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  • 特許-新規な抗真菌剤 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-07
(45)【発行日】2024-10-16
(54)【発明の名称】新規な抗真菌剤
(51)【国際特許分類】
   C12P 1/04 20060101AFI20241008BHJP
   A61K 35/74 20150101ALI20241008BHJP
   A61P 31/10 20060101ALI20241008BHJP
   C12N 1/20 20060101ALN20241008BHJP
【FI】
C12P1/04 A
A61K35/74 E
A61P31/10
C12N1/20 A
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2023530585
(86)(22)【出願日】2023-02-16
(86)【国際出願番号】 JP2023005404
(87)【国際公開番号】W WO2023188945
(87)【国際公開日】2023-10-05
【審査請求日】2023-05-19
(31)【優先権主張番号】P 2022055718
(32)【優先日】2022-03-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【微生物の受託番号】NPMD  NITE BP-03614
【微生物の受託番号】NPMD  NITE BP-03615
【微生物の受託番号】NPMD  NITE BP-03616
【微生物の受託番号】NPMD  NITE BP-03617
(73)【特許権者】
【識別番号】000006231
【氏名又は名称】株式会社村田製作所
(74)【代理人】
【識別番号】100145403
【弁理士】
【氏名又は名称】山尾 憲人
(74)【代理人】
【識別番号】100122301
【弁理士】
【氏名又は名称】冨田 憲史
(74)【代理人】
【識別番号】100170520
【弁理士】
【氏名又は名称】笹倉 真奈美
(72)【発明者】
【氏名】高田 雅親
(72)【発明者】
【氏名】砂原 博文
【審査官】鈴木 崇之
(56)【参考文献】
【文献】FEMS MICROBIOL. LETT.,2011年,Vol. 317,pp. 138-142
【文献】INT. J. SYST. EVOL. MICROBIOL.,2016年,Vol. 66,pp. 76-83
【文献】NATURE,2018年,Vol. 558,pp. 440-444
【文献】J. NAT. Prod.,2020年,Vol. 83,pp. 770-803
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12P 1/00-41/00
C12N 1/00-1/38
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アシディピラ属細菌由来の抗真菌物質を含む、アスペルギルス属真菌、ムコール属真菌、およびトリコフィトン属真菌からなる群から選択される糸状菌を標的とする抗真菌剤。
【請求項2】
アシディピラ属細菌がAcidipila sp. MT3株(受託番号NITE BP-03614)、MT4株(受託番号NITE BP-03615)、MT5株(受託番号NITE BP-03616)、またはMT6株(受託番号NITE BP-03617)である、請求項1記載の抗真菌剤。
【請求項3】
アシディピラ属細菌を培養することを含む、アスペルギルス属真菌、ムコール属真菌、およびトリコフィトン属真菌からなる群から選択される糸状菌を標的とする抗真菌剤の製造方法。
【請求項4】
アシディピラ属細菌がAcidipila sp. MT3株(受託番号NITE BP-03614)、MT4株(受託番号NITE BP-03615)、MT5株(受託番号NITE BP-03616)、またはMT6株(受託番号NITE BP-03617)である、請求項記載の方法。
【請求項5】
真菌の生育を抑制する方法であって、該真菌は酵母またはアスペルギルス属真菌、ムコール属真菌、およびトリコフィトン属真菌からなる群から選択される糸状菌であり、アシディピラ属細菌由来の抗真菌物質を該酵母または糸状菌に接触させることを含む、方法(但し、ヒトを処置する方法を除く)
【請求項6】
アシディピラ属細菌がAcidipila sp. MT3株(受託番号NITE BP-03614)、MT4株(受託番号NITE BP-03615)、MT5株(受託番号NITE BP-03616)、またはMT6株(受託番号NITE BP-03617)である、請求項記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アシディピラ(Acidipila)属細菌由来の抗真菌物質に関する。
【背景技術】
【0002】
1981年から2019年までで全世界で承認されている医薬品の内、天然物を基本骨格とした誘導体化合物や天然物の構造を模倣した合成化合物を含めると、半分以上の医薬品が天然物由来である(非特許文献1)。かなりの数の天然物由来医薬品が、実際には微生物によって生産されている。このことは、微生物由来の天然物の探索が医薬品開発において非常に重要であることを示している。
【0003】
なかでも、放線菌は、ストレプトマイシンの発見以来、新薬の探索源として最も注目されている微生物の一群である。放線菌は、二次代謝産物に関連する生合成遺伝子群を多く持ち、化学的に多様性に富んだ二次代謝産物を生産する菌群として知られている。放線菌由来で実用化された抗生物質は数百化合物にのぼり、まさに天然物探索源として最も重要な分類群である。
【0004】
しかし、微生物や真菌の病気に対する医薬品の研究開発を継続する場合、投資に対するリターンが「継続費用」に見合わないことが問題視され、現在では天然物由来のこれらの医薬品を積極的に探索している製薬会社はほとんど存在しない。特に抗真菌剤の開発は深刻な状況にあり、2006年以降、天然物由来の抗真菌剤の新薬はない。その一方で、新しい感染性真菌が患者から発見されており、新規抗真菌剤の開発が望まれている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】J Nat Prod 2020 Mar 27;83(3):770-803, "Natural Products as Sources of New Drugs over the Nearly Four Decades from 01/1981 to 09/2019"
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、多様性に富んだ二次代謝産物を生産する新たな培養可能な微生物群を探索して、新規な抗真菌化合物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記したように医薬品のための天然物探索源としては放線菌が主流であったが、本発明者らは、新たに二次代謝産物生産能が高いアシドバクテリウム(Acidobacteria)門細菌に着目した。アシドバクテリウム門細菌は、その多くが土壌中に存在するグラム陰性細菌であり、培養が難しいため、ほとんどが未培養微生物である。本発明者らは、鋭意研究の結果、驚くべきことに、アシドバクテリウム門細菌の中でもアシディピラ(Acidipila)属の菌群が抗真菌物質を産出することを見出した。さらに、本発明者らは、新規なアシディピラ属細菌を単離した。かくして、本発明を完成させた。
【0008】
本発明は、例えば、以下の態様を提供する。
[1]アシディピラ属細菌由来の抗真菌物質を含む、酵母または糸状菌を標的とする抗真菌剤。
[2]アシディピラ属細菌がAcidipila sp. MT3株(受託番号NITE BP-03614)、MT4株(受託番号NITE BP-03615)、MT5株(受託番号NITE BP-03616)、またはMT6株(受託番号NITE BP-03617)である、[1]記載の抗真菌剤。
[3]糸状菌が、アスペルギルス属真菌、ムコール属真菌、およびトリコフィトン属真菌からなる群から選択される、[1]または[2]記載の抗真菌剤。
[4]酵母が、サッカロマイセス属真菌、カンジダ属真菌、マラセチア属真菌、およびロドトルラ属真菌からなる群から選択される、[1]または[2]記載の抗真菌剤。
[5]アシディピラ属細菌由来の抗真菌物質が、アシディピラ属細菌の培養物または培養上清あるいはその濃縮物または抽出物である、[1]~[4]のいずれかに記載の抗真菌剤。
[6]アシディピラ属細菌を培養することを含む、酵母または糸状菌を標的とする抗真菌剤の製造方法。
[7]アシディピラ属細菌がAcidipila sp. MT3株(受託番号NITE BP-03614)、MT4株(受託番号NITE BP-03615)、MT5株(受託番号NITE BP-03616)、またはMT6株(受託番号NITE BP-03617)である、[6]記載の方法。
[8]糸状菌が、アスペルギルス属真菌、ムコール属真菌、およびトリコフィトン属真菌からなる群から選択される、[6]または[7]記載の方法。
[9]酵母が、サッカロマイセス属真菌、カンジダ属真菌、マラセチア属真菌、およびロドトルラ属真菌からなる群から選択される、[6]または[7]記載の方法。
[10]Acidipila sp. MT3株(受託番号NITE BP-03614)、MT4株(受託番号NITE BP-03615)、MT5株(受託番号NITE BP-03616)、またはMT6株(受託番号NITE BP-03617)。
[11]真菌の生育を抑制する方法であって、該真菌は酵母または糸状菌であり、アシディピラ属細菌由来の抗真菌物質を該酵母または糸状菌に接触させることを含む、方法。
[12]アシディピラ属細菌がAcidipila sp. MT3株(受託番号NITE BP-03614)、MT4株(受託番号NITE BP-03615)、MT5株(受託番号NITE BP-03616)、またはMT6株(受託番号NITE BP-03617)である、[11]記載の方法。
[13]糸状菌がアスペルギルス属真菌、ムコール属真菌、およびトリコフィトン属真菌からなる群から選択される、[11]または[12]記載の方法。
[14]酵母が、サッカロマイセス属真菌、カンジダ属真菌、マラセチア属真菌、およびロドトルラ属真菌からなる群から選択される、[11]または[12]記載の方法。
[15]アシディピラ属細菌由来の抗真菌物質が、アシディピラ属細菌の培養物または培養上清あるいはその濃縮物または抽出物である、[11]~[14]のいずれかに記載の方法。
[16]アシディピラ属細菌の培養物または培養上清あるいはその濃縮物または抽出物の、酵母または糸状菌を標的とする抗真菌剤としての使用。
[17]アシディピラ属細菌がAcidipila sp. MT3株(受託番号NITE BP-03614)、MT4株(受託番号NITE BP-03615)、MT5株(受託番号NITE BP-03616)、またはMT6株(受託番号NITE BP-03617)である、[16]記載の使用。
[18]糸状菌が、アスペルギルス属真菌、ムコール属真菌、およびトリコフィトン属真菌からなる群から選択される、[16]または[17]記載の使用。
[19]酵母が、サッカロマイセス属真菌、カンジダ属真菌、マラセチア属真菌、およびロドトルラ属真菌からなる群から選択される、[16]または[17]記載の使用。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、アシディピラ属細菌由来の新規な抗真菌物質が提供される。該抗真菌物質は、例えば、真菌が引き起こす疾患を治療するための医薬品、または化粧品、洗浄剤、食品添加物(防腐剤など)、消毒剤等の有効成分として有用である。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】本願の抗真菌物質を用いた抗真菌活性試験の結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本願の抗真菌物質は、アシディピラ属細菌が二次代謝物として産生する物質である。抗真菌物質とは、抗真菌活性を有する物質である。本願明細書において「抗真菌活性」とは、真菌の増殖を抑制または阻害する能力をいう。抗真菌活性は、当該分野で既知の方法で確認することができる。既知の方法には、例えば、Spot-on-lawn法、Direct法、ペーパーディスク法、MIC(minimum inhibitory concentration)法等がある。
【0012】
本願の抗真菌物質の標的となる真菌は特に限定されない。本願の抗真菌物質は、各種の酵母および糸状菌をはじめとする種々の真菌に対して抗真菌活性を有する。好ましくは、酵母および糸状菌に対して抗真菌活性を有する。酵母の例として、限定するものではないが、サッカロマイセス(Saccharomyces)属、ジゴサッカロマイセス(Zygosaccharomyces)属、カンジダ(Candida)属、クリプトコッカス(Cryptococcus)属、マラセチア(Malassezia)属、ロドトルラ(Rhodotorula)属、ニューモシスチス(Pneumocyctis)属等の微生物が挙げられ、好ましくは、サッカロマイセス属、カンジダ属、マラセチア属、およびロドトルラ属の微生物が挙げられる。さらに、酵母の具体例として、限定するものではないが、Saccharomyces cerevisiae、Zygosaccharomyces rouxii、Candida albicans、Candida glabrata、Candida tropicalis、Candida auris、Cryptococcus neoformans、Malassezia furfur、Rhodotorula glutini、Pneumocystis jirovecii等が挙げられ、好ましくは、Saccharomyces cerevisiae、Candida albicans、Candida glabrata、Candida tropicalis、Malassezia furfur、およびRhodotorula glutiniが挙げられる。糸状菌の例としては、限定するものではないが、トリコフィトン(Trichophyton、白癬菌)属、コウジカビ(Aspergillus)属、ムコール(Mucor)属、アオカビ(Penicillium)属、ケタマカビ属(Chaetomium)属、クラドスポリウム(Cladosporium)属、アウレオバシジウム(Aureobasidium)属、グリオクラディウム(Gliocladium)属、ペシロマイセス(Paecilomyces)属等の微生物が挙げられ、好ましくは、トリコフィトン属、ムコール属、およびアスペルギルス属の微生物が挙げられる。さらに、糸状菌の具体例として、限定するものではないが、Trichophyton rubrum、Trichophyton mentagrophytes、Aspergillus niger、Aspergillus flavus、Aspergillus fumigatus、Aspergillus terreus、Mucor mucedo、Penicillium funiculosum、Chaetomium globosum、Cladosporium cladosporioides、Aureobasidium pullulans、Gliocladium virens、Paecilomyces variotii等が挙げられ、好ましくは、Trichophyton rubrum、Trichophyton mentagrophytes、Aspergillus niger、Aspergillus flavus、Aspergillus fumigatus、Aspergillus terreus、およびMucor mucedoが挙げられる。
【0013】
本願において、アシディピラ属細菌は、アシディピラ属に属するいずれの菌種および菌株であってもよい。例えば、限定するものではないが、アシディピラ・ディングエンシス(Acidipila dinghuensis)、アシディピラ・ロゼア(Acidipila rosea)等の既知の菌種を用いてもよい。また、新たに単離したアシディピラ属細菌を用いてもよい。アシディピラ属細菌は、例えば、土壌から単離することができ、単離方法および選抜方法は、既知の方法にしたがって行ってもよく、または当業者が適宜決定することができる。例えば、限定するものではないが、DSMZ(German Collection of Microorganisms and Cell Cultures) GmbHが公開しているMedium 1426(「SSE/HD1:10」培地)等の既知の固体培地を用いて、例えば、25℃~35℃で24時間~30日間、好ましくは28℃~30℃で7~14日間培養してもよい。培養条件は、菌体の出現状況及び成育状況等に応じて、当業者が適宜決定すればよい。本願においては、アシディピラ属細菌が抗真菌物質を産生することを初めて見出した。したがって、本願において使用されるアシディピラ属細菌は、抗真菌物質産生能を有する。
【0014】
本願においてはさらに、アシディピラ属細菌の新規な4つの菌株が単離され、新種であると同定された。これらをそれぞれ、Acidipila sp. MT3株、MT4株、MT5株、およびMT6株と名付け、独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センター(日本国千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8)に2022年3月1日付で寄託した(それぞれ、受託番号NITE BP-03614、受託番号NITE BP-03615、受託番号NITE BP-03616、および受託番号NITE BP-03617)。したがって、本願の一実施態様では、Acidipila sp. MT3株、MT4株、MT5株、またはMT6株が用いられる。
【0015】
本願の抗真菌物質は、アシディピラ属細菌を培養することによって産生される二次代謝物である。アシディピラ細菌の培養方法は、特に限定されず、液体培養または固体培養のいずれであってもよいが、好ましくは、液体培養が用いられる。培養に用いられる培地は、細菌培養に使用される一般的な培地を用いればよく、例えば、限定するものではないが、DSMZ(German Collection of Microorganisms and Cell Cultures) GmbHが公開しているMedium 1426(「SSE/HD1:10」培地)等が挙げられる。培養温度および培養時間は、当業者が適宜決定すればよく、特に限定されないが、例えば、25℃~35℃で24時間~30日間、好ましくは28℃~30℃で7~14日間培養してもよい。
【0016】
本願の抗真菌物質は、アシディピラ属細菌の培養物または培養上清から得ることができ、また、アシディピラ属細菌の培養物または培養上清そのもの、またはそれらの濃縮物または抽出物であってもよい。培養上清は、常法により得ることができる。例えば、遠心分離等によって菌体培養物から菌体を除去することによって得てもよい。培養上清は、さらに、濃縮、抽出、および/または精製工程に付してもよい。濃縮、抽出および精製工程は、常法によって行うことができ、例えば、真空濃縮、フィルターろ過、限外ろ過等の各種ろ過、メタノール等の有機溶媒による抽出、カラムクロマトグラフィー、高速液体クロマトグラフィー等の各種クロマトグラフィー法、クロロホルムや酢酸エチルを用いた液液抽出等を用いても良い。精製は蒸留、逆抽出、カラムクロマトグラフィー、再結晶等を用いてもよい。
【0017】
本願はさらに、有効成分として本願の抗真菌物質を含む抗真菌剤を提供する。抗真菌剤は、組成物の形態であり、例えば、医薬組成物、化粧品組成物(例えば、シャンプー、コンディショナー、入浴剤等)、洗浄組成物(例えば、住居用洗浄剤、洗濯用洗剤、石鹸等)、食品添加用組成物、消毒薬組成物(たとえば食品、調理器具、病院等の建物の壁や床、及び机等の家具にも適用される)等が挙げられる。抗真菌剤は、本願の抗真菌物質の他に、医薬上または食品学上許容される担体、賦形剤、溶剤、安定化剤、可溶化剤等の付加成分を含有していてもよい。抗真菌剤はさらに、本願の抗真菌物質に加えて、他の抗真菌物質を含有していてもよい。抗真菌剤は、いずれの剤形であってもよく、使用目的によって適宜選択すればよい。例えば、限定するものではないが、ローション、クリーム、パップ剤、軟膏、錠剤、散剤、カプセル剤、顆粒剤、シロップ剤、注入剤、注射剤、粒剤、粉末、溶液、懸濁液、ペースト、噴霧剤、ブロック等の剤形が挙げられる。抗真菌剤が医薬組成物である場合は、真菌症の治療薬または予防薬として使用可能である。真菌症としては、例えば、皮膚真菌症および深在性真菌症が挙げられ、具体例として限定するものではないが、白癬、マラセチア性皮膚炎、カンジダ症、クリプトコックス症、アスペルギルス症、接合菌症、ニューモシスチス症等が挙げられ、好ましくは、白癬、マラセチア性皮膚炎、カンジダ症、アスペルギルス症、および接合菌症が挙げられる。医薬組成物の投与経路は、治療目的に応じて適宜選択すればよく、例えば、限定するものではないが、経口投与、経皮投与、経鼻投与、注射による投与等が挙げられる。医薬組成物の投与量は、当業者によって適宜決定される。本願の抗真菌剤が化粧品組成物または食品添加用組成物である場合は、例えば、防腐剤として使用可能である。本願の抗真菌剤が洗浄組成物または消毒薬組成物である場合は、例えば、建物や住居の設備(例えば、壁、床、風呂場等の水回りなど)、調理器具や洗濯物等における真菌の除去および防止のために使用可能である。抗真菌剤の使用量は、使用目的および使用状況等に応じて適宜決定することができる。
【0018】
本願の抗真菌物質は、真菌の生育の抑制が求められるいずれの場面に使用してもよく、当該抗真菌剤と真菌とを接触させることにより、当該真菌の生育が抑制される。したがって、本願において、アシディピラ属細菌由来の抗真菌物質を真菌に接触させることを含む、真菌の生育を抑制する方法が提供される。ここで、「抑制」は、真菌の生育を抑えること、阻害すること、および/または真菌を死滅させることを包含する。真菌の生育の抑制が求められる場面の例としては、限定するものではないが、真菌症などの真菌が病因である疾患の治療または予防、食品や化粧品等の真菌による汚染、劣化または腐敗の防止、住居や建物の設備、調理器具、洗濯物等の真菌による汚染の除去または防止などが挙げられる。
【0019】
前記抗真菌物質を真菌に接触させる方法は、抗真菌物質の使用目的(すなわち、前記真菌の生育の抑制が求められる場面)によって適宜選択され、例えば、限定するものではないが、前記抗真菌物質を処置対象へ投与、添加、塗布、噴霧、浸漬等することを含む。前記処置対象は、抗真菌物質の使用目的によって適宜選択される。例えば、真菌症などの疾患の治療または予防を目的とする場合は、前記抗真菌物質をヒトなどの動物対象に投与すること、食品や化粧品等の真菌による汚染、劣化または腐敗の防止を目的とする場合は、前記抗真菌物質を食品または化粧品等に添加すること、住居や建物の設備等の真菌による汚染の除去または防止を目的とする場合は、住居や建物の設備等に抗真菌物質を添加、塗布、噴霧または浸漬することを含んでいてもよい。前記真菌の生育を抑制する方法において、前記抗真菌物質は前記抗真菌剤であってもよく、前記組成物の形態であってもよい。前記真菌の生育を抑制する方法において、有効量の前記抗真菌物質または抗真菌剤が対象に投与、添加、塗布、噴霧、浸漬等される。したがって、本願の他の態様として、有効量のアシディピラ属細菌由来の抗真菌物質または当該抗真菌物質を含む抗真菌剤を患者に投与することを含む、真菌症の治療または予防方法が提供される。本願のまた別の態様として、有効量のアシディピラ属細菌由来の抗真菌物質または当該抗真菌物質を含む抗真菌剤を食品または化粧品に添加することを含む、食品または化粧品の汚染、劣化または腐敗防止方法が提供される。本願のまた別の態様として、有効量のアシディピラ属細菌由来の抗真菌物質または当該抗真菌物質を含む抗真菌剤を住居や建物の設備、調理器具、洗濯物等に添加、塗布、噴霧または浸漬することを含む、住居や建物の設備、調理器具、洗濯物等の真菌汚染除去または防止方法が提供される。
【0020】
以下、実施例を用いて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0021】
実施例1:新規なアシディピラ属細菌の同定
土壌から単離した4株のアシディピラ属細菌のゲノム配列を常法により決定し、16SrDNA解析、全ゲノム解析、およびANI(Average Nucleotide Identity)解析を行った。16SrDNA解析では相同率98.7%以下、ANI解析ではANI値95%以下が新種であるとみなされる。土壌からの菌体の単離は、DSMZ(German Collection of Microorganisms and Cell Cultures) GmbHが公開しているMedium 1426「SSE/HD1:10」培地の1.5wt%寒天培地上で、30℃で2週間培養することによって行った。
【0022】
<16SrDNA解析>
菌体をアクロモペプチダーゼ(富士フィルム和光純薬製)で溶菌し、常法によりDNAを抽出し、PrimeSTAR HS DNA Polymerase(タカラバイオ製)を用いてPCR増幅し、BigDye Terminator v3.1 Cycle Sequencing Kit(Applied Biosystems製)を用いてサイクルシーケンスを行い、ChromasPro1.7(Technelysium製)で塩基配列を決定した。16SrDNAのV1~V4領域の約600塩基に関して、NCBI国際塩基配列データベースと照合して相同性解析を実施し、簡易分子系統樹を作製し、種の同定を行った。その結果、単離した4株はいずれも、アシディピラ属の既知の種のうち、アシディピラ・ディングエンシスと最も高い配列相同性を示し、その16SrDNA相同率は、これらの4株がアシディピラ属の新種であることを示した(表1)。これら新種4株をそれぞれ、MT3、MT4、MT5、およびMT6と名付けた。
【0023】
<全ゲノム解析>
MT3、MT4、およびMT5株について、全ゲノム解析を実施し、この塩基配列を用いてANI解析を実施した。DNeasy Blood & Tissue Kit(Qiagen)を用いて各菌株からDNAを抽出し、Illumina DNA Prep (M) Tagmentationキットを使用してライブラリーを調製した。インデックスキットは、Nextera DNA CD Indexesキットを使用した。次世代シーケンサー(MiSeq, Illumina)を用いてシーケンスを実施した(301bpのペアエンド解析)。Platanus Bを用いてゲノムアセンブリを実施し、塩基配列を決定した。QUASTおよびcheckMを用いて、アセンブリ結果の評価を実施した。
【0024】
<ANI解析>
次に、EZbiocloud(https://www.ezbiocloud.net/tools/ani)を用いてANI値を算出し、菌株間の相同性解析を実施した。ANI解析では、対象株のゲノム配列をコンピュータ上で1,020bpに断片化し、比較株のゲノム配列に対して各断片の相同性検索を行い、それらの相同値の平均値からゲノム配列間のANI値を求める。NCBI国際塩基配列データベースに登録されているAcidipila dinghuensis DHOF10とAcidipila dinghuensis CGMCC 1.13007を比較株としてANI解析を実施したところ、いずれもANI値が95%未満であり、新種であることが確認できた(表1)。また、MT3、MT4、MT5株で相同性が異なることから、これらが別々の遺伝子情報を持つ菌株であることが推測された。さらに、Acidipila rosea(DSM103428)を比較株としてANI解析を実施したところ、いずれもANI値が95%未満であった(表1)。
【0025】
【表1】
【実施例2】
【0026】
実施例2:生産用培地におけるアシディピラ属細菌の培養と培養濃縮液の作製
抗真菌物質生産用培地を準備し、500mL三角フラスコに各100mLずつ分注し、オートクレーブにて121℃/20min滅菌処理した。オートクレーブ処理後に、あらかじめ液体培養した各菌株液を1mL添加した。この作業は安全キャビネット内の無菌状態で行った。シェーカーにて27℃、210rpm、6日間攪拌培養して二次代謝産物を産生させた。その後、培養液に等量(100mL)メタノールを添加し、210rpm、30分間攪拌した。攪拌後に遠心分離処理3000rpm、10分間を行い、菌体を除去し、上澄み液を1Lナスフラスコに移した。湯浴40℃のエバポレーターにて濃縮作業を行った。徐々に真空度を高めて、80hPaまで引いて、メタノールを取り除くことで、培養濃縮液サンプルを得た。
【0027】
なお、菌株として、Acidipila sp. MT3株、MT4株、MT5株、およびMT6株を用いた。菌株の液体培養(前培養)には、YD培地(1%グルコース、1%酵母エキス)を用い、30℃で6日間培養してOD600が1~1.5まで増殖させた。抗真菌物質生産用培養としては、前記Medium 1426培地を用い、28℃で14日間培養した。
【実施例3】
【0028】
実施例3:抗真菌活性試験(Spot-on-lawnアッセイ)
検定菌としてサッカロマイセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)(NBRC10505)を用いた。MRS(Becton, Dickinson and Company製)液体培地に植菌し、30℃、150rpm、1日間攪拌培養を行い、検定菌液を作製した。MRS軟寒天培地(寒天0.5%)を試験管に7mL分注し、オートクレーブ滅菌(105℃/10分間)を行ない、55~60℃まで冷却した。上記液体培地で培養した検定菌液70μLを各軟寒天培地に加えて、攪拌機を用いて攪拌した。予め作製したMRS寒天培地プレート(寒天1.5%)上に、上記軟寒天培地を流し込み、抗真菌活性試験用培地を作製した。プレート上のアドレスを決定して、実施例2で得られた培養濃縮液サンプルを10μLスポットした。30℃で24時間培養し、目視で観察した。この実験では、抗真菌活性があった場合には阻止円が確認できる。
【0029】
その結果、4種の菌株のいずれの培養濃縮液においても阻止円が確認された(図1)。したがって、アシディピラ属細菌の培養濃縮液が抗真菌活性を示すことが分かった。
【実施例4】
【0030】
実施例4:様々な真菌に対する抗真菌活性試験
酵母検定菌として、カンジダ・アルビカンス(Candida albicans)、マラセチア・フルフル(Malassezia furfur)、ロドトルラ・グラティニス(Rhodotorula glutini)を用いた。糸状菌検定菌として、トリコフィトン・ルブラム(Trichophyton rubrum)、クロコウジカビ(Aspergillus niger)、ムコール・ムセド(Mucor mucedo)を用いた。カンジダ・アルビカンス、クロコウジカビ、およびムコール・ムセドはそれぞれ、深在性真菌症であるカンジダ症、アスペルギルス症、および接合菌症の病原菌として知られている。マラセチア・フルフルおよびトリコフィトン・ルブラムはそれぞれ、皮膚真菌症であるマラセチア性皮膚炎および白癬の病原菌として知られている。ロドトルラ・グラティニスは、病原性はないが、風呂場等の水回り等に見られる赤カビとして知られる。
【0031】
各検定菌を各液体培地に植菌し、30℃、150rpm、1日間攪拌培養を行い、検定菌液を作製した。各検定菌仕様の軟寒天培地(寒天0.5%)を試験管に7mL分注し、オートクレーブ滅菌(105℃/10分間)を行い、55~60℃まで冷却した。上記液体培地で培養した検定菌液70μLを各軟寒天培地に加えて、攪拌機を用いて攪拌した。予め作製した寒天培地プレート(寒天1.5%)上に、上記軟寒天培地を流し込み、抗真菌活性試験用培地を作製した。各検定菌に用いた液体培地の組成は表2の通りである。
【0032】
【表2】
【0033】
各抗真菌活性試験用培地にφ5mmのペーパーディスクを配し、実施例2で得られた培養濃縮液サンプルを50μLスポット(paper disc法)した。30℃で24時間培養し、目視で観察した。さらに各抗真菌活性試験用培地にφ5mmの穴を開け、実施例2で得られた培養濃縮液サンプルを250μLスポット(agar well diffusion法)した。30℃で24時間培養し、目視で観察した。どちらの実験でも、抗真菌活性があった場合には阻止円が確認できる。目視により阻止円が観察された場合は、阻止円の寸法を測定した。阻止円の寸法は、観察された阻止円の最長の半径において、阻止円の中心にあるペーパーディスク(paper disc法の場合)または穴(agar well diffusion法の場合)の外周から阻止円の外周までの距離を定規で測定することにより求めた。二重阻止帯が見られる場合は、内側の阻止円を測定した。結果を表3に示した。なお、表3中、「活性なし」とは、目視により阻止円が観察されなかったことを示す。
【0034】
【表3】
【0035】
その結果、いずれの検定菌に対しても阻止円が観察された。トリコフィトン・ルブラムにおいて特に大きい阻止円が観察され、白癬菌に対する強い抗真菌活性が示された。
図1