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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-07
(45)【発行日】2024-10-16
(54)【発明の名称】差分検出共役補償CARS計測装置
(51)【国際特許分類】
   G01N 21/65 20060101AFI20241008BHJP
【FI】
G01N21/65
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2020086891
(22)【出願日】2020-05-18
(65)【公開番号】P2021181909
(43)【公開日】2021-11-25
【審査請求日】2023-05-11
(73)【特許権者】
【識別番号】502441857
【氏名又は名称】株式会社エーティーエー
(73)【特許権者】
【識別番号】504013775
【氏名又は名称】学校法人 埼玉医科大学
(72)【発明者】
【氏名】戸井田 昌宏
(72)【発明者】
【氏名】高橋 秀典
(72)【発明者】
【氏名】池田 満
【審査官】伊藤 裕美
(56)【参考文献】
【文献】特表2013-517491(JP,A)
【文献】特開平03-200026(JP,A)
【文献】特開昭58-171650(JP,A)
【文献】特開昭62-121322(JP,A)
【文献】特表2000-501831(JP,A)
【文献】特表2013-536415(JP,A)
【文献】実開平04-059457(JP,U)
【文献】特開平05-005698(JP,A)
【文献】特開平07-280733(JP,A)
【文献】国際公開第2015/030202(WO,A1)
【文献】特開平06-341897(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 21/00-21/83
(57)【特許請求の範囲】
【請求項3】
CARS励起のポンプ光パルスとストークス光パルスにおいて、ストークス光パルスに対するポンプ光パルスの遅延時間Dtが、両光パルスのパルス幅が半値全幅(FWHM)でTとしたとき、0.83T≦Dt≦1.03Tであることを特徴とする請求項2記載のCARS計測装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、差分検出共役補償CARS(コヒーレント反ストークスラマン散乱、以下、単に「CARS」と言う。)計測装置に関する。
【背景技術】
【0002】
分子同定の技術には、赤外振動吸収分光がある。これは各分子の指紋領域の分子振動数の赤外光の吸収を測定するものである。しかし生体内分子の測定には、生体組織の主成分が水であり赤外光は吸収が大きいため、適用が困難である。これに対してラマン散乱測定は入射光に対し分子振動周波数分だけ周波数シフトしたラマン散乱光を測定するため、入射光を水に対する吸収が少なく生体内を透過する近赤外光を選択することで、適用が可能である。しかしラマン散乱光は極めて弱く、高感度化が課題である。
【0003】
この感度の問題を解決したのがCARS(コヒーレント反ストークスラマン散乱)技術である。CARSは、図1(a)に示すように分子の振動吸収バンドに対応した周波数差Δωのあるポンプ光パルスとストークス光パルスを時空間的に同時に照射すると、分子はポンプ光パルスにより基底準位V=0から上準位へ上がるとともに、ストークス光パルスにより励起準位V=1に誘導される。さらに、ポンプ光パルスにより上準位へ上がった後、基底準位V=0に緩和する過程でアンチストークス光を生じる。エネルギー準位の関係から、ストークス光とアンチストークス光のそれぞれの周波数はポンプ光ωpを中心にΔω折り返された周波数であり、ωs=ωp-Δω、ωas=2ωp-ωsとなる。ωpとωsはあらかじ設定可能なので、近赤外域でこれを設定すれば近赤外域の2波長のポンプ光、ストークス光により、赤外振動吸収のΔωの情報をアンチストークス光により計測できる。
【0004】
CARS信号強度ICARS(Ω)は、励起過程を反映してポンプ光強度Ppumpの2乗とストークス光強度Pstokesの積に比例し、[数1]の特性を持つ。この特性により、ラマン散乱光測定に
【数1】
対し大きな信号強度が確保できる。通常パルスレーザーのパルスエネルギー安定度は±3%程度である。するとCARS信号安定度は(0.97)3=0.91から、略略±10%となる。このCARS信号の安定度の悪さが、CARSは物質同定には適しているが、物質定量には不向きとされる点である。CARSを定量計測に応用する場合の大きな課題である。
【0005】
CARS信号の安定化には上述したパルスエネルギーの安定化以外にも課題が残る。CARSではポンプ光パルスとストークス光パルスが、時間(t)、偏光(p)、周波数差(ω)、空間3軸(x,y,z)の6要素で一致しなければならない。ポンプ光パルスとストークスパルスの時間軸での一致に対しては、OPOの発振2波長をCARS励起に用いることで解決できることが開示されている。また分子振動レベルに対応したポンプ光とストークス光の周波数差については、分子振動スペクトル幅範囲内の変動は許容される。一方ポンプ光とストークス光の偏光軸の変動はCARS励起効率に大きく影響する。また通常レーザー光源はレーザー光のポインティング変動があり、ポンプ光およびストークス光のそれぞれの集束位置変動につながり、CARS信号の変動要因となる。これらCARS信号の変動要因を抑えたCARS信号の安定化はCARSを定量計測に応用する場合の大きな課題である。
【0006】
さらにCARSの課題として非共鳴信号がある。CARS信号には、分子振動のV=1準位を介したアンチストークス光生成によるV=0準位への緩和である共鳴過程(図1(a))とV=1準位を介さない(仮想準位を介した)アンチストークス光生成によるV=0準位への緩和である非共鳴過程(図1(b))に基づく2種類がある。CARS信号のS/N比は、実質共鳴信号/非共鳴信号比が律速している。このため共鳴信号/非共鳴信号比確保する各種手法が検討されている。
【0007】
この共鳴信号/非共鳴信号比の向上を実現するものとして、周波数変調CARS技術が知られている。CARSは3次の非線形光学効果の一種で、CARS光の光電界は3次非線形感受率χ(3)に比例し、CARS信号強度の差周波数特性ICARS(Ω)は、下記の数2によって定まることが既に知られている。
【数2】
となる。ここで、χ(3)R(Ω)は共鳴信号の3次非線形感受率、χ(3)NRは非共鳴信号の3次非線形感受率である。図2(a)は[数1]の3つの項の特性を共鳴周波数近傍について示したものである。図2(b)は[数1]の3つの項の和としてICARS(Ω)と(χ(3)NR)2を示したものである。いまポンプ光とストークス光の差周波数δ=ωp-ωsを時間的に変化させる(周波数変調)と、ICARS(Ω)は直流成分の非共鳴信号に交流成分の共鳴信号が重畳した信号となる。すなわちICARS(Ω)の直流成分は非共鳴信号、交流成分は共鳴信号のため、交流成分の振幅レベルを測定することで、共鳴信号のみの選択的検出が可能となる。しかし直流成分となるはずの非共鳴信号の安定度が悪いと、共鳴信号の交流成分に非共鳴信号が混在することとなり共鳴信号/非共鳴信号比の向上につながらない。周波数変調CARSの本来の特徴を活かすためには、CARS信号の安定化は必須である。
【0008】
共鳴信号/非共鳴信号比の向上を実現するもう一つのものとして、偏光差分CARSがある。共鳴信号は実成分と虚数成分を有し、虚数成分が自発ラマンスペクトルに直接関係していることと、非共鳴信号は実成分のみを有していることに着目し、直交偏光において2つのCARS信号を同時生成し、2つの信号を減算することで実成分は打ち消される一方、虚数成分は増強され共鳴信号のみを選別するものである。ここでも2つの信号の減算処理が定常に機能するにはCARS信号の安定化が必要である。
【0009】
さらに共鳴信号/非共鳴信号比の向上を実現するものに、干渉差分CARSがある。パルス幅を伸長したポンプ光とパルス幅は元のままのポンプ光を励起光とした光パラメトリック増幅器(OPA)からのアイドラー光をストークス光としてCARS励起し、ポンプ光パルス単独領域に発生する共鳴CARS光を、OPAのシグナル光と干渉させて検出し共鳴CARS光を選別検出するものである。これも干渉成分(交流成分)を検出するのでCARS信号の安定度が求められる。
【0010】
このようにCARSを定量計測に応用する場合に、CARS信号の安定化と共鳴信号/非共鳴信号比の確保が大きな課題としてある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【文献】特許4618341
【文献】特許5901346
【文献】特許6606803
【文献】特表2013-536415
【非特許文献】
【0012】
【文献】Optics Letters.2006 Vol.31(12):1872-1874
【文献】Applied Physics Letters.2004 Vol.85(23):5787-5789
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
CARS信号を安定化し、共鳴CARS信号の選別計測を実現する。
【課題を解決するための手段】
【0014】
同一光学系を有する被測定試料のCARS励起検出系と参照試料の非共鳴CARS励起検出系を備え、参照試料の非共鳴CARS励起検出系において、非共鳴CARS光を二分し、一方の非共鳴CARS光を検出する補償信号検出系を有し、被測定試料のCARS光ともう一方の非共鳴CARS光からの光電流の差分を出力する差分検出器を備え、(差分信号/非共鳴CARS信号)の信号処理系を有することを特徴とするCARS計測装置。
【0015】
CARS励起のポンプ光パルスとストークス光パルスにおいて、ストークス光パルスに対しポンプ光パルスが遅延していることを特徴とする上記記載のCARS計測装置。
【0016】
CARS励起のポンプ光パルスとストークス光パルスにおいて、ストークス光パルスに対するポンプ光パルスの遅延時間Dtが、両光パルスのパルス幅が半値全幅(FWHM)でTとしたとき、0.83T≦Dt≦1.03Tであることを特徴とする上記記載のCARS計測装置。
【発明の効果】
【0017】
被測定試料のCARS光を励起させ検出するための光学系より生成される光電流と該光学系と同一であり参照試料の非共鳴CARS光を励起させ検出するための一つの光学系より生成される光電流との差分信号と参照試料の非共鳴CARS光を励起させ検出するためのもう一つの光学系より生成される非共鳴CARS信号の除算処理を行うことで、安定した共鳴信号成分の計測を実現する。
【0018】
表1はOPO2波長をグルコースのCO伸縮振動バンドである1130cm-1に対応するポンプ光波長1003nm、ストークス光波長1133nmに調整し、グルコース1mol水溶液と蒸留水をそれぞれCARS励起した時のCARS信号の安定度と(グルコースCARS信号/蒸留水CARS信号)の安定度を比較した結果である。OPOの繰り返し周波数が45Hzなので、45パルスの平均、標準偏差(SD)、標準偏差/平均を比較している。45パルスの変動を標準偏差/平均で比較すると、グルコースCARS信号と蒸留水CARS信号はCARS励起の各種変動要因の影響から各々約20%と大きな変動となっている。一方、(グルコースCARS信号/蒸留水CARS信号)では同一光学系で得られた信号による補償処理(共役補償処理)により3.8%までに抑えられている。
【表1】
【0019】
次にグルコース濃度に対する
(グルコースCARS信号―蒸留水CARS信号)/蒸留水CARS信号
=(グルコースCARS信号/蒸留水CARS信号)-1
を測定した結果を図3に示す。グルコースCARS信号にはグルコースCARS共鳴信号と非共鳴信号が含まれ、蒸留水CARS信号は非共鳴信号のみであるので、図3の縦軸はグルコースCRAS共鳴信号である。図3よりグルコース濃度1mol~0.1molの範囲で直線性が得られ、グルコースの定量計測が可能であることが判る。低濃度側が0.1molで抑制されているのは、グルコースCARS信号の内の非共鳴成分に光検出器のダイナミックレンジを取られているためである。
【0020】
そこで、同一光学系を有する被測定試料のCARS励起検出系と参照試料の非共鳴CARS励起検出系を備え、参照試料の非共鳴CARS励起検出系において、非共鳴CARS光を二分し、一方の非共鳴CARS光を検出する補償信号検出系を有し、被測定試料のCARS光ともう一方の非共鳴CARS光からの光電流の差分を出力する差分検出器を備え、(差分信号/非共鳴CARS信号)の信号処理系を有することで、測定ダイナミックレンジの拡大を実現する。
【0021】
図4は差分検出器からの差分信号を共役補償処理した信号をグルコース濃度に対しプロットしたものである。グルコース濃度の下限が0.1molから0.01molへ拡大している。
【0022】
さらにダイナミックレンジを拡大するために、CARS励起のポンプ光パルスとストークス光パルスにおいて、ストークス光パルスに対しポンプ光パルスを遅延させることで、共鳴信号成分の増強を実現する。
【0023】
図1に示した共鳴過程では被測定分子が励起準位のV=1に存在する。このため励起準位寿命内にプローブ用ポンプ光(後段のポンプ光)が照射されれば、必ずしも共鳴CARS光の発生にはプローブ用ポンプ光とストークス光の同時性は必要ない。一方非共鳴過程では仮想準位を介して非共鳴CARS光が発生するため、ポンプ光とストークス光の同時性は必須である。この特性に違いに着目すると、ストークス光パルスに対しポンプ光パルスを遅延させてCARS励起を行うことで、共鳴信号の増強を計れる。図5にその様子を示した。図中(1)のポンプ光パルスとストークス光パルスが同時に被測定試料に照射されると、両パルスの重なり合う時間領域で共鳴過程と非共鳴過程のCARS励起が生じる。グルコース水溶液では共鳴CARS光と非共鳴CARS光が発生し、非共鳴CARS光の比率の方が大きい。蒸留水からは非共鳴CARS光のみが発生する。一方ストークス光パルスに対しポンプ光パルスがパルス幅(FWHM)の半幅遅延した(2)の場合では、グルコース水溶液では両パルスの重なりあう時間領域(グレーハッチ部)では共鳴CARS光と非共鳴CARS光が発生し、ストークス光パルスと重ならないポンプ光パルスの時間領域(斜め線ハッチ部)では共鳴CARS光のみが発生する。蒸留水では両パルス光の重なり合う時間領域で非共鳴CARS光が発生する。したがって(グルコースCARS信号―蒸留水CARS信号)の信号処理により残存するCARS共鳴信号は(1)より(2)の方が増強される。
【0024】
図6はストークス光パルスに対するポンプ光パルスの時間遅延量と共鳴信号/非共鳴信号の比の関係を測定した結果である。両パルス光のパルス幅6nsの時に遅延量Dtが5ns<Dt<6.2nsの範囲で共鳴信号/非共鳴信号≧1となり、共鳴信号の増強が見られた。
【0025】
図7はポンプ光パルスを光遅延路を通し、ストークス光パルスに対し5.6ns遅延させた差分信号共役補償により、差分共役補償信号をグルコース濃度に対しプロットした結果である。ポンプ光パルス遅延による共鳴信号増強により、差分共役補償信号はグルコース濃度1mol~0.002molの範囲で直線性が確保できている。これは0.002mol=36mg/dlのグルコース濃度まで測定できることを示すものである。
【0026】
以上、ポンプ光パルス遅延励起の同一光学系からなる被測定試料のCARS信号と参照試料の非共鳴CARS信号の差分共役補償により36mg/dlまでの定量計測が実現できる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
図1】 CARSの共鳴過程と非共鳴過程の分子振動バンドの関係を示す図
図2】 非線形感受率およびCARS信号の周波数特性を示す図
図3】 グルコース濃度 対 共役補償信号の差分値の特性を示す図
図4】 グルコース濃度 対 直接差分検出共役補償信号の特性を示す図
図5】 ポンプ光とストークス光の同時タイミング励起およびポンプ光遅延励起の共鳴信号と非共鳴信号の発生の関係を示す図
図6】 ポンプ光パルスの遅延時間 対 共鳴信号/非共鳴信号の特性を示す図
図7】 グルコース濃度 対 遅延ポンプ光パルス励起直接差分検出共役補償信号の特性を示す図
図8】 本発明の第1実施例を示す構成図。
図9】 本発明の第2実施例を示す構成図。
図10】 本発明の第3実施例を示す構成図。
【発明を実施するための形態】
【0028】
実施例1を図8、実施例2を図9、実施例3を図10のそれぞれに示す。実施例1と実施例2の違いは、偏光直交のOPO2波長光を光学軸が45度の偏光子を介してCARS励起に用いるか、偏光直交のOPO2波長光を一旦偏光ビームスプリッターで分離し、片方をλ/2板で偏光方向を90度回転させた後、再度ダイクロイックミラーで同軸に合波しCARS励起に用いるかの相違である。実施例3は実施例2にポンプ光パルスの時間遅延を付与する光遅延路を設けたものである。
【実施例1】
【0029】
図8に実施例1を示す。101光パラメトリック発振器(OPO)は励起レーザー(図中には記載なし)により励起されシグナル光とアイドラー光は同軸に発振する。励起レーザー光がP偏光の場合、シグナル光はS偏光、アイドラー光はP偏光となる。101OPOの発振2波長光でCARS励起を行う場合、シグナル光がポンプ光、アイドラー光がストークス光となる。
【0030】
101OPOからの同軸上の1ポンプ光(S偏光)と2ストークス光(P偏光)は3反射鏡を介して4ハーフビームスプリッターで2分される。一方が測定用、他方は参照用となる。
【0031】
測定用の同軸の1ポンプ光と2ストークス光は、光学軸が45度の5a偏光子により偏光軸が45度の揃った光として、6a集光レンズにより測定用の7a試料セルに集光される。集光域において発生したCARS光は、8aコリメートレンズにより集められ平行光となり、9可変NDフィルターとポンプ光とストークス光をカットする10aフィルター、19a集光レンズを介して、20a光ファイバー、21差分検出器へ導光する。102光路長調整部は4ハーフビームスプリッターから6a集光レンズまでの測定側光路長と4ハーフビームスプリッターから6b集光レンズまでの光路長を等しくするものである。これにより測定側と参照側の共役光学系が成立する。なお9可変NDフィルターは、測定前に測定側と参照側に蒸留水セルを配置し、測定側CARS信号強度が後述の参照用CARS信号強度と同じレベルとなるよう校正するためのものである。
【0032】
参照用の同軸の1ポンプ光と2ストークス光は、測定用と同様に5b偏光子、6b集光レンズを介して参照用の7b試料セルに集光される。7b参照用試料から生成する非共鳴CARS光は8bコリメートレンズで集光された後18ハーフミラーで2分される。一方の非共鳴CARS光は10bフィルターと19b集光レンズ、20b光ファイバーを介して21差分検出器へ導光する。ここで差分検出器は測定側と参照側のCARS光による光電変換素子の光電流自体での差分をおこなえるもので、これにより光電流時点でCARS非共鳴成分が打ち消され、CARS共鳴成分のみが光電流として残る。したがって検出器のダイナミックレンジ全てをCARS共鳴信号に振り分けることができる。もう一方の非共鳴CARS光は10bフィルターを介して11b光検出器により検出され共役補償用信号となる。
【0033】
測定側の試料をグルコース水溶液、参照側の試料を蒸留水とすると、11a差分検出器では、21a光ファイバーにより導光されるグルコースのCARS共鳴光と水のCARS非共鳴光が光電流に変換される。一方水のCARS非共鳴光のみも光電流に変換される。21差分検出器ではこれら光電流の差分が直接光電変換され差分出力として出力される。18ハーフミラーで2分され10bフィルターを介して11b光検出器で出力されるもう一系統の共役補償信号は、103信号処理部で差分信号/共役補償信号の除算が行われ、 CARS励起にともなう種々の変動要因を一括補償して、安定した被測定分子のCARS共鳴信号が測定できる。
【実施例2】
【0034】
図9に実施例2を示す。OPOからの同軸の1ポンプ光(S偏光)と2ストークス光(P偏光)を15偏光ビームスプリッターで分離し、1ポンプ光(S偏光)を16λ/2板により1ポンプ光(P偏光)にし、17ダイクロイックミラー上で1ポンプ光(P偏光)と2ストークス光(P偏光)を同軸に合波するものである。それ以降の動作は実施例1と同じである。ただし実施例では1ポンプ光と2ストークス光は同一偏光なので、実施例1で配置した5偏光子は測定側、参照側ともに不要である。偏光子は直交偏光の偏光を45度方向に揃えられるが、光パワーが1/√2に減じる。一方実施例2では偏光子が不要なため、光パワーを有効に利用できる効果がある。
【実施例3】
【0035】
測定側と参照側のCARS信号の差分処理を、それぞれの光検出器からの出力信号同士での差分を取ることは知られている。測定側の信号は被測定分子のCARS共鳴信号と非共鳴信号の合算であり、共鳴信号/非共鳴信号=1/5程度であり出力信号のほとんどが非共鳴信号成分である。このため光検出器のダイナミックレンジが非共鳴信号で占められ、共鳴信号のダイナミックレンジが十分に確保できないという課題がある。この点を改善したものが実施例1、2である。測定側と参照側のCARS光による光電変換素子の光電流自体での差分をおこなえる21差分検出器を用いるので、これにより光電流時点でCARS非共鳴成分が打ち消され、CARS共鳴成分のみが光電流として残る。したがって検出器のダイナミックレンジ全てをCARS共鳴信号に振り分けることができる。21差分検出器からの22直接差分信号と23CARS非共鳴信号は103信号処理部において(22直接差分信号/23CARS非共鳴信号)の除算処理により24直接差分共役補償信号に成形される。これにより差分信号に光検出器のダイナミックレンジがすべて割り振られる。
【実施例3】
【0036】
図10に実施例3を示す。実施例3は実施例2のダイナミックレンジをさらに広げる機能を付加したものである。CARS励起のポンプ光パルスとストークス光パルスにおいて、ストークス光パルスに対しポンプ光パルスを遅延させることで、共鳴信号成分の増強を実現ものである。101OPOからの直交偏光の1ポンプ光(S偏光)と2ストークス光(P偏光)を15偏光ビームスプリッターで分離し、1ポンプ光(S偏光)を16λ/2板で1ポンプ光(P偏光)とし、2ストークス光に対し時間遅延を発生させる104光遅延部にて、15偏光ビームスプリッターと17ダイクロイックミラー間のポンプ光とストークス光の光路長差を調整した後、再び17ダイクロイックミラーで同軸上に合波する。1ポンプ光(P偏光)光路内の25ビーム縮小器は、1ポンプ光(P偏光)の長光路長伝搬により生じる17ダイクロイックミラー上での2ストークス光のビーム径との不整合を補正するものである。17ダイクロイックミラー以降の機能は実施例4と同様である。これにより、遅延ポンプ光パルスの効果により測定側の被測定分子のCARS共鳴信号が増強され、実施例4よりさらにCARS共鳴信号検出のダイナミックレンジが拡大し、最小検出感度が向上する。
【産業上の利用可能性】
【0037】
これらは従来実用性が極めて乏しかったCARSに、大きな実用性をもたらし、本来CARS技術が有する生体内分子計測の特徴を汎用化させる効果がある。
【符号の説明】
【0038】
1 ポンプ光
2 ストークス光
3 反射鏡
4 ハーフビームスプリッター
5 偏光子
6 集光レンズ
7 試料セル
8 コリメートレンズ
9 可変NDフィルター
10 フィルター
11 光検出器
12 G信号
13 W信号
14 差分共役補償信号
15 偏光ビームスプリッター
16 λ/2板
17 ダイクロイックミラー
18 ハーフミラー
19 集光レンズ
20 光ファイバー
21 差分検出器
22 直接差分信号
23 CARS非共鳴信号
24 直接差分共役補償信号
25 ビーム縮小器
101 光パラメトリック発振器(OPO)
102 光路長調整部
103 信号処理部
104 光遅延部
同一番号におけるaは測定側、bは参照側を示す
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10