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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-07
(45)【発行日】2024-10-16
(54)【発明の名称】切削工具及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   B23B 27/14 20060101AFI20241008BHJP
   B23P 15/28 20060101ALI20241008BHJP
   C23C 16/42 20060101ALI20241008BHJP
   C23C 16/36 20060101ALI20241008BHJP
【FI】
B23B27/14 A
B23P15/28 A
C23C16/42
C23C16/36
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2023517110
(86)(22)【出願日】2022-03-04
(86)【国際出願番号】 JP2022009464
(87)【国際公開番号】W WO2022230363
(87)【国際公開日】2022-11-03
【審査請求日】2023-07-28
(31)【優先権主張番号】P 2021078030
(32)【優先日】2021-04-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000002130
【氏名又は名称】住友電気工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001195
【氏名又は名称】弁理士法人深見特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】パサート アノンサック
(72)【発明者】
【氏名】小野 聡
(72)【発明者】
【氏名】岡村 克己
(72)【発明者】
【氏名】倉持 幸治
【審査官】山本 忠博
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2019/239654(WO,A1)
【文献】特開2018-094670(JP,A)
【文献】特開2006-307323(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23B 27/14,51/00;
B23C 5/16;
B23P 15/28;
C23C 14/00-14/58,16/00-16/56
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と、前記基材上に配置された被膜とを含む切削工具であって、
前記被膜は、硬質粒子からなる硬質粒子層を備え、
前記硬質粒子は、第1単位層と第2単位層とが交互に積層された多層構造を含み、
前記第1単位層は、立方晶構造を有する第1化合物からなり、
前記第2単位層は、立方晶構造を有する第2化合物からなり、
前記第1化合物及び前記第2化合物は、同一の化合物からなり、
前記同一の化合物は、TiSiCN、TiSiCBN、TiZrSiCN、TiVSiCN、または、TiCrSiCNからなり、
前記第1単位層における金属元素の原子数Aと、珪素の原子数ASiとの合計に対する、前記珪素の原子数ASiの百分率{ASi/(ASi+A)}×100は、5.3%以上10.0%以下であり、
前記第2単位層における金属元素の原子数Aと、珪素の原子数ASiとの合計に対する、前記珪素の原子数ASiの百分率{ASi/(ASi+A)}×100は、0.5%以上2.0%以下であり、
前記第1単位層における前記百分率{ASi/(ASi+A)}×100と、前記第2単位層における前記百分率{ASi/(ASi+A)}×100との差は、%以上%以下であり、
前記多層構造における金属元素の原子数Aと、珪素の原子数ASiとの合計に対する、前記珪素の原子数ASiの百分率{ASi/(ASi+A)}×100の平均は、%以上%以下であり、
前記多層構造の周期幅の平均は、nm以上10nm以下である、切削工具。
【請求項2】
前記第1単位層及び前記第2単位層は、同一の結晶方位を有する、請求項1に記載の切削工具。
【請求項3】
前記硬質粒子層の厚さは、3μm以上15μm以下であり、
前記被膜の厚さは、3μm以上30μm以下である、請求項1または請求項2に記載の切削工具。
【請求項4】
前記被膜は、前記基材と前記硬質粒子層との間に配置される下地層を備え、
前記下地層は、第3化合物からなり、
前記第3化合物は、
周期表の4族元素、5族元素、6族元素及びアルミニウムからなる群より選ばれる1種以上の元素と、
炭素、窒素、硼素及び酸素からなる群より選ばれる1種以上の元素と、からなる、請求項1から請求項3のいずれか1項に記載の切削工具。
【請求項5】
前記被膜は、前記基材の直上に配置される下地層を含み、
前記下地層は、TiN層、TiC層、TiCN層、TiBN層及びAl層からなる群より選択される少なくとも1種からなる、請求項1から請求項3のいずれか1項に記載の切削工具。
【請求項6】
前記被膜は、その最表面に配置される表面層を備え、
前記表面層は、第4化合物からなり、
前記第4化合物は、
周期表の4族元素、5族元素、6族元素及びアルミニウムからなる群より選ばれる1種以上の元素と、
炭素、窒素、硼素及び酸素からなる群より選ばれる1種以上の元素と、からなる、請求項1から請求項5のいずれか1項に記載の切削工具。
【請求項7】
前記被膜は、前記下地層と前記硬質粒子層との間に配置される中間層を有する、請求項4又は請求項5に記載の切削工具。
【請求項8】
請求項1から請求項7のいずれか1項に記載の切削工具の製造方法であって、
基材を準備する第1工程と、
前記基材上に被膜を形成して切削工具を得る第2工程と、を備え、
前記第2工程は、CVD法により硬質粒子からなる硬質粒子層を形成する第2a工程を含み、
前記第2a工程は、第1原料ガス、第2原料ガス及び第3原料ガスを前記基材の表面に向かって噴出する第2a-1工程を含み、
前記第1原料ガスは、チタン、ジルコニウム、バナジウム、および、クロムからなる群より選ばれる1種以上の元素を含み、
前記第2原料ガスは、SiClであり、
前記第3原料ガスは、炭素、窒素、および、硼素からなる群より選ばれる1種以上の元素を含み、
前記第1原料ガスは、ノズルに設けられた複数の第1噴射孔から噴出され、
前記第2原料ガスは、前記ノズルに設けられた複数の第2噴射孔から噴出され、
前記第3原料ガスは、前記ノズルに設けられた複数の第3噴射孔から噴出され、
前記第2a-1工程において、前記ノズルは回転し、
前記複数の第2噴射孔は、第2-1噴射孔と、第2-2噴射孔と、を含み、
前記第2-1噴射孔の径r1は、前記第2-2噴射孔の径r2と異なる、切削工具の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、切削工具及びその製造方法に関する。本出願は、2021年4月30日に出願した日本特許出願である特願2021-078030号に基づく優先権を主張する。当該日本特許出願に記載された全ての記載内容は、参照によって本明細書に援用される。
【背景技術】
【0002】
従来、切削工具の耐摩耗性を向上させるために、基材上にTiSiCN膜が形成された切削工具が開発されている。
【0003】
特許文献1には、熱CVD法により製造されたTiC1-xのナノ結晶層及び非晶質SiCの第二の相を含むナノ複合被膜が開示されている。
【0004】
特許文献2には、熱CVD法により製造された立方晶オキシ炭窒化チタンからなる第1のナノ結晶相と、オキシ炭窒化ケイ素またはオキシ炭化ケイ素からなる第2の非晶質相とを含む少なくとも1つのナノコンポジット層が開示されている。
【0005】
非特許文献1には、PVD法により形成されたナノコンポジット構造からなるTiSiCN被膜が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特表2015-505902号公報
【0007】
【文献】特表2020-507679号公報
【非特許文献】
【0008】
【文献】Shinya Imamura et al.,“Properties and cutting performance of AlTiCrN/TiSiCN bilayer coatings deposited by cathodic-arc ion plating”,Surface and Coatings Technology,202,(2007),820-825
【発明の概要】
【0009】
本開示の切削工具は、
基材と、前記基材上に配置された被膜とを含む切削工具であって、
前記被膜は、硬質粒子からなる硬質粒子層を備え、
前記硬質粒子は、第1単位層と第2単位層とが交互に積層された多層構造を含み、
前記第1単位層は、立方晶構造を有する第1化合物からなり、
前記第2単位層は、立方晶構造を有する第2化合物からなり、
前記第1化合物及び前記第2化合物のそれぞれは、
周期表の4族元素、5族元素、及び6族元素からなる群より選ばれる1種以上の金属元素と、
珪素と、
炭素、窒素、硼素及び酸素からなる群より選ばれる1種以上の元素と、からなり、
前記第1単位層における前記金属元素及び前記珪素の原子数の合計に対する前記珪素の原子数の百分率は、前記第2単位層における前記金属元素及び前記珪素の原子数の合計に対する前記珪素の原子数の百分率と異なる、切削工具である。
【0010】
本開示の切削工具の製造方法は、
上記の切削工具の製造方法であって、
基材を準備する第1工程と、
前記基材上に被膜を形成して切削工具を得る第2工程と、を備え、
前記第2工程は、CVD法により硬質粒子からなる硬質粒子層を形成する第2a工程を含み、
前記第2a工程は、第1原料ガス、第2原料ガス及び第3原料ガスを前記基材の表面に向かって噴出する第2a-1工程を含み、
前記第1原料ガスは、周期表の4族元素、5族元素及び6族元素からなる群より選ばれる1種以上の元素を含み、
前記第2原料ガスは、SiClであり、
前記第3原料ガスは、炭素、窒素、硼素及び酸素からなる群より選ばれる1種以上の元素を含み、
前記第1原料ガスは、ノズルに設けられた複数の第1噴射孔から噴出され、
前記第2原料ガスは、前記ノズルに設けられた複数の第2噴射孔から噴出され、
前記第3原料ガスは、前記ノズルに設けられた複数の第3噴射孔から噴出され、
前記第2a-1工程において、前記ノズルは回転し、
前記複数の第2噴射孔は、第2-1噴射孔と、第2-2噴射孔と、を含み、
前記第2-1噴射孔の径r1は、前記第2-2噴射孔の径r2と異なる、切削工具の製造方法である。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1図1は、実施形態1に係る切削工具の断面の一例を示す模式図である。
図2図2は、実施形態1に係る切削工具の断面の他の一例を示す模式図である。
図3図3は、実施形態1に係る切削工具の断面の他の一例を示す模式図である。
図4図4は、実施形態1に係る切削工具の断面の他の一例を示す模式図である。
図5図5は、実施形態1に係る切削工具の硬質相粒子層の断面の明視野走査電子顕微鏡(BF-SEM)像である。
図6図6は、図5に示された領域A内において撮影された電子回折像である。
図7図7は、図5に示された矢印方向に沿った金属元素(チタン)の原子数Aと、珪素の原子数ASiとの合計に対する、珪素の原子数ASiの百分率{ASi/(ASi+A)}×100の変化を示すグラフである。
図8図8は、図5に示された領域Aに対してフーリエ変換を行って得られるフーリエ変換像である。
図9図9は、図8のフーリエ変換像の四角枠内の強度プロファイルを示すグラフである。
図10図10は、実施形態2に係る切削工具の製造に用いられるCVD装置の一例の模式的な断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
[本開示が解決しようとする課題]
近年、工具寿命の向上への要求が益々高まり、特に、高硬度耐熱ステンレスのフライス加工においても、工具寿命の更なる向上が求められている。
【0013】
そこで、本目的は、高硬度耐熱ステンレスのフライス加工においても、長い工具寿命を有することができる切削工具を提供することを目的とする。
[本開示の効果]
【0014】
本開示によれば、高硬度耐熱ステンレスのフライス加工においても、長い工具寿命を有することができる切削工具を提供することが可能となる。
【0015】
[本開示の実施形態の説明]
最初に本開示の実施態様を列記して説明する。
(1)本開示の切削工具は、
基材と、前記基材上に配置された被膜とを含む切削工具であって、
前記被膜は、硬質粒子からなる硬質粒子層を備え、
前記硬質粒子は、第1単位層と第2単位層とが交互に積層された多層構造を含み、
前記第1単位層は、立方晶構造を有する第1化合物からなり、
前記第2単位層は、立方晶構造を有する第2化合物からなり、
前記第1化合物及び前記第2化合物のそれぞれは、
周期表の4族元素、5族元素、及び6族元素からなる群より選ばれる1種以上の金属元素と、
珪素と、
炭素、窒素、硼素及び酸素からなる群より選ばれる1種以上の元素と、からなり、
前記第1単位層における前記金属元素及び前記珪素の原子数の合計に対する前記珪素の原子数の百分率は、前記第2単位層における前記金属元素及び前記珪素の原子数の合計に対する前記珪素の原子数の百分率と異なる、切削工具である。
【0016】
本開示によれば、高硬度耐熱ステンレスのフライス加工においても、長い工具寿命を有することができる切削工具を提供することが可能となる。
【0017】
(2)前記第1単位層及び前記第2単位層は、同一の結晶方位を有することが好ましい。これによると、界面エネルギーを極小化することが可能になり、高温環境に晒されても硬度が低下しにくい。
【0018】
(3)前記第1単位層及び前記第2単位層のそれぞれにおいて、前記金属元素及び前記珪素の原子数の合計に対する前記珪素の原子数の百分率は、0.5%以上10%以下であることが好ましい。これによると、被膜の耐熱亀裂性、及び、硬質粒子層と隣接する層との密着性がバランス良く向上する。
【0019】
(4)前記硬質粒子層の厚さは、3μm以上15μm以下であり、
前記被膜の厚さは、3μm以上30μm以下であることが好ましい。
【0020】
これによると、被膜の耐摩耗性及び耐欠損性がバランス良く向上する。
【0021】
(5)前記第1単位層における金属元素の原子数Aと、珪素の原子数ASiとの合計に対する、珪素の原子数ASiの百分率{ASi/(ASi+A)}×100と、前記第2単位層における金属元素の原子数Aと、珪素の原子数ASiとの合計に対する、珪素の原子数ASiの百分率{ASi/(ASi+A)}×100との差は、0.5%以上10%以下であることが好ましい。これによると、被膜の硬度が向上する。
【0022】
(6)前記被膜は、前記基材と前記硬質粒子層との間に配置される下地層を備え、
前記下地層は、第3化合物からなり、
前記第3化合物は、
周期表の4族元素、5族元素、6族元素及びアルミニウムからなる群より選ばれる1種以上の元素と、
炭素、窒素、硼素及び酸素からなる群より選ばれる1種以上の元素と、からなる、ことが好ましい。
【0023】
これによると、被膜と基材との密着性が向上し、耐摩耗性も向上する。
【0024】
(7)前記被膜は、前記基材の直上に配置される下地層を含み、
前記下地層は、TiN層、TiC層、TiCN層、TiBN層及びAl層からなる群より選択される少なくとも1種からなることが好ましい。
【0025】
下地層として基材の直上にTiN層、TiC層、TiCN層、TiBN層を配置することにより、基材と被膜との密着性を高めることができる。また、下地層としてAl層を用いることにより、被膜の耐酸化性を高めることができる。
【0026】
(8)前記被膜は、その最表面に配置される表面層を備え、
前記表面層は、第4化合物からなり、
前記第4化合物は、
周期表の4族元素、5族元素、6族元素及びアルミニウムからなる群より選ばれる1種以上の元素と、
炭素、窒素、硼素及び酸素からなる群より選ばれる1種以上の元素と、からなる、ことが好ましい。
【0027】
これによると、被膜の耐熱亀裂性及び耐摩耗性が向上する。
【0028】
(9)前記被膜は、前記下地層と前記硬質粒子との間に配置される中間層を有することが好ましい。これによると、被膜の耐摩耗性が向上する。
【0029】
(10)本開示の切削工具の製造方法は、
上記の切削工具の製造方法であって、
基材を準備する第1工程と、
前記基材上に被膜を形成して切削工具を得る第2工程と、を備え、
前記第2工程は、CVD法により硬質粒子からなる硬質粒子層を形成する第2a工程を含み、
前記第2a工程は、第1原料ガス、第2原料ガス及び第3原料ガスを前記基材の表面に向かって噴出する第2a-1工程を含み、
前記第1原料ガスは、周期表の4族元素、5族元素及び6族元素からなる群より選ばれる1種以上の元素を含み、
前記第2原料ガスは、SiClであり、
前記第3原料ガスは、炭素、窒素、硼素及び酸素からなる群より選ばれる1種以上の元素を含み、
前記第1原料ガスは、ノズルに設けられた複数の第1噴射孔から噴出され、
前記第2原料ガスは、前記ノズルに設けられた複数の第2噴射孔から噴出され、
前記第3原料ガスは、前記ノズルに設けられた複数の第3噴射孔から噴出され、
前記第2a-1工程において、前記ノズルは回転し、
前記複数の第2噴射孔は、第2-1噴射孔と、第2-2噴射孔と、を含み、
前記第2-1噴射孔の径r1は、前記第2-2噴射孔の径r2と異なる、切削工具の製造方法である。
【0030】
本開示によれば、高硬度耐熱ステンレスのフライス加工においても、長い工具寿命を有することができる切削工具を提供することが可能となる。
【0031】
[本開示の実施形態の詳細]
本発明者らは、高硬度耐熱ステンレスのフライス加工においても長い工具寿命を有する切削工具を開発するにあたり、従来の切削工具で高硬度耐熱ステンレスのフライス加工を行い、工具の損傷状態を観察した。
【0032】
特許文献1及び特許文献2の工具を用いて高硬度耐熱ステンレスのフライス加工を行った場合、ナノ複合被膜又はナノコンポジット被膜と下地層との界面で、切削加工時の熱負荷で生じる熱亀裂が進展し、界面の剥離が生じていることが確認された。これは、結晶性を有する下地層と、ナノ複合被膜又はナノコンポジット被膜との界面の整合性が不十分であるためと推察される。
【0033】
非特許文献1の工具を用いて高硬度耐熱ステンレスのフライス加工を行った場合、TiSiCN被膜の自己破壊が確認された。これは、TiSiCN被膜がPVD法により形成されているため、TiSiCN被膜の圧縮残留応力が大きいためと推察される。
【0034】
本発明者らは、上記の知見をもとに鋭意検討の結果、高硬度耐熱ステンレスのフライス加工においても、長い工具寿命を有する切削工具を得た。本開示の切削工具及びその製造方法の具体例を、以下に図面を参照しつつ説明する。本開示の図面において、同一の参照符号は、同一部分または相当部分を表すものである。また、長さ、幅、厚さ、深さなどの寸法関係は図面の明瞭化と簡略化のために適宜変更されており、必ずしも実際の寸法関係を表すものではない。
【0035】
本明細書において「A~B」という形式の表記は、範囲の上限下限(すなわちA以上B以下)を意味し、Aにおいて単位の記載がなく、Bにおいてのみ単位が記載されている場合、Aの単位とBの単位とは同じである。
【0036】
本明細書において化合物などを化学式で表す場合、原子比を特に限定しないときは従来公知のあらゆる原子比を含むものとし、必ずしも化学量論的範囲のもののみに限定されるべきではない。たとえば「TiSiCN」と記載されている場合、TiSiCNを構成する原子数の比は、従来公知のあらゆる原子比が含まれる。
【0037】
本開示において、数値範囲下限及び上限として、それぞれ1つ以上の数値が記載されている場合は、下限に記載されている任意の1つの数値と、上限に記載されている任意の1つの数値との組み合わせも開示されているものとする。例えば、下限として、a1以上、b1以上、c1以上が記載され、上限としてa2以下、b2以下、c2以下が記載されている場合は、a1以上a2以下、a1以上b2以下、a1以上c2以下、b1以上a2以下、b1以上b2以下、b1以上c2以下、c1以上a2以下、c1以上b2以下、c1以上c2以下が開示されているものとする。
【0038】
[実施形態1:切削工具]
本開示の一実施形態(以下、「本実施形態」とも記す。)の切削工具は、
基材と、該基材上に配置された被膜とを含む切削工具であって、
該被膜は、硬質粒子からなる硬質粒子層を備え、
該硬質粒子は、第1単位層と第2単位層とが交互に積層された多層構造を含み、
該第1単位層は、立方晶構造を有する第1化合物からなり、
該第2単位層は、立方晶構造を有する第2化合物からなり、
該第1化合物及び該第2化合物のそれぞれは、
周期表の4族元素、5族元素、及び6族元素からなる群より選ばれる1種以上の金属元素と、
珪素と、
炭素、窒素、硼素及び酸素からなる群より選ばれる1種以上の元素と、からなり、
該第1単位層における該金属元素及び該珪素の原子数の合計に対する該珪素の原子数の百分率は、該第2単位層における該金属元素及び該珪素の原子数の合計に対する該珪素の原子数の百分率と異なる、切削工具である。
【0039】
本明細書において、周期表の4族元素は、チタン(Ti)、ジルコニウム(Zr)及びハフニウム(Hf)を含み、5族元素は、バナジウム(V)、ニオブ(Nb)及びタンタル(Ta)を含み、6族元素は、クロム(Cr)、モリブデン(Mo)及びタングステン(W)を含む。
【0040】
本実施形態の切削工具は、高硬度耐熱ステンレスのフライス加工においても、長い工具寿命を有することができる。この理由は明らかではないが、以下(i)~(iii)の通りと推察される。
【0041】
(i)本実施形態の切削工具において、被膜は、硬質粒子からなる硬質粒子層を備える。該硬質粒子層はその厚み方向において粒状組織からなる領域を有することができる。これにより、硬質粒子層の靭性が向上し、被膜の表面に切削に伴う熱亀裂が発生したとしても、その亀裂の基材への進行が効果的に抑制される。また、被膜が硬質粒子層以外の他の層を含む場合であっても、硬質粒子層と他の層との結晶性の相違を小さくすることができるため、硬質粒子層と他の層との界面における亀裂の伝搬が抑制され、膜剥離が抑制される。よって、切削工具は長い工具寿命を有することができる。
【0042】
(ii)本実施形態の切削工具において、硬質粒子は、組成の異なる第1単位層と第2単位層とが交互に積層された多層構造を含む。これによると、硬質粒子内に歪みが生じ、被膜の表面に切削に伴う亀裂が発生したとしても、その亀裂の基材への進展が効果的に抑制される。また、硬質粒子及び硬質粒子層の硬度が高くなり、切削工具の耐摩耗性が向上する。また、よって、切削工具は長い工具寿命を有することができる。
【0043】
(iii)本実施形態の切削工具において、第1化合物及び第2化合物のそれぞれは立方晶構造を有し、
周期表の4族元素、5族元素、及び6族元素からなる群より選ばれる1種以上の金属元素と、
珪素と、
炭素、窒素、硼素及び酸素からなる群より選ばれる1種以上の元素と、からなる。
上記の第1化合物及び第2化合物は硬度が高い。よって、第1化合物及び第2化合物を含む硬質粒子層は硬度が高く、優れた耐摩耗性を有する。よって、切削工具は長い工具寿命を有することができる。
【0044】
<切削工具>
図1に示されるように、本実施形態の切削工具1は、基材10と、該基材10上に配置された被膜15とを備える。図1では、該被膜15が硬質粒子層11のみから構成される場合を示している。被膜15は、基材の切削に関与する部分の少なくとも一部を被覆することが好ましく、基材の全面を被覆することが更に好ましい。基材の切削に関与する部分とは、基材表面において、刃先稜線からの距離が500μm以内の領域を意味する。基材の一部がこの被膜で被覆されていなかったり被膜の構成が部分的に異なっていたりしていたとしても、本開示の範囲を逸脱するものではない。
【0045】
<切削工具の種類>
本開示の切削工具は、例えば、ドリル、エンドミル(例えば、ボールエンドミル)、ドリル用刃先交換型切削チップ、エンドミル用刃先交換型切削チップ、フライス加工用刃先交換型切削チップ、旋削加工用刃先交換型切削チップ、メタルソー、歯切工具、リーマ、タップ等であり得る。
【0046】
<基材>
基材10は、すくい面と逃げ面とを含み、この種の基材として従来公知のものであればいずれも使用することができる。例えば、超硬合金(例えば、炭化タングステンとコバルトとを含むWC基超硬合金、該超硬合金はTi、Ta、Nbなどの炭窒化物を含むことができる)、サーメット(TiC、TiN、TiCNなどを主成分とするもの)、高速度鋼、セラミックス(炭化チタン、炭化ケイ素、窒化ケイ素、窒化アルミニウム、酸化アルミニウムなど)、立方晶型窒化ホウ素焼結体またはダイヤモンド焼結体のいずれかであることが好ましい。
【0047】
これらの各種基材の中でも、炭化タングステンとコバルトとを含む超硬合金からなり、該超硬合金中のコバルトの含有率は、6質量%以上11質量%以下である基材が好ましい。これによると、高温における硬度と強度のバランスに優れ、上記用途の切削工具の基材として優れた特性を有している。基材としてWC基超硬合金を用いる場合、その組織中に遊離炭素、ならびにη相またはε相と呼ばれる異常層などを含んでいてもよい。
【0048】
さらに基材は、その表面が改質されていてもよい。例えば超硬合金の場合、その表面に脱β層が形成されていたり、サーメットの場合に表面硬化層が形成されていてもよい。基材は、その表面が改質されていても所望の効果が示される。
【0049】
切削工具が刃先交換型切削チップなどである場合、基材は、チップブレーカーを有しても、有さなくてもよい。刃先稜線部の形状は、シャープエッジ(すくい面と逃げ面とが交差する稜)、ホーニング(シャープエッジに対してアールを付与したもの)、ネガランド(面取りをしたもの)、又は、ホーニングとネガランドを組み合わせたもの等、いずれも採用できる。
【0050】
<被膜>
(被膜の構成)
本実施形態の被膜は、硬質粒子層を含む。本実施形態の被膜は、硬質粒子層を含む限り、他の層を含んでいてもよい。
【0051】
例えば、図2の切削工具21に示されるように、被膜25は、硬質粒子層11に加えて、基材10と硬質粒子層11との間に配置される下地層12を含むことができる。
【0052】
図3の切削工具31に示されるように、被膜35は、硬質粒子層11及び下地層12に加えて、硬質粒子層11上に配置される表面層13を含むことができる。
【0053】
図4の切削工具41に示されるように、被膜45は、硬質粒子層11、下地層12、表面層13に加えて、下地層12と硬質粒子層11との間に配置される中間層14を含むことができる。
【0054】
硬質粒子層、下地層、中間層及び表面層の詳細については後述する。
【0055】
(被膜の厚さ)
本実施形態の被膜の厚さは、3μm以上30μm以下が好ましい。ここで、被膜の厚さとは、被膜全体の厚さを意味する。被膜全体の厚さが3μm以上であると、優れた耐摩耗性を有することができる。一方、被膜全体の厚さが30μm以下であると、切削加工時に、被膜と基材との間に大きな応力が加わった際の被膜の剥離または破壊の発生を抑制することができる。被膜全体の厚さの下限は、耐摩耗性向上の観点から、5μm以上がより好ましく、10μm以上が更に好ましい。被膜全体の厚さの上限は、被膜の剥離または破壊の発生を抑制する観点から、25μm以下がより好ましく、20μm以下が更に好ましい。被膜全体の厚さは、5μm以上25μm以下がより好ましく、10μm以上20μm以下が更に好ましい。
【0056】
上記被膜の厚さは、例えば基材の表面の法線方向に平行な断面サンプルを得て、このサンプルを走査透過型電子顕微鏡(STEM:Scanning Transmission Electron Microscop)で観察することにより測定される。該断面サンプルは、イオンスライサーなどを用いて加工された薄片サンプルである。走査透過型電子顕微鏡としては、例えば、日本電子株式会社製のJEM-2100F(商標)が挙げられる。測定条件は加速電圧200kV及び電流量0.3nAとする。
【0057】
本明細書において「厚さ」といった場合、その厚さは平均厚さを意味する。具体的には、断面サンプルの観察倍率を10000倍とし、電子顕微鏡像中に(基材表面に平行な方向100μm)×(被膜の厚さ全体を含む距離)の矩形の測定視野を設定し、該視野において10箇所の厚み幅を測定し、その平均値を「厚さ」とする。下記に記載される各層の厚さ(平均厚さ)についても、同様に測定し、算出される。
【0058】
同一の試料において測定する限りにおいては、測定視野の選択個所を変更して複数回行っても、測定結果のばらつきはほとんどなく、任意に測定視野を設定しても恣意的にはならないことが確認されている。
【0059】
<硬質粒子層>
(硬質粒子層の構成)
本実施形態の硬質粒子層は硬質粒子からなり、該硬質粒子は、第1単位層と第2単位層とが交互に積層された多層構造を含む。
【0060】
本実施形態の硬質粒子層は、不可避不純物として硬質粒子以外の構成、たとえば、アモルファス相、金属間化合物(例えばTiSi、CoSi等)を含んでいたとしても、本開示の効果を発揮する限りにおいて本開示の範囲を逸脱するものではない。
【0061】
(硬質粒子層の厚さ)
本実施形態の硬質粒子層の厚さは、3μm以上15μm以下が好ましい。硬質粒子層の厚さが3μm以上であると、優れた耐摩耗性を有することができる。一方、硬質粒子層の厚さが15μm以下であると、切削加工時に、被膜と基材との間に大きな応力が加わった際の被膜の剥離または破壊の発生を抑制することができる。硬質粒子層の厚さの下限は、耐摩耗性向上の観点から、4μm以上がより好ましく、5μm以上が更に好ましい。硬質粒子層の厚さの上限は、被膜の剥離または破壊の発生を抑制する観点から、15μm以下が好ましく、10μm以下がより好ましい。硬質粒子層の厚さは、4μm以上15μm以下がより好ましく、5μm以上10μm以下が更に好ましい。
【0062】
第1単位層は、立方晶構造を有する第1化合物からなる。第2単位層は、立方晶構造を有する第2化合物からなる。第1化合物及び第2化合物が立方晶構造を有すると、優れた耐摩耗性を有すると共に高い靭性を両立できる。第1化合物及び第2化合物が立方晶構造を有することは、制限視野による電子線回折のパターン解析により確認することができる。
【0063】
第1化合物及び第2化合物のそれぞれは、
周期表の4族元素、5族元素、及び6族元素からなる群より選ばれる1種以上の金属元素と、
珪素と、
炭素、窒素、硼素及び酸素からなる群より選ばれる1種以上の元素と、からなる。
ここで、第1化合物の組成と、第2化合物の組成とは異なる。より具体的には、第1化合物における金属元素及び珪素の原子数の合計に対する珪素の原子数の百分率は、第2化合物における金属元素及び珪素の原子数の合計に対する珪素の原子数の百分率と異なる。
【0064】
本実施形態の第1化合物及び第2化合物は、不可避不純物を含んでいたとしても、本開示の効果を発揮する限りにおいて本開示の範囲を逸脱するものではない。
【0065】
第1化合物及び第2化合物のそれぞれは、例えば、TiSiC、TiSiN、TiSiCN、TiSiNO、TiSiCNO、TiSiBN、TiSiBNO、TiSiCBN、ZrSiC、ZrSiO、HfSiC、HfSiN、TiCrSiN、TiZrSiN、CrSiN、VSiN、ZrSiCN、ZrSiCNO、ZrSiN、NbSiC、NbSiN、NbSiCNなどを挙げることができる。なお、第1化合物および第2化合物において、不可避不純物が含まれていても本開示の範囲を逸脱するものではない。
【0066】
硬質粒子が第1単位層と第2単位層とが交互に積層された多層構造を含むことは、以下の(A1)~(A6)の方法で確認される。
【0067】
(A1)基材の法線に沿って切削工具をダイヤモンドワイヤーで切り出し、硬質粒子層の断面を露出させる。露出された断面に対して収束イオンビーム加工(以下、「FIB加工」とも記す。)を行い、断面を鏡面状態とする。
【0068】
(A2)FIB加工された断面を、明視野走査電子顕微鏡(BF-SEM)を用いて観察し、1つの硬質粒子を特定する。次に、特定された1つの硬質粒子のBE-STEM像を得る。図5は、本実施形態の切削工具における1つの硬質粒子のBF-STEM像の一例を示す図である。
【0069】
(A3)上記BF-STEM像の中で、白色で示される層と、黒色で示される層がそれぞれ10層以上積層している領域を含むように測定領域(サイズ:100nm×100nm)を設定する。図5において、白色の枠線で囲まれた正方形の領域が、測定領域に該当する。
【0070】
なお、図5において、黒色で示される層は、珪素の含有量の多い領域であり、白色で示される層は珪素の含有量の少ない領域である。
【0071】
(A4)上記BF-STEM像中の測定領域内で、白色で示される層(以下、「白色層」とも記す。)と、黒色で示される層(以下、「黒色層」とも記す。)との積層方向を特定する。具体的には、制限視野領域の電子線回折パターンと、白色層と黒色層の積層方位を重ね合わせ、回折スポットが示す方位より積層方位特定する。図5に示された領域A内において撮影された電子回折像を図6に示す。図5において、該積層方向は、白色矢印で示される。
【0072】
(A5)上記BF-STEM像中の測定領域において、積層方向に沿って、SEM付帯のEDX(エネルギー分散型X線分光法:Energy Dispersive X-ray Spectroscopy)によりライン分析を行い、組成を測定する。ライン分析のビーム径は0.5nm以下とし、スキャン間隔は0.5nmとし、ライン分析の長さは50nmとする。
【0073】
(A6)ライン分析の結果が、以下の(a1)~(a2)を満たす場合、硬質粒子が第1単位層と第2単位層とが交互に積層された多層構造を含むことが確認される。
【0074】
(a1)測定領域が、周期表の4族元素、5族元素、及び6族元素からなる群より選ばれる1種以上の金属元素と、珪素と、炭素、窒素、硼素及び酸素からなる群より選ばれる1種以上の元素と、を含む。
【0075】
(a2)ライン分析の結果を、X軸が測定開始点からの距離、Y軸が金属元素の原子数Aと、珪素の原子数ASiとの合計に対する、珪素の原子数ASiの百分率{ASi/(ASi+A)}×100である座標系に示したグラフを作成する。該グラフにおいて、測定領域における{ASi/(ASi+A)}×100の平均(以下、「平均」とも記す。)を算出する。測定開始点からの距離の増加に伴い、該平均値よりも、{ASi/(ASi+A)}×100が大きい領域と小さい領域とが、交互に存在する。
【0076】
本実施形態における上記のグラフの一例を図7に示す。図7は、矢印方向に沿った金属元素(チタン)の原子数Aと、珪素の原子数ASiとの合計に対する、珪素の原子数ASiの百分率{ASi/(ASi+A)}×100の変化を示すグラフである。図7において、X軸は、測定開始点から矢印の方向に沿う距離を示し、Y軸は{ASi/(ASi+A)}×100を示す。図7において、測定領域における{ASi/(ASi+A)}×100の平均は、点線L1で示される。
【0077】
図7では、測定開始点からの距離の増加に伴い、上記平均値よりも、{ASi/(ASi+A)}×100が大きい領域S1と小さい領域S2とが、交互に存在する。従って、図5に示される硬質粒子では、第1単位層と第2単位層とが交互に積層された多層構造を含むことが確認される。
【0078】
同一の試料において測定する限りにおいては、上記(A2)で特定される硬質粒子を変更して複数回行っても、測定結果のばらつきはほとんどなく、任意に測定箇所を設定しても恣意的にはならないことが確認されている。
【0079】
上記の方法により、硬質粒子が第1単位層と第2単位層とが交互に積層された多層構造を含むことが確認される限り、本開示の効果が示されることが確認されている。
【0080】
以下、理解を容易にするために、上記の(a2)における「測定領域における{ASi/(ASi+A)}×100の平均よりも、{ASi/(ASi+A)}×100が大きい領域」を「第1単位層」とも記し、「測定領域における{ASi/(ASi+A)}×100の平均よりも、{ASi/(ASi+A)}×100が小さい領域」を「第2単位層」とも記す。
【0081】
(第1単位層及び第2単位層の組成)
第1単位層及び第2単位層のそれぞれにおいて、金属元素の原子数Aと、珪素の原子数ASiとの合計に対する、珪素の原子数ASiの百分率{ASi/(ASi+A)}×100は、0.5%以上10%以下であることが好ましい。これによると、硬質粒子層の耐熱亀裂性、及び、硬質粒子層と隣接する層との密着性がバランス良く向上する。第1単位層及び第2単位層のそれぞれにおける{ASi/(ASi+A)}×100の下限は、0.5%以上が好ましく、0.7%以上が好ましく、1.0%以上が好ましく、1.2%以上が好ましい。第1単位層及び第2単位層のそれぞれにおける{ASi/(ASi+A)}×100の上限は、10.0%以下が好ましく、8.0%以下が好ましく、7.2%以下が好ましく、7%以下が好ましく、5%以下が好ましい。第1単位層及び第2単位層のそれぞれにおける{ASi/(ASi+A)}×100は、0.5%以上8.0%以下が好ましく、0.5%以上7.2%以下が好ましく、0.7%以上7%以下が好ましく、1.0%以上5.0%以下が好ましい。
【0082】
第1単位層における金属元素の原子数Aと、珪素の原子数ASiとの合計に対する、珪素の原子数ASiの百分率{ASi/(ASi+A)}×100の下限は、1%以上が好ましく、1.5%以上が好ましく、2.0%以上が好ましく、5.3%以上が好ましく、6.0%以上が好ましい。第1単位層における金属元素の原子数Aと、珪素の原子数ASiとの合計に対する、珪素の原子数ASiの百分率{ASi/(ASi+A)}×100の上限は、10.0%以下が好ましく、9.0%以下が好ましく、8.0%以下が好ましい。第1単位層における金属元素の原子数Aと、珪素の原子数ASiとの合計に対する、珪素の原子数ASiの百分率{ASi/(ASi+A)}×100は、耐熱性向上の観点から、1%以上10%以下が好ましく、1.5%以上9.0%以下が好ましく、2.0%以上8.0%以下が好ましく、5.3%以上10.0%以下が好ましく、6.0%以上10.0%以下が好ましい。い。第1単位層が厚み方向に組成が変化する構成を有する場合は、上記の{ASi/(ASi+A)}×100は、第1単位層における平均値を意味する。
【0083】
第2単位層における金属元素の原子数Aと、珪素の原子数ASiとの合計に対する、珪素の原子数ASiの百分率{ASi/(ASi+A)}×100の下限は、0.1%以上が好ましく、0.2%以上が好ましく、0.5%以上が好ましい。第2単位層における金属元素の原子数Aと、珪素の原子数ASiとの合計に対する、珪素の原子数ASiの百分率{ASi/(ASi+A)}×100の上限は、2.0%以下が好ましく、1.5%以下が好ましく、1.2%以下が好ましく、1.0%以下が好ましい。第2単位層における金属元素の原子数Aと、珪素の原子数ASiとの合計に対する、珪素の原子数ASiの百分率{ASi/(ASi+A)}×100は、密着性向上の観点から、0.1%以上2.0%以下が好ましく、0.5%以上2.0%以下が好ましく、0.2%以上1.5%以下が好ましく、0.5%以上1.5%以下が好ましく、0.5%以上1.0%以下がより好ましい。第2単位層が厚み方向に組成が変化する構成を有する場合は、上記の{ASi/(ASi+A)}×100は、第2単位層における平均値を意味する。
【0084】
第1単位層における{ASi/(ASi+A)}×100と、第2単位層における{ASi/(ASi+A)}×100との差は、硬度向上の観点から、0.5%以上10%以下が好ましく、1%以上9%以下が好ましく、2%以上8%以下が好ましく、4%以上8%以下が好ましい。
【0085】
第1単位層および第2単位層は、それぞれその厚み方向において、それぞれ単一の組成からなる構成を有していてもよく、それぞれ組成が変化する構成を有していてもよい。この場合、上記の第1単位層における{ASi/(ASi+A)}×100とは、ライン分析を行った領域中の第1単位層における{ASi/(ASi+A)}×100の平均を意味する。また、上記の第2単位層における{ASi/(ASi+A)}×100とは、ライン分析を行った領域中の第2単位層における{ASi/(ASi+A)}×100の平均を意味する。
【0086】
同一の試料において測定する限りにおいては、上記(A2)で特定される硬質粒子を変更して複数回行っても、測定結果のばらつきはほとんどなく、任意に測定箇所を設定しても恣意的にはならないことが確認されている。
【0087】
層構造の平均組成)
層構造の平均組成は、上記(A5)のライン分析の結果に基づき、ライン分析を行った領域の平均組成を算出することにより得られる。
【0088】
ライン分析を行った領域における{ASi/(ASi+A)}×100の平均は、耐熱性向上の観点から、1%以上8%以下が好ましく、1.5%以上7.5%以下がより好ましく、2%以上5%以下がより好ましい。
【0089】
本明細書において、上記の{ASi/(ASi+A)}×100の平均は、隣接する3つの硬質粒子に対してライン分析を行って得られた値の平均を意味する。
【0090】
(第1単位層及び第2単位層の結晶方位)
第1単位層と第2単位層とは、同一の結晶方位を有することが好ましい。これによると、界面エネルギーが抑えられる。該結晶方位は、例えば、{311}、{211}、{110}、{100}、{111}などが挙げられる。本明細書中の結晶学的記載においては、{}は集合面を示している。
【0091】
第1単位層と第2単位層とが同一の結晶方位を有することは、以下の手順で確認される。上記(A1)~(A4)と同様の方法で、図6に示されるような電子回折像を得る。該電子回折像が単一結晶からの回折像となっている場合、第1単位層と第2単位層とが同一の結晶方位を有すると判断される。
【0092】
層構造の周期幅)
本実施形態における層構造の周期幅の平均は、単位層間の歪みを維持し、耐欠損を向上させる観点から、2nm以上20nm以下が好ましく、4.1nm以上17.7nm以下が好ましく、3nm以上15nm以下が好ましく、5nm以上10nm以下が好ましい。ここで、層構造の周期幅とは、1つの第1単位層から、該1つの第1単位層に隣接する第2単位層を挟んで隣接する他の第1単位層までの距離をいう。なお、この距離は、第1単位層および他の第1単位層の各層の厚み方向の中点を結ぶ距離とする。層構造の周期幅の平均とは、上記(A3)で設定した測定領域内で測定された全ての層構造の周期幅の平均を意味する。
【0093】
本明細書において、珪素の濃度の周期幅の測定方法は以下の通りである。上記(A1)~(A3)と同様の方法で測定領域を設定する。該測定領域に対してフーリエ変換を行い、フーリエ変換像を得る。図5に示された領域Aに対してフーリエ変換を行って得られるフーリエ変換像を図8に示す。該フーリエ変換像において、測定領域内の周期性はスポットとして現れる。周期幅は、上記スポットと、フーリエ変換像において最大強度を示す画像中央との間の距離の逆数を計算することにより算出される。
【0094】
同一の試料において測定する限りにおいては、測定箇所を変更して複数回行っても、測定結果のばらつきはほとんどなく、任意に測定箇所を設定しても恣意的にはならないことが確認されている。
【0095】
多層構造層を構成する第1単位層及び第2単位層の積層数(合計積層数)は、特に限定されるものではないが、例えば、10層以上1000層以下とすることが好ましい。積層数が10層以上であると、各単位層における結晶粒の粗大化が抑制され、硬質粒子の硬度を維持することができる。一方、積層数が1000層以下であると、各単位層の厚さを十分に確保することができ、単位層同士の混合を抑制することができる。
【0096】
<下地層>
被膜は、前記基材と前記硬質粒子層との間に配置される下地層を備え、該下地層は、第3化合物からなり、該第3化合物は、
周期表の4族元素、5族元素、6族元素及びアルミニウムからなる群より選ばれる1種以上の元素と、
炭素、窒素、硼素及び酸素からなる群より選ばれる1種以上の元素と、からなることが好ましい。
これによると、被膜と基材との密着性が向上し、耐摩耗性も向上する。
【0097】
下地層として、基材の直上にTiN層、TiC層、TiCN層又はTiBN層を配置することにより、基材と被膜との密着性を高めることができる。下地層としてAl層を用いることにより、被膜の耐酸化性を高めることができる。下地層は、平均厚さが0.1μm以上20μm以下であることが好ましい。これによると、被膜は優れた耐摩耗性及び耐欠損性を有することができる。
【0098】
<表面層>
被膜は、その最表面に配置される表面層を備え、該表面層は、第4化合物からなり、該第4化合物は、
周期表の4族元素、5族元素、6族元素及びアルミニウムからなる群より選ばれる1種以上の元素と、
炭素、窒素、硼素及び酸素からなる群より選ばれる1種以上の元素と、からなることが好ましい。これによると、被膜の耐熱亀裂性及び耐摩耗性が向上する。
【0099】
表面層は、被膜において最も表面側に配置される層である。ただし、刃先稜線部においては形成されない場合もある。表面層は、硬質粒子層上に他の層が形成されていない場合、硬質粒子層の直上に配置される。
【0100】
表面層としては、TiN層又はAl層が挙げられる。TiN層は色彩が明瞭(金色を呈する)であるため、表面層として用いると、切削使用後の切削チップのコーナー識別(使用済み部位の識別)が容易であるという利点がある。表面層としてAl層を用いることにより、被膜の耐酸化性を高めることができる。
【0101】
表面層は、平均厚さが0.05μm以上1μm以下であることが好ましい。これによると、表面層と、隣接する層との密着性が向上する。
【0102】
<中間層>
中間層は、下地層と硬質粒子層との間に配置される層である。下地層がTiN層の場合、中間層はTiCN層であることが好ましい。TiCN層は耐摩耗性に優れるため、被膜により好適な耐摩耗性を付与することができる。中間層は、平均厚さが1μm以上20μm以下であることが好ましい。
【0103】
[実施形態2:切削工具の製造方法]
本実施形態の切削工具の製造方法について図10を用いて説明する。図10は、本実施形態の切削工具の製造に用いられるCVD装置の一例の概略的な断面図である。
【0104】
本実施形態の切削工具の製造方法は、実施形態1に記載の切削工具の製造方法であって、
基材を準備する第1工程と、
該基材上に被膜を形成して切削工具を得る第2工程と、を備え、
該第2工程は、CVD法により硬質粒子からなる硬質粒子層を形成する第2a工程を含み、
該第2a工程は、第1原料ガス、第2原料ガス及び第3原料ガスを該基材の表面に向かって噴出する第2a-1工程を含み、
該第1原料ガスは、周期表の4族元素、5族元素及び6族元素からなる群より選ばれる1種以上の元素を含み、
該第2原料ガスは、SiClであり、
該第3原料ガスは、炭素、窒素、硼素及び酸素からなる群より選ばれる1種以上の元素を含み、
該第1原料ガスは、ノズルに設けられた複数の第1噴射孔から噴出され、
該第2原料ガスは、該ノズルに設けられた複数の第2噴射孔から噴出され、
該第3原料ガスは、該ノズルに設けられた複数の第3噴射孔から噴出され、
該第2a-1工程において、該ノズルは回転し、
該複数の第2噴射孔は、第2-1噴射孔と、第2-2噴射孔と、を含み、
該第2-1噴射孔の径r1は、該第2-2噴射孔の径r2と異なる、切削工具の製造方法である。
【0105】
(第1工程)
第1工程において、基材を準備する。基材の詳細は、実施形態1に記載されているため、その説明は繰り返さない。
【0106】
(第2工程)
次に、第2工程において、上記基材上に被膜を形成して切削工具を得る。被膜の形成は、例えば図10に示されるCVD装置を用いて行う。CVD装置50内には、基材10を保持した基材セット治具52を複数設置することができ、これらは耐熱合金鋼製の反応容器53でカバーされる。また、反応容器53の周囲には調温装置54が配置されており、この調温装置54により、反応容器53内の温度を制御することができる。
【0107】
CVD装置50には、3つの導入口55、57(他の一つの導入口は図示せず)を有するノズル56が配置されている。ノズル56は、基材セット治具52が配置される領域を貫通するように配置されている。ノズル56の基材セット治具52近傍の部分には複数の噴射孔(第1噴射孔61,第2噴射孔62、第3噴射孔(図示せず))が形成されている。
【0108】
図10において、導入口55、57、及び、他の一つの導入口(図示せず)からノズル56内に導入された各ガスは、ノズル56内においても混合されることなく、それぞれ異なる噴射孔を経て、反応容器53内に導入される。このノズル56は、その軸を中心軸として回転することができる。また、CVD装置50には排気管59が配置されており、排気ガスは排気管59の排気口60から外部へ排出することができる。なお、反応容器53内の治具類等は、通常黒鉛により構成される。
【0109】
被膜が下地層、中間層及び/又は表面層を含む場合は、これらの層は従来公知の方法で形成することができる。
【0110】
(第2a工程)
第2工程は、CVD法により硬質粒子からなる硬質粒子層を形成する第2a工程を含み、該第2a工程は、第1原料ガス、第2原料ガス及び第3原料ガスを該基材の表面に向かって噴出する第2a-1工程を含む。
【0111】
第1原料ガスは、周期表の4族元素、5族元素及び6族元素からなる群より選ばれる1種以上の元素を含む。第1原料ガスは、例えば、周期表の4族元素、5族元素または6族元素の塩化物ガスである。より具体的には、TiCl、ZrCl、VCl、CrCl、及び、これらの2種類以上を含む混合ガスが挙げられる。第2原料ガスは、SiClである。第3原料ガスは、例えば、CHCN、CH、N、NH、BCl、HO、及び、これらの2種類以上を含む混合ガスである。
【0112】
第1原料ガスは、ノズルに設けられた複数の第1噴射孔から噴出され、第2原料ガスは、該ノズルに設けられた複数の第2噴射孔から噴出され、第3原料ガスは、ノズルに設けられた複数の第3噴射孔から噴出される。具体的には、第1原料ガスは、ノズルの導入口55からノズル56内に導入され、複数の第1噴射孔61から噴出される。第2原料ガスは、ノズルの導入口57からノズル56内に導入され、複数の第2噴射孔62から噴出される。第3原料ガスは、ノズルの導入口(図示せず)からノズル56内に導入され、複数の第3噴射孔(図示せず)から噴出される。
【0113】
該第2a-1工程において、該ノズルは回転し、複数の第2噴射孔は、第2-1噴射孔と、第2-2噴射孔と、を含み、該第2-1噴射孔の径r1は、該第2-2噴射孔の径r2と異なる。これによると、硬質粒子は、第1単位層と第2単位層とを含む多層構造であって、第1単位層における金属元素及び珪素の原子数の合計に対する珪素の原子数の百分率と、第2単位層における金属元素及び珪素の原子数の合計に対する珪素の原子数の百分率とが異なる、多層構造を含むことができる。以下では理解を容易にするために、r1<r2として説明する。
【0114】
第2-1噴射孔の径r1は、0.5mm以上3mm以下が好ましく、1mm以上2.5mm以下がより好ましく、1.5mm以上2mm以下が更に好ましい。第2-2噴射孔の径r2は、1mm以上4mm以下が好ましく、1.5mm以上3.5mm以下がより好ましく、2mm以上3mm以下が更に好ましい。
【0115】
第2-1噴射孔の径r1と、第2-2噴射孔の径r2との比r1/r2の下限は、0.125以上が好ましく、0.2以上がより好ましく、0.5以上が更に好ましい。r1/r2の上限は、1未満が好ましく、0.8以下が好ましく、0.6以下が好ましい。r1/r2は、0.125以上1未満が好ましく、0.2以上0.8以下が好ましく、0.5以上0.6以下が好ましい。
【0116】
本工程において、反応容器内の基材温度は700~900℃の範囲が好ましく、反応容器内の圧力は0.1~13kPaであることが好ましい。また、キャリアガスとして、Hガス、Nガス、Arガスなどを用いることができる。第1単位層及び第2単位層の組成は、原料ガスの混合割合、並びに、第2-1噴射孔の径r1と第2-2噴射孔の径r2との比r1/r2によって制御することができる。硬質粒子層の厚みは、原料ガスの流量と、成膜時間とを調節することによって制御することができる。第1単位層及び第2単位層のそれぞれの厚み、これらの積層周期、積層数はノズルの回転速度と、成膜時間とを調節することによって制御することができる。
【0117】
硬質粒子層の形成中、反応ガスの総ガス流量は、例えば、70~90L/分とすることができる。ここで「総ガス流量」とは、標準状態(0℃、1気圧)における気体を理想気体とし、単位時間当たりにCVD炉に導入された全容積流量を示す。
【0118】
(その他の工程)
次に、被膜が形成された基材10を冷却する。冷却速度は、例えば、5℃/minを超えることはなく、また、その冷却速度は基材10の温度が低下するにつれて遅くなる。
【0119】
なお、上記の工程に加えて、アニーリングなどの熱処理工程、表面研削、ショットブラストなどの表面処理工程を行うことができる。
【0120】
上述の製造方法により、実施形態1の切削工具を得ることができる。
【実施例
【0121】
本実施の形態を実施例によりさらに具体的に説明する。ただし、これらの実施例により本実施の形態が限定されるものではない。
【0122】
<基材の準備(第1工程)>
以下の表1に記載の基材Aを準備した。具体的には、まず、表1に記載の配合組成(質量%)からなる原料粉末を均一に混合して混合粉末を得た。表1中の「残り」とは、WCが配合組成(質量%)の残部を占めることを示している。次に、混合粉末をSEMT13T3AGSR-G(住友電工ハードメタル社製の刃先交換型切削チップ)の形状に加圧成形した後、1300~1500℃で1~2時間焼結することにより、超硬合金製の基材Aを得た。基材Aの形状はSEMT13T3AGSR-Gである。
【0123】
【表1】
【0124】
<被膜の形成(第2工程)>
上記で得られた基材Aに対してその表面に被膜を形成した。具体的には、図10に示されるCVD装置を用い、基材を基材セット治具にセットし、熱CVD法を行うことにより、基材上に被膜を形成した。各試料の被膜の構成を表2に示す。表2の「-」で示される欄は、層が存在しないことを意味する。
【0125】
【表2】
【0126】
表2に示される下地層(TiN層)、中間層(TiCN層)及び表面層(Al層)は、従来公知のCVD法によって形成された層であり、その成膜条件は表3に示す通りである。たとえば、表3の「TiN(下地層)」の行には、下地層としてのTiN層の成膜条件が示されている。表3のTiN層(下地層)の記載は、CVD装置の反応容器内(反応容器内圧力6.7kPa、基材温度915℃)に基材を配置し、反応容器内に2.0体積%のTiClガス、39.7体積%のNガスおよび残り(58.3体積%)のHガスからなる混合ガスを63.8L/分の流量で噴出することにより、TiN層が形成されることを意味している。なお、各成膜条件によって形成される各層の厚さは、各反応ガスを噴出する時間によって制御した。
【0127】
【表3】
【0128】
表2の硬質粒子層欄の成膜条件A、D~G、X及びYは、表4の成膜条件A、D~G、表5の成膜条件X及びYに対応する。たとえば、試料1の硬質粒子層は、表4の成膜条件Aで形成された層であることを示し、括弧内の数値は硬質粒子層の厚さが4.5μmであることを意味している。
【0129】
【表4】
【0130】
(成膜条件A成膜条件D~G)
成膜条件A成膜条件D~Gでは、図10に示されるCVD装置を用いて硬質粒子層を形成する。CVD装置のノズルには、第1噴射孔、第2噴射孔(第2-1噴射孔及び第2-2噴射孔)及び第3噴射孔が設けられている。各成膜条件で用いられるCVD装置のノズルにおける第2-1噴射孔の径φr1及び第2-2噴射孔の径φr2を、表4の「噴射孔の径φ(mm)r1/r2」欄に示す。たとえば、成膜条件Aでは、第2-1噴射孔の径φr1は1.5mmであり、第2-2噴射孔の径φr2は2.5mmである。該ノズルは、成膜中に回転する。
【0131】
成膜条件A成膜条件D~Gでは、初めに、CVD装置の反応容器内圧力を表4の「圧力(kPa)」欄に記載の圧力、及び、基材温度を表4の「温度(℃)」欄に記載の温度に設定する。例えば、成膜条件Aでは、CVD装置の反応容器内圧力を9.0kPa、及び、基材温度を800℃に設定する。
【0132】
次に、反応容器内に表4の「反応ガス組成(体積%)」欄に記載の成分を含む反応ガスを導入して、基材上に硬質粒子層を形成する。表4中の「残り」とは、Hガスが反応ガス組成(体積%)の残部を占めることを示している。反応ガスのうち、TiCl、ZrCl、VCl及びCrClは第1原料ガスであり、SiClは第2原料ガスであり、CHCN及びBClは第3原料ガスである。Hは、総ガス流量を調整するために、第3原料ガスに混合される。
【0133】
成膜条件A成膜条件D~Gでは、反応ガスの総ガス流量は、80L/分である。「総ガス流量」とは、標準状態(0℃、1気圧)における気体を理想気体とし、単位時間当たりにCVD炉に導入された全容積流量を示す。例えば、成膜条件Aで用いる反応ガスは、SiClガスを1体積%、TiClガスを1体積%、CHCHガス0.5体積%及びHガス(残り、97.5体積%)からなる。
【0134】
成膜中のノズルの回転速度は、表4の「回転速度(rpm)」欄に示すとおりである。例えば、成膜条件Aでは、ノズルの回転速度は2.0rpmである。
【0135】
その後、基材を冷却する。
【0136】
(成膜条件X)
成膜条件Xでは、従来のCVD装置を用いて硬質粒子層を形成する。CVD装置のノズルの噴射孔の径φは全て同一で、10mmである。該ノズルは、成膜中に回転しない。
【0137】
成膜条件Xでは、初めに、CVD装置の反応容器内圧力を6kPa、及び、基材温度を800℃に設定する。
【0138】
次に、反応容器内に表5の「反応ガス組成(体積%)」欄に記載の成分を含む反応ガス(SiCl:0.84体積%、TiCl:0.17体積%、CHCN:0.32体積%、H:残り)を導入して、基材上にTiSiCN層(硬質粒子層)を形成する。反応ガスの総ガス流量は80L/分である。その後、基材を冷却する。
【0139】
(成膜条件Y)
成膜条件Yでは、従来のPVD法により硬質粒子層を形成する。成膜条件Yの具体的な条件は、表5の「成膜条件Y」の列に示す通りである。
【0140】
上記により、:試料1、試料4~試料15(実施例に該当)及び試料1-1~試料1-4(比較例に該当)の切削工具を得た。
【0141】
【表5】
【0142】
<硬質粒子層の特徴>
(硬質粒子層の構造)
成膜条件A成膜条件D~Gにより得られた被膜の硬質粒子層を明視野走査電子顕微鏡(BF-SEM)で観察したところ、硬質粒子層は複数の硬質粒子からなり、該硬質粒子内に多層構造が確認された。成膜条件A成膜条件D~Gにより得られた硬質粒子層の多層構造は、金属元素及び珪素の原子数の合計に対する珪素の原子数の百分率の大きい層(第1単位層)と、金属元素及び珪素の原子数の合計に対する珪素の原子数の百分率の小さい層(第2単位層)とが交互に積層されて形成されていることが確認された。
【0143】
成膜条件A成膜条件D~Gにより得られた硬質粒子層中の第1単位層と第2単位層とは、同一の結晶方位を有することが確認された。
【0144】
成膜条件Xにより得られた硬質粒子(TiCN)層を明視野走査電子顕微鏡(BF-SEM)で観察したところ、均一な組織であり、周期的な変化は確認されなかった。
【0145】
成膜条件Yにより得られた硬質粒子層を明視野走査電子顕微鏡(BF-SEM)で観察したところ、ナノコンポジット構造が確認された。
【0146】
層構造の平均組成、第1単位層における{ASi/(ASi+A)}×100(%)、第2単位層における{ASi/(ASi+A)}×100(%))
各成膜条件により得られた硬質粒子層について、層構造の平均組成、第1単位層における金属元素及び珪素の原子数の合計に対する珪素の原子数の百分率(Si/Me+Si(%))、及び、第2単位層における金属元素及び珪素の原子数の合計に対する珪素の原子数の百分率({ASi/(ASi+A)}×100(%))を測定した。具体的な測定方法は実施形態1に記載の通りであるため、その説明は繰り返さない。結果を表6の「平均組成」、「第1単位層{ASi/(ASi+A)}×100(%)」及び「第2単位層{ASi/(ASi+A)}×100(%)」欄に示す。なお、「-」の表記は、測定を行わなかったことを示す。
【0147】
(周期幅)
各成膜条件により得られた硬質粒子層において、多層構造の周期幅の平均を測定した。具体的な測定方法は実施形態1に記載の通りであるため、その説明は繰り返さない。結果を表6の「周期幅平均(nm)」欄に示す。なお、「-」の表記は、測定を行わなかったことを示す。
【0148】
【表6】
【0149】
<切削試験1>
試料1、試料4~試料10及び試料1-1及び試料1-3の切削工具を用いて、以下の切削条件にて切削を行い、工具刃先が欠損状態となるまでの切削距離を測定した。以下の切削条件は、高硬度耐熱ステンレスのフライス加工(ドライ加工)に該当する。切削距離が長いもの程、工具寿命が長いことを示す。結果を表7に示す。
【0150】
<切削条件>
被削材:SUS630/H900 ブロック材(寸法:300mm×150mm×50mm)
カッター:WGX13100RS(住友電工ハードメタル社製)
インサート:SEMT13T3AGSR-G
切削速度Vc:300m/min
1刃当たりの送りFz:0.1mm/t
切込み深さAp:1.0mm
切削幅Ae:75mm
切削液:なし(Dry)
【0151】
【表7】
【0152】
(評価1)
試料1、試料4~試料10(実施例)は、試料1-1及び試料1-3(比較例)に比べて、高硬度耐熱ステンレスのフライス加工(ドライ加工)において、切削距離が長く、工具寿命が長いことが確認された。これは、試料1、試料4~試料10では、硬質粒子が多層構造を含むため、耐熱亀裂進展性及び耐剥離性が向上したためと推察される。
【0153】
<切削試験2>
試料11~試料15及び試料1-2及び試料1-4の切削工具を用いて、以下の切削条件にて切削を行い、工具刃先が欠損状態となるまでの切削距離を測定した。以下の切削条件は、高硬度耐熱ステンレスのフライス加工(ウェット加工)に該当する。切削距離が長いもの程、耐熱性に優れ、工具寿命が長いことを示す。結果を表8に示す。
【0154】
<切削条件>
被削材:SUS640/H900 ブロック材(寸法:300mm×150mm×50mm)
カッター:WGX13100RS(住友電工ハードメタル社製)
インサート:SEMT13T3AGSR-G
切削速度Vc:150m/min
1刃当たりの送りfz:0.3mm/t
切込み深さap:1.0mm
切削幅ae:75mm
切削液:WET
【0155】
【表8】
【0156】
(評価2)
試料11~試料15(実施例)は、試料1-2及び試料1-4(比較例)に比べて、高硬度耐熱ステンレスのフライス加工(ウェット加工)において、切削距離が長く、工具寿命が長いことが確認された。これは、試料11~試料15では、硬質粒子が多層構造を含むため、耐熱亀裂進展性及び耐剥離性が向上したためと推察される。
【0157】
以上のように本開示の実施の形態および実施例について説明を行なったが、上述の各実施の形態および実施例の構成を適宜組み合わせたり、様々に変形することも当初から予定している。
今回開示された実施の形態および実施例はすべての点で例示であって、制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した実施の形態および実施例ではなく請求の範囲によって示され、請求の範囲と均等の意味、および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0158】
1,21,31,41 切削工具、10 基材、11 硬質粒子層、12 下地層、13 表面層、14 中間層、15,25,35,45 被膜、50 CVD装置、52 基材セット治具、53 反応容器、54 調温装置、55,57 導入口、56 ノズル、59 排気管、60 排気口、61 第1噴射孔、62 第2噴射孔
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10