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  • 特許-セラミックス基表面被覆切削工具 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-07
(45)【発行日】2024-10-16
(54)【発明の名称】セラミックス基表面被覆切削工具
(51)【国際特許分類】
   B23B 27/14 20060101AFI20241008BHJP
   B23C 5/16 20060101ALI20241008BHJP
   C23C 16/36 20060101ALI20241008BHJP
   C23C 16/40 20060101ALI20241008BHJP
【FI】
B23B27/14 A
B23C5/16
C23C16/36
C23C16/40
【請求項の数】 1
(21)【出願番号】P 2021053178
(22)【出願日】2021-03-26
(65)【公開番号】P2022150536
(43)【公開日】2022-10-07
【審査請求日】2024-02-09
(73)【特許権者】
【識別番号】000006264
【氏名又は名称】三菱マテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100208568
【弁理士】
【氏名又は名称】木村 孔一
(74)【代理人】
【識別番号】100204526
【弁理士】
【氏名又は名称】山田 靖
(74)【代理人】
【識別番号】100139240
【弁理士】
【氏名又は名称】影山 秀一
(72)【発明者】
【氏名】山口 亮介
(72)【発明者】
【氏名】素花 章
(72)【発明者】
【氏名】中本 蒼
【審査官】増山 慎也
(56)【参考文献】
【文献】特開平05-208301(JP,A)
【文献】国際公開第2012/147450(WO,A1)
【文献】特開平06-277906(JP,A)
【文献】特開2005-138209(JP,A)
【文献】特開平06-015502(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23B 27/14
B23B 51/00
B23C 5/16
B23P 15/28
C23C 16/36
C23C 16/40
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
サイアロンもしくは窒化ケイ素セラミックス基体表面に、中間層と上層からなる硬質被覆層が被覆されているセラミックス基表面被覆切削工具において、
(a)前記セラミックス基体表面には、0.3~1.5μmの合計平均層厚を有し、Tiの窒化物、炭化物、炭窒化物、炭酸化物および炭窒酸化物から選ばれる1種または2種以上のTi化合物からなる中間層が形成され、
(b)前記中間層の表面には、2μm~10μmの平均層厚を有するAl層からなる上層が形成され、
(c)前記セラミックス基体と中間層との界面から、前記セラミックス基体の内部方向へ向かって、Ti含有量が2at%以上であるTi拡散領域が形成され、該Ti拡散領域は0.10μm以上0.70μm以下の平均厚さを有し、
(d)前記セラミックス基体と中間層との界面から、前記中間層の内部方向へ向かって、Si含有量が2at%以上であるSi拡散領域が形成され、該Si拡散領域は0.05μm以上0.30μm以下の平均厚さを有することを特徴とするセラミックス基表面被覆切削工具。



【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、鋳鉄の超高速ミーリング加工において、長期の使用にわたって優れた耐チッピング性、耐欠損性、耐剥離性、耐摩耗性を発揮するセラミックス基表面被覆切削工具に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、一般に、炭化タングステン基超硬合金または炭窒化チタン基サーメットで構成された基体の表面に、Ti化合物層からなる硬質被覆層を蒸着形成した表面被覆切削工具が知られている。
【0003】
例えば、特許文献1には、高熱発生を伴うとともに大きな熱衝撃を受ける高速ミーリング切削加工において、硬質被覆層がすぐれた耐チッピング性、耐摩耗性を発揮する表面被覆切削工具を提供するために、炭化タングステン基超硬合金または炭窒化チタン基サーメットで構成された工具基体の表面に、
(a)0.1~2μmの平均層厚を有するTiの窒化物層からなる下部層、
(b)微粒縦長成長結晶組織を有し、0.5~3μmの一層平均層厚を有するTiの炭化物層と、
Tiの炭化物層、窒化物層および炭窒化物層のうちの1層または2層以上からなり、0.2~1μmの一層平均層厚を有する粒状結晶組織のTi化合物層、
との交互積層構造からなる3~10μmの合計平均層厚を有する中間層、
(c)0.5~5μmの平均層厚を有する酸化アルミニウム層、
上記(a)~(c)で構成された硬質被覆層が4~15μmの合計平均層厚で形成されてなることを特徴とする表面被覆切削工具が提案されている。
そして、この表面被覆切削工具によれば、特に、交互積層からなる中間層が熱亀裂を増加させ、クラックの開放する応力を低減させるとともに、クラックの進展・伝播を遅らせる作用を有するため、高熱発生を伴い大きな衝撃を受ける鋼や鋳鉄の高速ミーリング切削に用いた場合、チッピング、欠損、剥離等の異常損傷を生じることなく、長期の使用にわたって、すぐれた耐摩耗性を発揮し、被覆工具の長寿命化が達成されるとされている。
【0004】
また、特許文献2には、通常の連続切削、断続切削、重切削に供した場合でも、硬質被覆層に欠けやチッピング発生がなく、長期にわたってすぐれた切削性能を発揮する表面被覆切削工具を提供するために、炭化ケイ素、酸化ジルコニウム及び酸化アルミニウムからなる酸化アルミニウム基セラミックス基体の表面に、Ti、Zr及びHfのうちの少なくとも1種の化合物からなる中間被覆層を形成し、この中間被覆層の表面に酸化アルミニウム層からなる硬質被覆層を形成した表面被覆酸化アルミニウム基セラミックス製切削工具が提案されている。
そして、このセラミックス製切削工具によれば、中間被覆層が、セラミックス基体から酸化アルミニウム層へのSi成分の拡散が阻止されることで、酸化アルミニウムの粒成長が抑制され、細粒組織を維持されるために、鋳鉄等の切削加工において、欠けやチッピング発生がなく、すぐれた切削性能が長期に亘って発揮されるとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2011-031319号公報
【文献】特開平4-315504号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
近年の切削加工の高効率化に伴い、鋳鉄ミーリング加工において加工速度の高速化が進んでいる。しかし、切削加工条件が、例えば、vc≧500m/minの超高速条件のミーリング加工になった場合には、従来の超硬合金を基体とする表面被覆切削工具(例えば、前記特許文献1参照)では、硬質被覆層の摩耗により短時間で工具寿命に達してしまい、また、従来のセラミックスを基体とする表面被覆切削工具(例えば、前記特許文献2参照)では、セラミックス基体と硬質被覆層の密着強度が十分ではなく剥離等が発生することで、硬質被覆層の備える特性を十分に発揮することができず、工具寿命が短命となってしまうのが現状である。
【課題を解決するための手段】
【0007】
そこで、本発明者等は、上述のような観点から、表面被覆切削工具の長寿命化を図るべく、特に、サイアロン(SiAlON)もしくは窒化ケイ素(Si)を工具基体とするセラミックス基表面被覆切削工具において、セラミックス工具基体と硬質被覆層の密着強度を高めることにより、鋳鉄の超高速条件(例えば、vc≧500m/min)でのミーリング加工においても、硬質被覆層の剥離を抑制して、長期の使用に亘って優れた切削性能を発揮するセラミックス基表面被覆切削工具について鋭意検討したところ、以下の知見を得た。
【0008】
ケイ素(以下、Siで示す場合もある)を含むセラミックス(例えば、サイアロン、窒化ケイ素)を工具基体とするセラミックス基表面被覆切削工具において、工具基体からのSi成分がAl層からなる硬質被覆層に拡散すると、Al粒子を粗大化するため、チッピングや欠損が発生しやすくなることは、前記特許文献2に開示されるとおりである。
【0009】
そこで、本発明者等は、セラミックス基体表面に硬質被覆層を形成するにあたり、Al層へのSi成分の拡散を抑制するための中間層として、セラミックス基体表面に、Ti化合物(Tiの窒化物、炭化物、炭窒化物、炭酸化物および炭窒酸化物から選ばれる少なくとも1種)層を形成し、さらに、この中間層に形成されるSiの拡散領域の厚さを所定値以下に定め、その表面にAl層を上層として形成することで、硬質被覆層の耐チッピング性、耐欠損性の向上を図った。
【0010】
さらに、本発明者等は、セラミックス基体と前記中間層との密着強度をより向上させるべく研究を進めたところ、硬質被覆層形成前にセラミックス基体表面に特定の条件でブラスト処理を施し、その上に中間層を形成することで、中間層を構成する成分であるTi成分のセラミックス基体内部への拡散が促進され、所定の深さ領域に所定のTi含有量のTi拡散領域を形成することで、セラミックス基体と前記中間層との密着強度が格段に改善される。
その結果として、セラミックス基体と硬質被覆層との剥離発生が抑制され、長期の使用に亘って優れた切削性能が発揮され、セラミックス基表面被覆切削工具の長寿命化が図られることを見出したのである。
【0011】
さらに、セラミックス基体の表面に中間層を形成した後、上層としてのAl層を形成する工程の前に、中間層を形成したセラミックス基体に特定の条件で熱処理を施すことによって、Ti成分のセラミックス基体内部への拡散をより一層促進させることができる。
なお、中間層を形成したセラミックス基体に前記特定の条件で熱処理を施した場合、セラミックス基体内部へのTiの拡散が生じると同時に、セラミックス基体から中間層へ向かうSi成分の拡散も生じ、中間層中にSi拡散領域が形成されることになる。
しかし、Al層への悪影響を防ぐためには、Al層へのSi成分の拡散を抑制しなければならないのは既述のとおりであるから、中間層中に形成されるSi拡散領域におけるSi含有量とその厚さについては、Al層へのSi成分の拡散が生じないように、所定値以下に制限することが必要である。
なお、前記所定の厚さ、所定のTi含有量のTi拡散領域、さらに、前記所定の厚さ、所定のSi含有量のSi拡散領域を形成するための熱処理とは、例えば、以下の熱処理条件範囲で行うことができる。
加熱温度:1020~1080℃
保持時間:2~10時間
雰囲気: 水素またはアルゴン
圧力: 50kPa以下
【0012】
前記のとおり、本発明者等は、セラミックス基表面被覆切削工具において、セラミックス基体と上層であるAl層との間に、Ti化合物からなる中間層を形成し、該中間層には所定厚さのSi拡散領域を形成するとともに、セラミックス基体には所定厚さのTi拡散領域を形成することで、鋳鉄の超高速ミーリング切削加工条件下でも、耐チッピング性、耐欠損性、耐剥離性にすぐれ、長期の使用に亘って優れた耐摩耗性を発揮するセラミックス基表面被覆切削工具が得られることを見出したのである。
【0013】
この発明は、上記知見に基づいてなされたものであって、
「(1)サイアロンもしくは窒化ケイ素セラミックス基体表面に、中間層と上層からなる硬質被覆層が被覆されているセラミックス基表面被覆切削工具において、
(a)前記セラミックス基体表面には、0.3~1.5μmの合計平均層厚を有し、Tiの窒化物、炭化物、炭窒化物、炭酸化物および炭窒酸化物から選ばれる1種または2種以上のTi化合物からなる中間層が形成され、
(b)前記中間層の表面には、2μm~10μmの平均層厚を有するAl層からなる上層が形成され、
(c)前記セラミックス基体と中間層との界面から、前記セラミックス基体の内部方向へ向かって、Ti含有量が2at%以上であるTi拡散領域が形成され、該Ti拡散領域は0.10μm以上0.70μm以下の平均厚さを有し、
(d)前記セラミックス基体と中間層との界面から、前記中間層の内部方向へ向かって、Si含有量が2at%以上であるSi拡散領域が形成され、該Si拡散領域は0.05μm以上0.30μm以下の平均厚さを有することを特徴とするセラミックス基表面被覆切削工具。」
【発明の効果】
【0014】
この発明のセラミックス基表面被覆切削工具は、セラミックス基体と中間層の構成成分が双方に拡散し、セラミックス基体側にはTi拡散領域が形成され、一方、中間層側にはSi拡散領域が形成されることで、セラミックス基体と硬質被覆層とが十分な密着強度を備えるため、鋳鉄の超高速ミーリング切削加工に供した場合でも、剥離の発生はなく、また、耐チッピング性、耐欠損性にすぐれ、長期の使用に亘って優れた耐摩耗性を発揮し、セラミックス基表面被覆切削工具の長寿命化が達成される。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】本発明に係るセラミックス基表面被覆切削工具の縦断面模式図を示す。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明について、以下に詳細に説明する。
【0017】
図1の縦断面模式図に示すように、本発明のセラミックス基表面被覆切削工具は、セラミックス基体の表面にTi化合物層からなる中間層が形成され、さらに、該中間層の表面に、Al層からなる上層が形成されている。
そして、セラミックス基体と中間層との界面から、セラミックス基体の内部方向(図1でいえば下向きの方向)へ向かってTi拡散領域が形成され、一方、セラミックス基体と中間層との界面から、中間層の内部方向(図1でいえば上向きの方向)へ向かってSi拡散領域が形成されている
【0018】
セラミックス基体:
本発明では、ケイ素を含むセラミックス基体により、セラミックス基表面被覆切削工具の工具基体を構成する。
ケイ素を含むセラミックス基体としては、サイアロン(SiAlON)あるいは窒化ケイ素(Si)をあげることができるが、好ましくは、優れた硬度と耐熱性を有するサイアロンセラミックスを用いる。
【0019】
また、サイアロン(SiAlON)セラミックス基体としては、β―サイアロン比率が75~100%で、結合相が1~15vol%であるセラミックス基体が特に好ましい。
これは、セラミックス基体に中間層成分であるTiを拡散させてTi拡散領域を形成するにあたり、Ti成分が針状組織を有するβ―サイアロン中に拡散し易いという理由により、β―サイアロン比率が75%未満だと十分なTiの拡散が得られず、セラミックス基体と中間層間での密着強度が十分であるとはいなくなるからである。
また、結合相については、セラミックス基体に占める結合相の含有割合が15vol%を超えると、セラミックス基体中へのTi成分の十分な拡散が得られず、一方、結合相の含有割合が1vol%未満になると基体自体の靭性が不足することから、結合相は1~15vol%とすることが望ましい。
【0020】
ここで、前記β-サイアロン比率は、次のように定義される。
α-サイアロン、β-サイアロンおよび結合相からなるセラミックス基体についてX線回折を行い、β-サイアロンの(101)面の回折ピーク強度β1と(210)面の回折ピーク強度β2を測定し、また、α-サイアロンの(102)面の回折ピーク強度α1と(210)面の回折ピーク強度α2を測定した時、{(β1+β2)/(β1+β2+α1+α2)}×100で算出される値を、β-サイアロン比率とする。
また、β-サイアロン比率を求めるための前記X線回折の条件は、測定条件:Cu管球、測定範囲(2θ):20~80度、スキャンステップ:0.013度、1ステップ当たり測定時間:0.48sec/stepという条件で測定することができる。
【0021】
また、前記結合相の含有割合の測定方法は、以下のとおりである。
セラミックス基体の任意の断面を倍率5,000倍でSEM(走査型透過電子顕微鏡)画像を取得し、画像処理ソフト(具体的には、例えば、ImageJ等)を用いてSEM画像を二値化処理して結合相を識別し、視野全体の面積に対する結合相の占める面積の割合を算出することで、結合相の含有割合を求めることができる。
なお、結合相とは、Al、MgO、Y、Yb等の焼結助材および窒化ケイ素中に含まれるシリカ成分等が焼結時に液相を生成することで形成される非晶質粒界相である。
【0022】
中間層:
セラミックス基体の表面には、通常のCVD法等により、0.3~1.5μmの合計平均層厚を有し、Tiの窒化物、炭化物、炭窒化物、炭酸化物および炭窒酸化物から選ばれる1種または2種以上のTi化合物からなる中間層を被覆形成する。
前記のTi化合物は、いずれもそれ自体が優れた高温強度を有することから、硬質被覆層が高温強度を具備するようになるほか、Al層からなる上層との密着性にすぐれる。さらに、本発明においては、セラミックス基体中にTi拡散領域を形成するが、Ti化合物からなる中間層がTi成分を供給するという機能を有するとともに、セラミックス基体から拡散してくるSi成分が、中間層内部においてのみSi拡散領域を形成するようにして、Al層からなる上層への悪影響を阻止するという機能を備える。
ただ、前記Ti化合物からなる中間層の合計平均層厚が1.5μmを超えると、特に鋳鉄の超高速ミーリング加工において、チッピング、欠損等の異常損傷を発生しやすくなることから、その合計平均層厚は1.5μm以下と定めた。
一方、中間層の合計平均層厚が0.3μm未満になると、Ti成分の拡散量、拡散浸透深さが不足し、セラミックス基体中に後記するような特定の深さの、また、特定のTi含有量のTi拡散領域を形成することができず、結果として、セラミックス基体と中間層間の密着強度が十分ではないことで剥離を生じやすくなるばかりか、セラミックス基体から拡散してくるSi成分を、中間層中に形成されるSi拡散領域内に留めることができなくなり、Al層からなる上層の耐チッピング、耐欠損性を低下させることになる。
したがって、Ti化合物からなる中間層の合計平均層厚は、0.3~1.5μmとする。
【0023】
Ti拡散領域:
セラミックス基体と中間層との界面から、セラミックス基体の内部方向へ向かって、Ti含有量が2at%以上であるTi拡散領域が0.10μm以上0.70μm以下の平均厚さで形成され(図1でいえば、セラミックス基体と中間層との界面から、下向き方向にTi拡散領域が形成され、該Ti拡散領域は0.10μm以上0.70μm以下の平均厚さを有する。)、Ti拡散領域が形成されることによって、セラミックス基体と中間層の密着強度が格段に向上し、セラミックス基体と硬質被覆層との剥離発生が抑制される。
ここで、Ti拡散領域とは、該領域におけるTi含有量が2at%以上である領域をいう。
また、Ti拡散領域の平均厚さとは、Ti含有量が2at%以上である領域のセラミックス基体と中間層との界面からの平均厚さをいうが、Ti拡散領域の平均厚さが、0.10μm未満より薄いと、セラミックス基体と中間層の密着強度の向上効果が少なく、本発明の目的を達成することができず、一方、Ti拡散領域の平均厚さが0.70μmを超えて過度に厚くなると、セラミックス基体自体の強度低下が生じるようになるので、Ti含有量が2at%以上であるTi拡散領域の平均厚さは、0.10μm以上0.70μm以下とする。
【0024】
ブラスト処理:
本発明では、セラミックス基体と中間層との界面から、前記セラミックス基体の内部方向へ向かって、所定のTi含有量の所定平均厚さのTi拡散領域を形成するが、工具基体表面にブラスト処理を施すことによって、Ti拡散領域の形成を促進する。
即ち、本発明の工具基体はサイアロンもしくは窒化ケイ素セラミックスおよび結合相とで構成され、また、結合相とは、Al、MgO、Y、Yb等の焼結助材および窒化ケイ素中に含まれるシリカ成分等が焼結時に液相を生成することで形成される非晶質粒界相であるが、セラミックス基体表面にブラスト処理を施すことによって、硬度の低い非晶質粒界相が選択的に除去され、それによって硬質被覆層形成時のTi成分の粒界への拡散が促進され、所定の深さ領域に所定のTi含有量のTi拡散領域を形成することができる。
ここで、好ましいブラスト処理条件範囲は、以下のとおりである。
ブラスト処理液:砥粒+水、
砥粒:Al粉粒、
砥粒サイズ: 100-440(メッシュ)、
砥粒濃度: 15-60質量%、
ブラスト圧力: 0.10-0.35MPa
投射時間: 8-30秒
【0025】
Si拡散領域:
セラミックス基体と中間層との界面から、中間層の内部方向へ向かって、Si含有量が2at%以上であるSi拡散領域が0.05μm以上0.30μm以下の平均厚さで形成され(図1でいえば、セラミックス基体と中間層との界面から、上向き方向にSi拡散領域が形成され、該Si拡散領域は0.05μm以上0.30μm以下の平均厚さを有する。)、Si拡散領域が形成されることによって、Al層からなる上層の耐チッピング、耐欠損性を低下させることなく耐摩耗性を維持することができる。
ここで、Si拡散領域とは、中間層中におけるSi含有量が2at%以上である領域をいう。
また、Si拡散領域の平均厚さとは、Si含有量が2at%以上である領域のセラミックス基体と中間層との界面からの平均厚さをいうが、Si拡散領域の平均厚さが0.05μm未満より薄いと、セラミックス基体と中間層の密着強度の向上効果が少なく、本発明の目的を達成することができず、一方、Si拡散領域の平均厚さが0.30μmを超えて過度に厚くなると、Siを起点として上層のAl粒子が異常成長を起こすことにより、上層の強度が低下することから、Si含有量が2at%以上であるSi拡散領域の平均厚さは、0.05μm以上0.30μm以下とする。
【0026】
熱処理:
本発明では、サイアロンもしくは窒化ケイ素セラミックス基体にTi化合物層からなる中間層を通常のCVD法により形成した後、Ti拡散領域の形成を促すため、必要に応じて熱処理を施すことができるが、その具体的な熱処理条件範囲は、例えば、以下のとおりである。
加熱温度:1020~1080℃
保持時間:2~10時間
雰囲気: 水素またはアルゴン雰囲気
圧力: 50kPa以下
【0027】
Ti拡散領域におけるTi含有量、拡散領域厚さと、Si拡散領域におけるSi含有量、拡散領域厚さ:
Ti拡散領域におけるTi含有量の測定手法と、この測定値(2at%以上のTi含有量)を踏まえた拡散領域厚さの測定(決定)手法、さらに、Si拡散領域におけるSi含有量の測定手法、拡散領域厚さの測定(決定)手法は、以下のとおりである。
まず、硬質被覆層と工具基体を含む縦断面(工具基体の表面に垂直な断面)の研磨面を透過型電子顕微鏡(Transmission Electron Microscope:TEM)の30000倍視野にて研磨面の組織写真を撮影し、次いで、透過型電子顕微鏡写真を画像解析ソフトを用いて二値化処理を行うことで、硬質被覆層と工具基体の二相に分離し、さらに、硬質被覆層と工具基体の界面を形成する曲線を直線近似した。次に、得られた直線に平行方向に直線を引き、該直線が硬質被覆層側に属する線分の合計長さをl(スモールエル)、工具基体側に属する線分の合計長さをLとした場合、L/(L+l)=0.8となる位置の直線を、硬質被覆層/工具基体の界面とした。
次に、前記界面が決定された透過型顕微鏡視野中において、前記界面からの距離が等しい基体中の任意の5箇所において、エネルギー分散型X線分析装置(EDS)によってTi含有量を測定し、5箇所の平均Ti含有量が2at%以上である領域をTi拡散領域とし、前記界面からの距離であるTi拡散領域厚さを計測した。
なお、「Ti含有量が2at%以上」とは、TEM-EDSにて定量分析を行って得られたTi,Si,Al,O,Nおよび結合相成分の含有量合計に対するTiの含有割合が2at%であることを意味する。
さらに、前記界面が決定された透過型顕微鏡視野中において、前記界面からの距離が等しい硬質被覆層中の任意の5箇所において、エネルギー分散型X線分析装置(EDS)によってSi含有量を測定し、5箇所の平均Si含有量が2at%以上である領域をSi拡散領域とし、前記界面からの距離であるSi拡散領域厚さを計測した。
なお、「Si含有量が2at%以上」とは、TEM-EDSにて定量分析を行って得られたTi,Si,C,O,Nの含有量合計に対するSiの含有割合が2at%であることを意味する。
【0028】
Al層からなる上層:
Al層からなる上層は、硬質被覆層の耐摩耗性を維持する作用があるが、その平均層厚が2μm未満では、長期の使用に亘っての耐摩耗性を確保することができず、一方、その平均層厚が10μmを越えると、超高速ミーリング切削加工時の耐チッピング性、耐欠損性、耐摩耗性が低下するようになることから、その平均層厚を2~10μmと定めた。
【0029】
なお、工具の使用前後の識別を目的として、黄金色の色調を有するTiN層を、必要に応じ上層表面に蒸着形成してもよいが、この場合の平均層厚は0.1~1μmでよい。これは0.1μm未満では、十分な識別効果が得られず、一方前記TiN層による前記識別効果は1μmまでの平均層厚で十分であるという理由からである。
【実施例
【0030】
つぎに、この発明のセラミックス基表面被覆切削工具について、実施例により具体的に説明する。
【0031】
[実施例]
セラミックス基体の作製:
原料粉末として、いずれも0.1~1.0μmの範囲内の平均粒径を有するSi粉末、AlN粉末、Y粉末、YbおよびAl粉末を用意し、これら原料粉末を表1に示される配合組成に配合し、ボールミルにて96時間湿式混合し、乾燥した後、100MPaの圧力で厚粉体にプレス成形し、この圧粉体を、1MPaの窒素雰囲気中、1800℃にて2時間保持の条件で焼結し、焼結後、所定の寸法に加工し、切刃部に幅0.10mm、角度20度のチャンフォーホーニングにR:0.02mmの加工をすることによりISO・SDCW120408に規定するスローアウエイチップ形状をもった切削工具用のセラミックス基体A、Bを作製した。
表1に、基体A、Bの配合組成とともに、β-サイアロン比率を示す。
【0032】
つぎに、前記で作製した基体A、Bの表面に、表2に示す条件でブラスト処理を施すことで、基体表面に存在する非晶質粒界相の量を低減し、基体表面に主硬質相であるサイアロン(SiAlON)、Siを多く露出させた。
なお、ブラスト処理の好ましい処理条件範囲は、以下のとおりである。
ブラスト処理液:砥粒+水、
砥粒:Al粉粒、
砥粒サイズ: 100-440(メッシュ)、
砥粒濃度: 15-60質量%、
ブラスト圧力: 0.10-0.35MPa
投射時間: 8-30秒
【0033】
次いで、ブラスト処理を施した前記基体A、Bの表面に、通常の化学蒸着装置を用い、通常の化学蒸着条件で、表3に示すTi化合物層からなる中間層を、表5に示す合計平均層厚となるように蒸着形成し、中間層を被覆した基体1~10を作製した。
【0034】
次いで、前記基体1~10の幾つかに対して、表4に示す条件で熱処理を施し、表5に示す厚さのTi拡散領域を形成した。
なお、熱処理は、中間層を形成したセラミックス基体に、Ti成分のセラミックス基体内部への拡散をより一層促進させるために行う処理であって、必要に応じて行えばよく、本発明のセラミックス基表面被覆切削工具の製造に際し、必ずしも、必須の工程というわけではない。
【0035】
次いで、前記熱処理を施した、あるいは、熱処理を施していない基体1~10の表面に、通常の化学蒸着装置を用い、通常の化学蒸着条件で、表3に示すAl層からなる上層を、表5に示す平均層厚となるように蒸着形成することで、本発明のセラミックス基表面被覆切削工具(以下、「本発明工具」という)1~10を作製した。
【0036】
[比較例]
比較の目的で、本発明工具とは異なる比較例の表面被覆切削工具(以下、「比較例工具」という)を、以下のように作製した。
【0037】
工具基体として、表1に示されたものを使用し、ブラスト処理を施さなかった点、あるいは、好ましい処理条件範囲から外れた条件でブラスト処理した点を除き、本発明工具と同様な手順(即ち、熱処理の実施、中間層の形成及び上層の形成は、本発明工具とほぼ同様)で、比較例工具1~10を作製した。
表6に、比較例工具1~10についての、基体種別、ブラスト処理の種別、熱処理の種別、中間層の種別と合計平均層厚、上層の平均層厚を示す。
【0038】
また、前記で作製した本発明工具及び比較例工具について、基体表面に垂直な断面を観察・測定し、Ti含有量が2at%以上の基体領域をTi拡散領域とし、また、Si含有量が2at%以上の中間層領域をSi拡散領域とすることで、Ti拡散領域及びSi拡散領域の厚さを求めた。
表5、表6に、その値を示す。
【0039】
ここで、Ti拡散領域の厚さ及びSi拡散領域の平均厚さの測定は、以下の方法で行った。
まず、硬質被覆層と工具基体を含む縦断面(工具基体の表面に垂直な断面)の研磨面を透過型電子顕微鏡(Transmission Electron Microscope:TEM)の30000倍視野にて研磨面の組織写真を撮影し、次いで、透過型電子顕微鏡写真を画像解析ソフトを用いて二値化処理を行うことで、硬質被覆層と工具基体の二相に分離し、さらに、硬質被覆層と工具基体の界面を形成する曲線を直線近似した。次に、得られた直線に平行方向に直線を引き、該直線が硬質被覆層側に属する線分の合計長さをl(スモールエル)、工具基体側に属する線分の合計長さをLとした場合、L/(L+l)=0.8となる位置の直線を、硬質被覆層/工具基体の界面とした。
次に、前記界面が決定された透過型顕微鏡視野中において、前記界面からの距離が等しい基体中の任意の5箇所において、エネルギー分散型X線分析装置(EDS)によってTi含有量を測定し、5箇所の平均Ti含有量が2at%以上である領域をTi拡散領域とし、前記界面からの距離であるTi拡散領域厚さを計測した。
さらに、前記界面が決定された透過型顕微鏡視野中において、前記界面からの距離が等しい硬質被覆層中の任意の5箇所において、エネルギー分散型X線分析装置(EDS)によってSi含有量を測定し、5箇所の平均Si含有量が2at%以上である領域をSi拡散領域とし、前記界面からの距離であるSi拡散領域厚さを計測した。
なお、本発明工具及び比較例工具の中間層の合計平均層厚、上層の平均層厚については、表5、表6に示すとおりであるが、走査型電子顕微鏡を用い測定した複数個所の測定値を平均することにより求めた。
【0040】
つぎに、上記本発明被覆工具1~10及び比較被覆工具1~10について、いずれもカッタ径80mmの工具鋼製カッタ先端部に固定治具にてクランプした状態で、以下の切削条件で超高速ミーリング加工試験を実施した。
《切削条件》
被削材: JIS・FCD600、幅100mm、長さ400mmのブロック材
切削速度: 1000m/min、
軸方向切り込み: 1.0mm、
径方向切り込み: 60mm
一刃送り量: 0.1mm/刃、
切削時間: 15分、
の条件でのダクタイル鋳鉄の乾式超高速ミーリング切削試験(通常の切削速度は、500m/min)、
を行い、切刃の逃げ面摩耗幅を測定し、また、異常損傷の有無の発生を観察した。
表7に、この測定結果、観察結果を示す。
【0041】
【表1】
【0042】
【表2】
【0043】
【表3】
【0044】
【表4】
【0045】
【表5】
【0046】
【表6】
【0047】
【表7】
【0048】
表5~7に示される結果から、サイアロンセラミックス基体表面に、Ti化合物からなる中間層を介して、Al層からなる上層を形成したセラミックス基表面被覆切削工具において、セラミックス基体と中間層との界面から、セラミックス基体の内部方向へ向かう所定平均厚さのTi拡散領域と、セラミックス基体と中間層との界面から、中間層の内部方向へ向かう所定平均厚さのSi拡散領域を形成した本発明被覆工具では、これを鋳鉄等の超高速ミーリング加工に供した場合、剥離を発生しないばかりか、優れた耐チッピング性、耐欠損性を示し、長期の使用にわたって優れた耐摩耗性を発揮するため、セラミックス基表面被覆切削工具の長寿命化を図ることが出来る。
【0049】
一方、前記Ti拡散領域、Si拡散領域を形成していない比較例被覆工具、あるいは、本発明で規定する平均厚さから外れるTi拡散領域、Si拡散領域が形成された比較例被覆工具では、剥離、チッピング、欠損等の異常損傷の発生、あるいは、耐摩耗性の低下によって、いずれも工具寿命は短命であった。
【産業上の利用可能性】
【0050】
上述のように、この発明のセラミックス基表面被覆切削工具は、鋳鉄などの高熱発生を伴い大きな熱衝撃を受ける超高速ミーリング切削加工において、すぐれた耐チッピング性、耐欠損性、耐剥離性、耐摩耗性を発揮し、切削加工の省力化および省エネ化に十分満足に対応できるものである。



図1