(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-07
(45)【発行日】2024-10-16
(54)【発明の名称】単一のAAVベクターによるゲノム編集を用いた遺伝子治療
(51)【国際特許分類】
C12N 15/864 20060101AFI20241008BHJP
A61K 48/00 20060101ALI20241008BHJP
A61K 35/76 20150101ALI20241008BHJP
A61P 27/02 20060101ALN20241008BHJP
【FI】
C12N15/864 100Z
A61K48/00
A61K35/76
A61P27/02
(21)【出願番号】P 2020555634
(86)(22)【出願日】2019-11-08
(86)【国際出願番号】 JP2019043905
(87)【国際公開番号】W WO2020096049
(87)【国際公開日】2020-05-14
【審査請求日】2022-10-14
(31)【優先権主張番号】P 2018210670
(32)【優先日】2018-11-08
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成29年度、日本医療研究開発機構難治性疾患実用化研究事業「網膜色素変性症に対する遺伝子特異的治療実現を目的とした、集約的遺伝解析とゲノム編集技術による病態解明」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】504139662
【氏名又は名称】国立大学法人東海国立大学機構
(74)【代理人】
【識別番号】100136629
【氏名又は名称】鎌田 光宜
(74)【代理人】
【識別番号】100080791
【氏名又は名称】高島 一
(74)【代理人】
【識別番号】100118371
【氏名又は名称】▲駒▼谷 剛志
(72)【発明者】
【氏名】西口 康二
(72)【発明者】
【氏名】中澤 徹
(72)【発明者】
【氏名】藤田 幸輔
【審査官】松田 芳子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2015/068785(WO,A1)
【文献】国際公開第2018/009534(WO,A1)
【文献】Nature Protocols,2016年,Vol.11, No.1,p.118-133
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞内の核酸に所望の核酸を挿入するためのアデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターを製造する方法であって、
前記細胞内のゲノム核酸との間でマイクロホモロジー媒介性結合(Microhomology-mediated end-joining, MMEJ)を起こさせるように、それぞれ第1のgRNA標的配列または相補配列、第1のPAM配列または相補配列、第1のヌクレオチド配
列、該所望の核
酸配列、第2のヌクレオチド配
列、第2のPAM配列または相補配列、および第2のgRNA標的配列または相補配列を
5’末端から3’末端の方向にこの順で配置する工程と、
前記ベクターを、さらに、前記細胞に特異的なプロモーター、Cas9ヌクレアーゼをコードする配列、第1のRNAポリメラーゼIIIプロモーター、前記第1のgRNA標的配列を認識する第1のgRNA、第2のRNAポリメラーゼIIIプロモーター、前記第2のgRNA
標的配列を認識する第2のgRNAをコードする配列、およびScaffold配列を、前記Cas9ヌクレアーゼ、前記第1のgRNAおよび前記第2のgRNAが発現されるように配置する工程とを包含し、
ここで、前記第1のgRNA標的配列を認識する第1のgRNAと、前記第2のRNAポリメラーゼIIIプロモーターとの間に前記Scaffold配列が存在し、
前記ベクターは、前記Cas9ヌクレアーゼにより、前記所望の核酸
配列、前記第1のヌクレオチド配列、および前記第2のヌクレオチド配列を含む核酸断片を生じさせるような切断部位を含むように構成される、方法。
【請求項2】
前記第1のヌクレオチド配列と前記第2のヌクレオチド配列との間に、前記第1及び/または前記第2のgRNA標的配列と同じ配列が存在する場合に、前記第1のヌクレオチド配列と前記第2のヌクレオチド配列との間に存在する前記第1及び/または前記第2のgRNA標的配列が前記Cas9ヌクレアーゼによって切断されないように、前記第1のヌクレオチド配列と前記第2のヌクレオチド配列との間に存在する前記第1及び/または前記第2のgRNA標的配列に変異を導入する工程を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記第1のヌクレオチド配列と前記第2のヌクレオチド配列との間に、前記第1及び/または前記第2のgRNA標的配列と同じ配列が存在する場合に、前記第1のヌクレオチド配列と前記第2のヌクレオチド配列との間に存在する前記第1及び/または前記第2のgRNA標的配列が前記Cas9ヌクレアーゼによって切断されないように、前記第1の
gRNA標的配列に隣接する第1のPAM配列、および/または前記第2のgRNA標的配列に隣接する第2のPAM配列に変異を導入する工程を含む、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
前記細胞
に特異的
な前記プロモーターの長さが500塩基以下である、請求項1~3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
前記細胞
に特異的
な前記プロモーターが、ロドプシンキナーゼプロモーター、RPE65プロモーター、Best1プロモーター、mGluR6プロモーター、錐体アレスチンプロモーター、CRALBP1プロモーター、Chx10プロモーター、ロドプシンプロモーター、錐体オプシンプロモーター、リカバリンプロモーター、シナプシンIプロモーター、ミエリン塩基性タンパク質プロモーター、ニューロン特異的エノラーゼプロモーター、カルシウム/カルモジュリン-依存性蛋白キナーゼII(CMKII)プロモーター、チューブリンαIプロモーター、血小板由来成長因子β鎖プロモーター、グリア線維性酸性タンパク質(GFAP)プロモーター、L7プロモーター、及びグルタミン酸受容体デルタ2プロモーターから選択されるプロモーターであるか、該プロモーターの連続する50~150の塩基配列を有するプロモーターか、又は該50~150の塩基配列に対して90%以上同一の塩基配列からなるプロモーターである、請求項1~4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
前記ベクターにおける前記第1及び/または前記第2のヌクレオチド配列の塩基の長さが5~40である、請求項1~5のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
請求項1~6のいずれか一項に記載の方法によって製造され
たベクター。
【請求項8】
細胞内の核酸に所望の核酸を挿入するためのアデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターであって、
5’末端から3’末端の方向に
以下の順で配置された、第1のgRNA標的配列または相補配列、第1のPAM配列または相補配列、第1のヌクレオチド配
列、所望の核
酸配列、第2のヌクレオチド配
列、第2のPAM配列または相補配列、および第2のgRNA標的配列または相補配列であって、前記第1のヌクレオチド配列および該第2のヌクレオチド配列に前記細胞内のゲノム核酸との間でマイクロホモロジー媒介性結合(Microhomology-mediated end-joining, MMEJ)が起きるものと、
前記細胞に特異的なプロモーター、Cas9ヌクレアーゼをコードする配列、第1のRNAポリメラーゼIIIプロモーター、前記第1のgRNA標的配列を認識する第1のgRNA、第2のRNAポリメラーゼIIIプロモーター、前記第2のgRNA
標的配列を認識する第2のgRNAをコードする配列、およびScaffold配列を前記Cas9ヌクレアーゼ、前記第1のgRNAおよび前記第2のgRNAが発現されるように含み、
ここで、前記第1のgRNA標的配列を認識する第1のgRNAと、前記第2のRNAポリメラーゼIIIプロモーターとの間に前記Scaffold配列が存在し、前記ベクターは、前記Cas9ヌクレアーゼにより、前記所望の核酸
配列、前記第1のヌクレオチド配列、および前記第2のヌクレオチド配列を含む核酸断片を生じさせるような切断部位を含むように構成される、ベクター。
【請求項9】
対象における疾患を治療するための、請求項7または8に記載のベクター。
【請求項10】
疾患の治療に使用するための治療組成物であって、請求項1~6のいずれか一項に記載の方法によって製造され
たベクターを含む、組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞内の核酸に所望の核酸を挿入するためのアデノ随伴ウイルス(AAV)ベクター、核酸の導入方法、該所望の核酸を含む細胞、及び眼疾患の治療方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アデノ随伴ウイルス(AAV)は従来から遺伝子治療に広く用いられており、近年、遺伝性網膜変性疾患に対して、AAVを使った遺伝子補充療法の成功例が複数報告されている(非特許文献1)。治療コンセプトとしては、機能低下又は欠損している病因遺伝子に対して正常機能を有する遺伝子をAAVを使って標的網膜細胞に遺伝子導入することにより病気の根治を目指すという非常にリーズナブルなものである。
【0003】
この治療プラットフォームは様々な遺伝子を対象に応用可能ではあるが、網膜変性の頻度の高い病因遺伝子の多くは4000bpを大きく超える一方で、AAVのベクターに導入可能な遺伝子のサイズ(約4000bp以下)に制約があるため大きな問題となっている。例えば日本人網膜色素変性で圧倒的に頻度の高い病因遺伝子であるEYS遺伝子は約10000bpあり、従来のAAV遺伝子治療の対象にはならない。
【0004】
他方、近年開発されたPITCh (Precise Integration into Target Chromosome)法では、ゲノム上の正確な位置にDNA断片を挿入する際に用いるホモロジーアームが従来のものと比べて非常に短く、この方法を採用することによりゲノム編集治療に必要な要素の大幅な小型化が可能になった(特許文献1、非特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【非特許文献】
【0006】
【文献】IOVS, September 2007, Vol.48, No.9
【文献】NATURE PROTOCOL, Vol.11, No.1 published on line 17 December 2015, doi:10.1038/nprot.2015.140
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
AAVを用いたゲノム編集遺伝子治療の報告はあっても、ゲノム編集に必要なCas9遺伝子が大きいため、遺伝子治療のために使用できる領域が限られた単一のAAVベクターで、ゲノム編集により変異配列を正確に正常配列と置換するのに成功した報告はなされていない。
【0008】
本発明が解決すべき課題は、シングルベクターで細胞内のゲノムに所望の核酸を導入できるAAVベクター、該AAVベクターを用いた核酸の導入方法、該導入方法により製造される細胞、及び該AAVベクターを用いた疾患の治療方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、従来の遺伝子治療が全長遺伝子をベクターに導入して治療するのを前提にしているのに対して、ゲノム編集を使用して遺伝子の異常配列のみ置換する(異常配列を切り出し、正常配列を挿入する)方法を採用することで、サイズが大きな遺伝子の遺伝子治療又は核酸の変異矯正にも有用なAAVベクターを作製できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち本発明は、以下の項に記載の主題を包含する。
【0011】
項1.細胞内の核酸に所望の核酸を挿入するためのアデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターであって、
前記細胞内の核酸は、5'末端から3'末端の方向に順に、第1のヌクレオチド配列からなる領域、及び第2のヌクレオチド配列からなる領域を含み、
前記ベクターは、第1のgRNA標的配列、第1のヌクレオチド配列からなる領域、前記所望の核酸、第2のヌクレオチド配列からなる領域、第2のgRNA標的配列、細胞特異的プロモーター、Cas9ヌクレアーゼをコードする配列、RNAポリメラーゼIIIプロモーター、前記第1のgRNA標的配列を認識する第1のgRNAをコードする配列、及び前記第2のgRNA標的配列を認識する第2のgRNAをコードする配列を含み、前記ベクターは、前記Cas9ヌクレアーゼにより、第1のヌクレオチド配列からなる領域、前記所望の核酸、及び前記第2のヌクレオチド配列からなる領域を含む核酸断片を生じさせるものであり、
前記細胞内の核酸における第1のヌクレオチド配列と前記ベクターにおける第1のヌクレオチド配列がマイクロホモロジー媒介性結合により連結され、前記細胞内の核酸における第2のヌクレオチド配列と前記ベクターにおける第2のヌクレオチド配列がマイクロホモロジー媒介性結合により連結され、それにより前記所望の核酸が前記細胞内の核酸における前記第1のヌクレオチド配列からなる領域と前記第2のヌクレオチド配列からなる領域との間に挿入される、ベクター。
【0012】
項2.細胞内の核酸は、前記第1のヌクレオチド配列からなる領域と前記第2のヌクレオチド配列からなる領域との間に、前記所望の核酸と置換される標的核酸配列を有し、第1のヌクレオチド配列からなる領域と前記標的核酸配列との間に、AAVベクターの第1のgRNAにより認識される第1のgRNA標的配列及び第1のPAM配列を有し、標的核酸配列と第2のヌクレオチド配列からなる領域との間に、AAVベクターの第2のgRNAにより認識される第2のgRNA標的配列及び第2のPAM配列を有する、項1に記載のベクター。
【0013】
項3.前記ベクターは、下記の(i)~(iv)のいずれかを満たす、項2に記載のベクター。
(i)第1のヌクレオチド配列からなる領域と第2のヌクレオチド配列からなる領域との間に、前記第1のgRNA標的配列と同じ配列及び前記第2のgRNA標的配列と同じ配列の一方又は両方を有しないか、
(ii)第1のヌクレオチド配列からなる領域と第2のヌクレオチド配列からなる領域との間に前記第1のgRNA標的配列と同じ配列が存在する場合、Cas9ヌクレアーゼによる該第1のgRNA標的配列の切断を回避するよう該第1のgRNA標的配列に第2のヌクレオチド配列からなる領域に近い側で隣接する第1のPAM配列が変異されているか、
(iii)第1のヌクレオチド配列からなる領域と第2のヌクレオチド配列からなる領域との間に前記第2のgRNA標的配列と同じ配列が存在する場合、Cas9ヌクレアーゼによる該第2のgRNA標的配列の切断を回避するよう該第2のgRNA標的配列に第1のヌクレオチド配列からなる領域に近い側で隣接する第2のPAM配列が変異されているか、又は
(iv)(ii)及び(iii)の両方
【0014】
項4.前記細胞内の核酸が前記第1のヌクレオチド配列からなる領域と前記第2のヌクレオチド配列からなる領域の間に変異型塩基を有し、前記ベクターの所望の核酸が前記変異型塩基に対応する正常型塩基を有し、前記細胞内の核酸の変異型塩基を前記正常型塩基と置換する項1~3のいずれか一項に記載のベクター。
【0015】
項5.前記細胞特異的プロモーターの長さが200塩基以下である項1~4のいずれか一項に記載のベクター。
【0016】
項6.前記細胞特異的プロモーターが、ロドプシンキナーゼプロモーター、RPE65プロモーター、Best1プロモーター、mGluR6プロモーター、錐体アレスチンプロモーター、CRALBP1プロモーター、Chx10プロモーター、ロドプシンプロモーター、錐体オプシンプロモーター、リカバリンプロモーター、シナプシンIプロモーター、ミエリン塩基性タンパク質プロモーター、ニューロン特異的エノラーゼプロモーター、カルシウム/カルモジュリン-依存性蛋白キナーゼII(CMKII)プロモーター、チューブリンαIプロモーター、血小板由来成長因子β鎖プロモーター、グリア線維性酸性タンパク質(GFAP)プロモーター、L7プロモーター、及びグルタミン酸受容体デルタ2プロモーターから選択されるプロモーターであるか、該プロモーターの連続する50~150の塩基配列を有するプロモーターか、又は該50~150の塩基配列に対して90%以上同一の塩基配列からなるプロモーターである項1~5のいずれか一項に記載のベクター。
【0017】
項7.前記ベクターにおける第1のヌクレオチド配列の塩基の長さが5~40であり、前記ベクターにおける第2のヌクレオチド配列の塩基の長さが5~40である項1~6のいずれか一項に記載のベクター。
【0018】
項8.細胞内の核酸に所望の核酸を挿入するためのキットであって、項1~7のいずれか一項に記載のベクターを備えたキット。
【0019】
項9.細胞内の核酸に所望の核酸を挿入する方法であって、項1~7のいずれか一項に記載のベクターを、細胞に導入する工程を含む方法。
【0020】
項10.項1~7のいずれか一項に記載のベクターを、細胞に導入する工程と、
前記細胞内の核酸に所望の核酸を挿入する工程とを含む、所望の核酸を含む細胞を製造する方法。
【0021】
項11.項1~7のいずれかに記載のベクターを、細胞に導入する工程と、
前記細胞内の核酸に所望の核酸を挿入する工程とを含む、インビトロ又は非ヒト動物における疾患の治療方法。
【0022】
項12.前記細胞が眼細胞である項11に記載の方法。
【0023】
項13.項1~7のいずれか一項に記載のベクターを含有する疾患の治療用の治療組成物。
【発明の効果】
【0024】
本発明のAAVベクターは、細胞内のゲノムにおける標的核酸配列をターゲットとすることで、種々の遺伝子疾患の治療又は多くの変異矯正に広く応用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【
図1】各種哺乳動物のロドプシンキナーゼプロモーターの配列を示す図。
【
図2】各種プロモーターを用いたレポーターアッセイの結果を示す網膜組織の顕微鏡写真。Stimulus intensity: 刺激の強さ。
【
図3】視細胞特異的発現のためのプロモーターの同定。(A)AAV構築物の略図。CMV-s:短縮型CMVプロモーター、ITR:末端逆位配列、hGh pA:ヒト成長ホルモンポリAシグナル。(B)AAV注射後一週間目の野生型マウスにおけるin vivoレポーターアッセイの画像。上側のパネルはin vivo 共焦操作レーザー検眼鏡の画像。中央のパネルは網膜の低温切開片の画像。スケールバーは20μmを示す。No Tx:処理なし(AAVの投与なし)、RPE:網膜色素上皮層、ONL: 外核層、INL: 内核層。下側のパネルは網膜色素上皮層のフラットマウントの像。スケールバーは20μmを示す。(C)抗EGFP抗体を用いた網膜(左側)及び網膜色素上皮(RPE)のウェスタンブロット。β-アクチンは内部標準として用いた。
【
図4】All-in-one AAVベクターの設計。
【
図5】AAVによるMMEJ媒介性Gnat1変異の正常化(AAV-MMEJ-Gnat1)後の成Pde6
cpfl1/cpfl1Gnat
1IRD2/IRD2マウスにおける桿体視細胞の光応答の回復。(A)AAV注射3週間後のGnat1(緑色)に対する網膜切片の免疫反応性の画像。矢頭はGnat1陽性視細胞を示す。スケールバーは20μmを示す。(B)AAV-MMEJ-Gnat1注射(Gnat1-MMEJ)1週間後のPde6
cpfl1/cpfl1Gnat1
IRD2/IRD2マウスの網膜電図(ERG)のトレース。(C)AAV-MMEJ-Gnat1注射(Gnat1-MMEJ)3週間後の成Pde6
cpfl1/cpfl1Gnat1
IRD2/IRD2マウスのfVEP(フラッシュ視覚誘発電位)測定値のトレース。No Tx:処理なし、Stimulus intensity: 刺激の強さ。N=9。(D) AAV-MMEJ-Gnat1注射3週間後の成Pde6
cpfl1/cpfl1Gnat1
IRD2/IRD2マウスにおけるP1-N1振幅とN1-P2振幅の定量。Amplitude:振幅、Stimulus intensity: 刺激の強さ。データは平均値±標準誤差を示す。*P<0.05。No Tx:処理なし(AAVの投与なし)、(D)ではStudent t-testを適用した。
【
図6】錐体視細胞の免疫組織染色。(A)EGFP、(B)M-オプシン、(C)EGFP及びM-オプシンの両方。
【
図9】各gRNAに対するT7E1アッセイ。3つの独立したレプリケートからの代表的ゲルの画像でDNAサイズの予測値を示している。(A)5’gRNA、(B)3’gRNA、(C)及び(D)各gRNAによる編集効率を定量化したグラフ。
【
図10】(A)gRNA対によるゲノムの切断後のDNA断片の電気泳動。(B)gRNAペアによる2箇所の切断効率を定量化したグラフ。
【
図11】(A)ドナーテンプレートを拡大したMMEJ変異置換ベクターの設計、全体サイズは4480bp、(B)系列追跡(lineage tracing)実験のためのレポーターを備えたMMEJベクターのマップ、SaCas9とKusabirar-Orange 1(mKO1)を2Aペプチドと連結した。全体サイズは5201bp、(C)隣接するマイクロホモロジーアームがないドナーテンプレート(NoMHA)のマップ、(D)隣接するgRNA標的部位がないドナーテンプレート(NoTS)のマップ、(E)HITI(Homology-Independent Targeted Integration)変異置換ベクターのためのドナーテンプレートのマップと、HITI変異置換法の説明図。この方法では、対象遺伝子(GOI)をドナーテンプレートの隣接gRNA標的部位に対して反対方向に挿入し、GOIがNHEJにより正しい方向でゲノムに挿入された場合に、隣接gRNA標的部位が破断され、SaCas9による再度の切断が防止される。
【
図12】(A)MMEJ媒介性及びHITI媒介性変異置換の適用後の、ゲノムレベルでの編集結果の比較。gRNA標的部位において誘導された変異を囲み文字及び矢印で強調し、4つの配列にわたって保存されたヌクレオチドを配列アラインメントの下部に*で記した。(B)MMEJ媒介性及びHITI媒介性変異置換の適用後の、アミノ酸レベルでの編集結果の比較。野生型配列に対して変更されたアミノ酸を囲み文字で強調した。HITI媒介性変異置換後に、5’gRNA標的部位のヌクレオチドが変更され、3つのミスセンス変異と9塩基の欠失の後、4番エクソンでナンセンス変異が生じた。
【
図13】GNAT1染色。矢印はGNAT1染色陽性視細胞を示す。左:断面(section)、右:平面視(flatmount)。
【
図14】SaCas9発現を証明するmKO1とGNAT1免疫陽性(挿入図)の共局在化。mKO1を導入された領域でのみGNAT陽性細胞が観察される。N=4。
【
図15】Rho, Pde6b, Rcvm, PkcαのRT-PCR。各試料N=4。
【
図16】Gnat1のRT-PCRによるレスキュー効率。Pde6c
cpfl1/cpfl1 マウスと比較。各試料N=4。
【
図17】(A)6-Hz flicker網膜電図。未処理(NoTx), MMEJ, MMEJ+L-AP4, NoMHA, NoTSのそれぞれに対しN=9,9,4,4,4。MMEJ+L-AP4では、MMEJとL-AP4を連続投与した。(B)Pde6c
cpfl1/cpfl1 マウスの振幅に対する振幅(1.0 log.cd.s./m
2)及び(C)回復(rescue)効率(%)を示す。
【
図18】インビトロon-target配列解析結果。Success:予想外の変異の導入なく変異置換が成功, Cleavage site indel: IRD2変異の置換なくいずれかのgRNA切断部位で挿入及び/又は欠失, AAV plasmid integration:予想外のAAVゲノムの組み込み , Deletion:IRD2変異により引き起こされる削除, Other indel:他の挿入及び/又は欠失。
【
図19】インビボon-target配列解析結果。Success:予想外の変異の導入なく変異置換が成功, Cleavage site indel: IRD2変異の置換なくいずれかのgRNA切断部位で挿入及び/又は欠失, AAV plasmid integration:予想外のAAVゲノムの組み込み, Deletion:IRD2変異により引き起こされる削除, Other indel:他の挿入及び/又は欠失。
【
図20】CRISPOR(http://crispor.tefor.net/)にて予測されるgRNA(A)及びgRNA4(B)の各々7部位(合計14部位)のT7E1アッセイ。4つの独立した繰り返し実験結果からの代表的なゲル画像の下に、T7E1消化前(Uncut)及びT7E1消化後(Cut)の予測されるDNAサイズを示した。Off-target変異が存在する場合、予測されるサイズのバンドがないことに留意すること。
【
図21】Pde6
cpfl1/cpfl1Gnat1
IRD2/IRD2マウスにおけるインビボ変異置換ゲノム編集による視覚の回復。種々の強度のフラッシュに対する眼と反対側の視覚野のfVEP(フラッシュ視覚誘発電位)MMEJ: Gnat1変異置換により処理した眼(N=9)、OE(over expression): Gnat1遺伝子補充(N=6)、いずれもシングルAAVを送達。NoTx: 未処理の眼(N=9)。(A)刺激の強さ、(B)P1-N1振幅、(C)N1-P2振幅、(D)閾値。*P<0.05。
【
図22】(A)マウスの恐怖条件付け試験、(B)未処理Pde6
cpfl1/cpfl1マウス、未処理Pde6
cpfl1/cpfl1Gnat1
IRD2/IRD2マウス、MMEJベクター投与Pde6
cpfl1/cpfl1Gnat1
IRD2/IRD2マウスの各群における恐怖条件付けされた光への提示前(Baseline)と提示中(Stimulus)の間の動作停止(freezing)時間を示すグラフ。
【
図23】視運動反応による視力の測定。データは平均値±標準誤差を示す。MMEJ, OE及びNoTxはそれぞれN=10, 7及び4。対照Pde6
cpfl1/cpfl1マウスN=6、*P<0.05、ns: 有意差無し。
【
図24】網膜変性マウスモデルにおけるインビボ変異置換ゲノム編集。(A)Gnat1
IRD2/IRD2マウスの処理後のGnat1陽性視細胞(矢頭)。網膜断断面(上部)、平面視(下部)。スケールバー:20μm。(B)-(D)同じマウスの処理眼及び非処理眼の反対側の視覚野のfVEP。N=7。(B)刺激の強さ、(C)P1-N1振幅、(D)N1-P2振幅。(E)恐怖条件付け試験。恐怖条件付けされた光への提示前(Baseline)と提示中(Stimulus)の間の動作停止時間を示すグラフ。処理(Tx, N=7)及び未処理(NoTx, N=6) Gnat1
IRD2/IRD2マウス、CL57B6マウス(B6, N=6)。データは平均値±標準誤差を示す。ONL 外核層、*P<0.05、ns: 有意差無し。
【
図25】MMEJ媒介性変異置換によるGnat1
IRD2/IRD2マウスの処理。(A)Gnat1
IRD2/IRD2マウスにおけるRT-PCR(N=5)により測定されるゲノム編集効率、(B)及び(C)Flicker ERG (N=7)、(D)及び(E)OKR(N=8)、(F)pVEP(N=7)。データは平均値±標準誤差を示す。*P<0.05、NoTx:未処理、ns: 有意差無し。
【
図27】インビトロon-target配列解析結果。Success:予想外の変異の導入なく変異置換が成功, Cleavage site indel: IRD2変異の置換なくいずれかのgRNA切断部位で挿入及び/又は欠失, AAV plasmid integration:予想外のAAVゲノムの組み込み , Deletion:IRD2変異により引き起こされる削除, Other indel:他の挿入及び/又は欠失。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下、本発明の実施の形態を図面を参照して説明する。
【0027】
本発明の第一態様によれば、細胞内の核酸ゲノムに所望の核酸を挿入するためのアデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターが提供される。なお、ゲノムとは、生物体の遺伝情報を指す。核酸ゲノムは核酸(特にはDNA又はRNA)であるゲノムを指し、本明細書では「ゲノム核酸」と互換的に用いられる。
【0028】
本発明の第一態様のAAVベクターを挿入する細胞が由来する対象としては、ヒト;ウシ、ブタ、ヒツジ、ヤギ、ウサギ、イヌ、ネコ、モルモット、ハムスター、マウス、ラット、サルなどの非ヒト哺乳動物;鳥類;ゼブラフィッシュなどの魚類;カエルなどの両生類;爬虫類;ショウジョウバエなどの昆虫類;甲殻類などが挙げられる。好ましくは、対象はヒト及び非ヒト哺乳動物である。
【0029】
また、宿主細胞となる細胞は、生体内の細胞であってもよいし、単離された初代細胞又は培養細胞であってもよい。ゲノムはあらゆる細胞に共通する要素であるため、神経系組織の細胞、又は神経系組織以外のあらゆる臓器の細胞を対象に、開発したゲノム編集技術を応用できる。例えば、細胞は、視細胞、網膜色素上皮細胞、網膜双極細胞、網膜神経節細胞、網膜水平細胞、網膜アストロサイト、網膜ミューラー細胞、アマクリン細胞、網膜血管内皮細胞、角膜内皮細胞、角膜上皮細胞、角膜実質細胞、虹彩上皮細胞、毛様体上皮細胞、繊維柱体細胞などであることができるが、これらに限定されない。がん化が起こりにくい点で、細胞は視細胞など網膜細胞であることが好ましい。しかし、同じ中枢神経系である脳や脊髄の細胞(錐体細胞、星状細胞、顆粒細胞、プルキンエ細胞、ミクログリア、オリゴデンドロサイト、アストロサイトなど)も対象になる。
【0030】
細胞は、正常な対象の細胞であることもできるが、疾患を有する対象の細胞であることが好ましく、遺伝性疾患を有する対象の細胞であることがより好ましい。本明細書において遺伝性疾患とは、遺伝子の変異が一因となって起こる疾患を指す。
【0031】
疾患又は遺伝性疾患の例としては、主に遺伝性網膜変性疾患、緑内障、白内障、ブドウ膜炎、視神経炎、糖尿病網膜症、網膜血管閉塞疾患、加齢黄斑変性、角膜ジストロフィ、水泡性角膜症、角膜混濁などの眼疾患の他、パーキンソン病、ハンチントン病、眼疾患(例えば、黄斑変性症、網膜変性症)、アルツハイマー病、多発性硬化症、関節リウマチ、クローン病、ペイロニー病、潰瘍性大腸炎、脳虚血(脳卒中)、心筋梗塞(心臓発作)、脳損傷及び/又は脊髄損傷、再かん流傷害、ALS、ダウン症、白内障、統合失調症、てんかん、ヒト白血病及び他の癌、並びに糖尿病からなる群から選択される少なくとも一つが挙げられるが、これらに限定されない。
【0032】
AAVベクターが挿入される細胞内の核酸は、5'末端から3'末端の方向に順に、第1のヌクレオチド配列からなる領域、標的核酸配列、及び第2のヌクレオチド配列からなる領域を含む核酸を含む。
【0033】
細胞内の核酸はさらに、第1のヌクレオチド配列からなる領域と標的核酸配列との間に、AAVベクターの第1のgRNAにより認識される第1のgRNA標的配列及び第1のPAM配列を有し、標的核酸配列と第2のヌクレオチド配列からなる領域との間に、AAVベクターの第2のgRNAにより認識される第2のgRNA標的配列及び第2のPAM配列を有する。第1のgRNA標的配列及び第1のPAM配列はAAVベクターのセンス鎖及びアンチセンス鎖のいずれにあってもよく、第2のgRNA標的配列及び第2のPAM配列はAAVベクターのセンス鎖及びアンチセンス鎖のいずれにあってもよい。第1のgRNA及び第2のgRNAは、細胞内の核酸のセンス鎖及びアンチセンス鎖のいずれを標的にしてもよい。
【0034】
AAVベクターの第1のgRNAにより認識される細胞内の核酸の第1のgRNA標的配列と、AAVベクターの第2のgRNAにより認識される細胞内の核酸の第2のgRNA標的配列とは、異なる配列であってもよいし、同じ配列であってもよい。
【0035】
一つの実施形態では、細胞内の核酸は、5'末端から3'末端の方向に順に、第1のヌクレオチド配列からなる領域と標的核酸配列との間に第1のgRNA標的配列及び第1のPAM配列を有し、かつ標的核酸配列と第2のヌクレオチド配列からなる領域との間に第2のgRNA標的配列及び第2のPAM配列を有する。第1のgRNA標的配列及び第2のgRNA標的配列は、AAVベクターの第1のgRNA及び第2のgRNAによりそれぞれ認識される配列である。この実施形態の場合、AAVベクターの第1のgRNA及び第2のgRNAは細胞内の核酸のセンス鎖をいずれも標的とする。
【0036】
別の実施形態では、細胞内の核酸は、5'末端から3'末端の方向に順に、第1のヌクレオチド配列からなる領域と標的核酸配列との間に第1のgRNA標的配列及び第1のPAM配列を有し、かつ標的核酸配列と第2のヌクレオチド配列からなる領域との間に第2のPAM配列の相補配列及び第2のgRNA標的配列の相補配列を有する。この実施形態の場合、AAVベクターの第1のgRNAは細胞内の核酸のセンス鎖を標的とし、AAVベクターの第2のgRNAは細胞内の核酸のアンチセンス鎖を標的とする。
【0037】
別の実施形態では、細胞内の核酸は、5'末端から3'末端の方向に順に、第1のヌクレオチド配列からなる領域と標的核酸配列との間に第1のPAM配列の相補配列及び第1のgRNA標的配列の相補配列を有し、かつ標的核酸配列と第2のヌクレオチド配列からなる領域との間に第2のgRNA標的配列及び第2のPAM配列を有する。この実施形態の場合、AAVベクターの第1のgRNAは細胞内の核酸のアンチセンス鎖を標的とし、AAVベクターの第2のgRNAは細胞内の核酸のセンス鎖を標的とする。
【0038】
別の実施形態では、細胞内の核酸は、5'末端から3'末端の方向に順に、第1のヌクレオチド配列からなる領域と標的核酸配列との間に第1のPAM配列の相補配列及び第1のgRNA標的配列の相補配列を有し、かつ標的核酸配列と第2のヌクレオチド配列からなる領域との間に第2のPAM配列の相補配列及び第2のgRNA標的配列の相補配列を有する。この実施形態の場合、AAVベクターの第1のgRNA及びAAVベクターの第2のgRNAは細胞内の核酸のアンチセンス鎖をいずれも標的とする。
【0039】
標的核酸配列は、本発明の第一態様のAAVベクターを用いて置換したい核酸配列であり、好ましくは遺伝子の一部である。標的核酸配列は1つ又は複数(例えば、2つ、3つ、4つ、又は5つ以上)の変異型塩基を有することが好ましく、遺伝子疾患と関連する1つ又は複数(例えば、2つ、3つ、4つ、又は5つ以上)の変異型塩基を有することがより好ましい。変異としては置換、欠失、及び/又は付加が挙げられる。1又は複数の塩基の変異が疾患の原因となり得ることは周知であり、細胞内のゲノム核酸における1つ又は複数の変異型塩基を、後述するAAVベクターを用いて、正常型塩基と置き換えることにより、対象における細胞のDNAの変異を矯正することができ、ひいては疾患の治療に資することができる。ただし、変異を有さない遺伝子領域やプロモーター領域をゲノム編集の対象とすることもある。
【0040】
標的核酸配列の長さは特に限定されないが、1~1500塩基長であることができ、好ましくは1~700塩基長、より好ましくは1~500塩基長であることができる。
【0041】
標的核酸配列の上流と下流のPAM配列(第1のPAM配列及び第2のPAM配列)の5'末端側の17~24塩基長のヌクレオチドからなる配列を、それぞれ第1のgRNA標的配列及び第2のgRNA標的配列とする。後述するように、本発明の第一態様のAAVベクターは、この第1のgRNA標的配列を認識する第1のgRNAをコードする配列及び第2のgRNA標的配列を認識する第2のgRNAをコードする配列を有するように構成される。
【0042】
第1のgRNA標的配列及び第1のPAM配列は隣接することが好ましい。また、第2のgRNA標的配列及び第2のPAM配列は隣接することが好ましい。
【0043】
PAM(プロトスペーサー隣接モチーフ)配列は細胞内の核酸が備える当該技術分野で周知の配列である。このため、細胞内の核酸におけるPAM配列はCas9の種類により異なる。例えば、黄色ブドウ球菌由来のsaCas9では、PAM配列は 5'-NNGRRT-3'(RはAまたはG、Nは任意のヌクレオチド)が挙げられ、長さは通常3~8塩基長である。
【0044】
上記第1のヌクレオチド配列及び上記第2のヌクレオチド配列は、細胞内のゲノム核酸とベクター由来の核酸配列との間でマイクロホモロジー媒介性結合(Microhomology-mediated end-joining, MMEJ)を起こさせるためのホモロジーアームとして作用する。
【0045】
第1のヌクレオチド配列からなる領域は、好ましくは、5~40塩基長、より好ましくは、10~30塩基長、さらに好ましくは、12~20塩基長のヌクレオチド配列からなる。
【0046】
第2のヌクレオチド配列からなる領域は、好ましくは、5~40塩基長、より好ましくは、10~30塩基長、さらに好ましくは、12~20塩基長のヌクレオチド配列からなる。
【0047】
本発明の第一態様のAAVベクターは、一つのベクターでCas9ヌクレアーゼを発現する機能と、gRNAを発現する機能と、細胞内のゲノム核酸における標的核酸配列を含む核酸領域を切断する機能と、ベクター自体から所望の核酸を含む核酸断片を切り出す機能と、細胞内の核酸に該所望の核酸を挿入する機能とを兼ね備えており、所望の核酸を対象に正確かつ簡便に挿入することができる。
【0048】
AAVベクターは、DNA鎖の両端に、AAVゲノムの効率的な増殖に必要な逆位末端反復(ITR)を含む。
【0049】
図4に示すように、AAVベクターは、一つの好ましい実施形態では、第1のgRNA標的配列(第1のgRNAはセンス鎖を標的)、第1のPAM配列、第1のヌクレオチド配列からなる領域(マイクロホモロジーアーム)、所望の核酸、第2のヌクレオチド配列からなる領域(マイクロホモロジーアーム)、第2のPAM配列(アンチセンス鎖を標的とするため相補配列になる)、第2のgRNA標的配列(第2のgRNAはアンチセンス鎖を標的とするため相補配列になる)、細胞特異的プロモーター(図ではRhKプロモーター)、Cas9ヌクレアーゼをコードする配列(図ではSaCas9)、第1のRNAポリメラーゼIIIプロモーター(図ではU6)、第1のgRNA標的配列を認識する第1のgRNAをコードする配列(図ではgRNA-1)、Scaffold配列、第2のRNAポリメラーゼIIIプロモーター(図ではU6)、第2のgRNA標的配列を認識する第2のgRNAをコードする配列(図ではgRNA-2)、及びScaffold配列を含む。
【0050】
AAVベクターの第1のgRNA標的配列と第2のgRNA標的配列は、異なる配列であってもよいし、同じ配列であってもよい。
【0051】
AAVベクターの第1のgRNA及び第2のgRNAは、AAVベクターのセンス鎖及びアンチセンス鎖のいずれにある第1のgRNA標的配列及び第2のgRNA標的配列を標的にしてもよい。
【0052】
このため、例えば
図4のAAVベクターの代わりに、AAVベクターは、第1のgRNAがアンチセンス鎖を標的とするように、アンチセンス鎖に第1のPAM配列及び第1のgRNA標的配列を有していてもよい。また、
図4のAAVベクターの代わりに、AAVベクターは、第2のgRNAがセンス鎖を標的とするように、センス鎖に第2のgRNA標的配列及び第2のPAM配列を有していてもよい。
【0053】
AAVベクターは上記エレメントを好ましくは5'末端から3'末端の方向に順に有するが、本発明の効果を奏する限り、エレメントの配置の順序は限定されない。
【0054】
すなわち、(1)第1のgRNA標的配列、第1のPAM配列、第1のヌクレオチド配列からなる領域、所望の核酸、第2のヌクレオチド配列からなる領域、第2のgRNA標的配列、及び第2のPAM配列を含む領域からなる発現カセット(第1のgRNA標的配列及び第1のPAM配列並びに第2のgRNA標的配列及び第2のPAM配列の各々が、センス鎖にある場合又はアンチセンス鎖にある場合をいずれも含む)、(2)細胞特異的プロモーター及びCas9ヌクレアーゼをコードする配列を含む領域からなるCas9発現カセット、(3)第1のRNAポリメラーゼIIIプロモーター、第1のgRNA標的配列を認識する第1のgRNAをコードする配列、及びScaffold配列を含む領域からなる第1のgRNA発現カセット、(4)第2のRNAポリメラーゼIIIプロモーター、第2のgRNA標的配列を認識する第2のgRNAをコードする配列、及びScaffold配列を含む領域からなる第2のgRNA発現カセットの4つのカセットは順序が変更されてもよい。例えば(3)と(4)の位置を入れ替えてもよい。
【0055】
さらに、(3)の第1のgRNA発現カセットと(4)の第2のgRNA発現カセットとを1つのgRNA発現カセットにすることもでき、その場合、RNAポリメラーゼIIIプロモーター、第1のgRNAをコードする配列、Scaffold配列、第2のgRNAをコードする配列、及びScaffold配列となる。第1のgRNAをコードする配列と第2のgRNAをコードする配列は入れ替え可能である。
【0056】
AAVベクターの第1のgRNA標的配列及び第1のPAM配列は、隣接することが好ましい。第1のgRNA標的配列は17~24塩基長のヌクレオチドからなる配列であることが好ましい。第1のPAM配列3~8塩基長のヌクレオチドからなる配列であることが好ましい。好ましくは、第1のgRNA標的配列及び第1のPAM配列は、第1のgRNA配列と相補的な17~24塩基長のヌクレオチドからなる配列とそれに隣接する3~8塩基長の第1のPAM配列とを含む。AAVベクター内の第1のgRNA標的配列及び第1のPAM配列全体の塩基長は好ましくは20~32、より好ましくは26~30である。
【0057】
第1のPAM配列は例えばNRG(RはA又はG)、NGA、NNAGAAW(WはA又はT)、NNNNGMTT(MはA又はC)、NNGRRT(RはA又はG)等が挙げられるがこれらに限定されない。
【0058】
AAVベクターの第2のgRNA標的配列及び第2のPAM配列は、隣接することが好ましい。第2のgRNA標的配列は17~24塩基長のヌクレオチドからなる配列であることが好ましい。第2のPAM配列3~8塩基長のヌクレオチドからなる配列であることが好ましい。好ましくは、第2のgRNA配列及び第2のPAM配列は、第2のgRNA配列と相補的な17~24塩基長のヌクレオチドからなる配列とそれに隣接する3~8塩基長の第2のPAM配列とを含む。AAVベクター内の第2のgRNA標的配列及び第2の第2のPAM配列全体の塩基長は好ましくは20~32、より好ましくは26~30である。
【0059】
第2のPAM配列は例えばNRG(RはA又はG)、NGA、NNAGAAW(WはA又はT)、NNNNGMTT(MはA又はC)、NNGRRT(RはA又はG)等が挙げられるがこれらに限定されない。
【0060】
AAVベクターの第1のgRNA標的配列は、該ベクターにより発現される上記第1のgRNAにより認識される配列であればいかなる配列であってもよい。好ましくはAAVベクターの第1のgRNA標的配列は細胞内の核酸の上記第1のgRNA標的配列と同じ配列である。
【0061】
AAVベクターの第2のgRNA標的配列は、該ベクターにより発現される上記第2のgRNAにより認識される配列であればいかなる配列であってもよい。好ましくは細胞内の核酸の上記第2のgRNA標的配列と同じ配列である。
【0062】
AAVベクターの第1のgRNA標的配列とAAVベクターの第2のgRNA標的配列は、順序が入れ替わってもよい。また、AAVベクターの第1のgRNA標的配列と第2のgRNA標的配列は、異なる配列であってもよいし、同じ配列であってもよい。
【0063】
AAVベクターの第1及び第2のPAM配列は、細胞内の核酸の上記第1及び第2のPAM配列と同じ配列であることが好ましい。
AAVベクターの第1のヌクレオチド配列からなる領域、所望の核酸、及び第2のヌクレオチド配列からなる領域が、連続する一つの断片として後述のCas9ヌクレアーゼにより切断されることを確実するために、言い換えると、第1のヌクレオチド配列からなる領域と所望の核酸の間の配列、及び所望の核酸と第2のヌクレオチド配列からなる領域の間の配列でAAVベクターの配列がCas9ヌクレアーゼにより切断されることを回避するために、必要に応じて、それらの配列が天然(wildtype or native)の配列から変異されることが好ましい。
【0064】
第1のヌクレオチド配列からなる領域と第2のヌクレオチド配列からなる領域との間に、AAVベクターの上記第1のgRNA標的配列と同じ配列、上記第2のgRNA標的配列と同じ配列、又はその両方をいずれも有しないように構成することが好ましい。より詳細には、AAVベクターは、第1のヌクレオチド配列からなる領域と第2のヌクレオチド配列からなる領域との間のセンス鎖及びアンチセンス鎖のいずれにも、AAVベクターの上記第1のgRNA標的配列と同じ配列、上記第2のgRNA標的配列と同じ配列、又はその両方をいずれも有しないことが好ましい。
【0065】
一つの実施形態において、第1のヌクレオチド配列からなる領域と第2のヌクレオチド配列からなる領域との間に、より具体的には第1のヌクレオチド配列からなる領域と所望の核酸の間に、第1のgRNA標的配列と同じ配列が存在する場合、該第1のgRNA標的配列を変異させることができる。別の実施形態において、第1のヌクレオチド配列からなる領域と第2のヌクレオチド配列からなる領域との間に、より具体的には所望の核酸と第2のヌクレオチド配列からなる領域との間に、第2のgRNA標的配列と同じ配列が存在する場合、第2のgRNA標的配列を変異させることができる。さらに別の実施形態では、第1のヌクレオチド配列からなる領域と第2のヌクレオチド配列からなる領域との間に、第1のgRNA標的配列と同じ配列及び第2のgRNA標的配列と同じ配列の両方が存在する場合、第1のgRNA標的配列及び第2のgRNA標的配列の両方を変異させることができる。このような構成をとることで、第1のヌクレオチド配列からなる領域と所望の核酸の間の配列、及び/又は所望の核酸と第2のヌクレオチド配列からなる領域の間の配列でAAVベクターの配列がCas9ヌクレアーゼにより切断されることを回避することができる。
【0066】
一つの実施形態において、第1のヌクレオチド配列からなる領域と第2のヌクレオチド配列からなる領域との間に、より具体的には第1のヌクレオチド配列からなる領域と所望の核酸の間に、第1のgRNA標的配列と同じ配列が存在する場合、第1のgRNA標的配列に第2のヌクレオチド配列からなる領域に近い側で隣接する第1のPAM配列を変異させることができる。別の実施形態において、第1のヌクレオチド配列からなる領域と第2のヌクレオチド配列からなる領域との間に、より具体的には所望の核酸と第2のヌクレオチド配列からなる領域との間に、第2のgRNA標的配列と同じ配列が存在する場合、第2のgRNA標的配列に第1のヌクレオチド配列からなる領域に近い側で隣接する第2のPAM配列を変異させることができる。さらに別の実施形態では、第1のヌクレオチド配列からなる領域と第2のヌクレオチド配列からなる領域との間に、第1のgRNA標的配列と同じ配列及び第2のgRNA標的配列と同じ配列の両方が存在する場合、第1のgRNA標的配列に第2のヌクレオチド配列からなる領域に近い側で隣接する第1のPAM配列及び第2のgRNA標的配列に第1のヌクレオチド配列からなる領域に近い側で隣接する第2のPAM配列の両方を変異させることができる。このような構成をとることで、第1のヌクレオチド配列からなる領域と所望の核酸の間の配列、及び/又は所望の核酸と第2のヌクレオチド配列からなる領域の間の配列でAAVベクターの配列がCas9ヌクレアーゼにより切断されることを回避することができる。
【0067】
AAVベクター中のヌクレオチド配列の変異は当該技術分野における周知技術を用いて実施することができる。
【0068】
Cas9ヌクレアーゼは、2つのDNA切断ドメイン(HNHドメイン及びRuvCドメイン)を有し、ガイドRNA(gRNA)と複合体を形成して、核酸の標的部を切断する酵素である。
【0069】
Cas9ヌクレアーゼは特に限定されず、任意の野生型のCas9ヌクレアーゼ及びヌクレアーゼ活性を有するその変異体が含まれる。このような変異体としては、野生型のCas9ヌクレアーゼの1、2、3、4、5、6、7、8、9、10、15、20、25、30、40、45、又は50個のアミノ酸が置換、欠失、及び/又は付加されたヌクレアーゼが挙げられる。Cas9ヌクレアーゼの例としては、Streptococcus pyrogenes由来のSpCas9、Streptococcus thermophilus由来のStCas9、Staphylococcus aureus 由来のSaCas9 (Nature 520:186-191, 2015)などが挙げられる。サイズが小さくAAVベクター内の空き容量を多くできるという点からSaCas9が好ましい。
【0070】
核酸の標的化は、gRNA(第1のgRNA、第2のgRNA)の5'末端にある少なくとも17~20ヌクレオチドの配列によって媒介される。かかるヌクレオチドは、核酸のPAM配列の隣にある核酸配列(第1のgRNA標的配列、第2gRNA標的配列)の相補鎖(反対鎖)に相補的であるように設計される。標的化は、該核酸配列(gRNA標的配列、第2gRNA標的配列)の核酸配列の相補鎖(反対鎖)とgRNA(第1のgRNA、第2のgRNA)の上記少なくとも17~20ヌクレオチドとの間の塩基対相補性による相互作用により起こる。このため、Cas9ヌクレアーゼにより、細胞内の標的核酸配列を含む核酸とベクターとの両方に対して、特異的な二本鎖切断が行われる。
【0071】
二本鎖切断が起こる箇所は、PAM配列より3塩基上流(5'末端側)に位置することが多いがgRNA標的配列内の異なる部位に位置することもある。gRNAは、PAMの5'側に位置する塩基配列を認識する。このため、Cas9ヌクレアーゼは細胞内の核酸の第1のgRNA標的配列及び第2のgRNA標的配列に対して特異的な切断を行うと共に、AAVベクターの第1のgRNA標的配列及び第2のgRNA標的配列に対して特異的な切断を行う。ベクターから生じた核酸断片と細胞内の核酸との連結の際、PAMとその上流に連続するgRNA標的配列の残存核酸配列(多くは3塩基分)を失う。そのため、連結された核酸は細胞内に存在するヌクレアーゼによる再度の切断を受けず、安定的に保持される。
【0072】
ベクターの第1のgRNAがCasヌクレアーゼと複合体を形成して細胞内の核酸の第1のgRNA標的配列を認識すると共に、ベクターの第2のgRNAがCasヌクレアーゼと複合体を形成して細胞内の核酸の第2のgRNA標的配列を認識し、二本鎖切断により、細胞内の核酸の第1のgRNA標的配列のCas9ヌクレアーゼによる切断部位よりも下流の配列、第1のPAM配列、標的核酸配列、及び第2のgRNA標的配列におけるCas9ヌクレアーゼによる切断部位よりも上流の配列からなる領域を含む核酸断片が切り出され、第1のヌクレオチド配列からなる領域及び第2のヌクレオチド配列からなる領域は、切り出されずに細胞内の核酸として残る。
【0073】
ベクターの第1のgRNAがCasヌクレアーゼと複合体を形成してベクターの第1のgRNA標的配列を認識すると共に、ベクターの第2のgRNAがCasヌクレアーゼと複合体を形成してベクターの第2のgRNA標的配列を認識し、二本鎖切断により、ベクターから第1のヌクレオチド配列からなる領域、所望の核酸、及び第2のヌクレオチド配列からなる領域を含む核酸断片が生じる。
【0074】
ベクターの上記所望の核酸は、細胞内の核酸の上記標的核酸配列との置換が意図される核酸であり、細胞内の核酸への導入が望まれる任意の核酸であってよい。所望の核酸は、好ましくは、細胞内の核酸の上記標的核酸配列の変異型塩基の位置が正常型塩基となっている以外は、上記標的核酸配列と同一配列を有する核酸である。所望の核酸は、より好ましくは、細胞の遺伝子である標的核酸配列の変異型塩基の位置が正常型塩基となっている以外は上記標的核酸配列と同一配列を有する核酸である。
【0075】
所望の核酸の長さは1~1500塩基長であることができ、好ましくは1~700塩基長、より好ましくは1~500塩基長であることができる。
【0076】
細胞内の核酸に含まれる第1のヌクレオチド配列と、ベクターに含まれる第1のヌクレオチド配列とは、好ましくは配列が同一である。また、細胞内の核酸に含まれる第2のヌクレオチド配列と、ベクターに含まれる第2のヌクレオチド配列とは、好ましくは配列が同一である。このため、細胞内の核酸における第1のヌクレオチド配列とベクターにおける第1のヌクレオチド配列がマイクロホモロジー媒介性結合(Microhomology-mediated end-joining, MMEJ)により連結され、細胞内の核酸における第2のヌクレオチド配列とベクターにおける第2のヌクレオチド配列がマイクロホモロジー媒介性結合により連結され、それにより所望の核酸が細胞内の核酸における第1のヌクレオチド配列と第2のヌクレオチド配列の間の位置で該核酸に挿入される。
【0077】
このため、第一態様のAAVベクターは、細胞内の核酸の標的核酸を、ベクターの所望の核酸に置換するためのベクターと言うこともできる。マイクロホモロジー媒介性結合は、真核生物が有するDNA修復機構として発見された機構であり、DNAの二本鎖切断の際に生じた5~25塩基程度の短い両末端間で相補的な配列同士で結合し、DNAを修復する機構である(NATURE PROTOCOL, Vol.11, No.1 published on line 17 December 2015, doi:10.1038/nprot.2015.140参照)。
【0078】
細胞特異的プロモーターは、細胞の種類に合わせて当業者に適宜選択することができる。細胞特異的プロモーターは天然のプロモーター又はその一部であることもできるし、合成プロモーターであることもできる。
【0079】
そのような細胞特異的プロモーターとしては天然の細胞特異的プロモーター、それらのプロモーターの連続する50~150個の塩基配列を有するプロモーター、又はそれらのプロモーターの該連続する50~150個の塩基配列に対して90%以上の同一の塩基配列からなるプロモーターが挙げられる。
【0080】
天然の細胞特異的プロモーターとしては、網膜で用いられるものとして、ロドプシンキナーゼプロモーター、RPE65プロモーター、Best1プロモーター、mGluR6プロモーター、錐体アレスチンプロモーター、CRALBP1プロモーター、Chx10プロモーター、ロドプシンプロモーター、錐体オプシンプロモーター、リカバリンプロモーターなどが挙げられるがそれらに限定されない。また、その他の臓器のものとして、シナプシンIプロモーター、ミエリン塩基性タンパク質プロモーター、ニューロン特異的エノラーゼプロモーター、カルシウム/カルモジュリン-依存性蛋白キナーゼIIプロモーター、チューブリンαIプロモーター、血小板由来成長因子β鎖プロモーター、グリア線維性酸性タンパク質(GFAP)プロモーター、L7プロモーター、及びグルタミン酸受容体デルタ2プロモーターから選択されるプロモーターが挙げられるがそれらに限定されない。
【0081】
細胞特異的プロモーターの長さは特に限定されないが、ベクターの空き領域を増大させる点から短いことが好ましく、好ましくは塩基長で500塩基以下であり、より好ましくは200塩基以下であり、より好ましくは150塩基以下であり、より好ましくは120塩基以下であり、さらに好ましくは100塩基以下である。塩基長の短い細胞特異的プロモーターを用いることにより、疾患に応じて、MMEJを用いた遺伝子のノックインに十分な長さの挿入断片をAAVのシングルベクターに搭載可能することができる。
【0082】
天然のプロモーターの配列に基づいてその一部を置換、削除、又は付加して合成プロモーターを作製する場合は、例えば種間の保存性の高い領域を用いることにより、細胞特異的プロモーターの機能を維持しつつ塩基長が短縮された合成プロモーターを当業者は通常の技能により作製することができる。
【0083】
RNAポリメラーゼIIIプロモーターはベクターのトランスフェクション後の哺乳動物細胞におけるgRNAの発現を可能にするプロモーターである。RNAポリメラーゼIIIプロモーターとしてはU6プロモーター、H1プロモーター、7SKプロモーターなどが上げられ、比較的短い塩基配列を駆動する点で、U6プロモーターが好ましい。
【0084】
第1のgRNA標的配列を認識する第1のgRNAをコードする配列は、17~24塩基長であることが好ましい。
【0085】
第1のgRNAはU6プロモーターにより駆動され、Casと共に複合体を形成し、第1のgRNA標的配列を認識してこれを切断する。
【0086】
第2のgRNA標的配列を認識する第2のgRNAをコードする配列は、17~24塩基長であることが好ましい。
【0087】
第2のgRNAはU6プロモーターにより駆動され、Casと共に複合体を形成し、第2のgRNA標的配列を認識してこれを切断する。
【0088】
上記Scaffold配列は、tracrRNAコードする配列であり、Cas9ヌクレアーゼの標的DNAへの結合を支援する。かかる部位を構成する配列は公知である。
【0089】
ベクターは、タンパク質の核移行をもたらす核局在配列(NLS)を含むことができ、公知の好適なNLSを使用することができる。例えばNLSの多くは、二分塩基性リピートと称される複数の塩基性アミノ酸を有する(Biochim.Biophys.Acta, 1991, 1071:83-101)。二分塩基性リピートを含むNLSは、核酸配列の任意の部分に置くことができ、発現タンパク質の核内局在化をもたらす。
【0090】
ベクターはさらに、転写物の効率的なポリアデニル化、転写終結、リボソーム結合部位、又は翻訳終結に必要な任意のシグナルを含むことができる。かかる部位は当該技術分野において周知であり、当業者であれば好適な配列を選択することが可能である。
【0091】
上記の本発明の第一態様のAAVベクターは、網膜視細胞をターゲットとした多くの変異矯正治療にすぐに応用可能ではあるが、他の組織に使用可能な小型プロモーターを用いることにより、眼疾患以外の疾患の治療にも応用可能な、汎用性が高いものである。
【0092】
本発明の第二態様によれば、細胞内の核酸に所望の核酸を挿入するためのキットであって、上記第一態様のベクターを備えたキットが提供される。
【0093】
本発明の第三態様によれば、細胞内の核酸に所望の核酸を挿入する方法であって、上記第一態様のベクターを、細胞に導入する工程を含む方法が提供される。
【0094】
本発明の第四態様によれば、上記第一態様のベクターを、細胞に導入する工程と、該細胞内の核酸に所望の核酸を挿入する工程とを含む、所望の核酸を含む細胞を製造する方法が提供される。
【0095】
所望の核酸を含む細胞は、該所望の核酸の挿入を反映した指標に基づいて細胞を選択することによって取得することができる。例えば、挿入される核酸が特定のレポータータンパク質をコードする遺伝子を含む場合、当該レポータータンパク質の発現を検出し、検出された発現の量を指標として細胞を簡便かつ高感度で選択することができる。
【0096】
本発明の第五態様によれば、上記第一態様のベクターを、細胞に導入する工程と、該細胞内の核酸に所望の核酸を挿入する工程とを含む、疾患の治療方法が提供される。かかる治療方法はヒトにおける治療方法であっても非ヒト動物における治療方法であってもよく、インビボにおける治療方法であってもインビトロにおける治療方法であってもよい。疾患については第一態様に関して説明した通りである。
【0097】
本発明の第六態様によれば、上記第一態様のベクターを含有する疾患の治療用の治療組成物が提供される。治療される対象としては、ヒト;ウシ、ブタ、ヒツジ、ヤギ、ウサギ、イヌ、ネコ、モルモット、ハムスター、マウス、ラット、サルなどの非ヒト哺乳動物;鳥類;ゼブラフィッシュなどの魚類;カエルなどの両生類;爬虫類;ショウジョウバエなどの昆虫類;甲殻類などが挙げられる。疾患については第一態様に関して説明した通りである。
【0098】
本明細書中に引用されているすべての特許出願及び文献の開示は、それらの全体が参照により本明細書に組み込まれるものとする。
【0099】
以下に実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されない。
【実施例】
【0100】
試験1
実施例1 視細胞特異的極小プロモーターの開発
視細胞特異性を維持しつつ網膜視細胞で活性を有するプロモーターを選択するために、本発明者らは種々の合成プロモーターを設計した。
【0101】
プロモーターの設計は公知のヒトRhodopsin kinaseプロモーター(Khani et al., IOVS 2007;48:3954-3961. DOI:10.1167/iovs.07-0257)を改変することにより行った。
図1に示すように、まず、既知のプロモーター領域199bp (-112/+87)(配列番号1)に対して、カニクイザル(Macaca fascicularisp)、マウス(Mus musculus)、ラット(Rattus norvegicus)の対応する領域の配列を用いてClustalW(http://clustalw.ddbj.nig.ac.jp/)によるマルチアライメント解析を行った。解析結果から種間の保存性の高い領域から、174bp (-87/+87)の配列(配列番号2)、111bp (-29/+82)の配列(配列番号3)、93bp (-29/+64)の配列(配列番号4)を選定した。また、保存性の高い配列と転写因子結合ドメインを考慮して離れた複数の配列を結合して組み合わせた94bpの配列(配列番号5)も選定した。
【0102】
実施例2 レポーターアッセイ
(材料及び方法)
実施例1で選定した配列に基づいて合成した各種プロモーターを用いてレポーターAAVを作製した。合成プロモーター配列の下流に、緑色蛍光タンパク質であるEGFP(Clontech)を配置し、AAVシャトルベクタープラスミド(pAAV-MCS; Cell Biolabs, Inc.)のマルチクローニングサイトに組み込んだ。EGFPはレポーター遺伝子として合成プロモーターにより駆動される。これらのシャトルベクタープラスミドをrep/cap遺伝子とヘルパー遺伝子を持つプラスミドと共にHEK293T培養細胞にトランスフェクションすることでAAV(2/8カプシド)を作製した。AAVの精製は、AVB sepharoseカラムを接続したAKTA prime液体クロマトグラフィーシステム(GEヘルスケア)により行った。タイター測定はqPCR法を用いてAAVのゲノムコピー数を算出した。作製した各レポーターAAVをマウスに網膜下注射し(4×109ゲノムコピー/眼)、1週間後に眼を摘出し、EGFPタンパク質の発現を組織学的に評価した。
【0103】
(結果)
図3Aに示すように、AAVベクターには、5'末端から3'末端の方向に、末端逆位配列(ITR)、各種プロモーター、EGFP、ヒト成長ホルモンポリAシグナル(hGh pA)、末端逆位配列(ITR)を配置した。331bpのCMV-sプロモーターは、構成的プロモーターであるCMVプロモーターの短縮型であり、陽性対照として用いた。
【0104】
図2に示すように、199bp, 174bp, 111bp, 93bpの配列のプロモーターを組み込んだAAVベクターで遺伝子導入した場合には、いずれもEGFPタンパク質の視細胞特異的発現が見られ(
図2)、その中でも、93bpの配列は超小型であるにもかかわらず網膜における予想外の強い蛍光が観察され、プロモーターの細胞特異性を維持しつつ網膜視細胞でも活性を有することが示された。94bpの配列のプロモーターの場合にはEGFPタンパク質の発現は観察されなかった。
【0105】
また、
図3Bに示すように、RhoK174とPhoK93を用いた場合には視細胞層でEGFPレポータータンパク質の発現が見られた。陽性対照であるCMV-sプロモーターを用いた場合では視細胞層と網膜色素上皮層の両方でEGFP発現が見られた。
図3Cに示すように、ウェスタンブロットによっても、CMV-sプロモーターを用いた場合のみで網膜色素上皮層でのEGFPの発現が示された。
【0106】
実施例3 All-in-one AAVベクターのデザイン
Gnat1遺伝子の点変異により遺伝性網膜変性疾患を発症するIRDマウス(Miyamoto et al., Exp Eye Res. 2010 Jan;90(1):63-9)に対して、saCas9(3.2 kb)を用いて治療することを想定したgRNAペアとドナーDNAを設計した(
図4)。gRNAはRGEN Tools(http://www.rgenome.net/)で設計した。ドナーDNA配列はインサート(Gnat1遺伝子の4番イントロン内の146bp)(配列番号6)の両端にそれぞれマイクロホモロジーアーム配列(20bp)(配列番号7及び8)を配置し、さらにその外側に切り出し用のgRNA標的配列(gRNA: 21bp + PAM: 6bp)(配列番号9及び10)を配置したものを用いた。All-in-one AAVベクターの骨格及びSaCas9にはpX601プラスミド(addgene #61591)を用いた。pX601のCMVプロモーターをRhoK93プロモーターに置換し、ドナー配列と2つめのgRNA発現カセットを追加した。また、bGH polyA配列はより短いpolyA配列に置換した。
【0107】
実施例4 Gnat1 レスキュー
(材料及び方法)
実施例3で作製したAll-in-one AAVベクタープラスミドをrep/cap遺伝子とヘルパー遺伝子を持つプラスミドと共にHEK293T培養細胞にトランスフェクションすることでAAV(2/8カプシド)を作製した。AAVの精製は、AVB sepharoseカラムを接続したAKTA prime液体クロマトグラフィーシステム(GEヘルスケア)により行った。タイター測定はqPCR法を用いてAAVのゲノムコピー数を算出した。
【0108】
作製した各レポーターAAVを6ヶ月齢のIRDマウスに網膜下注射(4×109ゲノムコピー/眼)し、3週間後に視覚誘発電位VEPを測定し、評価した。VEPの測定は富山ら(Tomiyama et al., PLoS ONE 2016. DOI:10.1371/journal.pone.0156927)の方法に準じて行った。測定1週間前に麻酔下でステンレスネジ(直径0.6mm、長さ4mm)をマウスの一次視覚野(bregmaから尾側に3.6mm、耳側に2.3mm、深さ頭蓋から2mm)に埋め込んだ。測定には、LED発生装置(LS-100)、ガンツフェルトドーム、電位記録装置(PeREC; 全てメイヨー社製)を用いた。測定眼の反対眼をアイパッチで遮蔽し、左右の視覚野の差分を測定した。
【0109】
(結果)
Pde6
cpfl1/cpfl1Gnat1
IRD2/IRD2マウスは、Pde6とGnat1に欠損があることにより桿体と錐体の機能に欠陥が生じ、盲目が発生している疾患モデルマウスである。このマウスではGnat2により媒介される最も強い光刺激に対するわずかな視覚野応答のみが残っているため、遺伝子変異による治療効果を明確に観察することができる(Mol.Ther.26,2397-2406(2018); Plos One 5, e15063(2010)。
図5Aに示すように、Pde6
cpfl1/cpfl1Gnat1
IRD2/IRD2マウスへのAAV注射による処理後3週間には視細胞でGnat1陽性視細胞が観察された(矢頭)。
図5Bに示すように、AAV-MMEJ-Gnat1注射(Gnat1-MMEJ)1週間後では網膜の応答の増大は観察されなかったが、
図5Cに示すように、AAV-MMEJ-Gnat1注射(Gnat1-MMEJ)3週間後にはマウスにおける強い反応が現れ、大脳視覚野の光に対する感度が10000倍改善した。
図5Dに示すように、AAV-MMEJ-Gnat1注射により桿体-視細胞光情報伝達が回復した。
【0110】
試験2
実施例1 プロモーターの選択
本試験では、試験1の実施例1で構築した、網膜特異的転写を維持する最小のプロモーターである93bp (配列番号4)のプロモーターを使用した。本試験では、便宜上、当該プロモーターをGRK-1-93プロモーターと称する。
錐体の光受容体の免疫組織染色により、GRK-1-93により引き起こされるEGFP及び錐体特異的M-オプシンが同時発現していることを確認した(
図6A-Cの矢印)。
【0111】
実施例2 gRNAペアの選択
Gnat1遺伝子の点変異により遺伝性網膜変性疾患を発症するPde6
cpfl1/cpfl1Gnat1
IRD2/IRD2マウスに対して、saCas9(3.2 kb)を用いて治療することを想定したドナーDNAを設計した。
Gnat1のIRD2変異は4番イントロンに59塩基対のホモ接合性欠損を有し、これがマウス網膜細胞の約75%を占める桿体におけるタンパク質発現を妨げているため、変異を正すプラットフォームを用いた。
変異に隣接するよう設計された6つのgRNAをT7エンドヌクレアーゼ1アッセイで評価し(
図7-9)、変異を最も効率よく切り出した#1(配列番号9)と#4(配列番号11)のgRNAのペア(gRNA: 21bp + PAM: 6bp)を選択した(
図10)。
【0112】
実施例3 All-in-one AAVベクターのデザイン
試験1の
図4に示されるAAVベクターと同様に、第1のgRNA標的配列(第1のgRNAはセンス鎖を標的とする)、第1のPAM配列、第1のマイクロホモロジーアーム、所望の核酸、第2のマイクロホモロジーアーム、第2のPAM配列、第2のgRNA標的配列(第2のgRNAはアンチセンス鎖を標的とする)、細胞特異的プロモーター(図ではGRK1-93pプロモーター)、Cas9ヌクレアーゼをコードする配列(図ではSaCas9)、第1のRNAポリメラーゼIIIプロモーター(図ではU6)、第1のgRNA標的配列を認識する第1のgRNAをコードする配列(図ではgRNA-1)、Scaffold配列、第2のRNAポリメラーゼIIIプロモーター(図ではU6)、第2のgRNA標的配列を認識する第2のgRNAをコードする配列(図ではgRNA-2)、及びScaffold配列を含むAAVベクターを構築した(
図11A-E、
図12)。ただし、ドナー配列に隣接するgRNA標的部位に数塩基対までの変異を設計し、変異置換の成功後に同部位が再び破断されるのを防止した。
【0113】
(結果)
6週間後の組織染色によるとGNAT1-陽性視細胞が散在する様子が観察され(
図13)、ゲノム編集に成功していることが示された。蛍光レポータ(
図11B)によりSaCas9発現をタグ付けした改変MMEJベクターの注入により、レポーターの発現による専ら細胞及び網膜領域でのGNAT1免疫反応性が示され(
図14)、SaCas9とGNAT1発現の因果関係が示唆された。組織染色によると、錐体の変性が加速する兆候は見られなかった(データ非図示)。
次に、関連する遺伝子のmRNA発現に対するGnat1変異置換の効果を調べたところ、未処理の盲目マウスでは桿体における光応答の伝達にGnat1と共同作用するRhoの発現(
図15A)やPde6bの発現(
図15B)並びに桿体及び錐体の両方のマーカーであるRcvmの発現(
図15C)は変化しなかったが、桿体の双極性細胞マーカーであるPkcαの発現(
図15D)はコントロールの発現の29.3%に減少し、処理後は約2倍の50%になったが、これは処理された桿体が下流の双極性細胞と相互作用していることを示している。
Gnat1 mRNA発現から導き出される絶対的編集効率は約12.7%であったが、プロトタイプのMMEJベクターからMHA又はドナー配列に隣接するgRNA標的部位が除去されると(
図11C,D)、効率は劇的に低下した(
図16)。これはMMEJによる変異置換と一致している。さらに、機能する視細胞の数を反映する6-Hz flicker網膜電図(ERG)による試験によると(
図17)、MMEJ変異置換によりコントロールマウスの約11.2%の反応が得られていることが明らかとなった(
図17C)。
【0114】
実施例4 MMEJ変異置換治療後のon-targetシークエシング解析
本発明者らは、インビトロ及びインビボで、on-target部位のPCRシーケンス解析を行った。インビトロ解析では、変異置換ベクターの導入後のマウスNeuro2A細胞から増幅した、ゲノム編集されたクローンをon-targetシークエシング解析した。インビトロ解析では、Pde6cpfl1/cpfl1Gnat1IRD2/IRD2マウスの変異置換治療後に網膜から増幅したゲノム編集されたクローンをon-targetシークエシング解析した。MMEJの投与濃度1M及び3Mのそれぞれでon-targetシークエシング解析した。
【0115】
(結果)
図18はインビトロon-targetシークエシング解析結果を示す。MMEJ, NoMHA, NoTS及びHITIに対する本実験で配列決定したクローンの総数は70,67,84及び77であった。各ベクターの設計は
図11に示した通りである。インビトロ解析によると、MMEJ変異置換後の成功率は10.3%であることが示された。
図19はインビボon-targetシークエシング解析結果を示す。MMEJ(1M),MMEJ(3M),NoMHA(1M), NoTS(M)及びHITI(1M)に対する本実験で配列決定したクローンの総数は57, 70, 67, 71及び86であった。インビボでも同様に、ゲノム編集された桿体のインビボ変異置換の成功率は、1MのMMEJベクター投与でMMEJ法及びHITI法のそれぞれで11.1%及び4.5%であった。3MのMMEJベクター投与で行ったon-targetシークエシング解析及びmRNA分析は、1Mの投与と同様な結果となった(データ非図示)。
インビトロ及びインビボのいずれの解析でも、MHA又はgRNA標的部位のないMMEJベクターでは変異置換が成功しなかった。
【0116】
実施例5 off-target解析
次に、以下の表1に示す14個の予測部位のT7E1アッセイ及びPCRに基づく配列決定によりoff-target解析を行った。部位OT1-1~OT1-7、OT4-1~OT4-7の塩基配列をそれぞれ配列番号16~29とする。
【0117】
(結果)
1M MMEJベクターの注射後に採取した網膜では変異の事象は示されなかった(
図20A,B)。これらのサイトでは、1MのMMEJベクター注射後に4匹のマウスの4つの網膜及び4MのMMEJベクター注射後に3匹のマウスの3つの網膜をゲノム配列決定しても、off-targetの事象は起こらなかった(データ非図示)。表1中、CFDスコアはoff-target DNA損傷の誘発の可能性を表す。配列決定されたクローン及び見つかった変異の数(すべてゼロであった)を、それぞれ「off-targetクローン」の行の分母及び分子としてそれぞれ示す。OT: off-target、Tx:T7E1処理、NoTx:未処理。
【表1】
【0118】
実施例6 Gnat1 レスキュー
MMEJ媒介性変異置換の治療効果を検討した。MMEJベクターをPde6
cpfl1/cpfl1Gnat1
IRD2/IRD2マウスに注射し、実施例4と同様にfVEPを測定することにより、視覚野の光に対する感度を評価した。
また、マウスの恐怖条件付け試験(
図22A、Nat Commun. 2015 Jan 23;6:6006)において、MMEJベクターで処理したマウス(N=9)と未処理マウス(N=6)において、恐怖条件付けされた光への提示前(Baseline)と提示中(Stimulus)の間の動作停止時間を測定した。
さらに、パターン視覚誘発電位(pVEP)測定、箱内のテーブルの上にマウスを載せ、マウスの周囲の壁に、回転する縦縞を投影し、マウスの視野をCCDカメラで撮像することによりvisual acuityを測定した。
【0119】
(結果)
驚くべきことに、処理した眼と反対側の視覚野の光に対する感度が約10000倍改善し、これはERGレスキューがより大きい約70%の遺伝子補充(gene supplementation)に相当する(
図21A-D)。さらに、パターン視覚誘発電位(pVEP)でもMMEJベクターによる処理後に振幅が増大することが示された(データ非図示)。
マウスの恐怖条件付け試験でも、MMEJベクター投与後のマウスでは光誘発性行動の変化が認められた(
図22B))、これは光に対する感度の改善を示している。
図23は視運動反応の実験結果である。視運動反応により測定した視覚の空間的解像度の閾値(視力)は、MMEJベクター処理マウスでは対照マウスの59.1%に回復し、これは遺伝子補充の効果と同等であった(
図23)。
【0120】
実施例7 ヒト網膜ジストロフィーモデルマウスにおけるMMEJ媒介性変異置換
錐体の機能を保持し、ヒト網膜ジストロフィーのモデルとして機能する2ヶ月齢のGnat1IRD2/IRD2マウス(Carrigan, M., et al., Br. J. Ophthalmol. 100, 495-500 (2016))を治療するために、MMEJ媒介性変異置換を用いた。この疾患の初期経過では、患者は光感度の重度低下を伴うが、視力は保たれている。
【0121】
(結果)
組織学的分析によると、処理したマウスにおいてGNAT1陽性視細胞が散在する様子が示された(
図24A)。RT-PCR測定により、絶対的編集効率は約7.2%であることが示された(
図25A)。fVEP解析は約1000倍の光に対する感度の増加を示した(
図24B-D)。これは恐怖条件付試験にて行動学的に確認された(
図24E)。
しかしながら、この網膜機能の改善は、ERG試験では既存の錐体機能から分離することができず、視力、pVEP試験及び視運動反応試験で改善しなかった(
図25B-F)。これらの結果は、本願発明者らのプラットフォームの治療効果がヒト疾患の動物モデルに拡張されたことを示す。
上記の試験は、シングルAAVベクターによる変異置換ゲノム編集が、光感度及び視力(visual acuity)の点で、遺伝子補充に匹敵する目覚しい改善を達することを示す。このことは従来の遺伝子補充法やNHEJに基づく遺伝子編集が実現不可能なより大きな遺伝子における機能損失変異の治療への道を開いている。
【0122】
試験3
Pde6b遺伝子変異へのMMEJ媒介性変異置換の応用
本試験では、
図26に示すように、エクソン7とエクソン8にある変異が治療できるようにAAVベクターをデザインし、インビトロで効果を検証した。具体的には、AAVベクターは、重篤な網膜変性を引き起こすPde6e遺伝子座のホモ接合性rd1変異(7番エクソンのp.Y347*)を標的とした。標的ゲノムは、下記の2つのgRNA及びSaCaS9により、隣接するgRNA標的部位(
図26に点線で図示)でマウスゲノム及びAAVベクターから切断される。ドナー配列は、ベクターをシングルAAVベクターとして送達しつつエクソン7及び8内の変異を治療することができるように作製した。同時に、マイクロホモロジーアームに隣接するドナー配列の両端の配列は、うまく組み込まれたドナー配列がSaCas9により再度切除されないよう、野生型とは異ならせた。ドナーテンプレート(配列番号32)をMMEJによりゲノムに挿入した。また、ゲノム編集ベクターの導入後のマウスNeuro2A細胞から増幅されたゲノム編集クローンを用いてon-target配列解析を行った。
gRNA-1配列
TCCAGAGGCCAACTGAAGTC
AGGAGT (配列番号30)
gRNA-2配列
TTAGCTGGCTACTAAGCCTG
TGGAAT (配列番号31)
下線はPAM配列
Pde6bドナーテンプレート配列
TCCAGAGGCCAACTGAAGTCAGGAGTGTCTCCAGAGGCCAACTGAACTAACTTCGACCTCTGTTCTTTTCCCACAGCACACCCCCGGCTGATCACTGGGCCCTGGCCAGTGGCCTTCCAACCTACGTAGCAGAAAGTGGCTTTATCTGTAACATCATGAATGCTTCAGCTGATGAAATGTTCAACTTTCAGGTAATCTGCCTACCCATTTAATGAAACTGCATTTTAGCTTAGTAGCCAGCTAATCT
ATTCCACAGGCTTAGTAGCCAGCTAA
(配列番号32)
【0123】
(結果)
図27はon-targetシークエシング解析結果を示す。解析によると、4%成功率でMMEJ変異置換がなされることが示された。
【配列表】