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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-08
(45)【発行日】2024-10-17
(54)【発明の名称】質量分析装置
(51)【国際特許分類】
   H01J 49/00 20060101AFI20241009BHJP
   H01J 49/42 20060101ALI20241009BHJP
【FI】
H01J49/00 310
H01J49/42 150
H01J49/00 500
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2023578275
(86)(22)【出願日】2022-02-03
(86)【国際出願番号】 JP2022004268
(87)【国際公開番号】W WO2023148887
(87)【国際公開日】2023-08-10
【審査請求日】2024-03-11
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】弁理士法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】前田 一真
【審査官】右▲高▼ 孝幸
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2015/029101(WO,A1)
【文献】国際公開第2016/002046(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01J 49/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
スキャン測定を実行可能である質量分析装置であって、
ユーザーにより指定された分析条件に応じて、1回のスキャン測定を実行する測定単位であるスキャン測定イベントに割り当てられる仮イベント時間を定める仮イベント時間決定部と、
1回のスキャン測定に要する測定時間が前記スキャン測定イベントの仮イベント時間を超えないようなスキャンスピードを、複数の候補の中から選定するスキャンスピード選定部と、
前記スキャン測定イベントの仮イベント時間を、前記スキャンスピード選定部において選定されたスキャンスピードの下でのスキャン測定の所要時間に修正して、該スキャン測定イベントのイベント時間とするイベント時間確定部と、
前記イベント時間確定部で確定したイベント時間に基いて、当該装置を制御するための制御情報を作成する制御情報作成部と、
を備える質量分析装置。
【請求項2】
前記制御情報作成部は、前記スキャン測定イベントの仮イベント時間と前記スキャン測定の所要時間との差である余剰時間を、SIM測定又はMRM測定が実行されるイベントに分配する余剰時間分配部を含む、請求項1に記載の質量分析装置。
【請求項3】
前記制御情報作成部は、前記イベント時間確定部で確定したイベント時間に基いてサンプリング時間間隔に対応するループ時間を算出するループ時間算出部を含む、請求項1に記載の質量分析装置。
【請求項4】
前記スキャン測定として、所定の質量電荷比範囲に亘るスキャン測定を実行するシングルタイプの四重極型質量分析装置である、請求項1に記載の質量分析装置。
【請求項5】
前記スキャン測定として、プリカーサーイオンスキャン測定、プロダクトイオンスキャン測定、ニュートラルロススキャン測定のうちの少なくとも一つを実行するトリプル四重極型質量分析装置である、請求項1に記載の質量分析装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は質量分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
四重極型質量分析装置では一般に、測定モードとして、スキャン測定モードとSIM(Selected Ion Monitering)測定モードが設けられている。スキャン測定モードでは、所定の質量電荷比(m/z)範囲に亘り測定対象のイオンのm/z値を順次変化させることで、そのm/z範囲に含まれるイオンを網羅的に測定する。一方、SIM測定モードでは、指定された特定のm/z値のイオンのみを選択的に測定する。
【0003】
また、MS/MS分析が可能であるトリプル四重極型質量分析装置では、測定モードとして、プロダクトイオンスキャン測定モード、プリカーサーイオンスキャン測定モード、ニュートラルロススキャン測定モード等のスキャン測定モードと、MRM(Multi Reaction Monitering)測定モードが設けられている。
【0004】
プロダクトイオンスキャン測定モードでは、プリカーサーイオンのm/z値を固定し、プロダクトイオンのm/z値を所定のm/z範囲内で変化させつつ測定を行う。プリカーサーイオンスキャン測定モードでは、プロダクトイオンのm/z値を固定し、プリカーサーイオンのm/z値を所定のm/z範囲内で変化させつつ測定を行う。ニュートラルロススキャン測定モードでは、プリカーサーイオンのm/z値とプロダクトイオンのm/z値との差(つまりニュートラルロス)を一定に維持しつつ、プリカーサーイオンのm/z値とプロダクトイオンのm/z値とを各々所定のm/z範囲内で変化させつつ測定を行う。MRM測定モードでは、指定された特定のm/z値のプリカーサーイオンを解離させることで生成された特定のm/z値のプロダクトイオンを選択的に測定する。
【0005】
四重極型質量分析装置、トリプル四重極型質量分析装置のいずれにおいても、スキャン測定では、四重極マスフィルターに印加するRF(Radio Frequency)電圧と直流電圧とを所定の関係を維持しつつ共に高速に変化させながら、広いm/z範囲に亘る測定を行う。この電圧変化に対応する測定対象のm/z値の変化の速度はスキャンスピードと呼ばれ、u/secの単位で表される。
【0006】
液体クロマトグラフ質量分析装置(LC-MS)やガスクロマトグラフ質量分析装置(GC-MS)では、スキャンスピードが速いほどクロマトグラムを構成するサンプル点の時間間隔を狭くすることができ、クロマトグラムにおけるピーク波形の正確性が向上する。それによって、ピークトップに対応する保持時間やピーク面積値の精度が高まる。一方で、スキャンスピードが速いほどマススペクトルの品質は低下し(特許文献1等参照)、セントロイド化したマススペクトルにおけるマスピークのm/z値の精度は低下する。こうしたことから、スキャンスピードは質量分析装置における重要な性能の一つであり、装置(機種)によってスキャンスピードの最速値は決まっている。
【0007】
従来の質量分析装置では、分析に先立ってユーザーは、所望のm/z範囲に亘る1回のスキャン測定を一つの測定単位(以下「イベント」という)として、一測定単位の実行時間(以下「イベント時間」という)を直接的に又は間接的に分析条件の一つとして設定する。なお、間接的にイベント時間が設定される場合というのは、例えば特許文献2に開示されているように、クロマトグラムを構成するサンプリング点の時間間隔(つまりサンプリング周期)に対応するループ時間を分析条件の一つとしてユーザーが指定すると、ループ時間中に実施すべきイベントの数に応じて自動的にイベント時間が導出されるような場合である。
【0008】
スキャン測定のためのイベント時間が決まると、質量分析装置の制御用のソフトウェア又はファームウェアによって、このイベント時間を超えない範囲で最適な、通常は最も遅いスキャンスピードが、予め用意された複数の離散的なスキャンスピードの中から選択される。このようにして、従来の質量分析装置では、スキャン測定が実行されるイベントのイベント時間に応じて最適なスキャンスピードが自動的に設定されるようになっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】特開2012-195104号公報
【文献】国際公開第2016/002046号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
質量分析の分野では、取得されるデータの精度の向上や検出感度の向上が常に求められている。そのためには、データを取得する一連の測定の過程の中で、実質的にデータの取得に寄与していない無駄な時間を減らし、その時間をデータの取得に充てることが重要である。本発明者は、こうした観点で従来の質量分析装置において実施される分析の流れを見直し、一連の測定の中に、実質的にデータの取得が実行されていない無駄な時間があることを見出した。
【0011】
本発明はこうした課題を解決するためになされたものであり、その目的とするところは、実質的に測定が実施されていない時間をできるだけ排除することによって、より効率が良く分析性能が高い質量分析装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明に係る質量分析装置の一態様は、スキャン測定を実行可能である質量分析装置であって、
ユーザーにより指定された分析条件に応じて、1回のスキャン測定を実行する測定単位であるスキャン測定イベントに割り当てられる仮イベント時間を定める仮イベント時間決定部と、
1回のスキャン測定に要する測定時間が前記スキャン測定イベントの仮イベント時間を超えないようなスキャンスピードを、複数の候補の中から選定するスキャンスピード選定部と、
前記スキャン測定イベントの仮イベント時間を、前記スキャンスピード選定部において選定されたスキャンスピードの下でのスキャン測定の所要時間に修正して、該スキャン測定イベントのイベント時間とするイベント時間確定部と、
前記イベント時間確定部で確定したイベント時間に基いて、当該装置を制御するための制御情報を作成する制御情報作成部と、
を備える。
【発明の効果】
【0013】
従来の質量分析装置では、多くの場合、スキャン測定イベントにおいて実行されるスキャン測定の所要時間は、そのスキャン測定イベントに割り当てられているイベント時間よりも短いため、各スキャン測定イベントの終盤付近にはデータ取得が行われない無駄な時間が発生する可能性がある。これに対し、本発明に係る質量分析装置の上記態様によれば、スキャン測定イベントのイベント時間が、採用されるスキャンスピードの下でのスキャン測定の所要時間に合わせて短縮される。
【0014】
これにより、従来、実質的に測定が実施されていない無駄な時間が無くなり、例えば、その時間の分だけスキャン測定の繰り返しの時間間隔を短くしてクロマトグラムにおけるピーク波形の精度を高めることができる。或いは、スキャン測定イベントのイベント時間を短縮した分だけ、見かけ上並行して実施されるスキャン測定以外のSIM測定やMRM測定などのイベントの時間を延ばすこともできる。例えばSIM測定やMRM測定のイベント時間を延ばすことで、そのイベントにおけるデータの取込み時間を長くし、検出感度を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】本発明に係る質量分析装置の一実施形態であるLC-MSの要部の構成図。
図2】本実施形態のLC-MSにおける分析シーケンスの作成手順及び処理の一例を示すフローチャート。
図3図2に示した分析シーケンスの作成手順の模式的な説明図。
図4】イベント設定の一例を示す概略図。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明に係る質量分析装置の一実施形態であるLC-MSについて、添付図面を参照して説明する。
【0017】
図1は、本実施形態のLC-MSの要部の構成図である。
このLC-MSは、測定部である液体クロマトグラフ部(LC部)1及び質量分析部(MS部)2と、制御・処理部3と、入力部5と、表示部6と、を備える。
【0018】
LC部1は、移動相容器10と、移動相を吸引して送給する送液ポンプ11と、移動相中に試料を注入するインジェクター12と、試料に含まれる成分(化合物)を時間方向に分離するカラム13と、を含む。
【0019】
MS部2はトリプル四重極型質量分析装置であり、略大気圧雰囲気であるイオン化室201と、内部が三つに区画された真空チャンバー200と、を含む。真空チャンバー200内には、第1中間真空室202、第2中間真空室203、高真空室204が設けられ、この順に真空度が高くなるように各室は図示しない真空ポンプ(ターボ分子ポンプ及びロータリーポンプ)により真空排気されている。即ち、このMS部2は多段差動排気系の構成である。
【0020】
イオン化室201には、カラム13の出口から溶出液が供給されるエレクトロスプレーイオン化(ESI:Electrospray ionization)プローブ20が配置されている。イオン化室201と第1中間真空室202とは細径の脱溶媒管21を通して連通している。第1中間真空室202と第2中間真空室203とはスキマー23の頂部に形成されたオリフィスを通して連通しており、第1中間真空室202内と第2中間真空室203内にはそれぞれ、多重極型のイオンガイド22、24が配置されている。
【0021】
高真空室204内には、イオン光軸に沿って、前段四重極マスフィルター25と、内部に多重極型のイオンガイド27が配置されたコリジョンセル26と、後段四重極マスフィルター28と、イオン検出器29と、が配置されている。
【0022】
制御・処理部3は、LC部1及びMS部2をそれぞれ制御するとともに、MS部2で得られた信号を処理するものである。この制御・処理部3は、機能ブロックとして、分析条件設定部30と、分析シーケンス作成部31と、分析制御部32と、データ処理部33と、を含む。分析シーケンス作成部31は、さらに下位の機能ブロックとして、仮イベント時間決定部310と、スキャンスピード選定部311と、イベント時間修正部312と、ループ時間算出部313と、余剰時間分配部314と、分析シーケンス決定部315と、を含む。
【0023】
制御・処理部3は、CPU、RAM、ROMなどを含んで構成されるパーソナルコンピューターをハードウェアとし、該コンピューターにインストールされた専用の制御・処理ソフトウェア(コンピュータープログラム)を該コンピューター上で実行することによりその機能の少なくとも一部を実現する構成とすることができる。
【0024】
上記コンピュータープログラムは、例えば、CD-ROM、DVD-ROM、メモリーカード、USBメモリー(ドングル)などの、コンピューターが読み取り可能である非一時的な記録媒体に格納されてユーザーに提供されるものとすることができる。また、上記プログラムは、インターネットなどの通信回線を介したデータ転送の形式で、ユーザーに提供されるようにすることもできる。さらにまた、上記プログラムは、ユーザーがシステムを購入する時点で、システムの一部であるコンピューター(厳密にはコンピューターの一部である記憶装置)にプリインストールしておくこともできる。
【0025】
本実施形態のLC-MSにおいて、LC部1及びMS部2により実行されるLC/MS分析動作の一例を簡単に説明する。これは、MS部2においてプロダクトイオンスキャン測定を行う場合の例である。
【0026】
LC部1において、送液ポンプ11は移動相容器10から移動相を吸引して一定流量でカラム13に送給する。分析制御部32による制御の下で、所定タイミングで以てインジェクター12は移動相中に試料を注入する。この試料注入時点がクロマトグラム作成の際の基点(保持時間ゼロ)となる。注入された試料は移動相に押されてカラム13に導入される。そして、試料中の各種成分は、カラム13を通過する間に該カラム13の液相との相互作用により時間方向に分離され、時間的にずれてカラム13の出口から溶出する。
【0027】
プロダクトイオンスキャン測定の場合、分析制御部32は、測定対象の成分由来の所定のm/z値を有するイオンが選択的に通過するように、前段四重極マスフィルター25に印加する電圧を制御する。また、通過するイオンのm/z値が所定のm/z範囲に亘り順に変化するように、後段四重極マスフィルター28に印加する電圧を制御する。
【0028】
カラム13からの溶出液中の成分は、ESIプローブ20からイオン化室201内に静電噴霧されることでイオン化される。生成されたイオンは脱溶媒管21、イオンガイド22、スキマー23のオリフィス、イオンガイド24を順に経て高真空室204まで送られ、前段四重極マスフィルター25に導入される。試料由来の各種イオンのうち、前段四重極マスフィルター25に印加されている電圧に依存する特定のm/z値を有するイオンのみが前段四重極マスフィルター25を通り抜け、プリカーサーイオンとしてコリジョンセル26に入る。
【0029】
コリジョンセル26にはArなどのコリジョンガスが間欠的に導入され、プリカーサーイオンはコリジョンガスに衝突して解離する。解離により生成されたプロダクトイオンはイオンガイド27で収束されつつコリジョンセル26を出て、後段四重極マスフィルター28に導入される。上述したように後段四重極マスフィルター28は通過するイオンのm/z値が時間経過に伴って変化するように駆動され、それに対応して後段四重極マスフィルター28を通り抜け得た所定のm/z値を有するプロダクトイオンがイオン検出器29に入射する。イオン検出器29は、入射したイオンの量に応じたイオン強度信号を検出信号として制御・処理部3に出力する。
【0030】
制御・処理部3においてデータ処理部33は、受け取った検出信号をデジタル化したデータに基いてマススペクトル(プロダクトイオンスペクトル)を作成するとともに、繰り返し得られるマススペクトルに基いてトータルイオンクロマトグラムや抽出イオンクロマトグラムを作成する。
【0031】
このLC-MSでは、MS/MS分析のモードとして、上述したプロダクトイオンスキャン測定のほか、MRM測定、プリカーサーイオンスキャン測定、ニュートラルロススキャン測定を選択的に実行することができる。また、通常のMS分析のモードとして、スキャン測定及びSIM測定を選択的に実行することができる。通常のMS分析は、前段四重極マスフィルター25におけるイオンの選別、及びコリジョンセル26でのイオンの解離操作、を行わず、後段四重極マスフィルター28をシングルタイプの四重極型質量分析装置における四重極マスフィルターと同様に駆動することで達成され得る。
【0032】
本実施形態のLC-MSでは、分析制御部32は、一種の制御情報である分析シーケンス(メソッド)が記載されたメソッドファイルに従って、LC部1及びMS部2の各部を制御することで分析を実行する。次に、本実施形態のLC-MSにおいて分析シーケンスを作成する際の手順と処理を、図2図4を用いて説明する。図2は、本実施形態のLC-MSにおける分析シーケンスの作成手順及び処理の一例を示すフローチャートである。図3は、図2に示した分析シーケンスの作成手順の模式的な説明図である。図4は、イベント設定の簡単な一例を示す概略図である。
【0033】
本実施形態のLC-MSでは、イベントと呼ばれる測定単位で以て分析条件が設定される。原則として、一つのイベントは一つの測定モードを含み得る。また、スキャン測定のモードでは、一つのイベントは1回のスキャン測定に対応する。従って、例えば上述したように所定のm/z範囲のプロダクトイオンスキャン測定を所定の時間範囲において繰り返す場合には、その時間範囲に対しプロダクトイオンスキャン測定のイベントを繰り返し実行するように分析条件を設定する。
【0034】
オペレーターはまず、入力部5により規定の分析条件についてパラメーター値を入力し、分析条件設定部30は入力されたパラメーター値を受け付ける(ステップS1)。具体的には、分析条件として、保持時間の時間範囲とその時間範囲に実行するイベントの種類(測定モード)、イベント時間、スキャン測定の場合にはスキャン対象のm/z範囲、MRM測定やSIM測定の場合には測定対象のm/z値、などを含むことができる。なお、イベント時間は一つのイベントの実行時間であるが、オペレーターがイベント時間を直接設定するのではなく、オペレーターがサンプリング周期やその逆数に相当するループ時間を設定すると、後述するように、ループ時間を見かけ上同時に実行すべきイベント数で除すことによってイベント時間が制御・処理部3の内部で算出されるようにしてもよい。即ち、イベント時間は、直接的に設定されても間接的に設定されてもいずれでもよい。
【0035】
ここでは簡単な例として、図4に、時間t1~t2の保持時間範囲内に、所定のm/z範囲に対する通常の(MS分析の)スキャン測定イベントと、特定のMRMトランジションについてのMRM測定イベントとの2種類のイベントを実行する場合を例示する。これは、図4に示したように、保持時間範囲t1~t2において所定のm/z範囲に対するスキャン測定と特定のMRMトランジションについてのMRM測定とを交互に繰り返し実行することを意図している。但し、一つのMRM測定イベントは、一つのMRMトランジションについてのMRM測定を実行するものであるとは限らず、異なる複数のMRMトランジションについてのMRM測定を実行するようにしても構わない。
【0036】
分析シーケンス作成部31において仮イベント時間決定部310は、分析条件の一つとしてイベント時間が設定された場合にはそれを、分析条件としてループ時間が設定された場合にはループ時間をイベント数で除することで、仮イベント時間を決定する(ステップS2)。
【0037】
次いで、スキャンスピード選定部311は、スキャン測定イベントに対し、仮イベント時間に応じて最適なスキャンスピードを選定する(ステップS3)。図3に示す例では、[A]、[B]、[C]の三つのスキャンスピードが採用可能である。[A]が最も速いスキャンスピード、[C]が最も遅いスキャンスピードであり、図3では、各スキャンスピードは、時間とスキャンに伴うm/z値の変化との関係で示されている。スキャン測定イベントにおけるスキャンのm/z範囲がM1~M2であるとすると、そのスキャン測定の所要時間(図3ではスキャン測定の実時間)が仮イベント時間以下であってスキャンスピードが最も遅いのは、スキャンスピード[B]である。そのため、ステップS3ではスキャンスピード[B]が選定される。
【0038】
イベント時間修正部312は、上記ステップS3におけるスキャンスピード選定の過程で得られるスキャン測定の実時間と仮イベント時間との差を余剰時間として算出する(ステップS4)。図3の例では、スキャンスピード[B]の下でのスキャン測定の所要時間がスキャン測定の実時間である。スキャンスピードに依存して決まるスキャン測定の所要時間は刻みの大きな離散値である。そのため、多くの場合、無視できない程度に長い余剰時間が発生する。従来の質量分析装置では、実際の測定に際し、この余剰時間は実質的に測定が実行されない無駄な時間として費やされる。
【0039】
イベント時間修正部312は、スキャン測定イベントのイベント時間を、仮イベント時間から余剰時間を差し引いた時間つまりはスキャン測定の実時間に修正したうえで、そのイベント時間を確定する(ステップS5)。即ち、余剰時間が発生している場合には、イベント時間は分析条件に応じて決められたイベント時間よりも短縮される。そのあと、全てのスキャン測定イベントについてステップS3~S5の処理が終了しているか否かが判定され、未処理のイベントがあればステップS3~S5を繰り返す。例えばイベント時間が異なる、或いはm/z範囲が異なるスキャン測定イベントが設定されている場合には、それらスキャン測定イベントに対しては異なるスキャンスピードが選定される可能性があるから、ステップS3~S5が繰り返し実行され得る。
【0040】
ステップS6までの処理によって全てのスキャン測定イベントのイベント時間が確定すると、ループ時間算出部313は、確定したイベント時間に基いてループ時間を決定する(ステップS7)。図4の例では、スキャン測定イベントとMRM測定イベントが交互に実行されるから、スキャン測定イベントのイベント時間とMRM測定イベントのイベント時間を加算したものがループ時間である。上述したように、スキャン測定イベントのイベント時間が短縮された場合には、それに応じてループ時間も短くなる。
【0041】
例えばMRM測定で得られる特定のMRMトランジションに対するイオン強度信号やスキャン測定で得られる特定のm/z値のイオンの強度信号に基いて作成されるクロマトグラムは、ループ時間毎の離散的なデータ点で構成される。従って、ループ時間が短くなるほどクロマトグラムのピーク波形の精度は向上する。ピーク波形の精度が向上すると、クロマトピークの位置から求まる保持時間の精度が向上するから、保持時間を利用した成分同定の正確性が向上する。また、ピーク波形の精度が向上すると、クロマトピークの面積値の精度が向上するため、その面積値を利用した定量の正確性が向上する。つまり、定性、定量のいずれの正確性も向上する。
【0042】
一方、上述したように、ループ時間が分析条件の一つであってループ時間が固定されている(変更不可である)場合には、ループ時間を短縮する代わりに、余剰時間をスキャン測定以外のイベント、具体的にはMRM測定イベントやSIM測定イベントに分配することができる(ステップS7)。この場合、余剰時間分配部314は、ステップS4において算出された余剰時間を、同じループ時間内に実施されるMRM測定イベントやSIM測定イベントに分配する。例えば図4の例では、余剰時間をMRM測定イベントのイベント時間に加算することで、該イベント時間を長くする。
【0043】
MRM測定やSIM測定では、前段四重極マスフィルター25及び/又は後段四重極マスフィルター28にそれぞれ、目的とするm/z値のイオンを通過させるような電圧を印加し、その電圧が静定するような時間が経過したあと、所定のドウェル(Dwell)時間の間、イオン強度信号を取得する。このドウェル時間が長いほど、検出感度及び検出精度が向上する。上述したようにMRM測定イベントのイベント時間が長くなると、その分だけドウェル時間を長くすることができるため、検出精度や検出感度を向上させることができる。これにより、例えば従来では検出できなかった微量な成分の検出が可能となる。
【0044】
こうして各イベントのイベント時間やループ時間が確定したあと、分析シーケンス決定部315はそれらイベント時間やループ時間を含む分析条件に基いて分析シーケンスを決定し、該シーケンスを記載したメソッドファイルを作成して記憶部に保存する(ステップS8)。
【0045】
こうして記憶部に保存されたメソッドファイルに従って分析制御部32が各部を制御することにより、データを取得していない無駄な時間を従来よりも削減した、効率的で且つ精度や感度の高い分析を実施することができる。
【0046】
なお、説明を簡単にするために、通常のスキャン測定とMRM測定とを交互に実施する場合を例に挙げたが、通常のスキャン測定に代えて又はそれに加えて、プロダクトイオンスキャン測定、プリカーサーイオンスキャン測定、ニュートラルロススキャン測定のうちの一又は複数を実施するように変更可能であることは明らかである。また、MRM測定に代えて又はそれに加えて、SIM測定を実施するように変更可能であることも明らかである。
【0047】
また、上記実施形態のLC-MSのMS部2はトリプル四重極型質量分析装置であるが、シングルタイプの四重極型質量分析装置を用いた場合でも、同様にスキャン測定イベントのイベント時間を短縮し、それによってループ時間を短縮したり、余剰時間をSIM測定イベントに分配したりすることができることは明らかである。
【0048】
また、本発明は、LC-MSに限らずGC-MSにも適用可能であるし、LCやGCと組み合わせない単体の質量分析装置にも適用可能であることは明らかである。
【0049】
また、上記実施形態は本発明の一例にすぎず、本発明の趣旨の範囲で適宜変形、修正、追加等を行っても本願特許請求の範囲に包含されることは当然である。
【0050】
[種々の態様]
上述した例示的な実施形態は、以下の態様の具体例であることが当業者により理解される。
【0051】
(第1項)本発明に係る質量分析装置の一態様は、スキャン測定を実行可能である質量分析装置であって、
ユーザーにより指定された分析条件に応じて、1回のスキャン測定を実行する測定単位であるスキャン測定イベントに割り当てられる仮イベント時間を定める仮イベント時間決定部と、
1回のスキャン測定に要する測定時間が前記スキャン測定イベントの仮イベント時間を超えないようなスキャンスピードを、複数の候補の中から選定するスキャンスピード選定部と、
前記スキャン測定イベントの仮イベント時間を、前記スキャンスピード選定部において選定されたスキャンスピードの下でのスキャン測定の所要時間に修正して、該スキャン測定イベントのイベント時間とするイベント時間確定部と、
前記イベント時間確定部で確定したイベント時間に基いて、当該装置を制御するための制御情報を作成する制御情報作成部と、
を備える。
【0052】
第1項に記載の質量分析装置によれば、スキャン測定イベントのイベント時間が、採用されるスキャンスピードの下でのスキャン測定の所要時間に合わせて短縮される。これにより、従来、実質的に測定が実施されていない無駄な時間が無くなり、例えば、その時間の分だけスキャン測定の繰り返しの時間間隔を短くしてクロマトグラムにおけるピーク波形の精度を高めることができる。或いは、スキャン測定イベントのイベント時間を短縮した分だけ、見かけ上並行して実施されるスキャン測定以外のSIM測定やMRM測定などのイベントの時間を延ばすこともできる。例えばSIM測定やMRM測定のイベント時間を延ばすことで、そのイベントにおけるデータの取込み時間を長くし、検出感度を向上させることができる。
【0053】
(第2項)第1項に記載の質量分析装置において、前記制御情報作成部は、前記スキャン測定イベントの仮イベント時間と前記スキャン測定の所要時間との差である余剰時間を、SIM測定又はMRM測定が実行されるイベントに分配する余剰時間分配部を含むものとすることができる。
【0054】
第2項に記載の質量分析装置によれば、上述したように、スキャン測定イベントのイベント時間を短縮した分だけ、見かけ上並行して実施されるスキャン測定以外のSIM測定又はMRM測定のイベント時間を延ばすことができる。これにより、SIM測定やMRM測定におけるデータの取込み時間を長くし、検出感度や検出精度を向上させることができる。
【0055】
(第3項)第1項に記載の質量分析装置において、前記制御情報作成部は、前記イベント時間確定部で確定したイベント時間に基いてサンプリング時間間隔に対応するループ時間を算出するループ時間算出部を含むものとすることができる。
【0056】
第3項に記載の質量分析装置によれば、上述したように、スキャン測定の繰り返しの時間間隔を短くして、クロマトグラムにおけるピーク波形の精度を高めることができる。それにより、該ピークのピークトップの位置(時間)が正確になり、保持時間を利用した成分同定の正確性が向上する。また、ピークの面積値の精度が向上するので、該面積値を利用した定量の正確性が向上する。
る。
【0057】
(第4項)第1項~第3項のいずれか1項に記載の質量分析装置は、前記スキャン測定として、所定の質量電荷比範囲に亘るスキャン測定を実行するシングルタイプの四重極型質量分析装置であるものとすることができる。
【0058】
(第5項)また第1項~第3項のいずれか1項に記載の質量分析装置は、前記スキャン測定として、プリカーサーイオンスキャン測定、プロダクトイオンスキャン測定、ニュートラルロススキャン測定のうちの少なくとも一つを実行するトリプル四重極型質量分析装置であるものとすることができる。
【符号の説明】
【0059】
1…液体クロマトグラフ部(LC)部
10…移動相容器
11…送液ポンプ
12…インジェクター
13…カラム
2…質量分析部(MS部)
20…ESIプローブ
21…脱溶媒管
22、24、27…イオンガイド
23…スキマー
25…前段四重極マスフィルター
26…コリジョンセル
28…後段四重極マスフィルター
29…イオン検出器
200…真空チャンバー
201…イオン化室
202…第1中間真空室
203…第2中間真空室
204…高真空室
3…制御・処理部
30…分析条件設定部
31…分析シーケンス作成部
310…仮イベント時間決定部
311…スキャンスピード選定部
312…イベント時間修正部
313…ループ時間算出部
314…余剰時間分配部
315…分析シーケンス決定部
32…分析制御部
33…データ処理部
5…入力部
6…表示部
図1
図2
図3
図4