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特許7566748フルクトース利用の向上のために改変した微生物株
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-04
(45)【発行日】2024-10-15
(54)【発明の名称】フルクトース利用の向上のために改変した微生物株
(51)【国際特許分類】
   C12N 1/19 20060101AFI20241007BHJP
   C12P 7/56 20060101ALI20241007BHJP
   C12N 1/16 20060101ALI20241007BHJP
   C12N 15/54 20060101ALN20241007BHJP
【FI】
C12N1/19 ZNA
C12P7/56
C12N1/16 A
C12N15/54
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2021536039
(86)(22)【出願日】2019-12-23
(65)【公表番号】
(43)【公表日】2022-02-17
(86)【国際出願番号】 IB2019001363
(87)【国際公開番号】W WO2020128623
(87)【国際公開日】2020-06-25
【審査請求日】2022-10-26
(31)【優先権主張番号】62/783,661
(32)【優先日】2018-12-21
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】513160707
【氏名又は名称】ピーティーティー グローバル ケミカル パブリック カンパニー リミテッド
(74)【代理人】
【識別番号】100108453
【弁理士】
【氏名又は名称】村山 靖彦
(74)【代理人】
【識別番号】100110364
【弁理士】
【氏名又は名称】実広 信哉
(74)【代理人】
【識別番号】100133400
【弁理士】
【氏名又は名称】阿部 達彦
(72)【発明者】
【氏名】スダンシュ・ヴィジャイ・ドール
(72)【発明者】
【氏名】ジョエル・スチュアート・シュミット
(72)【発明者】
【氏名】アール・ロジャーズ・ヨカム
(72)【発明者】
【氏名】セロン・ハーマン
(72)【発明者】
【氏名】ラッセル・リザード・ユーダニ
(72)【発明者】
【氏名】ショーン・ジョセフ・リーガン
(72)【発明者】
【氏名】マーク・アンドリュー・シェフ
(72)【発明者】
【氏名】ミシェル・スペンサー
(72)【発明者】
【氏名】ライアン・シラーズ
(72)【発明者】
【氏名】パタノン・プラシチョーク
(72)【発明者】
【氏名】ナタウット・ポームシラ
【審査官】阪▲崎▼ 裕美
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2011/0104769(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2014/0093901(US,A1)
【文献】Microbiology,2004年,Vol. 150, No. 7,pp. 2429-2433,https://doi.org/10.1099/mic.0.26979-0
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/00-7/08
C12P 1/00-41/00
C12N 15/00-15/90
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
グルコースフルクトースの混合物、スクロース又はこれらの組み合わせから選択される炭素源から乳酸を産生することが可能な遺伝子改変クルイベロマイセス属種酵母株であって、フルクトース取込み輸送体として機能するタンパク質の産生を付与する少なくとも1つの異種DNAカセットを含み、当該フルクトース取り込み輸送体はジゴサッカロマイセス・ロキシー(Zygosaccharomyces rouxii)由来の外因性FFZ1遺伝子によりコードされる、遺伝子改変クルイベロマイセス属種酵母株。
【請求項2】
前記フルクトース取込み輸送体が、促進拡散により機能する、請求項1に記載の遺伝子改変クルイベロマイセス属種酵母株。
【請求項3】
親株と比較してフルクトース利用の向上を有する、請求項1又は2に記載の遺伝子改変クルイベロマイセス属種酵母株。
【請求項4】
すべての測定可能なグルコース及びフルクトースを少なくとも1.25gL-1hr-1のフルクトース消費速度で消費することが可能な、請求項1から3のいずれか一項に記載の遺伝子改変クルイベロマイセス属種酵母株。
【請求項5】
フルクトキナーゼ又はヘキソキナーゼをコードする遺伝子の発現を付与するカセットを更に含む、請求項1から4のいずれか一項に記載の遺伝子改変クルイベロマイセス属種酵母株。
【請求項6】
クルイベロマイセス属種酵母株が、クルイベロマイセス・ラクティス、クルイベロマイセス・マルシアヌス、クルイベロマイセス・サーモトレランス(Kluyveromyces thermotolerans)、クルイベロマイセス・エスツアリ(Kluyveromyces aestuarii)、クルイベロマイセス・アフリカヌス(Kluyveromyces africanus)、クルイベロマイセス・バチリスポルス(Kluyveromyces bacillisporus)、クルイベロマイセス・ブラッタエ(Kluyveromyces blattae)、クルイベロマイセス・ドブザンスキ(Kluyveromyces dobzhanskii)、クルイベロマイセス・ヒュベイエンシス(Kluyveromyces hubeiensis)、クルイベロマイセス・ロデラエ(Kluyveromyces lodderae)、クルイベロマイセス・ノンファーメンタンス(Kluyveromyces nonfermentans)、クルイベロマイセス・ピセアエ(Kluyveromyces piceae)、クルイベロマイセス・シネンシス(Kluyveromyces sinensis)、クルイベロマイセス・ワルティ(Kluyveromyces waltii)、クルイベロマイセス・ウィッケルハミ(Kluyveromyces wickerhamii)又はクルイベロマイセス・ヤロウィ(Kluyveromyces yarrowii)から選択される、請求項1から5のいずれか一項に記載の遺伝子改変クルイベロマイセス属種酵母株。
【請求項7】
請求項1から6のいずれか一項に記載の遺伝子改変クルイベロマイセス属種酵母株を液体培地中で増殖させる工程を含む、乳酸を産生させるための方法。
【請求項8】
請求項1から6のいずれか一項に記載の遺伝子改変クルイベロマイセス属種酵母株を使用する、乳酸生成のための発酵方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
関連出願の相互参照
不適用
【0002】
連邦支援による研究又は開発に関する記載
不適用
【0003】
共同研究契約
不適用
【0004】
配列表の参照
配列表は、参照により本明細書に組み込む。
【0005】
本発明は、化学品生成のための微生物の遺伝子改変の分野に関する。より詳細には、本発明は、遺伝子修飾微生物を使用して乳酸を産生させるための、グルコース、フルクトース、スクロース又はこれらの混合物から選択される炭素源の使用に関する。
【背景技術】
【0006】
本発明者らは、クルイベロマイセス・マルシアヌス(Kluyveromyces marxianus/K.marxianus)酵母株を改変して、D-乳酸又はL-乳酸を産生させた(2つの代表的例として、米国特許仮出願第62/631,541号及び米国特許第7,534,597号を参照)。米国特許仮出願第62/631,541号を除く先行技術例ではすべて、デキストロースを炭素源として生物学的発酵において使用する。しかし、タイ及び東南アジア並びに他の温暖又は熱帯の地域、例えば、ブラジル、中米、インド、米国南部等では、生物学的発酵に好ましい炭素源は、サトウキビ汁に由来する二糖のスクロースである。同様に、サトウダイコンを栽培する温帯の地域では、スクロースは、生物学的発酵に好ましい炭素源であり得る。
【0007】
クルイベロマイセス・マルシアヌス並びに他の多くの酵母、例えば、サッカロマイセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)は、発酵培地又は細胞周辺腔中にインベルターゼ酵素を分泌し、この酵素により、スクロースが2つの単糖、D-グルコース(デキストロースとしても知られるD-グルコースは、以下、簡潔にグルコースと単に呼ぶものとする)及びD-フルクトース(以下、簡潔にフルクトースと単に呼ぶものとする)に切断される。次いで、2つの単糖は、酵母細胞内に取り込まれて代謝される。
【0008】
先に言及した2つの酵母種を含む殆どの微生物は、グルコース及び他の任意の炭素源、例えば、フルクトースの混合物を提示する場合、グルコースの代謝を好む。この嗜好性は、様々な名称、例えば、グルコース阻害、グルコース抑制、異化産物抑制、炭素異化産物抑制、及び誘導物質の排除が付与される、いくつかの異なる機構のいずれか1つによる非グルコース炭素源の使用を抑制又は阻害することにより一般に達成される。本発明者らは、本発明のD-乳酸又はL-乳酸産生株の1つ及びスクロースを炭素源として使用した本発明の発酵の殆どでは、発酵終了時に、典型的には、約48時間で、一部のフルクトースが発酵ブロスにおいて通常、残存することに注目した(図17を参照)。フルクトース濃度は、約1g/L~約20g/Lで典型的に変動し、一方、グルコース濃度は、典型的に検出限界値未満であった。スクロースの切断により等モル量のグルコース及びフルクトースが与えられるため、このパターンは、平均的に、フルクトースがグルコースよりも緩徐に使用されることを立証する。この残留フルクトースにより糖が減少することによって、乳酸の下流の処理において除去が難しい不要な黄色及び茶色の化合物を生じる「メイラード反応」及び/又はカラメル化反応において、この残留フルクトースがアミノ化合物と反応し得るため、残留フルクトースの存在は、望ましくない。その上、これを廃流から取り出して再利用することが非現実的であるため、残留フルクトースは、ある種の廃炭素となる。フルクトースを速い速度で利用可能であるほど、スクロースから産物を高い収率で得ることが可能である。したがって、フルクトース利用の向上は、2つの理由、1)不要な副産物が減少すること、及び2)所望の産物が高収率で得られることから、有用である。
【0009】
残留フルクトースが、D-乳酸又はL-乳酸を産生したクルイベロマイセス・マルシアヌス発酵において典型的に見られるため、次いで、本発明者らは、サッカロマイセス・セレビシエ蒸留酒株をスクロース、又はグルコースとフルクトースとの混合物上で増殖させてエタノールを産生させる場合、同一の現象が生じることを示した。グルコースが完全に消費されたとき、本発明者らは、残留フルクトースを見出した。
【0010】
一部の商業的細菌発酵では、スクロースはまた、好ましい炭素源であり、同様の問題、すなわち、グルコースが消費された後に残留フルクトースが発酵ブロス中に残存することが生じる(例えば、米国特許第9,845,513号の図1を参照)。
【0011】
本発明者らは、「フルクトース問題(fructose problem又はthe fructose problem)」の句を使用して、微生物株が、平均的に、又は増殖若しくは発酵の間の一部の段階においてグルコース及びフルクトースの両方を含む培地中での増殖若しくは発酵の間の他の任意の時点で、フルクトースを消費するよりも速い速度でグルコースを消費する現象を意味するものとする。グルコースとフルクトースとの混合物は、増殖若しくは発酵の開始時に培地中に存在し得るか、又はこの混合物は、増殖若しくは発酵の間にスクロースの加水分解により生成し得る。したがって、フルクトース利用による上記のグルコース抑制の結果として、多くの微生物種を炭素源としてのスクロース上で増殖させる場合、生じるグルコースは、生じるフルクトースよりも急速に消費され、これにより、スクロース、又はグルコース及びフルクトースを含む混合物を使用する商業的発酵では、グルコースのみを使用する発酵よりも長期間実行して、糖のすべてが消費され、所望の産物、例えば、エタノール、1つ又は複数のブタノール異性体、D-乳酸、L-乳酸、コハク酸、リンゴ酸、クエン酸、カロテノイド、イソプレン、脂質、又は商業的関心を集める他の任意の化学物質に変換される必要がある。本発明の目的は、グルコース、フルクトース、スクロース又はこれらの混合物から選択される炭素源からの発酵に適する又は望ましい任意の微生物株により、フルクトース利用の速度を上昇させることであった。
【0012】
本発明者らは、フルクトース利用を向上させる目的での市販の酵母株のいかなる改変をも認識していない。サトウキビ汁及び糖蜜並びに従来の酵母株を使用する、ブラジルにおけるエタノール発酵は、すべての糖が消費されるまで単純に実行する。Cargill社及びBioAmber社におけるL-乳酸及びコハク酸の商業的発酵では、親株がスクロースを使用しないため、唯一の炭素源としてのグルコースに基づく改変イサチェンキア・オリエンタリス(Issatchenkia orientalis)酵母を使用すると考えられる。Cargill社は、このイサチェンキア・オリエンタリスのコハク酸産生因子へのインベルターゼ遺伝子の付加を記載する米国特許出願を申請しているが、生じる株は、上に定義する「フルクトース問題」を明らかに有する(国際公開第2017/091610号A1の図1を参照)。また、国際公開第2017/091610号A1では、インベルターゼを産生する酵母による「乳酸」生成の概念を開示する。しかし、国際公開第2017/091610号A1では、D-乳酸及びL-乳酸を区別せず、スクロース、若しくはグルコース及びフルクトースを含む混合物を使用してD-乳酸若しくはL-乳酸を経済的に生成するための酵母株の改変方法、又はスクロース、若しくはグルコース及びフルクトースを含む混合物を使用する、商業的に魅力的な方法における、このような酵母によるD-乳酸若しくはL-乳酸の生成方法を開示しない。その上、国際公開第2017/091610号A1では、ピルビン酸デカルボキシラーゼをコードする1つ又は複数の遺伝子を欠失させ、インベルターゼを天然に分泌するサッカロマイセス・セレビシエの改変株又はクルイベロマイセス・ラクティス(Kluyveromyces lactis)によるL-乳酸生成を開示する先行技術を無視する(米国特許第7,049,108号B2)。米国特許第7,049,108号B2では、L-乳酸又はD-乳酸生成の概念を開示するが、開示する株及び方法により、繰り返すが、現在の商業的方法、例えば、バチルス・コアグランス(Bacillus coagulans)のような細菌を産生生物として使用する方法と競合し得る、経済的に魅力的な方法が確実に、ここで可能となる(Poudel, 2016 #124; Michelson, 2006 #123)。乳酸の異性体を生成するための「経済的に魅力的な」方法は、少なくとも110g/Lの力価、3.7未満の最終pHにより、48時間以下で少なくとも0.75g/gの糖収率で、スクロース並びに/又はグルコースとフルクトースとの混合物からD-乳酸又はL-乳酸を産生することが可能な酵母株により実施する方法である。
【0013】
米国特許出願公開第2011/0256598号では、微生物におけるフルクトースの取込みの向上に使用される、大腸菌(Escherichia coli)由来のフルクトース:H+共輸送体を提唱したが、本発明者らは、酵母におけるこの取込み輸送体の使用を実証しなかったため、これが酵母において機能することは明らかではない。
【0014】
Pina, 2004 #121では、フルクトース輸送体をコードする、ジゴサッカロマイセス・ベイリー(Zygosaccharomyces bailii)由来の遺伝子のクローニングを記載し、これは、FFZ1(フルクトース促進因子ジゴサッカロマイセス)と命名された。輸送体は、サッカロマイセス・セレビシエにおいて機能することが示された。しかし、著者は、スクロース、若しくはグルコースとフルクトースとの混合物上での増殖、又はグルコース存在下でのフルクトース利用の向上には言及しなかった。
【0015】
また、Zhou, 2017 #1では、カンジダ・マグノリエ(Candida magnoliae)由来の「ffziI」又は「fsy1」によりコードされるフルクトース取込み輸送体が、サッカロマイセス・セレビシエにおいて機能することを実証し、ラフィノースからメリビオースを産生するようにデザインした株においてフルクトースの消費を助けるためのこの使用を提唱したが、やはり、著者は、スクロース、若しくはグルコースとフルクトースとの混合物上での増殖、又はグルコース存在下でのフルクトース利用の向上には言及しなかった。
【0016】
このように、スクロース、又はグルコースとフルクトースとの混合物が、顕著な炭素源として発酵培地中に存在する場合に、フルクトース利用が向上した微生物株の必要性がやはり存在する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0017】
【文献】米国特許仮出願第62/631,541号
【文献】米国特許第7,534,597号
【文献】米国特許第9,845,513号
【文献】国際公開第2017/091610号A1
【文献】米国特許第7,049,108号B2
【文献】米国特許出願公開第2011/0256598号
【文献】米国特許第6,214,577号
【非特許文献】
【0018】
【文献】Poudel, 2016 #124
【文献】Michelson, 2006 #123
【文献】Pina, 2004 #121
【文献】Zhou, 2017 #1
【文献】Leandro, 2014 #6
【文献】Goncalves, 2018 #4
【文献】Altschul, 1990 #332
【文献】Altschul, 1997 #17, #334
【文献】Altschul, 1990 #26
【文献】Abdel-Banat, 2010 #56
【文献】Gietz, 2014 #63
【文献】Rudolph, 1985 #80
【文献】Stein, 2018 #88
【文献】Lobo, 1982 #98
【文献】odicio, 2000 #113
【発明の概要】
【課題を解決するための手段】
【0019】
本発明の目的、すなわち、多種多様な微生物株によるグルコースの存在下でのフルクトース利用の向上は、ジゴサッカロマイセス・ロキシー(Zygosaccharomyces rouxii)由来の遺伝子FFZ1(本発明者らは、以下、ZrFFZ1と呼ぶものとする)を発現するようにデザインした遺伝子カセットを導入することにより達成した。これは、グルコースを消費するよりも速い速度でフルクトースを天然に消費する酵母である、いわゆるフルクトース親和性酵母からクローニングする。これまでに公表されている、ジゴサッカロマイセス・ベイリー由来のFFZ1遺伝子(ZbFFZ1と呼ぶものとする)が、ZrFFZ1遺伝子を含む場合と並行したクルイベロマイセス・マルシアヌスの構築において測定可能に機能しなかったため、グルコースの存在下でのフルクトース利用速度の上昇で測定した場合の所望の異種生物におけるFFZ1遺伝子の有用な発現レベルを達成する方法は、明らかではなかった。
【0020】
本明細書に開示する本発明では、驚くべき発見がなされた。すなわち、親酵母株が、フルクトースを利用する先天的能力を既に有していたにもかかわらず、FFZ1発現遺伝子を非フルクトース親和性酵母に付加すると、このフルクトース利用速度が、グルコース利用に対して上昇した。この向上は、更に短い発酵時間における更に徹底的なフルクトース利用に有用である。
【0021】
本発明では、グルコース、フルクトース、スクロース又はこれらの混合物から選択される炭素源から乳酸を産生することが可能な遺伝子改変クルイベロマイセス属種酵母株であって、フルクトース取込み輸送体として機能するタンパク質の産生を付与する少なくとも1つの異種DNAカセットを含む、遺伝子改変クルイベロマイセス属種酵母株を開示する。本発明による遺伝子改変酵母株では、フルクトース利用が向上し、従来株よりも速い速度でフルクトースが使用されて、発酵時間の短縮及び経済的向上が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
図1】NEJ1欠失のためのDNAカセットの構造である。
図2】4番染色体上のADH2座位におけるFFZ1の組込み及び発現のためのDNAカセットの構造である。
図3A】BioLector発酵における、ZbFFZ1又はZrFFZ1のいずれかを発現するようにデザインした組み込まれたカセットを含むMYR2785に由来する株による、12%のスクロース培地中での、使用されたフルクトース対使用されたグルコースの比率を示すグラフである。
図3B】BioLector発酵における、ZbFFZ1又はZrFFZ1のいずれかを発現するようにデザインしたカセットを組み込んだMYR2785に由来する株による、6%のグルコース及び6%のフルクトース培地中での、使用されたフルクトース対使用されたグルコースの比率を示すグラフである。
図4】SD1774において3つのEcldhA発現カセットのいずれかをPaldhL発現カセットと置換して、本発明のD-乳酸産生株をL-乳酸産生株に変換するようにデザインしたカセットを含むpMS155の構造である。
図5】KmADH6オープンリーディングフレームの中位への挿入により組み込む、ZrFFZ1の発現のためのJSS89カセットの構造である。
図6】KmADH6オープンリーディングフレームの同時欠失によりKmADH6に組み込む、ZrFFZ1の発現のためにデザインしたJSS90カセットの構造である。
図7】JSS89又はJSS90カセットのいずれかを含む株による、12%のスクロース培地を用いた75時間のBioLector発酵における[使用されたフルクトース/使用されたグルコース]を示すグラフである。
図8】炭酸カルシウムにより緩衝した振盪フラスコにおいて96時間増殖させた、組み込まれたZrFFZ1発現カセットを含むL-乳酸産生株による[使用されたフルクトース]/[使用されたグルコース]の比率を示すグラフである。
図9】12%のスクロースを含む最小培地中に微好気性条件下で増殖させたエタノールレッドによる糖の消費を示すグラフである。
図10】6%のフルクトース及び6%のグルコースを含む最小培地中に微好気性条件下で増殖させたエタノールレッドによる糖の消費を示すグラフである。
図11】サッカロマイセス・セレビシエのHO座位にZrFFZ1を組み込むためのカセットを含むプラスミドpRY789の構造である。
図12】6%のフルクトース及び6%のグルコースを含む最小培地中に微好気性条件下で増殖させた、pRY789の導入によりZrFFZ1発現カセットを含まない又は含むエタノールレッドによるフルクトース及びグルコース利用を示すグラフである。
図13】7リットル発酵槽におけるJSS1397及びKMS1017株のL-乳酸力価の比較を示すグラフである。
図14】JSS1397及びKMS1017株の7リットル発酵におけるフルクトース濃度の比較を示すグラフである。
図15】7リットル発酵槽におけるJSS1397及びKMS1017株によるグルコース利用速度対フルクトース利用速度の比率を示すグラフである。
図16】7リットル発酵槽におけるL-乳酸力価対pHを、実線として示す溶解限度とともに示すグラフである。
図17】ZrFFZ1カセット(SD1755株)、2つのZrFFZ1カセット(MYR2879)を含むD-乳酸産生酵母株、及びこのようなカセットを含まないD-乳酸産生酵母株(MYR2785株)のpH調節7リットル発酵における、180g/Lスクロースの初期バッチ供給による残留フルクトース濃度を示すグラフである。
図18】MYR2787において3つのEcldhA発現カセットのいずれかをBcldhL発現カセットと置換して、本発明のD-乳酸産生株をL-乳酸産生株と変換するようにデザインしたカセットを含むpBc-ldhL-OP2-intの構造である。
図19】ZrFFZ1カセットを含むL-乳酸産生酵母株(JSS1397株)及びZrFFZ1カセットを含まないL-乳酸産生酵母株(MYR2893株)のpH調節5リットル発酵における、ともに216.7g/Lサトウキビ汁の初期バッチ供給による残留フルクトース濃度を示すグラフである。
図20】2つのZrFFZ1カセットを含むL-乳酸産生酵母株(JSS1397株)並びに2つのZrFFZ1カセット及びKmRAG5を含むL-乳酸産生酵母株(MYR3059)のpH調節5リットル発酵における、150g/Lスクロースの初期バッチ供給による残留フルクトース濃度を示すグラフである。
図21】2つのZrFFZ1カセットを含むL-乳酸産生酵母株(JSS1397株)並びに2つのZrFFZ1カセット及びKmRAG5を含むL-乳酸産生酵母株(MYR3059株)のpH調節5リットル発酵における、150g/Lスクロースの初期バッチ供給によるL-乳酸濃度を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0023】
相対的に少数の酵母種は、2つの混合物を提示した場合、グルコースよりもフルクトースを利用することを好む。このような酵母は、「フルクトースを好むもの(Fructophiles)」と呼ばれ、「フルクトース親和性(Fructophilic)」であると言われるか、又は「フルクトース嗜好性(Fructophily)」を示すと言われる。フルクトース親和性酵母の例は、ジゴサッカロマイセス属のメンバー、例えば、ジゴサッカロマイセス・ロキシー及びジゴサッカロマイセス・ベイリー(Leandro, 2014 #6)、ウィケラミエラ/スターメレラ(Wickerhamiella/Starmerella)のメンバー又はウィケラミエラ/スターメレラのクレード(Goncalves, 2018 #4)、並びにカンジダ属の一部の酵母、例えば、カンジダ・マグノリエ(Zhou, 2017 #1)である。
【0024】
すべてではないが、多くのフルクトース親和性酵母の絶対的特徴は、FFZ1遺伝子又はこの相同体である。FFZ1遺伝子及びこの相同体のセットは、能力は高いが親和性は低い、「促進拡散因子」又は単に「促進因子」としても知られる、フルクトースに特異的な、単輸送体をコードする。本発明者らは、このようなフルクトース取込み輸送タンパク質をFfz1と呼ぶものとする。Ffz1タンパク質は、フルクトース拡散を促進して細胞内の濃度勾配を下げるように機能する膜タンパク質であり、この後、フルクトースが代謝され得る。野生型非フルクトース親和性酵母、例えば、クルイベロマイセス・マルシアヌス、サッカロマイセス・セレビシエ、イサチェンキア・オリエンタリス、及びピキア・パストリス(Pichia pastoris)は、フルクトースを使用するための六炭糖取込み輸送体及び代謝経路を有するために、フルクトースを代謝する能力を有する。しかし、その名称のとおり、サッカロマイセス・セレビシエ由来のHXTn(nは、1~17の整数である)のような遺伝子によりコードされ、典型的六炭糖輸送体、並びにこの相同体及び類似体はまたグルコースを輸送し、遺伝子発現の制御、タンパク質活性、及び差次的親和性を含む多数の因子により、殆ど又はすべてのHXTnコード六炭糖輸送体はフルクトースよりもグルコースを好む。HXTn取込み輸送体タンパク質が、グルコース及びフルクトースの両方の細胞内拡散を助け得るため、両方の糖は、フルクトース及びグルコースの両方が存在する、主にサッカロマイセス・セレビシエに基づく発酵、例えば、サトウキビ(及び/又は糖蜜)スズ・エタノール発酵において最終的に消費される。主にクルイベロマイセス・マルシアヌス及びクルイベロマイセス・ラクティス酵母に基づく発酵の場合も同様であり、これも六炭糖取込みにHXTn相同体を使用する。しかし、このような発酵では、グルコース消費の速度は、フルクトース消費の速度よりも典型的に速い。一部の産業的発酵、例えば、燃料エタノール、1つ又は複数のブタノール異性体、D-乳酸、L-乳酸、コハク酸、リンゴ酸、クエン酸、カロテノイド、イソプレン、又は商業的関心を集める脂質のような産物を生成する発酵のいずれの場合も、特に、グルコースも培地中に存在する場合、天然にはフルクトース親和性でない酵母種及び株により、フルクト
ースが消費される速度を上昇させることによって発酵時間を短縮する必要性がやはり存在する。
【0025】
本開示の種々の非限定的実施形態は、ここで、本明細書において記載し、添付の図面において例示する。1つの非限定的実施形態と関連して記載又は例示する特徴、構造、成分、又は特性は、1つ又は複数の他の非限定的実施形態の特徴、構造、成分、又は特徴と組み合わせ得ることを当業者は理解する。このような組合せは、本開示の範囲内に含まれることを意図する。また、1つ又は複数の非限定的実施形態と関連して記載又は例示する特徴、構造、成分、又は特性は、本発明の範囲及び趣旨から逸脱することなく、修飾又は変更し得ることを当業者は理解する。
【0026】
本発明の理解を促進するために、命名法の説明を以下に提供する。
【0027】
命名法に関しては、細菌遺伝子又はコード領域は、通常、イタリック体の小文字で、例えば、大腸菌由来の「ldhA」のように命名され、一方、遺伝子によりコードされる酵素又はタンパク質は、同一の文字列であるが、イタリック体ではなく最初の文字を大文字で、例えば、「LdhA」のように命名され得る。酵母遺伝子又はコード領域は、通常、イタリック体の大文字で、例えば、「PDC1」のように命名され、一方、遺伝子によりコードされる酵素又はタンパク質は、同一の文字列であるが、イタリック体ではなく最初の文字を大文字で、例えば、「Pdc1」又は「Pdc1 p」のように命名され、この文字列は、酵素又はタンパク質を命名するために、酵母において使用される従来の例である。「p」は、命名された遺伝子によりコードされるタンパク質の略号である。また、酵素又はタンパク質は、更に説明的な名称で、例えば、D-乳酸デヒドロゲナーゼ又はピルビン酸デカルボキシラーゼのように、上記2つの例をそれぞれ参照するように呼ばれ得る。1つの例として、特定の触媒活性を有する酵素をコードする、遺伝子又はコード領域は、起源が歴史的に異なるか、機能的に重複した遺伝子であるか、別々に制御された遺伝子であるため、又は遺伝子が様々な種に由来するため、いくつかの異なる名称を有し得る。例えば、グリセロール-3-リン酸デヒドロゲナーゼをコードする遺伝子は、GPD1、GDP2又はDAR1、並びに他の名称で命名され得る。特定の遺伝子が由来する生物を明示するために、遺伝子名称は、属及び種を示す2つの文字が前に付き得る。例えば、KmURA3遺伝子は、クルイベロマイセス・マルシアヌスに由来し、ScURA3遺伝子は、サッカロマイセス・セレビシエに由来し、EcldhA遺伝子は、大腸菌に由来し、PaldhL遺伝子は、ペディオコッカス・アシディラクティ(Pediococcus acidilacti)に由来し、BcldhLは、バチルス・コアグランスに由来する。特定の遺伝子において変異を含むか、又は変異表現型を有する酵母株では、遺伝子又は株は、イタリック体の小文字で、例えば、ura3、又は機能性URA3遺伝子を欠く株ではura3-のように命名される。
【0028】
乳酸のすべての異性体及び任意の乳酸類似体は、プロトン化した酸(遊離酸としても知られる)又はイオン化塩として固体、液体、又は溶液の形態で存在し得ることに留意されたい。水溶液では、プロトン化及びイオン化の両形態が、平衡状態で共存する。いかなる場合も、このような化合物のすべての形態を言及しにくいため、酸性形態又は塩形態のいずれかの任意の言及(例えば、D-乳酸(D-lactic acid、D-LAC、D-lactate)、L-乳酸(L-lactic acid、L-LAC、L-lactate)、又はD,L-ベータ-クロロ乳酸(D,L-beta-chlorolactate))は、すべての形態又はこれらの混合物を含む。
【0029】
本発明の理解を促進するために、いくつかの用語を以下に定義し、他は、本明細書のいずれかに見出される。
【0030】
「酵母」は、単細胞状態において、一部の条件下で増殖することが可能な任意の真菌生物を意味する。また、一部の酵母株は、菌糸状態又は偽菌糸(すなわち、小菌糸)状態において、一部の条件、例えば、飢餓条件下で増殖し得る。特に、酵母は、サッカロマイセス、クルイベロマイセス、イサチェンキア、ピキア、ハンゼヌラ(Hansenula)、カンジダ、ヤロウイア(Yarrowia)、ジゴサッカロマイセス、シゾサッカロマイセス(Schizosaccharomyces)及びラチャンセア(Lachancea)属の生物を含むが、これらに限定されない。
【0031】
「カセット」又は「発現カセット」は、宿主生物に導入した場合、1つ又は複数の所望のタンパク質又は酵素の活性をコード、産生、若しくは高産生、又は除去、若しくは低下させることが可能なデオキシリボース核酸(DNA)配列を意味する。タンパク質又は酵素を産生させるためのカセットは、少なくとも1つのプロモーター、少なくとも1つのタンパク質コード配列(「オープンリーディングフレーム」又は「ORF」としても知られる)、及び任意選択で、少なくとも1つの転写ターミネーターを典型的に含む。発現させる遺伝子が異種性又は外因性である場合、プロモーター及びターミネーターは、通常、2つの異なる遺伝子又は異種遺伝子に由来し、これにより、プロモーター又はターミネーターが由来する天然遺伝子との二重組換えを防ぐ。カセットは、任意選択、及び好ましくは、宿主生物のDNA配列(「標的配列」)に相同な1つ又は2つの隣接配列を、いずれか又は両方の末端に含み、これにより、カセットは、標的配列において、宿主生物の染色体又はプラスミドのいずれかとの相同組換えに供され、この染色体又はプラスミド内の標的配列におけるカセットの組込みが生じ得る。カセットの一端のみが隣接相同性を含む場合、環状型式のカセットは、単一組換えにより隣接配列において組み込むことができる。カセットの両端が隣接相同性を含む場合、直鎖状又は環状型式のカセットは、二重組換えにより周囲の隣接配列によって組み込むことができる。カセットは、遺伝子改変により構築することができ、この場合、例えば、コード配列は、非天然プロモーターから発現するか、又は天然に関連するプロモーターを使用し得る。カセットは、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)、プライマー伸長PCRにより、又はin vivo若しくはin vitroでのDNA断片の末端間の相同組換えにより作製した、環状又は直鎖状DNAであり得るプラスミド内に構築することができ、このそれぞれは、各サブセット断片がオーバーラップ相同性をいずれか又は両方の末端に有する、所望の最終カセットのサブセットであり、in vitro又はin vivoのいずれかでの相同組換えにより隣接断片の結合を生じるようにデザインする。カセットは、選択可能なマーカー遺伝子、又は組込み時に約30塩基対以上のダイレクトリピート配列(選択可能な組込み遺伝子の両端に存在する同
一配向の同一配列)により囲まれるDNA配列を含むようにデザインすることができ、これにより、選択可能なマーカーを含む最初のカセットが染色体又はプラスミド内に組み込まれた後に、選択可能なマーカーをダイレクトリピート配列間の相同組込みにより欠失させることができる(「ループアウト」としても知られる)。有用な選択可能なマーカー遺伝子は、抗生物質G418耐性遺伝子(kan又はkanR)、ハイグロマイシン耐性遺伝子(hyg又はhygR)、ゼオシン耐性遺伝子(zeo又はzeoR)、ナチュリシン耐性遺伝子(nat又はnatR)並びに生合成遺伝子、例えば、URA3、TRP1、TRP5、LEU2及びHIS3を含むが、これらに限定されない。選択可能なマーカーとして使用する生合成遺伝子では、宿主株は、言うまでもなく、対応する遺伝子における変異、好ましくは、非復帰ヌル変異を含まなければならない。例えば、URA3を選択可能なマーカー遺伝子として使用する場合、形質転換させる株は、表現型的にura3-でなければならない。抗生物質耐性遺伝子では、耐性遺伝子は、通常、宿主微生物株において選択を可能とするのに十分良好に機能するプロモーターを必要とする。発現を望む遺伝子を宿主株にカセットの形態で導入することができるが、遺伝子、例えば、開始コドンから終止コドンまでのコード配列は、組み込むコード配列によって宿主株由来遺伝子のコード配列が正確に又はおよそ置換可能であるように、プロモーター又はターミネーターを用いずに宿主の染色体又はプラスミド内に組み込み、これにより組込み後、組み込まれたコード領域が、組み込まれたコード配列により置換された宿主コード配列の残存プロモーターから発現する。
【0032】
本明細書に記載の実施例の一部では、カセットは、サブセット断片の各末端における相対的に短いDNA配列(約20~50塩基対)が、最終構築カセット内の隣接するサブセット断片の配列、又は最終構築カセットの5'及び3'末端に対する染色体標的配列と同一である「オーバーラップ相同性」を使用した相同組換えにより細胞内でともに結合させた、およそ等モル濃度の2つ以上の直鎖状DNA断片の混合物によって酵母株を形質転換させることによりin vivoで構築した。クルイベロマイセス・マルシアヌス及びサッカロマイセス・セレビシエを含む多くの酵母株は、複数のサブセット断片を最終カセット内に構築し、すべて「オーバーラップ相同性」間の相同組換えにより、構築したカセットを染色体標的内に組み込む能力を有する。
【0033】
「D-乳酸デヒドロゲナーゼ」は、ピルビン酸からのD-乳酸の形成を触媒する任意の酵素を意味する。「L-乳酸デヒドロゲナーゼ」は、ピルビン酸からのL-乳酸の形成を触媒する任意の酵素を意味する。このような反応のいずれかに必要な還元当量は、NADH、NADPH、又は他の任意の還元当量供与体により供給することができる。
【0034】
「ギブソンの方法」は、短い(約15~40塩基対)オーバーラップ相同性をそれらの末端に有する2つ以上の直鎖状DNA断片をin vitroでともに結合させるための方法を意味する。この方法を使用して、合成直鎖状DNA断片、PCR断片、又は制限酵素により生成した断片からプラスミドを構築することができる。例えば、NEBuilder HiFi DNA Assembly Cloning Kit (New England BioLabs社、Ipswitch、Massachusetts、USA)のようなキットを購入して、ギブソンの方法を実施し、製造者の指示に従って使用することができる。
【0035】
「形質転換体」は、直鎖状又は環状、及び自己複製又は非自己複製の所望のDNA配列の、宿主又は親株への導入から生じる細胞又は株を意味する。
【0036】
「力価」は、発酵ブロス中の化合物の濃度を意味し、通常、1リットルあたりのグラム(g/L)又は1容量あたりの質量%(%)として表す。力価は、定量解析クロマトグラフィーのような任意の適する解析方法、例えば、高圧液体クロマトグラフィー(HPLC)又はガスクロマトグラフィー(GC)により、外部標準及び任意選択で内部標準から作成した標準曲線を用いて決定する。
【0037】
「収率」は、発酵の間に使用する炭素源の1グラムあたりの産物のグラムを意味する。これは、力価、最終液体容量、及び供給した炭素源の量に基づいて、試料採取、供給、及び/又は蒸発した容量を補正した最終容量により典型的に算出する。これは通常、1グラムあたりのグラム(g/g)、又は1質量あたりの質量%(%)として表す。
【0038】
「時間」は、発酵において接種から試料採取又は回収までに経過した時間を意味し、時間で典型的に測定する。
【0039】
「特異的生産性」は、所与の期間において所与の容量の発酵ブロス中に産生される産物のグラムによる産物形成の比率を意味し、1リットル-時間あたりのグラム(g/L-hr)で典型的に表す。「平均特異的生産性」は、期間が、接種から試料採取又は回収までの全発酵である場合の特異的生産性を意味する。特異的生産性が、増殖期間の初期及び後期の段階で平均よりも低いため、平均特異的生産性は、発酵の半ばの特異的生産性よりも低い。平均特異的生産性は、最終力価を回収時の時間で割ることにより算出することができる。公表されている一部の特異的生産性は、測定期間を明示的には提示していないが、明らかに平均特異的生産性ではないことに留意されたい(一部の例としてTable 1(表1)を参照)。
【0040】
「pKa」は、溶液中の酸が、典型的には、イオン又は塩の形態である共役塩基の状態で半分となるpHを意味する。L-LAC及びD-LACについてのpKaは、3.78~3.86であると公表されているが、正確なpKaは、温度、濃度、及び他の溶質の濃度によりわずかに変化し得る。乳酸では、共役塩基状態は、乳酸イオンであるため、pKaは、乳酸イオンの濃度がプロトン化又は「遊離酸」の状態の濃度と等しいpHである。pKaは、酸塩基滴定を実施し、滴定曲線の中点を取る周知の方法により測定することができる。当業者は、水溶液中では、D-乳酸及びL-乳酸の両方が、プロトン化した酸の形態及びイオン化した塩(すなわち、共役塩基)の形態の2つの形態で、ある程度存在することを認識している。したがって、文脈に応じて、用語「D-乳酸(D-lactate)」、「D-乳酸(D-lactic acid)」及び「D-LAC」は、いずれかの形態、又は2つの形態の混合物を意味し得る。特に、力価及び収率について考察する場合、両形態の和を含むことを意味するが、遊離酸の用語により表す。言い換えれば、力価及び収率は、存在する任意の塩形態を遊離酸の形態に変換するように表す。
【0041】
「異種性」は、生物において天然又は自然には見出されないが、遺伝子改変、例えば、形質転換、交配、又は形質導入により生物に導入することが可能な、遺伝子又はタンパク質を意味する。異種遺伝子は、染色体内に組み込む(すなわち、挿入又は導入する)か、又はプラスミド上に含むことができる。用語「外因性」は、活性を上昇、低下、又は除去する目的で、遺伝子改変、例えば、形質転換、交配、形質導入、又は変異誘発により、生物において導入又は変更された遺伝子又はタンパク質を意味する。外因性遺伝子又はタンパク質は、異種性であり得るか、或いは宿主生物に由来するが、1つ又は複数の方法、例えば、変異、欠失、プロモーターの変化、ターミネーターの変化、重複、又は1つ若しくは複数の追加のコピーの挿入により、染色体又はプラスミドにおいて変更された遺伝子又はタンパク質であり得る。したがって、例えば、DNA配列の第2のコピーを、天然の部位と異なる染色体の部位に挿入する場合、第2のコピーは、外因性となる。
【0042】
「プラスミド」は、染色体よりも実質的に短く、微生物の1つ又は複数の染色体から分離しており、1つ又は複数の染色体とは別々に複製する、環状又は直鎖状のDNA分子を意味する。プラスミドは、1細胞あたりおよそ1コピー又は1細胞あたり2コピー以上で存在し得る。微生物細胞内のプラスミドの維持には、例えば、抗生物質耐性遺伝子を使用した、プラスミドの存在のために選択する培地中での増殖、又は染色体の栄養要求性の補完が、通常必要とされる。しかし、一部のプラスミドは、例えば、多くのサッカロマイセス株における2ミクロンの環状プラスミドのように、安定な維持のための選択圧を必要としない。
【0043】
「染色体」又は「染色体DNA」は、プラスミドよりも実質的に長く、いかなる抗生物質又は栄養性の選択をも通常必要としない、直鎖状又は環状DNA分子を意味する。本発明では、酵母人口染色体(YAC)を、異種性及び/又は外因性遺伝子を導入するためのベクターとして使用し得るが、これは、維持のための選択圧を必要とする。
【0044】
「高発現」は、宿主微生物の野生型バージョンにおいて同一又は類似の増殖条件下で見出されるレベルよりも高いレベルで宿主微生物において産生される、遺伝子又はコード領域によりコードされる酵素又はタンパク質を生じることを意味する。これは、例えば、次の方法:より強力なプロモーターの導入、より強力なリボソーム結合部位の導入、ターミネーター若しくはより強力なターミネーターの導入、コード領域の1つ若しくは複数の部位におけるコドンの選択の向上、mRNA安定性の向上、又は染色体における複数のコピーの導入若しくは多コピープラスミド上へのカセットの配置による遺伝子のコピー数の増加のうち、1つ又は複数により達成することができる。高発現した遺伝子から産生された酵素又はタンパク質は、「高産生」であると言われる。高発現した遺伝子又は高産生したタンパク質は、宿主微生物に由来するものであり得るか、或いは遺伝子改変方法によって異なる生物から宿主微生物内に移植したものであってもよく、この場合、酵素又はタンパク質、及び酵素又はタンパク質をコードする遺伝子又はコード領域は、「外来」又は「異種性」であると呼ばれる。外来又は異種性の遺伝子及びタンパク質は、これらが非改変宿主生物に存在しないため、定義によれば、高発現及び高産生である。
【0045】
「相同体」は、異なる第1の遺伝子、DNA配列、又はタンパク質に対して配列相同性により関連する第2の遺伝子、DNA配列、又はタンパク質配列を意味し、この場合、この第2の配列は、配列比較のためのBasic Local Alignment Search Tool (BLAST)コンピュータプログラムにより判定したとき(Altschul, 1990 #332; Altschul, 1997 #334)、タンパク質配列を比較して、若しくは遺伝子配列に由来するタンパク質配列を比較して少なくとも25%の配列同一性、又はDNA配列をこの第1の遺伝子、DNA配列若しくはタンパク質配列と比較して少なくとも50%の同一性を有し、これにより欠失及び挿入が可能となる。クルイベロマイセス・マルシアヌスPDC1遺伝子の相同体の例は、サッカロマイセス・セレビシエ由来のPDC1遺伝子である。「機能性相同体」は、相同体であり、この第1のDNA又はタンパク質配列と同一又は類似の機能を有することが示されているか、又は示され得る、第2のDNA又はタンパク質配列である。
【0046】
「類似体」は、別の遺伝子、DNA配列、又はタンパク質のそれと類似の生物学的機能を果たす遺伝子、DNA配列、又はタンパク質を意味するが、この場合、配列比較のためのBLASTコンピュータプログラムにより判定したとき(Altschul, 1990 #26;Altschul, 1997 #17)、この別の遺伝子、DNA配列、又はタンパク質との配列同一性が(タンパク質配列を比較して、又は遺伝子配列に由来するタンパク質配列を比較して)25%未満であり、これにより欠失及び挿入が可能となる。クルイベロマイセス・マルシアヌスGpd1タンパク質の類似体の例は、両タンパク質が同一の反応を触媒する酵素であるため、クルイベロマイセス・マルシアヌスGut2タンパク質であるが、2つの酵素又はこれらの各遺伝子間に顕著な配列相同性は存在しない。特定の生物学的機能を有する多くの酵素及びタンパク質(直前の例では、グリセロール-3-リン酸デヒドロゲナーゼ)は、酵素又はタンパク質のこのようなファミリーメンバーが、構造においてわずかに又は実質的に異なり得るが、同一の機能を共有するため、多種多様な生物において相同体又は類似体のいずれかとして見出すことができることを、当業者は認識している。同一ファミリーの種々のメンバーは、多くの場合、遺伝子改変の現行法を使用して、同一の生物学的機能を果たすように使用することができる。したがって、例えば、D-乳酸デヒドロゲナーゼをコードする遺伝子は、多くの種々の生物のいずれかから得ることができる。
【0047】
「変異」は、天然又は親DNA配列からの任意の変化、例えば、逆位、重複、1つ若しくは複数の塩基対の挿入、1つ若しくは複数の塩基対の欠失、未成熟終止コドンを生成する塩基変化を生じる点変異、又はその位置においてコードされるアミノ酸を変化させるミスセンス変異を意味する。「ヌル変異」は、遺伝子の機能を効率的に除去する変異を意味する。コード領域の完全な欠失は、ヌル変異であるが、単一塩基の変化によってもヌル変異が生じ得る。「変異体」、「変異株」、「変異酵母株」又は「変異した」株は、天然、野生型、親又は前駆株と比較して1つ又は複数の変異を含む株を意味する。
【0048】
「~の機能を除去又は低下させる変異」の句は、遺伝子、タンパク質、又は酵素の、定量可能な任意のパラメータ又は産出量、例えば、mRNAレベル、タンパク質濃度、又は株の特異的酵素活性を、この定量可能なパラメータ又は産出量を測定及び非変異親株のそれと比較した場合に低下させる任意の変異を意味する。このような変異は、好ましくは、欠失変異であるが、機能の所望の除去又は低下を達成する任意の種類の変異であり得る。
【0049】
「強力な構成的プロモーター」は、RNAポリメラーゼにより転写されるDNA配列又は遺伝子の上流に(従来の5'-3'配向において示す場合、遺伝子の5'側に対して)典型的に位置し、RNAポリメラーゼによる転写によって、適切な任意のアッセイ手順により直接又は間接的に容易に検出されるレベルで発現する、このDNA配列又は遺伝子を生じる、DNA配列を意味する。適切なアッセイ手順の例としては、定量的逆転写酵素プラスPCR、コードされた酵素の酵素アッセイ、クーマシーブルー染色タンパク質ゲル、又はその転写の結果として間接的に産生された代謝物の測定可能な産生が挙げられ、このような測定可能な転写は、転写、代謝、又は誘導化学物質のレベルを特異的に制御するタンパク質の存在又は非存在にかかわらず生じる。周知の方法の使用により、強力な構成的プロモーターを使用して、天然プロモーター(或いはDNA配列又は遺伝子から上流に天然に存在するプロモーター)を置換し、これにより、プラスミド又は染色体のいずれかに配置することが可能であり、所望のDNA配列又は遺伝子の発現レベルを天然プロモーターのレベルよりも高いレベルでもたらす、発現カセットを生じさせることができる。強力な構成的プロモーターは、種又は属に特異的であり得るが、酵母由来の強力な構成的プロモーターは、遠縁の酵母において良好に機能し得ることが多い。例えば、アシュビア・ゴシピー(Ashbya gossypii)由来のTEF1(翻訳伸長因子1)プロモーターは、クルイベロマイセス・マルシアヌスを含む多くの他の酵母属において良好に機能する。
【0050】
「微好気性」又は「微好気性発酵条件」は、発酵槽への空気の供給において、液体ブロス1容量あたりの空気が1分あたり0.1容量(vvm)未満であることを意味する。
【0051】
「化学的に定義された培地」、「最小培地」又は「無機培地」は、精製化学物質、例えば、無機塩類(例えば、ナトリウム、カリウム、アンモニウム、マグネシウム、カルシウム、リン酸塩、硫酸塩、塩化物等)からなる任意の発酵培地を意味し、これにより、必須元素、例えば、窒素、イオウ、マグネシウム、リン(並びに場合によりカルシウム及び塩化物)、ビタミン類(必要に応じて又は微生物の増殖のために刺激する場合)、1つ又は複数の純粋炭素源、例えば、純粋な糖、グリセリン、エタノール等、必要に応じて又は微生物の増殖のために刺激する場合の微量金属(例えば、鉄、マンガン、銅、亜鉛、モリブデン、ニッケル、ホウ素及びコバルト)及び任意選択で浸透圧保護物質、例えば、ベタインとしても知られるグリシンベタインがもたらされる。任意選択の浸透圧保護物質及びビタミン類を除いて、このような培地は、発酵させる微生物の増殖に必須ではない相当量の任意の栄養素又は2つ以上の栄養素の混合物を含まない。このような培地は、相当量の豊富又は複雑な任意の混合物、例えば、酵母抽出物、ペプトン、タンパク質加水分解物、糖蜜、ブロス、植物抽出物、動物抽出物、微生物抽出物、乳清、キクイモ粉末等を含まない。所望の化学物質の単蒸留による精製が経済的に魅力的な選択肢ではない発酵による汎用化学品の生成では、最小培地が通常それほど高価ではなく、発酵終了時の発酵ブロスが、所望の化学物質から精製して除去する必要のある低濃度の不要な夾雑化学物質を通常含むため、最小培地が、富栄養培地よりも好ましい。
【0052】
「発酵生成培地」は、微生物を増殖させて所望の産物(例えば、D-LAC又はL-LAC)を生成する方法の、1つ又は複数のタンク、容器、又は発酵槽を含むシリーズにおいて、最後のタンク、容器、又は発酵槽内で使用する培地を意味する。大規模精製が必要又は望ましい、発酵による汎用化学品、例えば、D-LAC又はL-LACの生成では、最小培地がそれほど高価でないことが多く、発酵終了時における発酵ブロスが、所望の化学物質から精製して除去する必要のある低濃度の不要な夾雑化学物質を通常含むため、最小培地である発酵生成培地が、富栄養培地よりも好ましい。このような発酵において豊富な栄養素の濃度を最小化することが一般に好ましいが、一部の場合では、方法全体において、発酵生成培地とは異なる培地中での接種培養物の増殖、例えば、1つ又は複数の豊富な成分を含む培地中で増殖させる相対的少量(通常10%以下の発酵生成培地量)の接種培養物の増殖は、好都合である。接種培養物が生成培養物に対して少量である場合、接種培養物の豊富な成分は、発酵生成培地内に、所望の産物の精製に実質的に干渉しない程度まで希釈することができる。発酵生成培地は、典型的には、糖、グリセリン、脂肪、脂肪酸、二酸化炭素、メタン、アルコール、又は有機酸である炭素源を含まなければならない。一部の地理的位置、例えば、米国中西部では、D-グルコース(デキストロース)は、相対的に安価であるため、炭素源として有用である。酵母による乳酸生成についての殆どの先行技術公表文献では、デキストロースを炭素源として使用する。しかし、一部の地理的位置、例えば、ブラジル及び東南アジアでは、スクロースは、デキストロースほど高価ではないため、スクロースが、このような地域における好ましい炭素源である。
【0053】
「最終pH」は、発酵が完了したと考えられ、発酵が停止し、ブロスを回収する場合の発酵終了時における発酵ブロスのpHを意味する。乳酸発酵の最終pHが乳酸のpKa未満であることが好ましいが、発酵の間のpHを「塩基」(アルカリ性物質)を加えて、pHの速過ぎる低下又は低過ぎる終了から防ぐことにより調節することも好ましい。「塩基」は、溶液、懸濁液、スラリー、又は固体の形態であり得る。「塩基」は、水酸化物、酸化物、炭酸塩、又はナトリウム、アンモニウム、カリウム、マグネシウム、若しくはカルシウムの炭酸水素塩であり得る。乳酸の生成では、好ましい塩基は、水酸化カルシウムのスラリー又は粉末状の水酸化カルシウムであり、これにより、プロトン化した酸の形態と混合された一部の乳酸カルシウムの形成が発酵ブロス中に生じる。発酵終了時に生じる発酵ブロスは、硫酸で処理することができ、これにより硫酸カルシウム(石膏)の沈殿が生じ、これは、カルシウムの除去において、プロトン化形態に存在する乳酸の比率の上昇を助ける手動で、又は発酵容器内に浸漬したpHプローブによる継続的監視により得ることができるpH測定が必要な場合、pH調節のための塩基の供給は、手動で、又は自動調節ポンプ若しくはオーガにより行うことができる。
【0054】
本発明の理解を促進するために、種々の遺伝子をTable 1(表1)に列挙する。
【0055】
一般的方法及び材料。他に指示しない限り、組換えDNA及び遺伝子改変は、当技術分野において周知の方法及び材料により実行した。プラスミド及び直鎖状DNAカセットは、「ギブソンの方法」を使用してNEBuilder HiFi DNA Assembly Cloning Kit (New England Biolabs社)により製造者のプロトコールに従って、又はin vivoでの相同組換えにより上記のように構築した。カセットのin vivoでの構築では、サブセットDNA断片は、理想的には、DNAを少なくとも総計500ng含む、およそ等モルの混合物に供給する。したがって、例えば、長さが1000bp(塩基対)及び2000bpの2つのサブセット断片からのカセットのin vivoでの構築では、2つの断片少なくとも166及び333ngをそれぞれ使用すべきである。in vivoで構築する断片の数が大きいほど、良好な構築を得る確率を上昇させるためにDNAは、より必要とされる。1つの極端な場合では(実施例5を参照)、6つの断片を構築してin vivoでの一形質転換において組み込んだ。6つのDNA断片の総量は、約5μgであり、約40の形質転換体が得られ、この40のうちの約10が、所望の組込み構造を有した。必要に応じてプラスミド骨格を含む直鎖状カセット又はプラスミドの構築のために使用する成分又は「サブセット」DNA断片はすべて、必要に応じて、3つの方法:1)供給者の指示に従う、前駆DNA配列から切断する制限酵素による方法、2)製造者のプロトコールに従ってPhusion High Fidelity PCR Master Mix (New England Biolabs社)を使用するPCR(ポリメラーゼ連鎖反応)による方法、又は3) Integrated DNA Technologies, Inc.社によるgBlocksの商業的合成のうちの1つにより生成した。
【0056】
正確な構築は、診断的制限酵素分解及びアガロースゲル電気泳動(例えば、Qiagen Miniprep Kitにより生成したプラスミドの場合)、又は例えば、PCR産物に2つ以上の隣接前駆断片の接合部を横断させて正確な結合を確認する、Phusion High Fidelity PCR Master Mix (New England Biolabs社)若しくはPhire Plant PCR Master Mix Kit (ThermoScientific社)のいずれかを供給者のプロトコールに従って使用した、適切な診断的PCR及びアガロースゲル電気泳動のいずれかにより、同定及び/又は確認した。酵母染色体内に組み込んだカセットの正確な構造は、例えば、標的組込み部位に隣接するが組み込んだカセットには含まれない隣接染色体配列から、第1のPCRプライマーが、組み込んだカセット内から外向きに読み取り、第2のプライマーが、組込み接合部及び第1のPCRプライマーに向かって読み取る、適切な診断的PCRにより同定した。正確なDNA構造を同定する診断的PCRは、細胞全体について実施することができる(例えば、大腸菌又は酵母のいずれかの形質転換体は、プラスミド又は組み込んだ直鎖状DNAカセットを含む)。細胞量およそ1~2マイクロリットルを、楊枝又はマイクロピペットの先でコロニーからペトリ皿上に採取し、細胞を滅菌水又はPhire Plant PCR Master Mix Kit (ThermoScientific社)の「Dilution Buffer」20マイクロリットル中に懸濁させる。次いで、このような細胞懸濁液1マイクロリットルを鋳型DNAとして、20又は25マイクロリットル(総容量)のPCR反応25~40サイクルにおいて使用する。或いは、およそ当量数の細胞を得て、飽和液体培養物およそ100マイクロリットルを微量遠心管においてペレット形成し、上清を除去し、細胞ペレットを滅菌水又はDilution Buffer 20マイクロリットル中に再懸濁させることにより鋳型DNAとして使用することができる。
【0057】
一部の場合、例えば、診断的PCRにより正確な構造が示されるが、他の証拠により予想された機能の欠乏が示される場合では、カセットのすべて若しくは部分、又はプラスミド由来若しくは染色体に組み込まれたカセットから増幅されたPCR産物は、シーケンシングして、所望又は予想のDNA配列を確認又は反証する。多くの営利会社、例えば、GeneWiz社、Cambridge、MA、USAでは、DNAシーケンシングサービスを実施している。
【0058】
DNA配列を欠失させるか又は発現カセットを組み込むために、本発明者らは一般に、大腸菌において複製可能なプラスミド上にカセットを構築するか、又はカセットの2つ以上の小区分を、結合させる末端における40~60塩基対、並びに染色体標的配列と相同な構築したカセットの末端における40~60塩基対がオーバーラップするようにデザインした、隣接する小区分と同時形質転換することにより、in vivoで標的酵母株においてカセットを構築した。クルイベロマイセス・マルシアヌス染色体における組込みのために本明細書に記載するカセットはすべて、酵母URA3遺伝子(典型的には、ScURA3遺伝子又は天然KmURA3遺伝子)を発現するようにデザインし、受領宿主生物は、典型的には、天然KmURA3座位における欠失のために、非復帰ura3-表現型を有する。後続の改変工程におけるURA3+選択の再利用を可能とするために、各カセットにおいて、URA3遺伝子は、ダイレクトリピートDNA配列により囲まれ、これは、このダイレクトリピートDNA配列間の相同組換えにより、第2の工程では5-フルオロオロチン酸を含む最小培地上のURA3遺伝子に対して選択することにより、組み込まれた後にカセットからのURA3遺伝子の欠失を可能とする(詳細については、米国特許仮出願第62/631,541号を参照)。したがって、染色体標的部位における2つの特定の塩基対間に挿入するようにデザインした組込みカセットは、プラスミド内又は直接酵母染色体内に構築した場合、順に、次の小区分又は前駆DNA断片:1)所望の組込み標的部位からすぐ上流の標的染色体配列に相同な40塩基対以上の、図において「上」として標識する配列、2)組み込むことが望ましいDNA配列、例えば、プロモーター-ORF-ターミネーターの組合せ、3)標的染色体配列付近のいかなる配列とも相同ではない40塩基対以上の「DR」(ダイレクトリピート)配列、4)選択可能な遺伝子、例えば、URA3遺伝子、5)断片3のDR配列の第2のコピー、及び6)所望の組込み標的部位からすぐ下流の標的染色体配列に相同な40塩基対以上の、図において「下」として標識する配列の一般構造を有する。この場合、カセットは、「上」及び「下」の間の二重相同組換えにより組み込む。選択可能な遺伝子の対抗選択時に、「DR」の2つのコピー間の相同組換えにより、選択可能な遺伝子のループアウトが生じ、所望の配列が、染色体標的における2つの特異的塩基対間に正確に挿入されたままとなる。
【0059】
染色体標的部位においてDNA配列を欠失することが望ましい代替のカセットデザインでは、カセットは、構築する場合、順に、次の小区分又は前駆DNA断片:1) 所望の組込み標的部位からすぐ上流の標的染色体配列に相同な40塩基対以上の、図において「上」として標識する配列、2)組み込むことが望ましいDNA配列、例えば、プロモーター-ORF-ターミネーターの組合せ、3)所望の欠失エンドポイントのすぐ下流の標的染色体配列に相同な40塩基対以上の「下」配列、4)選択可能な遺伝子、例えば、URA3遺伝子、5)欠失することが望ましい染色体標的配列の少なくとも一部分に相同な、少なくとも40塩基対の「中位」DNA配列の一般構造を有する。完全な欠失が望ましくDNAの挿入が望ましくない場合では、このデザインにおいて、第2の断片は省略する。形質転換及び選択時に、構築したカセットは、「上」配列及び「中位」配列の間の相同二重組換えにより、染色体標的部位に組み込む。構築したカセット全体の正確な組込みは、診断的PCRにより検証する。第2の工程では、選択可能な遺伝子は、対抗選択並びにカセットの内部の「下」配列と組み込んだカセットから下流に論理的に存在する染色体内の「下」に相同な配列との間の相同組換えにより「ループアウト」される。
【0060】
以下の実施例は、本発明を更に説明するために提供するが、本発明の範囲を制限することは意図しない。
【実施例1】
【0061】
クルイベロマイセス・マルシアヌス株SD98及びこの派生株のDNA形質転換のための方法
以下の化学物質に基づくDNA形質転換方法は、Abdel-Banat et al.(Abdel-Banat, 2010 #56)により公表されたプロトコールから翻案して、SD98株(米国特許仮出願第62/631,541号)及びこの派生株のために改良した。この多くは、本明細書に記載の実施例において指名及び使用する。
【0062】
形質転換する株の新鮮な単一のコロニーを、1リットルあたり酵母抽出物10g、ペプトン20、グルコース3g、アンピシリン(ナトリウム塩)200mgからなるTG(形質転換増殖培地)5ml中に接種し、濃縮NH4OHを加えた最終濃度200mMのpH6.2に調整したMES(Sigma-Aldrich社)で緩衝する。この「出発培養物」は、飽和するまで一晩(16~24時間)、250rpmの振盪インキュベータ内50mLのエルレンマイヤーフラスコ中に30℃で増殖させた。重要なことには、このような条件により、培養物のpHが4.5未満に低下することを防ぐ。
【0063】
株は、16~24時間の期間にOD600がおよそ10まで典型的に増殖した。飽和した出発培養物は、500mLのエルレンマイヤーフラスコ内の同一TG培地50ml中に希釈してOD600を1.0とする(典型的に約1:10)。この培養物は、後期対数増殖期のOD600が約6.0~6.5に達するまで250rpm、30℃で振盪させることにより再度増殖させた。これは、典型的に、約5~6時間掛かったが、この時間は、株に応じて変動した。更に大規模に改変した株の一部は、この前駆株よりも緩徐に増殖する。それほど大規模には改変しない株は、OD600がわずか5~6で飽和に達し、この場合、細胞は、OD600が3.0~3.5で回収して、細胞を後期対数増殖期で回収することを目標とした。
【0064】
培養物増殖の間に準備を行って、回収後の形質転換の迅速な進行を確実とした。10mg/mLの一本鎖サケ精子DNA(ssDNA)の溶液をサーモサイクラー内で5分間、100℃まで加熱し、次いで、チューブを氷水浴により急速に冷却することによって調製した。1.5mLのエッペンドルフチューブを各個々の形質転換のために準備して、氷上で冷却した。ssDNA溶液10μLをチューブのそれぞれに加えた後、形質転換予定の実験DNA(直鎖状又は環状)を理想的には5μL株に加えた。場合により、特に、複数の断片がともに導入される場合、DNAをすべて5μLに適合させることが難しく、この場合は、実験DNA最大10μLを使用することができる。理想的には、実験DNAの濃度は、少なくとも200ng/μLとするべきであり、このため、形質転換可能な総DNA少なくとも1μgを形質転換チューブ毎に加える。
【0065】
形質転換のための細胞を化学的に調製するために、最終濃度40%のポリエチレングリコール(分子量約3,000~3350、Sigma-Aldrich社のPEG3350としても知られる)、0.2Mの酢酸リチウム、0.1Mのジチオスレイトール、0.2×YPD培地(1×YPD培地は、1リットルあたり、酵母抽出物10g、ペプトン20g及びグルコース20g)を含む、滅菌形質転換混合物(TM)を調製する。実践では、このTMは、形質転換当日に3つの保存液を混合することにより調製する。2Mの酢酸リチウムは、蒸留水ではなく1×YPD培地中に作製する。これを滅菌濾過して1mLのアリコートに-20℃で保存後、使用する。1Mのジチオスレイトールは、水ではなく1×YPD培地中に同様に調製し、これもまた、滅菌濾過して1mLのアリコートに-20℃で保存後、使用する。最終的には、50%のPEG3350の溶液を蒸留水中に調製し、滅菌濾過して、気密容器内に室温で保存する。PEG3350は、空気中で緩徐に酸化すると考えられ、この時間に溶液のpHは低下する。一般には、形質転換に使用するPEG3350のすべてのストックは、保存期間が2カ月未満であり、pHは5.0以上であった。「TM」の調製物10mLは、YPD中の滅菌酢酸リチウム1mL、YPD中の滅菌ジチオスレイトール1mL、及び滅菌PEG3350溶液8mLをともに混合することにより、形質転換当日に新鮮に作製した。この粘稠性TMを徹底的にボルテックスして、適切な混合を確実とした。次いで、これを氷上に保存した後、形質転換において使用した。
【0066】
形質転換する培養物が後期対数増殖期に達すると、細胞を6500rpmで5分間、穏やかな冷却条件下(12℃)で遠心分離した。この時点以降は、培養物を可能な限り迅速に取り扱い、熱ショック工程に対して株を得るのに掛かる時間を可能な限り削減した。上清を流し捨て、細胞ペレットをTM 1mL中に再懸濁して、同一条件下で再度遠心分離する。上清をマイクロピペットで除去する。最終的に、すすいだ細胞ペレットをTM 700μL中に再懸濁して、粘稠性細胞懸濁液を総量約900μL~1mL生成する。この懸濁液は、個々の形質転換約10回に対して十分である。すべての後続工程では、チューブを氷上で維持する。可能な限り迅速かつ注意深く、細胞懸濁液の部分85μLを、冷却した形質転換チューブのそれぞれに等分して、徹底的に混合する。各チューブに既に存在する混合DNA15μLと合わせて、これにより形質転換1回あたり総混合物100μLが得られる。チューブを42℃の水浴又は加熱ブロックに45分間配置することにより、各形質転換に対して熱ショック工程を行う。
【0067】
45分の熱ショック工程後、チューブをすぐに氷上に戻し、次いで、ペレット形成し、選択可能な培地がドロップアウト培地(特定の栄養素、例えば、ウラシルを欠く培地)であるべき場合、選択に使用する寒天基礎培地の液体培地バージョン1mLにより、フルスピードの微量遠心管内で細胞をすすぐ。本発明者らの形質転換の大多数では、URA3又はTRP5を選択可能なマーカーとして利用したため、ウラシル又はトリプトファンのいずれかをそれぞれ欠く(「ドロップアウト」した)完全培地(2%のグルコースを加える)を使用して再懸濁し、細胞をすすいだ。各形質転換の細胞を遠心沈降し、上清をピペットで除去する。各ペレットを新鮮な選択培地300μL中に再懸濁し、2%の寒天を加えた選択培地を含むプレート内に各懸濁液を広げる。懸濁液の1/10を第1のペトリ皿上に、懸濁液の9/10を第2のプレート上に広げるのが常道である。乾燥後、プレートを30℃でコロニーが現れるまで、典型的には2~4日インキュベートする。G418のような抗生物質を選択に使用する場合、細胞を液体の1×YPD培地1ml中に再懸濁し、液体の1×YPD 4mlを含む15mlのチューブに加え、30℃で3時間、回転又はショックを与える。3時間後、細胞は、5,000rpmでペレット形成させ、1×YPD 0.5ml中に再懸濁し、抗生物質を加えた1×YPDを含む選択プレート上に播種する。適切な抗生物質濃度は、親株のいかなるバックグラウンド増殖をも排除するのに必要な最低濃度であり、各株についてパイロット実験により決定すべきである。典型的適切な濃度は、G418では200mg/L、ハイグロマイシンでは300mg/L、ゼオシンでは200mg/Lである。
【0068】
直鎖状DNA、又はオーバーラップする末端の相同組換えによりin vivoで構築する直鎖状DNA断片の混合物を使用する場合、受領株がΔnej1である場合、及び選択可能な遺伝子がURA3である場合、上記の方法を使用して約10~200種の形質転換コロニーを得るのが典型的である。特異的染色体標的内に組み込むことが望ましい、直鎖状DNAによる形質転換では、個々のコロニーを正確な所望の組込み構造について、Phire Plant PCR Kit (Thermo Fisher社)を供給者の指示に従って使用したコロニーPCRにより試験する。PCRプライマー対は、組み込んだDNA及び隣接染色体DNAの間の接合部の1つを挟んで配置して、形質転換混合物の残りとして存在し得るか又は非相同末端結合により染色体のランダムな位置に組み込んだカセット自体の内部部位によるPCRプライミングを回避すべきである。本発明者らは、カセットの一端の1つの接合部は正確であるが、他端は正確ではないと思われる場合を理解しているため、PCRプライマー対の2つの異なるセットを使用して、1つは、組み込んだカセット及び周囲の染色体DNAの間の2つの各接合部のために使用することが最良である。
【実施例2】
【0069】
形質転換可能な低ピルビン酸D-乳酸産生酵母の構築
SD1566は、クルイベロマイセス・マルシアヌスのクラブトリー陽性株の改変派生株であり、大腸菌ldhA(EcldhA)遺伝子を発現するようにデザインしたカセットの3つの組み込まれたコピーを含む。SD1566の構築及び起源は、米国特許仮出願第62/631,541号に記載されており、この全体は、本明細書において参照により組み込む。SD1566では、3つのEcldhAカセットをKmPDC1、KmGPP1及びKmNDE1座位に挿入する。3つすべての場合では、EcldhA遺伝子は、KmPDC1プロモーターにより駆動されるが、染色体配列は、欠失しなかった。SD1566の前駆株であるSD1555は、KmPCK1座位に挿入されたEcldhAの第4のコピーを含んだが、SD1566が生じたベータ-クロロ乳酸に対する耐性のための選択の間にKmPCK1座位全体及び周囲のDNAの自然欠失が生じ、グルコース新生を行う能力が欠乏するpck1-表現型をSD1566に残した。SD1566において自然に生じた別の表現型は、DNA形質転換受容性の欠乏であった。それにもかかわらず、SD1566のD-乳酸生産性が高く、ピルビン酸生産性が低いため、本発明者らは、SD1566の望ましい特徴を含む株を更に開発する方法を発見せざるを得なかった。
【0070】
SD1566の前駆株は、SD1524であり、これは、SD1566と同一のEcLdhAの3つのコピーを含んだが、SD1524は、インタクトかつ機能性のPCK1遺伝子を含んだため、唯一の炭素源として非発酵性炭素源、例えば、グリセリン、D-乳酸、L-乳酸、又はコハク酸により最小培地上で増殖させることができた。SD1524は、KmURA3遺伝子を欠失させたため、ura3-表現型を有した。したがって、SD1566は、URA3+、pck1-であり、一方、SD1524は、ura3-、PCK1+である。
【0071】
本発明者らのクルイベロマイセス・マルシアヌス株はすべて両交配型の一倍体の混合物を含むと想定されるため、本発明者らは、SD1566(URA3+、pck1-)がSD1524(ura3-、PCK1+)と交配可能であり、2%のL-乳酸カリウム、pH5.0を唯一の炭素源として含むウラシルドロップアウト最小培地(Sigma Aldrich社)(CM、-ura、+L-Lac)上での増殖により、二倍体が選択可能であると考えた。SD1566及びSD1524を、2%の寒天及び2%のデキストロースからなる「交配培地」上のパッチにおいて株をともに混合し、30℃で一晩インキュベートすることにより交配した。次いで、交配したパッチをCM、-ura、+L-Lacプレートにレプリカプレーティングし、37℃でインキュベートした。2日後、おそらくは二倍体株が現れ、これは、筋状に単一のコロニーを産生し、次いで、これらを2%の寒天、1%の酢酸カリウム、0.1%の酵母抽出物、及び0.05%のデキストロースからなる「芽胞形成培地」に貼った。芽胞形成培地プレートを30℃で4~7日間インキュベートした。芽胞形成は、顕微鏡により確認し、約70%以上の芽胞形成効率が見られた場合、ランダム芽胞解析を実施した。ランダム芽胞解析では、細胞量およそ20マイクロリットルを楊枝で掻爬し、200unit/mlのザイモリアーゼ(Zymo Research社)を含む緩衝液(10mMのトリスHCl、pH6、1mMのNa2EDTA)0.25ml中に再懸濁し、37℃で45分間インキュベートして栄養細胞を殺傷し、芽胞を濃縮した。次いで、懸濁液を57℃で15~25分間加熱処理して、栄養細胞を殺傷することにより芽胞を更に濃縮した。次いで、芽胞を段階希釈してYPD寒天(1%の酵母抽出物、2%のペプトン、2%のグルコース、2%の寒天)上に播種し、生じる単一コロニーを、2%のグルコースを炭素源として加えたウラシル含有完全最小培地(Sigma Aldrich社)、2%のグルコースを炭素源として加えたウラシルドロップアウト完全最小培地(Sigma Aldrich社)、又は2%のL-乳酸カリウムを唯一の炭素源として加えたウラシル含有完全最小培地(Sigma Aldrich社)上に播種することによりURA3及びPCK1表現型について確認した。
【0072】
実施例2のura3+及びPCK1+に記載のように、高力価のD-乳酸(100g/Lを超える)、低力価のピルビン酸(1g/L未満)を産生する能力の保持について、生じる一倍体由来株をスクリーニングした。MYR2755と命名されたこのような1つの株は、DNAにより形質転換される能力をも回復したため、更なる開発のために選択した。MYR2755の更なる改変を促進するために、図1の配列番号1に提示するDNA配列に示すカセットを使用して、このNEJ1遺伝子を欠失させた。MYR2755の最初の形質転換体は、ウラシルドロップアウト培地上で選択してURA3+とし、これをMYR2785と命名した。MYR2785は、ウラシルを含まない最小培地上で増殖可能であったため、以下に提示する実施例のいくつかにおける対照親株として使用した。5-FOA上での選択によるURA3遺伝子のループアウト後、ura3-であるΔnej1派生株のMYR2787は、次いで、以下に提示する実施例に記載のように、FFZ1発現カセットの第1及び後続の導入の親とした。
【実施例3】
【0073】
D-乳酸産生酵母における第1世代FFZ1発現カセットの構築
ジゴサッカロマイセス・ベイリー又はジゴサッカロマイセス・ロキシーのいずれか由来のFFZ1遺伝子を、4番染色体上のゲノム座位における相同組込みにより発現させて、この座位における天然KmADH2遺伝子を破壊した。組込みカセットは、1)bp番号1~501の天然ADH2 ORFのコード配列に対応する501bpの「ADH2上」DNA、2)部分的ADH2 ORFの翻訳を終了させる翻訳終止コドンとして作用するはずのTAA終止コドン、3)KmPDC1プロモーターを含む1000bpの配列、4)それぞれジゴサッカロマイセス・ベイリー又はジゴサッカロマイセス・ロキシー由来のZbFFZ1 ORF(オープンリーディングフレーム)又はZrFFZ1 ORF、5)サッカロマイセス・セレビシエURA3プロモーターの上流及び下流の両方に配置する修飾サッカロマイセス・セレビシエURA3遺伝子ターミネーター配列及びORFからなるScURA3カセット、6)22bpの「D+」合成DNA配列(AACTTAGACTAAGGAGGTTTGG)、並びに7)天然ADH2遺伝子のbp番号502~1001のコード配列に対応する500bpの「ADH2下」配列からなる。ZbFFZ1及びZrFFZ1組込みカセットの構造を示す図は、図2に提示し、ZrFFZ1バージョンのDNA配列は、配列番号2として提示する。
【0074】
カセットの相同組込みは、それらの末端におけるオーバーラップ相同性を有するin vivo構築DNA断片を使用して実行し、これは、PCRにより生成し、すべてD-乳酸産生株である受領株のMYR2787に、およそ等モル濃度で、ともに形質転換した(実施例2を参照)。組込み体は、ウラシルを含まない最小2%グルコースプレート(ウラシル不含CM、Sigma Aldrich社)上で選択し、精製のために同一培地上にほぼ筋状に配置して、コロニーPCRにより所望の組込み現象について試験した。次いで、ScRRA3遺伝子ターミネーター反復配列により、ScURA3カセットの相同「ループアウト」が5-FOAを含む培地上で可能となって(米国特許仮出願第62/631,541号を参照)、FFZ1発現カセットが組み込まれたままとなり、株が表現型的にura3-となって、更なる改変のためのURA3マーカーの反復使用が促進される。
【0075】
このような得られたURA3+形質転換体(例えば、ZbFFZ1カセットのためのSD1748並びにZrFFZ1カセットのためのSD1751及びSD1755)の配列を検証し、また、BioLector発酵において、これらの糖、スクロース、グルコース及びフルクトースの利用について試験した。
【0076】
ZbFFZ1は有意には作用せず、ZrFFZ1は測定可能に作用したことを示す、このようなBioLector実験からの結果は、図3A及び図3Bに提示する。
【0077】
BioLector実験では、ZrFFZ1カセットの導入により、フルクトースの利用がグルコースの利用に対して向上したことを示した。例えば、利用されたフルクトースの利用されたグルコースに対する比率を2つの異なる時点で算出し、FFZ1を欠く親株(MYR2785)と比較する場合、この比率は、約0.32から約0.44まで向上する(12%のスクロース培地、48時間のデータ)。出発培地中12%のスクロースを使用するのではなく、出発培地中6%のグルコースと6%のフルクトースとの混合物を使用して実験を行う場合、この向上は、約0.3から約1.3までと更に大きい(16時間のデータ)。まとめると、このような結果は、SD1755株(ZrFFZ1を有する)が、フルクトース利用に関して数ある中でも最良株であったため、更なる改変のために使用したことを示す。SD1755は、pH調節7リットル発酵槽においてMYR2785と比較し、フルクトースは、SD1755によって更に早く、再び消費された(実施例6を参照)。
【0078】
ScURA3遺伝子を、5-FOA上での選択によりSD1755から欠失させ、生じるura3-派生株をSD1774と命名し、更なる改変が可能であった。これは、実施例4において、D-乳酸産生株からL-乳酸産生株に変換した。
【実施例4】
【0079】
L-乳酸産生株KMS1017及び更なる改変に適するこのura3-派生株KMS1019の構築
D-乳酸産生株のいずれかに組み込んだカセットのいずれかにおいて、PaldhLオープンリーディングフレームをEcldhAオープンリーディングフレームと交換するためのカセットを含むようにデザインしたプラスミドpMS155を、NEBuilder HiFi Assembler Cloning Kitを使用して構築した(図4及び配列番号5を参照)。このPaldhL交換カセットは、pMS155からPCRにより増幅し、SD1774に形質転換して、URA3+形質転換体のために選択した。次いで、URA3+コロニーをコロニーPCRにより試験して、EcldhA遺伝子の3つのコピーのうちのいずれが置換されたかを判定した。KMS977株は、GPP1座位にコピーが置換されたことを示した。次いで、KMS977のURA3遺伝子は、相同組換えにより欠失させ、5-FOAを含む培地上で選択し、KMS984を生成した。その後、KMS984を同一の交換カセットにより形質転換し、今回は、NDE1座位のEcldhAを置換してKMS1001を得た。次いで、KMS1001のURA3遺伝子を、5-FOAを含む培地上での選択により欠失させて、KMS1004株を生成した。KMS1004を同一の交換カセットにより形質転換し、PDC1座位に最後に残存するEcldhA遺伝子を交換して、L-乳酸のみを産生するKMS1017を生成した。URA3カセットは、上記のようにKMS1017から欠失させて、KMS1019を得た。KMS1017は、PaldhLカセットのみを含むため、L-乳酸のみを産生する。KMS1019は、ura3-であるため、実施例5のように、更なる遺伝子改変のために設定する。
【実施例5】
【0080】
ジゴサッカロマイセス・ロキシーFFZ1遺伝子の組込みの再デザイン及び機能の向上
ZrFFZ1発現カセット遺伝子の1つのコピーを4番染色体上のKmADH2の中位へ挿入することから生じる、フルクトース利用のグルコース利用に対する中程度であるが測定可能な上昇を考慮すると、本発明の既存のD-乳酸産生株SD1755及びMYR275にZrFFZ1発現カセットの追加のコピーを加えることにより、フルクトース利用を更に向上させることが望ましかった。ZrFFZ1は、異種宿主において発現した場合、フルクトース透過性の通常強力な機能を複製することが、単純に不可能である可能性が存在した。この理論を試験するために、クルイベロマイセス・マルシアヌスにおける有効性を向上させる組込み方法を見出そうと試みて、ZrFFZ1発現カセットを2つの新たな方法により再デザインした。
【0081】
新たな2つの組込みカセットを、クルイベロマイセス・マルシアヌスにおいてZrFFZ1を発現するようにデザインした。JSS89と命名した一方は、KmADH6 ORFの中位に挿入するようにデザインした。JSS90と命名した他方は、KmADH6のORF全体を欠失及び置換するようにデザインした。2つのカセット、JSS89及びJSS90の構造は、図5及び図6にそれぞれ示す。このような2つのカセットのDNA配列は、配列番号3及び配列番号4にそれぞれ提示する。TAA終止コドンの後に、実施例2のカセットデザインにおいて使用した同一の1,000塩基対のKmPDC1プロモーター(PPDC1 1,000bp)を再度使用して、このような新たなカセットの両方からZrFFZ1発現を駆動させた。新たな両カセットは、実施例2におけるSD1755の生成に使用した前のデザインとは異なるが、JSS89及びJSS90の両方がジゴサッカロマイセス・ロキシー由来のZrFFZ1遺伝子の天然ターミネーター配列を利用するため、両方の場合においてサッカロマイセス・セレビシエURA3を選択マーカーとして使用したが、これは、2つのカセットに別々に導入して本発明の乳酸産生株への組込みを促進させた。pJSS89カセットは、FFZ1遺伝子と逆方向にScURA3を発現し、このためカセットは、本発明の株系統における前の組込み現象において後に残されたDNA「瘢痕」内に組込み不可能であった。pJSS90カセットでは、ZrFFZ1 ORFのコピー及び207塩基対の天然ZrFFZ1ターミネーターの後に直列する、天然ターミネーターを欠く、わずかに短縮したScURA3遺伝子を発現させることにより、同一の問題を回避した。ScURA3プロモーター及びORFの後には、900bpのZrFFZ1全ターミネーターを配置し、ScURA3転写終了させ、その上、5-FOA選択によるマーカー遺伝子の除去を可能とする207塩基対のダイレクトリピート配列を提供するために、ここで使用した。

【0082】
JSS89カセットでは、900bpのZrFFZ1全ターミネーターの後に、KmADH6の天然ターミネーターに対応する220bpの配列を配置した。この後には、完全逆位ScURA3マーカー、次いで、KmADH6配列の中心に対応する500bpのDNA断片を配置した。KmADH6のATGから270bp下流に天然に現れるこの断片は、カセットの「下流」組込みフランクとして作用する。このカセットの前に存在する前述のTAA-PPDC1-1,000bpプロモーター構築物は、KmADH6の上流の制御領域に対応する500bpのDNA断片であった(約510bp~約10bp、ATGに対して5')。これは、全カセットの「上流」組込みフランクとして作用した。
【0083】
JSS89及びJDSS90組込みカセットの構築に必要とされるDNA断片(各隣接断片と相同な60bpのオーバーラップDNA領域を有する)をPCRにより生成し、等モル量で混合した。次いで、この混合物を、SD1755(SD1774と呼ぶ)及びMYR2785(MYR2787と呼ぶ)のΔura3派生株に、上記の方法により形質転換し、オーバーラップ断片をともに結合して、相同組込みにより組み込んだ。URA3+形質転換クローンをコロニーPCRによりスクリーニングして、図5及び図6のカセットの各株への正確な組込みを同定した。複数の単離株における各クローンの発酵を、12%のスクロース及び150mMのリン酸アンモニウム緩衝液、pH6.3を含むSDM2最小培地を使用して、BioLector Basic(m2p Labs社より販売)により行った。株は、低pHのために増殖が終わるまで、75時間培養した。試料は、HPLCによってD-乳酸について解析した(図7)。
【0084】
前の結果から予想したように、ZrFFZ1の追加のコピーを加えると、すべての株においてフルクトース利用の速度が更に上昇した。pJSS90カセットは、SD1755のKmADH2において組み込んだ、これまでの挿入カセットとおよそ等しく挙動した。それぞれにおいて、使用されたフルクトース対使用されたグルコースの比率は、親株と比較しておよそ0.1~0.2上昇した(図7)。pJSS90カセットのSD1774への組込み体では、MYR2787へ行った類似の組込みよりも、使用されたフルクトース対使用されたグルコースの比率に関して、比例して高くなるため、組み込んだ2つのカセットからの寄与は、ほぼ相加的であった。
【0085】
しかし、予想外に、ZrFFZ1遺伝子をADH6に導入するようにデザインした2つのカセット間の能力において劇的な差が存在した。JSS90のMYR2787への組込みにより、使用されたフルクトース対使用されたグルコースの比率が0.35から0.55まで上昇したが、JSS89カセットの1つのコピーを加えると、これが1.65までも上昇し、これまでの挿入カセットのいずれかと比較して有効性がおよそ6倍上昇した(図7)。この単一の劇的な上昇は、株の代謝をグルコース親和性からフルクトース親和性へ完全に変化させるのに、それだけで十分過ぎるものであった。興味深いことには、両カセットが[使用されたフルクトース]/[使用されたグルコース]の上昇を1.65から1.85までしか示さなかったため、最初のカセットの作用がはるかに小規模のままであると思われたが、この作用も、ADH2における最初のZrFFZ1カセットの作用に対して相加的であった。
【0086】
それぞれの場合では、ZrFFZ1の更なるコピーを、このようなクルイベロマイセス・マルシアヌスの改変株に加えると、本来グルコース親和性の株が、増殖の間にフルクトースを吸収及び代謝する能力が増強された。この作用は、明白であるが、Kmにおけるこの特異的異種アレルによるだけではなく、この発現の状況にも起因する。KmADH6の代わりにZrFFZ1を組み込み、その上、この遺伝子の後に天然Zr DNAの伸長したターミネーター配列を使用することにより(900bp)、フルクトース利用の大規模かつ予期しない強化が可能となった。新たなKm D-乳酸産生株(Table 2(表2)に列挙)が、完了まで実行した塩基調節7L発酵においても、これらのフルクトース親和性特性を保持したように(実施例6を参照)、この強化は、種々のサイズ及び長さの発酵において一貫して見られた。
【0087】
ZrFFZ1発現のためのJSS89に基づく「置換」カセットの特性変更能力は、L-乳酸産生株KMS1017派生株KMS1019に導入した場合、同様に機能した(実施例4を参照)。KMS1017のΔura3派生株であるKMS1019に加えた場合、フルクトース利用において同様の向上が得られた。JSS89カセットのKMS1019への形質転換により得られた5つの単離株の要約は、Table 3(表3)に提示する。新たな株はすべて、発酵の初期に、pHを定常の6付近に維持するために炭酸カルシウムを含んだ振盪フラスコ発酵において、フルクトース親和性特性の向上を示した(図8)。振盪フラスコにおいて観察されたフルクトース利用の向上の規模が、上記のBioLector発酵における規模よりも小さいことに留意されたい。JSS89カセットを含んだKMS1019の最良派生株を、水酸化カルシウムの供給によりpHを調節した7リットル発酵において評価した。7リットル発酵では、最も能力の高い単離株は、JSS1397であった(実施例6を参照)。
【実施例6】
【0088】
pH調節7リットル発酵槽におけるZrFFZ1カセットを含む株によるL-乳酸又はD-乳酸の産生
酵母株JSS1397の接種材料を、500mlの緩衝振盪フラスコ内のYPS-MES培地(Table 4(表4)を参照)150ml中37℃でOD600nmが3.0~4.0まで増殖させた。150mlをAM1S培地4リットルに接種した(Table 4(表4)を参照)。インペラ速度は、750rpmであり、通気は、300ml/分であり、出発量の0.075vvmと等しかった。出発pHは、約6.8であった。pHは、撹拌リザーバー内で懸濁を維持した3モルの水酸化カルシウムスラリーを自動調節蠕動ポンプで汲み上げることにより調節した。pH設定点は、ゼロ時間(接種時間)から25時間まで直線的方法で、pH4.25まで自動的に勾配下降(すなわち、低下)させた。25時間で、設定点をpH3.5に変更した。これにより、L-乳酸が更に産生されるようにpHを自然に低下させることが可能となった。45時間発酵の終了時に、最終pHは、3.5であった。pHの勾配により、乳酸カルシウムの沈殿を防いだ。図16では、乳酸カルシウムの溶解性をpHの関数として示す。
【0089】
45時間では、L-LAC力価は126g/Lであり、算出した収率は0.85g/gスクロースであった(図12図16のYL487及びYL488と命名した2つ組による発酵の平均)。L-LACの最大特異的生産性は、3.75g/L-hrであり、累積生産性は、3.4g/L-hrであった。JSS1397の最終L-乳酸力価は、対照株KMS1017の力価(図13図16において発酵YL492と命名)と同様であったが、JSS1397による産生の速度は、更に速かった(図13)。フルクトース利用の速度の上昇は、スクロース加水分解後に遊離フルクトースを測定することにより見ることができた(図14)。より更に劇的なのは、図15に示すグルコース対フルクトース利用の比率である。JSS1397のグルコース対フルクトース利用速度の比率は、発酵の大半においておよそ同一であったが、対照株KMS1017は、発酵の初期には、フルクトースの2倍の速さでグルコースを使用し、EFT(発酵経過時間)27時間において、残存するフルクトース対グルコースの比率が4:1であった場合、グルコース及びフルクトースを同一の速さで短時間に使用したのみであった。
【0090】
同様の7リットル発酵では、D-乳酸産生株SD1755(ZrFFZ1の1つのカセットを含む)、MYR2879(ZrFFZ1の2つのカセットを含む)又はMYR2785(ZrFFZ1カセットを含まない)を比較した。この場合では、出発スクロース濃度は、180g/Lとわずかに低かった。図17に示すように、フルクトース消費速度は、MYR2879及びSD1755の両方によって、MYR2785による場合よりも上昇した。その上、MYR2879は、SD1755のそれよりも早いフルクトース消費を示した。この比較について得られた最終発酵パラメータは、Table 5(表5)に提示する。
【実施例7】
【0091】
L-乳酸のためのサトウキビ汁発酵におけるフルクトース問題の解決
気候が熱帯又は温暖な多くの地域では、サトウキビが、発酵性糖の好ましい原料である。収穫後、サトウキビは、機械的に砕き、圧搾して汁を抽出し、次いで、サトウキビ汁をいくつかの工程において精製して糖を生成する。サトウキビ汁における主な糖は、スクロースである。商業生産では、サトウキビ汁は、いくつかのバイオ化学物質を生成する低価格原料として使用するのに好まれる。クルイベロマイセス・マルシアヌスは、細胞膜の外部でスクロースをグルコース及びフルクトースに加水分解する酵素を分泌し、次いで、グルコース及びフルクトースは、細胞内に取り込まれ、ここでこれらは解糖系に進入する。クルイベロマイセス・マルシアヌス酵母を高濃度のスクロースを含むサトウキビ汁において増殖させる場合、細胞外グルコース及びフルクトースのインベルターゼによる産生は、細胞がグルコース及びフルクトースを取り込む能力を上回るため、グルコース及びフルクトースは、細胞外に蓄積する。発酵が進むにつれて、グルコースは、フルクトースよりも急速に使用されるため、発酵時間を延長して、フルクトースのすべてを消費させなければならない。この現象は、フルクトース問題と呼ばれ、以下の実験のようにL-乳酸産生の場合において明白に例示される。
【0092】
この現象を解明するために、ZrFFZ1カセットを含まない新たなL-乳酸産生株を構築した。バチルス・コアグランスBC060由来の乳酸デヒドロゲナーゼ遺伝子を選択して、クルイベロマイセス・マルシアヌス酵母において発現させた。D-乳酸産生株のいずれかに組み込んだカセットのいずれかにおいて、BcldhLオープンリーディングフレームをEcldhAオープンリーディングフレームと交換するためのカセットを含むようにデザインしたプラスミドpBc-ldhL-OP2-intを、NEBuilder HiFi Assembler Cloning Kitを使用して構築した(図18及び配列番号7を参照)。このBcldhL交換カセットは、pL-BCldhからPCRにより増幅し、MYR2787に形質転換して、URA3+形質転換体のために選択した。次いで、URA3+コロニーをコロニーPCRにより試験して、EcldhA遺伝子の3つのコピーのうちのいずれが置換されたかを判定した。MYR2891株では、コピーがGPP1座位に置換されたことを示した。次いで、MYR2891のURA3遺伝子は、相同組換えにより欠失させ、5-FOAを含む培地上で選択し、MYR2891-uraを生成した。その後、MYR2891-uraを同一の交換カセットにより形質転換し、今回は、NDE1座位のEcldhAを置換してMYR2892を得た。次いで、MYR2892のURA3遺伝子を、5-FOAを含む培地上での選択により欠失させて、MYR2892-ura株を生成した。MYR2892-uraを交換カセットにより形質転換し、PDC1座位に最後に残存するEcldhA遺伝子を交換して、L-乳酸のみを産生するMYR2893を生成した。MYR2893は、BcldhLカセットのみを含むため、L-乳酸のみを産生し、ZrFFZ1カセットを含まない。
【0093】
JSS1397(ZrFFZ1カセットを含む)及びMYR2893(ZrFFZ1を含まない)のL-乳酸発酵を、pH調節5リットル発酵槽において実施した。酵母株JSS1397及びMYR2893の接種材料を、500mlの緩衝振盪フラスコ内のYPS-MES培地(Table 4(表4)を参照)150ml中37℃でOD600nmが3.0~4.0まで増殖させた。150mlをAM1CJ培地3リットルに接種した(Table 4(表4)を参照)。インペラ速度は、750rpmであり、通気は、195ml/分であり、出発量の0.065vvmと等しかった。出発pHは、約6.8であった。pHは、撹拌リザーバー内で懸濁を維持した3モルの水酸化カルシウムスラリーを自動調節蠕動ポンプで汲み上げることにより調節した。pH設定点は、ゼロ時間(接種時間)から25時間まで直線的方法で、pH4.1まで自動的に勾配下降(すなわち、低下)させた。25時間で、設定点をpH3.5に変更した。これにより、L-乳酸が更に産生されるようにpHを自然に低下させることが可能となった。各株の発酵実験は、2つ組による発酵であり、平均結果をTable 6(表6)に要約した。
【0094】
図19に示すように、発酵の間のJSS1397培養物中の遊離フルクトースは、MYR2893の遊離フルクトースよりも劇的に減少した。その上、JSS1397培養物中のフルクトースは、27時間以内にフルクトース消費速度3.66gL-1hr-1で完全に消費された。これは、30時間で、フルクトース消費速度3.28gL-1hr-1でフルクトースが完全に消費されたMYR2893のそれよりも早かった。この実験は、ZrFFZ1カセットを有する細胞が、L-乳酸産生のためのサトウキビ汁発酵におけるフルクトース問題を解決可能であることを明白に実証した。
【実施例8】
【0095】
サッカロマイセス・セレビシエエタノール発酵におけるフルクトース問題の解決
サトウキビ汁に由来する糖のサッカロマイセス・セレビシエ酵母株による燃料及び飲料への使用のためのエタノールへの発酵を大規模に実施する。クルイベロマイセス・マルシアヌスと同様に、サッカロマイセス・セレビシエは、細胞膜の外部でスクロースをグルコース及びフルクトースに加水分解する酵素を分泌し、次いで、グルコース及びフルクトースは、細胞内に取り込まれ、ここでこれらは解糖系に進入する。サッカロマイセス・セレビシエの場合では、分泌された酵素は、他の名称の中でもインベルターゼ又はスクラーゼ若しくはスクロース加水分解酵素と命名する。サッカロマイセス・セレビシエを高濃度のスクロースを含む培地中で増殖させる場合、細胞外グルコース及びフルクトースのインベルターゼによる産生は、細胞がグルコース及びフルクトースを取り込む能力を上回るため、グルコース及びフルクトースは、細胞外に蓄積する。発酵が進むにつれて、グルコースは、フルクトースよりも急速に使用されるため、発酵時間を延長して、フルクトースのすべてを消費させなければならない。この現象は、以下の実験において例示される。
【0096】
市販の蒸留酒株エタノールレッド(LaSaffre Advanced Fermentations社)を微好気性振盪フラスコ(250mlのエルレンマイヤー内に100ml、80rpm、無スロッシング)内34℃で、2×Yeast Nitrogen Base(Sigma-Aldrich社)及び12%w/vのスクロースからなる培地で増殖させた。スクロース、グルコース、及びフルクトースの濃度をHPLCにより時間の関数として測定した(図9)。発酵終了時に、グルコースよりも実質的に多くフルクトースが残存したため、エタノールレッドが「フルクトース問題」を有することは明白であった。
【0097】
サトウキビ汁中のスクロースは、処理及び/又は保存の間に加水分解されることが多い。例えば、高品質な糖蜜の生成では、サトウキビ汁を加熱し、水を蒸発させて、濃縮混合物を形成する。熱への曝露、わずかに酸性のpHの結果、及びおそらくは酵素のため、大部分のスクロースは、グルコースに加えてフルクトースに加水分解される。このような混合物から作製した培地を模倣するために、上記の実験を繰り返したが、培地は、6%w/vのグルコース及び6%w/vのフルクトースを加えた2×Yeast Nitrogen Baseとした。結果は、図10に示す。この場合もやはり、発酵終了時に、グルコースよりも多くフルクトースが残存するため、出発培地がスクロースを含む場合だけでなく、出発培地がグルコースとフルクトースとの混合物を含む場合も「フルクトース問題」が存在する。
【0098】
次いで、サッカロマイセス・セレビシエにおけるフルクトース問題が、発現カセットへのZrFFZ1遺伝子の導入により解決可能であることが示された。サッカロマイセス・セレビシエにおけるZrFFZ1の発現では、強力な構成的ScADH1プロモーターからZrFFZ1オープンリーディングフレームを発現し、サッカロマイセス・セレビシエMEL5遺伝子由来の転写ターミネーターを有するカセットを構築した。カセットは、HO座位に相同な約1kbの隣接DNA配列を導入することによりHO座位に組み込むようにデザインした。上記のDNA配列成分はすべて、PCRによりPhusion High Fidelity PCR Master Mix(New England Biolabs社)を使用して、製造者のプロトコールに従って生成した。DNA配列成分は、pRY789と命名する、大腸菌において複製するプラスミド内に、NEBuilder HiFi DNA Assembly Cloning Kit(New England Biolabs社)を使用して、製造者のプロトコールに従って構築した。pRY789の構造は、図11に示し、pRY789全体のDNA配列は、配列番号6に提示する。発現カセットは、サッカロマイセス・セレビシエについて当技術分野において周知の方法である、形質転換受容性細胞の生成、及び抗生物質G418耐性をもたらす複製プラスミドによる直鎖状カセットDNAの同時形質転換の組合せによりエタノールレッドのHO座位に組み込んだ(Gietz, 2014 #63; Rudolph, 1985 #80;米国特許第6,214,577号)。正確な組込み体は、個々のコロニーについての診断的PCRによりPhire Plant PCR Master Mix(ThermoScientific社)を使用して、供給者のプロトコールに従って同定した。
【0099】
ER+ZrFFZ1と命名する生じる株を、6%のグルコース及び6%のフルクトースを加えた2×Yeast Nitrogen Baseからなる培地を有する上記の微好気性振盪フラスコにおいて、親株であるエタノールレッド(ER)と比較したが、この実験では、温度を26℃まで下げて、糖が完全に消費される前の中間時点で、更なるデータを好都合に収集可能とした。図12に示すように、改変株ER+ZrFFZ1は、親株よりもフルクトースを速く、グルコースを遅く使用した。ER+ZrFFZ1によるフルクトース利用における向上は、中程度だが、有意であった。示すデータは、エタノールレッドの2つ組のフラスコの平均及びER+ZrFFZ1の3つ組のフラスコの平均である。最終結果は、フルクトース及びグルコースが、改変株により同様の速度で使用され、両方の糖がほぼ同時に完全に消費されたことである。ここで見られたパターンは、上記のD-乳酸又はL-乳酸産生のために改変した本発明のクルイベロマイセス・マルシアヌス株のパターンと類似する。
【実施例9】
【0100】
フルクトースリン酸化の速度の上昇
フルクトースの細胞への取込みのボトルネックに取り組んだ後、次の潜在的な速度制限工程は、フルクトキナーゼ(EC2.7.1.4)又はヘキソキナーゼ(EC2.7.1.1)のような酵素によりフルクトース-6-リン酸を産生する、フルクトースのリン酸化である。クルイベロマイセス・マルシアヌスは、2つの天然ヘキソキナーゼ遺伝子、GLK1及びRAG5を有する。コードされる酵素は、グルコース及びフルクトースの両方をリン酸化する。Arabidopsis thaliana(シロイヌナズナ)及びSolanum lycopersicum(トマト)のような植物は、特化したフルクトキナーゼをコードする、よく特徴づけられた遺伝子、例えば、AtFRK1-7及びSlFRK1-4を有する(Stein, 2018 #88)。このような遺伝子のいずれか由来の無イントロンオープンリーディングフレームは、PCRにより得ることができ(KmGLK1及びKmRAG5は、クルイベロマイセス・マルシアヌスゲノムから、又は植物遺伝子は、cDNAクローンから)、又はオープンリーディングフレーム(任意の小器官標的配列は含まない)は、gBlocks(Integrated DNA Technologies社)により合成し、酵母における強力な構成的プロモーター、例えば、クルイベロマイセス・マルシアヌスのKmPDC1プロモーターから発現させて、フルクトースの解糖系への流動を増加させることができる。発現カセットは、標的染色体組込み部位における遺伝子の非必須オープンリーディングフレームを正確に欠失させたL-乳酸産生酵母に組み込んだ。L-乳酸産生酵母であるKMS1019(KMS1017 ura-)、JSS1398(JSS1397 ura-)及びJSS1408(JSS1407 ura-)を親株として使用した。結果として、組換え酵母35種を、Table 7(表7)に列挙するように構築した。各組換え体は、L-LAC発酵の能力並びに糖消費について、2つの修飾を加えた、実施例7に上記の同一の実験方法として、pH調節5リットル発酵槽において判定した。第1に、150g/Lのスクロースを加えたAM1S培地を、この実験において使用した。第2に、発酵の開始時に、pHを3.5に設定した。これにより、L-乳酸が更に産生されるようにpHを自然に低下させることが可能となった。
【0101】
実験において、本発明者らは、JSS1408に由来するKmRAG5を含む、MYR3058及びMYR3059と呼ぶ細胞の予想外の挙動を見出した。両組換え酵母の培養物中の遊離フルクトースは、親株のそれと比較して劇的に減少した。この挙動を確認するために、MYR3059を選択して、JSS1407(JSS1408 URA+)と類似の遺伝的背景を有するJSS1397と比較した発酵能を判定し、これを使用して、本発明に従って能力を実証した。発酵能の判定は、この実施例において上記の同一の実験方法として、pH調節5リットル発酵槽において行った。結果は、フルクトキナーゼ遺伝子(RAG5)を有する酵母細胞において、図20に示すようにフルクトース消費が向上し、このような細胞のL-LAC産生能も、図21に示すように向上したことを例示する。
【実施例10】
【0102】
フルクトース-1,6-ビスリン酸を産生するフルクトース-6-リン酸リン酸化の速度の上昇
フルクトースの代謝におけるフルクトキナーゼ後の次の工程は、ホスホフルクトキナーゼ1(EC2.7.1.11)酵素によりフルクトース-1,6-ビスリン酸を得る第2のリン酸化である。クルイベロマイセス・マルシアヌスでは、野生型ホスホフルクトキナーゼ1は、八量体であり、2つの非同一サブユニットのそれぞれがKmPFK1及びKmPFK2遺伝子によりコードされる、4つのコピーからなる。この酵素は、ATPによりアロステリックに阻害される。これは、類似の酵素を有するサッカロマイセス・セレビシエにおいて、機能亢進性でありATPによる阻害に対して耐性の変異バージョンの生成方法が知られている(Lobo, 1982 #98; odicio, 2000 #113)。この変異バージョンは、単純な遺伝子改変によりクルイベロマイセス・マルシアヌス株に移植して、所望の化学物質、例えば、L-乳酸又はD-乳酸の産生を増加させる目的で、解糖系への流動を増加させることが可能である。加えて、同様の変異をクルイベロマイセス・マルシアヌスPFK遺伝子又はこの相同体に導入することができる。特に、フルクトース取込み能及び/又はフルクトキナーゼ活性が向上した株における、このような変異は、トリカルボン酸回路由来の産物を含む、解糖系に由来する所望の産物への流動を増加させるために有用である。
【0103】
上記のすべての実施例の結果は、本発明の概要に言及するように、フルクトース利用が向上することが本発明において発見された、少なくとも1つの異種DNAカセットを有する遺伝子改変酵母細胞が、フルクトース取込み輸送体として機能することを反映する。
【0104】
【表1A】
【0105】
【表1B】
【0106】
【表2】
【0107】
【表3】
【0108】
【表4A】
【0109】
【表4B】
【0110】
【表5】
【0111】
【表6】
【0112】
【表7A】
【0113】
【表7B】
【0114】
[参考文献]
図1
図2
図3A
図3B
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17
図18
図19
図20
図21
【配列表】
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