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特許7567565モータ制御装置、および、それを備えた電動パワーステアリング装置
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-07
(45)【発行日】2024-10-16
(54)【発明の名称】モータ制御装置、および、それを備えた電動パワーステアリング装置
(51)【国際特許分類】
   H02P 21/05 20060101AFI20241008BHJP
   H02P 21/22 20160101ALI20241008BHJP
   H02P 6/10 20060101ALI20241008BHJP
【FI】
H02P21/05
H02P21/22
H02P6/10
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2021035609
(22)【出願日】2021-03-05
(65)【公開番号】P2022135662
(43)【公開日】2022-09-15
【審査請求日】2023-09-07
(73)【特許権者】
【識別番号】000004260
【氏名又は名称】株式会社デンソー
(74)【代理人】
【識別番号】110003214
【氏名又は名称】弁理士法人服部国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】加藤 貴之
(72)【発明者】
【氏名】藤本 耕士
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 敦
【審査官】谿花 正由輝
(56)【参考文献】
【文献】特開2020-184855(JP,A)
【文献】特開2007-259538(JP,A)
【文献】国際公開第2009/063786(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H02P 21/05
H02P 21/22
H02P 6/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
直流電源(60)の電力をインバータ(70)で3相交流電力に変換しブラシレス式のモータ(80)に供給するモータ駆動システムに適用され、前記インバータに出力する電圧指令をベクトル制御により演算するモータ制御装置であって、
入力されたトルク指令をd軸電流指令値およびq軸電流指令値に変換するトルク指令/電流指令変換器(21)と、
弱め界磁制御におけるd軸電流指令補正値を、前記直流電源の電圧に対する前記インバータに印加される電圧振幅の比率に相関する変調率に応じて決定する弱め界磁制御器(50)と、
前記d軸電流指令値と前記d軸電流指令補正値とを用いて演算したd軸電流指令最終値を出力するd軸電流最終値演算器(22)と、
前記d軸電流指令最終値およびq軸電流指令値のフィードバック制御を行う電流制御器(27、28)と、
少なくとも下限周波数が決められた特定周波数帯域におけるq軸電流指令値の周波数成分の入力をカットする帯域制限フィルタ(31)を有し、前記帯域制限フィルタを通過したq軸電流指令値に基づいて前記d軸電流指令最終値を調整するd軸電流調整器(30)と、
を備えるモータ制御装置。
【請求項2】
前記帯域制限フィルタは、複数の一次フィルタから構成されている請求項に記載のモータ制御装置。
【請求項3】
前記帯域制限フィルタ(311)は、一つ以上のローパスフィルタと一つ以上のハイパスフィルタとから構成されたバンドストップフィルタである請求項に記載のモータ制御装置。
【請求項4】
前記帯域制限フィルタ(312)は、カットオフ周波数が同一の複数のローパスフィルタから構成されている請求項に記載のモータ制御装置。
【請求項5】
前記帯域制限フィルタ(313)は、カットオフ周波数が異なる複数のローパスフィルタから構成されている請求項に記載のモータ制御装置。
【請求項6】
前記モータは複数の巻線組(801、802)を有する多重巻線モータであり、複数の前記巻線組に対応して複数の前記インバータ(701、702)が設けられたモータ駆動システムに適用され、
各前記インバータに対し電圧指令を出力する請求項1~のいずれか一項に記載のモータ制御装置。
【請求項7】
複数の前記インバータは、複数の直流電源(601、602)に個別に接続されている請求項に記載のモータ制御装置。
【請求項8】
操舵アシストトルクを出力する前記モータと、
前記モータの駆動を制御する請求項1~のいずれか一項に記載のモータ制御装置と、
を備える電動パワーステアリング装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、モータ制御装置、および、それを備えた電動パワーステアリング装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、3相ブラシレスモータをベクトル制御するモータ制御装置において、高回転時に発生する逆起電力によってモータ巻線に電流が流れにくくなることを防ぐため、負のd軸電流を流すことで弱め界磁制御を行う技術が知られている。
【0003】
電動パワーステアリング装置において操舵アシストモータの駆動を制御する制御装置では、急なハンドル操作に伴ってモータの回転数を上げるために弱め界磁制御のd軸電流が急峻に流れると、モータの電気的な共振現象が誘発され、dq軸電流に脈動が発生する。これによりモータの出力トルクが振動し、ドライバが不快と感じる音や振動が発生する場合がある。例えば特許文献1には、弱め界磁制御時にd軸電流指令値の変化率を制限することで、音や振動の発生を抑えるモータ駆動制御装置が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2007-116849号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1の技術はd軸電流指令値の変化率のみに着目しているが、モータへの逆入力等に伴って発生するq軸電流指令値の変化による音や振動への影響には着目していない。そのため、弱め界磁制御時におけるq軸電流指令値の変化の影響による音や振動に対する対策は不十分である。
【0006】
本発明は上述の点に鑑みて創作されたものであり、その目的は、3相ブラシレスモータのベクトル制御により弱め界磁制御を行うモータ制御装置において、q軸電流指令値の変化の影響による音や振動の発生を抑制するモータ制御装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明のモータ制御装置は、直流電源(60)の電力をインバータ(70)で3相交流電力に変換しブラシレス式のモータ(80)に供給するモータ駆動システムに適用され、インバータに出力する電圧指令をベクトル制御により演算する。
【0008】
このモータ制御装置は、トルク指令/電流指令変換器(21)と、弱め界磁制御器(50)と、d軸電流最終値演算器(22)と、電流制御器(27、28)と、d軸電流調整器(30)と、を備える。
【0009】
トルク指令/電流指令変換器は、入力されたトルク指令をd軸電流指令値およびq軸電流指令値に変換する。弱め界磁制御器は、弱め界磁制御におけるd軸電流指令補正値を、直流電源の電圧に対するインバータに印加される電圧振幅の比率に相関する変調率に応じて決定する。d軸電流最終値演算器は、d軸電流指令値とd軸電流指令補正値とを用いて演算したd軸電流指令最終値を出力する。電流制御器は、d軸電流指令最終値およびq軸電流指令値のフィードバック制御を行う。
【0010】
d軸電流調整器は、少なくとも下限周波数が決められた特定周波数帯域におけるq軸電流指令値の周波数成分の入力をカットする帯域制限フィルタ(31)を有し、帯域制限フィルタを通過したq軸電流指令値に基づいてd軸電流指令最終値を調整する。
【0011】
これにより本発明では、3相ブラシレスモータのベクトル制御により弱め界磁制御を行うモータ制御装置において、q軸電流指令値の変化の影響による音や振動の発生を適切に抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】各実施形態のモータ制御装置が適用される電動パワーステアリング装置の構成図。
図2】二重巻線モータの構成を示す模式図。
図3】二系統モータ駆動システムの構成図。
図4】一実施形態のモータ制御装置の制御ブロック図。
図5】d軸電流調整器のブロック図。
図6】(a)、(b)d軸電流制限器の制限マップの例。
図7】(a)、(b)d軸電流制限器の制限マップの例。
図8】帯域制限フィルタの構成例1の図。
図9】帯域制限フィルタの構成例2の図。
図10】帯域制限フィルタの構成例3の図。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の実施形態によるモータ制御装置を図面に基づいて説明する。本実施形態のモータ制御装置は、車両の電動パワーステアリング装置において操舵アシストモータを駆動するモータ駆動システムに適用される。このモータ駆動システムでは直流電源の電力がインバータで3相交流電力に変換され、ブラシレス式モータに供給される。モータ制御装置は、インバータに出力する電圧指令をベクトル制御により演算する。
【0014】
[電動パワーステアリング装置]
図1に、電動パワーステアリング装置90を含むステアリングシステム99の全体構成を示す。なお、図1の電動パワーステアリング装置90はコラムアシスト式であるが、本実施形態のモータ制御装置18は、ラックアシスト式の電動パワーステアリング装置にも同様に適用可能である。ECU10はモータ制御装置18およびインバータ70を含む。例えばECU10はモータ80と一体に構成されている。
【0015】
ステアリングシステム99は、ハンドル91、ステアリングシャフト92、ピニオンギア96、ラック軸97、車輪98および電動パワーステアリング装置90等を含む。ステアリングシャフト92の先端に設けられたピニオンギア96は、ラック軸97に噛み合っている。ラック軸97の両端には一対の車輪98が設けられている。ドライバがハンドル91を回転させると、ハンドル91に接続されたステアリングシャフト92が回転する。ステアリングシャフト92の回転運動は、ピニオンギア96によりラック軸97の直線運動に変換され、ラック軸97の変位量に応じた角度に一対の車輪98が操舵される。
【0016】
電動パワーステアリング装置90は、操舵トルクセンサ94、モータ制御装置18、インバータ70、モータ80および減速ギア89等を含む。操舵トルクセンサ94はドライバの操舵トルクを検出する。モータ制御装置18は、操舵トルク等の情報から演算された要求トルクに応じて電圧指令を演算し、インバータ70に出力する。インバータ70は、電圧指令に基づいて直流電源60の電力を3相交流電力に変換しモータ80に供給する。モータ80が出力した操舵アシストトルクは、減速ギア89を介してステアリングシャフト92に伝達される。
【0017】
モータ80は3相ブラシレスモータである。本実施形態は、SPMモータにもIPMにも適用可能である。ただし、後述のようにq軸電流指令値に応じてd軸電流指令値を調整するという特性上、d軸電流およびq軸電流に依存するリラクタンストルクが生成されるIPMモータにおいて、より効果が発揮される。
【0018】
[二系統モータ駆動システム]
次に図2図3を参照し、二系統モータ駆動システムの構成例について説明する。このモータ駆動システムにおけるモータ80は、図3に示すように、二組の3相巻線組801、802を有する二重巻線モータである。3相巻線組801、802は電気的特性が同等であり、共通のステータに互いに例えば電気角30[deg]ずらして配置されている。これに応じて、振幅が等しく位相が30[deg]ずれた相電流が巻線組801、802に通電される。
【0019】
二組の巻線組801、802に対応して設けられた二つのインバータ701、702は、各巻線組801、802に3相交流電力を供給する。第1インバータ701は、第1巻線組801のU1、V1、W1端子に接続されている。第2インバータ702は、第2巻線組802のU2、V2、W2端子に接続されている。
【0020】
図3に二系統モータ駆動システム100の構成を示す。第1インバータ701に対応する一群の構成要素の単位を第1系統といい、第2インバータ702に対応する一群の構成要素の単位を第2系統という。第1系統の構成要素の符号または信号の末尾に「1」を付し、第2系統の構成要素の符号または信号の末尾に「2」を付して記す。二系統は冗長的に設けられており、一方の系統が故障した場合、他方の正常な系統でモータ80の駆動を継続することができる。
【0021】
各系統のインバータ701、702は、実線で示すように、二つの直流電源601、602に個別に接続されてもよいし、破線で示すように、一つの直流電源(例えば601)に並列に接続されてもよい。二系統のインバータ701、702が個別の直流電源601、602に接続されるシステム構成は「完全二系統」と呼ばれている。二系統のインバータ701、702が共通の直流電源に並列に接続されるシステム構成は「駆動二系統」と呼ばれている。完全二系統システムでは、一方の直流電源が失陥した場合にも駆動を継続可能である。以下、図3について、完全二系統システム構成を前提として説明する。
【0022】
各系統の構成は同様であるため、代表として第1系統の構成について説明する。第2系統の構成については、第1系統の構成の説明における末尾の「1」を「2」に読み替えて同様に解釈する。インバータ701の入力側には、直流電源601の電圧Vdc1を検出する電圧検出器651、および、入力電圧を平滑化する平滑コンデンサ661が設けられている。以下、直流電源の電圧を「電源電圧」と記す。
【0023】
インバータ701からモータ80への3相電流経路には、相電流Iu1、Iv1、Iw1を検出する電流検出器751が設けられている。また図3の構成例では、モータ80の電気角を検出する回転角検出器851、852が系統毎に設けられており、それぞれ電気角θ1、θ2を検出する。一つの回転角検出器が供用される構成では、例えば電気角θ1に基づき、電気角θ2が「θ2=θ1+30[deg]」として算出されてもよい。
【0024】
モータ制御装置18は、マイコンやプリドライバ等で構成され、図示しないCPU、ROM、I/O、および、これらの構成を接続するバスライン等を備えている。モータ制御装置18は、予め記憶されたプログラムをCPUで実行することによるソフトウェア処理や、専用の電子回路によるハードウェア処理による制御を実行する。
【0025】
モータ制御装置18は、第1系統制御部181及び第2系統制御部182を含む。各系統の制御部181、182の構成は、図4に示す一系統のモータ制御装置18の構成に相当する。第1系統制御部181は、要求トルクのうち第1系統が分担するトルク指令trq1*を取得する。また第1系統制御部181は、電圧検出器651、電流検出器751および回転角検出器851から、電源電圧Vdc1、相電流Iu1、Iv1、Iw1、回転角θ1を取得する。
【0026】
第1系統制御部181は、これらの情報に基づいて、インバータ701に出力する電圧指令をベクトル制御により演算する。インバータ701は、U相、V相、W相の各相上下アームのスイッチング素子がブリッジ接続されて構成されている。インバータ701は、電圧指令に基づいて各スイッチング素子が動作することで、直流電源601の電力を3相交流電力に変換して、モータ80の第1巻線組801に供給する。
【0027】
図4を参照して後述する構成要素に関し、二系統のモータ駆動システムにおいてモータ制御装置18は、二つのインバータ701、702に対応する二組の電流制御器および二つの弱め界磁制御器を備える。モータ制御装置18は、各インバータ701、702に対し電圧指令を出力する。第1系統制御部181および第2系統制御部182は、基本的に系統毎の情報に基づき、独立して電圧指令を演算する。ただし必要に応じて、系統間で互いに情報を通信して協調制御を行ってもよい。
【0028】
[モータ制御装置]
3相ブラシレスモータのベクトル制御により弱め界磁制御を行う各実施形態のモータ制御装置の詳細な構成について、順に説明する。最初に弱め界磁制御の技術的意義について説明する。モータ回転数が高回転の条件においては、ロータ磁石磁束と回転数とに比例して発生する逆起電力がインバータ出力電力より大きくなり、モータ巻線に電流を発生させることが困難となる。この現象に対する対策として、磁石磁束を弱めるように負のd軸電流を発生させることで、高回転条件においても電流の発生が可能となる。
【0029】
ところで、弱め界磁制御のd軸電流が急峻に流れると、モータ80の電気的な共振現象が誘発され、dq軸電流に脈動が発生することで、モータ80の出力トルクが振動する。電動パワーステアリング装置90では、これによりドライバが不快と感じる音や振動が発生する場合がある。
【0030】
従来技術ではd軸電流指令値の変化率を制限しているが、モータへの逆入力等に伴って発生するq軸電流指令値の変化による音や振動への影響には着目していない。そこで本実施形態のモータ制御装置では、弱め界磁制御において、q軸電流指令値の変化の影響による音や振動の発生を抑制することを目的とする。
【0031】
(一実施形態)
図4図5を参照し、一実施形態のモータ制御装置18の構成について説明する。簡単のため、一系統のモータ駆動システムに適用される構成として図示する。モータ駆動システムの直流電源、電圧検出器、インバータ、電流検出器、回転角検出器の符号は、図3における符号末尾の「1」、「2」を削除し、60、65、70、75、85と記す。トルク指令trq*、電源電圧Vdc、3相電流Iu、Iv、Iw、電気角θの記号についても同様とする。二系統のモータ駆動システムに適用される場合、一系統の構成が二組設けられるものとして解釈すればよい。
【0032】
モータ制御装置18は、ベクトル制御、電流フィードバック制御および弱め界磁制御の構成を備える。まず周知の構成として、モータ制御装置18は、トルク指令/電流指令変換器21、d軸電流最終値演算器22、3相/2相変換部24、d軸電流偏差算出器25、q軸電流偏差算出器26、d軸電流制御器27、q軸電流制御器28、2相/3相変換部29を備える。
【0033】
トルク指令/電流指令変換器21は、上位制御回路から入力されたトルク指令trq*をd軸電流指令値Id*およびq軸電流指令値Iq*に変換する。記号「/」は、「/」の前の入力が「/」の後の出力に変換されることを意味する。3相/2相変換部24および2相/3相変換部29についても同様である。
【0034】
d軸電流最終値演算器22は、d軸電流指令値Id*と、弱め界磁制御器50のd軸電流補正値演算器54が演算したd軸電流指令補正値Id_fw*とを用いて演算したd軸電流指令最終値Id**を出力する。図4に示す構成例では、d軸電流最終値演算器22は、d軸電流指令値Id*と軸電流指令補正値Id_fw*とを加算する。
【0035】
3相/2相変換部24は、電気角θを用い、電流検出器75から取得した3相電流Iu、Iv、Iwをdq軸電流Id、Iqに変換する。d軸電流偏差算出器25は、d軸電流指令最終値Id**と、フィードバックされたd軸電流Idとの偏差ΔIdを算出する。なお、d軸電流指令最終値Id**として、後述するd軸電流調整器30による調整後の値が入力される。q軸電流偏差算出器26は、q軸電流指令値Iq*と、フィードバックされたq軸電流Iqとの偏差ΔIqを算出する。
【0036】
電流制御器27、28は、d軸電流指令最終値Id**およびq軸電流指令値Iq*のフィードバック制御を行う。詳しくは、d軸電流制御器27は、d軸電流偏差ΔIdを0に近づけるようにPI演算等によりd軸電圧指令値Vd*を演算する。q軸電流制御器28は、q軸電流偏差ΔIqを0に近づけるようにPI演算等によりq軸電圧指令値Vq*を演算する。
【0037】
2相/3相変換部29は、電気角θを用い、dq軸電圧指令値Vd*、Vq*を3相の電圧指令に変換してインバータ70に出力する。固定座標系の3相電圧指令は正弦波電圧となる。なお、電圧指令に基づくデューティ比の演算やPWMによるパルス信号の生成についてはインバータ70の中に含めるものとし、詳細な説明を省略する。
【0038】
また、弱め界磁制御の構成として、モータ制御装置18は、弱め界磁制御器50および変調率演算器56を備える。弱め界磁制御器50は、弱め界磁制御におけるd軸電流指令補正値Id_fw*を、変調率演算器56が演算した変調率Modに応じて決定する。変調率Modは、「電源電圧Vdcに対する、インバータ70に印加される電圧振幅Vampの比率」に相関する。
【0039】
変調率演算器56は、電源電圧Vdc、d軸電圧指令値Vd*およびq軸電圧指令値Vq*に基づき、式(1)、(2)により変調率Modを算出する。式(1)における比例係数2√(2/3)は、本実施形態で採用する一例の値である。これ以外の比例係数を用いて変調率Modが定義されてもよい。
Mod=2√(2/3)×Vamp/Vdc ・・・(1)
Vamp=√(Vd*2+Vq*2) ・・・(2)
【0040】
弱め界磁制御器50は、変調率指令決定器51、変調率偏差算出器53およびd軸電流補正値演算器54を有する。変調率指令決定器51は、固定値の変調率指令Mod*を出力する。変調率偏差算出器53は、変調率指令Mod*と、変調率演算器56が演算した変調率Modとの偏差ΔModを算出する。d軸電流補正値演算器54は、変調率偏差ΔModを0に近づけるようにPI演算等によりd軸電流指令補正値Id_fw*を演算する。
【0041】
さらにモータ制御装置18は、本実施形態に特有の構成として、d軸電流最終値演算器22とd軸電流偏差算出器25との間にd軸電流調整器30を備える。d軸電流調整器30は、特定周波数帯域におけるq軸電流指令値Iq*の周波数成分による影響を抑制するように、q軸電流指令値Iq*に基づいてd軸電流指令最終値Id**を調整する。
【0042】
抑制対象となる特定周波数帯域は、少なくとも下限周波数が決められており、下限周波数よりも低周波側の周波数成分は抑制対象としない。上限周波数は、決められても、決められなくてもよい。そのバリエーションについては図8図10を参照して後述する。
【0043】
図5に示すように、d軸電流調整器30は、帯域制限フィルタ31およびd軸電流制限器32を含む。帯域制限フィルタ31は、特定周波数帯域におけるq軸電流指令値Iq*の周波数成分の入力をカットする。そのため、特定周波数帯域でのq軸電流指令値Iq*の時間的変化が抑制される。d軸電流制限器32は、帯域制限フィルタ31を通過したq軸電流指令値Iq*に基づいてd軸電流指令最終値Id**を調整する。
【0044】
ここで「調整」とは、負の値であるd軸電流指令最終値Id**の絶対値をq軸電流指令値Iq*に応じた制限値以下に制限することを意味する。入力されたd軸電流指令最終値Id**の絶対値が制限値未満の場合、入力値がそのまま出力される。入力されたd軸電流指令最終値Id**の絶対値が制限値以上の場合、入力値にかかわらず制限値が出力される。これにより、インバータ70の電力消費量や発熱量が抑制される。
【0045】
例えばd軸電流制限器32は、制限マップを用いて、d軸電流指令最終値Id**の絶対値をq軸電流指令値Iq*に応じた制限値以下に制限する。図6(a)、(b)、図7(a)、(b)に、d軸電流制限器32の制限マップの例を示す。制限マップは、dq軸座標の「Iq*≧0、Id**≦0」の範囲で定義される。
【0046】
d軸電流制限器32は、定格電流による限界線の範囲内で、要求出力と損失とのバランスを鑑み、q軸電流指令値Iq*とd軸電流指令最終値Id**との関係を規定する。定格電流をIrとすると、限界線は式(3)で表される。dq軸座標において限界線は、原点を中心とする半径Irの円弧で図示される。
Ir=√(Iq*2+Id**2) ・・・(3)
【0047】
定格電流による限界線の範囲内であれば、マップの形状は任意に設定可能である。この部分の説明では「q軸電流指令値」および「d軸電流指令最終値」の名称の記載を省略し、Iq*、Id**の記号のみを記す。
【0048】
図6(a)に示すマップでは、Id**は限界線に沿って曲線状に変化する。
【0049】
図6(b)に示すマップでは、0≦Iq*≦αの範囲でId**一定であり、α<Iq*の範囲でIq*の増加につれてId**が直線状に増加する。
【0050】
図7(a)に示すマップでは、0≦Iq*≦βの範囲でId**一定であり、β<Iq*の範囲でIq*の増加につれてId**が外方向に膨らんだ曲線状に増加する。
【0051】
図7(b)に示すマップでは、0≦Iq*≦βの範囲でId**一定であり、β<Iq*の範囲でIq*の増加につれてId**が内方向に凹んだ曲線状に増加する。
【0052】
またd軸電流制限器32は、マップ以外に、q軸電流指令値Iq*の関数f(Iq*)を用いてd軸電流指令最終値Id**の制限値を演算してもよい。例えば関数f(Iq*)は、式(4)のような多項式で表される。式(4)中のa、b、cは定数である。
f(Iq*)=a×Iq*2+b×Iq*+c ・・・(4)
【0053】
帯域制限フィルタ31は、好ましくは複数の一次フィルタから構成されている。複数の一次フィルタを組み合わせることで、作用効果の異なる帯域制限フィルタを、目的に応じて容易に設計することができる。図8図10を参照し、複数の一次フィルタから構成された帯域制限フィルタ31の構成例について説明する。各構成例1、2、3における帯域制限フィルタの符号をそれぞれ311、312、313とする。図8図10の周波数特性図において、横軸のfは周波数、縦軸のGはゲインである。
【0054】
構成例1の帯域制限フィルタ311は、一つ以上のローパスフィルタと一つ以上のハイパスフィルタとから構成されたバンドストップフィルタである。図8には、帯域制限フィルタ311として、一つのローパスフィルタLPFと一つのハイパスフィルタHPFとから構成されたバンドストップフィルタを示す。図8の例に限らず、ローパスフィルタは複数のローパスフィルタから構成されてもよく、ハイパスフィルタは複数のハイパスフィルタから構成されてもよい。
【0055】
帯域制限フィルタ311は、特定周波数帯域の下限周波数に加えて上限周波数が決められ、q軸電流指令値Iq*における、特定周波数帯域の下限周波数と上限周波数との間の周波数成分をカットする。言い換えれば帯域制限フィルタ311は、下限周波数より低周波の成分および上限周波数より高周波の成分を通過させる。下限周波数および上限周波数の用語は、例えばゲインGが-3[dB]のときのカットオフ周波数を意味する。
【0056】
例えば電動パワーステアリング装置90において、路面から逆入力されるロードノイズ等でモータ80が回生駆動する際、ある周波数帯域のq軸電流が発生する。その周波数帯域を特定周波数帯域とした帯域制限フィルタ311でq軸電流の周波数成分をカットすることで、逆入力によるd軸電流指令値への影響を排除することができる。
【0057】
構成例2の帯域制限フィルタ312は、カットオフ周波数が同一の複数のローパスフィルタから構成されている。図9には、二つのローパスフィルタLPF1、LPF2から構成された帯域制限フィルタ312を示す。LPF1のカットオフ周波数fco1とLPF2のカットオフ周波数fco2とは同一である。「同一」とは、フィルタの技術分野で常識的に同一とみなされるばらつき範囲を含むものと解釈する。
【0058】
構成例2では、q軸電流に重畳したノイズや電流変動を急峻にカット可能である。したがって、q軸電流の変動によるd軸電流のノイズや電流変動の影響をカットすることができる。
【0059】
構成例3の帯域制限フィルタ313は、カットオフ周波数が異なる複数のローパスフィルタから構成されている。図10には、二つのローパスフィルタLPF1、LPF2から構成された帯域制限フィルタ313を示す。LPF1のカットオフ周波数fco1とLPF2のカットオフ周波数fco2とは異なる。
【0060】
構成例3では、カットオフ周波数が異なる複数のローパスフィルタを組み合わせることで、構成例2と同様の高周波成分カットの効果に加え、q軸電流の位相遅れを抑制することができる。
【0061】
以上のように本実施形態のモータ制御装置18では、d軸電流調整器30によりq軸電流指令値Iq*に基づいてd軸電流指令最終値Id**を調整することで、特定周波数帯域でのq軸電流指令値Iq*の時間的変化が抑制される。つまり、特定周波数帯域におけるq軸電流指令値Iq*の周波数成分によるd軸電流への影響が抑制される。よって、弱め界磁制御を行うモータ制御装置において、q軸電流指令値の変化の影響による音や振動の発生を適切に抑制することができる。
【0062】
特に電動パワーステアリング装置90では追従性、および、モータの音や振動に対するケアが必要であり、d軸電流指令の設定の仕方が重要である。本実施形態では、電動パワーステアリング装置90においてドライバが不快と感じる音や振動が抑制され、運転中の快適性が向上する。また、駆動二系統または完全二系統のモータ駆動システムでは、系統毎の情報に基づき、独立してd軸電流指令を調整することができる。
【0063】
(その他の実施形態)
(a)本発明における帯域制限フィルタ31は、上記構成例に限らず、その他の複数の一次フィルタの組み合わせ、或いは一つの一次フィルタにより構成されてもよい。また、帯域制限フィルタを用いる構成に限らず、特定周波数帯域におけるq軸電流指令値Iq*の周波数成分による影響を抑制するように、d軸電流調整器30がq軸電流指令値Iq*に基づいてd軸電流指令最終値Id**を調整するものであればよい。
【0064】
(b)本発明による弱め界磁制御は、動作の干渉や矛盾が生じない限り、特許文献1等に開示された他の弱め界磁制御と組み合わせて用いられてもよい。
【0065】
(c)制御対象となるモータは、図2に示す二重巻線モータの他、三組以上の複数の巻線組を有する多重巻線モータであってもよい。モータ制御装置は、三組以上の巻線組に対応する三系統以上のインバータが設けられたモータ駆動システムに適用されてもよい。複数系統のモータ駆動システムにおいてモータ制御装置は、複数のインバータ70に対応する複数の電流制御器27、28および複数の弱め界磁制御器50を備える。複数の弱め界磁制御器50は、系統毎に弱め界磁制御を行う。
【0066】
(d)本発明のモータ制御装置は、電動パワーステアリング装置の操舵アシストモータに限らず、車両に搭載される他の用途のモータや、車両以外のシステムのモータに適用されてもよい。
【0067】
以上、本発明はこのような実施形態に限定されるものではなく、その趣旨を逸脱しない範囲において、種々の形態で実施することができる。
【0068】
本開示に記載のモータ制御装置及びその手法は、コンピュータプログラムにより具体化された一つ乃至は複数の機能を実行するようにプログラムされたプロセッサ及びメモリを構成することによって提供された専用コンピュータにより、実現されてもよい。あるいは、本開示に記載のモータ制御装置及びその手法は、一つ以上の専用ハードウェア論理回路によってプロセッサを構成することによって提供された専用コンピュータにより、実現されてもよい。もしくは、本開示に記載のモータ制御装置及びその手法は、一つ乃至は複数の機能を実行するようにプログラムされたプロセッサ及びメモリと一つ以上のハードウェア論理回路によって構成されたプロセッサとの組み合わせにより構成された一つ以上の専用コンピュータにより、実現されてもよい。また、コンピュータプログラムは、コンピュータにより実行されるインストラクションとして、コンピュータ読み取り可能な非遷移有形記録媒体に記憶されていてもよい。
【符号の説明】
【0069】
18・・・モータ制御装置、
21・・・トルク指令/電流指令変換器、
22・・・d軸電流最終値演算器、
27・・・d軸電流制御器、
28・・・q軸電流制御器、
30・・・d軸電流調整器、
50・・・弱め界磁制御器、
60(601、602)・・・直流電源、
70(701、702)・・・インバータ、
80・・・モータ、
90・・・電動パワーステアリング装置。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10