(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-07
(45)【発行日】2024-10-16
(54)【発明の名称】衛星航法システムにおける補正情報の生成方法,補正情報を生成する情報処理装置及びプログラム
(51)【国際特許分類】
G01S 19/07 20100101AFI20241008BHJP
G01S 19/41 20100101ALI20241008BHJP
【FI】
G01S19/07
G01S19/41
(21)【出願番号】P 2024148203
(22)【出願日】2024-08-30
【審査請求日】2024-08-30
【権利譲渡・実施許諾】特許権者において、権利譲渡・実施許諾の用意がある。
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】723010371
【氏名又は名称】イエローテイル・ナビゲーション株式会社
(72)【発明者】
【氏名】坂井 丈泰
【審査官】藤田 都志行
(56)【参考文献】
【文献】特表2007-500845(JP,A)
【文献】特開2002-122652(JP,A)
【文献】特許第7496587(JP,B1)
【文献】米国特許出願公開第2022/0291395(US,A1)
【文献】米国特許第06020846(US,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01S 19/00-19/55
G01C 21/26-21/36
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
測位信号を送信する複数の航法衛星と,
前記複数の航法衛星が送信する測位信号を受信してそれらとの間の距離を測定するユーザ局と,
地上に固定された受信機により前記複数の航法衛星が送信する測位信号を受信してそれらとの間の距離を測定する基準局と,
前記基準局が測定した距離を用いて,航法衛星の時計誤差及び位置誤差といった測位誤差の要因別に補正情報を生成し,この補正情報を所定の伝送形式に収容して前記ユーザ局に提供するマスタ局を備え,もって広域ディファレンシャル補正を行う衛星航法システムにおいて,
前記マスタ局は,
前記航法衛星の時計誤差及び位置誤差に関する補正情報を生成する際に,
前記航法衛星の時計誤差及び位置誤差に関する方程式を構成して,この解が一意に定まらない場合には,
航法衛星の位置誤差については,補正量をゼロにした補正情報を生成し,
航法衛星の時計誤差については,当該航法衛星の時計誤差に関する方程式を構成して,その解により補正情報を生成することを特徴とする,衛星航法システムにおける補正情報の生成方法。
【請求項2】
測位信号を送信する複数の航法衛星と,
前記複数の航法衛星が送信する測位信号を受信してそれらとの間の距離を測定するユーザ局と,
地上に固定された受信機により前記複数の航法衛星が送信する測位信号を受信してそれらとの間の距離を測定する基準局と,
前記基準局が測定した距離を用いて,航法衛星の時計誤差及び位置誤差といった測位誤差の要因別に補正情報を生成し,この補正情報を所定の伝送形式に収容して前記ユーザ局に提供するマスタ局を備え,もって広域ディファレンシャル補正を行う衛星航法システムにおいて,
前記マスタ局は,
前記航法衛星の時計誤差及び位置誤差に関する補正情報を生成する際に,
前記航法衛星の時計誤差及び位置誤差に関する方程式を構成して,この解が一意に定まらない場合には,
位置誤差の各座標軸成分及び時計誤差の二乗和が最小となる解により補正情報を生成することを特徴とする,衛星航法システムにおける補正情報の生成方法。
【請求項3】
測位信号を送信する複数の航法衛星と,
前記複数の航法衛星が送信する測位信号を受信してそれらとの間の距離を測定するユーザ局と,
地上に固定された受信機により前記複数の航法衛星が送信する測位信号を受信してそれらとの間の距離を測定する基準局と,
前記基準局が測定した距離を用いて,航法衛星の時計誤差及び位置誤差といった測位誤差の要因別に補正情報を生成し,この補正情報を所定の伝送形式に収容して前記ユーザ局に提供するマスタ局を備え,もって広域ディファレンシャル補正を行う衛星航法システムにおいて,
前記マスタ局は,
前記航法衛星の時計誤差及び位置誤差に関する補正情報を生成する際に,
前記航法衛星の時計誤差及び位置誤差に関する方程式を構成して,この解が一意に定まらない場合には,
前記航法衛星の軌道の予測情報として公開されている精密軌道暦を取得して,
航法衛星の位置誤差については,前記精密軌道暦による位置と,航法衛星が測位信号に重畳して送信している自身の軌道情報から計算した位置の,差分として補正情報を生成し,
航法衛星の時計誤差については,当該航法衛星の時計誤差に関する方程式を構成して,その解により補正情報を生成することを特徴とする,衛星航法システムにおける補正情報の生成方法。
【請求項4】
測位信号を送信する複数の航法衛星と,
前記複数の航法衛星が送信する測位信号を受信してそれらとの間の距離を測定するユーザ局と,
地上に固定された受信機により前記複数の航法衛星が送信する測位信号を受信してそれらとの間の距離を測定する基準局と,
前記基準局が測定した距離を用いて,航法衛星の時計誤差及び位置誤差といった測位誤差の要因別に補正情報を生成し,この補正情報を所定の伝送形式に収容して前記ユーザ局に提供するマスタ局を備え,もって広域ディファレンシャル補正を行う衛星航法システムにおいて,
前記マスタ局に設けられ,
前記航法衛星の時計誤差及び位置誤差に関する補正情報を生成する際に,
前記航法衛星の時計誤差及び位置誤差に関する方程式を構成して,この解が一意に定まらない場合には,
航法衛星の位置誤差については,補正量をゼロにした補正情報を生成し,
航法衛星の時計誤差については,当該航法衛星の時計誤差に関する方程式を構成して,その解により補正情報を生成することを特徴とする,衛星航法システムにおける補正情報を生成する情報処理装置。
【請求項5】
測位信号を送信する複数の航法衛星と,
前記複数の航法衛星が送信する測位信号を受信してそれらとの間の距離を測定するユーザ局と,
地上に固定された受信機により前記複数の航法衛星が送信する測位信号を受信してそれらとの間の距離を測定する基準局と,
前記基準局が測定した距離を用いて,航法衛星の時計誤差及び位置誤差といった測位誤差の要因別に補正情報を生成し,この補正情報を所定の伝送形式に収容して前記ユーザ局に提供するマスタ局を備え,もって広域ディファレンシャル補正を行う衛星航法システムにおいて,
前記マスタ局に設けられ,
前記航法衛星の時計誤差及び位置誤差に関する補正情報を生成する際に,
前記航法衛星の時計誤差及び位置誤差に関する方程式を構成して,この解が一意に定まらない場合には,
位置誤差の各座標軸成分及び時計誤差の二乗和が最小となる解により補正情報を生成することを特徴とする,衛星航法システムにおける補正情報を生成する情報処理装置。
【請求項6】
測位信号を送信する複数の航法衛星と,
前記複数の航法衛星が送信する測位信号を受信してそれらとの間の距離を測定するユーザ局と,
地上に固定された受信機により前記複数の航法衛星が送信する測位信号を受信してそれらとの間の距離を測定する基準局と,
前記基準局が測定した距離を用いて,航法衛星の時計誤差及び位置誤差といった測位誤差の要因別に補正情報を生成し,この補正情報を所定の伝送形式に収容して前記ユーザ局に提供するマスタ局を備え,もって広域ディファレンシャル補正を行う衛星航法システムにおいて,
前記マスタ局に設けられ,
前記航法衛星の時計誤差及び位置誤差に関する補正情報を生成する際に,
前記航法衛星の時計誤差及び位置誤差に関する方程式を構成して,この解が一意に定まらない場合には,
前記航法衛星の軌道の予測情報として公開されている精密軌道暦を取得して,
航法衛星の位置誤差については,前記精密軌道暦による位置と,航法衛星が測位信号に重畳して送信している自身の軌道情報から計算した位置の,差分として補正情報を生成し,
航法衛星の時計誤差については,当該航法衛星の時計誤差に関する方程式を構成して,その解により補正情報を生成することを特徴とする,衛星航法システムにおける補正情報を生成する情報処理装置。
【請求項7】
測位信号を送信する複数の航法衛星と,
前記複数の航法衛星が送信する測位信号を受信してそれらとの間の距離を測定するユーザ局と,
地上に固定された受信機により前記複数の航法衛星が送信する測位信号を受信してそれらとの間の距離を測定する基準局と,
前記基準局が測定した距離を用いて,航法衛星の時計誤差及び位置誤差といった測位誤差の要因別に補正情報を生成し,この補正情報を所定の伝送形式に収容して前記ユーザ局に提供するマスタ局を備え,もって広域ディファレンシャル補正を行う衛星航法システムにおいて,
前記マスタ局にて動作し,
前記航法衛星の時計誤差及び位置誤差に関する補正情報を生成する際に,
前記航法衛星の時計誤差及び位置誤差に関する方程式を構成して,この解が一意に定まらない場合には,
航法衛星の位置誤差については,補正量をゼロにした補正情報を生成し,
航法衛星の時計誤差については,当該航法衛星の時計誤差に関する方程式を構成して,その解により補正情報を生成することを特徴とする,衛星航法システムにおける補正情報を生成するプログラム。
【請求項8】
測位信号を送信する複数の航法衛星と,
前記複数の航法衛星が送信する測位信号を受信してそれらとの間の距離を測定するユーザ局と,
地上に固定された受信機により前記複数の航法衛星が送信する測位信号を受信してそれらとの間の距離を測定する基準局と,
前記基準局が測定した距離を用いて,航法衛星の時計誤差及び位置誤差といった測位誤差の要因別に補正情報を生成し,この補正情報を所定の伝送形式に収容して前記ユーザ局に提供するマスタ局を備え,もって広域ディファレンシャル補正を行う衛星航法システムにおいて,
前記マスタ局にて動作し,
前記航法衛星の時計誤差及び位置誤差に関する補正情報を生成する際に,
前記航法衛星の時計誤差及び位置誤差に関する方程式を構成して,この解が一意に定まらない場合には,
位置誤差の各座標軸成分及び時計誤差の二乗和が最小となる解により補正情報を生成することを特徴とする,衛星航法システムにおける補正情報を生成するプログラム。
【請求項9】
測位信号を送信する複数の航法衛星と,
前記複数の航法衛星が送信する測位信号を受信してそれらとの間の距離を測定するユーザ局と,
地上に固定された受信機により前記複数の航法衛星が送信する測位信号を受信してそれらとの間の距離を測定する基準局と,
前記基準局が測定した距離を用いて,航法衛星の時計誤差及び位置誤差といった測位誤差の要因別に補正情報を生成し,この補正情報を所定の伝送形式に収容して前記ユーザ局に提供するマスタ局を備え,もって広域ディファレンシャル補正を行う衛星航法システムにおいて,
前記マスタ局にて動作し,
前記航法衛星の時計誤差及び位置誤差に関する補正情報を生成する際に,
前記航法衛星の時計誤差及び位置誤差に関する方程式を構成して,この解が一意に定まらない場合には,
前記航法衛星の軌道の予測情報として公開されている精密軌道暦を取得して,
航法衛星の位置誤差については,前記精密軌道暦による位置と,航法衛星が測位信号に重畳して送信している自身の軌道情報から計算した位置の,差分として補正情報を生成し,
航法衛星の時計誤差については,当該航法衛星の時計誤差に関する方程式を構成して,その解により補正情報を生成することを特徴とする,衛星航法システムにおける補正情報を生成するプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は,衛星航法システムにおける補正情報の生成方法,補正情報を生成する情報処理装置及びプログラムに関するものである。
【背景技術】
【0002】
人工衛星により位置を測定する衛星航法システムはGNSS(Global Navigation Satellite System)と総称され,その代表例は米国によるGPS(Global Positioning System)である。GNSSは一般に,航法衛星と呼ばれる人工衛星が無線により送信する測位信号を受信機により受信し,航法衛星と受信機との間の距離を測定することで,受信機の位置を計算により求める。位置を求めるべき受信機を,ユーザ受信機あるいはユーザ局などと呼ぶ。求められた位置の真の位置に対する誤差を,測位誤差という。
【0003】
受信機の位置を計算するためには測位信号を送信している航法衛星の位置を知る必要があるが,このために必要な軌道情報は航法衛星自身が測位信号に重畳することで送信する。軌道情報は予測により作成されていることから,数メートル程度の誤差を含んでおり,これは受信機位置の計算の際に測位誤差の要因になる。
【0004】
航法衛星が測位信号を送信するタイミングはあらかじめ決まっており,航法衛星は自身が備える時計の時刻にもとづいて測位信号を送信する。この時計としては高精度な原子時計が使用されるが,距離に換算して数メートル程度に相当する誤差を含んでおり,これは受信機位置の計算の際に測位誤差の要因になる。
【0005】
測位信号が地上に到達するまでの間に,上空にある電離圏及び対流圏を通過するが,それぞれの領域を無線信号が通過する際に遅延が生じる。これらの遅延は,それぞれ電離圏伝搬遅延及び対流圏伝搬遅延と呼ばれている。従って,この無線信号を測位信号として用いる場合,これらの電離層伝搬遅延及び対流圏伝搬遅延が測位誤差の要因になる。距離に換算した電離圏伝搬遅延及び対流圏伝搬遅延の大きさを,それぞれ電離圏伝搬遅延量及び対流圏遅延量という。
【0006】
衛星航法システムにおいて受信機が得る航法衛星までの距離の測定値は,真の距離に対して,これらの誤差要因による測定誤差が全て足し合わされたものになる。
【0007】
地上に固定された基準局に受信機を設置して,これにより測定した距離を用いて,距離の測定誤差に対する補正情報を作成し,これをユーザに対して提供することで,ユーザ局において測定した距離を補正情報に基づいて補正し,ユーザ局における位置の測定精度(「測位精度」と呼ぶ)を改善することが行われている。この方式はディファレンシャルGPS(DGPS:Differential GPS)と呼ばれる。DGPSと区別する場合は,補正情報を適用せずにユーザ局の位置を計算する方式を単独測位という。
【0008】
DGPSの具体的な方式はいくつかあるが,もっとも一般的な方式は,単一の基準局が測定した距離を用いて,航法衛星の各々について距離の補正値を生成してユーザ局に提供するものである。狭域ディファレンシャルGPS(LADGPS:Local Area DGPS)と呼ばれることもあるこの方式では,測位誤差の要因別に補正情報がつくられていないから,ユーザ局と基準局の間の距離が長くなると測位誤差のうちの共通の成分が減少し,測位精度が劣化する傾向にある。基準局からおおむね数百キロメートル程度か,電離圏の状況によっては数十キロメートル程度までの範囲内であれば利用できるというのが当業者における通常の認識といえる。
【0009】
DGPSの別の方式としては,広域ディファレンシャルGPS(WADGPS:Wide Area DGPS)と呼ばれるものがある。この方式では,複数の基準局(基準局群という)が測定した距離を用いて,航法衛星の時計誤差,航法衛星の位置誤差,電離圏伝搬遅延量及び対流圏伝搬遅延量といった測位誤差の要因別に補正情報を生成し,ユーザ局に提供する。これらそれぞれの誤差要因は,ユーザ局の位置によって距離の測定誤差としてのあらわれ方が違ってくることから,ユーザ局においては自身の概略の位置に応じて補正情報から自身が使用すべき補正値を計算して補正に使用する。
【0010】
航法衛星の時計誤差は,ユーザ局の位置によらず一律に距離の測定誤差としてあらわれる。航法衛星の位置誤差は,ユーザ局から航法衛星を見た際の視線方向との内積成分が距離の測定誤差としてあらわれる。電離圏伝搬遅延量は,航法衛星が送信した測距信号がユーザ局に到達するまでの経路上における電離圏大気の密度分布の積分が距離の測定誤差としてあらわれる。対流圏伝搬遅延量は,航法衛星が送信した測距信号がユーザ局に到達するまでの経路上における中性大気の屈折率の積分が距離の測定誤差としてあらわれる。すなわち,航法衛星の時計誤差以外は,いずれもユーザ局の位置により距離の測定誤差は異なってあらわれる。
【0011】
なお,電離圏伝搬遅延量は周波数の二乗に反比例することが知られている。従って,基準局においては,複数の周波数の測位信号を用いて距離の測定を行えば,それらの距離から電離圏伝搬遅延量を計算により求めることができる。あるいは,基準局又はユーザ局においては,複数の周波数の測位信号を用いて距離の測定を行えば,それらの測定結果の線形結合として,電離圏伝搬遅延量を取り除いた距離を得ることができる。
【0012】
また,対流圏伝搬遅延量については,簡単な対流圏伝搬遅延モデルにより十分な精度で推定でき,基準局及びユーザ局における補正ができる。従って,WADGPSにおいては,対流圏伝搬遅延量については補正情報には含めなくてよい。
【0013】
WADGPSのうち,ユーザ局について1周波数の測位信号に対応した受信機を備えるものとする方式(「1周波数型WADGPS」と呼ぶ)においては,補正情報の一部として電離圏伝搬遅延量を送信する必要があるから,基準局は複数の周波数の測位信号を用いて距離の測定を行い,マスタ局はサービス範囲にわたる電離圏伝搬遅延量を求めて所定の伝送形式に収容する。
【0014】
WADGPSのうち,ユーザ局について2周波数の測位信号に対応した受信機を備えるものとする方式(「2周波数型WADGPS」と呼ぶ)においては,補正情報には電離圏伝搬遅延量は含まれない。基準局とユーザ局の双方とも,複数の周波数の測位信号を用いて距離の測定を行い,それらの測定結果の線形結合として,電離圏伝搬遅延量を取り除いた距離を得る。
【0015】
WADGPSでは,航法衛星の時計誤差(1個の未知数)及び位置誤差(3個の未知数)を計算により求めるために,4個の未知数に対応して,4以上の基準局を必要とする。これらの基準局は,ユーザ局の位置による距離の測定誤差の変化を知るために,地理的に離して配置する必要がある。一般的には,基準局間には500~1,000キロメートル程度の距離をもたせることが多い。
【0016】
WADGPSの実用例としては,航空機向けにSBAS(Satellite-Based Augmentation System)が規格化されている。1周波数型WADGPSに対応するSBAS規格は「L1 SBAS」,2周波数型WADGPSに対応するSBAS規格は「L5 SBAS」と名付けられている。
【0017】
SBAS規格では補正情報の伝送形式が定められており,航法衛星の時計誤差及び航法衛星の位置誤差,L1 SBASでは更に電離圏伝搬遅延量といった測位誤差の要因別に補正情報を漏れなく収容したうえで,人工衛星から送信する。なお,対流圏伝搬遅延量については,対流圏伝搬遅延モデルにより十分な精度で補正できることから,SBAS規格の伝送形式には含まれず,マスタ局及びユーザ局の双方においてあらかじめ定められた対流圏伝搬遅延モデルを使用して補正する。
【0018】
L1 SBASの一例としては,日本の航空局が運用しているMSAS(Michibiki-Based Satellite Augmentation System)が実用されている。最近になって,韓国がKASS(Korea Augmentation Satellite System)の運用を開始した。
【0019】
MSASの基準局数は現在は13であるが,2020年以前は6であった。KASSは7基準局を使用している。この他に実用されているSBASもいくつかあるが,いずれも基準局数は10以上である。
【0020】
GNSSの分野においては,航法衛星のそれぞれについて,正確な時計及び軌道の情報として精密軌道暦が作成され,利用されている。精密軌道暦は15分あるいは5分間隔で作成されることが多く,ユーザはこれを補間することで任意の時点における正確な時刻及び位置の情報を得ることができる。精密軌道暦は,例えばIGS(International GNSS Service)という国際機関により作成されたものが公開されており,測量や測地学といった精密測位の分野において利用されている。
【0021】
精密軌道暦には,予測によらない最終暦(Final Product)及び速報暦(Rapid Product)と,予測による超速報暦(Ultra Rapid Product)がある。最終暦はもっとも高精度であり,航法衛星の位置誤差及び時計誤差とも2~3センチメートルの精度を有するが,測定日から2~3週間程度の解析時間を要する。速報暦は最終暦に準じた精度をもち,測定日から1~2日程度で公開される。超速報暦は公開時点から数時間程度先までの予測を含み,航法衛星の位置誤差については5センチメートル程度,航法衛星の時計誤差については1メートル程度の精度とされている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0022】
【文献】坂井丈泰,福島荘之介,新井直樹,伊藤憲,「GPS広域補強システムのプロトタイプ評価」,電子情報通信学会論文誌,Vol.J89-B,No.7,p.1297~1306,2006年7月
【文献】坂井丈泰,福島荘之介,武市昇,伊藤憲,「準天頂衛星L1-SAIF補強信号の測位性能」,第7回電子航法研究所研究発表会,2007年6月
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0023】
WADGPSでは,基準局が測定した距離を用いて,航法衛星の時計誤差,航法衛星の位置誤差,電離圏伝搬遅延量及び対流圏伝搬遅延量といった測位誤差の要因別に補正情報を生成する。このうち,航法衛星の時計誤差については,ユーザ局の位置によらない。また,対流圏伝搬遅延量については,対流圏伝搬遅延モデルにより十分な精度で補正できる。2周波数型WADGPSの場合は,電離圏伝搬遅延の補正は行われない。
【0024】
航法衛星の位置誤差及び電離圏伝搬遅延量については,いずれもユーザ局の位置により距離の測定誤差は異なってあらわれる。こうした特性を反映して補正情報を生成する必要があることから,WADGPSにおいては,一般にサービス範囲内に4以上,典型的には6以上の基準局を地理的に離して配置する構成となっている。
【0025】
ここで基準局の最小数である4は,航法衛星の時計誤差及び位置誤差をあわせた未知数の数に起因する。電離圏伝搬遅延量については個々の基準局がそれぞれ測定できるが,距離の測定誤差から航法衛星の時計誤差及び位置誤差を正しく分離して取り出すには,4個の未知数に対応して,4以上の基準局を必要とする。
【0026】
ところが,サービス範囲が小さい場合には4以上の基準局を配置できない場合があり,また4以上の基準局を配置したとしても,それらが地理的に離れていないことから,航法衛星の位置誤差や電離圏伝搬遅延量を正しく推定することができない場合があり,いずれもWADGPSは機能しない。すなわち,航法衛星の時計誤差及び位置誤差に関する方程式を構成した場合,通常はその解をもって補正量とするところであり,解が一意に定まる条件は4以上の基準局が地理的に離れて設置されていることである。基準局の障害等を考慮すると,WADGPSにおいては少なくとも5以上の基準局を必要とすることが,当業者における技術的常識とされている。
【0027】
以上の通り,WADGPSにおいては,少なくとも4以上の基準局を地理的に離して設置する必要があった。本発明の課題は,こうした制約を緩和し,4以上の基準局が地理的に離れて設置されているのではない場合にあってもWADGPSを機能させることである。
【課題を解決するための手段】
【0028】
非特許文献1及び非特許文献2においては,WADGPS内部における補正情報の生成方法が詳細に述べられている。しかしながら,これらにおいては航法衛星の位置誤差や電離圏伝搬遅延量について通常の方法で補正情報を得ることが目的であり,基準局については4以上あることが前提とされている。報告されている試験結果は5ないし6基準局によるものであり,基準局数の減少については特に触れられていない。従って,これらの技術内容は本発明の課題を解決するものではない。
【0029】
4以上の基準局が地理的に離れて設置されているのではない場合には,WADGPSにおいて,航法衛星の位置誤差に関する補正を行わないことを考えてもよい。すなわち航法衛星の時計誤差についてのみ補正を行うのであるが,これは距離の補正のみを行うLADGPSの方法に近似した性質になることが予想される。衛星航法システムにおいては航法衛星と受信機のそれぞれの時計を用いて両者間の距離が測定されるのであるから,航法衛星の時計誤差と,航法衛星の位置誤差のうちの視線方向成分は区別できないのであって,航法衛星の時計誤差についてのみ補正を行うということは,距離の補正のみを行うことと等価だからである。ここで,視線方向とは基準局から航法衛星に向かう方向のことであって,複数の基準局を用いる場合は基準局群の重心から航法衛星に向かう方向をいう。
【0030】
具体的には,航法衛星の時計誤差及び位置誤差に関する方程式を構成して,その解が一意に定まらない場合には,航法衛星の位置誤差を推定することに代えて,位置誤差をゼロとして取り扱うこととしてよい。ただし,WADGPSでは補正情報の伝送形式があらかじめ定められているから,航法衛星の位置誤差について補正を行わないということはできない。このため,航法衛星の位置誤差については,補正量をゼロにした補正情報を生成し,航法衛星の時計誤差については,時計誤差のみに関する方程式を構成して,その解により補正情報を生成することで対応する。これは,本発明の課題を解決する第一の方法である。
【0031】
航法衛星の時計誤差及び位置誤差に関する方程式の解が一意に定まらない場合には,位置誤差の各座標軸成分及び時計誤差の二乗和が最小となる解を用いて補正情報を生成することとしてよい。これは,本発明の課題を解決する第二の方法である。
【0032】
航法衛星の時計誤差及び位置誤差に関する方程式の解が一意に定まらない場合には,航法衛星の軌道の予測情報として公開されている精密軌道暦を取得して,航法衛星の位置誤差については,この精密軌道暦による位置と,航法衛星が測位信号に重畳して送信している自身の軌道情報から計算した位置の,差分として補正情報を生成することとしてよい。この場合,航法衛星の時計誤差については,時計誤差のみに関する方程式を構成して,その解により補正情報を生成する。これは,本発明の課題を解決する第三の方法である。
【0033】
なお,これらの方法は,いずれも,4以上の基準局が地理的に離れて設置されているのではない場合にあってもWADGPSを機能させることを可能にするものであるが,4以上の基準局が地理的に離れて設置されている場合に適用することを妨げるものではない。こうした構成においては,サービス範囲が小さい場合にあっては,十分な補正性能が得られる一方で,基準局の停止などの際にも運用を継続できる利点を期待できる。
【0034】
請求項1に係る発明は上記第一の方法に対応し,測位信号を送信する複数の航法衛星と,前記複数の航法衛星が送信する測位信号を受信してそれらとの間の距離を測定するユーザ局と,地上に固定された受信機により前記複数の航法衛星が送信する測位信号を受信してそれらとの間の距離を測定する基準局と,前記基準局が測定した距離を用いて,航法衛星の時計誤差及び位置誤差といった測位誤差の要因別に補正情報を生成し,この補正情報を所定の伝送形式に収容して前記ユーザ局に提供するマスタ局を備え,もって広域ディファレンシャル補正を行う衛星航法システムにおいて,前記マスタ局は,前記航法衛星の時計誤差及び位置誤差に関する補正情報を生成する際に,前記航法衛星の時計誤差及び位置誤差に関する方程式を構成して,この解が一意に定まらない場合には,航法衛星の位置誤差については,補正量をゼロにした補正情報を生成し,航法衛星の時計誤差については,当該航法衛星の時計誤差に関する方程式を構成して,その解により補正情報を生成することを特徴とする,衛星航法システムにおける補正情報の生成方法である。
【0035】
請求項2に係る発明は上記第二の方法に対応し,測位信号を送信する複数の航法衛星と,前記複数の航法衛星が送信する測位信号を受信してそれらとの間の距離を測定するユーザ局と,地上に固定された受信機により前記複数の航法衛星が送信する測位信号を受信してそれらとの間の距離を測定する基準局と,前記基準局が測定した距離を用いて,航法衛星の時計誤差及び位置誤差といった測位誤差の要因別に補正情報を生成し,この補正情報を所定の伝送形式に収容して前記ユーザ局に提供するマスタ局を備え,もって広域ディファレンシャル補正を行う衛星航法システムにおいて,前記マスタ局は,前記航法衛星の時計誤差及び位置誤差に関する補正情報を生成する際に,前記航法衛星の時計誤差及び位置誤差に関する方程式を構成して,この解が一意に定まらない場合には,位置誤差の各座標軸成分及び時計誤差の二乗和が最小となる解により補正情報を生成することを特徴とする,衛星航法システムにおける補正情報の生成方法である。
【0036】
請求項3に係る発明は上記第三の方法に対応し,測位信号を送信する複数の航法衛星と,前記複数の航法衛星が送信する測位信号を受信してそれらとの間の距離を測定するユーザ局と,地上に固定された受信機により前記複数の航法衛星が送信する測位信号を受信してそれらとの間の距離を測定する基準局と,前記基準局が測定した距離を用いて,航法衛星の時計誤差及び位置誤差といった測位誤差の要因別に補正情報を生成し,この補正情報を所定の伝送形式に収容して前記ユーザ局に提供するマスタ局を備え,もって広域ディファレンシャル補正を行う衛星航法システムにおいて,前記マスタ局は,前記航法衛星の時計誤差及び位置誤差に関する補正情報を生成する際に,前記航法衛星の時計誤差及び位置誤差に関する方程式を構成して,この解が一意に定まらない場合には,前記航法衛星の軌道の予測情報として公開されている精密軌道暦を取得して,航法衛星の位置誤差については,前記精密軌道暦による位置と,航法衛星が測位信号に重畳して送信している自身の軌道情報から計算した位置の,差分として補正情報を生成し,航法衛星の時計誤差については,当該航法衛星の時計誤差に関する方程式を構成して,その解により補正情報を生成することを特徴とする,衛星航法システムにおける補正情報の生成方法である。
【0037】
請求項4に係る発明は上記第一の方法に対応し,測位信号を送信する複数の航法衛星と,前記複数の航法衛星が送信する測位信号を受信してそれらとの間の距離を測定するユーザ局と,地上に固定された受信機により前記複数の航法衛星が送信する測位信号を受信してそれらとの間の距離を測定する基準局と,前記基準局が測定した距離を用いて,航法衛星の時計誤差及び位置誤差といった測位誤差の要因別に補正情報を生成し,この補正情報を所定の伝送形式に収容して前記ユーザ局に提供するマスタ局を備え,もって広域ディファレンシャル補正を行う衛星航法システムにおいて,前記マスタ局に設けられ,前記航法衛星の時計誤差及び位置誤差に関する補正情報を生成する際に,前記航法衛星の時計誤差及び位置誤差に関する方程式を構成して,この解が一意に定まらない場合には,航法衛星の位置誤差については,補正量をゼロにした補正情報を生成し,航法衛星の時計誤差については,当該航法衛星の時計誤差に関する方程式を構成して,その解により補正情報を生成することを特徴とする,衛星航法システムにおける補正情報を生成する情報処理装置である。
【0038】
請求項5に係る発明は上記第二の方法に対応し,測位信号を送信する複数の航法衛星と,前記複数の航法衛星が送信する測位信号を受信してそれらとの間の距離を測定するユーザ局と,地上に固定された受信機により前記複数の航法衛星が送信する測位信号を受信してそれらとの間の距離を測定する基準局と,前記基準局が測定した距離を用いて,航法衛星の時計誤差及び位置誤差といった測位誤差の要因別に補正情報を生成し,この補正情報を所定の伝送形式に収容して前記ユーザ局に提供するマスタ局を備え,もって広域ディファレンシャル補正を行う衛星航法システムにおいて,前記マスタ局に設けられ,前記航法衛星の時計誤差及び位置誤差に関する補正情報を生成する際に,前記航法衛星の時計誤差及び位置誤差に関する方程式を構成して,この解が一意に定まらない場合には,位置誤差の各座標軸成分及び時計誤差の二乗和が最小となる解により補正情報を生成することを特徴とする,衛星航法システムにおける補正情報を生成する情報処理装置である。
【0039】
請求項6に係る発明は上記第三の方法に対応し,測位信号を送信する複数の航法衛星と,前記複数の航法衛星が送信する測位信号を受信してそれらとの間の距離を測定するユーザ局と,地上に固定された受信機により前記複数の航法衛星が送信する測位信号を受信してそれらとの間の距離を測定する基準局と,前記基準局が測定した距離を用いて,航法衛星の時計誤差及び位置誤差といった測位誤差の要因別に補正情報を生成し,この補正情報を所定の伝送形式に収容して前記ユーザ局に提供するマスタ局を備え,もって広域ディファレンシャル補正を行う衛星航法システムにおいて,前記マスタ局に設けられ,前記航法衛星の時計誤差及び位置誤差に関する補正情報を生成する際に,前記航法衛星の時計誤差及び位置誤差に関する方程式を構成して,この解が一意に定まらない場合には,前記航法衛星の軌道の予測情報として公開されている精密軌道暦を取得して,航法衛星の位置誤差については,前記精密軌道暦による位置と,航法衛星が測位信号に重畳して送信している自身の軌道情報から計算した位置の,差分として補正情報を生成し,航法衛星の時計誤差については,当該航法衛星の時計誤差に関する方程式を構成して,その解により補正情報を生成することを特徴とする,衛星航法システムにおける補正情報を生成する情報処理装置である。
【0040】
請求項7に係る発明は上記第一の方法に対応し,測位信号を送信する複数の航法衛星と,前記複数の航法衛星が送信する測位信号を受信してそれらとの間の距離を測定するユーザ局と,地上に固定された受信機により前記複数の航法衛星が送信する測位信号を受信してそれらとの間の距離を測定する基準局と,前記基準局が測定した距離を用いて,航法衛星の時計誤差及び位置誤差といった測位誤差の要因別に補正情報を生成し,この補正情報を所定の伝送形式に収容して前記ユーザ局に提供するマスタ局を備え,もって広域ディファレンシャル補正を行う衛星航法システムにおいて,前記マスタ局にて動作し,前記航法衛星の時計誤差及び位置誤差に関する補正情報を生成する際に,前記航法衛星の時計誤差及び位置誤差に関する方程式を構成して,この解が一意に定まらない場合には,航法衛星の位置誤差については,補正量をゼロにした補正情報を生成し,航法衛星の時計誤差については,当該航法衛星の時計誤差に関する方程式を構成して,その解により補正情報を生成することを特徴とする,衛星航法システムにおける補正情報を生成するプログラムである。
【0041】
請求項8に係る発明は上記第二の方法に対応し,測位信号を送信する複数の航法衛星と,前記複数の航法衛星が送信する測位信号を受信してそれらとの間の距離を測定するユーザ局と,地上に固定された受信機により前記複数の航法衛星が送信する測位信号を受信してそれらとの間の距離を測定する基準局と,前記基準局が測定した距離を用いて,航法衛星の時計誤差及び位置誤差といった測位誤差の要因別に補正情報を生成し,この補正情報を所定の伝送形式に収容して前記ユーザ局に提供するマスタ局を備え,もって広域ディファレンシャル補正を行う衛星航法システムにおいて,前記マスタ局にて動作し,前記航法衛星の時計誤差及び位置誤差に関する補正情報を生成する際に,前記航法衛星の時計誤差及び位置誤差に関する方程式を構成して,この解が一意に定まらない場合には,位置誤差の各座標軸成分及び時計誤差の二乗和が最小となる解により補正情報を生成することを特徴とする,衛星航法システムにおける補正情報を生成するプログラムである。
【0042】
請求項9に係る発明は上記第三の方法に対応し,測位信号を送信する複数の航法衛星と,前記複数の航法衛星が送信する測位信号を受信してそれらとの間の距離を測定するユーザ局と,地上に固定された受信機により前記複数の航法衛星が送信する測位信号を受信してそれらとの間の距離を測定する基準局と,前記基準局が測定した距離を用いて,航法衛星の時計誤差及び位置誤差といった測位誤差の要因別に補正情報を生成し,この補正情報を所定の伝送形式に収容して前記ユーザ局に提供するマスタ局を備え,もって広域ディファレンシャル補正を行う衛星航法システムにおいて,前記マスタ局にて動作し,前記航法衛星の時計誤差及び位置誤差に関する補正情報を生成する際に,前記航法衛星の時計誤差及び位置誤差に関する方程式を構成して,この解が一意に定まらない場合には,前記航法衛星の軌道の予測情報として公開されている精密軌道暦を取得して,航法衛星の位置誤差については,前記精密軌道暦による位置と,航法衛星が測位信号に重畳して送信している自身の軌道情報から計算した位置の,差分として補正情報を生成し,航法衛星の時計誤差については,当該航法衛星の時計誤差に関する方程式を構成して,その解により補正情報を生成することを特徴とする,衛星航法システムにおける補正情報を生成するプログラムである。
【発明の効果】
【0043】
請求項1~9に係る発明は,上記のように構成したので,4以上の基準局が地理的に離れて設置されているのではない場合にあってもWADGPSを機能させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0044】
【
図1】この発明の実施例を示すもので,この発明の衛星航法システムにおける補正情報の生成方法を説明するための模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0045】
以下,本発明の具体的実施例を図面に基づいて詳細に説明する。
【実施例】
【0046】
この発明の実施例を,
図1に基づいて詳細に説明する。
【0047】
図1において,航法衛星1(1a,1b・・・)は,それぞれ測位信号を送信する。
【0048】
基準局2(2a,2b・・・)は,航法衛星1(1a,1b・・・)が送信した測位信号を受信して,各々の航法衛星からの距離を測定する。また,必要に応じて,各々の航法衛星からの距離に含まれる電離圏伝搬遅延量を計算する。
【0049】
マスタ局3は,基準局2(2a,2b・・・)が測定した距離から,航法衛星1(1a,1b・・・)の軌道情報より計算される航法衛星と基準局との間の距離及び対流圏伝搬遅延量並びに対応する電離圏伝搬遅延量を差し引いた残差を用いて,航法衛星の時計誤差及び位置誤差を求めて補正情報を生成する。
【0050】
マスタ局3は,得られた補正情報を,所定の伝送形式に収容してユーザ局4に提供する。
【0051】
マスタ局3が航法衛星1(1a,1b・・・)の時計誤差及び位置誤差に関する補正情報を生成する際には,航法衛星の時計誤差及び位置誤差に関する方程式を構成し,通常はその解をもって補正情報を生成する。
【0052】
この方程式の解が一意に定まる条件は4以上の基準局が地理的に離れて設置されていることであり,解が一意に定まらない場合には従前は補正情報を生成できなかった。
【0053】
このような場合に,マスタ局3は,本発明の第一の方法を適用し,航法衛星1(1a,1b・・・)の位置誤差については,補正量をゼロにした補正情報を生成し,航法衛星の時計誤差については,時計誤差のみに関する方程式を構成して,その解により補正情報を生成する。
【0054】
あるいは,マスタ局3は,本発明の第二の方法を適用し,航法衛星1(1a,1b・・・)の時計誤差及び位置誤差に関する方程式において,位置誤差の各座標軸成分及び時計誤差の二乗和が最小となる解により補正情報を生成する。
【0055】
もしくは,マスタ局3は,本発明の第三の方法を適用し,航法衛星1(1a,1b・・・)の軌道の予測情報として公開されている精密軌道暦を取得して,航法衛星の位置誤差については,この精密軌道暦による位置と,航法衛星が測位信号に重畳して送信している自身の軌道情報から計算した位置の,差分として補正情報を生成し,航法衛星の時計誤差については,時計誤差のみに関する方程式を構成して,その解により補正情報を生成する。
【0056】
次に,作用動作について説明する。
【0057】
マスタ局3が航法衛星1(1a,1b・・・)の時計誤差及び位置誤差を求める際には,航法衛星の時計誤差及び位置誤差に関する方程式の解が一意に定まることが必要であり,その条件は4以上の基準局が地理的に離れて設置されていることである。この条件が満たされない場合には解が一意に定まらないことになるが,そのような場合にあっては,マスタ局は,本発明の第一の方法を適用し,航法衛星の位置誤差については,補正量をゼロにした補正情報を生成し,航法衛星の時計誤差については,時計誤差のみに関する方程式を構成して,その解により補正情報を生成することで,従前は解が得られなかった場合についてもWADGPSを機能させることが可能になる。
【0058】
基準局数をN,基準局における残差をr1・・・rN(単位:メートル)とすると,航法衛星の位置誤差x,y,z(単位:メートル)及び時計誤差b(単位:メートル,光速で除せば秒の単位になる)は,これらと残差の関係をあらわすN×4行列Gを用いて,次式による航法衛星の位置誤差及び時計誤差に関する方程式を構成する。行列Gの第4列は全て1である。「’」はベクトルの転置を意味する。
【0059】
(数1)
G[x y z b]’=[r1 r2 ・・・ rN]’
【0060】
この方程式については基準局数Nが3以下の場合は一意な解は得られないのであるが,このような場合に,航法衛星の位置誤差については,補正量をゼロにした補正情報を生成し,航法衛星の時計誤差については,時計誤差のみに関する方程式を構成して,その解により補正情報を生成することにすると,未知数は航法衛星の時計誤差bだけになり,方程式は次式の通りになる。
【0061】
(数2)
G[0 0 0 b]’=[r1 r2 ・・・ rN]’
【0062】
この方程式は基準局が1以上あれば解ける(複数の基準局がある場合は例えば最小二乗法を用いる)から,その解を用いれば航法衛星の時計誤差に関する補正情報を生成できる。航法衛星の位置誤差に関する補正情報については,補正量をゼロにするのであるから,計算の必要はない。
【0063】
このような場合,本来は補正されるべき航法衛星の位置誤差が補正されないことになるが,位置誤差の視線方向成分については航法衛星の時計誤差に含めて補正されるから,LADGPSと同様の作用により,小さなサービス範囲においては十分な補正性能が得られる。
【0064】
すなわち,例えば基準局が1しかない場合,航法衛星1(1a,1b・・・)の時計誤差及び位置誤差を区別することができない。この場合は,航法衛星の位置誤差については補正量をゼロにしたうえで,航法衛星の時計誤差のみについて補正量を計算し,これらの補正量により補正情報を生成することで,航法衛星の位置誤差の視線方向成分と時計誤差の和が補正情報に対応する。このような補正情報をユーザ局4において適用すると,1しかない基準局の周辺では適切な補正がなされることを期待でき,基準局とユーザ局の間の距離が長くなるにつれて補正性能が劣化することになるが,小さなサービス範囲においては十分な補正性能が得られる。
【0065】
航法衛星の時計誤差及び位置誤差に関する方程式の解が一意に定まらない場合にあっては,マスタ局は,本発明の第二の方法を適用し,位置誤差の各座標軸成分及び時計誤差の二乗和が最小となる解により補正情報を生成することでも,従前は解が得られなかった場合についてもWADGPSを機能させることが可能になる。
【0066】
この場合の航法衛星の位置誤差及び時計誤差に関する方程式は[0059]と変わらず,4以上の基準局が地理的に離れて設置されているのではない場合は一意な解は得られない。ただし,無数に存在する解のうち,次式であらわされる位置誤差の各座標軸成分及び時計誤差の二乗和を最小にする解はただ一つしか存在しない。
【0067】
(数3)
[x y z b][x y z b]’
【0068】
これにより方程式の解をただ一つに決めることができるから,その解を用いれば航法衛星の時計誤差及び位置誤差に関する補正情報を生成できる。
【0069】
このような場合,本来は補正されるべき航法衛星の位置誤差が正しく補正されないことになるが,位置誤差の各座標軸成分及び時計誤差の二乗和を最小にする解により補正情報を生成すれば,小さなサービス範囲においては十分な補正性能が得られる。
【0070】
すなわち,例えば基準局が3以下しかない場合,航法衛星1(1a,1b・・・)の時計誤差及び位置誤差を正しく分離して取り出すことができない。この場合は,方程式の解のいずれを用いても基準局群の重心においては同様の補正結果が得られるのであるが,そのうちでも位置誤差の各座標軸成分及び時計誤差の二乗和を最小とする解を採用することは,位置誤差の各座標軸成分及び時計誤差について特段の仮定をせずにこれらを同等に取り扱うことを意味する点に合理性があるとともに,得られた補正量から生成した補正情報をWADGPSの所定の伝送形式に収容する際に障害となりにくい。このような補正情報をユーザ局4において適用すると,基準局群の重心の周辺では適切な補正がなされることを期待でき,基準局群の重心とユーザ局の間の距離が長くなるにつれて補正性能が劣化することになるが,小さなサービス範囲においては十分な補正性能が得られる。
【0071】
航法衛星の時計誤差及び位置誤差に関する方程式の解が一意に定まらない場合にあっては,マスタ局は,本発明の第三の方法を適用し,航法衛星の軌道の予測情報として公開されている精密軌道暦を取得して,航法衛星の位置誤差については,この精密軌道暦による位置と,航法衛星が測位信号に重畳して送信している自身の軌道情報から計算した位置の,差分として補正情報を生成し,航法衛星の時計誤差については,時計誤差のみに関する方程式を構成して,その解により補正情報を生成することでも,従前は解が得られなかった場合についてもWADGPSを機能させることが可能になる。
【0072】
この方法では,航法衛星の位置誤差についての補正量は方程式によらずに定めることで補正情報を生成し,航法衛星の時計誤差については,時計誤差のみに関する方程式を構成して,その解により補正情報を生成するのであるから,未知数は航法衛星の時計誤差bだけになり,方程式は[0061]と同じになる。
【0073】
この方程式は基準局が1以上あれば解ける(複数の基準局がある場合は例えば最小二乗法を用いる)から,その解を用いれば航法衛星の時計誤差に関する補正情報を生成できる。航法衛星の位置誤差に関する補正情報については,精密軌道暦にもとづいて生成するのであるから,ここでは計算の必要はない。
【0074】
この方法では,航法衛星の位置誤差は精密軌道暦にもとづいて適切に補正されるから,通常のWADGPSと同様の補正性能が得られる。この場合の精密軌道暦は,WADGPSをリアルタイムに動作させるために予測によるものであることが必要であるが,[0021]の通り予測による精密軌道暦(超速報暦)には時計情報の予測精度が良くない欠点がある。ただし,この方法においては精密軌道暦の時計情報は使用せず,予測による精密軌道暦においても高い精度を期待できる位置情報だけを使用するので,この方法による補正情報は有効に作用する。
【0075】
第一の方法及び第二の方法において,小さなサービス範囲においては十分な補正性能が得られることについて,数値例により説明する。ある航法衛星の位置誤差をあらわすベクトルを〈e〉,1しかない基準局からこの航法衛星に向かう単位ベクトルを〈r〉とすると,基準局における航法衛星の位置誤差の視線方向成分はこれらの内積であるから,〈e〉・〈r〉と書ける。
【0076】
同様に,あるユーザ局から同じ航法衛星に向かう単位ベクトルを〈r’〉とすると,ユーザ局における航法衛星の位置誤差の視線方向成分は〈e〉・〈r’〉と書ける。
【0077】
これらの差は,〈r〉と〈r’〉は単位ベクトルなので,次式のように書ける。ここで,∠erはベクトル〈e〉とベクトル〈r〉の間につくられる角度をあらわす。
【0078】
(数4)
〈e〉・〈r〉-〈e〉・〈r’〉=e(cos∠er-cos∠er’)
=e・△cos
【0079】
これが,[0064]及び[0070]におけるユーザ局における補正性能の劣化の程度の見積もりとなる。
【0080】
例えば,航法衛星の高度を21,000キロメートル,基準局とユーザ局の間の距離を500キロメートルとすると,∠er=90度としたとき,∠er’≒88.6度なので,△cos≒0.024と計算できる。航法衛星の位置誤差の大きさeを2メートルとすると,補正性能の劣化は5センチメートル程度であるものと評価できる。この劣化の程度は∠erの関数であるが,この∠er=90度の場合が最大である。
【0081】
WADGPSにより得られる測位精度は,通常,0.5~1メートル程度であるから,距離精度の5センチメートル程度の劣化は許容できることが多い。
【0082】
複数の基準局がある場合については,それらの基準局群の重心をもって[0075]における基準局とみなせば,まったく同様の議論ができる。
【産業上の利用可能性】
【0083】
この発明の衛星航法システムにおける補正情報の生成方法により,WADGPSにおいて,4以上の基準局を地理的に離して設置する必要があるとの従前の制約を緩和し,4以上の基準局が地理的に離れて設置されているのではない場合にあってもWADGPSを機能させることができる。これにより,基準局の設置条件に制約がある場合にもWADGPSを構成できるほか,既存のWADGPSにおいても,基準局の障害時における運用継続性を改善できる。
【符号の説明】
【0084】
1(1a,1b・・・) 航法衛星
2(2a,2b・・・) 基準局
3 マスタ局
4 ユーザ局
【要約】
【課題】 広域ディファレンシャル補正システム(WADGPS)の基準局配置に関する要件を緩和する
【解決手段】 米国によるGPSや日本の準天頂衛星システムを含む衛星航法システムにおいて,複数の基準局を設置して広域ディファレンシャル補正システム(WADGPS)を構成する場合に,従前は地理的に離れた4以上の基準局が必要とされていたところであるが,航法衛星の位置誤差については補正量をゼロにしたうえで,あるいは精密軌道暦を用いて位置誤差に関する補正量を求めたうえで,時計誤差のみの補正量を計算し,これらの補正量により時計誤差及び位置誤差に関する補正情報を生成することで,あるいは,航法衛星の時計誤差及び位置誤差について位置誤差の各座標軸成分及び時計誤差の二乗和を最小にするように計算処理した推定値をもって補正情報を生成することで,地理的に離れた4以上の基準局を配置できない場合にあってもWADGPSを構成できる。
【選択図】
図1