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特許7566591聴覚時間分解能測定装置及び聴覚時間分解能測定方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-04
(45)【発行日】2024-10-15
(54)【発明の名称】聴覚時間分解能測定装置及び聴覚時間分解能測定方法
(51)【国際特許分類】
   A61B 5/12 20060101AFI20241007BHJP
   A61B 5/38 20210101ALI20241007BHJP
【FI】
A61B5/12
A61B5/38
【請求項の数】 12
(21)【出願番号】P 2020186283
(22)【出願日】2020-11-09
(65)【公開番号】P2021090726
(43)【公開日】2021-06-17
【審査請求日】2023-10-13
(31)【優先権主張番号】P 2019216974
(32)【優先日】2019-11-29
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000115636
【氏名又は名称】リオン株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】598133665
【氏名又は名称】学校法人国際医療福祉大学
(74)【代理人】
【識別番号】100120592
【弁理士】
【氏名又は名称】山崎 崇裕
(74)【代理人】
【識別番号】100192223
【弁理士】
【氏名又は名称】加久田 典子
(72)【発明者】
【氏名】森本 隆司
(72)【発明者】
【氏名】蝦名 俊匡
(72)【発明者】
【氏名】藤坂 洋一
(72)【発明者】
【氏名】岡本 秀彦
【審査官】▲高▼ 芳徳
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-140094(JP,A)
【文献】特開平06-133953(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2018/0296137(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61B 5/06 - 5/398
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
所定の雑音に対し長さの異なる無音区間が所定の頻度で形成された複数種類の刺激音に対応する刺激音信号を出力する刺激音信号出力部と、
前記刺激音信号の入力に応じて被験者に前記刺激音を発する刺激音出力部と、
被験者から検出される脳波を取得する脳波取得部と、
取得された前記脳波に基づいて脳波波形を抽出する脳波処理部と、
前記脳波波形の位相又は振幅に基づいて、被験者が前記刺激音に含まれる前記無音区間を知覚できる最小の長さである無音検出閾値を推定する解析部と
を備えた聴覚時間分解能測定装置。
【請求項2】
請求項1に記載の聴覚時間分解能測定装置において、
前記刺激音信号出力部は、
前記無音区間の開始タイミング及び終了タイミングについて聴覚系の遅延特性が考慮された刺激音に対応する前記刺激音信号を出力することを特徴とする聴覚時間分解能測定装置。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の聴覚時間分解能測定装置において、
前記脳波処理部は、
前記取得された脳波の波形からエポックを切り出して、前記エポックを加算平均することにより前記脳波波形を抽出することを特徴とする聴覚時間分解能測定装置。
【請求項4】
請求項1から3のいずれかに記載の聴覚時間分解能測定装置において、
前記刺激音信号出力部は、
前記所定の雑音をなす所定の周波数帯域毎の帯域雑音に対して前記無音区間が前記所定の頻度で形成され、前記各帯域雑音の所定の周波数における聴覚系の遅延時間に応じて前記各帯域雑音における前記無音区間の開始タイミング及び終了タイミングが調整された、調整後の前記各帯域雑音が足し合わされてなる前記刺激音に対応する刺激音信号を出力することを特徴とする聴覚時間分解能測定装置。
【請求項5】
請求項1から4のいずれかに記載の聴覚時間分解能測定装置において、
前記刺激音信号出力部は、
音圧レベルが略ゼロとなる区間を含みうる音圧レベルが所定のレベルより小さい連続した区間を前記無音区間とし、前記無音区間の開始後に音圧レベルを前記所定のレベルから徐々に減少させつつ前記無音区間の終了前に音圧レベルを前記所定のレベルまで徐々に増加させた刺激音に対応する刺激音信号を出力することを特徴とする聴覚時間分解能測定装置。
【請求項6】
請求項1から3のいずれかに記載の聴覚時間分解能測定装置において、
前記刺激音信号出力部は、
前記刺激音に対し聴覚系の遅延時間のずれを補償可能な位相特性を持つ伝達関数を畳み込んで得られる刺激音に対応する刺激音信号を出力することを特徴とする聴覚時間分解能測定装置。
【請求項7】
所定の雑音に対し長さの異なる無音区間が所定の頻度で形成された複数種類の刺激音を出力して被験者に発する刺激音出力工程と、
被験者から検出される脳波を取得する脳波取得工程と、
取得された前記脳波に基づいて脳波波形を抽出する脳波処理工程と、
前記脳波波形の位相又は振幅に基づいて、被験者が前記刺激音に含まれる前記無音区間を知覚できる最小の長さである無音検出閾値を推定する解析工程と
を含む聴覚時間分解能測定方法。
【請求項8】
請求項7に記載の聴覚時間分解能測定方法において、
前記刺激音出力工程では、
前記無音区間の開始タイミング及び終了タイミングについて聴覚系の遅延特性が考慮された刺激音を出力することを特徴とする聴覚時間分解能測定方法。
【請求項9】
請求項7又は8に記載の聴覚時間分解能測定方法において、
前記脳波処理工程では、
前記取得された脳波の波形からエポックを切り出して、前記エポックを加算平均することにより前記脳波波形を抽出することを特徴とする聴覚時間分解能測定方法。
【請求項10】
請求項7から9のいずれかに記載の聴覚時間分解能測定方法において、
前記刺激音出力工程では、
前記所定の雑音をなす所定の周波数帯域毎の帯域雑音に対して前記無音区間が前記所定の頻度で形成され、前記各帯域雑音の所定の周波数における聴覚系の遅延時間に応じて前記各帯域雑音における前記無音区間の開始タイミング及び終了タイミングが調整された、調整後の前記各帯域雑音が足し合わされてなる前記刺激音を出力することを特徴とする聴覚時間分解能測定方法。
【請求項11】
請求項7から10のいずれかに記載の聴覚時間分解能測定方法において、
前記刺激音出力工程では、
音圧レベルが略ゼロとなる区間を含みうる音圧レベルが所定のレベルより小さい連続した区間を前記無音区間とし、前記無音区間の開始後に音圧レベルを前記所定のレベルから徐々に減少させつつ前記無音区間の終了前に音圧レベルを前記所定のレベルまで徐々に増加させた刺激音を出力することを特徴とする聴覚時間分解能測定方法。
【請求項12】
請求項7から9のいずれかに記載の聴覚時間分解能測定方法において、
前記刺激音出力工程では、
前記刺激音に対し聴覚系の遅延時間のずれを補償可能な位相特性を持つ伝達関数を畳み込んで得られる刺激音を出力することを特徴とする聴覚時間分解能測定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、聴覚時間分解能測定装置及びその方法に関し、特に、聴覚時間分解能を他覚的に測定する装置及びその方法に関する。
【背景技術】
【0002】
人間の聴覚系に備わる時間分解能、その中でも特に振幅包絡の知覚能力が語音聴取に影響を及ぼす可能性が示唆されており、注目されている。時間分解能が低下すると、具体的には言葉の区切りや抑揚の聞き取りが困難になり、語音聴取に支障を来す。ところが、臨床の現場においては時間分解能の測定に関する手法が未だ確立されていないため、時間分解能が低下していても最小可聴閾値(聴覚閾値)が十分に保たれていれば難聴でないとされ、そうした「隠れた難聴」が看過されているのが現状である。
【0003】
ここで、従来、時間分解能の指標として、無音検出閾値(gap detection threshold、以下「GDT」と称する。)が提案されている。GDTは、刺激音の間に存在する無音区間(ギャップ)を知覚できる最小の長さを示すものであり、GDTを短時間で測定する方法として、Gaps-In-Noise Testが提案されている(非特許文献1を参照。)。Gaps-In-Noise Testにおいては、自覚的な応答に基づいてGDTが測定される。
【0004】
また、時間分解能の別の指標として、時間的変調度伝達関数(temporal modulation transfer function、以下「TMTF」と称する。)が提案されている。TMTFは、刺激音の振幅変調を知覚する能力、すなわち音の抑揚をどの程度の速度でどの程度の深さまで知覚できているかを示すものであり、GDTと比較すると、時間分解能をより詳細に表現可能な指標であるといえる。これに関し、TMTFを指標としつつ、聴性脳幹反応(auditory brain-stem response、以下「ABR」と称する。)を応用して時間分解能を測定する方法が知られている(例えば、特許文献1を参照。)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2018-140094号公報
【非特許文献】
【0006】
【文献】Frank. E. Musiek ら著,「GIN (Gaps-In-Noise) Test Performance in Subjects with Confirmed Central Auditory Nervous System Involvement」,Ear & Hearing Volume.26,p.608-618,2005年12月
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
前者の先行技術によれば、GDTを短時間で測定することができるため、検査に伴う被験者への負担を軽減できると考えられる。しかしながら、この測定は自覚的な方法によるものであるため、言語理解能力が未熟な乳幼児や、外国人等の検査内容を理解できない被験者を対象とする場合には、測定が困難である。また、被験者が検査内容を理解できていても、集中力が低下した場合には正しい測定結果を得るまでに長時間を要することとなる。そして、いずれの場合にも、状況次第では測定自体を断念せざるを得なくなる虞がある。
【0008】
一方、後者の先行技術は、ABRを応用した他覚的な方法によるものであるため、被験者の言語理解力に影響されることなく客観的な測定ができると考えられる。しかしながら、TMTFを指標としたこの方法では、変調周波数及び変調度についての複数の条件下で測定を行うことから必然的に多大な時間を要し、ノイズの影響を抑制すべく睡眠下で測定を開始しても測定の途中で被験者が起床し、動いてしまうとノイズの影響が大きくなる虞があり、そうなると精度よく測定を行うことが困難である。また、上述したような現状の下では、時間分解能の測定自体を広く普及させることが先ずは急務であり、そのためには、より短時間で簡単な測定を可能とするものが求められている。
【0009】
そこで、本発明は、聴覚の時間分解能を他覚的かつ簡易に測定する技術の提供を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記の課題を解決するため、本発明は以下の聴覚時間分解能測定装置及び聴覚時間分解能測定方法を採用する。なお、以下の括弧書中の文言はあくまで例示であり、本発明はこれに限定されるものではない。
【0011】
すなわち、本発明の聴覚時間分解能測定装置及び聴覚時間分解能測定方法においては、所定の雑音に対し無音区間が所定の条件に沿って所定の頻度で形成された刺激音を出力して被験者に発し、被験者から検出される脳波を取得し、取得された脳波に基づいて脳波波形を抽出し、脳波波形の位相又は振幅に基づいて被験者の無音検出閾値(GDT)を推定する。
【0012】
この態様によれば、無音区間が形成された刺激音を被験者に聞かせて他覚的な方法により被験者の無音検出閾値が推定されるため、自覚的な方法では測定が困難な被験者(例えば、言語理解能力が未熟な乳幼児や外国人等)を対象とする場合でも聴覚時間分解能を測定することができる。
【0013】
好ましくは、上記の聴覚時間分解能測定装置及び聴覚時間分解能測定方法において、無音区間の開始タイミング及び終了タイミングについて聴覚系の遅延特性が考慮された刺激音を出力する。
【0014】
この態様によれば、聴覚系の遅延特性を考慮した刺激音を用いて測定がなされるため、被験者の蝸牛内などで生じる遅延がキャンセルされて無音区間の開始及び終了のタイミングが揃い、無音区間が知覚され易くなる。したがって、被験者からより大きな誘発反応を得ることができ、聴覚時間分解能の測定精度を向上させることが可能となる。
【0015】
より好ましくは、上記の聴覚時間分解能測定装置及び聴覚時間分解能測定方法において、取得された脳波の波形からエポックを切り出して、エポックを加算平均することにより前記脳波波形を抽出する。
【0016】
この態様によれば、分類されたエポックの加算平均により刺激音に対応する脳波波形が抽出されるため、時間的な偏りやノイズの影響等が均された脳波波形を抽出することができ、結果として無音検出閾値の推定を精度よく行うことが可能となる。
【0017】
さらに好ましくは、上記の聴覚時間分解能測定装置及び聴覚時間分解能測定方法において、所定の雑音をなす所定の周波数帯域毎の帯域雑音に対して無音区間が所定の条件に沿って所定の頻度で形成され、各帯域雑音の所定の周波数における聴覚系の遅延時間に応じて各帯域雑音における無音区間の開始タイミング及び終了タイミングが調整された、調整後の各帯域雑音が足し合わされてなる刺激音を出力する。また、音圧レベルが略ゼロとなる区間を含みうる音圧レベルが所定のレベルより小さい連続した区間を無音区間とし、無音区間の開始後に音圧レベルを所定のレベルから徐々に減少させつつ無音区間の終了前に音圧レベルを所定のレベルまで徐々に増加させた刺激音を出力する。より具体的には、音圧レベルが所定のレベルから減少する前段区間と減少後のレベルから所定のレベルまで増加する後段区間との間に音圧レベルが略ゼロとなる中段区間を含みうる、音圧レベルが所定のレベルより小さい連続した区間を無音区間として、前段区間において音圧レベルを徐々に減少させつつ後段区間において音圧レベルを徐々に増加させた刺激音を出力する。
【0018】
この態様によれば、聴覚系の遅延特性を周波数帯域毎に離散的に補償可能な刺激音を用いて測定がなされるため、無音区間がより知覚され易くなり、結果として被験者からより大きな誘発反応を得ることができ、聴覚時間分解能の測定精度を一段と向上させることが可能となる。また、この態様によれば、無音区間の開始後に刺激音がフェードアウトし、無音区間の終了前に刺激音がフェードインするため、スペクトルスプラッタの発生を抑制することができる。
【0019】
或いは、上記の聴覚時間分解能測定装置及び聴覚時間分解能測定方法において、上記の刺激音に対し聴覚系の遅延時間のずれを補償可能な位相特性を持つ伝達関数を畳み込んで得られる刺激音を出力する。
【0020】
この態様によれば、聴覚系の遅延特性を周波数に応じて連続的に補償可能な刺激音を用いて測定がなされるため、無音区間がより知覚され易くなり、結果として被験者からより大きな誘発反応を得ることができ、聴覚時間分解能の測定精度を一段と向上させることが可能となる。また、この態様によれば、刺激音の出力に関する処理が時間領域で完結し、周波数領域との間での変換や周波数帯域の分割等の処理を行わずに済むため、スペクトルスプラッタの発生への対策も不要となる。すなわち、この態様によれば、刺激音の出力に関する処理を効率よく実行することができる。
【発明の効果】
【0021】
以上のように、本発明によれば、聴覚の時間分解能を他覚的かつ簡易に測定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
図1】聴覚時間分解能測定装置の一実施形態を示す概略構成図である。
図2】聴覚時間分解能測定の手順例を示すフローチャートである。
図3】刺激音の概要を説明する図である。
図4】刺激音信号生成処理の手順例を示すフローチャートである。
図5】聴覚系の遅延特性を考慮した刺激音を説明する図である。
図6】第1実施形態における聴覚系の遅延特性を考慮した刺激音と考慮しない刺激音の各信号波形を対比させて示す図である。
図7】解析態様の一例を示す図である(1/4)。
図8】解析態様の一例を示す図である(2/4)。
図9】解析態様の一例を示す図である(3/4)。
図10】解析態様の一例を示す図である(4/4)。
図11】第2実施形態における刺激音の概要を説明する図である。
図12】第2実施形態における刺激音信号生成処理の手順例を示すフローチャートである。
図13】第2実施形態における聴覚系の遅延特性を考慮した刺激音と考慮しない刺激音の各信号波形を対比させて示す図である。
図14】第1実施形態及び第2実施形態における聴覚系の遅延特性を考慮した刺激音の各信号波形を対比させて示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明の実施の形態について、図面を参照しながら説明する。なお、以下の実施形態は好ましい例示であり、本発明はこの例示に限定されるものではない。
【0024】
〔第1実施形態〕
図1は、聴覚時間分解能測定装置1の構成を簡略的に示す図である。図1に示されるように、聴覚時間分解能測定装置1は、大きくみると検出システム2及び測定システム3から成る。このうち、検出システム2は、被験者SBに刺激音を聞かせ、これにより誘発された脳反応としての脳波を検出することに関わる機器群である。また、測定システム3は、検出システム2で被験者SBに聞かせる刺激音の生成、及び、検出システム2で検出された脳波を処理して解析することに関わる機能群である。
【0025】
〔検出システム〕
先ず、検出システム2の構成について説明する。
検出システム2は、例えば、イヤホン10、ヘッドフォンアンプ12、オーディオI/O14、電極20、生体アンプ22、I/Fモジュール24、A/Dコンバータ26等で構成されている。
【0026】
聴覚時間分解能の測定は、被験者SBをシールドルーム内にゆったりと横たわらせて安静にした状態で行われる。また、検出システム2の各構成についても、シールドルーム内に配置される。このような環境下で測定を行うことにより、外部から進入しうる音や電磁波等の外来ノイズを最大限に遮断するとともに、被験者SBの体の動きに応じて生じる生体ノイズの影響を最小限に抑制することができ、被験者SBから得られる非常に微弱な脳波信号(例えば、μVレベル)の検出精度を向上させることが可能となる。
【0027】
測定開始前に、被験者SBに対しては、挿入型のイヤホン10とともに、3種類の電極20が装着される。このうち、記録電極(関電極)は被験者SBの前額部上方に設置され、基準電極(不関電極)は測定耳(イヤホン10が装着される耳)とは反対側の耳朶に設置され、接地電極は前額部下方に設置される。また、各電極は、それぞれ5kΩ以下の抵抗値で皮膚に接触させる。なお、各電極の設置場所はこれに限定されない。例えば、記録電極を頭頂部に設置し、基準電極を乳突部に設置してもよい。
【0028】
測定が開始されると、後述する測定システム3(刺激音信号生成部32)が刺激音信号をオーディオI/O14に出力する。オーディオI/O14は、刺激音信号をD/A変換し、アナログ信号としてヘッドフォンアンプ12に出力するとともに、刺激音信号に同期させたトリガ信号をI/Fモジュール24に出力する。ヘッドフォンアンプ12は、刺激音信号を増幅してイヤホン10に出力する。その結果、イヤホン10から刺激音が発せられる。
【0029】
イヤホン10からの刺激音が聞こえると、被験者SBが刺激音に反応し脳波に変化が生じる。電極20は、被験者SBに生じた電位変化を脳波信号として検出して生体アンプ22に出力する。生体アンプ22は、脳波信号を10000倍に(すなわち80dB)増幅してI/Fモジュール24に出力する。I/Fモジュール24は、増幅後の脳波信号をトリガ信号とともにA/Dコンバータ26に出力する。A/Dコンバータ26は、脳波信号をA/D変換してデジタル信号とし、脳波信号をトリガ信号とともに測定システム3(脳波信号取得部34)に出力する。
【0030】
〔測定システム〕
次に、測定システム3の構成について説明する。
測定システム3は、例えば、測定制御部30、刺激音信号生成部32、脳波信号取得部34、脳波信号処理部36、解析部38、出力部40等で構成されている。このうち、測定制御部30は、聴覚時間分解能の測定の開始から終了までに実行される一連の処理を制御する。測定システム3は、コンピュータとしての一般的な機能を備えた汎用コンピュータ上にプログラムとして実装されてもよいし、測定専用の装置として実装されてもよい。
【0031】
〔聴覚時間分解能測定処理〕
図2は、聴覚時間分解能測定処理の手順例を示すフローチャートである。
聴覚時間分解能測定処理は、測定システム3により実行される処理である。以下、手順例に沿って説明する。
【0032】
ステップS100:先ず、刺激音信号生成部32が刺激音信号生成処理を実行する。具体的には、刺激音信号生成部32は、被験者SBに聞かせる刺激音を、デジタル信号として検出システム2(オーディオI/O14)に出力する。以下、刺激音信号生成部32が出力する信号を「刺激音信号」と称する。
【0033】
〔聴覚系の遅延特性を考慮しない刺激音〕
図3は、ある周波数帯域における刺激音の概要を説明する図である。発明の理解を容易とするために、図3においては刺激音の波形を簡略化して示している。
【0034】
刺激音は、所定の周波数帯域幅を持つ雑音(キャリア)に対し所定の長さの無音区間を所定の頻度で形成して生成される。ここで、本実施形態における「無音区間」とは、刺激の音圧レベルが減少し始めてから増加し終えるまでの区間を指す。本実施形態においては、スペクトルスプラッタの発生を抑制するために、各無音区間の開始後及び終了前にそれぞれ3ミリ秒(ms)のリニアのランプ(テイパー)を付与している。音圧レベルの減少及び増加の傾きは、いずれの条件下(無音区間の長さや形成頻度)においても同一としている。
【0035】
例えば、無音区間長が15msである場合には、無音区間の最初の3msで刺激音がそれまでの継続音圧レベルから無音(略ゼロ)までリニアに減少し(フェードアウトし)、9msの完全に無音な区間を経て、最後の3msは無音から規定音圧レベルまでリニアに増加する(フェードインする)。なお、無音区間長が6msより短い場合には、完全に無音な区間は生じず、無音区間の前半で音圧レベルがリニアに減少し、後半で減少途中の音圧レベルから規定音圧レベルまでリニアに増加する。なお、付与するランプの態様は、スペクトルスプラッタの発生を適切に抑制可能な態様であればよく、適宜変更が可能である。例えば、リニアのランプの長さをより長く又はより短くしてもよく、各無音区間の開始後及び終了前のランプの長さが異なっていてもよい。また、音圧レベルの減衰度合いはリニアに限らず指数関数的(周波数領域でハニング窓やその他の窓関数を適用したもの)などであってもよい。
【0036】
また、無音区間の形成頻度については、一般的に、被験者が覚醒した状態であれば40Hz、睡眠中であれば80~100Hzで反応が良好に得られると言われているが、形成頻度が高すぎると形成可能な無音区間長が制約を受けることとなる。また、電源周波数(例えば、50Hzや60Hz)と一致するとハムノイズの影響を受け易くなるため、避けることが好ましい。これらの点を踏まえ、本実施形態においては、無音区間の形成頻度を40Hzとしている。なお、測定を精度よく実行可能であれば、異なる形成頻度としてもよい。
【0037】
このようにして、刺激音は、例えば、長さが0,1,2,…,15msのいずれか一つの無音区間をそれぞれ刺激音長が1分のピンクノイズに対して40Hzの頻度で形成して生成される。この場合には、無音区間長として16種類が設けられているため、最終的には無音区間長が異なる16種類の刺激音(合計16分)が生成されることになる。
【0038】
ところで、音の伝搬経路の一部をなす蝸牛の内部では基底膜が振動するが、高い周波数成分に反応する振動は蝸牛底側でみられる一方、低い周波数成分に反応する振動は蝸牛頂側でみられることが分かっており、様々な周波数成分を含む刺激音が伝搬される際には、蝸牛底側から蝸牛頂側に向かって(高い周波数から低い周波数に向かって)波が進行することにより大きな遅延、いわゆる蝸牛遅延が生じる。また、蝸牛から脳幹に至る聴神経の伝達経路においては、蝸牛遅延の他にも遅延が生じうる。
【0039】
図3で説明した刺激音は、こうした聴覚系の遅延特性を考慮しない場合のものであり、この刺激音によっても誘発反応を得ることができるが、本実施形態においては、可能な限り大きな誘発反応を得るために、聴覚系の遅延特性を考慮した刺激音を測定に用いている。聴覚系の遅延特性を考慮しない刺激音は、無音区間の形成前に雑音が複数の周波数帯域に分割されて無音区間が形成され、各周波数帯域の開始及び終了時間を調整せずに足し合わされる。これに対し、聴覚系の遅延特性を考慮した刺激音は、無音区間の形成後の各帯域雑音が聴覚系の遅延を相対的にキャンセルできる(蝸牛内などでの遅延を打ち消すことができる)ように各周波数帯域の開始及び終了時間が調整された上で足し合わされる点において、上述した刺激音とは構成が異なっている。
【0040】
〔刺激音信号生成処理〕
図4は、刺激音信号生成処理の手順例を示すフローチャートである。
刺激音信号生成処理は、聴覚系の遅延特性を考慮した刺激音信号を生成して出力する処理であり、聴覚時間分解能測定処理の過程(図2中のステップS100)で刺激音信号生成部32により実行される。なお、刺激音信号の生成は、予め行ってもよいし、刺激音信号生成処理の過程で行ってもよいが、ここでは説明の便宜のため、刺激音信号を刺激音信号生成処理の過程で生成する場合の手順例を説明する。以下、手順例に沿って説明する。
【0041】
ステップS110:刺激音信号生成部32は、先ず、帯域分割処理を実行し、雑音(刺激音信号のキャリア)を所定の帯域幅で複数の周波数帯域に分割する。刺激音信号生成部32は、例えば、62.5~8000Hzの周波数帯域幅を有するピンクノイズに対し1/6オクターブフィルタを適用し、最も周波数が低い帯域を「帯域1」とし最も周波数が高い帯域を「帯域48」とする48個の周波数帯域に分割する。各周波数帯域の音圧レベルは同一とする。
【0042】
なお、聴覚系の遅延特性を考慮した刺激音についても、図3で説明した聴覚系の遅延特性を考慮しない刺激音の場合と同様に、例えば、無音区間長が異なる16種類を生成するため、全体としては、1種類当たり1分とした合計16分のピンクノイズが帯域分割の対象とされることとなる。
【0043】
ステップS120:刺激音信号生成部32は、次に、帯域雑音生成処理を実行し、前ステップS110で分割されて生じた個々の帯域雑音に対し所定の長さの無音区間を所定の頻度で形成する。刺激音信号生成部32は、例えば、図3で説明した刺激音の場合と同様に、無音区間長を0,1,2,…,15msとし、頻度を40Hzとして、個々の帯域雑音に無音区間を形成する。これにより、無音区間が形成された帯域雑音が生成される。
【0044】
ステップS130:続いて、刺激音信号生成部32は、帯域雑音調整処理を実行する。この処理では、前ステップS120で生成された帯域雑音に対し、聴覚系の遅延をキャンセルできるようにタイミングをずらす処理を行う。
【0045】
〔聴覚系の遅延特性を考慮した刺激音〕
図5は、聴覚系の遅延特性を考慮した刺激音を説明する図である。このうち、(A)は、Neelyらによる1988年の先行研究において示された蝸牛遅延特性を表すグラフであり、(B)は、聴覚系の遅延特性を考慮した刺激音の構成要素を示す図である。なお、「聴覚系の遅延特性」とは、先行研究などにおいて脳幹の反応を元に研究されてきたものであり、蝸牛における遅延特性(蝸牛遅延特性)に限定されず蝸牛から脳幹に至る聴神経の伝達経路における遅延特性を含めた総称である(以下、「聴覚系の遅延特性」を「遅延特性」と略称する場合がある。)。
【0046】
図5中(A)に示されるように、100Hzに対する遅延時間は約14.9msであるのに対し、1000Hzに対する遅延時間は約5.8msであり、周波数が低いほど遅延時間が長く、周波数が高いほど遅延時間が短いことが分かる。
【0047】
このような蝸牛遅延特性を踏まえ、本実施形態においては、各周波数における遅延時間をキャンセルできるように、各帯域雑音に対し無音区間の開始タイミング及び終了タイミングについて蝸牛遅延特性の逆特性を用いて調整している。なお、遅延時間τは、Neelyらの先行研究において示された以下の数式に基づいて算出可能である。
【0048】
【数1】
【0049】
上記の数式において、「f」は刺激音の周波数を1000Hz単位で表した値であり、「i」は刺激音の音圧レベルを100dB単位で表した値である。また、「b」、「c」及び「d」はいずれも定数であり、先行研究と同様に、定数bには「12.9ms」、定数cには「5.0」、定数dには「0.413」がそれぞれ適用される。
【0050】
具体的には、先ず、上記の数式を用いて各帯域雑音の中心周波数における遅延時間を算出し、その上で、各帯域雑音における遅延時間をキャンセルすべく、図5中(B)に示されるように、ステップS120で無音区間が形成された各帯域雑音に対し、無音区間の開始タイミング及び終了タイミングを中心周波数における遅延時間に応じて所定時間分ずらす処理を行う。ここで、上述した聴覚系の遅延特性を考慮しない刺激音は、各τ=0として算出する場合と等価である。なお、本実施形態においては、各帯域雑音の音圧レベルを50dBに固定した。
【0051】
帯域雑音は、帯域番号が小さいほど中心周波数はより低く遅延時間はより長くなるため、番号がより小さい帯域の帯域雑音については、無音区間の開始タイミング及び終了タイミングをより速くする。これに対し、帯域番号が大きいほど中心周波数はより高く遅延時間はより短くなるため、番号がより大きい帯域の帯域雑音については、無音区間が始まるタイミング及び終了タイミングをより遅くする。このような調整により、最初の無音区間の開始タイミング及び終了タイミングは、中心周波数が最も小さい帯域1において最も速くなり、中心周波数が最も大きい帯域48において最も遅くなる。なお、各雑音帯域における遅延時間を算出する周波数は中心周波数に限定されず、適宜変更が可能である。例えば、各周波数帯域の開始周波数や終了周波数、計算処理に都合の良い周波数などでもよい。また、全周波数帯域を二分して、低い周波数帯域では所定の周波数を各周波数帯域の開始周波数とし、高い周波数帯域では中心周波数とする等のように、各周波数帯域で異なっていてもよい。
【0052】
〔調整帯域雑音合成処理:図4参照〕
ステップS140:刺激音信号生成部32は、調整帯域雑音合成処理を実行し、前ステップS130で時間が調整された個々の帯域雑音を全て足し合わせて刺激音信号を生成する。
【0053】
ステップS150:最後に、刺激音信号生成部32は、刺激音信号出力処理を実行し、前ステップS140で生成された聴覚系の遅延特性を考慮した刺激音信号をデジタル信号として出力する。
【0054】
なお、上記の手順例においては、刺激音信号生成処理の過程(ステップS110~S140)で刺激音信号を作成しているが、これに代えて、刺激音信号を予め作成しておき、刺激音信号生成処理では刺激音信号をデジタル信号として出力する処理(ステップS150)のみを実行する構成としてもよい。そのような構成とした場合に予め作成する刺激音信号は、上記のステップS110~S140に沿って作成することが可能である。
【0055】
また、本実施形態においては、刺激音信号のキャリアとしてピンクノイズ(パワーが周波数に反比例する雑音)を用いているが、これに限定されず、他の特性を有した雑音を用いてもよい。例えば、ピンクノイズに代えて、ガウスノイズ(ホワイトノイズ)を用いてもよい。さらに、雑音の周波数帯域、帯域分割する上での帯域幅や分割数についても、上記の例に限定されない。例えば、帯域分割に際して1/6オクターブフィルタを適用しているが、これに代えて、他のオクターブフィルタ(例えば、1/3オクターブフィルタや1/12オクターブフィルタ)を適用してもよいし、周波数帯域を等間隔(例えば、250Hz間隔)に分割してもよい。或いは、何らかの聴覚特性を考慮した帯域幅(例えば、ERB尺度やBark尺度に基づく帯域幅)とすることも可能である。
【0056】
また、帯域雑音の調整においては、先行研究に示された蝸牛遅延特性及び数式に基づいて中心周波数における遅延時間を算出しているが、算出方法はこれに限定されない。例えば、被験者SBに固有の聴覚系の遅延特性を別途測定に基づいて算出してもよい。また、各帯域雑音の音圧レベルを同一にしているが、周波数帯域によって音圧レベルを異ならせることも可能である。
【0057】
図6は、刺激音信号の波形を対比させて示す図である。このうち、(A)は、実施形態において刺激音信号生成部32により出力される聴覚系の遅延特性を考慮した刺激音信号の波形を示しており、(B)は、参考として聴覚系の遅延特性を考慮しない刺激音信号の波形を示している。なお、各図中の太線は、各波形から算出された包絡線を示している。
【0058】
図6中(A):上述したように、実施形態における刺激音信号は、遅延特性を考慮して各帯域雑音における遅延が相対的にキャンセルされるようにずらしてから足し合わされたものであるため、信号波形には無音区間が現れていない。しかしながら、この刺激音が発せられると、聴覚系の各周波数帯域における遅延がキャンセルされて無音区間のタイミングが揃うことになり、結果として、被験者SBからは、より大きな誘発反応を得ることが可能となる。
【0059】
図6中(B):これに対し、遅延特性を考慮しない刺激音(図3で説明した刺激音)の信号波形には、無音区間がくっきりと現れている。しかしながら、この刺激音の場合には、聴覚系の特徴周波数に応じた遅延が生じ、無音区間のタイミングが周波数帯域毎にずれることになる。したがって、被験者SBから得られる誘発反応は、遅延特性を考慮した刺激音の場合よりも小さなものとなる。
【0060】
〔脳波信号取得処理:図2参照〕
ステップS200:次に、脳波信号取得部34が脳波信号取得処理を実行する。具体的には、脳波信号取得部34は、刺激音への反応として被験者SBから検出された脳波信号と、刺激音信号に同期して出力されたトリガ信号を、検出システム2(A/Dコンバータ26)から受け取る。
【0061】
なお、本実施形態においては、聴覚時間分解能を他覚的に評価するために、聴性誘発電位(auditory evoked potential、以下「AEP」と称する。)を用いて測定を行う。AEPとしては、特許文献1で用いられたABRや、聴性定常反応(auditory steady-state response、以下「ASSR」と称する。)がよく知られているが、本実施形態においては、ABRより測定時間を短くするため、ASSRの原理を応用して上述した刺激音を用いた測定を行っている。
【0062】
ステップS300:続いて、脳波信号処理部36が加算平均波形生成処理を実行する。具体的には、脳波信号処理部36は、先ず、前ステップS200で受け取られた脳波信号の波形をトリガ信号に基づいて500ms毎に切り出し、最初のエポックを第1組に分類し、次のエポックを第2組に分類し、…という具合に、切り出して得られた各エポックを1つずつ順番に10個の組に分類する。その上で、脳波信号処理部36は、各組に対して分類されたエポックを加算平均して10個の加算平均波形を生成する。
【0063】
上述したように、本実施形態においては、無音区間長の種類毎に1分の刺激音が出力されるため、それに応じて取得される脳波信号の長さも無音区間長の種類毎に1分ずつとなり、1種類の無音区間長に対する脳波信号からは120個のエポックが得られる。そして、例えば、第1組には1,11,21,…,111番目のエポックが分類され、最終的に各組にエポックが12個ずつ分類される。そして、同じ組に分類された12個のエポックが加算平均されることで1組あたり1個(10組で合計10個)の加算平均波形が生成される。このような態様でエポックを分類することにより、各組間での時間的な偏りをなくすことができるが、他の態様によりエポックを分類することも可能である。
【0064】
ステップS400:そして、解析部38が加算平均波形解析処理を実行する。具体的には、解析部38は、前ステップS300で生成された10個の加算平均波形の各々に対して高速フーリエ変換を行って脳波の位相や振幅に関する解析を行い、その結果に基づいて被験者SBのGDTを推定し、推定されたGDTから被験者SBの聴覚時間分解能を評価する。なお、解析の具体的な態様については、別の図面を用いてさらに後述する。
【0065】
ステップS500:最後に、出力部40が解析結果出力処理を実行する。具体的には、出力部40は、前ステップS400でなされた解析の結果を出力する。解析結果の出力は、画面への表示、プリンタへの出力、或いはネットワークを介した他のデバイスへの送信等、様々な態様により行うことが可能である。
【0066】
〔位相スペクトルに基づく解析〕
図7図10は、解析態様の一例を示す図である。これらのうち、図7図9は、加算平均波形の位相スペクトル、特にCSM(component synchrony measure)に基づいて解析を行うものである。
【0067】
ここで、「CSM」とは、位相の同期性を数値化する手法であり、本実施形態においては、GDTの推定に際し、ASSRの反応があるか否かを判定する指標としてCSMを用いている。具体的には、上記のステップS300(加算平均波形生成処理)で生成された10個の加算平均波形の各々に対して高速フーリエ変換を行い、以下の数式に代入することにより、CSMが得られる。
【0068】
【数2】
【0069】
上記の数式において、「m」は周波数(無音区間形成頻度)を2Hzの単位で表した値であり、「S」は加算平均波形である。CSM(m)は0~1の範囲の値をとり、値が大きいほど10個の加算平均波形の位相が揃っていることを示す。また、標本数(加算平均波形の個数)を10としているため、CSMの値0.385を超えれば反応が認められる(≒無音区間に対する反応が得られた)といえる。
【0070】
図7は、無音区間形成頻度を40Hzとした場合における各無音区間長とCSM(すなわち、CSM(20))の値との対応関係を表す折れ線グラフである。なお、図7以降のグラフにプロットされた各点のうち、「○」が付された点は、聴覚系の遅延特性を考慮した刺激音を用いた場合(以下、「遅延特性の考慮時」と略称する。)の結果を示しており、「×」が付された点は、聴覚系の遅延特性を考慮しない刺激音を用いた場合(以下、「遅延特性の非考慮時」と略称する。)の結果を示している。
【0071】
図7に示されるように、遅延特性の考慮時と非考慮時とを比較すると、考慮時の方が非考慮時よりもCSM値が概ね大きく、加算平均波形の位相がより揃っていることが分かる。また、いずれの場合においても、無音区間が知覚されれば、位相の同期度合いは高くなり、CSM値の上昇幅は大きくなると考えられる。したがって、無音区間長とCSM値との対応関係に基づいて、位相が十分に同期しているとみられる無音区間長を割り出すことで、GDTを推定することができる。或いは、近似曲線を描いてその傾きを算出し、傾きの大きさに基づいてGDTを推定することも可能である。
【0072】
図8は、無音区間形成頻度を40Hzとした場合における各無音区間長とCSMの累積値との対応関係を表す折れ線グラフである。ここで、「CSMの累積値」とは、各無音区間長までのCSM値を累積した値のことであり、例えば、無音区間長「2」に対するCSMの累積値は、図7に示した無音区間長「0」、「1」、「2」の各々に対するCSM値を累積した値となる。
【0073】
図8においては、遅延特性の考量時及び非考慮時のいずれにおいても似たような傾向が現れており、無音区間長が0~5msの場合にはCSM累積値が緩やかに上昇しているのに対し、5ms以降ではCSM値が急激に上昇しており、5msを境に上昇の傾きが大きくなっている。このようにして、無音区間長とCSM累積値との対応関係に基づいて、上昇の傾きが大きく変化する付近の無音区間長を割り出すことで、GDTを推定することが可能である。
【0074】
なお、CSM累積値の上昇の傾きの変化は、何らかの関数を近似した上でその結果から割り出してもよいし、グラフの目視により確認してもよい。また、CSMの累積値の算出に代えて、CSM値の差分(ある無音区間長に対するCSM値とその直前の無音区間長に対するCSM値との差分)を算出し、差分が突出して大きくなる付近の無音区間長からGDTを推定することも可能である。
【0075】
図9は、無音区間形成頻度を40Hzとした場合における各無音区間長に対するCSM値をプロットしてシグモイド近似した例を示している。
【0076】
図9に示した2本のシグモイド曲線から、遅延特性の考慮時及び非考慮時のいずれにおいても、無音区間長が長くなるにつれてCSM値が大きくなる傾向があることを看取できる。また、有意水準5%でt検定を行った結果から、50%に到達する値に有意差が認められている。こうしたシグモイド曲線からGDTを推定する際には、例えば、所定のCSM値(例えば、0.5や0.385)を基準としてもよいし、多くの測定データの分析結果に基づいて基準とするCSM値を割り出してもよい。
【0077】
〔振幅スペクトルに基づく解析〕
続いて、さらなる解析態様として、分類せずに120個のエポック全てを加算平均することによって得られる加算平均波形の振幅スペクトルに基づいて解析を行う例を説明する。図10は、無音区間形成頻度を40Hzとした場合における各無音区間長に対する振幅をプロットして直線近似した例を示している。
【0078】
図10に示した2本の近似直線から、遅延特性の考量時及び非考慮時のいずれにおいても、無音区間長が長くなるにつれて振幅が大きくなる傾向があることを看取できる。また、有意水準5%でt検定を行った結果から、近似直線の傾きに有意差が認められている。こうした近似直線からGDTを推定する際には、例えば、予め定めた振幅値を基準としてもよいし、多くの測定データの分析結果に基づいて基準とする振幅値を割り出してもよい。
【0079】
なお、図7図10で示した解析態様は、飽くまで一例として挙げたものであり、上記とは異なる関数をフィッティングして解析を行い、その結果からGDTを推定することも可能である。また、GDTの推定は、1態様による解析結果に基づいて行ってもよいし、複数態様による解析結果を組み合わせて複合的に行ってもよい。
【0080】
以上のように、被験者SBのGDTは様々な解析態様により推定することが可能である。また、多くの健聴者の測定データを分析した結果から健聴者の標準的なGDT(以下、「標準GDT」と称する。)を予め算出しておき、被験者SBの測定データから推定されたGDTを標準GDTと比較することで、被験者SBにおける聴覚時間分解能の劣化の傾向やその度合いを分析して、それらの分析結果から聴覚時間分解能を評価することができる。
【0081】
ところで、本実施形態の聴覚時間分解能測定装置1では、16種類の刺激音、すなわち40Hzの頻度で聴覚系の遅延特性を考慮して形成される無音区間長の各種類(16種類)で1分ずつ生成される刺激音の長さは、合計16分である。したがって、聴覚時間分解能測定装置1による測定(より厳密に言えば、脳波信号の検出)に要する時間は、16分となる。
【0082】
これに対し、例えば、TMTFを指標としてABRを応用した上記の特許文献1の方法では、複数の変調周波数における複数の変調度について刺激音信号が出力され、1つの変調周波数における1つの変調度については、1スウィープの時間長を62.5msとして4000回のスウィープ、すなわち250秒の刺激音信号が出力される。また、この方法では、変調周波数を3種類に限定し、それぞれ6変調度についての測定を行っているため、測定の所要時間は、250秒×3変調周波数×6変調度の合計75分(本実施形態の約4.7倍に相当)となる。測定の精度を向上させるために変調周波数の種類を増やせば、所要時間はさらに長期化することになる。
【0083】
このように、本実施形態の聴覚時間分解能測定装置1によれば、測定の所要時間を特許文献1の方法の75分から16分に、すなわち約21.3%(約1/5)にまで大幅に短縮することができる。本実施形態においては他覚的な方法で測定がなされることから、被験者が眠ってしまっても問題ないが、起きていたとしても被験者の行動を制限する時間をできる限り短くすることができるため、被験者が動くことにより生じるノイズの発生を少なくし、聴覚時間分解能を精度よく測定することが可能となる。その上、本実施形態によれば、自覚的な方法では測定が困難であった乳幼児や外国人等の言語理解能力が未熟な被験者であっても、聴覚時間分解能を精度よく測定することが測定可能となる。
【0084】
本実施形態は、例えば、新生児スクリーニングの際に活用することができる。本実施形態により新生児の聴覚時間分解能を測定し、問題を早期に発見することができれば、その後の聴覚を使った教育や学習全般において、聴覚時間分解能の測定結果を踏まえて適切な対応をとることが可能になる。
【0085】
〔第2実施形態〕
ところで、刺激音信号は、上述した実施形態(第1実施形態)における方法(図4:刺激音信号生成処理)とは異なる方法により生成することが可能である。以下、第2実施形態における刺激音信号の生成方法について説明する。なお、第2実施形態の聴覚時間分解能測定装置1は、刺激音信号の生成方法を除いては第1実施形態の聴覚時間分解能測定装置1と同様であるため、その他の説明は省略する。また、刺激音信号の生成方法に関しても、第1実施形態と同様とする点については適宜説明を省略する。
【0086】
図11は、第2実施形態における刺激音の概要を説明する図である。発明の理解を容易とするために、図11においては、刺激音の波形を簡略化して示している。
【0087】
第2実施形態における刺激音は、所定の周波数帯域幅を持つ雑音(キャリア)に対し所定の長さの無音区間を所定の頻度で形成して生成される点においては第1実施形態と同様であるが、音圧レベルが所定の大きさから直ちに略ゼロまで減少して無音区間が開始し、音圧レベルが略ゼロから直ちに所定の大きさまで増加して無音区間が終了する点において、第1実施形態と大きく異なっている。すなわち、第2実施形態における「無音区間」とは、刺激音の音圧レベルが略ゼロとなる区間(完全に無音な区間)を指す。
【0088】
なお、無音区間が挿入される雑音の種類や、雑音に挿入される無音区間の長さや頻度等については、第1実施形態と同様である。
【0089】
図12は、第2実施形態における刺激音信号生成処理の手順例を示すフローチャートである。刺激音信号の生成は、予め行ってもよいし、刺激音信号生成処理の過程で行ってもよいが、ここでは説明の便宜のため、刺激音信号を刺激音信号生成処理の過程で生成する場合の手順例を説明する。以下、手順例に沿って説明する。
【0090】
ステップS210:刺激音信号生成部32は、伝達関数畳み込み処理を実行する。この処理では、刺激音信号生成部32は、無音区間が挿入された雑音に対し、蝸牛遅延量のずれを補償可能な位相特性を持つ伝達関数(チャープ信号)を時間領域で畳み込む。
【0091】
ここで、「蝸牛遅延量のずれを補償可能な位相特性を持つ伝達関数」とは、具体的には、例えば上述したNeelyらの先行研究において示された数式(数1)のことである。伝達関数畳み込み処理により、聴覚系の遅延特性を考慮した刺激音信号、より正確には、遅延特性を周波数に応じて連続的に補償可能な刺激音信号が生成される。
【0092】
ステップS220:刺激音信号生成部32は、刺激音信号出力処理を実行し、前ステップS210で生成された刺激音信号をデジタル信号として出力する。
【0093】
図13は、第2実施形態における刺激音信号の波形を対比させて示す図である。このうち、(A)は、第2実施形態において刺激音信号生成部32により出力される、聴覚系の遅延特性を考慮した刺激音信号の波形を示しており、(B)は、参考として上記の伝達信号が畳み込まれない状態の、聴覚系の遅延特性を考慮しない刺激音信号の波形を示している。なお、これらの刺激音信号は、50~20000Hzの周波数帯域幅を有するピンクノイズを用いて生成された。また、各図中の太線は、各波形から算出された包絡線を示している。
【0094】
図13中(A):第2実施形態における刺激音信号の波形には、無音区間が現れていない。しかしながら、この刺激音信号は、上述したように蝸牛遅延量のずれを補償可能な位相特性を持つ伝達関数を畳み込んで遅延特性を周波数に応じて連続的に補償可能に生成されたものであるため、この刺激音が発せられると、聴覚系の遅延がキャンセルされて無音区間のタイミングが揃うことになる。結果として、被験者SBからは、より大きな誘発反応を得ることが可能となる。
【0095】
図13中(B):これに対し、上記の伝達関数が畳み込まれていない状態の刺激音(図11で説明した刺激音)の信号波形には、無音区間がくっきりと現れている。しかしながら、この刺激音の場合には、聴覚系で生じる遅延により、無音区間のタイミングには周波数に応じて連続的にずれが生じることになる。したがって、被験者SBから得られる誘発反応は、上記の伝達関数が畳み込まれた刺激音の場合よりも小さなものとなる。
【0096】
〔第1実施形態と第2実施形態の比較〕
図14は、第1実施形態及び第2実施形態における聴覚系の遅延特性を考慮した刺激音の各信号波形を対比させて示す図である。このうち、(A)は、第1実施形態において刺激音信号生成部32により出力される刺激音信号の波形を示しており、(B)は、第2実施形態において刺激音信号生成部32により出力される刺激音信号の波形を示している。これらの刺激音信号は、同一条件の雑音(50~20000Hzの周波数帯域幅を有するピンクノイズ)を用いて、それぞれの実施形態における生成方法(第1実施形態:図4、第2実施形態:図12)により生成されたものである。
【0097】
第1実施形態における刺激音の信号波形(図14中(A))と第2実施形態における刺激音の信号波形(図14中(B))とを比較してみると、若干の違いが見受けられる。この違いは、各刺激音信号が異なる方法により生成されたことに起因するものであるが、各刺激音を用いて行った測定においては、大きく変わらない結果が得られることが確認されている。
【0098】
第1実施形態の刺激音信号生成処理により生成される刺激音信号は、各周波数帯域の所定の周波数における聴覚系の遅延特性が考慮されているため、遅延特性を周波数に応じて離散的に補償することができる。これに対し、第2実施形態の刺激音信号生成処理により生成される刺激音信号は、遅延特性を周波数に応じて連続的に補償することができる。
【0099】
また、第1実施形態の刺激音信号生成処理(図4)においては、各周波数帯域に挿入する無音区間のタイミングを各周波数帯域の所定の周波数における遅延特性に応じてずらすために、時間領域と周波数領域との間での変換、周波数帯域の分割、窓関数を掛ける処理等を行わなければならない。これに対し、第2実施形態の刺激音信号生成処理(図12)においては、こうした処理は一切不要となる。また、全ての処理が時間領域で完結し、周波数領域との間での変換がなされないため、スペクトルスプラッタの発生を懸念する必要がなく、ランプを付与せずに無音区間を挿入することができる。
【0100】
〔本発明の優位性〕
以上のように、上述した各実施形態によれば、以下のような効果が得られる。
【0101】
(1)無音区間が所定の条件に沿って所定の頻度で形成された刺激音を被験者に聞かせて他覚的な方法により測定がなされるため、被験者が自覚的な方法では測定が困難な場合でも聴覚時間分解能を測定することができる。
【0102】
(2)測定の所要時間が比較的短時間であるため、被験者が長時間を要する測定に不向きな場合でも聴覚時間分解能を測定することができる。
【0103】
(3)測定に用いる刺激音が聴覚系の遅延特性を考慮して生成される。具体的には、第1実施形態においては、雑音を複数の周波数帯域に分割して得られる各帯域雑音に対して所定の条件で無音区間が形成された後に、その中心周波数の遅延時間に応じて無音区間の開始及び終了のタイミングが調整され、その上で全ての帯域雑音が足し合されたものが刺激音として用いられる。また、第2実施形態においては、無音区間が挿入された雑音に対して蝸牛遅延量のずれを補償可能な位相特性を持つ伝達関数が畳み込まれて生成された信号が刺激音として用いられる。そのため、いずれの刺激音によっても、蝸牛内で各周波数帯域における遅延がキャンセルされて無音区間のタイミングが揃い、無音区間が知覚され易くなる。したがって、被験者からより大きな誘発反応を得ることができ、聴覚時間分解能の測定精度を向上させることが可能となる。
【0104】
本発明は、上述した各実施形態に制約されることなく、種々に変形して実施することが可能である。
【0105】
上述した各実施形態においては、無音区間長を16種類とし、無音区間形成頻度を40Hzとして、無音区間長1種類あたり1分で合計16分の刺激音を生成しているが、無音区間の長さや形成頻度、刺激音の全長はこれに限定されず、適宜変更が可能である。例えば、測定に影響のない範囲で無音区間長の種類を減らしたり刺激音の全長を短縮したりしてもよいし、無音区間形成頻度を下げてもよい。無音区間長の種類を減らす場合や刺激音の全長を短縮する場合には、測定の所要時間をさらに短縮することが可能となる。
【0106】
上述した各実施形態においては、聴覚系の遅延特性を考慮して無音区間を形成した刺激音を用いて測定を行っているが、遅延特性を考慮せずに無音区間を形成した刺激音を用いて測定を行ってもよい。遅延特性を考慮しない刺激音を用いた場合には、遅延を相対的にキャンセルすることができないため、被験者SBから得られる誘発反応は遅延特性を考慮した刺激音を用いた場合よりも小さくはなるものの、被験者SBのGDTを推定して聴覚時間分解能を評価することは十分に可能である。
【0107】
その他、聴覚時間分解能測定装置1及びその方法に関する説明の過程で挙げた構成や数値等はあくまで例示であり、本発明の実施に際して適宜に変形が可能であることは言うまでもない。
【符号の説明】
【0108】
1 聴覚時間分解能測定装置
2 検出システム
3 測定システム
10 イヤホン (刺激音出力工程、刺激音出力部)
20 電極
30 測定制御部
32 刺激音信号生成部(刺激音出力工程、刺激音信号出力部)
34 脳波信号取得部 (脳波取得工程、脳波取得部)
36 脳波信号処理部 (脳波処理工程、脳波処理部)
38 解析部 (解析工程、解析部)
40 出力部
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14