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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-08
(45)【発行日】2024-10-17
(54)【発明の名称】骨格部材
(51)【国際特許分類】
   B62D 21/15 20060101AFI20241009BHJP
【FI】
B62D21/15 Z
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2023518671
(86)(22)【出願日】2022-04-26
(86)【国際出願番号】 JP2022018966
(87)【国際公開番号】W WO2022234793
(87)【国際公開日】2022-11-10
【審査請求日】2023-09-05
(31)【優先権主張番号】P 2021078462
(32)【優先日】2021-05-06
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【弁理士】
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【弁理士】
【氏名又は名称】大浪 一徳
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【弁理士】
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 洋
(74)【代理人】
【識別番号】100217249
【弁理士】
【氏名又は名称】堀田 耕一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100221279
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 健吾
(74)【代理人】
【識別番号】100207686
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 恭宏
(74)【代理人】
【識別番号】100224812
【弁理士】
【氏名又は名称】井口 翔太
(72)【発明者】
【氏名】相藤 孝博
(72)【発明者】
【氏名】竹田 健悟
(72)【発明者】
【氏名】中野 克哉
(72)【発明者】
【氏名】戸田 由梨
【審査官】大宮 功次
(56)【参考文献】
【文献】特開2020-153401(JP,A)
【文献】特開平05-195149(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B62D 21/15
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼板を冷間プレス成形することにより形成される骨格部材であって、
前記骨格部材は、長手方向に垂直な断面が閉断面である閉断面部を有し、
前記閉断面部は、当該断面における最大外形寸法よりも曲率半径が大きい部位である少なくとも1つの平坦部位を有し、
前記少なくとも1つの平坦部位のうち、カルマンの有効幅式から求められる有効幅に対する割合が最大である幅を有する平坦部位を基準平坦部位と定義したとき、
前記基準平坦部位における板厚中心部のビッカース硬度が300Hv以上であり、
前記基準平坦部位の幅が、前記有効幅の2.0倍以下であり、
前記基準平坦部位の表層部における硬さ頻度分布の標準偏差を、前記基準平坦部位の板厚中心部における硬さ頻度分布の標準偏差で割って求められる標準偏差比が1.0より大きい
ことを特徴とする骨格部材。
【請求項2】
前記閉断面部が、前記骨格部材の前記長手方向の全長の50%以上に存在する
ことを特徴とする請求項1に記載の骨格部材。
【請求項3】
前記骨格部材は、前記長手方向に延在する第一骨格部材と、前記長手方向に延在するとともに前記第一骨格部材に接合される第二骨格部材と、を含み、
前記閉断面部は、前記第一骨格部材と、前記第二骨格部材とを含む
ことを特徴とする請求項1又は2に記載の骨格部材。
【請求項4】
前記標準偏差比が1.20より大きい
ことを特徴とする請求項1又は2に記載の骨格部材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エネルギー吸収効率に優れた骨格部材に関する。
本願は、2021年5月6日に、日本に出願された特願2021-078462号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
従来、自動車の骨格部材として、鋼板を所定の閉断面形状に加工した中空部材が使用されている。このような骨格部材は、軽量化を実現するとともに、衝突により軸方向への入力荷重が加えられた際に十分な耐力及びエネルギー吸収性能を発揮することが求められる。
【0003】
軽量化を実現するために主に用いられる手段として、鋼板の高強度化により耐力及びエネルギー吸収性能を高めた分だけ、部材を薄肉化して軽量化する方法が挙げられる。このため、近年、引張強度が980MPa以上の冷延鋼板が骨格部材の材料として使用されることがある。
【0004】
特許文献1には、耐座屈性を高めることを目的として、成形加工された薄板からなる車両用耐衝突補強材であって、本体部と、折曲部を介して本体部と一体化された一対の側壁部とを少なくとも備え、本体部にはその長手方向に沿って本体部の幅方向中央に延在する凹ビードが設けられており、凹ビードと折曲部との距離を有効幅c’として特定の範囲を満たすように凹ビードが設けられている車両用耐衝突補強材が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】日本国特開2009-286351号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1の技術によれば、有効幅を考慮してビードが設けられることで弾性座屈を抑制でき耐力を向上させることができる。しかし、更なる薄肉化による軽量化のためには、骨格部材の単位断面積あたりのエネルギー吸収量であるエネルギー吸収効率を更に高める工夫が求められる。
【0007】
本発明は、上記問題に鑑みてなされたものであり、本発明の目的とするところは、エネルギー吸収効率に優れた骨格部材を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の具体的態様は以下のとおりである。
(1)本発明の第一の態様は、鋼板を冷間プレス成形することにより形成される骨格部材であって、前記骨格部材は、長手方向に垂直な断面が閉断面である閉断面部を有し、前記閉断面部は、当該断面における最大外形寸法よりも曲率半径が大きい部位である少なくとも1つの平坦部位を有し、前記少なくとも1つの平坦部位のうち、カルマンの有効幅式から求められる有効幅に対する割合が最大である幅を有する平坦部位を基準平坦部位と定義したとき、前記基準平坦部位における板厚中心部のビッカース硬度が300Hv以上であり、前記基準平坦部位の幅が、前記有効幅の2.0倍以下であり、前記基準平坦部位の表層部における硬さ頻度分布の標準偏差を、前記基準平坦部位の板厚中心部における硬さ頻度分布の標準偏差で割って求められる標準偏差比が1.0より大きい骨格部材である。
(2)上記(1)に記載の骨格部材では、前記閉断面部が、前記骨格部材の前記長手方向の全長の50%以上に存在してもよい。
(3)上記(1)又は(2)に記載の骨格部材では、前記骨格部材は、前記長手方向に延在する第一骨格部材と、前記長手方向に延在するとともに前記第一骨格部材に接合される第二骨格部材と、を含み、前記閉断面部は、前記第一骨格部材と、前記第二骨格部材とを含んでもよい。
(4)上記(1)~(3)のいずれか一項に記載の骨格部材では、前記標準偏差比が1.20より大きくてもよい。
【発明の効果】
【0009】
上記の態様によれば、基準平坦部位において、幅及び硬さ標準偏差比を適正な範囲に制御することにより、弾性座屈を抑制しながら軸方向の荷重による蛇腹変形の途中での破断を防止することができる。これによって、高強度の薄肉部材を用いた場合であっても高度なエネルギー吸収性能を得ることができる。従って、優れたエネルギー吸収効率を発揮することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】エネルギー吸収量を説明するための模式図である。
図2】本発明の一実施形態に係る骨格部材10を示す斜視図である。
図3図2の切断線A1-A1の断面図である。
図4】引張強度が980MPa以上の冷延鋼板について、硬さ標準偏差比とVDA曲げ試験でのVDA曲げ角度比との関係を示すグラフである。
図5】変形例に係る骨格部材20を示す斜視図である。
図6図5の切断線A2-A2の断面図である。
図7】構造部材が適用される一例としての自動車骨格100を示す斜視図である。
図8】実施例で用いる角筒材の断面形状を説明するための模式図である。
図9】実験例について、有効幅比とエネルギー吸収効率との関係をプロットしたグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明者らは、優れたエネルギー吸収効率を発揮可能とする骨格部材の構成について鋭意検討した。
まず、優れたエネルギー吸収効率を発揮するためには、一定以上の耐力を有することが重要である。衝突により軸方向への入力荷重が加えられた際には、変形初期に平坦部位での弾性座屈が生じる場合がある。弾性座屈が発生すると、必要な耐力が得られず、優れたエネルギー吸収効率を発揮できない場合がある。
また、優れたエネルギー吸収効率を発揮するためには、衝突により軸方向への入力荷重が加えられた直後に、骨格部材が所望の変形モードでの折り畳み変形を実現することで衝撃エネルギーを効率的に吸収することも重要である。特に、軸方向の荷重による蛇腹変形の途中での破断(折り畳まれ部での破断)が発生すると、優れたエネルギー吸収効率を発揮できない場合がある。
従って、平坦部位において弾性座屈が発生しにくい断面設計とするとともに、破断しにくい高い曲げ性能を付与することができれば、優れたエネルギー吸収効率を発揮することが可能となると言える。
【0012】
ここで、軽量化を実現するための手段として部材を高強度化して薄肉化する場合、下記の問題点が生じる。
・薄肉化により部材の平坦部位での弾性座屈が発生し易くなるため必要な耐力を得ることが困難となる。
・高強度化により鋼板の曲げ性能が低下し、変形開始後の折り畳まれ部での破断が発生し易くなるため、衝撃エネルギーを効率的に吸収することが困難となる。
上記の問題点が、高強度鋼板の更なる高強度化及び薄肉化を妨げる要因となっていることに本発明者らは着目した。
本発明者らは更に検討を進めたことにより、基準平坦部位において、幅及び硬さ標準偏差比を適正な範囲に制御することにより、弾性座屈を抑制しながら軸方向の荷重による蛇腹変形の途中での破断を防止することができることを見出した。このような制御により、高強度鋼板を用いる場合において懸念される上記の問題点を解消し、優れたエネルギー吸収効率を発揮できることを見出し、本発明を完成させた。
【0013】
以下、上記知見に基づきなされた本発明の第一実施形態に係る骨格部材10について説明する。
なお、本明細書及び図面において、実質的に同一の機能構成を有する構成要素については、同一の符号を付することにより重複説明を省略する。
【0014】
まず、本明細書における語句について説明する。
「長手方向」とは、骨格部材の材軸方向、すなわち、軸線が延びる方向を意味する。
「平坦部位」は、骨格部材の長手方向に垂直な断面において直線状の部位、具体的には、断面の最大外形寸法よりも曲率半径が大きい部位を意味する。最大外形寸法とは、当該断面における任意の二点の端部間距離が最大となる直線の長さを意味する。
「コーナ部位」は、骨格部材の長手方向に垂直な断面のうち、平坦部位を除いた非直線状の部位を意味する。
【0015】
「幅」は、閉断面部の周方向に沿う線長を意味し、「平坦部位の幅」とは、平坦部位における一端と他端との間の線長を意味する。
「有効幅」は、カルマンの有効幅理論に基づく以下の(1)式、すなわちカルマンの有効幅式から求められる有効幅Wである。
【数1】
ここで、
σ:平坦部位の降伏応力(MPa)
E:平坦部位のヤング率(MPa)
t:平坦部位の板厚(mm)
ν:平坦部位のポアソン比
である。
また、鋼板においては、上記平坦部位のヤング率や平坦部位のポアソン比は、一般的な物性値を用いれば良く、更に平坦部位の降伏応力を板厚中心部のビッカース硬度に置き換えることで、有効幅WはW=577t/√hの式から求めることもできる。
ここで、
t:平坦部位の板厚(mm)
h:平坦部位の板厚中心部のビッカース硬度(Hv)
である。(1)式にて有効幅Wを求めることが困難な場合には、上記式により求めることができる。
「有効幅比」とは、有効幅Wに対する平坦部位の幅Wの割合であり、W/Wで算出される値である。有効幅比の値が小さいほど、弾性座屈が生じにくい断面形状であると言える。
「基準平坦部位」は、長手方向の任意の位置での閉断面部における平坦部位のうち、有効幅比が最大である平坦部位を意味する。
「表層部」とは、鋼板の表面から板厚方向への離間距離が鋼板の板厚の1%である深さ位置と、鋼板の表面から板厚方向への離間距離が鋼板の板厚の5%である深さ位置との間の領域を意味する。
「板厚中心部」とは、鋼板の表面から鋼板の板厚方向への離間距離が板厚の3/8である深さ位置を意味する。
深さ位置の基準としている「鋼板の表面」とは、母材鋼板の表面を意味する。例えば、めっき又は塗装がされている場合や錆等が形成されている場合には、めっき、塗装および錆を除いた状態の鋼板の表面を深さ位置の基準とする。なお、母材鋼板の表面にめっき、塗装、錆等の表層被膜が形成される場合、当該表層被膜と母材鋼板の表面との境界は様々な公知の手段で容易に識別される。
【0016】
「エネルギー吸収量」は、骨格部材を蛇腹変形させた時のインパクタ反力(荷重)とストロークとの関係から算出されるエネルギー吸収量である。インパクタ反力(荷重)とストロークは、図1に示すように、骨格部材を長手方向が上下方向になるように配置し、下端側を完全拘束した状態で上端側から白抜き矢印の方向に剛体フラットインパクタを衝突させることで得ることができる。
「エネルギー吸収効率」は、骨格部材の断面積(板厚×断面線長)あたりのエネルギー吸収量である。骨格部材が長手方向に一様の断面を有していない場合は、部材長手方向に垂直な閉断面のうち、断面積(板厚×断面線長)が最小となる閉断面における断面積(板厚×断面線長)あたりのエネルギー吸収量である。
【0017】
図2は、骨格部材10の斜視図である。骨格部材10は、長手方向に延在する中空筒状の部材である。
【0018】
図3は、図2の切断線A1-A1の断面図である。この図3に示すように、骨格部材10は四つの平坦部位11と四つのコーナ部位Cにより略矩形状の閉断面部を形成している。
具体的には、この閉断面部は、第一平坦部位11aと、第一平坦部位11aにコーナ部位Cを介して連なる第二平坦部位11bと、第二平坦部位11bにコーナ部位Cを介して連なる第三平坦部位11cと、第三平坦部位11cにコーナ部位Cを介して連なる第四平坦部位11dと、を備えるとともに、第四平坦部位11dがコーナ部位Cを介して第一平坦部位に連なることにより形成されている。
【0019】
四つのコーナ部位Cはいずれも同一の曲率半径rを有する。例えば、最大外形寸法が140mmであった場合、曲率半径rは140mm以下であればよい。四つのコーナ部位Cの曲率半径は同一である必要はなく、互いに異なっていてもよい。曲率半径の上限値は特に規定されないが、断面の最大外形寸法よりも曲率半径が大きい部位は、コーナ部位ではなく別個の平坦部位、又は、隣接する平坦部位の一部としてみなされるため、コーナ部位Cの曲率半径の上限値は実質的には「断面の最大外形寸法未満」であると言える。
【0020】
本願において、基準平坦部位は、閉断面部における平坦部位のうち有効幅比が最大である平坦部位と定義されている。
第一平坦部位11a、第二平坦部位11b、第三平坦部位11c、及び第四平坦部位11dは、いずれも同一の降伏応力σ、ヤング率E、板厚t、及びポアソン比νを有している。
従って、それぞれの平坦部位11についての幅W/有効幅Wで算出される有効幅比は、それぞれの平坦部位11の幅Wのみに依存して決定される。
このため、本実施形態においては、閉断面部のうち幅Wが最も大きい第一平坦部位11aと第三平坦部位11cが基準平坦部位として設定される。
【0021】
基準平坦部位では、骨格部材10が軸方向への圧縮力を受けたときに、変形初期に弾性座屈が最も生じやすい。従って、この基準平坦部位の幅Wが大きすぎると、必要な耐力が得られず、優れたエネルギー吸収効率を発揮することが困難となる。従って、基準平坦部位の幅Wの上限は、有効幅Wの2.0倍以下に設定される。
【0022】
尚、基準平坦部位の幅Wの下限は特に設定されるものではないが、基準平坦部位の幅Wが小さすぎると、骨格部材10の閉断面部の面積が低下し、耐力を確保することが困難となる。
従って、基準平坦部位の幅Wは、有効幅Wの0.1倍以上であることが好ましい。
【0023】
基準平坦部位における板厚は、軽量化の観点から、4.2mm以下であることが好ましい。
一方、基準平坦部位の板厚が0.4mm未満である場合、基準平坦部位における弾性座屈が生じやすくなるため、基準平坦部位の幅Wの設定範囲の制約が大きくなる。従って、基準平坦部位の板厚は0.4mm以上であることが好ましい。
【0024】
骨格部材10は、引張強度が980MPa以上である冷延鋼板をプレス成形加工により所定の形状に成形し、その後、端面を接合することで形成される。このようにして形成された骨格部材10は、引張強度で980MPa以上の強度を有する。また、このように形成されることで、骨格部材10における基準平坦部位の板厚中心部のビッカース硬度は、JIS Z 2244:2009に記載の方法で実施する硬度試験において、試験荷重を300gf(2.9N)とした場合に、300Hv以上となる。
本願においては、高強度化を前提に変形能を高めて優れたエネルギー吸収効率を発揮させるものであるため、基準平坦部位における板厚中心部の硬度はビッカース硬さで300Hv以上に規定する。
板厚中心部の硬度の上限は特に規定しないが、ビッカース硬さで900Hv以下としてもよい。
【0025】
板厚中心部の硬さの測定方法は以下の通りである。
骨格部材から板面に垂直な断面を有する試料を採取し、当該断面を測定面として調製し、当該測定面を硬さ試験に供する。
測定面のサイズは、測定装置にもよるが、10mm×10mm程度で良い。
測定面の調製方法は、JIS Z 2244:2009に準じて実施する。#600から#1500の炭化珪素ペーパーを使用して測定面を研磨した後、粒度1μmから6μmのダイヤモンドパウダーをアルコール等の希釈液や純水に分散させた液体を使用して測定面を鏡面に仕上げる。硬さ試験は、JIS Z 2244:2009に記載の方法で実施する。マイクロビッカース硬さ試験機を用いて、試料の板厚の3/8位置に、荷重300gfで、圧痕の3倍以上の間隔で30点測定し、それらの平均値を板厚中心部の硬度とする。
【0026】
上述のように、基準平坦部位の幅Wが有効幅Wの2.0倍以下である場合には、弾性座屈を抑制することが可能である。しかし、高強度材、例えば、引張強度が980MPa以上の冷延鋼板においては、有効幅Wを制御することで弾性座屈を抑制できたとしても、曲げ性能が不十分であれば、軸方向の荷重による蛇腹変形の途中での破断が発生してしまうことにより、優れたエネルギー吸収効率が得られない。
【0027】
従来であれば、基準平坦部位における板厚中心部における硬さ頻度分布の標準偏差と表層部における硬さ頻度分布の標準偏差はほぼ同一であり、硬さ標準偏差比は1.0となる。
しかしながら、本実施形態に係る骨格部材10においては、基準平坦部位における板厚中心部における硬さ頻度分布の標準偏差と表層部における硬さ頻度分布の標準偏差との比を適切に制御することによって、曲げ性能を高めている。
従って、高強度材を適用しても蛇腹変形の途中での破断を抑制し、従来と比べて格段に優れたエネルギー吸収効率を発揮することを可能としている。
具体的には、本実施形態に係る骨格部材10では、基準平坦部位において、表層部における硬さ頻度分布の標準偏差を板厚中心部における硬さ頻度分布の標準偏差で割った値である硬さ標準偏差比が、1.0より大きくなるように制御されている。
【0028】
引張強度が980MPa以上の冷延鋼板を適用する場合において、硬さ標準偏差比を1.0より大きい値とする場合、ドイツ自動車工業会で規定されたVDA基準(VDA238-100)に基づくVDA曲げ試験における最大曲げ角度が大幅に向上することができることを本発明者らは実験により見出している。
図4は、厚さ1.6mmの1470MPa級、1180MPa級、980MPa級の冷延鋼板を用いた場合のVDA曲げ試験の結果を示すグラフであり、各強度クラスの鋼板において、従来のように硬さ標準偏差比が1.0となる鋼板に対して、硬さ標準偏差比が1.0より大きい鋼板の場合、VDA曲げ試験における最大曲げ角(°)が高くなり、VDA角度比が高くなることがわかる。すなわち、硬さ標準偏差比が1.0より大きい場合に、軸方向の荷重により蛇腹変形の途中で破断が発生しにくくなり、優れたエネルギー吸収効率を発揮できる。
【0029】
従って、硬さ標準偏差比は1.05より大きいことが好ましく、1.20より大きいことがより好ましい。
硬さ標準偏差比は、3.0より大きくても曲げ性を高める効果は飽和する。従って、硬さ標準偏差比は3.0以下であることが好ましい。
【0030】
ここで、板厚中心部における硬さ頻度分布と、表層部における硬さ頻度分布は、ビッカース硬さ試験により取得される。
骨格部材から板面に垂直な断面を有する試料を採取し、当該断面を測定面として調製し、当該測定面を硬さ試験に供する。
測定面のサイズは、測定装置にもよるが、10mm×10mm程度で良い。
測定面の調製方法は、JIS Z 2244:2009に準じて実施する。#600から#1500の炭化珪素ペーパーを使用して測定面を研磨した後、粒度1μmから6μmのダイヤモンドパウダーをアルコール等の希釈液や純水に分散させた液体を使用して測定面を鏡面に仕上げる。
【0031】
このようにして鏡面に仕上げた測定面に対し、JIS Z 2244:2009に記載の方法で硬さ試験を実施する。
マイクロビッカース硬さ試験機を用いて、表層部における硬さを測定する。
荷重300gfで、圧痕の3倍以上の間隔で30点測定し、表層部における硬さ頻度分布を求める。
同様に、板厚の3/8の深さ位置においても、荷重300gfで、圧痕の3倍以上の間隔で30点測定し、板厚中心部における硬さ頻度分布を求める。
【0032】
また、上述のビッカース硬さ試験の結果得られた、板厚中心部における硬さ頻度分布と、表層部における硬さ頻度分布において、標準偏差を求めるには、公知の統計学的手法が用いられる。
【0033】
従来のように、引張強度が980MPa以上の冷延鋼板の板厚中心部と表層部で金属組織が同一である場合には、表層部における硬さ頻度分布は板厚中心部における硬さ頻度分布と同一となり、硬さ標準偏差比は1.0となる。
一方、表層部とその近傍のみの金属組織を改質した場合、硬さ標準偏差比は、1.0とは異なる値となる。
本実施形態に係る引張強度が980MPa以上の冷延鋼板で形成された骨格部材10では、表層部とその近傍のみの金属組織を改質することにより、表層部の金属組織が二相組織に近い組織となるため、表層部での硬度の分布、ばらつきが大きくなり、表層部と板厚中心部との硬さ標準偏差比を1.0より大きくすることができる。
具体的には、硬さ標準偏差比は、公知の技術である、鋼板の脱炭焼鈍時の最高加熱温度と保持時間とを調整することにより制御できる。脱炭焼鈍の条件は、水素、窒素または酸素を含有する湿潤雰囲気において、脱炭焼鈍温度(鋼板の最高到達温度)を700~950℃とし、700~950℃の温度域での滞留時間を5秒~1200秒とすることが好ましい。
また、この条件範囲内において焼鈍温度をより高い温度範囲と、滞留温度をより長い時間範囲に絞り込むことで、硬さ標準偏差比を1.20より大きくすることができる。
なお、硬さ標準偏差比の上記条件は、骨格部材10の少なくとも一方の表層部が満たせばよい。ただし、骨格部材10の両側の表層部が上記硬さ標準偏差比の条件を満たすことが好ましい。
【0034】
このように、本実施形態に係る骨格部材10によれば、基準平坦部位において、基準平坦部位の幅Wを制御することにより弾性座屈を抑制するとともに、硬さ標準偏差比の制御により蛇腹変形の途中での破断を抑制することができる。
従って、基準平坦部位の板厚中心部のビッカース硬さが300Hv以上という十分な硬さを有しながらも、エネルギー吸収効率を格段に向上させることができる。
【0035】
以上、添付図面を参照しながら本発明の好適な実施形態について詳細に説明したが、本発明はかかる例に限定されない。
本発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者であれば、本願技術的思想の範疇内において、各種の変更例または修正例に想到し得ることは明らかであり、これらについても、当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。
【0036】
例えば、上記の骨格部材10は単一の部材で構成されているが、複数の部材で構成されてもよい。図5は、変形例に係る骨格部材20を示す斜視図であり、図6は、図5の切断線A2-A2の断面図である。
この骨格部材20は、長手方向に延在する第一骨格部材20Aと長手方向に延在するとともに第一骨格部材20Aに接合される第二骨格部材20Bを含む。そして、第一骨格部材20Aと第二骨格部材20Bにより閉断面部を形成している。
【0037】
第一骨格部材20Aは、板厚が1.2mmの鋼板を冷間プレス成形することで長手方向に垂直な断面が略ハット型形状とされた開断面の部材である。
図6に示すように、第一骨格部材20Aの長手方向に垂直な断面部は、五つの平坦部位21と四つのコーナ部位Cとを備える。
具体的には、第一骨格部材20Aの長手方向に垂直な断面部は、第一平坦部位21aと、第一平坦部位21aにコーナ部位Cを介して連なる第二平坦部位21bと、第二平坦部位21bにコーナ部位Cを介して連なる第三平坦部位21cと、第三平坦部位21cにコーナ部位Cを介して連なる第四平坦部位21dと、第四平坦部位21dにコーナ部位Cを介して連なる第五平坦部位21eと、を備える。
【0038】
第二骨格部材20Bは、板厚が0.8mmの鋼板を冷間プレス成形することで長手方向に垂直な断面が略ハット型形状とされた開断面の部材である。
図6に示すように、第二骨格部材20Bの長手方向に垂直な断面部は、五つの平坦部位23と四つのコーナ部位Cとを備える。
具体的には、第二骨格部材20Bの長手方向に垂直な断面部は、第一平坦部位23aと、第一平坦部位23aにコーナ部位Cを介して連なる第二平坦部位23bと、第二平坦部位23bにコーナ部位Cを介して連なる第三平坦部位23cと、第三平坦部位23cにコーナ部位Cを介して連なる第四平坦部位23dと、第四平坦部位23dにコーナ部位Cを介して連なる第五平坦部位23eと、を備える。
【0039】
そして、第一骨格部材20Aの第一平坦部位21a及び第五平坦部位21eと、第二骨格部材20Bの第一平坦部位23a及び第五平坦部位23eとがそれぞれスポット溶接により接合されている。
このように構成されていることにより、骨格部材20は、長手方向に垂直な断面が閉断面部を有する。
【0040】
本願において、基準平坦部位は、閉断面部における平坦部位のうち有効幅比が最大である平坦部位と定義されている。
第一骨格部材20Aの平坦部位21と第二骨格部材20Bの平坦部位23は、いずれも同一の降伏応力σ、ヤング率E、及びポアソン比νを有している。従って、それぞれの平坦部位21,23についての幅W/有効幅Wで算出される有効幅比は、それぞれの平坦部位21,23の幅Wと板厚tに依存して決定される。
この閉断面部においては、第一骨格部材20Aの第三平坦部位21cと、第二骨格部材20Bの第三平坦部位23cが共に、すべての平坦部位の中で幅が最大である平坦部位である。しかし、第一骨格部材20Aの第三平坦部位21cの板厚よりも、第二骨格部材20Bの第三平坦部位23cの板厚の方が小さいため、第二骨格部材20Bの第三平坦部位23cの有効幅比が最も大きい。従って、第二骨格部材20Bの第三平坦部位23cが基準平坦部位である。
【0041】
従って、変形例に係る骨格部材20においては、基準平坦部位である第二骨格部材20Bの第三平坦部位23cについて、板厚中心部のビッカース硬度を300Hv以上、幅Wを有効幅Wの2.0倍以下、標準偏差比を1.0より大きい値、に制御することによって優れたエネルギー吸収効率を発揮することができる。
【0042】
尚、骨格部材10は対向する辺同士が同一の幅を有する略矩形の断面形状を有しているが、四つの平坦部位11が同一の幅を有する略正方形の断面形状を有していてもよい。
また、平坦部位11の数は特に限られるものではなく、少なくとも一つあればよい。
【0043】
また、実施形態に係る骨格部材10は、全長に亘り一様の断面形状を有するが、全長に亘り一様の断面形状を有さなくてもよく、部材長手方向に垂直な閉断面のうち、断面積(板厚×断面線長)が最小となる閉断面が上記の閉断面部であれば良く、長手方向の全長の一部に存在していればよい。ただし、上記の閉断面部が、長手方向の全長の50%以上に存在することが好ましく、80%以上であることが更に好ましい。
【0044】
尚、骨格部材10、20は、自動車車体の構造部材のうち、衝突時に主に軸方向に圧縮の入力が負荷されることが予期される部材に適用される。図7は、骨格部材10、20が適用される一例としての自動車骨格100を示す図である。
この図7を参照すると、骨格部材10,20は、自動車車体の構造部材のうち、フロントサイドメンバ101、リアサイドメンバ103、サイドシル105、Aピラー107、Bピラー109、ルーフレール111、フロアクロス113、ルーフクロス115、及びアンダーリンフォース117に適用することができる。
【0045】
(実施例)
板厚1.6mmの1470MPa級冷延鋼板である鋼板A及び鋼板B、板厚1.6mmの1180MPa級冷延鋼板である鋼板C、板厚1.6mmの980MPa級冷延鋼板である鋼板Dを準備した。
鋼板B、鋼板C、及び鋼板Dでは、脱炭焼鈍時に、水素と窒素を混合した湿潤雰囲気において、脱炭焼鈍温度(鋼板の最高到達温度)を700~900℃とし、700~900℃の温度域での滞留時間を60~600秒とすることにより、表層部とその近傍のみの金属組織を改質させた。
【0046】
これらの鋼板A、鋼板B、鋼板C及び鋼板Dを冷間プレス成形し、端面同士を溶接することにより、それぞれの鋼板からなる高さ300mmの角筒部材を得た。
鋼板Aは、板厚中心部と表層部で金属組織が同じであるため、基準平坦部位の板厚中心部における硬さ頻度分布の標準偏差と基準平坦部位の表層部における硬さ頻度分布の標準偏差とが等しく、硬さ標準偏差比は1.0となった。一方、鋼板B、鋼板C及び鋼板Dは、板厚中心部の金属組織は改質させずに表層部の金属組織を改質することで、表層部の硬さ頻度分布を変化させ、表層部の標準偏差を調整した。これによって、鋼板Bの基準平坦部位における板厚中心部に対する表層部の硬さ標準偏差比は2.37、鋼板Cの基準平坦部位における硬さ標準偏差比は1.25、鋼板Dの基準平坦部位における硬さ標準偏差比は1.28となった。
プレス成形後の平坦部位における材料特性を表1に示す。
【0047】
【表1】
【0048】
角筒部材の長手方向に垂直な断面は、図8に示すように、4つの平坦部位が同一の幅を有する略正方形の断面設計とした。つまり、それぞれの角筒部材においては、4つの平坦部位の全てが最大の有効幅比を有する基準平坦部位である。このような条件を前提に、基準平坦部位の幅Wを実験例毎に設定した。尚、四つのコーナ部Cの曲率半径はいずれも5mmに設計した。
【0049】
これらの角筒部材に対して、下端側を完全拘束した状態で、上端側から剛体フラットインパクタを時速90kmで衝突させ、この時の変形状態、破断発生状況及びインパクタ反力(荷重)とストロークから吸収エネルギーを算出し、比較した。実験例毎の設定条件とその結果を表2に示す。
【0050】
【表2】
【0051】
1470MPa級冷延鋼板である、鋼板A、鋼板Bにおいて、実験No.1A、2A、3Aでは、硬さ標準偏差比が1.0であることにより、良好な曲げ性を得ることができず、蛇腹変形の途中で折り畳まれ部において破断が発生し、変形を継続することができなかった。これにより、エネルギー吸収効率が劣位であった。また、実験No.4A、4B、5A、5Bでは、蛇腹変形途中での破断は発生しなかったものの、有効幅比が高いため基準平坦部位での弾性座屈が発生し、軸力が発揮できず、エネルギー吸収効率が劣位であった。
実験No.1B、2B、3Bでは、硬さ標準偏差比が適切に制御され、且つ、有効幅比も適切であったため、1470MPa級冷延鋼板を用いながらも、蛇腹変形途中での破断及び弾性座屈が生じず、優れたエネルギー吸収効率を発揮することができた。
尚、図9は、表2に示す実験結果について、有効幅比に対するエネルギー吸収効率を比較したグラフである。このグラフに示す通り、有効幅比を小さくするだけではエネルギー吸収効率の向上は見られないが、本願のように硬さ標準偏差比を適切に制御した場合においては、有効幅比を小さくすることでエネルギー吸収効率が格段に向上することがわかる。
【0052】
また、実験No.2C(1180MPa級冷延鋼板)と実験No.2D(980MPa級冷延鋼板)では、共に、硬さ標準偏差比が適切に制御され、且つ、有効幅比も適切である。これらの実験No.2C及び実験No.2Dにおいては、実験No.2B(1470MPa級冷延鋼板)に比べると強度クラスが低いため、エネルギー吸収効率は劣る結果ではあるが、破断及び弾性座屈が生じていない。従って、硬さ標準偏差比が適切に制御されていない比較例である実験No.2A(1470MPa級冷延鋼板)と比べると強度クラスが低いにも関わらず、高いエネルギー吸収効率を示したことがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0053】
本発明によれば、エネルギー吸収効率に優れた骨格部材を提供することができる。
【符号の説明】
【0054】
10、20 骨格部材
20A 第一骨格部材
20B 第二骨格部材
100 自動車骨格
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9