-132MHz、α2は-168MHzである。
【0044】
このようなエネルギー状態を取る量子ゲート装置10において、以下の操作を行うことにより、量子ゲート装置10をアイスワップゲート、CZゲート又はスワップゲートという3つのうちのいずれかの量子ゲートとして動作させる場合における不要相互作用の抑制について説明する。以下では、初期状態は「g1g2」であるものとする。
【0045】
(2-2) 各量子ゲートの動作及び不要相互作用の抑制
(2-2-1) アイスワップゲート
まず、不要相互作用抑制電磁波照射部18により、不要相互作用抑制周波数を有する不要相互作用抑制電磁波を第1超伝導回路11に照射する。本実施形態では、「g1f2」、「e1e2」及び「f1g2」の3つのエネルギー状態に着目した。そして、それら3つのうち最もエネルギーが高い「g1f2」(前記第1エネルギー状態)と「e1e2」(前記第2エネルギー状態)の本来のエネルギー差に対応する周波数(前記第1周波数)であるΔCZ=672MHzと、「e1e2」と「f1g2」(前記第3エネルギー状態)の本来のエネルギー差に対応する周波数(前記第2周波数)であるδ=972MHzの間の周波数であって、それら3つのエネルギー状態を含む任意の2つのエネルギー状態間における本来のエネルギー差(例えばΔSW=840MHz)のいずれに対しても10MHz以上異なる周波数である930MHzを不要相互作用抑制周波数とした。
【0046】
次に、この不要相互作用抑制電磁波に重畳して、第1量子ゲート制御用電磁波照射部15により、本来の制御周波数である周波数ω1を有する制御電磁波を第1超伝導回路11に照射することにより、エネルギー状態を「e1g2」にする。続いて、不要相互作用抑制電磁波に重畳して、第1量子ゲート制御用電磁波照射部15により、本来の制御周波数であるΔSWに対応する周波数((ω21)、図4の例では840MHz)を有する制御電磁波を第1超伝導回路11に照射する。これにより、第1超伝導回路11と第2超伝導回路12が共鳴して相互作用し、エネルギー状態は「g1e2」から「ie1g2」、「-g1e2」、「-ie1g2」のように変化して「g1e2」に戻る、という動作を繰り返す。ここで「i」、「-」、「-i」はそれぞれ、位相が90°、180°、270°変化したことを意味する。そして、制御電磁波の照射開始から所定時間経過後に制御電磁波の照射を停止する。その後、測定部17で測定を行うと、エネルギー状態は照射前の「g1e2」から「ie1g2」に変化している。
【0047】
あるいは、エネルギー状態が「g1e2」である状態から、不要相互作用抑制電磁波に重畳して、第1量子ゲート制御用電磁波照射部15により、本来の制御周波数であるΔSWに対応する周波数を有する制御電磁波を第1超伝導回路11に所定時間照射すると、測定部17で測定されるエネルギー状態は照射前の「e1g2」から「ig1e2」に変化する。
【0048】
このように、エネルギー状態が「g1e2」から「ie1g2」に、又は「e1g2」から「ig1e2」に変化する、すなわち2つのデータを交換する(スワップ)ことを意味する動作がなされる。
【0049】
このアイスワップゲートの動作の全体に亘って継続して不要相互作用抑制電磁波が第1超伝導回路11に照射されることにより、余分なZZ相互作用による影響を抑えることができる。そのため、本来の制御周波数を有する制御電磁波を照射した際に不要な位相が付与されることを防ぐことができる。
【0050】
(2-2-2) CZゲート
まず、アイスワップゲートの場合と同様に、不要相互作用抑制電磁波照射部18により、周波数ωsを有する不要相互作用抑制電磁波を第1超伝導回路11に照射する。この不要相互作用抑制電磁波の照射は、以下に述べるCZゲートの動作の全体に亘って継続して行う。
【0051】
次に、この不要相互作用抑制電磁波に重畳して、第1量子ゲート制御用電磁波照射部15により周波数ω1を有する制御電磁波を第1超伝導回路11に照射すると共に、第2量子ゲート制御用電磁波照射部16により周波数ω2を有する制御電磁波を第2超伝導回路12に照射することにより、エネルギー状態を「e1e2」にする。続いて、不要相互作用抑制電磁波に重畳して、第1量子ゲート制御用電磁波照射部15により、「g1e2」と「e1g2」の本来のエネルギー差ΔCZに対応する周波数((ω212)、図4の例では672MHz)を有する制御電磁波を第1超伝導回路11に照射する。これにより、第1超伝導回路11と第2超伝導回路12が共鳴して相互作用し、エネルギー状態は「e1e2」と「g1f2」の2つの状態を交互に取る。また、位相は、「e1e2」から「g1f2」に励起して「e1e2」に戻るということが1回生じる度に反転、すなわち180°変化する。そして、制御電磁波の照射開始から所定時間経過後に制御電磁波の照射を停止する。その後、測定部17で測定を行うと、測定部17で測定される第1超伝導回路11及び第2超伝導回路12の状態は照射前の「e1e2」から「-e1e2」に変化する。これは、制御電磁波の照射の前後でエネルギー状態は変わらず、位相が180°変化したことを意味する。
【0052】
CZゲートにおいても、動作の全体に亘って継続して不要相互作用抑制電磁波が第1超伝導回路11に照射されることにより、余分なZZ相互作用による影響を抑えることができる。
【0053】
(2-2-3) スワップゲート
スワップゲートは、エネルギー状態を「g1e2」から「e1g2」に、又は「e1g2」から「g1e2」に変化させる量子ゲートの操作をいう。
【0054】
まず、アイスワップゲート及びCZゲートの場合と同様に、不要相互作用抑制電磁波照射部18により、周波数ωsを有する不要相互作用抑制電磁波を第1超伝導回路11に照射する。この不要相互作用抑制電磁波の照射は、以下に述べるスワップゲートの動作の全体に亘って継続して行う。
【0055】
次に、第1量子ゲート制御用電磁波照射部15によって本来の制御周波数である周波数ω1を有する制御電磁波を第1超伝導回路11に所定時間照射することにより、エネルギー状態を「g1g2」と「e1g2」の量子重ね合わせ状態とする。あるいは、第2量子ゲート制御用電磁波照射部16によって本来の制御周波数である周波数ω2を有する制御電磁波を第2超伝導回路12に所定時間照射することにより、エネルギー状態を「e1g2」と「e1e2」の量子重ね合わせ状態としてもよい。このような量子重ね合わせ状態において、第1量子ゲート制御用電磁波照射部15によって周波数(ω21)の電磁波と周波数(ω212)の電磁波を同時に第1超伝導回路11に照射する。これにより、第1超伝導回路11と第2超伝導回路12が共鳴して相互作用し、エネルギー状態は「g1e2」と「e1g2」の間で変化し、スワップゲートとして動作する。
【0056】
スワップゲートにおいても、動作の全体に亘って継続して不要相互作用抑制電磁波が第1超伝導回路11に照射されることにより、余分なZZ相互作用による影響を抑えることができる。
【0057】
(2-3) 不要相互作用抑制電磁波の出力
これまでに述べたように、不要相互作用抑制電磁波の照射によって「e1e2」のエネルギーが低下することが抑えられるが、その度合いは不要相互作用抑制電磁波の出力に依存する。そのことを確認するために、不要相互作用抑制電磁波の出力を変化させながら、「g1e2」と「g1g2」のエネルギー差(Δ2(g1)とする)、及び「e1e2」と「e1g2」のエネルギー差(Δ2(e1)とする)を測定する実験を行った。図5に測定結果を示す。
【0058】
不要相互作用抑制電磁波を照射しないとき、すなわち図5において横軸の不要相互作用抑制電磁波の出力の値が0であるときには、Δ2(g1)及びΔ2(e1)は、仮にZZ相互作用が無ければ共に(h/2π)ω2となるが、実際にはΔ2(g1)よりもΔ2(e1)の方が小さくなる。これは、ZZ相互作用が存在することで「e1e2」のエネルギーが低下していることによる。この状態から不要相互作用抑制電磁波の出力を大きくしてゆくと、Δ2(g1)とΔ2(e1)の差が小さくなってゆく。そして、該出力がWO図5参照)となるときにΔ2(g1)とΔ2(e1)が等しくなる。そこからさらに不要相互作用抑制電磁波の出力を大きくしてゆくと、Δ2(g1)よりもΔ2(e1)の方が大きくなる。
【0059】
量子ゲート装置10を動作させる際には、Δ2(g1)とΔ2(e1)の差ができるだけ小さくなるように、不要相互作用抑制電磁波の出力を調整することが望ましい。例えば、Δ2(g1)-Δ2(e1)が-0.1MHz~+0.1MHzとなるように不要相互作用抑制電磁波の出力を調整する。
【0060】
不要相互作用抑制電磁波の強度と同様に、不要相互作用抑制電磁波の周波数ωsについても、Δ2(g1)とΔ2(e1)の差ができるだけ小さく(例えば、Δ2(g1)-Δ2(e1)が-0.1MHz~+0.1MHzと)なるように調整することが望ましい。また、不要相互作用抑制電磁波の強度と周波数ωsの双方を調整することによって、不要相互作用抑制電磁波の強度をできるだけ小さくしつつ、Δ2(g1)とΔ2(e1)の差ができるだけ小さくなるようにすることが、より望ましい。
【0061】
(3) 変形例
本発明は上記の実施形態には限定されず、種々の変形が可能である。
【0062】
例えば、上記実施形態では量子ゲート(アイスワップゲート、CZゲート又はスワップゲート)として動作させるための制御電磁波を照射する前に、エネルギー状態を所定の初期状態とするための制御電磁波を照射しているが、所定の初期状態とするための制御電磁波の照射は必須ではなく、任意の初期状態から量子ゲートとして動作させるための制御電磁波を照射するようにしてもよい。また、所定の初期状態とするための制御電磁波の照射を行わない場合や、そのような制御電磁波の照射を行う場合であっても量子ゲート装置10をアイスワップゲートとしてのみ動作させる場合には、第2量子ゲート制御用電磁波照射部16を省略してもよい。
【0063】
第1超伝導回路11及び第2超伝導回路12の構成も上記のものには限定されない。図6に、第1超伝導回路11の代わりに、2個のジョセフソン素子(第1ジョセフソン素子111A及び第2ジョセフソン素子112A)を超伝導線115Aで環状に接続した部分超伝導回路113Aと第1キャパシタ114Aを超伝導線115Aで並列に接続した第1超伝導回路11Aを用いた量子ゲート装置10Aを示す。第1ジョセフソン素子111Aと第2ジョセフソン素子112Aのジョセフソンエネルギーの異同は問わない。また、この変形例では、磁界印加部14Aは部分超伝導回路113A内に交流磁界を印加する。この量子ゲート装置10Aは、非特許文献4に示された構成に不要相互作用抑制電磁波照射部18を加えたものに相当する。
【符号の説明】
【0064】
10、10A、90…量子ゲート装置
11、91…第1超伝導回路
111、111A、911…第1ジョセフソン素子
111J…第1薄膜
112、912…第2ジョセフソン素子群
1121、1122、112k、112A、9121、9122…第2ジョセフソン素子
112J…第2薄膜
113、113A、913…部分超伝導回路
114、114A…第1キャパシタ
115、115A、125、135…超伝導線
12、92…第2超伝導回路
121、921…ジョセフソン素子
124…第2キャパシタ
13…接続部
134…接続部キャパシタ
14、94…磁界印加部
15、95…第1量子ゲート制御用電磁波照射部
151、161…量子ゲート制御用電源
152、162、952…キャパシタ
1521、1621、9521…電磁波照射電極
1522、1622…電極
16、96…第2量子ゲート制御用電磁波照射部
17、97…測定部
171、971…第1測定部
172、972…第2測定部
18…不要相互作用抑制電磁波照射部
181…不要相互作用抑制電磁波用電源
951、961…高周波電源
図1
図2A
図2B
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9