(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-07
(45)【発行日】2024-10-16
(54)【発明の名称】静電塗装ハンドガンおよび静電塗装方法
(51)【国際特許分類】
B05B 5/025 20060101AFI20241008BHJP
B05D 1/04 20060101ALI20241008BHJP
B05B 5/04 20060101ALI20241008BHJP
【FI】
B05B5/025 F
B05D1/04 C
B05D1/04 A
B05D1/04 B
B05B5/025 A
B05B5/04 A
(21)【出願番号】P 2021029369
(22)【出願日】2021-02-26
【審査請求日】2023-08-22
(73)【特許権者】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000947
【氏名又は名称】弁理士法人あーく事務所
(72)【発明者】
【氏名】田中 一基
(72)【発明者】
【氏名】谷 真二
【審査官】當間 庸裕
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-042749(JP,A)
【文献】特開平09-070557(JP,A)
【文献】実公昭50-022059(JP,Y1)
【文献】国際公開第2013/111664(WO,A1)
【文献】特開2019-007510(JP,A)
【文献】特開2020-049422(JP,A)
【文献】国際公開第2005/009621(WO,A1)
【文献】特開2017-013009(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2009/0229517(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B05B 5/025
B05D 1/04
B05B 5/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
帯電した霧状の塗料を被塗物に吹き付ける静電塗装ハンドガンであって、
塗料を吐出する溝が先端部に形成された回転ヘッドと、
上記回転ヘッドに回転動力を与えるモータと、
塗料に電圧を印加するための高電圧発生器と、
上記回転ヘッドを先端部が露出した状態で支持するとともに、上記モータおよび上記高電圧発生器が格納されるハウジングと、
作業者が把持するグリップ部と、を備え、
作業者の操作による上記回転ヘッドの移動に起因して、当該回転ヘッドから放出される電流値が増加した場
合、
上記回転ヘッドから放出される電流値の単位時間当たりの変化量と所定変化量との比較、および、上記回転ヘッドから放出される電流値の絶対値と所定値との比較を行い、
上記回転ヘッドから放出される電流値の単位時間当たりの変化量が上記所定変化量以下であり、且つ当該電流値の絶対値が上記所定値以下である場合、上記回転ヘッドから放出される電流値を一定にするべく上記高電圧発生器の出力電圧が電圧制御装置によって低下され
た後、上記モータの回転が低下されて低速回転で回転するように、その回転数がモータ制御装置によって
制御され、
上記回転ヘッドから放出される電流値の単位時間当たりの変化量が上記所定変化量よりも大きい場合、または、当該電流値の絶対値が上記所定値よりも大きい場合には、上記高電圧発生器の出力電圧が上記電圧制御装置によって0とされた後、上記モータの回転が上記モータ制御装置によって停止されることを特徴とする静電塗装ハンドガン。
【請求項2】
上記請求項1に記載の静電塗装ハンドガンにおいて、
上記モータ制御装置は、上記モータの回転を停止させる際には、ブレーキ機構を用いるように構成されていることを特徴とする静電塗装ハンドガン。
【請求項3】
上記請求項1に記載の静電塗装ハンドガンにおいて、
シェーピングエアを用いることなく、静電気力によって塗料を微粒化するように構成されていることを特徴とする静電塗装ハンドガン。
【請求項4】
帯電した霧状の塗料を被塗物に吹き付ける静電塗装方法であって、
塗料を吐出する溝が先端部に形成された回転ヘッドと、当該回転ヘッドに回転動力を与えるモータと、塗料に電圧を印加するための高電圧発生器と、当該回転ヘッドを先端部が露出した状態で支持するとともに、当該モータおよび当該高電圧発生器が格納されるハウジングと、作業者が把持するグリップ部と、を備える静電塗装ハンドガンを用意し、
作業者が上記静電塗装ハンドガンを用いて塗料を被塗物に吹き付ける際に、作業者の操作による上記回転ヘッドの移動に起因して、当該回転ヘッドから放出される電流値が増加した場合、
上記回転ヘッドから放出される電流値の単位時間当たりの変化量と所定変化量との比較、および、上記回転ヘッドから放出される電流値の絶対値と所定値との比較を行い、
上記回転ヘッドから放出される電流値の単位時間当たりの変化量が上記所定変化量以下であり、且つ当該電流値の絶対値が上記所定値以下である場合、上記回転ヘッドから放出される電流値を一定にするべく上記高電圧発生器の出力電圧を低下させた後、上記モータの回転を低下させて低速回転で回転させるように制御し、
上記回転ヘッドから放出される電流値の単位時間当たりの変化量が上記所定変化量よりも大きい場合、または、当該電流値の絶対値が上記所定値よりも大きい場合には、上記高電圧発生器の出力電圧を0にした後、上記モータの回転を停止させることを特徴とする静電塗装方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、帯電した霧状の塗料を被塗物に吹き付ける静電塗装ハンドガンおよび静電塗装方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
高い塗装品質が得られる静電スプレー塗装は、近年、ロボットによる自動化が進んできているが、静電塗装用スプレーガン(静電塗装ハンドガン)を用いた作業者による静電スプレー塗装も未だに多用されている。
【0003】
このような、作業者による静電スプレー塗装で用いられる静電塗装ハンドガンは、ベルと呼ばれる回転頭を用いないタイプのものが一般的であるが、中には回転頭を用いるタイプのものもあり、例えば特許文献1には、高電圧発生器が内蔵されたグリップ部とエアモータが配置されたボディー部とを有するハンドガンブラケットと、エアモータに連結されて駆動される回転軸の先端に取り付けられたベル型回転霧化頭と、を備え、ベル型回転霧化頭の外側に保護カバーが配置された静電塗装ハンドガンが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記特許文献1のものによれば、回転頭を用いるタイプの静電塗装ハンドガンにおいて、高電圧発生器をグリップ部に内蔵させることでボディー部を小型化でき、且つ、回転軸にベル型回転霧化頭を保持させることで、従来の空気軸受等を廃止して軽量化が図れるとともに、ベル型回転霧化頭(回転ヘッド)の外側に保護カバーを配置することで、作業者が誤ってハンドガン先端に接触するのを防いで安全性を確保することができる。
【0006】
ところで、帯電した霧状の塗料を被塗物に吹き付ける静電塗装ハンドガンでは、塗装効率を高めるために、塗料に対して印加する電圧を高くする傾向にある。もっとも、塗料に対して印加する電圧を高くした場合に、特許文献1のもののように回転ヘッドの外側に保護カバーが存在すると、塗料が保護カバーに向けて飛散するため、逆に塗装効率の低下を招く可能性がある。
【0007】
このように、回転ヘッドの外側に保護カバーを配置した特許文献1のものでは、小型・軽量化と安全性の確保との両立は図れるものの、塗装効率の向上と安全性の確保との両立を図り難いという点で改良の余地がある。
【0008】
本発明はかかる点に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、静電塗装ハンドガンおよび静電塗装方法において、塗装効率の向上と安全性の確保との両立を図る技術を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
前記目的を達成するため、本発明に係る静電塗装ハンドガンおよび静電塗装方法では、作業者等と回転ヘッドとの距離に応じて、高電圧発生器の出力電圧および回転ヘッドの回転速度を制御するようにしている。
【0010】
具体的には、本発明は、帯電した霧状の塗料を被塗物に吹き付ける静電塗装ハンドガンを対象としている。
【0011】
そして、この静電塗装ハンドガンは、塗料を吐出する溝が先端部に形成された回転ヘッドと、上記回転ヘッドに回転動力を与えるモータと、塗料に電圧を印加するための高電圧発生器と、上記回転ヘッドを先端部が露出した状態で支持するとともに、上記モータおよび上記高電圧発生器が格納されるハウジングと、作業者が把持するグリップ部と、を備え、作業者の操作による上記回転ヘッドの移動に起因して、当該回転ヘッドから放出される電流値が増加した場合、上記回転ヘッドから放出される電流値の単位時間当たりの変化量と所定変化量との比較、および、上記回転ヘッドから放出される電流値の絶対値と所定値との比較を行い、上記回転ヘッドから放出される電流値の単位時間当たりの変化量が上記所定変化量以下であり、且つ当該電流値の絶対値が上記所定値以下である場合、上記回転ヘッドから放出される電流値を一定にするべく上記高電圧発生器の出力電圧が電圧制御装置によって低下された後、上記モータの回転が低下されて低速回転で回転するように、その回転数がモータ制御装置によって制御され、上記回転ヘッドから放出される電流値の単位時間当たりの変化量が上記所定変化量よりも大きい場合、または、当該電流値の絶対値が上記所定値よりも大きい場合には、上記高電圧発生器の出力電圧が上記電圧制御装置によって0とされた後、上記モータの回転が上記モータ制御装置によって停止されることを特徴とするものである。
【0012】
この構成によれば、塗料を吐出する溝が先端部に形成された回転ヘッドが、先端部が露出した状態でハウジングに支持されることから、回転ヘッドを覆う保護カバー等を設けた場合に比して、吐出された塗料が飛散することなく被塗物の方に向い易くなるので、塗装効率を向上させることができる。
【0013】
ところで、回転ヘッドから放出される電流(高電圧発生器から流れる電流)の値は、高電圧発生器の電圧が概ね一定であれば、回転ヘッドの前方に位置する被塗物や作業者等と回転ヘッドとの間の空間抵抗値に応じて変動する。そうして、かかる空間抵抗値は、被塗物や作業者等と回転ヘッドとの距離が縮まるほど小さくなることが知られている。
【0014】
それ故、この構成によれば、作業者の操作による回転ヘッドの移動(回転ヘッドの被塗物や作業者への接近)に起因して、回転ヘッドから放出される電流が増大した場合には、電圧制御装置によって高電圧発生器の出力電圧が低下されることになる。その際、回転ヘッドから放出される電流が増大したことをトリガーとして、モータ制御装置がモータの回転数を低下させるので、高速回転する回転ヘッドが被塗物や作業者等と接触するのを抑えることができ、これにより、安全性を確保することができる。
【0015】
したがって、本発明の静電塗装ハンドガンによれば、塗装効率の向上と安全性の確保との両立を図ることができる。
【0017】
この構成によれば、通常の接近に比べて緊急性が高い場合、具体的には、電流値の単位時間当たりの変化量が大きい場合(被塗物や作業者等と回転ヘッドとが急接近した場合)や、電流値の絶対値が大きい場合(被塗物や作業者等と回転ヘッドとの距離が極端に短い場合)には、高電圧発生器の出力電圧を0にするとともにモータの回転を止めることから、作業者の感電や切創等を防止することができる。したがって、静電塗装時における安全性をより一層確保することができる。
【0018】
さらに、上記静電塗装ハンドガンでは、上記モータ制御装置は、上記モータの回転を停止させる際には、ブレーキ機構を用いるように構成されていてもよい。
【0019】
この構成によれば、例えばモータへの出力停止指令だけでは急激な回転数低下に対応困難な場合でも、ブレーキ機構を用いることで、より早く、より確実にモータの回転を停止させることができ、これにより、静電塗装時における安全性をより一層確実に確保することができる。
【0020】
また、上記静電塗装ハンドガンは、シェーピングエアを用いることなく、静電気力によって塗料を微粒化するように構成されていてもよい。
【0021】
シェーピングエアによる微粒化を行う場合には、基端側(後側)から先端側(前側)に向かうエアが存在することから、仮に回転ヘッドに保護カバーを設けても塗装効率の低下は小さいが、上述の如く、本発明の静電塗装ハンドガンでは、保護カバーを設けなくても、安全性の確保と塗装効率の向上との両立を図ることができるので、シェーピングエアを用いることなく、静電気力によって塗料を微粒化する静電微粒化式のハンドガンに好適に用いることができる。
【0022】
さらに、本発明は、帯電した霧状の塗料を被塗物に吹き付ける静電塗装方法を対象としている。
【0023】
この静電塗装方法では、塗料を吐出する溝が先端部に形成された回転ヘッドと、当該回転ヘッドに回転動力を与えるモータと、塗料に電圧を印加するための高電圧発生器と、当該回転ヘッドを先端部が露出した状態で支持するとともに、当該モータおよび当該高電圧発生器が格納されるハウジングと、作業者が把持するグリップ部と、を備える静電塗装ハンドガンを用意する。
【0024】
そして、この静電塗装方法は、作業者が上記静電塗装ハンドガンを用いて塗料を被塗物に吹き付ける際に、作業者の操作による上記回転ヘッドの移動に起因して、当該回転ヘッドから放出される電流値が増加した場合、上記回転ヘッドから放出される電流値の単位時間当たりの変化量と所定変化量との比較、および、上記回転ヘッドから放出される電流値の絶対値と所定値との比較を行い、上記回転ヘッドから放出される電流値の単位時間当たりの変化量が上記所定変化量以下であり、且つ当該電流値の絶対値が上記所定値以下である場合、上記回転ヘッドから放出される電流値を一定にするべく上記高電圧発生器の出力電圧を低下させた後、上記モータの回転を低下させて低速回転で回転させるように制御し、上記回転ヘッドから放出される電流値の単位時間当たりの変化量が上記所定変化量よりも大きい場合、または、当該電流値の絶対値が上記所定値よりも大きい場合には、上記高電圧発生器の出力電圧を0にした後、上記モータの回転を停止させることを特徴とするものである。
【0025】
この構成によれば、例えば回転ヘッドの被塗物や作業者への接近に起因して、回転ヘッドから放出される電流が増大した場合には、高電圧発生器の出力電圧を低下させるとともにモータの回転数を低下させるので、高速回転する回転ヘッドが被塗物や作業者等と接触するのを抑えることができ、これにより、安全性を確保することができる。
【発明の効果】
【0026】
以上説明したように、本発明に係る静電塗装ハンドガンおよび静電塗装方法によれば、塗装効率の向上と安全性の確保との両立を図ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【
図1】本発明の実施形態に係る静電塗装ハンドガンを含む、静電塗装装置を模式的に示す図である。
【
図3】回転ヘッドの先端部を模式的に示す斜視図である。
【
図4】回転ヘッドと被塗物との間に形成される静電界を模式的に説明する図である。
【
図5】静電塗装装置による安全制御の一例を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0028】
以下、本発明を実施するための形態を図面に基づいて説明する。
【0029】
-静電塗装装置-
図1は、本実施形態に係る静電塗装ハンドガン3を含む、静電塗装装置1を模式的に示す図である。この静電塗装装置1は、静電気力によって塗料P1(
図4参照)を微粒化させる静電微粒化式の塗装装置であって、
図1に示すように、静電塗装ハンドガン3と、高電圧コントローラ5と、エアモータコントローラ7と、エア供給装置(図示せず)と、塗料供給装置(図示せず)と、を備えている。
【0030】
静電塗装ハンドガン3は、当該静電塗装ハンドガン3を持った作業者の人力操作により、帯電した霧状の塗料P1をワーク(被塗物)W(
図4参照)に吹き付けるものであり、高電圧コントローラ5およびエアモータコントローラ7に接続されている。エア供給装置は、静電塗装ハンドガン3に設けられた回転ヘッド20の回転駆動源となる高圧エアを、静電塗装ハンドガン3に供給する。塗料供給装置は、静電微粒化式の塗装に用いられる水性の塗料P1を静電塗装ハンドガン3に供給する。塗料P1は、例えば水分を含んだ樹脂製の塗料である。
【0031】
静電塗装ハンドガン3は、
図1に示すように、回転ヘッド20と、エアモータ30と、高電圧発生器40と、これら回転ヘッド20、エアモータ30および高電圧発生器40を支持乃至格納するハウジング10と、を備えている。
【0032】
ハウジング10は、ボディー部11と、作業者が把持するグリップ部13と、引き金15と、キャップ17と、を有している。ボディー部11は、例えば電気絶縁性樹脂といった電気絶縁材から構成されている。ボディー部11の先端部には、その先端部が露出した状態で回転ヘッド20が支持されている。さらに、ボディー部11には、エアモータ30が回転ヘッド20の後側(基端側)にて、また、高電圧発生器40がグリップ部13の近傍にて、それぞれ格納されている。グリップ部13は、例えば導電性樹脂といった導電材から構成されていて、アース線(図示せず)を介してアースされており、作業者がグリップ部13を把持しても人体に電荷が溜らないようになっている。引き金15は、グリップ部13を把持している作業者が当該引き金15を引くと、トリガバルブ(図示せず)を開いて、塗料供給装置から塗料供給ホース19を介してボディー部11に供給された塗料P1を、後述する塗料供給管50を通じて回転ヘッド20に供給するように構成されている。キャップ17は、ボディー部11の先端部に取り付けられていて、先端部を除く回転ヘッド20の外周面、および、エアモータ30の一部を覆っている。
【0033】
図2は、回転ヘッド20を模式的に示す断面図である。回転ヘッド20は、塗料P1を吐出する溝27(
図3参照)が先端部(溝部29)に形成されたものであり、供給された液体の塗料P1を、当該回転ヘッド20の回転による遠心力によって放出するように構成されている。この回転ヘッド20は、
図2に示すように、略円筒状に形成されており、基端側(後側)に形成された取付部21と、先端側(前側)に形成されたヘッド部23と、を含んでいる。なお、回転ヘッド20の直径は、例えば20~50(mm)である。取付部21は、エアモータ30の回転軸31に対して外嵌合するように取り付けられている。なお、エアモータ30の回転軸31は、中空状に形成されていて、その内部に、塗料P1をヘッド部23に供給するための塗料供給管50が配置されている。
【0034】
ヘッド部23は、先端側に向けて拡径する、円錐台形の傾斜面のような形状に形成された第1内周面23aと、第1内周面23aの先端部から、第1内周面23aよりも急勾配で先端側に向けて拡径する、円錐台形の傾斜面のような形状に形成された第2内周面23bと、略円柱周面形状をなす外周面23cと、を有している。第1内周面23aの径方向内側にはハブ25が設けられていて、第1内周面23aとハブ25とによって塗料空間Sが区画されるようになっている。この塗料空間Sには、塗料供給管50の先端が臨んでいる。ハブ25の外縁部には、塗料空間Sから塗料P1を流出させるための流出孔25aが形成されている。第2内周面23bは、流出孔25aから流出した塗料P1が遠心力により拡散される拡散面として機能する。第2内周面23bの先端部には、複数の溝27で構成される溝部29が形成されている。
【0035】
図3は、回転ヘッド20の先端部を模式的に示す斜視図である。溝27は、塗料P1を糸状に放出するために設けられている。具体的には、溝27は、第2内周面23bに沿って径方向外側に傾斜しながら軸方向に延びていて、回転ヘッド20の先端(前端)まで達するように形成されている。溝27は、周方向に複数(例えば600~1200条)設けられている。また、各溝27は、断面V字状(三角形状)に形成されている。溝27の断面は、外周面23cに現れており、このため、回転ヘッド20の先端部は外周面23c側から見てギザギザ形状になっている。
【0036】
エアモータ30は、上述の如く、ハウジング10のボディー部11における回転ヘッド20の後側に配置されており、その回転軸31が回転ヘッド20に連結されていて、エア供給装置から供給される高圧エアを用いて回転ヘッド20に回転動力を与えるように構成されている。このエアモータ30は、作業者への負担を軽減すべく相対的に小型に構成されている。エアモータ30の回転数は、エアモータコントローラ7によって制御されるようになっている。また、エアモータ30の周囲には、
図1に示すように、回転軸31を掴むことで、エアモータ30の回転を停止させるブレーキ機構37が設けられている。
【0037】
高電圧発生器40は、塗料P1に電圧を印加するためのものであり、負の高電圧を発生させて回転ヘッド20に印加することにより、回転ヘッド20を負に帯電させるように構成されている。これにより、負電極としての回転ヘッド20と、接地された、正電極としてのワークWとの間に、強い静電界が形成されるようになっている。
【0038】
図4は、回転ヘッド20とワークWとの間に形成される静電界を模式的に説明する図である。なお、
図4は飽くまでも静電界を説明するための図であり、静電塗装ハンドガン3の形状や、静電塗装ハンドガン3における主要な機能部品の配置を正確に示すものではない。回転ヘッド20から放出された糸状の塗料P1は、回転ヘッド20とワークWとの間に形成された静電界の静電気力によって、滴状に分裂し静電微粒化される。このようにして静電微粒化された塗料P1は、
図4に示すように、それ自体が持つ負の電荷により、アース状態のワークWに引き寄せられて塗着される。これにより、ワークWの表面に塗装膜P2が形成される。
【0039】
このように、本実施形態では、シェーピングエアを用いずに、回転ヘッド20とワークWとの間に形成された静電界における静電気力によって、塗料P1が静電微粒化されることから、ワークWに付着した塗料粒子や、ワークW近傍に浮遊する塗料粒子が、シェーピングエアの随伴流によって巻き上げられないので、塗着効率を向上させることができる。さらに、回転ヘッド20の先端部からグロー放電によるイオン風を発生させることにより、霧状の塗料P1の安定的な飛行およびパターン形成を補助することが可能となっている。
【0040】
また、高電圧発生器40は、相対的に小型に構成されているとともに、
図1に示すように、先端に配置せざるを得ない回転ヘッド20およびエアモータ30から離れた、グリップ部13の近傍に配置されている。これらにより、静電塗装ハンドガン3は、グリップ部13を把持した作業者が重量を感じ難い重心バランスを有していて、作業者に負担のかからない構造となっている。しかも、高電圧発生器40を先端から離してグリップ部13の近傍に配置することで、塗料P1への高効率な印加を可能としつつ、絶縁性を確保することが可能となっている。
【0041】
高電圧コントローラ(電圧制御装置)5は、高電圧発生器40の出力電圧を制御して静電界の強度を調整することにより、静電微粒化する塗料P1の粒径を塗着に適した粒径に制御したり、静電微粒化される塗料P1の粒径のばらつきを抑制したりするように構成されている。例えば、高電圧コントローラ5により高電圧発生器40の出力電圧を大きくして静電界の強度を大きくした場合、静電気力が大きくなるため、静電微粒化される塗料P1の粒径は小さくなる。他方、高電圧コントローラ5により高電圧発生器40の出力電圧を小さくして静電界の強度を小さくした場合、静電気力が小さくなるため、静電微粒化される塗料P1の粒径は大きくなる。なお、塗着に適した粒径は、例えば、SMD(Sauter Mean Diameter)で20~30μmが好ましい。
【0042】
さらに、高電圧コントローラ5により静電界の強度を調整することにより、塗装パターンを制御することもできる。例えば、高電圧コントローラ5により静電界の強度を大きくすると、静電微粒化された塗料P1の直進性が増すため、塗装パターンは狭くなる一方、高電圧コントローラ5により静電界の強度を小さくすると、静電微粒化された塗料P1の直進性が弱くなるため、塗装パターンは広くなる。
【0043】
ここで、高電圧コントローラ5が、仮に、回転ヘッド20の開口端部の電位が常に一定になるように高電圧発生器40の出力電圧を制御する場合、電位差Vが固定されてしまうため、ワークWと回転ヘッド20との距離の変化に応じて電界強度Eが変化してしまう。その結果、静電微粒化される塗料P1の粒径にばらつきが生じてしまうため、塗料P1の静電微粒化が不安定になるとともに、塗着効率が不安定になってしまう。
【0044】
そこで、本実施形態では、回転ヘッド20の開口端部から放出される電流(放電電流)が常に一定になるように、高電圧発生器40の出力電圧を制御するよう高電圧コントローラ5を構成している。これにより、ワークWと回転ヘッド20との距離の変化に応じて電位差Vを変化させることから、電界強度Eの変動が抑制されることになる。具体的には、ワークWと回転ヘッド20との距離が長くなると、放電電流Iに対する抵抗成分R(空間抵抗値)が大きくなるため、出力電圧が増大する(電位差V(=R×I)が大きくなる)ように高電圧発生器40を制御する。
【0045】
これに対し、ワークWと回転ヘッド20との距離が短くなると、放電電流Iに対する抵抗成分R(空間抵抗値)が小さくなるため、出力電圧が低下する(電位差V(=R×I)が小さくなる)ように高電圧発生器40を制御する。換言すると、高電圧発生器40は、作業者の操作による静電塗装ハンドガン3(回転ヘッド20)の移動に起因して、回転ヘッド20から放出される電流値が増加した場合には、その出力電圧が高電圧コントローラ5によって低下される。
【0046】
これらにより、電界強度Eの変動が抑制され、その結果、静電微粒化される塗料P1の粒径のばらつきが抑制されることから、塗料P1の静電微粒化を安定させることができるとともに、塗着効率を安定させることができる。
【0047】
エアモータコントローラ(モータ制御装置)7は、静電塗装ハンドガン3に接続されており、上述のように、エアモータ30の回転数を制御する。また、エアモータコントローラ7は、高電圧コントローラ5と電気的に接続されていて、高電圧コントローラ5と互いに情報の受け渡しを行うように構成されている。
【0048】
以上のように構成された静電塗装装置1を用いてワークWの塗装を行う場合には、先ず静電塗装装置1を起動させて、回転ヘッド20を高速回転させるとともに、回転ヘッド20に負の高電圧を印加することにより回転ヘッド20とワークWとの間に静電界を形成する。その後、作業者が引き金15を引くことにより、トリガバルブが開き、塗料供給装置から塗料供給ホース19を介してボディー部11に供給された塗料P1が、塗料供給管50を通じて回転ヘッド20に供給される。
【0049】
回転ヘッド20内に供給された塗料P1は、遠心力の影響を受けて、回転ヘッド20の第2内周面23bの先端部に形成された溝部29(複数の溝27)から遠心力方向に糸状に放出される。糸状の塗料P1は、回転ヘッド20とワークWとの間に形成された静電界の静電気力によって、滴状に分裂し静電微粒化される。静電微粒化された塗料P1は、それ自体が持つ負の電荷により、アース状態のワークWに引き寄せられて塗着され、これにより、ワークWの表面に塗装膜P2が形成される。
【0050】
-安全制御-
ところで、作業者による静電スプレー塗装で用いられる静電塗装ハンドガンは、回転ヘッドを用いないタイプのものが一般的であるが、本実施形態と同様に、回転ヘッドを用いるタイプの静電塗装ハンドガンでは、静電塗装時に高速回転しているヘッド部分が作業者等に接触するのを防止するために、ヘッド部分の外側に保護カバーを設置することがある。
【0051】
もっとも、静電塗装ハンドガンでは、塗装効率を高めるために、塗料に対して印加する電圧を高くした場合に、回転ヘッドの外側に保護カバーが存在すると、塗料が保護カバーに向けて飛散するため、逆に塗装効率の低下を招く可能性がある。
【0052】
特に、本実施形態のように、シェーピングエアを用いないタイプの静電塗装ハンドガン3では、基端側(後側)から先端側(前側)に向かうエアが存在しないことから、回転ヘッド20の先端部から放出された塗料P1が回転接線方向に飛び出し、塗料P1が保護カバーに付着してしまい、塗装が成立しないため、回転ヘッド20の外側に保護カバーを設けることが困難であるという問題がある。
【0053】
しかしながら、回転ヘッド20の先端部は、
図3に示すように、塗料P1を微粒化させるために鋭利に加工されている(外周面23c側から見てギザギザ形状になっている)ため、高速回転している回転ヘッド20に作業者が触れると切創等の可能性があることから、何らかの安全対策が必要となる。
【0054】
そこで、本実施形態の静電塗装ハンドガン3では、作業者やワークWと回転ヘッド20との距離に応じて、高電圧発生器40の出力電圧および回転ヘッド20の回転速度を制御するようにしている。具体的には、作業者の操作による静電塗装ハンドガン3(回転ヘッド20)の移動に起因して、回転ヘッド20から放出される電流値が増加した場合には、エアモータ30の回転数を低下させるようにエアモータコントローラ7を構成している。加えて、回転ヘッド20から放出される電流値の単位時間当たりの変化量(増加量)が所定変化量(所定増加量)よりも大きい場合、または、回転ヘッド20から放出される電流値の絶対値が所定値よりも大きい場合には、高電圧発生器40の出力電圧を0にするように高電圧コントローラ5を構成するとともに、エアモータ30の回転を停止させるようにエアモータコントローラ7を構成している。
【0055】
しかも、エアモータ30の回転を停止させる場合には、エアモータ30の周囲に設けられたブレーキ機構37を用いるようにエアモータコントローラ7を構成している。なお、回転軸31を掴むことで、エアモータ30の回転を停止させるブレーキ機構37は、例えば空気圧駆動や油圧駆動のブレーキパッド等を、回転ヘッド20やエアモータ30の回転軸31に押し付けることで実現される。
【0056】
上述の如く、回転ヘッド20から放出される電流値(高電圧発生器40から流れる電流値)は、高電圧発生器40の電圧が概ね一定であれば、回転ヘッド20の前方に位置するワークWや作業者等と回転ヘッド20との間の空間抵抗値に応じて変動する。そうして、かかる空間抵抗値は、ワークWや作業者等と回転ヘッド20との距離が縮まるほど(短くなるほど)小さくなる。
【0057】
それ故、本実施形態では、作業者の操作による回転ヘッド20の移動(回転ヘッド20のワークWや作業者への接近)に起因して、回転ヘッド20から放出される電流値が増大した場合には、かかる電流値を一定にするべく、高電圧コントローラ5が指令を出して、高電圧発生器40の出力電圧を低下させる。このとき、電流値が増大したことを表す情報が高電圧コントローラ5からエアモータコントローラ7へ伝達され、それをトリガーとして、エアモータコントローラ7が指令を出して、エアモータ30の回転数を低下させるので、高速回転する回転ヘッド20がワークWや作業者等と接触するのを抑えることができる。これにより、回転ヘッド20の外側に保護カバーを設けることが困難な、シェーピングエアを用いないタイプの静電塗装ハンドガン3においても、静電塗装時における安全性を確保することができる。
【0058】
加えて、通常の接近に比べて緊急性が高い場合、具体的には、電流値の単位時間当たりの変化量(以下、単に「電流値の変化量」ともいう。)が所定変化量よりも大きい場合(ワークWや作業者等と回転ヘッド20とが急接近した場合)や、電流値の絶対値が所定値よりも大きい場合(ワークWや作業者等と回転ヘッド20との距離が極端に短い場合)には、高電圧コントローラ5が指令を出して、高電圧発生器40の出力電圧を0にするとともに、エアモータコントローラ7が指令を出して、エアモータ30の回転を止めることから、作業者の感電や切創等を防止することができる。したがって、静電塗装時における安全性をより一層確保することができる。
【0059】
さらに、エアモータ30への出力停止指令だけでは急激な回転数低下に対応困難な場合でも、エアモータコントローラ7が指令を出して、ブレーキ機構37を作動させることで、より早くより確実にエアモータ30を停止させることができ、これにより、安全性をより一層確実に確保することができる。
【0060】
以上のように、本実施形態の静電塗装ハンドガン3によれば、シェーピングエアを用いない場合にも、回転ヘッド20の外側の保護カバーを省略することで、塗装効率の向上を図りつつ、高速回転する回転ヘッド20がワークWや作業者等と接触するのを抑えて、静電塗装時における安全性を確保することができる。
【0061】
次に、静電塗装装置1が実行する安全制御について
図5に示すフローチャートを参照しながら説明する。
【0062】
先ず、ステップS1では、静電塗装装置1が起動しているか否か、換言すると、回転ヘッド20を高速回転しているとともに、回転ヘッド20に負の高電圧が印加されているか否かを判定する。このステップS1での判定がNOの場合には、そのままENDする。一方、ステップS1での判定がYESの場合には、安全対策を講じる必要がありことから、ステップS2に進む。
【0063】
次のステップS2では、高電圧コントローラ5が、回転ヘッド20の開口端部から放出される電流値が上昇(増加)したか否か、換言すると、回転ヘッド20がワークWや作業者に接近したか否かを判定する。このステップS2での判定がNOの場合には、高電圧コントローラ5およびエアモータコントローラ7は、高電圧発生器40の出力電圧やエアモータ30の回転数を変化させることなく、そのままENDする。一方、ステップS2での判定がYESの場合には、ステップS3に進む。
【0064】
次のステップS3では、高電圧コントローラ5が、回転ヘッド20から放出される電流値の変化量が所定変化量よりも大きいか、または、回転ヘッド20から放出される電流値の絶対値が所定値よりも大きいか否かを判定する。このステップS3での判定がYESの場合、換言すると、ワークWや作業者等と回転ヘッド20とが急接近した場合や、ワークWや作業者等と回転ヘッド20との距離が極端に短い場合には、ステップS4に進む。
【0065】
次のステップS4では、高電圧コントローラ5が指令を出して、高電圧発生器40の出力電圧を0にした後、ステップS5に進み、エアモータコントローラ7が指令を出して、エアモータ30の回転を停止させるとともに、ステップS6において、ブレーキ機構37を作動させた後、ENDする。
【0066】
一方、ステップS3での判定がNOの場合、換言すると、ワークWや作業者等と回転ヘッド20とが接近したが、急接近ではなく且つワークWや作業者等と回転ヘッド20との距離が極端に短くない場合には、ステップS7に進む。
【0067】
次のステップS7では、高電圧コントローラ5が指令を出して、高電圧発生器40の出力電圧を低下させた後、ステップS8に進み、エアモータコントローラ7が指令を出して、エアモータ30を低速回転させた後、ENDする。
【0068】
(その他の実施形態)
本発明は、実施形態に限定されず、その精神又は主要な特徴から逸脱することなく他の色々な形で実施することができる。
【0069】
上記実施形態では、塗料P1が水性塗料である場合について説明したが、これに限らず、塗料P1は油性塗料(溶剤塗料)であってもよい。
【0070】
また、上記実施形態では、シェーピングエアを用いないタイプの静電塗装ハンドガン3に本発明を適用したが、これに限らず、例えばシェーピングエアを用いるタイプの静電塗装ハンドガンに本発明を適用してもよい。
【0071】
さらに、上記実施形態では、静電微粒化式の静電塗装装置1に本発明を適用したが、これに限らず、塗料を機械的な力(例えば圧縮空気や塗料にかかる高圧力)でハンドガンから噴射させて微粒化し、これに電荷を与える方式(エア霧化式やエアレス霧化式)の静電塗装装置に本発明を適用してもよい。
【0072】
また、上記実施形態では、静電塗装ハンドガン3の外部の高電圧コントローラ5およびエアモータコントローラ7に静電塗装ハンドガン3を接続するようにしたが、これに限らず、例えば、高電圧コントローラ5およびエアモータコントローラ7の少なくとも一方を、静電塗装ハンドガン3の内部に設けるようにしてもよいし、高電圧発生器の出力電圧やモータの回転数をリモートで制御するようにしてもよい。
【0073】
さらに、上記実施形態では、作業者が把持するグリップ部13をハウジング10と一体に形成したが、これに限らず、グリップ部13をハウジング10と別体に形成してもよい。
【0074】
このように、上述の実施形態はあらゆる点で単なる例示に過ぎず、限定的に解釈してはならない。さらに、特許請求の範囲の均等範囲に属する変形や変更は、全て本発明の範囲内のものである。
【産業上の利用可能性】
【0075】
本発明によると、塗装効率の向上と安全性の確保との両立を図ることができるので、静電塗装ハンドガンおよび静電塗装方法に適用して極めて有益である。
【符号の説明】
【0076】
3 静電塗装ハンドガン
5 高電圧コントローラ(電圧制御装置)
7 エアモータコントローラ(モータ制御装置)
10 ハウジング
13 グリップ部
20 回転ヘッド
27 溝
30 エアモータ
37 ブレーキ機構
40 高電圧発生器
P1 塗料
W ワーク(被塗物)