(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-07
(45)【発行日】2024-10-16
(54)【発明の名称】キラルアルファハロアルカン酸の製造方法
(51)【国際特許分類】
C12P 7/42 20060101AFI20241008BHJP
C12N 9/14 20060101ALN20241008BHJP
【FI】
C12P7/42 ZNA
C12N9/14
【外国語出願】
(21)【出願番号】P 2023071092
(22)【出願日】2023-04-24
(62)【分割の表示】P 2020518058の分割
【原出願日】2018-09-24
【審査請求日】2023-05-17
(32)【優先日】2017-09-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(73)【特許権者】
【識別番号】516245885
【氏名又は名称】バイエル、アクチエンゲゼルシャフト
【氏名又は名称原語表記】BAYER AKTIENGESELLSCHAFT
(74)【代理人】
【識別番号】100120031
【氏名又は名称】宮嶋 学
(74)【代理人】
【識別番号】100126099
【氏名又は名称】反町 洋
(72)【発明者】
【氏名】マルクス、スペルベルク
(72)【発明者】
【氏名】ユリアン、エッガー
【審査官】松原 寛子
(56)【参考文献】
【文献】特開平04-325096(JP,A)
【文献】JOURNAL OF GENERAL MICROBIOLOGY,英国,SOCIETY FOR MICROBIOLOGY,1992年04月,VOL:138, NR:4,PAGE(S):675 - 683
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12P 1/00ー41/00
C12N 9/14
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
GenBank/EMBL/DDBJ/GeneSeq
UniProt/GeneSeq
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
1000リットル超の大スケールで式Iに記載のアルファハロアルカン酸のS-エナンチオマーを選択的に加水分解する方法であって、
【化1】
前記アルファハロアルカン酸が2-ブロモ酪酸であり、
-前記アルファハロアルカン酸のR-エナンチオマーとS-エナンチオマーとのラセミ体を用意すること、
-配列番号1
に示されるアミノ酸配
列を含んでなる、デハロゲナーゼ活性を有するポリペプチドを用意すること、
-前記ラセミ体を1~8時間反応させること
を含んでなり、
配列番号1に
示されるアミノ酸配
列を含んでなる、デハロゲナーゼ活性を有する前記ポリペプチドに対しては、pHが9~10の範囲であり、温度が15~35℃の範囲であり
、かつ
90.0~99.9%の
前記ハロアルカン酸のR-エナンチオマーのエナンチオマー過剰率が
4~8時間後に達成され、かつ
前記式Iに記載のアルファハロアルカン酸のラセミ体の濃度が80~200g/Lであり、かつ
デハロゲナーゼ活性を有する前記ポリペプチドが細胞全体に含まれる、方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
生物などの生物系では、時として、同じ化学物質のエナンチオマーの効果に著しい違いがあることがよく知られている。たとえば、薬物では多くの場合、ある薬物の一方のエナンチオマーだけが所望の生理作用に関与し、他方のエナンチオマーは活性が低く、不活性であり、ときには反対作用(counteractive)であることもある。
【0002】
したがって、所望のエナンチオマーのみを得るためにさまざまな方法が存在する。1つの方法はキラル分割として知られている。この方法は、ラセミ体の化合物を調製し、それを異なるエナンチオマーに分離するものである。別の方法は、不斉合成、すなわち所望の化合物を高エナンチオマー過剰率で調製するためのさまざまな技術の使用である。
【0003】
ラセミ混合物として存在する分子の類は、アルファハロアルカン酸である。これらのアルファハロアルカン酸のRエナンチオマーまたはSエナンチオマーは、分析目的のために、例えば、米国特許第5154738号に記載のキャピラリーガスクロマトグラフィーによって分離することができる。合成目的の場合、キラルアルファハロアルカン酸を調製する最も実用的な方法は、ストリキニーネもしくはブルシン塩を用いたラセミ分割、またはR-2-アミノ酪酸の立体選択的臭素化によるものである。しかし、これらの反応のためのキラル前駆体または試薬、例えば[R-2-アミノ酪酸]は、対費用効果がよくない。くわえて、それらの反応をより大規模に、さらには工業的規模で推し進めることは困難である。例えば、R-2-アミノ酪酸の立体選択的臭素化は時間がかかり、低温(-10~5℃)を必要とし、反応の進行を監視するのが難しい。そのうえ、ニトロソ系(nitroseous)ガスが反応中に生じ、これは労働安全上の問題となっている。
【0004】
したがって、本発明の目的は、式Iのアルファハロアルカン酸のRエナンチオマーとSエナンチオマーの分離の分離を可能にするかつ/または容易にするための、代替的で、より対費用効果が高く、時間効率がよく、より安全な方法を発明することであった。
【0005】
本発明は、式Iに記載のアルファハロアルカン酸のS-エナンチオマーを選択的に加水分解する方法であり、
【化1】
[式中、Xはハロゲンであり、
Rは1~6個の炭素原子のアルキル鎖であり、前記(said)アルキル鎖は炭素原子γまたはδにおいて直鎖または分岐状であることができる]、
- 前記アルファハロアルカン酸のR-エナンチオマーとS-エナンチオマーのラセミ体を用意すること、
- 配列番号1もしくは配列番号4に記載のアミノ酸配列または前記配列のいずれかと少なくとも80%の配列同一性を有する配列を含んでなる、デハロゲナーゼ活性を有するポリペプチドを用意すること、
- ラセミ体を1~8時間反応させること
ここで、配列番号1に記載のアミノ酸配列もしくは前記配列と少なくとも80%の配列同一性を有する配列を含んでなる、デハロゲナーゼ活性を有するポリペプチドに対しては、pHは9~10の範囲であり、温度は15~35℃の範囲であり、または
配列番号4に記載のアミノ酸配列もしくは前記配列と少なくとも80%の配列同一性を有する配列を含んでなる、デハロゲナーゼ活性を有するポリペプチドに対しては、pHは9~10の範囲であり、温度は55~65℃の範囲であり、
- 90.0~99.9%のR-エナンチオマーのエナンチオマー過剰率が1~8時間後に達成されること
を含んでなる
方法を提供することによってこの目的を達成する。
【0006】
この方法は、配列番号1もしくは配列番号4に記載のアミノ酸配列または前記配列のいずれかと少なくとも80%の配列同一性を有する配列を含んでなる、デハロゲナーゼ活性をもつポリペプチドが、式Iのアルファハロアルカン酸のSエナンチオマーを、所与の反応条件下で非常に効率よく選択的に加水分解する、すなわち高い空時収率を達成するので、式Iのアルファハロアルカン酸のRエナンチオマーとSエナンチオマーの異なる反応挙動に基づいて、2つのエナンチオマーの分離を可能にし、かつ/または容易にする、代替的で、より対費用効果が高く、時間効率がよい方法であるという利点がある。加水分解反応の選択性は、90~99%という残留R-エナンチオマーのエナンチオマー過剰率によって示されている。言い換えれば、驚くべきことに、特定の条件が、R-エナンチオマーを誘導する、より対費用効果が高く、時間効率がよく、より安全な方法を容易にすることが見出された。
【0007】
上記のように、配列番号1もしくは配列番号4に記載のアミノ酸配列または前記配列のいずれかと少なくとも80%の配列同一性を有する配列を含んでなる、デハロゲナーゼ活性をもつポリペプチドは、所与の反応条件下で非常に効率よく選択的に加水分解する。この反応の間、R-エナンチオマーは変化しないが、S-エナンチオマーはその立体異性の転換によって加水分解される。
【0008】
前記方法の好ましい実施態様では、デハロゲナーゼ活性を有するポリペプチドは、配列番号4に記載のアミノ酸配列または前記配列と少なくとも80%の配列同一性を有する配列を含んでなり、式Iに記載のアルファハロアルカン酸においてXは、フッ素(fluor)である。驚くべきことに、これらの条件下で、配列番号4に記載のアミノ酸配列または前記配列と少なくとも80%の配列同一性を有する配列を含んでなるデハロゲナーゼ活性を有するポリペプチドを用いると、式Iに記載のフッ素(fluor)含有アルファハロアルカン酸のS-エナンチオマーも選択的に加水分解され、1~8時間後に90.0~99.9%のR-エナンチオマーのエナンチオマー過剰率が達成されることが初めて見出された。
【0009】
「含んでなる(comprising)」という用語は、記載された部品、ステップ、または成分の存在を特定するものと解釈されるべきであるが、1つまたは複数の追加の部品、ステップ、または成分の存在を排除するものではない。
【0010】
単語を単数形で言及する場合、複数形も本明細書に含まれることが理解される。したがって、不定冠詞「a」または「an」による要素への言及は、文脈がたった1つの要素が存在することを明確に要求しない限り、1つより多い要素が存在する可能性を排除しない。したがって、不定冠詞「a」または「an」は、通常、「少なくとも1つ」を意味する。
【0011】
本明細書で使用される場合、「エナンチオマー(enantiomer)」という用語は、重ね合わせることができない(同一でない)互いの鏡像である所与の分子の2つの立体異性体のうちの1つを指す。化合物中の単一のキラルな原子または類似の構造上の特徴によって、その化合物は、重ね合わせることができず、それぞれが他方の鏡像である2つの可能な構造を有するようになる。
【0012】
本明細書で使用される場合、「ラセミ体」または「ラセミ基質」という用語は、キラル分子の2つの立体異性体を等量有する混合物を指す。
【0013】
上記のように、配列番号1に記載のアミノ酸配列または配列番号1と少なくとも80%の配列同一性を有する配列を含んでなるデハロゲナーゼ活性をもつポリペプチドの場合、式IのXはフッ素(fluor)以外のハロゲンから選択され、上記の方法は1~8時間実施され、pHは9~10の範囲であり、温度は15~35℃の範囲である。
【0014】
これらの条件を用いると、驚くべきことに、配列番号1に記載のアミノ酸配列または少なくとも80%の配列を含んでなるデハロゲナーゼ活性をもつポリペプチドが、99%を超えるエナンチオマー過剰率値(
図3参照)および16.6g
生成物 L
-1 h
-1(100g/lの基質濃度で)の空時収率に確実に到達することが分かった。
【0015】
ラセミ基質であることに起因して、R-エナンチオマーの最大収率は50%であり、したがって100g/lの基質濃度を用いる最大収率は50g/lであることに留意されたい。さらに、より低い基質濃度、例えば50g/lを用いれば、空時収率はさらにより高くなることになる。しかし、より高い基質濃度は工業規模の生産プロセスに有益である。
【0016】
好ましい実施態様では、配列番号1に記載のアミノ酸配列またはそれと少なくとも80%の配列同一性を有する配列を含んでなる、デハロゲナーゼ活性をもつポリペプチドの場合、4~6時間実施され、pHは9.5であり、温度は20~30℃の範囲である。これらの条件を用いると、3時間後に完全な転換、すなわち90%eeに達することができる。
【0017】
この反応のとりわけ好ましい実施態様では、温度は25℃である。
【0018】
pHは好ましくは9~10の範囲、最も好ましくは9.5である。
【0019】
25℃の反応温度と9.5のpHでは、1時間後に完全転換率、すなわち90%eeに達した。したがって、これらの条件は、とりわけ高い空時収率をもたらす。新鮮に発酵したバイオマスとして用意された、配列番号1に記載のアミノ酸配列またはそれと少なくとも80%の配列同一性を有する配列を含んでなる、デハロゲナーゼ活性をもつポリペプチドの場合(すなわちポリペプチドが細胞全体(whole cell)に含まれている)、得られた空時収率は、50g生成物 L-1 h-1であった。
【0020】
上記のように、配列番号4に記載のアミノ酸配列または少なくとも80%の配列同一性を有する配列を含んでなるデハロゲナーゼ活性をもつポリペプチドの場合、上記の方法は1~8時間実施され、pHは9~10の範囲であり、温度は55~65℃の範囲であり、90.0~99.9%のR-エナンチオマーのエナンチオマー過剰率が1~8時間後に達成される。好ましい実施態様では、配列番号4に記載のアミノ酸配列またはそれと少なくとも80%の配列同一性を有する配列を含んでなる、デハロゲナーゼ活性をもつポリペプチドの場合、上記の方法は4~6時間実施され、pHは9.5であり、温度は59~61℃の範囲である。
【0021】
この反応のとりわけ好ましい実施態様では、温度は60℃である。
【0022】
pHは好ましくは9~10の範囲、最も好ましくは9.5である。
【0023】
本明細書に記載のデハロゲナーゼ活性をもつポリペプチドの好ましい実施態様では、前記ポリペプチドは、配列番号1に対して少なくとも80%の配列同一性、より好ましくは少なくとも85%の配列同一性、より好ましくは少なくとも90%の配列同一性、より好ましくは少なくとも95%の配列同一性、より好ましくは少なくとも95%、96%、97%、98%、99%、最も好ましくは100%の配列同一性を有する、または前記ポリペプチドは、配列番号4に対して少なくとも80%の配列同一性、より好ましくは少なくとも85%の配列同一性、より好ましくは少なくとも90%の配列同一性、より好ましくは少なくとも95%の配列同一性、より好ましくは少なくとも95%、96%、97%、98%、99%、最も好ましくは100%の配列同一性を有する。
【0024】
配列番号1または配列番号4に記載のアミノ酸配列を含んでなるデハロゲナーゼ活性を有するポリペプチドはまた、その核酸配列によって特徴付けすることもできる。
【0025】
したがって、配列番号1に記載のアミノ酸配列を含んでなるデハロゲナーゼ活性をもつポリペプチドの場合、提供されるポリペプチドは次の群から選択される。
a)配列番号1に記載のアミノ酸配列または前記配列と少なくとも80%の配列同一性を有する配列を含んでなるポリペプチド、
b)配列番号2と少なくとも80%の配列同一性のヌクレオチド配列を含んでなる単離されたコドン最適化核酸断片、
c)配列番号2に相補的な配列を含んでなる単離核酸断片、
d)b)の前記単離核酸断片またはc)の前記相補体(complementary)に特異的にハイブリダイズする配列を含んでなる単離核酸断片、
e)配列番号3と少なくとも80%の配列同一性のヌクレオチドを含んでなる単離核酸断片、
f)配列番号3に相補的な配列を含んでなる単離核酸断片、
g)e)の前記単離核酸断片またはf)の前記相補体に特異的にハイブリダイズする配列を含んでなる単離核酸断片。
【0026】
したがって、配列番号1に記載のアミノ酸配列を含んでなるデハロゲナーゼ活性をもつポリペプチドの場合、ポリペプチドは、異なる核酸配列によってコードされうる。これは遺伝子コードの縮重の結果である。
【0027】
この遺伝子コードの縮重の結果、アミノ酸は1つまたは複数のコドンによってコードされうる。異なる生物では、アミノ酸をコードするコドンは異なる頻度で使われる。コーディング核酸配列のコドンを、発現される配列が組み込まれるべき生物におけるそれらの使用の頻度に適合させることは、特定の細胞において、翻訳されたタンパク質の量の増加および/または問題のmRNAの安定性に寄与しうる。問題の宿主細胞または宿主におけるコドンの使用の頻度は、当業者によって、ある特定のコドンが、ある特定のアミノ酸をコードするために使用される頻度に関して、問題の生物の可能な限り多くのコーディング核酸配列を調べることによって決定することができる。ある特定の生物のコドンの使用の頻度は当業者に公知であり(http://www.kazusa.or.jp/codon/を参照)、コンピュータプログラムに実装された特別に開発されたアルゴリズム(例えば、Grote et al., 2005, Nucleic Acids Research 33, W526-W531; doi: 10.1093/nar/gki376)を用いて簡単かつ迅速に決定することができる。そのようなアルゴリズムを使用するツールは、公的にアクセス可能であり、ウェブインターフェースとして、とりわけ、ワールドワイドウェブ上で、欧州バイオインフォマティクス研究所(EMBL-EBI)などのようなさまざまな機関から無料で提供される(例えば、http://www.jcat.de、http://gcua.schoedl.de/、http://www.kazusa.or.jp/codon/、http://www.entelechon.com/eng/cutanalysis.html、http://www.ebi.ac.uk/Tools/st/emboss_backtranseq/)。コーディング核酸配列のコドンを、その配列が発現されることが意図されている生物におけるそれらの使用の頻度に適合させることは、インビトロ突然変異誘発によって、または好ましくは、遺伝子配列の新規(de novo)合成によって行うことができる。核酸配列の新規合成のための方法は、当業者に公知である。新規合成は、例えば、最初に個々の核酸オリゴヌクレオチドを合成すること、これらをそれに相補的なオリゴヌクレオチドとハイブリダイズさせて、その結果DNA二本鎖を形成すること、次いで所望の核酸配列が得られるように個々の二本鎖オリゴヌクレオチドを連結することによって行うことができる。ある特定の標的生物にコドンが使用される頻度の適合を含む核酸配列の新規合成は、そのサービスを提供する会社(例えばEurofins MWG)に外部委託することもできる。
【0028】
配列番号2または配列番号3と少なくとも80%の配列同一性のヌクレオチド配列を含んでなる単離核酸断片は、それぞれ、好ましくは少なくとも85%の配列同一性、より好ましくは少なくとも90%の配列同一性、より好ましくは少なくとも95%の配列同一性、より好ましくは少なくとも95%、96%、97%、98%、99%、最も好ましくは配列番号2または配列番号3と100%の配列同一性を有する。
【0029】
配列番号4に記載のアミノ酸配列を含んでなるデハロゲナーゼ活性をもつポリペプチドの場合、提供されるポリペプチドは次の群から選択される。
a)配列番号4に記載のアミノ酸配列または前記配列と少なくとも80%の配列同一性を有する配列を含んでなるポリペプチド、
b)配列番号5と少なくとも80%の配列同一性のヌクレオチド配列を含んでなる単離されたコドン最適化核酸断片、
c)配列番号5に相補的な配列を含んでなる単離核酸断片、
d)b)の前記単離核酸断片またはc)の前記相補体に特異的にハイブリダイズする配列を含んでなる単離核酸断片、
e)配列番号6と少なくとも80%の配列同一性のヌクレオチドを含んでなる単離核酸断片、
f)配列番号6に相補的な配列を含んでなる単離核酸断片、
g)e)の前記単離核酸断片またはf)の前記相補体に特異的にハイブリダイズする配列を含んでなる単離核酸断片。
【0030】
デハロゲナーゼ活性をもつポリペプチド-ここでは配列番号4に記載のアミノ酸配列を含んでなるポリペプチド-もまた、異なる核酸配列によってコードされうる(can be encoded for by)。上で説明したように、やはりこれは遺伝子コードの縮重の結果である。
【0031】
やはりこの場合も、配列番号5または配列番号6と少なくとも80%の配列同一性のヌクレオチド配列を含んでなる単離核酸断片は、それぞれ、好ましくは少なくとも85%の配列同一性、より好ましくは少なくとも90%の配列同一性、より好ましくは少なくとも95%の配列同一性、より好ましくは少なくとも95%、96%、97%、98%、99%、最も好ましくは配列番号5または配列番号6と100%の配列同一性を有する。
【0032】
本明細書で使用される場合、「加水分解」という用語は、ハロゲンがヒドロキシル基によって置換される、炭素-ハロゲン結合の酵素触媒加水分解開裂である。いくつかの酵素は2-ハロアルカン酸の加水分解的脱ハロゲン化を触媒し、対応する2-ヒドロキシアルカン酸を生成する。
【0033】
本明細書で使用される場合、「選択的に加水分解する」という用語は、加水分解を触媒するいくつかの酵素(すなわちポリペプチド)が立体選択的活性を示すという事実を指す。言い換えれば、選択的加水分解によって、R-エナンチオマーまたはS-エナンチオマーのいずれかのエナンチオマー過剰が酵素の優先傾向(preference)に応じて作り出される。
【0034】
本明細書で使用される場合、「エナンチオマー過剰率」または「ee値」という用語は、キラル物質の純度の尺度を指す。これは、試料が一方のエナンチオマーを他方のエナンチオマーよりも多量に含む程度を反映する。ラセミ混合物のeeは0%であり、一方で単一の完全に純粋なエナンチオマーのeeは100%である。一方のエナンチオマーが70%、他方が30%の試料のeeは、40%(70%-30%)である。
【0035】
ee値を決定する方法は、当該技術分野で公知である。ee値は、例えば、キラルカラムを備えたガスクロマトグラフィー装置を用いて測定することができる。
【0036】
したがって、本明細書に記載のポリペプチドは、加水分解反応を触媒する際に立体選択的活性を示す。この立体選択的活性はee値で表すことができる。上記のように、配列番号1もしくは配列番号4に記載のアミノ酸配列または前記配列のいずれかと少なくとも80%の配列同一性を有する配列を含んでなる、デハロゲナーゼ活性を有するポリペプチドは、非常に高いee値に達する立体選択的活性を示す。
【0037】
基質の転換、生成物の形成、エナンチオマー過剰率(ee)、および空時収率(space time yield)(STY)パラメーターを用いて、所与の酵素が所与の反応に適していることを確実に断定することができる。本明細書で使用される場合、「空時収率」という用語は、一定の時間内の特定の体積において、所与の基質濃度から作り出される生成物の量を指す。
【0038】
場合によっては、本明細書で与えられる空時収率値はまた、所与の反応で使用される細胞抽出物または細胞全体の特定の量に関して設定される(実施例3および5を参照)。
【0039】
本明細書で使用される場合、「遺伝子」という用語は、細胞中のRNA分子(例えばイントロン配列を含まないmRNAに直接)に転写され、ポリペプチドの発現を調節できる調節領域に作動可能に連結された領域(転写領域)を含んでなるヌクレオチドからなるDNA配列を意味する。したがって、遺伝子は、非翻訳調節領域(例えばプロモーター、エンハンサー、リプレッサー)、例えば翻訳開始に関与する配列を含んでなる5’リーダー配列、(タンパク質)コード領域(cDNAまたはゲノムDNA)、および例えば転写終結部位を含んでなる3’非翻訳配列などのいくつかの作動可能に連結された連結された配列を含んでなることができる。
【0040】
本明細書で使用される場合、「遺伝子の発現」または「遺伝子発現」という用語は、適切な調節領域、特にプロモーターに作動可能に連結されたDNA領域(コード領域)がmRNA分子に転写されるプロセスを指す。次いで、mRNA分子は、例えば、翻訳開始およびアミノ酸鎖への翻訳(ポリペプチド)、および翻訳終止コドンによる翻訳終結によって、細胞内で(転写後プロセスによって)さらに処理される。
【0041】
本明細書で使用される場合、用語「野生型(Wild type)」(「野生型(wildtype)」または「野生型(wild-type)」とも書かれる)という用語は、それが天然で最も一般的に起こるような酵素または遺伝子の典型的な形態を指す。
【0042】
本明細書で使用される場合、「ポリペプチド」という用語は、任意のペプチド、ポリペプチド、オリゴペプチド、またはタンパク質を指す。ポリペプチドはペプチド結合でつながった連続したアミノ酸からなる。ポリマーは、直鎖状でも分岐状でもよく、修飾されたアミノ酸を含んでなってもよく、非アミノ酸によって中断されていてもよい。ポリペプチドは、ヒト、非ヒト、および対応する天然のアミノ酸、ならびに天然のアミノ酸ポリマー、および非天然のアミノ酸ポリマーの人工的または化学的模倣物でありうる。この用語はまた、自然作用または化学的修飾のいずれかによって、例えば、ジスルフィド結合の形成、グリコシル化、脂質修飾、アセチル化、アシル化、リン酸化、または、限定されないが、蛍光マーカー、粒子、ビオチン、ビーズ、タンパク質、放射性標識、化学発光タグ、生物発光標識などの標識成分との結合などの他の操作によって改変されたアミノ酸ポリマーを包含する。
【0043】
本明細書で使用される場合、パーセンテージとして表される、2つの関連するヌクレオチドまたはアミノ酸配列の「配列同一性」という用語は、比較される位置の数で割られた、同一の残基を有する2つの最適にアラインメントされた配列における位置の数(×100)を指す。ギャップ、すなわち、残基が一方の配列には存在するが他方には存在しない位置は、同一でない残基を有する位置とみなされる。2つの配列の「最適アラインメント」は、2つの配列を全長にわたってアラインメンすることによって見いだされる。言い換えれば、2つの同一の配列がアラインメントされた場合、配列同一性値は100%である。
【0044】
ヌクレオチドまたはアミノ酸残基のアラインメントされた配列は、典型的には、マトリクス内の行として表される。同一または類似の文字が連続する列にアラインメントされるように、ギャップが残基間に挿入される。
【0045】
配列同一性を決定するために、欧州分子生物学オープンソフトウェアスイート(The European Molecular Biology Open Software Suite)(EMBOSS, Rice et al., 2000, Trends in Genetics 16(6): 276- 277、例えばhttp://www.ebi.ac.uk/emboss/align/index.htmlを参照)のNeedleman and Wunschグローバルアラインメントアルゴリズム(Needleman and Wunsch, 1970, J Mol Biol 48(3):443-53)を、デフォルト設定(ギャップ開始ペナルティー=10(ヌクレオチドの場合)/10(タンパク質の場合)およびギャップ伸長ペナルティー=0.5(ヌクレオチドの場合)/0.5(タンパク質の場合))を用いて使用することができる。ヌクレオチドについては、使用されるデフォルトのスコアリングマトリックスはEDNAFULLであり、タンパク質については、デフォルトのスコアリングマトリックスはEBLOSUM62である。
【0046】
「核酸分子」という用語は、DNA(cDNAおよび/もしくはゲノムDNA)、RNA(好ましくはmRNA)、PNA、LNA、ならびに/またはモルホリノを含んでなる、任意の一本鎖または二本鎖核酸分子を示すことを意図する。
【0047】
本明細書で使用される場合、「ベクター」という用語は、外来の遺伝子材料を別の細胞に伝達するために使用される分子媒体を指す。ベクター自体は、一般に、挿入断片(目的の配列)とベクターの「骨格」として機能するより大きな配列からなるDNA配列である。別の細胞に遺伝情報を伝達するためのベクターの目的は、典型的には、標的細胞中の挿入断片を単離、増殖、または発現することである。
【0048】
本明細書で使用される場合、「プラスミド」という用語は、プラスミドベクター、すなわち、複製起点(「ORI」)に起因して好適な宿主内で自律的な複製が可能な環状DNA配列を指す。さらに、プラスミドは、外来DNAを細胞に導入することを意図した形質転換または他の手順の成功を示すための選択マーカー、および挿入断片の挿入を可能にするための複数の制限酵素コンセンサス部位を含む複数のクローニング部位を含んでなることができる。クローニングベクターまたはドナーベクターと呼ばれるプラスミドベクターは、クローニングを容易にし、目的の配列を増幅するために使用される。発現ベクターまたはアクセプターベクターと呼ばれるプラスミドベクターは、特定の標的細胞における目的の遺伝子の発現に特異的である。これらのプラスミドベクターは、一般に、プロモーター、リボソーム結合部位、導入遺伝子、およびターミネーター配列からなる発現カセットを表す。発現制御のために、これらのプラスミドはプラスミド骨格上に局在するリプレッサーを含有する。発現プラスミドは、異なる宿主細胞における増殖および選択を可能にする要素を含有するシャトルプラスミドでありうる。
【0049】
本明細書で使用される場合、「特異的にハイブリダイズする」または「選択的にハイブリダイズする」という用語は、7%SDS、1mM EDTA、および100mg/mlのサケ精子DNAを含有するpH7.2の0.5Mリン酸ナトリウム緩衝液を含有するハイブリダイゼーション溶液中での、65℃で16時間の、問題の核酸配列の反応ならびに9.5×SSCおよび0.1%SDSを含有する洗浄溶液中で65℃にて20分間2回洗浄することを指す。
【0050】
本明細書に記載の方法の一実施態様では、配列番号1もしくは配列番号4に記載のアミノ酸配列または前記配列のいずれかと少なくとも80%の配列同一性を有する配列を含んでなる、デハロゲナーゼ活性をもつポリペプチドは、細胞溶解物として用意される、かつ/または細胞全体内に含まれる(is comprised)。
【0051】
本明細書で使用される場合、「細胞全体」という用語は、配列番号1もしくは配列番号4に記載のアミノ酸配列または前記配列のいずれかと少なくとも80%の配列同一性を有する配列を含んでなる、デハロゲナーゼ活性をもつポリペプチドが、それが発現されている細胞中にもたらされるという事実、すなわち、前記細胞の細胞壁が意図的に破壊されていないという事実を指す。
【0052】
前記細胞全体は、例えば、発酵プロセスで生成される新鮮なバイオマスでありうる。代替的に、細胞全体は使用前に凍結することができる。
【0053】
言い換えれば、驚くべきことに、(組換え)細胞全体で発現している酵素、すなわち配列番号1もしくは配列番号4に記載のアミノ酸配列または前記配列のいずれかと少なくとも80%の配列同一性を有する配列を含んでなる、デハロゲナーゼ活性をもつポリペプチドは、細胞内にしか存在しないが、基質の生物学的利用能は酵素が細胞内で基質と反応できるのに十分であることが見出された。
【0054】
酵素合成に用いられる大腸菌(E.coli)細胞は、全タンパク質含量の一定の割合で所望の酵素を生産することが見出された。言い換えれば、所与の量の全細胞タンパク質(例えば5g)は、常に同じ量の可溶性酵素濃度を含んでなる。さらに、この理由から、細胞溶解物の代わりに細胞全体を実験に使用することができた。
【0055】
細胞全体の使用には、細胞抽出物を提供するための高価で時間のかかる方法を用いる必要がないという利点がある。
【0056】
一実施態様では、前記細胞全体は、MG1655、W3110、JM101、BL21DE3、DH5アルファの群から選択される大腸菌細胞である。
【0057】
さらに、選ばれた大腸菌は、配列番号7のプラスミドを保持し、そのプラスミドから配列番号1からなる酵素を発現することが好ましい。
【0058】
代替的に、選ばれた大腸菌は、配列番号8のプラスミドを保持し、そのプラスミドから配列番号4からなる酵素を発現する。
【0059】
本明細書に記載の方法の一実施態様では、配列番号1もしくは配列番号4に記載のアミノ酸配列または前記配列のいずれかと少なくとも80%の配列同一性を有する配列を含んでなる、デハロゲナーゼ活性をもつポリペプチドは、式Iに記載の前記アルファハロアルカン酸のラセミ体に対する反応の開始時に添加されるか、または前記デハロゲナーゼ活性をもつポリペプチドは、開始時および前記アルファハロアルカン酸のラセミ体に対する反応中の異なる時点で添加される。
【0060】
驚くべきことに、異なる投与量プロファイルはプロセス性能に影響を及ぼさない。したがって、当業者は、問題のプロセスに最も適した投与プロファイルを選択することができる。特許請求の範囲に記載された酵素のこの特性は、所与の生産プロセスにおいて酵素を使用するための最大の柔軟性を提供する。
【0061】
本明細書に記載の方法の一実施態様では、配列番号1もしくは配列番号4に記載のアミノ酸配列または前記配列のいずれかと少なくとも80%の配列同一性を有する配列を含んでなる、デハロゲナーゼ活性を有するデハロゲナーゼ活性ポリペプチドをもつポリペプチドは、開始時および前記アルファハロアルカン酸のラセミ体に対する反応中の異なる時点で添加され、添加されるポリペプチドの濃度は各時点で同じである。
【0062】
本明細書に記載の方法の一実施態様では、配列番号1もしくは配列番号4に記載のアミノ酸配列または前記配列のいずれかと少なくとも80%の配列同一性を有する配列を含んでなる、デハロゲナーゼ活性をもつポリペプチドは、開始時および前記アルファハロアルカン酸のラセミ体に対する反応中の異なる時点で添加され、添加されるポリペプチドの濃度は異なる時点で異なる。
【0063】
本明細書に記載の方法の一実施態様では、ラセミ体が、配列番号1もしくは配列番号4に記載のアミノ酸配列もしくは前記配列のいずれかと少なくとも80%の配列同一性を有する配列を含んでなる、デハロゲナーゼ活性を有するデハロゲナーゼ活性ポリペプチドをもつポリペプチドに添加されるか、または前記デハロゲナーゼ活性をもつポリペプチドがラセミ体に添加される。
【0064】
配列番号1もしくは配列番号4に記載のアミノ酸配列または前記配列のいずれかと少なくとも80%の配列同一性を有する配列を含んでなる、デハロゲナーゼ活性をもつポリペプチドに、式Iに記載の前記アルファハロアルカン酸のラセミ体が添加される場合、式Iに記載の前記アルファハロアルカン酸のラセミ体のすべてが、反応の開始時に添加されるのが好ましく、ラセミ体のpH値は、添加前反応条件に対して最適化される。
【0065】
驚くべきことに、配列番号1もしくは配列番号4に記載のアミノ酸配列または前記配列のいずれかと少なくとも80%の配列同一性を有する配列を含んでなるデハロゲナーゼ活性をもつポリペプチドに、式Iに記載の前記アルファハロアルカン酸のラセミ体、すなわち基質が添加されようと、式Iに記載の前記アルファハロアルカン酸のラセミ体に、前記デハロゲナーゼ活性をもつポリペプチドが添加されようと、プロセス性能に影響を及ぼさない。
【0066】
本明細書に記載の方法の一実施態様では、本明細書に記載のデハロゲナーゼ活性をもつ2つのポリペプチドのいずれかは、細胞全体として、pH9.5で用意され、式Iに記載の前記アルファハロアルカン酸のラセミ体は、ポリペプチドに添加され、式Iに記載の前記アルファハロアルカン酸のラセミ体はまた、pH9.5で用意され、pH9.5は、好適な塩基を用いた滴定によって反応の間、一定に保たれる。
【0067】
例えば、好適な塩基は、KOH水溶液またはNaOH水溶液からなる群より選択することができる。
【0068】
本明細書に記載の方法のいくつかの実施態様では(Insome embodiments)、式Iに記載の前記アルファハロアルカン酸のラセミ体の濃度は、80~200g/L、好ましくは90~150g/Lであり、最も好ましくは、濃度は100g/Lである。言い換えれば、アルファハロアルカン酸のラセミ体の濃度は、完全な転換が達成できるように選択されることが好ましい。
【0069】
本明細書に記載の方法の一実施態様では、配列番号1もしくは配列番号4に記載のアミノ酸配列または前記配列のいずれかと少なくとも80%の配列同一性を有する配列を含んでなる、デハロゲナーゼ活性をもつポリペプチドは、活性のある細胞全体として用意され、前記活性細胞全体のバイオマスは15~200g/L、好ましくは25~100g/Lの濃度を有する。
【0070】
本明細書に記載の方法のいくつかの実施態様では、式Iに記載のアルファハロアルカン酸のラセミ体と、配列番号1もしくは配列番号4に記載のアミノ酸配列または前記配列のいずれかと少なくとも80%の配列同一性を有する配列を含んでなる、デハロゲナーゼ活性を有するポリペプチドを含んでなる細胞全体のバイオマスとの比は、2:1~15:1、好ましくは3:1~10:1、最も好ましくは4:1である。
【0071】
配列番号1もしくは配列番号4に記載のアミノ酸配列または前記配列のいずれかと少なくとも80%の配列同一性を有する配列を含んでなる、デハロゲナーゼ活性を有するポリペプチドは、より高い基質濃度によって阻害されるので、基質、すなわち式Iに記載のアルファハロアルカン酸と、酵素、すなわち細胞全体に含まれており(is comprised)、バイオマスとして供給される、配列番号1もしくは配列番号4に記載のアミノ酸配列または前記配列のいずれかと少なくとも80%の配列同一性を有する配列を含んでなるデハロゲナーゼ活性を有するポリペプチドとの比は、基質濃度が低いほど増加する。
【0072】
本明細書に記載の方法の一実施態様では、式Iに記載の前記アルファハロアルカン酸のハロゲンXは、臭化物および塩化物からなる群より選択される。
【0073】
本明細書に記載される方法の一実施態様では、式Iに記載の前記アルファハロアルカン酸の部分Rは、1~6個の炭素原子のアルキル鎖であり、前記アルキル鎖は、炭素原子ガンマまたはデルタであり、そして、炭素原子γまたはδにおける分岐に続く炭素原子は環状である。
【0074】
本明細書に記載の方法の一実施態様では、式Iに記載の前記アルファハロアルカン酸の部分Rは、エチル、ブチル、2-メチル-プロピル、およびメチル-シクロプロピルからなる群より選択される。
【0075】
本明細書に記載の方法の一実施態様では、pH値は、水酸化カリウムまたは水酸化ナトリウムなどの好適な塩基を用いた滴定によって一定に保たれる。
【0076】
反応条件は容易にスケールアップできることが見出されたので、1ml~数千リットルの反応体積が可能である。
【0077】
本明細書に記載の方法の一実施態様では、配列番号1もしくは配列番号4に記載のアミノ酸配列または前記配列のいずれかと少なくとも80%の配列同一性を有する配列を含んでなる、前記デハロゲナーゼ活性をもつポリペプチドは、ハロ酸デハロゲナーゼ(haloacid dehalogenase)である。
【0078】
本明細書に記載の方法の好ましい実施態様では、デハロゲナーゼ活性をもつポリペプチドは、配列番号1の配列からなり、2-クロロ酪酸、2-ブロモ-ヘキサン酸、2-ブロモ-4-メチルペンタン酸、および2-ブロモ-3-シクロプロピル-プロパン酸からなる群より選択されるラセミ基質と反応する。
【0079】
本明細書に記載の方法の代替的な好ましい実施態様では、デハロゲナーゼ活性をもつポリペプチドは、配列番号4の配列からなり、2-クロロ酪酸、2-フルオロ酪酸、2-ブロモ-ヘキサン酸、および2-ブロモ-4-メチルペンタン酸からなる群より選択されるラセミ基質と反応する。
【0080】
選ばれたアルファハロアルカン酸のS-エナンチオマーの選択的加水分解に続いて、R-エナンチオマーおよび加水分解されたエナンチオマーが混合物として存在する。いくつかの用途では、R-エナンチオマーのみを得る、すなわち精製することが有益である。したがって、選ばれた式Iに記載のアルファハロアルカン酸のR-エナンチオマーおよび加水分解エナンチオマーの混合物はさらに処理される。
【0081】
更なる面では、本明細書に記載されるものは(A further aspect what is described herein)、前記アルファハロアルカン酸のS-エナンチオマーの選択的加水分解のための本明細書に記載の方法の使用に関し、そこにおいてR-エナンチオマーのエナンチオマー過剰率は90.0~99.9である。
【0082】
驚くべきことに、配列番号1もしくは配列番号4に記載のアミノ酸配列または前記配列のいずれかと少なくとも80%の配列同一性を有する配列を含んでなるデハロゲナーゼ活性をもつポリペプチドを、式I(式中、Xはハロゲンであり、配列番号1の場合にはフッ素(fluor)以外のハロゲンであり、Rは6個までの炭素原子を含有するアルキル鎖であり、前記アルキル鎖は炭素原子γまたはδにおいて直鎖または分岐状であることができる)によるアルファハロアルカン酸のR-エナンチオマーおよびS-エナンチオマーを含んでなるラセミ体と、1~8時間接触させる(配列番号1に記載のアミノ酸配列を含んでなるポリペプチドでは、pHは9~10の範囲であり、温度は15~35℃の範囲である、または配列番号4に記載のアミノ酸配列を含んでなるポリペプチドでは、pHは9~10の範囲であり、温度は55~65℃の範囲である)ために使用すると、前記ポリペプチドは、前記アルファハロアルカン酸のS-エナンチオマーの選択的加水分解を行うことになり、そこにおいてR-エナンチオマーのエナンチオマー過剰率は90.0~99.9であることが見出された。
【0083】
このような高いエナンチオマー過剰率は非常にまれであるあり、とりわけ配列番号1または配列番号4に記載のアミノ酸配列を含んでなるデハロゲナーゼ活性をもつポリペプチドは、1~8時間という非常に短い反応時間で90~99のエナンチオマー過剰率値に達するので、この結果は意外であった。
【0084】
したがって、驚くべきことに、配列番号1もしくは配列番号4に記載のアミノ酸配列または前記配列と少なくとも80%の配列同一性を有する配列を含んでなるデハロゲナーゼ活性をもつポリペプチドを記載の条件で使用することによって、配列番号1もしくは配列番号4に記載のアミノ酸配列または前記配列のいずれかと少なくとも80%の配列同一性を有する配列を含んでなるポリペプチドの有する2つのエナンチオマーの異なる反応挙動に基づいて式Iのアルファハロアルカン酸のRエナンチオマーとSエナンチオマーの分離を可能にし、かつ/または容易にする、代替的で、より安全で、より対費用効果が高く、時間効率のよい方法が可能となることが見出された。
【0085】
別の面では、本明細書に記載されるものは、式II
【化2】
[式中
Rは1~6個の炭素原子のアルキル鎖であり、前記アルキル鎖は炭素原子γまたはδにおいて直鎖または分岐状であることができる]
に記載のアルファハロアルカン酸のエナンチオマーを選択的に加水分解する方法であって、
配列番号4に記載のアミノ酸配列または前記配列と少なくとも80%の配列同一性を有する配列を含んでなる、デハロゲナーゼ活性を有するポリペプチドを使用する方法に関する。
【0086】
意外にも、配列番号4に記載のアミノ酸配列または前記配列と少なくとも80%の配列同一性を有する配列を含んでなる、デハロゲナーゼ活性を有するポリペプチドは、式IIの、すなわちフッ素を含んでなるアルファハロアルカン酸のSエナンチオマーを、非常に効率よく、かつ高いエナンチオマー過剰率で選択的に加水分解することが見出された。
【0087】
好ましくは、配列番号4に記載のアミノ酸配列を含んでなるデハロゲナーゼ活性を有するポリペプチドを用いる上記方法は、55~65℃、pH9.5で行われる。
【0088】
したがって、配列番号4に記載のアミノ酸配列、または前記配列と少なくとも80%の配列同一性を有する配列を含んでなるデハロゲナーゼ活性を有するポリペプチドの場合、上記のアルファハロアルカン酸にくわえて、2-フルオロ酪酸もまたとりわけ好ましい。
【0089】
別の面では、本明細書に記載されているものは、R-エナンチオマーのエナンチオマー過剰率が90.0~99.9である、式IIのアルファハロアルカン酸のS-エナンチオマーの選択的加水分解のための、配列番号4に記載のアミノ酸配列または前記配列と少なくとも80%の配列同一性を有する配列を含んでなる、デハロゲナーゼ活性を有するポリペプチドの使用に関する。
【0090】
好ましい実施態様では、本発明の方法は次のように行われる。配列番号1に記載のアミノ酸配列からなるデハロゲナーゼ活性をもつポリペプチドを、室温、pH9.5で2-ブロモブタン酸に添加する。3M水酸化カリウムを用いた滴定によってpH値を一定に保ちながら、反応を4~6時間進行させる。
【0091】
とりわけ好ましい実施態様では、本発明の方法は次のように行われる。配列番号1に記載のアミノ酸配列からなるデハロゲナーゼ活性をもつポリペプチドを含有する細胞抽出物としての全細胞タンパク質10mg/mlを、100g/lの2-ブロモブタン酸に室温、pH9.5にて、6Lの反応体積で添加する。3M水酸化カリウムを用いた滴定によってpH値を一定に保ちながら、反応を4~6時間進行させる。
【0092】
別の好ましい実施態様では、本発明の方法は次のように行われる。配列番号4に記載のアミノ酸配列からなるポリペプチドを、温度55℃、pH9.5で2-ブロモブタン酸に添加する。3M水酸化カリウムを用いた滴定によってpH値を一定に保ちながら、反応を4~6時間進行させる。
【0093】
更なるとりわけ好ましい実施態様では、本発明の方法は次のように行われる。配列番号4に記載のアミノ酸配列からなるデハロゲナーゼ活性をもつポリペプチドを含有する細胞抽出物としての全細胞タンパク質10mg/mlを、2-フルオロ酪酸に温度55℃、pH9.5で添加する。
【図面の簡単な説明】
【0094】
【
図1】
図1は、pH値、すなわち9.5および温度、すなわち25℃に関して最適化された条件下で行われた反応を示す。この場合、100g/Lの2-ブロモ酪酸を基質として使用し、20mMのグリシンを存在させ、2g/Lの細胞溶解物、すなわちpKA81a-HADH-PP-AJプラスミドを有する大腸菌MG1655を使用して、デハロゲナーゼ酵素を発現させた。細胞溶解物を1時間おきに3回加えた。
【
図2】
図2は、
図1の反応の最適pHがpH8~pH10であることを示す。
【
図3】
図3は、(無菌の)細胞溶解物を使用する代わりに、特許請求の範囲に記載された酵素を発現する細胞全体も転換反応に使用できることを示す。
【
図4】
図4は、基質が用意され、酵素が基質に添加される場合に、転換反応の効率が維持されることを示す。
【
図5】
図5は、酵素が発酵培養液として用意され、基質が添加される場合に、転換反応の効率が維持されることを示す。
【実施例】
【0095】
実施例1 選択されたハロ酸デハロゲナーゼの活性のスクリーニング
P.プチダ(putida)AJ、P.プチダ(putida)109、およびS.トコダイイ(tokodaii)7由来の異なるハロ酸デハロゲナーゼ(Jones et al., 1992 (J Gen Microbiol. 1992 Apr;138(4):675-83、Kawasaki et al., 1994 Biosci Biotechnol Biochem. 1994 Jan;58(1):160-3、およびBachas-Daunert et al.、2009 Appl Biochem Biotechnol. 2009 Nov;159(2):382-93)を、大腸菌MG1655にクローニングし、IPTG処理によって過剰発現させた。50g/Lの2-ブロモ酪酸を基質として使用し、2×1.6g/Lの細胞溶解物を反応の開始時および3.5時間後に加えた。その間、pHは9であり、温度は37℃に設定した。
【0096】
ガスクロマトグラフィーを用いた分析によって、活性と立体選択性、すなわちS-エナンチオマーの優先的加水分解が、3つの酵素すべてについて示され、P.プチダAJ由来の酵素(配列番号1)が90%超のee値に達する最も高い選択性を示した。
【0097】
実施例2 反応結果に対するpHの影響
至適pH範囲を試験するために、反応条件を以下のように設定した。
-100g/L 2-ブロモ酪酸(基質)
-P.プチダAJハロ酸デハロゲナーゼ(配列番号1)を発現する(6回、1時間おき)大腸菌の1.5g/Lの細胞溶解物
-20mMグリシン
-気温:25℃
-pH:8.0、9.0、10.0で一定に保った
図2に示されるように、最良の結果は9~10のpHで得られる。
【0098】
実施例3:P.プチダAJのハロ酸デハロゲナーゼ、すなわち、配列番号1からなるデハロゲナーゼ活性を有するポリペプチドを用いた高エナンチオマー過剰率の生成のための選択的脱ハロゲン化の更なる最適化
【0099】
最初の例では、10mMグリシン中の100g/lのrac-2-ブロモ酪酸を基質として使用した。基質が37℃よりも25℃のほうが安定であり、したがって自己加水分解が防止された(データ示さず)ので、酵素活性の最適温度が37℃であったにもかかわらず、反応は25℃で行った。
【0100】
酵素を細胞溶解物として用意し、反応の開始時にすべて添加するか、または2mg/mlの濃度で1時間おきに加えた。約4時間後に反応が完了するまで、3M KOHを用いた滴定によりpHを9.5で一定に保った。次に、濃H2SO4でpHをpH1.5に調整し、細胞片をセライトで濾過した。MTBEを用いて抽出を行い、残留2-ヒドロキシ酪酸を除去するための洗浄はCuSO4水溶液を用いて行った。最後に真空で濃縮を行った。
【0101】
驚くべきことに、反応は99%超のエナンチオマー過剰率値に確実に達することが見出された(データ示さず)。
【0102】
これらの高いエナンチオマー過剰率、すなわち、反応後にアルファハロアルカン酸のR-エナンチオマーおよびアルファハロアルカン酸の前者のS-エナンチオマーのヒドロキシル化生成物のみが存在するという事実は、この方法を大規模な工業規模での使用に魅力的なものにする。
【0103】
実施例4:細胞全体を用いた転換
驚くべきことに、細胞溶解物を調製する代わりに、細胞全体を転換に使用できることが見出された。これは、(無菌の)細胞溶解物を調製する時間のかかる工程を省略できるという利点を有する。
【0104】
最初のケースでは、100g/Lの濃度のラセミ体2-ブロモ酪酸を基質として使用した。反応パラメーターは、150ml、25℃、500rpm、20mMグリシン緩衝液、およびpH9.5に設定した。pHは3M KOHを用いて一定に保った。基質混合物を用いて反応容器を調製し、酵素の添加、すなわち、P.プチダAJ由来のデハロゲナーゼ酵素、すなわち配列番号1からなるデハロゲナーゼ活性を有するポリペプチドを発現する大腸菌MG1655の添加によって反応を開始した。細胞を、反応の開始時に、または1、2、および3時間後に段階的に、それぞれ8.3g/L(
図3参照)の濃度で添加した。酵素を含有する細胞全体の最終濃度は25g/Lまたは50g/Lであった。反応は4時間後に完了した。
図3および下表に示した結果は、反応が1時間を超えて、例えば4時間行われるのが理想的であることを示す。
【0105】
【0106】
その後、反応を繰り返したが、P.プチダAJ由来のデハロゲナーゼ酵素、すなわち配列番号1からなるデハロゲナーゼ活性を有するポリペプチドを発現する大腸菌MG1655細胞からなるバイオマスは、基質を添加する前に反応容器に加えた。結果を
図4と下表に示す。これらの結果は、最初に細胞全体を含んでなるバイオマスとして酵素を提供し、基質を前記バイオマスに加えることが可能であることを示す。
【0107】
【0108】
さらに、発酵培養液を用いて転換を行った。再び、pKA81a-HADH-PP-AJプラスミドを有する大腸菌MG1655を用いて、デハロゲナーゼ酵素、すなわち配列番号1からなるデハロゲナーゼ活性を有するポリペプチドを発現させた。酵素生産は、標準的なプロトコールを用いた最少培地中での大腸菌の発酵によって行った。遺伝子発現後、100g/Lの細胞濃度に達した。その後、生体内変換(biotransformation)を未処理発酵培養液で行った。発酵培養液を25℃に冷やし、3M KOHを加えることによってpHを9.5に調整した。デハロゲナーゼ反応は、100g/Lの2-ブロモ酪酸、0.5倍量(体積/体積)のpH9.5のグリシン緩衝液、および2倍量(体積/体積)の5M KOHを含有する基質混合物を加えることによって開始した。反応は1時間後に完全転換、すなわち90%eeに達した(
図5参照)。
【0109】
得られたヒドロキシ酪酸とR-2-ブロモ酪酸の混合物から、約30%の純度のR-2-ブロモ酪酸を、酸性化や抽出などの標準的な技術を用いて得ることができる。
【0110】
実施例5 更なる基質の試験
2-ブロモ酪酸に加えて、更なる基質を試験した。その結果を下に記載する。
【0111】
【0112】
実施例6:スケールアップ
反応を2000リットルにスケールアップするための前提条件は、酵素が、細胞溶解物を調製する必要なしにバイオマスとして用意された細胞全体に含まれて使用されうるという発見であった。したがって、大規模では経済的に不可能である、細胞溶解物の濾過などの時間と費用のかかる調製工程を省略することができた。さらに、細胞全体中に基質(ラセミ体)または酵素を含んでなるバイオマスを加えることによって反応を開始できるという知見は、装置が最大限の柔軟性をもって使用できることを意味した。この方法をさらに適合させるために、pH滴定に使用したKOH(上記参照)を50%NaOHに換え、製品抽出用溶媒をMTBEからMIBKに変更し、かつ副生成物の除去に使用したCuSO4をCaCl2に換え、より容易で、かつより安価な廃棄物処理を可能にした。
【配列表】