(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-08
(45)【発行日】2024-10-17
(54)【発明の名称】熱延鋼板およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20241009BHJP
C22C 38/60 20060101ALI20241009BHJP
C21D 9/46 20060101ALI20241009BHJP
【FI】
C22C38/00 301W
C22C38/60
C21D9/46 T
C21D9/46 U
(21)【出願番号】P 2024504861
(86)(22)【出願日】2023-09-19
(86)【国際出願番号】 JP2023033819
(87)【国際公開番号】W WO2024105998
(87)【国際公開日】2024-05-23
【審査請求日】2024-01-25
(31)【優先権主張番号】P 2022183468
(32)【優先日】2022-11-16
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001542
【氏名又は名称】弁理士法人銀座マロニエ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼坂 典晃
(72)【発明者】
【氏名】松田 広志
【審査官】鈴木 毅
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-179539(JP,A)
【文献】特開2011-225938(JP,A)
【文献】特開2015-028207(JP,A)
【文献】国際公開第2014/119259(WO,A1)
【文献】国際公開第2018/143318(WO,A1)
【文献】国際公開第2016/136810(WO,A1)
【文献】国際公開第2012/147898(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00 - 38/60
C21D 8/00 - 8/04
C21D 9/46 - 9/48
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.035%以上0.110%未満、
Si:1.5%以下、
Mn:1.3%以下、
P:0.05%以下、
S:0.010%以下、
Al:0.005%以上0.080%以下、
N:0.0060%以下、
Ti:0.08%以上0.20%以下を含有し、
任意選択的に、さらに、下記のA群及びB群のうちから一方又は両方の成分を含有し、
記
A群;
B:0.0002%以上0.0050%以下、
B群;
Nb、V、Mo、Sb、REM、Mg、Ca、Sn、Ni、Cu、Co、As、Cr、W、Ta、Pb、Cs、Zr、Hf、Te、Bi及びSeのいずれか1種以上を
それぞれ0.03%以下、合計で1%以下、
残部がFe及び不可避的不純物からなる成分組成を有し、
金属組織の面積率で、
フェライトが0%以上85%以下、
残留オーステナイトが3%以下、
ラス形態の組織が5%以下、
KAM値が1.0以上の組織が15%以上であって、
平均粒子径が8nm以下のTiを含む炭化物を有する、降伏強さが680MPa以上の熱延鋼板。
【請求項2】
前記熱延鋼板の表面にめっき層を有することを特徴とする請求項1に記載の熱延鋼板。
【請求項3】
請求項1に記載の成分組成を有する鋼素材を、加熱温度が1200℃以上に加熱し、又は鋳造後加熱せずに、粗圧延してシートバーとする粗圧延工程と、
該シートバーを圧延
する開始温度が950℃以上
1100℃以下、1パス目から5パス目までの合計圧下率が75%以上、及び圧延の完了温度が860℃以上910℃以下で仕上げ圧延して熱延鋼板とする仕上げ圧延工程と、
該熱延鋼板を600℃以上700℃以下の冷却停止温度まで平均冷却速度40℃/s以上で冷却する冷却工程と、
冷却された前記熱延鋼板を巻取温度が600℃以上700℃以下で巻き取る巻取工程と、
を含
み、
得られた熱延鋼板は、金属組織の面積率で、
フェライトを0%以上85%以下、
残留オーステナイトを3%以下、
ラス形態の組織を5%以下、
KAM値が1.0以上の組織を15%以上とし、
平均粒子径が8nm以下のTiを含む炭化物を有し、降伏強さを680MPa以上とすることを特徴とする熱延鋼板の製造方法。
【請求項4】
前記粗圧延工程、又は前記仕上げ圧延工程の前に、請求項1に記載の成分組成を有する、厚さが35mm以上200mm以下の鋼素材を鋳造する鋳造工程を含み、
前記粗圧延工程を適用し、または、適用せずにシートバーとすることを特徴とする請求項3に記載の熱延鋼板の製造方法。
【請求項5】
前記粗圧延工程と前記仕上げ圧延工程の間に、粗圧延された前記シートバーと先行するシートバーとを1050℃以上で接合する接合工程を含み、
前記仕上げ圧延工程では、接合された前記シートバーを仕上げ圧延することを特徴とする請求項3に記載の熱延鋼板の製造方法。
【請求項6】
さらに、前記熱延鋼板を、焼鈍温度が720℃以下で焼鈍する熱延板焼鈍工程と、
焼鈍された前記熱延鋼板にめっき処理を施すめっき工程と、
を含むことを特徴とする請求項3から5のいずれか1項に記載の熱延鋼板の製造方法。
【請求項7】
さらに、めっきされた前記熱延鋼板に480℃以上600℃以下の合金化処理を施す合金化工程を含むことを特徴とする請求項6に記載の熱延鋼板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、降伏強さが680MPa以上で、優れた曲げ加工性と靭性を有する熱延鋼板およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、地球環境保全の観点から、CO2排出量の規制を目的として自動車業界全体で自動車の燃費改善が指向されている。自動車の燃費改善には、使用部品の薄肉化による自動車の軽量化が最も有効であるため、近年、自動車部品用素材としての高強度鋼板の使用量が増加しつつある。
一般に、鋼板の高強度化にともない成形性および靭性は悪化する傾向にあるため、高強度鋼板の普及をさらに拡大させるには高い強度、加工性及び靭性の並立が必須である。
【0003】
そこで、これらの問題を解決するため、これまでに様々な鋼板の高強度化と加工性向上の技術が提案されている。
【0004】
例えば、特許文献1では、面積率が95%以上のフェライト結晶中に平均粒径6nm未満のTi炭化物と平均粒径0.5μm以下のTiSを鋼板中に分散させた熱延鋼板が開示されている。そうすることで曲げ加工性が良好な引張強さが780MPa以上900MPa以下の高張力熱延鋼板が得られるとしている。
【0005】
特許文献2では、Ti、Nbを1種以上含む鋼スラブを加熱し、熱間粗圧延して鋼板とし、先行する粗圧延された鋼板の後端と接合して、Ar3~Ar3+50℃の範囲で熱間仕上げ圧延する技術が開示されている。そうすることにより、靭性が良好な加工用熱延鋼板が得られるとしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】国際公開第2013/099196号
【文献】特開平09-227949号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、上記特許文献に開示された従来技術には、以下のような問題がある。
【0008】
特許文献1に記載の技術では、例えば実施例の鋼板No.5でみられるように、本発明で求める組織を得ることができない。このため、降伏強さが680MPa以上で良好な曲げ加工性と靭性を両立することができない。
【0009】
また、特許文献2に記載の技術では、降伏強さが680MPa以上の高強度が得られないうえ、良好な曲げ性を得るための要件についても、特許文献2は何ら示唆がない。さらに、高靭性を得るための熱延温度の狭レンジ制御は、製造性を著しく妨げ、製造サイズによっては実施できない場合があった。
【0010】
本発明は、従来技術が抱える上記の問題点に鑑み開発したものであって、降伏強さ(YS)が680MPa以上で、優れた曲げ加工性と靭性を有する熱延鋼板およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
発明者らは上記課題を解決するために、降伏強さが680MPa以上の熱延鋼板における曲げ加工性と靭性とを兼備する要件について鋭意検討した。良好な曲げ加工性を得るには、高い延性を持たせることが必要であるため、高強度化には不利な条件ではあるが、高い全伸びが得られる、高い巻取温度を前提とするプロセスを検討した。熱延鋼板の巻取温度が600℃以上で680MPa以上の降伏強さを得るため、ナノサイズの極めて微細なTiを含む炭化物で熱延鋼板を強化することとした。
【0012】
しかしながら、Tiを含む炭化物を析出させる熱延鋼板の巻取温度が600℃以上では、転位を多く含まないフェライト相が鋼板中に生成することがこれまでの常識であった。このフェライト組織での靭性に大きな影響をおよぼす破面単位は、フェライト粒径と同等であるとされる。そして、フェライト相の微細化の検討を行った結果、安定的に目的の靭性を得ることは困難であると結論付けた。
【0013】
そこで、この熱延鋼板の巻取温度が600℃以上でフェライト以外の結晶組織の形成の可能性について鋭意検討した結果、フェライトともベイナイトとも分類されない、新しい組織が得られ、この組織の強度、曲げ加工性及び靭性が良好であることを見出した。
この新しい組織は、熱間圧延の仕上げ圧延の過程で再結晶し、この微細な再結晶オーステナイト粒から生成することを知見した。
【0014】
上記知見に基づき開発した本発明に係る熱延鋼板は、以下のように構成される。
[1]質量%で、C:0.035%以上0.110%未満、Si:1.5%以下、Mn:1.3%以下、P:0.05%以下、S:0.010%以下、Al:0.005%以上0.080%以下、N:0.0060%以下、Ti:0.08%以上0.20%以下、
任意選択的に、さらに、下記のA群及びB群のうちから一方又は両方を含有し、
A群;B:0.0002%以上0.0050%以下、
B群;Nb、V、Mo、Sb、REM、Mg、Ca、Sn、Ni、Cu、Co、As、Cr、W、Ta、Pb、Cs、Zr、Hf、Te、Bi及びSeのいずれか1種以上を合計で1%以下、
残部がFe及び不可避的不純物からなる成分組成を有し、金属組織の面積率で、フェライトが0%以上85%以下、残留オーステナイトが3%以下、ラス形態組織が5%以下、KAM値が1.0以上の組織が15%以上であって、平均粒子径が8nm以下のTiを含む炭化物を有する、降伏強さが680MPa以上の熱延鋼板である。
[2]上記の[1]において、前記熱延鋼板の表面にめっき層を有する熱延鋼板である。
【0015】
上記知見に基づき開発した本発明に係る熱延鋼板の製造方法は、以下のように構成される。
[3]上記の[1]に記載の成分組成を有する鋼素材を、加熱温度が1200℃以上に加熱し、又は鋳造後加熱せずに、粗圧延してシートバーとする粗圧延工程と、該シートバーを、圧延の開始温度が950℃以上、1パス目から5パス目までの合計圧下率が75%以上、及び圧延の完了温度が860℃以上910℃以下で仕上げ圧延して熱延鋼板とする仕上げ圧延工程と、該熱延鋼板を冷却停止温度600℃以上700℃以下まで平均冷却速度40℃/s以上で冷却する冷却工程と、冷却された前記熱延鋼板を巻取温度が600℃以上700℃以下で巻き取る巻取工程と、を含む熱延鋼板の製造方法である。
[4]上記の[3]において、前記粗圧延工程または前記仕上げ圧延工程の前に[1]に記載の成分組成を有する、厚さが35mm以上200mm以下の鋼素材を鋳造する鋳造工程を含み、前記粗圧延工程を適用し、または、適用せずにシートバーとする熱延鋼板の製造方法である。
[5]上記の[3]において、前記粗圧延工程と前記仕上げ圧延工程の間に、粗圧延された前記シートバーと先行するシートバーとを1050℃以上で接合する接合工程を含み、前記仕上げ圧延工程では、接合されたシートバーを仕上げ圧延する熱延鋼板の製造方法である。
[6]上記の[3]から[5]のいずれかにおいて、さらに、前記熱延鋼板を、焼鈍温度が720℃以下で焼鈍する熱延板焼鈍工程と、焼鈍された前記熱延鋼板にめっき処理を施すめっき工程と、を含む熱延鋼板の製造方法である。
[7]上記の[6]において、さらに、めっきされた前記熱延鋼板に480℃以上600℃以下の合金化処理を施す合金化工程を含む熱延鋼板の製造方法である。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、降伏強さ(YS)が680MPa以上の高強度と、優れた曲げ加工性および靭性を備える熱延鋼板を製造することが可能となる。本発明に係る熱延鋼板は、自動車用懸架系部材の素材に適するため、自動車部品に適用すれば、自動車部品のさらなる軽量化が実現される。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本実施形態に係る熱延鋼板について説明する。
<熱延鋼板の化学成分>
熱延鋼板の成分組成は、質量%で、C:0.035%以上0.110%未満、Si:1.5%以下、Mn:1.3%以下、P:0.05%以下、S:0.010%以下、Al:0.005%以上0.080%以下、N:0.0060%以下、Ti:0.08%以上0.20%以下の範囲で含有させる。以下で各成分を説明する。以下の説明において、成分の含有量を表す「%」は「質量%」を意味する。
【0018】
C:0.035%以上0.110%未満
Cは、Tiと結合することで鋼板の高強度化と等温変態時に高転位組織を形成するのに寄与する。降伏強さが680MPa以上の鋼板を得るには、C含有量は0.035%以上とする。一方、C含有量が0.110%以上となると粗大なセメンタイトが析出し、曲げ加工性および靭性が低下するリスクが高まる。そのため、C含有量を0.035%以上0.110%未満とする。好ましくは0.035%以上0.10%以下である。
【0019】
Si:1.5%以下
Siは、鋼板の伸びを上昇させ、セメンタイト析出を抑制するため、加工性を向上させる有効な元素である。一方で、Si含有量が1.5%を超えると曲げ加工性の向上効果が小さくなり、表面性状や溶接性が悪化し、多量添加のSiによる悪影響が大きくなる。そのため、Si含有量は、1.5%以下とする。好ましくは、Si含有量は、1.2%以下である。なお、Si量は0%であっても本実施形態の効果は損なわれることはないが、安定的にラス構造を持たず、結晶ひずみの大きい組織を生成するには、Si含有量は0.15%以上とすることが好ましい。
【0020】
Mn:1.3%以下
Mnは、焼入性を上昇させ、熱間圧延後の冷却過程で結晶ひずみが小さいフェライトの生成を抑制する。安定的に熱延鋼板を製造するためには、Mn含有量は0.2%以上とすることが好ましい。また、熱間圧延でオーステナイトが、安定して再結晶するには、熱間加工ひずみが安定して存在することが好ましく、置換型固溶元素であるSiおよびMnの含有量を狭い範囲で制御することが有効である。このためには、以下の(1)式を満たすことが好ましい。
1.1≦0.8[%Si]+[%Mn]≦1.5・・・(1)
ここで、[%Si]、[%Mn]は、質量%のSi含有量、Mn含有量をいう。
一方、Mn含有量が1.3%を超えると、オーステナイトからフェライトへ変態する駆動力が過度に低下し、結晶ひずみが小さい組織が得られない。したがって、Mn含有量は、1.3%以下とする。好ましくは、Mnの含有量は、1.2%以下である。
【0021】
P:0.05%以下
Pは、粒界に偏析することで靭性を低下させる有害元素であるため、極力低減することが好ましい。本実施形態では、P含有量は0.05%まで許容できる。好ましくは、P含有量は0.04%以下であるが、より厳しい靭性が求められる環境で使用するには、0.02%以下とすることがより好ましい。一方、製造上、0.002%のPが不可避的に混入する場合がある。
【0022】
S:0.010%以下
Sは、鋼中で粗大な硫化物を形成し、これが熱間圧延時に伸展し楔状の介在物となることで、靭性に悪影響をもたらす。そのため、Sも有害元素であるため低減することが好ましく、0.010%まで許容できる。好ましくは、S含有量は0.003%以下であるが、より厳しい靭性が要求される環境で使用するには、0.001%以下とすることがより好ましい。製造上、0.0001%のSが不可避的に混入する場合がある。
【0023】
Al:0.005%以上0.080%以下
Alを製鋼の段階で脱酸剤として添加する場合、Al含有量は0.005%以上である。Alは酸化物を形成することで曲げ加工性および靭性を低下させる。そこで、Al含有量は、0.080%以下とする。好ましくは、Al含有量は、0.010%以上0.070%以下である。
【0024】
N:0.0060%以下
Nは、Tiと結合し粗大なTiNを形成することで、強度および曲げ加工性、靭性を低下させる有害元素である。そのため、N含有量は出来る限り低減することが好ましく、0.0060%まで許容できる。好ましくは、N含有量は0.0050%以下である。製造上、0.0005%程度のNが不可避的に混入する場合がある。
【0025】
Ti:0.08%以上0.20%以下
TiはCと結合し、Tiを含む微細な炭化物を形成することで鋼板の高強度化に寄与する。680MPa以上の降伏強さを得るため、Ti含有量は0.08%以上である。一方、Ti含有量が0.20%を上回ると、熱間圧延前の加熱工程で粗大なTiを含む炭化物を溶解することができなくなり、高強度化への効果が飽和するだけでなく、曲げ加工性や靭性に悪影響をもたらす。そのため、Ti含有量は0.08%以上0.20%以下とする。好ましくは、Ti含有量は0.09%以上0.19%以下である。
【0026】
また、前述の通り、Cは結晶ひずみが大きい組織形成に寄与する一方で、Tiと結合することでTiを含む炭化物形成にも利用される。そのため、本実施形態に係る熱延鋼板で求める金属組織を安定的に得るには以下の(2)式を満たすことが好ましい。特に(2)式が1.4を下回ると等温変態時の粒界に堆積するC濃度が減少し、安定的に結晶ひずみが大きい組織が得られなくなる。そのため、(2)式は1.4以上とすることが好ましい。
一方、降伏強さ680MPa以上の鋼板を得るには、ナノオーダーの微細なTiを含む炭化物で強化する必要がある。しかし、(2)式が2.8を超えるとスラブ再加熱時に粗大なTiCを溶解できなくなり、鋼板強度の低下や、鋼板曲げ加工性の低下を招く。そのため(2)式は2.8以下とすることが好ましい。
1.4≦([%C]/12)/([%Ti*]/48)≦2.8・・・(2)
ただし、[%Ti*]=[%Ti]-48[%N]/14である。
ここで、[%C]、[%Ti]、[%N]は、質量%のC含有量、Ti含有量、N含有量をいう。
【0027】
以上が実施形態に係る熱延鋼板の成分組成の基本構成であるが、任意選択的に、さらに、下記のA群及びB群のうちから一方又は両方の成分を含有することができる。
A群;B:0.0002%以上0.0050%以下
B群;Nb、V、Mo、Sb、REM、Mg、Ca、Sn、Ni、Cu、Co、As、Cr、W、Ta、Pb、Cs、Zr、Hf、Te、Bi及びSeのいずれか1種以上を合計で1%以下
【0028】
B:0.0002%以上0.0050%以下
Bは焼入性を向上させるために有効な元素であり、結晶ひずみが大きい組織を得るには焼入性を確保することが必要となる。B含有量は、0.0002%以上とすることで、安定的に所望の組織を得ることに寄与する。一方、B含有量は、0.0050%を超えると、鋼の焼入性に対する効果が飽和するため、0.0050%以下とする。より好ましくは、B含有量は0.0004%以上0.0030%以下である。
【0029】
Nb、V、Mo、Sb、REM、Mg、Ca、Sn、Ni、Cu、Co、As、Cr、W、Ta、Pb、Cs、Zr、Hf、Te、Bi及びSeのいずれか1種以上を合計で1%以下
いずれか1種以上を合計で1%以下の範囲の含有であれば、本実施形態に係る熱延鋼板の特性への影響は少ないことから、許容できる。一方、好ましくは、各々の元素の含有量は、0.03%以下に制限する。
【0030】
本実施形態に係る熱延鋼板の化学組成は、上記の元素を含有し、残部はFe及び不可避的不純物である。
【0031】
<熱延鋼板の金属組織>
次に、熱延鋼板の金属組織について説明する。
本実施形態の熱延鋼板の金属組織は、フェライトの面積率が0%以上85%以下、残留オーステナイトの面積率が3%以下、ラス形態を持つ組織の面積率が5%以下、KAM値が1.0以上を持つ組織の面積率が15%以上であって、平均粒子径が8nm以下のTiを含む炭化物を有するものである。
以下の説明において、金属組織を表す「%」は「面積率」を意味する。
【0032】
フェライトの面積率が0%以上85%以下
フェライトは、本実施形態の結晶歪が大きい新組織よりも、脆性破壊時の破面単位が大きいため、靭性に劣る組織である。フェライトは粒内の結晶ひずみが小さいため、KAM値は1.0を下回る。所望の靭性を得るには、フェライトの面積率は、85%以下に制限する必要がある。好ましくは、フェライトの面積率は80%以下であり、より好ましくは、70%以下である。
【0033】
残留オーステナイトが3%以下(0%を含む)
本実施形態で規定するベイナイトおよび焼き戻しマルテンサイトは粒内にラス構造が観察されるものである。マルテンサイトはSEM上で白いコントラストとして観察される組織であるが、セメンタイトの可能性があるので電子線後方散乱回折(Electron BackScatter Diffraction pattern:EBSD)解析により結晶構造で分離すれば良い。例えば、母相とKurdjumov-Sachsの関係を満たすベイナイトおよびマルテンサイト、焼き戻しマルテンサイトは単一の旧γ粒領域の(001)α極点図を得ることで該当するか否かを判断することができる。残留オーステナイトは、鋼板表面を、表面から板厚の1/4まで研削加工した後、0.1mm以上化学研磨したサンプルを用いてXRD解析することにより求めることができる。これら組織は本実施形態の熱延鋼板において強度、加工性、及び靭性を低下させる。これら組織は可能な限り低減することが好ましく、残留オーステナイトは3%以下とする。好ましくは、ベイナイト、マルテンサイト、焼き戻しマルテンサイト、マルテンサイト及び残留オーステナイトの合計は5%以下であり、より好ましくは、3%以下である。
【0034】
ラス形態を持つ組織の面積率が5%以下、KAM値が1.0以上の組織の面積率が15%以上
ラス構造を持たない結晶ひずみの大きい組織を、8nm以下のTiを含む炭化物で強化することが本実施形態の最大の技術的特徴である。フェライトは結晶のひずみが小さく、すなわちKAM値が1を下回る。ベイナイトやマルテンサイト、焼き戻しマルテンサイトといった低温変態相はラス構造を持つ。ラス構造を持たない結晶ひずみの大きい組織は、フェライトやベイナイトに分類することができない組織である。ラスは透過型電子顕微鏡(TEM)やEBSD解析により、粒内に板状の形態として観察される組織である。このラス構造を持つ組織は硬質であるが、加工性に乏しく、所望の曲げ性が得られなくなる。本発明の結晶ひずみの大きい組織とは、EBSD解析によって求められるKAM値が1.0以上であるものいう。KAM値は結晶構造の乱れを示しており、この結晶の乱れによって、有効破面単位が微細化し、フェライト組織鋼よりも強靭化が達成される。以上から、この組織により加工性および靭性が良好な鋼板を得ることができる。したがって、ラス構造を持たない組織とは、ラス形態を持つ組織の面積率が5%以下をいい、結晶ひずみの大きい組織とは、KAM値が1.0以上の組織が15%以上であるものをいう。より好ましくは、KAM値が1.0以上の組織が20%以上である。なお、結晶粒界のKAM値は1.0以上であることが多く、フェライト単相組織であってもKAM値が1.0以上の組織の面積率は0%とはならず、3%程度は不可避的に含まれる。フェライト面積率の測定は粒内の形態から判断され、粒界は判定外のため、KAM値が1.0以上の面積率とフェライト面積率の合計は100%を超える場合がある。
【0035】
平均粒子径が8nm以下のTiを含む炭化物
本実施形態では、Tiを含む炭化物によって鋼板を強化している。降伏強さが680MPa以上の高強度の熱延鋼板を得るには、鋼中に分散するTiを含む炭化物の平均粒子径を8nm以下とする必要がある。安定的に降伏強さ680MPa以上の強度を得るには、Tiを含む炭化物の平均粒子径を5nm以下とすることが好ましい。
【0036】
さらに、巻取温度を600℃以上とすると、置換型元素であってもTiは、鋼中で十分に拡散する。このTiの性質を利用し、Tiを拡散、析出させることで、高強度鋼板で良く活用されるベイナイト、マルテンサイト及び焼き戻しマルテンサイトの組織が少量であっても、降伏強さ680MPa以上の鋼板を得ることができる。降伏強さ680MPa以上の鋼板を得るには、含有するTiの80%以上を析出に活用する。好ましくは、含有するTiの85%以上である。
【0037】
本実施形態に係る熱延鋼板は、表面にめっき層を有することが好ましい。めっき層が形成されても、熱延鋼板の機能は損なわれない。めっき層の組成は、Zn、Si、Al、Ni、Mgから1種または2種以上を選択することが好ましい。
なお、本実施形態におけるめっき鋼板は、溶融亜鉛めっき処理を施したもの(GI)、溶融亜鉛めっき処理後にさらに合金化処理を施したもの(GA)、電気亜鉛めっき処理を施したもの(EG)のいずれも対象とする。
【0038】
次に、本実施形態に係る熱延鋼板の製造方法の第一形態を説明する。
一般に、熱延鋼板の製造は、鋳造後、1000℃以下まで温度低下したスラブ(鋼素材)を加熱炉に装入して、短時間で加熱した後に熱間圧延ラインで所定の厚みまで減厚してコイルに巻き取る。あるいは、鋳造後、一旦常温まで冷えてしまったスラブ(鋼素材)を加熱炉内にて長時間加熱した後に熱間圧延ラインで所定の厚みまで減厚してコイルに巻き取る。また、鋳造されたスラブ(鋼素材)を、加熱炉内にて加熱することなく熱間圧延ラインに直送し、所定の厚みまで減厚してコイルに巻き取る製造方法がある。
本実施形態に係る熱延鋼板の製造方法は、鋳造後、鋼素材を加熱するプロセスだけでなく、鋳造後、鋼素材を加熱することなく熱間圧延ラインに直送するプロセスにも適用できる。
【0039】
<第一形態の鋼素材>
本実施形態の鋼素材製造のための溶製方法は、特に限定せず、転炉、電気炉等、公知の溶製方法を採用することができる。また、真空脱ガス炉にて2次精錬を行ってもよい。そのようにして上記成分組成に調整した溶鋼を、その後、生産性や品質を考慮して、連続鋳造法によりスラブ(鋼素材)とすることが好ましい。また、造塊-分塊圧延法、その他公知の鋳造方法でスラブとしてもよい。
【0040】
<第一形態の粗圧延工程>
本実施形態では、鋼素材を、加熱温度が1200℃以上に加熱し、又は鋳造後加熱せずに、鋼素材を粗圧延し、シートバーとする。
<第一形態の仕上げ圧延工程>
次いで、仕上げ圧延の開始温度が950℃以上、1パス目から5パス目までの合計圧下率が75%以上、及び仕上げ圧延の完了温度が860℃以上910℃以下の仕上げ圧延する熱間圧延を施し、熱延鋼板とする。
<第一形態の冷却工程>
次いで、熱間圧延された熱延鋼板を冷却停止温度600℃以上700℃以下まで平均冷却速度40℃/s以上で冷却する。
<第一形態の巻取工程>
その後、冷却された熱延鋼板を巻取温度が600℃以上700℃以下で巻き取るものである。
【0041】
鋼素材の加熱:1200℃以上に加熱、又は加熱せず
スラブ(鋼素材)中に析出したTiを含む粗大な炭化物を、熱間圧延前の加熱工程で溶解することで、熱間圧延後にTiを含む微細な炭化物が析出する。そこで、炭化物の平均粒子径が8nm以下のTiを含む炭化物を得るには、スラブ(鋼素材)を1200℃以上に加熱する。好ましくは1220℃以上であり、Ti含有量が0.12%以上の場合には1240℃以上にスラブ(鋼素材)を加熱することがより好ましい。上限は特に設けないが、加熱炉の熱損傷を避けるため、1300℃が製造上の制約である。
鋳造後、1200℃以上に保持した鋼素材を熱間圧延ラインに直送する場合は、鋳造後の鋼素材を加熱しない。
【0042】
仕上げ圧延開始温度:950℃以上、1パス目から5パス目までの合計圧下率が75%以上、仕上げ圧延完了温度:860℃以上910℃以下
本実施形態に係る熱延鋼板で特徴とする結晶ひずみの大きい組織を生成するには、熱延条件を精緻に制御する必要がある。具体的には、仕上げ圧延でオーステナイトが再結晶することで微細なオーステナイトが形成する。このためには、仕上げ圧延の開始温度が950℃以上、かつ1パス目から5パス目までの合計圧下率が75%以上とし、本実施形態に係る熱延鋼板の化学成分の範囲であれば、オーステナイトの再結晶が、5パス以降の仕上げ圧延スタンド内で生じる。
したがって、仕上げ圧延は、5パス以上で実施する。仕上げ圧延開始温度が950℃を下回ると仕上げ圧延で早期にオーステナイトが再結晶し、再度、再結晶オーステナイトが圧延される。そうすると、フェライトが生成し、結晶ひずみの大きい組織が得られない。
仕上げ圧延開始温度が1100℃を上回ると仕上げ圧延スタンド内でオーステナイトの再結晶が発生しない可能性が高まることから、仕上げ圧延開始温度は1100℃以下とすることが好ましい。
【0043】
仕上げ圧延完了温度が860℃を下回ると圧延中にフェライトが生じる危険性が高まる。
一方、仕上げ圧延完了温度が910℃を上回ると、仕上げ圧延でオーステナイトが再結できない。そこで、仕上げ圧延完了温度は860℃以上910℃以下とする。安定的にオーステナイトの再結晶を得るには、仕上げ圧延完了温度は890℃以下とすることが好ましい。
【0044】
仕上げ圧延でオーステナイトを再結晶させるには、前述した通り、仕上げ圧延の1パスから5パス目までにひずみを蓄積させる必要がある。このため、1パスから5パス目までの圧延間隔が長くなると、圧延によって与えたひずみが回復し、安定的に仕上げ圧延でオーステナイトが再結晶できない。したがって、このオーステナイトの回復の悪影響を避ける観点から、1パス目から5パス目までの圧延間隔時間は少なくとも1.5秒以下にすることが好ましい。
【0045】
仕上げ圧延後の冷却停止温度600℃以上700℃以下まで平均冷却速度40℃/s以上
熱延後、700℃以下までの冷却速度が遅いと高温で粗大かつ粒内に結晶ひずみの小さいポリゴナルフェライト(フェライト)が生成する。このフェライトの生成を抑制するには、熱延後、平均冷却速度40℃/s以上で冷却する必要があり、熱延後2s以内で平均冷却速度を700℃以下まで50℃/sで冷却することが好ましい。
一方、冷却停止温度が600℃を下回ると、Tiを含む炭化物が得られにくくなり、降伏強さが680MPa以上の鋼板が得られない。
したがって、冷却停止温度の範囲を600℃以上700℃以下とする。好ましくは、冷却停止温度の範囲は、610℃以上690℃以下である。ここで、平均冷却速度は、熱延後、放冷以外の強制冷却で{(冷却開始温度)-(冷却完了温度)}/(放冷以外の強制冷却時間)で計算すれば良い。強制冷却の手段として、例えば水冷が挙げられる。
【0046】
巻取温度:600℃以上700℃以下
冷却停止温度と同一の理由で巻取温度を600℃以上700℃以下とする。好ましくは610℃以上690℃以下である。この温度域で巻き取りをすれば、フェライト、ベイナイト、マルテンサイト、及び残留オーステナイトの生成を極力抑制することができる。
【0047】
次に、本実施形態に係る熱延鋼板の製造方法の第二形態を説明する。本実施形態では第一形態との違いを説明する。
<第二形態の鋳造工程>
本実施形態に係る熱延鋼板は薄スラブ連鋳法でも製造することが可能である。薄スラブ連鋳法で製造する場合には、厚さ35mm以上200mm以下の鋼素材を鋳造する。
<第二形態の粗圧延工程>
鋳造された前記鋼素材を、加熱温度が1200℃以上に加熱し、又は鋳造後加熱せずに、必要に応じて粗圧延して、シートバーとする。
仕上げ圧延工程以降は第一形態と同様である。
【0048】
ここでは、薄スラブ連鋳法で特有のスラブ(鋼素材)厚さについて説明する。
【0049】
スラブ(鋼素材)厚さ:厚さ35mm以上200mm以下
薄スラブ連鋳法では連続鋳造法とは異なり、熱間圧延前のスラブが薄いことから、熱間圧延におけるオーステナイトの加工度が低い。スラブ厚さが35mmを下回ると、所望の1パス目から5パス目までの合計圧下率が得られなくなる。一方、スラブ厚さが200mmを上回ると、鋳造速度が遅くなり、連続鋳造法に比べて薄スラブ連鋳法における生産性の優位性が失われる。以上の観点から、薄スラブ連鋳法におけるスラブ厚さは35mm以上200mm以下とする。
【0050】
次に、本実施形態に係る熱延鋼板の製造方法の第三形態を説明する。本実施形態では第一形態や第二形態との違いを説明する。第三形態は、熱間連続圧延技術を適用することができる。
<第三形態の接合工程>
第一形態または第二形態で得たシートバーを仕上げ圧延前に先行するシートバーと1050℃以上で接合する。1050℃を下回ると950℃以上の仕上げ圧延開始温度で圧延することが困難となる。好ましい接合時のシートバーの加熱温度は、1070℃以上である。
冷却工程以降は第一形態と同様である。
【0051】
本実施形態に係る熱延鋼板の製造方法では、焼鈍温度が720℃以下の連続焼鈍ラインで焼鈍する焼鈍工程と、連続めっきラインでめっきするめっき工程と、を適用することができる。さらに、めっき処理した熱延鋼板を480℃以上600℃以下に加熱し合金化処理を施す合金化工程を有していてもよい。この焼鈍処理、又はこのめっき処理しても本実施形態に係る熱延鋼板の材質に影響をおよぼさない。そのため、熱延鋼板表面に、さらにめっき処理を施し、鋼板表面にめっき層を有することが可能である。
【0052】
また、前述のように、めっき処理やめっき浴の組成は、本実施形態に係る熱延鋼板の材質に影響をおよぼさないため、めっき処理としては、溶融亜鉛めっき処理、合金化溶融亜鉛めっき処理、電気亜鉛めっき処理のいずれも適用可能である。めっき浴の組成は、Zn、Al、Mg、SiおよびNiの1種または2種以上を含むことができる。すなわち、めっき処理において熱延鋼板の表面に形成されるめっき層の組成は、Zn、Si、Al、Ni、Mgの1種または2種以上を含むことが可能である。
【実施例】
【0053】
本発明の実施形態を実施例によりさらに説明する。なお、本発明は、以下に実施例で示す製造条件及び製品性能に限定されるものではない。実施形態が本発明の範囲内では、所望の性能を達成し得るものである。
【0054】
<連続鋳造法による第一形態>
表1に示す成分組成を有する厚さ250mmの鋼素材を、表2に示す粗圧延、仕上げ圧延の条件で熱間圧延し、次いで伸長率0.1~0.5%の調質圧延、酸洗を施した後、評価に供する鋼板を製造した。
【0055】
<薄スラブ連鋳法による第二形態>
表1に示す成分組成を有する鋼を表3に示す条件で薄スラブを熱間圧延し、伸長率0.1~0.5%の調質圧延、酸洗を施した後、評価に供する鋼板を製造した。
【0056】
<熱間連続圧延法による第三形態>
表1に示す成分組成を有する鋼を表4に示す条件でシートバー接合し、その接合されたシートバーを熱間圧延し、伸長率0.1~0.5%の調質圧延、酸洗を施した後、評価に供する鋼板を製造した。
【0057】
<熱延鋼板にめっき層を付与する製造方法>
表2の条件で製造した熱延コイルを酸洗し、次いで、表5に示す条件により、連続溶融めっきライン(CGL)で、熱延鋼板をZnめっき処理した。これにより、連続溶融めっき鋼板(GI)、及び合金化溶融めっき鋼板(GA)を製造した。
【0058】
【0059】
【0060】
【0061】
【0062】
【0063】
【0064】
表2から表5に示す条件で得られた熱延鋼板を、金属組織、引張特性、曲げ加工性、靭性の観点から以下の方法で評価した。その結果を表6に示す。
【0065】
(i)金属組織の面積率
熱延鋼板から、圧延方向に平行な断面が観察面となるように、試験片を切り出し、板厚中心部を1%ナイタールで腐食し、組織を現出させ、走査電子顕微鏡(SEM)で2000倍に拡大して加速電圧15kVで、板厚1/4t部を10視野分撮影した。
フェライトは粒内に腐食痕が認められずマルテンサイトよりも低い輝度(SEMでは灰色)で観察される結晶粒である。ベイナイトおよび焼き戻しマルテンサイトは粒内に幅500nm以下のラス状の腐食痕が3つ以上隣接して観察される結晶粒である。マルテンサイトは粒内に腐食痕は認められないが、フェライトよりも高い輝度(SEMでは白色)で観察される結晶粒である。以上のようにして分離した組織を画像解析ソフト(Photoshop elementsおよびImage J)を用いて、金属組織の面積率を求めた。
残留オーステナイトは、試験片表面を全厚に対し、3/4まで研削し、0.1mm以上化学研磨し、研磨された表面をX線回折法により測定した。残留オーステナイトの体積率は、入射線源はMoKα線を用い、(200)α、(211)α、(220)α、(200)γ、(220)γ、(311)γのピークから測定した。これにより得られた残留オーステナイト相の体積率を残留オーステナイトの面積率とした。
【0066】
ラス構造を持たない結晶ひずみの大きい組織の面積率は、SEMおよびEBSD法を用いて行った。観察前にSEMとEBSD法とで同一視野が得られるよう、観察前にビッカース試験機などで試験片へ目印を付ける。SEMで観察したときラス構造を持たない結晶ひずみの大きい組織は、粒内に腐食痕を有する。このとき、腐食痕の形状によってはラスではないが、腐食痕がラスのように見えるものが生じる場合がある。この場合、ラスのように見える組織とラス組織とを区別するため、結晶粒の短辺側の幅が500nmを超え2つ以下が隣接した粒内に生じた長方形状の組織は、ラス構造とはみなさない。結晶粒の短辺側の幅が500nm以下かつ3つ以上が隣接した組織をベイナイトや焼き戻しマルテンサイトで観察されるラス構造とした。このラス構造は、透過型電子顕微鏡(TEM)で観察すれば、より明瞭に区別することができる。そして、OIM Analysisソフトウェア(TSL社)を使用し、EBSD解析を行った。KAM値の解析には、1st nearest neighborの条件で行った。
EBSD解析により、角度差が15°以上の大角粒界で囲まれる粒内のうち、求められるKAM値が1.0を超え、かつラス構造を持たない組織を、ラス構造を持たない結晶ひずみの大きい組織として、1mm2以上の視野でその面積率を求めた。
【0067】
(ii)Tiを含む炭化物の平均粒子径
熱延鋼板の板厚1/4に相当する場所から観察用薄膜を採取し、透過型電子顕微鏡により60万倍以上の倍率で300個以上のTiを含む炭化物を撮影した。撮影したTiを含む炭化物の円相当径を求め、その平均値を平均粒子径とした。Tiを含む炭化物の特定はTEMに付帯するEDXでTiに由来するピークの有無を確認すれば良い。
【0068】
(iii)Tiを含む炭化物の析出量分析
試験片の表裏面を、それぞれ板厚に対して25%研削加工し、次いで10%AA電解溶液にて溶解し、その溶解液をメッシュ径0.2μmのフィルターでろ過し、ろ過後の電解溶液に含まれるTi濃度をICP-MSを用いて分析した。さらに、TiNとして析出するTi量を[含有するTi量]×48/14から算出した。また、TiSとして析出するTi量を[含有するTi量]×48/32から算出した。そして、含有するTi量から、電解溶液に含まれるTi濃度、TiNとして析出するTi量、及びTiSとして析出するTi量を差し引くことで、Tiを含む炭化物の析出量とした。
【0069】
(iv)引張試験
表2から表5に示す条件で得られた熱延鋼板から、圧延方向に対して垂直方向にJIS5号の引張試験片を作製し、JIS Z 2241(2011)の規定に準拠した引張試験を5回行い、平均の降伏強さ(YS)および引張強さ(TS)を求めた。引張試験のクロスヘッドスピードは10mm/minとした。表6において、降伏強さが680MPa以上を発明例とした。
【0070】
(v)曲げ試験
表2から表5に示す条件で得られた熱延鋼板から、端面を研削加工した幅35mm、長さ100mmの試験片を採取し、JIS Z 2248に記載のVブロック法で5回曲げ試験を行った。R/tが0.5以下であった試験片を本発明で求める特性として“〇”を、R/tが0.5以下の条件で1回以上、試験片表面に割れが認められた試験片は、本発明で求める特性ではないとして“×”を記した。
【0071】
(vi)シャルピー衝撃試験
表2から表5に示す条件で得られた熱延鋼板から、長手方向が圧延方向に対して法線方向となるようにJIS Z2242に記載のVノッチ試験片を採取した。熱延鋼板の厚さが10mm未満の場合は複数枚の試験片を重ね合わせ、試験片端部を穴あけ後、ボルトで連結して厚さが10±1mmとなるように調節した。試験片は、-40℃に調節した浴槽に10分以上浸漬した後、JIS Z 2242に準拠した方法で試験を行った。この試験結果を表6に示す。このとき吸収エネルギーが30J/cm2以上は、本発明で求める特性として“〇”を、30J/cm2を下回る水準は、本発明で求める特性ではないとして“×”を記した。
【0072】
本発明例はいずれも、降伏強さ(YS)が680MPa以上であり、良好な曲げ加工性および靭性が得られた。一方、本発明の範囲を外れる比較例は、降伏強さが680MPaに達していないか、本発明で求める曲げ加工性もしくは靭性が得られなかった。