(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-08
(45)【発行日】2024-10-17
(54)【発明の名称】希土類元素の回収方法
(51)【国際特許分類】
C22B 59/00 20060101AFI20241009BHJP
C22B 1/02 20060101ALI20241009BHJP
C22B 3/06 20060101ALI20241009BHJP
C22B 3/24 20060101ALI20241009BHJP
C22B 3/26 20060101ALI20241009BHJP
【FI】
C22B59/00
C22B1/02
C22B3/06
C22B3/24 101
C22B3/26
(21)【出願番号】P 2021006598
(22)【出願日】2021-01-19
【審査請求日】2023-09-19
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100187702
【氏名又は名称】福地 律生
(74)【代理人】
【識別番号】100162204
【氏名又は名称】齋藤 学
(74)【代理人】
【識別番号】100195213
【氏名又は名称】木村 健治
(72)【発明者】
【氏名】平田 純一
(72)【発明者】
【氏名】石川 恭平
(72)【発明者】
【氏名】樋口 謙一
(72)【発明者】
【氏名】相本 道宏
【審査官】池ノ谷 秀行
(56)【参考文献】
【文献】特表2018-530673(JP,A)
【文献】国際公開第2020/257849(WO,A1)
【文献】特開平05-287405(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第101067183(CN,A)
【文献】特開2016-199789(JP,A)
【文献】特開2012-224943(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第104328290(CN,A)
【文献】米国特許出願公開第2015/0307958(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2019/0136343(US,A1)
【文献】中国特許出願公開第106916975(CN,A)
【文献】特開2019-014928(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22B 1/00-61/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
製鉄プロセスにより生成された鉄鋼スラグから希土類元素を回収する方法であって、
前記鉄鋼スラグに酸を接触させて得られる浸出液のpH
を最終pH
が1.5以上5.0以下となるように調整して希土類元素含有浸出液を得る浸出工程と、
前記希土類元素含有浸出液から固形分を分離する固液分離工程
と、
前記固液分離工程後の希土類元素含有浸出液を固相抽出により処理して、または溶媒抽出と固相抽出の両方により処理して希土類元素濃縮液を得る抽出工程とを含む希土類元素の回収方法。
【請求項2】
前記最終pHが、3.0以上5.0以下の範囲から選択され
る、請求項
1に記載の希土類元素の回収方法。
【請求項3】
前記酸が硝酸であり、前記最終pHが2.5以上5.0以下の範囲から選択される、請求項1に記載の希土類元素の回収方法。
【請求項4】
前記酸が塩酸であり、前記最終pHが3.0以上4.5以下の範囲から選択される、請求項1に記載の希土類元素の回収方法。
【請求項5】
前記酸が硫酸であり、前記最終pHが2.5以上4.5以下の範囲から選択される、請求項1に記載の希土類元素の回収方法。
【請求項6】
前記酸が、無機酸の一種または二種以上からな
る、請求項1
または2に記載の希土類元素の回収方法。
【請求項7】
さらに、前記固液分離工程後
であって前記抽出工程の前に前記希土類元素含有浸出液に塩基または酸を加えてpHを調整してpH調整希土類元素含有浸出液を得る
pH調整工
程を含む、請求項1~
5のいずれか1項に記載の希土類元素の回収方法。
【請求項8】
前記抽出工程で用いる溶媒抽出剤がアミン系と有機リン酸系とカルボン酸系のいずれかの抽出剤であることと、前記抽出工程で用いる固相抽出剤がイミノジ酢酸を官能基とする樹脂であ
る、請求項
1~5のいずれか1項に記載の希土類元素の回収方法。
【請求項9】
さらに、前記抽出工程後に前記希土類元素濃縮液に沈殿剤を加えて希土類元素沈殿物を得る沈殿工程と、前記希土類元素沈殿物を焙焼して希土類元素の酸化物を得る焙焼工程を含む、請求項1~5のいずれか1項に記載の希土類元素の回収方法。
【請求項10】
前記沈殿工程で用いる沈殿剤がシュウ酸、酒石酸、炭酸または塩基のいずれかであ
る、請求項
9に記載の希土類元素の回収方法。
【請求項11】
前記鉄鋼スラグが高炉スラグである、請求項1~
5のいずれか1項に記載の希土類元素の回収方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、希土類元素の回収方法に関し、より詳しくは、高炉スラグ、製鋼スラグまたは電炉スラグから希土類元素を回収する希土類元素の回収方法に関する。
【背景技術】
【0002】
希土類元素は、水素吸蔵合金、二次電池原料、光学ガラス、希土類磁石、蛍光体、研磨剤、アルミニウム等、多様な材料に対する添加材として利用されており、産業的価値の高い元素群である。しかしながら、希土類元素鉱石の埋蔵地域は偏在しており希少価値が高いため、供給量が世界的に少なく、また、社会情勢の変化による価格変動が激しい問題があった。したがって、希土類元素を安定かつ大量に供給する方法の確立は産業の発展において重要である。
【0003】
ところで、鉄鋼の生産量は金属生産全体の大半を占めており、副生物として生産される鉄鋼スラグの生産量も非常に大きい。例えば、日本国では年間約1億トン以上の粗鋼が生産されており、この副生物として高炉スラグは年間約2300万トン、製鋼スラグは年間約1200万トン、電炉スラグは年間約300万トンずつ生産される。これらの鉄鋼スラグの原料となる鉄鉱石、石炭、石灰石や鉄スクラップには、微量の希土類元素が含まれており、製鉄プロセスを経て鉄鋼スラグへと含有される。
【0004】
特許文献1では、鉄鋼スラグから希土類元素を磁気分離と湿式精錬により回収する方法が示されている。特許文献1に記載されている希土類元素の浸出方法は、食塩水やキレート剤、0.1mol/Lの塩酸または硝酸などを利用するものであった。
特許文献2には、スズスラグから希土類元素、放射性物質、鉄、アルミニウムおよびその他金属を無機酸で溶解して浸出液を得て、前記浸出液に酸化剤と中和剤を加えて放射性物質を沈殿して希土類元素と分離する酸化・中和工程を経た後、液をろ過し、ろ液に酸化剤と中和剤を加えて鉄を沈殿して希土類元素と分離する酸化・中和工程を行った後、液をろ過し、ろ液のpH調整を行って有機溶媒を添加して希土類元素を有機溶媒中に抽出し、得られた抽出液に無機酸を混合して希土類金属を逆抽出するストリップ工程を行った後、希土類金属が逆抽出されたストリップ液にシュウ酸を添加して希土類元素を含有するシュウ酸沈殿物を生成させる希土類元素回収方法が開示されている。特許文献2の方法は、回収目的元素と不純物を酸浸出させた後、酸化・中和工程および溶媒抽出工程で不純物を分離するものであった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特表2018-530673号公報
【文献】特開2012-224943号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
鉄鋼スラグの主成分はケイ素(Si)、鉄(Fe)、アルミニウム(Al)、マグネシウム(Mg)、カルシウム(Ca)等である。これらの主成分元素と希土類元素を分離して希土類元素を回収できるプロセスの構築が必要である。
【0007】
また、鉄鋼スラグに限らない一般的な鉱石には、天然放射性元素であるトリウム(Th)やウラン(U)が極微量に含有されている。鉄鋼スラグに含まれる天然放射性元素は、天然鉱石と同程度に極微量であるため、環境問題を生じることはない。しかしながら、トリウムやウランの化学的性質は希土類元素と類似しているため、希土類元素の精製を行うと天然放射性元素の濃縮物が副生物として生成して、環境問題の原因となる場合がある。したがって、鉄鋼スラグから希土類元素を回収するには、天然放射性元素の濃縮物が生じないプロセスの構築、または、天然放射性元素を含む副生物の厳格な管理が必要である。
【0008】
本発明は、鉄鋼スラグ中の希土類元素を回収するに当たり、鉄鋼スラグの主成分元素および/または放射性元素との分離比を簡便に制御することが可能な希土類元素の回収方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上述した課題を解決するために鋭意研究を重ねた。その結果、鉄鋼スラグに含まれる希土類元素をpH制御しながら酸で浸出することで、希土類元素と主成分元素および/または放射性元素の浸出率をコントロールできることを見出した。これを利用して希土類元素を所定の浸出率で浸出すること、ならびに、浸出工程で主成分元素および/または放射性元素を除去することが可能となることを見出し、本発明を完成するに至った。さらに、上記浸出工程で得た希土類元素含有浸出液を、固相抽出工程と溶媒抽出工程のうち1つまたは両方からなる抽出工程に供し、希土類元素を鉄、アルミニウム、マグネシウム、カルシウム、ケイ素などの鉄鋼スラグの主成分から分離して希土類元素濃縮液を作製し、これに沈殿剤を加える沈殿工程で希土類元素の沈殿物を作製し、これを焙焼して希土類元素の酸化物を得る焙焼工程を経ることで高純度の希土類元素を回収できることを見出した。すなわち、本発明では、以下の態様を含む。
【0010】
(1)
製鉄プロセスにより生成された鉄鋼スラグから希土類元素を回収する方法であって、
前記鉄鋼スラグに酸を接触させて得られる浸出液のpHを最終pHが1.5以上5.0以下となるように調整して希土類元素含有浸出液を得る浸出工程と、
前記希土類元素含有浸出液から固形分を分離する固液分離工程と、
前記固液分離工程後の希土類元素含有浸出液を固相抽出により処理して、または溶媒抽出と固相抽出の両方により処理して希土類元素濃縮液を得る抽出工程とを含む希土類元素の回収方法。
(2)
前記最終pHが、3.0以上5.0以下の範囲から選択される、(1)に記載の希土類元素の回収方法。
(3)
前記酸が硝酸であり、前記最終pHが2.5以上5.0以下の範囲から選択される、(1)に記載の希土類元素の回収方法。
(4)
前記酸が塩酸であり、前記最終pHが3.0以上4.5以下の範囲から選択される、(1)に記載の希土類元素の回収方法。
(5)
前記酸が硫酸であり、前記最終pHが2.5以上4.5以下の範囲から選択される、(1)に記載の希土類元素の回収方法。
(6)
前記酸は、無機酸の一種または二種以上からなる、(1)または(2)に記載の希土類元素の回収方法。
(7)
さらに、前記固液分離工程後であって前記抽出工程の前に前記希土類元素含有浸出液に塩基または酸を加えてpHを調整してpH調整希土類元素含有浸出液を得るpH調整工程を含む、(1)~(6)のいずれか1項に記載の希土類元素の回収方法。
(8)
前記抽出工程で用いる溶媒抽出剤がアミン系と有機リン酸系とカルボン酸系のいずれかの抽出剤であることと、前記抽出工程で用いる固相抽出剤がイミノジ酢酸を官能基とする樹脂である、(1)~(7)のいずれか1項に記載の希土類元素の回収方法。
(9)
さらに、前記抽出工程後に前記希土類元素濃縮液に沈殿剤を加えて希土類元素沈殿物を得る沈殿工程と、前記希土類元素沈殿物を焙焼して希土類元素の酸化物を得る焙焼工程を含む、(1)~(8)のいずれか1項に記載の希土類元素の回収方法。
(10)
前記沈殿工程で用いる沈殿剤がシュウ酸、炭酸、酒石酸または塩基のいずれかであること
を特徴とする、(9)に記載の希土類元素の回収方法。
(11)
前記鉄鋼スラグが高炉スラグである、(1)~(10)のいずれか1項に記載の希土類元素の回収方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、鉄鋼スラグ中の希土類元素を回収するに当たり、鉄鋼スラグの主成分元素および/または放射性元素との分離比を簡便に制御することが可能な希土類元素の回収方法が提供される。さらに、浸出液の最終pHを特定の範囲から選択することにより、鉄鋼スラグから高純度の希土類元素を高い回収率で回収することができる。特に、浸出工程でのpH制御により希土類元素と主成分元素および/または放射性元素の浸出率をコントロールすることで希土類元素の浸出と主成分元素および/または放射性元素との分離を同時に行うことができるため、浸出工程に続く、精製工程の負担を軽減することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】
図1は、希土類元素の回収方法の一例を説明するフローチャートである。
【
図2】
図2は、固相抽出工程の一例を説明するフローチャートである。
【
図3】
図3は、実施例で使用した鉄鋼スラグの粒径分布を示した図である。
【
図4】
図4は、浸出液の最終pHに対する希土類元素の浸出率を示した図である。
【
図5】
図5は、浸出液の最終pHに対する希土類元素とアルミニウムおよびケイ素の分離比を示した図である。
【
図6】
図6は、浸出液の最終pHに対する希土類元素とトリウムの分離比を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の具体的な実施形態(以下、「本実施形態」という)について図面を参照しながら詳細に説明するが、本発明は以下の実施形態に何ら限定されるものではなく、本発明の要旨を変更しない範囲内において適宜変更を加えて実施することができる。
【0014】
希土類元素の用語に含まれる元素の定義は複数存在するが、本開示に示される希土類元素の用語の定義は、ランタン(La)、セリウム(Ce)、プラセオジム(Pr)、ネオジム(Nd)、プロメチウム(Pm)、サマリウム(Sm)、ユウロピウム(Eu)、ガドリニウム(Gd)、テルビウム(Tb)、ジスプロシウム(Dy)、ホルミウム(Ho)、エルビウム(Er)、ツリウム(Tm)、イッテルビウム(Yb)、ルテチウム(Lu)からなるランタノイド(Ln)にイットリウム(Y)とスカンジウム(Sc)を加えた計17元素を含む元素群とする。
【0015】
本開示に示される鉄鋼スラグは、製銑工程で生じる高炉スラグと製鋼工程で生じる製鋼スラグおよび電炉で生じる電炉スラグを含む用語と定義する。
【0016】
図1および
図2は、希土類元素の例示的な回収方法を説明するためのフロー図である。希土類元素の回収方法は、鉄鋼スラグを硫酸、硝酸、塩酸等の酸により浸出して得られた浸出液を精製工程に導入して、鉄鋼スラグの主成分であるアルミニウム、マグネシウム、カルシウム、ケイ素等の元素および放射性元素であるトリウムやウランと希土類元素とを分離して、希土類元素を回収するものである。
【0017】
本発明の第一の特徴は、浸出工程Kにおいて、接触させる鉄鋼スラグと酸の量比を制御して浸出液のpHを制御することによって希土類元素と主成分元素および/または放射性元素の浸出率をコントロールし、希土類元素の浸出を行う点である。最終pHとして適切なpHを選択することにより、希土類元素の高い浸出率や、主成分元素および/または放射性元素との高い分離比を得ることができる。必須の態様ではないが、本発明の第二の特徴は、浸出工程Kで得た希土類含有浸出液中の希土類元素を、固相抽出工程M1と溶媒抽出工程M2のいずれか1つまたは両方を含む抽出工程Mで精製する点である。
【0018】
本発明の方法を用いることで、所望の浸出率および分離比で、鉄鋼スラグから希土類元素を浸出することができる。したがって、高い回収率で鉄鋼スラグ中の希土類元素を回収でき、鉄鋼スラグのような多くの不純物を含有する原料からであっても、高純度の希土類元素を回収できる。また、浸出工程Kにおいて、希土類元素の浸出と、主成分元素および/または放射性元素の粗分離を同時に行うことで、精製工程の負担を軽減してより低コストに希土類元素を回収できる。特に、天然放射性元素であるトリウムを希土類元素回収工程全体の初段である浸出工程で粗分離することで、トリウム濃縮物の生成リスクを排除できる。
【0019】
なお、必須の態様ではないが、浸出工程Kに先立ち、鉄鋼スラグを粉砕して表面積を大きくしてもよい。あるいは、溶解した鉄鋼スラグを冷却する際に水砕処理することで表面積の大きい微粒状の水砕スラグを生産してもよい。鉄鋼スラグの表面積を大きくすることで、鉄鋼スラグ中の希土類元素の浸出率を高めることができる。
【0020】
<浸出工程K>
浸出工程Kでは、鉄鋼スラグを酸に浸漬し、希土類元素を溶媒に浸出する。より詳細には、鉄鋼スラグに酸を接触させて得られる浸出液のpHを所定の最終pHとなるように調整して希土類元素含有浸出液を得る。pHの調製は、鉄鋼スラグに酸を接触させて得られる浸出液のpHをモニターしながら、酸または塩基の追加添加量を制御することにより実施することができる。酸としては、無機酸および有機酸が挙げられ、無機酸が好ましい。無機酸の具体例としては、硫酸、硝酸、塩酸が挙げられ、希土類元素の浸出率、ならびに希土類元素とアルミニウムおよびケイ素との分離比の観点からは塩酸および硝酸が好ましく、希土類元素とトリウムの分離比の観点からは塩酸および硝酸が好ましく、塩酸がより好ましい。分離比と浸出率のバランスの観点からは、硫酸が好ましい。酸は、希土類元素の高い浸出率を得る観点から強酸であることが好ましい。同様の観点から、酸のpKaは-2以下であることが好ましい。酸は、一種または二種以上を使用することができる。
【0021】
浸出工程Kを行う具体的な方法を以下に例示する。浸出反応容器内に鉄鋼スラグを装入し、酸を添加する。このとき、鉄鋼スラグと酸の固液比は、1対1~1対100が好ましい。添加する酸のpHは、1.0以下としてよい。鉄鋼スラグには、10~70%のカルシウムやマグネシウムの酸化物や水酸化物が含有されているので、これらにより中和されることを見込んで、初期に添加する酸の量とpHを決めればよい。pHをモニターする方法としては、鉄鋼スラグに酸を接触させて得られた浸出液にpHセンサーを浸漬して、随時、浸出液のpHをモニターする方法が挙げられる。また、適宜、攪拌等を行い、浸出液のpHが均一となるようにすることが好ましい。また、浸出液温度が、15~35℃の常温、かつ、圧力が1013hpa程度の常圧である条件下でも希土類元素を十分に浸出できるが、浸出速度を高めるために加熱または加圧しながら希土類元素を浸出してもよい。
浸出液のpHが目標とする最終pHより高いときは、pH値をモニターしながら、酸を少量ずつ添加して、最終pHに調整することができる。一方、浸出液のpHが目標とする最終pHより低いときは、pH値をモニターしながら、鉄鋼スラグまたは塩基性物質を少量ずつ添加して、最終pHに調整してもよい。なお、本開示において浸出液の最終pHとは、酸または塩基の添加後、pHの変化速度が1/分以下となった時点でのpHである。塩基性物質としては、特に限定されないが、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化カルシウム、水酸化マグネシウム等が挙げられる。
最終pHは、目的に応じて、適宜決めることができ、例えば上限値7.0未満、6.0、5.5、5.0、4.5、または4.0と、下限値0.0、1.0、1.5、2.0、2.5、または3.0との任意の組み合わせにより構成される範囲から選択してよい。
実施形態の一つでは、希土類元素の浸出率向上の観点から、最終pHは、5.0以下から選択することができる。最終pHを5.0以下から選択すれば、下記(式1)で表される希土類元素の浸出率を、例えば20%以上とすることができる。
[希土類元素の浸出率(%)]=[浸出された希土類元素(μg)]÷[鉄鋼スラグ中の希土類元素(μg)]×100(式1)
他の実施形態においては、最終pHは、1.5以上5.0以下の範囲から選択してもよい。最終pHをこの範囲内の値に制御すると、下記(式2)と(式3)から計算される希土類元素とトリウムの分離比を、例えば約5~約350とすることができる。すなわち、希土類元素を高い浸出率で浸出することと、希土類元素とトリウムの分離を同時に行うことができる。放射性元素であるトリウムを希土類元素回収工程全体の初期段階で分離することによって、放射性物質を含む副生物の生成量を大幅に低減できる。これによって、希土類元素回収における天然放射性元素の濃縮物の管理コストを大幅に削減できる。
[トリウムの浸出率(%)]=[浸出されたトリウム(μg)]÷[鉄鋼スラグ中のトリウム(μg)]×100(式2)
[希土類元素とトリウムの分離比]=[希土類元素の浸出率]÷[トリウムの浸出率](式3)
また、最終pHを1.5以上5.0以下の範囲から選択することで、下記(式4)で表される鉄鋼スラグ中のアルミニウムおよびケイ素の浸出率が低下するため、主成分元素の粗分離と希土類元素の浸出を同時に行えるため、浸出工程に続く、精製工程の負担を軽減することが可能となる。希土類元素とアルミニウムまたはケイ素の分離比は、下記(式5)から計算される。
[アルミニウムまたはケイ素の浸出率(%)]=[浸出されたアルミニウムまたはケイ素(μg)]÷[鉄鋼スラグ中のアルミニウムまたはケイ素(μg)]×100 (式4)
[希土類元素とアルミニウムまたはケイ素の分離比]=[希土類元素の浸出率]÷[アルミニウムまたはケイ素の浸出率] (式5)
他の実施形態においては、最終pHは、3.0以上5.0以下の範囲から選択してもよい。最終pHをこの範囲内の値に制御すると、希土類元素とトリウムの分離比をより高くすることができる。
【0022】
<固液分離工程L>
固液分離工程Lは、前記浸出工程Kで得た希土類元素含有浸出液から固形分を分離する工程である。固液分離工程Lでは、前記浸出工程Kで得た希土類元素含有浸出液と浸出残渣を物理的に分離することができる。分離法としては、連続式シックナー、ディープ・コーン・シックナー、ラメラ・シックナー、ドラムフィルター、ディスクフィルター、水平式ベルトフィルター、フィルタープレス、加圧ろ過機、遠心分離などの公知の固液分離装置を用いればよい。
【0023】
浸出工程Kおよび固液分離工程Lにより得られた希土類元素含有浸出液に任意選択の精製工程を施すことで、希土類元素の純度をより高めることができる。任意選択の精製工程としては、pH調整工程、抽出工程M、沈殿工程N、焙焼工程Oなどが挙げられる。以下、各工程の例示的な方法について記載する。
【0024】
<pH調整工程>
必須の態様ではないが、前記浸出工程Kまたは固液分離工程Lを経た浸出液に塩基または酸を加えてpHを調整してpH調整希土類元素含有浸出液を得てもよい。浸出液のpHを0.5から8の間とすることで、後述の固相抽出工程M1において希土類元素の固相への吸着率が向上し、かつ、カルシウムやマグネシウムなどの鉄鋼スラグの主成分との分離が可能となるためである。
<抽出工程M>
抽出工程Mは、例えば固液分離工程L後の希土類元素含有浸出液から希土類元素を抽出して、希土類元素濃縮液を得る工程である。抽出工程Mは、好ましくは固相抽出の原理で希土類元素を濃縮する固相抽出工程M1と溶媒抽出の原理で希土類元素を濃縮する溶媒抽出工程M2のいずれか1つまたは両方を含む。前記固相抽出工程M1と溶媒抽出工程M2の両方を使用する場合、固液分離工程後の希土類元素含有浸出液を処理する順番はいずれが先でもよい。前記抽出工程Mにおいて、固相抽出工程M1と溶媒抽出工程M2のうち片方のみを使用する場合、設備を簡略化でき低コストで希土類元素を回収できる利点があるが、得られる希土類元素の純度は、固相抽出工程M1と溶媒抽出工程M2の両方を使用する場合に比べて低くなる。一方、固相抽出工程M1と溶媒抽出工程M2の両方を使用して希土類元素を回収する場合、高純度で希土類元素を回収できる利点があるが、固相抽出工程M1と溶媒抽出工程M2のうち1つのみを用いる場合に比べ、設備が大きくなり設備コストは高くなる。以上のメリットとデメリットは、目的に応じて使い分ければよい。例えば、ミッシュメタルのように多少の不純物の混入が問題とならない使途で希土類元素を利用する場合は、1つの抽出工程でよい。一方、電子工業用など、生成物の純度が特に重要となる使途である場合は、固相抽出工程M1と溶媒抽出工程M2を組み合わせた抽出工程が望ましい。
【0025】
<固相抽出工程M1>
固相抽出工程M1は、抽出工程Mに含まれる工程であり、例えば希土類元素吸着工程M11と陽イオン除去工程M12と希土類元素溶離工程M13とを含む工程である。必要に応じて固相抽出工程M1において、固相洗浄工程M14を実施することができる。希土類元素吸着工程M11では、例えば、イミノジ酢酸を官能基とする樹脂からなる固相等の固相抽出剤に浸出液を接触させて陽イオンを固相に吸着させて陽イオン吸着固相を得てよい。続いて陽イオン除去工程M12では、例えば、前記陽イオン吸着固相に0.3N未満の無機酸を接触させて希土類元素以外の陽イオンを固相から溶離させて希土類元素吸着固相を得てよい。希土類元素溶離工程M13では、例えば前記希土類元素吸着固相に0.3N以上3N未満の無機酸を接触させて希土類元素を溶離して希土類元素固相溶離液を得てよい。固相洗浄工程M14では、例えば前記希土類元素溶離工程M13を経た固相に3N以上の無機酸を接触させて不純物陽イオンを溶離してよい。
【0026】
必須の様態ではないが、固相洗浄工程M14を経た固相は、再度、前記希土類元素吸着工程M11の固相として利用できる。固相を繰り返し使用することで、イミノジ酢酸を官能基とする樹脂の消費量を削減でき、経済的に有利である。ただし、繰り返し同じ固相を使用していると、イミノジ酢酸を官能基とする樹脂が劣化して性能が低下して不純物と希土類元素の分離能が低下する。この場合、新しいイミノジ酢酸を官能基とする樹脂と交換することで性能は元の状態に戻る。
【0027】
<溶媒抽出工程M2>
溶媒抽出工程M2は、抽出工程Mに含まれる工程であり、例えば抽出工程M21と逆抽出工程M22とを含む工程である。前記抽出工程M21では、例えば溶媒抽出剤を含む有機溶媒と浸出液を混合して希土類元素を有機溶媒に分配して希土類元素含有有機相を得てよい。前記逆抽出工程M22では、例えば抽出工程M21で得た希土類元素含有有機相を水と混合して希土類元素を有機相から水相に分配させて逆抽出してよい。前記逆抽出工程M22では、必要に応じてpH調整をしてよい。pHは、使用する有機溶媒等に適したpHとしてよい。
【0028】
前記抽出工程M21と逆抽出工程M22において、有機相と水相を混合する際は、遠心抽出器やパルスカラムなどの公知の溶媒抽出装置を用いればよい。
【0029】
抽出工程M21で用いる溶媒抽出剤は、従来公知のものを用いることができ、例えば、ネオデカン酸などのカルボン酸系の抽出剤、ジ(2‐エチルへキシル)リン酸やリン酸トリブチルやトリオクチルホスフィンオキシドなどの有機リン酸系の抽出剤、トリイソオクチルアミンなどのアミン系の抽出剤が挙げられる。溶媒抽出剤は溶媒なしで使用することもでき、ケロシンやキシレンやトルエンなどの水と混合しない有機溶媒に溶かして使用することもできる。溶媒抽出剤は、水相に添加してもよい。
【0030】
<沈殿工程N>
沈殿工程Nは、例えば前記抽出工程Mを経て得られた希土類元素濃縮液に沈殿剤を加えて希土類元素沈殿物を得る工程である。沈殿剤としては、塩基および酸が挙げられる。塩基としては、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム等の金属含有塩基性塩、および水酸化テトラメチルアンモニウム(TMAOH)等の有機塩基が挙げられるが、より高い純度の希土類元素を得る観点から有機塩基が好ましい。酸としては、酒石酸、炭酸、シュウ酸等の酸が挙げられ、シュウ酸が好ましい。
【0031】
前記沈殿工程Nにおいて、沈殿剤にシュウ酸を使用する場合、前記希土類元素濃縮液に含まれるウランやアルミニウム、鉄といった不純物と希土類元素を高効率に分離できる利点があるが、マグネシウムやカルシウムとの分離能は低い欠点がある。一方で、沈殿剤に塩基を用いる場合、前記希土類元素濃縮液に含まれるウランやマグネシウム、カルシウムといった不純物と希土類元素を高効率に分離できる利点があるが、鉄やアルミニウムとの分離能は低い欠点がある。前記希土類元素濃縮液に含まれる不純物は、鉄鋼スラグの成分によって変化するため、また、希土類元素の使途によって問題となる不純物元素が異なるため、目的に応じて沈殿剤を使い分ければよい。
【0032】
得られた希土類元素沈殿物と沈殿後溶液は、物理的に分離することができる。分離法としては、連続式シックナー、ディープ・コーン・シックナー、ラメラ・シックナー、ドラムフィルター、ディスクフィルター、水平式ベルトフィルター、フィルタープレス、加圧ろ過機、遠心分離などの公知の固液分離装置を用いればよい。
【0033】
<焙焼工程O>
焙焼工程Oは、例えば前記沈殿工程Nで得た希土類元素沈殿物を焙焼して希土類元素の酸化物を得る工程である。焙焼工程Oは、洗浄工程O1と加熱工程O2を含んでよい。洗浄工程O1では、例えば沈殿工程Nで得た希土類元素沈殿物を水で洗浄して不純物を除去してよい。加熱工程O2では、例えば前記洗浄工程O1を経た希土類元素沈殿物を加熱して水分を除去し、さらに炭素やリン、窒素などの揮発性元素を気化させて除去すると共に酸素と反応させて希土類元素の酸化物を得てよい。
【0034】
上記焙焼工程Oにおいて、焙焼の条件は限定されるものではないが、例えば、管状炉に入れて約900℃で2時間程度加熱すればよい。あるいは、ロータリーキルン等の連続炉を用いることで、乾燥と焙焼を同一装置内で行えるため、工業的に高効率に希土類元素酸化物を生産できる。
【実施例】
【0035】
以下、実施例により本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの記載に何ら制限を受けるものではない。
【0036】
(実施例1)
浸出工程に先立ち、1cm
3から4cm
3程度の粒径であった鉄鋼スラグをボールミルで粉砕して表面積を高くした鉄鋼スラグの粒度分布の例を
図3に示した。また、実験に用いた鉄鋼スラグを蛍光X線分析法で測定して求めた元素組成を、一例として表1に示した。なお、本実施例では、鉄鋼スラグのうち高炉スラグを対象とした。
【表1】
【0037】
次いで、固液の重量比を1対100として、鉄鋼スラグとpH1.0以下の酸(塩酸、硝酸または硫酸)を接触させた。24時間経過後にpHを測定し、浸出液のpHがあらかじめ決定した値(塩酸:pH9.9、4.3、0.97、0.47、-0.5;硝酸:pH9.9、3.8、0.82、0.39、-0.5;硫酸:pH9.9、3.6、0.67、0.35、-0.6)となっているか確認した。目標値よりも高いpHであった場合は酸を、目標値よりも低いpHであった場合は鉄鋼スラグを添加した。これらの操作を行い、24時間後にあらかじめ決定した値のpHとなったことを確認した後、浸出液を誘導結合プラズマ質量分析計に供して元素分析した。
【0038】
なお、鉄鋼スラグ中の希土類元素の総量については、酸分解法と融解法で鉄鋼スラグを完全溶解して、この試料を上記記載の誘導結合プラズマ質量分析計で測定することにより求めた。また、浸出工程は室温25℃、気圧1013hpaとした。
【0039】
上記測定値を前記(式1)に代入し、希土類元素の浸出率を算出し、最終pHと希土類元素の浸出率の関係を
図4に示した。
図4より明らかなように、浸出液の最終pHを変更することにより、希土類元素の浸出率を変更することができる。特に、浸出液の最終pHを-0.5以上5以下とすることで、20%以上の希土類元素浸出率となることが確認された。すなわち、浸出液のpH制御が希土類元素浸出率の制御に有効であることが示された。
【0040】
また、(式4)を用いてアルミニウムとケイ素の浸出率を求め、これと希土類元素の浸出率を(式5)に代入して希土類元素とアルミニウムまたはケイ素の分離比を求めた。得られた結果を
図5に示した。
図5より明らかなように、浸出液の最終pHを変更することにより、希土類元素とアルミニウムまたはケイ素の分離比を変更することができる。すなわち、浸出液のpH制御が希土類元素とアルミニウムまたはケイ素の分離比のコントロールに有効であることが示された。特に、最終pHを1.5以上5.0以下の範囲から選択した場合、他のpH条件に比べて希土類元素とアルミニウムまたはケイ素の分離比は高かった。さらに、塩酸または硝酸を用いて浸出液の最終pHを1.5以上5.0以下の範囲から選択した場合、希土類元素とアルミニウムまたはケイ素の分離比を約2~9とすることができた。すなわち、浸出液の最終pHを上記範囲から選択することで、鉄鋼スラグの主成分元素であるアルミニウムやケイ素と希土類元素の粗分離と希土類元素の浸出を同時に行えるため、浸出工程に続く、精製工程の負担を軽減することが可能となる。本法で得た浸出液を
図1および
図2に示すLからOの工程で処理することで、希土類元素を効率的に回収できる。
【0041】
次に、同様の方法でトリウムの浸出率を求めた。すなわち、実験値を(式2)と(式3)に代入し、トリウムの浸出率および希土類元素とトリウムの分離比を算出して
図6に示した。
図6より明らかなように、浸出液の最終pHを変更することにより、希土類元素とトリウムの分離比を変更することができる。すなわち、浸出液のpH制御が希土類元素とトリウムの分離比の制御に有効であることが示された。特に、最終pHを1.5以上5.0以下の範囲から選択することで、分離比を約5~350とすることができる。浸出液の最終pHを上記範囲から選択することで、放射性元素であるトリウムと希土類元素の粗分離と希土類元素の浸出を同時に行えるため、浸出工程に続く、精製工程の負担を軽減することが可能となる。特に、希土類元素回収工程全体の初期段階でトリウムを分離することによって、放射性物質を含む副生物の生成量を大幅に低減でき、天然放射性元素の濃縮物の管理コストを大幅に削減できる。上記方法で得た浸出液を
図1および
図2に示すLからOの工程で処理することで、希土類元素を効率的に回収できる。
【0042】
(実施例2)
浸出液の最終pHを特定範囲から選択した場合の効果を検証するために、1万トンの鉄鋼スラグから回収される希土類元素重量とトリウム重量を試算した。すなわち、硫酸を用いて最終pHを-0.5とした場合と、最終pHを3.6とした場合に浸出された希土類元素とトリウムの重量を実施例1と同様の操作により求め、1トンの鉄鋼スラグから回収される希土類元素とトリウムの重量を試算して表2に示した。試算を簡便化するために、
図1中の抽出工程Mから焙焼工程Oまでの希土類元素とThの挙動が同じであり、かつ、収率が100%であることを仮定した。
【表2】
【0043】
表2から明らかなように、浸出液の最終pHを-0.5とした場合、1万tの高炉スラグを処理すると100kg以上のトリウム濃縮物が廃棄物として生じうる。一方、回収工程の初期段階である浸出工程で浸出液の最終pHを3.6とし、トリウムと希土類元素を高い分離比で分離した場合、放射性物質としての扱いが必要な濃度レベルでのトリウム濃縮を低減することができ、廃棄物の生成量は、1万tの高炉スラグ処理につき10kg以下で済む。pH制御を伴う浸出で希土類元素とトリウムを分離することで、トリウムの管理コストを削減でき、精製工程の負担を軽減してより低コストに希土類元素を回収できる。
【符号の説明】
【0044】
K 浸出工程
L 固液分離工程
M 抽出工程
M1 固相抽出工程
M2 溶媒抽出工程
N 沈殿工程
O 焙焼工程
O1 洗浄工程
O2 加熱工程
M11 希土類元素吸着工程
M12 陽イオン除去工程
M13 希土類元素溶離工程
M14 固相洗浄工程