(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-04
(45)【発行日】2024-10-15
(54)【発明の名称】歯科用に好適なジルコニア成形体
(51)【国際特許分類】
C04B 35/486 20060101AFI20241007BHJP
A61C 13/083 20060101ALI20241007BHJP
A61C 5/77 20170101ALI20241007BHJP
A61K 6/818 20200101ALI20241007BHJP
A61K 6/822 20200101ALI20241007BHJP
A61K 6/887 20200101ALI20241007BHJP
A61K 6/898 20200101ALI20241007BHJP
A61K 6/831 20200101ALI20241007BHJP
【FI】
C04B35/486
A61C13/083
A61C5/77
A61K6/818
A61K6/822
A61K6/887
A61K6/898
A61K6/831
(21)【出願番号】P 2021552477
(86)(22)【出願日】2020-10-16
(86)【国際出願番号】 JP2020039157
(87)【国際公開番号】W WO2021075564
(87)【国際公開日】2021-04-22
【審査請求日】2023-02-21
(31)【優先権主張番号】P 2019190407
(32)【優先日】2019-10-17
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】301069384
【氏名又は名称】クラレノリタケデンタル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110004314
【氏名又は名称】弁理士法人青藍国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】加藤 新一郎
【審査官】田中 永一
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2014/181828(WO,A1)
【文献】特開2013-049616(JP,A)
【文献】国際公開第2018/056330(WO,A1)
【文献】国際公開第2011/021698(WO,A1)
【文献】特開2019-108289(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C04B 35/486
A61C 13/083
A61C 5/77
A61C 13/083
A61K 6/818
A61K 6/822
A61K 6/887
A61K 6/898
A61K 6/831
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ジルコニア成形体を湿式加工する工程を含み、
前記ジルコニア成形体が、
ジルコニアと、ジルコニアの相転移を抑制可能な安定化剤と、バインダーと、を含有し、
バインダーの含有率が4~10質量%であり、
開気孔率が25%以下である、ジルコニア焼結体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ジルコニア成形体に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、歯科用途において、歯科用CAD/CAMシステムにより、透光性が高く審美性に優れたシリケートガラスや、強度の高いジルコニアなどのセラミックス材料を患者の歯牙の患部に適合する形状に加工して焼成し、最終的な歯科補綴物として患者の口腔内へ装着する技術が行われており、ジルコニアが使用される場合、歯科用ジルコニアが使用されている。
【0003】
歯科用ジルコニアは、黎明期には強度は高いものの極めて不透明な品質であったが、患者の需要に伴い、近年では透光性が天然歯に近似するレベルまで高くなっている。また、従来、ジルコニアのみでの歯科補綴物の作製は歯科技工所で行われることが多かったが、歯科医院で短時間焼成可能なジルコニア仮焼体を用いて簡便に作製することも近年増えてきている。
【0004】
非特許文献1、2に記載されるように、一般的に、歯科用CAD/CAMシステムの加工機は湿式又は乾式の少なくとも一方の加工方法によるものか、あるいは湿式と乾式を兼ね備えるものがある。シリケートガラスのようなガラス材料の加工の場合、密度の高い材料であり、加工工具の焼き付き防止のため加工液が循環する湿式加工が選択され、歯科用ジルコニアに関しては仮焼体となっており、湿式又は乾式の少なくとも一方の加工方法が選択される。そのような中、湿式加工時に冷却溶媒をガラス材料とジルコニア材料とで共用することがあるが、その場合、ジルコニア焼結体が白色化することが知られている(特許文献1を参照)。そのため、通常はガラス材料を湿式加工した後にジルコニア材料を湿式加工する際は、冷却溶媒を交換する必要がある。
【0005】
一方、特許文献1には、前述のジルコニア焼結体の白色化を防止した歯科用ジルコニア仮焼体が開示されている。前記ジルコニア焼結体の白色化について冷却溶媒に溶け込んだガラス成分が原因であることが記載され、特定の含浸材を仮焼体に含浸することにより、汚染された冷却溶媒が浸透することを防ぎ、ガラス材料と共用した冷却溶媒を用いた湿式加工を行っても、ジルコニア焼結体の白色化が抑制されることが開示されている。ただし、特許文献1に開示されたジルコニア仮焼体を作製するためには、まず、ジルコニア原料顆粒をプレス成形してジルコニア成形体を作製し、その後、加工に耐えうる強度を得るため、通常は800~1200℃の範囲の温度で係留して仮焼する必要がある。さらに、仮焼体を作製した後に特定の含浸材にて処理する必要があるため、作製にかなりの手間がかかるという欠点がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【非特許文献】
【0007】
【文献】朝日レントゲン工業株式会社 製品情報、[online]、[令和1年8月19日検索]、インターネット<URL http://www.asahi-xray.co.jp/products/ceramill-motion2>
【文献】デンツプライシロナ株式会社 CEREC Milling Units、[online]、[令和1年10月7日検索]、インターネット<URL https://www.dentsplysirona.com/ja-jp/explore/cerec/produce-with-cerec.html>
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
以上より、歯科用CAD/CAMシステムによりガラス材料とジルコニア材料の湿式加工を行う際に冷却溶媒を併用した場合に、該冷却溶媒を使用して加工しても白色化が起きない歯科用ミルブランクを、より簡便に作製できることが求められている。
【0009】
本発明は、汚染された冷却溶媒を用いて歯科用CAD/CAMシステムで湿式加工した場合でも、焼成を行った際にジルコニア焼結体の透光性の低下が抑制され、かつ簡便にジルコニア焼結体を作製できるジルコニア成形体及び歯科用ミルブランクを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果、特定の開気孔率を有するジルコニア成形体とすることにより、上記のような歯科用ミルブランクを簡便に作製できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0011】
すなわち、本発明は以下の発明を包含する。
[1]ジルコニアと、
ジルコニアの相転移を抑制可能な安定化剤と、
バインダーと、を含有し、
開気孔率が25%以下である、ジルコニア成形体。
[2]前記開気孔率が5%以上である、[1]に記載のジルコニア成形体。
[3]前記ジルコニアと前記安定化剤と前記バインダーの合計質量に対するバインダーの含有率が3~10質量%である、[1]又は[2]に記載のジルコニア成形体。
[4]前記バインダーの含有率が5~8質量%である、[3]に記載のジルコニア成形体。
[5]吸水率が7%以下である、[1]~[4]のいずれかに記載のジルコニア成形体。
[6]前記ジルコニアの主たる結晶系が単斜晶系である、[1]~[5]のいずれかに記載のジルコニア成形体。
[7]前記安定化剤の少なくとも一部がジルコニアに固溶されていない、[1]~[6]のいずれかに記載のジルコニア成形体。
[8]前記安定化剤がイットリアである、[1]~[7]のいずれかに記載のジルコニア成形体。
[9]前記イットリアの含有率がジルコニアとイットリアの合計molに対して3mol%以上7.5mol%以下である、[8]に記載のジルコニア成形体。
[10]前記バインダーが、ポリビニルアルコール、メチルセルロース、カルボキシメチルセルロース、ポリビニルブチラート、ワックス、及びアクリル系バインダーからなる群から選ばれる少なくとも1種である、[1]~[9]のいずれかに記載のジルコニア成形体。
[11]二軸曲げ強さが7~30MPaである、[1]~[10]のいずれかに記載のジルコニア成形体。
[12][1]~[11]のいずれかに記載のジルコニア成形体からなる、歯科用ミルブランク。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、汚染された冷却溶媒を用いて歯科用CAD/CAMシステムで湿式加工した場合でも、焼成を行った際にジルコニア焼結体の透光性の低下が抑制され、かつ簡便にジルコニア焼結体を作製できるジルコニア成形体及び歯科用ミルブランクを提供することができる。また、本発明のジルコニア成形体によれば、ジルコニア仮焼体を乾式加工して本焼成してジルコニア焼結体を製造した場合に比べ、同等の透光性を示すジルコニア焼結体が得られ、割れなどの欠損の発生を抑制でき、歯科補綴物として有用な、透光性を含む審美性に優れた歯科用ジルコニア焼結体を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明のジルコニア成形体は、ジルコニアと、ジルコニアの相転移を抑制可能な安定化剤と、バインダーとを含有し、開気孔率が25%以下である。
【0014】
本発明のジルコニア成形体の開気孔率は25%以下であり、20%以下であることが好ましく、15%以下であることがより好ましく、12%以下であることがさらに好ましい。開気孔率が25%を超える場合、ジルコニア成形体中の気孔が多くなり過ぎ、湿式加工を行う際に、ガラス材料で汚染された冷却溶媒がジルコニア成形体中に浸透し、焼成後に白色化して歯科補綴物として使用できなくなる。また、開気孔率は5%以上であることが好ましく、6%以上であることがより好ましく、7%以上であることがさらに好ましく、8%以上であることが特に好ましい。開気孔率が5%未満では、脱脂する(バインダーを焼失させる)工程において、バインダーが燃え抜けにくくなり、残存する可能性がある。本発明において、「開気孔」は、JIS Z 8890:2017に規定されるように、外部表面に通じている細孔(気孔)を意味する。本発明において、「開気孔率」は、ジルコニア成形体の全体積(外形容積)に占める開気孔部分の容積の百分比を意味する。なお、本発明における開気孔率の測定方法は、後述の実施例で詳細を説明する。
【0015】
本発明のジルコニア成形体は、ジルコニア(酸化ジルコニウム;ZrO2)を含有する。本発明における「ジルコニア成形体」とは、粉末状、顆粒状、ペースト状、スラリー状等の各種形態のジルコニアを主な原料として用い、プレス成形、射出成形、光造形法等により成形したものであって、仮焼状態、焼結状態のいずれにも至っていないものを指す。すなわち、ジルコニア成形体は、成形により成形体とした後に未焼成である点で、ジルコニア仮焼体及びジルコニア焼結体とは区別される。
【0016】
本発明のジルコニア成形体は、ジルコニアの相転移を抑制可能な安定化剤を含有する。該安定化剤は、部分安定化ジルコニアを形成可能なものが好ましい。該安定化剤としては、例えば、酸化カルシウム(CaO)、酸化マグネシウム(MgO)、酸化イットリウム(Y2O3)(以下、「イットリア」という。)、酸化セリウム(CeO2)、酸化スカンジウム(Sc2O3)、酸化ニオブ(Nb2O5)、酸化ランタン(La2O3)、酸化エルビウム(Er2O3)、酸化プラセオジム(Pr6O11)、酸化サマリウム(Sm2O3)、酸化ユウロピウム(Eu2O3)及び酸化ツリウム(Tm2O3)等の酸化物が挙げられる。安定化剤は、1種を単独で使用してもよく、2種以上を併用してもよい。本発明のジルコニア成形体中の安定化剤の含有率は、例えば、誘導結合プラズマ(ICP;Inductively Coupled Plasma)発光分光分析、蛍光X線分析等によって測定することができる。本発明のジルコニア成形体において、該安定化剤の含有率は、ジルコニアと安定化剤の合計molに対して、0.1~18mol%が好ましく、1~15mol%がより好ましく、2~8mol%がさらに好ましい。
【0017】
得られるジルコニア焼結体の強度及び透光性の観点から、ジルコニア成形体は、安定化剤としてイットリアを含むことが好ましい。イットリアの含有率は、ジルコニアとイットリアの合計molに対して、3mol%以上が好ましく、3.5mol%以上がより好ましく、3.8mol%以上がさらに好ましく、4.0mol%以上が特に好ましい。イットリアの含有率が3mol%以上の場合、ジルコニア焼結体の透光性を高めることができる。また、イットリアの含有率は、ジルコニアとイットリアの合計molに対して、7.5mol%以下が好ましく、7.0mol%以下がより好ましく、6.5mol%以下がさらに好ましく、6.0mol%以下が特に好ましい。イットリアの含有率が7.5mol%以下の場合、得られるジルコニア焼結体の強度低下を抑制することができる。
【0018】
本発明のジルコニア成形体は、バインダーを含有する。本発明のジルコニア成形体において、ジルコニアと安定化剤とバインダーの合計質量に対するバインダーの含有率は、所定の開気孔率と強度が得られることから、3~10質量%であることが好ましく、4~9質量%であることがより好ましく、5~8質量%であることがさらに好ましく、6~8質量%であることが特に好ましい。バインダーの含有率が3質量%未満では、ジルコニア成形体中の気孔が多くなり過ぎ、湿式加工を行う際に、ガラス材料で汚染された冷却溶媒がジルコニア成形体中に浸透し、焼成後に白色化して歯科補綴物として使用できなくなるおそれがある。また、バインダーの含有率が10質量%を超えた場合、顆粒が固くなり過ぎ、成形性が著しく悪化する不具合が生じると共に、脱脂工程において、バインダーが燃え抜けにくくなり、残存する可能性がある。
【0019】
バインダーとしては、一般的にジルコニア粉末又はジルコニア成形体の製造に使用される公知のバインダーが使用され得る。具体的には、ポリビニルアルコール、メチルセルロース、カルボキシメチルセルロース、ポリビニルブチラート、ワックス(パラフィンワックス等)、アクリル系バインダー等のバインダーが挙げられ、中でも分子中にカルボキシル基又はその誘導体(例えば、塩、特にアンモニウム塩など)を有するアクリル系バインダーが好ましい。前記アクリル系バインダーとして、例えば、ポリアクリル酸、ポリメタクリル酸、アクリル酸共重合体、メタクリル酸共重合体やその誘導体が挙げられる。バインダーは、1種を単独で使用してもよく、2種以上を併用してもよい。設定する開気孔率に応じて、バインダーの種類を適宜選択できる。
【0020】
本発明のジルコニア成形体は、吸水率が7%以下であることが好ましく、5%以下であることがより好ましく、4%以下であることがさらに好ましく、3%以下であることが特に好ましい。吸水率が7%を超える場合、湿式加工を行う際に、ガラス材料で汚染された冷却溶媒がジルコニア成形体中に多く浸透し、焼成後に白色化して歯科補綴物として使用できなくなるおそれがある。なお、本発明における吸水率の測定方法は、後述の実施例で詳細を説明する。吸水率は、バインダーの含有率及び種類、成形時のプレス圧等を適宜選択することで、調整可能である。
【0021】
本発明のジルコニア成形体において、ジルコニアの主たる結晶系は単斜晶系であることが好ましい。本発明において、「主たる結晶系が単斜晶系である」とは、ジルコニア中のすべての結晶系(単斜晶系、正方晶系及び立方晶系)の総量に対するジルコニア中の単斜晶系の割合fmが、50%以上の割合を占めるものを指す。該単斜晶系の割合fmは、55%以上が好ましく、60%以上がより好ましく、70%以上がさらに好ましく、75%以上がよりさらに好ましく、80%以上が特に好ましく、85%以上がさらに特に好ましく、90%以上が最も好ましい。本発明のジルコニア成形体においては、正方晶系及び立方晶系のピークが実質的に検出されなくてもよい。すなわち、単斜晶系の割合fmが100%とすることもできる。該単斜晶系の割合fmは、CuKα線によるX線回折(XRD;X-Ray Diffraction)パターンのピークに基づいて以下の数式(1)から算出することができる。なお、ジルコニア成形体における主たる結晶系は、収縮温度の高温化及び焼成時間の短縮化に寄与している可能性がある。
【0022】
【0023】
数式(1)において、Im(111)及びIm(11-1)は、それぞれジルコニアの単斜晶系の(111)面及び(11-1)面のピーク強度を示す。It(111)は、ジルコニアの正方晶系の(111)面のピーク強度を示す。Ic(111)は、ジルコニアの立方晶系の(111)面のピーク強度を示す。
【0024】
本発明のジルコニア成形体において、前記安定化剤は、ジルコニアの結晶のうち少なくとも一部が単斜晶系であるように存在していることが好ましい。すなわち、該安定化剤の少なくとも一部がジルコニアに固溶されていないことが好ましい。安定化剤の一部がジルコニアに固溶されていないことは、例えば、XRDパターンによって確認することができる。ジルコニア成形体のXRDパターンにおいて、安定化剤に由来するピークが確認された場合には、ジルコニア成形体中においてジルコニアに固溶されていない安定化剤が存在していることになる。安定化剤の全量が固溶された場合には、基本的に、XRDパターンにおいて安定化剤に由来するピークは確認されない。ただし、安定化剤の結晶状態等の条件によっては、XRDパターンに安定化剤のピークが存在していない場合であっても、安定化剤がジルコニアに固溶されていないこともあり得る。ジルコニアの主たる結晶系が正方晶系及び/又は立方晶系であり、XRDパターンに安定化剤のピークが存在していない場合には、安定化剤の大部分、基本的に全部、はジルコニアに固溶されているものと考えられる。本発明のジルコニア成形体においては、該安定化剤の全部がジルコニアに固溶されていなくてもよい。なお、本発明において、安定化剤が固溶するとは、例えば、安定化剤に含まれる元素(原子)がジルコニアに固溶することをいう。
【0025】
本発明のジルコニア成形体は、必要に応じて添加剤を含んでいてもよい。添加剤としては、着色剤(顔料、複合顔料及び蛍光顔料を含む)、アルミナ(Al2O3)、酸化チタン(TiO2)、シリカ(SiO2)等が挙げられる。添加剤は、1種を単独で使用してもよく、2種以上を混合して用いてもよい。
【0026】
前記顔料としては、例えば、Ti、V、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Zn、Y、Zr、Sn、Sb、Bi、Ce、Pr、Sm、Eu、Gd、Tb及びErからなる群から選択される少なくとも1つの元素の酸化物(具体的には、NiO、Cr2O3等)が挙げられ、Ti、V、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Zn、Y、Zr、Sn、Sb、Bi、Ce、Pr、Sm、Eu、Gd、及びTbからなる群から選択される少なくとも1つの元素の酸化物が好ましく、Ti、V、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Zn、Y、Zr、Sn、Sb、Bi、Ce、Sm、Eu、Gd、及びTbからなる群から選択される少なくとも1つの元素の酸化物がより好ましい。また、本発明のジルコニア成形体は、酸化エルビウム(Er2O3)を含まないものであってもよい。前記複合顔料としては、例えば、(Zr,V)O2、Fe(Fe,Cr)2O4、(Ni,Co,Fe)(Fe,Cr)2O4・ZrSiO4、(Co,Zn)Al2O4等の複合酸化物が挙げられる。蛍光顔料としては、例えば、Y2SiO5:Ce、Y2SiO5:Tb、(Y,Gd,Eu)BO3、Y2O3:Eu、YAG:Ce、ZnGa2O4:Zn、BaMgAl10O17:Eu等が挙げられる。
【0027】
本発明のジルコニア成形体は、切削加工性及び快削性の観点から、二軸曲げ強さが特定の範囲を満たすことが好ましい。具体的には、二軸曲げ強さは、7~30MPaであることが好ましく、8~25MPaであることがより好ましく、9~19MPaであることがさらに好ましい。二軸曲げ強さの測定方法としては、後述する実施例に記載の方法が挙げられる。
【0028】
本発明のジルコニア成形体の製造方法としては本発明の効果を奏する限り特に限定されないが、例えば、水中でジルコニアと安定化剤とバインダーを湿式混合して、スラリーを形成する。次にスラリーを乾燥させて造粒する。その後、造粒物をプレス成形し、ジルコニア成形体を得ることができる。前記バインダーは、ジルコニア粉末と安定化剤との混合物からなる一次粉末を水に添加してスラリーとした後に、粉砕した該スラリーに後から添加してもよい。この場合、バインダーをスラリーに添加後、スラリーを乾燥させて、得られる造粒物(二次粉末)をプレス成形し、ジルコニア成形体を得ることができる。造粒物をプレス成形する方法としては、公知の方法が制限なく用いられ、例えば、一軸プレス成形工程及び/又は冷間等方加圧(CIP)工程を含んでもよい。一軸プレス成形工程としては、ジルコニアを所望の大きさのプレス用金型(ダイ)に充填し、上パンチと下パンチを用いて一軸プレスにより加圧する方法が好適である。このときのプレス圧は、目的とする成形体のサイズ、開気孔率、吸水率、二軸曲げ強さ、ジルコニア粒子径により適宜最適な値が設定され、通常は10MPa以上1000MPa以下である。前記製造方法における成形時のプレス圧を高くすることによって、得られるジルコニア成形体の気孔がより埋まり、開気孔率を低く設定することができる。
【0029】
本発明の他の実施形態としては、前記ジルコニア成形体を本焼成して得られるジルコニア焼結体が挙げられる。本発明のジルコニア成形体を用いれば、ジルコニア成形体を800~1200℃程度の温度範囲で仮焼して仮焼体とし、仮焼体の冷却後、必要に応じて所望の形状(例えば、歯冠形状等)に加工(例えば、切削等)され、再度仮焼体を焼成するという煩雑な工程を経ることなく、一度の本焼成工程で、簡便に透光性に優れたジルコニア焼結体(例えば、歯科補綴物)を製造することができる。ジルコニア成形体の本焼成(焼結)工程は、最高焼成温度に達するまでに、ジルコニア成形体を800℃以下の温度範囲で加熱して脱脂(バインダーの焼失除去)工程を備えるものが好ましい。
【0030】
ジルコニア成形体及び歯科用ミルブランクの本焼成(焼結)工程には、一般的な歯科用陶材焼成炉を使用することができる。歯科用陶材焼成炉としては、市販品を用いてもよい。市販品としては、ノリタケ カタナ(登録商標) F-1N、ノリタケ カタナ(登録商標) F-2(以上、SK メディカル電子株式会社)等が挙げられる。歯科用陶材焼成炉内にジルコニア成形体を保持する係留時間は、1~140分が好ましい。焼結処理の温度は、特に限定されないが、最高焼成温度1400~1600℃で行うことが好ましい。本焼成を短時間焼成とする場合、焼成炉内にジルコニア成形体を保持する係留時間は、前記最高焼成温度において30分未満が好ましく、20分以下がより好ましく、15分以下がさらに好ましい。本発明によれば、汚染された冷却溶媒を用いて歯科用CAD/CAMシステムで湿式加工した場合でも、通常焼成の場合のみならず、短時間焼成を行った場合にも、ジルコニア焼結体の透光性の低下が抑制することができる。
【0031】
また、本発明の他の実施形態としては、前記ジルコニア成形体からなる歯科用ミルブランクが挙げられる。本発明のジルコニア成形体は、歯科材料として用いることができ、特に歯科用ミルブランクに好適に用いることができる。ある実施形態では、本発明の歯科用ミルブランクは、ジルコニア成形体を未焼成のまま加工して得ることもできる。歯科用ミルブランクは、必要に応じて所望の大きさ、形状(例えば、ディスク状、直方体状等)に加工(例えば切断、切削)され、さらに表面研磨が施されて製品として出荷される。本発明の歯科用ミルブランクのサイズは、市販の歯科用CAD/CAMシステムにセットできるような適当な大きさに成形、もしくは成形後に加工されることが好ましい。好ましいサイズの例としては、例えば、一歯欠損ブリッジの作製に適当な40mm×20mm×15mmの角柱状、インレー、アンレーの作製に適当な17mm×10mm×10mmの角柱状、フルクラウンの作製に適当な14mm×18mm×20mmの角柱状、ロングスパンブリッジや義歯床の作製に適当な直径100mm、厚みが10~28mmの円盤状等が挙げられるが、これらのサイズに限定されるものではない。本発明の歯科用ミルブランクは、ジルコニア成形体中のバインダー量が多いため強度が向上しており、焼成前に、一般的な歯科用CAD/CAMシステムを用いて問題なく切削加工を行うことができる。
【0032】
本発明の歯科用ミルブランクを焼成して製造される歯科補綴物としては、例えば、インレー、アンレー、ベニア、クラウン、ブリッジ等の歯冠修復物の他、支台歯、歯科用ポスト、義歯、義歯床、インプラント部材(フィクスチャーやアバットメント)等が挙げられる。また、切削加工は、例えば市販の歯科用CAD/CAMシステムを用いて行うことが好ましい。かかるCAD/CAMシステムの例としては、デンツプライシロナ株式会社製のCERECシステムや、クラレノリタケデンタル株式会社製の「カタナ(登録商標) システム」が挙げられる。
【0033】
また、本発明のジルコニア成形体は、歯科用途以外の用途にも用いることができ、例えば、封止材料、積層板成形材料等の電子材料用途、一般的な汎用の複合材料部材、建築用、電化製品、家庭用品、玩具類の部品としても用いることができる。
【0034】
本発明は、本発明の効果を奏する限り、本発明の技術的思想の範囲内において、上記の構成を種々組み合わせた実施形態を含む。
【実施例】
【0035】
以下、実施例を挙げて本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例により何ら限定されるものではなく、本発明の技術的思想の範囲内で多くの変形が当分野において通常の知識を有する者により可能である。
【0036】
[ジルコニア原料粉末の作製]
各実施例及び比較例のジルコニア成形体を作製するために使用する原料粉末の作製方法について説明する。まず、約100%が単斜晶系のジルコニア粉末とイットリア粉末とを用いて、ジルコニアとイットリアの合計molに対してイットリアの含有率が6mol%となるように混合物を作製した。次に、この混合物を水に添加してスラリーを作製し、平均粒子径0.13μm以下になるまでボールミルで湿式粉砕混合した。粉砕後のスラリーをスプレードライヤで乾燥させ、得られた粉末を950℃で2時間焼成して、粉末(一次粉末)を作製した。なお、前記平均粒子径は、レーザー回折散乱法により求めることができる。レーザー回折散乱法は、具体的に例えば、レーザー回折式粒度分布測定装置(SALD-2300:株式会社島津製作所製)により、0.2%ヘキサメタリン酸ナトリウム水溶液を分散媒に用いて体積基準で測定することができる。
【0037】
得られた一次粉末を水に添加してスラリーを作製し、平均粒子径0.13μm以下になるまでボールミルで湿式粉砕混合した。粉砕後のスラリーにバインダー(アクリル系バインダー、ジャパンコーティングレジン株式会社製「SA-200」)を表1に記載した含有率となるように添加した後、スプレードライヤで乾燥させて、顆粒(二次粉末)を作製した。作製した顆粒を原料粉末として、後述のジルコニア成形体の製造に用いた。
【0038】
[ジルコニア成形体の作製]
前記原料粉末を直径約15mmの円柱状金型に、焼結後のジルコニア焼結体の厚さが1.3~1.5mmとなるようにジルコニア粉末を入れた。次に、ジルコニア粉末を荷重100kNでプレス成形を行い、ジルコニア成形体を得た。
【0039】
[ジルコニア成形体の開気孔率及び吸水率の測定]
各実施例及び比較例のジルコニア成形体の開気孔率及び吸水率を、アルキメデス法により測定した乾燥質量(M1)、水中質量(M2)、含水質量(M3)を用いて下記式に基づき計算した。
開気孔率(%)=100×(M3-M1)/(M3-M2)
吸水率(%)=100×(M3-M1)/M1
アルキメデス法での測定は、メトラー・トレド株式会社製電子天秤(ML204/02)に密度測定用キット(ML-DNY-43)を取り付けて実施した。水中質量(M2)とは、乾燥したジルコニア成形体を、1時間水中に浸漬した後、水中に吊るした状態で測定したジルコニア成形体の質量である。含水質量(M3)とは、乾燥したジルコニア成形体を、1時間水中に浸漬し、水中質量(M2)測定後のジルコニア成形体を水中から取り出し、該ジルコニア成形体の表面の水滴を除去し、ジルコニア成形体のサンプルの開気孔に水分が満たされた状態におけるジルコニア成形体の質量である。得られた開気孔率及び吸水率を表1に示す。
【0040】
[ジルコニア焼結体の透光性評価]
各実施例及び比較例のジルコニア成形体について、SKメディカル電子株式会社製焼成炉「ノリタケ カタナ(登録商標)F-1」を用いて、脱脂工程を備える本焼成として1550℃にて15分間係留することによってジルコニア焼結体の試料を得た。得られた試料の両面を#600研磨加工して厚さ1.2mmのジルコニア焼結体とし、透光性を以下の方法により評価する(n=3)。測定装置として、オリンパス社製歯科用測色装置「クリスタルアイ」(7band LED光源)を用い、まず、試料の背景(下敷き)を白色にして(試料に対して測定装置と反対側を白色にして)L*a*b*表色系(JIS Z 8781-4:2013 測色-第4部:CIE 1976 L*a*b*色空間)のL*値を測定し、第1のL*値とする。次に、第1のL*値を測定した同一の試料について、試料の背景(下敷き)を黒色にして(試料に対して測定装置と反対側を黒色にして)L*a*b*表色系のL*値を測定し、第2のL*値とする。
本発明においては、第1のL*値と第2のL*値との差(第1のL*値から第2のL*値を控除した値)を透光性とし、ΔL*と表記する。ΔL*が高ければ透光性が高く、ΔL*が低ければ透光性が低いことを示す。色度測定の際に背景(下敷き)とする黒色及び白色は、JIS K 5600-4-1:1999に記載される塗料に関する測定に使用する隠ぺい率試験紙を使用することができる。本測定方法の短時間焼成によるジルコニア焼結体の透光性の測定結果(平均値)を表1に「通常の方法で焼成した際の透光性(ΔL*)」として示す。
【0041】
[汚染冷却溶媒に浸漬後、焼成した際のジルコニア焼結体の透光性評価]
ジルコニア焼結体の透光性に対する汚染された冷却溶媒の影響を確認するため、以下の方法によりジルコニア焼結体の透光性を評価した。まず、乾式及び湿式両用加工機(セレックMCXL:デンツプライシロナ株式会社製)にてガラス材料(e.max:イヴォクラールビバデント社)を25回湿式切削し、汚染状態とした冷却溶媒(加工液(主成分が水の親水性溶媒)、商品名:DENTATEC、デンツプライシロナ株式会社製)を用意した。次に、湿式による切削加工中に汚染加工液が接触した状態を再現するため、用意した加工液を容器に入れ、各実施例及び比較例のジルコニア成形体の試料を、実際の歯科補綴物の加工時間と同等である15分間浸漬し、試料に加工液を浸透させた(n=3)。次に、SKメディカル電子株式会社製焼成炉「ノリタケ カタナ(登録商標)F-1」を用いて本焼成として1550℃にて15分間係留することによってジルコニア焼結体の試料を得た。得られた試料について、前記の方法と同様にして透光性ΔL*を測定した。平均値を測定結果として表1に示す。
【0042】
[ジルコニア成形体の強度評価]
上記ジルコニア成形体の作製とは別に、各実施例及び比較例のジルコニア成形体について、ジルコニア成形体としてのサイズが直径約15mm、厚さ1.2mmとなるように強度測定用サンプルを作製し、二軸曲げ強さを、万能試験機(インストロン社製)を用いて、クロスヘッドスピードを0.5mm/minに設定して、ISO6872:2015に従って測定した(n=5)。平均値を測定結果として表1に示す。
【0043】
【0044】
実施例1~5のジルコニア成形体は開気孔率が25%以下であり、汚染冷却溶媒に浸漬しても、気孔内への汚染冷却溶媒の浸透が抑制されることから、焼成後の透光性は維持される結果となった。一方、比較例1のジルコニア成形体は、開気孔率が28%と高いため、汚染冷却溶媒がその気孔に浸透し、焼結体の透光性が大きく低下し、強度も実施例に比べて低い結果となった。また、比較例2のジルコニア成形体は、開気孔率が25%より大きいことに加え、バインダーの量が多すぎるため、成形性が悪化し、プレス時に顆粒が十分潰れず、通常の方法で焼成した際の透光性が悪くなり、かつ汚染冷却溶媒に浸漬した場合は透光性がさらに低下し、強度もさらに低い結果となった。
【0045】
本明細書に記載した数値範囲については、別段の記載のない場合であっても、当該範囲内に含まれる任意の数値ないし範囲が本明細書に具体的に記載されているものと解釈されるべきである。
【産業上の利用可能性】
【0046】
本発明のジルコニア成形体は、歯科補綴物等を作製するための歯科用製品等に好適に利用することができる。